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八幡「お前、良い女だな」 沙希「んなっ!? 何言ってんのさ突然!?」2/3【俺ガイルss/アニメss】

 

八幡(さて、昼休みだ)

 

八幡(今日は教室でもベストプレイスでもなく、あの人気のない裏庭で昼食を取ることになっている)

 

八幡(…………くそ、なんか意識してしまうな)

 

八幡(授業中につい川崎の方を見ていたってのが何度かあったし)

 

八幡(はあ…………)

 

八幡「待たせたな」

 

沙希「ん」

 

八幡(先にベンチに座っていた川崎に声をかけ、弁当を受け取って買ってきた飲み物を渡す。もう定番化したいつものやり取りだ)

 

八幡(川崎の隣に座り、手を合わせて弁当箱の蓋を開ける)

 

八幡「相変わらず美味そうだな。いや実際美味いんだが」

 

沙希「ふふ、ありがと」

 

八幡「ん? 作ってもらってるのは俺なんだから川崎が礼を言うのはおかしくねえか?」

 

沙希「いいんだよ」

 

八幡「?」

 

八幡(よくわからないまま俺は箸をつける)

 

八幡(やっぱり美味い)モグモグ

 

八幡(そしてやはり絶品な甘くない玉子焼き。うわー絶対俺今キモい表情になってるわ)モグモグ

 

沙希「ねえ比企谷」

 

八幡「ん、何だ? 俺の顔がキモかったか? すまん」

 

沙希「違うよ…………むしろその、ありがとうね」

 

八幡「さっきもだけど俺が礼を言われる意味がわからん。何もしてねえぞ」

 

沙希「ううん。あたしの作った弁当を美味しそうに食べてくれてるよ」

 

八幡「いや、だって本当に美味いし。だったらやっぱり俺から礼を言うとこだろここは」

 

沙希「でもね、あたし比企谷が美味しそうに食べてる時の表情を見てるとすごく嬉しくなるんだよ」

 

八幡「なっ…………」

 

沙希「あたしの作ったものがこんなに人を喜ばせてるんだって感じられてさ」

 

八幡「…………」

 

沙希「もちろん家族も感謝はしてくれてるよ、でもそれがもう日常になっちゃってるからね。だから久々にこんな気分にさせてくれた比企谷には感謝、てね」

 

八幡「…………」

 

沙希「ごめん、何言ってんのかなあたし。気にしないでいいから」

 

八幡「川崎」

 

沙希「ん、何?」

 

八幡「お前、良い女だな」

 

沙希「んなっ!? 何言ってんのさ突然!?」

 

八幡「いや、だってなあ……」

 

沙希「もう……褒めたって弁当くらいしか出ないよ」

 

八幡「充分過ぎるものが出てるんですがそれは…………ごちそうさまでした、っと」

 

沙希「ん、お粗末様でした……って比企谷、御飯粒ついてるよ」

 

八幡「え、マジ? うわ恥ずい、どこだ?」

 

沙希「取ったげるよ、動かないで」

 

八幡「お、おう」

 

八幡(ここでまさか指でつまんで取ってそのまま食べる、なんて恥ずかしいことはやらないよな……………………やらないよね?)

 

沙希「ん……っと」チュ

 

八幡「え」

 

沙希「はい取れた」

 

八幡「お、お前、今、え?」

 

沙希「頬に付いてたのを口で取っただけでしょ。あたしまだ食べ終わってないから両手塞がってるし」

 

八幡「いやいやいやいや、色々おかしいだろ!」

 

沙希「ん、ごちそうさまでした」

 

八幡「話聞けって!」

 

沙希「もう過ぎたことをうるさいね。寝不足で気が立ってるんじゃない? 何度か欠伸してたし」

 

八幡「過ぎたことって…………いや、確かに寝不足だけどな」

 

沙希「そう、ならあんたが良く眠れる枕、あたし知ってるんだけどさ」

 

八幡(くそ……ずっと川崎のペースのままじゃねえか。何とか一矢報いたいとこだが…………よし)

 

八幡「へえ、ならそれ貸してくんない?」

 

沙希「ん、いいよ。ほら」

 

八幡(予想通り川崎はベンチの端に移動して自分の太ももを叩く)

 

八幡(だがその余裕顔もそこまでだ、喰らえ!)

 

ポスン

 

八幡(どうだ! 仰向けでなくお前の腹側に顔を向けての膝枕だ! スカートだし恥ずかしいだろ、戸惑え!)

 

沙希「ふふっ、ちゃんと昼休み終わる頃には起こすからね」ナデナデ

 

八幡(あれ?)

 

沙希「♪~」ナデナデ

 

八幡(鼻歌まで始めちゃったよオイ、こうなると俺だけが恥ずかしいんだけど。めっちゃ良い匂いするし俺から離れるわけにもいかないし)

 

沙希「比企谷、もう寝ちゃった?」ナデナデ

 

八幡(寝てません、寝れません、眠気なんかどっか行っちゃいました。でも寝たふりするしかないじゃないですかー!)

 

沙希「…………嬉しいな」ナデナデ

 

八幡(ん?)

 

沙希「あたしの前ではそんだけ気を許してくれてるってことだよね」ナデナデ

 

八幡(まあ……それはそうかもな)

 

沙希「そこだけは雪ノ下や由比ヶ浜たちに勝ててるよね」ナデナデ

 

八幡(なんであいつらの名前が出てくるんだ? てか勝ち負けがあるのか?)

 

沙希「ま、あたしの膝だとドキドキして寝れなかったってシチュエーションも捨てがたいけど」ナデナデ

 

八幡(すいません今まさにそれです)

 

沙希「でもこうしていられる時間があるってのは幸せなんだろうねきっと」ナデナデ

 

八幡(…………)

 

沙希「ところでさ」

 

八幡(…………)

 

沙希「バレバレなんだけど。ずっとそうしてるつもりじゃないよね?」

 

八幡(え? バレてる!?)

 

姫菜「あちゃー、バレてたか」ヒョコ

 

八幡(なんだ俺じゃなかったのか……この声は海老名さん?)

 

沙希「この前の写真の時から少し周りに注意するようになったからね。別に見られて困るようなことはないんだけどさ」

 

八幡(見られて恥ずかしいことはしてます、今まさに。顔が隠れてて本当に良かった)

 

姫菜「ごめんね、邪魔するつもりはなかったんだけど…………思った以上にサキサキがいい表情してたから見とれちゃった」

 

沙希「見とれるって…………まああたしいつも仏頂面かもね」

 

姫菜「違うよ、サキサキ限定じゃない」

 

沙希「うん?」

 

姫菜「女子が男子の前でするような表情じゃないよアレは」

 

沙希「ちょっとよくわかんないんだけど……」

 

八幡(俺も俺も)

 

姫菜「なんて言うかさ、『恋に恋する』とか、『ステータスとして』とか、『憧れ』とか。わたしたちくらいの年齢だと恋愛ってそういう感じが多くない?」

 

沙希「ん…………まあそういうのもあるかもね」

 

八幡(わからんでもない)

 

姫菜「でもサキサキのは違う。心から相手を信じてるって、信頼してるって表情に見える」

 

沙希「…………」

 

八幡(…………)

 

姫菜「わたしたちくらいの歳で男女間でそんな『本物』みたいな関係を築けるっていいなあって思ってさ」

 

沙希「…………」

 

八幡(…………)

 

姫菜「ちょっとサキサキが羨ましいな」

 

沙希「…………そんなんじゃないかもよ。まあどう解釈しても勝手だけどね」

 

八幡(…………そうだ。俺達の関係は本物じゃない。海老名さんが羨むようなものじゃないんだ)

 

姫菜「あ、今更確認するけどヒキタニ君寝てるんだよね? 起きてないよね?」

 

沙希「ん、ああ。大丈夫、ぐっすりだよ」

 

八幡(ばっちり起きてますすいません)

 

姫菜「うん、じゃあ今のうちに話しとこうかな」

 

沙希「何かあんの?」

 

姫菜「えっとね、わたしヒキタニ君に告白されたことがあるの」

 

沙希「…………突然なに?」

 

姫菜「あ、違う違う。実は奉仕部への依頼の一環でね」

 

沙希「知ってるよ。戸部からの告白を避けるためにやったんでしょ?」

 

姫菜「あ、それも知ってたんだ…………うん、それのことを言いたかったんだけど」

 

沙希「んん……よくわからないね」

 

姫菜「だからね、もしこのことをサキサキが知らなくて、どっかからヒキタニ君があたしにフられたなんて噂を耳にしたら気分良くないかなって思って」

 

沙希「別にそのくらい…………いや、どうかな、そうなってみないとわからないかも。気を遣ってくれてありがとね海老名」

 

姫菜「うん…………やっぱり少し変わったねサキサキ」

 

沙希「あたしが? 自分じゃそうは思わないけど」

 

姫菜「なんというか、雰囲気が以前より柔らかくなってるよ。ヒキタニ君のおかげなのかな?」

 

沙希「…………そうかもしれないね」

 

姫菜「なんだかんだ言ってわたしは結構ヒキタニ君のこと認めてるよ。クラスの男子で付き合うなら誰って言われたらヒキタニ君を選ぶくらいには」

 

沙希「…………こいつが人に認めてもらえるのはあたしも嬉しいけど、あげないよ」

 

姫菜「わかってるって。むしろ離しちゃ駄目だからね。ヒキタニ君とサキサキならずっとやっていけると思ってるから…………それじゃお邪魔しました」

 

沙希「ん、またあとでね」

 

八幡「はあ…………結局やられっぱなしの昼休みだったな」

 

八幡「……………………本物、か」

 

八幡(海老名さんには悪いことをしたかな)

 

八幡(本物じゃないんだよ俺達は)

 

八幡(そりゃ俺だって…………)

 

八幡(はあ…………)

 

 ~ 週末 ~

 

八幡「すげえ雨になったな」

 

八幡(窓の外を見て俺は思わず呟いた)

 

八幡(大粒が窓を叩き、少し耳障りだ。仕事行ってるうちの両親は大丈夫だろうか?)

 

八幡(そんなふうに思った途端、家の電話が鳴る。ナンバーディスプレイを見ると親父からだ)

 

八幡(出ると両親とも今日は帰れそうにないとの連絡だった。この豪雨で交通機関が色々麻痺してるらしい)

 

八幡(小町は朝から友達の家に行っていてそのまま泊まってくるらしい。勉強会という名目だったが、カマクラを連れて行くのはどうなんだ?)

 

八幡(まあ最近受験勉強頑張っていたし、たまには息抜きもいいか。カマクラを相手の子の家に連れ込むのも初めてじゃないようだしな)

 

八幡(今夜一晩は完全に俺一人か。とりあえずやることもないしちょっと寝ますかね)

 

八幡「ふぁ……ちょっと寝過ぎたかな?」

 

八幡(時計を確認すると夕飯の時間はとっくに過ぎていた。まあ今日はそんなにエネルギーを使ってないので空腹感はあまりないのだが)

 

八幡(ふと傍らを見ると、俺のスマホに不在着信の通知が何件か表示されていた)

 

八幡「川崎?」

 

八幡(何分かおきにかかってきていたそれは全て川崎からによるものだった。何かあったのか?)

 

八幡(訝しがりながらも俺は川崎に電話をかけた)

 

八幡(2コールもかからず相手が出る)

 

八幡「おう、どうした?」

 

大志『お兄さんすか!? 俺です大志です!』

 

八幡「なんでお前が川崎の携帯に出てんだ? あと俺をお兄さんと呼ぶな」

 

大志『それどころじゃないっす! 姉ちゃんが家出しちゃったんすよ!』

 

八幡「…………あん?」

 

八幡(……家出?)

 

大志『この雨の中どこ行ったんだか……もし事故とかにあったら!』

 

八幡「落ち着け」

 

大志『どっかで具合悪くなって倒れてたりとか、ああ!』

 

八幡「大志、落ち着け!」

 

大志『っ…………!』

 

八幡「まず鼻で大きく息を吸え。んで口から大きく息を吐き出すんだ。それを二回繰り返せ」

 

大志『すーっ、はーっ、すーっ、はーっ』

 

八幡「よし、順序立てて説明しろ」

 

大志『は、はい。俺はちょっとした買い物があってコンビニに行ってたんす。んで帰ったら居間で親と姉ちゃんが何か言い合いをしてて。俺が様子見に行くと姉ちゃんが居間から飛び出してきて』

 

八幡「川崎が親と言い争い? 珍しいな」

 

大志『はい。でも親に聞いても原因は教えてくれなかったっす。んで部屋に閉じこもっているんだろうと思ってしばらく放っておいたんすけど……夕飯だから呼びに行ったら部屋にはいなくて、家の中を探したら姉ちゃんの靴がなくなってたんです。鍵も開いてたから外に行ったのは間違いないっす』

 

八幡「携帯も持たずに、か」

 

大志『さらに財布も置きっぱなしでした。多分俺とすれ違った時にそのまま飛び出して行ったんじゃないかと』

 

八幡「親御さんはどうしてる?」

 

大志『何もしてないっす。いや、どうしたらいいかわかんなくておろおろしてるだけで…………警察に連絡するのも何だかって感じで。お兄さんとこに行ったりはしてないんすよね?』

 

八幡「ああ、来てない。ちょっと確認してほしいんだが、川崎は傘を持って出たのか?」

 

大志『少し待ってください…………全部、あるっすね……姉ちゃん、この雨の中傘も持たずに出てったのか!?』

 

八幡「どこに行ったか心当たりはあるか?」

 

大志『情けない話ですがないっす。唯一思い浮かんだのがお兄さんとこなんで姉ちゃんの携帯借りて電話したんすが』

 

八幡「そうか」

 

八幡(焦るな、落ち着け八幡、闇雲に探したって見つからない)

 

八幡(川崎の思考をトレースしろ。俺なら出来る。仮初めとはいえ川崎の恋人として付き合い、ここしばらく一緒にいたんだ)

 

八幡(……………………)

 

大志『お兄さん?』

 

八幡「大志、ちょっと俺は川崎を探しに行ってくる。一時間後くらいにまたその携帯にかけ直すから」

 

大志『どこ行ったかわかるんすか!?』

 

八幡「どうだろうな……この天気じゃ皆で探し回るわけにもいかないからお前は家で待ってろ。ひょっこり帰ってくるかもしれんからな」

 

大志『で、でも』

 

八幡「いいから。また後でな」

 

八幡(俺は電話を打ち切り、出掛ける準備を始める)

 

八幡(川崎にとって最も大きい心の拠り所は家族だ)

 

八幡(だけど今回はその家族と揉めた。だったらどこに行く?)

 

八幡(自意識過剰かもしれないが、きっと俺を頼ろうと考えてくれはしただろう。しかし俺に迷惑をかけられないという思考も働いたはずだ)

 

八幡「これでよし、と」

 

八幡(すれ違いになった時のことを考えて、インターホンの脇に玄関で待っておくよう貼り紙をしておく)

 

八幡「よし、行くか」

 

八幡(俺は傘を差して豪雨の中を歩き出す)

 

八幡(川崎は行動範囲がそれほど広くない)

 

八幡(基本ぼっちだし、家のことがある分俺より狭いかもしれない)

 

八幡(まず学校や予備校はない。今日はそもそもやってないから入ることが出来ない)

 

八幡(だからといってスーパーや商店街など論外だ。むしろ一人になりたいと思ってる時に出てくる選択肢じゃない)

 

八幡(あいつが知ってて人気がない場所、俺の事を少しでも思い浮かべてくれたなら、きっとあそこにいる)

 

八幡(しかしこの予想は外れて欲しい。あんなところで傘も持たずにいるなんて身体をおかしくするぞ)

 

八幡(普段自転車で行くような距離だ。結構な時間をかけて歩き、到着した)

 

八幡(学校の近く、いつも川崎を迎えに行って降ろしてる公園)

 

八幡(申し訳程度の屋根は全く意味をなさず、ベンチはずぶ濡れになっている)

 

八幡(そしてそのベンチに川崎はいた)

 

八幡(膝を抱えるようにして顔を伏せ、女子にしては長身な身体を小さく縮こまらせて、消えてしまいそうだった)

 

八幡「川崎っ!」

 

八幡(今にも壊れるんじゃないかといった弱々しい様子に、俺は傘を投げ出して矢も盾もたまらず川崎に駆け寄り、強くその身体を抱き締めた)

 

八幡(冷たい、なんて冷たい。こんなに冷え切って、どれだけここで雨に打たれていたのだろう)

 

沙希「比企……谷……?」

 

八幡「何やってんだ、何やってんだよこんなとこで……」

 

沙希「ごめん……」

 

八幡「仕方ないやつだな全く……さ、送って行くから帰ろうぜ」

 

沙希「…………いや」

 

八幡「川崎?」

 

沙希「帰りたくない……帰りたくないよ……」

 

八幡「んなこと言ったってお前……」

 

沙希「いや…………」フラッ

 

八幡「! おい、川崎!? しっかりしろ!」

 

八幡「つ…………疲れた」

 

八幡(もういっぱいいっぱいだ。川崎をおんぶしてウチまで帰ってきて)

 

八幡(色々後始末をしてようやくベッドに寝かせられた)

 

八幡(肉体的にも精神的にも限界だ)

 

八幡(リビングに下りてきて崩れるようにソファーに座り込む)

 

八幡「でも、あとひとつやんなきゃな」

 

八幡(俺はスマホを取り出して発信履歴から再び川崎の携帯にコールする)

 

大志『もしもし! お兄さんすか!?』

 

八幡「ああ、俺だ」

 

大志『姉ちゃんは! 姉ちゃんは見つかったんすか!?』

 

八幡「落ち着け、大丈夫だ。今ウチにいるから」

 

大志『そ、そうっすか、良かった……』

 

八幡「あーそれでだな……ちょっと親御さんと話がしたいんだが」

 

大志『え? あ、わかりました、すぐ変わります』

 

川崎母『もしもし、お電話変わりました。沙希の母です』

 

八幡「先日はどうも。比企谷です」

 

川崎母『あの、沙希が見つかったと聞いたのですが』

 

八幡「はい、今ウチにいます。それでちょっとその事でお話が……」

 

川崎母『何でしょうか?』

 

八幡「その、本当はそちらの家に送り届けようとしたのですが、沙希さんはどうしても嫌だと言い張りまして」

 

川崎母『え…………』

 

八幡「やむなくウチに連れてきたのですが、年頃の娘がこうなのはあまり親御さんにとっていい気がしないかと思いまして」

 

川崎母『…………その、沙希は今近くにいるのかしら?』

 

八幡「いえ、疲れたのか妹のベッドで寝ています。少し濡れてましたのであったかくさせてますが」

 

八幡(本当は俺のベッドだが、こう言っておいた方がいいだろう)

 

川崎母『そうですか…………あの、比企谷君』

 

八幡「はい?」

 

川崎母『大変申し訳ないのですが少しだけ沙希を預かっておいてもらえないでしょうか?』

 

八幡「え?」

 

川崎母『お恥ずかしながら私どもと沙希が少し言い争いをしてしまいまして。あの子にはちょっと考えてほしいんです』

 

八幡「…………」

 

川崎母『多分今のあの子にはあなたがそばにいてくれるほうがいいと思います。大変身勝手なお願いとは承知しているのですが……』

 

八幡「その……いいんですか? 年頃の娘さんが男のいる家に」

 

川崎母『あなたなら平気です。こう見えても人を見る目はあるつもりですし、何より沙希が選んだ男の子なら』

 

八幡「…………」

 

川崎母『その、どうでしょうか?』

 

八幡「…………まあこの雨だと送り迎えもままなりませんし、わかりました。責任持ってお預かりします」

 

川崎母『本当にすみません、御礼は後日必ず致しますので』

 

八幡「いえ、それより弟さん達には安心するようにお伝えください。きっと皆不安がってると思いますので」

 

川崎母『はい、どうか沙希をよろしくお願いします』

 

八幡(最後に家の電話番号を聞き、こちらの連絡先を教えて通話を終えた)

 

八幡(なんだろう、川崎家からの俺に対する信頼がハンパない気がする。俺そこまでのことしてないよな?)

 

八幡(…………とりあえずなんか軽いもん作っとくか。川崎は夕飯食べてないみたいだし)

 

八幡(さっきまでの様子だと風邪とかは引いてないようだからな。油断は禁物だが一応は良かった)

 

八幡(さて、まだ起きてないかな)ガチャ

 

沙希「…………」スースー

 

八幡(まだ寝てるか……ん、手が布団からはみ出てんな)ヒョイ

 

沙希「…………」スースー、ギュツ

 

八幡(…………)

 

八幡(布団の中に手を入れてあげようとしたら握られて離してくれなくなったでござる)

 

八幡(まあいいか)

 

沙希(…………ん)

 

沙希(あれ、あたし……どうしたんだっけ?)

 

沙希(…………そうだ)

 

沙希(父さん母さんとケンカして、雨の中家を飛び出して)

 

沙希(いつの間にかあの公園にいてベンチでうずくまってたんだっけ)

 

沙希(そんで疲れて寒くて寝ちゃいそうになった時に比企谷が来てくれて……そうだ、比企谷は!?)

 

沙希(あ、ベッドに上半身預けて寝てる…………あたしと手を繋いだまんま)

 

沙希(ずっと、そばにいてくれてたのかな)

 

沙希(見覚えないけどここ多分比企谷の部屋だよね。置いてある本とか服とかあいつのっぽいし)

 

沙希(こんな形で比企谷の部屋にお邪魔することになるなんて)

 

沙希(…………結局比企谷に迷惑かけちゃったな)

 

沙希(でも)

 

沙希(ありがとう、比企谷)

 

沙希(………………)

 

沙希(………………)

 

沙希(あたし今比企谷の部屋で、比企谷のベッドに寝てるんだよね…………)

 

沙希(やば…………)

 

八幡「う…………」

 

八幡(あ、やべ。いつの間にか眠ってた)

 

八幡(そうだ川崎は?)

 

沙希「…………」

 

八幡「…………」

 

八幡(ばっちり目が合いました。起き抜けだったから一瞬言葉が出てこなかった)

 

八幡「…………よう、目が覚めてたか。体調はどうだ?」

 

沙希「うん、何ともないかな…………比企谷、その」

 

八幡「ああ、言いたいことも聞きたいこともあるだろうけどその前にちょっといいか?」

 

沙希「え、何?」

 

八幡(俺は繋いでいた手を離し、その場で手をついて頭を下げる。いわゆる土下座の体勢だ)

 

沙希「ちょ、ちょっと、何してんの!?」

 

八幡「その、お前に謝らなければいけないことがある」

 

沙希「え?」

 

八幡「実は、ここ俺んちで、今ウチには俺しかいなくて」

 

沙希「うん」

 

八幡「で、その、お前ずぶ濡れだったから、つまり……」

 

八幡(そこまで言うと川崎はかけられていた布団を持ち上げて自分の格好を確認した。今川崎は素肌に俺のジャージ上下を着ている状態だ)

 

沙希「あたしの服をあんたが脱がしたってこと?」

 

八幡「それだけじゃなくて…………タオルで拭いたりもしたから……その」

 

沙希「うん」

 

八幡「なるべく見ないようにはしたが…………やっぱり、拭く時はどうしてもタオル越しとはいえお前の身体に触っちまったんだ! すまん!」

 

沙希「ええー……」

 

八幡「怒るのも気持ち悪いってのもわかる。でもな」

 

沙希「違うよ、あたしは呆れてんの」

 

八幡「え?」

 

沙希「比企谷はさ、あたしの体調とかを心配してそうしてくれたんでしょ? だったら感謝はしても怒ることなんてないよ」

 

八幡「で、でも、寝てる間に何かしたかもしんねーぞ?」

 

沙希「してないよ、だってほら」バサ

 

八幡「え?」

 

沙希「ジャージ、後ろ前に履かせてるじゃない。わざわざ見ないようにしてくれて間違えたようなやつがそんなことしないでしょ」

 

八幡「あ…………」

 

沙希「ま、別に触られるくらい全然構わないけどね。比企谷なら」

 

八幡「な、何言ってんだよ」

 

沙希「ふふ」

 

八幡「あんまからかうなよ……それより腹は減ってるか? 簡単なもの作ってるけど」

 

沙希「今はいらないかな…………ねえ比企谷、本当にごめんね。あたし、あんたに迷惑ばかりかけてる」

 

八幡「そうだな」

 

沙希「うん……」

 

八幡「だからもう気を使うな」

 

沙希「えっ」

 

八幡「俺はな、頼ってもらえないことの方が嫌だし迷惑なんだよ。今回の事だって家族間の事だから俺に出来ることなんてたかが知れてる。でもそばにいてやるくらいのことはするからさ」

 

八幡(今ならわかる。以前の雪ノ下や由比ヶ浜の気持ちが)

 

八幡(近くにいるのに頼ってもらえない辛さが。何もしてやれない歯がゆさが)

 

八幡(いずれこの事はきちんと謝りにいこう)

 

沙希「うん……家を飛び出した時あんたの事もちらっと思い浮かべたんだけど…………やっぱり悪いなって思っちゃって」

 

八幡「遠慮なんてするなよ。偽物とはいえ恋人なんだから、さ」

 

沙希「……………………うん」

 

八幡「よし。今服は洗濯して乾かしてる最中だ。この雨だし親御さんには連絡してあるから今夜は泊まっていけ」

 

沙希「え?」

 

八幡「何か必要な物あったら適当に用意するから遠慮なく言ってくれ。ただしあまり俺の部屋から出るなよ? 猫アレルギー出たら大変だからな」

 

沙希「あ、うん……じゃなくて、ウチの親に連絡したの!?」

 

八幡「そりゃそうだろ、年頃の娘なんだぞお前は」

 

沙希「その……親は何て言ってた?」

 

八幡「内容は知らんけど、一回冷静になって考えてみてくれってさ。んでウチに泊まるのを了承してた」

 

沙希「そう……内容は聞かないの? 聞いてこないけど」

 

八幡「あんま立ち入っていいものかどうかわかんねえからな。川崎が話したきゃ聞くが」

 

沙希「…………ううん、いい。やっぱりあたしが自分で考えなきゃいけないことだから」

 

八幡「そっか、まあ俺に出来ることがあったら遠慮なく言えよな」

 

沙希「じゃあ…………一つお願いしていいかな?」

 

八幡「何だ?」

 

沙希「なんか疲れちゃってさ、もう少し寝たいんだけど」

 

八幡「ん、おう、わかった。俺はリビングにいるからゆっくりしとけ」

 

沙希「ううん、そうじゃなくて」

 

八幡「ん?」

 

沙希「一緒に、寝てくれない?」

 

 

八幡「………………」

 

沙希「一緒に、寝てくれない?」

 

八幡「聞き間違いじゃなかったのか…………いやいや何を考えてんだお前は」

 

沙希「あたしだって寂しくなることはあるよ。出来ることがあったら遠慮なく言えって言ったのはあんたでしょ。そばにいてやるくらいのことはする、とも」

 

八幡「いや、それは出来ないほうだろ」

 

沙希「何で? あたしの隣で寝るだけでしょ」

 

八幡「物理的な話じゃねえよ心理的な問題だ。あのな、俺は男でお前は女、OK?」

 

沙希「当たり前じゃないそんなの。あたしが男で誰が得をするのさ。海老名以外」

 

八幡「一応真面目な話だから茶化すな。男女二人が同衾していいわけないだろうが」

 

沙希「何で?」

 

八幡「何でって……間違いがあったらどうすんだよ」

 

沙希「寝てて無防備だったあたしにすら手を出さなかった男が何言ってんのさ。それともあたしの事がそんなに嫌い?」

 

八幡「んなわけねーだろ…………もう恥を忍んで言うけどな、見てしまおう触ってしまおうって誘惑と何度戦ったか自分でもわかんねえんだぞ。俺じゃなかったらお前はとっくに襲われてる」

 

沙希「でもあんたは我慢したんでしょ?」

 

八幡「ギリギリいっぱいいっぱいのとこでな。お前の親御さんにも信用されて預けられてるんだ。あとお前を傷付けたくないし」

 

沙希「こっそり見たり触ったりなんて黙ってりゃわかんないのに」

 

八幡「俺自身が嫌なんだよそういうの。でも俺の理性なんてちょっとしたことで決壊しかねんぞ。男子高校生の尋常じゃない性欲を舐めんなよ」

 

沙希「そんなのどうとでもなるでしょ。それよりちょっと手を貸してよ」

 

八幡「ん? ああ」

 

八幡(上半身を起こした川崎に俺は右手を差し伸べる。川崎はその手を掴み、思い切り自分の方に引っ張った)

 

八幡「うおっ!」

 

八幡(勢い良く川崎ともつれるように倒れ込み、端から見ると俺が川崎を押し倒したかのように見えるだろう)

 

八幡「何すんだよ…………大丈夫か?」

 

沙希「ねえ、あんたさ、この状況でも何にも思わないの?」

 

八幡「…………」

 

沙希「あたしってそんなに魅力ない?」

 

八幡「そんなわけあるか、川崎は良い女だ。それだけは俺が断言する」

 

沙希「じゃあ」

 

八幡「でもな、今のこれは違うだろ。家を飛び出すくらいなんだ、多少なりとも自棄になってないとは言えないだろ」

 

沙希「それは…………」

 

八幡「とりあえず今は休んどけ。寝るまで手くらいは繋いどいてやるから」

 

沙希「じゃあ比企谷の手、借りてもいい?」

 

八幡「おう、好きなだけ使え」

 

八幡(俺がそう言うと川崎は俺の手の甲側を握り、スススと自分の腹を這わせさせる)

 

八幡(何を、と思う間もなく川崎はその手をジャージの中に突っ込ませた)

 

八幡「!! お、おい何を!?」

 

沙希「んっ…………さっき男子高校生うんぬん言ってたけどさ、女子高校生にだって性欲はあるんだよ」

 

八幡「!!」

 

沙希「ん、はぁ……比企谷がしてくれないなら自分でするしかないじゃない…………んっ」

 

八幡(川崎の手に導かれた右手の指に感じる濡れた感触と柔らかさと熱さ。これが、女の、川崎の女性器)

 

沙希「う、んっ……これは比企谷が手を出してるんじゃなくて、あたしが自分で慰めてるだけだから…………ちょっと比企谷の手を借りてるだけ……んっ」

 

八幡(あまりの眼下の光景に言葉が出てこない。目の前で、川崎が自慰行為をしているなんて)

 

沙希「いいっ……比企谷の指、気持ちいいよぉ…………んんっ」

 

八幡「か、川崎……」

 

沙希「ごめん、ごめんね比企谷、こんな女でごめん」

 

八幡(謝りながらも川崎の指の動きは激しさを増していく。少し固い豆のようなものを俺の指の腹に当てて擦り付ける。これがクリトリスというやつだろうか?)

