アニメssリーディングパーク

おすすめSSを当ブログで再編集して読みやすく紹介! 引用・リンクフリーです

いろは「いいな~……先輩の腰……」八幡「……」【俺ガイルss/アニメss】

 

【体型】

 

いろは「せんぱいせんぱい」

 

八幡「ん?」

 

いろは「せんぱいってやたら細い割にまあまあ食べるじゃないですか~。ダイエットとかしてるんですか?」

 

八幡「いや、してないけど」

 

いろは「へー……」ギュッ

 

八幡「おい、なぜ俺の腰をつかむ」

 

いろは「うわー……ほっそ……やば……」ナデナデ

 

八幡「おい撫でまわすな変態。ていうか目が怖いんだが」

 

いろは「いいな~……先輩の腰……」ウットリ

 

 

八幡「……もし、俺が太ったら?」

 

いろは「切ります」

 

八幡「え」

 

いろは「切ります」

 

八幡(食事制限するとかじゃないんだ……)

 

 

【前髪】

 

いろは「ただいま~」

 

八幡「おう」ペラ、ペラ

 

いろは「ねーねーせんぱーい」

 

八幡「……」ペラ、ペラ

 

いろは「せーんぱいっ」

 

八幡「……」ペラ、ペラ

 

いろは「……」セナカドンッ

 

八幡「……あ?」

 

 

いろは「せんぱいの可愛い彼女が髪を切ってきたんですけど?超かわいくなったんですけど?」

 

八幡「…………はあ?」

 

いろは「あ?」

 

八幡「…………馬鹿、お前が可愛いのなんて前から知ってんだよ。いちいち報告すんな。これ、八幡的にポイント高い」マガオデハヤクチ

 

いろは「ちょ、普通に気持ち悪いんでそういうの無理ですやめてください」ヒキー

 

八幡「り、理不尽……」

 

 

いろは「……ていうかせんぱいそういうこと言ってからちょっと赤くなるのやめて下さいよ……私まで照れるじゃないですか」ボソッ

 

八幡「お、おう……」テレテレ

 

いろは「……なんか二人してニヤニヤしちゃうのキモいですね」テレテレ

 

八幡「ちょっと、ベランダでタバコ吸ってくる……」

 

いろは「は~い」

 

八幡(あいつ可愛すぎだろ。可愛すぎだろ)カチ、シュボ、スパー

 

いろは(せんぱいかわいすぎでしょ……)

 

 

【コンビニ】

 

 

八幡「おい、いつまでアイス見てんだよ」

 

いろは「んーもうちょっと待ってください。ブラックモンブランガリガリくんが私の中で戦っているんです……」

 

八幡「そんなのブラモン一択だろ」

 

いろは「真面目に考えてるからせんぱい黙って」

 

八幡「お、おう……」

 

いろは「……」

 

八幡(いつになく真剣な顔をしてやがる)

 

 

いろは「……まとまりました!」

 

八幡「おう。で、どっちだ」

 

いろは「どっちも買います!」

 

八幡「……その心は?」

 

いろは「せんぱいと食べさせ合いっこできるかなーって。……どーですか、グッときました?」ニヤニヤ

 

八幡「……よし、二つとも買ってどっちも俺が食べる」

 

いろは「えー。ちょ、せんぱーい」

 

八幡(あざとすぎて何もグッとこないんだよ。まったく、あいつは成長しない)ニヤニヤ

 

店員「……あ、224円です」ヒキ

 

八幡「はい」キリッ

 

八幡(ただ、あんなのでにやついてしまうくらい俺がちょろくなってしまったというだけの話なのだ)

 

 

【お酒】

 

 

いろは「せんぱーい。クリアアサヒと金麦ありますけどどっちがいいですかー?」

 

八幡「金麦」

 

いろは「は~い。……どーぞ」トテトテ

 

八幡「ん」

 

いろは「それじゃあ、今月もお疲れ様でした。かんぱい♪」プシュ

 

八幡「乾杯」プシュ,カン

 

いろは「んっ。んっ……ぷはぁ」

 

八幡「……」ゴクゴク

 

 

いろは「いただきま~す」

 

八幡「……」ゴクゴク,プハア

 

いろは「せんぱい飲みきるの早すぎですって……。自分で取ってきてくださいね」

 

八幡「おう」

 

いろは「おいし」モグモグ

 

いろは(たまにしかやらないけど先輩の料理って好きだなぁ……さすが専業主夫志望)モグモグ

 

八幡「よっこいせ」プシュ

 

 

いろは「せんぱいって発泡酒は金麦ばっかりですよね~。それ苦くないですかー?」

 

八幡「この苦さが癖になるんだよ。……大人の味ってやつだな」

 

いろは「……うわ、今ちょっと自分のことかっこいいとか思ってませんでした?……超やばかったですよ?」

 

八幡「かっこよすぎてヤバいってことだろ、ヒッキー知ってるよ」

 

いろは「せんぱい、お酒のむとちょっと調子乗りますよね……私の前でだけだからいいけど」

 

八幡「そりゃ、俺の飲む相手ってお前くらいだからな。あと平塚先生か、バイト先」

 

いろは「最近はたま~にゼミの飲み会にも行ってるみたいじゃないですか」

 

八幡「教授も行くときだけな」

 

いろは「せんぱいは浮気の心配ないからいいですね」ニッコリ

 

八幡「本人に向かって言うことじゃないだろそれ……浮気してやろうか」

 

いろは「できるものなら。せんぱい、私のことだーいすきですもんね?」

 

八幡「何言っちゃってんのお前……お前もたいがい酔うと調子乗るよな……」

 

いろは「えー大好きじゃないんですか~?」

 

八幡「はいはいすきすき」

 

いろは「適当だな~。まま、とりあえずもう一回かんぱい♪」スッ

 

八幡「……はいよ」チン♪

 

 

【ペットショップ】

 

 

いろは「なーんかペットショップっていいですよね~。見てるだけで癒されるっていうか~」

 

八幡「……ああ」

 

いろは「このハムスターとか見てくださいよ~。ほら、こーんなに可愛いんですよ」

 

八幡「そうだな」

 

いろは「ね、だから飼いましょう?」

 

八幡「だから言ってるだろ、お前だけで全部世話をするなら買ってもいいって。何時間同じこと言わせんだよ」

 

いろは「だからそれが無理かもしれないから先輩にも聞いてるんですけど?」

 

 

八幡「……俺は四月からは就職するし、それは厳しいかもしれないって言ってるだろ」

 

いろは「……だめですか?」

 

八幡「お前一人でも世話できるなら買えよ」

 

いろは「分かりましたよー……諦めます。……せんぱいと一緒に育てたかったのに」

 

八幡「……あのな、お揃いのマグカップ買うような気持ちで生きもの買おうなんて言ってんじゃねえぞ。本当に」

 

いろは「そうですね……。浅はかだったかもです。……すみません」シュン

 

八幡(一色は子犬のようにうなだれてしまった。少し言い過ぎたかもしれない。それにこいつは、こういうことを言われないと分からないほど軽薄な人間でもない。何か、不安になっているのかもしれない)

 

 

八幡「……いつか一緒に子ども育てるだろ、俺とお前は」ボソッ

 

いろは「え」

 

八幡「何でもない。帰るか」

 

いろは「ちょせんぱい、わんもあ!今の台詞もう一回言ってください!録音していつか裁判になったときに使いますから!」

 

八幡「どうしてすぐにそういうこと言っちゃうかなお前……八幡的にポイント低い」

 

八幡(彼女が耳まで真っ赤にして腕に抱きついて、何やらうるさく言ってくる。それを聞き流しながら、俺は今日の晩飯について考えていた)

 

八幡(……そして、いつかそうなったらいいと考えている将来についても、少しだけ思いを馳せた)

 

 

【温泉旅行】

 

八幡「はあ……気持ち良かった……」

 

八幡(温泉ヤバい。何がヤバいってもう全部ヤバい。あんなに気持ちよくてしかも体にもいい。信じられないことに病気とかにも効くらしい。とにかく温泉はヤバい。俺将来は絶対温泉旅館で働こう……花咲く八幡)

 

いろは「うわーかつてないほど先輩が緩みきった顔してる……でもここの温泉すごく気持ちよかったですね~。せんぱいのチョイスに任せて正解でした」

 

八幡「グーグル先生に聞きまくったからな。旅行で一番大切なのはプランニング、その次に大切なのは実際に行ったときにガッカリしない程度にハードルを下げておくことだ」

 

いろは「相変わらず前向きなのか後ろ向きなのかよく分からない発言ですね……。ごはんも食べたし、もう寝ます?」

 

八幡「んー」

 

いろは(目を薄く閉じてゴロゴロしてる……猫みたい。もしくは休日のお父さんみたい)

 

 

八幡「……そういえば、川沿いに灯篭を並べてるってさっき仲居さんが言ってたぞ。散歩でも行くか?」

 

いろは(なんか今ちょっとせんぱいわざとらしい感じだったような……。そういえば、って言う準備をしてたような感じ)

 

いろは「へーいいですね。行きましょっか」

 

八幡「ん」

 

――川沿い

 

いろは「わー結構きれいっていうか風流ですね~」トテトテ

 

八幡「そうだな」テクテク

 

いろは(せんぱいは何を考えているのか分からないような顔で、ボーっと灯篭に照らされた水面を見つめていた)トテトテ

 

いろは「……タバコ吸いたくなりました?あ、喫煙所あそこありますよ」トテトテ

 

