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陽乃「……答えは、いつ出るの?」 八幡「……わかりません。だけど….」1/3【俺ガイルss/アニメss】

 

~駅前 雑踏~ 

 

 

八幡「ん、あれ陽乃さんじゃね?」 

 

八幡(一緒にいるのは……、何か頭の悪そうな髪の色をした少しガラの悪そうな男三人) 

 

八幡(陽乃さんがあの手の連中と関わりがあるのも意外だな) 

 

八幡(まぁ、でもあの強化外骨格みたいな外面があれば、どんなタイプの相手でも大丈夫だろう) 

 

陽乃「……。…………」 

 

八幡(ん、何か揉めてる、のか? ここからじゃ聞こえないな。もう少し近寄ってみるか) 

 

 

 

男A「いいじゃん。陽乃ちゃん、一緒にショッピングとかどう? 俺たちが付き合うからさ」 

 

男B「そうそう、一緒に回ってアドバイスとかしちゃうし、荷物だっていくらでも持っちゃうよ」 

 

男C「つか、陽乃ちゃんいつも忙しいって俺らの誘い断っちゃうし、こういう運命的な出会いをした日くらい付き合ってくれてもいいんじゃね」 

 

陽乃「いいえ~、間に合ってますので結構です~。ていうか、私、運命とかってあんまり信じてないのでー」 

 

男C「ッジかよ~。じゃあさじゃあさ、今日これから一緒に来てくれたら、信じさせてやるって。だからさー、行こうぜー」 

 

八幡(そういうことか。いくら陽乃さんの外面が良くても、まるめこめるのは言語が通じる生物だけだ) 

 

八幡(下心が表に出まくって、顔どころか頭の中までピンク色のお猿さんには、そも会話が成り立たない。これでは、いくら陽乃さんの外面が良くても効果がないということだろうか) 

 

 

男A「ほらほら、陽乃ちゃん」ガシッ 

 

陽乃「ちょ、何するんですか」 

 

男B「一緒に行けばそのうち楽しくなるからさー」 

 

言いながら、男達は陽乃さんの腕を掴む。 

 

八幡(おいおいおい、これはさすがにまずくないか) 

 

八幡(いくら陽乃さんがすごくても、男三人の腕力にはかなわないだろ) 

 

八幡(っていうか、見てる奴なんとかしろよ。いや、俺もだけど) 

 

八幡(まぁ、どう見てもたちの悪そうな連中だし、いくら美女のピンチとはいえ、自分の身の安全には変えられないってか。そりゃそうだ、全く持って正しい判断だ) 

 

八幡(誰だってそうだ。俺だってそうしたい) 

 

八幡(そもそも、あの陽乃さんだ。この程度の修羅場、きっと何とかするに違い……) 

 

陽乃「ちょ、やめ、離してって!」 

 

何とか抵抗しようとしているが、男の腕力に抗い続けるのは難しそうに見える。 

 

八幡(無理か。男3人を相手にするのは、いくら陽乃さんとは言え、さすがに無理だよな) 

 

八幡(いや、それが普通なんだけどさ。) 

 

八幡(どうする、俺。どうするって、どうするんだよ、俺。俺にどうにかできんのかよ、俺) 

 

八幡(いや、考えてる余裕はない!) 

 

八幡(行け、八幡。教室で暇な時間に考えていた108の妄想シチュのうちのひとつじゃないか。俺なら出来る!) 

 

俺はごく自然に彼らに近づき、朗らかな笑顔を作って声をかけた。 

 

八幡「あ、雪ノ下さーん。ここんなとこにいたんですね、ささ探しましたよー。 

ほ、ほら、予約した映画、もう始まっちゃいますから行きますよ。 

すいませんね、皆さん。急がないと映画始まっちゃいますんでー」 

 

俺史上最高に爽やかに言い切った。 

 

オーケー。 

 

この台詞が出せれば、問題ない。断じて噛んでなどいない。 

 

後は、それとなーく陽乃さんから男の手を離させて、それとなーく陽乃さんとこの場を立ち去れば作戦成功だ。 

 

うん、さすが俺。完璧な作戦だ。ミッションインポッシブルだ。違うか、違うな。 

 

うまく台詞を言えた自分を心の中で褒め称えようとしたそのとき、陽乃さんが口を開いた。 

 

陽乃「あれ、比企谷君じゃなーい。ひゃっはろー、こんなとこで何してんの?」 

 

ホワイ? 

 

何その反応。 

 

え、ここって話合わせてそのまま脱出ってシーンでしょーが。 

 

あんた、ドラマとか映画とか見たことねーのかよ。 

 

うわ、俺、今ちょーださくねぇ? 

 

調子に乗って女の子を助けようとしたら、お呼びじゃありませんでしたみたいな。 

 

慣れないことはするもんじゃねぇな。 

 

ようこそ、新しいトラウマの一ページ。 

 

男A「ぷっ、……はぁっはっはっは」 

 

まぁ、笑いたくもなるよな。 

 

俺も立場が逆だったら、笑いすぎて、頭から後ろに倒れて、部下に起こしてもらうまである。 

 

まぁ、ぼっちに部下とかいないから倒れっぱなしだけど。 

 

男B「ヒキガヤくんだっけ? 勘違いはよくないなぁ?誰と映画の約束してたの?」 

 

誰だろーな。俺が聞きたいよ。 

 

男C「くっくっく、まぁ、映画は誰か他の人と行くんだなぁ」 

 

ドンッ、ドサッ 

 

男の一人に乱暴に突き飛ばされ、たまらず地面に転ぶ。 

 

ちょー恥ずかしー。 

 

何これ、今すぐ泣いて逃げたいんですけど。 

 

あぁ、でもなぁ。 

 

お呼びじゃなくても、こうして出て来てしまった以上、果たさなければいけない責任がある。 

 

ここで俺が、陽乃さんをあんな奴らに渡してしまったとしたら。 

 

そんなことになったら、雪ノ下は。 

 

あの不器用で素直じゃないけど、羨望し嫉妬しながらも、姉を尊敬しているあいつが悲しむだろう。 

 

というか、殺されるまである。俺が。 

 

だったら、逃げるわけにはいかない。 

 

自分の身の安全は自分で守らないといけないからな。 

 

プランBに移行だ。 

 

ねぇよ、そんなもん。 

 

