アニメssリーディングパーク

おすすめSSを当ブログで再編集して読みやすく紹介! 引用・リンクフリーです

紗夜「日菜……いつもありがとう。こんな私を見限らず、ずっと傍にいてくれて」 【バンドリ!ss/アニメss】

 

紗夜(嫌な夢を見ていた。真っ暗な夢だった) 

 

紗夜(辺りを見回しても何も見えない、光の射さない暗闇の中を彷徨い続けていた) 

 

紗夜(救いの声も響かず、自分が伸ばした手さえも見えない。そこにあったのは空虚な自分の輪郭を曖昧に撫でまわす寂寥の闇だけだった) 

 

紗夜(やがて闇は私の中をじわじわと侵食してきた。堪らなくなって、走り出した) 

 

紗夜(何でもいい、誰でもいいから、どうか私に光を与えて) 

 

紗夜(そう願いながら走り続けると、やがて目の前に一条の光が射した) 

 

紗夜(是非もなくそこへ飛び込んだ) 

 

紗夜(私を待ち受けていたのは空だった) 

 

紗夜(落ちる。そう思った時には、私は地面に向かって真っ逆さまに落ちていた) 

 

紗夜(死ぬのかな。だけど、あの暗闇にいるよりはマシかもしれない) 

 

紗夜(そう思ったところで、夢から醒めた) 

 

紗夜(枕が濡れていた。どうやら私は泣いていたようだ) 

 

紗夜(高校生にもなって嫌な夢を見て泣くなんて情けない、と思った) 

 

紗夜(でも、とすぐに思い直した) 

 

紗夜(私が今、何でもなく歩んでいる日常。ロゼリアというバンドがあって、頼れる仲間がいて、バンドを通じて知り合った友人たちがいて、妹を大切な家族だと心の底から思えるようになった日常) 

 

紗夜(これも、何か一つでも踏み違えれば、あの夢のように奈落の底へと滑落していたのかもしれない) 

 

紗夜(それなら今の私はこれ以上ない幸福に恵まれているのだろう。それならもっと素直に、私に色々なものを与えてくれた人たちに感謝を伝えるべきだと思った) 

 

…………………… 

 

――氷川家 日菜の部屋―― 

 

――コンコン、ガチャ 

 

紗夜「おはよう、日菜」 

 

日菜「ん、おはよ~おねーちゃん。珍しいね、おねーちゃんがあたしの部屋に来るなんて」 

 

紗夜「ええ、ちょっと用事……いえ、用事というほどでもないんだけど」 

 

日菜「どしたの? あ、まさか愛の告白とか? もー、おねーちゃんてば朝から大胆なんだから~!」 

 

紗夜「告白……そうね、告白と言えなくもないわね」 

 

日菜「……え?」 

 

紗夜「日菜」ガシッ 

 

日菜「は、はい?」 

 

紗夜「…………」 

 

日菜「…………」 

 

紗夜(勢いで日菜の両肩に手なんて置いたけど……どう言えばいいのかしら) 

 

日菜(え、えっ? おねーちゃん、なんかすっごい真面目な顔であたしのこと見つめてる……) 

 

紗夜(……まぁ、まだ少し照れがあるけれど……素直にお礼を言えばいいのよね) 

 

日菜(まさかマジな告白……? え、ど、どうしよ……そりゃ嬉しいけど……姉妹で結婚って出来るのかなぁ……?) 

 

紗夜「日菜」 

 

日菜「は、はい!」 

 

紗夜「……いつもありがとう」 

 

日菜「……うぇ?」 

 

紗夜「私は……昔は自分のことばかり考えていてあなたにひどいことを多く言ってしまったけど、あなたはそれでも私から離れず、いつも近くにいてくれたわよね」 

 

日菜「え、ま、まぁ……そうだね」 

 

紗夜「ありがとう。こんな私を見限らず、ずっと傍にいてくれて」 

 

日菜「えーっと……?」 

 

紗夜「思い返してみれば、きっと私は、あなたのおかげで色々なことに打ち込めたんだと思うわ」 

 

紗夜「昔は日菜に負けてばかりで嫌な思いをすることも確かにあった。だけどそういう経験が私を強くしてくれたし、何よりあなたに負けたくないという気持ちが私を高みに導いてくれた、と……今はそう思えるようになったわ」 

 

紗夜「だからありがとう、日菜」 

 

日菜「あ、うん。どういたしまして?」 

 

紗夜「それと、昔のことは本当にごめんなさい。あなたを傷付けるようなことばかり言ってしまっていたわね」 

 

日菜「ううん、それはもう昔の話だし気にしてないけど……それよりおねーちゃん、どうかしたの?」 

 

紗夜「何が?」 

 

日菜「えっと、なんか今日はすごい素直っていうか優しいっていうか……いつもと調子が違うからさ」 

 

紗夜「……色々と心境の変化があったのよ。だから、これからは少しでも素直になろうと思ったの」 

 

日菜「心境の変化……」 

 

紗夜(流石に泣いてしまうほど嫌な夢を見たから、とは恥ずかしくて言えないわね) 

 

日菜(心境の変化ってなんだろ……?) 

 

紗夜「もしかしたら長くは続かないかもしれないから、あなたには一番に伝えようと思ったのよ」 

 

日菜「長くは続かない……」 

 

紗夜(またあの夢を見たらこういう気持ちになるだろうけど、人間は得てして忘れやすい生き物。日菜に対して素直になるのはなかなか難しいし、勢いがないと踏ん切りがつかないのよね) 

 

日菜(心境の変化……長くは続かない……ま、まさか……?) 

 

日菜「あ、あの、おねーちゃん?」 

 

紗夜「どうしたの?」 

 

日菜「もしかして……風邪とかひいてない……?」 

 

紗夜「……別に、ひいてないわよ」 

 

紗夜(そういえばいつも日菜は私のことをこうやって考えてくれていたわね。それなのに、こんなに優しいこの子を私はいつも冷たくあしらって……自分が情けなくて涙が出てきそうだわ) 

 

日菜(なんか悔しさと申し訳なさが一緒になった顔に……? 少し涙ぐんでるし……もしかして……!?) 

 

紗夜(あ、本当に涙が……いけないわね。これじゃあ日菜に余計な心配をかけるだけね) 

 

日菜「あの、おねーちゃ――」 

 

紗夜「とにかく、言いたいことはそれだけよ。それじゃあ」ガチャ、パタン 

 

日菜「……行っちゃった」 

 

日菜「…………」 

 

日菜(冗談にも真面目な反応して、あたしが話すと嫌がるのに自分から昔のことまで話してて……) 

 

日菜(それに心境の変化があって長くは続かないって……) 

 

日菜「もしかしておねーちゃん……何かの病気なんじゃ……!?」 

 

 

――商店街―― 

 

友希那「悪いわね、燐子。せっかくの休日なのにワガママを聞いてもらって」 

 

燐子「いえ……友希那さんが……衣装関係のことに興味を持ってくれるのは……嬉しいですから……」 

 

友希那「そう言ってくれると助かるわ。……あら?」 

 

燐子「友希那さん……? どうかしましたか……?」 

 

友希那「いえ、あそこの電柱の影にいるのは……」 

 

日菜「…………」 

 

燐子「氷川さんの妹さん……ですね……」 

 

友希那「何やってるのかしらね」 

 

燐子「さぁ……?」 

 

日菜「……うん?」 

 

燐子「あ……目が合いましたね……」 

 

友希那「そうね。こんにちは、日菜」 

 

日菜「しーっ」 

 

燐子「え……」 

 

日菜「ちょうどよかった。友希那ちゃん、燐子ちゃん、ちょっとあたしに付き合ってくれない?」 

 

…………………… 

 

友希那「紗夜の様子が変?」 

 

日菜「そうなんだ。今日の朝ね、珍しくあたしの部屋に来て、急に真面目な顔でお礼なんて言ってきてさ」 

 

燐子「それに……何か不都合があるんですか……?」 

 

日菜「うんとね、嬉しいは嬉しいんだよ? でも、おねーちゃんが心境の変化とか、長くは続かないって言ってて……もしかしたらどこか調子が悪いのかなって」 

 

友希那「……確かにそう聞くとちょっと怖いわね。それで、紗夜におかしなところがないかって尾行しているのね」 

 

日菜「うん」 

 

 

―30メートル先― 

 

紗夜「…………」テクテク 

 

日菜「おねーちゃん、ロゼリアで何か変わったこととかなかった?」 

 

燐子「そういえば氷川さん……昨日は学校帰りに病院に行くって……言ってましたね……」 

 

日菜「びょ、病院!? あたし、そんな話お母さんからも聞いてない!」 

 

友希那「日菜、声が大きいわ。紗夜に気付かれるわよ」 

 

日菜「っとと……」 

 

燐子「でもそれは――」 

 

友希那「だけど、日菜の憶測に信憑性が出てきたわね」 

 

日菜「やっぱりおねーちゃん、どこか具合が悪いんだ……もしかしたら余命何か月とか……? そんなのやだよぉ……」 

 

燐子「え……あの……」 

 

友希那「落ち着きなさい。流石に紗夜だって、そんなに重い症状なら日菜にも私たちにもそう伝えるハズよ」 

 

日菜「でも……」 

 

友希那「大丈夫。紗夜は平気よ。きっとすぐに良くなる。それまであなたや私たちに心配をかけまいとしてるのよ。日菜なら分かるでしょう?」 

 

日菜「うん……おねーちゃん、強くて優しいから……きっと1人で全部抱えて頑張ると思う」 

 

燐子「え、えっと……」 

 

友希那「私たちに今できることは見守ることだけ。だけど、きっとそれが一番大切なのよ。紗夜の心意気を汲んで、私たちは陰ながらサポートに徹しましょう」 

 

日菜「うん……分かった……!」 

 

燐子「あの……」 

 

友希那「燐子」 

 

燐子「は、はい……!?」 

 

友希那「ごめんなさい、新しいステージ衣装の参考に服を見に行くのはキャンセルよ。今日は日菜と一緒に紗夜のことを見守りましょう」 

 

燐子「……はい……」 

 

日菜「ありがとう、友希那ちゃん、燐子ちゃん。おねーちゃん、2人みたいな友達がいてきっとすごい幸せ者だよ」 

 

燐子(ど、どうしよう……ギターの弾きすぎで軽い腱鞘炎になっただけって……言うタイミングが……) 

 

紗夜(まだ左腕が少し痛むわね……)ジー 

 

日菜「!? おねーちゃんが左手をジッと見てる……!?」 

 

友希那「どうしたの? そんなにおかしな行動でもないでしょう?」 

 

日菜「で、でもアレって確か……手鏡って言うんだよね……?」 

 

友希那「てかがみ? 手鏡って身支度を整える時に使うものじゃないかしら」 

 

燐子「いえ……それではないかと……。死期が近い人間は……何故か……自分の掌や手の甲を見ることが多くなるそうで……」 

 

日菜「そう、それっ! 病気でもうすぐ亡くなりそうな人とか、まるで手鏡を覗くみたいに自分の手をジッと見つめてるんだってパスパレのロケで聞いて……!」 

 

友希那「まさか、本当に……?」 

 

日菜「おねーちゃん……そんなのやだよ……」 

 

燐子「…………」 

 

燐子(あ……このタイミングで『きっと腱鞘炎が治ってないんですよ』って……言えばよかったんだ……) 

 

友希那「私たちが思うよりも深刻そうね……」 

 

日菜「だから朝にあんなことを……。そんなお礼なんていらないよ、あたしはおねーちゃんが元気ならそれだけでいいのに……」 

 

友希那「紗夜……」 

 

燐子(どうしよう……もう言えそうにない……) 

 

紗夜(無理をして痛みが長引けばそれだけロゼリアにも影響が及ぶでしょうし……) 

 

紗夜(ギターが弾けないのはもどかしいけれど、休息も練習だと思って我慢するしかないわね) 

 

紗夜(こんなことじゃ、いつになったら日菜の隣でギターを奏でられることやら……) 

 

紗夜「はぁ……」 

 

友希那「……今、ものすごく深いため息を吐いていたわね」 

 

日菜「しかもすごい暗い顔してる……」 

 

紗夜(っと、いけない。こういう時に深く考えすぎてドツボにハマるのは私の悪い癖ね) 

 

紗夜(悪い方へ物事を考えると肩に余計な力が入るわ。何か別のことを考えましょう。例えば羽沢さんが可愛かった時のこととか……) 

 

紗夜「……ふふ」 

 

日菜「今度は穏やかに笑ってる……」 

 

友希那「いけないわ。きっと自分の体調のことを考えて不安定になっているのよ」 

 

燐子「…………」 

 

燐子(あの表情は……羽沢さんのことを考えてる時の顔のような気が……) 

 

友希那「あら、あれは……?」 

 

紗夜「おや、宇田川さん」 

 

あこ「あ、紗夜さん! こんにちは!」 

 

巴「どうも、紗夜さん」 

 

紗夜「ええ、こんにちは。2人でおでかけですか?」 

 

日菜「あこちゃんと巴ちゃんだ」 

 

友希那「……これはマズいんじゃないかしら」 

 

燐子「え……?」 

 

友希那「宇田川さんとあこ。いつも仲睦まじい姉妹の様子を見て、それに自分と日菜を重ねてしまうんじゃないかしら」 

 

日菜「あたしとおねーちゃんをあの2人に?」 

 

友希那「ええ。ほら、前はあなたたち、色々あったでしょう?」 

 

日菜「うん。でもそれはもう昔のことだよ」 

 

友希那「だけど死期が近い人はやたらと昔のことを回想すると聞いたことがあるわ。もしかしたら、そのことを鮮明に思い出してなおさら不安定になるんじゃ――」 

 

燐子「あ……氷川さん、あこちゃんを抱きしめてますね……」 

 

日菜「えぇ!? あこちゃんずるい!」 

 

友希那「やっぱり……」 

 

燐子(いいなぁ……わたしもあこちゃん……抱きしめたいなぁ……) 

 

日菜「あ、あこちゃんと巴ちゃん、こっちに来るよ!」 

 

友希那「2人に話を聞いてみましょう」 

 

巴「何だったんだろうな、紗夜さん?」 

 

あこ「んー、紗夜さんのことだから何か難しいこと考えてるのかなぁ?」 

 

友希那「こんにちは、宇田川さん、あこ」 

 

燐子「こんにちは……」 

 

あこ「あ、今度は友希那さんにりんりん! こんにちは!」 

 

日菜「やっほー」 

 

巴「こんにちは。日菜先輩も一緒って、なんだか珍しい組み合わせですね」 

 

友希那「ええ、ちょっとね」 

 

日菜「それよりあこちゃん! 今おねーちゃんとお話してたよね!? どんなこと話してたの!? おねーちゃんはどんな顔してた!? あとおねーちゃんに抱きしめられてどうだった!?」 

 

あこ「え!? えぇっと……」 

 

友希那「日菜、気持ちは分かるけど落ち着きなさい。そんなに一気に聞かれても困るでしょう」 

 

日菜「あ、ごめんね?」 

 

あこ「う、ううん……」 

 

巴「どうしたんですか、そんなすごい剣幕で」 

 

友希那「私が代わりに話すわね。実は……」 

 

―友希那さんお話し中― 

 

友希那「……という訳なの」 

 

巴「なるほど、紗夜さんの様子がおかしいんですね」 

 

あこ「え、さ、紗夜さん死んじゃうんですか……!?」 

 

友希那「落ち着きなさい。まだそうと決まった訳じゃないわ」 

 

燐子(涙目で心配顔になってるあこちゃん……可愛いなぁ……) 

 

日菜「だからおねーちゃんとどんなこと話したか教えて欲しいんだ」 

 

巴「紗夜さんと話したこと……えーっと、まず普通に世間話してて、それから急に昔の話になりましたね」 

 

友希那「昔の話?」 

 

あこ「うん……バンドを組んでからすぐの時に、紗夜さんに怒鳴られたこととかの話になって……」 

 

巴「そしたら、すごい真面目な顔で『あの時は本当にごめんなさい。今の私があるのは、それでも変わらずに接してくれたあなたのおかげよ』みたいなこと言って……」 

 

あこ「あこはそんな昔のことはもう全然気にしてないですよ、また一緒にゲームとかやりましょう……って言ったら、紗夜さん、急にあこのことぎゅーってしてきたんだ」 

 

燐子「うらやましい……」 

 

あこ「りんりん? 何か言った?」 

 

燐子「ううん……なんでもないよ、あこちゃん」 

 

巴「そんで、紗夜さん行くとこがあるらしくて、そのまま別れてきたって感じですかね」 

 

日菜「…………」 

 

友希那「…………」 

 

巴「……あれ、2人とも、どうかしました?」 

 

日菜「これって……」 

 

友希那「まるで今生の別れみたいね……」 

 

日菜「や、やっぱりおねーちゃん、どこか具合が良くないんだ……!!」 

 

巴「え、あの……そういう感じじゃなかったっすけど……」 

 

あこ「り、りんりん! 紗夜さん、大丈夫だよね!?」 

 

燐子「大丈夫だよ……心配することは何もないからね……」ナデナデ 

 

日菜「ど、ど、どうしよう、友希那ちゃん!?」 

 

友希那「落ち着きなさい。まだよ、まだそうと決まったわけじゃないわ。もう少し様子を窺いましょう」 

 

日菜「あっ、いけない! おねーちゃん見失っちゃう!」 

 

友希那「今、紗夜を見失っては全てが手遅れになるかもしれないわね。急いで後を追いましょう」 

 

日菜「うん! それじゃあね、あこちゃん、巴ちゃん! さぁ行こ、燐子ちゃん!」 

 

燐子「ふ、2人とも、待ってください……もう少しあこちゃんを……!」 

 

巴「……なんだったんだ?」 

 

あこ「おねーちゃん……紗夜さん、大丈夫かな……?」 

 

巴「大丈夫だよ、そうそう簡単に人は死なないさ。安心しろって。紗夜さんも普通に元気そうだったろ?」 

 

あこ「うん……でも心配だよ……」 

 

巴「あこは優しいなぁ」 

 

…………………… 

 

――コンビニ近くの電柱―― 

 

日菜「おねーちゃん、コンビニに入って行ったね……」 

 

友希那「流石に中に入ると尾行しているのがバレるわ。ここで紗夜が出てくるのを待ちましょう」 

 

日菜「うん」 

 

燐子「…………」 

 

日菜「燐子ちゃん、なんだかボーっとしてるけど大丈夫?」 

 

友希那「きっと紗夜のことを考えてるのよ。今はそっとしておきましょう」 

 

燐子(涙目で頭撫でられるあこちゃん……可愛かったなぁ……) 

 

日菜「あっ、おねーちゃん出てきた! 手にビニール袋持ってるけど……何を買ったのかな」 

 

友希那「調べてみましょう」 

 

日菜「どうやって?」 

 

友希那「今日、そこのコンビニでリサがバイトなのよ。電話してみるわ」スッ、ポチ 

 

――プルルルガチャ 

 

今井リサ『もしもーし。どしたの、友希那』 

 

友希那「ごめんなさい、ちょっと火急の用事があって」 

 

日菜「リサちー出るの早くない?」 

 

友希那「いつもこんな感じよ」 

 

リサ『こんな感じ?』 

 

友希那「いえ、それはこっちの話。ところで、いま紗夜が買い物していったわよね?」 

 

リサ『うん、してったよ。買ったものが聞きたいの?』 

 

友希那「ええ」 

 

リサ『えーっと、風邪ひいた時に飲む栄養ドリンクとのど飴だね』 

 

友希那「なるほど。それと、何かリサにおかしなことを言ってなかったかしら」 

 

リサ『おかしなこと……うーん、おかしなっていうとちょっと違うかもだけど、急に改まってお礼を言われたかな~』 

 

友希那「……お礼っていうと、『いつもありがとう』とか、『あなたのおかげで今の私がある』とか、そういうこと?」 

 

リサ『わっ、よく分かったね、友希那。まんまそういう感じだったよ』 

 

友希那「そう……そう、なのね……」 

 

リサ『あ、あと友希那が今日何してるか聞かれたよ。燐子と一緒に服見に行ってるって伝えたから、あとで連絡くるんじゃないかな?』 

 

友希那「分かったわ。その時までに、私も心の準備をしておくわね」 

 

リサ『心の準備?』 

 

友希那「……今度話すわ。忙しいところ悪かったわね、リサ」 

 

リサ『ちょうど暇な時間だったからヘーキだよ。それに今日の相方モカだし、こーいう時はお互い抜けれるから』 

 

友希那「ならよかった。バイト、頑張って」 

 

リサ『ん、ありがと。そんじゃね~』 

 

友希那「……やっぱり、リサもあこみたいにお礼を言われたみたいね」 

 

日菜「それって……お世話になった人に別れの挨拶をしてるのかな……?」 

 

友希那「礼儀正しい紗夜のことだから……いつ会えなくなってもいいように、と考えている可能性はあるわね」 

 

日菜「そんな……じゃあやっぱり……」 

 

友希那「けど、紗夜は栄養ドリンクとのど飴を買っていったとリサは言っていたわ。健康に気を配っているということは、きっとあの子もまだ諦めていないのよ。だから日菜、そんな暗い顔をしないの」 

 

日菜「……うん。一番辛いのはおねーちゃんだもんね。あたしがこんな落ち込んでちゃダメだよね!」 

 

友希那「その通りよ。さぁ、紗夜を追いましょう」 

 

日菜「うん!」 

 

友希那「燐子」 

 

燐子「……はっ……はい……?」 

 

友希那「きっと、あとで紗夜から私たちにも連絡が来るわ。一応覚悟をしておきましょう」 

 

燐子「…………」 

 

燐子(……何の話だろう……?) 

 

燐子(あこちゃんのこと考えてて……全然話を聞いてなかった……) 

 

友希那「簡単には頷けないわよね。気持ちは分かるわ。でも……ちゃんと考えておいて」 

 

燐子「……はい」 

 

燐子(分からないけど……とりあえず頷いておこう……) 

 

…………………… 

 

――羽沢珈琲店近くの電柱―― 

 

友希那「そうよね、紗夜だもの。ここへは絶対に来るでしょう」 

 

燐子「そうですね……氷川さんですからね……」 

 

日菜「おねーちゃん、つぐちゃんのこと大好きだもんね。ちょっと妬いちゃうよ」 

 

友希那「今回も中には入れないわね。ここは言わば紗夜のテリトリーなんだし、入ったらすぐに気付かれるわ」 

 

日菜「あ、でもおねーちゃん、窓際の席に座ったみたいだからここからでも少し見えるよ」 

 

燐子「そう……みたいですね……」 

 

紗夜「…………」スッ 

 

羽沢つぐみ「…………」ペコリ 

 

友希那「紗夜……?」 

 

日菜「あれ、今つぐちゃんに手渡したのって……さっきコンビニで買ったやつ……?」 

 

燐子(氷川さん……コンビニで何を買ったんだろう……) 

 

友希那「…………」 

 

日菜「…………」 

 

燐子「…………」 

 

紗夜「…………」ガタッ、ギュッ 

 

つぐみ「…………」アワアワ 

 

友希那「羽沢さんを抱擁してるわね……」 

 

日菜「あこちゃんの時と同じだね……」 

 

燐子「あこちゃん……可愛かったなぁ……」 

 

友希那「……あの栄養ドリンクとのど飴は羽沢さんの為のものだったのね」 

 

日菜「つぐちゃんは自分みたいにならないで、ってこと……なのかな」 

 

燐子「髪もすごく柔らかくて……気持ちよかったなぁ……」 

 

友希那「そう考えるのが自然……ね」 

 

日菜「…………」 

 

友希那「…………」 

 

スマホ<ピピ 

 

友希那「……紗夜からメッセージよ」 

 

日菜「…………」 

 

友希那「私たちも……覚悟を決めましょう」 

 

日菜「……うん」 

 

燐子(わたしも……あこちゃんを抱きしめてみたいなぁ……) 

 

…………………… 

 

――商店街 鳥工務店前―― 

 

紗夜「こんにちは」 

 

友希那「……来たわね、紗夜」 

 

燐子「こ、こんにちは……氷川さん……」 

 

日菜「おねーちゃん……」 

 

紗夜「日菜まで一緒にいるなんて珍しいわね」 

 

日菜「……うん」 

 

紗夜「? どうしたの、そんなに暗い顔をして」 

 

友希那「……紗夜」 

 

紗夜「はい、なんでしょうか」 

 

友希那「私たちは仲間……いえ、親友と言ったって過言じゃないわよね?」 

 

紗夜「ええ、私もロゼリアのみなさんには何度お礼を言っても足りないくらい助けられましたし、私も湊さんや白金さんたちのことをかけがえのない友だと思っています」 

 

紗夜「私と出会ってくれて、そしていつも導いてくれてありがとうございます」 

 

友希那「そう。それなら……私たちの間につまらない隠し事なんていらないわよね?」 

 

紗夜「湊さん……?」 

 

燐子(あ……そういえば……氷川さんが腱鞘炎なの……結局友希那さんに言ってなかった……) 

 

友希那「隠していることがあるでしょう。正直に言って」 

 

紗夜「…………」 

 

紗夜(隠していること……腱鞘炎のことかしら? 確かに白金さんには知られてしまったけど、他のメンバーには心配をかけさせないように、黙ったままさっさと治そうと思っていたわ) 

 

紗夜(よく分かったわね、湊さん。流石、ロゼリアのことをよく見ている) 

 

友希那「紗夜」 

 

紗夜「ええ、ごめんなさい。余計な心配を抱かせまいと少し意地を張っていました」 

 

日菜「お、おねーちゃん……っ」 

 

友希那「そう……やっぱりそうなのね……」 

 

紗夜「ですが、そこまで気にしないで平気です。大したことでもないので」 

 

日菜「なんでそんなこと言うの!? ふざけないでよ、おねーちゃん!!」 

 

友希那「言葉を選びなさい。あなたは、あなたが思っている以上に……私たちにとって大切な存在なのよ」 

 

紗夜「え、あ、ありがとうございます……?」 

 

紗夜(湊さんが怒るのはまだ分かるけれど、どうして日菜まで怒っているのかしら) 

 

燐子(あああ……わたしが言えなかったせいで……話がすれ違ってる……) 

 

紗夜(白金さんはなんだか慌てているし……どうしたのかしらね?) 

 

友希那「病院は……お医者様はなんて?」 

 

紗夜「特に何も……しばらく安静にしていてください、くらいでしょうか」 

 

友希那「……もう匙を投げられるくらいに……」 

 

日菜「おねーちゃん……どうしてそんなになるまで黙ってたの……?」 

 

紗夜「まぁ、その……私にもプライドがあるから、かしら」 

 

日菜「やめてよ! こういう時くらいあたしを頼ってよ! あたしってそんなに頼りない!?」 

 

紗夜「えっ?」 

 

日菜「昔のことがまだ引っかかってるって言うなら、あたしは土下座だってなんだってするよ!? だから、もっともっと頼ってよ……1人で全部抱えないで、あたしにも頼ってよ……」 

 

紗夜「日菜……」 

 

紗夜(……確かにそうね。前に比べればずっとマシだけど、私はまだまだ日菜に対しての嫉妬や対抗心があるわ) 

 

紗夜(必要以上に甘える、というのは論外だけど……変に意地を張り続けるのも違うわね) 

 

紗夜「そうね。朝に言った通り、これからはもっと日菜を頼るようにするわ」 

 

日菜「絶対だよ……あたしは最期までおねーちゃんの妹なんだから……一番近くにいるんだからね……」 

 

紗夜「もう、大げさね。そんな泣きそうな顔をしないの」 

 

日菜「大げさじゃないもん……」 

 

紗夜「はいはい。まったく、仕方のない子ね」 

 

燐子(……どうしようどうしよう……どんどん話がすれ違っていく……) 

 

友希那「紗夜……ロゼリアの練習には……」 

 

紗夜「大丈夫ですよ、湊さん。これも私の自己管理がなっていなかったせいですから、気にしないで下さい」 

 

友希那「……気にするわよ。あなたの貴重な時間は、あなた自身がしっかり考えて、やりたいことに使って頂戴」 

 

紗夜「はぁ」 

 

紗夜(遠回しに『無理はするな』と言ってくれてるのかしら……。やっぱり今は怪我を治すことに専念した方がいいわね) 

 

友希那「あことリサには私から伝えておくわ。だからこっちは気にしないで」 

 

紗夜「分かりました」 

 

友希那「……でも、ワガママを言わせてもらえるなら……元気なうちに……私たちとたくさん……会ってほしい」 

 

紗夜「会う?」 

 

友希那「なんだっていい。なんだっていいのよ。紗夜がしたいことを言ってくれればみんなでそれをやるから、紗夜との時間を……私たちにも頂戴」 

 

紗夜「……はい?」 

 

友希那「後回しでいいの。優先順位なんて最後でいいから。せめて……最期は笑い合ってさよならがしたいから……」 

 

燐子(……友希那さんが……泣きそうになってる……) 

 

燐子(ざ、罪悪感で胸が張り裂けそう……) 

 

紗夜「えぇと……」 

 

友希那「……言いたいことはまだまだたくさんあるけど……まだ時間は残されているもの。次に取っておくわ。でも、これだけは言わせて」 

 

友希那「……紗夜。あなたに出会えて、一緒に音楽を奏でられたことは……私の一生の誇りよ」 

 

紗夜「あ、ありがとうございます……?」 

 

紗夜(なんだか日菜も湊さんも様子がおかしいわね。本当にどうしたのかしら?) 