八幡「ああ」テクテク

 

いろは(さっきから妙に口数が減っている。温泉までは珍しくちょっとはしゃいでたのに)トテトテ

 

 

八幡「……」カチ、シュボ、スパー

 

いろは(いつもと同じようにセブンスターを口にくわえるせんぱいの横顔が灯篭にぼんやりと照らされて、何故かその姿は今にも消えてしまいそうにとても儚く見えた)

 

八幡「……あのな」

 

いろは「はい」

 

いろは(何故か少し緊張してしまう。変なの)

 

八幡「付き合って半年くらい経ったな」

 

いろは「そうですね」

 

八幡「……ありがとうな。これからもよろしく頼む」

 

いろは「……えっ」

 

 

八幡(一色は猫みたいに目を丸くしてこちらを見ていた。……こっちはこれを言うために旅行来たまであるんだが)スパー

 

いろは「ちょ、ちょっと待ってください……熱でもあるんですか?」

 

八幡「なんでそうなるんだよ」

 

いろは「だってなんか、なんか……意外すぎて」

 

八幡「俺が素直に気持ちを言うことがか?」

 

いろは「うわ、もう素直な気持ちとか言わないでください!怖い!」

 

八幡「……なんだよそれ」

 

 

いろは(せんぱいは拗ねたように夜空を見上げて、煙を吐き出した。暗い空に白い煙がうっすらと広がっていくそれは、とても綺麗だった)

 

いろは「……泣いてもいいですか?」

 

八幡「あざとい泣き真似じゃなければな」

 

いろは「……あは」

 

いろは(ねえせんぱい。幸せすぎて泣きそう、だなんて。そんな綺麗な気持ちがこの世に本当にあるだなんて、私は知りませんでしたよ)

 

いろは「せーんぱい、こっち向いてくださいよ」

 

八幡「……」

 

 

いろは(まだ拗ねてるような顔で、先輩は私を見た)

 

いろは(だから私はその先輩の唇に私のそれを重ねた。きっと初めてにしては合格点がもらえるくらいには、それは自然なキスだった)

 

八幡「……っ」カアア

 

いろは(せんぱいの頬がみるみる赤くなっていく。まるで桜の花びらみたい。だから私は、少し煙草の苦みを感じる唇に素直な言の葉をのせた)

 

いろは「せんぱい、だーいすき」

 

いろは(これを言った時には私も恥ずかしすぎて先輩の顔を直視できなかったのは、ここだけの内緒の話だ)

 

 

【料理】

 

 

いろは「せんぱーい、ちょっと。かむかむひあひあ」

 

八幡「……なんだよ、今コナン君が推理を喋ってる最中なんだけど」テクテク

 

いろは「そんなことよりはい、味見して下さい。ビーフシチューです」

 

八幡「そんなことよりってお前。一瞬で気絶させるような命に関わる強い麻酔を打たれ続ける小五郎さんの気持ちがお前に分かるのかよ、そんなことだなんて言うな」

 

いろは「なんでちょっと小五郎さんに感情移入してるんですか……めんどくさ。それよりはい、あーん」

 

八幡「ん。……いいんじゃねえの、美味いぞ」

 

いろは「よかった~。でもせんぱいって何を作ってもそれだから、あんまり張り合いがないですよね」

 

八幡「いちいち文句言われるよりいいだろ」

 

いろは「それはそうですけどね」

 

八幡(一色は鼻唄まじりの慣れた手つきで料理を完成させていく。もともと要領のいい人間なので、あまり失敗するところというのを見たことがない)

 

いろは「よし、できましたよー。最後に、愛情をふりかけて完成です♪」

 

八幡「何そのドヤ顔……」

 

いろは「可愛いかなーって思って」

 

八幡「いや別に」

 

いろは「うわー冷たい反応。ビーフシチュー、どのくらい食べます?」

 

八幡「大盛りで」

 

いろは「はーい」

 

八幡(一色は大盛りいっちょ~なんてラーメン屋みたいに言いながら、ビーフシチューを皿いっぱいまで入れた)

 

 

いろは「はいせんぱい」

 

八幡「おう」

 

いろは「追加で大盛りいっちょ~」

 

八幡(自分の分をよそっている一色の後姿を見ていて、ふと思いついた)

 

八幡「なあ、まだ高校の制服って残ってるか?」

 

いろは「え、どうしたんですか。多分実家にあったと思いますけど……えっちの時に着てほしいんですか?」

 

八幡「いや、制服を着てエプロンつけて料理をつくってほしい」

 

 

いろは「……」

 

八幡「なんだよその顔」

 

いろは「…………ドン引きしている表情です」

 

八幡「……分かったよ、もう言わん」

 

いろは(表情こそあまり変わらなかったが、先輩はしょんぼりしたようにビーフシチューをとぼとぼとテーブルに運んだ)

 

 

いろは「……もう、仕方ないなぁ。せんぱいは。交換条件です」

 

八幡「え?」

 

いろは「せんぱいも制服きて、部屋の中でいいですから制服デートしましょうよ」

 

いろは(せんぱいは「等価交換の法則か……」なんて、よく分からないことを呟きながらも頷いた)

 

いろは(せんぱいの好きな食べものや嫌いな食べもの、好きなプレイに嫌いなプレイでも何でも。これからたくさんのことを知っていきたい)

 

いろは(そんなことを考えながら、今日も二人で手を合わせる)

 

八幡「いただきます」

 

いろは「おあがりください」

 

いろは(好きな人が私の目の前で美味しそうにごはんを食べてくれる。こんな日々が続けばいい、なんて思いながら)

 

 

【髪の毛】

 

 

いろは「……はあーきもちー」

 

八幡「……」

 

八幡(風呂からあがったばかりの一色の髪をドライヤー乾かしている。一緒に見てたクイズ番組で負けた罰ゲームだ)

 

いろは「あ、もっと優しくやってくださいね。気持ちを込めて日ごろの感謝を伝えられるように丁寧にやってください」

 

八幡「……はいよ」グシャー

 

いろは「うわぁあ!?何するんですかぁもう」

 

八幡「いや、なんかイラッとくる表情だったからつい」

 

いろは「もー……ちゃんとせんぱいの指で梳いてくださいね」

 

八幡「ん」

 

 

八幡(髪を指で流すように動かす。茶色がかったその髪はオレンジのライトに反射してきらきらと光っていた)

 

八幡「……」

 

八幡(何かとても綺麗なものに触れているような気がして、少し鼓動が早くなる)

 

いろは「ん、せんぱいの指きもちー。ずっとこうされてたいです」

 

八幡「……そしたらそのうちハゲるぞ、お前」

 

いろは「あは、それもそれでありかな~って」

 

八幡「なしだなし。俺がもたん」

 

八幡(腕の体力とか、あと理性とか)

 

 

いろは「終わったら頭なでてー」

 

八幡「……ん」ナデナデ

 

いろは「ちゅーしてー」

 

八幡「…………ん」チュ

 

いろは「えっちしましょー」

 

八幡「おやすみ」

 

いろは「せんぱーい、そんなお預けないですよ~」

 

八幡「明日の仕事、何時起きだと思ってんだよ。寝るぞ」

 

いろは「もー……」

 

 

八幡(一色は拗ねたような顔でドライヤーを片づけている)

 

八幡(だが、俺だってやりたかった。すぐに終わるなら。だけど、確信があった。もし今からやり始めたら、確実に朝まで止められないと)

 

八幡(……自分が髪フェチだということに気づいた、新婚生活三か月目の夜だった)

 

 

【海】

 

 

――某地方の海。比企谷八幡、大学四年。一色いろは、三年の夏。

 

 

八幡「……」カチ、シュボ、スパー

 

いろは「ちょ、着いてそうそう一服し始めないでくださいよ」

 

八幡「いいだろ、こっちは運転で疲れたんだよ」スパー

 

いろは「もー……。それにしても夜の海って、なんか少し怖いですよね。吸い込まれそうっていうか」

 

八幡「だな。しかし夜の海を眺めながら缶コーヒーと一緒にやる煙草は特別に美味しいからアレだ」スパー

 

いろは「ふーん、そういうもんですかー。男の人のそういうのっていまいち共感できないんですよねー」

 

八幡「だろうな」スパー

 

 

いろは「……花火します?せっかく買ったんだし」

 

八幡「ん」スパー

 

八幡(一色はごそごそと袋から花火を取り出して広げた)

 

いろは「せんぱいせんぱい、ライター」

 

八幡「はいよ」

 

八幡(一色はライターを受け取ると花火に火をつけた。カラフルに光るそれに横顔が照らされていて、綺麗だった)

 

 

いろは「せんぱいもしましょー。はい」

 

八幡(吸い終わった煙草を携帯灰皿に入れて、花火を受け取る。火をつけると、音を立てて燃え始めた)

 

いろは「ねーねーせんぱい、今から花火で文字書くから見て当ててください」

 

八幡「はぁ。……分かった」

 

八幡(あまりそういうバカップルのようなことは好きではないが、頷いてしまった。夏の海の持つ空気にあてられてしまったのかもしれない)

 

 

いろは「いきますよー。…………はい、分かりました?」

 

八幡「……」

 

八幡(分かったような気もするが、答える気にはならなかった)

 

いろは「もう、答えてくださいよ」

 

八幡「すき、だろ」

 

いろは「え?何て?せんぱい何て言いました?」

 