……いや、嘘だけど。あるから。ちゃんと次善策は考えてるから。 

 

俺はズボンのポケットに手を突っ込んで携帯を取り出し、待機状態を素早く解除する。 

 

後は通話ボタンを押せば、みんなのヒーローおまわりさんの登場だ。 

 

俺の親指がまさに通話ボタンを押そうとしたとき、異変が起きた。 

 

男A「!?……あ痛、いだだだだだ」 

 

陽乃さんの腕を掴んでいた男Aが突如として悲鳴を上げる。 

 

男B「お、おい。どうした」 

 

男Aの悲鳴に振り返る他の二人。 

 

そこには陽乃さんを掴んでいたはずの腕を、逆に陽乃さんに捻りあげられているAの姿があった。 

 

陽乃「あのさぁ、その子に乱暴しないでもらえるかなぁ」 

 

男A「あが!あああああああ」 

 

冷たい笑顔を浮かべた陽乃さんが、さらに男の腕を捻る。 

 

男B「何してくれてんだよ、お前!!」 

 

男Bが男Aを助けようと陽乃さんに掴みかかる。 

 

陽乃「っふ」 

 

陽乃さんは男Aを突き放すと、近寄ってきた男Bの手をすんでのところでかわし、 

バランスを崩した男Bの足を鮮やかに払った。 

 

男B「ぐあっ!」 

 

相手は手を着くのも間に合わず、顔面から地面につんのめった。 

 

陽乃「その子はね、妹の大切な友達なの。雪乃ちゃんにようやくできた友達なの。 

だから、ひどいことしないで欲しいなぁ」 

 

陽乃さんは、薄い笑みを浮かべてそう言った。 

 

男C「な、何言って……。なめんな!ちくしょ……」 

 

体面も何もかなぐり捨てて、男Cは体格差のままに組み伏せようと陽乃さんに迫る。 

 

しかし、掴みかかった男の腕は空を掴み、その体は宙を舞った。 

 

男の体は空中で一回転し、アスファルトに背中から叩きつけられる。 

 

男C「っがは!!」 

 

陽乃「どうします? まだやるなら、お相手しますけど」 

 

陽乃さんは笑顔を崩さない。 

 

寒気がするような笑顔を。 

 

起き上がった男Aと男Bは、完全に伸びきってしまった男Cを二人で担ぐと、 

 

男A~C「やーなかーんじーー!」 

 

懐かしい捨て台詞を残して逃げて行った。 

 

その姿は哀れに見えたが、うん、ちょっかい出す相手を間違えたあんたらが悪い。 

 

いつの間にか出来ていた人だかりからは、賞賛の拍手が送られた。

 

しばらくの間、やぁやぁと歓声に応えていた陽乃さんだったが、こちらに近寄ってくると 

 

陽乃「ふぅ……。立てる、比企谷君?」 

 

穏やかな笑顔を崩さないまま、こちらに手を伸ばす。 

 

八幡「……どうも」 

 

俺はその手を借りずに立ち上がる。 

 

陽乃「ありゃ」 

 

だって、怖いし。 

 

 

~駅前の喫茶店 店内~ 

 

 

陽乃「どうしたの~。ほら、お礼なんだから、食べて食べて」 

 

八幡「はぁ」 

 

あの後、俺は陽乃さんにお礼ということで、喫茶店に連れてこられていた。 

 

俺としてはこれ以上かかわりたくなかったので、固辞したかったのだが腕を掴まれた時点で観念した。 

 

だって、捻ってたあれ、すげー痛そうだったし。 

 

店に入った陽乃さんは飲み物と大量のスイーツを注文した。 

 

陽乃「いやー、でもほんとありがとね」 

 

八幡「……こちらこそ。トラウマを増やしていただいてありがとうございます」 

 

陽乃「トラウマ?」 

 

八幡「助けに行った女の子に裏切られ、あげくの果てに助けに行ったはずの女の子に助けられるという、常人ではなかなかできない経験をさせていただきました」 

 

陽乃「あはっ、ごめんごめん。比企谷君が来てくれて、嬉しくなってちょっとはしゃいじゃった。テヘッ」 

 

軽く舌を出して、ウインクする陽乃さん。 

 

その仕草、可愛いと思ってるならすぐ止めて頂きたい。 

 

マジで可愛いから。 

 

トラウマの百個や二百個くらい許しちゃいそうになるくらい可愛い。 

 

八幡「……いいですけどね。結局、何もしてないですし」 

 

俺は陽乃さんの顔から視線を外し、ぶっきらぼうに言い捨てた。 

 

正確には何も出来なかったのだ。 

 

陽乃「そんなことないよー、すっっっごくかっこよかったよ! なかなか、ああいうところに割り込んでくるって出来ないしね」 

 

八幡「……別に。知り合いが絡まれてれば行くでしょ、ふつー」 

 

美人に褒められると、どうにも照れ臭いけれど、それが知り合いだったらこうするのは当然なのではないだろうか。 

 

これ以上ないくらいにびびってはいたけれど。 

 

陽乃「ふつー、か。……でもね、君が考えてるより、普通に行動するって難しいんだよ」 

 

俺の言葉を受けて、陽乃さんは少しトーンを下げる。 

 

八幡「……そんなもんですかね。ってか、結局、俺が行かなくても一人で撃退できたでしょ。 何なんですか、あれ。空中で一回転してましたけど」 

 

陽乃「あぁ、あれ? あれは合気道。護身用にって習わされたの。結構強いんだよ、私。ちなみに公式設定だから」 

 

八幡「はは、いやメタな話はいいですから。……まぁ、強いのはよくわかりましたけど」 

 

合気道って、あれだよな。 

 

相手の動きを水のように受け流して、相手の力を利用して倒すみたいな。 

 

漫画やアニメだと、だいたい最強クラスのキャラが使う技じゃねーか。 

 

ほんとどこまでチートなんだ、この人。 

 

陽乃「そういえば、比企谷君は何してたの」 

 

八幡「俺は本を買いに行く途中だったんです。好きな作家の新刊が出てるんで」 

 

陽乃「ふーん」 

 

八幡「ところで、さっきの連中、誰だったんですか?」 

 