 

燐子(これ……次はわたしが氷川さんに何か言わなくちゃ……いけないんだよね……) 

 

紗夜(白金さんは白金さんでさっきからずっとそわそわしているし……) 

 

燐子(や、やっぱり……正直に言った方が……いいよね……) 

 

燐子「あ、あの……氷川さん……その……」 

 

紗夜「はい、なんでしょう」 

 

燐子「…………」 

 

紗夜「白金さん? どうかしましたか?」 

 

燐子(……い、いざとなると……ものすごく言い辛い……) 

 

燐子(『苦しいから逃げるのではない。逃げるから苦しくなるのだ』とは……昔の心理学者の言葉ですが……) 

 

燐子(まさに今が……そういう状況です……) 

 

友希那「燐子……無理をする必要はないわ。さっき言った通り、これが今生の別れじゃないんだから」 

 

友希那「また次の機会があるもの。キチンと言葉を整理して、悔いのないようにするのが一番よ」 

 

燐子(あああ……泣きそうな友希那さんから……そういう優しい言葉をかけられるほど……言い辛くなっていく……) 

 

燐子「い、いえ……! ここで言わないと……ダメです……!」 

 

燐子(そう……ここで言わなくちゃ……この先もっと言い辛くなって、絶対に言えないから……!) 

 

友希那「……分かったわ。頑張って、燐子」 

 

燐子(おねがいします、友希那さん……今だけはそんな顔でわたしを応援しないで下さい……) 

 

燐子(勇気が……なけなしの勇気が萎んでいってしまいます……) 

 

燐子「すー、はー……」 

 

燐子(とにかく深呼吸して……よ、よし……一気に言おう……!) 

 

燐子「ひっ、氷川さん……!」 

 

紗夜「はい」 

 

燐子「あの、その……えっと……ごっ、ごめんなさいっ……!」 

 

紗夜「何がですか?」 

 

燐子「氷川さんが腱鞘炎だって……言い出せませんでした……!」 

 

紗夜「……はい?」 

 

日菜「腱鞘炎……?」 

 

燐子「あの……昨日氷川さんが病院に行ったのは……ギターの弾きすぎで左腕が腱鞘炎になってるからで……」 

 

燐子「病気とか……余命幾ばくもないとか……全然っ……そういうのじゃないんです……!!」 

 

友希那「…………」 

 

友希那「えっ」 

 

…………………… 

 

紗夜(あの後、何度も頭を下げる白金さんから事の次第を説明された) 

 

紗夜(あまりに素直だった私の様子がおかしくて日菜が後をつけていたこと、そこに白金さんと湊さんが鉢合わせたこと、そして昨日病院に行ったという話をしたこと……) 

 

紗夜(あの夢のせいで私は会う人全員に改まってお礼を言っていたから、そこから湊さんが勘違いをしたらしかった) 

 

紗夜(全部自分の勘違いだと知った湊さんは、) 

 

友希那「……私は悪くない。変なことばっかり言って回ってた紗夜が悪い」 

 

紗夜(と、顔を赤くさせながら拗ねたように言っていた) 

 

燐子「ご、ごめんなさい、友希那さん……言い出せなくて……」 

 

紗夜(白金さんは私たちにぺこぺこと頭を下げ続けていた) 

 

日菜「じゃあおねーちゃん、何ともないの……? よかったぁ、よかったよーっ!」 

 

紗夜(日菜はそう言って喜んでいた) 

 

紗夜「えぇと……お騒がせしてすみませんでした」 

 

紗夜(そして私は3人にそう謝った) 

 

紗夜(……確かに急に改まってお礼を言われるだなんて、まるで死ぬ間際の人みたいだ。物事には順序があるだろうし、私ももう少し考えてお礼を言うべきだった) 

 

紗夜(けれどどさくさで羽沢さんを抱擁できたことは間違いなく私の人生においてプラスだった) 

 

紗夜(それだけは譲れない。譲る訳にはいかない) 

 

紗夜(ともあれ、誤解が解けてからは4人で洋服を見て回った) 

 

紗夜(ロゼリアの新しい衣装の参考、ということだったけど、まだまだ少し拗ねたような湊さんがいて、衣装関係になるとやや饒舌になる白金さんがいて、あんなことがあった後でもいつも通りに――いや、いつも以上に騒がしくじゃれついてくる日菜がいたから、段々そういう目的からは外れて、いつの間にかただ純粋に肩を並べて歩くことを楽しんでいた) 

 

…………………… 

 

――帰り道―― 

 

友希那「……結局、新しい衣装の参考からはかけ離れたわね」 

 

燐子「でも……ちょっと楽しかったです……」 

 

紗夜「そうね。たまにはこういうのもいいんじゃないかしら」 

 

日菜「ん? 今おねーちゃん、あたしとこういう風にデートしたいって言った?」 

 

紗夜「言ってないわよ。どんな耳をしてるのよ、あなたは」 

 

日菜「こんな耳だよ!」 

 

紗夜「分かったから耳を近づけてこないの。ちゃんと前を見て歩きなさい」 

 

日菜「はーい」 

 

燐子「……ふふ……」 

 

友希那「燐子? どうかしたの?」 

 

燐子「あ、いえ……やっぱり氷川さんは……お姉さんなんだなって……」 

 

日菜「そーだよ! おねーちゃんは世界で一番優しくてカッコよくて素敵なおねーちゃんなんだから!」 

 

紗夜「……やめなさい、湊さんや白金さんにそういうことを言うのは」 

 

日菜「あー、おねーちゃん照れてるね?」 

 

紗夜「からかわないの」 

 

日菜「あっはは~、ごめんごめん!」 

 

燐子「やっぱり……妹さんと一緒にいると……いつもと表情が違いますね……」 

 

友希那「ええ。いつもよりも表情豊かというか、少しだけ柔らかい雰囲気というか……宇田川さんもああいう感じになってたわね」 

 

燐子「……あ」 

 

紗夜「? 白金さん、どうかしましたか?」 

 

燐子「そういえば……あこちゃんに説明してなかったなって……」 

 

日菜「あー、そういえば」 

 

友希那「……まぁ大丈夫でしょう」 

 

日菜「そーだね! 友希那ちゃんみたいな早とちりはきっとしないよね!」 

 

友希那「……日菜、元はと言えばあなたが最初に言ったことでしょう?」 

 

日菜「でもでも、途中から友希那ちゃんがどんどん話進めてったじゃん!」 

 

友希那「だとしても、大概悪いのは発端となった人間よ。だからあなたと紗夜が悪いのであって私に非はない」 

 

日菜「えーっ!? それはないよ~! 絶対友希那ちゃんにも責任あるからね!」 

 

燐子「また……同じことで言い合いしてますね……」 

 

紗夜「……そうね」 

 

紗夜(夕陽に照らされる道を賑やかに歩いて家路を辿る) 

 

紗夜(昨日までの私であればまったく気にも留めなかっただろうけど、今は少しだけ違った) 

 

紗夜(朝に見た夢。曲がりなりにもお世話になった人へ伝えたお礼。羽沢さんの温もり。ちょっと変なシチュエーションではあったけど、日菜と湊さんから私に伝えられた言葉) 

 

紗夜(きっと明日も当たり前のようにやってきて、こういう景色が当たり前に広がるんだろう) 

 

紗夜(けど、何か一歩を踏み違えただけで、この当たり前は当たり前じゃなくなるのかもしれない) 

 

紗夜(だから私はこの当たり前を大切にしたい。この日々を大事にして、生きていきたい) 

 

紗夜(きっと、当たり前にやってくる明日なら生きたいなんて言わなかった) 

 

紗夜(こういう風に思えるようになっただけでも、私はあの嫌な夢に感謝するべきなんだろう) 

 

日菜「ぜーったい友希那ちゃんのせいだから! おねーちゃんからも言ってあげてよ!」 

 

友希那「いいえ、日菜と紗夜のせいよ。紗夜から直々に妹へ言い聞かせなさい」 

 

燐子「どちらかというと……わたしのせいな気がしますけど……」 

 

紗夜「……まぁ、全員がほどほどに悪かった、ということで決着をつけましょうか」 

 

日菜「んー……おねーちゃんがそう言うならそれでいっか」 

 

友希那「そうね。決して私だけのせいじゃないものね。私だけのせいじゃ」 

 

燐子「友希那さん……その、本当にごめんなさい……」 

 

紗夜「連帯責任ですから、白金さんが謝る必要はありませんよ」 

 

燐子「はい……ありがとうございます……。……でも」 

 

紗夜「……でも?」 

 

燐子「あこちゃん……勘違いしてないといいんですけど……」 

 

 

――同時刻 コンビニ―― 

 

リサ「いらっしゃいませー……って、なーんだあこじゃん」 

 

あこ「あ、リサ姉……」 

 

リサ「ん? どしたの、なんか元気ないけど」 

 

あこ「うん……あの、あのね……?」 

 

リサ「うん」 

 

あこ「紗夜さんが……死んじゃうかもしれないんだって……」 

 

リサ「えぇ? どうしたの急に? 誰がそんなこと言ったのさ?」 

 

あこ「友希那さんが……」 

 

リサ「友希那が? あ、そういえば、さっき友希那から電話来た時に心の準備がどうとか言ってたっけ……」 

 

リサ「友希那がそんな冗談言う訳ないし……まさか……?」 

 

あこ「リ、リサ姉……やっぱり紗夜さん……そんなのやだよぉ……」 

 

リサ「お、落ち着こう、あこ! と、とにかく、バイト終わってからちょっと話しよ!」 

 

あこ「うん……ぐすっ」 

 

 

後日、同じような勘違いをしたリサ姉とあこちゃんに紗夜さんが詰め寄られ、友希那さんがまた「私のせいじゃない」という主張をすることになるのでしたとさ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

氷川日菜「おねーちゃんの様子がおかしい」

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1547569305/


 

あすみ 「後輩! 今すぐ来てくれ! 緒方がハムスター星人だったんだ!!」 成幸 「先輩が混乱しているのはよく分かりました」【ぼく勉ss/アニメss】

 

………………夕方 繁華街

 

あすみ 「ふー……」

 

あすみ (ここのところお客様が多くてバイトが大変だな……)

 

あすみ (まぁ、その分時給も上がったし、ありがたいっちゃありがたいが……)

 

あすみ (ま、とりあえず今日は終わったし、明日は休みだし、時間とってしっかり勉強しとかないとな)

 

サササッ

 

あすみ 「……ん?」

 

ハミちゃん (おねーさま) キラキラキラ

 

あすみ 「ヒッ……!? げ、げっ歯類!?」

 

あすみ (み、見間違うはずもない。あれは間違いなく、例の奥様の家の、ハミちゃんだ……)

 

あすみ (またアタシに会うために抜け出してきたのか……)

 

ゾゾゾッ……

 

あすみ 「か、勘弁してくれよ……。アタシ、本当にお前たちは苦手なんだって……」

 

あすみ (とはいえ、このまま放置もできねーし……ど、どうしよう……)

 

ハミちゃん (おねーさま……えへへ、飛びついちゃおうかな……)

 

ハミちゃん (おねーさまー!) ピョーン

 

あすみ 「ひっ……!?」 (と、飛びかかられ――)

 

――ムンズ

 

「……? なんですか、この子は? ハムスターさんですか」

 

あすみ 「へ……?」

 

あすみ 「お、緒方!?」

 

あすみ (ハミちゃんを捕まえてくれたのか……)

 

理珠 「どうも。こんにちは、小美浪先輩」

 

理珠 「この子は先輩のペットですか?」

 

あすみ 「い、いや、そういうわけではないんだが……」

 

あすみ (っていうかげっ歯類をペットとか考えたくもない!!)

 

あすみ (だが、まぁ、緒方のおかげで助かったな……)

 

あすみ 「ありがとな、緒方。おかげで……――!?」

 

理珠 「……? どうかしました、先輩?」

 

あすみ (は、ハミちゃんを抱える緒方って……)

 

あすみ (少し、ハムスターっぽいというか、リスっぽいというか……)

 

あすみ (一般的には、きっと “かわいい” と言うべきなのだろうけど……)

 

あすみ (げ、げっ歯類の、ボスのように、見える……!!)

 

ゾワッ……!!!!

 

あすみ (や、やめろアタシ! 可愛い後輩になんて失礼なことを――)

 

理珠 「――先輩?」

 

あすみ 「ひっ……!!」 (め、目の前に、ハムスターと、ハムスターの親玉が……!?)

 

あすみ (い、いや、違う。緒方は人間だ。人間……いや、ちょっと待てよ)

 

あすみ (……もし、緒方がハムスター星人だったら……?) ※先輩は混乱しています。

 

理珠 「……?」 ジーーーッ

 

ハミちゃん (……?) ジーーーッ

 

あすみ (に、似てる! やっぱり似てるぞ!!)

 

あすみ (やはり緒方はハムスター星人なのか!?) ※先輩はとても混乱しています。

 

理珠 「……あの、先輩?」

 

あすみ 「あっ!!! すまん緒方! アタシちょっと急ぎの用事を思い出したわ!」

 

あすみ 「ってことでスマン! そのハムスターはお前に任せた!!」

 

ダッ

 

理珠 「へ……?」

 

理珠 「い、行ってしまいました……」

 

理珠 (何だったのでしょうか。先輩、少し様子がおかしかったですが……)

 

理珠 「それよりもこの子ですね。どうしたものでしょうか」

 

ハミチャーン ハミチャーン

 

理珠 「……?」

 

奥様 「……!? あっ、ハミちゃん!」

 

ハミちゃん (おくさまー!!) ピョーン

 

奥様 「よかったわぁ、ハミちゃん。探したのよ~」 ギュッ

 

理珠 (ほっ。あの人が飼い主さんみたいですね。これで一安心です)

 

理珠 (それにしても……。先輩、一体どうしたというのでしょうか)

 

………………翌日 緒方うどん

 

あすみ 「………………」

 

ズーン

 

あすみ (……昨日は本当に最低のことをしてしまった)

 

あすみ (後輩である緒方にハミちゃんを押しつけ、逃走するに留まらず……)

 

あすみ (緒方をあの恐ろしいげっ歯類に似ているなどと考えてしまった……)

 

あすみ (……謝らねば)

 

あすみ (……と、思ってあいつん家に来たはいいものの、緒方の奴いるかな。とりあえず入ってみるか)

 

ガラッ

 

親父さん 「おう、いらっしゃい!」

 

あすみ 「どうも、こんにちは。あの、理珠さんはいらっしゃいますか?」

親父さん 「お? リズたまのお友達かい?」

 

あすみ (リズたま……?)

 

あすみ 「お友達……って言っていいのかな。一応、理珠さんの一つ上の先輩です」

 

あすみ 「同じ予備校の夏期講習を受けて知り合いました」

 

親父さん 「おお、ってことは、ひょっとして “あすみ先輩” かい?」

 

あすみ 「そうですけど……」

 

親父さん 「話はよくリズたまから聞いてるよ。リズたまに色々アドバイスをくれたみたいで、どうもありがとな」

 

あすみ 「いえいえ。そんな……」

 

あすみ 「ところで、理珠さんは……?」

 

親父さん 「ああ、わりぃわりぃ。リズたまはいまちょっと出前中でな。店にはいねぇんだ」

 

親父さん 「でも、すぐ戻ってくると思うから、うどんでも食べて待っててくれな」

 

あすみ 「あ、でも……」

 

親父さん 「気にすんなって。リズたまの友達なんだからごちそうするから」

 

親父さん 「とりあえず超特急で激うまうどんを作ってくるから、座って待っててくれな!」

 

あすみ 「あっ……行っちまった」

 

あすみ (……よくわからんが)

 

あすみ (うちの親父と同じで、経営が苦手なニオイがするな、あのお父さん)

 

あすみ (アタシとは違う方向みたいだが、緒方も父親で苦労してそうだな……)

 

………………

 

あすみ 「………………」

 

ズルズルズル……

 

あすみ (……学園祭でも食ったけど、ここのうどん本当にうめーな)

 

あすみ (こんな家に生まれりゃ、緒方くらいうどん好きになっても不思議じゃねーかもな)

 

あすみ 「すみません、お父さん。うどんいただいちゃって」

 

親父さん 「なに、気にすんなって。そんなに美味しそうに食ってくれりゃうどん屋冥利に尽きるってもんよ」

 

あすみ 「はい、本当に美味しいです。ご馳走様です」

 

親父さん 「……いや、ほんと、気にしなくていいんだよ」

 

あすみ 「……?」

 

親父さん 「うちのリズたまはさ、こう言っちゃなんだが、ちょっと人の気持ちが分からないところがあってさ」

 

親父さん 「友達もそう多い方じゃねぇし、友達と喧嘩したっていうのも多かったんだ」

 

親父さん 「……そんなリズたまがさ、ここ一年くらい、本当に楽しそうでさ」

 

親父さん 「俺は本当に嬉しいんだ」

 

あすみ 「お父さん……」

 

親父さん 「それも全部、文乃ちゃんやうるかちゃん、それからアンタみたいな先輩もいてくれるからだと思う」

 

親父さん 「だから、本当にありがとな。これからも、リズたまの友達でいてくれると、嬉しいぜ」

 

あすみ 「………………」

 

あすみ 「……理珠さんは、アタシにとっても大事な後輩ですから」

 

あすみ 「こちらこそ、これからも仲良くお付き合いさせてもらいたいです」

 

あすみ (……うぅ。この親父さん、小さい頃から緒方のことをずっと心配してたんだろうな)

 

あすみ (なのに、アタシはそんな緒方に、昨日あんな失礼なことをしてしまった……)

 

親父さん 「……? それにしてもおかしいな。リズたま、もうそろそろ戻ってくると思うんだが……」

 

親父さん 「まさか、事故にあったりなんか……」 オロオロ

 

あすみ 「あっ……じゃあ、アタシ探してきますよ」

 

あすみ 「うどんいただいたお礼です! ちょっと行ってきますね!」

 

あすみ (早く緒方を見つけて、昨日のことを謝らないと……)

 

………………

 

あすみ (……と、急き込んで飛び出したものの)

 

理珠 「……うーん、どうしたものでしょうか」

 

あすみ (こんなに早く見つかるとは。あの和服姿は間違いなく緒方だ)

 

あすみ (……が、)

 

理珠 「あなたは昨日のハムスターさんですね。今日も脱走してきたのですか?」

 

ハミちゃん (昨日のおねーさん!) ハミハミハミ

 

あすみ (なんで緒方とハミちゃんが今日も一緒にいるんだよー!!)

 

あすみ (これじゃ怖くて話しかけられないじゃねーか!)

 

理珠 「どうしましょうかね。あなたの飼い主さんも心配しているでしょうし」

 

理珠 「うちで保護してあげたいところですが、うちは飲食店なので動物は連れ込めませんし……」

 

理珠 「でも、出前帰りに偶然出会えて良かったです。今日もかわいいですね」

 

ハミちゃん (このおねーさんも優しいから好きー!) ハミハミハミ

 

理珠 「さて、どうしましょうか……」

 

ハミちゃん (おねえさまに会いたいの! 連れてって!) ハミハミハミ

 

理珠 「……? ハムスターさん? そっちに行きたいのですか?」

 

理珠 「………………」

 

ムフー

 

理珠 「まぁ、今はお店にお母さんもいますし、少しくらい空けてもいいですよね」

 

理珠 「わかりました。ハムスターさん。あなたの行きたいところまで私が連れて行ってあげましょう」

 

………………物陰

 

あすみ 「………………」

 

ゾクッ

 

あすみ (お、緒方の奴、ハムスターと楽しげにお喋りを始めやがったぞ)

 

あすみ (き、昨日の今日で、さっきの今で、反省したばかりで、これは大変、遺憾なことだが)

 

あすみ (やはりあいつはハムスター星人なのでは……!?) ※先輩は混乱しています。

 

あすみ (いや、違う。あいつは人間だ。人間でありながら、人類を裏切ったのか!?) ※先輩は混乱しています。

 

あすみ (だ、ダメだ。正常な判断ができない。こういうときは……)

 

ピッ……prrrr……

 

成幸 『もしもし?』

 

あすみ 「後輩! 悪いが今すぐ来てくれ! 緒方がハムスター星人で人類を裏切ったんだ!!」

 

成幸 『先輩が混乱しているのはよく分かりました。今すぐ行くのでそこを動かないでください』

 

………………

 

あすみ 「かくかくしかじかというわけなんだ」

 

成幸 「……はぁ。まぁ、話は分かりましたけど」

 

成幸 「それで緒方をつけ回してるんですか?」

 

あすみ 「し、仕方ねーだろ! アタシは先輩として、あいつを正しい人類の道に戻してあげる必要がある!」

 

成幸 (この人、げっ歯類が絡むとほんとぶっ飛んじゃうよなぁ)

 

成幸 「俺が緒方と話してきましょうか?」

 

成幸 「で、俺がハミちゃんを預かっちゃえば、先輩も緒方と話せますよね?」

 

あすみ 「だ、ダメだ!」

 

ギュッ

 

成幸 「せ、先輩!?」 (お、往来で急に抱きつかれるのはさすがに……)

 

あすみ 「お、お前までげっ歯類側に行ってしまったら、アタシは……アタシは……」

 

成幸 「……あ、はい」

 

成幸 (げっ歯類側って何だろう……)

 

………………

 

ハミちゃん (次はこっち!) ハミハミハミ

 

理珠 「こっちですね。わかりました」

 

………………

 

あすみ 「な!? 緒方の奴、ハムスターの言葉がわかってるんだよ!」

 

成幸 「まぁ、たしかにそう見えますけど……」

 

成幸 「そんなことより、緒方はどこに向かっているんでしょうね」

 

あすみ 「ん……そういえば……」

 

ハッ

 

あすみ 「こ、この辺は、見覚えがある……というか、アタシがよく通る道だ……」

 

成幸 「……うん、まぁ、俺も薄々そう思ってましたけど」

 

成幸 「間違いなく先輩の家に向かってますよね」

 

あすみ 「なんだと!? 緒方の奴、本当に人類を裏切るつもりか!?」

 

成幸 (……この先輩見るの少し楽しくなってきたな)

 

………………小美浪診療所

 

理珠 「ここは……」

 

理珠 「小美浪先輩の家……?」

 

小美浪父 「……おや? 君はたしか、娘の友達の緒方さんだったかな?」

理珠 「どうも、こんにちは」

 

ハミちゃん (おねえさまの家!) ピョーン!!

 

理珠 「あっ、ハムスターさん!」

 

トトトトトト……

 

理珠 「す、すみません、すぐ捕まえます」

 

小美浪父 「ああ、気にしなくていいよ」

 

小美浪父 「あのハムスターはたまに来る娘の友達だ。たぶん娘の部屋に行ったんだろう」

 

小美浪父 「最近、娘はよくあの子と遊んでいてね」

 

小美浪父 「きみが連れてきてくれたんだね。娘のために、わざわざありがとう」

 

理珠 「いえ、そんな……」

 

理珠 「あっ……す、すみません。お仕事中ですよね。お邪魔をしてしまって……」

 

小美浪父 「気にしなくていいよ。今はお昼休憩中だからね」

 

………………

 

あすみ 「お、緒方の奴本当にうちに入っていきやがったぞ!?」

 

あすみ 「あいつは本気でアタシたちを裏切ったのか!?」

 

成幸 「そんな自覚はないと思いますよ。ほら、先輩、少し落ち着きましょう」

 

成幸 「お父さんは先輩がげっ歯類を苦手だって知ってるんですよね?」

 

あすみ 「……まぁ、多分」

 

成幸 「それなら、きっとなんとかしてくれますよ。とりあえず入りましょう?」

 

あすみ 「そ、それもそうだな……」

 

あすみ (……いや、しかし、げっ歯類は狡猾だ。どんな罠を張り巡らしているか分からない)

 

あすみ 「……とりあえず、こっそり行くぞ」

 

成幸 「えっ? まぁいいですけど……」

 

コソコソコソ…………

 

あすみ 「ん……。親父と緒方が何か話してるな……」

 

小美浪父 「ああ、気にしなくていいよ」

 

小美浪父 「あのハムスターはたまに来る娘の友達だ。たぶん娘の部屋に行ったんだろう」

 

小美浪父 「最近、娘はよくあの子と遊んでいてね」

 

小美浪父 「きみが連れてきてくれたんだね。娘のために、わざわざありがとう」

 

あすみ 「……親父」

 

成幸 (お父さん、ハミちゃんから逃げ回る先輩を見て、“遊んでる” と思ってるんだな)

 

成幸 (あのお父さんならさもありなんだけど、先輩、怒ってるだろうなぁ……) チラッ

 

あすみ 「……親父ぃ」 ボロボロボロ

 

成幸 「……!?」 (な、泣いてる!?)

 

あすみ 「お、親父……どうして侵略の手引きなんかを……」

 

あすみ 「パパまでげっ歯類側についたのかよぉ~~~!!」 シクシクシク

 

成幸 (先輩ってとことんまで弱るとパパ呼びなんだ……っていうか、まさか泣き出すとは……)

 

成幸 (……先輩は本当に辛いだろうから、不謹慎な話ではあるけど)

 

成幸 (……少し可愛いな)

 

………………

 

小美浪父 「お茶とようかんだよ。どうぞ」 コトッ

 

理珠 「すみません……」

 

小美浪父 「いやいや。こちらこそ、おうちのお手伝い中なのにすまないね」

 

理珠 「いえ。父にはもう連絡を入れたので、大丈夫です」

 

小美浪父 「そうか。それならよかったよ。きみたちとは、一度ゆっくりお話がしたかったんだ」

 

理珠 「?」

 

小美浪父 「……とりあえず、まず、言わせてほしい」

 

ペコリ

 

小美浪父 「……娘と仲良くしてくれて、本当にありがとう」

 

………………

 

あすみ 「うぅ……まさか、家族にまで裏切り者がいるとは……」 ブツブツブツ

 

成幸 「……先輩」

 

あすみ 「なんだよぅ……」

 

成幸 「盗み聞きみたいになっちゃって嫌ですけど、先輩もこっち来て聞きましょう?」

 

あすみ 「裏切り者たちの話なんか……」

 

成幸 「ほらほら、いつまでも混乱してないで、来てくださいってば」

 

成幸 「先輩は絶対に聞いといた方がいいですよ。この話」

 

クスッ

 

成幸 「先輩のお父さんも先輩とそっくりで、なかなか素直になれない人ですから」

 

あすみ 「……?」

 

………………

 

理珠 「へ? へ? い、いえいえ、そんな……頭を下げられるようなことでは……」

 

小美浪父 「いや、本当にきみたちには感謝をしているんだ」

 

小美浪父 「あすみは小さい頃から活発で人好きのする性格でね」

 

小美浪父 「友達も多かったし、いつも楽しそうだったよ」

 

小美浪父 「……でも、浪人し始めてから、あの子はずっと必死でね」

 

小美浪父 「もちろん私のせいもあるのだろうが、どうにも、余裕がないようだった」

 

小美浪父 「……しかし、夏くらいからかな。それこそ、唯我くんやきみたちと出会ってからだ」

 

小美浪父 「あの子から余計な力が抜けて、余裕が出てきたように見えるようになった」

 

小美浪父 「間違いなく、唯我くんや緒方さん、古橋さん、武元さんのおかげだ」

 

小美浪父 「……だから、ありがとう。私はいま、本当に安心しているんだ」

 

小美浪父 「娘がきみたちと出会ってよかった。きみたちが、娘のお友達になってくれて、本当によかった、とね」

 

理珠 「お父さん……」

 

理珠 「そうやって言われると、なんて言っていいのかわかりませんが……」

 

理珠 「私もお勉強のことやその他のことで、先輩からは色々とアドバイスをもらったりします」

 

理珠 「私にとって、とても頼りになる先輩です」

 

理珠 「……だから、私の方こそ、先輩に出会えてよかったです」

 

小美浪父 「そうか……」

 

小美浪父 「……そう言ってもらえると、私も嬉しいよ。ありがとう、緒方さん」

 

理珠 「あっ……さすがにそろそろお店に戻らないとです」

 

理珠 「お茶とようかん、ごちそうさまでした」

 

小美浪父 「いやいや、おじさんの話に付き合わせてしまって悪かったね」

小美浪父 「また遊びに来なさい。あすみともども、歓迎するよ」

 

理珠 「はい! また来ます!」

 

………………

 

あすみ 「………………」

 

成幸 「ね? 聞いて良かったでしょ?」

 

あすみ 「……ふん」 プイッ

 

あすみ (……緒方の奴、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか)

 

あすみ (親父も親父だ。恥ずかしいことばっか言いやがって……)

 

あすみ (いや、しかし、アレだな……)

 

ズーン

 

あすみ (……さっき緒方のお父さんと話をして反省したばかりだというのに)

 

あすみ (またげっ歯類に混乱して、わけの分からんことを口走ってしまった……)

 

あすみ (ハミちゃんもいなくなったことだし、今度こそ緒方に謝らないと……)

 

………………

 

理珠 「さて、急いでお店に戻らないとですね……」

 

理珠 (さすがに、長く外に出すぎました。帰ったらお父さんに謝らないと……ん?)

