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結衣「ヒッキー、好き。大好き。愛してる」【俺ガイルss/アニメss】

 

由比ヶ浜の足側へ微妙に偏った体重に気を遣いながら無心で漕ぎ続け、家が見えたあたりでゆっくりとブレーキをかけた。 

 

 由比ヶ浜は荷台からぴょんと飛び降りると、俺の家をまるで巨大な城であるかのように見上げている。 

 

「そんな珍しい家でもねぇだろ」 

 

「あ、一軒家っていいなーって思って。うちマンションだからさー、お隣さんにどうしても音とか気遣うし」 

 

「……うちもお隣さんはいるから気を遣わなくていいわけじゃないぞ。ま、それでもマンションほどじゃないだろうけど」 

 

 うちは連絡不可能な陸の孤島でも密室でもないからな。

 

「だ、大丈夫。そこまでではないと思う……たぶん」

 

 

 自転車を停めに一人で裏に回る途中、ボソボソとした声が聞こえたような気がした。 

 

 誰もいない家の鍵を開け由比ヶ浜を招き入れた。 

 

「そんな快適な家でもねぇけど」 

 

「お、お邪魔しまーす……」 

 

 由比ヶ浜は玄関に座り、高くないヒールのついたパンプスを脱ぐ。限りなく肌色に近いストッキングを穿いた太ももが艶かしい。目線がバレないように横を通り抜けリビングに向かった。 

 

「んー、どうする? ケーキもう食う?」 

 

 見れば時計は15時を指している。良い子の小学生ならおやつの時間だ。

 

「あ、えーと、今はいいかなぁ。まだお腹あんまり……」 

 

「んじゃ冷やしとくな」 

 

 冷蔵庫にケーキの箱を入れると、これから何をしていいのかわからなくなった。由比ヶ浜も所在なさげに立ったままだ。 

 

 そもそも誕生日祝いとお題目を掲げてはいるが、毎度のことながら何をしてよいかさっぱりわからない。祝うにしてもやはりケーキのタイミングがベストかと思うのだが、それは後回しになってしまった。 

 

 こんなことなら一緒に見られる映画でも借りてくるべきだったのだろうが後の祭りである。 

 

「…………俺の部屋、行くか?」

 

 特に深い意味はなかった。 

 

 世の恋人たちなら部屋で「アルバム見たーい♪」とか言ってるのではないかとも思ったが、俺の孤独な過去を知る由比ヶ浜がそれを望むだろうか。見たら悲しくなって空気が重くなること請け合い。ただの地雷じゃねぇか。 

 

「えっ、もう?」 

 

 もうってなんだ。ここに用があるのか。 

 

「いや別にここでもいいけど」 

 

「ええっ、いや、ここはちょっと……」 

 

 えー。なんなの帰りたいの? 

 

「んじゃ部屋行くか……」 

 

「あ、はい……」

 

 なんだこの会話。上滑りしている感凄すぎだろ。摩擦ゼロか。 

 

 とりあえずで俺の部屋へ向かうと由比ヶ浜は三歩後ろをとことこついてきた。やだ慎ましい。 

 

「適当に座っていいよ」 

 

 部屋に入った由比ヶ浜はキョロキョロと目線を彷徨わせ、選んだ場所は床だった。 

 

「いや、ベッド使っていいぞ」 

 

 言いながら俺は机の傍の椅子に座った。由比ヶ浜はベッドの端にちょこんと腰掛ける。 

 

 これから何をするにも、まずは由比ヶ浜の緊張を解かねば話にならない。だからさっき思い付いたことを適当に話すことにした。コミュニケーションの基本は会話だ。一番苦手だけど。いやよく考えたら人付き合いが割と苦手だった。

 

「なぁ、今じゃなくて夏とか、もうちょい先の話なんだけど」 

 

「うん?」 

 

「車の免許取りに行かねぇ?」 

 

 自転車を漕いでいる途中にふと思い立った。去年は受験でそれどころではなかったが、俺ももう取れる年齢になっている。 

 

「あー、それあたしも思った。取りに行くんなら今のうちなのかなって。学年あがると忙しくなるかもだし」 

 

「だろ。持っといて困るもんでもねぇしな」 

 

「うんうん、行こう行こう」 

 

 由比ヶ浜はノリよく頷いた。 

 

「なに。そんなに欲しかったの?」

 

「そりゃあねー、車だといろんなとこ行きやすくなるじゃん。ヒッキーともっと、いろんなとこ行ってみたいし」 

 

「ほーん……。たとえば?」 

 

