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一方通行「悪ィが、もうお前とはお別れだ」 打ち止め「ど、う、して……?」【とあるss/アニメss】

 

「悪ィが、もうお前とはお別れだ。今後一切俺に関わンな」

 

 

園都市第一位、全ての能力者の頂点に立つ一方通行は両手をポケットに突っ込みながら静かに、それでいてはっきりとそう告げた。 

 

彼の背中越しにいる少女に聞こえるように。振り返らずとも伝わるように。 

 

「ど、う、して……?」 

 

今にも途切れそうな掠れた声で少女は言葉を絞り出す。 

 

妹達の司令塔でもある打ち止めには、彼の口からそんな台詞が出てくること自体、全く理解出来なかった。 

 

目を見開き、体を硬直させ、呼吸も満足に出来ず、ただただ立ちすくむ。 

 

「俺と一緒にいたらお前まで命を狙われる。そンなことは絶対にあっちゃならねェンだ。だから」 

 

「嫌だよ!ずっと一緒にいるって約束してくれたのに、ってミサカはミサカはあなたの矛盾を指摘してみる……」 

 

彼の言葉を遮るように打ち止めは声を荒げるが、台詞の後半はあまりに弱々しく、全くと言っていいほど力が籠もっていなかった。 

 

そんな声を聞いて一方通行は大きくため息をつき、目線を下に落とした。 

 

しかし、それでも彼は振り返らない。 

 

「あの約束か…、ありゃ無かったことにしてくれ」 

 

そう言い放ち、彼は歩き始める。その姿を見た打ち止めは慌てて彼の腕を掴んだ。 

 

彼女の手の感触が、温もりが、震えが、一方通行の右腕へと直に伝わる。 

 

「嫌…、嫌だよ!そんなの絶対に嫌!ミサカはあなたとずっとずっと一緒にいたいよ!ってミサカはミサカは」 

 

「駄目だ」 

 

必死に強く訴えかけてくる少女の願いを一方通行ははっきり断り、拒絶した。 

そして自分の腕を握っている彼女の指を一本一本ゆっくりと、丁寧に離してゆく。 

 

やがてその全てを離し終えると彼はまた歩き出した。 

 

「待って…、お願い、行かないで…、どこにも、行かないで…ってミ、サカは、ミサ、カ…」 

打ち止めは震える声を必死に振り絞り、彼に懇願する。 

無駄だと分かっていても、心のどこかで彼が自分から戻ってきてくれることを期待したのかもしれない。 

 

しかし彼は歩みを止めない。 

振り返りすらしない。 

たった一言の返答をする気配もない。 

 

言いたいことはたくさんあるのに。 

伝えたいことはたくさんあるのに。 

一刻も早く、目の前の彼の歩みを止めたいのに。 

 

腕が、足が、口が、自分の体の全てが、金縛りにあったように動かない。 

 

結局、彼の姿が見えなくなるまで少女は一歩も動くことが出来ず、少女の姿が見えなくなるまで彼は一度も彼女と目を合わせることはなかった。 

 

それからしばらく時間が経ってから、打ち止めは力尽きたようにその場に崩れ落ちていく。 

 

――刹那。 

彼女の周りの景色が変わる。 

 

そこは建物と建物の間に挟まれた、暗く、埃っぽい場所。 

 

どこかの路地裏だろうか、打ち止めはふとそんなことを考えながら辺りを見渡した。 

 

そして気づく。 

 

目の前に広がるおびただしい量の、赤い、紅い、朱い、液体に。 

その鮮やかなカーペットの上でうつ伏せに転がっている人間に。 

 

打ち止めは反射的に口を手で抑えた。 

体全体が硬直し動けない。 

しかしそれ以上に動かないのは目の前に横たわる、人。 

 

 かすかに震える少女と、まるで無機質な物体のように微動だにしない少年。 

その少年は彼女が世界中の誰よりもよく知る彼にあまりにも似すぎていた。 

 

「うそ。なんで……?」 

 

この体型は。 

この服装は。 

この髪型は。 

この電極は。 

 

「だって…、そんな…」 

 

 彼と違う部分を探そうとすればするほど、彼と同じ部分が見つかっていく。 

 