 

沙希「あ……あ……ごめん比企谷…………もうダメ、あたし、イってもいい?」

 

八幡(川崎は切なそうな表情で、懇願するような目で問い掛けてくる)

 

八幡(俺は川崎の耳元まで顔を寄せて囁いた)

 

八幡「いいぞ、思いっきりイってしまえ。お前がイくとこ、しっかり見ててやるから」

 

沙希「うんっ……うんっ……見て、見てて…………比企谷っ、比企谷ぁっ」

 

八幡(頭を起こして川崎の顔を覗き込むと、呼吸を荒くして泣きながら笑っているような表情になる)

 

沙希「あ、あ、あ、あ…………ああああっ!」

 

八幡(川崎はびくんっと身体を大きく震わせて一際甲高い声を上げた。どうやらイったらしい)

 

沙希「あ……あ……あん」

 

八幡(びくんびくんと身体を痙攣させ、余韻に浸る川崎。俺の指先はぐしょぐしょに濡れているのがわかる)

 

沙希「ごめん……指、汚しちゃったね」

 

八幡(ジャージから引き抜くと滴りそうなほどになっていた。早いとこ洗面所に、と思ったところで川崎はその俺の指を自分の口に含んだ)

 

八幡「お、おい、何を」

 

沙希「あたしが、んちゅ、汚したんだから、ちゅ、綺麗に、れろ、してるんじゃない」

 

八幡「それヤバい、もうヤバいから。ちょっと一回離してくれ!」

 

沙希「んっ……ちゅ……比企谷さ、どうせこの部屋出てどっかで一人でする気でしょ?」

 

八幡「え、あ、いや…………」

 

沙希「だったら比企谷もここでしてよ、あたしの手を使っていいから」

 

八幡(川崎はそう言うとズボンの上から堅くなった俺の肉棒に触れてきた)

 

八幡「や、やめ……」

 

沙希「比企谷だってオナニーくらいするでしょ? ただそれをあたしの手でするだけ。あたしに何かしてるわけじゃないんだから、ね?」

 

八幡(そう言ってズボンの上から撫で回す動きに、とうとう俺の理性は決壊した)

 

八幡(チャックを下ろして肉棒を取り出し、川崎の右手に握らせる)

 

沙希「ん、あ、熱っ……すごい……」

 

八幡「さっきからずっと我慢に我慢を重ねてたんだ。もう遠慮しねえしすぐ限界だからな!」

 

沙希「ん、いいよ。あたしの手で気持ち良くなって」

 

八幡(握らせた手に自分の手を添え、激しく上下に擦らせる。していることは自分でするのと変わらないのに快感の度合いが段違いだ。川崎の手が柔らかくてすべすべですごく気持ち良い)

 

八幡(あっという間に限界を迎えた俺は傍らにあったティッシュを取って肉棒の先っぽを包み込ませる)

 

沙希「イきそうなんだね比企谷? イって。イって。あたしの手で出しちゃって」

 

八幡(俺の顔を見つめながら囁く言葉にとうとう俺は限界を越えた)

 

八幡「あうっ! うっ! うっ! ううっ!」

 

八幡(すごい勢いで精液が尿道を通り抜け、大量に射精する。当然一度で出し切らず幾度も繰り返し、そのたびに俺は呻き声をあげた)

 

八幡「はあっ……はあっ…………はあ」

 

八幡(すべて出し切ったあと、身体から力が抜けてドサッと川崎の横に倒れ込む)

 

沙希「ふふ、お疲れさま。気持ち良さそうな比企谷の顔、可愛かったよ」

 

八幡「…………勘弁してくれ」

 

八幡(俺はのろのろと後始末をし始める。自分で出したのを零さないようにさらにティッシュで包み、ゴミ箱に放った)

 

八幡(川崎も局部を拭き、後処理をしている)

 

沙希「ね、比企谷。スッキリした?」

 

八幡「そんなこと聞くなよ……今賢者モードで落ち込んでんだから」

 

沙希「賢者モード? 何それ」

 

八幡「あー……簡単に言うと、したあとに妙に冷静になって落ち着いてるってことだ」

 

沙希「ふうん……大志も妙に落ち着いてる時とかあったけどそれなのね」

 

八幡「え、何? 大志?」

 

沙希「うん、時々こそこそ一人でしてるけど隠せてないんだよね。トイレでしてるのもバレバレだし」

 

八幡「それ絶対本人に言うなよ? オナニーしてんのバレてるなんてマジで自殺もんだからな」

 

沙希「わかってるよ……比企谷は?」

 

八幡「あん?」

 

沙希「比企谷はバレたりしてない? 小町とかに」

 

八幡「それは大丈夫……と思いたいが…………」

 

沙希「女性向け雑誌とかには『わかってもそっとしておいてあげましょう』ってあるよ。もしかしたらバレてるかもね」

 

八幡「マジかよ……家ですんの止めとこうかな……」

 

沙希「ところでさ」

 

八幡「ん?」

 

沙希「その……あたしに幻滅とか、した?」

 

八幡「あ? しねえしねえ。むしろ可愛いとこ見せてもらったって感じだ」

 

沙希「う……そ、そう?」

 

八幡「お前は? 俺に幻滅したりしたか?」

 

沙希「するわけないよ」

 

八幡「ならいいだろ」

 

沙希「うん、じゃあさ」

 

八幡「何だ?」

 

沙希「もうスッキリしたなら大丈夫だよね? 一緒に寝よ?」

 

八幡「あー……わかったわかった。俺も疲れたし、寝るか」

 

沙希「ん」

 

八幡(俺は寝間着に着替え、川崎が横になっているベッドに潜り込む)

 

沙希「比企谷、腕枕してよ」

 

八幡「お前本当に遠慮しなくなったな…………あとで思い出して恥ずかしくなるぞ」

 

沙希「わかってるよ」

 

八幡「わかってんのかよ」

 

沙希「でも今はそうして欲しい気分なの。早くしな」

 

八幡「へいへい」

 

八幡(俺が腕を伸ばすと川崎は嬉しそうに頭を乗せ、身体を寄せてくる)

 

沙希「お休み、八幡」

 

八幡「おう、お休み、沙希」

 

八幡(よっぽど疲れていたのか、それともすっきりしあったせいか、俺達はあっという間に夢の世界へと旅立った)

 

沙希(あったかい…………)

 

沙希(そうだ、あたし今比企谷と一緒に寝てるんだっけ。腕枕してもらって)

 

沙希(少し前だったら信じられないよねこんな状況)

 

沙希(嬉しい…………)

 

沙希(本当はこのまま起きててそばに感じていたいけど…………やっぱりもう少し寝させてもらおう)

 

沙希(ちょっと腕回して抱きつかせてもらうけどこんくらいはいいよね)ギュ

 

沙希(比企谷…………あたし、あんたが……)

 

八幡「ん…………」

 

八幡(目が覚めて真っ先に感じた違和感はのしかかる重さと柔らかさだった)

 

八幡(一瞬ドキッとしたがすぐに思い出す。昨晩川崎を泊めて一瞬に寝たのだが……)

 

八幡「何で抱きついてきてんだ…………」

 

八幡(押し付けられてる胸がヤバい。下着つけてねえから特に)

 

八幡(昨晩ヌいてなかったら手を出してしまってたかもしんねえな…………いや今も俺の八幡大菩薩は反応しちゃってるんですけどね)

 

八幡(時計と窓の外を確認すると、すでに明るくなって雨も降っていないようだ)

 

八幡(小町や両親が帰ってくる前に起きないとな…………でも)

 

八幡(ちょっとだけ名残惜しくて俺は空いてる手で川崎の頭を撫でる)ナデナデ

 

八幡(まああんまりやると起こしちまうかもしれんな)スッ

 

沙希「ん、もっと」

 

八幡「…………起きてたのかよ」

 

沙希「少し前にね。ほら早く」

 

八幡「ったく……誰か帰ってくる前に色々しなきゃなんねえから少しだけだぞ」ナデナデ

 

沙希「ん…………」

 

八幡(ひとしきり撫でた後、乾いた服や下着を渡して朝食の準備をする)

 

八幡(といっても昨晩作ったものとおにぎりだが)

 

八幡「入るぞー」

 

沙希「いいよ」

 

八幡(ドア越しに声を掛けてから部屋に戻る。着替え中にばったり、なんて漫画みたいなヘマはしない)

 

八幡「よし食おうぜ。味は期待すんなよ」

 

沙希「ごめんね、ありがとう」

 

八幡(部屋の中央にお盆を置き、着替え終わった川崎と食べ始める)

 

沙希「そういえば比企谷、あとで袋かなんか貸してくれない? ジャージ、洗濯して返すから」モグモグ

 

八幡「あん? 気にしねえでいいのに。ウチの洗濯機に放り込んでりゃいいだろ」モグモグ

 

沙希「だってそうするとあんた後で匂いとか嗅ぐでしょ?」

 

八幡「! ゴホッ! ゴホッ! な、何言ってんだお前」

 

沙希「別に泊めてくれたお礼に新たなオカズ提供してもいいんだけどさ」

 

八幡「よしわかった持って帰れ。てか新たなって何だよ……」

 

沙希「今までも結構密着とかしてたし、その感触思い出して使ってるかなって。さっき起きた時も大きくなってたし」

 

八幡「そりゃあんだけくっつかれたらな…………でもあれだ、お前をオカズにしたことなんてねえぞ」

 

沙希「え…………」

 

八幡「なんでショック受けてんだよ、されてたら普通気持ち悪いんじゃねえか?」

 

沙希「いや……だって……」

 

八幡「ん?」

 

沙希「その……あたしはしてるよ、あんたで」

 

八幡「!」

 

沙希「ど、どう? こう言われて気持ち悪い?」

 

八幡「いや、その、なんつーか…………光栄かな、なんて」

 

沙希「うん、だからその……あたしも比企谷なら気持ち悪いなんて思わないし、むしろ魅力ないのかなって思っちゃう」

 

八幡「あーいや、しようと思ったことは何度もあるんだが……万一バレた時に怖かったり、あとお前を汚してしまう気がしてな」

 

沙希「別にいいのに…………これからは遠慮なく使ってよ」

 

八幡「お、おう、じゃあ今度から使わせてもらうな」

 

沙希「う、うん」

 

八幡「…………」

 

沙希「…………」

 

八幡「朝っぱらからなんつー会話してんだろうな…………」

 

沙希「昨晩もっと恥ずかしいことしたしリミッター外れちゃってるのかもね……」

 

八幡「で、今日はどうすんだ? 夕方くらいまではウチにいるか?」

 

沙希「ううん、雨止んでるならもう帰るよ。もう一回親とちゃんと話し合ってみる」

 

八幡「そうか、なら送ってく。準備するからちょっと待っててくれ」

 

沙希「うん、ありがと」

 

八幡(俺は使った食器を水に浸け、外出着に着替える)

 

八幡「よし、行こうぜ」

 

沙希「うん」

 

八幡(階段を下り、玄関についたところで川崎が俺の袖をくい、と引っ張る)

 

八幡「何だ?」

 

沙希「あのさ、ちょっと相談というか頼みがあるんだけど」

 

八幡「あー……多分同じ事考えてると思う」

 

沙希「本当? じゃあちょっと同時に言ってみようか」

 

八幡「ああ、せーの」

 

八幡・沙希「「やっぱり恥ずかしいから昨晩から今朝までのはなかったことにしよう」」

 

八幡・沙希「「…………」」

 

沙希「…………ぷっ」

 

八幡「くくっ、一字一句まで同じとはな」

 

沙希「んじゃそういう事でいいよね」

 

八幡「ああ、あの玄関を出たら綺麗すっぱり忘れる。俺は川崎が寝てる間はリビングのソファーで寝てたからな」

 

沙希「うん、ごめんねベッド独り占めしちゃって」

 

八幡「なに、気にすんな」

 

八幡(俺は靴を履いて立ち上がり、ドアノブに手をかけようとする)

 

八幡(が、そこでまた川崎に服の裾を掴まれて動きを止められた)

 

八幡「まだ何か……って、おっと」

 

沙希「ごめん、ちょっとだけこうさせてて……どうせ外出たら忘れるんだしいいでしょ?」ギュッ

 

八幡「はあ……しょうがねえやつだなまったく」ナデナデ

 

八幡(正面から抱きついてきた川崎を受け止め、頭を撫でてやる)

 

八幡(まあこいつもたまには人に甘えたいこともあるだろ。どうせ誰に見られるわけでもなし、好きにさせてやるか)

 

小町「あーやっと帰れたねカー君、愛しの我が家ですよー」ガチャ

 

八幡・沙希「「!」」

 

小町「あっ…………えっ?」

 

沙希「こ、小町、これはその」

 

小町「あ、あはは、カー君、もう少し外を散歩してこよっか」バタン

 

沙希「ま、待って小町!」

 

八幡「あー…………よしとけ、多分今何を言っても逆効果だ」

 

沙希「で、でも」

 

八幡「それに今小町はカマクラ……ウチの猫を連れてる。お前を近付けるわけにはいかねえよ」

 

沙希「う…………」

 

八幡「それに元々小町には昨晩のことをある程度話して協力してもらおう思ってたんだ」

 

沙希「え、そうなの?」

 

八幡「ああ、川崎の親御さんには俺一人じゃなくて妹もいるように伝えてあるからな。さすがに男一人のとこに泊まるのはまずいだろ。だから小町には口裏を合わせてもらわないと」

 

沙希「……まあそうだね」

 

八幡「小町には後で俺から上手く話しておくから心配すんな」

 

沙希「うん、わかった…………よろしく頼むね」

 

八幡「おう、じゃ、改めて送るぜ」

 

八幡(さて、比企谷タクシー出動ですっと)キコキコ

 

沙希「…………」ギュッ

 

八幡(……うん。あんなこともあったしさすがに気まずいかなと思ったけどそんなことはないな)キコキコ

 

八幡(でもまあ一言言っといてやるか)キコキコ

 

八幡「なあ川崎」キコキコ

 

沙希「ん、何?」

 

八幡「話し合いとかどうなるかはわかんねえけどさ、また何かあったら俺のとこ来いよ。遠慮なんかしねえでさ」キコキコ

 

沙希「それ、昨晩も聞いたよ」クス

 

八幡「昨晩は何もなかっただろ。ただお前が俺の部屋で寝ただけだ」キコキコ

 

沙希「そうだったね。じゃあ比企谷を頼りにしてるから」

 

八幡「ま、俺じゃ大したことなんて出来ないだろうけどな」キコキコ

 

沙希「ううん、比企谷がいるってだけで全然違う」

 

八幡「え?」

 

沙希「辛いときにはそばにいてくれるんだってだけで精神的に全然違うよ。あんただって相模の時に予備校でそんなこと言ってたでしょ」

 

八幡「…………そう、だな」キコキコ

 

八幡(間もなくして川崎家が見えてきた)

 

八幡「あー、悪い川崎。さすがに俺がお前の家族と出くわすのは気が進まん。ここらでいいか?」キキッ

 

沙希「うん、ありがとね」ヒョイ

 

八幡(川崎が荷台から降りる。しかしそこから動かず、じっと俺を見つめる目にはわずかに不安な色が見て取れた)

 

八幡「…………」

 

八幡(まあいいか。川崎の救いになるのなら恥ずかしい思いくらいしてやる)

 

八幡(俺は自転車から降り、川崎をそっと抱きしめた)

 

八幡「じゃあな沙希、また明日の朝な」ギュ

 

沙希「……うん、また明日待ってるからね、八幡」ギュ

 

八幡(少しだけ俺達は抱きしめ合い、離れる)

 

八幡(俺は自転車に乗り、手を軽く振ってペダルを踏み込んだ)

 

八幡(……………………)

 

八幡(くっそおおぉぉぉ!)

 

八幡(何で今更あんくらいで恥ずかしくなるんだよちくしょう! 玄関でだって似たような事を平然とやっただろ!?)

 

八幡(本当の恋人ってわけでもねえのに抱きしめるなんて!)

 

八幡(………………)

 

八幡(…………本当の、恋人ってわけでもねえのに)

 

八幡(…………くそっ)

 

八幡(帰宅し、ドアを開けると小町の靴があった。どうやらもういるらしい)

 

八幡「小町ー、いるか?」

 

小町「あ、お、お兄ちゃん、お帰りなさい……」モジモジ

 

八幡(あちゃー、これは完全に誤解してる顔ですわ)

 

八幡「ちょっと話があるんだ。真面目な話な」

 

小町「え? …………うん」

 

八幡(俺の表情から何かを読み取ったか、小町も顔を引き締めた)

 

八幡(俺達はリビングに移動し、小町の淹れてくれたコーヒーを飲みながら昨日のことを大まかに説明する)

 

八幡「まあそんなわけで……お前もこの家にいたってことにしといてくれ。体裁良くないからな」

 

小町「うんわかった、大志君にも小町が一緒にいたって言っとくね」

 

八幡「いや、それはいらない。むしろボロが出ないようにあいつとは一生口を聞くな。連絡先も消して着信拒否しておけ」

 

小町「お兄ちゃん……真面目な話なのにそういうのはポイント低いよ……」

 

八幡「俺は百二十%本気だぞ?」

 

小町「もう……じゃあさ、玄関で抱き合ってたのは何だったの? やっぱり実は何かあったんじゃないの?」ニヤニヤ

 

八幡「違えよ。あの段階で川崎がすげえ不安そうにしてたからどうにかしようと思ってな」

 

小町「うんうん、それはそれでポイント高い! 沙希さんもお兄ちゃんに惚れ直しちゃうよ!」

 

八幡「ばーか…………とりあえず俺は寝直すわ。ソファーじゃよく眠れなかったのか少し頭が重いし」

 

小町「はいはーい、お休みー」

 

八幡(俺は自室に戻り、ベッドに横になる)

 

八幡「川崎の匂いがするな…………」

 

八幡(他人が聞いたら気持ち悪いことこの上ないであろう台詞を呟き、俺は眠りについた)

 

小町「お兄ちゃん、夕ご飯ですよー」コンコンガチャ

 

八幡「…………」

 

小町「ありゃ、まだ寝てるのか。起きてお兄ちゃーん」

 

八幡「…………」

 

小町「お兄ちゃん?」

 

八幡「う…………ハァ、ハァ」

 

小町「お兄ちゃん!? お兄ちゃんしっかりして!?」

 

沙希「え、比企谷が風邪!?」

 

小町『はい、なので明日は学校休むから朝は迎えに行けないと伝えてくれって』

 

沙希「それで、比企谷の具合はどうなの?」

 

小町『そんなに大したことはないですよー、大事を取って休むだけですから。月曜日から学校行かなくていいとはツイてるなって喜んでましたし』

 

沙希「…………ねえ小町」

 

小町『はい、何ですか?』

 

沙希「本当の事を教えて」

 

小町『! な、何ですか本当の事って?』

 

沙希「自惚れかもしんないけどさ、あたしと比企谷はそれなりの関係を築いてると思ってる。なのに比企谷が自分で連絡よこさない時点でおかしいと思うよ」

 

小町『…………お兄ちゃんには口止めされてますが、結構辛そうです。あと、ちょっと喉がやられてまともに声が出ません』

 

沙希「そう…………あたしのせいだね。雨の時に濡らしちゃったから」

 

小町『違います! 沙希さんのせいなんかじゃありません! でも沙希さんがそう思っちゃうから黙っとけってお兄ちゃんが…………』

 

沙希「小町、あのさ」

 

小町『駄目です』

 

沙希「……まだ何も言ってないよ」

 

小町『明日学校サボってお兄ちゃんの看病するって話じゃないんですか?』

 

沙希「合ってるけど…………」

 

小町『そりゃお兄ちゃんだって沙希さんが看病してくれるなら喜ぶかもしれません。でも学校サボらせてまでさせたいとは思ってませんよ』

 

沙希「…………自分は授業サボってあたしの妹の為に動いてくれたってのにねぇ」

 

小町『えっ、何ですかそのポイント爆上げしそうな話!? 聞かせてください!』

 

沙希「看病しに行っていいなら教えてあげるよ」

 

小町『うー……じゃあいいです…………あ、でも学校終わったあとなら構わないと思いますよ』

 

沙希「そう? じゃあ夕方お邪魔させてもらってもいいかな?」

 

小町『はい。小町が帰るまではウチの親どっちかがいますので伝えておきますね』

 

沙希「ん、よろしく。それじゃあね」

 

沙希(小町との電話を切り、あたしはその場で崩れるようにへたり込んだ)

 

沙希(あたしのせいだ。あたしのせいだ。あたしのせいだ)

 

沙希(あたし、どんだけ比企谷に迷惑をかければ気が済むの!?)

 

沙希(行くとは言ったけどどんな顔して行けばいいんだろう。合わす顔なんてないよ…………)

 

沙希(比企谷はこんなにもあたしにしてくれてるのに、あたしは精々お弁当を作るだけ)

 

沙希(比企谷…………)

 

沙希(あたし、あんたに何がしてあげられるの……?)

 

沙希(今日はあいつの分のお弁当はいらない。だから量を間違えないようにしないと)

 

沙希(みんなの分のお弁当と朝食を用意し、通学の準備を先に済ませておく)

 

沙希(明らかにあたしの様子がおかしいとわかるのだろう、家族がみんな怪訝な視線を向けてくる)

 

沙希(昨日の話し合いも穏便に終わったので思い当たることもなく、純粋に心配してくれるが、それが少し鬱陶しい。本当はこんなこと言っちゃいけないけど)

 

沙希(適当に誤魔化してさっさと家を出た。久しぶりのバス通学がものすごく味気なく感じられる)

 

沙希(あたしは朝に比企谷が迎えに来てくれるのをどれだけ楽しみにしていたかを改めて思い知った)

 

沙希(学校で会いたくても会えない。喉がやられたと言っていたからせめて電話で声だけでも、と思っても聞けない)

 

沙希(いつの間に)

 

 

沙希(いつの間にこんなにも比企谷の存在が大きくなっていたんだろう)

 

沙希(世間の恋人は少し離れただけでこんなになるのをどう堪えているんだろうか?)

 

沙希(…………違う)

 

沙希(あたし達は本当の恋人じゃない)

 

沙希(本当に繋がっているわけじゃないから、本物じゃないから寂しくて、不安になるんだ)

 

沙希(でも)

 

沙希(依頼とか口実なしに、純粋に恋人同士になりたいと言って比企谷は受け入れてくれるだろうか?)

 

沙希(こういったことは初めてだけど、世間一般的には付き合うのに充分な距離になってると思う)

 

沙希(それでも比企谷は)

 

沙希(比企谷はトラウマを抱えているから)

 

沙希(冗談混じりに聞いた比企谷の恋愛に関するトラウマ)

 

沙希(あれはひょっとしてもう二度とまともな恋愛をするつもりはないという周りに対するサインなんじゃないの?)

 

沙希(少なくとも比企谷の方から積極的に恋人を作ろうという気はないはず)

 

沙希(だったらこっちから行くしかないんだけれど)

 

沙希(怖い)

 

沙希(拒絶されるのが怖い。今より関係が悪くなるのが怖い。それならいっそ今のままの方がいいのかな)

 

沙希(フリとはいえ、嘘とはいえ、恋人として振る舞える欺瞞の関係)

 

沙希(わからない、どうしたらいいのかわからない)

 

沙希(でも一つだけ、はっきりわかったことがある)

 

沙希(あたしは比企谷の事が好き)

 

沙希(それだけは、フリでもない、演技でもない、欺瞞でもない、あたしにとっての本物)

 

彩加「川崎さん、今日八幡休みらしいけど何か知ってる?」

 

沙希(HRが終わり、一時間目の準備をしていると戸塚が話し掛けてきた)

 

沙希「…………どうしてあたしに聞くの?」

 

彩加「最近川崎さんは八幡と仲が良いからね、何か聞いてるかなって」

 

沙希「風邪、らしいよ。そんなに重くはないけど大事を取って休むって聞いた」

 

沙希(嘘は言ってない。小町からそう聞いたのだから)

 

彩加「そう、結構ひどいんだね……お見舞いとか行った方がいいのかな?」

 

沙希「…………あたしそんなに重くないって言ったよね?」

 

彩加「うん」

 

沙希「戸塚の言ってることおかしくない?」

 

彩加「川崎さんは『聞いた』って言ったよね、『言ってた』じゃなくて。八幡から直接聞いたわけじゃないならもしかしてって思ったんだけど」

 

沙希(驚いた。戸塚はあたしと同じようにして同じ答えにたどり着いてるんだ)

 

沙希(戸塚彩加。ある時を境に比企谷に絶対的とも言える信頼を寄せているクラスメート。比企谷にどんな悪評が起こってもその距離を変えることがなかったほぼ唯一の男子)

 

沙希「ねえ、戸塚、不躾で悪いけどさ」

 

彩加「ん、何かな?」

 

沙希「昼休み、相談に乗ってもらっていい?」

 

彩加「お待たせ川崎さん」

 

沙希「ごめんね付き合わせちゃって」

 

彩加「ううん気にしないで、よいしょ」

 

沙希(いつも比企谷と食べている場所、いわゆる比企谷の言うベストプレイスでお弁当を広げる)

 

彩加「それで相談ってのは八幡のこと?」

 

沙希「うん……その前に確認しておきたいんだけど、戸塚ってあたしと比企谷の関係を知ってる?」

 

彩加「詳しくは知らないかな。噂でなら聞いてるけど本当のことは」

 

沙希「そう。実はね…………」

 

沙希(あたしはかいつまんで戸塚に比企谷との関係を話した)

 

彩加「そうだったんだ、でも…………」

 

沙希「でも?」

 

彩加「その割には随分自然な仲の良さに見えたけど」

 

沙希「そう見えた?」

 

彩加「うん。だからフリってのを聞いて逆にびっくりしたかな」

 

沙希「それはたぶん……あたしが本当に比企谷のことを好きだからだと思う」

 

彩加「……そうなんだ」

 

沙希「うん。でも比企谷の方は何とも思ってないんじゃないかな」

 

彩加「どうして?」

 

沙希「あいつさ、恋愛沙汰に関して色々トラウマを抱えてるでしょ? それなのにこんな真似事に付き合ってくれるってことは意識してないってことじゃない」

 

彩加「……僕は逆だと思うな」

 

沙希「えっ?」

 

彩加「川崎さんといる時の八幡の目、誰とも違ってたよ。少なくとも何とも思ってないってことはない」

 

沙希「…………」

 

彩加「でもたぶん八幡自身はその事をわかってないと思う。自分でも川崎さんをどう思っているかわからないんじゃないかな?」

 

沙希「…………」

 

彩加「僕の個人的な考えだけど他の女子、例えば雪ノ下さんや由比ヶ浜さんに川崎さんと同じ依頼をされたとしても引き受けなかったんじゃないかと思うよ」

 

沙希「そう……かな?」

 

彩加「うん、他の解決策を探すだろうね。だってそういう方法って八幡が嫌いそうだもの。選択肢がなかったらするだろうけど」

 

沙希(そういえば海老名に告白したのもとっさのことで他に方法が思いつかないからやむなくって感じなんだっけ)

 

沙希「…………戸塚は、あいつのことよく理解してるんだね」

 

彩加「それは川崎さんもでしょ? それに僕より川崎さんの方が信頼されてる」

 

沙希「どうして?」

 

彩加「だって僕、八幡の恋愛のトラウマなんて知らないもの」

 

沙希「!!」

 

彩加「そういったのがあるってのは知ってるよ。でも具体的な内容は知らない。川崎さんさっき『色々』って言ったよね? なら八幡から聞いてるんでしょ」

 

沙希「……うん。でもそれくらいなら雪ノ下達にだって」

 

彩加「違うよ。それは八幡風に言うなら黒歴史。トラウマじゃない。それなら僕も聞いてる」

 

沙希「…………」

 

彩加「知ってるんだよね? 根っこのとこにある八幡の本当のトラウマ。むしろそれを知っちゃってるから川崎さんは不安に思ってる」

 

沙希「うん……」

 

沙希(普段の会話でするような感じで、でもとても笑い飛ばせるような内容じゃない話を何度かされている)

 

沙希(あたしが言葉に詰まるとすぐに話題を変えていたけど…………あれは雪ノ下や由比ヶ浜にも話してないの?)

 

沙希(近しい女子みんなに話して牽制しているのかとも思ったけど、あたしにだけ?)

 

沙希(…………駄目だ、比企谷の意図がわからない)

 

彩加「川崎さんは八幡とどうしたくて、どうなりたくて僕に何を相談したいの?」

 

沙希「あたしは、できれば比企谷とちゃんとした恋人になりたいと思ってる…………でも、この想いが比企谷にとって苦痛になるなら今のままでもいい。ただ比企谷の考えがあたしにはわからない。だから比企谷と一番仲の良い戸塚に相談したの」

 

彩加「一番って言って貰えるのは光栄だね。僕から見れば今は川崎さんの方が一番だと思うけど…………ごめん、僕には今の八幡の考えはわからないや」

 

沙希「そう……」

 

彩加「少し前なら川崎さんとそういった関係になるのは拒絶してたと思う」

 

沙希「え?」

 

彩加「今は……だいぶ揺れている状態じゃないかな? トラウマと天秤にかけちゃうくらい川崎さんの存在は八幡にとって大きくなってる」

 

沙希(あたしと同じように…………比企谷の中ではあたしが大きくなってる?)

 

彩加「いずれにしても川崎さんがちゃんと考えて決めたことなら八幡は蔑ろにはしないよ。悪くなるってことはないんじゃないかな」

 

沙希「そう…………なんかごめんね、こんなことで煩わせちゃって」

 

彩加「ううん、相談してくれて嬉しいよ……川崎さん」

 

沙希「何?」

 

彩加「八幡をよろしくね」

 

沙希(お見舞いは川崎さんに任せるね、と言って戸塚は教室に戻っていった)

 

沙希(戸塚、か。見た目からは信じられないほど強いね。比企谷の近くにいるのもわかる気がする)

 

沙希(…………戸塚に相談とは言ったもののただ話を聞いてもらっただけに等しく、進展らしい進展はない)

 

沙希(でも心が少し軽くなったかな。とりあえずあたしにできることをしよう)

 

沙希(差し当たって今日の授業のノートをコピーして持って行ってあげるとしよっか)

 

沙希(………………)

 

沙希(放課後、あたしは比企谷の家の前にいた)

 

沙希「うー…………」

 

沙希(どんな顔をすればいいのか、何を言えばいいのかわからず、呼び鈴を鳴らすのを躊躇ってしまう)

 

沙希(ええい、女は度胸!)