八幡「……お前って本当に腹立つよな」

 

いろは「そんなに褒めないでくださいよ~」

 

 

八幡「……今度は俺が書くから、見てろよ」

 

いろは「はーい」

 

八幡「…………ほい」

 

いろは「マックスコーヒー

 

八幡「正解だ。次。…………ほいよ」

 

いろは「こまちあいしてる」

 

八幡「やるな。……ラスト」

 

八幡(空中に少し早く文字をつづっていく。分かるだろうか)

 

 

いろは「……んーちょっと分からなかったです。もう一回書いてください」

 

八幡(照れたようにはにかみながら、一色は要求してきた。こいつ、絶対に分かってやがる)

 

八幡「もうやんねえよ」

 

いろは「えーケチ~」

 

八幡「うっせ」

 

八幡(夏の夜空にはたくさんの星が浮かんでいた。ぬるい潮風が心地よい)

 

八幡(二本目の花火に手をのばしながら、少し笑っている自分に気づいた)

 

 

【喧嘩】

 

――婚約後。結婚を一か月後に控えた二人。比企谷八幡、24歳。一色いろは、23歳。一色いろはも大学を卒業し、二人で同棲している東京のアパート。

 

 

いろは「あの、どういうことですか……。先輩、嘘をついてたんですか?」

 

八幡「嘘じゃなくて、言う必要がなかったから言わなかっただけだ」

 

いろは「なんで言う必要がないんですか……女の子と二人きりで飲んだんですよね?しかも、雪ノ下先輩と。平塚先生と飲む、っていうのは嘘だったんですか」

 

八幡(一色は笑っていた。だがそれは、今にも泣き叫びそうな危うい笑みだった)

 

八幡(あの日、俺と雪ノ下がバーに入っていくのを見た一色の同級生がいたらしい。今日、一色は高校の同窓会に行っていた。そのときに俺と付き合っていることを聞いた女子がその目撃者らしく、一色はその子から聞いたそうだ)

 

 

八幡(なぜ言わなかったのかは、自分でもよく分からない。ただ、話す気にはなれなかった。それくらい特別なことだったんだ、あれは。俺にとって)

 

八幡(だが、今のこのありさまはなんだ。俺のそんなくだらない感情で一色を傷つけている。今にもその大きな瞳から涙がこぼれそうになっている)

 

八幡(なら、全てを話そう。俺たち奉仕部に何があったのか。俺が何を考えてどういう選択をしてきたのか。そしてあの日、雪ノ下と何を話してどう思ったのか。それが今できる最善手であり誠実な対応であるように思えた)

 

八幡(思えば、話すタイミングはこれまでにいくらでもあった。いつかは話さなければいけないことでもあったと思う。一色が聞かないのをいいことに、その甘さに付け込んでいただけなのだと自覚した。何だ、それは。自分自身が気持ち悪くて吐き気がする)

 

八幡(一色はきっと、俺が話してくれるのをずっと待っていたのに)

 

八幡「あのな、一色。聞いてほしいことが――――」

 

いろは「聞きたくありません」

 

八幡「頼む。聞いてくれ」

 

いろは「嫌です」

 

八幡「一色!」

 

 

八幡(初めて一色に対して大きな声を出した。彼女は驚いたように体を震わせて、雫のたまった瞳をこちらに向けた)

 

いろは「ごめんなさい、ちょっと一人にしてください。お願いします。お願いします……」

 

八幡(制止することもできないほど、今にも壊れそうな表情だった。一色は逃げるようにアパートを出ていき、後には時計の秒針を刻む音だけが部屋には残されていた)

 

八幡(ソファーに深く座り込んで、長い息を吐く。何をしているんだ、早く追いかけろ。そう命令しても、足は動かなかった)

 

八幡(全てを話しても、許してもらえなかったら。それが決定打になり、このまま終わってしまったら。そんなことを一度考えてしまうと、もうこの両足は縫い付けられたように一歩も動けなくなってしまった)

 

 

――

 

 

いろは(行くあてもなくアパートを飛び出して、駅に向かう。とにかく少しでも離れたかった。あの場所から。あれ以上せんぱいを目の前にしていると、とても醜い言葉があふれ出しそうだった)

 

いろは(思えば私は、そのことについてずっと不安に思っていたのかもしれない。それは私には踏み込めない領域だったから。あの頃の奉仕部は、特別で触れられないものだったから)

 

いろは(来たばかりの電車に飛び乗って、適当な駅で降りた。自分でも何がしたいのか分からなかったが、とにかく今は確実に一人になれる場所で少しでも冷静になりたかった)

 

 

いろは(繁華街を歩いて、目についた喫茶店に入った。アメリカンブラックを一つ頼み、息を吐く。だが冷静になろうとすればするほど、頭の中がぐちゃぐちゃになるようだった)

 

いろは(ふと前のテーブルを見ると、どこかで見たことがあるような後姿があった。誰だろうと思ってじっと見ていると、その人が振り返って目があった)

 

いろは(それは私の好きだった人、葉山先輩だった)

 

 

――二人のアパート

 

八幡(一色が出ていって一時間ほど経った)

 

八幡(ようやく気持ちが落ち着いてきて、今やるべきことを冷静に考えられるようになった。とにかく連絡をして、一色と会わなければいけない)

 

八幡(こんなことで別れてたまるか。こんなことで諦められるくらいなら、初めから付き合うこともしない)

 

八幡(なんとか連絡を取ろうと、スマホを取り出す。指先が震えて、暗証キーを何度か間違える)

 

八幡(何度か誤操作をしながらもなんとか一色の連絡先を呼び出し、電話をかける。頼む、出てくれと願いながら)

 

 

 

八幡(電話は、繋がらなかった)

 

 

――喫茶店

 

隼人「いろは、本当に久しぶり」

 

いろは「お久しぶりです、葉山先輩」

 

いろは(久しぶりに見る葉山先輩は以前とあまり変わらない様子だった)

 

優美子「一色、だったよね。久しぶり」

 

いろは「ご無沙汰してます」

 

いろは(ただ以前と違うのはその隣に三浦先輩がいて、二人の薬指には同じ指輪がきらりと光っていた)

 

 

優美子「まさかこんなところで会うなんてね」

 

葉山「だな。ビックリしたよ」

 

いろは「わたしもです。そういえば、お二人が結婚していることもこの前聞きました。お祝いの言葉が遅れてごめんなさい。……おめでとうございます」

 

いろは(とても自然にその言葉が出てきたことに我ながら少し驚きつつも、私は笑っていた。お似合いの二人だと思う)

 

いろは(そのくらい二人の表情や空気、仕草はとても柔らかく、自然なものだった)

 

 

葉山「ありがとう」

 

三浦「サンキュ。てか隼人、これ言われるたび照れるのやめてよ、もう」

 

いろは(三浦先輩まで少し照れたように葉山先輩の頭を小突いた)

 

いろは「あは、お二人ともなんか可愛いです」

 

三浦「こら、からかうなし」

 

いろは「すみません」

 

いろは(頬を赤くして文句を言ってくる三浦先輩が可愛くて、思わず笑ってしまった)

 

 

三浦「もう。……てかあんた、なんか目が赤くない?大丈夫?」

 

いろは「え、大丈夫ですよ。さっきちょっと目にゴミ入っちゃって」

 

三浦「ふーん……」

 

いろは(三浦先輩は私の全体を観察するようにじろじろと見まわし、葉山先輩の肩を叩いた)

 

三浦「私ちょっと出てくるから。隼人、話聞いてやんな」

 

いろは「え?」

 

三浦「部活の後輩だったんだし、力になってあげて。任せたよ」

 

隼人「ああ、分かった」

 

 

いろは「え、あの」

 

いろは(二人はとても自然な様子でそう言って、私が止める間もなく三浦先輩はお店を出ていった)

 

隼人「じゃあ、聞かせてくれ。どうした?何があった?」

 

いろは(優しく笑いながらそう聞いてくる葉山先輩の顔を見て、私はとうとう我慢していた涙をこぼしてしまった)

 

 

――何があったのかを話した後

 

 

いろは(途中で何度も言葉がつっかえながらも、なんとか全てを話した)

 

いろは(葉山先輩は特に言葉を放つこともなく、時おり穏やかに相槌を打ちながら聞いてくれた)

 

隼人「そうだったのか。……いろはは本当に好きなんだな、比企谷のこと」

 

いろは(葉山先輩はぽつりとそう言って、笑った。私はしゃくりあげながらも、黙ってそれに頷く)

 

 

隼人「じゃあ、いろはが今するべき行動は一つだけだな。でもそれはいろはも分かっていると思う。……だからとりあえず、泣きやむまでここにいるよ。悪いけど、俺に手伝えることはなさそうだ」

 

いろは(葉山先輩は悪戯っぽくそう笑って、コーヒーに口をつけた)

 

いろは(久しぶりに触れる葉山先輩の優しさに心が満たされていくのを感じる。それは今の私にとって、何よりも力強い薬だった)

 

いろは(ふと、葉山先輩に振られた頃のことを思い出す。あの頃の私は自分が振られてしまったショックで泣いていた。もともと勝算が薄かったのは知っていたのに)

 

いろは(そしていつからかその記憶には蓋をするようになり、胸はあまり痛まなくなっていた。所詮初恋なんてこんなものだなんて、冷めた目で自分を見る私にも気づいていた。そうして自分の心を守っていたようにも思う)

 