 

あすみ 「……よう」

 

理珠 「あ、小美浪先輩」 キョトン 「びっくりしました。今、ちょうどおうちにお邪魔していたんですよ」

 

あすみ 「……みたいだな」

 

あすみ 「……なぁ、緒方」

 

理珠 「はい?」

 

あすみ 「昨日は、その……逃げ出すような真似して悪かったな」

 

理珠 「……はい?」

 

あすみ 「いや、その……ハムスター、お前に押しつけたみたいになっちまっただろ?」

 

理珠 「ああ、そういえば、昨日もハムスターさんと会いましたね」

 

理珠 「大丈夫ですよ。あの後すぐに飼い主さんが来て引き取ってくれましたから」

 

あすみ 「そ、そうか……」 ホッ 「それならよかった」

 

あすみ 「でも、すまん。悪いことをした」

 

理珠 「? そんな、頭を下げるようなこととは思えないのですが……」

 

あすみ (まぁ、実際にはそれだけじゃなくて、お前のことをハムスター星人だのなんだのひどいことを言ってしまったんだが……)

 

あすみ (緒方が気分を害しても嫌だし、それはいつか、別のときに告白するとして……)

 

あすみ 「あ、あのさ……」

 

理珠 「はい?」

 

あすみ 「アタシにとって、お前は大切な後輩だから」

 

理珠 「……? はい?」

 

あすみ 「……いや、お前、そこはもう少し笑顔になってくれてもいいだろうが」

 

カァアアアア……

 

あすみ 「アタシがひとりでこっぱずかしいこと言っただけみたいになっちゃうだろ」

 

理珠 「すみません。そういうものなんですね」

 

理珠 「ありがとうございます。私も、先輩のことは尊敬していますし、大切に思っていますよ」

 

あすみ 「っ……」 (そ、そうだ。こいつはこういう奴だ。照れるようなことを、何でもないように言えるんだ)

 

あすみ 「……引き留めて悪かったな。それだけ言いたかったんだ」

 

理珠 「そうですか」

 

理珠 「では、また、小美浪先輩」

 

あすみ 「おう。またな」

 

あすみ 「………………」

 

ズーン

 

あすみ (……ほんと、いくら混乱してたとはいえ、あんなに良い奴をげっ歯類の手先だと思い込むなんて)

 

あすみ (アタシもヤキが回ったもんだ。ごめんな、緒方……)

 

成幸 「終わりました?」 ヒョコッ

 

あすみ 「おう。後輩も、くだらねーことに付き合わせちまって悪かったな」

 

成幸 「いえいえ」

 

あすみ 「……お詫びに勉強付き合ってやるよ。うち寄ってけよ」

 

成幸 「お詫びって……。どうせ理科で教えてほしいところがあるんじゃないですか?」

 

あすみ 「にひひ、バレたか。ま、いいだろ。大好きな “先輩と密室” シチュなんだからよ」

 

成幸 「だからそれは勘違いだって言ってるでしょーが!」

 

成幸 (……あれ?)

 

成幸 (そういえば、何か忘れてるような……?)

 

………………小美浪家

 

あすみ 「大体だな、お前はもう少しこのシチュエーションに感謝した方がいいぜ?」

 

あすみ 「アタシとふたりっきりで勉強できるんだ。店のファンなら垂涎モンだぞ?」

 

成幸 「俺はべつにハイステージのファンではないので……」

 

ドキドキドキドキ……

 

成幸 (な、なんだろう。先輩とふたりきりということに対してのドキドキじゃない、この胸騒ぎは……)

 

成幸 (先輩の部屋に近づくにつれて、どんどん動悸が激しくなっていく……)

 

成幸 (何か、忘れてはいけないものを忘れているような……)

 

あすみ 「ったく。つれねー後輩だな。ま、いいや」

 

ガチャッ

 

成幸 「……!?」

 

ハッ

 

成幸 「あっ!! せ、先輩! 部屋の中にはきっと……――」

 

――――ピョーン!!!

 

ハミちゃん (おねえさまー!!)

 

あすみ 「へ……?」

 

ムギュッ

 

あすみ 「………………」

 

ハミちゃん (えへへー、おねえさまー!) はみはみ

 

成幸 「せ、先輩……」

 

成幸 (む、胸元にダイブをキメるとは、やるなハミちゃん……)

 

あすみ 「………………」

 

ブワッ

 

あすみ 「うわあぁあああああああああん!! なんでこうなるんだよぉおおおおお!!」

 

あすみ 「後輩取って後輩取って後輩取ってぇえええええええええ!!」

 

あすみ 「ハムスター怖いよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

成幸 「お、落ち着いてください先輩! 今取りますから!!」

 

あすみ 「ダメ! お願い! 早く取ってぇええええ!!」

 

成幸 「ちょっ、暴れないでください! 取れないでしょ!」

 

あすみ 「緒方~~~~~!! やっぱりお前はハムスターの手先なのか~~~~~~!!!」

 

成幸 「またわけわからないこと言い始めた!? 先輩どんだけげっ歯類苦手なんですか!?」

 

成幸 「……うわっ、脱いだ服振り回さないでください! ハミちゃんもう床に降りてますから!」

 

成幸 「ってなんでブラジャーまで取ろうとしてるんですか!?」

 

あすみ 「緒方~~~!!」

 

グスッ

 

あすみ 「やっぱりお前はハムスター星人だったのかーーーー!!」

 

 

………………幕間  「まぁ誤解するよね」

 

あすみ 「……はぁ……はぁ」 ゼェゼェ……

 

成幸 「落ち着きました? 先輩……」

 

あすみ 「……ああ。また恥ずかしいところを見せちまったな」 ギロッ 「……とりあえず忘れろ」

 

成幸 (どうやって忘れろと言うんだろう……) 「……っていうか、先輩、ハミちゃんはカゴの中に入れましたから」

 

ハミちゃん (出してー! 出してー!) ハミハミ

 

成幸 「いい加減、俺から離れてくれませんか? っていうか、その……」 カァアアアア…… 「せめてブラジャーだけでもつけてもらえると……」

 

あすみ 「も、もう少しだけくっつかせといてくれ……身体の震えが止まらないんだ」

 

成幸 「……まぁ、いいですけど……」

 

小美浪父 「あすみ! 何を暴れているんだ!?」 ガチャッ 「大丈夫か!? ……っと」

 

小美浪父 「………………」 ポッ 「……すまん。取り込み中だったか」

 

成幸 「ま、待ってください! お父さん!? 違いますよ!? 違いますからね!?」

 

小美浪父 「いや、大丈夫だ、唯我くん。私は分かっているから。理解ある父親を目指しているから」

 

成幸 「それ絶対分かってないですからね!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

あすみ 「緒方ってハムスターに似てるよな……」

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1541592657/

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ぼくたちは勉強ができない 1 (ジャンプコミックス) [ 筒井 大志 ]
価格:432円(税込、送料無料) (2019/2/13時点)

楽天で購入

 

結衣「あたしは、ヒッキーの…特別な存在になりたい」【俺ガイルss/アニメss】

 

結衣「これからどうする?」

 

八幡「どうするって…そりゃ帰るだろ」

 

結衣「そうじゃなくて…」

 

由比ヶ浜は、そう言いながら前へ進む

そして、こう続けた

 

結衣「これからどうしよっか。ゆきのんのこと。それと、あたしのこと。…あたしたちのこと。」

 

雪乃「それは…どういう意味?」

 

雪ノ下は問い返すが、その答えは聞くまでもない

俺たちが、今まで先伸ばしにしてきた…俺たちの問題についての…『本物』についてのことだ

 

由比ヶ浜は振り返ると、何かを決心したような表情をしていた

拳を震わせ、唇も噛み締めている

 

結衣「ヒッキー、これ」

 

由比ヶ浜が俺を呼ぶ

手を震わせながら袋を差し出した

 

結衣「あの時のお礼」

 

あの時とはいつのことだ?

そう思っていると、視界の端で雪ノ下がモゾモゾと動きながら、首を横に振るのが見えた

 

結衣「あたしの相談、覚えてる?」

 

由比ヶ浜は、無理矢理俺の手を掴んで袋を受け取らせた

相談と言って真っ先に思い浮かぶのは、由比ヶ浜が最初に奉仕部に来て言ったことだ

『渡したい人がいるから、クッキーを作るのを手伝って欲しい』

そして、袋の中に入っていたのは…綺麗な形のクッキーだった

前に作ったときは、あんなにボロボロだったのに…

 

雪乃「由比ヶ浜さん…あなた、凄いわ」

 

結衣「あたしが自分でやってみるって言って、自分のやり方でやってみるって言って…それがこれなの。だから…ただのお礼!」

 

八幡「…礼ならもう貰ってる」

 

結衣「それでも…ただのお礼だよ」

 

この時、由比ヶ浜は目を逸らし、声を震わせていた

…しかし、それと同時に由比ヶ浜の中に、何か信念のようなものがあるのを感じた

 

結衣「あたしは全部欲しい…今も、これからも。あたし、ずるいんだ。卑怯な子なんだ…。あたしはもう、ちゃんと決めてる。」

 

決めてる、と。確かにそう言った

それはつまり、俺たちの…奉仕部のこれからの在り方は、由比ヶ浜なりの答えが出ているということだ

 

雪乃「…そう」

 

雪ノ下は、悲しそうで…どこか諦めたような様子だった

そして、由比ヶ浜は再び決意の表情を表し、こう告げた

 

結衣「もしお互いの思ってることがわかっちゃったら、このままっていうのもできないと思う。…だから、これが最後の相談…」

 

結衣「あたしたちの最後の依頼は、あたしたちのことだよ。」

やはりそうだ

そして、由比ヶ浜は『最後』と言った

俺たちはまだ、これから三年になる時期だ

長くはないが、まだまだ時間はある

それでも…『最後』と言ったのだ

 

結衣「ねえゆきのん、例の勝負の件、まだ続いてるよね」

 

突然、由比ヶ浜は話を変えた

 

雪乃「…ええ、勝った人の言うことを、なんでも聞く」

 

雪乃「ゆきのんの今抱えている問題、あたし答えわかってるの」

 

雪ノ下は驚きの表情を示す

雪ノ下の今抱えている問題…それは、おそらく『自分が無い』ということについてだろう

 

結衣「たぶんそれが、あたしたちの答えだと思う。それで…あたしが勝ったら全部もらう」

 

八幡(なにひとつ、具体的なことは言わなかった。口に出してしまえば、確定してしまうから。それを避けてきたのだ)

 

つまり、ここまでの俺の推測は…その言葉の通り推測でしかない

由比ヶ浜が本当に考えていることは分からないままだ

 

結衣「ずるいかもしれないけど、それしか思いつかないんだ。ずっとこのままでいたいなって思うの…どうかな?」

 

八幡(由比ヶ浜は、たぶん間違えない。彼女だけはずっと、正しい答えを見ていた気がする。それを受け入れてしまえばきっと楽だろう。けれど…)

 

それは、由比ヶ浜にとっての、由比ヶ浜が思う正しい答えだ

その答えは、雪ノ下にとっては…

 

結衣「ゆきのん…それでいい?」

 

雪ノ下「わたっ…しは…」

 

八幡(ああ、これは違う。間違っている!)

 

雪ノ下「わた…しは…!」

 

八幡(雪ノ下が自分の未来を誰かに委ねるだなんて、そんなことあっていいはずがない!)

 

…そうだ、そうなんだ

雪ノ下にとって、この答えは間違いなんだ

でも、今まで彼女はその間違いを選び続けたのだろう

だから、その答えを直さなければいけない

由比ヶ浜の答えは、回答は…既に始まっていた

雪ノ下が息を呑む

これまで見たことがない、弱々しい様子で…

由比ヶ浜は、そんな雪ノ下を、ただじっと見つめる

 

雪ノ下「私は、それでもかまわな---」

 

八幡「いや……その提案にはのれない。雪ノ下の問題は、雪ノ下自身が解決すべきだ」

 

雪ノ下がこちらをじっと見つめる

いつもの凛とした空気は、どこからも感じられない

 

八幡(由比ヶ浜結衣は優しい女の子だ。そう勝手に決めつけていた…。雪ノ下雪乃は、強い女の子だ…。そうやって理想を押し付けていた)

 

八幡「それに、そんなのただの、欺瞞だろ。…曖昧な関係とか慣れ合いの関係とか、そういうのはいらない」

 

八幡(馬鹿なやつだと思う。そんなのないって知っているのに。突き詰めてしまったら、何も手にはいらないとわかっているのに)

 

本当に馬鹿だ

俺も…由比ヶ浜

そんな馬鹿なことを、友達のために体を張ってできるこいつは凄い

 

八幡「それでもちゃんと考えて、苦しんで、足掻いて、俺は…」

 

こいつらと、『本物』を築いて行きたい

 

結衣「ヒッキーなら、そう言うと思った」

 

なぜだろう

由比ヶ浜は笑っていられるのに…どこか悲しそうだった

本当は、雪ノ下自身の口からこの言葉を聞きたかったのだろう

 

雪ノ下「あたしの気持ちを勝手に決めないで。それに最後じゃないわ。比企谷君、あなたの依頼が残ってる」

 

由比ヶ浜が頷く

俺の以来が残っている

そして…雪ノ下に、よく言えたね、と

そう言いたげな表情で

 

八幡(間違っていてもいい。そのたびに、問いなおして、問い続けるんだ)

 

雪ノ下「あともう一つ。私の依頼、聞いてもらえるかしら」

 

結衣「うん。聞かせて」

 

由比ヶ浜は、笑っていた

 

雪ノ下と由比ヶ浜の二人と駅で別れ、十数分歩くと家が見えてきた

二人には『家まで送る』と言ったが、どちらにも『暗くないから大丈夫』と断られた

本当は少し気まずさもあるのだろう

ガチャ

 

八幡「ただいま」バタン

 

小町「お兄ちゃんおかえり~」

 

リビングから小町の明るい声が聞こえる

どうやら、入試の手応えは良かったようだ

…とはいえ、気を張っている可能性もあるし、どうなんだろう

 

八幡「えっと…どうだった?」

 

小町「ふふん…自己採点した感じではバッチリです!」ニコッ

 

良かった…

この感じなら大丈夫そうだな

 

小町「も~、お兄ちゃん安心しすぎ。まだ自己採点なんだから」

 

八幡「お、おう、悪い…」

 

小町「でも、お兄ちゃんが心配してくれてるはよくわかったよ。ありがとね! あ、今の小町的にポイント高~い!」

 

なにこの子ホント可愛いわ

そんな小町の受験がうまく行ってそうでホント良かった…

 

安心したところで、炬燵にモゾモゾと入る

暖かい…

本当に炬燵は人をダメにする

小町「ところでお兄ちゃん」

 

八幡「お、なんだ?」

 

小町「今日どこ言ってたの?」

 

八幡「あ? ああ~…」

 

う~ん、素直に言うと『由比ヶ浜と雪ノ下と一緒に水族館行った』ってことになるんだろうけど、茶化されそうだしなんて誤魔化そう…

 

小町「…なんかはぐらかそうとしてない?」

 

なんでわかるのこの子…?

エスパーか何かかな…?

 

小町「…お兄ちゃん、凄く疲れた顔してるよ?」

 

八幡「え…?」

 

小町「疲れた、っていうか…う~ん、迷ってるというか、悩んでるというか…そんな感じの顔」

 

八幡「…」

 

小町「無理にとは言わないけど、この前みたいに、ギリギリになるまで相談してくれない、っていうのは嫌だよ?」

 

この前というのは、修学旅行後の一軒のことだろう

…俺は良い妹を持ったよ。本当に

 

俺は事の顛末を全て話した

小町は『う~ん…』と可愛く唸っていた

小町「それで、雪乃さんの依頼って?」

 

八幡「…『それぞれの『本物』を明確にし、終了式の日にどれが私たちの『本物』に相応しいかを決めたい』だそうだ」

 

『本物』

俺が雪ノ下と由比ヶ浜に言った言葉だ

二人はその時、『よく分からない』と言っていた

俺も正直…よく分かっていない

要するに、奉仕部の…三人の在るべき形

 

小町「ふむ…なるほど。それで?」

 

八幡「? それで、とは?」

 

小町「決まってんじゃん! 雪乃さんと結衣さんのどっちが好きなのってこと! まったく、これだからごみいちゃんは…」

 

八幡「なっ、す、好き…とか…」

 

小町「違うの?」

 

今の話、好きとかそういう話だったか?

まあでも、異性として好きか否かで、当人同士や周りの接し方も変わるはずだから、外れてはいないのかもしれない

ただ…

 

八幡「好きとか…よく分からん」

 

小町「うえぇ…」

 

ガックリと肩を落としながら、小町は謎の声をあげた

ホント可愛い

…もしかして、これが好きって気持ち?

 

小町「なんて言うか…お兄ちゃんらしいなあ」

 

今度は肩をすくめながらそう言った

 

小町「なんて言うんだろ…じゃあ、つい目で追っちゃう人とか?」

 

考えてみる…

まあ、知り合いは目で追うな

となると、ぼっちだからそういう人も限られてくるわけで…

 

八幡「二人とも当てはまる」

 

小町「ん~、じゃあじゃあ! 可愛いな~、とか、綺麗だな~って思う人は?」

 

可愛い…

…ここで小町って言ったら怒られるな

でも、そしたら…

 

八幡「可愛いは由比ヶ浜、綺麗は雪ノ下だな」

 

小町「えぇ…。じゃあ、この人を支えたい、支え合いたいって思う人!」

 

八幡「!」

 

…なぜだろう

『支えたい』と、『支え合いたい』

要は、こちらから一方的に、または、お互いに支え合う

自分が行うことは変わりないのに…ここでなぜか、この二つで思い浮かぶ人はそれぞれ異なった

 

八幡「支えたい人は…雪ノ下だ」

 

小町「ほうほう」

 

八幡「でも、支え合いたい人は…由比ヶ浜だ」

 

小町「…」

 

ここで、小町がピタッと止まった

場の空気に、少しだけ緊張感が加わった気がした

 

小町「…あのね、お兄ちゃん」

 

八幡「…おう」

 

小町「お兄ちゃんが好きな人…小町には分かったよ」

 

八幡「! それは、どっちな---」

 

小町「でも、小町からそれは教えられない。自分で考えて、自分で見つけなきゃ…二人に失礼だよ」

 

…そう言った小町の表情は、先ほどの由比ヶ浜と同じように、悲しさを含んだ微笑みだった

 

あの後、軽くシャワーを浴びて飯を食った

小町が作ったオムライスだった

そういえば、帰ってきた両親も小町の様子を見て安心したようだった

その様子を見届けて、俺は自室に行った

八幡「…ふう」

 

それにしても疲れた

まさかあんなことになるとは…

だが、いずれにせよいつかは動き出さねばならない

それにしても…

 

八幡「まさか由比ヶ浜が言い出すとはな…」

 

俺はてっきり、由比ヶ浜は今の関係にもそれなりに満足しているのだと思っていた

…むしろ、満足していたのは、俺と雪ノ下だったのかもしれない

俺自身が、『本物』が欲しい、などと言ったのに…言っただけで満足していた

 

八幡「満足…してたのかなあ」

 

…ピピピピピピピ!!!

八幡「…」カツン

 

…喧しく鳴り響く目覚まし時計を止める

朝になっていた

いつの間にか寝ていたようだ

 

八幡「…寒っ」ブルブル

 

二度寝をしてやろうかという気になるが、生憎今日は学校だ

一日休みだったんだから、もう一日休んだっていいじゃない

 

小町「お兄ちゃ~ん! ごは~ん!」

 

…可愛い妹からこんなふうに呼ばれたら、行くしかないじゃない

 

いつも通り飯を食い、いつも通り登校し、いつも通り授業を受ける

何も変わらない生活

しかし…なんとなく部室に行くのがはばかられる

結衣「ヒッキー!」

 

後ろから由比ヶ浜に呼ばれた

振り返ると、少し気まずそうな表情をしていた

 

結衣「…行こ?」

 

そう言われると、なんとなく気まずくなったので、さっさと部室へ向かうことにした

いや、別に照れてないですよ、はい

 

結衣「…」トコトコ

 

八幡「…」スタスタ

 

無言で部室へ脚を運ぶ二人

そういえば、黙って移動することなんて滅多になかった

 

結衣「ねえヒッキー」トコトコ

 

そんなことを思っていたら、由比ヶ浜が声をかけてきた

 

八幡「おお?」スタスタ

 

結衣「…ううん、何でもない」トコトコ

 

八幡「…そうか」スタスタ

 

結局、この後部室に着くまでの間、一言も言葉を交わさなかった

 

ガララ

結衣「ゆきのん、やっはろ~!」

 

雪乃「こんにちは」

 

八幡「…うす」ガララ

 

いつも通りの挨拶

だが、雰囲気まではいつも通りではなかった

なんとなく、三人ともギクシャクしている

特に由比ヶ浜は、いつも雪ノ下の方に椅子を寄せるのに、今日はほぼ真ん中に陣取っている

 

雪ノ下「…今お茶を入れるわね」

 

結衣「あ、ありがと~」

 

いつも行われるやりとり

しかし、中身は全然違った

 

コンコン

 

そんな時、奉仕部のドアがノックされた

つい、ナイスタイミングと思ってしまった

 

雪ノ下「どうぞ」

 

いろは「失礼しま~す!」ガララ

 

…一色だった

いつも通りのあざとい仕草をしながら入ってくる

 

結衣「いろはちゃん、どうしたの?」

 

いろは「いや~、ちょっとお願いがありまして…」

 

雪乃「そう、ちょうど良かったわ。これからお茶を入れるから、座って待ってて頂戴」

 

そう、ちょうど良かった

このままだと、間が持てなくなるのも時間の問題だった

 

いろは「…は~い」

 

雪ノ下が紅茶を入れ終わって、四人の前に並べる

そこで、それまで由比ヶ浜と雑談していた一色も話をやめる

雪乃「それで、お願いというのは?」

 

雪ノ下が単刀直入に聞く

 

いろは「ええっと、もうすぐ卒業式じゃないですか?」

 

卒業式は再来週の土曜日だ

俺たちからしたら少し遠いが、確かに生徒会長の一色からしたら、もう少しだろう

 

いろは「 それで、あたし式辞とか言わないといけないんですよ。それでちょっとお手伝いして欲しいな~って」

 

雪乃「なるほど…」

 

結衣「ほわ~、式辞か~。なんか凄いね!」

 

また馬鹿っぽい感想を…

まあ、確かに一色が会長らしくなったのは、素直に凄いと思う

 

いろは「それが、まだほとんど決まってないんですよ~…」

 

八幡「なんでだよ。去年の原稿とか残ってんだろ。それをちょちょっと改変すればいいじゃねえか」

 

いろは「そうしたんですけど、被り過ぎだって言われてボツになっちゃって…。だから、先輩方に手伝って欲しいんです!」

 

まったく、先生方も面倒くさいことを…

自分たちもそうやって乗り切ってるだろうに…

 

雪乃「ちなみに、その原稿は今ある?」

 

いろは「はい、あります…」ゴソゴソ

 

そう言いながら、一色は2枚一組の原稿用紙を二組取り出した

机に並べられた、合計4枚の原稿用紙を眺めると、確かに類似点が多く感じられた

 

雪乃「確かに、ちょっと引用が目立つわね」

 

いろは「うう…そうですよね…」

 

雪ノ下も同じ意見だったようだ

 

雪ノ下「でも、所々しっかり変更してるところは好感が持てるわ」

 

由比ヶ浜「あ、ホントだ! こことか、こことか…あとここも!」

 

いろは「そうなんですよ! 分かっていただけて嬉しいです…」ウルウル

 

雪ノ下の言った通りだった

よく見ると、文章は多少稚拙だが、卒業生を労う旨がよく書かれている

 

八幡「ま、要は誤魔化すのが下手なんだな」

 

いろは「誤魔化す?」

 

八幡「お前は変えようという意志はしっかり持っているが、その気力を部分的に集中させている。その分、全体として変えてない部分が多くなる」

 

いろは「じゃあ、変えるのはちょっとずつでいいから、全体的に手を加えれば良かったんですか?」

 

八幡「まあ、そういうことになる」

 

雪乃「比企谷くんらしい小賢しい考えだけど、概ね正しいわね」

 

雪ノ下から毒を吐きながらの同意を頂いた

本当に彼女の破壊力は安定している

と、そう考えながら雪ノ下の方を見ると、由比ヶ浜が目をパチクリさせながら、頭の上に『?』を浮かべていた

 

雪ノ下「もう既に変更したところはそのままでいいでしょう。あとは軽く手直しするだけだから、ほとんど時間はかかりそうにないわね」

 

いろは「良かったです~。ほっとしました」ニコッ

 

八幡「じゃあ、ちゃっちゃとやって終わらせ---」

いろは「あ、ちょっと待ってください!」

 

一色が勢いよく俺の言葉を遮った

彼女を見ると、なぜかドヤ顔のような笑みを浮かべていた

 

結衣「どうしたの?」

 

いろは「実は、依頼ってこれだけじゃないんです」

 

雪乃「受けるかどうかはともかく、とりあえずお聞きするわ」

 

雪ノ下は、しっかりと予防線を張りつつも、一色の話を促す

 

いろは「えっと、まずは原稿の朗読の相手をしてもらって、アドバイスをして欲しいです。それと、卒業式の後で、体育館の片付けの手伝いをお願いします」

 

結衣「多分あたし達でも出来るけど、そういうのって生徒会の人がするんじゃないの?」

 

八幡「どうせ、他の生徒会のメンバーは卒業生からの寄付金の管理、それで取り寄せる美品の発注だとか、そんなんで忙しいんだろ。で、会長のコイツはいろいろ仕事あるしで別行動なんじゃね?」

 

いろは「そ、そうですけど…よく分かりましたね」

 

それくらいは分かる

けど…

 

雪ノ下「では、なぜ体育館の片付けだけなのかしら? 準備の方はどうするの?」

 

そこである

 

八幡「そこは俺にも分からん」

 

いろは「ええっとですね、準備は色んな部活の人に手伝ってもらうんですけど、卒業式の後は卒業生との交流があるだろうって配慮して片付けは無しにしてるんです。で、その穴埋めをお願いしたいんです」

 

なるほど、そういう流れか

 

雪乃「でも、それは私たちだけで何とかなるのかしら? 人数が少なすぎると思うのだけれど…」

 

いろは「ああ、当日は椅子を片付けるだけなんで、大丈夫ですよ。残りは体育館を使うクラブにお願いしてます」

 

雪乃「…わかったわ。その依頼、受けるわ」

 

いろは「よかった~、ありがとうございます!」

 

結衣「頑張ろうね、いろはちゃん!」

 

いろは「はい、結衣先輩!」

 

いろは「あ、そうだ。ちょっと生徒会室に荷物運び込まないといけないんですけど、先輩借りて行っていいですか?」

雪乃「ええ、持って行っていいわよ」

 

いろは「ありがとうございます~」

 

あれ、また俺の意思は関与しないんですね?