 

沙希(何分か逡巡したあと、あたしは思い切って呼び鈴を鳴らした)ピンポーン

 

小町『はいはーい、沙希さんいらっしゃい。今開けますねー』

 

沙希(インターホンから小町の声がして少しほっとする。やっぱり御両親に会うより気が楽だ)

 

小町「こんにちはー、どうぞあがってください」ガチャ

 

沙希「ん、お邪魔するね」

 

沙希(玄関で靴を脱ぎ、家の中に入る)

 

沙希「比企谷の様子はどう?」

 

小町「夕べや朝よりはだいぶ楽になってるみたいですよ。呼吸も安定してますし」

 

沙希「そう」

 

沙希(階段を上がり、比企谷の部屋の前まで来る)

 

小町「さっきまた寝たばっかりなんで少し静かにお願いしますね」

 

沙希「うん、わかった」

 

沙希(少し安心した。比企谷の顔が見れて、会話しなくていいのなら。だって何を言えばいいかわからないから……)

 

沙希(本当なら謝りたいけど比企谷はそれをよしとしないだろうし)

 

小町「お兄ちゃん、入るねー」ソー

 

沙希(小町が小声で断りながら部屋に入り、あたしはその後に続く)

 

沙希(ベッドで少し顔を紅潮させて寝ている比企谷が目に入る。見た感じは確かにそこまで辛そうではないようだ)

 

沙希(あたしはそっと比企谷の頬を撫でた)

 

八幡「ん…………」

 

沙希(あ、やば。起こしちゃったかな)

 

八幡「…………」

 

沙希(わずかに瞼を開き、焦点の合っていない目であたしを見る)

 

八幡「さ……き……………」

 

沙希「えっ」

 

沙希(名前で呼ばれた? かと思うとあたしの方に腕を伸ばしてくる)

 

沙希(その手が首の後ろに回ったかと思った瞬間、ぐいっと引き寄せられた)

 

沙希「あっ……」

 

沙希(上半身を比企谷の身体に突っ伏し、強く抱きしめられる)

 

沙希「ちょ、ちょっと、比企谷?」

 

沙希(思いのほかその力は強くて抜け出せない。視界の端に驚きながらも笑っている小町の顔が見えた)

 

八幡「さき…………さきぃ……あさ、いけなくて……ごめんな」

 

沙希(あたしはそれを聞いてぴたりと抵抗をやめる)

 

沙希(…………なんであんたはこんな時にそんな心配してるのさ)

 

沙希(小町がそっと部屋を出て行ったのを確認し、あたしは比企谷の胸に顔を埋めたまま比企谷の頭を撫でる)

 

八幡「ん…………さ、き……」スゥ

 

沙希(たぶん寝ぼけていたのだろうけど、再び眠りに落ちた比企谷から力が抜ける)

 

沙希(なのにあたしはそこから動かず、比企谷に抱きしめられたまま比企谷の頭を撫で続けた)

 

沙希(早く良くなってまた朝迎えに来てよ……)

 

八幡「…………川崎?」

 

八幡(目を覚ましての俺の第一声はそれだった)

 

八幡(時計を確認するとそろそろ夕食といったところか。身体の方はだいぶ回復している。俺は上半身を起こした)

 

八幡(何故だろう? ついさっきまで川崎がここにいた気がする。抱きしめたような感触も。匂いも)

 

八幡(階下に降りると小町が夕飯の支度をしていた)

 

小町「あ、お兄ちゃん、大丈夫なの?」

 

八幡「おう、心配かけたな、腹減ったわ」

 

小町「もう少しで出来るから待っててね。栄養多めのうどん作ってるから」

 

八幡「ああ……なあ小町、今日ウチに川崎来た?」

 

小町「え、あ、えーと、お兄ちゃん寝てる間に今日のノートのコピー持ってきてくれたよ」

 

八幡「マジか、それはありがたいな…………えっと、俺の部屋に入ったりした?」

 

小町「ううん、来たがったけど風邪移しちゃいけないからって小町が止めといた。沙希さんに会いたかったら早くちゃんと完治させてね」

 

八幡「ん、そうか」

 

八幡(朧気なあれは…………やっぱり夢だったのか?)

 

小町(あんな真っ赤になって口止めされたら言うわけにいかないよね……てかお兄ちゃん沙希さんに会いたいっての否定しないんだ)

 

八幡(ここでぶり返したら厄介、ということで念の為に明日も休むことになった)

 

八幡(そのこととノートのお礼を伝えるために、夕飯の後川崎にメールを送る)

 

八幡(『ちょっと電話してもいいか?』送信っと)ピッ

 

八幡(ほどなくして川崎からOKのメールが来たので履歴から川崎の携帯にかける)

 

沙希『も、もしもし』

 

八幡「おう川崎か、俺だ、比企谷」

 

沙希『わかってるよ。あんたからの番号なのにあんた以外なわけないでしょ』

 

八幡「いやいや、この前はお前の携帯からだったのに大志が出たぞ」

 

沙希『あ…………うん』

 

八幡(あれ、何でしおらしくなったの? そこから色々連想しちゃった?)

 

八幡「今日ウチ来てノートのコピーくれたろ? 頼めるやつなんかいないから助かったわ、サンキューな」

 

沙希『いいよそれくらい。だってあたしのせいであんたが…………』

 

八幡「いや、お前のせいじゃねえって。だいたいあの日はお前の方が雨に打たれてる時間長かったろ? そんなお前がピンピンしてんのに俺が風邪引いたってのはちょっとな。だからむしろ原因は別にあったことにしてほしいんぐらいなんだが」

 

沙希『ふふっ、何それ』

 

八幡「ま、要約すると気にすんなって事だ。それより聞きたいんだけどお前今日ウチ来たんだよな。その時俺の部屋に入った?」

 

沙希『え、えっと、小町から聞いてない? 入ろうとしたら止められたんだけど』

 

八幡「うーん、そうか…………」

 

沙希『な、何かあったの?』

 

八幡「いや、お前がいたような気がしたんだけど、幻覚だったみたいだ」

 

沙希『ふふ、どんだけあたしに会いたがってんのさ』

 

八幡「そうだな。今声だけでも聞けて良かったぜ」

 

沙希『んなっ!? な、何を!?』

 

八幡「ははは、自分から言い出しといて戸惑ってんなよ」

 

沙希『もう……からかわないでよ』

 

八幡「でも残念ながら明日も念の為休めって言われてんだわ、悪いけど送り迎えは明後日からな」

 

沙希『ん、気にしないで。無理して来られるほうが心配だから』

 

八幡「おう。えっと、明日もノートお願いしていいか? 明後日の朝受け取るから」

 

沙希『任されたよ…………そういえばちょっと聞きたかったことあるんだけど、いい?』

 

八幡「あん? まあ答えられることなら答えるぞ」

 

沙希『あの時さ、あたしを公園で見つけてくれたじゃない? あれ偶然じゃないんだよね?』

 

八幡「ああ、通りかかったわけじゃなくて大志に聞いて探しに行った」

 

沙希『いや、そこじゃなくてさ、大志が言うには最初からあたしがあそこにいるってわかってたような口振りだったらしいじゃない。なんで?』

 

八幡「なんでって……お前がどう行動するか考えたらあそこが思い当たったんだが」

 

沙希『比企谷の家から結構距離あるよね。無駄足になるかもとか考えなかったの?』

 

八幡「正直無駄足であってくれと願ったよ。傘も持ってねえやつがあんなとこにいるのはなぁ……」

 

沙希『う……』

 

八幡「ま、最終的にお前に何もなくて良かったよ。家族の話し合いも穏便に済んだんだろ?」

 

沙希『うん…………あ、あのさ、比企谷』

 

八幡「膝枕」

 

沙希『やっぱりあんたにちゃんとしたお礼を…………え?』

 

八幡「今度さ、昼休みみたいに短時間じゃなくて本格的にお前の膝で寝てみたい。もし俺に礼なり詫びなり何かしたいと思ってんならこの願いを叶えてくれねえか?」

 

沙希『…………そんなの礼とか関係なく言えばしてあげるよ、比企谷なら』

 

八幡「こういう時でもねえと言いづらいんだよ察しろ」

 

沙希『ふふ……うん、わかった。今度の週末にでもしてあげる』

 

八幡「おう、じゃあせっかくだからまたどっか遊びに行くか」

 

沙希『いいの!?』

 

八幡「うおビックリした、何だよその食い付き」

 

沙希『あ、ごめん。でも比企谷からそんなふうに誘ってくれるとは思わなくて』

 

八幡「まあそうだな」

 

沙希『認めちゃうんだ……』

 

八幡「でもどこに行くかなんてプランは俺には立てらんねえぞ。川崎はどうだ?」

 

沙希『うーん……まだ時間あるし少し考えてみよっか』

 

八幡「だな。でもあんまり疲れるとこは勘弁してくれよ」

 

沙希『それはあたしもだよ。ま、あたしは比企谷と一緒にいられればどこでもいいけどね』

 

八幡「そうだな、俺も川崎といられりゃいいわ」

 

沙希『………………』

 

八幡「………………」

 

沙希『ごめん、今のなしで』

 

八幡「俺もなかったことにしといてくれ」

 

八幡(失言ってレベルじゃねーぞ!)

 

沙希『あ、そうだ、これ言っとかないと』

 

八幡「何だ?」

 

沙希『ごめん、あたし今日浮気した。他の男子と昼ご飯食べたんだけど』

 

八幡「あー……いやまあそれくらいは。俺だって由比ヶ浜と食ったことあるし…………いや、でも」

 

沙希『戸塚となんだけど』

 

八幡「はあああぁぁぁ!!? ふざけんなよテメェ!! 何にもしてねえだろうな!? 手を出したらただじゃおかねえぞ!!」

 

沙希『予想通りどころか予想以上の反応だね…………何にもしてないしされてないよ。あんたが休みの理由を聞かれてその流れで一緒にしただけさ。つまりあんたが原因だから責めるなら自分を責めな』

 

八幡「ぐっ……と、戸塚はどうだった? 俺に関して何か言ってたか!?」

 

沙希『必死過ぎて怖いんだけど……まあ心配はしてたよ。明後日からこれそうって明日伝えといてあげるから』

 

八幡「そ、そうか、心配してたか。お詫びに今度何か奢ってやらないと」

 

沙希『比企谷、あたしも心配してるんだけど』

 

八幡「ん、ああ。んじゃ今度頭撫でてやろう」

 

沙希『え、あ、うん、それでお願い(やった!)』

 

八幡(その後軽くお喋りしてから電話を切った)

 

八幡(………………)

 

八幡(本当に夢だったのかアレ)

 

八幡(確かに川崎を抱きしめたような記憶と感触があるんだが)

 

八幡(ひょっとして空想具現化能力にでも目覚めたか?)

 

八幡(よし、戸塚を出してみよう)

 

八幡(…………)ムムムム

 

八幡(出るわけねえか、アホらし)

 

八幡(結構寝たけどまだ少しダルいし横になっとくか)

 

八幡(あ、今日川崎を名前で呼んでねえ)

 

八幡(幻覚の中では呼んだけど……よし)

 

八幡「お休み、沙希」ボソッ

 

八幡(………………)

 

八幡(何言ってんだ俺は…………寝よ寝よ)

 

八幡「もうとっくに昼回ってんのか……」

 

八幡(目が覚めて時計を確認し、俺は上半身を起こす)

 

八幡(昨晩は目を閉じると何故か川崎の顔が浮かび、色々考えてしまってまともに寝付けなかったのだ)

 

八幡(その上アレやコレやを思い出してしまい、ついつい自家発電にも励んでしまった…………いや、本人の許可もらってるし別にいいよね)

 

八幡(川崎でするのは今までよりずっと気持ち良かった…………いやまあさすがに川崎の手を使った時ほどじゃないけど)

 

八幡(何か川崎のことばっか考えてんな……気晴らしに外に出るか。家にいるよりはマシだろ)

 

八幡(いつもなら自転車で来るようなとこだが、ぶらぶらと歩いて駅前や本屋を巡る)

 

八幡(それでも時々ふっと川崎の顔が頭をよぎるのだ)

 

八幡(服屋を通りかかったらあいつに似合うかななんて考え、弁当屋を通りかかるとあいつの手作り弁当の味を思い出す)

 

八幡(何でだよ……本物の恋人じゃねえのに)

 

義輝「おお、そこにいるのは我が盟友、八幡ではないか!」

 

八幡「あ? なんだ材木座か。どうしたこんなとこで」

 

義輝「いやそれは我のセリフであろう? お主学校を休んでいたではないか。そなたがいないから我の依頼が断られてしまったのだぞ!」

 

八幡「ややこしいから二人称は統一しやがれ。まあちょっと体調崩してな、今は治ったから気晴らしに散歩してるだけだ」

 

義輝「ふむ……ではどうだ、我と一緒にゲーセンでも行かぬか?」

 

八幡「あー……たまにはいいか。暇だし付き合ってやんよ」

 

義輝「おお! 実はちょっと格ゲーで頼みたいこともあるのだ。無論礼はするから手伝ってくれ」

 

八幡(一人でいるよりはマシかと思い、俺は材木座の誘いに乗ってゲーセンに向かう)

 

義輝「これは少しゲーセン仲間には頼みづらくてな、よろしく頼むぞ」

 

八幡「おう」

 

八幡(まだ夕方前のため誰もプレイしてない某2D格闘ゲーム材木座がやり始め、俺はそれに乱入した)

 

八幡(俺は延々と投げを仕掛け、材木座はそれを投げ抜けでかわす。材木座の依頼による、チャレンジモード達成のための行動だ)

 

八幡(まあ1プレイで投げ抜けを三十回やれってのは結構な実力がないと難しいだろうな。しかし[ピザ]で喋りのウザいやつが持ちキャラって…………)

 

義輝「手間を取らせたな八幡、しかしおかげで達成できた! 飲み物でも奢ろうではないか!」

 

八幡(嬉しいのか少々テンションの高い材木座だ。まあゴチになっとくか)

 

義輝「受け取るがいい」ポイ

 

八幡「おう、サンキュ」パシ

 

八幡(休憩用のベンチで待っていると材木座がマッ缶を買ってきて俺に放り投げる)

 

義輝「ときに八幡よ」

 

八幡「あん?」

 

義輝「我で良ければ相談にのるぞ?」

 

八幡「あ? なんだよ突然」

 

義輝「お主の様子がおかしいことなど我の眼力にかかればすぐに見抜ける。他に見破れるとしたらせいぜい家族か奉仕部の連中か生徒会長、戸塚嬢くらいのものよ」

 

八幡(俺の交際関係ほぼすべてなんですがそれは。それと戸塚は男な。気持ちはわかるが)

 

義輝「あとは川崎女史か」

 

八幡「…………」

 

義輝「近しい人にこそ出来ぬ相談もあろう? 我には言いふらす相手もおらぬゆえ秘密厳守には自信がある」

 

八幡(どこかで聞いたようなセリフだ。あ、俺でしたね)

 

義輝「まあ無理にとは言わぬ。しかし迷ったり悩んだりした時には我と言わずとも誰かを頼っても良いのだぞ。昔ならいざ知らず今の八幡は一人ではないゆえに」

 

八幡(………………)

 

八幡(誰だコイツ?)

 

八幡(あまりの衝撃か俺は血迷ったことを口走った)

 

八幡「じゃあ……ちょっと聞いてくれるか?」

 

八幡(俺は材木座にかいつまんで話をした)

 

八幡(ここ最近のことと、俺の心情をやんわりと)

 

材木座「ふむ…………」

 

八幡(材木座は茶化すでもなくただ黙って俺の話を聞いていた)

 

八幡(しばらく沈黙が続いた後、材木座が口を開く)

 

材木座「要約すると八幡は本物を求めており、今の川崎女史との偽物の関係が嫌だ。しかし今の関係が本物になったとして、偽物から始まったそれが本物と言っていいかわからない。そういうことで合っておるか?」

 

八幡「まあ……だいたいは」

 

義輝「馬鹿らしい」

 

八幡「何!?」

 

義輝「他人からすれば何をそんなどうでもいいことで悩んでおるのだという気しかせん。もっともお主はこれまでこういった局面に出くわしたことがないゆえ、仕方ないのかもしれぬがな」

 

八幡「………………」

 

義輝「そもそも本物と偽物の区別など誰が付けるというのだ。当事者である八幡自身ではないか。お主が川崎女史の事を好いておるのは間違いないのだろう?」

 

八幡「ああ、それは断言する。俺は川崎が好きだ」

 

義輝「例え偽物だったとしてもその中にある本物まで否定しかねん行動をするのはどうかと我は思うぞ」

 

八幡「…………」

 

義輝「ひとつ質問といこう。本物と、本物そっくりで誰が見ても区別のつかない偽物、どっちが価値があると思う?」

 

八幡「……そりゃ本物だろ。まあ物によっては同価値なのもあるかもしれねえが」

 

義輝「普通はそうだな。だが、この場合偽物の方が価値があるという意見もある」

 

八幡「は? 何でだよ、さすがに納得できねえぞ」

 

義輝「同価値という意見には納得できるか?」

 

八幡「まあそれなら」

 

義輝「偽物にはそれに加えて本物に近付こうとする過程が、意思が、気概があった。その分だけ本物より尊い…………もちろん屁理屈かもしれぬが、一蹴するほどでもなかろう?」

 

八幡「…………」

 

義輝「いいではないか偽物でも。それが本物以上に価値があるのなら。あるいは本物以上にしてしまえば」

 

八幡「材木座…………」

 

義輝「なあに、もし川崎女史にフられたら我のところに来い。本物である三次元の女を捨て、偽物の二次元の萌えキャラ世界に共に旅立とうではないか!」

 

八幡「台無しだ! ……いや、でもサンキューな、何か悩んでんのがアホらしくなってきたわ」

 

義輝「けぷこんけぷこん、それは重畳。ところでお主このあと用事があるのではないか?」

 

八幡「え?」

 

義輝「ないのか?」

 

八幡「…………いや、あったわ。悪いけど今日はここで」

 

義輝「うむ、我はゲーセン仲間と待ち合わせしておるゆえ別れの時だ、また明日の闘いの時に手を組もうではないか」

 

八幡「ただの体育の二人組だろ……じゃあまた明日」

 

八幡(俺がそこを去ると同時に何人かが材木座のもとに歩いていく。あれがゲーセン仲間とやらのようだ)

 

八幡(店を出るときに振り返ると彼らは楽しそうに談笑していた。今日は材木座の意外な面をいくつも見たな)

 

八幡「今度からもうちょっとちゃんと相手してやるか…………」

 

八幡(俺はそう呟いて歩き始めた)

 

八幡(俺は少し時間を潰してから目的地に向かう)

 

八幡(やがてそこに辿り着き、スマホを取り出して電話をかける)

 

沙希『はい、もしもし』

 

八幡「俺だ、今お前家にいるか?」

 

沙希『うん、夕飯の支度中だよ。どうかした?』

 

八幡「そうか。悪いけど少しだけ出て来れねえか? 今お前の家の前にいる」

 

沙希『え? ちょ、ちょっと待ってて!』

 

八幡(すぐに玄関から川崎が出てきた…………エプロンを着けたまま)

 

沙希「どうしたのさ突然…………あっ」

 

八幡(俺の視線に気付いたか慌てて後ろ手にエプロンの紐を外そうとする。それに構わず俺は川崎に近付き、川崎を抱きしめた)

 

沙希「え? ひ、比企谷?」

 

八幡(川崎が戸惑った声を上げる。しかし逃げたり抵抗したりはしない)

 

八幡(少し強めに抱きしめても何も言わず、俺の腕の中でじっとしている…………いや、おずおずと腕を上げ、ゆっくりと俺の背中に回してきた)

 

八幡(しばらくそうした後、俺は力を抜いて一歩下がり、川崎を解放する)

 

沙希「あ…………」

 

八幡「すまん、突然変なことして」

 

沙希「ううん、いい…………もう、身体大丈夫なの?」

 

八幡「ああ。明日からは普通に学校行くつもりだ。朝、迎えに来るからな」

 

沙希「うん」

 

八幡「悪いな、飯の支度中だったんだろ? もう帰るから」

 

沙希「えと、け、結局比企谷は何しに来たの?」

 

八幡「決まってんだろそんなの」

 

八幡(俺は川崎をまっすぐ見ながら答える)

 

八幡「お前に会いたかったから会いに来たんだよ、沙希」

 

八幡(しどろもどろになった川崎にまた明日、と言って俺は帰路につく)

 

八幡(決めた。もう迷わない)

 

八幡(今週末に会う約束、デート)

 

八幡(その時に俺は川崎に想いを告げる)

 

八幡(結果がどちらに傾いても恋人ごっこはそこで終わりだ)

 

八幡「ただいま」

 

小町「おかえりお兄ちゃん、どこ行ってたの? 身体はもう平気?」

 

八幡「ああ、もう大丈夫だ。ちょっと気晴らしに外にな」

 

小町「お兄ちゃんがわざわざ外に出るなんて…………あー、わかったー、沙希さんに会いに行ってたんでしょー……なーんて」ニヒヒ

 

八幡「ん、そうだ。よくわかったな」

 

小町「え」

 

八幡「あ、ついでだからノートのコピーもらえばよかった。顔見ることばっか考えてたから忘れてたわ」

 

小町「お、お兄ちゃん? ホントにお兄ちゃん? それともまだ体調悪い?」

 

八幡「何でだよ……あー、川崎んち歩きだとちょっと遠かったから疲れた。部屋で休んでっからメシ出来たら呼んでくれ」

 

小町「あ、うん、わかった」

 

小町「………………」

 

小町(た、大志君に連絡取らなきゃ!)

 

八幡「いただきます」

 

小町「いただきまーす」

 

八幡「うむ、相変わらず小町のメシは美味いな」モグモグ

 

小町「えへへ、ありがと。そんなふうに珍しく素直に言ってくれるお兄ちゃんポイント高い!」

 

八幡「俺はいつも素直だろ。世の中の方が嘘や欺瞞ばかりだ」モグモグ

 

小町(大志君によれば明らかに沙希さんの様子がおかしかったらしい。誰かから電話かかってきて五分くらい外に出たあとみたいだけど…………やっぱりお兄ちゃんなのかな?)ジー

 

八幡「?」

 

小町「じゃあその素直なお兄ちゃんに質問! お兄ちゃんは沙希さんのことをどう思ってるの?」

 

八幡「好きだぞ」

 

小町「へ?」

 

八幡「もちろん一人の女性としてな。あ、でもまだ誰にも言うなよ。今週末に告白するつもりなんだから、その前にバレてると興醒めだからな」

 

小町「え、ええー、えー?」

 

八幡「何だよ?」

 

小町「…………お兄ちゃん、どういう心境の変化?」

 

八幡「いや、好きだったのは多分前々からだぞ。ただそれをはっきり自覚しただけだ」

 

小町「そうじゃなくって、その…………恋愛に関して」

 

八幡「んん?」

 

小町「お兄ちゃん……人を好きになるの、怖くないの?」

 

八幡「怖えよ、怖くてたまんねえ」

 

小町「…………」

 

八幡「でもそれ以上にこのまま俺の気持ちを伝えられない方が嫌だ。例えフられたとしても川崎には俺の想いを知ってもらいたい」

 

小町「……もう、トラウマは大丈夫なの?」

 

八幡「…………クラスメートがな、言ってたんだ。俺達くらいの年代の恋愛なんて『恋に恋する』とか、『ステータスとして』とか、『憧れ』とか、そういうのばっかりだって」

 

小町「あー……わかる気がする」

 

八幡「俺も中学ん時とかはそうだったんだろうな。だからちょっとしたことで惚れたり勘違いしたりでコロコロ心変わりして、負の要素ばかり溜め込んで、傷ばかり増やして、後悔ばかりして、こんなふうになっちまった」

 

小町「お兄ちゃん……」

 

八幡「でもな、今回は違うんだよ。例えこっぴどくフられたって、バカにされたって、絶対に後悔はしない。トラウマにもならない。自信を持ってあいつを、川崎沙希を好きになって良かったって言える」

 

 

八幡「俺は生まれて初めて本気で人を好きになったんだよ」

 

小町「お兄ちゃん……お兄ちゃぁぁん!」グスグス

 

八幡「おいおい、何でお前が泣くんだよ」

 

小町「だって、だってあのお兄ちゃんがぁぁ」エグエグ

 

八幡「仕方ねえやつだなまったく」

 

八幡(俺は箸を置いて小町のそばに立ち、頭を撫でてやる)

 

小町「あの捻くれててなんだかんだ素直じゃないあのお兄ちゃんがぁぁ」エグエグ

 

八幡「はは、言い返せねえな」

 

小町「ぼっちで友達いなくていつも独りでネットゲームですらソロプレイのあのお兄ちゃんがぁぁ」エグエグ

 

八幡「…………」

 

小町「働きたくないから専業主夫希望なんて世の中舐めた事言ってヒキコモリって指差されてもなにも言い返せないほど動かないヘタレのあのお兄ちゃんがぁぁ」エグエグ

 

八幡「ねえ、そろそろやめない? 俺の方が泣いちゃうよ?」

 

小町「でもでも、ちょっとクサかったけどすごい心に響いたよ。沙希さんに聞かせてあげたかった!」

 

八幡「やめろ、これはお前だから話したんだ。川崎には好きって気持ちだけ伝えるさ」

 

小町「うん、大丈夫だよ絶対! 沙希さんもきっとお兄ちゃんのこと好きだってば!」

 

八幡「だったら嬉しいな」フッ

 

小町「うわー……ホント素直になったんだ」

 

八幡「開き直ったとも言うかな? フられたって構わねえってのは半分本気だし」

 

小町「もう半分は?」

 

八幡「一週間くらい部屋の隅に座って落ち込む」

 

小町「うわあ……じゃあ何としても告白を成功させないとね! 週末告白って言ってたけど何かあるの?」

 

八幡「一応どっか出掛けようかって話はしてある。プランはまた打ち合わせようってことになってるな」

 

小町「よし、じゃあ小町がアドバイスするよ!」

 

八幡「いや、いらねえ」

 

小町「え?」

 

八幡「悪いけどこれは俺と川崎だけで決めたいんだ…………だから小町には別のこと、服のコーディネートとかを相談したいんだが」

 

小町「お兄ちゃん……わかった任せて! 前回より更に力を入れるよ!」

 

八幡「おう、よろしく頼むわ」

 

八幡(今日は久々の学校だ)

 

八幡(つまり川崎の送り迎えも久々なわけで、自然とペダルを漕ぐ足が急いてしまう)

 

八幡(おっと、ちょうど出てきた)

 

八幡(もう迷わないって決心したしな。少しでも好印象を与えるために爽やかな挨拶をせねば)

 

八幡「お、おおおおおはよう川崎、今日もいい天気、だな!」

 

沙希「…………何キョドってんの?」

 

八幡(やり直しを要求したい)ズーン

 

沙希(今度は落ち込みだした?)

 

八幡「…………何でもねえ。行くから後ろ乗れよ」

 

沙希「いや、何でもないってあんた」

 

八幡「何でもねえ」

 

沙希「はいはいわかったわかった。んじゃお邪魔するよ」

 

八幡「ん」

 

八幡(川崎が荷台に座り、俺の身体に掴まったのを確認してペダルを漕ぎ出す)

 

八幡(やっぱりらしくねえことをするもんじゃねえのかなあ…………)キコキコ

 

八幡(ま、週末告白はするんですけどね。いくららしくなくても)キコキコ

 

八幡(そしていつもの公園に到着)キキッ

 

沙希「ん、ありがと」

 

八幡「おう。じゃ、先行ってる」

 

沙希「あ、待って。今のうちに聞いときたいんだけど」

 

八幡「ん、何だ?」

 

沙希「昨日のあれさ」

 

八幡「あ、ああ」

 

沙希「身体はもう何ともないってのを少しでも早く見せようってことだったの? あたしが気にしないように」

 

八幡「…………違えよ。言ったろ、ただお前に会いたかったんだって。他に何の理由もねえよ」

 

沙希「そ。ならそう思っとく」

 

八幡(本心なんだけどなあ)

 

沙希(ほ、本心だったらどうしよ)ドキドキ

 

八幡「ま、いいや。またあとでな」

 

沙希「うん、またあとで」

 

八幡(教室に到着。あ、川崎からノートのコピーもらってねえや)

 

結衣「あ、ヒッキーやっはろー! もう身体大丈夫なの?」

 

八幡「おう。ちょっと風邪気味だっただけだ、大したことねえよ」

 

結衣「そっか、良かった」

 

彩加「あ、八幡おはよう。風邪大丈夫?」

 

八幡「おお戸塚! おはよう! この通りもう全快だ! 心配かけてすまなかったな、お詫びに飲み物でも奢ろうか? なに遠慮するな、俺達の仲じゃないか」

 

結衣「ちょっとヒッキー!? あたしと反応が違い過ぎない!?」

 

彩加「あはは、治ったみたいで良かった。川崎さんも心配してたよ」

 

八幡「そういやあいつと昼飯食ったんだってな。何もされてないか? 脅されててもすぐに言え、ちゃんと話つけとくから」

 

沙希「…………あんたあたしを何だと思ってるの?」

 

結衣「あ、サキサキおはよう」

 

彩加「おはよう川崎さん」

 

沙希「ん、おはよ。比企谷、はいこれ」

 

八幡(川崎はカバンから紙袋を取り出して俺に突き出す)

 

八幡「ああ、ノートのコピーか。サンキューな」

 

沙希「ん」

 

八幡(それだけのやり取りをして川崎は自分の席に向かう)

 

八幡(が、川崎を見る戸塚の目がやけに優しげなのが気になった)

 

八幡(マジで浮気してねえだろうな…………なんてな)ククッ

 

彩加・結衣「?」

 

沙希「はい、今日の分」

 

八幡「おう。ほいお前の分」

 

沙希「ん」

 

八幡(昼休み。俺が弁当を受け取り、飲み物を川崎に渡してベンチに座る。いつものやり取り)

 

八幡(最近は食べる場所がベストプレイスでなく中庭のこっちになってるな)

 

八幡「ちょい久しぶりにいただきます、っと」

 

沙希「うん、召し上がれ」

 

八幡(俺は早速玉子焼きに箸を伸ばす…………うん、甘くなくて味付けがしっかりしてて美味い。もうすっかりこれの虜になっちまってるな)モグモグ

 

八幡(どれ、もう一つ……と思ったところで川崎の箸が俺の弁当箱に伸びてきた)

 

八幡(そのまま玉子焼きを掴み、俺の口に持ってくる。こ、これは!?)