いろは(せっかくお嫁さんと二人でデートをしていたのに、突然現れた邪魔者にも優しく笑いかけて、助けようとして)

 

 

いろは(ああ、どうして忘れていたのだろう)

 

いろは(こうやって、誰にでも優しくて。人の心を気遣って、気遣って。そうやって誰のことも見捨てられなくて、がんがらじめで動けなくなって)

 

いろは(たまに凄く苦しそうな表情を見せて。だから私がそれをほどきたいって。ほどける存在になりたいって)

 

いろは(そういう風に、私はこの人を好きになったんだ)

 

いろは(そうだ、きっと私のあの初恋は何も間違っていなかった。たしかに本物だったんだ。全然、「恋愛ってこんなものなのかな」じゃなかった。こんな葉山先輩のことが、私は本当に好きだったんだ)

 

 

いろは「あ……」

 

いろは(気づけば、頬からまた大粒の涙が伝っていた。それを見て葉山先輩はハンカチを差し出しながら、優しく笑う)

 

隼人「早くふきな。こんなところ比企谷に見られたら、俺が殴られそうだしね」

 

いろは(葉山先輩の目が笑っていた、小さい男の子みたいに。きっとそれが、本来の葉山先輩が持ちあわせているものなんだと思う)

 

いろは(それを見て、本当に嬉しく思っている自分に気づく。きっと、三浦先輩がほどいたんだ。ほどけたんだ、葉山先輩を)

 

いろは(それが少しだけ切なくて、心から嬉しい)

 

いろは(そして同時に、私がどれだけあのちょっと意地悪なせんぱいのことが好きなのかを自覚する)

 

 

いろは「……葉山先輩。ありがとうございました。もう、大丈夫です。先輩に連絡してみます。あの捻くれためんどくさい堅物と、絶対に仲直りしますから」

 

いろは(私が冗談めいて毒を吐くと、葉山先輩は驚いたように目を張った後、楽しそうに笑った)

 

隼人「ああ。……いろはは本当はそういう笑顔ができたんだな。今のいろはならきっと、大丈夫だと思う。頑張れ」

 

いろは「はい、頑張っちゃいます。それじゃあ葉山先輩、本当にありがとうございました。三浦先輩にもお伝えください。……ずっと、お幸せに」

 

隼人「ああ。いろはも、比企谷と仲良くな。……元気で」

 

いろは「はい。……さよなら、葉山先輩」

 

隼人「さよなら、いろは。……頑張れ」

 

 

いろは(喫茶店を出た。騒々しく街並みを歩く人々とすれ違いながら、駅に向かう)

 

いろは(そして、いつかの放課後を思い出す)

 

 

いろは『葉山せんぱーい、お疲れ様でーす。また明日~』

 

隼人『ああ、お疲れ。いろは、また明日』

 

 

いろは(また明日、って笑って手をふっていたあの時の二人はもうどこにもいない。目が合うたびに頬が赤く染まって、その度に夕陽のせいだってごまかしたりした私はもういない)

 

いろは(でもあの時の空の色や空気の匂い、サッカーボールの手触り、遠くから聞こえる吹奏楽部の演奏はきっと、いつまでも私の心に残り続ける)

 

いろは(そして思い出すたびに痛みと愛しさを感じさせてくれるのだろう)

 

 

いろは(ああ、早くせんぱいに会いたいなぁ)

 

いろは(自然とそう思った。スマートフォンを起動すると、せんぱいからの不在着信がいくつも溜まっていた。すぐにコールバックする)

 

いろは(すぐに出るかな。出てくれるかな。出たらまず、なんて言おう。怒ってごめんなさい?もう許します?どっちも違うような気がした)

 

いろは(そうだ、こんな気持ちのときに紡ぐ言葉なんて一つに決まってる。電話がつながった)

 

いろは「――――せんぱい、大好きです」

 

 

【妊娠】

 

 

――比企谷八幡、社会人五年目。一色いろは、社会人四年目。

 

 

いろは(「おめでとうございます」とお医者さんに言われた時、私の頭の中は真っ白だった)

 

いろは(ていうか、何を言われているのか分からなかった)

 

いろは(そして、「三ヶ月目です」とお医者さんは続けた。私のお腹の中には三ヶ月も誰かがいたらしい)

 

いろは(じわじわと驚きがやってきて、嬉しさがやってきて。次に思ったのは「旦那さんに何て言おう」、だった)

 

 

――比企谷夫婦宅、夕食後のリビング。八幡、食後の一服中

 

 

いろは「旦那さん、旦那さん」

 

八幡「ん」スパー

 

いろは「ご報告があります」

 

八幡「おお」スパー

 

いろは(旦那さんはテレビをぼんやりとした表情で眺めていた。画面の中では若手らしい芸人が何事かを叫んでいる)

 

 

いろは「赤ちゃんができました」

 

八幡「ん。……え?」

 

いろは「私たちの赤ちゃんが、できたようです」

 

八幡「……」

 

いろは(旦那さんは煙草を手にしたまま固まった。その目は大きく見開かれて、よく分からない顔でこちらを見つめていた)

 

 

八幡「……あっつ!」

 

いろは(いつの間にか煙草の火がフィルターを焦がすところまできていたことにも気づかないくらいには、私たちは固まっていたらしい。慌てたように旦那さんは灰皿に煙草を押しつけて火をもみ消した)

 

八幡「……本当か?」

 

いろは「今日、病院に行ってきました。三ヶ月だそうです」

 

八幡「そうか……」

 

いろは(旦那さんは一つ頷くと、俯いてしまった。そのまま床を見つめて、なかなか顔を上げてくれない)

 

いろは(もしかして嫌だったのかなと思い、不安になる)

 

 

いろは「あの……どうしました?」

 

八幡「嬉しいだけだから、気にすんな」

 

いろは「そうですか」

 

いろは(そう言う旦那さんの声はたしかにうるんでいて、私も泣きそうになる)

 

八幡「そうか……そうか」

 

いろは「はい」

 

八幡「じゃあもう、やめるか」

 

いろは(旦那さんはそう言って、まだたくさん入っている煙草の箱をゴミ箱に入れた)

 

 

いろは「え、いいんですか」

 

八幡「もう必要ないしな。……いや、とっくに必要はなくなってたのを惰性でダラダラと吸い続けてただけだ。やめるにはいい機会だろ」

 

いろは「旦那さん……。なんかちょっとキュンときたんですけど」

 

八幡「アホ、照れるからそういうのは声に出さないでいい」

 

いろは「は~い」

 

八幡(いろははクスクスと笑うと、俺の隣に座った)

 

 

いろは「パパですよ」

 

八幡「お前はママだな」

 

いろは「そうですね……ママって呼びます?」

 

八幡「嫌に決まってんだろ……誰が呼ぶか」

 

いろは「えーなんかいいじゃないですかー。お互いのことをパパとママって呼ぶの」

 

八幡「俺がそういうこと言っちゃう人間じゃないのは知ってんだろ」

 

いろは「まあそうですけどね~」

 

八幡(いろはは俺の肩にもたれかかって、耳元で呟く)

 

 

いろは「旦那さん」

 

八幡「何だよ」

 

いろは「……ふふ、なんでもないです」

 

八幡「……あっそ」

 

八幡(少しくすぐったくて、とても甘くて。幸せで)

 

八幡(俺はこの女のことが、本当に好きなのだと実感する。これからももっともっと好きになって、大切になるのだろうと思う。これは予言だ、的中率100パーセントの予言だ)

 

 

八幡(いろはは俺の肩に頭を預けて目を閉じている。その口から柔らかい鼻唄がこぼれるのを聴きながら、彼女の右手に俺の左手を重ねた)

 

 

【ナンパ】

 

 

――比企谷八幡一色いろはが付き合って一ヶ月目の頃

 

 

八幡(いつものようにゼミを終えて、帰路に就いていると珍しいものを見た)

 

男1「なあいいじゃん、暇なんやろーて」

 

男2「どっか遊び行こうや」

 

いろは「……」ポチポチ

 

八幡(どうも男が二人で一色をナンパしているようだ。一色はその男二人がいないものであるかのように、携帯を触り続けている)

 

 

男1「おい何調子乗ってんだよ」

 

男2「こっち見ろやアアン!?」

 

いろは「……」ポチポチ

 

八幡(男二人が凄んで見せるも、なおも一色は携帯を触り続けている。そのメンタルちょっと俺にも分けてください)

 

八幡(なんにせよこれ以上はマズイと思い、声をかけることにした)

 

 

八幡「おい一色、帰るぞ」

 

一色「……」ポチポチ

 

八幡(えーなんで俺のことまで無視してんのこいつ。いないものとして扱われた中学のときの記憶がチラつくからやめよう)

 

男1「お兄さん、ダメっすよこいつ。なんか調子乗ってるっていうか」

 

男2「ああ、ブスのくせに勘違いしてるパティーンだわこれ。お兄さん暇なら俺らと一緒にナンパする?」

 

八幡(何故かナンパ男たちが俺を仲間にしようとしてきた。どうする?)