 大都会千葉の発達した公共交通網であれば行けない場所などないような気がしてくる。いやさすがに千葉村なんかは厳しいか。でも千葉村は別に行きたくねぇな。 

 

「……ヒミツ」 

 

 なぜそこで頬を赤らめる。どこ行く気だよ。 

 

 微妙に生まれた間を埋めようと、背もたれを倒して伸びをすると右手が机の電気スタンドにぶつかりカツッと乾いた音を立てた。思いつくままに話を変える。

 

「しかし……、これでよかったのか?」 

 

 右手の薬指に嵌まった見慣れないそれをしげしげと眺めてみる。違和感しかねぇ。 

 

 なぜ右手につけているのかというと、「左手の薬指は別のにとっとくから、右ね」と言う由比ヶ浜に倣っただけのことだ。まぁ何が言いたいかぐらいは俺にもわかるけど、愚痴りたくなるぐらいには恥ずかしいので勘弁してほしい。 

 

「ん? なんの話?」 

 

「や、これ。指輪。これじゃペアリングには見えん気がするんだが」 

 

「うん、それでいいの。それでもペアだよ」

 

 由比ヶ浜も右手の甲を俺に見えるように掲げる。同じ薬指に嵌まった指輪が反射して光を放った。 

 

 

 

 由比ヶ浜にあげた指輪は俺が選んだ。というか、去年と同じように選ばされた。 

 

 全然わかんねぇよと思いながら値段とデザインを見比べている間、傍にいた店員から「冷やかしだろこいつ……」みたいな目線を感じなかったのは間違いなく由比ヶ浜がいたお陰だろう。一人なら泣いて逃げ帰ってた絶対。 

 

 そして非常に申し訳なく思いながら手に届く値段のものを一つ選択した。女の子らしい薄く細い作りで、中央部に僅かに窪んだラインが一本通っただけのシンプルなデザインだが、淡いローズピンクに煌めいていた。

 

 由比ヶ浜は大層満足したようで、俺は今回も選択を間違わなかったことに胸を撫で下ろした。 

 

 予想外だったのはその後だ。店を出た直後、由比ヶ浜は何かを思い出したかのように立ち止まり、「ちょっと待ってて」と言い残して店内に踵を返した。 

 

 はて、何か忘れてきたかなと待つこと数分。出てきた由比ヶ浜は俺の渡したものとは別の袋を手に持っていた。 

 

 

 

「つってもな、色も形も全然ちげぇし」 

 

 俺の渡したものはそもそも何かとペアにはなっておらず単独で売られていた。つまり完全に別々の指輪を購入し、ペアリングにしようよと言って渡してきたのだ。

 

 俺のもらった指輪は装飾のないシルバーリングで、輪が捻れて鈍く光っている。 

 

 指輪の良し悪しというのはよくわからないが、俺がつけていても派手すぎることはなく嫌な印象はない。欲しい指輪を一つ選べ、と言われたらこんなのを選ぶような気もする。 

 

 ただ、由比ヶ浜の真っ直ぐな可愛らしいデザインとは似ても似つかないものだ。 

 

 どうにも腑に落ちないでいる俺に、由比ヶ浜が答えをくれた。 

 

「似てないとペアにならない、なんてことないでしょ?」 

 

「……なるほど。それもそうだな」

 

 俺と由比ヶ浜は歩幅も、考え方も、性格も違う。 

 

 だけど、それでいいんだと由比ヶ浜は言っている。同じになる必要などないと。 

 

「けどこれはあれか。俺の性格が捻くれてるっていう高度な皮肉か?」 

 

 俺の指輪は見事にねじくれ、もう一方は真っ直ぐ。 

 

「……あー、その発想はなかった。でも、そうだね。ヒッキーにはちょうどいいかもね」 

 

 由比ヶ浜はそう言うと、楽しそうに笑った。 

 

「……言うじゃねぇか」 

 

 違うからすれ違う。噛み合わなくなる。歩幅がずれる。 

 

 でも、違うからこそ手を繋げる。二人で歩ける。だから、それでいいんだよな。

 

 想いが募り、どうしようもなく、目の前にいる彼女に伝えたくなった。触れたくなった。 

 

 だから他のことは何も考えず、唐突に口走った。 

 

「……好きだ」 

 

「……えぇっ!? な、ななっ、何っ、いきなりっ」 

 

「いや、どうしたらいいのかよくわかんねぇんだよ。だから思ったことを言った」 

 

 由比ヶ浜は動揺して狼狽えていたが、両手を膝の上で握り姿勢を正すと、 

 