 

沙希「はい、あーん」

 

八幡「え、えと……」

 

沙希「どうしたのさ、口開けなよ」

 

八幡「あ、あーん」

 

沙希「ほら……ふふ、美味しい?」

 

八幡「お、おう」モグモグ

 

八幡(甘くないのに甘い気がする……くそ、やり返してやる!)

 

八幡(今度は俺が川崎の弁当箱に箸を伸ばし、ウインナーを掴む)

 

八幡「川崎、あー……」

 

沙希「はむっ、ん、おいし」モグモグ

 

八幡(俺が言い終わる前に…………)

 

八幡(川崎は恥ずかしがり屋な面もあるが、結構恥ずかしい事を平気でやる)

 

八幡(多分どこまでなら平気というラインがあり、キャパシティを超えるとその面が顔を見せるのだろうが……まあメシ時にちょっかい出すのは止めとくか)モグモグ

 

沙希「ごちそうさま」

 

八幡「俺もごちそうさまだ。今日も美味かった」

 

沙希「ん、お粗末さまでした」

 

八幡(川崎は空の弁当箱を俺から受け取るとそれを包みにしまう)ジー

 

沙希「ん? …………ふふ、いいよ、おいで」

 

八幡(川崎は俺の視線に気付くとベンチの端に寄り、微笑みながら太ももを叩く)

 

八幡(そういう意味で見ていたのではないが、せっかくだししてもらうか)

 

八幡「じゃあちょっとお邪魔するわ」

 

八幡(俺はベンチに仰向けになって頭を川崎の太ももに乗せた)

 

沙希「ん、いらっしゃい」ナデナデ

 

八幡(早速頭を撫でてくる。しかし…………)

 

沙希「?」ナデナデ

 

八幡(ホントこうして見ると巨乳だなこいつ。胸が邪魔で顔がまともに見えん…………ん? 何だ?)

 

沙希「あ、ごめん、あたしの」

 

八幡(振動を感じたと思ったら川崎がポケットから携帯を取り出した。メールらしい)

 

八幡「何かあったか?」

 

沙希「ん、今日あたしが京華を園に迎えに行ってくれってさ……一回家に帰るのも面倒だしちょっと図書室で時間潰してから行こ」

 

八幡「さーちゃんは大変だな」

 

沙希「さーちゃん言うな」ペシ

 

八幡(実際はそんな苦だなんて思ってもいないだろうけど)

 

沙希「ん、よしっと……あっ」

 

八幡(川崎はメール返信したあと携帯をしまおうとし、手が滑ったのか携帯を取り落とした)

 

八幡(その落とした場所が微妙にまずかった。川崎から見て俺の顔の向こう側だ。つまり携帯を取ろうとしてとっさに手を伸ばして身体を倒すと……)

 

八幡「んぐっ!」ムギュッ

 

八幡(俺の顔に川崎の豊満な胸が思いっきり押し付けられてしまうわけで)

 

沙希「あ、ごめん比企谷。痛くなかった?」

 

八幡「………………」

 

沙希「比企谷?」

 

八幡「う……」

 

沙希「?」

 

八幡「うわあああああ!」

 

沙希「ひ、比企谷っ!?」

 

八幡(俺は色々いっぱいいっぱいになり、起き上がってその場から全力で走って逃げ出した)

 

八幡「くそ、川崎のやつ無防備すぎだろあれは…………」

 

八幡(俺は男子トイレの個室で一人ごちた)

 

八幡(別に抜きに来たとかそういうわけじゃない。ただ完全に一人になれる場所にいたかったのだ)

 

八幡(川崎のあの無防備さは俺相手だからなのか……?)

 

八幡「はぁ…………」

 

八幡(小町には昨日かっこつけたものの、いざ川崎本人を目の前にしたらこれだ)

 

八幡(やっぱりそんな簡単には変われねえのかなあ)

 

八幡(いやいや、そんなことはねえ。現時点ですでに俺は変わってる。その自信も自覚もある)

 

八幡(とりあえずあとで川崎に謝らねえと)

 

八幡(しかしやっぱりあいつデカかったな、そして柔らかかった)

 

八幡(……まだ昼休みが少しあるな)

 

八幡(……………………)

 

八幡(……………………)

 

八幡(………………ふぅ)

 

八幡(どうして世の中から戦争はなくならないんだろうか)ジャー

 

八幡(…………とりあえず教室に戻るか。五限が始まってしまう)

 

八幡(とりあえず『さっきはすまん』とメールを送っておいた。『うん』とだけの短い返信が来たが、川崎のデフォルトはこんなもんだ)

 

八幡(放課後になってもう一回直接謝っておこうと思ったが、二日休んでた間の連絡事項のために担任に呼び止められ、その間に川崎は教室を出て行ってしまった)

 

八幡(まあいいか、どうしてもってわけじゃないし。明日の朝にでも言っとこう)

 

八幡「うっす」ガラガラ

 

八幡(奉仕部部室のドアを開けるとすでに俺以外の部員が揃っていた)

 

結衣「あ、ヒッキーやっはろー」

 

雪乃「こんにちは風邪引き谷君」

 

いろは「こんにちはー。風邪だなんて先輩意外と軟弱なんですね」

 

八幡(訂正。部員でないやつも揃っていた)

 

八幡「意外とって何だよ。俺は結構デリケートなんだぞ」

 

いろは「えっ? バリケード?」

 

八幡「どんな聞き間違いだよ……生徒会とサッカー部はどうした?」

 

いろは「そんなに忙しくないからもうちょっとあとでも大丈夫です。先輩が久しぶりに登校するって聞いて可愛い後輩が会いに来てあげました。嬉しいですよね?」

 

八幡「はいはいあざといあざとい」

 

いろは「あざとくないですっ」

 

八幡(俺はカバンを置いて椅子に座る。そのタイミングで雪ノ下が立ち上がった)

 

雪乃「比企谷君、紅茶を淹れるけどあなたも飲むかしら?」

 

八幡「ん、ああ、頼んでいいか」

 

八幡(…………見ると由比ヶ浜や一色にもまだカップは出されてない。ひょっとしてみんな俺が来るのを待っててくれたんだろうか)

 

雪乃「どうぞ」コトッ

 

八幡「おう、サンキュー」ズズッ

 

結衣「ゆきのんありがとー」

 

いろは「ありがとうございます雪ノ下先輩」

 

八幡(少し久々の雪ノ下の紅茶。意外と俺は学校に来る楽しみが多いらしい)

 

雪乃「そういえば比企谷君、二日とはいえその間の授業は大丈夫なのかしら? な、なんなら私が教えてあげても……」

 

八幡「ん? ああ、いや、大丈夫だ。川崎にノート取っといてもらったから」

 

雪乃「そ、そう」

 

八幡「まあわかんないとこあったら頼むわ……せっかくだから今ちょっと見とくか」

 

いろは「ほえー、先輩って意外と真面目なんですね」

 

八幡「さっきから意外とって言い過ぎだろ。俺は目と性格と数学以外は高スペックなんだよ…………おっと」バサバサ

 

八幡(一色にツッコミを入れていたらカバンから目を離してしまい、中身をぶちまけてしまった)

 

結衣「あれ…………?」

 

雪乃「どうしたの由比ヶ浜さん?」

 

結衣「ヒッキー、それ……」

 

八幡(由比ヶ浜が指したのは零れた中身の紙袋からはみ出たジャージだった)

 

結衣「その袋、朝サキサキから受け取ってたやつだよね……ジャージってどういうこと?」

 

八幡「あー…………」

 

八幡(何か面倒くさい事になりそうだな)

 

雪乃「比企谷君、どういうことかしら? 説明してちょうだい」

 

八幡「…………嫌だ」

 

雪乃「!」

 

八幡「勘違いすんなよ、別にやましいことがあるってわけじゃねえ。ただ俺じゃなく川崎のプライベートな問題も絡んでるから俺が勝手に話すわけにはいかねえってことだ」

 

いろは「プライベートって…………」

 

八幡「言っとくけど真面目な話だ。訳あって川崎をウチに泊めた事があってな、そん時に貸したんだよ」

 

結衣「と、泊まったの!? ヒッキーの家に!?」

 

八幡「ああ」

 

雪乃「あなた何を考えてるの? 仮にも年頃の女性を泊めるなんて」

 

八幡「だからやむを得ない事情があったって言ってんだろ」

 

結衣「どんな事情があればヒッキーのおうちに泊まることになるの!?」

 

八幡「それは言えねえってば」

 

いろは「先輩! 川崎先輩には何もしてないですよね!?」

 

雪乃「川崎さんが気付いてないだけで何かしている可能性はあるわね」

 

結衣「サキサキもどっか泊まるならあたしに言ってくれればいいのに!」

 

八幡「…………」

 

八幡(俺って本当に信用されてねえんだなあ)

 

八幡(女性陣の口々にちょっと悲しくなってきたぞ…………)

 

八幡(ていうか俺自身あれは余計なことをしたんじゃないかと思い始めてきた)

 

八幡(川崎自身が望み、親御さんが許可したとは言え、無理にでも自宅に帰らすべきだったのではないだろうか)

 

八幡(あるいは他の女子を頼るべきだったのではないか)

 

八幡(雪ノ下や由比ヶ浜なら助けてくれただろうし、海老名さんあたりだって力になってくれたはずだ)

 

八幡(あの時は頭に浮かばなかったが、俺は無意識に川崎と二人っきりになれるという状況を選んでしまったのでは…………)

 

結衣「ヒッキー! ヒッキーってば!」ユサユサ

 

八幡「え? お、おう」

 

八幡(何やら考え込んでしまったようで由比ヶ浜に身体を揺すられるまで周りの声が耳に入っていなかった)

 

八幡(が、それをどう捉えたのかみんな神妙な顔付きになっている)

 

雪乃「あ、あの、少し言い過ぎたかもしれないわ…………その」

 

八幡「悪い」ガタッ

 

八幡(雪ノ下が何か言いかけたが、それを遮って俺は立ち上がる)

 

八幡「ちょっと今日は帰らしてもらうわ」

 

結衣「ヒッキー!」

 

いろは「先輩!」

 

八幡(皆が呼び止めようとするのを振り切り、俺はカバンを掴んで部室を出た)

 

八幡(まだ放課後になってそんなに時間は経ってない。ならばまだいるかもしれない。俺は早足で歩く)

 

八幡(図書室の入口が見えたところで、ちょうどその入口から川崎が出て来た)

 

八幡「川崎!」

 

沙希「え、比企谷? 奉仕部はどうしたのさ?」

 

八幡(俺が川崎に駆け寄ると驚いた表情をする)

 

八幡「抜けてきた。ちょっと話したいことがあるんだが、一緒に帰っていいか?」

 

沙希「あたしは構わないけど…………でも京華を迎えに園に行くんだよ?」

 

八幡「ああ。なんなら園まで自転車で送ってくぞ?」

 

沙希「それだとちょっと早いかな……歩いて行かない? 話、あるんでしょ?」

 

八幡「わかった。自転車取ってくるから校門で待っててくれ」

 

沙希「はいよ」

 

八幡(俺は一旦川崎と別れ、駐輪場に向かう)

 

八幡(自転車を押して校門を出、塀に寄りかかっていた川崎に声をかける)

 

八幡「わり、待たせたな」

 

沙希「いいよこんくらい。行こっか」

 

八幡「ああ、ほら」

 

八幡(俺が手を伸ばすと川崎は一瞬考え、すぐに得心したようにカバンを俺に渡してくる)

 

八幡(俺はそれを受け取り、自転車の前カゴに入れた)

 

沙希「ん、ありがと」

 

八幡「おう、行こうぜ」

 

八幡(俺と川崎は並んで歩き出す。えーと、こういう時は男が車道側、だったな)

 

沙希「で、話って何?」

 

八幡「あー……まず昼休みのことなんだけど」

 

沙希「うん、あれ何だったの? 突然どっか行っちゃって」

 

八幡「ああ、えっとだな…………」

 

八幡(…………あれ? 何て説明しよう?)

 

八幡「………………」

 

沙希「?」

 

八幡(……まあ正直に言っとくか)

 

八幡「いや、あん時さ、お前携帯取ろうとして屈んだだろ?」

 

沙希「うん、それが?」

 

八幡(何でこんな平然としてんだよ……)

 

八幡「その…………俺の顔に胸が思いっきり押し付けられたのが、その、な」

 

沙希「…………えっ!?」ババッ

 

八幡「えっ?」

 

八幡(とっさに両腕を交差させるように川崎は自分の胸を隠す仕草をする。もしかして気付いてなかったのか?)

 

八幡(てか何? 顔を赤らめてからのその反応。可愛くて好きになっちゃうじゃねえか。もうなってるけど)

 

八幡「だから、嫌ってわけじゃねえんだけど……ちょっと対応に困って、つい逃げちまったんだ、すまん」

 

沙希「う、うん、なんかごめんね」

 

八幡「いや、別にお前が謝るようなことじゃないだろ。むしろその、ごちそうさまっていうか…………とりあえず気にすんな。忘れようぜ」

 

沙希「わ、わかった……でも、その……別に、今夜にでも、アレに使っていいからね」

 

八幡「お、おう」

 

八幡(何言っちゃってんのこの子!?)

 

八幡(まあまさか既に使わせてもらったなんて夢にも思わないだろうが)

 

八幡「コホン……んで話は変わるけどさ、実はさっき部室でお前をウチに泊めたのがバレたんだ」

 

沙希「え、そうなの?」

 

八幡「ああ。朝お前から受け取った袋の中身を見られてな、ジャージのことを問い詰められて…………すまん」

 

沙希「ふうん……で、それがどうかしたの?」

 

八幡「えっ?」

 

沙希「えっ?」

 

八幡「だって、お前、男のいる家で一晩過ごしたなんて知られたくないだろ」

 

沙希「いや、別に…………ちゃんと事情があったわけだし。その辺説明すればわかってくれたんじゃない?」

 

八幡「説明なんて出来ねえって。お前のプライバシーもあるし…………それにどんな理由があっても女子を泊めるのはどうかって思い始めてな」

 

沙希「あたしは構わないのに……じゃあ結局雪ノ下達には何て説明したの?」

 

八幡「別に何も。途中で逃げてきたからな」フフン

 

沙希「何で得意気なのさ……でも比企谷、あんた色々言われてんでしょ、あたしのことは気にせず説明したっていいよ」

 

八幡「いや、それはなあ…………」

 

沙希「じゃ、あたしが自分で説明する」

 

八幡「え、お前が?」

 

沙希「うん、あたしも明日奉仕部に行くよ。大丈夫、悪いようにはしないから」

 

八幡「じゃあまあ……よろしく頼む。あいつらに延々と問い詰められるのは精神上良くないからな」

 

沙希「はいはい。ところでさ、週末どっか出掛けるってのどうする?」

 

八幡「ああ、一応少し考えたけど……お前は?」

 

沙希「あたしは考えたけど思い浮かばなかった…………いや、正直なことを言うと目的とかなく商店街とかららぽーととかをただブラブラするのも楽しいんじゃないかな、なんて思ったけど」

 

八幡「やっべ、同じこと考えてやがる」

 

沙希「え、そ、そうなの!?」

 

八幡「川崎とならそういうのも楽しめると思ってた。あとはまた映画かなって。この前見たやつ面白かったろ? あれのスピンオフが同時上映されてるらしいんだ」

 

沙希「あ、それはちょっと見たいかも」

 

八幡「んじゃそんな感じでいくか。今日帰ったら上映時間調べとくから、そしたらおいおい待ち合わせとか決めようぜ」

 

沙希「ん、そうだね」

 

八幡(そこまで話したとこで、川崎が周囲を見回す。園まではあと三分の一といったところか)

 

沙希「…………比企谷、嫌だったら言ってね」スッ

 

八幡「! お、おう、別に」

 

八幡(川崎が身体を寄せてきたかと思うと、そのまま俺の腕に自分の手を回してきた)

 

八幡(俺は押してる自転車のハンドルを握っているので本当に軽く絡めてきているだけなのだが、だからといって俺の激しくなってる動悸が軽くなるわけでもない)

 

八幡(動揺を悟られないようにしながら歩く道中はとても短く感じられた)

 

八幡(この信号を渡ればすぐに園が見えてくるはずだ。ちょうど歩行者用信号が赤になって俺達は立ち止まる)

 

八幡(俺は組まれてない方の腕の手をハンドルから離し、組んできてる川崎の手にそっと重ねた)

 

沙希「あ…………」

 

八幡(川崎は短い声をあげたが、避ける素振りは見せない。俺はその手を軽く握る)

 

八幡(車用の信号が赤になり、周りの人達が横断歩道を渡り出す。しかし俺は川崎に重ねた手を離さない)

 

沙希「…………比企谷?」

 

八幡「まだ、赤だからさ」

 

沙希「え?」

 

八幡「赤、だから」

 

沙希「…………うん、そうだね」

 

八幡(川崎は短く答え、とん、と俺の肩に頭を乗せてきた)

 

八幡(やたらと赤信号が長かった横断歩道を渡り、俺達はようやく保育園に着いた)

 

八幡(専用の置き場に自転車を停め、川崎と一緒に敷地内に入る)

 

八幡「川崎、俺から離れんなよ。俺を一人にすると即通報されっからな」

 

沙希「そんな大袈裟な……」

 

八幡「いやいや、一人で歩いてるだけで職務質問や警備員からの声掛けの比率が一般の五倍以上はあるからな俺」

 

沙希「あんたは態度が卑屈過ぎなの。もっと堂々としなって」

 

八幡「ぼっちが堂々と出来るか。俺は常に日陰を歩いていたい」

 

沙希「まったく……」

 

八幡(しかし実際大袈裟ではないと思う。やはり子供を迎えに来た母親らしき人達が俺の顔を見てはびくっとしてるし)

 

京華「あー、さーちゃんだー! はーちゃんもいるー!」

 

八幡(そんな中でも物怖じせずに建物内から俺に駆け寄って来てくれるけーちゃんの天使っぷりは異常。嬉しくなってつい抱き上げて高い高いまでしてしまった)

 

八幡「よう、けーちゃん。今日は俺達が迎えに来たぞ」タカイタカイ

 

京華「わーい!」キャッキャッ

 

八幡(その様子に周りが穏やかな空気になる。あ、これあれだ。先週教室で海老名さんがしてくれたやつだ)

 

八幡(つまり海老名さんも天使? 腐ってるけど)

 

保育士「あ、先日はどうも」

 

八幡(けーちゃんを下ろすと同時に声を掛けられる。見るとこの前病院で会った保育士さんだった)

 

保育士「今日も御一緒に京華ちゃんのお迎えですか?」

 

八幡(ちら、と川崎を見て言う保育士さん。てかよく俺の事覚えてたな。まあ十中八九この目のせいだろうが)

 

八幡「ええ、まあ」

 

沙希「ほらけーちゃん、帰るから準備してきなさい」

 

京華「はーい」

 

八幡(川崎に促されてけーちゃんは保育士さんと一旦建物内に戻る)

 

八幡(そして保育士さんとの会話で警戒心も完全に取っ払われたのだろう。ママさん達がわらわらと寄ってきた)

 

八幡(『沙希ちゃん良い人がいたのね』とか『目が少し怖いけどさっきの見たら結構優しそうじゃない』とか『若いっていいわねえ』とか川崎を取り囲んで口々に話しかけている)

 

八幡(色々質問されたりしていっぱいいっぱいになっているな。仕方ない、助けてやるか)

 

八幡「あの、すいません。こいつ結構恥ずかしがり屋なんで勘弁してやってくれませんか?」

 

八幡(川崎との間に割り込むようにそう言ったが、ママさん達は気を悪くするどころか姦しい声を上げた)

 

八幡(『やっぱり優しいわね』とか『男の子はこうでなくちゃ』とか騒いでる。そして今度はターゲットが俺になるかと思われた時、タイミングよくけーちゃんが出て来た)

 

京華「さーちゃん、はーちゃん、かえろー」

 

沙希「あ、うん、行こっか」

 

八幡「おう。えっと、失礼します」

 

八幡(ぺこりと頭を下げると、ママさん達は最後まで賑やかしく見送ってくれた)

 

八幡(でも『子供できたらここの園お薦めよー』ってのはさすがに気が早過ぎだろ)

 

京華「はーちゃんはーちゃん、またかたぐるましてー」

 

八幡「ん、ああ。えっと……」

 

沙希「お願いできる? あたしが自転車取ってくるよ」

 

八幡「おう、頼むわ」

 

八幡(この前と同じように俺はけーちゃんを肩車し、俺の自転車を押す川崎と並んで川崎家に向かって歩き始める)

 

八幡(こうやってると川崎と夫婦になったみたいだな…………)

 

八幡(はは、まだ本当に付き合えてるわけでもないのに気が早いか)

 

八幡(たわいもない、それでも楽しく雑談をしながら川崎家に帰宅した)

 

八幡「じゃあな沙希、また明日の朝」

 

沙希「うん八幡、待ってるから」

 

八幡(けーちゃんを家に入れたあと、川崎と別れの挨拶をして俺は帰路につく)

 

八幡(…………映画の時間、調べとかないとな)

 

   ~ 翌日 ~

 

八幡(調べたところ映画の上映時間は昼と夜に一回ずつだった)

 

八幡(どっちを見に行くかとその前後の流れは今日決めとくか。明日だとギリギリになっちゃうからな)

 

八幡「んじゃ小町、俺はもう行くわ」

 

小町「はいはい行ってらっしゃい。ハンカチは持った? 財布忘れてない? 沙希さんへの愛情は充分?」

 

八幡「大丈夫だ。特に最後のは溢れ出て止まんねえよ」

 

小町「うーん、小町的には『な、何言ってんだよ』みたいに焦るお兄ちゃんも捨てがたかったけど……素直なそれも沙希さん的にポイント高いね!」

 

八幡(本人を前にしたらヘタレるけどな……さて、行くか)

 

八幡「うっす」

 

沙希「おはよ、今日もよろしく」

 

八幡「おう」

 

八幡(短い朝のやり取りをし、川崎は後ろに座って俺の身体に掴まる)

 

八幡(…………こういう時に胸が当たってんのは分かってるはずなんだが、昨日のあれは何というか可愛かった)

 

八幡(察するにまったく自分の想定外な事が起こっても恥ずかしがり屋が顔を出すようだ)

 

八幡(いや、余裕綽々な川崎もいいけどね)

 

八幡(何が言いたいかと言うと、もう俺は川崎にベタ惚れなわけで)

 

八幡(サキサキ最高! …………うん、キモいからやめよう)

 

八幡(あ、そういえば最近気付いたけど……)

 

八幡「なあ、川崎」

 

沙希「ん、何?」

 

八幡「サキサキってお前のあだ名、クラスの女子の間で定着してね?」

 

沙希「ああ、うん……はあ」

 

八幡(川崎は大きく溜め息をついた)

 

沙希「最初は海老名だけだったんだけど、ていうか話し掛けてくるのなんていなかったんだけど、由比ヶ浜が真似して呼び始めてさ。やめてって言っても聞かなくて」

 

八幡「お前もか……」

 

沙希「そしたらいつの間にかクラスの女子みんなが挨拶とかの時にそう呼ぶようになっててさ……」

 

八幡「トップカーストの影響恐るべし、だな…………」

 

八幡(しばらくしていつもの公園に到着。川崎が腕を離して自転車から降りる)

 

八幡「じゃあ……」

 

沙希「ねえ、たまには一緒に行かない?」

 

八幡「…………おう」

 

八幡(川崎は自転車から降りた俺の横に並ぶ。表情がわずかに弛んでいるのは気のせいだろうか?)

 

八幡「そういえば明後日の映画な、時間が昼イチと夜イチのどっちかだったんだが、どっちがいい?」

 

沙希「んー……ちょっとだけ考えさせて。昼休みまでには決めとくから」

 

八幡「わかった、んじゃメシん時に予定立てるか」

 

沙希「そうだね」

 

八幡(そこから適当に雑談をしているうちに学校に着く)

 

八幡「じゃあ俺は自転車置いてくるから」

 

沙希「そんな寂しいこと言わないでよ、一緒に行く」

 

八幡「…………」

 

沙希「…………」

 

八幡「くくっ」

 

沙希「ふふっ」

 

八幡(もとよりここから別行動なんてお互いに微塵も思っちゃいない。わかってて言ってるのだ)

 

八幡「行くか」

 

沙希「うん」

 

八幡(自転車を置いて下駄箱で靴を履き替え、二人で教室に向かう)

 

八幡(特に会話はなく、他人から見れば微妙な距離感)

 

八幡(だけど俺にはそれが心地良い。見ずとも存在を感じられる距離にいるのだから)

 

八幡(が、教室に入ろうとしたところで由比ヶ浜に呼び止められた)

 

結衣「サキサキ、おはよ。ヒッキー、お、おはよ…………その、昨日は」

 

沙希「おはよ由比ヶ浜、今日放課後あたし奉仕部に行くから」

 

結衣「え?」

 

沙希「なんかあたしが比企谷んちに泊まったので揉めたらしいじゃない。説明しに行くよ、雪ノ下にも伝えといて」

 

結衣「え? え?」

 

沙希「じゃ、また」スタスタ

 

八幡「まあそんなわけだ。よろしく」

 

結衣「ちょっと待ってヒッキー!」ガシッ

 

八幡「何だよ」

 

結衣「どういうことなの!?」

 

八幡「だから川崎がウチに泊まった理由を説明するって言ってんだろ」

 

結衣「で、でもわざわざサキサキに来てもらわなくても」

 

八幡「いや、別に知りたくなきゃそれでいいんだぞ? いいならいいで川崎に伝えるが」

 

結衣「う、ううん、わかった……ゆきのん達に伝えとくから」

 

八幡「おう。そろそろ予鈴鳴るぞ」

 

結衣「うん……」

 

八幡(さて、昼休みである)

 

八幡(今日も今日とて自販機に寄ったあと例の中庭へ向かう)

 

八幡(先にベンチに座っていた川崎が俺に気付き、軽く手を振ってきた)

 

八幡(それに手を上げて応え、俺は川崎の隣に座る)

 

沙希「はい」

 

八幡「サンキュ、ほい」

 

沙希「ん、ありがと」

 

八幡(すっかり定番化した弁当と飲み物のやり取りを行い、俺は弁当に手をかける)

 

八幡「そういや明後日どうするか決めたか?」モグモグ

 

沙希「うん、夜の方を見に行かない?」

 

八幡「おう、構わねえぞ。その前後の流れはどうする?」

 

沙希「少し早いかもだけど夕ご飯どっかで食べてから映画館行こ。見終わってからだとちょっと遅いでしょ」

 

八幡「だな。空腹で映画に集中出来なかったとか嫌だし」

 

沙希「昼ご飯はあたしが簡単なものを作るからウチで食べてよ。夕ご飯が早いからこっちも早めにする。十一時過ぎくらいでいいかな、そのあたりにウチに来て」

 

八幡「ん、家族みんなはいいのかそれで?」

 

沙希「ああ、あたし以外は朝からいないから。比企谷もその方がいいでしょ?」

 

八幡「キャー、沙希さんたら家族いないスキに男を家に連れ込むなんてだいたーん」

 

沙希「昼ご飯は米と塩でいい?」

 

八幡「ごめんなさい」

 

沙希「まったく…………それはそうと何かリクエストある? 簡単なものって言ったけど別に本格的なものでもいいよ、あたしが作れるなら」

 

八幡「んー、こう言われると困るだろうけど何でもいいぞ。川崎が作るなら味は保証されてるし、その時の冷蔵庫の中身で作れるものって感じで」

 

沙希「ん、わかった」

 

八幡「んで駅前出て適当にぶらついてメシ食って映画って流れか」

 

沙希「ちょっと、肝心なのが抜けてるよ」

 

八幡「あ? 何かあったっけ?」

 

沙希「いや、そもそも週末に会う目的はあたしの膝枕で寝たいってやつでしょ。そのついでで出掛けようって話になってるんじゃないの」

 

八幡「あっ」

 

沙希「忘れてたんだ…………」

 

八幡「あ、いや、その…………川崎とお出掛けするってのが楽しみで、つい……すまん」

 

沙希「…………いいけどね。どうする? しないで出掛ける?」

 

八幡「いや、寝る。こんな機会滅多にないし」

 

沙希「そう、わかった……ごちそうさま」

 

八幡「俺もごちそうさまだ、こんだけ毎日食っても飽きないって地味にすげえよな」

 

沙希「ふふ、ありがと。で、今日はどうする?」

 

八幡(川崎は自分の太ももをポンと叩く)

 

八幡「今日はいいや、明後日の有り難みを大きくしとこう」

 

沙希「何それ」クスッ

 

八幡「あー、でも誰が見てるかわかんねえか。恋人のフリはしないとな」

 

沙希「え?」

 

八幡「こっち、来いよ」

 

沙希「…………うん」

 

八幡(そう言うと川崎は俺の方に寄り、身体をくっつけてくる)

 

八幡(俺は川崎の肩に手を回し、軽く力を入れた)

 

沙希「ん…………」

 

八幡(肩に頭を横に乗せ、体重を完全に預けてくる川崎。そのまま何も会話せずに予鈴が鳴るまで俺達はくっついていた)

 

八幡(さて、放課後になった)

 

八幡(いつもならここからさっさと奉仕部部室に一人で向かうのだが、今日は川崎も一緒だ)

 

八幡(教室を出ようとすると由比ヶ浜も着いてきた)

 

八幡「三浦達はいいのか? いつも何か喋ってから来てたが」

 

結衣「うん、大丈夫。行こ」

 

八幡「ああ」

 

沙希「はいよ」

 