 

八幡(  逃げる  ウホる  戦う →無視)

 

 

八幡(特に迷うことなく「よし、無視だな」と決めて強引に一色の腕を掴む。一色は驚いたような表情をしていたが特に文句を言うこともなくついてきた)

 

男1「はあー何それ。おもんな」

 

男2「しけるわー」

 

八幡(男たちは文句を言いながらも追ってはこなかった。態度こそデカいが、そんなに喧嘩をしたがる奴らではなかったらしい。最近の省エネ主義のヤンキー、万歳)

 

 

八幡「ったく、何やってんだよ」

 

いろは「すみません、せんぱいの姿が遠くから見えたのでちょっと反応を見たくて」

 

八幡「……本当に、何やってんだよ。あのな、運がよかったからいいけどな。あれがもし――」

 

いろは「あーうるさ。お説教の前に言うことあるんじゃないですか?」

 

八幡「は?」イラ

 

 

いろは「私、ブスじゃないですよねー?」

 

八幡「…………いや、もうブス。相当なブス」

 

いろは「は?」イラ

 

八幡「あ?」イラ

 

いろは「……私可愛いもん可愛いもん可愛いもん可愛いもん」

 

八幡「ブスブスブスブスブサイク」

 

いろは「はー?今日のご飯トマトしか出しませんよ?それが嫌なら可愛いって言ってください」

 

八幡「……ブッサイク」

 

いろは「可愛いって言っえっ」ポカポカ

 

八幡「あーはいはいかわいいかわいい」

 

 

いろは「……とても不本意ですが、私の方が精神的に大人なので許します」

 

八幡(精神的に大人とか言うやつはほぼ間違いなく子供。ソースは小町)

 

いろは「今なにかイラッとすること考えませんでした?」

 

 

八幡「……こえーよ、お前のアンテナ。あとこわい」

 

 

【カラオケ】

 

 

――比企谷八幡一色いろは、付き合って一年目くらい。カラオケ屋。

 

 

八幡(「珍しく二人とも全休ですし、カラオケでも行きません?」という一色の一声で俺たちはカラオケに来ていた)

 

八幡(デートするにも映画や公園、海の多い俺たちにとってカラオケはとても珍しい。一色は好きみたいだが、俺と二人で来るのは初めてかもしれない)

 

いろは「私飲みもの注いでくるんでせんぱい何か先に入れててくださーい」

 

八幡「ああ」

 

八幡(デンモクを操作し適当な曲を入れる。高校の頃によく聴いていた曲だが、覚えているだろうか)ピピッ

 

八幡(曲名が表示され、イントロが流れ始める)

 

八幡(声をメロディに乗せる。意外と覚えてるもんだ)

 

 

――歌い終わる頃

 

 

八幡「名前なんかないよ なんにも だから君が今つけたらいいんだよ……♪」

 

八幡(唄い終わった。一色の方を見ると、なんとも言えない表情をしていた)

 

いろは「ちょ、ドヤ顔でこっち見ないでくださいよ。……なーんか無難というか普通に上手くてつまんないですねー」

 

八幡「はあ?完璧だっただろうが」

 

いろは「ラブソングなんですからもっと感情こめこめましましで歌ってくださいよー。はい、もう一曲入れといたので歌ってください」

 

 

八幡「いやマジかお前」

 

八幡(もうすでにイントロが流れ始めていた。仕方なくマイクを手に取る)

 

いろは「なんだかんだで歌ってくれるせんぱい大好き~」

 

八幡「……歌う気なくなるからやめろ」

 

――二曲目を歌い終わる頃

 

 

八幡「くしゃみひとつで取り戻せるよ 離れてもそばにいる 気でいるよ……♪」

 

八幡(少しうろ覚えだったがなんとか歌いきった。さっきよりは感情的に歌ってみたが……一色の表情をうかがってみる)

 

いろは「……!」グッ

 

八幡「……」

 

八幡(一色は掌で目元を覆って泣き真似をしながらサムズアップしていた。なんかそれはそれで照れるからやめろ)

 

 

いろは「いや~せんぱいワンマンライブ最高です……今後も定期的にしていきましょう」

 

八幡「え、嫌だけど……」

 

いろは「拒否権なしです♪」

 

八幡「えぇ……」

 

いろは「せんぱいの歌声が良すぎるのが悪いんです。とりあえずもういっちょ行きましょー♪」

 

八幡「仕方ねえなぁ……」

 

いろは(せんぱいチョロいな~)ニヤリ

 

 

――三曲目を歌い終わる頃

 

 

八幡「あなたに逢えてよかった よかった……♪」

 

八幡(この曲は俺もかなり好きだったのでかなり感情をこめて歌えたと思う。一色の反応を見てみる)

 

いろは「……なんかちょっと暑くないですか?」ハア、ハア

 

八幡(おもむろにカーディガンを脱いで胸元をパタパタしていた。……発情してやがる)

 

 

八幡「アピールされてもカラオケなんかじゃ絶対やんねえからな」

 

いろは「ちょ、べ別にそんなんじゃないですし!本当に暑いだけですし!」

 

八幡(顔を真っ赤にして一色は否定してくる。いや、お前ってムラムラしてるときのサイン結構分かりやすいからな?)

 

いろは「うー……だってせんぱいが悪いんですよう。あんなに色っぽい声で私に逢えてよかったなんて言ってくるから……」

 

八幡「いやそれ歌詞だし……」

 

いろは「拒否権なしです♪」

 

八幡「ありです」

 

いろは「異議を申し立てます!」

 

八幡「却下します」

 

いろは「ひどい……」

 

 

八幡「当たり前だろうが。俺はカラオケでそういうことやる連中が嫌いなんだよ、知ってるだろ」

 

いろは「まあ知ってますけどー……。いいこと思いつきました!」

 

八幡「はあ、なんだよ」

 

いろは「私が甘い曲唄ってせんぱいをその気にさせてみせます!なのでちゃんと聴いててくださいね」

 

八幡「はいはい頑張れ」

 

いろは「ぶーぶー。適当だなー。絶対させますからね!」

 

八幡「はいよ」

 

 

八幡(結果だけ言おう。二時間とっていたカラオケを一時間で出て、気が付くとラブホテルの中にいたということだけ、記述しておく)

 

 

【再会】

 

 

――【喧嘩】の一週間後。某繁華街のレストランの前。

 

 

八幡(今、俺はとある店の前に立っている)

 

八幡(これからここに来る、ある女性を待っているからだ)

 

八幡(胸にこみあげてくる気持ちは、なんとも形容のしがたいものだった)

 

八幡(動悸がやたらと早くなり、足が小刻みに揺れていることが分かる)

 

八幡(腕時計を何度も確認するし、スマホの画面をつけては消してを繰り返している)

 

八幡(だが不思議と、後悔の気持ちは微塵もないことは確かだった)

 

 

――

 

 

八幡(一週間前に、俺と一色は初めて喧嘩をした。いつもの軽口のたたき合い、じゃれ合いではなく本当に破局する手前の喧嘩だった)

 

八幡(だが、どうにか仲直りをすることができた。一色の言うところによると、葉山と三浦に助けてもらったらしい)

 

八幡(雪ノ下と再会した日の話、お互いにずっと思っていたこと、考えていたこと)

 

八幡(色々なことを話し合った。その結果、一色は『結衣先輩にも会ってください。会って、話してください』と提案した)

 

 

八幡(今さらだ、一度逃げてしまった男がどの面を下げて『また会おう』なんて言えるのだろう)

 

八幡(しかし、一色はこうも続けた。『そんなの、一度フラれて好きな人に逃げられちゃった方がよっぽど言えませんよ』)

 

八幡(たしかに、それはそうかもしれない。だけど、どうだろう。こんなのただの自己満足にしかならないんじゃないか)

 

八幡(そう反論したが、『もし断られたり、返事がなかったら、それでもいいんです。その方がいいかもです。……でも、ごめんなさい。本当に、ただの私のわがままです。結衣先輩とせんぱいを傷つけちゃうだけになるかもしれないです。……でも、嫌なんです』)

 

八幡(怒ってもよかったと思う。一色の言っていることは、明らかに論理が破綻していた。結局、『私が嫌だからそうしてください』というだけの話だった)

 

八幡(だが、怒れなかった。一色が誰のためを思ってそう言っているのかは、伝わっていたからだ。一色自身だって、少なからず不安に思うところはあっただろうに)

 

 

八幡(由比ヶ浜がずっと俺のことを引きずっている、だなんて思い上がるつもりはない。あいつもきっと幸せな今を過ごしているのだと思っているし、願っている)

 

八幡(そこに俺が連絡していいのかという懸念はあった。だが、由比ヶ浜を信じて、そして何より一色の信じる俺自身を信じるからこそ、今なら会って話せるのかもしれないという思いはあった)

 

八幡(そして俺は、携帯のメモリーにまだ眠っている、何度も消そうとして消せなかったその名前を、何年かぶりに呼び出した)

 

 

八幡(奇跡的に、返信はすぐに来た)

 

 

――

 

 

八幡(遠目で、それらしい女性が見えた。彼女もこちらに気づいたようで、軽く手をふりながら駆け寄ってきた。まるで子犬みたいに)

 

結衣「やっはろー、ヒッキー!久しぶり!」

 

 

八幡(ああ、変わらない。由比ヶ浜結衣だ)

 

 

八幡「……おう、久しぶり」

 

結衣「うわー本当にヒッキーだー!……なんか、背ちょっと伸びた?」

 

八幡「全く伸びてねえよ、スーツ着てるからそれっぽく見えるだけじゃねえの」

 

結衣「あー、そうかも!」

 

 

八幡(由比ヶ浜はおかしそうにちょっと笑って、頭を下げた)

 

結衣「会おうって言ってくれて、ありがとうね。ヒッキー」

 

八幡「……こちらこそ、来てくれてありがとな。店、入るか」

 