「え、あ、はい……。あたしも……好き、だよ」 

 

 律儀に答えを返してくれた。

 

 もう止める気もなかった。坂道を転がり落ちるように、惰性で想いを吐き出し続けた。 

 

「俺は、お前に触れたい。手を繋いだり、抱き締めたりもしたい」 

 

「え、え」 

 

「き、キスもしたいし……。もっと、いろいろ、恋人らしいことを由比ヶ浜としたいと思ってる。お、お前はどうなんだ」 

 

 気の利いた言い回しも、雰囲気作りも、何もかもできないまま愚直に言葉をぶつける。不器用を通り越したただの愚者だ。 

 

「えと、んとね、ちょっと、ちょっと待って……。ドキドキしすぎて、言葉が……」 

 

「お、おぉ……」

 

 とりあえず引かれてはいないらしいから、おとなしく待つことにした。 

 

 由比ヶ浜は耳まで真っ赤になってスーハーと深呼吸をしている。見ることはできないが、おそらく俺も同じような色をしているはずだ。 

 

 やがて由比ヶ浜は落ち着きを取り戻し、慎重に足を踏み出すようにポツポツと言葉を紡ぎ始める。 

 

「…………何から言えばいいのかあたしもわかんないから、あたしも思ったこと、言うね」 

 

「お、おう」 

 

 どくんと強い鼓動が聞こえた。 

 

「ヒッキー、好き。大好き。愛してる」 

 

「…………」

 

 言葉が出ない。というより、吐くべき言葉を持ち合わせていない。息もたぶんできてない。 

 

「愛なんてあたしにはよくわかんないけど、好き以上に好きって気持ちを伝える言葉をそれしか知らないから、愛してる」 

 

「…………」 

 

「…………ゴメン。やっぱ引くよね、こんなの……」 

 

「っ、あーいや、ちょっと待て……」 

 

 やっぱ呼吸してなかった。息が切れる。 

 

「……あの、俺、なんかした? なんでそんな、急にそこまで猛烈に好かれてるのか理由がわからん……」

 

「急に、でもないんだけど、えっと……。な、なんか照れるね。……試験の前にさ、あたしが震えてたら手握ってくれたでしょ?」 

 

 やべぇマジ覚えてない。俺もそれだけ余裕がなかったんだろうか。 

 

「それがすっごい心強くて……、カッコよくて。あとね」 

 

 覚えてないんだけど、と口を挟む間もなく由比ヶ浜は次に進む。……まあいいか。 

 

「あたしが合格したときね、ヒッキーが泣いてくれたから」 

 

「……バレてたのかよ」 

 

「うん。この人はあたしのために泣いてくれる人なんだって、それだけ想ってくれてるんだなって、はっきりわかったから。それが理由、になるのかな」

 

「……まあ、うん。間違ってはないんじゃねぇかな。自分のことより嬉しかったのは確かだし……」 

 

 由比ヶ浜のこと超好きだし。まだそんなの言えないけど。 

 

 二人で真っ赤な顔をしながら、これまで溜め込んでいた想いを交わす。 

 

「それはわかったけど、もう一つ聞かせてくれ。急に、その、触れ合いというか、スキンシップ的な? やつが一切なくなったのはなんでなんだ」 

 

「あ、それは、そういうことするのが急にものすごい恥ずかしくなって……。あのメールは嘘じゃないよ」 

 

 由比ヶ浜も話す気になったらしく、言外にそれだけではないと示唆していた。目で続きを促すと彼女は眉を下げ、寂しそうな顔を見せた。

 

「……あと、不安もあった、かな」 

 

「……なんで?」 

 

「……そんなの求められてないのかなぁとか、あたしだけ先走ってるのかなぁとか……。超好きなのはあたしだけでね、ヒッキーはまだそこまででもないのかなって……」 

 

 ああ、やっぱりあのときだ。"俺から"行かなければならない場面で足踏みをしたあの日、ちゃんと踏み出せなかったから由比ヶ浜は不安を抱えたんだ。 

 

「こればっかりはあたしだけ望んでても、あたしから強引にっていうのもよくなくて、二人一緒じゃないとダメじゃん。だから、ヒッキーがそういう気になるまで待たないといけないよねって思って……自重してたの。歯止めきかなくなりそうだったから」

 

「……やっぱ俺のせいじゃねぇか」 

 

「あ、いや、そうじゃないよ。ヒッキーが悪いとかそんなこと……」 

 

 由比ヶ浜に俺を責めるつもりがないのはわかっている。俺は自身に呆れ、苛立ちを抑えようと頭をガリガリと掻きながら言葉を探した。 

 