八幡(道中は由比ヶ浜が話して俺や川崎が答えるといった身にもならない会話をする。別に嫌というわけじゃない、俺も川崎も楽しんではいる)

 

八幡(そんなこんなで部室に到着)

 

八幡「うっす」ガラガラ

 

結衣「やっはろー!」

 

沙希「お邪魔するよ」

 

八幡(三人で入ると雪ノ下と一色がすでにいた)

 

雪乃「こんにちは」

 

いろは「先輩方、どうもー」ペコ

 

八幡(思い思いに挨拶をして、俺以外は椅子に座る)

 

雪乃「……比企谷君?」

 

八幡(雪ノ下が訝しそうに俺を呼ぶ。が、俺はそのまま川崎に話し掛けた)

 

八幡「川崎、俺はどうしたほうがいい?」

 

沙希「ん、そうだね……悪いけどさ」

 

八幡「わかった」

 

八幡(俺はカバンだけ置いて部室を出ようとする)

 

結衣「ちょ、ちょっとヒッキー、どこ行くの!?」

 

八幡「俺がいない方が話しやすいだろ、終わったら携帯で呼んでくれ」

 

八幡(そう言って俺は部室を出る。どんな事を話すのか気になるといえば気になるが、そこは川崎を信用しよう)

 

八幡(図書室でも行くか)

 

雪乃「どうぞ」

 

沙希「ん、ありがと」

 

沙希(雪ノ下が紅茶を紙コップに入れて差し出してくれた)

 

沙希(ポットの横にある使ってないティーカップ、あれは比企谷の分なんだろう)

 

沙希(ここは比企谷の居場所、紙コップのあたしがいるべき場所じゃない…………なんて少し穿ち過ぎだね)コク

 

沙希「ん、おいし……雪ノ下って紅茶淹れるの上手だよね。あたしと何が違うんだろ?」

 

いろは「ですよねー、何かコツとかあるんですか?」

 

雪乃「時間と温度を気にするくらいかしら? といってもお茶系の飲み物はほぼそれに左右されるけれども」

 

沙希「ふうん、あたしも少し勉強してみようかな」

 

結衣「えーやめてよ、ただでさえ料理とか上手いサキサキが紅茶まで上手くなったらあたしますます勝てないじゃん」

 

沙希「勝てないって……別に何かを争って戦ってるわけじゃないでしょ」

 

結衣「あ、えっと……そ、そうだね!」アセアセ

 

雪乃「コホン、それじゃ川崎さん、本題に入らせてもらってもいいかしら?」

 

沙希「ん、いいよ。何でも聞いて」

 

雪乃「その、比企谷君からあなたが比企谷君の家に泊まったと聞いたわ。あまりいいことではないと思うのだけれど経緯を聞かせてもらえる?」

 

沙希「ん、わかった。あ、一応オフレコでお願いね。あんた達を信用して話すから」

 

雪乃「ええ」

 

結衣「わかった!」

 

いろは「はい」

 

沙希「この前の土曜日、あの天気悪かった日、あたし両親と喧嘩しちゃってね。あ、原因は伏せさせてもらうけど」

 

結衣「え、サキサキが喧嘩!?」

 

雪乃「珍しいわね。あなたが家族とそんなことをするなんて」

 

沙希「そうだね、自分でもそう思う。だから止め時もわからなくてどんどんヒートアップしちゃって、こじれたまんまあたしは衝動的に家を飛び出したんだ」

 

結衣「え……」

 

沙希「なんかもう頭の中ぐちゃぐちゃになってさ、とにかくそこから逃げ出したかった。財布も携帯も、傘すら持たずにね」

 

いろは「なるほど、それで先輩のとこに行ったんですね」

 

沙希「違うよ」

 

いろは「え?」

 

沙希「考えなくもなかったけどやっぱり迷惑かけられないって気持ちが先立っちゃってさ、あたしは小さな公園のベンチに座ってた。屋根なんか申し訳程度で役に立たないし、ずぶ濡れになったけど動く気力もなくてそこで震えてたんだ」

 

結衣「サキサキ…………」

 

沙希「あたしにとって大半だった家族とこうなったならあたしにはもう価値なんかないんだって思っちゃってさ」

 

結衣「そんなことない! そんなことないよ!」

 

沙希「ありがと由比ヶ浜。でもその時のあたしは本気でそう思った。そのまま消えてしまえばいいともね。でも…………」

 

いろは「でも?」

 

沙希「そこに比企谷が来たんだ」

 

結衣「え、ヒッキーが?」

 

沙希「ああ、弟から連絡受けたみたいでね、真っ先にそこに来たよ。都合の良い幻覚かとも疑ったけど寒がってるあたしを抱きしめてくれた。それがやけに暖かくて、恥ずかしいけどあたしはそこで気を失っちゃったんだ」

 

雪乃「……それで比企谷君は川崎さんを家に連れ込んだのね」

 

沙希「うん。元々はあたしの家に連れて帰ろうとしたんだけど、あたしが気絶する直前にそれを頑なに嫌がったんだ。だから比企谷の意志じゃないことはわかってほしい」

 

いろは「はー、なるほど……」

 

沙希「そして比企谷はあたしが寝てる間に色々してくれたよ」

 

結衣「え、い、色々って……?」

 

沙希「あたしを連れ帰って着替えやら身体を拭いたりやら……ああ、この辺は小町だから勘違いしないでね。そんであたしの親とも連絡を取って、一晩比企谷家にお世話になることになったのさ。これがあの日に泊まることになった真相だよ」

 

結衣「な、なーんだそういうことだったんだ、それならそうとヒッキーも言ってくれればいいのに」

 

沙希「いやいや、比企谷も言ってたけどあんた達が比企谷を偏見の目で見てまともに聞いてくれないからでしょ、だからあたしが直接話してるんじゃない」

 

いろは「へ、偏見だなんてそんな」

 

沙希「そう? 寝てる間に何かしたとか手を出したとか散々言われたって聞いたけど」

 

結衣「だ、だって男はみんな送り狼なんだよ! ヒッキーだって男だし!」

 

雪乃「由比ヶ浜さん、送り狼でなく狼よ。でも言ってることは間違ってないと思うのだけれど」

 

沙希「…………あんた達さ、比企谷をそんな男だと思ってるの? 寝てる女に悪戯するような男だって」

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

いろは「…………」

 

沙希「あたしは思ってないよ。むしろ思ったら申し訳ない。だって…………」

 

いろは「……だって?」

 

沙希「あたしの世話を優先したから、比企谷は風邪を引いちゃったんだから」

 

結衣「えっ!?」

 

沙希「着替えさすのも身体を拭くのも、自分のことは構わずに……小町と一緒に世話を焼いてくれて、自分を後回しにしちゃって…………だから比企谷が風邪を引いたのはあたしのせいなの。本人は絶対認めないけど」

 

雪乃「川崎さん…………」

 

沙希(知らず知らずあたしの声は震え、雪ノ下が戸惑いながら名前を呼んでくる)

 

沙希(いけない、感情的になってしまった。このままじゃまた比企谷に迷惑をかけてしまう)

 

沙希「ごめん、大丈夫だから……ま、そんで一晩お世話になって頭を冷やして、翌朝帰って無事家族と和解した。こんなところさ」

 

雪乃「そう、御家族との問題がなくなったのはいいことね。でも比企谷君はどうして私達を頼ってくれなかったのかしら? 女性を泊めるなら特に一人暮らしの私なんか最適だとは思うのだけれど」

 

沙希「それは問題があたしと家族の事だからね。いたずらに多くの人を巻き込むのをあたしが嫌がると思ったんでしょ。事実だし、あの場に比企谷が来なかったらあたしは比企谷にも頼ってない。やや強引に連れられたからこそあたしは比企谷にお世話になることにしたんだ。こんなところだけど他に何か質問ある?」

 

いろは「じゃあ……はい」

 

沙希「何?」

 

いろは「川崎先輩がいた公園に真っ先に先輩が来たって言ってましたけど、先輩はどうして川崎先輩がそこにいるってわかったんですか?」

 

沙希「…………その質問必要?」

 

いろは「いえ、必要ではないですけど気になっちゃいまして」

 

沙希「そう。ま、あたしも知らないけど」

 

いろは「え?」

 

沙希「あたしもそれは気になったから聞いたけど、何となくってしか答えてくれなかった。だから知らない。無理に聞くことでもないし」

 

いろは「そう、ですか」

 

結衣「あのさ、サキサキ……ちょっとしつこいようだけどヒッキーとは何にもなかったんだよね?」

 

沙希「何があるっていうのさ?」

 

結衣「そ、それはその、うう……」

 

沙希「だいたいあんたらだってあいつと二人きりになることくらいあったでしょ。その時に何かされたの?」

 

雪乃「あら、私はあんな男に負けるほど弱くはないわよ。それは彼もわかっているから」

 

結衣「そういえばゆきのん合気道やってるんだっけ?」

 

沙希「そんなんで勝てるわけないじゃない。比企谷は強いよ」

 

いろは「え、先輩が強いって……部活も何もしてないじゃないですか」

 

沙希「むしろ何もしてないから身体を鍛えてるんでしょ。ぼっちだから一人でやらなきゃいけないことも多いし。そうでなきゃあたしを担いで何十分も雨の中歩き続けるなんて出来やしないって」

 

いろは「へえー……」

 

沙希「それに良い腹筋してたしね。同年代ではある方じゃないかな」

 

結衣「ふ、腹筋って、そんなのいつ見たの!?」

 

沙希「いつって、泊まった時だよ。自宅にいる男子なんてそんなもん…………ああ、そうか」

 

雪乃「? 何かしら?」

 

沙希「あんた達って男兄弟いないんだね。だから男に対する見方があたしと少し違うんだ」

 

結衣「どーいうこと?」

 

沙希「いや、これは言ってもわからないだろうからいいよ」

 

いろは「そう言われると気になるんですけど……」

 

沙希「ま、とにかく比企谷は見た目じゃわかんないけど結構力はあるよ。腕も贅肉とかそんなについてないし」

 

いろは「へー、あとで確かめてみましょう」

 

沙希「ほどほどにね。あたしが言ったことで比企谷に迷惑になるのは嫌だし」

 

いろは「はーい」

 

沙希「こんなもんかな? とりあえずわかってほしいのは、比企谷はちゃんと良識を持ってるってこと、周りが言うほどひどい人間でもないこと、だね」

 

雪乃「そんなこと……彼のことは良くわかっているわよ」

 

結衣「うん」

 

いろは「ですね」

 

沙希「わかってないよ」

 

雪乃・結衣・いろは「!」

 

沙希「ま、あたしもわかってないかもしれないけど…………もういいよね?」

 

沙希(誰も何も言わないのを確認し、あたしは立ち上がる)

 

沙希「紅茶、ごちそうさま。あたしはもう引き上げるから比企谷には誰か連絡してやってよ」

 

沙希(ドアを開けて外に出る。あー、ごめん比企谷……迷惑かけちゃうかもだけどこれは言わせて)

 

沙希「一応確認しとくけどさ、もし比企谷んちに泊まった時に何かあってもあんた達には関係ないよね?」

 

沙希(あたしはそう言って反応がある前にドアを閉め、すぐにそこを離れた)

 

沙希(最低だよね、あたしって…………)

 

八幡(由比ヶ浜からメールが来たので部室に戻ることにした。向かう途中川崎に会う)

 

八幡「おう、もういいのか」

 

沙希「うん、適当に話しておいた。えっとね……」

 

八幡(齟齬がないように会話を確認しておく。またボロが出ても面倒だしな)

 

沙希「そんなとこかな。あとあんたの筋肉がそれなりだって言ったから確かめてくるかも」

 

八幡「何をどうしたらそんな会話が出てくるんだよ……」

 

八幡(女子の会話力はよくわからん)

 

八幡「ま、いいや、また明日の朝な」

 

沙希「うん、また明日ね」

 

八幡「………………」

 

沙希「………………」

 

八幡「ちょっとやり直していいか?」

 

沙希「……うん」

 

八幡(俺は周りを見渡して人がいないのを確認する)

 

八幡「また明日な、沙希」

 

沙希「また明日ね、八幡」

 

八幡(俺達は微かに笑みを浮かべながらその場を別々に離れた)

 

 

八幡(そんなわけで奉仕部に戻ってきたのだが)

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

いろは「…………」

 

八幡(何だこの空気?)

 

八幡(川崎と何かあったのか? でもあいつは普段通りに見えたし……)

 

八幡(何か言葉を発しようとした時、珍しくドアがノックされた)

 

雪乃「どうぞ」

 

八幡(雪ノ下がいつものような凛とした声で対応し、ドアが開かれた)

 

義輝「八幡はおるか! 八幡はおるか! 八幡はおるか!」

 

八幡「ここにいるぞ! …………ってなんで唐突に魏延ネタなんだよ」

 

義輝「勢いだすまぬ。ところでお主に依頼したいことがあるのだが」

 

八幡「なんだ、またラノベの添削か?」

 

義輝「いや、そのう……お主の持ちキャラは確かB+であったよな?」

 

八幡「何だ格ゲーの方か。またチャレンジモードか?」

 

義輝「うむ、ランク条件付きなのでな……また相手を頼めないか?」

 

八幡「今日は予備校あるから無理だ。明日の部活後ならいいぞ」

 

義輝「おお本当か! では明日頼むぞ! お騒がせしたな皆の者!」

 

八幡(そう言って部室部室を出ようとする材木座。俺はそれを呼び止める)

 

八幡「ちょっと待った」

 

義輝「うん? 何だ?」

 

八幡「暇な時はちゃんと相手してやるから俺個人への頼み事は今度から電話なりメールなりでしてこい。奉仕部を通さなくていいから」

 

義輝「は、は、は、八幡がデレた!?」

 

八幡「デレてねえようるせえな。わかったか?」

 

義輝「しょ、承知した! 明日の夕方にまた連絡させていただくぞ!」

 

八幡(最後までうるさいまま材木座は部室を出て行った)

 

八幡「本当騒がしいやつだなあいつは…………ってどうした?」

 

八幡(雪ノ下達がぽかんとした表情でこっちを見ていた)

 

結衣「ヒ、ヒッキー、ちゅうにに対して態度が変わってない?」

 

八幡「あん? ああ、ちょっとな」

 

雪乃「どういう心境の変化かしら…………」

 

八幡「んなもんどうでもいいだろ」

 

雪乃「それもそうね」

 

結衣「いいんだ……」

 

八幡「で、川崎から話は聞いたか?」

 

雪乃「ええ……」

 

結衣「うん……」

 

いろは「はい……」

 

八幡「まあ確かにお前らの言う通り俺みたいなのが女子を家に入れるというのは世間体も良くないからな。言いたくなる気持ちはわかる」

 

結衣「そ、そんなことないって!」

 

八幡「慰めはいらねえからさ……一応親御さんの許可を得たりとその場で俺にできる最大限の努力はしたつもりなんだ。だからこの話はもう止めてくれ」

 

いろは「せ、先輩、あの、わたし達は本気で言ってるわけじゃ……」

 

八幡「いいから。もう蒸し返さないでくれ。終わった事だし当人達がそう言ってるんだから」

 

いろは「…………はい」

 

いろは(話も……聞いてもらえないんですね…………)

 

結衣(ヒッキーはサキサキを本気で心配して雨の中探しに行って……風邪引いてまで頑張ったのに…………)

 

雪乃(比企谷くんは本来褒められるべきことをしたのに、軽々しく責めたり偉そうに上から目線で窘めたりなんかして……怒って当然に決まっているわ…………)

 

八幡(あまりヘタに話すとボロが出て二人きりだったこととかバレかねんからな。多少強引でも打ち切らせてもらおう)

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

いろは「…………」

 

八幡(なんだ? また空気が重苦しくなったぞ? 何か話題を……あ、そうだ)

 

八幡「そういえば例の川崎からの依頼だけどな、あれ今週で終わりにするわ」

 

結衣「えっ!?」

 

八幡「やっぱりあんなの長いこと続けるのは良くないだろ。まだ川崎には話してねえけど」

 

雪乃「そ、そう、じゃあ明日で終わりにするのね?」

 

八幡「いや、明後日野暮用で会うからその時に話すわ」

 

いろは「デ、デートですか?」

 

八幡「まあデートっちゃあデートかな。対外的には付き合ってる男女が出掛けるわけだし。フリだけど」

 

雪乃「どこに行く予定なのかしら?」

 

八幡「いや、どこだっていいだろ」

 

雪乃「変なところに行かないか心配をしているのよ。早く白状しなさい」

 

八幡「変なところってなんだよ…………さすがにアニメショップとかには行かねえぞ」

 

結衣「デートでアニメショップなんて有り得ないでしょ!」

 

八幡「まあ適当だよ。メシ食ってぶらぶらしようってだけだ」

 

いろは「うわー、色気がないですね……」

 

八幡「いいだろ別に」

 

いろは(まあその方がいいんですけど)

 

八幡「そういや一色、お前サッカー部はいいのか?」

 

いろは「あ、そうでした、そろそろ行かないと。では先輩方、失礼しますね」

 

八幡「おう」

 

雪乃「ええ」

 

結衣「またねいろはちゃん」

 

八幡(一色は慌ただしく出て行った。あいつも忙しいやつだよな……)

 

八幡(相変わらず依頼も来ず、適当にダラダラしてたらいつの間にか下校時間が近付いていた)

 

雪乃「今日はもう終わりにしましょうか」

 

結衣「うん。ねーゆきのん、たまにはどっかで夕ご飯食べてかない? あたしんち今日みんな帰るの遅くってさ」

 

雪乃「そうね……たまにはいいかしら」

 

結衣「やった! あ、ヒッキーも行こ!」

 

八幡「いや、俺彼女いるから他の女子とそういうのはちょっと」

 

結衣「だからフリでしょそれ!」

 

雪乃「知っている私達に通用する言い訳ではないわよ」

 

八幡「冗談だ。でもさっきも言ったけど俺は今日予備校あんだよ。誘ってくれたのは嬉しいけど今回はパスな」

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

八幡「? 何だ?」

 

結衣「ううん! 何でもない! えへへ」

 

雪乃(比企谷君が……)

 

結衣(誘ってくれたのは嬉しいって言った!)

 

八幡「?」

 

八幡(二人とも何で笑ってんだ? 俺の顔に腐った目以外に何か付いてんの?)

 

八幡「よっ、と」

 

八幡(雪ノ下達と別れ、駐輪場で自転車に跨がる)

 

八幡(帰って軽く何か食って予備校か)

 

八幡(そう、予備校だ)

 

八幡(さっき川崎といつもの癖でまた明日、なんて言い合ったけど予備校で会うんだよな…………ちょっと気まずい)

 

八幡(まあそんな気にするものでもないのだが)

 

八幡(このまままっすぐ帰って…………いや、ちょっとだけ寄り道するか)

 

八幡(全然意味もない、ただ時間を潰してしまうだけの寄り道になるけどな)

 

八幡「………………」

 

沙希「………………」

 

八幡「何でここにいるんだ……」

 

沙希「何でここに来たのさ……」

 

八幡(いつも朝に川崎を自転車から下ろしてるこの公園)

 

八幡(何となく寄ってみたらベンチに川崎が座っていた)

 

八幡「いや、俺は何となく帰り道で遠回りして寄っただけで……」

 

沙希「あたしは今日直接予備校に行くつもりでさっきまで図書室にいたんだ。下校時間になったからここで少し時間潰してからバスで行こうと思ってて…………」

 

八幡「…………」

 

沙希「…………」

 

八幡「あー、俺んち経由していいなら一緒に行くか? 俺は予備校の準備してねえからさ」

 

沙希「うん、せっかくだしそうしようか」

 

八幡「よし、んじゃ後ろ乗れよ。とりあえずウチに行くから」

 

沙希「ん」

 

八幡(川崎は荷台に腰を下ろし、俺に掴まる)

 

八幡(それを確認して俺はペダルを漕ぎ出した)

 

八幡(…………)

 

八幡(…………やべ)

 

八幡(すっげえ嬉しい。顔がニヤケる)

 

八幡(こんな偶然で川崎といられるなんて)

 

八幡(薄暗くて良かった。一般人から見たら通報ものの表情だろうからな)

 

八幡(俺はほんの少しゆっくりと自宅を目指した)

 

八幡「よっ、と……じゃ、ちょっと待っててくれ。すぐに支度してくるから」

 

沙希「ん、いいよ急がなくて。時間余裕あるし」

 

八幡「おう」

 

八幡(我が家に到着し、自転車を川崎に預けて俺は家の中に入る)

 

小町「あ、お兄ちゃんお帰り。まだ少し時間あるよね、ご飯どうする?」

 

八幡「いや、着替えたらすぐに出るから帰ってから食うわ。ちょっと外で川崎待たせてるんでな」

 

小町「え、沙希さんが!?」

 

八幡「ああ、あいつと偶然帰りに会ってな、そのまま予備校行くって言うから一緒に行くことにしたんだ」

 

小町「うう……あのお兄ちゃんが……小町嬉しいよ」ジーン

 

八幡「大袈裟なやつだな……んじゃ着替えてくる」

 

小町「はーい…………あ、そうだ、えっと……」

 

八幡(自室で手早く着替え、予備校用のカバンを掴んで玄関に向かう)

 

八幡「じゃ、行ってくるわ」

 

小町「あ、お兄ちゃん、これ持ってって」スッ

 

八幡「ん? チョコレート?」

 

小町「うん、頭使うしお腹空いたらこれ食べて。沙希さんの分もあるから」

 

八幡「さすが小町、気が利くな。八幡的にポイント高いぞ」

 

小町「お兄ちゃんと未来のお姉ちゃんのためですから!」ビシッ

 

八幡「何だその敬礼は。あと気が早えっての。まだ本格的に付き合ってもねえのに…………ま、ありがとな。んじゃ行ってくるわ」

 

小町「はーい、行ってらっしゃい」

 

八幡「待たせたな、行こうぜ」

 

沙希「ん、大丈夫。よろしく」

 

八幡(俺は再び自転車に跨がり、川崎が腰に腕を回してくる)

 

八幡(何回やっても慣れねえなこれ。正面から抱き付かれるみたいに恥ずかしいってわけじゃないんだが…………心臓が高鳴ってるのがわかる。背中に耳くっつけられたりしたらバレちまうかもな)

 

沙希(……こんなふうにしてるとわかる比企谷の身体付き)

 

沙希(少し猫背で縮こまってること多いからぱっと見わかりづらいけど、結構がっちりしてるんだよね)

 

沙希(回してる腕からもお腹固いのわかるし、腕組んだ時も思いのほかしっかりしてた)

 

沙希(こういう意外性も比企谷の魅力かな……あたしにとっては、だけど)

 

沙希(奉仕部の連中に言ったの失敗だったかも…………)

 

沙希(はあ…………しかしいつになったらこれに慣れるんだろ。あたしすごいドキドキしちゃってる)

 

沙希(胸、無駄に大きいからちょっとくらい当たってもドキドキしてるのバレてないと思うけど…………抱きついてるのに平静を保ってるようにするの大変なんだよね)

 

沙希(比企谷はどうなんだろ、少しは意識してくれてるのかな?)

 

沙希(………………)

 

沙希(………………)ピト

 

沙希(!!)サッ

 

沙希(嘘……一瞬耳当てただけだったけど比企谷の心臓、すごい早かった)

 

沙希(平然としてるように見えるけど実は比企谷も…………)

 

沙希(…………ふふっ)

 

八幡「着いたぞ」キキッ

 

沙希「うん、ありがと」

 

八幡(予備校の駐輪場に着き、自転車を置いて川崎と並んで歩き出す)

 

八幡(今日のコマの内容を二人で確認しながら建物に入った)

 

八幡(ちょっと前までは顔を合わせても一言挨拶するくらいだったのに)

 

八幡(思えば同じ予備校に通ってるというのも結構幸運だよな……)

 

八幡「あ、そうだ、川崎、これやるよ」

 

沙希「え、チョコ?」

 

八幡「小町がくれたんだ。お腹空いたら足しにしろって」

 

沙希「いいの?」

 

八幡「お前の分も貰ってんだ、遠慮すんなよ」

 

沙希「うん、じゃあ貰っとく。小町にお礼言っといて」

 

八幡「おう」

 

八幡(俺達は席に着いて準備していると講師が入ってくる。さて、スカラシップのためにも自分のためにも頑張りますかね…………数学以外)

 

八幡(今日の分の講義が終わり、片付けをしていると川崎がすまなそうに話し掛けてきた)

 

沙希「ねえ比企谷、さっきの古文でよくわからないとこあったんだけど…………時間ある?」

 

八幡「おう、いいぜ。自習室行くか」

 

沙希「ごめんね」

 

八幡「いいって」

 

八幡(これで少しでも長く一緒に居られることに喜んでしまう単純な俺がいる)

 

八幡(自習室に移動して空いてる席を見つけて座り、参考書を広げる)

 

沙希「これの変化形の時は~」

 

八幡「この場合~」

 

沙希「ふんふん」

 

八幡(川崎も頭は良い方なので説明するとあっという間に理解していく)

 

八幡「~ってわけだ。あとは何かあるか?」

 

沙希「いや、もう充分。あとは復習すれば自分でわかると思う」

 

八幡「そか。まあわからなかったらまた聞いてこいよ、教えられるとこなら教えてやるから」

 

沙希「うん、よろしく。じゃ、帰ろっか」

 

八幡「おう」

 

八幡(俺達は荷物をまとめ、予備校を出た)

 

八幡(駐輪場に行き、二人乗りをして比企谷タクシーは走り出す)

 

八幡「そういやちょっと聞きたかったことあったんだが」

 

沙希「ん、何? スリーサイズ?」

 

八幡「聞けば教えてくれんのかよ…………そうじゃなくて昼の奉仕部での話なんだが」

 

沙希「うん」

 

八幡「俺が部室に入った時、ちょっと妙な雰囲気だったんだけど、お前何か言った?」

 

沙希「あー…………」

 

八幡「心当たりありそうだな」

 

沙希「ん、少しね」

 

八幡「俺が聞いてもいい話か?」

 

沙希「大したことじゃないよ。比企谷の悪口をちょっとは控えて欲しいって言ったの」

 

八幡「いや、別に俺がディスられるのはいつものことだぞ。俺自身気にしてねえし」

 

沙希「わかってるよ、あたしがイヤってだけ」

 

八幡「え?」

 

沙希「あたしがイヤだったんだよ…………」ギュッ

 

八幡「そっか…………その、サンキューな」

 

沙希「ん」

 

八幡(そこからは何も会話はなく、川崎の家に到着した)

 

八幡(例によって周りを見回し、人がいないのを確認する)

 

八幡「じゃあな沙希、また明日」

 

沙希「じゃあね八幡、また明日。小町によろしく」

 

八幡(手を振って別れ、俺はペダルを漕ぎ出す)

 

八幡(…………明日は金曜……いよいよ明後日、か)

 

八幡「ふぁ…………んー」

 

八幡(朝である。身体を起こし、伸びをする)

 

八幡(カーテンを開けて天気を確認したあと、階下に降りた)

 

小町「あ、お兄ちゃんおはよー」

 

八幡「おう、おはよう」

 

小町「最近お兄ちゃん自分で起きるようになったよね。やっぱり沙希さん効果?」

 

八幡「だろうな。万一遅刻したら申し訳ないし朝から会いたい気持ちめっちゃ強えし」

 

八幡(小町の用意してくれたトーストにジャムを塗りながら答える)

 

小町「何かもうすごい自然にそういうこと言うよね。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃう」

 

八幡「小町の前だけだがな。川崎本人の前だとヘタレるし他のやつだと面倒なことになりそうだし」モグモグ

 

小町「そういえば明日告白するんだっけ?」

 

八幡「おう、一応映画のあとかなと思ってるが。ま、流れ次第だな」

 

小町「じゃあ今日はどっちにしても最後の普通の日ってわけだね」

 

八幡「そうだな。成功して幸せになるか、失敗して不幸のどん底に落ちるか…………」

 

八幡「………………」

 

八幡「な、なあ、小町」

 

小町「ここまで来て怖じ気付いてやめるなんて言ったら縁を切るからね」ニッコリ

 

八幡「お、おう」

 

八幡(笑顔なのに怖い)

 

八幡「んじゃそろそろ行くわ」

 

小町「うん、沙希さんによろしくー」

 

八幡(小町に見送られて俺は家を出た)

 

八幡(もしかしたら朝川崎んちに向かうこの習慣も今日で最後になるかもしれない)

 

八幡(明日失敗したらすべてが崩れてしまう。ならいっそのこと現状維持の方がいいのかもな)

 

八幡(でも、それでも)

 

八幡(俺は川崎に伝えたい。俺が川崎に抱いてるこの想いを)

 

八幡(この胸の奥でくすぶってる気持ち、ひとかけらも残さずさらけ出してやるよ。こんなふうにさせたのはお前なんだから覚悟しとけ、川崎沙希)

 

八幡(…………到着、っと)キキッ

 

沙希「あ、来てたんだ。ごめん、待った?」

 

八幡「いや、ちょうど今来たとこ。タイミング良かったわ」

 

沙希「そう? そんじゃ今日もお願いします運転手さん」

 

八幡「かしこまりましてございますお嬢様」

 

八幡(川崎は俺の言葉にクスッと笑い、荷台に乗る)

 

八幡(………………)

 

八幡(……い、今の笑顔)

 

八幡(すっげえ可愛かった)

 

八幡(付き合うフリをするようになってから笑ってるとこなんてたくさん見てるのに)ドキドキ

 

沙希「比企谷?」

 

八幡「ああ、すまん。行くぞ、しっかり掴まっとけ」

 

沙希「うん」キュッ

 

八幡(俺はペダルを漕ぎ始める)

 

八幡(最後かもしれないと思うとこの風景も名残惜しいぜ)

 

八幡(…………いかんいかん、自然にネガティブな方に思考が寄ってる。切り換えないと)

 

八幡(何としても成功させて川崎ともっと親密になってやる)

 

八幡(一緒に登下校したり弁当食べさせ合ったり休日に出掛けたり……あれ? 変わってなくね?)

