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姫菜「はろはろ~ヒキタニ君。あけましておめでとう」【俺ガイルss/アニメss】

 

小町「そう、初詣行こ!」

 

八幡「行かん」

 

小町「何で!?」

 

八幡「あのな小町。初詣ってのは神様にお願い事をする行事だろ。だけど今まで神様が俺の願いを聞いてくれたことはない。だから行くだけ無駄なんだ」

 

小町「そういうもんじゃないでしょ! ほら、今年の抱負を宣言したりおみくじ引いたり!」

 

八幡「その行為になんの意味があるんだって。混雑してるとこに出掛けるなんて面倒くさいだけだ」

 

小町「そう言ってお兄ちゃん年が明けてから一回も外出してないじゃん。目だけでなく身体も腐っちゃうよ。もう三が日は過ぎたから混んでないってば」

 

八幡「うーん…………」

 

小町「それに小町もうすぐ受験でしょ。神頼みしとく方が気分的にもいいし」

 

八幡「わかったわかった。ちょっと準備するから待ってろ」

 

小町「うん!」

 

八幡(そんなに寒くはないが、適度に厚着をして玄関に向かう。小町はすでに靴を履いていた)

 

八幡「んじゃ行くか」

 

小町「うん! れっつごー!」

 

八幡(小町が元気よくドアを開ける。少し冷えた空気が流れてくるが、思った通りそこまで寒くはない)

 

八幡「そんなにはしゃぐもんでもないだろ」

 

小町「ううん、久々のお兄ちゃんとのお出掛けだもん! あ、今の小町的にポイント高い!」

 

八幡「へいへい」

 

八幡(まあ小町がはしゃぐのもわからんでもない。今までなんだかんだ理由を付けて出掛けるのを断ってたからな。小町も思うところがあるのだろう)

 

小町「えへへー、えいっ」

 

八幡(ぎゅっと腕を組んでくる小町の表情は久々に見る満面の笑顔だった)

 

八幡「そういや小町は去年何を願ったんだ? 叶ったか?」

 

小町「あ、えーと…………お兄ちゃんに、友達ができますように、って……」

 

八幡「っ……そ、そうか。でも俺なんかじゃなくちゃんと自分のために祈れよ」

 

小町「うん……」

 

八幡(小町が少し顔を伏せてふさぎ込む。別に小町が悪いことをしたわけでもないのに)

 

八幡(二学期は色々あった。本当に色々と)

 

八幡(当然良いことばかりでなく、悪いこともだ。むしろ上げて落とされたら心情的にはマイナスだろう)

 

八幡(俺にも、できたのかもしれないと思った友達。仲間。居場所)

 

八幡(…………奉仕部)

 

八幡(その奉仕部と俺は今ぎくしゃくした仲にある)

 

八幡(文化祭やら修学旅行やら生徒会長選挙やら)

 

八幡(俺は…………)

 

小町「お兄ちゃん…………」

 

八幡(知らず知らず考え込んでしまったようで、小町が不安そうな表情で声を掛けてくる。いかんいかん、小町にはなんの関係もないのに)

 

八幡「俺は大丈夫だから、な。小町は受験のことを気にしてろ」

 

小町「うん…………」

 

八幡(しばらくするといつも行っている神社の鳥居が見えてきた。この辺りでは割と大きい方なのでまだ人も多い)

 

八幡「お、学業成就の御守りも売ってるな。あとで買っていこうぜ」

 

小町「うん!」

 

八幡(空元気かどうかはわからないが、小町が大きく返事をした)

 

八幡(しばらく参拝の列に並び、番が来て二礼二拍手一礼。願い事は…………まあ一応しておいた。期待はしてないが)

 

八幡「せっかくだから甘酒かなんか飲んでいくか?」

 

小町「お。お兄ちゃんわかってるねー。確かあっちに売ってたよ」

 

八幡(そういって出店に近付いた時だ)

 

??「や、やめてください…………」

 

八幡(か細い声が店の裏手から聞こえた気がした。小町にも聞こえたようで、二人でひょいと覗いてみる。そこは少し開けていて一斗缶で焚き火が行われていた)

 

八幡(くつろげるようにベンチや椅子が用意されていたが、そこで着物姿の女性が酔っ払いに絡まれているのが目に入る)

 

小町「うわ…………お、お兄ちゃん、助けてあげてよ」

 

八幡「え、俺?」

 

八幡(何で俺が見知らぬ人を助けなければならないんだ? もう、厄介事はごめんだ…………)

 

八幡(だけどその女性と目が合ってしまい、懇願されるような視線を向けられたらさすがに無視はできなかった)

 

八幡「小町、ちょっと離れてろ。一旦別行動だ」

 

小町「え、う、うん」

 

八幡(俺はつかつかと酔っ払い達に近寄る。その酔っ払いがこっちに気付くと同時に俺は両手を振り上げた)

 

パァン!!!!