「…………」 

 

 されど、ここで話すべき適切な言葉は出てこない。謝ることも考えたが今必要なのはそれじゃないはずだ。もどかしさでイライラしてくる。 

 

 そして俺は諦めた。 

 

「……俺の思いはさっき言った。したいことも言った。聞いてたよな?」 

 

「え? う、うん」

 

「俺は今度こそもう一歩、ちゃんと踏み出したい。まだ不安か?」 

 

 これ以上言葉にすることを諦めてしまった俺はそれだけ伝えると、 

 

「……ううん」 

 

 由比ヶ浜が首を降るのを確認し、手を引っ張り上げ無理矢理立たせた。 

 

 握った手を離し、今度は由比ヶ浜の顔を動かないように両手で押さえ、唇を重ねる。 

 

 由比ヶ浜は驚きからか目を見開いているのが見えたが、やがて静かに瞼を下ろした。 

 

 息を止めていたうえ鼓動が早いのですぐに苦しくなった。どのくらいこうしていればと考える前に手の力を抜き、ゆっくりと唇を離した。

 

 ……柔らかかった。いい匂いがした。あと、よくわかんないけど気持ちよかった。頭がぼんやりとしてあまり複雑な感情が湧いてこない。 

 

 火照った頭でなんとか口を開く。 

 

「……あんときこうできてたら、お前も悩まなくて済ん……」 

 

「……もっかい」 

 

 由比ヶ浜は言葉を遮るように言うと、俺の頭を掴み、背伸びをして唇を押し付けてきた。次は俺が驚きで目を見開く番だった。 

  

 今度のキスは長かった。由比ヶ浜の微かな鼻息が顔に当たってこそばゆい。 

 

「っはぁ、ヒッキー……。すき……」 

 

「……俺も、超好きだから」

 

 腰に手を回し、ぎゅっと、強く。でも決して壊れないように優しく。由比ヶ浜は俺の胸に頭を預け、しがみつくように抱きついていた。 

 

 二人ともそれから暫く何も話さなかった。頭が痺れるような、脳が蕩けるような感覚で何も言葉が出てこなかった。互いの体温と鼓動だけを感じていた。 

 

 俺と由比ヶ浜の関係は、言葉にしていく物語だと思っていた。事実、稚拙でも愚直でも言葉にできたからこそようやく前に進めたのだろうと思う。 

 

 だがそう思うと同時に、言葉は不完全なもので、俺が求める何かを見つけるには、それだけでは不十分なのかもしれないとも思った。

 

 言葉じゃなくても、言葉以上に伝えられるものはあるって。今、由比ヶ浜にそう教えてもらったから。 

 

 

 

 そのままどちらからともなくベッドに座り、手を繋いだり、由比ヶ浜にいろんな場所をつつかれたり。心臓に悪いし落ち着かなすぎるけれど、たぶん人生において幸せにカテゴライズされるべき時間を過ごした。 

 

 どういう流れでそうなってしまったのか俺にもよくわからないが、今では由比ヶ浜は俺の膝の上に座っている有り様だ。しかもこちら向きで。恥ずかしすぎるんだけどと言うと、「あ、あたしも恥ずかしいし……」と返ってきてやめる気なし。えー……。

 

 俺の脚を挟むように股を広げて座っている上スカートなものだから、直にパンツ↓が触れている状態のような気がしてならない。だが気にしたら何かが決壊してしまいそうなのでひたすら意識を逸らしていた。 

 

「ダメだね、あたし。ちゃんとヒッキーに話すべきだったのに。成長、してなかったな」 

 

「……お互い様だな、それは」 

 

 俺も成長できていなかった。というより、それだけではまだ足りなかったと言うべきか……いや、それも違うな。 

 

 たぶん、終わりはないのだ。人との関わりを続けていく限り。 

 

「すまん。また進むのに時間かかっちまった」

 

「んー、いいんじゃないかな、たぶん。これがヒッキーとあたしのペースなんだよ、きっと」 

 

「……そう言ってもらえると助かる」 

 

「うん。ずっと一緒だったらさ、ちょっとずつでも前に進んでいけるよ。それにね」 

 

 由比ヶ浜はそこで言葉を区切り、あの日にも見せた上目遣いで蠱惑的な言葉を紡ぐ。 

 

「……今日進むの、一歩だけじゃないんでしょ?」 

 

 彼女はそのまま体を俺に預ける。柔らかな香りを纏った髪が鼻先に触れた。嗅覚。視覚。五感に様々な刺激が訪れ、そのどれもが俺の思考能力を奪う。 

 