 

八幡(ま、そりゃそうだ。フリで行動してんだからやることは同じに決まってる。違うのは心持ちだな)

 

八幡(どうなるかわかんねえけど)

 

八幡「うん、頑張ろう」

 

沙希「何を?」

 

八幡(…………声に出てた)

 

八幡「ま、色々とな。気にしないでくれ」

 

沙希「?」

 

優美子「おーい、ヒキオ! ちょっとこっち来るし!」

 

八幡(突然炎の女王こと三浦優美子に呼ばれたのは三限と四限の間の休み時間だった)

 

八幡(ていうか大声で呼ぶの止めてもらえませんかね。目立っちゃってるじゃないですか)

 

優美子「早くしろし!」

 

八幡(行きたくねえ……でも断ったり無視したりするともっと面倒臭くなりそうだ、仕方ねえ)ハァ

 

八幡「何だよ、金ならないぞ」

 

優美子「カツアゲなんかするわけないっしょ! あんたさ、なんか力あるらしいじゃん? ちょっと隼人達と腕相撲してみ?」

 

八幡「はあ? 何だよ突然」

 

隼人「結衣に聞いたんだ。鍛えてるんだって?」

 

八幡「んな大したことはしてねえよ、運動部に勝てるわけねえだろ。だからやんねえ」

 

隼人「まあまあそう言わずに。な?」

 

八幡「面倒くせえな……わかったわかった、一回だけな」ジロッ

 

八幡(余計なことを言った由比ヶ浜を睨むと、由比ヶ浜は舌をペロッと出して手を合わせて謝るポーズをする。可愛いじゃねーかちくしょう、川崎がいなかったら惚れちまうとこだったぞ)

 

隼人「じゃ、俺が相手するよ。お手柔らかにな」

 

翔「頑張れ隼人くん! サッカー部腕相撲大会優勝の腕力見せてやれー!」

 

八幡(何でサッカー部が腕力競い合ってんだよ…………てかいつの間にかクラス中がこっち注目してるし)

 

八幡(ま、どうせみんな葉山の格好いいとこを見たいんだろ。さっさと負けるか)

 

彩加「八幡頑張ってー!」

 

八幡(ちょ、ちょっとだけ頑張ろうかな……?)

 

隼人「よし、やるか」

 

八幡(葉山が机に肘を付けて構え、左手で机の端を掴む。俺も同じ体勢になり、葉山と手を握り合う)

 

八幡(横で叫びながら写メを取る海老名さんを視界に入れないよう顔を背けると、席に着いている川崎と目があった)

 

八幡(興味なさげだが、俺にぐっとガッツポーズをする。頑張れってことか?)

 

八幡(どうせみんな葉山が勝つと思ってるだろう。それを覆したら少しは格好よく見えるだろうか? クラスの誰でもない、川崎の目に格好よく写るだろうか?)

 

八幡(…………頑張ってみるか)

 

優美子「まだ力入れるなし。ほらヒキオ、力むなって」

 

隼人「やる気みたいだね。でも負けないよ」

 

八幡「ぼっちで文化部の俺に負けたら恥ずかしいぞ、せいぜい頑張れよ」

 

優美子「レディー……」

 

優美子「ゴー!」

 

八幡「ふっ!」

 

隼人「くぅっ!」

 

八幡(な、なんだコイツ!? すげえ力だ! ピクリとも動かねえ!)グググ

 

隼人(何だと!? 体格的には俺の方が有利のはず! 筋力は彼の方があるというのか!?)グググ

 

八幡(気を抜くと一気に持って行かれそうだ! 踏ん張れ俺! 戸塚と川崎が見てるぞ!)グググ

 

隼人(比企谷、君は実に意外性のあるやつだな! でも俺にもプライドがある! 負けない!)グググ

 

優美子「う、嘘、あのヒキオが……隼人と互角に…………」

 

翔「すげぇ! ヒキタニ君マジパネェ!」

 

姫菜「ふ、二人が手を繋いで熱く見つめ合って…………キマシタワー!」ブシャァァ

 

八幡(そんな外野の声は耳に入らず、少しでも有利な角度や体勢を求めて腕の力に神経を集中する)

 

八幡(が、意外な形で勝負は終わった)

 

平塚「もう授業の時間だ、さっさと席に着かんか」パコンパコン

 

隼人「うっ」

 

八幡「あう」

 

八幡(頭頂部に衝撃を受け、俺達は手を離してしまった。見上げると平塚先生が出席簿を持って立っている。どうやらあれで頭をはたかれたらしい)

 

八幡「ふう……じゃ、もういいな?」

 

隼人「ああ、時間を取らせたね」

 

八幡(これ幸いと俺は立ち上がり、さっさと席に戻る)

 

八幡(腕が痛え……)

 

沙希「や。さっきは凄かったね」

 

八幡(昼休みになり、いつもの中庭に行くと真っ先に川崎はそう言った)

 

八幡「勘弁してくれ。ちょっとムキになってめちゃくちゃ疲れた……腕が力入んなくて震えてんだけど。はぁ……」

 

八幡(俺は川崎の隣に座り、大きく溜め息をつく)

 

沙希「いいじゃない。みんなちょっと意外そうな目で見てたよ。マイナス方面で見られるよりいいでしょ?」

 

八幡「どんな形であれ目立つのは嫌なんだよ…………」

 

沙希「でも引き分けだったら比企谷にとっては勝ちみたいなもんでしょ。あたしは応援してたし嬉しいよ」

 

八幡「おう…………その、お前が応援してくれたから少し頑張ったんだわ。格好悪く見られたくないからな」

 

沙希「うん、格好良かったよ。御褒美あげようか?」

 

八幡「ん? 何かくれるのか?」

 

沙希「お弁当、あたしが食べさせてあげる。箸も掴めそうにないんだったらちょうどいいでしょ」

 

八幡「そう、だな……力が入らないんだから仕方ねえか」

 

八幡(仕方ないわー、箸も持てないんだからマジ仕方ないわー)

 

沙希「何から食べる?」

 

八幡「じゃあとりあえず玉子焼きから」

 

沙希「ん、はい、あーん」

 

八幡「あー……」パク、モグモグ

 

沙希「美味しい?」

 

八幡「そりゃもう。元から美味いうえに川崎みたいな美少女に食べさせてもらってんだからな」

 

沙希「ふふ、ありがと」

 

八幡(そんな風に川崎の手で昼飯を食べたためいつもより時間がかかったものの、まだ五限まで多少の時間はあった)

 

沙希「今日もいらない? 明日に取っとく?」

 

八幡(川崎は自分の太ももを指しながら聞いてくる)

 

八幡「ああ、そうだな…………いや、今日はお前が来いよ」

 

沙希「え?」

 

八幡「たまにはいいだろ、ほら。この前言ってたし頭も撫でてやるよ」

 

八幡(俺がベンチの端に寄って太ももを叩くと、川崎はしばらく逡巡したあと、ゆっくりと身体を倒す)

 

沙希「お、お邪魔、します」

 

八幡「おう」

 

八幡(そっと俺の脚に乗せられた頭を左手で撫でてやる)

 

沙希「ん…………」

 

八幡(川崎はピクッと身体を震わせた)

 

八幡「あー、嫌だったら言ってくれな」ナデナデ

 

沙希「ううん、平気……もっと、して」

 

八幡「おう」ナデナデ

 

八幡(相変わらず手触りいいなこいつの髪。シュシュ外してねえから手櫛は出来ねえけど)ナデナデ

 

沙希「ん……気持ち、いい」

 

八幡(なんかエロいな)ナデナデ

 

八幡(こうして俺は予鈴が鳴るまで川崎の頭を撫で続けてやったのだった)

 

八幡(さて、放課後になった)

 

八幡(いや、改めて言うほどのものでもなく、奉仕部に行くだけなんだがな)

 

八幡(由比ヶ浜みたいにお喋りするような相手もいない俺はさっさと教室を出る)

 

沙希「あ」

 

八幡「お」

 

八幡(廊下で川崎と鉢合わせた。こいつも似たような立場だもんな)

 

八幡(……ここで別れたら次に会うのは明日の昼か)

 

八幡「もう帰るのか?」

 

沙希「うん、今日は早く帰って家の事をやらないといけないから」

 

八幡(買い物とかもないんじゃ俺が必要な理由はない、か)

 

八幡「そうか。なら下駄箱んとこまで一緒に行こうぜ」

 

沙希「え、奉仕部はいいの?」

 

八幡「ちょっと遠回りするだけだ。早く行ったってやることなんかねえし」

 

沙希「そう……じゃ、一緒行こ」

 

八幡「おう」

 

八幡(俺は川崎と並んで歩き出す)

 

八幡「明日は朝11時くらいでいいんだよな?」

 

沙希「うん。でもちょっとくらい前後してもいいよ。結構適当なスケジュールなんだから」

 

八幡「ああ。じゃ、お前んちに着く15分くらい前にメール入れるわ。歩いてくからそれでもちょっとズレるかもしんねえけど」

 

沙希「え、自転車で来ないの?」

 

八幡「駅前とかぶらつくなら邪魔だろ。歩けない距離じゃないし」

 

沙希「ウチに置いとけばいいのに」

 

八幡「最後にはお前を家まで送るだろうからそれでもいいんだけどな」

 

沙希「ま、それは比企谷に任せるよ」

 

八幡「おう。明日俺が用意するもんとか必要なのあるか?」

 

沙希「そうだね……映画や夕御飯の資金とあたしへの愛情くらいじゃない?」

 

八幡「ああ、それはたっぷり持って行くから安心しろ」

 

沙希「うん。それじゃここで」

 

八幡「おう、また明日な」

 

八幡(下駄箱に着き、俺は川崎と挨拶して別れる。さすがにここで名前を呼ぶわけにはいかない)

 

八幡(さて、奉仕部行くか。あ、その前に図書室に寄って……)

 

八幡(………………あれ?)

 

八幡(なんか最後に恥ずかしいやり取りがあったような)

 

八幡(…………気のせい気のせい)

 

 

沙希(た、たっぷりって言ってた…………お金の話だよね?)ドキドキ

 

 

八幡(図書室で本を借り、奉仕部に向かう)

 

八幡「よっす」ガラガラ

 

雪乃「こんにちは」

 

いろは「こんにちはです」

 

結衣「やっはろー、あたしより先に出てたのに遅かったね。どこ行ってたの?」

 

八幡「ちょっと図書室に本を借りにな。んで一色、お前毎日のように来てるけどいいのかよ?」

 

いろは「あ、今日はちょっと先輩に聞きたいことがあって来たんですよ」

 

八幡「あん? 聞きたいこと?」

 

いろは「はい、先輩が葉山先輩と引き分けたって噂がありますが本当ですか?」

 

結衣「あ、もういろはちゃんも知ってるんだ?」

 

八幡「なんで知ってんだよ…………」

 

雪乃「比企谷君と葉山君? 何かあったのかしら?」

 

いろは「何でもお二人が腕相撲をして決着が着かなかったらしいですよ。結衣先輩は見てたんですよね?」

 

結衣「うん、この前サッカー部の腕相撲大会で隼人君が優勝した話になってね。隼人君鍛えてるって言ってて、あたしがヒッキーも鍛えてるらしいよって言ったら優美子が隼人君と勝負させようって」

 

八幡「そこだよ。俺を話題に出すなよ。面倒臭いことに巻き込まれたじゃねえか」

 

結衣「えーでもヒッキーもノリノリだったじゃん」

 

八幡「誰がだよ、あんなリア充達の前に引きずり出しやがって…………」

 

いろは「でもやったんですよね?」

 

結衣「うん、優美子の合図で勝負始まったんだけどそこから凄いの二人とも。見てる方が疲れるくらい力入っててさ、ずっと動かないの。授業始まって平塚先生来てお流れになったけど」

 

いろは「へえー、葉山先輩って相当力ありますよね。それで互角なんですか、すごいじゃないですか先輩」

 

八幡「うるせえ、ついムキになった自分を今反省してんだから話しかけるな」

 

雪乃「反省って、別に悪いことをしたわけではないのでしょう?」

 

八幡「ぼっちにとっては目立つこと自体が悪なんだよ。だいたい葉山相手だったら何をしたってこっちにとってプラスにならんからな。そういった意味じゃ引き分けってのはベターだったかもしれん」

 

雪乃「ベストは?」

 

八幡「そもそも勝負をしないことだ。何もないのが一番いい」

 

結衣「えー、そんなのつまんないじゃん」

 

八幡「お前らはそれでいいかもしれんが、巻き込むなよ」

 

いろは「まあまあ。でも聞く限りそんな悪い噂は流れてませんよ。葉山先輩相手だからあれですけど、ただ単に腕相撲で引き分けたってだけなんですから」

 

八幡「とにかく、今度からは俺を話題に出すなよ」

 

結衣「えーっと、こういう時は善処します、って言えばいいんだよね?」

 

八幡「こら、政治家みたいな返答はよせ。やめる気が全然ねえってことじゃねえか」

 

いろは「しかし葉山先輩と互角ですか。ちょっと失礼しますね…………ってうわっ、何ですかこれ! 改めて触るとすごい固いじゃないですか!」ニギニギ

 

八幡「おい腕掴むな離せ。ぼっちにそういうことをするな。慣れてねえんだから挙動不審になるだろ」

 

いろは「今まで気付かなかったですけど、ええー……何でこんなに鍛えてるんですか?」サワサワ

 

八幡「話聞け。離せよ…………昔からなんやかんや力仕事押し付けられたり二人で協力しなきゃいけないのを一人でやってたからな。多少は鍛えてないとやってらんねえんだよ」

 

いろは「いやいや、多少どころじゃないですこれ。今まで数多く触った男子の中でもトップクラスですよ。こんなんだったら襲われても抵抗なんかできませんね」サワサワ

 

八幡「誰が襲うか。あとさり気なくビッチ宣言しやがって…………離せって」グイッ

 

いろは「ああっ、凄かったのに……じゃあ葉山先輩もそれくらいの筋肉があるんですかね?」

 

八幡「あいつは俺より体格がいいからな、その分違うだろうが…………触ったことないのか?」

 

いろは「じっくりとはありませんねー。すぐにやんわりと振り払われちゃうんで」

 

八幡「なんだかんだあいつもガード固いな…………てか、サッカー部はいいのか?」

 

いろは「あ、そうでした、そろそろ行きます。では先輩方、今日はこれで失礼します。先輩、また触らせてくださいね」ガラガラ、ピシャ

 

八幡「誰が触らすか……ってもう行っちまいやがった」

 

結衣「ね、ねえヒッキー…………」

 

八幡「あん?」

 

結衣「ちょ、ちょっとあたしにも触らせてくれない?」

 

八幡「はあ?」

 

八幡「出やがったな元祖ビッチ宣言。だが断る

 

結衣「何でだし!? いろはちゃんには触らせてたじゃん!」

 

八幡「あいつが勝手にやってきたんだ、許可を出した覚えはない」

 

結衣「ううー……いいじゃん減るもんじゃないし!」

 

八幡「あのな、逆の立場で考えてみろ。俺がお前の身体を触りたいって言ったら拒否するだろ?」

 

結衣「えっ、あ、あたしの身体を触りたいって、何言ってるの!? ヒッキーのスケベ! 痴漢! 変態!」

 

八幡「某政党並みにブーメラン返ってるからなそれ」

 

雪乃「比企谷君、少しいいかしら?」スタスタ

 

八幡「ん?」

 

雪乃「私の右肘、少し掴んでみてくれない?」スッ

 

八幡「? こうか?」ギュッ

 

雪乃「ええ。ところで比企谷君、あなたは私の腕に触ったわね? なら私があなたの腕に触れることに対して文句は言えないわよね」

 

結衣「なっ!」

 

八幡「おいそれは卑怯だろ。お前がやれって言ったからやったんだろうが」

 

雪乃「黙りなさい。私には部長として部員たるあなたの身体能力を把握しておく義務があるのよ」

 

八幡「何で文化部でそんな必要があるんだよ。今までそんなこと一回も言ってなかったじゃねえか」

 

雪乃「それにここであなたと二人きりになってしまうこともあるわ。いらぬ危険を回避するためにも知っておいた方がいいのよ」

 

八幡「だから襲わねえっつってんだろ。襲うつもりならとっくにやっとるわ」

 

雪乃「あら、今は我慢できても日々成長する私の美しさに抑えがきかなくなるかもしれないじゃない」

 

八幡「襲いたい気持ちがある前提で話すな。てか成長してんのお前? …………ひっ」ビクッ

 

八幡(つい雪ノ下の胸元に視線が行ってしまったが、ものすごい冷たい目で見られた。やめて! 石化しちゃう!)

 

結衣「ヒ、ヒッキー、ちょっとあたしの腕を掴んでくれない?」

 

八幡「いや、この流れで掴むわけねえだろ馬鹿かお前」

 

結衣「馬鹿じゃないし! 何でもいいから早く触らせてよ!」

 

八幡「もう取り繕わなくなってきたな…………あのな、俺彼女いるから他の女子にみだりにそういうことはさせられないんだ」

 

結衣「だからフリでしょ!」

 

八幡「そうだな。でもこの前の写真事件の時に言っただろ。軽はずみに女子と接触するのは極力避けるって。さっきはすげえ自然な流れでやられたから雪ノ下の肘は掴んじまったけど」

 

雪乃「…………そういえばそうだったわね」

 

八幡「それを約束したお前らに破らせるわけにはいかねえよ。一色にも少し強く言っとかねえとな」

 

結衣「あ、えっと……それはあたしが言っとくよ。ヒッキーは言わなくていいから」

 

八幡「ん? いや、こういうのは本人が言った方がいいだろ?」

 

結衣「だって、この前みたいになって、いろはちゃんまた泣いたりしたら可哀想じゃん」

 

八幡「え、何、あいつ泣いたの?」

 

結衣「あっ」

 

八幡「うわーマジか…………今度謝っとかねえと」

 

雪乃「いえ、やめておきなさい。それこそ蒸し返されるより忘れてもらった方が一色さんのためでもあるわよ。そもそもあれは一色さんの方に非があったのでしょう?」

 

八幡「ん、そうか…………」

 

八幡(泣くほど怖がらせちまった…………というか俺がそこまで怖かったのか)

 

八幡(今ならわかる。何で俺があんなに怒ったのか)

 

八幡(多分、あの時にはもう本気で川崎に惚れていたんだろうなあ)

 

雪乃「比企谷君?」

 

八幡「ん、ああ。とにかく俺の身体に触るのは止めてくれ。精神的にも良くないからな」

 

結衣「うー……」

 

雪乃「まあ今日のところは引いてあげるわ」

 

八幡「何で上から目線なんですかね…………次もねえから」

 

雪乃「でも実際どうしてそんなに鍛えているのかしら? さっき言っていたのが理由とは思えないのだけれど」

 

八幡「あー…………あれも嘘じゃないんだがな、一応自衛も兼ねてのことだ」

 

雪乃「自衛?」

 

八幡「中学生あたりだと俺みたいなのがイジメの対象になりやすいだろ? 最低限の反撃ができるくらいにはなっとかないとって思って小学校卒業辺りから鍛えだしたんだ」

 

結衣「イ、イジメって」

 

八幡「どこにでもあるだろそんなもん。まあ幸い暴力的なものはなかったし話くらいはしてくれてたから必要なかったんだが…………むしろそのせいで勘違いして色々黒歴史を作っちまったなぁ」

 

八幡(話し掛けられるだけで好意を持ったりとか…………今考えると有り得ねえよな。あの頃は若かった)

 

八幡「でも筋トレはもう習慣になっちまったし部活もやってなくて時間はあったからな、そのまんま続けてるわけだ」

 

雪乃「まさに文字通り継続は力なり、ね」

 

八幡「結局荷物持ちくらいにしか役に立ってないけどな」

 

八幡(…………ああ、いや、この前役に立ったか。川崎をウチに運んだとき)

 

八幡(あの時は鍛えておいて良かったと思ったもんな)

 

八幡「待たせたな」

 

義輝「おお、待っておったぞ。早速例のを頼む」

 

八幡「あいよ。お互い一回ずつスパコンKOでいいんだな」

 

義輝「うむ」

 

八幡(奉仕部が終わり、材木座と連絡を取った俺はゲーセンにやってきていた)

 

八幡(格ゲーで依頼された条件を達成しつつ、闘う)

 

八幡(材木座のキャラはローリングアタックがガードされると確反だから注意しないとな。というか修正が入るたびに弱体化していく俺のキャラは何なんですかね。イジメ?)

 

八幡(条件を満たしたあとはお互い押しつ押されつで何プレイかしたが、混んできたので一旦離席して休憩スペースに向かう)

 

義輝「お主はいつも通りマックスコーヒーで良かったか?」

 

八幡「ああ…………いや、今日は俺が出そう」

 

義輝「ぬ、しかし依頼料を払わねば我の気がすまぬぞ。普通にやったらなかなか達成できぬものを果たせてもらったのだからな」

 

八幡「遠慮すんな。変わりにちょっと俺の話を聞いてくれればいいさ。コーラでいいんだな?」ピッ、ガコン

 

義輝「そうか、なら戴くとしよう」

 

八幡「おう…………その、この前はサンキューな」

 

義輝「我は何もしておらぬ。何かを言ったとしても実際に動いたのは八幡自身ではないか」

 

八幡「いいんだよ、俺が言いたいだけなんだから」

 

義輝「そうか…………で、例の川崎女史とはどうなったのだ? むろん言いたくないなら言わなくてもよいのだが」

 

八幡「ああ、明日昼から会う予定だからさ。そん時にガチ告白をしようと思ってる」

 

義輝「ほう。しかし良いのか? 我にそれを言っても」

 

八幡「むしろ事情を知ってるやつには言っておきたいんだよ。自分を追い込んでねえと直前でヘタレる可能性があるからな…………」

 

義輝「それだけ今の状況が心地良いということであろうな。しかしその中途半端なぬるま湯から出ようという心意気は充分に立派だと思うぞ」

 

八幡「………………なあ材木座、お前本当に材木座?」

 

義輝「…………くくく、バレてしまっては仕方ない。実はこの前までの我は仮の姿! しかし真の力に目覚めた我は」

 

八幡「やっぱいい。そのウザさは間違いなく本物だわ」

 

義輝「八幡!?」

 

八幡「ま、あの言葉があったから俺はそうすることにしたんだ。偽物の方が価値があることもある、か…………目から鱗だったよ」

 

義輝「うむ、良い言葉であろう?」

 

八幡「でもどうせなんかのゲームかラノベキャラのセリフのパクリだろ? どんなキャラだ?」

 

義輝「女子中学生に詐欺を仕掛けて小金をせしめる詐欺師だ」

 

八幡「おい!」

 

八幡(思わずツッコミを入れてしまった)

 

八幡(そこからしばらく雑談して、時計を見ると結構な時間になっている)

 

八幡「あー……そろそろ俺は帰るわ。明日の準備もあるし」

 

義輝「む、そうか。リア充爆発しろと言いたいところだが、我慢して成功を祈っておる」

 

八幡「どっちだよ………………なあ、材木座

 

義輝「何だ?」

 

八幡「お前が友達で、良かったわ」

 

義輝「…………え?」

 

八幡「なんだ、違ったか?」

 

義輝「は、は、はち゛ま゛~ん゛!」ガシッ

 

八幡「うぜぇ引っ付くな、俺に引っ付いていいのは川崎と小町と戸塚だけだ」グイッ

 

義輝「うおお……は、八幡が我を友と……」グスングスン

 

八幡「ま、なんだかんだお前とは結構つるんでるし色々世話にもなってるしな。そういう関係じゃないっつっても無理があるだろ」

 

義輝「うう…………よ、よし、ならば友として明日の健闘を祈らせてもらおう」

 

八幡(材木座はそう言って拳を突き出してきた。俺は自分の拳をそれに当てる)

 

八幡「んじゃ頑張ってくるわ。失敗したら慰めパーティーでも開いてくれよな」

 

義輝「大丈夫、お主なら上手くいく。頑張るがよい」

 

八幡(俺は材木座と何度か拳を突き合い、別れを告げてゲーセンを出る)

 

八幡(もうすっかり暗くなっており、空を見ると星がいくつか瞬いていた)

 

八幡「明日も晴れそうだな……」

 

八幡(俺は自転車に乗り、ペダルを漕ぎ出した)

 

沙希「ん、こんなもんかな」

 

沙希(あたしは自分の部屋で明日の準備をしていた)

 

沙希(といっても大したものではない。家にいるときの服と出掛ける時の服を決めるくらいだけど)

 

沙希(明日は比企谷がウチに来る。以前来たときとは違い、二人っきりだ)

 

沙希(あたし以外はみんな朝から出掛けてしまう。そんで夕方まで帰ってこない)

 

沙希(もし比企谷に襲われても抵抗できないよね…………)

 

沙希「って、ないない!」ブンブン

 

沙希(変なこと考える前にさっさと寝ちゃお!)

 

沙希(電気を消してベッドに入る。だけど緊張してなかなか寝付けない…………遠足前の小学生かあたしは)

 

沙希(比企谷…………)

 

沙希(二人きりだからって女の子を襲うようなやつじゃないのはわかってる。でも…………)

 

沙希(…………この指が比企谷のだったらいいのに)

 

沙希「………………」モゾモゾ

 

沙希「ん………………」クチュ

 

沙希「ん……ん…………」クチュクチュ

 

沙希「ん、あ………………」クチュクチュ

 

沙希「ん………………んぅっ!」ビクンッ

 

沙希「ん……ふ…………ぅ」ポー

 

沙希「はぁ………………」クッタリ

 

沙希「また……比企谷でしちゃった…………」

 

沙希(あたし、いつからこんなふうになっちゃったんだろ…………比企谷のせいだよまったく)

 

沙希(責任、取ってよね…………)

 

沙希(………………お休み、八幡)

 

 ~陽乃さんの暗躍~

 

陽乃「おっかしいなあ…………いくら調べても比企谷君の彼女の正体が掴めない」

 

陽乃「カワムラサキ……カワムラサキ……うん、やっぱりクラスメートどころかどの学年にもいない」

 

陽乃「カワムラって子はいてもサキって呼ばれそうな名前じゃない」

 

陽乃「雪乃ちゃんやガハマちゃんの反応から察するに嘘じゃないと思うんだけど本人達には聞きづらいし…………うーん」

 

陽乃「ん? 同じクラスに川崎沙希?」

 

陽乃「いや、ないか。恋人の名前を間違えるなんて」

 

陽乃「! そうか、面倒事を避けようととっさに嘘を付いたんだ!」

 

陽乃「クラスメートというのは嘘で、多分学外の人間。目撃されたのは校門のあたりだから部外者でもおかしくない」

 

陽乃「考えてみれば悪評が広まってる比企谷君があの学校で奉仕部以外の女子から好意を持たれることはないよね」

 

陽乃「ならきっと近隣の高校の生徒のはず…………よし、すぐに名簿を手に入れないと」

 

陽乃「カワムラサキ…………本当に雪乃ちゃん以上に比企谷君に相応しいかきっちり確かめさせてもらうからね」

 

 ~さーちゃんとけーちゃん~ in川崎家居間

 

京華「ねーねーさーちゃん」

 

沙希「ん? 何、けーちゃん?」

 

京華「さーちゃんはいつはーちゃんとけっこんするの?」

 

沙希「んなっ!? 何を言ってんのけーちゃん!?」

 

京華「え、だってすきなひとどうしってけっこんするんでしょ。さーちゃんははーちゃんきらいなの?」

 

沙希「えっとね、お互い好きってだけじゃ結婚はできないの。年齢とか生活のこととか」

 

京華「じゃあさーちゃんははーちゃんすき?」

 

沙希「う…………そ、そうだね、別に嫌いじゃないよ」

 

京華「あんまりすきじゃないんだ…………」ショボン

 

沙希「っ! ……あーもう! 好きだよ、あたしはあいつが大好きだって!」

 

京華「ほんと!?」

 

沙希「ほんとほんと。結婚したいくらいね」

 

京華「やった! はやくけっこんしていっしょにくらそ!」

 

沙希「え、あー……それはどうかな…………」

 

京華「こんどはーちゃんにもおしえなきゃ! さーちゃんがはーちゃんとけっこんしたいって!」

 

沙希「ちょ、ちょっと待って! それはダメ!」

 

京華「なんでー?」

 

沙希(くっ、何を言っても無駄そう……こうなったら)

 

沙希「あのね、実はもう結婚する約束してるの」

 

京華「え、そうなんだ!」

 

沙希「うん、だけど恥ずかしいから秘密にしてるんだ。だからけーちゃんが誰かに言っちゃうとなかったことになっちゃうかもよ」

 

京華「え……うん、わかった。だれにもないしょ」シー

 

沙希(これで時間稼いで……何とかしないと)

 

 

川崎母(あの子、台所に私がいるのわかってるのかしら?)

 

 

八幡「ん……っと…………」

 

八幡(目が覚めて身体を起こし、大きく伸びをする)

 

八幡(二度寝をしても構わない時間ではあるが、俺はそのままベッドから降り、階下に向かう)

 

カマクラ「ニャー」

 

八幡「よ」ナデナデ

 

八幡(居間にはまだ誰もいない、と思ったら珍しくカマクラが起きていて挨拶してきた)

 

八幡(返事をして撫でてやるとそれで満足したか、ソファーに寝そべりだす)

 

八幡(うむ、実に羨ましい生活だ。どうにかして替わってもらえないだろうか)

 

八幡(あー駄目だ、川崎のやつ猫アレルギーだもんな。却下却下)

 

八幡(朝飯……の前にシャワー浴びとくか。寝汗掻いたし)

 

八幡(脱衣所で寝間着を洗濯機に放り込み、シャワーで汗を流す)シャワー

 

八幡(トランクス一丁で居間に戻ると珍しく母親が起きていた)

 

比企谷母「土曜なのに随分早いじゃない、どしたの?」

 

八幡「ちょっとな。そっちこそ早くね?」

 

比企谷母「午前中に町内会の集まりがあってね。めんどくさいけど近所付き合いあるから」

 

八幡「お疲れさまです」

 

八幡(普段朝早くから夜遅くまで働いているのにそういうとこもきっちりしてる両親を俺は尊敬している)

 

八幡(なんでこの両親から俺みたいなのが生まれたんだろうなあ…………とか思いながら冷蔵庫からマックスコーヒーの缶、通称マッ缶を取り出した)

 

八幡(あ、性格の話ね。外見は結構似ている。目以外)カシュ、ゴクゴク

 

比企谷母「それにしてもあんたいい身体してるわね。首だけすげ替えればモテモテになりそう」

 

八幡「どこのジョナサンだよ」

 

八幡(親類一同がスタンドに目覚めちゃうよ? 精神力ないとホリィさん状態になるけど。やだ、一族総出でやっつけられちゃう)

 

比企谷母「やっぱりその目がねえ…………他は悪くないのに」

 

八幡(このセリフは目以外は似ている自分たちを暗に褒めているよな……)

 

八幡「ほっとけ、これでもいいって言ってくれるやつはいるんだよ…………川崎とか」ボソッ

 

比企谷母「…………川崎? 誰?」

 

八幡(最後は小さく独り言のように呟いたのだが、しっかり聞こえていたようだ)

 

八幡「今日のデートの相手だよ。付き合ってるわけじゃないけどな」

 

比企谷母「え…………」バサ

 

八幡(何がそんなにショックなのか、新聞を取り落としていた。あれ、でもこの前もデートしたじゃん俺)

 

小町「おはよーお母さんお兄ちゃん」

 

八幡「おう、おはよう小町。お前も早いな」

 

小町「だってお兄ちゃんと沙希さんとの運命の一日じゃん。たがらお兄ちゃんが出掛けるのを見送るために早起きしたんだよ。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

比企谷母「ちょ、ちょっと小町、こっちに来なさい」グイッ

 

小町「わわっ、何、お母さん?」

 

八幡(何やら部屋の隅っこでボソボソと話してる母娘。まあだいたい想像は付くけど)

 

八幡(でもすいませんお母様、今聞こえた『え? まだフられてなかったの!?』は結構心に響きました。ガラスのハート砕けちゃうよ?)