陽乃「あぁ、あれ? 一応、大学の先輩ってことになるのかなぁ。サークルの新歓コンパを制覇しようって回ってた時にどこかで一緒になったらしくて。 構内でもちょくちょく声掛けて来るようになってね」 

 

出会いからしてうろ覚えかよ。 

 

あの男たちが本気で不憫になってきた。 

 

八幡「ふーん、いいんですか。そんな相手をのしちゃって。また大学で会うんじゃないんですか?」 

 

陽乃「な~にぃ、心配してくれるんだぁ」 

 

上目遣いで俺の顔を覗き込むように見てくる陽乃さん。 

 

八幡「べ、別に、心配とか、そういうのでは」 

 

な、何かあったら、きっと雪ノ下が悲しむし。 

 

何だかんだ言ってあいつは、陽乃さんのことを尊敬してるしな、うん。 

 

陽乃「あはは、もうほんとおもしろいなぁ、比企谷君は」 

 

陽乃「大丈夫だよ」 

 

といって、陽乃さんは嗜虐的に口の端をつり上げる。 

 

陽乃「比企谷君だったら、女の子をデートに誘って断られて、それでも無理やり力づくで連れて行こうとした挙句、 

 

   公衆の面前で返り討ちにされた女の子に、もう一度声を掛けたいと思うかな」 

 

八幡「……金輪際、顔も合わせたくないですね」 

 

美人の口から発せられる情け容赦のない言葉にドン引きしつつ、その言葉に納得することもあった。 

 

陽乃「そーゆー訳だから大丈夫だよ。あ、でも心配してくれて、ありがとね」 

 

笑顔を明るいものに戻す陽乃さん。 

 

八幡「……いえ、どうもお邪魔だったみたいですし」 

 

俺の余計な一言に、朗らかだった陽乃さんの笑顔が含みを持ったものに変わる。 

 

すげーな。 

 

コミュ力高い人って、笑顔の種類何個持ってるんだよ。 

 

しかも、それを自在に使い分けるとか、俺には一生無理だわ。 

 

陽乃「ふ~ん、何がお邪魔だったと思うの」 

 

八幡「もともと、ああやってあいつらとの縁を切るつもりだったんでしょう?」 

 

陽乃「どうして」 

 

八幡「そもそもおかしいと思ったのは、雪ノ下さんがあんな連中に絡まれているということそのものです。 あなたなら、あんな連中を言いくるめることくらい造作もないはずです」 

 

 

陽乃「どうかなぁ。あの人たち、あんまり日本語通じないよ」 

 

八幡「それでも、雪ノ下さんならやりようはいくらでもあるでしょう」 

 

陽乃「あらあらまぁまぁ。ずいぶん、高く評価してくれてるんだねぇ」 

 

ちゃかすような陽乃さんの口調。 

 

構うことなく続ける。 

 

八幡「もうひとつおかしかったのは、俺の嘘に雪ノ下さんが合わせてくれなかったことです。 由比ヶ浜ならともかく、あなたがあの状況で俺の意図に気づかないはずがない。 とすれば、あなたはまだあの状況を続ける必要があったということになる」 

 

 

陽乃「何のために?」 

 

八幡「わざと下手な受け答えで相手に絡ませておいて、手を出してきたところを返り討ちにする。 そうすれば、正当防衛が成立した上で、今後、あいつらは雪ノ下さんに関わろうとしない。これがもともとのシナリオだったんでしょう」 

 

 

陽乃「すごい想像力だねぇ」 

 

八幡「そうなると、俺がしたことは、観客が突然舞台に入り込んだようなものです。 まったく、とんだピエロだ……」 

 

陽乃「……ふふ」 

 

陽乃「ほーんと、比企谷君は何でもわかっちゃうんだねぇ」 

 

八幡「……やめてください」 

 

自然、陽乃さんへ向ける視線が強くなる。 

 

陽乃「素直に褒めてるつもりなんだけどなぁ」 

 

陽乃さんの美しい笑顔の裏には、何の感情もない。 

 

陽乃「ま、だいたい比企谷君の言ったとおりかな。 私、言葉が通じない人ってあんまり好きじゃないんだよね。 いい加減、うっとうしくなってきたから、そろそろ縁を切りたいなぁって思ってたの。 

まぁ、今日あの場所であったのは、本当に偶然だけどね」 

 

 

酷薄な笑みに体の芯まで射すくめられる。 

 

陽乃「その点、比企谷君は好きだよ。言葉にしてないところまで伝わるし」 

 

好きというその言葉に甘い響きは微塵もない。 

 

玩具に対するような、ペットに対するような、そんな言葉。 

 

八幡「……それは、どうも」 

 

目をそらす。 

 

この人と目を合わせているのは、怖い。 

 

陽乃「ん~、まぁでも伝わりすぎるのも考え物かな」 

 

それは、責められているのだろうか。 

 

陽乃「あ、別に責めてるわけじゃないよ。前も言ったでしょう。 君のそういうところ、私は好きだから」 

 

心の中を読んでるのかよ。 

 

怖ぇよ。あんたほんと何者だよ。 

 

ギアス能力者とかじゃないだろうな。 

 

陽乃「でもね、もう少し、形の上の言葉を信じてもいいんじゃないかな」 

 

その言葉にどきりと胸が跳ねる。 

 

思い出したのは奉仕部の二人とのすれ違い。 

 

想いを言葉に出来ず、思いを表わすことが出来ず、すれ違ってしまった関係は、 

 

なりふり構わずに本音をぶちまけ合うことで、ようやく修復することが出来た。 

 

きっと俺や雪ノ下や由比ヶ浜が、もう少しうまく言葉を使えていたなら、すれ違うこと自体がなかっただろう。 

 

あの恥ずかしい出来事も関係が修復できた今なら、そんなこともあって良かったとも思えるが、そもそもすれ違うことは少ないに越したことは無いだろう。 

 

八幡「どういう意味、ですか」 

 

陽乃「人間の感情は常に一種類じゃないんだよ。心の中に幾つもの感情が複雑に絡み合ってる。 もちろん、時と場合によるけれど、そういった複雑な感情のなかからその人が表面に出した言葉や態度っていうのは、その人が一番伝えたい思いなんじゃないかってこと」 

 

 

八幡「でも、先輩や上司には、嫌なやつでもぺこぺこしたりするんじゃないですか」 

 

陽乃「あっはは、さすが比企谷君、捻くれてるね。でも、それも同じだよ。 嫌な人だって思ってても頭を下げたり、ご機嫌とったりするってことは、その人にそうするだけの価値があるって考えてるっていうことだもん。 出世とか社内の人間関係とかね。 

だから、相手が慕ってますっていう仕草をしていたら、まずはそのまま受け入れてあげればいいの」 

 

 

なるほど。 

 

人身掌握術の基本ということなのだろうか。 

 

ま、ぼっちには関係ないけど。 

 

陽乃「あ、でも、裏切っちゃいそうな人には、内偵調査と迅速な処罰をかかしちゃダメだぞ」 

 

怖い! 