っていうか、どうせ物扱いなんですね

知ってますよ、うん

 

いろは「ほら、ボーっとしてないで行きますよ、先輩」

 

八幡「…おう」

 

ガララ

 

いろは「失礼しました~!」

 

結衣「ヒッキー、いってらっしゃ~い!」

 

八幡「…おう」ガララ

 

由比ヶ浜が手を振るのが見えた

…のと同時に、雪ノ下もひょこっと手を挙げているのが見えた

少しビックリしてしまった

 

いろは「さ、先輩行きましょう」

 

八幡「おう」トコトコ

 

二人で生徒会室へ向かう

いつもはペラペラ話しそうな一色だが、黙って歩いていた

まあ、疲れなくて助かるけど

何を考えるでもなく歩いていると、生徒会室に着いていた

一色が鍵を開ける

 

ガチャ

 

いろは「どうぞ~」

 

八幡「お邪魔します」

 

パタン

 

…あれ?

 

八幡「生徒会室に荷物を運び込むんじゃなかったのか?」

 

いろは「あ、あれ嘘です」

 

八幡「…はあ? なんで嘘なんかついたんだよ」

 

いろは「あ、別に大したことじゃないんですけど~、ちょっと聞きたいことがあったんで」

 

大したことじゃないんだったら、部室で聞けばいいじゃねえか…

っていうか、こういう状況で『大したことじゃない』って言う時は、たいてい『大したこと』の話だ

 

いろは「なんか先輩たちの雰囲気がおかしい気がしたんですよ~。なにかあったんですか?」

 

…なるほど、コイツとしては大したことじゃないな

でも、部室ではまあ聞き辛い

まあ、俺たちからしたら大したことだけどな

 

八幡「…お前には関係ないだろ」

 

いろは「ふーん…そうですか」

 

お、聞き分けがいいなコイツ

助かった…

 

いろは「言ってくれないと、きゃーやめてー、って叫んじゃいますよ?」ニコッ

 

…助かってなかった

全然聞き分けよくなかったよ

ってか、むしろ脅してきたよ

 

八幡「随分棒読みだな」

 

いろは「あ、雰囲気出して言いましょうか? 大声で」

 

八幡「勘弁してくれ…」

 

コイツ、本当に良い性格してるわ…

 

いろは「ほうほう、なるほどなるほど…」

俺が説明し終わると、一色は偉そうにそう呟いた

何故かは分からないが、無性に悔しくなった

っていうか、ホントはこういう話ってあんまり他人にベラベラ話すべきじゃないよなあ…

 

いろは「それで?」

 

八幡「…は?」

 

思わず聞き返した

一応全部説明したんだが…

 

いろは「先輩は、雪ノ下先輩と結衣先輩、どっちが好きなんです?」

 

八幡「それが分かったら苦労しないっつうの…」

 

いろは「…は?」

 

さっきの俺と同じ反応を返された

思わずオウム返ししそうになった

 

八幡「いやだから、それがわかったら分かったら苦労しないんだって」

 

いろは「えっと…え? 先輩は、自分が誰のことが好きか分からないって言ってるんですか?」

 

八幡「…ああ」

 

いろは「…」

 

一色は無言で俺を見つめている

しかし、彼女の目はこう物語っている

『お前頭おかしいんじゃねーの?』

勝手に俺が想像してるだけとはいえ、ぶん殴りたくなってきた

 

八幡「っていうか、この話って好きとかそういう話か?」

 

小町と話した時にも思った疑問をぶつける

 

いろは「…は?」

 

何コイツ本当にウゼエ…

ってか、それ今日何回目だよ

 

いろは「あのですねえ、そこまで来て『本当に仲がいい友達になりたい~』とかなるわけ無いでしょ…」

 

いや、かつての俺がそう思って突っ込んでいった結果、友達になりたいとすら思われて無かった事が多々あるんですが…

まあでも、恋愛脳っぽいのは見た目だけで、中身はクレバーな一色が言うのだから間違いないだろう

…多分だけど

 

いろは「はい、じゃあ話を戻します」

八幡「…おう」

 

いろは「結局先輩は、雪ノ下先輩と結衣先輩、どっちが好きなんです? 分からないんですか?」

 

八幡「…ああ」

 

いろは「…」

 

問答に一段落つくと、一色は黙り込んで考え始めた

そして、一言こう呟いた

 

いろは「…私にもまだチャンスあるか」ボソッ

 

八幡「は? 何のチャンスだよ」

 

いろは「え、分からないんですか?」

 

そう言いながら、一色は俺の方に顔を近づけてき---

近い近い近い近い近い!!!

 

いろは「先輩を奪っちゃうぞ、ってことですよ」ボソッ

 

八幡「! …はいはい、あざといあざとい」///

 

あ、危うく惚れそうになった…

何なのコイツ、男にはとりあえずカマ掛けとくの?

 

いろは「…はあ、素に決まってるじゃないですか~」

 

やっと一色は離れて行った

なんでコイツはこんなに近づいてくるんだよ

そしてなんでちょっと不機嫌そうな表情なんだよ

 

いろは「ま、気になってたことは分かったんで、もう帰っていいですよ~」

 

なんかすごい上から目線で言われた

まあ、帰っていいんなら帰るけど…

 

八幡「お前、この後どうすんの?」

 

いろは「え、なんで乙女に予定聞くんですかもしかして口説こうとしてますかそれ金曜の放課後とかに聞いてくださいごめんなさい」

 

八幡「いや、どう考えても違うだろ…」

 

俺ってこいつに週一ぐらいのペースでフラれてんな…

あれ、一色に告白したことなんてあったっけ?

 

八幡「ま、じゃあ部室戻るわ」ガチャ

 

いろは「はい、お疲れ様でした~」

 

バタン

 

さっき来た道を歩いて帰る

途中で通りかかった教室には、勉強をしている者や、ただただ駄弁っている者、机に突っ伏して寝ているものなど、皆していることは様々だ

まあ、一つの教室に五人ずつくらいしかいないけど

…と、そんな風にボンヤリと教室を眺めながら歩いていると、ある教室に目が止まった

男女が二人っきりで窓際の椅子に腰掛けていた

リア充爆発しろ、などと思いながらその教室の前を通り過ぎた瞬間、ボソッっと、ある言葉が聞こえた

女「ウチらさ…別れよ?」

 

思わず足を止めていた

やはりリア充だったが、破局寸前だったようだ

 

男「…やり直すことはできないか?」

 

女「…もう、アンタの言うこと信じられないから、もう無理」

 

信じられない、と…彼女らしき女は言った

あの二人は付き合っていたようだ

つまり、まあ程度の差はあれ、互いのことを好きだと思い、信じていたのだろう

彼氏らしき男が何をしたのかは分からない

しかし…信頼関係は崩れた

二人は別れるのだ

 

男「…分かった」

 

男がその言葉を発するまでには、俺が長々と考え事をするには十分な時間が経っていた

自分の気持ちに整理がつかず、思考が追いつかなかったのだろう

…いや、きっとまだ、気持ちの整理はつかないままなのだろう

 

男「今までありがとう」

 

一連の会話を聞いた俺は、胸糞が悪くなって、その場から立ち去った

 

ガララ

結衣「あ、ヒッキーお帰り~」

 

八幡「…」ガララ

 

結衣「…え、無視!?」

 

由比ヶ浜に話しかけられたが、無視して席に着く

さっきのことでイライラし過ぎて、思わず強い口調になってしまいそうだったので、黙っていて正解かもしれない

 

雪乃「あら、先程よりも目が腐っている気がするわね。そんなに重いものを運ばされたのかしら?」

 

流石雪ノ下、無駄に観察力がある

これも無視する

 

結衣「ヒッキー、何かあった…?」

 

ここも黙秘を通したかったが、あまり黙り過ぎると更に追求を受けそうなので、一応返事だけしておく

 

八幡「…別に」

 

結衣「…そっか」

 

由比ヶ浜が、少し悲しそうに呟いた

それと同時に、雪ノ下がブルーライトカットの眼鏡をかけて、パソコンを開いた

少し操作をして、パタンと閉じ、眼鏡も外した

 

雪乃「依頼ももう無さそうだし、今日はここまでにしましょう」

 

八幡「…だな」

 

俺は、独りで足早に部室を出た

 

あの後、帰ってから飯と風呂だけ済ませてすぐに寝た

翌朝、そのせいもあって無茶苦茶早い時間に目が覚めた

二度寝をしてやろうと思っても、まったく寝付けない

仕方無く、体をゆっくりと起こし、朝食をとって早めに学校へ向かった

まだ2月ということもあり、肌に空気の冷たさが突き刺さる

…昨日の出来事も、俺の心に突き刺さっていた

いろは「先輩!」

 

チャリをこいでいると、後ろから一色に呼ばれた

白い息を吐きながら、一色が走ってくる

ゆっくりとチャリから降りる

 

八幡「…おっす」

 

いろは「はぁ、はぁ…お、おはよう、ごっ…ございます…」ハァハァ

 

八幡「とりあえず息整えろ」

 

いろは「は、はい…」ハァハァ

 

一色が大きく深呼吸をする

多少は呼吸が落ち着いてきたようだ

 

学校へ向かいながら、一色は深呼吸を続ける

いろは「…ふぅ、落ち着きました」

 

八幡「そうか。…で、何の用だ?」

 

そう尋ねると、一色は立ち止まった

幸い、まだ朝早いため、周りに通行人はおらず邪魔にはならない

 

いろは「えっと、その…」

 

一色は言い終わる前に、一度言葉を止める

そして、息が上がっているわけでも無いのに、大きく深呼吸をした

 

いろは「…昨日は、本当にごめんなさい!」

 

八幡「…え? な、何がだ?」

 

なぜか突然謝られてしまった

昨日といえば、一色とは一昨日のことを話しただけだった

 

いろは「その、先輩優しいから、無神経にいろいろ聞き出して、しかもそれに鬱陶しいコメントしちゃって…、本当に…ご、ごめ…」ウルウル

 

八幡「ちょ、ま、待ってくれ! どういうことだ?」

 

いろは「どうっ…どういうことって、そっ、それは---」ヒック

 

八幡「…そういうことかよ」

一色から聞いた話をまとめると、以下のようになる

昨日の部活の後、雪ノ下と由比ヶ浜は、俺の様子がおかしくなったことを不思議に思っていた

そこで原因は、直前に、俺が一色の手伝いに行った時に起こった『何か』であると踏む

そして、一色を尋ねて行ったところ、コイツは…何と言うか、生真面目に自分のせいだと思ったらしい

 

八幡「本当にすまない…。お前のせいじゃないんだ」

 

いろは「…ヒック、じゃあ、何が原因なんですか?」

 

八幡「…その、あれだ。お前と話した後、部室に戻る途中で…えっと、見知らぬカップルの破局シーンを目撃してしまって…」

 

いろは「…へ?」

 

俺が説明した途端、一色が泣き止む

それと同時に、ぽかんとした表情になった

 

八幡「それで、いろいろ思うことがあって…。その、悪かった」

 

いろは「…」

 

一色は黙り続ける

完全に俺のことを呆れている色を示す

 

いろは「…はあ、なんですかそれ。いろいろ考えちゃって損しました」

 

八幡「その…すまん」

 

いろは「もういいですよ。それに、どちらにしても、私もちょっといろいろ詮索しすぎちゃいました。こちらこそ、ごめんなさい」

 

え…なんかコイツ、えらく素直だな

なんかちょっと怖い…

 

八幡「えーっと、いやでもあれだ! お前にちょっと聞いてもらえたおかげで、少し楽になった。…ありがとな」

 

なんか思わず取り繕ってペラペラと話してしまった

今度は恥ずかしくなってきた

 

いろは「…な、何言ってるんですか先輩は随分と傷心につけ込んできますねでもちょっと今は無理ですごめんなさい!」

 

…二日連続でフラれた

もういいや、訂正しなくて…

 

いろは「っていうか、そんなことより、先輩は雪ノ下先輩と結衣先輩に、ちゃんと謝ってくださいね! さっきの話聞く感じだと、完全に八つ当たりじゃないですか!」

 

八幡「うっ…」

 

全くその通りだ…

後輩に面と向かって叱られた…

 

いろは「いいですね!?」

 

八幡「…はい」

 

朝の一色とのやり取りの後、申し訳ない気持ちを抱えたまま一日を過ごした

そんな状況で、俺は俺なりの考えをまとめていた

そして放課後になり、俺はそそくさと部室へ向かう

結衣「ヒッキー!」

 

後ろから由比ヶ浜に呼び止められた

頭が混乱していて、由比ヶ浜を待つのを忘れていた

 

結衣「…なんで先行くし」

 

いつもならもっと強い口調で言いそうなものだが、今日は随分としおらしかった

そのことが、逆に胸に刺さった

 

八幡「わ、悪かった…」

 

結衣「うん…」

 

八幡「そ、それとな…詳しくは後で話すけど、昨日は、その…わ、悪かった」

 

結衣「…うん。ゆきのんにも言ってあげてね」

 

八幡「…ああ」

 

お互い間を空けながら話していたため、ほんの少ししか話してないが、もう部室に着いた

 

ガラッ

 

結衣「ゆきのん、やっはろ~!」

 

由比ヶ浜はいつもの様に部室に入る

…しかし、少し無理をしているのがわかった

 

八幡「う…うす…」ガララ

 

雪乃「…こんにちは」

 

重苦しい挨拶を交わした後、互いのポジションに置いてある椅子に腰掛ける

鞄を開けて文庫本を手に取ろうとする

…って、それじゃダメだ

無意識にやったわけじゃない

今の俺は、先伸ばしにしようとした

完全に逃げようとしてた

今切り出さなくては、一度先伸ばしにしたら絶対に言えない

少し深呼吸をする

そして、ゆっくりと目を閉じる

 

八幡「…雪ノ下、由比ヶ浜

 

二人の名前を呼ぶ

姿は見えないが、おそらくピタッと二人の動きが止まった

 

結衣「…なに? ヒッキー」

 

再び深呼吸をする

目を開けて、俺は口を開ける

 

八幡「昨日は…本当にすまなかった」

 

雪乃「昨日、と言うと…少し態度がおかしくなっていた時のことかしら?」

 

八幡「…ああ。お前らは何も悪くなかったのに、八つ当たりをしてしまった」

 

結衣「なんで?…って、聞いちゃってもいいのかな?」

 

俺は無言で頷く

何と言うか…本当に情けない気持ちでいっぱいだ

 

八幡「結論から言うと…昨日の俺は、お前らと『本物』を築いていく気力が、自信が…無くなってた」

 

雪乃「…と言うと?」

八幡「自分から言い出しといてなんだが…俺は『本物』ってもんが、どうあるべきなのか分かってなかった」

 

二人の肩が、ビクッと上がるのが見えた

雪ノ下は目を閉じ、由比ヶ浜は泣きそうな顔をしている

 

八幡「小町と…昨日の一色に相談したんだ、そのことについて。そしたら…」

 

思わず言葉が詰まる

俺が今言おうとしていることは、奉仕部が、三人が明言してこなかったことだ

ハッキリさせてこなかったことだ

…崩れるのが怖いから

でも、それではダメなんだ

 

八幡「二人とも…恋愛についてだ、と言った」

 

結衣「あっ…」

 

由比ヶ浜が声を漏らした

ここで一度壊さなければいけないと分かっていても…やはり怖いのだろう

 

雪乃「…そう、それで?」

 

雪ノ下がそう言う

字面だけ見たら、気高く振舞っているが…彼女の声は震えていた

 

八幡「俺は、はっきり言ってそういうのは分からん。そして、そのことを言い訳にして逃げてきた。でも、小町と一色に言われて、俺はそのことに向き合おうと思っていたんだと思う」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は、怯えたような表情を見せながら、俺の様子を伺う

 

八幡「そしたら、一色と話した後…どこぞのカップルの破局シーンを目撃しちまってな、そのとき正直…恋愛に、『本物』の一つの形に…嫌気が指した」

 

結衣「っ!」

 

雪乃「…なるほど」

 

八幡「でも…それでも、思ったんだ。そんな嫌気の指すものが、俺たちの正しい『本物』なのかどうかは…まだ良く分からん。でも…そういうのもアリだと思った」

 

結衣「…なんで?」ヒック

 

いつの間にか、由比ヶ浜は泣き出していた

隣の雪ノ下も、今にも泣き出しそうな表情をしていた

 

結衣「なんっ、なんで…。壊れちゃってもいいの…?」

 

八幡「ああ」

 

雪・結「「!!!」」

 

そうだ、壊れてもいい

そう自分に言い聞かせる

八幡「だって、俺たちは何回か関係を壊しかけたり、壊したりしてきた。でも…今もこうして一緒にいる」

 

雪乃「ふふっ…そうね」グスッ

 

結衣「ふえ?」グスッ

 

雪ノ下も、少し涙を流している

でも、彼女の表情は晴れやかだった

 

八幡「俺たちの『本物』が恋愛だろうが何だろうが…何回でもやり直せるってことだよ」

 

誤解だってなんだって解は解だ

それを少しずつ正解に持っていけばいい

静ちゃんに教わったことだ

 

結衣「でも…そんなことできるかどうか分かんないじゃん」グスッ

 

由比ヶ浜が、か細い声で、辛そうに言葉を紡ぐ

しかし…

 

雪乃「あら…由比ヶ浜さんらしくないわね」

 

八幡「だな」

 

結衣「私、らしく…?」ヒック

 

雪乃「私は、その…由比ヶ浜さんのこと…信用してるのだけど」///

 

結衣「!」

 

はい来ましたガチ百合

…流石にこういう時は茶化すのよそう

 

雪乃「私はこの先どんなことがあっても、由比ヶ浜さんと仲良くしていく自信があるし、由比ヶ浜さんもそうしてくれると信じてる」///

 

結衣「ゆきのん…」

 

雪乃「あ、後はあなたが私とそこのキモ谷君を信じてくれれば、私もあなたが信じてる人は信じるから、結果的に良い方向に行くと思うのだけれど…」///

 

一気にまくし立てながら、由比ヶ浜にデレる

かつ、俺はdisる

 

結衣「へへ…ありがとね、ゆきのん。…うん、私も自信ついてきた!」///

 

由比ヶ浜に笑顔が戻った

雪ノ下も、照れながらも嬉しそうに微笑んでいる

 

結衣「へへ…ゆきのんも、ヒッキーも…ありがと!」ニコッ///

 

雪乃「べ、別にそんな…」///

 

何と言うか、こちらまで照れくさい

なんなのこの状況…

いや、良い方向に転がったのは良かったよ、うん

 

結衣「でも、私だけじゃなくて、ヒッキーもゆきのんも、らしくなかったよね」

 

八幡「うっ…」///

 

雪乃「そ、それは…」///

 

いや、自分でも思いましたよ、はい

でも…ねえ…

あのまま逃げてたら流石にクズすぎるし…

 

コンコン

こんな時に誰か来たようだ

三人で目を合わせる

 

雪乃「…どうぞ」

 

ガララ…

 

ゆっくりと開けられたドアの向こうには…一色がいた

随分と怯えているようだ

 

いろは「えっと…失礼しま~す…」

 

結衣「いらっしゃい、いろはちゃん!」ニコッ

 

いろは「あ、これはもしかして…」

 

八幡「ああ、迷惑かけてすまなかった」

 

いろは「よ…よかった~」ヘナヘナ

 

一色がその場に座り込む

あざとさは無く、どうやら素であるようだ

彼女なりに心配してくれていたのだろう

 

いろは「…あれ?」

 

突然、一色が雪ノ下と由比ヶ浜の顔を訝しげに見つめる

…嫌な予感がする

 

雪乃「? どうかしたのかしら?」

 

いろは「もしかして、お二人とも泣いてました?」

 

雪乃「そ、そんなわけ…!」

 

結衣「そ、そうだよ! ちょっとしか泣いてないから!」

 

…二人とも焦って誤魔化そうとするが、全く誤魔化せていない

特に由比ヶ浜

一色からジトッとした視線が来る

 

いろは「先輩…ホンット屑ですね。一日に三人も女の子を泣かすなんて」

 

雪・結「「…は?」」

 

ここから下校時刻まで、俺は正座のままお説教タイムだった

一色から連絡が行ったのだろう

家に帰っても、小町からのお説教タイムだった

 

 

(雪ノ下と由比ヶ浜に怒られたものの、上手く収まった

翌日も、いつもの様に放課後に部室に向かうが…

結衣「ヒッキー、早く! 早く部室行こ!」キラキラ

 

八幡「ちょ、あ、あんま手ぇ引っ張んな! ってか、なんでそんなに急いでんだよ!」

 

結衣「え? あ、いやぁ、その、えへへへへ…」

 

…なんか由比ヶ浜の様子がおかしい

まるで、欲しいものが目の前にある子供のようにはしゃいでいる

 

結衣「へへ…ふへへ…」

 

なにやら気持ち悪い笑みを浮かべながら足を進める

ガハマさんがおかしくなった…

でも、さっきは子供と表現したが、そうではなく、何と言うか…恋する乙女のようだ

…なんか考えた自分が気持ち悪い

 

結衣「…のん」ボソッ

 

八幡「え、なんだって?」

 

結衣「あ、やや、何でもないよ!」

 

…明らかになんかあるだろ

顔真っ赤だし

 

ガラッ

結衣「やっはろ~、ゆきのん!」ニコッ

 

雪乃「こんにちは」

 

由比ヶ浜はいつもより弾ませた声を出す

そして、雪ノ下の方へ駆けて行く

 

チュッ

 

八幡「は!?」

 

由比ヶ浜が…雪ノ下にキスをした

待って、訳が分からん…

 

雪乃「ちょ、由比ヶ浜さん、比企谷君もいるのだけれど…」

 

由比ヶ浜「えへへ、つい…嫌だった?」

 

雪乃「その聞き方は…狡いわ」

 

ナ…ナニコレ…

ドウイウジョウキョウナノ…

ガチユリジャン…

…はっ!

なんか思考が止まっていた気がする

いや、止まってなかったけど滑らかじゃなかった…

 

結衣「えへへ、ゆきの~ん」ダキッ

 

雪乃「ちょ、ちょっと! だからそういうのは…」

 

結衣「え~、我慢できないよ…」

 

雪乃「まったく…。じゃあ、ここに座りなさい」

 

結衣「ホントに!? やった~!」

 

なんか今度はハグしたり膝の上に座ったりし始めた

もうなんなのホント…

 

雪乃「…」ギュッ

 

結衣「あれ、ゆきのんどうしたの?」

 

雪乃「いや、違うの、これは…!」ギュー

 

結衣「もっと強く抱きついてきてるけど、何が違うの?」

 

雪乃「えっと…その…」

 

や、ヤバイ…

何かが始まりそうな気配だ…

 

八幡「お、お前ら…と、突然どうした?」

 

何とか疑問を口にする

二人は照れているのか、頬を赤らめる

完全に恋する乙女の顔だ

絶対そうだ

 

結衣「えへ、あのね…昨日の放課後、あたし達…つ、付き合うことに…なったんだ。…ね?」

 

雪乃「え、ええ…そうよ」

 

予想通りガチ百合でした、はい

 

八幡「い、一応言っとくけど…お前ら、女同士だよな?」

 

雪乃「それはそうだけど…あなたの昨日の話だと、私達の『本物』の在り方はどうあってもいいのでしょう?」

 

あ、いや、そうだけど…

これは想定外というか、何と言うか…

 

結衣「と、とにかく!…ちょっと早いけど、これがあたし達の答え…あたし達の『本物』。…どうかな?」

 

八幡「ど、どうかなって…」

 

雪乃「比企谷君…」

 

雪ノ下と由比ヶ浜が、俺に訴えかける視線を向けてくる

ど、どうすれば…

 

八幡「お、俺は…俺は、俺はああああああああああああああああああああああああああああ---」)

 

ピピピピピピピ

八幡「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」ガバッ

 

ピピピピピピピ

 

八幡「…」ピピピピ カチッ

 

目覚まし時計を止める

今俺がいるのは…自室だ

 

八幡「…夢かよ!」

 

小町「お兄ちゃんうるさーい!」

 

 

一連の出来事の後の約二週間、他には特に依頼はやって来ずに、ほとんど一色の手伝いばかりしていた

特に雪ノ下は、式辞の読み方を丁寧に教えていたため、一色の朗読の腕前は相当なものになっていた

 

由比ヶ浜も、場の空気を調節したり、一色の気分転換をしてくれたおかげで、スムーズに進めることができた

ちなみに、夢で見たようなガチ百合は怒らなかった

いろは「せーんぱい」

 

八幡「お?」

 

いろは「なにボーッとしてるんですか? 早く運びたいんですけど」

 

八幡「ああ、悪い悪い」

 

いろは「思ってないでしょ…。まあいいです、行きますよ。せーのっ!」

 

今、俺達は体育館の片付けをしている

本番でも、一色は練習通りに読み上げ、その姿は堂々としたものだった

本当にコイツは何げに有能なのである

 

結衣「いろはちゃん、こっちは一通り終わったよ~!」

いろは「わぁ、ありがとうございます~」

 

出た、あざといお礼

あれって女子にもする意味あるの?

 

雪乃「あとは、ステージの上に置かれているあの箱ぐらいなのだけど、どうすればいいかしら?」

 

いろは「あの箱は…う~ん、じゃあ、私と先輩で運んじゃうので、結衣先輩と雪乃先輩はここまでで大丈夫です。ありがとうございました!」

 

あ、俺の意志には配慮してくれないのね

まあ、あの箱も数があるだけで、軽そうだからいいけど…

 

結衣「ううん、こちらこそ!」

 

雪乃「一色さんも、お疲れ様」

 

いろは「生徒会の皆さんも、これで一旦終わりで~す。とりあえず、生徒会室で休んでてくださ~い」

 

副会長「会長、体育館の鍵貸して」

 

いろは「それじゃあよろしくです」

 

最初は面倒臭がっていた生徒会長も、すっかり板についている

…なぜだろう、少し悔しい

 

いろは「それじゃ、先輩! 運びますよ~!」

 

そんな生徒会長に呼びかけられ、俺は足を進めた

 

今、俺達は体育館裏の倉庫にいる

少し肌寒さを感じる

式典で使う備品はほとんどここに置いてあるようで、何と言うか異様な雰囲気だった

いろは「う、うぅ~…」

 

一色は持ってきた箱を棚に入れようとしているが、身長が微妙に足りておらず、唸りながら背伸びをしている

いつも通りのあざとさである

 

八幡「はあ…ちょっと貸せ」ヒョイ

 

いろは「あ、ありがとうございます…」

 

見るに見かねて、代わりに荷物を納める

一色は、いつものようなあざとさは見せず、素直に礼を言ってきた

 

いろは「あの…先輩」

 

八幡「あ? あ…わ、悪い」

 

荷物を納めるにあたって、一色に後ろから覆い被さるようになっていたため、困ったような声を出された

…ってか、密室でこんなことしてたら、それこそ勘違いされかねんな

 

八幡「あー、その、ほら…もう行こうぜ」

 

うん、早く退却するのがベストだ

でなければ通報されかねん

ってか、確かこいつも生徒会の何かがあるんだろ

 

いろは「あ…待ってください!」

 

八幡「!?」ビクッ

 

一色が突然大きな声を出した

思わずビクッとなってしまった

雪ノ下が居ようものなら、数々の罵声を浴びせられるような反応だったに違いない

 

いろは「その、先輩…」

 

ふと一色を見ると、頬が紅く染まり、恥ずかしげな色を出していた

思いがけず、可愛いと思ってしまった

 

八幡「な、なんだ…?」

 

いろは「私…」

 

いろは「…さ、さっきの式辞! う、上手くできてましたか?」

八幡「…は?」

 

拍子抜けした

随分間を空けた割には、言い方は悪いが、どうでもいいことだった

 

八幡「…ったく、ああ。凄かったよ。本当によく頑張ってた」

 

いろは「…へへ、先輩たちのおかげです」

 

素直に褒めたにも関わらず、意外な反応だった

いつもなら、色々捲し立てて、なんだかんだでフラれるのだが…

…いつもならフラれる、って自分で考えて悲しくなってきた

 

いろは「あ、それとですね」

 

八幡「ああ、なんだ?」

 

いろは「私、先輩のことが好きです」

 

…今、何て言った?