 

比企谷母「八幡、これ持っていきなさい」

 

八幡「あん? って、おい!」

 

八幡(話が終わったかと思うと突然俺に金を渡してきた。しかもお年玉とかより全然多い)

 

八幡(まさか金の力でモノにしろ、なんて言うつもりじゃねえだろうな…………)

 

比企谷母「自暴自棄にならないでこれでたくさん遊んで気分転換しなさい。だから妙なこと考えちゃ駄目よ」

 

八幡「フられる前提で話すな! あとフられても自殺とかしねえから!」

 

八幡(愛されてるのかどうか実に微妙なラインだ)

 

八幡(あれから親父も起きてきてみんなでなんだかんだ大騒ぎし始めた。いい加減鬱陶しくなったので結局朝飯を食わずに着替えてさっさと家を出ることにする)

 

八幡(が、玄関を出たところまで家族全員で見送られたのはちょっと…………そこまで大事件かこれ? 結局金は押し付けられたし)

 

八幡(コンビニで立ち読みして時間を潰し、本日二本目のマッ缶を買って飲みながら川崎家に向かう)

 

八幡(少し早めだったが、メールで確認するといつでも構わないと返信が来た。もう家族は出掛けたのだろうか)

 

八幡(しばらくして川崎家に到着。呼び鈴を鳴らすと返事があり、ドアが開く)

 

沙希「い、いらっしゃい」

 

八幡「おっす、かわ……川越」

 

沙希「…………川崎なんだけど、ぶつよ?」

 

八幡「すまん、何か言わなきゃいけない気がしてな。ちょっとやり直そう」

 

沙希「え?」

 

八幡(俺はドアを閉めさせ、再び呼び鈴を鳴らす)

 

沙希「はいはい、いらっしゃい」ガチャ

 

八幡(川崎が呆れた表情でドアを開けた)

 

八幡「おはよう沙希、エプロン姿も可愛いな」

 

沙希「んぐっ! …………あ、ありがと…………あがって」

 

八幡(予想しない不意打ちだったか一瞬で真っ赤になる川崎。しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。やだ、可愛い)

 

八幡「おう、お邪魔します」

 

八幡(俺と川崎の、長い一日が始まった)

 

八幡(居間に案内されて腰を下ろした瞬間、腹が盛大に鳴る。結局朝起きてからマッ缶二本しか摂取してねえもんな)

 

八幡「なあ川崎、催促して悪いけど昼飯ってもう出来てる?」

 

沙希「ん、もうちょっとだね。はい、お茶」

 

八幡「サンキュ、実は朝飯食ってなくってさ、すげえ腹減ってんだ」

 

沙希「へえ…………」ニヤリ

 

八幡(あ、何か悪いこと考えてやがる)

 

沙希「そんじゃ少し急ぐかな。肉じゃが作ってるけど好き?」

 

八幡「お、好きだぞ。というか嫌いな男なんていないだろ。男を落とす料理って言われてるくらいだし…………あ」

 

沙希「え? ちちち違うし! 冷蔵庫見て出来そうなのがそれだっただけだし!」

 

八幡「落ち着け。由比ヶ浜や三浦が混じってんぞ」

 

沙希「うう…………でも結構自信作だから。家族みんなも美味しいって言ってくれるしね」

 

八幡「そいつは楽しみだな」

 

沙希(焦らそうと思ったけどそんな気なくしちゃった……)

 

沙希「ご飯と漬け物だけでも先に食べる?」

 

八幡「いや、待ってる時間もそれはそれで悪くないから。全部出来てからでいい」

 

沙希「そう? じゃあちょっと鍋見てくるからゆっくりしてて。テレビ付けてもいいからね」

 

八幡(川崎はそう言って台所へと向かう。その背中に一言断ってトイレを借りた)

 

八幡(玄関そばのトイレから出て気付いたが…………俺の靴がきっちり揃えられてる)

 

八幡(え? いつの間に? 細かいとこまで気が効き過ぎじゃね? オカンスキル高過ぎだろ)

 

八幡(居間に戻り、台所の川崎の姿が見える位置に陣取る)

 

八幡(部屋着なのだろうか、太ももを惜しげもなく晒すホットパンツ姿はとても新鮮だ。忙しなく動くたびにフリフリと揺れるポニーテールは見ていて飽きない)

 

八幡(二つの鍋が火にかけられているが、匂いから察するに肉じゃがと味噌汁だろう。その片方を頻繁に確認していた)

 

八幡(そのたびに少し屈んで、逆にこっちに突き出されるヒップの丸みに俺まで前屈みになってしまう)

 

八幡(いかんいかん、これ以上は目の毒だ。川崎に見つからないうちに移動しとこう)ススス

 

八幡(しばらくして台所から声がかかる)

 

沙希「お待たせ、今持っていくからねー」

 

八幡「おう、手伝うか?」

 

沙希「いいよ、お客さんだし座ってなって」

 

八幡「わかった」

 

八幡(しばらくしてお盆を持った川崎が居間にやってきた)

 

八幡(俺の前に次々と料理を並べていく。ご飯、味噌汁、肉じゃが、漬け物)

 

八幡(ひとしきり並べたあと、今度は自分の分を持ってきて俺の対面に置く。さすがに俺よりは少な目だった。エプロンを外し、川崎も腰を下ろす)

 

沙希「じゃ、食べよっか」

 

八幡「おう、いただきます」

 

沙希「召し上がれ。あたしもいただきます、っと」

 

八幡(さて、まずは味噌汁から)ヒョイ、ズズ

 

八幡「!」

 

八幡(え、何これ? めっちゃうめえ)ズズ、ゴクゴク

 

八幡(出汁から違うのか? ウチと味が全然違うし豆腐がすげえ美味い)パクパク

 

八幡(…………あれ?)

 

八幡「えっと、すまん川崎」

 

沙希「何?」

 

八幡「味噌汁、おかわりあるか? その、全部飲んじまった」

 

沙希「はあ? もう?」

 

八幡「いや、何か美味くて……気が付いたら…………」

 

沙希「仕方ないねぇ」フフッ

 

八幡(川崎は苦笑いしながらも器を受け取り、よそってきてくれた)

 

八幡「しかし美味いな、出汁が違うのか? ウチのよりこっちが正直好みだ」

 

沙希「そ、そう」

 

八幡「あと豆腐の味が濃厚なんだが……今日のために高級品買ったりしてないよな?」

 

沙希「そんなことしないよ。ウチにあるもので作ってるって言ったでしょ」

 

八幡「そ、そうだったな」

 

沙希「ま、豆腐って別に作るの難しくないからね」

 

八幡「えっ!? まさか手作りなのこれ? 市販のじゃなくて?」

 

沙希「うん、時々作るよ。こっちの方がみんな喜ぶし」

 

八幡「そりゃそうだろ。こんな味の濃い豆腐なんて初めてだぜ。めちゃくちゃ美味い」

 

沙希「そ、そう。まあお弁当にはなかなか入れられないからね豆腐は」

 

八幡「そうだな。さて、そろそろ肉じゃがを、っと」

 

八幡(俺はじゃがいもを箸で掴む)

 

八幡「!」

 

八幡(か、形が崩れない!? 普通は鍋の水分で煮崩れするんだが…………箸でしっかり掴めるぞこれ)ヒョイ、パク

 

八幡「! 何だこれ、すげえほくほくじゃねえか! 味もしっかり付いてるし……ええー?」

 

沙希「ああ、水を使ってないからね。酒、醤油、野菜の水分で蒸らす感じでやるんだ。焦げないようによく見てないと駄目だけど、その分美味しく出来るからさ」

 

八幡(肉や玉ねぎ、人参なども余計な水分がないせいか、しっかり味が付きながら歯応えも丁度良い)

 

八幡(ヤバい、胃袋が落とされちゃう! くっ、肉じゃがなんかに絶対負けない!)

 

沙希「ね、比企谷」

 

八幡「な、何だ?」

 

沙希「おかわり、いっぱいあるからね」ニコッ

 

八幡(肉じゃがには勝てなかったよ…………)

 

八幡(結局ご飯も三杯も食べてしまったし)

 

八幡(川崎はん、あんたなんちゅうもんを食わせてくれるんや。ウチの食事が味気なくなったらあんたのせいやで!)

 

八幡(ちなみに川崎は俺に食後のお茶を出してくれたあと、台所で洗い物をしている)

 

八幡(美味い美味い言いながら食べたのがよっぽど嬉しかったのか、時折鼻歌を歌いながら食器を片付けていった)

 

八幡(やがて洗い物も終わり、エプロンを取ってこちらにやってくる)

 

沙希「お待たせ、よっと」

 

八幡(川崎は広めのスペースに女の子座りをし、俺の方に手を伸ばして誘うポーズをする)

 

沙希「いいよ、来な」

 

八幡「え?」

 

沙希「するんでしょ、膝枕」

 

八幡「あ、ああ」

 

八幡(元々その予定なのだ。なのだが…………)

 

沙希「?」

 

八幡(わかってんのか? ホットパンツだぞ。生足でムチムチな太ももがアレなんだぞ)

 

沙希「あ、そうだった」スクッ

 

八幡(何かを思い出したように川崎は立ち上がる。ホットパンツだと恥ずかしいことに気付いたか。ちょっと残念だけど仕方ないな)

 

沙希「よっ、と。比企谷、せっかくだから耳掃除してあげるよ。あたしこう見えても上手いんだ」

 

八幡(なん……だと……?)

 

八幡(川崎は耳かきの棒やらウェットティッシュやらをテーブルに用意し、再びさっきのように座る)

 

沙希「ほら、おいで」

 

八幡「……じゃあ、よろしく頼む」

 

八幡(俺は横になっていつものように川崎の太ももに頭を乗せようとする。が、そこで止められた)

 

沙希「あ、向き違う。そうじゃなくて縦になって。その方が頭の収まりがいいから」

 

八幡「えっと、こうか?」

 

八幡(川崎に対して真っ直ぐになる)

 

沙希「うん、そう。頭が脚の間に収まるから。そしたら横向いて耳みせて」

 

八幡(なるほど。普段ベンチとかでは無理な体勢だ)

 

八幡(てか太ももの感触がヤバい。暖かくて、柔らかくて、すげえ気持ち良い)

 

沙希「じゃ、始めるよ。何かあったら言って」

 

八幡「おう」

 

八幡(川崎はまず耳を指で揉んできた)

 

沙希「最初にこんなふうにマッサージしとくと血行が良くなって垢が取れやすくなるのさ」クニクニ

 

八幡「へえ」

 

八幡(耳のマッサージか。なかなか気持ち良いな)

 

沙希「ん、こんなもんかな。ちょっと一回ウェットティッシュで拭くからひんやりするよ」

 

八幡「あいよ」

 

八幡(耳の外側や裏側を軽く拭かれる。その後のすっきりした感触が心地いい)

 

沙希「少し汚れてるね。見えないとこだけどちゃんと洗わないと駄目だよ」

 

八幡「おう、気を付けるわ」

 

八幡(ひとしきり拭いたあと川崎は再びマッサージをする。冷えた耳がじんわりと温かくなった)

 

沙希「よし、っと。んじゃまずは外側からね」

 

八幡(耳かきを手にし、カリカリと表面を撫でるように掻いていく)

 

沙希「」カキカキ、スーッ

 

沙希「」カキカキ、スーッ

 

八幡(やべ、自分でも耳垢が取れてるのがわかる)

 

八幡(恥ずかしい…………もっとちゃんと耳掃除やっとけば良かった。でも自分でやるの得意じゃないんだよな……家族に頼むような歳でもないし)

 

八幡「悪いな、その…………結構溜まってるだろ」

 

沙希「ん、そうだね。やりがいがあるよ」カリカリ

 

八幡(川崎は実に楽しそうに言った。嫌悪感とかはないみたいだ、良かった…………)

 

沙希「んじゃ、そろそろ穴の中に行くよ」

 

八幡「よろしく」

 

八幡(手前から掻いていき、耳垢を取りながら少しずつ奥まで入ってくる)

 

沙希「あんた意外とこういうとこ無頓着なんだね。どんどん取れちゃう」カキカキ

 

八幡「お恥ずかしい限りです…………なんつーかちょっと苦手でな」

 

沙希「ふうん。ならあたしが定期的にしてあげるよ」カリカリ

 

八幡「え、マジ?」

 

沙希「ほら動かないで……うん、するの好きだしね」カリカリ

 

八幡「なら、時々でいいから頼むよ」

 

沙希「うん」カキカキ

 

八幡(しかし改めて考えるとすげえシチュエーションだな)

 

八幡(手作りの昼飯食べて、膝枕してもらって、挙げ句の果てに耳掻き)

 

八幡(何この幸せ環境。俺明日死ぬんじゃね?)

 

八幡(てかまた決心が鈍ってきた。だって今後も耳掃除してくれるって言ったけど、告白して失敗したらなかったことになるよな絶対)

 

八幡(現状維持ならこの幸せ環境をまた味わえるってことだが…………ううー)

 

八幡(ま、いいや。それは後で考えるとしてとりあえず今は満喫しとこ)

 

沙希「よし、おっけ。反対側するから逆を向いて」

 

八幡「あいよ」クル

 

八幡(寝返りを打つようにし、反対側の耳を向ける)

 

八幡(同じようにマッサージからの流れで俺の耳がどんどん綺麗にされていく)

 

沙希「あ、奥にちょっと大きいのがこびりついてるね。少し強くするけど痛かったら言って」

 

八幡「わかった」

 

八幡(緊張したが川崎は絶妙な力加減で丁寧にそれを剥がしていく)

 

八幡「んぁ、ああああ」

 

八幡(ペリペリと耳奥で響く剥がれる音と爽快感に俺は思わず声を上げてしまった)

 

八幡(死にたい…………)ズーン

 

沙希「ふふ、たくさん取れたよ。お疲れ様」

 

八幡(あえてそれに言及してこない優しさが沁みるぜ)

 

沙希「じゃ、このまんま寝ちゃおっか」ナデナデ

 

八幡(そう言って川崎は俺の頭と背中を撫でる。それヤバい、ヤバいって!)

 

八幡(さっきからくすぶっていた眠気が一気に襲いかかってきて目蓋が重くなる)

 

八幡(てかさっきから黙りっぱなしだ俺。何か言わないと……でも、眠い……)

 

八幡「……お休み……沙希……」

 

沙希「ん、お休み、八幡」ナデナデ

 

八幡(その言葉を聞いて俺は意識を手放した)

 

八幡(…………)

 

八幡(ゆっくりと意識が覚醒していく)

 

八幡(それと同時に眠る直前のことも思い出す)

 

八幡(横向に寝ている俺の右頬に感じる柔らかいものは川崎の太ももか)

 

八幡(正直名残惜しいけどこのあと夕食と映画があるんだ。目が覚めたなら起きないとな)

 

八幡「ん…………」

 

沙希「あ、起きた?」

 

八幡(首を捻って見上げると編み物をしている川崎と目が合った。相変わらず巨乳で顔の全部は見えないが)

 

八幡「おう、どんくらい寝てた?」

 

沙希「四時間ちょっとかな? 結構ぐっすりだったよ」

 

八幡「マジか、起こしてくれても良かったのに」

 

沙希「別に映画さえ間に合えばいいかなって。すごい気持ち良さそうに寝てたし」

 

八幡「ああ夢も見ないほどだった。よく眠れたよ」ゴロン

 

八幡(俺は身体を転がして仰向けになる)

 

沙希「ふふ、それなら良かった」

 

八幡(川崎は手にしていた編み物をテーブルに置き、微笑みながら俺の頭と頬に手を添えてそっと撫でてきた)

 

八幡(え、何これ? そんな顔でこんなの母親にもされたことないんだけど)

 

八幡(…………ヤバい、なんか泣きそう)

 

八幡(俺は誤魔化すように両腕で目を隠す)

 

八幡「じゃあそろそろ出掛けるか。軽く何か食べときたいしな」

 

沙希「そうだね、あたしも着替えよっかな」

 

八幡(川崎が撫でるのを止めたので俺は身体を起こした)

 

八幡「さすがにその格好じゃな。しかし家だとお前そんなんなんだな」

 

沙希「ん? いや、普段はホットパンツなんて穿かないよ」

 

八幡「え、そうなのか? 今日はなんでまた?」

 

沙希「比企谷は膝枕してもらうならこっちの方がいいでしょ?」クス

 

八幡「! う、いや…………その」

 

沙希「ふふ、じゃ、あたしは着替えてくるから。覗いてもいいけどバレないようにね」

 

八幡「覗かねえよ!」

 

沙希「覗きたくないの?」

 

八幡「言わすな! 我慢してっから早く着替えてこいって」

 

沙希「はいはい。ちょっと待っててね」

 

八幡(川崎が編み物を片付けて居間を出て行くと同時に俺は大きな溜め息をつく)

 

八幡「マジで覗いてやろうかあいつめ……」

 

八幡(いや、覗かないけどね)

 

八幡(ボーっと待っていると着替え終わった川崎が戻ってきた)

 

沙希「お待たせ」

 

八幡「おう…………ん?」

 

八幡(髪はいつも通りポニーテール。服はワンピーススタイルだが、腰の部分を絞っている)

 

八幡(胸でかっ! 腰細っ!)

 

沙希「? どうかした? あ……似合わない?」

 

八幡「い、いや、似合ってるぞ。その、見惚れてたんだ」

 

沙希「ふふ、ありがと」

 

八幡「しかし本当スタイルいいなお前。実際何でも似合いそうだ」

 

八幡(Tシャツにジーンズでもキマりそう)

 

沙希「そんなことないよ。これ、本当は普通のワンピースなんだけどそのまま着るとウエスト大きく見えちゃうんだ」

 

八幡(胸が大きくて服が押し上げられてるからですねわかります。腰で服を絞ってる分いつもより強調されてるし)

 

沙希「あんたの好きな胸が無駄にでかいからね」クスッ

 

八幡「…………な、何言って」

 

沙希「いや、チラチラ見てるのわかってるからさ」

 

八幡「……仕方ねえだろ。男なら見ちゃうんだよ」

 

沙希「大丈夫だよ。比企谷ならいくら見てもいいから」

 

八幡「お、おう」

 

八幡(なんて返せばいいのかわからん…………)

 

沙希「じゃ、ちょっと戸締まり見てくるから玄関行ってて」

 

八幡「おう、その前にちょっとトイレ借りるな」

 

沙希「はいはい」

 

八幡(トイレで用を足し、玄関に来たところで川崎もやってきた。さっきの格好に加えてカーディガンを羽織り、ポシェットを持っている)

 

沙希「はい」

 

八幡「ん、サンキュ」

 

八幡(俺は渡された靴べらを使って靴を履き、立ち上がった)

 

八幡(川崎が履き終わるのを待ち、一緒に家を出て鍵をかけるのを確認する)

 

沙希「よし、行こ」

 

八幡「おう、とりあえず駅前の方に向かうか」

 

沙希「うん。あ、そうそう、比企谷」

 

八幡「なんだ?」

 

沙希「腕を組むのと手を繋ぐの、どっちがいい?」

 

八幡「うっ…………く、組む方で」

 

沙希「胸が当たるから? このスケベ」

 

八幡「ばっ、ちげえよ! その、俺、緊張すると手に汗掻くほうだから…………」

 

沙希「ま、いいや。よいしょっと」グイッ、ギュッ、ムニュッ

 

八幡(おぅふ、擬音三発の腕組み。柔らかいのが当たってます)

 

沙希「今日は楽しもうね、八幡」

 

八幡「……そうだな、沙希」

 

八幡(俺達は駅前に向かって歩き出した)

 

八幡(駅前まで歩くには多少距離はあるが、今の俺達には苦になるようなものでもない。雑談しながら向かうことにした)

 

八幡「夕飯はどうする? 何か食いたいものあるか?」

 

沙希「特に希望はないけど…………比企谷は?」

 

八幡「川崎の料理食った後だとなぁ…………あれ以上の味に期待は出来ないから食えりゃどこでもいい。奢ってやるから好きなとこ言えよ」

 

沙希「それは褒め過ぎでしょ……どこでもいいの? 回らない寿司とかフランス料理とかでも?」ニヤッ

 

八幡「構わねえぞ」

 

沙希「えっ」

 

八幡「あ、でもマナーとか良くわかんねえからフランス料理は勘弁な」

 

沙希「いやいや冗談だってば。だいたいあんたそんなお金あるの?」

 

八幡「フフン、今日の俺はそこらのサラリーマンより金持ちだぜ」

 

沙希「なんでそんなに持ってるのさ…………」

 

八幡「緊急時のためにと小さな頃からコツコツと貯めてたお年玉持ってきたからな」

 

沙希「使えるわけないでしょ! 何考えてんの!?」

 

八幡「冗談だ冗談。親がくれたんだよ」

 

沙希「まったく…………親御さんが? 随分気前いいんだね」

 

八幡「気前いいっつーか……理由聞いたら笑うぞ? これで気分転換しろ、自暴自棄になるなって渡されたんだ」

 

沙希「? よくわからないんだけど…………」

 

八幡「つまり何かやらかしてこっぴどくフられても自殺とかするなよって言われてるんだ」

 

沙希「ぶふっ! あ、あんたどんだけマイナス方向に信頼されてんの?」クックッ

 

八幡「我が子への愛があるのかないのか判断しづらいだろ? ま、そんなあぶく銭だからぱぱっと使っちまおうぜ。高級店でも全然構わねえからさ」

 

沙希「…………それの使い道、あたしが決めていいってこと?」

 

八幡「おう」

 

沙希「ちょっと図々しいこと言ってもいい?」

 

八幡「遠慮すんなよ」

 

沙希「じゃあ、夕御飯は奢ってくれなくてもいいからさ…………あたしに何かプレゼントしてよ」

 

八幡「ん、いいぜ。何が欲しい? 服でも買うか?」

 

沙希「ううん、それは比企谷に考えて欲しい」

 

八幡「え?」

 

沙希「比企谷が、自分で考えたものをあたしにプレゼントしてほしいな」

 

八幡「…………めっちゃハードル高いんだけど」

 

沙希「別に今日中じゃなくてもいいから。比企谷が考えた比企谷からのプレゼントが欲しいの…………ダメ?」

 

八幡「う…………わ、わかった。考えとく。でも期待はすんなよ、俺のセンスは壊滅的だからな」

 

沙希「ふふ、逆に期待で胸をいっぱいにしとくよ。わくわくして待ってるから」

 

八幡「難易度上げるなって。こんなの慣れてねえんだから」

 

沙希「じゃ、やる気出るようにお礼の前払いしといてあげる」グイッ

 

八幡「うおっ」

 

八幡(突然組んでいた腕を引っ張られてバランスを崩し、身体が川崎の方に傾く)

 

八幡(そして俺の頬に川崎の唇が押し付けられた)

 

八幡「! お、お前、今!」

 

沙希「やる気出た? よろしくね」ニコッ

 

八幡「あー……くそっ…………なるたけ頑張るわ」ボリボリ

 

沙希「うん」ギュウッ

 

八幡(照れ隠しに頭を掻きながら答えると、川崎は組んでる腕の力を強めてより密着してくる)

 

八幡(最後まで理性持つかな俺…………)

 

八幡(そんな心配をしながら俺達はららぽーとに到着し、中に入っていった)

 

八幡(特に目的もなくぶらぶらと歩き、何か目に付いたら立ち止まって眺める)

 

八幡(それは服だったり靴だったり本だったり。時には手に取って相手に薦めてみたりもした)

 

八幡(一人だと、いや、他の誰かとだったとしても味わうことのないであろう感情が俺の心を満たしていた)

 

八幡(端的に言えば俺はこのウィンドウショッピングを楽しいと感じていたのである)

 

八幡(これ、あんたに似合いそうと俺に服を当ててくる川崎に見惚れ、雑貨屋でよくわからないものを手に取って、何に使うんだろと二人で悩む)

 

八幡(楽しい。たわいもない会話が楽しい。たわいもないやりとりが楽しい)

 

八幡(だけど数メートル移動するだけでもいちいち腕を組んでくるのはちょっと気恥ずかしかった。止めさせるつもりは一切無いが)

 

八幡(結局夕飯は地下にあるファーストフードでいいかということになり、エスカレーターは混んでいたので階段で降りることにする)

 

八幡(ファーストフードの店は階段から近いのだが、階段自体が建物入口から遠いので人の姿は俺達以外にはない)

 

八幡「川崎、ちょっといいか?」

 

沙希「ん、どしたの?」

 

八幡(俺は踊場で立ち止まり、組まれていた腕はそのままに川崎の正面に回る)

 

八幡(そのまま空いている腕を川崎の腰に回してぐいっと抱き寄せた)

 

沙希「あ…………」

 

八幡(川崎は小さな声を上げて俺にされるがままにもたれかかる)

 

八幡(離れようともしなければ抵抗もしない。いや、川崎も空いた腕を俺の背中に回してきた)

 

八幡(しばらくそうした後、俺は身体を離す)

 

八幡「悪い…………ちょっとこうしたくなったんだ。気を悪くしたら謝る」

 

沙希「ううん、大丈夫…………嫌なわけ、ないじゃない」

 

八幡「そ、そうか、とりあえず行こうぜ」

 

沙希「もう、終わり?」

 

八幡「っ!」

 

八幡(なんだよ、そんな潤んだ瞳で見られたら間違いを起こしちゃうだろ!)

 

八幡「いや、ここ、いつ人が通るかわかんねえし……やった俺が言うのもなんだけど」

 

沙希「ホントに…………不意打ちばっかしてくるんだから……」

 

八幡「それはお互い様だろ。さっきのお礼の前払いとか」

 

沙希「あ、あれはその…………もう! いいから行くよ」グイッ

 

八幡「わかったわかった、引っ張るな」

 

八幡(結局別々の会計だったので俺が川崎の分を払うことはなかった)

 

八幡「別にこれぐらいなら奢ってもいいのに」

 

沙希「これぐらいだからいいの。さっさと食べよ」

 

八幡「おう…………ってカウンターか? 二人用のテーブル空いてんぞ」

 

沙希「…………テーブルだと正面に座るでしょ」

 

八幡「? そうだな」

 

沙希「あたしは比企谷の隣に座りたいの」

 

八幡「! そ、そうか。ならカウンターにするか」

 

沙希「うん」

 

八幡(俺達はカウンター席を確保し、買った物をつまみはじめる)

 

八幡「これ食ってちょっとしたら映画にちょうどいい時間だな」モグモグ

 

沙希「そうだね。もうすぐ公開終了なんでしょアレ? だったらそんな混んでないだろうし急がなくていいよね」モグモグ

 

八幡「おう。結構いいタイミングで観に来てるよな。ただ公開時間をネットで調べる時にネタバレ見たりしないように苦労したぜ」モグモグ

 

沙希「ネットあるあるだね」モグモグ

 

八幡(適当な雑談で時間を潰す)

 

八幡「よし、そろそろ行くか」

 

沙希「そうだね。あ、比企谷、口元ソース付いてるよ」

 

八幡「…………」スッ

 

沙希「…………何で身構えてんのさ?」

 

八幡「いや、またお前の口で取るんじゃないかって……」

 

沙希「っ! こ、こんな公衆の面前でするわけないでしょ!」

 

八幡(周りに誰もいなかったらやってくれるんですかね?)