 

八幡(思った以上に大きな音が響き渡る。自分でもびっくりしたほどだ)

 

酔っ払い「うわっ! わわっ」

 

八幡(俺の手を叩いた音に酔っ払いは驚いてのけぞり、ベンチからずり落ちる。その隙に俺は女性の手を取り、その場から連れ出した)

 

八幡(ちら、と振り向くと、相当酔いが回っていたのか酔っ払いは足元が覚束ないようだ。追いかけてきたりはしなかったので、ある程度離れたところで足を止める)

 

着物姿の女性「え、えっと」

 

八幡(そこで戸惑ったような声が聞こえた…………って、手を繋ぎっぱなしだった!)

 

八幡「す、すいませんでした!」

 

八幡(俺は慌てて手を離し、その場からダッシュで立ち去る)

 

着物姿の女性「あ、ちょっと…………」

 

八幡(呼び止められた気もしたが、周りに痴漢とか思われてもつまらない。これ以上厄介なことになる前に逃げるに限る)

 

八幡(入口の方まで早足でやってくると、鳥居の下で小町が手を振っていた)

 

小町「んー、さすがお兄ちゃん! かっこよかったよ!」

 

八幡「そんなことねえだろ…………女の人を引っ張っただけだし」

 

小町「いやいや、なかなかスマートだったよー。あの手を鳴らすのは渚くんのやつ?」

 

八幡「ああ、読んでてよかった暗殺教室

 

八幡(こっそり練習しただなんて言えないが)

 

小町「うんうん。年始から良いことをしたお兄ちゃんにはきっといいことあるよー。願い事も叶っちゃうかも」

 

八幡「だといいがな…………ってそうだ。小町の御守り買わねえと」

 

小町「あ、大丈夫。お兄ちゃんがあの女の人を連れ出したあとに買ったよ」

 

八幡「そうか、んじゃとっとと帰ろうぜ」

 

小町「うん!」

 

八幡(小町が俺の腕を掴むのを確認し、俺達は歩き出した)

 

八幡(しかしちょっと外に出ただけでゴタゴタに巻き込まれるとは…………これだから外出したくないんだ)

 

八幡(でも、まあ、うん。人一人を助けられたことはよしとしとこう)

 

八幡(はてさて。いよいよ今日は始業式である)

 

八幡「行きたくねえ…………」

 

小町「ちょっとお兄ちゃん、朝からそんな暗い声を聞かされる小町の身にもなってよ」

 

八幡「そうだな……こんな暗い顔と腐った目もみたくないだろうし、俺は部屋に戻って二度寝してるわ」

 

母親「はいはい。馬鹿なこと言ってないでさっさと朝ご飯食べて準備しなさい」

 

八幡「はあ……いただきます」

 

八幡(トーストを手に取り、バターを塗ってかぶりつく)

 

小町「じゃ、行ってきまーす」

 

八幡「ます」

 

八幡(元気な小町とは対象的に小さく挨拶をする俺。むしろ声を出しただけでも大したものだと思ってほしい)

 

小町「それじゃ、お兄ちゃんよろしくー」

 

八幡「へいへい」

 

八幡(小町が荷台に乗ったのを確認し、俺は自転車のペダルを漕ぎ出す)

 

八幡(少し久々の通学路。天気も良く、風もない。しかし俺の心は晴れやかではなかった)

 

小町「…………ねえ、お兄ちゃん」

 

八幡「ん、なんだ小町?」

 

小町「その、上手く言えないけどさ、小町に何かできることがあったら遠慮なく言ってね」

 

八幡「…………ああ」

 

小町「絶対だからね」

 