「……に、二歩目ってこと?」

 

 いかん、動揺している。声が上擦った。いやそれ以前に言ってる内容が間抜けすぎる。 

 

「……うん。あたし、覚悟して来たから……。だ、大丈夫、だよ」 

 

 何それちょっと待って。 

 

「えぇ……。そこまでは考えてなかったんだけど……」 

 

「え、えぇー……。いや、あんな誘い方されたら普通考えるよ……」 

 

 あー、あのときの「がんばる」とか異常な緊張はそのせいか……。 

 

「なんかお前、常に俺の一歩先を行ってんな。俺が遅すぎるんだろうけど……」 

 

「あ、あたしも思うだけだよ。だって一人で先に行きたくないし……、そもそも一緒じゃないと行けないもん」

 

「……そりゃそうだな」 

 

「……まだ時間、あるよね」 

 

「お、おお。まだ誰も帰ってこないだろうけど……。え、えーと、それはつまり……」 

 

 時間稼ぎをしたくてつまらない言葉で繋いでみたが、この問い掛けに由比ヶ浜は答えをくれない。 

 

 自分で考えろ……じゃないよな。だって、俺だってわかってる。由比ヶ浜もそれをわかってる。 

 

 だからここは、"俺から"ってこと、なんだろうな。 

 

「…………初めてだから。加減とかわかんねぇから。嫌とか駄目とか、ちゃんと言ってもらえると助かる……」 

 

 俺の煮え切らない物言いに、由比ヶ浜は照れ臭そうに応えた。

 

「う、うん。あ、あたしも、初めてだから……。いろいろ、教えてね?」 

 

 教えられることなんかあんのか、俺ごときに……。 

 

 頭の中であれやこれやのことに考えを巡らせていると、抱いた彼女の肩が微かに震えていることに気がついた。 

 

 由比ヶ浜は覚悟はしてきたと言った。だから前向きなのかと思い込んでいた。いや、前向きではあるのかもしれないけど、それでも───。 

 

「……そうだよな。怖いの、俺だけなわけないよな」 

 

「ご、ごめん。あたしも結構、臆病みたい」 

 

 由比ヶ浜は目線を下げてそう溢した。

 

 すると、俺の内におさまる彼女のか細い肩がますます小さいものに感じられ、抱き締める腕に力がこもった。 

 

「違うと思ってたけど結構似てるとこもあんのな。俺とお前って」 

 

「だね。案外似てるのかも」 

 

 ふふっと微笑んだ由比ヶ浜につられて俺も笑う。抱き合った状態でしばらくそうしていると二人の緊張が少しだけ緩んだのがわかった。 

 

「あ、ちょっといいかな?」 

 

「ん?」 

 

 声に張りの戻った由比ヶ浜が提案する。

 

「お前じゃなくて、結衣って呼んでほしいな……。まずはそれが二歩目ってことで。……ダメ?」 

 

 おずおずと申し訳なさそうに、そんな簡単なお願いをする由比ヶ浜のことが心からいとおしくなって、俺は───。 

 

「ゆ……、結衣…………。ヶ浜」 

 

 まぁ、その、なに。慣れってあるじゃん。 

 

 由比ヶ浜って呼ぶのに慣れすぎちゃったから。ガハマを取るだけでいいんだけど、なかなかね。実は言い間違いって体で結衣って呼んだこともあるんだけど、覚えてくれてるのかね。 

 

 またもそんな足踏みをするろくでもない俺に、由比ヶ浜はほんのりと頬を染め、膨れっ面で呟いた。

 

「もう。……八幡のバカ」 

 

 彼女は俺を置き去りに、二歩目を軽々と踏み出していった。だから俺は、彼女に置き去りにされたくなくて、 

 

「……そういや言ってなかったな。誕生日おめでとう、……結衣」 

 

 おもいきって二歩目を踏み出すことにした。 

 

 

 

 この日の顛末がどうなるか、更なる一歩を踏み出せるかなんて、俺たちにとってはどちらでも構わないことだ。どちらであってももう問題にはならない。 

 

 ただ、これからも何かある度に俺は悩み、由比ヶ浜は憂い、たまに立ち止まったり振り返ったり、寄り道や回り道をしながら歩んで行くのだろう。 

 

 そう。実に俺たちらしく、一歩ずつゆっくり、でも確実に、これからもずっと、二人の速度で。

 

 

終 

 

 

 

 

 

 

 

 

【俺ガイルss 由比ヶ浜結衣誕生日】二人の速度

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