例えるなら、異なる部分が一つも無い二つの絵を見比べて、間違い探しをしているような感覚だろう。 

 

もちろん異なる部分が一つも見つからないということは、この少年は彼女のよく知る彼と完全に一致したということであり、 

それはすなわち目の前にいる少年が彼女のよく知る少年そのものだということ。 

 

「ねぇ……、何か、言ってよ、ってミサ、カは…」 

 

真っ赤に染まった少年の体に打ち止めは手を伸ばした。 

 

ツメタイ。 

 

触れた瞬間に感じる圧倒的なまでの温度差。 

たて続けに少年を仰向けにして、胸へと耳を当てる。 

 

ナニモキコエナイ。 

 

聞こえるのは、さき程からうるさいほどに乱れた自分自身の呼吸音だけ。 

 

恐る恐る少年の顔へ目を移すと、瞳は固く閉じられ、普段とは比べものにならないほど青白くなった肌が鮮明に視界に飛び込んでくる。 

 

「……っ!!」 

 

打ち止めは全てを理解した。 

いや正しくは、理解させられた。 

 

数秒後、暗い路地裏に一人の少女のこの世のものとは思えない、悲痛な叫び声が響き渡る。 

 

「っ!!」 

 

 気がつくとそこは見慣れた景色。見慣れた部屋。そして見慣れたベッドの上。 

 

打ち止めは乱れきった呼吸を整えながら体を起こし、ゆっくりと周りを見渡す。 

 

気持ち悪いほど汗だくになった自分の体、窓の外からはうるさいほど耳につく雨の音。 

時計が指す時刻は午後十一時。 

 

そしてようやく状況を理解する。 

 

「はあ、はあ、ゆ、夢……?」 

 

どうやら気づかないうちに寝てしまっていたらしい。確かに、考えてみれば夕方頃からの記憶がない。 

 

 家の中は暗闇に包まれ人気がなく、雨の音だけが途切れずに響きわたっている。 

 

そういえば今日は芳川も黄泉川も用事で出かけてるんだっけ、と彼女は頭の中で二人のことを思い出した。 

 

ゆっくりと深呼吸を繰り返し自分を落ち着かせ、ぽつりと呟く。 

 

「……それにしても妙に現実味のある夢だったなぁ、ってミサカはミサカは戦慄してみたり」 

 

普通の夢ならば夢で良かったと安堵し、早々に二度寝の体勢に入るのが妥当だろう。 

 

しかし、彼女の見た夢はあまりにも鮮明で、残酷で、現実的すぎた。 

 

嫌な予感が頭をよぎる。 

 

言うまでもなく彼女が見たのは所詮夢であり、今ある現実とは全く違うもの。 

 

だが、もしも。 

 

これが現実に起こったら。 

これから起こることだとしたら。 

既に起こっていたとしたら。 

 

そう考えただけでも恐ろしく、いてもたってもいられない。 

 

「あの人に会わなくちゃ、ってミサカはミサカは正直な気持ちを言ってみる……」 

 

そう呟くと彼女は受話器を手にとり、震える手で一方通行の携帯へと電話をかけた。 

 

数コールの呼び出し音。 

 

その音は気味が悪いほど機械的で、思わず受話器を持つ手に力が入る。 

 

「お願い…、繋がって…!」 

 

その願いは虚しく、聞こえてきたのは留守を知らせるアナウンス。 

 

何回繰り返してみても、彼の家の電話にかけてみても、結果は変わらなかった。 

 

――不安は募る。 

 

どうしても、夢の中の彼と重なってしまう。 

今でも明確に思い出す、さっき見たばかりの悪夢。 

 

色、音、景色、全てが脳に焼き付いて離れない。 

 

胸が締めつけられ、呼吸は苦しくなり、体は小刻みに震え始める。 

考えているだけでは何も変わらないことなど分かっていた。 

 

行動しなければ始まらない。 

迷ってる暇など、あるはずもない。 

 

気がつくと打ち止めは彼の元へ走りだしていた。 

 

「はぁっ、はぁっ…」 

 

外は予想を遥かに超えるどしゃ降りだった。 

しかし彼女はそれを気にする余裕など無く、傘もささずにひたすら走る。 

 