結衣「うん!」

 

八幡(あの頃と同じように元気いっぱいに、由比ヶ浜は頷いた)

 

 

――レストラン内。ある程度、料理が運ばれてきた頃

 

 

結衣「ここのご飯、美味しいね」

 

八幡「ああ」

 

結衣「ヒッキーもこういうお店、使うようになったんだ。大人になったんだね……」

 

八幡(しみじみと由比ヶ浜は言う。親戚のおばちゃんかよ)

 

 

八幡「まあ、そんなに来るわけじゃないけどな」

 

結衣「あはは、そうなんだ。なんかでも、ヒッキーも社会人になったんだなぁって感じ。……ねえ、元気だった?」

 

八幡「ああ、元気だった。……お前は?」

 

八幡(ずっと料理や飲み物を行き来していた二人の視線が、やっと交わった)

 

結衣「私は……元気じゃなかったかも」

 

八幡「…………そうか」

 

 

結衣「嘘だよ。ゆきのんとか、周りの友達のおかげで元気になってきて……。今は、毎日が楽しいよ!」

 

八幡(由比ヶ浜はいたずらに成功した子供みたいに笑った。その笑顔を見て、それは嘘じゃないことを確認する)

 

八幡「そうか、良かった」

 

結衣「うん。……前にね、ヒッキーがゆきのんと会ったっていうのはゆきのんから聞いてたんだ。その時にね、聞いたよ。いろはちゃんと、付き合ってるんだよね?」

 

八幡「ああ」

 

結衣「そっか。……ヒッキー幸せそうだったって、ゆきのん言ってた。おめでと、ヒッキー」

 

 

八幡「……ありがとう」

 

八幡(彼女がどんな表情や気持ちでそれを言っているのか分からなくて、俺は思わず下を見てしまう)

 

結衣「ねえ、ヒッキー。不思議だと思うんだけどね。……それを聞いて私、本当に嬉しかったんだ。泣くかと思ってたんだけどね」

 

八幡「……」

 

結衣「でも、本当に悲しい気持ちにはならなかったの。ヒッキー幸せなんだ、よかったぁって。うれしくて、うれしくて。たはは。そういう意味では、ちょっと泣きそうにはなったんだけど」

 

八幡(顔を上げると、由比ヶ浜は優しく微笑んでいた。いつかのあの日と同じように)

 

 

結衣「私ね、ヒッキーにフラれちゃってからいろいろ考えたんだ。どうして私じゃダメなの、なんでって。嫌なことばっかり考えた」

 

八幡「……」

 

結衣「ヒッキーのフった本当の理由が、分かってたのにね。……ゆきのんの気持ちに、私は気づいてたのに」

 

八幡「……」

 

結衣「……だから、ね。あの……ね」

 

八幡(由比ヶ浜の表情が、大きく歪む。その大きな双眸が涙でいっぱいになる。眉尻を下げて、それでも笑おうとしたような顔で、彼女は言う)

 

 

結衣「ヒッキーに、ごめんって、ずっと言いたかったんだ」

 

 

八幡「な……」

 

八幡(それを見て、やっと俺の口が動く。その言葉は、胸からこみ上げる熱い何かで震えていた)

 

八幡「何で、お前が謝るんだよ……?」

 

八幡(悪いのは、俺だったのに。二人の気持ちから逃げてしまった、俺だったのに)

 

結衣「だって、だって」

 

八幡「俺が逃げたのが悪いんだよ。お前は、何一つ、悪いことなんかしなかっただろうが」

 

八幡(自分の好きだった相手に、想いを伝えただけだろうが)

 

 

結衣「……私は、ゆきのんが一人になるかもしれないって分かってて、告白したんだよ」

 

八幡「それでもきっとお前はあいつを一人にするつもりはなかった」

 

結衣「何も方法は考えてなかったくせにね。きっとそうなったらゆきのんは一人で、手の届かないところまで離れていくって知ってたのに。……それで結局、ヒッキーを一人にしちゃった。……だから、ごめん」

 

八幡「……」

 

結衣「ヒッキーが誰よりも、奉仕部の空間が好きだったのを知ってたのに、私が壊しちゃった。……だから、ごめんって言いたかったんだ」

 

八幡「……俺が一人になったのは、俺自身の問題なんだよ。だから……もう、謝るな」

 

 

八幡(俺がお前から告白された時、どれだけ嬉しかったと思う?自分で決めた選択を、どれだけ後悔したと思う?嬉しくて、でも悲しくて、あの晩、どれだけ泣いたと思う?)

 

八幡(だから……だから。あの時のことを、言わなければよかったなんて、なかったことにしたいだなんて。そんなことはどうか、どうか言わないでくれ)

 

八幡(俺がこんなことを考えてはいけないのは分かっている。思考それ自体が最低のものだ。だが、そう思わずには、願わずにはいられなかった)

 

結衣「……うん、分かった。もう、謝らない。でも、もう一つだけ言わせて」

 

八幡「……何だ?」

 

 

結衣「ありがとう、ヒッキー。ずっと、ずっと、本当にありがとう」

 

 

八幡(彼女のその大きな目から、たまっていた涙が赤くなった頬を伝う)

 

八幡(それは、いつだったかバーで見た雪ノ下雪乃のそれと、とても似ていた)

 

八幡(記憶の中の由比ヶ浜はいつだって心から楽しそうに笑って、心から哀しそうに泣いていた。そして周りの人間のことで本気で傷ついて、悩んで。その純粋すぎる、優しすぎる心が故に)

 

 

八幡(最後まで、決して言えなかったけれど。そんな由比ヶ浜結衣に、俺は本当に恋をしていたんだ)

 

 

――泣きやんだ後

 

 

結衣「たはは、泣いちゃってごめんね」

 

八幡(照れくさそうに彼女は笑った)

 

八幡「気にすんな」

 

結衣「ありがと!……んー、ちょっと湿っぽくなっちゃったし、昔話でもしよっか」

 

八幡「ああ、いいぞ」

 

八幡(由比ヶ浜は嬉しそうに笑って、語り始めた)

 

 

八幡(それからは、とても穏やかで楽しい時間だった)

 

八幡(初めて会ったときの、俺が事故をした話。奉仕部に由比ヶ浜が初めて来て、クッキーを作った話。今思い返してもあれは不味かったと言うと、由比ヶ浜は「今は成長したんだよ!」って嬉しそうにスマホを取り出してお菓子の写メを見せてくる)

 

八幡(やっぱり変わらんと言うと、「食べてみたら美味しいんだから!」って少し怒った。でも「美味しいよね……うーん」とすぐに首を傾げたりした。どっちだよ)

 

八幡(材木座の話をすると「誰だっけ?……ああ!厨二!」と一瞬本気で忘れてやがった。材木座さんに謝ってください)

 

八幡(戸塚に関しての話はとても盛り上がった。主に俺が)

 

 

八幡(葉山の話や、三浦の話や、川崎の話。平塚先生の話。夏のキャンプ、文化祭に体育祭、修学旅行、生徒会長選挙。そして、雪ノ下雪乃と、奉仕部の話。話題は途切れることはなかった)

 

八幡(当時は辛いことも多かったはずなのだが、二人とも笑っていた。比企谷八幡由比ヶ浜結衣は顔を見合わせて、あの頃のことを笑って話していた)

 

八幡(それはとても不思議で、とても嬉しいことで。少し泣きそうになりながらも、ずっと俺は喋り続けていた)

 

 

――

 

 

八幡(ふと時計を見ると、もう閉店間際だった。楽しい時間は早く過ぎるというのは、大人になっても変わらない)

 

八幡「そろそろ、閉店の時間だ。……あのな、由比ヶ浜。最後に一つだけ、聞いてほしいことがある」

 

結衣「え、何?」

 

八幡「あのな。……俺、来月に結婚するんだ。一色と」

 

八幡(由比ヶ浜は大きく目を見開いて、ゆっくりとその唇に笑みを浮かべた)

 

 

結衣「そうなんだ、おめでとう。ヒッキー」

 

八幡「ありがとな」

 

結衣「式にはちゃんと呼んでよね。ううん、呼ばれなくても行くから!ゆきのんとね」

 

八幡(悪戯っぽく笑いながら、由比ヶ浜はそう言った)

 

八幡「……おう。席、用意しとく」

 

結衣「お願いね」

 

八幡「ああ」

 

八幡(「じゃあ、出よっか。」由比ヶ浜がそう言って、二人とも立ち上がった。会計を済ませ、お店を出たところで立ち止まる)

 

 

結衣「今度は、三人で会おうね。ゆきのんも入れてさ。……ううん、三人だけじゃなくて、先生とか、さいちゃんとか、小町ちゃんとか、皆で会おうよ。きっと、楽しいと思う。その時はもちろん、いろはちゃんも連れてきてね。いろんなこと聞きたいな~」

 

八幡「いいけど、あまり恥ずかしいこと聞くなよ」

 

結衣「あはは、手加減するよ。それじゃあまたね、ヒッキー」

 

八幡「ああ、また」

 

 

結衣(遠ざかっていくヒッキーの背中を見ながら、私は少しだけ泣きそうな自分に気が付いていた)

 

結衣(でももし今ここで彼の背中を見ながら泣いちゃうと、二度と私はヒッキーに笑って会えない気がしたから、なんとか押し込めた)

 

結衣(次にヒッキーと会ったときは、私の付き合っている人の話をしよう)

 