好きです?

いや、無いな。ありえない

俺の今までの黒歴史からして…えっと、えっと…とにかく、なにかの聞き間違いだ

ってか、一色なら普通に冗談で言ってきそうなもんだ

そうだよ、本気にすんな

いろは「先輩」

 

八幡「お、おう…」

 

いろは「私、本気ですよ?」

 

一色がじっと俺を見つめてくる

その目は、ディステニーランドの帰り道、彼女が見せたのと同じ色を示していた

 

いろは「ま、信じられないのも無理はないですね」

 

八幡「えっと、その…スマン」

 

いろは「謝らないでくださいよ。まったく…」

 

思わず俯いてしまった

顔は見えないが、一色は呆れたような表情をしているに違いない

 

八幡「…お前、葉山が好きなんじゃなかったのかよ」

 

いろは「やっぱ、そこですよね…」

 

先程から気になっていたことを口にする

彼女は、葉山に告白までしたのだ

そして、フラれた彼女は涙を流していた

それほどに思っていたということだろう

 

いろは「私、あの後考えたんですよ。色々と…」

 

思わせぶりに間を空ける

そして、暫く経ってから、再び口を開く

 

いろは「葉山先輩は…アイドルだったんです」

 

八幡「…は?」

 

いろは「もちろん葉山先輩も好きですよ。あんなにかっこよくて、優しくて、スポーツもできて…」

 

あ、あれ?

今告白されてるのって俺だよね?

あ、やっぱ気のせい?

 

いろは「でも…それだけでした」

 

八幡「だけって…それじゃダメなのかよ」

 

いろは「そうですね…。少なくとも、私の求めている物じゃありませんでした」

 

八幡「なんなんだよ? お前が求めてる物って…」

 

いろは「…内緒です」

八幡「…なんでだよ」

 

いろは「ふふ、それは自然と気がつきますよ。…それと、先輩の答え、もう分かってます」

 

不敵に笑いながら、一色は呟いた

俺の答えって何だ?

こいつには何が見えてるんだ?

 

いろは「せーんぱい!」

 

八幡「…おう」

 

いろは「告白の返事…聞かせてください」グスッ

 

…彼女は泣いていた

声も震えていた

いったい、どれだけの勇気を振り絞ったのだろう

彼女の様子と、俺の気持ちと…

そこから導き出される解は、俺も彼女も苦しませるに違いない

それを承知で言っているのだ

 

八幡「…スマン、お前とは付き合えない」

 

いろは「です…よね。それでも、私の気持ちを知ってもらえて…良かったです」

 

そう言う一色の目からは、涙が溢れ出していた

その姿を見て、彼女の事を逞しいと感じた

 

いろは「すみません…。涙が止まるまでここにいるんで、先輩は戻っててください」

 

八幡「…泣いてる奴を放っておいて、一人で帰れるかよ」

 

いろは「へへっ…お気持ちは嬉しいですが、それじゃあ…私の涙が止まりません」ヒック

 

八幡「…」

 

それに対して、俺は何も言えなかった

俺にできたことは、肌寒い倉庫の中に残る一色に、ブレザーを掛けてやることぐらいだった

 

 

あれから部室に向かったが、紅茶を飲みながら本を読み、たまにどうでもいい話をして貶されるという、代わり映えのない部活だった

強いて言えば、三人で卒業式の手伝いについての回想をしたぐらいだった

…俺の心中は、とてつもなく揺らいでいたが

雪乃「…そろそろ下校時刻だし、これで終わりにしましょうか」

 

結衣「そだね~」

 

八幡「…だな。じゃ、俺帰るわ」

 

鞄を持って出口へ向かう

今日は何時もに増して帰りたい気分だった

 

結衣「…ヒッキー!」

 

由比ヶ浜に呼ばれて振り返る

何やら、不安げな表情でこちらを見つめていた

 

結衣「…ううん、なんでもない。お疲れ様!」

 

八幡「…おう」

 

結局、由比ヶ浜は何も言ってこなかった

振り返って、部室を後にする

その際、雪ノ下と由比ヶ浜の曇った表情が視界を掠めた

 

脱靴場に向かうと、下駄箱の上にブレザーとメモが置いてあった

メモを見ると、震えた文字で『ありがとうございました。まだ諦めてませんよ(`・ω・´)』と書いてあった

顔文字なんか使っても、気張っているのはバレバレだった

ブレザーを着ると、背中の一部が濡れていることに気付いた

八幡「…どうすりゃいいんだろな」

 

思わず、ポツリと呟いた

 

静「おや、君らしくない独り言だな」

 

…脱靴場の入口から、静ちゃんに見られていた

ドラマとかでよく見る、壁に肘をついて脚をクロス(?)させている

…男らしいポーズだ

 

八幡「…卑屈なのが俺の取り柄ですし、いつも通りですよ」

 

静「ははっ、そうだな。でも、君は迷ったりせず卑屈の道を突っ走り続けるからなあ」

 

卑屈の道って…

まあ確かに、俺の積み上げてきた黒歴史を糧にして、しっかりガッツリ決断してきたってのはあるけど…

 

静「今の君は…とてもじゃないけど見てられない」

 

八幡「雪ノ下には、いつも似たようなことを言われます」

 

その俺の言葉に、静ちゃんは乾いた笑いで答える

その後、なにやら歯痒そうな顔をした後、口を開いた

 

静「…君と少し話がしたい」

 

先生の車に乗せられて、走ること十数分

閑静な住宅街の中に、ポツリと佇んでいるラーメン屋に到着した

中に居るのも、店主らしきオッサン一人のみ

ぼっちの俺には親近感が沸く店だった

静「おっちゃん、坦々麺二つ~」

 

店主「…いつものじゃないんだな」

 

静「ああ、ツレの生徒の好みでね」

 

…なんかこう、THE・常連みたいな会話だった

ってか、坦々麺好きってわけではないんだけど

いや、好きだけど、特別好きなわけではない

 

静「知らないのか? 辛いものはストレス発散にいいんだぞ?」

 

あ、そうなんすか

別に俺、ストレス抱えてるってわけでは---

 

八幡「…いや、人の心の中を呼んだようなこと言わないでください」

 

静「ああ…いや、君が訝しげな表情だったから、ついな」

 

八幡「…はあ」

 

日常会話で『訝しげ』って使う人初めて見たよ

流石国語教師だな

 

静「…実に君らしくないな」

 

八幡「またそれですか」

 

静「ああ。ネガティブになりつつある思考回路を、無理矢理どうでもいいことに切り替えようとしている…。そんなところか」

 

八幡「そんなこと…」

 

…無いか?

俺は現実逃避しようとして無かったと言えるか?

いや、そんなことしてない

 

静「移動中も、どこか上の空といった様子だった。…でも、真剣に考え事をしている風でもない。ただボーっとしていた…そうだろう?」

 

八幡「…」

 

何も言えなかった

現に移動中は、一色のことも、奉仕部のことも考えて無かった

 

静「この前、雪ノ下や由比ヶ浜ともここに来たよ。話した感じだと…もう、ほとんど答えを出しかけてる」

 

八幡「…それは、どういう…」

 

ゴトン

 

店主「…お待ち」

 

静「とりあえず、先に食おう」

 

八幡「…はい」

 

そこから、二人で坦々麺を啜り出した

お預けを食らいながらの麺は、舌だけでなく、心にも辛かった

 

静「ふう、ご馳走様」

八幡「…ご馳走様でした」

 

静「とりあえず、ここを出ようか。おっちゃん、美味しかったよ」

 

静ちゃんは、そう言って店を出た

店主の男は、黙って椀などを洗っていた

飲食業には向いて無さそうな、如何にもな頑固親父そうな人だ

だが、そこがいいと思う人もいるのだろう

 

静「おい比企谷、もう行くぞ~」

 

静ちゃんに急かされたので、店主に軽く会釈してから外に出た

こっちを見る気配は全くなかったが

 

静「そこに公園があるだろう。あそこで話そう」

 

静ちゃんが指さした先には、小規模な公園が見えた

ただ、食事の間に辺りは真っ暗になってしまい、該当に照らされている部分しか見えなかった

 

八幡「分かりました」

 

既に歩き出している静ちゃんの少し後方を歩く

逆光になってシルエットしか見えないものの、そこにいた静ちゃんは、少し寂しそうだった

 

静「なあ、比企谷」

公園に着いてベンチに座ると、すぐに口を開いた

 

八幡「はい」

 

静「以前、私がした話を覚えているか」

 

八幡「…いつのですか?」

 

静ちゃんには、結構アドバイスを貰っているので、あの時とかアバウトに言われても…

 

静「ほら、クリスマスのちょっと前だ」

 

八幡「ああ、はい…。『誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をすること』…でしたっけ」

 

静「ああ、そうだ。それで、今の君はどう思ってる?」

 

今の俺…

…今の俺は、一色を傷つけたことを悔やんでいる

もちろん、あそこで告白を受けたら、後々彼女をさらに傷つけることになる

…つまり、俺はここまで一色のことを考えてしまうんだ

 

八幡「俺にとって、一色は大切です。大切な後輩です」

 

静「だから、彼女を泣かせてしまって落ち込んでいる。同じように、君のことを大切に思ってくれていた彼女をな」

 

八幡「そう…ですね」

 

静「そこまで言えれば上出来だ」

 

そう言いながら、静ちゃんはカラカラと笑った

暗い公園に、彼女の笑い声が響く

 

静「さっきは、今の君を見てられないと言ったが…いやはや、心配ないな」

 

八幡「何がですか?」

 

俺がそう尋ねると、静ちゃんの笑い声はピタッと止んだ

静寂が辺りを包み込む

 

静「…私はな、前にも言ったが、自分だけが傷ついて物事を解決しようとする君を見ているのが…辛い」

 

八幡「別に、先生がそんな風に感じることは…」

 

静「何を言っている。生徒のことで、教師が悩むのは当然だ。…まあ、君は特別なのだがね」

 

八幡「…なんですかそれ」

静「君は本当に優しい。周りの者を、本当に正しい道へと導く。ただし…その人への信頼、自らへの配慮、それと…手段の選択は無いままで」

 

そう言った静ちゃんの顔は、今まで見たことがないほどに曇っていた

右手に握られた煙草のケースも、ぐしゃぐしゃになっていた

 

静「でもな…そんな君が、変わっている。変わり始めている。それは、一色への想いで十分に分かる」

 

八幡「でも、俺は…」

 

まだ、奉仕部の『本物』を見つけられない

雪ノ下と、由比ヶ浜との、関係性を…

 

静「まったく…君はさっき、私の話を覚えていたじゃないか」

 

八幡「…は?」

 

静「正解を探そうとするな。人の心は計算では導けない。…君の心もな」

 

正解を探さない…

つまり、以前静ちゃんが言っていた、「誤解を消す」方法

でも…

 

八幡「…どれが誤った解なのかが分かりません」

 

静「いいんだよ。悩み続けろ。他人の声には耳を貸すな。我が道を行け…お前の卑屈の道を」

 

結局あの後、雪ノ下や由比ヶ浜と何を話したのかは教えてもらえなかった

単に餌として使っただけのようだ

八幡「…ふう」

 

帰宅して飯食って風呂入って、ベッドの上に倒れ込む

カレンダーに目を遣る

終業式まで、残り一週間を切っていた

静ちゃんに言われたことを思い出す

 

八幡「卑屈の道、ねえ…」

 

卑屈…

ネガティブ思考だとか、ずる賢さだとか、そういう類のものが合わさった性格

それと、ずっと気になっていたことが一つ

 

八幡「支えたいか、支え合いたいか、ねえ…」

 

少し前に小町と話したことだ

この二つの違いは、一方的なものか、互いに行うものか、という点にあることは明白だ

静ちゃんが言うところの卑屈の道で、二つの差異を考える

 

『支える』

それは一方的な行為だ

これは自らの意志で行うため、相手の意志に与しない

つまり、相手からすると、迷惑だったり恩着せがましかったりするかもしれない

 

『支え合う』

対照的に、相手の意志に関与し合うため、行為はそのまま相手に伝わる

ただし、その行為が相手の希望を満たさないと、「自分はやっているのに相手はしてくれない」といった感情を生み出しかねない

 

八幡「ちなみに今までの情報は、俺のステルス機能で周囲に気づかれなかった結果、立ち聞きするような形で手に入れた情報である」

 

…自分で解説してて悲しくなった

しかも口に出しちゃったよ…

 

八幡「…まあ、よく分からんから置いとこう」

 

逆に考えてみる

俺の好きな人は誰だ?

…戸塚と小町だな

間違いない

好きどころか愛してるまである

 

八幡「…愛してる、ねえ」

 

小町への愛は家族愛だ

じゃあ戸塚は?

それこそ、一色が言うところのアイドルなのかもしれない

戸塚は可愛い、優しい、人畜無害

なんか最後のは褒め言葉じゃない気もするが、とにかく戸塚は天使

一緒に居たいなんて思ったらおこがましいまである…

 

八幡「~~~っ!」

 

いや待て

これじゃあまずいじゃないか

このままじゃ、あいつの言った通りになる

厳密に言えば違いはあるが、状況としては同じだ

これじゃダメだ

この答えでは…

 

結局あれから明確な答えは見つからないまま、終業式の日を迎えてしまった

学校に行きたくない

今日だけは、部室に行きたくない

そう思っているのに、体は勝手に動いていく

時間も止まってはくれない

気づけば、放課後になっていた

 

結衣「ヒッキー、行こ?」

 

八幡「…おう」

 

何回も繰り返したやり取りを行い、席を立つ

もうすぐ、決着の時だ

 

ガララ

 

結衣「…ゆきのん、やっはろ~!」

 

雪乃「こんにちは…由比ヶ浜さん、比企谷君」

 

八幡「おう…」

 

三人が一堂に会す

各々がいつもの位置においてある椅子に座る

でも、いつもとは違う、張り詰めた空気が漂う

 

雪乃「…とりあえず、紅茶を入れるわ」

 

雪ノ下はそう言って席を立つ

明らかに、空気に耐えきれずに取った行動だ

だが、俺も由比ヶ浜も、それに救われた

 

結衣「…は~、今日で学校も終わりだね~」

 

雪乃「そ、そうね…」

 

由比ヶ浜からすれば、なんとか空気を和ませようとしたのだろうが、明らかに逆効果だ

先程よりギクシャクしている

 

雪乃「どうぞ…」

 

雪ノ下が、俺と由比ヶ浜に紅茶の入った湯呑とマグカップをそれぞれ渡す

紅茶には、何やら気持ちを落ち着ける作用があるらしい

詳しくは知らないけれど

 

八幡「…」

 

なぜだろう

そんなどうでもいいことを考えられるくらいには落ち着いている

 

八幡「…なあ」

 

自然と口が開く

正直な所、まだ考えはまとまっていないし、そのことを口にしたくもない

だが、言わねばならない

 

八幡「俺たちの結論を—」

 

結衣「待って!」

 

由比ヶ浜が、俺の言葉を遮る

彼女の目は、少し潤んでいた

 

結衣「あたしが…最初に言う。あたしが言い出したんだもん。あたしから言わないと…」

 

声も震えていた

今にも泣き出しそうだが、彼女の目には火が点っていた

 

結衣「…あたしが欲しいもの、言うね」

雪乃「…ええ」

 

結衣「二人ともわかってるかもしれない。凄くわがままなこと言っちゃう。…ごめんね」

 

そう言ってから、ほんの少しの静寂のあと、再び彼女は口を開いた

 

結衣「あたしは、ヒッキーの…特別な存在になりたい。友達とか、そんなんじゃなくて」

 

八幡「!」

 

結衣「でも、そんな風になっても、ゆきのんとは今までみたいに…ううん、もっと仲良くなりたい。わがままだけど…でも、それが私の欲しいもの」

 

雪乃「そう…」

 

俺のこれまでの黒歴史にも、似たような経験はある

しかし、根拠はないがこれだけは言える

由比ヶ浜は…本気だ

これまでの奴らとは違う

 

雪乃「由比ヶ浜さん」

 

雪ノ下が呼びかけると、由比ヶ浜は少しビクッとしたが、凛々しい表情で雪ノ下の方へ向き直った

そして、雪ノ下はこう続けた

 

雪乃「貴方の願い、半分はわからないけれど…少なくとも、半分は叶わないわ」

 

結衣・八幡「「!!」」

雪乃「比企谷君、由比ヶ浜さん」

 

八幡「お、おう…」

 

結衣「うん…」

 

雪乃「私も考えたわ。奉仕部はどうあるべきか…いや、違うわね。私は奉仕部にどうあって欲しいのか」

 

言葉を紡いでいる雪ノ下は、ずっと下を向いていて、表情が見えない

しかし、なぜだろう

雪ノ下は笑っている気がする

 

雪乃「そして思ったのは…ここで完成させてはいけない、ということよ」

 

八幡「…それは逃げじゃねえのか?問題を咲き伸ばしにするってことだろ」

 

雪乃「あらダメ谷君。国語だけが取り柄のあなたが、文章読解をしくじるなんて、もうあなたには価値がないも同然よ?」

 

絶対コイツ笑ってるわ

ってかなんだよ、この状況でヘイト吐きまくるって

で、しかも先延ばしじゃ無かったらなんなんだよ

 

雪乃「『本物』。それは、その時々で変わるもの…成長するものよ。少しずつね。だから、焦ってはいけないの」

 

結衣「ゆきのん…?」

 

雪乃「比企谷君、由比ヶ浜さん…私と、友達になってください」

 

八幡・結衣「「!!!」」

 

正直、耳を疑っている

俺から『友達になってくれ』と頼んでも断っていたし、由比ヶ浜に迫られても明言せずに誤魔化していた雪ノ下が、自ら申し出たのだ…

 

雪乃「だから…由比ヶ浜さん」

 

結衣「…うん」

 

雪乃「あなたが良くしていこうとするだけではなくて、私もするから…あなたの思い通りにはなりそうにないわよ」

 

結衣「! ゆきのん!」

 

二人とも微笑んでいる

これは皮肉も何も入っていない、本音のやりとりだろう

 

雪乃「でも、まだ終わりじゃないわ」

 

雪ノ下の回答も終わったかと思いきや、続けて口を開く

 

雪乃「比企谷君」

 

そして、突然名前を呼ばれた

 

雪乃「私は少なからず、あなたに好意を寄せているわ」

 

結衣「!」

 

八幡「…は?」

 

雪乃「でも、さっきも言ったけれど、ここで完成させてはいけないのよ。だから、今できる精一杯をするわ」

 

雪ノ下は、いつも飾っているような感覚がある

冷静に、淡々と何事もこなす

故に、これまでは強い女の子だと思っていた

しかし、今の雪ノ下は違う

取り繕うことなく、必死に自分と向き合っている

今改めて、雪ノ下は強い女の子であると思う

 

雪乃「…それで?」

 

八幡「は?」

 

結衣「ヒッキーは…?」

 

二人から不安げに見つめられる

以前の一件で俺は思った

俺が欲しいのは言葉じゃない

理解されたいわけでもない

理解したい

理解していないと怖いからだ

しかし、完全に理解するというのは、独善的で独裁的で傲慢なことだ

しかし、互いにそう思えるならば…

 

八幡「俺は…」

 

 

短かった春休みが終わり、高校最後の一年が始まった

面倒くさい始業式もホームルームも終わり、部室へ向かう

ちなみに、今年は奉仕部の二人のどちらとも同じクラスにはならなかった

しかし…

 

結衣「ヒッキ~!」

 

由比ヶ浜はそれでも一緒に部室に向かおうとする

あんまりデカイ声で呼ばないで欲しいんですが…

 

小町「あ、お兄ちゃんと結衣さん!」

 

部室に向かっていると、また大きい声で呼ばれた

ラブリーマイシスター小町だ

分かってはいたが、小町はあっさりと合格した

 

結衣「小町ちゃん、やっはろ~!」

 

小町「結衣さん、やっはろ~です~!」

 

元気な二人に挟まれて歩いていると、もう既に部室の前だ

ちなみに、小町は奉仕部に入部するそうだ

 

ギュッ

 

唐突に手を握られる

握っているのは…由比ヶ浜

 

結衣「へへ…」

 

ガララ

 

結衣「ゆきのん、やっはろ~!」

 

雪乃「こんにちは。由比ヶ浜さん、小町さん、ダメ谷君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

奉仕部の『本物』

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1444138541


 

うるか 「いつか、あたしも、成幸と……」【ぼく勉ss/アニメss】

 

………………帰り道

 

陽真 「ほら、見て見て智波ちゃん」

 

智波 「? 写真?」

 

陽真 「うん! この前成ちゃんが家に来たとき、カツカレーをごちそうしたんだ」

 

陽真 「幸せそうな顔でしょ? 可愛いよね~」 ニヘラ

 

智波 「……あ、うん。そうだね」

 

智波 「………………」 (……また唯我くんの話かぁ)

 

智波 (陽真くん、本当に唯我くんのことが好きなんだなぁ。ちょっと妬いちゃうよ……)

 

智波 (唯我くんはきっと、わたしの知らない陽真くんもたくさん知ってるんだろうな……)

 

智波 (うらやましいなぁ……)

 

陽真 「成ちゃんは美味しいものを食べるとき、こういう幸せそうな顔をするんだよねー」

 

智波 「へー……」 (っていうか……)

 

智波 (陽真くん、わたしがどういうとき、そういう顔をするかとか、知ってくれてるのかな)

 

ズキッ

 

智波 (……ああ、なんか。わたしすごく、めんどくさいこと考えちゃってるな)

 

陽真 「……? 智波ちゃん?」

 

智波 「へっ?」

 

陽真 「どうかした? なんか、少し……」

 

陽真 「少し、悲しそうに見えたから……」

 

智波 「あっ……」 アセアセ 「そ、そんなことないよ! ないない!」

 

陽真 「………………」

 

智波 「………………」

 

智波 「あっ、えっと……」

 

智波 「じゃあ、わたしこっちだから! じゃあまた明日ね! 陽真くん!」

 

陽真 「あっ、うん……。また明日、智波ちゃん」

 

タタタタタ……

 

智波 「……はぁ」

 

智波 (……サイテーだ、わたし。陽真くんにウソついて、逃げ出しちゃった)

 

智波 (……うぅ)

 

………………翌日 3-B教室

 

陽真 「………………」

 

ズーン……

 

成幸 「……おい、大森」 コソッ 「小林の奴どうしたんだ? めずらしくめっちゃ凹んでるぞ」

 

大森 「お前が知らないあいつのことを俺が知ってるわけないだろ」

 

大森 「尋常じゃない凹み方してるから、お前ちょっと聞いてこいよ」

 

成幸 「……うん。そうだな。そうするよ」

 

成幸 (小林があんな風にもろに感情を表に出すってめずらしいからな……)

 

成幸 (幼なじみとして、看過するわけにはいかない。よし、行くぞ……!)

 

成幸 「よー、小林。おはよう。どうしたんだ、元気がないけど」

 

陽真 「……ああ、成ちゃん。おはよう」

 

陽真 「昨日、ちょっとね……」 ニコッ 「大丈夫。大丈夫だよ……」

 

成幸 「いや、全然大丈夫に見えないんだけど……」

 

ハァ

 

成幸 「なんかあったんだろ? 俺は頼りないかもしれないけど、お前の幼なじみだからさ」

 

成幸 「何かあったなら教えてくれよ。相談に乗るくらいはできるからさ」

陽真 「成ちゃん……」

 

陽真 「ありがとう。じゃあ、少し聞いてもらおうかな……」

 

成幸 「おう!」

 

………………3-D

 

智波 「……それでね、陽真くんがあんまりにも唯我くんの話ばっかりするもんだから」

 

智波 「わたし、段々悲しくなってきちゃって……」

 

智波 「陽真くんは、唯我くんと同じくらい、わたしのこと分かってくれてるのかな、とか……」

 

智波 「……陽真くんは、わたしより唯我くんと一緒にいる方が楽しいんじゃないかな、とか……」

 

智波 「そしたらね、陽真くんが心配そうな顔で……」

 

 

―――― 『どうかした? なんか、少し……』

 

―――― 『少し、悲しそうに見えたから……』

 

 

智波 「……わたしはその後、ウソついて逃げ出しちゃって……」

 

智波 「……そのときから気まずくて、メッセージも返信してないし」

 

智波 「うぅ……陽真くんに申し訳なくてさぁ……」

 

あゆ子 「……なるほどなぁ」

 

うるか 「海っちが朝からヘコんでたのはそういうワケだったのかー」

 

智波 「うぅ~、うるかぁ、あゆ子ぉ、陽真くんきっと、もう……」

 

智波 「もう、わたしのことなんか……」

 

グスッ

 

智波 「……嫌いになっちゃったよね……」

 

あゆ子 「……!? お、おいおい、智波。泣くなよ。あの小林がそんなことでお前のことを嫌いになるわけないだろ」

 

智波 「でもぉ……」

 

あゆ子 「……というか、だ」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

 

あゆ子 「彼女の前で唯我とのノロケを話す小林に、私から一言言ってやらないと気が済まないぞ」

 

うるか 「ま、まぁまぁ。こばやんにも悪気はないだろうから、おさえておさえて」

 

うるか (……とは言ったものの、海っちは本当に辛そうだし、このまま放っておけないよね)

 

うるか (……よーしっ)

 

うるか 「ふふ、ここは恋のキューピッド、うるかちゃんに任せなさい!」

智波 「うるか……?」

 

うるか 「あたしが絶対、海っちとこばやんを仲直りさせたげるから、オーブネに乗ったつもりで任せてよ!」

 

うるか (とはいえ、どうしたらいいか分からないし……。とりあえずは、成幸に相談かな)

 

………………昼休み

 

うるか 「……っていうわけでね。海っちは成幸に嫉妬してるんだよ」

 

成幸 「なるほどなぁ……」

 

ハッ

 

成幸 「って、俺に嫉妬!? 俺男だぞ!?」

 

うるか 「オトメゴコロは複雑なんだよ、成幸」 チッチッチ 「そんなんじゃモテないぞ~?」

 

成幸 「余計なお世話だよ。悪かったな……」

 

成幸 「……それにしても、俺に嫉妬ねぇ」

 

成幸 「まぁ、それに関しては完全に小林が悪いな。彼女に俺の話してどうするんだよ……」

 

成幸 「もっと他に面白い話してやれよ……」

 

うるか 「まぁ、こばやんにしてみれば、成幸の可愛さを大好きな海っちにも共有したかっただけなんだろうけど……」

 

成幸 「はぁ? 何度も言うけど、俺男だぞ? 俺が可愛いってなんだよ……」

 

うるか 「……!?」 (し、しまったー! つい、成幸の前で、成幸の可愛さとか口走っちゃったよー!)