時間は夜遅い。 

雨も降っているからか、外を歩いている者は誰一人としていなかった。 

 

今振り返ってみれば、彼女があの少年の夢を見ることはこれが初めてのことではなかった。 

以前のように、いつも一緒に過ごすことが出来なくなった今となっては、むしろ彼の夢を見ないことの方が少なくなっている。 

 

その度に胸は痛み、彼に会いたい気持ちでいっぱいになる。 

 

だが、実際に会うわけにはいかない。 

会えばきっと自分はあの人の迷惑になってしまう。あの人をまた傷つけてしまう。 

 

それだけは絶対に避けたくて、彼女は自分の気持ちを無理やり抑えこみ、ずっと我慢してきた。 

 

 しかし、あの夢を見てしまった今となっては、それはもう不可能であった。 

 

 雨は瞬く間に彼女の全身を次々と濡らし、流れていく。それは幼い少女の小さな体を確実に冷やしていった。 

 

しかし、彼女はそんなことなど気にもとめない。 

 

「はっ、はぁっ、早く……」 

 

あの人に会いたい。 

その気持ちだけが彼女を走り続かせる。 

息はあがり、胸は苦しく、口の中はカラカラに渇いていた。 

 

息を荒げながらも、心の中で彼女は考える。 

 

……あの人に、ミサカと最後に会ったのはいつだったか覚えてる? って聞いたらどう答えるかな。 

きっと無愛想に二ヶ月、三ヶ月前くらいかァ? って答えるんだろうね。 

そしたら、ミサカは言ってあげるの。 

違うよ。三ヶ月と十六日前だよ、って。 

 

会いたいと想う気持ちは日を追うごとに増していき、今日に至る。 

 

しばらくして、彼女は家を出てから一度も休むことの無かったその足を止めた。 

 

「はあ、はあ、着いた……」 

 

全力で走ってきた甲斐もあってか、一方通行の家には比較的早く着くことが出来た。 

外から見る限りでは、部屋の電気はついていない。物音もしない。 

 

それでも、わずかな可能性を信じて、震える指先でゆっくりとインターホンを押す。 

 

独特なチャイムの音が二回、部屋の中へと響くのが聞こえた。 

 

いつまでたっても、反応は無い。 

 

もう一度押してもやはり反応は無く、何度押してみても一向に彼が出てくる気配は無かった。 

 

会えないことによって彼女の不安は更に募る。 

 

「どこに、いるの…、ってミサカは、ミサカは…」 

 

何度否定しても、何度忘れようとしても、夢の中の彼と重なってしまう。 

もしかしたら二度と会えないのではないか。 

 

そんな気持ちが頭をよぎった。 

 

考えてはいけないことを、考えてしまった。 

想ってはいけないことを、想ってしまった。 

 

再び、彼女は勢いよく走りだす。 

行くあてなんかあるはずもなく、彼がいそうな場所なんて検討もつかない。 

 

それでもあの人に会いたい、彼女はその一心で彼を探すために必死に走って、走って、走った。 

 

雨は相変わらず止む気配などなかったが、彼女もまた休むこともなく走り続ける。 

ただ、彼を捜すことにあまりに夢中になりすぎて、足元の小さな段差に気づくことが出来なかった。 

 

「あっ!?」 

 

不意に足をとられてバランスを崩し、そのまま地面へと派手に転倒する。 

 

「いっ、たぁ……く、ない、ってミサカはミサカは、あの人に会えない苦しみに比べたらこんな怪我、全然痛くなんか……」 

服は泥だらけになり、膝と腕を擦りむき、それなりに出血もしていた。 

だが彼女はそれらを気にせず、すぐに立ち上がりまた同じように走り出す。 

 

全ては彼を見つける、ただ、そのためだけに。 

 

もちろん、この広い学園都市で簡単に彼を見つけられるわけが無いことは分かっている。 

 

しかし、それでも捜すことによって会える可能性は少しでも上がるはず。 

打ち止めはそう考えて少年を捜し続けた。 

 

彼の家の周り。 

公園。 

コンビニ。 

それから路地裏も。 

 

必死な彼女の長時間による捜索も虚しく、どこを捜しても彼の姿は見つからなかった。 

 