八幡「わかったわかった。でもな小町、一つ言っておくが」

 

小町「なに?」

 

八幡「お前がいてくれるだけで充分だから。俺は」

 

小町「…………うん」

 

八幡(小町は小さく返事をして、ぎゅっと俺に抱きついてくる)

 

八幡「むしろ小町こそ俺にしてほしいことあったら言えよ。お前は受験間近なんだから」

 

小町「はーい」

 

八幡(うん。なんだか少しだけ心が軽くなった気がする)

 

八幡(小町を中学校の近くまで送り、総武高校へと向かう)

 

八幡(この期に及んで俺はまだ悩んでいた。もちろん奉仕部のことだ)

 

八幡(俺達の…………いや、俺と奉仕部二人の間がぎくしゃくしているのはもう避けられない事実なのだ。だからそれはいい。問題はそれを受けて俺は果たしてどうすべきなのか)

 

八幡「なんて考えたところで、もう答えは出てるよな…………」

 

八幡(とことん話し合うか、決別するか。つまるところその二択だ)

 

八幡(だけど話し合えるならとっくにそうしてる。むしろそれをせずにずるずるとここまできたのが間違いだったのだろう。ならば…………)

 

八幡「……………………」

 

八幡(俺は心の中で覚悟を決め、ペダルを踏む力を少し強めた)

 

八幡「セーフ」

 

八幡(教室に入るとすぐに担任がやってきた)

 

八幡(心の中でかっこつけたものの、ようするに遅刻ギリギリだったので自転車のペースを早めただけである)

 

彩加「おはよ、八幡」

 

八幡「おう、おはよう戸塚。元気にしてたか?」

 

八幡(始業式のために体育館へ向かう途中、戸塚が声を掛けてきた)

 

彩加「うん。今年は家族みんなで初日の出を見に行ったんだよ。写真撮ったからあとで八幡にも見せてあげる」

 

八幡「へえ、そいつはすごいな。俺は元旦は家から出なかったわ」

 

彩加「あはは、八幡らしいね」

 

八幡(戸塚は屈託なく笑った。なんて眩しい笑顔なのだろうか。俺達は雑談をしながら体育館へと向かう)

 

八幡(始業式が始まったが、正直どうでもいい話が続く。どうして校長先生ってのはああも喋りたがるんだろうか?)

 

八幡(ひょっとして喋った文字数分だけ給料が出るの? だからここぞとばかりに喋ってるの?)

 

八幡(そんな他愛もないことを考えているうちに始業式は終わった。あとは教室に戻ってHRで今日の行事は終わりだ)

 

八幡(そう思って体育館を出たところで由比ヶ浜と出くわす)

 

結衣「あ…………」

 

八幡「………………よう」

 

結衣「う、うん、久しぶり…………」

 

八幡(やはりぎこちない会話になってしまう。というか会話が続かない)

 

八幡「……んじゃな」

 

結衣「うん。その、また部室で…………」

 

八幡(…………部室で、か)

 

八幡(HRも終わり、だべっているクラスメイトを尻目に俺は真っ先に教室を出て行く)

 

八幡(といっても奉仕部部室に向かうわけではない。俺が向かっているのは職員室だ)

 

八幡(が、たどり着くより先に目当ての人物を見つけた)

 

平塚「お、比企谷じゃないか。元気にしてたか?」

 

八幡「ええまあ。ところで先生。ちょっとよろしいですか?」

 

平塚「ん、何だ?」

 

八幡「奉仕部の事でお話が……」

 

平塚「そうか…………なら一度職員室に来たまえ。私の席で聞こう」

 

八幡「わかりました」

 

平塚「先に言っておくが、雪ノ下にはもう部室の鍵は貸しておいたから鉢合わせすることはない。安心したまえ」

 

八幡「…………はい」

 

八幡(ちょっと真剣な内容になると判断したのだろう。前もって平塚先生は俺にそう言ってきた)

 

平塚「そっちの椅子に座りたまえ。ああ、そこの先生はもう部活に行ったから問題ない」

 

八幡「わかりました」

 

八幡(促され、俺は平塚先生の隣の席の椅子に座り、平塚先生に向き直った)

 

平塚「で、話というのは何かね?」

 

八幡「はい。俺は今日限りで奉仕部を辞めさせていただきます」

 