 

裏切り者は躊躇無く切り捨てるタイプだ! 

 

まぁ、最後の台詞は置いておいても、思い当たる節もないではないし、きっとその通りなのだろう。 

 

しかし、いつも完璧な外面で固めている陽乃さんが言っても説得力はない。 

 

どちらかというと、内心を隠し切って裏切りを成功させるタイプの人だろうし。 

 

八幡「雪ノ下さんがそれを言うんですか」 

 

卑屈な笑みに乗せて皮肉を返す。 

 

陽乃「あっはは、どういう意味かは問い返さないであげる」 

 

顔は笑ってるのに目が笑ってないんですけど。ちょー怖えぇ。 

 

それは置いておいて、と陽乃さんは続ける。 

 

陽乃「まぁ、確かに私は今日あの人たちに会って、縁を切るいい機会だと思ったよ。 比企谷君が来たのも想定外。君が来たからとっさにシナリオを変えたのも事実。 でもね、君が助けに来てくれて嬉しかったっていうのも本当だよ。それは信じて欲しいな」 

 

 

そう言う陽乃さんは、少しだけ照れくさそうな笑顔を見せる。 

 

陽乃「私だって女の子だもん。白馬の王子様に憧れたことくらいあるんだよ」 

 

八幡「……なら、少しは王子様にも花持たせてくださいよ。俺、完全にかませ犬だったじゃないですか」 

 

陽乃「あはは、それは君の責任。チャンスはあげたよ。悔しかったら、お姫様を守れるくらい強くなりなさい」 

 

愚痴る俺のおでこを、人差し指でつんとつつく陽乃さん。 

 

いたずらが成功したときの子供みたいに無邪気な笑顔。 

 

これがこの人の自然な笑顔なのだと、なんとなくわかった。 

 

その笑顔はいつもの作られた笑顔など比べ物にならないほど魅力的だった。 

 

うっかりと、この人が怖い人なのだということも忘れて、見とれてしまうほどに。 

 

陽乃「あ、もうこんな時間か。ごめんね、比企谷君。ちょっとこれから人と会わないといけないんだ。会計はしておくから、ゆっくり食べていってね」 

 

八幡「いや、でも」 

 

俺は慌てて自分の財布を出そうとするが、陽乃さんは手でそれを制する。 

 

陽乃「いいのいいの、これは王子様へのお礼なんだから。ここはお姫様に任せなさい。 

 

   あ、これから私のことをお義姉さんって呼ぶなら払わせてあげるけど」 

 

八幡「ゴチになります!」 

 

陽乃「あはは、もうほんとかわいいなぁ。比企谷君は」 

 

陽乃「じゃあ行くね」 

 

伝票を持ちレジの方へと歩いていく陽乃さんだったが、ふと足を止め、くるりと向き直ってこちらに戻ってきた。 

 

陽乃「今度、もっとゆっくり落ち着いて話したいし、また誘ってもいいかな」 

 

美人からの再会の約束なんて並の男なら舞い上がるところだが、ぼっち歴の長い俺はこんなことで動じはしない。 

 

こういう台詞は別れ際の社交辞令みたいなもんだ。 

 

同級生とかに街で会ったとき、きまずい空気で少し話したあと「じゃあ、またな」って別れるけど、またの機会が来た試しはない。 

 

ソースは俺。 

 

具体的日時の伴わない約束など、無いに等しい。 

 

八幡「はぁ、まぁいいですけど」 

 

陽乃「うん、じゃあね」 

 

陽乃さんはこちらにひらひらと手を振ってレジの方へと歩いていく。 

 

俺はその後ろ姿を見送りながら、テーブルの上で自己主張を続ける山盛りのスイーツたちをどう処理しようかと考えていた。 

 

小町「お兄ちゃん、このスイーツどうしたの!?」 

 

食べきれないスイーツへのヘルプとして妹を召還した。 

 

20分後、小町は思いがけないスイーツの山に目を輝かせる。 

 

八幡「なに、お前への日頃の感謝の気持ちだ。遠慮せず食べてくれ」 

 

小町「お、お兄ちゃん! 小町、お兄ちゃんの介護をしてきたことを、こんなに嬉しく思ったことはないよ」 

 

この妹、兄の世話を介護と抜かしおったか。 

 

ちっ、ヘルプ呼ぶなら由比ヶ浜にしておけばよかったか。 

 

小町「お兄ちゃん……」 

 

八幡「何だ?」 

 

小町「このアイスほとんど溶けてるんだけど。ってか、他も変に温いし」 

 

八幡「あーなんだ、ほら、俺のお前への愛で溶けたんじゃね」 

 

小町「……このゴミいちゃんめ」 

 

今のはポイントつかないのか。 

 

わからん妹だ。 

 

 

~翌日 奉仕部部室~ 

 

 

雪乃「比企谷君、どういうことか説明してくれるかしら」 

 

結衣「ヒッキー、どういうことか説明しろし」 

 

うわ、超こえぇ。 

 

二人で声揃えて問い詰めてくんじゃねぇよ。 

 

ビビるだろーが。大木っちゃうだろーが。 

 

というか俺だって知りたい。 

 

何がどうなって俺はラブコメの主人公みたいに美少女二人から問い詰められてるの? 

 

俺のクラスメイトと部活仲間が修羅場ってるの? 