「はぁ……、はっ、ごほっ、ごほっ!」 

 

呼吸することさえ苦しくなったのか、初めのうちにあったはずの元気はすっかり無くなり、その容姿は普段の彼女からは想像も出来ないほどボロボロになっていた。 

 

見ている側が思わず、顔をしかめてしまうくらい、あまりにも痛々しい。 

 

幼い少女の疲労は心身共に、とっくに限界を超えていた。 

 

「ふっ、うぅ……」 

 

結局、彼を見つけられなかった打ち止めは彼の家の近くの公園へと戻ってくる。 

 

フラフラと足を引きづり、目は虚ろで生気は無く、服は泥にまみれびしょびしょで、小さな体は芯まで冷え切っていた。 

 

「っ!!」 

 

両足がもつれ、地面に尻餅をつく。すぐに全身に力を込めて立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かなかった。 

 

「ごほっ……、あ、はは。もう、限界なのかも、ってミサカはミサカは、自分の体力の無さを実感して、みたり……」 

 

自分自身を馬鹿にするように笑ってやろうとしたが、笑う気力さえ残ってはいなかった。 

 

そのままそこから動けずに座り込む。 

雨は激しさを増し、冷え切った彼女の体を容赦なく襲った。 

 

「結局、あの人のこと、見つけられなかった……、ってミサカは、ミサカは……」 

 

彼女は暗示をかけるように自分自身へと言い聞かせる。 

 

今日はたまたま彼が見つからなかっただけ。 

 

きっと、待っていればあの人はちゃんと帰ってきてくれるはず。 

ミサカが助けを呼べば必ず一目散に駆けつけてきてくれるはず。 

 

……だけど。 

もしも、あの人に二度と会えないとしたら。 

もしも、あの夢が現実になったとしたら。 

 

「嫌、だよ。このまま、お別れなんて。あなたに、二度と、会えない、なんて……。絶対に嫌だよ……」 

 

そんなことを考えただけで、胸が張り裂けそうに痛い。 

 

体中が悲鳴を上げ、視界は霞み、周りの音は聞こえなくなっていく。 

周りの匂いも、雨が肌に触れる感触も、全ての感覚が体から消えていく。 

 

「ねぇ。お願いだから、二度と会わないなんて、言わないで……。あなたの、言うこと、ちゃんと素直に聞くから……」 

 

息が詰まる。胸が痛い。 

呼吸も満足に出来ず、死さえ望んでしまいそうな苦しさだった。 

 

「ミサカね、これからはうるさくしないよ……? ちゃんとあなたに言われた通り大人しくする。 

嫌いな野菜も残さず食べるし、欲しい物だって我慢する。勉強も頑張るし、掃除だってちゃんとするよ? 

料理だって覚えるし、もうあなたの迷惑になるようなことは絶対しない。 

あなたの言うこと全部聞くから。 

ちゃ、んと……いい、子に、するから……。 

だ、から、だからお願い…、ミサカを一人にしないで……。 

どこにも行っちゃ嫌だよ…、お、願い…、お願いだからぁ……」 

 

 それは雨の音にかき消されてしまうほど小さく、今にも途切れてしまいそうな儚い声。 

 

しかし、その言葉には彼女の哀しいほどの望みが、切ないほどの願いが込められていた。 

 

そしてふと考える。 

 

……あの人はミサカをいつだって命がけで助けてくれたのに、ミサカはあの人に一体何をしてあげられただろう。 

 

……ミサカがいなければ、あの人は能力を失うこともなく、傷付くことも無かったのかな。 

 

そんな柄にもないことが次々と頭をよぎる。 

 

「ああ、そっか、そうなんだ。きっと、これは罰なんだ。 

ミサカがあの人に、何もしてあげられないから、神様が怒ってるんだね。 

それなら、仕方ない、よね…。だって、悪いのは全部ミサカ。あの人は、何も悪くない…。だからミサカは、あの人には…、二度と……あ、えな」 

 

 

やがて、打ち止めは壊れた人形のように崩れ落ちた。 

頭は支えが無くなりうなだれ、両腕は力が抜けたように垂れ下がる。 

 

そして絞り出すように一言。 

 