平塚「…………一応理由を聞いておこうか」

 

八幡「現状の奉仕部に俺はいない方がいいからですよ。雰囲気も悪くなるし、あれじゃ相談にくる生徒も来なくなります」

 

平塚「面倒くさくなったから、とかではないのか?」

 

八幡「そういうのも理由にあればいいんですけどね…………残念ながらちょっと前までの奉仕部は悪くないと思ってました」

 

平塚「ほう、比企谷の口からそんな言葉が聞けるとは…………」

 

八幡「だけど今の奉仕部に俺がいたら駄目です。雪ノ下も、由比ヶ浜も、俺がいない方がいい」

 

平塚「本気で言っているのか?」

 

八幡「冬休み中に考えて出した答えです」

 

平塚「そうか。君達なら何があっても大丈夫だと踏んではいたのだが…………」

 

八幡「いえ、大丈夫な方法もあったのでしょう。ただ俺達がその方法を取らなかっただけで」

 

平塚「ふむ、説得を受け付けるような感じでもなさそうだな…………なら、仕方ないか。いいだろう、退部を認めよう」

 

八幡「え、い、いいんですか?」

 

八幡(自分から言い出したものの、あっさりと受け入れられたことに俺は驚いた)

 

平塚「やる気のない者をいさせても仕方あるまい」

 

八幡「殴ってでも止めてくるものかと思いましたけど」

 

平塚「私を何だと思ってるんだ。生徒の自主性は重んじるさ」

 

八幡「強制的に奉仕部に入部させた事を忘れるなんて、先生もそろそろ物忘れするような歳……」

 

平塚「憤ッ!」

 

八幡(首筋に風が吹き抜けた。そこに伸びた先生の腕がゆっくりと戻されていく)

 

平塚「次は視神経を切るぞ」

 

八幡「く、首筋に視神経はありませんから!」

 

八幡(怖いよ! 指先がちゃんと紐切りの形になってるし!)

 

平塚「だが、そうだな…………三日だ」

 

八幡「え?」

 

平塚「明日から数えてあと三日間、奉仕部部員として活動したまえ」

 

八幡「何の意味があるんですかそれ?」

 

平塚「奉仕部を辞めたらもう言いたくても言えなくなることもあるだろう? ならたっぷり発つ鳥跡を濁していくといい」

 

八幡「教師の言葉とは思えませんね…………」

 

平塚「なぁに。案外雨降って地固まる、かもしれんぞ」

 

八幡「はあ、わかりましたよ。今週いっぱいはお勤めさせていただきます。ても期待に添えるようなことはないですから」

 

平塚「ん、よろしい」

 

八幡(こうして俺は、本来もう行かないはずの部室にもう少しだけ通うことになった)

 

八幡「…………」ガラガラ

 

八幡(無言でドアを開けると、雪ノ下と由比ヶ浜がこちらに目線を向ける)

 

八幡「…………うす」

 

雪乃「……こんにちは」

 

結衣「……や、やっはろー」

 

八幡(やはりどことなくぎくしゃくしてしまう。が、この雰囲気も今週までだ。俺はいつもの席に座る)

 

雪乃「…………比企谷くん。紅茶はいるかしら?」

 

八幡「え? ああ、すまん、コーヒー買って来ちまったから今はいいや。ありがとな」

 

雪乃「いえ…………」

 

八幡(やはりぎこちない。俺が礼を言うし、雪ノ下もそれに突っ込まないし)

 

結衣「うう…………」

 

八幡(由比ヶ浜もなにやらオロオロしている。悪いな、今週いっぱいの辛抱だから)

 

八幡(とりあえず手持ち無沙汰なので、俺はカバンから読み途中の本を取り出す。しかしそこで部室のドアがノックされた)

 

雪乃「はい、どうぞ」

 

八幡(おいおい、まさかこんな始業式の日から依頼があるのか? 勘弁してくれよ)

 

姫菜「や、やっほー」

 

結衣「あれ、姫菜じゃん。どうしたの?」

 

八幡(海老名さんとはこれまた珍しい客だ。俺は椅子を用意してやる)

 

八幡(しかし海老名さんは用意された椅子に座らず、その場で立ち尽くしていた。え、なに? 俺の用意した椅子には座りたくないとか?)