 

しかし、二人の視線にラブコメ的な甘さはない。 

 

むしろ、推理物アニメで犯人が判明したあと、「何故こんなことを」って、みんなで犯人を糾弾する時の視線だ。 

 

事態が掴めていないのは俺も同じなんだが。 

 

犯人よりもむしろ被害者。 

 

よし、OK。 

 

状況を整理しよう。 

 

今は放課後。 

 

ここは奉仕部の部室。 

 

さっきまで俺はいつものように放課後に部室に来て、二人に挨拶をして、静かに読書を楽しんでいた。 

 

一色に巻き込まれたクリスマス合同イベントを終え、正月から自宅でごろごろと過ごしていると、いつの間にか終わっていた冬休み。 

 

何故、冬休みはこんなにすぐ終わってしまうのか。 

 

この難問は数学のミレニアム懸賞問題とかいうのに追加するべきじゃないだろうか。 

 

まぁ、俺からすれば、数学の問題なんてどれもミレニアムに解ける気がしないけどな。 

 

しかしまぁ、授業が始まって一週間もすると、以前の日常に体のリズムが戻るのだから不思議なものだ。 

 

由比ヶ浜はしきりと雪ノ下に話題を提供しているが、雪ノ下はえぇとかそうねとか曖昧な返事を繰り返している。 

 

それでも満足そうな由比ヶ浜だが、思い出したように俺にも言葉を投げかけてくる。 

 

俺は俺で、あぁとかそうだなとか曖昧な返答をするだけ。 

 

そんな俺と雪ノ下の間を由比ヶ浜がちょろちょろと動き回る。 

 

いつも通りの風景。 

 

これまでと違うのは、俺が紅茶を飲む器が紙コップからパンさんの湯呑みに変わったことだけ。 

 

しかし、それはとても大切な変化なんだと感じられた。 

 

そして、俺は今日も奉仕部で穏やかな時間を過ごす―――、はずだった。

 

平穏な時間は唐突なノックの音に破られた。 

 

平塚先生かと思ったが、平塚先生ならノックはしないな、などとぼんやり考える。 

 

ノックに続いてガラガラと扉が開かれると、現れたのは女神もかくやという、一瞬で場が華やぐような笑顔を浮かべた陽乃さんだった。 

 

陽乃「ひゃっはろー」 

 

陽乃さんは、ごく自然にこの場にいるのが当たり前のように挨拶をして教室に入ってきた。 

 

雪乃「……」 

 

結衣「や、やっはろー……です」 

 

雪ノ下は怪訝な表情で冷たい視線を挨拶の代わりとし、由比ヶ浜は呆けた顔で相変わらず敬語かどうか怪しい挨拶をする。 

 

陽乃さんはふんふんと頷きながら部室の中を興味深そうに見回している。 

 

雪乃「姉さん」 

 

陽乃「ん。何、雪乃ちゃん」 

 

雪乃「何をしにきたの」 

 

陽乃「まぁまぁ、落ち着いて。可愛い妹の頑張る姿を見に来たんだよ」 

 

雪乃「冗談もほどほどにしなさい。用がないなら部活動の邪魔になるから帰りなさい」 

 

雪ノ下はおどける陽乃さんの奥、すなわち今入ってきたばかりの教室の扉を指差す。 

 

教室の温度が雪ノ下を起点に5度くらい下がったような気がする。 

 

雪ノ下は護廷十三隊隊長の兄を持つ氷雪系の斬魄刀使いなのか? 

 

いや、最近だと劣等生の妹の方か。 

 

どちらにしても妹だし、雪ノ下に氷属性がついていても不思議じゃないな。 

 

しかし、陽乃さんは、そんな雪ノ下の冷気も涼しそうに受け流す。 

 

陽乃「ふっふっふー、それが用ならあるんだよね」 

 

雪乃「だったら、早く用件を言いなさい」 

 

陽乃「私が今日、ここに来たのは……」 

 

結衣「ごくり」 

 

陽乃「奉仕部に依頼があるからです!!」 

 

びしっと人差し指を立てて、雪ノ下を指差す陽乃さん。 

 

呆気にとられる俺たち。 

 

たっぷり五秒ほどの沈黙の後、雪ノ下は頭痛を抑えるようにこめかみに手を添えた。 

 

雪乃「はぁ、何を言い出すかと思えば……。姉さん、この部は総武校生を対象にした活動をしているの。 だから、現総武校生でない人は……」 

 

陽乃「え~っ、そんな硬いこと言わないでよ、雪乃ちゃん。 そ、れ、に~。静ちゃんの許可は取ってあるんだよ」 

 

ぴょんと可愛らしい仕草でパンツのポケットから取り出した紙には、うねりたくった殴り書きで、 

 

雪ノ下陽乃の依頼を正式なものと認める。 奉仕部顧問 平塚静』 

 

と書いてあった。 

 

非常に読み辛いが、確かに字は平塚先生のもののようだ。 

 

雪乃「こ、これは……どうして」 

 

陽乃「ん、静ちゃんに一筆ちょうだいって言ったらすぐくれたよ。なんか男なんて~って言って泣いてたけど」 

 

おかしいな、今日の朝、廊下ですれ違ったときは、今週末はデートみたいなことを鼻歌で歌ってたのに。 

 

また振られたのかなぁ。 

 

何で!  

 

何で誰も貰ってあげないの!? 

 

っていうか、いくら傷心でもよくわからない書類に簡単にサインするのは大人としてどうかと思うな。 

 

後で注意しておかないと。 

 

陽乃「どう、これで問題ないでしょ」 

 

まぁ事情はどうあれ、顧問の署名まで持って来られてはしょうがない。 

 

とはいえ、この人のことだ。 

 

どんな難題を持ち込んでくることやら。 

 

雪ノ下がため息を吐きながら、頭痛を抑えるようにに頭に手を当てる。 

 

雪乃「はぁ、しょうがないわね。依頼内容を教えて」 

 

陽乃「あ、雪乃ちゃんとガハマちゃんはいいよ。これは奉仕部というか、比企谷君個人への依頼なんだよね」 

 

八幡「は?」 

 

陽乃「昨日、約束したもんねー」 

 

可愛らしく小首をかしげてこちらを見る陽乃さん。 

 

その一言で、俺は一気にこの舞台の中央に立たされた。 

 

ここで時系列は冒頭に戻る。 

 

雪ノ下と由比ヶ浜は声を揃えて俺に説明を求める。 

 

二人のこちらを見る視線が痛い。じとーっという擬音が聞こえてきそうだ。 

 

八幡「いや、俺だって説明を受けたい方なんだが」 

 

雪乃「姉さん、彼はこう言っているのだけれど」 

 