結衣(気弱で生真面目で、ちょっと鼻からずれたメガネをかけてて、頼りなさそうに笑う。私の心を溶かしてくれた男の子の話をしよう)

 

結衣(まだ、胸には少しの切なさが残っている。でもこれでやっと、私は彼のことを心から好きだって、自信を持って言える気がした)

 

結衣(帰ったら、彼に電話をしよう。「心配かけてごめん、今終わったよ、ありがとう」って)

 

結衣(そして、いっぱい甘えよう)

 

 

結衣(ヒッキーにフラれた頃は、それでも世界が続いていくことが嫌だった。嫌で嫌で、たまらなかった)

 

結衣(それでも、世界は続いてる。だから、今は思うんだ。ヒッキーと笑って話せた、幸せそうなヒッキーを見れた、今だから思うんだ)

 

結衣(私は、この世界のことがもっともっと好きになれると思う。自分のことがもっともっと、好きになれると思う)

 

結衣(まずはその一歩として、明日。久しぶりにゆきのんとケーキバイキングに行くことを楽しみに思いながら、私も駅に向かって歩き出した)

 

 

【ラーメン】

 

 

――某店内

 

八幡「麺を吸うときに横の髪をかき上げる仕草っていいな」

 

いろは「え、なんですかせんぱい気持ちわる」

 

八幡「……今の声に出てたか?」

 

いろは「はい」

 

八幡「……忘れろ」

 

いろは「絶対忘れません♪」ニコ

 

八幡「ぐぬぬ……」

 

 

いろは「ていうかせんぱいってとんこつ好きですねー。前も同じのじゃありませんでしたっけ」

 

八幡「ここはな、豚骨が一番うまいんだよ」

 

いろは「へえぇ。ちょっと一口ください。……わ、美味し」ヒョイ、ズー

 

八幡「お前のもちょっとよこせ」

 

いろは「いいですよー。はい、あーん」

 

八幡「ラーメンのスープであーんはねえだろ……」

 

いろは「あは、自分でもちょっとないなーって思いながらもやってみました」

 

八幡「そういうチャレンジ精神いらないから……」

 

 

八幡「ごっそさん」

 

いろは「せんぱい早いですって~。彼女のペースに合わせるとかしましょうよ~」

 

八幡「ばっかお前のペースに合わせてたら麺が伸びるだろ。そんなのラーメンさんに失礼だろうが」

 

いろは「何ですかラーメンさんって。え、ちょっともう一回言ってもらっていいですか?ラーメンさんってなんですか?」ニヤニヤ

 

八幡「……いいから黙って早く食べろ」

 

いろは「はーい」ニッコリ

 

――

 

いろは「ごちそうさまでした~」

 

八幡「おう。じゃあ出るか」

 

いろは「ですね。店長さーんごちそう様でーす」

 

八幡「ごちそうさまでした」

 

店長「あいよーいつもありがとう。二人はいつも仲良しだねぇ」

 

八幡「は」

 

いろは「そうなんですよ~せんぱいが私のこと好きすぎて~えへ」

 

八幡「寝言なら帰って昼寝してるときにしとけよ一色」

 

店長「がはは、いいコンビだねぇ。じゃあまたよろしく!」

 

いろは「は~い」

 

八幡「うす」

 

 

いろは「あそこは外れなしですね~」テクテク

 

八幡「まあ、俺の見つけてきたとこだしな」テクテク

 

いろは「うっわそのドヤ顔マジでやばいですよ、相当イラッときました」テクテク

 

八幡「じゃあ今後も積極的に多用してやる」テクテク

 

いろは「性格わる~」テクテク

 

八幡「いやいやお前ほどじゃないから」テクテク

 

いろは「こーんな性格いい彼女つかまえてよく言えますね」テクテク

 

八幡「ああ、たしかに性格いいよお前。……色んな意味でな」テクテク

 

いろは「マジでいつか奥歯ガタガタ言わせます」テクテク

 

八幡「よくお前そんな表現でてきたな……」テクテク

 

いろは「昨日読んだせんぱいの持ってる漫画に書いてました」テクテク

 

八幡(楽しそうにケラケラと笑う一色と肩を並べて、木漏れ日の差す並木道を歩く。金木犀の香りを感じる、ある秋の日だった)

 

 

【初めての】

 

 

――二人の寝室

 

いろは「せんぱい……ん」

 

八幡「……」

 

八幡(二人とも寝間着に着替え、布団に入る。お互いを見つめてるうちにどちらからともなく舌をからませる。最近になって、こうすることも増えてきた)

 

いろは「ん、ふあ。……きもちー」

 

八幡(舌を離すと、とろんとした目で一色が囁く。それを見てると思わず胸が高鳴る)

 

八幡「……」ゴク

 

いろは「ふふ、せんぱーい」

 

八幡(甘い声を出して一色がすり寄ってくる。初めて抱きしめた時は、そのあまりに華奢な肩や腰に驚いた)

 

八幡(我ながら緊張が見て取れる手つきでその腰に手を回す。そしてまた唇を重ねた)

 

 

いろは「ん……ぅん……」

 

八幡「……」

 

いろは「んぁ……せんぱいすきぃ……」

 

八幡(耳元で囁くその声に背筋が震える)

 

八幡(もぞもぞと一色の胸に手を動かそうとしてみるが、いかんせん距離が近すぎて、色々なところに肘や腕が引っかかるのが鬱陶しい。しかし一気にガバッと手を動かす勇気は出なかった)

 

八幡(今日もキスまでで終わるのか。終わってしまうのか比企谷八幡)

 

八幡(若干の諦めとともに手を止めようとしたとき、その手を掴まれた。掴まれた手はゆっくりと一色の胸に持っていかれた)

 

 

八幡(驚いて一色の方を見ると、暗がりでも分かるくらい顔を真っ赤に染めて、俺の首あたりを見ていた)

 

八幡(これは……そういうことでいいんだよな?恐る恐るといった具合に、触れてみる。一色は電気が走ったようにビクッとしたが、すぐにジッと動かなくなった)

 

八幡(ハアハアと、俺と一色の荒くなった呼吸だけが聞こえる)

 

八幡(ちょっとダボッとしたスウェットの上からなので、正直なところ感触がよく分からない。ただ自分は今、好きな女の子の胸に触れているのだという事実が異常に俺を興奮させた)

 

八幡(勇気を出して、スウェットの中に手を入れてみる。ガサッとした感触に当たり、それが下着だと分かった。今度は下着の上から触ってみる)

 

いろは「あ……んぅ……」

 

八幡(少しくすぐったそうに一色は声を出した。むずがゆかったのか、黙って起き上がってからスウェットを脱ぎ、下着を外した)

 

八幡(一瞬その一糸纏わぬ上半身が露わになり、胸の先でツンとしている桜色のそれが見える。恥ずかしかったのか、すぐに一色はまた布団に潜り込んだ)

 

 

一色「ど、どうぞ……」

 

八幡(こちらを見ずに、しかしわずかに上半身を反らせて一色は呟く)

 

八幡(なので、再び俺は一色のそれに手を伸ばした)

 

八幡「おぉ……」

 

八幡(軽く触るだけでふにふにと形を変え、少しかたくなっているその先端に触れると一色は小さく息を吐いた)

 

八幡(この世に、触っていてこんなに気持ちいいものがあったのかと驚く。ずっと触っていたくなるような感触だ)

 

いろは「ぁん……んん……ん」

 

八幡(かすかに呻くように一色は甘い吐息をもらした。それがまた俺を興奮させる)

 

――

 

八幡(そのまま胸を10分ほど触り続けていた頃だろうか、一色がおずおずと俺の股間に手を伸ばして軽く触れた)

 

いろは「おっきくなってます……」

 

八幡「……」

 

八幡(目を少し丸くして独り言のようなトーンで一色は呟く。余計に陰茎が大きくなったことが分かった)

 

いろは「わ」

 

八幡(一色にも分かったのか、驚いたように手を引いた。そしてまた俺の股間に手を伸ばして、さっきよりもしっかりと触れてきた)

 

いろは「また、おっきくなりましたね……」

 

八幡(頬を上気させてそう言う一色の唇を塞いだ。自分の口内から響くクチュクチュという音に脳髄が痺れそうになる)

 

八幡(耐え切れなくなり、一色の下半身にも手を伸ばした。初めて触れるそこは、もうすでにかなりの熱と湿り気を帯びていた。こらえきれずに一色のスウェットと下着の中に手を伸ばし、直に触れてみる)

 

 

いろは「あ……ん、んぁ……ぅん」

 

八幡(一色は切なそうな声を出しながら、また顔を近づけてきた。ためらわずにそれに応える。お互いに夢中になって相手の歯や唇を舌でなぞり、吸い付く)

 

八幡(そうしているうちに一色が俺の股間をさする動きはどんどん激しくなってきて、とうとうジャージと下着の中に手を潜り込ませてきた。少し冷やりとした手が陰茎に絡みつき、かつてないほどそれは硬くなっていた)

 

 

八幡「……」モゾモゾ

 

いろは「……」モゾモゾ

 

八幡(お互いにもどかしくなったのか、身に着けていた全ての衣服を脱いで裸になり、また密着する。優しくお互いを抱きしめて、ついばむような軽いキスをかわし、目と目を合わせると思わずどちらからともなく笑みがこぼれる)

 

 

八幡(幸せというのはこれか、と思った。不思議だと思う。俺はこいつといると、今までの人生にはなかった形の幸せをたくさん感じる)