「た、すけ…、て」 

 

 それからは、もう何も感じなかった。何も気づかなかった。 

体の震えが止まらないことも。 

声が出なくなっていることも。 

うるさいくらいの雨の音も。 

泥臭い地面の匂いも。 

 

目の前にいる人の存在さえ。 

 

何一つとして、気づかなかった。 

 

奇跡。 

 

それは普通では起こりえないような出来事を指す言葉。 

もし、そんな綺麗なものを本気で信じてる人がいるのなら笑い飛ばしてやりたい。 

 

信じるだけ無駄だと。 

 

それは、誰一人予想していない時にだけ突然やってくるものだから。 

 

「……っ!」 

 

 遠くから何かが聞こえたような気がした。 

ついに幻聴まで聞こえるようになってしまったかとも考えたが、違う。 

 

今でもはっきりと聞こえてくる誰かの、足音。 

 

きっと、顔を上げてみればその音が誰のものかなんて簡単に分かるはず。 

しかし、現在の打ち止めはそんな簡単なことすら叶わないほど衰弱していた。 

どんなに頑張ってみても、ぐったりと俯いたままの顔を上げることが出来ない。 

 

 足音は時間が経つに連れて段々と近づき、やがて彼女の前でピタリと止まる。 

 

そして、何者かが彼女の肩を強く掴み、前後に体を優しく揺すった。 

 

「おィ……」 

 

その声を聞いた瞬間。 

その手が触れた瞬間。 

 

彼女の全身に今までの感覚が蘇る。 

動けなくなってから、何も感じることのなかった体に次々と力が戻っていく。 

 

土の匂い。 

震える体。 

冷たい雨。 

乱れた息。 

誰かの声。 

 

聞き慣れた少年の声。 

 

それは、懐かしい彼の声。 

 

「おいっ!聞いてンのか!?」 

 

体が動くようになっていることに気づいた打ち止めは、その声がする方向へ視線を上げていく。 

 

震える体を抑えつけて、高鳴る鼓動を抑えつけて、静かに、けれど確実に。 

 

ゆっくりと、ゆっくりと。 

 

そして。 

 

――視線がぶつかった。 

 

そこには、彼女にとって余りにも見慣れすぎた少年の姿が。 

 

紅い瞳に白い髪。 

細い体に白い肌。 

 

彼女が今、誰よりも一番会いたかった相手。 

長い間、ずっと待ち焦がれていた相手。 

 

園都市最強の超能力者、一方通行がそこにいた。 

 

「お前、何やってンだ……?」 

 

その声は彼女がずっとずっと聞きたかった声で。 

その姿は彼女がずっとずっと会いたかった姿で。 

 

何一つとして変わることもなく。 

 

彼は目の前に立っていた。 

 

 

「っ……」 

 

時間が止まり、景色が揺らぐ。 

喉が詰まり、上手く話せない。 

 

これはもしかしたら、また夢なのかもしれない。試しに頬を指でつねってみる。 

……痛い。夢じゃない。 

 

「だから、何してンだって聞いてンだよ!」 

 

彼の真剣な眼差しが痛いほど訴えかけてくる。 

 

そう、これは現実。夢でも、幻でも、偽物でもない、本当の世界。 

 

それなら目の前にいるこの人は……。 

 

「本、物……? ってミ、サカは、ミサ、カは……、尋ねて、み、たり……」 

 

震え続ける声を必死に振り絞り、どうにか言葉にすることが出来た。 

 

胸が強く締め付けられ、鼻の奥がツンと痛む。 

視界が段々ぼやけて、喉から何かがこみ上げる。 

後から後から溢れてきて、どんなに頑張っても抑えきれない。 

 

 

「はァ? …ったり前だろォが。俺はクローンなンざ作った覚えはねェぞ」 

 

その声はそのまま彼女の耳を通して心に突き刺さり、そしてようやく確信する。 

 

今、目の前にいる彼は本物だ。 

やっと会えた。 

彼はどこにも行っていないし、死んでなんかいなかった。 

あれは全部悪い夢だったんだ……、と。 

 それらを理解した瞬間、彼女の心の中で何かがはじけた。 

 

「ふ…、う、…うわぁぁぁぁぁああああああああああん!!!!」 

 