結衣「うんうん」 

 

俺の言葉を受けて雪ノ下が陽乃さんに向き直る。 

 

陽乃「えー、比企谷君ひどいー。昨日、お別れする前にちゃんとまたねって言ったじゃない」 

 

八幡「具体的な日時の指定はなかったはずですが」 

 

っていうか、社交辞令じゃなかったのかよ。 

 

陽乃「うん、そうだね。指定はしなかったんだから、今日でも問題ないよね」 

 

八幡「いや、それは……」 

 

理屈ではそうかもしれんが、こちらにも心の準備というものがだな。 

 

陽乃「それに、やっぱり昨日の人たちの復讐が怖くって。だから、ボディガードとして一緒にいたいなって」 

 

八幡「いや、必要ないでしょ。だって陽乃さんの方がよっぽどつよ……」 

 

陽乃「ふふふー」(ジロリ) 

 

八幡「ひっ!」 

 

怖っ!もうほんと怖いこの人! 

 

笑顔なのに睨んでるってわかるってどういうことなんだぜ。 

 

雪乃「比企谷君にボディガードを……? 貧相な肉体と軟弱な精神しか持たない彼にそんな大役が務まるとは思えないのだけれど。 ……そうね、まず昨日何があったかを聞かせてもらえないかしら」 

 

 

お前はいちいち人を傷つけないと事情も聞けんのか。 

 

結衣「うんうん」 

 

由比ヶ浜、お前さっきから相槌ばっかだな。 

 

陽乃「いいよ。うーんとね、昨日、私はちょっと用事があって街を歩いていたの。そうしたら、質の悪いナンパに引っかかっちゃってね。 乱暴されそうになったところを比企谷君が助けてくれたの」 

 

結衣「すごーい、なんかドラマみたい!」 

 

雪乃「……この男にそんな気のきいたことが出来るとは思えないし、姉さんがその程度の相手をあしらえないというのも信じがたい話ね」 

 

辛辣な、しかし、的確な雪ノ下の指摘に陽乃さんはむくれる。 

 

陽乃「雪乃ちゃんひどいー。私だって女の子なんだよ。男の人にいきなり腕を掴まれたら、抵抗なんてできないよ」 

 

結衣「うんうん、やっぱり力じゃ敵わないですもんね」 

 

雪ノ下はまだ疑惑の眼差しを向けていたが、由比ヶ浜はあっさりと納得して首をぶんぶんと振っている。 

 

ちょろすぎるぞ、由比ヶ浜。 

 

陽乃「もうダメだーって時に、比企谷君が警察を呼ぶ振りをして助けてくれたの」 

 

結衣「ヒッキーすごい!なんかドラマみたい!」 

 

感想がさっきと同じだぞ、由比ヶ浜。 

 

雪乃「……ふむ。あなたにしてはスマートな方法だと感心したけれど、最初から他人、というか公権力の力を当てにする辺り、とてもあなたらしいわね」 

 

雪ノ下には、そろそろ俺にも傷つく心があるということをわかって欲しい。 

 

それに実際のところは、警察を呼ぼうとしたらその前に暴漢は倒されていた、だ。 

 

陽乃「でも、その場はそれでしのげたけど、いつまたあの人たちに会うかと思うと、怖くて街を歩けないの」 

 

結衣「あぁ、そうですよね~。やっぱり怖いですよね」 

 

この人がそんなタマかよ。騙されるな、由比ヶ浜。 

 

陽乃「というわけで、私の依頼はボディガードとして比企谷君と一緒にいること。 

 

普段の奉仕部の活動とは少し違うみたいだけど、静ちゃんの許可もあることだし、問題ないよね?」 

 

言い終わるなり、陽乃さんは俺の腕を掴む。 

 

陽乃「じゃあ、行こっか。比企谷君」 

 

八幡「え、ちょ。お、俺の意思は?」 

 

陽乃「ん?」 

 

いや、どこかの棒アニメーション会社が作ったみたいに、九十度近く首傾げられても。 

 

可愛いけど。 

 

俺の反論を封殺し、陽乃さんは俺の腕を引っ張って有無を言わさずぐいぐいと教室の出口へと向かっていく。 

 

ちょ、近い近いいい匂いやわらかいあと近い。 

 

陽乃「それじゃ、これから1週間、放課後は比企谷君借りるから。よろしくね、雪乃ちゃん」 

 

結衣「ヒ、ヒッキー独占? そ、そんなうらやま……じゃなくて、そんなのダメー!」 

 

雪乃「な……、ま、待ちなさい、姉さん」 

 

陽乃「雪乃ちゃん、借り」 

 

陽乃さんは雪ノ下に向かって、ピッと人差し指を立てる。 

 

雪乃「か、借り?」 

 

陽乃「学園祭の時、私の手を借りる時に言った言葉、忘れたとは言わせないわよ」 

 

雪乃「くっ。…………わ、わかったわ。ふ、ふふふ……、姉さんが比企谷君程度のことに借りを使ってくれてむしろラッキーだわ。 そ、そんなことで消費してしまっていいのかしら」 

 

陽乃「うん、大丈夫。じゃねー」ピシャ 

 

雪乃・結衣「あっ」 

 

勢いよく閉められる教室の扉。 

 

それを合図に抗議の声は聞こえなくなった。 

 

あれ、俺ほんとにこのまま連れ去られちゃうの? 