 

八幡(普段は照れくさくてなかなか言えないことも、今なら口に出せる気がした)

 

 

八幡「一色」

 

いろは「せんぱい……?」

 

八幡(俺の表情に一色は少し不思議そうにして、とろんとした目でこちらを見た)

 

 

八幡「愛してる」

 

――

 

八幡(ここから先については、俺と一色だけの秘密だ)

 

八幡(いざその時がきたらできる限り優しくと考えていたが、余裕がなかったので実際にそうできたかどうかも分からない)

 

八幡(ただ、終わってから一色は何故か泣いていて。どうしていいか分からなくて俺はおろおろして。そしたら「幸せだからに決まってるじゃないですか、彼氏ならそのくらい察してください、ばか」なんて怒られたりして)

 

 

 

いろは『私も、愛してます。せんぱい』

 

 

 

八幡(ベッドに二人寝転び、そうぽつりと呟いて微笑んだ彼女の顔。それを心の奥の奥に大切にしまったことだけは、記しておこうと思う)

 

 

 

プロローグ

 

 

『じゃあ、元気でな』

 

高校二年生の時の三月三日、卒業式が終わってから会いに行った私に、あの先輩はそう告げた。

 

別に、恋をしていたわけじゃない。最後に告白でも、なんて思っていたわけじゃない。

 

ただ、色々とお世話になったし、最後にお礼くらいは言おうと思っていただけだ。

 

三年生たちの輪から外れてポツンと立っている先輩を発見した時、息を呑んだ。その瞳にある深い、深い悲しみに。そして、その瞳が誰と誰に向けられているのかも察した。

 

急に「ご卒業おめでとうございます」の一言が出なくなって、私は先輩の近くで立ち止まって黙りこくってしまった。ふと先輩はこちらに気づき、驚いたような表情をしてから控えめに微笑んだ。記憶の中で数少ない先輩の笑顔だった。

 

 

最後に見るかもしれない笑顔、だった。

 

そして『小町をよろしくな』とポツリとこぼし、去って行った。

 

先輩に私は、何度も笑顔にしてもらったと思う。それに対して、私はどれだけあの先輩を笑顔にすることができただろうか。どうして、皆は晴れやかな顔をしているのに先輩だけがあんな辛そうな表情で校舎を後にしたのか。

 

 

そのことについて、何度も考えた。そして未だ答えを出せないまま、三年が経ち。

 

私はバイトからの帰り道を歩いている。

 

 

久しぶりにあの人の名字を思い出したきっかけは、店長の一言だった。

 

『あ、一色さん。今度、新しいバイトの子入るからよろしくね』

 

『はあ……。りょーかいです。なんて人ですか?』

 

『比企谷って子。知らないでしょ?』

 

何気なく言ったその店長の言葉に、私の心臓はドキリと跳ねた。まさか、と思いながらも名前を聞いてみる。

 

『んーたしか……えー。荒田……じゃなくて、八幡、だったかな?もしかして知ってる?』

 

その時、店長に何て返事をしたのかはもう覚えてない。『ええ』とか『ああ』とかなんとかボヤーッとしたことを言ったような気がする。

 

 

バイトから帰宅してテレビをつけると、高校の時に流行ったバンドの演奏が映し出されていた。

 

そういえば、あの頃はずっと聴いてたっけな。いつから私、このバンドを聴かなくなったんだろう。

 

 

大学に入学して、最初の頃は楽しかった。初めての一人暮らしとか、大学には高校と違って本当に色々な人がいて、その人たちと遊んだりすることが刺激的に感じた。

 

いつからなんだろう、本当に。こんなに毎日を色あせて感じるようになったのは。

 

 

感情の大きな起伏が減ったように思う。思いっきり嬉しくなって笑顔になったり、辛いことがあって泣いたり。そういうことが年々少なくなっていった。

 

まあ、皆そういう風になっていくものなのかもしれないけど。

 

大学に入学してからできた一番仲のいい友達にそれを話すと、「好きな人とかいないからじゃない?」なんていかにも女子大生的な答えをもらった。

 

でも、どうなのだろう。実際、高校時代に葉山先輩に恋をしていたときはもっと毎日が楽しかったような気もする。

 

かといってその友達に合コンなどに連れて行ってもらったりしても、特にそういう気持ちになることもなく毎回終わってるし。

 

 

そういう恋愛ごとを抜きにしても、最近はいろいろとついてないことが多い。

 

一週間前に、二ヶ月かけて準備したゼミの発表を教授にけちょんけちょんに貶された。これは、ついてないというより私の至らなさが原因だけど。

 

なのでそれはともかく、三日前に高校時代から好きで使ってきた手鏡が割れた時は心底落ち込んだ。嫌なことは続くものである。良いことは続かないくせに。

 

 

――――

 

 

今日のバイトは忙しかった。どうしてパソコンで在庫検索をするとたしかに存在するくせに本棚に無いことがあるのだろう。たいがい、お客さんが別の棚に移してたりするんだけど。あれは困るからやめてほしい。

 

どうしても見つからなくてお客さんに頭を下げると、めちゃくちゃ怒られた。あんたみたいないい加減な子がいるから日本はダメになっていくのよ、なんて壮大な意見を言われた時には思わず失笑しそうになった。私は日本代表ですか。

 

 

それはそれ、見つからなかったことに関しては完全にこちらの非なので本当に申し訳なかったけど。

 

時間になったのでタイムカードを切っていると、店長に「お疲れ」と声をかけられた。

 

「お疲れ様です」

 

「明日からだから、新人くん。よろしく」

 

「そうなんですか」

 

と、真顔で答えることはできたと思う。なんとも言えない期待感と高翌揚感があった。久しぶりの感覚だった。

 

どうしてこんなに楽しみにしているのかは自分でも分からなかった。

 

あの人のこと好きだったっけ、私。いや、ないない。そんな記憶はない。ただ、一緒にいると気楽で、面白い先輩だったから。それだけな、はず。

 

 

帰宅するために自転車に乗って、家までの道を走る。

 

今日は疲れた。早く帰ってお風呂に入って、ベッドで泥のように眠りたかった。思わずペダルを漕ぐ足に力が入る。

 

 

すると突然、変な音がしたと思ったら身体がアスファルトに転がっていた。どうも自転車から転落したらしい。身体中に妙にジンジンくる痺れのような感じがあって、痛みはあまり感じなかった。

 

「本当についてないなぁ……」

 

思わずぼやいて自転車を起こそうと見てみると、チェーンが切れていた。どうもこのせいで転落したようだ。

 

深いため息をついて、自転車を起こす。

 

とぼとぼと歩き始めると、どんどん落ち込んできた。

 

毎日、嫌なことが続いている。私って、こういうときどうしてた?どういう風に切り抜けてたっけ?どうにかして耐えたら、いつの間にか切り抜けてた気がする。

 

 

歩きながら考えを巡らせる。

 

一、友達に話してた。たしかにそういうことはよくあった。でも最近はそれでもあまり上手くいかない。

 

二、適当な男の子と遊んでた。最近はあまりそういうことへの興味が減ってしまった。

 

三、家族に話してた。うーん、あんまり。

 

思いつかないまま、ボーっと夜空を見上げてみる。あまり星が見えなくて、吸い込まれそうなほど黒い夜空にポツンと浮かぶ月は何故だかとても寂しそうだった。

 

でも、綺麗だった。

 

そしてふと、思い当たる。回答にたどり着く。

 

『いや、無理だろ』

 

『すまん、今からちょっとアレだから』

 

『はぁ……。しょうがねえな。で、何』

 

文句を言いながら、いつもなんとかする。あざといヒーローが、私にはついていたことを。

 

 

そっか、私っていろんなことをあの先輩に頼ってたんだ。いっぱい、救われてたんだ。心の支えになってたんだ。

 

だから今、こんなに会いたかったんだ。

 

 

意識すると、急に明日が楽しみになっている。明日には少なくとも一つ、いいことがあることが確定している。それだけで、少し力が湧いてくる。

 

 

ポツンと浮かんだ月が、一人夜道を歩く私を私を優しく照らしていた。

 

 

翌日、私は気合を入れて出勤した。

 

私はずっと、先輩にお礼を言いたかった。言う。言うんだ。そして、高校時代に私がたくさんの笑顔をあの人からもらったように、今度は私が、何度も、何度もいっぱい先輩を笑顔にするんだ。

 

 

お酒とか、誘ってみようかな。先輩はあまり好きじゃないだろうか。ただの昔の知り合いなのに馴れ馴れしくしやがって、なんて嫌がったりしないだろうか。昔に比べて、ずいぶん私は臆病になったのかもしれないと思う。でも、これでいい。今の私と今の先輩で、ゆっくり仲良くなっていければいい。

 

 

今の先輩がどうなっているのかは知らない。でも、もしまだあの場所で、総武高校奉仕部で立ち止まっているのなら、ほんのわずかな力になれればいいと思う。

 

そのためにまず、仲良くなろう。自然な感じで声をかけて、全然気づいてませんでした。なんて、思わせるように。大丈夫、演技力だけは自信があるんだ。

 

先輩が店長室から出てきた。すると、私は自然と笑顔になってしまって、そしてあなたに問いかける。

 

 

「…あれ?もしかして比企谷せんぱいですか?」

 

 

 

 

元スレ

いろは「せんぱーい、いちゃいちゃしましょー」八幡「無理」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1431452814/