 

うるか 「あ、あたしが思ってるんじゃないよ? あくまでキャッカンテキな目線の話だよ!?」

 

成幸 「客観的に見て可愛いのか!? 俺が!?」

 

うるか 「……オホン、オホン! 話がズレたね。元に戻すとしよーか」

 

成幸 (なんか誤魔化された気もするが、まぁいいか……)

 

うるか 「海っちもね、こばやんが成幸のこと大好きなのは知ってるから、理解は示してるんだよ」

 

うるか 「こばやんが成幸のことを話してるのを聞いて、少し不安になっちゃっただけなんだよ」

 

成幸 「わかってるよ。小林も海原もすごく良い奴らだ。ただのボタンの掛け違いだろ?」

 

成幸 「小林だって、少し俺の話をしすぎたって反省してたぞ」

 

成幸 「海原に謝りたいってさ」

 

うるか 「うんうん。さすがこばやんは、オトメゴコロをよく理解してるよね」

 

うるか (成幸とは大違いだよ) ジトッ

 

成幸 (……なんか、無言で責められている気がする)

 

成幸 「なんにせよ、海原も小林と仲直りしたいと思ってくれてるなら簡単だ」

 

成幸 「今話したことを俺が小林に、うるかが海原に話せば解決だな」

 

うるか 「オッケー! じゃあ、ゼンは急げってことで、あたし早速海っちと話してくるね!」

 

成幸 「ああ。じゃあ俺もすぐ小林のところに行くよ」

 

………………

 

成幸 「……ってことで、海原は全然怒ってないよ」

 

成幸 「お前が俺の話ばっかりするから、少し不安になってしまっただけなんだと」

 

成幸 「で、今は猛烈に反省していて、お前に嫌われたんじゃないかってうるかに泣きついてるみたいだぞ?」

 

陽真 「そっか……」

 

ホッ

 

陽真 「……よかった。嫌われたわけじゃないんだね」

 

陽真 「でも、智波ちゃんに不安な思いをさせてしまったのは、本当に反省しないと……」

 

陽真 「同じようなことをしないために、今後のことをしっかり考えないと……」

 

成幸 「………………」 ハァ 「まったく、お前は……。チャラい見た目のくせに根がまじめすぎるだろ」

 

陽真 「へ……?」

 

成幸 「いいからとにかく、会って謝ってこいよ」

 

成幸 「考えるのはそれからでもいいだろ?」

 

陽真 「成ちゃん……。うん、そうだね。とりあえず、智波ちゃんに会って、謝って、話してくるよ」

 

成幸 「おう!」

 

陽真 「本当にありがとね、成ちゃん。やっぱり成ちゃんは、俺にとって……」

 

成幸 「?」

 

陽真 「……ううん、何でもない。本当に頼りになる幼なじみだよ、成ちゃんは」

 

成幸 「そうか? そう言われると、幼なじみ冥利に尽きるってもんだな」

成幸 「ほら、早く行ってこいよ。川瀬の奴は少し怒ってるみたいだから、気をつけろよ」

 

陽真 「……まぁ、そうだろうね。川瀬と智波ちゃんは仲良いしね」

 

陽真 「武元にもお礼を言っておかないと……――」

 

――ビュォオオオ!!!

 

成幸 「っ……!?」 (痛つつ……突風で目にゴミが入ったな……)

 

陽真 「すごい風だったね。成ちゃん、大丈夫?」

 

成幸 「ああ、ちょっと目にゴミが入ったみたいだ……」 ゴシゴシ

 

陽真 「あっ、目をこすったらダメだよ。角膜に傷がついちゃうよ」

 

成幸 「そうは言ってもな、ゴミが取れなくて、痛くて……いててて……」

陽真 「ほら、こっち向いて、成ちゃん」 クイッ 「取ってあげるから」

 

成幸 「悪い、小林。頼む」

 

………………少し前

 

うるか 「かくかくしかじか、ってわけなんだよ」

 

智波 「………………」

 

ブワッ

 

智波 「よ、よかったよぅ~……。陽真くん、怒ってないんだね……」

 

智波 「うぅ……陽真くんに嫌われたらどうしようって、気が気じゃなかったから……」

 

智波 「力が抜けたよぅ……」

 

うるか 「よしよし。辛かったねぇ、海っち。もう大丈夫だよ」 ナデナデ

 

うるか 「ほら、早速こばやんのところに行こう? こばやんも海っちに謝りたいみたいだし」

 

智波 「うん。そうするよ。わたしも陽真くんに謝らないといけないし……」

 

智波 「っていうか、彼氏の男友達に嫉妬するって、やっぱり重いよね、わたし……」

 

智波 「わたし、自分がこんなに嫉妬深いなんて思ってなかったよ。改めないといけないよね」

 

うるか (少しヤキモチを妬いて、少し悲しくなるくらい、べつにいいと思うケド……)

 

うるか 「……今度から、こばやんとちゃんとお話すればダイジョーブだよ」

 

うるか 「悲しくなったら悲しいって言えばいいし、嫉妬しちゃったら甘えればいいし!」

 

うるか 「こばやんなら絶対、海っちの言うことを聞いてくれるだろうし、理解もしてくれるから!」

 

うるか 「女の子は少し嫉妬するくらいが可愛いって文乃っちも言ってたし!」

 

智波 「うるか……」 グスッ 「そうだね! わたしも、ちゃんと話をしなきゃダメだよね」

 

智波 「いくら彼氏だって、言わなくてわたしの考えが伝わるわけないもんね!」

 

うるか 「うんうん。その意気だよ、海っち」

 

うるか 「それに、少しくらい嫉妬しても仕方ないよ。だって、成幸とこばやんは本当に仲良しだし!」

 

うるか 「なんてったって、あのふたりはキスマークをつけるくらい仲が良いんだからね!」

 

智波 「……へ?」

 

うるか 「……うん?」

 

うるか (あ、あれ? おかしいな? 海っちの目が急に真っ暗になったよ?)

 

うるか 「海っち……?」

 

智波 「……ねえ、うるか? 今、わたしの聞き間違いかな?」

 

智波 「陽真くんと唯我くんが、キスマークをつけるくらい、仲が良いって聞こえたんだけど?」

 

うるか 「い、言ったけど……」

 

智波 「……キスマーク」

 

智波 「どこに?」

 

うるか 「えと……成幸の、首に……二箇所くらい」

 

智波 「首に二箇所」

 

智波 「それはいつ頃の話?」

 

うるか 「ついこの前だけど……」

 

智波 「本当に陽真くんがつけたの?」

 

うるか 「たぶん……」

 

智波 「……うん。そっか。うんうん。よくわかったよ」

 

うるか 「い、いやいや、海っち? あのふたり仲良いから、それくらいなら……――」

 

智波 「――それくらい!? キスマークつける関係は仲良いとかそんなレベルじゃないよ!?」

 

智波 「うるかはいいの? 大好きな唯我くんが、陽真くんにキスマークをつけられてて」

 

うるか 「へ……? あ、うん。こばやんだったらいいかな、って……」

 

智波 「……うん。うん。うるかはそうかもね」

 

智波 「………………」

 

ズーン

 

智波 「……そっか。ずっと、もしかしたら、って思ってたけど」

 

智波 「……やっぱり、陽真くんが一番好きなのは、唯我くんなんだね」

 

うるか (ま、まずいよ) ダラダラダラ (せっかくきれいにまとまりかけたのに……)

 

うるか (あたしが余計なこと言ったせいで、また海っちが沈んじゃったよーー!!)

 

智波 「はは……そっか……。首にキスマークつけるくらいかぁ……」

 

うるか 「う、海っち! とりあえずこばやんとこ行こ? ね?」

 

グイッ

 

智波 「……はぁ」

 

うるか (ま、まずいよー! とにかく早く、こばやんのところ連れて行かないと……)

 

ズルズルズル……

 

智波 「はは……あはは……」

 

………………

 

成幸 「いててて……」

 

陽真 「ほら、成ちゃん。動かないでってば。取れないよ」

 

成幸 「そんなこと言われても、痛いんだから仕方ないだろ……」

 

陽真 「まったくもう」 クスッ 「成ちゃんは仕方ないなぁ……」

 

成幸 「あとお前、ちょっと近いぞ……」

 

陽真 「仕方ないでしょ。これくらい顔近づけないとなりちゃんの目の中なんか見えないよ」

 

成幸 (まぁ、それもそうか……)

 

陽真 「……よいしょっ、と」

 

成幸 「ん……」

 

陽真 「どうかな? 大きいゴミは取れたと思うけど」

 

成幸 「ああ、ゴロゴロしてたのはなくなったよ。ありがとな」

 

陽真 「どういたしまして」

 

  「こ、こばやん……?」

 

陽真 「……? あれ、武元と……智波ちゃん!?」

 

成幸 (お、うるかの奴、海原を連れてきてくれたのか。ちょうど良いタイミングだな)

 

成幸 「ちょうど良かったよ、海原。いま、小林をお前のところに――」

 

智波 「――……か、顔を近づけて、お互いのことを見つめ合って……」

 

智波 「い、今、ふたりでキスの余韻に浸ってたよね……?」

 

成幸 「………………」

 

成幸 「……は?」

 

智波 「き、キスマークなんて話があったから、多分そうだろうとは思ってたけど……」

 

グスッ

 

智波 「やっぱりふたりは、そういう関係だったんだね……」

 

成幸 「いや、待て待て待て! 海原!? お前何を言ってるんだ!?」

 

成幸 「小林も何か言ってやれよ……って」

 

陽真 「智波ちゃんが、泣いてる……」

 

陽真 「俺はまた、智波ちゃんに悲しい思いをさせてしまった……」

 

成幸 「ショックを受けるのは後にしてくれないか!? 海原がよくわからん勘違いをしてるぞ!?」

 

智波 「……否定もしてくれないんだね」

 

智波 「もういいよ。陽真くんなんか知らない! 唯我くんのことなんかもっと知らない!」

 

成幸 「いや、待て! 話を聞いてくれって!」

 

うるか 「成幸ー! こばやんとの仲良しは許してあげてたけどー!」

 

うるか 「キスまでしていいなんて言ってないんだからねー!」

 

成幸 「お前までわけわからんことを言い出さないでくれないか!?」

 

智波 「うぇーーーーーーーーーん!!!」

 

タタタタタ……!!!

 

成幸 「あっ、ちょっ、海原! 待てって!!」

 

ガシッ

 

成幸 「へ……?」

 

陽真 「……ごめん、成ちゃん。ちょっと今、成ちゃんにまでどこかに行かれたら、立ち直れないから」

 

陽真 「しばらくそばにいて」

 

成幸 「あ、ああ……」 (こんなに弱ってる小林、久しぶりに見たな……)

 

成幸 (やっぱり、海原に拒絶されたのがショックだったんだな……)

 

………………放課後

 

うるか 「えっ? さっき、こばやんと成幸、キスしてたんじゃないの?」

 

成幸 「するわけないだろ!? 何考えてんだお前は!?」

 

うるか 「いやー、でも……成幸とこばやんだったらありえなくはないかな、って……」

 

成幸 「……お前は俺たちのことを何だと思ってるんだ」

 

成幸 「まぁいい。とりあえず、それは置いておくとして……」

 

陽真 「………………」 ズズズーン

 

成幸 「……この今にも溶けそうなくらい沈み込んだ小林をどうするかだ」

成幸 「うるか、海原は……」

 

うるか 「HRが終わってすぐカバンを持って行っちゃったよ……」

 

成幸 「とりあえず、海原の誤解をとくしかないよな。俺はただ、目に入ったゴミを小林に取ってもらってただけなんだが、」

 

成幸 「それを説明すれば納得してくれると思うか?」

 

うるか 「……うーん、それはちょっとムズカシイかもしれないよ」

 

成幸 「どうしてだ?」

 

うるか 「……あたしが、ちょっと、余計なことを言っちゃったから」

 

成幸 「余計なこと?」

 

うるか 「……ごめん、成幸。ちょっと口が滑っちゃってさ……」

 

うるか 「成幸がこばやんにキスマークをつけられたこと、海っちに話しちゃってさ……」

 

成幸 「は?」

 

うるか 「ごめん! 悪気はなかったんだ。つい、ツルッと、口が滑っちゃって……」

 

成幸 「いや、ちょっと待て。キスマーク? 俺が、小林に? つけられた?」

 

成幸 「何の話をしてるんだ? っていうか、何わけのわからないことを言い出してるんだ?」

 

うるか 「へ……? いやいや、とぼけないでよ、この前、首に跡がついてたでしょ?」

 

うるか 「バンソーコだって貸してあげたじゃん」

 

 

―――― 『成幸それ…… 虫にでも刺されちった…… のかな?』

 

―――― 『あっ あぁ! そんなトコ……! やっぱ…… 目立つ……よな』

 

―――― 『バンソーコあるけど』

 

 

成幸 「……!? あ、あのときのアレか!? いや、あれは、たしかに、キスマークと言えなくもないが……」

 

成幸 「でもなんで小林!?」

 

うるか 「あの前日、成幸が最後に会ってたのがこばやんだったから……」

成幸 「いや、たしかにそうだけど! そうだけれども!」

 

成幸 「違うよ! あれは……」 カァアアアア…… 「……寝ぼけた葉月と和樹に吸われてできた跡だよ」

 

うるか 「えっ!?」

 

カァアアアア……

 

うるか 「あっ、じゃあ……こばやんにキスマークをつけられた、っていうのは……」

 

うるか 「あたしの、ただの、カンちがい……?」

 

成幸 「……そういうことだ」

 

うるか 「………………」

 

うるか 「ど、どどどどうしよう、成幸!? 海っちにウソ教えちゃったよ!?」

 

成幸 「どうするもこうするも、しっかりと話をして誤解を解くしかないだろ……」

 

成幸 (とはいったものの、だ……)

 

成幸 (海原の誤解をといたとして、今回はいいとしても、また同じようなことが起こらないとも限らないし……)

 

成幸 「………………」

 

成幸 「……うるか。海原に連絡を取ることはできるか?」

 

うるか 「う、うん。もちろんできるけど……」

 

成幸 「なら、居場所を聞き出してくれ」

 

成幸 「あいつの居場所がわかったら、俺が話をしに行く」

 

うるか 「へ……? あ、あたしが行くよ? その方がいいでしょ?」

 

成幸 「いや……」

 

成幸 「……わからないけどさ、これは、俺が行かなきゃいけない気がするんだ」

 

成幸 「お前は、小林と一緒にいてやってくれ」

 

成幸 (……そうだ。これは、元を正せば、俺が海原を嫉妬させるようなことをしてしまったせいだ)

 

陽真 「………………」 ズーン

 

成幸 (小林は俺の大切な友達だ。俺のせいで、これ以上小林に悲しい思いをさせるわけにはいかない)

 

成幸 「……俺に任せてくれ、うるか」

 

うるか 「……うん! わかったよ、成幸!」

 

………………公園

 

智波 「………………」

 

智波 (……バカみたい。わたし)

 

智波 (陽真くん、きっとムリしてわたしと付き合ってくれてたんだよね……)

 

智波 (なのに、わたし……)

 

…………トッ

 

智波 「あっ、うるか……?」

 

智波 「えっ……?」

 

成幸 「……よう」

 

智波 「な、なんで……唯我くん……」

 

成幸 「……悪い。うるかに連絡を取らせたのは俺だ。だから、うるかを責めないであげてくれ」

 

成幸 「ちょっと、お前と話をしたくてさ」

 

智波 「……そっか」

 

智波 「いいよ。お話しよ、唯我くん」

 

………………生け垣 陰

 

うるか 「………………」

 

ドキドキドキドキ……

 

うるか 「だ、大丈夫かな、成幸」

 

うるか 「海っちのことも心配だし……」

 

うるか (成幸にはついてくるなって言われたけど、そういうわけにはいかないよね……)

 

うるか (ここで隠れてどうなるか見守ってよう……)

 

小林 「智波ちゃん……成ちゃん……」

 

うるか (こばやんも、ふたりのこと心配だよね……)

 

うるか (ここから見守ってるからね、成幸! がんばって!)

 

………………

 

智波 「………………」

 

成幸 「………………」

 

智波 「……お話したいことって何かな、唯我くん」

 

成幸 「ん、ああ……」

 

成幸 「……まぁ、わかってるとは思うけどさ、小林のことだよ」

 

智波 「うん」

 

智波 「……安心して。もうふたりの邪魔をしたりしないから」

 

智波 「今までごめんね。わたし……」

 

成幸 「………………」

 

成幸 「……うん、まぁ、お前の勘違いを正すのは後にするとして、」

 

成幸 「少し、小林の話をしてもいいか?」

 

智波 「……?」

 

成幸 「知ってるとは思うけど、小林とは幼なじみでさ」

 

成幸 「小さい頃、あいつの両親がいないときとか、よく家で一緒に遊んだよ」

 

成幸 「妹の面倒も見てくれてさ。本当に、ずっと一緒だったんだ」

 

智波 「……うん。そういう話も、陽真くんから聞いてるよ」

 

智波 「でも、どうしてそんな話をわたしにするの? 自慢?」

 

成幸 「……かもな。小林っていうすごい友達がいることを、お前に自慢したいのかもしれない」

 

成幸 「でもな、そんな小林も、最近はお前にべったりでさ」

 

成幸 「俺たちと一緒にいるときも、お前とのノロケ話を何度聞かされたことか……」

 

智波 「……え?」

 

成幸 「やれ “智波ちゃんとどこへ行った” とか、やれ “~をしていた智波ちゃんがすごく可愛かった” とか」

 

成幸 「…… “智波ちゃんは、こういうときこういう顔をする” とかな」

 

成幸 「……分かるんだよ」

 

成幸 「ああ、こいつは本当に彼女ことが大好きなんだな、って」

 

成幸 「そして思うんだ」

 

成幸 「小林はもう、俺の友達っていう以前に、海原の彼女なんだな、って」

 

智波 「陽真くん……」

 

智波 (そっか……)

 

 

―――― *1

 

 

智波 (……そう、だよね。陽真くんって、そういう人だもんね。知ってるに、決まってるよね)

 

智波 (わたし、バカだな……)

 

智波 (わたしばっかり陽真くんのこと考えてると思ってた……)

 

智波 (陽真くんも、わたしのこと、考えてくれてたんだね……)

 

成幸 「……なぁ、海原」

 

智波 「……?」

 

成幸 「だから、これからも、小林のことを、よろしくお願いします」

 

ペコリ

 

成幸 「……俺の幼なじみのことを、よろしくお願いします」

 

智波 (……そして、そう)

 

智波 (わたし以外にもたくさんの人が、陽真くんのことを思ってくれてるんだよね)

 

智波 「……顔を上げて、唯我くん。ごめんね。ありがとう」

 

智波 「わたし、自分が恥ずかしいや……」

 

成幸 「いや、俺の方こそ、誤解されるようなことをして悪かった」

 

成幸 「あっ、そうだ。本題に戻るけどさ、さっきは俺の目に入ったゴミを小林が取ってくれてただけだからな?」

 

成幸 「それから、うるかが勘違いしてた、キスマークの件だけど……」

 

成幸 「あれは、俺の弟妹が寝ぼけてつけただけであって、断じて小林につけられたものじゃないからな」

 

智波 「……うん。よく考えてみたら、陽真くんと唯我くんがそういう関係なわけないよね」

 

智波 「バカみたいな勘違いしてたね、わたし。ごめんね……」

 

成幸 「いや、まぁ……俺は気にしてないからいいよ」

 

成幸 「ただ、小林とは仲直りしてほしいかな」

 

智波 「……うん。もし陽真くんが許してくれるなら、わたしも仲直りしたいな」

 

智波 「だってわたし、やっぱり、陽真くんのことが……」

 

智波 「……大好き、だから」

 

ガサッ

 

陽真 「智波ちゃん!」

 

智波 「へ……? は、陽真くん!? な、なんでそんなところに!?」

 

うるか 「こ、こばやん。飛び出したら隠れてたのがバレちゃうよー!」

 

成幸 「うるか!?」

 

陽真 「ごめん、智波ちゃん! 俺、全然智波ちゃんのこと考えてなくて……!」

 

陽真 「不安にさせてごめんね? 苦しい思いをさせてごめんね」

 

智波 「違うの! わたしが、勝手に勘違いして、勝手に嫉妬してただけだから……」

 

智波 「陽真くんは悪くないよ。こちらこそ、ごめんなさい」

 

陽真 「俺は気にしてないよ。だから、大丈夫。智波ちゃん、俺のこと許してくれる?」

 

智波 「許すも何もないよ。陽真くんの方こそ、わたしのこと、嫌いになってない?」

 

陽真 「嫌いになんてならないよ。俺も、智波ちゃんのこと……」

 

陽真 「……大好きだよ」

 

智波 「陽真くん……」

 

ギュッ

 

陽真 「……ごめんね、智波ちゃん」

 

智波 「こちらこそ、ごめんなさい、陽真くん」

 

成幸 (め、目のやり場が……) カァアアアア……

 

成幸 (お、俺もいるんだから、いきなり抱き合うのはやめてくれよ……)

 

チョイチョイ

 

成幸 「ん……? うるか?」

 

うるか 「しーっ。静かに」

 

うるか 「……お邪魔虫になっちゃうから、このままこっそり退場しよ?」

成幸 「ああ……」

 

陽真 「智波ちゃん……」

 

智波 「陽真くん……」

 

成幸 「……それもそうだな」

 

成幸 (……小林が元気になってよかった)

 

クスッ

 

成幸 (じゃあな、小林。もう喧嘩すんなよ)

 

………………

 

うるか 「今日は本当にごめんね! 成幸!」

 

成幸 「もういいって。うるかばっかりが悪いわけじゃないしさ」

 

成幸 「ふたりが仲直りしてよかったじゃないか」

 

うるか 「……うん」

 

 

―――― 『だってわたし、やっぱり、陽真くんのことが……大好き、だから』

 

―――― 『嫌いになんてならないよ。俺も、智波ちゃんのこと……大好きだよ』

 

 

うるか 「はうっ……///」

 

うるか (あのふたりが抱き合ってるのを思い出すと、すごくドキドキする……)

 

うるか (いつか、あたしも、成幸と……――)

 

成幸 「――……悪くないんだな、ああいうのって」

 

うるか 「へ!?」

 

成幸 「いや、さっきの小林と海原を見て思ったんだ」

 

成幸 「俺は恋愛とかそういうのはよく分からないけどさ、」

 

成幸 「いいもんだなって、思ったんだ」

 

うるか (び、びっくりした。あたしの考えてることがバレたのかと思ったよ……)

 

成幸 「俺もいつか、誰かとああいうこと、するようになるのかな、とか……」

 

成幸 「あはは、何言ってるんだろうな、俺。恥ずかしいな」

 

うるか 「………………」

 

グッ

 

うるか (……うん。いつか)

 

うるか (いつか、あたしも……)

 

うるか 「……きっとなるよ。いつか、成幸も。大切な人を見つけて、大好きになるんだよ」

 

成幸 「ん……」

 

成幸 「……はは、なんかそういう風に言われると恥ずかしいな」

 

成幸 「……そうだな。いつか、俺も、いつか、そういう風になるんだろうな」

 

うるか 「ふふふん、ま、がんばんなよー、成幸」

 

うるか 「がんばんないと、こばやんみたいにはなれないぞー?」

 

成幸 「わかってるよ。ま、何にせよ受験が終わってからだな」

 

成幸 「……さて、ヘンなことで時間使ったし、この後挽回しないとだな」

成幸 「ファミレスで勉強でもしてから帰ろうぜ」

 

うるか 「うん! 行こ行こー!」

 

うるか (……いつか)

 

うるか (いつか、成幸が、恋愛をするようになったとき、)

 

うるか (どうか、その相手が、あたしでありますように)

 

うるか (成幸が、あたしのことを……)

 

うるか (大好きになってくれますように)

 

 

………………幕間1 翌日 「川瀬あゆ子」

 

智波 「ってことで、心配かけてごめんね! ちゃんと陽真くんと仲直りできたよ!」

 

あゆ子 「ほー。そりゃ良かった。何よりだよ」

 

あゆ子 (すっかり明るい顔になっちゃってまぁ……)

 

うるか 「ほんとごめんね、海っち。あたしがヘンな勘違いしたせいで……」

 

智波 「いいっていいって。元はといえばわたしが唯我くんにヤキモチ妬いたせなんだから、気にしてないよ」

 

あゆ子 「勘違い?」

 

うるか 「あ、いや……恥ずかしい話なんだケド……」

 

うるか 「成幸とこばやんがキスしてるように見えた、とか……」

 

うるか 「成幸の身体についてたアザを、こばやんがつけたキスマークだと思った、とか……」

 

うるか 「あはは、あたし、どうしてそんな勘違いしちゃったんだろうね」

あゆ子 「詳しく」

 

うるか 「へ?」

 

あゆ子 「それ、もっと詳しく教えなさい、うるか」

 

 

………………幕間2 「古橋文乃」

 

うるか 「……ってことがあってさ。昨日は大変だったんだよ」

 

文乃 「詳しく」

 

うるか 「へ?」

 

文乃 「それもっと詳しく教えて。特に、成幸くんと小林くんの目にゴミのくだりとか」

 

うるか 「ど、どしたん、文乃っち? なんか川っちも同じようなこと言ってたけど……」

 

文乃 「当然だよ。だって……」

 

文乃 「お耽美が嫌いな女の子なんていないんだから!」

 

バーン

 

理珠 (お耽美……?)

 

うるか (お耽美ってなんだろ……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

小林 「幼なじみの餌付けにハマってたら彼女に怒られた」

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1541592657/

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ぼくたちは勉強ができない 1 (ジャンプコミックス) [ 筒井 大志 ]
価格:432円(税込、送料無料) (2019/2/12時点)

楽天で購入

 

*1:陽真くん、わたしがどういうとき、そういう顔をするかとか、知ってくれてるのかな

うるか 「あたしは、成幸が幸せな時間を邪魔したくない」【ぼく勉ss/アニメss】

 

………………駅前

 

~~♪

 

うるか 「おー、もうクリスマスソングが流れてるね」

 

あゆ子 「まだ一ヶ月くらい先だけどな。世間は気が早いな」

 

智波 「またあゆ子ってば、おばさんみたいなこと言って……」

 

あゆ子 「……ほほう。そんな生意気なことを言うのはこの口か?」 ウリウリ

 

智波 「あーうー……。やめてよあゆ子ー」

 

あゆ子 「……ま、それはそれとして、智波はクリスマスのご予定は?」

 

智波 「えーっ、それはもちろん、陽真くんとデートだけど?」

 

あゆ子 「……分かってて聞いたけど、ムカつくもんはムカつくな」

 

うるか 「まぁまぁ、川っち。海っちが幸せそうであたしは嬉しいよ」

 

智波 「……ありがと、うるか」 ニヤリ 「で? うるかはどうするの?」

 

うるか 「へ? 何の話?」

 

あゆ子 「唯我に決まってるでしょ。クリスマス、デートでも誘ったら?」

 

うるか 「………………」

 

あゆ子 (あれ……?)

 

智波 (予想では……)

 

 

―――― うるか 『で、デートなんて……はうっ……』

 

 

あゆ子 (って反応だと思ってたけど……)

 

うるか 「……無理だよ。クリスマスは、家族の日だもん」

 

智波 (優しい顔して微笑んで……。なんか、いつものうるかと違う感じ?)

 

智波 「家族の日って、うるかの家はそういう決まりがあるの?」

 

うるか 「ううん。あたしん家じゃなくて、成幸の話」

 

うるか 「成幸にとって一番大事なのは家族だから」

 

うるか 「あたしは、成幸が幸せな時間を邪魔したくないんだ」

 

うるか (……ああ、なんか思い出しちゃうな)

 

うるか (あれは、去年のクリスマスイヴだよね……)

 

………………昨年 12月24日

 

うるか 「へ……? ほ、補習!?」

 

担任 「ああ。他の教科もだが、英語だけはこのままじゃ進級できないレベルらしいからな」

 

担任 「英語の担当者から必ず来るようにとのことだ」

 

うるか 「でも、あたし、部活が……」

 

担任 「滝沢先生にも伝えてある。今日は部活停止だ」

 

うるか 「そんなぁ~……」

 

担任 「……進級したくないのか?」

 

うるか 「うぅ……わかりました。行きますよ……」

 

うるか (せっかくのクリスマスイヴなのに~……)

 

………………教室

 

先生 「では、補習を始めましょうか」

 

うるか 「あ、あの、先生!」

 

先生 「なんですか?」

 

うるか 「あたししかいないんですけど、他に補習を受ける生徒は……?」

先生 「二学期末の補習なんてよっぽど成績が悪い生徒にしかしませんよ」

先生 「よっぽど成績が悪いのがあなただけ、ということです」

 

うるか 「……なるほど」

 

うるか (ま、マンツーマンで個人授業……。うー……)

 

先生 「あ、でも、すぐにもうひとり来ると思いますよ」

 

ガラッ

 

「遅くなりました、先生!」

 

うるか 「……!? 成幸!?」

 

成幸 「おお、武元か」

 

うるか 「成幸も英語の成績が悪かったの?」

 

成幸 「いや、先生が補習をやると聞いてな。復習のために俺も受けさせてもらえるように頼んだんだ」

 

先生 「基礎的な部分しかやりませんから、唯我くんには必要ないと思いますけどね」

 

成幸 「すみません。HRの方が長引いて遅くなりました」

 

先生 「構いませんよ。ちょどいま始めようとしていたところですから」

 

先生 「では、改めて、始めましょう」

 

成幸 「はい、よろしくお願いします」

 

うるか 「お、お願いします……」

 

うるか (な、成幸とふたりで補習……これは……)

 

うるか (せんざいいちぐーのチャンス!!)