 

陽乃「さて、どこ行こうか」 

 

八幡「決まってないんですか」 

 

陽乃「とりあえず、比企谷君を連れ出すのが目的だったから」 

 

八幡「はぁ」 

 

 

~学校周辺~ 

 

 

八幡「何考えてるんですか」 

 

陽乃「ん、何が」 

 

八幡「あんな依頼で俺を連れ出して。ボディガードなんて必要ないでしょう」 

 

陽乃「そんなことないよ。私をかばってくれた比企谷君が、逆恨みしたあの人たちに襲われないようにボディガードしてるの」 

 

八幡「え?」 

 

ん? 何か認識にずれがあるような。 

 

陽乃「だから~、私に直接復讐することはないかもしれないけど、助けに来てくれた比企谷君がターゲットになるかもしれないじゃない」 

 

八幡「なっ」 

 

確かに、あれだけの実力差を見せ付けられれば、あいつらも陽乃さんへの復讐は考えないだろう。 

 

しかし、本人への復讐が不可能なら、あの場で助けに入った俺に矛先が向くことも有り得る、かもしれない。 

 

依頼の内容は、 

 

ボディガードとして比企谷君と一緒にいたい』 

 

誰が誰のボディガードをするとは明言されてなかったわけだ。 

 

どこまで計算してるんだ、この人。 

 

実は電脳化してて、『京』と繋がってるんじゃないだろうな。 

 

陽乃「私のせいで、比企谷君が傷つくなんて耐えられない!」 

 

八幡「5点」 

 

陽乃「え~、お姉さん的ないい台詞なのに~」 

 

八幡「感情こもらなさ過ぎでしょう。それに、そうなったら雪ノ下さんは致命傷ギリギリまで陰で笑って見てるタイプじゃないですか」 

 

こっちの勇気を振り絞った嘘をあっさりスルーした人の台詞じゃねぇよな。 

 

陽乃「あっはは。ひねくれてるなぁ、さすがは比企谷君」 

 

八幡「っていうか、そもそも俺がどこの誰とも知らないあの人たちとエンカウントする確率ってすごく低くないですか」 

 

陽乃「ん~、そうかも」 

 

八幡「逆に陽乃さんと歩いてる方が目について、あの連中の神経を逆撫でするんじゃないですかね」 

 

陽乃「ん~、かもね~」 

 

陽乃さんには、僅かばかりも悪びれる様子はない。 

 

八幡「はぁ。それで、俺を連れてきた本当の理由っていうのは?」 

 

ため息混じりの俺の問いかけに、 

 

陽乃「比企谷君のことが好きになっちゃったから?」 

 

陽乃さんは悪戯っぽい笑みで答える。 

 

八幡「…………0点です」 

 

陽乃「んふふ、ちょっとドキッとした?」 

 

八幡「……いえ、全然」 

 

笑顔に騙されてはいけない。 

 

単にからかわれているだけだ。 

 

だから、ドキッとなど全然全くこれぽっちも微塵も欠片ほどもしていない。 

 

ほ、ほんとだぞ!! 

 

陽乃「ん~、そだね。すっごく端的に言うなら面白そうだったから、かな」 

 

八幡「……ですか」 

 

陽乃「そっ」 

 

あっけらかんとして、陽乃さんは言う。 

 

八幡「っていうか、俺は結局何もしてないのに、えらく格好良くなってたんですけど」 

 

陽乃「ん? 比企谷君が私を助けたってとこ? 私としては王子様からの花を持たせて欲しいっていうリクエストに応えたつもりなんだけどなぁー。 助ける方法も比企谷君が使っても不自然じゃないのにしたつもりだし」 

 

いや、確かにそうするつもりだったんだけど。 

 

どこまでお見通しなんだよ。 

 

陽乃「ふふ」 

 

勝ち誇った笑みを浮かべる陽乃さん。 

 

どこまで計算されていて、どこまで見通されているのか、全く掴めない。 

 

こんな人に目をつけられたら、諦めるしかないのかもしれない。 

 

八幡「はぁ、参りました」 

 

陽乃「やたー! じゃあ、これから一週間よろしくね。あ、ちなみに逃げても迎えに行くからね」 

 

八幡「逃げませんよ」 

 

陽乃「校門前まで迎えに行くから」 

 

八幡「駅前で勘弁してください」 

 

陽乃「ん~……、りょーかい」 

 

陽乃「とりあえず今日はどうしようかな。もう少し、雪乃ちゃんが粘ってくるかと思ったから、このあとの予定は考えてなかったんだよねー」 

 

八幡「じゃあ、このまま解散でいいんじゃ……」 

 

陽乃「カラオケでも行こっか!」 

 

八幡「……俺、カラオケとか苦手なんですけど」 

 

陽乃「なぁに? 何か言った?」 

 

八幡「……いえ、何も」 

 

陽乃「そ、じゃあ行こ。すぐ近くにお店もあるし」 

 

八幡「へーい」 

 

 

~夜 カラオケボックス前~ 

 

 

陽乃「あ~、楽しかった~」 

 

ぐっと体を伸ばす陽乃さん。 

 

その姿勢は、妹さんと決定的に違うある部分が強調されすぎです。 

 

八幡「それは何よりです」 

 

俺は刺激の強い体勢の陽乃さんから目をそらしながら言った。 

 

陽乃「ん~、なにその顔は。お姉さんとのカラオケが楽しくなかったとでも言うの」 

 

そらした視線の先から、陽乃さんが不満そうな顔で覗き込むようにして聞いてくる。 

 

その問いに対する答えなんて決まっている。 

 

八幡「…………楽しかった……です」 

 

陽乃「んふふー、よろしい」 

 

俺の答えを聞くと、陽乃さんは満面の笑みになる。 

 

そう、楽しかった。 

 

楽しかったのだと思う。 

 

女子と二人でカラオケ。 

 

一般的な高校生男子にとっては夢のシチュエーションだろうが、ぼっちにとっては恐怖のシチュエーションである。 

 

基本流行歌なんてチェックしていない俺は、万人受けする選曲が出来ないし、そもそも歌もうまいと言えるほどじゃない。 

 

しかも、ただでさえレパートリーが少ないのに、二人だと回転が速いから、どんどん持ち歌も減る。 

 

そのうち曲を入れるのが間に合わなくなって、曲を選びながらなんか話さなきゃと思うんだけど話題もないし、そもそも入れる曲を考えないといけないからそんな余裕もないし、しょうがないからそれとわかりにくいアニソンを入れるけど、 

 

相手にその曲って何の曲か聞かれてうまく返せなくなり、気まずい空間の出来上がりだ。 

 

ここまでが俺の長いぼっち経験から予測されうる「ぼっちが女子と二人きり~カラオケ編~」だ。 

 

当然、今日もこのシナリオの通りに進行する、はずだった。 

 

だが、俺は雪ノ下陽乃を、彼女のコミュ力の高さを甘く見ていた。 

 

陽乃さんは俺でもわかるような超がつくような有名どころのJポップや場を盛り上げるような曲を選んでいった。 

 

しかも、どれも完璧に歌いこなしていた。 

 

この人に関しては、今更そんなことでは驚かないが。 

 