 

沙希「ああもう、ほら」

 

八幡(川崎は紙ナプキンを取り、俺の口元に当てて拭う。子供扱いだが、別に悪い気はしない)

 

八幡「ん、サンキューな。んじゃゴミ捨ててくるわ。一緒に捨てるからまとめようぜ」ガサガサ

 

沙希「うん、ありがと」ガサガサ

 

八幡(俺はまとめたゴミを捨て、入口で待っていた川崎と合流する)

 

八幡「よし、行くか」

 

沙希「うん」

 

八幡(俺達は映画館に向かって歩き出す。そしてごく自然に川崎は俺の手を取る)

 

八幡「あ…………」

 

沙希「たまにはこっちでもいいでしょ」キュ

 

八幡「…………そうだな」ギュッ

 

八幡(俺は繋がれた手を少し強めに握り返した)

 

八幡(映画館に着いた俺達はチケットを購入する)

 

八幡(前もって二人分の金額を用意していた俺はさっと支払い、チケットを受け取ってその場を離れた)

 

八幡(川崎は財布をポシェットから出そうとしていたが、繋いだ手を離さなかったのでもたついていた隙を狙った俺の大勝利である)

 

沙希「もう…………」プクー

 

八幡(頬を膨らまして唇を尖らす川崎も可愛い! …………じゃなくて)

 

八幡「さっき階段で変なことしちまったからその詫びってことにしといてくれよ」

 

沙希「だから、あたしは全然嫌じゃなかったって言ってるじゃない」

 

八幡「それでも突然あんなことするのは良くないだろ」

 

沙希「なら、せめて飲み物代くらいは出させてよ」

 

八幡「ん、じゃあゴチになるわ」

 

沙希「買ってくるよ。何が良い?」

 

八幡「手、離れるけどいいか?」

 

沙希「………………一緒に買いに行こ?」

 

八幡「おう」

 

八幡(買った飲み物を持って指定の席に座り、少しするとブザーが鳴って照明が消える)

 

八幡(しかし映画って予告は本当に面白そうだよな。予告は)

 

八幡(ちなみに今回見るやつはアクション含みの恋愛もので、この前とは逆になっている。この前のヒロインが主人公だからな)

 

八幡(まあヒロイン視点で展開するから派手なアクションにはならんよな。本来なら恋愛ものに興味はないのだが、この前見たやつがヒロイン視点だとどう写るのかは見てみたい)

 

八幡(そして予告やCMが終わり、本編が始まった)

 

沙希「うう…………」グスグス

 

八幡(上映が終わり、照明が点くとやはり川崎は泣いていた)

 

八幡(俺だってあの大団円の感動的な結末にちょっとウルッときたのだ。前回のあれで泣いた川崎がこうなるのは予想の範囲内である)

 

沙希「良かった……良かったね…………」グスグス

 

八幡(こいつがホラー系に弱いのは知ってたけどこういうのにも弱いんだな、別の意味で)

 

八幡「おい、大丈夫か?」

 

沙希「うん……ごめんね、すぐ落ち着くから」グスグス

 

八幡(そう言ってハンカチを目に押し当てる川崎。掃除のおばちゃんが微笑ましくこちらを見ているのが気まずい)

 

八幡(だからって無理に連れ出すわけにもいかないしな)ナデナデ

 

八幡(しばらく頭を撫でていてやると、ようやく泣き止んで顔を上げた)

 

沙希「ごめん、行こっか」

 

八幡「おう」

 

八幡(川崎は立ち上がって俺と並んで歩き出すが、そこから何も言わない)

 

八幡(まあしばらくはこいつも気恥ずかしいだろ。今は話し掛けないでおくか)

 

優美子「うっさい、消えろし!」

 

八幡(映画館を出たところで聞き覚えのある声がした。てかこの特徴的な語尾は三浦のものだ。自分が言われたのかと思ってビクッとしてしまったぞ)

 

八幡(そちらを見ると三浦と海老名さん、そして軽薄そうな男二人組がいた)

 

八幡(状況から察するにあの女子二人をナンパしているといったところか。二人の顔を見る限り迷惑そうだが、てか三浦は明らかに怒っているが、男共はニヤニヤしているだけで怯んだ様子はない)

 

八幡(立ち去ろうとしてもさり気なく道を塞いだりして逃がさないようにしている。海老名さん、ちょっと泣きそうだぞおい)

 

八幡「あー…………ちょっと行ってくるわ」

 

沙希「あたしも行くよ。人数いる方がいいでしょ」

 

八幡(うーん、あまり川崎を危険な可能性に晒したくはないんだが…………俺と離れて一人にさせると今度はこいつが他の男にナンパされるよな多分)

 

八幡「わかった。でもあんま近付くなよ」

 

沙希「うん」

 

八幡(川崎が数歩後ろから付いて来るのを確認し、俺はそちらに向かう)

 

八幡(そして声をかけている方、仮にナンパ男と名付けよう、後ろでにやついてるのはチャラ男な。ナンパ男が三浦の腕を掴んだ)

 

ナンパ男「いーじゃんいーじゃん、カラオケも飲みも奢っちゃうよー」

 

優美子「ちょ、離せし!」

 

チャラ男「くっくっ」ニヤニヤ

 

姫菜「うう…………」オドオド

 

八幡「あのー、ちょっといいっすか?」

 

ナンパ男「あん?」

 

姫菜「ヒキタニ君!? サキサキ!?」

 

優美子「ヒキオ!? あ、サキサキも……」

 

八幡(すげえ。あの三浦ですらサキサキ呼びしてるとは)

 

八幡「嫌がってるじゃないですか、やめましょうよ」

 

ナンパ男「うっせーな、関係ねーだろ」

 

八幡「いや、一応そいつらの知り合いなんで……」

 

チャラ男「だから何だよ、すっこんでろ」ドン

 

八幡「おっと……」

 

八幡(突き飛ばされて少しよろめいてしまう)

 

沙希「あっ。比企谷、大丈夫?」

 

チャラ男「ん? ……おー、こっちも超レベル高えじゃん!」

 

ナンパ男「マジだ! おっぱいもでけーし、もろタイプ!」

 

チャラ男「なあ、そんな根暗男なんかより俺らと遊ぼうぜ」

 

八幡(そう言ってチャラ男は川崎に手を伸ばす。あの、男連れの女をナンパしないでくれますかね?)

 

 

「おい」

 

 

八幡(え、何、今どっかから低くて怖い声がしたんだけど)

 

八幡(しかし周りの目は俺に集まっていた。え? ひょっとして俺の声なの?)

 

八幡(自分でも信じられないうちに勝手に口が言葉を放っていく)

 

八幡「誰に断って人の女に話し掛けてんだてめえ」

 

チャラ男「いって! いってえ! 離せよ!」

 

八幡(俺はいつの間にか川崎に伸ばされてたチャラ男の腕を掴み、強く握っていた)

 

ナンパ男「っ! この…………ひっ」

 

八幡(ナンパ男が三浦から手を離してこっちに来ようとしたが、俺がそちらを睨むとビクッと怯む。この時ばかりは腐った目に感謝しとこう)

 

チャラ男「くっ、離せよ! …………あがっ! が、あ、あ…………」ヘナヘナ

 

八幡(チャラ男が掴まれてない腕を振り上げたので俺はさらに力を込める。以前雪ノ下に習った『痛い手首の掴み方』である)

 

八幡(これは女性の力でもかなり痛い。ソースは俺。まあ実体験だ)

 

八幡(チャラ男は痛みのあまりその場にしゃがみ込んでしまった)

 

ナンパ男「お、おい、もう止めてやってくれ」オロオロ

 

八幡(ナンパ男がうろたえながら話し掛けてくるが、俺はそれを無視してチャラ男に言う)

 

八幡「お前、今この手で何をしようとした?」ギリギリ

 

チャラ男「がっ……あっ……」

 

八幡「俺の女に手を出そうとしてたよな」ギリギリ

 

チャラ男「すいません! すいません! 許してください!」

 

沙希「比企谷、その辺で」ポン

 

八幡「あ? …………あっ、か、川崎」

 

八幡(川崎に肩を叩かれ、俺は勝手に動いていた身体と口の自由を取り戻す)

 

沙希「あたしは何もされてないからさ。ね?」

 

八幡「え、えと…………」パッ

 

チャラ男「うう…………」

 

ナンパ男「おい、だ、大丈夫か?」

 

沙希「あんた達、さっさと行きなよ。ナンパ自体はいいけど嫌がってる相手にしつこかったり強引だったりはやめときな」

 

ナンパ男「は、はい。おい、行こうぜ」

 

チャラ男「うう……す、すんませんっした」

 

八幡(二人はそそくさと街の喧騒の中に消えていく)

 

八幡(……………………)

 

八幡(あー、やっちまった)

 

八幡(川崎は気にもとめていないようだが、誰かに見られてたら変な噂が流れるかもしれん。三浦や海老名さんの方が見れない。いや、またあの時のように怯えられてるんだろうが)

 

八幡(さすがに自分に怯える女子の表情なんて見たいものでもないので、顔を逸らしながら川崎にそっと話し掛ける)

 

八幡「わりぃ、あの二人のフォローを頼めるか? 俺は話し掛けない方がいいだろ。怖がられるしちょっと離れてるから」

 

沙希「そんなことないと思うけど…………ま、わかったよ」

 

八幡(俺はその場を離れてビルの壁に向かって頭を付き、うなだれる)

 

八幡「なんか、色々やらかしちまったなぁ…………」

 

八幡(思い返すのも恥ずかしいことばかりだ。行動も、セリフも)

 

八幡(だけど川崎に何かされるよりは断然マシか。そこだけは良かったと思おう)

 

八幡(うん、考えてみりゃこれ以上下がる評判なんてねえんだ。それにさっきの反応を見る限り川崎はいつも通りに接してくれてる)

 

八幡(ならクラスメートを、川崎の友達の海老名さんを、由比ヶ浜の友達の三浦を助けられただけプラスだと考えよう。うん、マジ俺ポジティブ…………はぁ)

 

沙希「なに溜め息なんかついてんの?」

 

八幡「おっと、二人は大丈夫か?」

 

沙希「うん。今は帰ったけどまた今度お礼するって」

 

八幡「え? 来んの?」

 

沙希「あれはわざとキレキャラを演じていたんだって言っといたよ。んでそれを見られたのが恥ずかしいから今は話しないでってのも」

 

八幡「あー、それならまだマシかな……」

 

沙希「あの二人はもういないからあたし達も移動しよ。その…………さっきのでちょっと目立っちゃってるから」

 

八幡「マジか、とっとと逃げよう」

 

八幡(俺達は繁華街を抜け出し、近くにあった公園に入る)

 

八幡「あー……すまなかった、川崎」

 

沙希「何か謝られるようなことあったっけ?」

 

八幡「いや、なんつーか色々と…………な」

 

沙希「ふふっ、何それ?」

 

八幡「うるせーよ」

 

沙希「じゃ、あたしからも。ありがとう。ごめんね」

 

八幡「…………俺は何もしてないぞ」

 

沙希「何言ってんのさ。あのキレ八幡はあたしのために怒ってくれたからなんでしょ?」

 

八幡「何だよキレ八幡て…………その、お前に何かされるって思ったら、な」

 

沙希「『何をしようとした? 俺の女に手を出そうとしてたよな』だっけ?」

 

八幡「やめろ! …………その、悪かったな。お前を所有物みたいに言っちまって」

 

沙希「そんなの気にしないよ。むしろ女だったらああいうこと言われてみたいものだからね」

 

八幡「はあぁー……自分でもショックだ。あんな一面が俺にあったなんてな。一色の時も今回も」

 

沙希「あんた普段あんまり怒らないでしょ? だから大きく爆発しちゃうのかもね…………でもさ、格好良かったよ」

 

八幡「そんなわけないだろ。いくらお前のことだっていっても我を忘れるほどだなんて情けないったらありゃしねえ」

 

沙希「少なくともあたしにはそう見えたからいいの。今日観た映画のヒーローみたいだった」

 

八幡「あー、そういや似たようなことやってたな…………え、なに、無意識に真似てたの? 流されやすすぎじゃね? ま、俺はあんなイケメンじゃないけどな」

 

沙希「ううん、あたしにとっては比企谷が一番のヒーローだよ」

 

八幡「はは、ありがとな」

 

沙希「でもあの映画、本当に面白かったね。その、また泣いちゃったし」

 

八幡「ああ、最後は俺ですらウルッとしたわ」

 

沙希「それにあの二人の関係も良かったな。小さな頃から一緒で逆になかなか想いを伝えられないとかさ」

 

八幡「…………俺は別に羨ましくねえかな」

 

沙希「そう?」

 

八幡「だってさ、もし今の俺にそんな関係のやつがいたとしたらさ」

 

沙希「うん」

 

八幡「川崎は俺にあの依頼をすることはなかっただろ?」

 

沙希「え? ……うん、多分」

 

八幡「だったら今お前とこうしていることも、お前にこんな気持ちを抱くこともなかったはずだろうな。そんなのは嫌だ」

 

沙希「比企谷…………?」

 

八幡(立ち止まって言葉を紡ぐ俺に、数歩先で川崎も立ち止まり、訝しげに俺の方を振り返る)

 

八幡(振り向いたときに揺れるポニーテールの髪が頭上の月の光に照らされ、一枚の絵のようなその美しさに目と心を奪われた)

 

八幡(何も考えず、何も思わず、するりと俺の口は動く)

 

 

八幡「沙希、俺はお前が好きだ」

 

 

沙希(はあ、また泣いてるとこ見られちゃった…………)

 

沙希(ま、いっか。初めてってわけでもないし。それに、その、頭も撫でてもらったし)

 

優美子「うっさい、消えろし!」

 

沙希(映画館を出たところで聞き覚えのある声がした。これ、三浦の声じゃない?)

 

沙希(そちらを見ると三浦と海老名、そしていかにもといった軽薄そうな男二人組がいた)

 

沙希(これはナンパされてんのかな。でも二人の顔を見る限り迷惑そう…………当たり前か。三浦はああ見えて葉山一筋だし海老名はそういったこと自体に消極的だし)

 

沙希(あいつらさり気なく逃がさないように立ち回ってる…………海老名がちょっと泣きそうだね)

 

八幡「あー…………ちょっと行ってくるわ」

 

沙希(うん。あんたならそう言うと思ってた)

 

沙希「あたしも行くよ。人数いる方がいいでしょ」

 

八幡「わかった。でもあんま近付くなよ」

 

沙希「うん」

 

沙希(一瞬だけ比企谷は渋った表情をした。たぶんあたしを少しでも危険から遠ざけたいとか思ったんだろう)

 

沙希(でも比企谷は時々自分を犠牲にして突飛なことをする。それが無茶なことだったらあたしはそれを止めたい。なら少しでも近くにいた方がいい。数歩離れて比企谷に付いていく)

 

沙希(声をかけている方…………モブ男1と2でいいか。モブ男1が三浦の腕を掴んだ)

 

モブ男1「いーじゃんいーじゃん、カラオケも飲みも奢っちゃうよー」

 

優美子「ちょ、離せし!」

 

モブ男2「くっくっ」ニヤニヤ

 

姫菜「うう…………」

 

八幡「あのー、ちょっといいっすか?」

 

モブ男1「あん?」

 

姫菜「ヒキタニ君!? サキサキ!?」

 

優美子「ヒキオ!? あ、サキサキも……」

 

沙希(ええー…………三浦ですらサキサキ呼びしてんの……)

 

八幡「嫌がってるじゃないですか、やめましょうよ」

 

モブ男1「うっせーな、関係ねーだろ」

 

八幡「いや、一応そいつらの知り合いなんで……」

 

モブ男2「だから何だよ、すっこんでろ」ドン

 

八幡「おっと……」

 

沙希「あ。比企谷、大丈夫?」

 

沙希(比企谷が突き飛ばされてよろめいたので、とっさに声が出る)

 

モブ男2「ん……おー、こっちも超レベル高えじゃん!」

 

モブ男1「マジだ! おっぱいもでけーし、もろタイプ!」

 

モブ男2「なあ、そんな根暗男なんかより俺らと遊ぼうぜ」

 

沙希(誰が根暗男だっての。比企谷はあんたらなんかよりずっとずっと良い男だよ)

 

沙希(って…………え、なにコイツ。あたしに伸ばしてるこの手、明らかに胸に来てる)

 

沙希(誰が触らせるもんか。思いっきりひっぱたいてやるから!)

 

沙希(だけどその手があたしのところまで伸びることはなかった)

 

「おい」

 

沙希(え、今の声…………比企谷?)

 

八幡「誰に断って人の女に話し掛けてんだてめえ」

 

モブ男2「いって! いってえ! 離せよ!」

 

沙希(比企谷がいつの間にかあたしに伸ばされてたモブ男2の腕を掴んでいた…………え? 人の女?)

 

モブ男1「っ! この…………ひっ」

 

沙希(モブ男1が三浦から手を離して比企谷につかみかかろうとしたけど、比企谷がそちらを睨むとそいつはビクッと身体を竦める。以前の、ううん、あの時よりももっと目つきが鋭い)

 

モブ男2「くっ、離せよ! …………あがっ! が、あ、あ…………」ヘナヘナ

 

沙希(モブ男2が掴まれてない腕を振り上げたかと思ったら突然崩れるようにへたり込んだ)

 

沙希(多分比企谷が掴んでいる手に力を込めたんだろう。その痛みで立っていられなくなったんだと思う)

 

モブ男1「お、おい、もう止めてやってくれ」オロオロ

 

沙希(モブ男1が比企谷に懇願するが、比企谷はそれを無視してモブ男2に言う)

 

八幡「お前、今この手で何をしようとした?」ギリギリ

 

モブ男2「がっ……あっ……」

 

八幡「俺の女に手を出そうとしてたよな」ギリギリ

 

沙希「!」

 

モブ男2「すいません! すいません! 許してください!」

 

沙希(お、俺の女って…………あうう)////

 

沙希(じゃない、とりあえず比企谷を止めないと)

 

沙希「比企谷、その辺で」ポン

 

八幡「あ? …………あっ、か、川崎」

 

沙希(あたしが肩を叩くと比企谷は我に返ったように困惑の表情になる)

 

沙希「あたしは何もされてないからさ。ね?」

 

八幡「え、えと…………」パッ

 

沙希(比企谷が手を離すとそいつは手を押さえながらその場にうずくまる)

 

モブ男2「うう…………」

 

モブ男1「おい、だ、大丈夫か?」

 

沙希「あんた達、さっさと行きなよ。ナンパ自体はいいけど嫌がってる相手にしつこかったり強引だったりはやめときな」

 

モブ男1「は、はい。おい、行こうぜ」

 

モブ男2「うう……す、すんませんっした」

 

沙希(二人はそそくさと街の喧騒の中に消えていった)

 

沙希(それを見送ったあと、比企谷がそっと耳打ちしてくる)

 

八幡「わりぃ、あの二人のフォローを頼めるか? 俺は話し掛けない方がいいだろ。怖がられるしちょっと離れてるから」

 

沙希「そんなことないと思うけど…………ま、わかったよ」

 

沙希(比企谷はそう言って少し離れていった。あたしは海老名達の方に振り向く)

 

沙希「………………何?」

 

姫菜「いやー…………ヒキタニ君格好良かったね!」ニヤニヤ

 

優美子「まさかヒキオに助けられるとはね」ニヤニヤ

 

姫菜「『俺の女』だって。サキサキ愛されてるね!」ニヤニヤ

 

優美子「しかも手を出そうとしたらあんなに怒るなんてびっくりしたし。大事にされてんね」ニヤニヤ

 

沙希「あ、あれは、その、そう! 演技なの! あいつら追っ払うためにキレたように見せてたんだよ」

 

姫菜「へー」ニヤニヤ

 

優美子「へー」ニヤニヤ

 

沙希「うう…………」

 

優美子「ていうかこんな時間に二人でいるだけでちょっとやそっとの関係じゃないじゃん」

 

姫菜「サキサキもすっごいお洒落してるしね。どこ行ってたの? もしくはどこ行くの?」

 

沙希「えっと、そこの映画館で映画観てたんだよ。んで今ちょうど見終わって出てきたとこ」

 

姫菜「映画館デートかー。定番といえば定番だね」

 

優美子「あー、これはもう結衣に勝ち目はないかな…………てか何でヒキオはあっちにいるん?」

 

沙希「……らしくないとこ見せたから恥ずかしいんだと思う。あと怖がらせたらよくないってさ」

 

優美子「そんなの気にしないのに。むしろプラス要素じゃん」

 

沙希「…………あのさ、一応あたし達まだデート中なんだ。もういいかな?」

 

姫菜「あ、ごめんね引き留めちゃって」

 

優美子「あーし達ももう帰るし。来週またちゃんとお礼するけどヒキオによろしく言っといて」

 

沙希「あ、ちょっと確認させてもらっていい?」

 

姫菜「ん? 何?」

 

沙希「比企谷のアレ、怖くなかった?」

 

姫菜「…………ちょっとだけね。でもサキサキがいたし」

 

優美子「それにヒキオはあーしらに危害をくわえたりしないっしょ。そんくらいわかるし」

 

沙希「そう…………その、ありがとう」

 

優美子「何でお礼?」

 

姫菜「優美子、サキサキはヒキタニ君のことをわかってもらえて嬉しいんだよ。ね?」

 

沙希「う、うっさいね、あたしもう行くよ。あんた達ももう変なのに絡まれないようにね」

 

優美子「ん。ありがと、またね」

 

姫菜「ばいばい、ヒキタニ君にもよろしく」

 

沙希(二人と手を振って別れる。そして二人がいなくなって気付いたけど周囲から視線を感じる)

 

沙希(ちょっと目立っちゃったからね…………早く比企谷とここを離れよう。あたしは何やら溜め息を付いている比企谷に声をかけた)

 

沙希「え、えっと、その……ごめん」

 

八幡(川崎は目を逸らして俯く)

 

沙希「あ、あはは、あたし、耳おかしくなったのかな…………いっつも寝る前とかに妄想してたようなセリフが聞こえちゃったよ」

 

八幡「…………」

 

沙希「その、もう一回、言ってくれる?」

 

八幡(もとより一度で俺の想いを伝えきれるなんて思ってない。何度だって言ってやる)

 

八幡「川崎沙希」

 

沙希「は、はい」

 

八幡(川崎との距離は五歩程度)

 

八幡「お前ちょっとぶっきらぼうだけど、凄く家族思いだし優しいよな」

 

八幡(俺は一歩川崎の方に踏み出す)

 

八幡「家事も得意だし、特にお前の料理は俺の胃袋を完全に落としちまった」

 

八幡(俺は川崎に一歩近付く)

 

八幡「お前の全部を知っているわけじゃないけど、お前の良いところはいっぱい知っている」

 

八幡(俺はまた一歩近付く)

 

八幡「だけどもっとお前のことを知りたい。お前の近くにいたい」

 

八幡(さらに一歩。もう手を伸ばせば届く距離。あと一歩の距離で俺は止まる)

 

 

沙希「………………はい」

 

 

八幡(そう短く返事をした川崎は残りの距離、あと一歩を詰めて俺の身体にもたれかかってくる。俺はその身体をそっと抱きしめた)

 

沙希「ひき、比企谷っ、うれ、嬉しいっ、好きって、言ってくれてっ」

 

八幡(川崎は肩を震わせ始めた。俺の胸に顔を埋めていて表情は窺えないが、泣いているようだ)

 

八幡「おいおい、何で泣くんだよ」

 

沙希「だって、だって」グスグス

 

八幡「はは、今日の川崎は泣き虫だな」ナデナデ

 

八幡(しばらく撫でていてやるとようやく落ち着いたか、少しだけ目を腫らした顔を上げた)

 

沙希「比企谷、好きって言ってくれてありがとう。あたしもあんたが好き。大好き」

 

八幡「お、おう」

 

八幡(川崎の顔なんて見慣れてるはずなのにドキッとしてしまった)

 

沙希「…………ねぇ」

 

八幡「おう、何だ?」

 

沙希「ん」

 

八幡(! 川崎は俺の方に顔を向けたまま目を閉じる。こ、これはあれだよな、その、キ、キ、キスってやつ……)

 

八幡(ほんの一瞬だけ過去の悪戯やドッキリのトラウマが思い起こされるが、川崎はそんな奴じゃない。俺は吸い込まれるように顔を近付けていく)

 

八幡(俺達の唇の距離がどんどん狭くなり、やがてゼロになった)

 

沙希「ん…………」

 

八幡「ふ…………」

 

八幡(なんだこれ)

 

八幡(全身に幸福感が広がる。何も考えられなくなる)

 

八幡(俺は川崎を抱きしめる力を無意識に強くしていた)

 

八幡(どれくらいそうしていただろうか? 唇が離れた時にはお互い息が少し荒かった。呼吸が疎かになっていたようだ)

 

沙希「はぁ…………ね、比企谷」

 

八幡「何だ?」

 

沙希「ちょっと座らない? あたし幸せ過ぎてへたり込みそうなんだけど…………」

 

八幡「奇遇だな。俺はそれプラス緊張からの解放で足がガクガクだわ」

 

八幡(俺達はお互いを支え合うように寄り添いながらベンチまで歩き、腰を下ろす)

 

八幡(座っても川崎は俺に体重を預けっぱなしだった。俺は川崎の腰に手を回して力を込める)

 

沙希「ん…………ねえ比企谷。これ、夢じゃないよね? あたし達、付き合ってるんだよね?」

 

八幡「ああ。俺の方こそ夢みたいだわ。川崎みたいな女子と付き合えるなんてな。フリだけでも嬉しかったのに」

 

沙希「そういえばあの依頼ももう終わりだね」

 

八幡「そうだな。どうだった? 俺は依頼に応えられたか?」

 

沙希「うん。元から好きだったけどおかげでもっと好きになったよ」

 

八幡(そう言って川崎は腕を俺の身体に回し、強く抱きしめてくる。俺は空いた反対の手でしばらく川崎の頭を撫で続けた)

 

沙希「…………ねえ比企谷。聞かせてもらっていい?」

 

八幡「何だ改まって」

 

沙希「本当にあたしでいいの?」

 

八幡「お前……ふざけたこと言わないでくれよ」

 

沙希「え?」

 

八幡「お前でいい、んじゃない。お前がいい、んだよ」

 

沙希「あ…………」

 

八幡「さっきも言っただろ、お前の良いところ知ってるって。妥協して選んだとかじゃねえんだからさ」

 

沙希「で、でもあたし愛想良くないし周りにもちょっと不良っぽいって思われてるし」

 

八幡「その方がいい。周りにお前の魅力を知ってほしくない。知っているのは俺だけでいい」

 

沙希「あ、あと結構寂しがり屋だから構ってほしくて束縛しちゃうかも」

 

八幡「あんまり世間から必要とされない俺を必要としてくれんなら嬉しい限りだ」

 

沙希「それに、それに」

 

八幡「川崎」グイッ

 

沙希「あ……んっ」

 

八幡(俺は川崎の顔を起こさせ、唇を自分ので塞ぐ。今度はすぐに離れるが)

 

八幡「…………お前が、いいんだ」

 

沙希「うん…………ありがと」

 

八幡(川崎は照れくさそうに小さく呟いて再び俺の胸に顔を埋めた)

 

八幡「それにむしろ俺が聞きたいくらいなんだが」

 

沙希「え? 何を?」

 

八幡「俺で、いいのか?」

 

沙希「…………ふざけたこと言わないでよ。比企谷でいい、んじゃない。比企谷がいい、の」

 

八幡「俺、嫌われ者でぼっちだぜ」

 

沙希「ぼっちなのはあたしだって似たようなもんだよ」

 

八幡「捻くれ者で目が腐ってるぞ」

 

沙希「他の女が近付かなくて好都合じゃない」

 

八幡「それに、それに…………」

 

沙希「……それに?」

 

八幡「…………何だよ、川崎は俺の口を塞いでくれねえのか?」

 

沙希「んなっ!?」

 

八幡「早くしないと延々と自分を卑下し続けるぞ。これに関しては何時間も言える自信がある」

 

沙希「も、もう…………じゃ、目、瞑ってよ」

 

八幡「おう、ほら」

 

沙希「ん…………と。こ、これでいいでしょ。だからあまり自分を卑下しないで」

 

八幡「ん。ありがとうな川崎。好きだぜ」

 

沙希「あたしも」

 

八幡「じゃあ、これからもよろしくな、彼女さん」

 

沙希「うん、これからもよろしく、彼氏さん」

 

沙希「でも正直な話さ」

 

八幡「ん?」

 

沙希「比企谷から告白してくれるなんて思ってなかった」

 

八幡「俺に好かれてるとは思ってなかったってか? 結構アピールしてたつもりだが……演技に見えたか」

 

沙希「ううん、好意は持ってくれてるんじゃないかとは思ってた。ただそれを伝えてくれるとは思ってなかったんだ」

 

八幡「なんだそりゃ」

 

沙希「だってあんた、恋愛関係には臆病でしょ?」

 

八幡「…………まあ、そうかもな」

 

沙希「誰かがあんたを好きになっても勘違いだと否定して、自分が誰かを好きになっても気のせいだって自分を認めない。違う?」

 

八幡「違…………わなかっただろうな」

 

沙希「だからあたしからいかなきゃ駄目だなって思ってた。実はあたしも今日あんたに告白するつもりだったの」

 

八幡「そっか……悪いな、もっと早く言えば良かったか。俺がヘタレなせいで考えさせちまった」

 

沙希「ううん、悪いことなんてないよ。今こうしていられるんだし」

 

八幡(川崎は俺に抱き付く力を少し強めてきた)

 

八幡「それでもヘタレなことには変わんねえけどな。今日だって自分を追い込んでなきゃ言えなかったかもしんねえし」

 

沙希「追い込む?」

 

八幡「小町とかにな、今日川崎に告白するって言ってきたんだ。んで、もし言えなかったら縁を切るからって言われた」

 

沙希「ふふっ、あんたには死活問題だね」

 

八幡「そんくらいしないとこのヘタレ精神をどうにもできないからな」

 

沙希「…………ありがとう比企谷、勇気を出してくれて」

 

八幡「ま、こんな勇気を出そうと思ったのも本気で俺を惚れさせたお前がいたからなんだけどな。お前を好きになって良かったぜ」

 

沙希「うん…………」ギュッ

 

八幡(川崎が強く、とても強く抱き締めてくる。ずっとこうしていたいが、もう夜も更けてきた)

 

八幡「川崎、送ってくからそろそろ帰ろうぜ。親御さん心配させるわけにもいかねえからな」

 

沙希「………………」

 

八幡「川崎?」

 

沙希「比企谷、さっきあんた言ってたよね。小町に言って自分を追い込んだって」

 

八幡「ああ。それがどうかしたか?」

 

沙希「あたしもね、似たようなことを親に言ってきたんだ。それであたしを嘘つきにしてほしくないんだけど…………」

 

八幡「そうなのか。いいぜ、告白でもなんでも受けてやるよ」

 

沙希「えっと、はしたないって思わないで。あと嫌いにもならないでほしい。わがままかもしれないけど」

 

八幡「何だよ、やけに慎重だな。俺が川崎を嫌うわけねえだろ」

 

沙希「あたし、あたしね、親に…………」

 

八幡「おう」

 

沙希「今日、比企谷とデートだって説明して…………」

 

八幡「ああ」

 

沙希「今日は、帰らないからって言ってきちゃった…………」

 

八幡「……………………え?」

 

沙希「頑張ってきなさいって応援までされちゃったの…………」

 

八幡「か、川崎?」

 

八幡(川崎は上気して頬を赤くし、潤ませた瞳で俺を見つめる)

 

沙希「ホテル…………行こ?」

 

 

 つづく

 

八幡「お前、良い女だな」 沙希「んなっ!? 何言ってんのさ突然!?」3/3【俺ガイルss/アニメss】 - アニメssリーディングパーク

 

 

 

 

 

八幡「なんだ、かわ……川越?」沙希「川崎なんだけど、ぶつよ?」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432441907/