 

うるか (ほ、補習が終わった後、ふたりでデート、なんて……)

 

うるか 「にへへ……」

 

成幸 「……?」

 

………………補習中

 

先生 「……と、いうわけで、この場合、"before I got home" から過去完了形と判断できます」

 

先生 「そこまで分かれば、この場合空欄に入るのは "had known" だと判断できるわけですね」

 

先生 「まぁ、実際の英会話でそんなことを意識するのはナンセンスですから、あくまで入試のテクニックと思ってください」

 

成幸 「なるほどなるほど……」 メモメモメモ

 

うるか 「………………」

 

うるか (き、基礎しかやらないとか言ってたのに……)

 

うるか (めちゃくちゃ難しいんだけど!?)

 

うるか (ってゆーか……)

 

成幸 「じゃあ先生、こっちの問題の場合は……」

 

先生 「これは過去完了進行形になりますから、やや複雑ですね」

 

先生 「つまり……」

 

うるか (ふ、ふたりで盛り上がっちゃって全然あたしの方を気に留めてない……)

 

………………最終下校時刻

 

先生 「おや、もうこんな時間ですか。では、武元さん」

 

うるか 「ふぁい……」

 

先生 「今日の内容についての宿題です。冬休み明けまでに仕上げて提出してください」

 

先生 「二学期の赤点解消のための加点にしますから」

 

うるか 「……わかりました」

 

先生 「それでは、良い冬休みを。さようなら」

 

成幸 「さようなら、先生」

 

うるか 「………………」

 

クタリ

 

うるか (うぅ……こんな量の宿題、どうやって終わらせろって言うのさ……)

 

うるか (部活だってあるし、お正月は目いっぱい遊びたいのに……)

 

うるか (こんな状況じゃ、成幸をデートに誘うどころじゃないよ……)

 

うるか (お気楽なこと考えてた少し前の自分をひっぱたいてやりたいよ……)

 

成幸 「武元? どうかしたか?」

 

うるか 「……宿題、出ちゃった」

 

成幸 「まぁ、宿題というと聞こえは悪いが、要は武元の進級のための加点材料だろ?」

 

成幸 「ちゃんとやって提出すれば赤点解消だろ? よかったじゃないか」

うるか 「……でも、こんな難しい内容、あたしわかんないもん」

 

成幸 「へ……? でも、今日先生が補習してくれた内容じゃないのか?」

うるか 「……補習って言ったって、ほとんど先生と成幸のマンツーマン授業だったじゃん」

 

ジトッ

 

成幸 「あっ……」

 

成幸 「……よく思い返してみれば、たしかに」

 

うるか 「……ふんだ」

 

成幸 (……しまったな。二学期の英語の範囲が微妙に理解しきれてなかったから補習に混ぜてもらったが)

 

成幸 (そのせいで、本当に補習が必要な武元の邪魔をしてしまったようだ……)

 

成幸 (一考の余地もない。これは完全に俺が悪いな……)

 

成幸 「スマン、武元。俺のせいでお前に迷惑をかけたようだ」

 

うるか 「……?」

 

成幸 「……本当なら補習はお前のためのものだったのにな」

 

うるか 「……べつに、成幸は悪くないよ。先生だって、成幸に教えた方が楽しいだろうし」

 

うるか 「冬休みほとんど潰すことになるだろうけど、がんばって宿題終わらせるよ」

 

成幸 「いや……」

 

スッ

 

成幸 「……武元、この後予定はあるか?」

 

うるか 「へ……?」 カァアアアア…… 「へぇ!? こ、この後って……」

 

うるか 「今日は部活に出られないし、特に、予定とかはないけど……」

 

成幸 「よし、ちょうどいいな。いくら何でも、分からない宿題が大量に出されちゃお前もたまったもんじゃないだろう」

 

成幸 「俺が教えるから、その宿題、今日終わらせてしまおう」

 

うるか 「え……?」

 

………………

 

成幸 「……ってことは、そこは?」

 

うるか 「“私は明日、役所に行く前に郵便局に行きます” かな……?」

 

成幸 「正解だ。明日行う予定に対して順番をつけるようなイメージだな」

成幸 「郵便局が1番目。役所が2番目って感じだ」

 

うるか 「ふむふむ……」

 

うるか (……はぁ)

 

うるか (ま、そんなコトだろーと思ったけどさ)

 

うるか (一瞬ドキッとしちったよ。デートにでも誘われるのかと思って)

 

成幸 「じゃあ、次の問題だけど……」

 

うるか (……ま、でも、悪くないかな)

 

うるか (ふたりっきりで勉強教わるのも、結構オツな感じ、なんてね) ニヘラ

 

………………

 

うるか 「お、おおお……」

 

うるか 「……終わったーーーー!!!」

 

うるか 「ありがとー、成幸ー! おかげで宿題終わったよー!」

 

うるか 「これでお正月ものんびりできるしたくさん遊べるよー!」

 

成幸 「いやいや、元はといえば俺のせいだからさ。気にしなくていいよ」

成幸 「ふー、すっかり遅くなってしまったな。もう真っ暗だ」

 

うるか (えへへ、成幸、あたしのためにこんな夜遅くまで手伝ってくれて……)

 

うるか (これはもうクリスマスデートをしたと言ってもカゴンではないのでは……!?)

 

うるか (なんてねなんてねなんてねー!!)

 

成幸 「もう遅いし、そろそろ帰ろうぜ。送ってくよ」

 

うるか 「あ、う、うん!」

 

成幸 「……あ、でもその前に、ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいか?」

 

うるか 「……?」

 

………………学校 公衆電話

 

うるか 「寄りたいところって、ここ?」

 

成幸 「ああ、俺は携帯電話を持ってないからさ。連絡手段はこれしかないんだ」

 

成幸 「今からちょっと電話かけるから、えっと……」

 

成幸 「……向こうで待っててもらってもいいか?」

 

うるか 「へ? あ、うん。わかった」

 

うるか 「………………」

 

うるか (……あたしに電話の内容を聞かれたくないのかな?)

 

うるか (怪しい……) ピーン (ひょっとして、電話の相手は、女……!?)

 

成幸 「………………」

 

うるか (電話、かけたみたいだ。少し趣味が悪いかもしれないけど……)

 

コソコソコソ……

 

うるか (ちょと盗み聞きさせてね、成幸)

 

成幸 「……あっ、水希か? 俺だよ」

 

うるか (“水希” って、たしか妹ちゃんの名前だ……)

 

ホッ

 

うるか (なーんだ。家に電話かけてるだけかー)

 

成幸 「わっ……ご、ごめん。そんな大声出すなって……」

 

成幸 「悪かったよ。でも、仕方なかったんだ。ごめんな」

 

うるか (……? 謝ってる? どうかしたのかな?)

 

成幸 「クリスマスパーティできなかったのは、本当にごめん。せっかくごちそう作って待っててくれたのにな」

 

うるか (へ……?)

 

成幸 「ケーキも……。うん。葉月と和樹にも謝るよ。わかってる」

 

うるか (ひ、ひょっとして……)

 

成幸 「……いつも苦労をかけてごめんな、水希。うん。今から帰るよ」

 

うるか (あ、あたしのせいで……)

 

うるか (あたしのせいで、成幸にとんでもない迷惑をかけちゃったんじゃ……)

 

………………帰路

 

うるか 「………………」

 

成幸 「……冷えるなー」 ブルッ 「天気予報じゃ、雪が降るかもしれないとか言ってたもんな」

 

うるか 「………………」

 

成幸 「? 武元?」

 

うるか 「……あ、あのさ、成幸。あたし、ひとりで大丈夫だし、もう家に帰ったら?」

 

成幸 「へ? いやいや、さすがにこの時間だし、危ないだろ。家まで送ってくよ」

 

うるか 「いや、でも……」

 

成幸 「? なんかヘンだぞ? どうかしたのか?」

 

うるか 「………………」 スッ 「……ごめん、成幸。さっき、ちょっと電話、盗み聞きしちゃった」

 

成幸 「へ……?」

 

成幸 「……あー、聞かれたか。あんまりお前に聞いてほしくなかったんだけどな」

 

うるか 「……ごめん」

 

成幸 「いや、べつにそれはいいんだけど……」

 

成幸 「気にしなくていいからな? そもそもお前の補習を邪魔しちゃった俺が悪いんだから」

 

うるか 「で、でも! そのせいで、成幸にも、成幸の家族にも迷惑かけちゃったし……」

 

うるか 「ごめんね……。ごめんなさい、成幸」

 

成幸 「いや、だから、そもそも俺が悪いんだから、お前が申し訳なく思う必要はないんだけど……」

 

うるか 「……でも、あたしの宿題のせいで、成幸に迷惑かけちゃったのは事実だし……」

 

成幸 「うーん……」

 

パラッ……

 

成幸 「……うん?」

 

うるか 「あっ……」

 

パラパラ……パラ……

 

うるか 「雪……?」

 

成幸 「雪だな……」

 

うるか 「………………」 ポーッ 「キレー……」

 

成幸 「だなぁ……」

 

うるか 「……ホワイトクリスマスだね」

 

成幸 「……なぁ、武元」

 

うるか 「? 何?」

 

成幸 「俺さ、電話で妹には怒られたし、下の弟妹にもこれから怒られるだろうし、悪いことしたなって思うけどさ」

 

うるか 「……うん」

 

成幸 「でもやっぱり、お前に宿題教えてよかったよ」

 

うるか 「へっ……?」

 

成幸 「だって、普通に帰ってたら、雪が降ったなんて絶対気づかなかっただろ?」

 

成幸 「武元に宿題教えて、帰るのが遅くなったから、この雪を見ることができたんだ」

 

成幸 「帰ってあいつらにも、ホワイトクリスマスだってことを教えてあげなくちゃな」

 

うるか 「成幸……」

 

成幸 「ほら、早く帰ろうぜ。武元の家までダッシュだ!」 タッ

 

うるか 「あっ……ま、待てー! 成幸ー!」 ビュン!!

 

成幸 「待てとか言っておいて一瞬でぬかすのは勘弁してくれないか!?」

 

うるか 「遅いよー、成幸ー! 早く帰らないと、雪やんじゃうよー!」

 

 

………………現在

 

うるか (……なつかしいな。もう一年前か)

 

うるか (あれから色々あったよね。リズりんや文乃っちと友達になって……)

 

うるか (一緒に成幸に勉強教わるようになって……)

 

うるか (成幸に、名前で呼ばれるようになったり、“好きな人” の勘違いとか……)

 

クスッ

 

うるか (……ほんと、色々あったなぁ)

 

あゆ子 「おーい、うるかー?」

 

智波 「遠い目をしてどうしたの?」

 

うるか 「……ううん。なんでもないよ」

 

うるか 「クリスマスじゃなくてもデートはできるしさ」

 

うるか 「クリスマスは、成幸にとって家族の日だから」

 

うるか 「だから、いいんだ」

 

智波&あゆ子 「「……?」」

 

うるか (……去年は、あたしのせいで家族と過ごせなかったけど)

 

うるか (今年は、成幸が、幸せなクリスマスを過ごせますように)

 

 

………………幕間  「ラスト」

 

智波 「あ、ラストクリスマスが流れてるよ。わたしこの曲好きなんだよねー」

 

あゆ子 「私も嫌いじゃないな。ただ、歌詞の内容は結構ダークな感じだよな」

 

智波 「ねー。わたしも明るいクリスマスソングだと思ったら、ねぇ?」

 

うるか 「メロディは明るい感じなのに、結構物騒な曲だよね」

 

あゆ子 「へ……? う、うるか!? あんた、洋楽が語れるだけの英語力が身についたの!?」

 

うるか 「むっ、川っち、あたしのことを見くびってるね?」 フフン 「いくらなんでもラストクリスマスくらいわかるよー、だ」

 

智波 「まぁ、有名ってレベルの曲じゃないもんね……」

 

うるか 「そもそもタイトルからして物騒じゃん!」 クワッ 「“最後のクリスマス” なんて、すごく怖いタイトルだよね!」

 

智波&あゆ子 「「………………」」

 

うるか 「……? 海っち? 川っち?」

 

智波 「……うん。やっぱり、うるかはうるかだね」 ポン

 

あゆ子 「安心したよ。アホなあんたはまだ健在だね」 ポン

 

うるか 「なに!? あたしなんかヘンなこと言った!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

うるか 「ラストクリスマス

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1541592657/

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ぼくたちは勉強ができない 8 (ジャンプコミックス) [ 筒井 大志 ]
価格:475円(税込、送料無料) (2019/2/12時点)

楽天で購入

 

雪乃「貴方と友達になるなんて無理よ….友達ではなく….」【俺ガイルss/アニメss】

 

~奉仕部~

 

雪乃「貴方は存在感が無さ過ぎるからいっそ消えてしまえばいいわ」

 

八幡「・・・」

 

結衣「ちょっと!ゆきのん!いくらなんでもそれは言い過ぎだよ!」

 

八幡「わりぃ、俺帰るわ」

 

結衣「ヒッキー待ってよ!」

 

八幡「しばらく部活こねぇから、誰かさんは俺がいるのが嫌みたいだから」

 

雪乃「え、ちょ、待って!今のはいつもの冗談よ!」

 

八幡「都合いいなお前って まぁいいわ、じゃあな」

 

 

結衣「ゆきのん!いくら何でも言っていい事と悪い事があるよ!」

 

雪乃「そうよね…ついいつもの冗談のつもりで言ってしまったわ。」

 

結衣「もしも本当にヒッキーが自殺しちゃったらどうするの?」

 

雪乃「由比ヶ浜さん、流石にそれは大袈裟よ」

 

結衣「明日、会ったらちゃんと謝りなよ?」

 

雪乃「そうね…今日の冗談は100パーセント私が悪いわね、明日とは言わずに今から比企谷くんの家に行くわ」

 

結衣「うん!わかった!鍵は私が返しておくよ!」

 

雪乃「お願いするわ」

 

小町「は~いって雪乃さん!?どうしたんですか?こんな所に来て」

 

雪乃「比企谷くんはいるかしら?」

 

小町「お兄ちゃんなら部屋にいますけど?」

 

雪乃「呼んできて貰っていいかしら?」

 

小町「分かりました!」

 

雪乃(ちゃんと謝罪しないといけないわね。このままじゃ私が比企谷くんの事が嫌いで酷い事を言ってしまったと勘違いされるわ。)

 

八幡「何の用だよ?こんな所まで来て、俺お前に用事ないから、じゃあな。」

 

雪乃「待って!」

 

八幡「わざわざ死んで欲しいほど嫌いなやつの所まで謝罪に来る必要ないだろう?寧ろお前の正直な気持ちが分かって良かったよ。」

 

雪乃「違うわ!私は貴方に死んでほしいなんて思ってないわ それに…嫌いじゃないわ…」

 

八幡「え?」

 

雪乃「何故急に難聴系主人公になるのかしら?まぁいいわもう一度言うわ」

 

雪乃「私は貴方の事、嫌いじゃないわ」

 

八幡「つまり無関心って事だな。お前の気持ちがよくわかったわ。」

 

雪乃「そういう事じゃないわ。勘違いしないでちょうだい」

 

八幡「いいんだよ別に無理に嘘つかなくても お前に嘘は似合わねぇよ」

 

雪乃「貴方に対して無関心でも嫌いでもないわ…」

 

八幡「じゃあどういうことだよ?」

 

雪乃「それは…」

 

八幡「言えないならやっぱりそうなんだろう?じゃあいいわ、じゃあな」バタン

 

雪乃「待って!」

 

小町「ちょっと!お兄ちゃん!あんな風にしなくたっていいじゃん!」

 

八幡「いいんだよ…互いに無理する必要ねぇんだよ。」

 

 

結衣「え!?ヒッキーに許してもらえなかったの!?」

 

雪乃「えぇ…さっき廊下ですれ違って挨拶したのだけれど、無視されたわ。」

 

結衣「ヒッキー、そんなに傷ついてたんだ」

 

雪乃「由比ケ浜さん、私どうすればいいのかしら?」

 

結衣「う~ん普通に謝っても許してもらえないなら誠意が伝わる謝り方をすればいいんじゃない?」

 

雪乃「誠意の伝わる…?」

 

結衣「そうだ!メッセージカードを添えてクッキーを渡そうよ!」

 

雪乃「それはいい考えかも知れないわね。」

 

結衣「じゃあ今日は部活はこの辺で切り上げて一緒にクッキー作ろうよ!」

 

雪乃「何故、貴方が一緒に作るのかしら?」

 

結衣「遠まわしに酷い事言わないでよ!」

 

雪乃「クッキーは一通り出来たわね。」

 

結衣「すごい美味しそう!」

 

雪乃「由比ケ浜さん、今日はもう遅いから貴方は帰った方がいいわ」

 

結衣「遅いってまだ8時だよ?それにメッセージカードまだじゃん?」

 

雪乃「自分で書くからいいわ」

 

結衣「え!?ゆきのん一人で大丈夫なの!?堂々巡りにならない?」

 

雪乃「このメッセージカードに言葉では伝えられない、正直な気持ちを自分で書いてみるわ」

 

結衣「うん!わかった!じゃあ私帰るね!ゆきのん!頑張ってね!」

 

雪乃「ありがとう、由比ケ浜さん」

 

 

昇降口

 

結衣「ゆきのん!メッセージカード出来た?」

 

雪乃「出来たわ。あとは比企谷くんに渡すだけ…」

 

八幡「おう由比ケ浜おはよう」

 

結衣「あっ、ヒッキーおはよう!」

 

雪乃「あの、比企谷くん、このクッキーを受け取って欲しいのだけれど」

 

八幡「あぁもうあのことは気にしてないからそういうのいいわ、由比ケ浜にでもやれよ」

 

結衣「ちょっと!ヒッキー!」

 

雪乃「由比ケ浜さんいいのよ、私が悪いのだから 許してもらえなくて当然よ」

 

結衣「諦めるのはまだ早いよ!」

 

雪乃「じゃあ私、教室に行くわね。」

 

結衣(ゆきのんのことが気になりすぎてあとをついてきちゃった…)

 

結衣(あ!ゆきのんがクッキーをゴミ箱に捨てた!)

 

結衣(誰かに取られちゃう前に拾わないと…)

 

 

八幡「・・・何も捨てる事はないだろう食べ物粗末にすんなよ。」

 

結衣「ヒッキー!」

 

雪乃「受け取ってもらえるの?」

 

八幡「その、さっきの態度は少しやり過ぎた。すまん。」

 

雪乃「貴方が謝る必要はないわよ。受け取って貰えたならそれでいいわ。」

 

八幡「そうか…」

 

雪乃「えぇ…ではまた」

 

結衣「何でそこで会話やめちゃうの!」

 

八幡(クッキーは相変わらず美味いな。ん?何だこの手紙は?)

 

結衣(あっ!ヒッキーゆきのんのクッキー食べてる!)

 

八幡(放課後、屋上に来てください、あいつらしくねぇな…)

 

結衣「ねぇヒッキー!手紙に何て書いてあったの?」

 

八幡「いや普通にごめんなさいとしか書いてなかったよ。」

 

結衣「ヒッキーはゆきのんのこと許すの?」

 

八幡「俺は別にあれに関してはもう気にしてねぇよ」

 

結衣「よかった!」

 

八幡「悪いな色々と心配させて」

 

結衣「じゃあ放課後久しぶりに部活来てよ!」

 

八幡「わりぃ、多分それは無理だわ。」

 

結衣「仲直りしようよ!」

 

八幡「放課後、確かめないといけない事があるからな。」

 

結衣「あっ!ゆきのんからメールだ!ゆきのんも休むみたい…ゆきのんやっぱりヒッキーが来ると思って逃げちゃったのかな?まぁ無理もないよね」

 

 

屋上

 

雪乃「来てくれたのね…意外だわ。」

 

八幡「呼んでおいてそのセリフはないだろう…」

 

雪乃「比企谷くん、この前はごめんなさい」

 

八幡「もうそれはいいよ。ただ…」

 

雪乃「貴方はこの前私が言った事が気になっているのね?」

 

八幡「そうだ…」

 

雪乃「貴方はどう思ってるの?」

 

八幡「何が?」

 

雪乃「卑怯ね、知らないふりをするなんて」

 

八幡「好きだよ…」

 

雪乃「え?」

 

八幡「雪ノ下のことが好きだよ だからこの前の怒ったっていうよりは傷ついた。」

 

雪乃「奇遇ね、私も貴方の事は嫌いでも無関心でもなく好きよ?だから照れ隠しで今まで酷い事を言ってしまったわ」

 

八幡「そうか…何かありがとな」

 

雪乃「感謝すべきはこちらよ?人生で一番嬉しい瞬間を与えてくれたのだから」

 

八幡「なぁ雪ノ下…俺と」

 

雪乃「前にも言ったでしょう?貴方と友達になるなんて無理よ?私は友達ではなく貴方の彼女になりたいのだから」

 

八幡「雪ノ下雪乃さん、俺と付き合ってください。」

 

雪乃「よろしくおねがいします…でもひとつだけ言わせてちょうだい」

 

八幡「なんだ?」

 

雪乃「貴方ってやっぱり卑怯だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

雪乃「貴方は存在感が無さ過ぎるからいっそ消えてしまえばいいわ」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1444019426/


 

あすみ 「嫌だったんだ。“ニセモノ” って言われるのが、すごく」【ぼく勉ss/アニメss】

 

………………ファミレス

 

あすみ 「そういやあの日、まふゆセンセと何してたんだ?」

 

成幸 「へ……?」

 

成幸 「いや、あの、“あの日” って、一体……」

 

あすみ 「いつだか、まふゆセンセが制服着てた日のことだよ」

 

成幸 「う゛ぇっ……」

 

 

―――― 『誤解! 絶対君は何か勘違いをしているわ唯我君! この格好には深いわけが……』

 

―――― 『え…… 俺はてっきり……』

 

―――― 『溜め込んだ洗濯物つい全部洗っちゃって着れる服がそれしかないのかと……』

 

 

成幸 (あの日のことかぁああああああああ!!)

 

 

―――― 『……古橋さんの目に…… さっきの私達はどう映ったのかしら』

 

―――― 『制服だからやはり恋人同士に見えたのかしらね……』

 

 

成幸 (あっ……/// あの日のことか……////)

 

あすみ 「……あん?」

 

あすみ (なんだ、後輩のヤロウ、急に顔を真っ赤にしやがって……)

 

あすみ (興味本位で聞いたつもりだったが、まさか、こいつ……)

 

あすみ (桐須先生と、マジで制服デートしてたわけじゃねーだろうなぁ)

 

ジトッ

 

あすみ 「……おい、後輩?」

 

成幸 「へっ!? あ、いや、全然、その大したことじゃないですよ?」

 

成幸 「ただ、ちょっと先生が……」

 

ハッ

 

成幸 (い、言えるかーーーーーーーーー!! この愉快的な先輩に!!)

 

 

―――― 成幸 『桐須先生が服を全部洗ってしまって制服以外着る服がなかっただけですよ?』

 

―――― 成幸 『ほんと、そそっかしい先生ですよね。あはははは』

 

 

成幸 (なんて言えるかぁあああああああああああああああああ!!)

 

成幸 (最悪そんなこと言ったのがバレたら桐須先生にコロされるわ!!!)

 

あすみ 「後輩、お前さっきから百面相だぞ? どうした?」

 

ジーーーッ

 

成幸 「い、いえ、何も……」

 

成幸 (まずい。先輩が疑うような目をしている……)

 

あすみ (こいつ……アタシという恋人がいながら、まさか教師とイケない関係なんてこたぁねーだろうな……)

 

あすみ 「………………」

 

あすみ (……いや、まぁ、もちろん、アタシとこいつの関係は、ただの “フリ” ではあるわけだが)

 

成幸 「ほ、ほんと、大したことじゃないんですよ。ただちょっと……」

 

あすみ 「ただちょっと? ただちょっと何だよ?」

 

成幸 「……すみません」

 

あすみ 「ん?」

 

成幸 「すみません。言えません……」

 

成幸 (桐須先生の名誉を守るために……)

 

あすみ 「っ……」

 

あすみ (言えねーってことは、つまり……そういうコトってわけか……)

 

ズキッ

 

あすみ (……ま、べつに、アタシにはカンケーねーことだけどさ)

 

あすみ 「……わかった。変なこと聞いて悪かったな。勉強に戻るとするか」

 

成幸 「そ、そうですね。そうしましょう」 アセアセ

 

あすみ 「………………」

 

あすみ (あんだよ……)

 

あすみ (ほんとにアタシには言えねーようなことなのかよ)

 

………………

 

あすみ 「……んじゃ、アタシはそろそろバイトの時間だから、もう行くな」

 

成幸 「はい。では先輩、明日はバイト先に伺いますね」

 

あすみ 「おう、また明日な」

 

モヤモヤモヤ

 

あすみ (……結局あれから、あの話はなく、なんとなく気まずいまま時間だけすぎてしまった)

 

あすみ (いや、気まずいなんて思ってるのはアタシの方だけか)

 

あすみ (何でアタシはこんなに、後輩と先生のことを気にしてるんだ……?)

 

成幸 「先輩?」

 

あすみ (後輩はケロッとした顔で、普段通りだ)

 

あすみ (アタシが勝手に気にしてるだけ、か……)

 

あすみ (アタシらしくもない。でも……)

 

あすみ 「……なぁ、後輩」

 

成幸 「? なんです?」

 

あすみ 「……もう一度だけ聞く。あの日、制服姿の先生と何してたんだ?」

 

成幸 「えっ……」

 

あすみ 「もし本当に答えられないなら、答えなくてもいい。しつこくてすまん」

 

成幸 「あっ、えっと……」

 

あすみ 「………………」

 

成幸 「………………」

 

ウェイトレス (す、すごい雰囲気だわ、あの席……)

 

ウェイトレス (あれが修羅場ってやつね……!?) ドキドキ

 

成幸 「……すみません。答えられません」

 

あすみ 「………………」

 

あすみ 「……そっか」

 

あすみ 「恋人のアタシにも言えないようなことなんだな」

 

成幸 「へ……?」

 

成幸 「や、やだなぁ、先輩」

 

成幸 「俺たちはフリをしてるだけのニセモノの恋人じゃないですか」

 

あすみ 「っ……」

 

成幸 「また俺をからかおうって魂胆ですね。そうはいかないですよ」

 

あすみ 「………………」

 

クスッ

 

あすみ 「んだよー、後輩。もっと初々しい反応期待してたってのによ」

 

あすみ 「拍子抜けだよ」

 

あすみ 「……んじゃ、今度こそ、またな」

 

成幸 「はい、先輩! また明日!」

 

………………メイド喫茶 High Stage

 

あすみ 「………………」

 

ボーーーッ

 

マチコ 「……? ねえねえ、あしゅみーどうしたのかな?」

 

マチコ 「あんなに仕事に身が入ってないあしゅみー初めて見たよ」

 

ミクニ 「どうしたんだろうね」

 

ヒムラ 「恋かな? 恋の悩みかな」

 

マチコ 「!? だとすれば、もちろん相手は……」

 

ミクニ 「唯我クン一択でしょそんなの!」

 

マチコ&ヒムラ 「「だよねー!」」

 

ワイワイガヤガヤ

 

あすみ 「………………」

 

あすみ (……アタシ、何してんだ? いや、何しちまったんだ)

 

ズーン

 

―――― 『……もう一度だけ聞く。あの日、制服姿の先生と何してたんだ?』

 

―――― 『恋人のアタシにも言えないようなことなんだな』

 

 

あすみ (何やってんだ、アタシ……)

 

あすみ (自分があんなに面倒くさい女だと思わなかった……)

 

あすみ (……っつーか)

 

あすみ (あれじゃまるで、アタシが後輩とセンセに嫉妬してるみたいじゃねーか)

 

あすみ (そりゃ、あれくらい言われても仕方ねーわな)

 

 

―――― 『俺たちはフリをしてるだけのニセモノの恋人じゃないですか』

 

 

あすみ 「ッ……」 ズキッ

 

あすみ (……何で、あいつのあの言葉を思い出すだけで、こんなに辛いんだ)

 

あすみ (アタシは、そんなに……)

 

あすみ (そんなに、あいつに “ニセモノ” って言われたことがショックだったのか)

 

あすみ (アタシは……)

 

あすみ (アタシは、あいつのこと……――)

 

客 「――あしゅみーちゃん! 注文お願いしまーす!」

 

あすみ 「あっ……」

 

あすみ (……切り替えろ、アタシ。今のアタシは、小美浪あすみである前に……)

 

あすみ (メイド喫茶ハイステージの、小妖精メイド、あしゅみぃなんだ)

 

あすみ 「はーいっ! ただいままいりまっしゅみー!」 タタタ

 

 

―――― 『俺たちはフリをしてるだけのニセモノの恋人じゃないですか』

 

 

あすみ (っ……今は、思い出しちゃダメだ)

 

あすみ (今、考えたら、きっと仕事ができなくなる……。そんなのはダメだ)

 

あすみ (今は、笑顔で、接客に集中しなければ)

 

ニコッ

 

あすみ 「ご注文、お伺いしましゅみー♪」

 

………………夜 小美浪家

 

小美浪父 「………………」

 

あすみ 「………………」

 

ボーーーッ

 

小美浪父 (めずらしい……)

 

小美浪父 (……あすみが勉強も家事もせず無為に時間を使っている)

 

小美浪父 「……あー、あすみ?」

 

あすみ 「ん……」 モゾッ 「……あんだよ」

 

小美浪父 (声に元気もない。さすがにこれは心配だな……)

 

小美浪父 「今日はバイトの前に唯我くんとデートだったんだろう?」

 

小美浪父 「今日はどこへ行ってきたんだ?」

 

あすみ 「………………」

 

あすみ 「……べつに。いつも通り、受験生らしく勉強しただけだよ」

 

小美浪父 「そ、そうか……」

 

小美浪父 (こ、これは、まさか、ひょっとして……)

 

小美浪父 「つかぬことを聞くが、」

 

あすみ 「?」

 

小美浪父 「まさかとは思うが、唯我くんと喧嘩なんて、してないだろうね?」

 

あすみ 「っ……」

 

あすみ (喧嘩……)

 

あすみ (……だったら、もっと気持ちは楽かもしれねーな)

 

あすみ (喧嘩以前のことだ。そもそも、あいつは、アタシのことなんか……)

 

 

―――― 『俺たちはフリをしてるだけのニセモノの恋人じゃないですか』

 

 

あすみ (……アタシは、何を考えてる?)