気づくと目の前にいる彼にしがみついていた。 

彼の存在を、大切な人の存在を確かめるように。 

 

彼女の目から大粒の雫が次々とこぼれ落ちていく。 

 

まるで限界までせき止められたダムが決壊するかのように、切ない想いがこみ上げて、溢れる涙は止まらない。 

 

「お前……」 

 

突然の出来事に一方通行は戸惑いを隠せないようだったが、今の彼女の状況を見て推測し、ある結論を出す。 

 

「お前まさか…、また誰かになンかされたのか!?」 

 

彼のこの疑問は、今の状況だけを取って見てみれば正常な考えだった。 

 

幼い少女が深夜遅くに誰もいない公園に一人でいること自体がおかしい。 

おまけに全身ずぶ濡れになり怪我もしていて、声をかけた瞬間に泣き始めるのだから、何もないと考える人の方が異常だろう。 

 

しかし、今回の場合に限っては、結果的に彼の推測は取り越し苦労の的外れ。 

 

全くの誤解であることを伝えなければいけない。 

 

「ひぐっ、うううぅぅぅぅ…」 

 

彼の心配した言葉を聞いて、彼女は情けない気持ちになる。 

 

……ああ。 

まただ。 

またこの人はミサカの心配をしてくれている。 

こうなったのは自業自得なのに……。 

笑わなくちゃ。泣いてなんかいられない。 

 

心配しなくても大丈夫だよ。 

あなたが心配することなんて何にもないんだよ、っていつものように笑わなくちゃ。 

 

泣いてなんかいられないのに、笑わなくちゃいけないのに、溢れ続ける涙は一向に止まってくれない。 

 

「くそったれ、誰だァ? どこの誰にやられた!? 今すぐに見つけ出して……」 

 

「ぐすっ……、ちが、う、違うの、ってミサ、カはミ、サカは、誤解を、解いてみる……」 

 

 

一方通行の言葉を遮って打ち止めは声を絞り出す。 

 

涙を抑えることが出来ないのなら、笑ってみせることが出来ないのなら。 

せめて彼に今までのことを全て話そうと彼女は考えた。 

 

今の自分が彼に対して出来ることなど、それくらいしかないのだから。 

 

「違う……? だったらなンで」 

 

「夢を、ひっく、夢を、見たの……」 

 

「……夢だァ?」 

 

「ひぐっ、うん。夢の、中で、あな、たが……、ミサカに二度、と会わ、ないって言って……」 

 

「……はァ?」 

 

「ミサ、カを一人、にして…、どこか、遠くに行っ、ちゃうの……、ぐすっ……」 

 

「…………」 

 

「それ、でね。ひぐっ……、最後には、あな、たが、ミサ、カの前で、血を、流して、し、死ん、じゃってる、の……」 

 

「もうイイ」 

 

「ぐすっ。それ、が……、それ、が現実、になっちゃったら、って思う、と……。 

ひっぐ…、怖、くて、怖くっ、てぇ…、いても、たっ、ても、いられなく、なって…、ってミサ、カはミ、サカはぁ…、うぅぅぅ……」 

 

「もうイイ分かったから、それ以上喋ンじゃねェ」 

 

 一方通行はそれだけ言うと、力強く打ち止めを抱き締めた。 

 

雨で冷えた体を温めるように。 

怯えた少女を安心させるように。  

 

「…ぐすっ、ううぅぅぅ…、こわ、かった…、こわかったよぉぉぉぉ…」 

 

彼女もそれに応えるように力を込めて一方通行にしがみつく。 

 

彼がどこかに行ってしまわぬように。 

二度と離れることなどないように。 

 

 

暖かくて大きな体だった。 

 

一方通行の体はいつも冷たく細身で、それは今も変わらないはずだ。 

 

しかし、打ち止めにそう感じさせないほどに、彼の存在は大きく、暖かかった。 

 

そこに、かつての悪人としての一方通行の面影は、微塵もない。 

 

「クソガキ、お前には3つほど確認しとくことがある」 

 

「ぐす…、みっ…、つ?」 

 

 彼女の疑問に一方通行は、あァそうだと答え、言葉を続ける。 

 