のみならず、要所で俺に合いの手を要求したり、サビでマイクを渡してきたりした。 

 

一人と一人にならないようにということなのだろう。 

 

このあたりで、すでに俺レベルのコミュ力では対応不可能である。 

 

振られた合いの手もサビも、ほとんどまともに返せなかった。 

 

それでも、陽乃さんは機嫌を損ねることはなく、俺が歌っているときに手拍子を入れ、サビに入れば横から急にハモりをいれてくる。 

 

ハモってくれる友達とかいなかったから、ハモられたらこっちがテンパって音わからなくなるんですけど。 

 

選曲に時間がかかっていたら、俺の知っていそうなアニソンを適当に入れて、 

 

にやにや笑いながら無茶振りをしてくる。 

 

ちなみに知らなくても拒否権はなく、最後までノリだけで歌わされる。 

 

あと、プリキュアのOPを初代からドキドキまでメドレーさせられたのは、 

 

文化祭の打ち上げの時に口を滑らせた小町のせいだと思うので、返ったら罰を執行しなければならない。 

 

とにかく、最初から最後まで陽乃さんに振り回された二時間だった。 

 

それでも終わってみれば気まずい沈黙もなく、むしろもう二時間が過ぎたのかと短く感じたくらいだ。 

 

全ては陽乃さんのコミュ力の高さのお陰だろう。 

 

陽乃さんはどこまでもマイペースにこちらを振り回してくる。 

 

その振り回し方がうまいのだ、と思う。 

 

俺のようなコミュ力の低いぼっちを相手にすると、どうしても相手の側に無理が出る。 

 

今回のような二人きりのシチュエーションになると特にだ。 

 

俺から話しかけることはないから、相手が話題なり対応なりを考える。 

 

俺の趣味嗜好がわからないから探り探りで、だ。 

 

しかし、俺にはその探りを入れてきた話題すら広げることも出来ないから、淡白な返事になって気まずくなる。 

 

だが、陽乃さんはこちらの嗜好などおかまいなしだ。 

 

自分が楽しむことが重要で、俺の反応なんてそのスパイスに過ぎない。 

 

でも、だからこそ俺もどんな反応を返してもいいのだ。 

 

無茶振りされたらすげー嫌な顔すればいいし(それでも歌わされるんだが)、 

 

知らない歌に合いの手を要求されてもすげー嫌な顔すればいい(それでも合いの手を入れさせられるんだが)。 

 

陽乃さんが自然体だから、俺も自然体でいられる。 

 

一緒になって笑ったり、話が弾んだなんてことはなかったけれど、少なくとも自分が異物だと感じるようなことはなかった。 

 

あの部室にいるときのように、自分がここにいるのは間違っていないのだと思える、そんな時間。 

 

それは楽しかったと呼んでもいい時間だったように思えるのだ。 

 

改めて陽乃さんのすごさを思い知った。 

 

 

陽乃「さて、比企谷君は自転車だっけ」 

 

八幡「そうですね。雪ノ下さんはどうやって帰るんですか」 

 

陽乃「私は迎えを呼んでるよ。」 

 

あぁ、例のセダンか。 

 

そこで陽乃さんは人差し指を顎に当てて、少し考えるような仕草をする。 

 

陽乃「……んー、ねぇ」 

 

八幡「何です、雪ノ下さん」 

 

陽乃「それだよ、それ」 

 

八幡「どれですか」 

 

あいにくと俺にさとり的特殊能力はない。サテライトーとか叫んでも全然わからないので、しっかり言葉にして欲しい。 

 

陽乃「呼び方! 苗字にさん付けって、ちょっと他人行儀過ぎない? こうして一緒に遊んだんだし、これから一週間は一緒にいるわけだし。もっと距離感縮めて行こうよ」 

 

八幡「はぁ。……そう言われても」 

 

他になんと呼べばいいというのか。 

 

陽乃「何でもいいよ。呼び捨てでも、ガハマちゃん風にはるのんでもいいよ」 

 

八幡「呼び捨ては無理ですし、由比ヶ浜風に呼ぶのも頭悪そうな感じで嫌です」 

 

陽乃「比企谷君、きついな。実は仲悪いの?」 

 

八幡「別に悪くないですけど、あのネーミングセンスは正直ないです」 

 

陽乃「あっはは、そうなんだー。でも、じゃあどうしようかな。めぐりみたいにはるさんでもいいし。 あ、お義姉ちゃんって呼んでもらえると、私的にポイント高いよ」 

 

八幡「はるさんは距離が近すぎると思います。あと、ポイントは貯まっても使えそうな気がしないのでいりません」 

 

何でポイント制が陽乃さんにまでうつってるんだよ。 

 

誰か俺のポイント貯めてる人いませんかー。いませんねー。了解でーす。 

 

陽乃「ふむ、しょうがない。無難に名前にさん付けってとこかな」 

 

八幡「そうですね。一番無難じゃないですか、雪ノ下さん」 

 

陽乃「強情だねぇ。でも、あんまり聞き訳が無いと……」 

 

八幡「どうするんですか」 

 

陽乃「雪乃ちゃんにあること無いこと言っちゃおっかなー」 

 

八幡「ぐっ……、いや、かまいませんよ」 

 

陽乃「およ、強気だね」 

 

八幡「雪ノ下は今でも言いたい放題ですから。今更、何を言われたって変わりませんよ」 

 

陽乃「あっはは、それもそうかぁ。しょうがない、この件は保留にしておいてあげる。今日のところはね」 

 

八幡「諦めてはくれないんですね」 

 

陽乃「だってぇ、好きな人には名前で呼んでもらいたいじゃない?」 

 

八幡「はぁ……」 

 

まだ引っ張りますか、それ。 

 

俺が呆れてため息をついたところで、陽乃さんの後ろに高級そうなセダンが止まった。 

 

陽乃「あ、来たね。じゃあ、比企谷君、帰り道気をつけて。また明日ね」 

 

八幡「……うっす」 

 

陽乃さんはバイバイと手を振って車の方へ乗り込んだ。 

 

例の黒いセダンではなかったのは陽乃さんの気遣いなのだろうか。 

 

 

続く

 

陽乃「……答えは、いつ出るの?」 八幡「……わかりません。だけど….」2/3【俺ガイルss/アニメss】 - アニメssリーディングパーク

 

 

 

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