 

あすみ (アタシは、どうしたいと思ってる? アタシはどうしたい?)

 

あすみ (アタシは……)

 

小美浪父 (私の問いに対して答えることもできず、急に暗い顔に……)

 

あすみ 「……べつに、喧嘩なんてしてねーよ。ただ……」

 

小美浪父 「ただ……?」

 

あすみ 「……なんでもない。言いたくない」

 

小美浪父 「!?」

 

小美浪父 (この反応は、考えるまでもない……)

 

小美浪父 (あすみと唯我くんの間に何かがあったんだ……!)

 

あすみ 「……もう寝るわ。おやすみ」

 

小美浪父 「あ、おい、あすみ!」

 

小美浪父 (振り返りもせず行ってしまった。ストレートに聞きすぎただろうか……)

 

小美浪父 「………………」

 

小美浪父 (いやしかし、あのあすみが、恋愛がらみで悩むことになるとはなぁ……)

 

シミジミ

 

小美浪父 (不謹慎な話ではあるが、少し感慨深いな……)

 

………………あすみの部屋

 

あすみ 「………………」

 

ボフッ

 

あすみ 「……はぁ」

 

あすみ (布団、落ち着く……)

 

あすみ (このまま、何も考えず寝ちまえば、明日になる……)

 

あすみ (明日になれば、さすがにこのヘンな気持ちもどっかに行くだろ……)

 

あすみ (……明日)

 

あすみ (明日は、店に後輩が来る日だ……)

 

 

―――― 『……もう一度だけ聞く。あの日、制服姿の先生と何してたんだ?』

 

―――― 『恋人のアタシにも言えないようなことなんだな』

 

 

あすみ (あいつ、ちゃんと来てくれるかな……って、店でのバイトも兼ねてるんだ)

 

あすみ (あいつは責任感の強い奴だ。来るに決まってる……)

 

あすみ (ああ、もう、ちくしょう)

 

あすみ (このまま寝かしてくれよ……)

 

あすみ (なんで……)

 

 

―――― 『俺たちはフリをしてるだけのニセモノの恋人じゃないですか』

 

 

あすみ (……思い出したくもない言葉ばっかり、頭に浮かぶんだ)

 

あすみ (わかってるよ。アタシは、お前にとって、ただのニセモノだって)

 

あすみ (でも……)

 

あすみ (……あんな言い方しなくたって、いいじゃないか)

 

あすみ 「………………」

 

あすみ (……やっぱり後輩は、アタシみたいなちんちくりんじゃなくて、)

 

あすみ (まふゆセンセみたいな、スタイルのいい美人さんの方がいいんだろうな)

 

あすみ 「………………」

 

あすみ (……寝よ)

 

………………翌日 メイド喫茶 High Stage

 

あすみ 「おかえりなさいませっ、御主人様!」

 

あすみ 「……って、後輩かよ」

 

ケッ

 

あすみ 「営業スマイルして損したわ」

 

成幸 「いつもより投げやり!? それはひどすぎないですか!?」

 

あすみ 「いいから早くエプロン着てこいよ。早速床掃除してもらいたいんだ」

 

成幸 「わかりました。じゃあ、すぐエプロン取ってきます!」

 

ミクニ 「……よかった。あしゅみー、いつも通りに戻ったみたい」

 

ヒムラ 「だねぇ。唯我クンと喧嘩でもしたのかと思ってたけど、そんなことなさそうだね」

 

マチコ 「………………」

 

あすみ 「……はぁ」

 

あすみ (いつも通り。いつも通り。いつも通り)

 

あすみ (……まぁ、大丈夫だろ。いつも通りできてるだろ。多分)

 

あすみ (昨日、寝る前に色々考えた)

 

あすみ (アタシは、自分のことしか考えてなかったんだ)

 

あすみ (後輩に言われた言葉で勝手に悩んで、怒って……)

 

あすみ (そもそもアタシは、そんな立場にないってのに……)

 

あすみ (後輩は、アタシのために恋人のフリをしてくれてるだけ。ただ、それだけ)

 

あすみ (そんな後輩に言われたことで悩むなんて、それこそ自分勝手だ)

 

あすみ (……後輩が真冬センセと何をしてようが、アタシには関係ない)

 

あすみ (アタシがそのことについて考えるなんてことがそもそもおこがましいんだ)

 

あすみ (……だから、アタシはもう、後輩に不用意に近づいたり、からかったりしたらいけない)

 

あすみ (……うん。だから、大丈夫)

 

あすみ (アタシはもう、大丈夫)

 

マチコ 「………………」 (“いつも通り” ……?)

 

マチコ (……そうかなぁ? なんか思い詰めてるように見えるけど)

 

………………

 

あすみ 「……ん、じゃあ、後輩。ここはどう解くんだ?」

 

成幸 「ああ、それも基本は一緒ですよ。方程式を正しく立てられれば解けるはずです」

 

成幸 「その釣り合いの問題なら、連立方程式が立てられると思います」

 

あすみ 「む……。悪い、式を一度立ててもらえると助かる」

 

成幸 「ああ、分かりました。ここに書きますね」

 

ズイッ

 

あすみ 「……っ!?」 ササッ

 

成幸 「……? 先輩?」

 

あすみ 「あ、いや……わ、悪い。何でもない」

 

成幸 「………………」 ズイッ

 

あすみ 「っ……」 ササッ

 

成幸 「………………」 ズイッ

 

あすみ 「………………」 ササッ

 

成幸 「……何で逃げるんですか、先輩?」

 

あすみ 「に、逃げてなんかねーよ」

 

成幸 「どう見ても逃げてますよね!?」

 

あすみ 「お前が近づくからだろ!」

 

成幸 「近づかないと書きながら教えられないですよね!?」

 

あすみ (っ……こいつ、こっちの気もしらないで……)

 

あすみ (アタシはもうお前に近づかないって決めたんだよ。なのにそっちから近づいてきやがって……)

 

あすみ 「……よし。じゃあこうしよう」

 

スッ

 

あすみ 「アタシはお前の対面に座る。これでアタシに見せながら式を書けるな?」

 

成幸 「まぁ、書けますけど……逆さ文字か。難しいんだよな……」

 

あすみ (……すまん、後輩。だがこれもお前のためなんだ)

 

マチコ 「………………」

 

ジーーーッ

 

マチコ (……うん。やっぱりヘンだよね)

 

………………閉店後

 

あすみ 「……今日もありがとな、後輩」

 

あすみ 「おかげでまた苦手がひとつ潰せた気がするよ」

 

成幸 「いえいえ。バイト代をもらいながら勉強できるんだから、願ったり叶ったりですよ」

 

成幸 「まだそう遅くはないですけど、暗いですから送っていきますよ」

 

あすみ 「あっ……いや……」

 

あすみ 「……ありがとな。ただ、今日はちょっと寄るところがあるから、遠慮しとくよ」

 

成幸 「? そうですか」

 

成幸 「わかりました。じゃあ、また。先輩」

 

あすみ 「おう。またな、後輩」

 

………………公園

 

あすみ 「………………」

 

あすみ 「……はぁ」

 

あすみ (……あれ以上後輩と一緒にいたら、また辛い気持ちになりそうだったから)

 

あすみ (ウソついちまったけど、仕方ないよな……)

 

あすみ (っつーか、今さらな話だけど)

 

あすみ (よく考えたら、恋人のフリをしてもらってるって、とんでもないことだよな)

 

あすみ (アタシがよく知らない男の恋人のフリ……)

 

あすみ (たとえば、吉田、坂本、高橋あたりで想像すると……)

 

あすみ 「……うぇっ」

 

あすみ (……うん。五秒と保たずに想像の中で殴りそうになったな)

 

あすみ (それを考えると、知り合いでもなかったアタシの恋人役をしてくれる後輩って……)

 

あすみ (聖人か何かなのか?)

 

あすみ (……まぁ、大変申し訳ないことではあるが、恋人のフリはこれからも続けてもらうとして、)

 

あすみ (やっぱり、さっき決めた通り、あいつをからかったりするのは金輪際なしにしよう)

 

あすみ (……今まで散々後輩に迷惑かけてきたことだし)

 

あすみ (受験に成功しても失敗しても、たくさんお礼をしてやらないとな……)

 

 

―――― 『俺たちはフリをしてるだけのニセモノの恋人じゃないですか』

 

 

あすみ 「………………」

 

あすみ (……まぁ、後輩はアタシからのお礼なんかいらないかもしれないけどな)

 

あすみ 「……はぁ――」

 

 

「――驚愕。あなたでもそんな顔をすることがあるのね。小美浪さん」

 

 

あすみ 「へ……?」

 

あすみ 「あ……ま、真冬先生?」

 

真冬 「まったく」 ハァ 「だから、その呼び方はやめなさいと言っているはずよ」

 

あすみ 「どうしてこんな公園なんかに……?」

 

真冬 「学校からの帰り道よ。まぁ、公園の中に入る予定はなかったのだけど」

 

真冬 「――ベンチでしょぼくれた顔をしている元生徒を見かけたりしなければ、ね」

 

あすみ 「っ……。しょぼくれてなんか……」

 

真冬 「……まぁ、あなたも高校は卒業しているわけだし、私もあまりかたいことを言うつもりはないのだけど、」

 

真冬 「あなたはまだ未成年でしょう。夜中に公園にひとりでいるのは感心しないわね」

 

あすみ 「………………」

 

あすみ (……聞いてしまえば、楽になるだろうか)

 

あすみ (“あの日、後輩と何をしてたんですか?” って……)

 

あすみ (この人に直接聞いてしまえば、楽になるのだろうか)

 

あすみ (ニセモノの恋人のくせに、そんな出しゃばるようなことを聞けば、)

 

ズキズキズキ……

 

あすみ (少しはこの胸の痛みもやわらぐのだろうか……)

 

真冬 「……ふぅ」

 

真冬 「まるで、受験に失敗したときのあなたを見ているようだわ。小美浪さん」

 

あすみ 「なっ……」

 

真冬 「半年くらい前かしらね。あのときも、あなたはそんな風に、あなたらしくない顔をしていたわね」

 

真冬 「何かを後悔するような、何かを迷うような、そんな、小美浪さんらしくない顔を」

 

あすみ 「………………」

 

あすみ (……そっか。アタシ、今、そんな顔をしてるのか)

 

あすみ (受験に失敗して、つらかったあのときみたいな、そんな顔を……)

 

真冬 「……隣、失礼するわね」 スッ

 

あすみ 「あっ……な、何でまふゆセンセまで座るんですか……」

 

真冬 「……あなたはもう私の生徒ではないけれど、」 クスッ

 

真冬 「アフターサービスみたいなものよ。何か悩みがあるのでしょう? 話くらいは聞くわ」

 

あすみ 「そんなの……」

 

真冬 「必要ないかしら?」

 

あすみ 「………………」

 

あすみ 「……じゃあ、少しだけ、話聞いてもらっても、いいですか?」

 

真冬 「ええ。どうぞ」

 

あすみ 「……恥ずかしい話ですし、ひょっとしたら “そんな程度のことで” って思われるかもしれないけど……」

 

あすみ 「……実は、その……友達、というか、彼氏、というか……いや、なんていうか……」

 

カァアアアア……

 

あすみ 「……まぁ、彼氏みたいな相手、と喧嘩をしてしまいまして」

 

真冬 「………………」

 

真冬 「……な、なるほど?」

 

真冬 (す、少しかっこつけて、元生徒の悩みを聞いてあげるつもりが……)

 

真冬 (急にとんでもない悩みが飛んできたわ……)

 

真冬 (か、彼氏……? いや、まぁ、小美浪さんくらいの年頃なら当然かもしれないけど……)

 

真冬 (恋愛関係の悩みなんて私の専門外よ……!?)

 

あすみ 「……先生?」

 

真冬 「あ、な、なんでもないわ。続けてちょうだい」

 

あすみ 「……まぁ、喧嘩というか、一方的に私が怒ってるだけというか、ヘコんでるだけというか……」

 

あすみ 「それで、ちょっと公園でボーッとしてたんです」

 

真冬 「そう……」

 

真冬 「……ちなみに、小美浪さんは、その彼氏さんにどうして怒っているのかしら?」

 

あすみ 「……大したことじゃないです。ただ、あいつが隠し事をするから……」

 

 

―――― 『……もう一度だけ聞く。あの日、制服姿の先生と何してたんだ?』

 

―――― 『……すみません。答えられません』

 

 

あすみ 「……でも、それは仕方がないことだったのかもしれないとも思えてきて、」

 

 

―――― 『俺たちはフリをしてるだけのニセモノの恋人じゃないですか』

 

 

あすみ 「少し、傷つくようなことも言われてしまって……」

 

あすみ 「……でも、あいつが言ってることが正しいんです。だから、アタシはそもそも、怒る立場にない」

 

あすみ 「それからずっと自己嫌悪というか、頭の中でグルグル同じ考えが回ってて……」

 

真冬 「……なるほどね」

 

真冬 (……どうしよう。小美浪さんが何を言っているのか全然分からないわ)

 

真冬 (恋愛経験の豊富な人なら分かるのかしら。ダメだわ。私には荷が重すぎる……)

 

あすみ 「……すみません、先生。話聞いてもらっちゃって……」

 

あすみ 「わけわからなかったでしょ? 色々はしょりすぎたし」

 

あすみ (……まぁ、何もかも包み隠さず話したら、先生と後輩が制服で何をしてたのかも問いただすことになっちまうし)

 

あすみ (仕方ないっちゃ仕方ないんだけど……)

 

真冬 「………………」

 

真冬 (……然りとて、たとえ元生徒といえど、それを放っておいていいわけではない)

 

真冬 (荷が重かろうと、経験がゼロだろうと、できることをしなければ、教員である意味はない)

 

真冬 (私は、小美浪さんの “元” 先生なのだから)

 

真冬 「……言わないと、伝わらないわ」

 

あすみ 「え……?」

 

真冬 「言ったかしら? 伝えたかしら?」

 

真冬 「たとえ筋違いであろうと、その彼の発言に傷ついたという旨を、彼に」

 

あすみ 「い、言えないですよ、そんなの……。あいつは悪くないのに」

 

真冬 「そうでしょうね。でも、言ったらきっと伝わるわ」

 

真冬 「解決するかは分からないけれど、伝わったら、きっと……」

 

真冬 「……あなたの気持ちを理解してくれるのではないかしら」

 

あすみ 「………………」

 

真冬 「……だって、その彼は、他でもないあなたが選んだ男の子なのでしょう?」

 

あすみ 「ん……」

 

あすみ 「………………」

 

真冬 (……そ、その沈黙はどういう意味なのかしら、小美浪さん)

 

カァアアアア……

 

真冬 (す、少しかっこつけすぎたかしら。今さら恥ずかしくなってきたわ)

 

あすみ 「……アタシのこの、モヤモヤした気持ち、わかってくれるかな、あいつ」

 

真冬 「……ええ、きっと。わかってくれると思うわ」

 

あすみ 「……そう。そうですね」

 

あすみ (……アタシは、今までずっと、きっと後輩に迷惑をかけてきた)

 

あすみ (まずはそれを謝ろう。その上で、もし、言えるなら……)

 

あすみ (……そんなことを言える立場ではないのはわかっているけど、)

 

あすみ (ニセモノの恋人って言葉にモヤモヤしていることを、伝えよう)

 

あすみ 「っ……」 カァアアアア……

 

あすみ (そ、それってもう、つまり、そういうこと、だよなぁ……)

 

あすみ (いやいやいや、単純にアタシがモヤモヤしてるだけであって、決して……)

 

あすみ (ホンモノになりたいとか、そういうわけじゃなくて……)

 

あすみ (……あー、ちくしょう。またわからなくなってきた)

 

あすみ (でも、不思議だ。なんか……)

 

あすみ (まふゆセンセのおかげかな。今は、後輩に会って、早く話したくて仕方ない)

 

真冬 「ふふ……」 (少し表情が明るくなったかしら)

 

真冬 (それにしても、小美浪さんが恋愛で悩むなんて……)

 

真冬 (小美浪さんにこんな一面があるのね。在学中は全然知らなかったわ)

 

………………翌日

 

あすみ 「………………」 ドキドキドキドキ……

 

あすみ (昨日の今日で呼び出してしまった……)

 

あすみ (一昨日から三日連続、後輩に会うことになるな)

 

あすみ (あいつにも予定があるだろうし、そもそも勉強で忙しいだろうし、)

 

あすみ (さすがに迷惑だよなぁ……。また悪いことしてしまった……)

 

あすみ 「……後輩、来てくれるかな――」

 

成幸 「――来られないなら来られないって、最初から断りますよ」

 

あすみ 「……あ、後輩……」

 

成幸 「どうしたんです、先輩? なんか元気ないですけど……」

 

あすみ 「いや、べつに……」

 

あすみ 「悪いな、後輩。なんか、毎日アタシに無理に付き合わせて……

 

あすみ 「今までだって、恋人のフリとか、勉強とか、バイトとか、色々なことに付き合わたし……。本当に、ごめん」

 

成幸 「? 誰かと一緒に勉強した方が捗りますし、海とかカラオケとか、息抜きにもなりましたし、」

 

成幸 「俺は、先輩に無理に付き合わされてるとは思ってないですけど」

 

あすみ 「そ、そっか。ならいいんだ」

 

成幸 「で、今日は一体どうしたんです? 昨日の力学の範囲でまた分からないことでも出ました?」

 

成幸 「それとも別の分野ですか?」

 

あすみ 「あー、いや……。勉強の前に、お前に話したいことがあってさ」

成幸 「話したいこと?」

 

あすみ 「……おう。聞いてもらってもいいか?」

 

成幸 「そりゃ、もちろん聞きますよ。なんですか?」

 

あすみ 「……ん。ありがとう」 (……なんて、言ったらいい?)

 

 

―――― 『たとえ筋違いであろうと、その彼の発言に傷ついたという旨を、彼に』

 

―――― 『そうでしょうね。でも、言ったらきっと伝わるわ』

 

―――― 『解決するかは分からないけれど、伝わったら、きっと……』

 

―――― 『……あなたの気持ちを理解してくれるのではないかしら』

 

 

あすみ (……うん。大丈夫。わかってる)

 

あすみ (ただ、伝えるだけ)

 

あすみ 「……一昨日のことだから、後輩は覚えてないかもしれないけどさ、」

 

成幸 「一昨日?」

 

あすみ 「……お前、“ニセモノ” って言っただろ?」

 

成幸 「……?」

 

 

―――― 『俺たちはフリをしてるだけのニセモノの恋人じゃないですか』

 

 

成幸 「ああ……」

 

あすみ 「……すごく勝手なことだし、自分でもわけわかんないんだけどさ、」

 

あすみ 「それが、すごく……なんていうか、嫌でさ……」

 

成幸 「へ……?」

 

あすみ 「わ、わかってるんだ! 実際ニセモノで、ただのフリで、そんなの、分かってるんだけど……」

 

あすみ 「……でも、嫌だったんだ。“ニセモノ” って言われるのが、すごく」

 

成幸 「………………」

 

あすみ 「わ、悪い。ヘンなこと言って。忘れてくれていい。すまん……」

 

あすみ (い、言ってしまった……)

 

あすみ (何言ってんだろ、アタシ。もっとこう、ドキドキするもんかと思ってたけど……)

 

ドキドキドキドキ……

 

あすみ (このドキドキは、想像してたドキドキじゃない)

 

あすみ (怖いだけだ。糾弾されて、拒絶されて、絶交される。そんな、恐怖のドキドキだ)

 

成幸 「先輩……」

 

あすみ 「っ……」 (怖い。怖くて、後輩の顔も見られない。後輩はどんな……――)

 

 

成幸 「――――すみませんでした!!」

 

あすみ 「ふぇっ……?」

 

成幸 「いま思い返してみれば、すごく無神経なことを言いました。すみません」

 

あすみ 「あ……えっと……」

 

カァアアアア……

 

あすみ (ああ、そっか……。後輩、アタシの勝手な言い分を、聞いてくれたんだ……)

 

あすみ (……まふゆセンセの言った通りだ)

 

 

―――― 『……だって、その彼は、他でもないあなたが選んだ男の子なのでしょう?』

 

 

あすみ (後輩、分かってくれたんだ……)

 

成幸 「そりゃ、嫌ですよね。っていうか、俺だってそんなこと言われたら嫌ですよ……」

 

成幸 「本当にごめんなさい、先輩……」

 

あすみ 「あ、いや、そんな、謝れってわけじゃなくて、ただ……」

 

あすみ 「少しモヤモヤしてたから、それを言いたかっただけだから……」

あすみ 「むしろ、ごめんな。変な気を遣わせるようなことを言って」

 

成幸 「いや、先輩は悪くないですよ」

 

成幸 「先輩と俺の恋人関係はただのフリですけど……」

 

成幸 「先輩と海に行ったり、バイトを手伝ったり、家事代行をしたり……」

 

成幸 「先輩としてきたことは、ニセモノなんかじゃないですもんね!」

 

あすみ 「あっ……いや……///」

 

あすみ (な、なんて恥ずかしい台詞を言えるんだ、こいつは……。こっちが恥ずかしい……)

 

あすみ (でも、そっか……)

 

 

―――― 『先輩としてきたことは、ニセモノなんかじゃないですもんね!』

 

 

あすみ (この関係がニセモノでも、アタシたちがしてきたことはニセモノじゃない、か……)

 

あすみ (……うん)

 

成幸 「先輩、あの……」

 

あすみ 「……なぁ、後輩? 悪いと思ってるか?」

 

成幸 「へ? そ、そりゃもう。申し訳ない気持ちでいっぱいですよ」

 

あすみ 「わかった。じゃあ、詫び代わりにひとつやってもらいたいことがある」 ニィ

 

成幸 「はい! 俺にできることだったら、何でも!」

 

あすみ 「うん。じゃ、とりあえず」

 

スッ

 

成幸 「せ、先輩……?」 (ち、近い……っていうか、)

 

成幸 「なんで俺の耳を塞ぐんですか?」

 

あすみ 「……聞こえるか?」

 

成幸 「えっ? 何です、先輩? 耳を塞がれてるから何言ってるのか分からないですよ?」

 

あすみ 「うん。それでいい。そのまま聞いてくれ」

 

あすみ 「……鈍いお前は、“ニセモノって言われて嫌だった” って言ったくらいじゃ気づかないみたいだからな」

 

あすみ 「まぁ、気づかれるかもしれないって怖さもあったから、虚しさ半分安堵半分ってとこなんだが、」

 

成幸 「えっ? なんです? 何を言ってるんですか?」

 

あすみ 「……だから、聞こえないままで、聞いてくれ」

 

あすみ 「今は、どんなに否定しても “ニセモノ” かもしれない」

 

あすみ 「でも、いつか……」

 

 

あすみ 「……いつか、アタシはお前の “ホンモノ” になりたいんだ」

 

 

あすみ 「っ……///」

 

あすみ 「それだけ、だよ……」

 

スッ……

 

成幸 「あっ……先輩? 耳を塞ぎながら、なんて言ったんですか?」

 

あすみ 「……なんでもねーよ。今のでチャラにしてやるから、感謝しろよ?」

 

成幸 「先輩がそれでいいならいいですけど……」

 

あすみ 「……それから、」

 

成幸 「?」

 

あすみ 「今まで、色々なことに付き合わせて悪かったな。ありがとう」

 

成幸 「へ……?」

 

あすみ 「……あと、これからもよろしくな。後輩」

 

成幸 「………………」 クスッ 「はい、先輩!」

 

 

………………幕間 あすみの部屋 「娘の彼氏の趣味」

 

成幸 (……とりあえず、先輩の家で勉強をすることになったが、家についた途端先輩はどこかへ消えてしまった)

 

ガチャッ

 

成幸 「あっ、先輩。やっと戻って来……――!?」

 

あすみ 「にしし、さすがに外で着る勇気はないが、着てみるもんだな。我ながら悪くないんじゃねーか?」

 

成幸 「な、何で制服着てんですか!?」

 

あすみ 「いやな、まふゆセンセの制服がイケるならアタシもイケるだろ、って思ってさ」

 

成幸 「イケるって何が!?」

 

あすみ 「言わせんなよー、ドスケベくーん?」

 

成幸 「アンタ何言ってんすか!? っていうか、その……」

 

あすみ 「む……。なんだよ。まふゆセンセは大丈夫で、アタシの制服姿は見られたもんじゃないってか?」

 

成幸 「い、いやいや、似合ってますよ。違和感がまるでないです。後輩って言われても自然なくらいです」

 

あすみ (……それはそれでムカつくけど) ニィ (にしても、後輩の奴、顔真っ赤だな。制服好きなのか、こいつ)

 

あすみ 「……じゃ、今日はこのまま勉強会といこうか」

 

成幸 「なぜ!?」

 

ガチャッ

 

小美浪父 「大声が聞こえるが、どうした? まさかまた喧嘩をしているんじゃ……」

 

あすみ 「あっ……」

 

成幸 「あ……」

 

小美浪父 「………………」

 

ポッ

 

小美浪父 「す、すまない。制服で、と……なるほど、ああ、邪魔をしてしまったな」

 

成幸 「ち、ちょっと待ってくださいお父さん!? なんか勘違いしてますからね絶対!」

 

小美浪父 「いや、大丈夫だ。何も勘違いしていない。その……まぁ、唯我くんがコスプレさせる趣味があるのは知ってるから」

 

小美浪父 「大丈夫。許容範囲だ」

 

成幸 「許容しなくて良いです! 全部勘違いですからね!? あ、いや、メイド服の件はたしかにその通りですけど!」

 

小美浪父 「メイド服だけでなく高校の制服も好きなのだね……。い、良い趣味だと思うよ」

 

小美浪父 「では、これ以上は本当にお邪魔だろうから失礼するよ。唯我くん。えっと……ごゆっくり」

 

成幸 「ちょっと待ってください! 待って!? 俺の話を聞いてください! お父さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

あすみ 「そういやあの日、まふゆセンセと何してたんだ?」

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1541592657/