「まず1つ目は、夢なンざ所詮夢だってことだ。 

ありゃ人間の脳が勝手に作りだしたものであって現実じゃねェ。 

いちいち悪い夢見るたびに振り回されンな。洒落になンねェぞ」 

 

「う、ん…」 

 

「2つ目。俺がテメェを置いて勝手にどこかに行ったりするわけねェだろ。 

こンなめンどくせェクソガキを俺以外の一体誰が面倒見てくれるって言うンですかァ?」 

 

「ひっぐ…、う、ん…」 

 

 

「確かに今は離れて暮らしちゃいるが、だからといって二度と会わないなンてことは絶対にねェ。 賭けてもいいぜェ?」 

 

そう言うと一方通行はいつものように、さりげなく、当たり前のように、嘲笑した。 

 

「うぅ…、ぐすっ、う、ん…」 

 

どうしてだろう。 

あの人が今言っていることはミサカを安心させるための言葉であって、悲しくなんてないはずなのに。 

ましてや、怖くなんてないはずなのに。 

さっきよりも涙がたくさん溢れてきてしまうのは。 

どうしてだろう。 

 

 

「最後に3つ目。勝手に俺を殺してンじゃねェよ。 

俺がそんな簡単に負けるわけねェだろ。 

それともあれか? テメェはこの俺様が簡単に死ぬとでも思ってンですかァ?」 

 

「うぅ…、思っ、てな、い…、って、ミサ、カは…、ひっぐ」 

「テメェにはまだ言いたいことが山ほど残ってンだ」 

 

「うん、うん……」 

 

いつもの会話。 

いつもの光景。 

いつものあなた。 

 

そんな当たり前のことが嬉しくて。 

 

単純だった日常の大切さを改めて思い知る。 

 

「くっだらねェ、さっさと帰ンぞ」 

 

体が宙に浮く。 

 

何が起こったのか、一瞬分からなかった。 

 

「えっ? ……ええっ!?」 

 

それがお姫様抱っこだということに気づくまで、さほど時間はかからなかった。 

 

「うるせェ。元気あンならテメェで歩けクソガキ」 

 

一方通行は目を合わせてはくれなかった。 

 

彼なりの優しさなのだろう。 

 

それがあまりに申し訳なくて、打ち止めは言葉に詰まった。 

 

「……ごめんなさい、ってミサカはミサカは」 

 

「違ェだろォが」 

 

打ち止めの謝罪の言葉を押しつぶすように、彼は突然話を遮った。 

 

「えっ? 何が? ってミサカはあなたの考えてることがちょっぴり分からなかったり」 

 

「テメェが今、言う台詞はそンな下らねェ台詞じゃねェだろ」 

 

 

ようやく彼の言いたいことが分かったような気がした。 

 

この人はいつもそうだ。 

 

本当に言いたいことは、いつもはっきりと言ってくれない。 

 

だが逆に言えば、はっきりと言わないことは、彼の本心の言葉なのだ。 

 

顔を伏せて、涙を拭う。 

 

いつもの彼女に戻るために。 

 

「ありがとう! ってミサカはミサカは心の底から感謝してみる!」 

 

そう言うと打ち止めは一方通行へと微笑んだ。 

 

きちんと笑えているかは正直、自信がなかった。 

 

それでも、今できる最高の笑顔を彼に見せられた気がした。 

久しぶりに、心から笑えた気がした。 

 

 

その言葉を聞いた彼は静かに目を閉じ、いつもの馬鹿にしたような笑みを浮かべる。 

 

「そォだな。テメェはガキらしくハシャいでりゃいいンだよ。余計なことは考えンな」 

 

それは間違いなく、いつもの彼の言葉だった。 

 

嬉しさで胸がいっぱいになり、思わず体は動いていた。 

 

「だ~いすきっ! ってミサカはミサカはあなたに抱きついてみるのっ!」 

 

そう言うと打ち止めは一方通行の胸に飛び込んだ。 

 

 

彼との出会いと、思い出と、再会と、これからのことに。 

 

 

その全てへと感謝するために。 

 

 

 

 

 

一方通行「お別れだ、クソガキ」打ち止め「えっ……?」

http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1309017071/