 

結衣「姫菜、どうしたの?」

 

姫菜「えっと、その…………ご、ごめんなさい!」

 

八幡(海老名さんはしばらく逡巡していたが、突然その場に膝を付いて頭を下げた。いわゆる土下座の体勢だ)

 

結衣「ちょ、ちょっと姫菜! どしたの!? 起きてよ!」

 

雪乃「え、海老名さん!? 頭を上げてちょうだい!」

 

八幡(珍しく雪ノ下もうろたえて、由比ヶ浜と二人で駆け寄って海老名さんの身体を起こそうとする。が、頑なに海老名さんは頭を下げ続けた)

 

姫菜「ううん! 私が悪いの! だから!」

 

雪乃「ひ、比企谷くん、あなたも手伝いなさい」

 

八幡「いや、そんなこと言われても…………女子の身体に触れるのはちょっと」

 

雪乃「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」

 

姫菜「ごめんなさいヒキタニくん! 私だったらいくらでも頭を下げるから、だから、奉仕部を辞めるとか言わないで!」

 

結衣「え…………」

 

雪乃「え…………」

 

八幡「…………」

 

八幡(雪ノ下も由比ヶ浜も海老名さんの言葉に固まり、どうしたらいいのか迷っている様子だ。だけどとりあえず話ができるようにしないと)

 

八幡「その、海老名さん。とりあえず椅子に座ってくれないか。でないとどうにもなんねえからさ」

 

姫菜「う、うん」

 

八幡(俺が呼び掛けると海老名さんは身体を起こし、素直に椅子に座る。それを見て雪ノ下も由比ヶ浜も元の位置に戻った)

 

雪乃「それで、その、比企谷くん。あなたが奉仕部を辞めると言うのは本当なのかしら?」

 

八幡「…………ああ」

 

結衣「何で!? どうしてヒッキーが辞めちゃうの!?」

 

八幡「心当たりならいっぱいあんだろ」

 

結衣「う…………」

 

八幡「というかどうして海老名さんが知ってるんだ? もしかしてさっき…………」

 

姫菜「うん……私も職員室に用事があって、その時に」

 

八幡「そうか……でも別に海老名さんには関係ないことじゃないか?」

 

姫菜「あるよ! だって私が修学旅行のときにあんなことをさせちゃったせいで、みんなの仲が…………」

 

八幡(海老名さんはそこまで言って言葉に詰まり、俯いてしまう)

 

八幡「いや、それは海老名さんのせいじゃないから。後先考えずにあれが最善だと勘違いした俺が悪いだけだから、な?」

 

八幡(慌てて俺はフォローを入れ、雪ノ下の方を向いて同意を求める。しかし雪ノ下はゆっくりと首を振った)

 

雪乃「いいえ。あれは奉仕部として依頼を受けておきながら結局何も出来ていなかった部長の私の怠慢のせいよ。ごめんなさい海老名さん」

 

姫菜「そんなことない! そもそも私が依頼をせずに自分でちゃんとしていれば!」

 

雪乃「いえ、私の落ち度よ。比企谷くんに原因があったとしても、その責は部長の私にもあるわけだし」

 

姫菜「違うよ! 私が!」

 

雪乃「いいえ。私が」

 

八幡「はいはい、落ち着けお前ら」

 

八幡(少しヒートアップしてきた二人の間に割って入り、手をぱんぱんと叩く)

 

八幡「とりあえず一番悪いのは俺ってことにしとけ。そうすれば丸く収まるから」

 

姫菜「ううん。ヒキタニくんは悪くないって!」

 

雪乃「部員の責任は部長の責任でもあるのよ」

 

結衣「あーもう! あたしのせいってことでいいから一回落ち着こうよ!」

 

八幡「そうだな。じゃ、悪いのは全部由比ヶ浜な」

 

結衣「えっ?」

 

雪乃「由比ヶ浜さん。どう責任を取ってくれるのかしら?」

 

結衣「えっ? えっ?」

 

姫菜「結衣、ちゃんと何とかしてよね」

 

結衣「えっ? えっ? えっ?」

 

八幡「………………ぷっ」

 

雪乃「………………くすっ」

 

姫菜「………………ふふっ」

 

八幡(三人が同時に吹き出し、そのあと大きな笑いが起こった。最初はそれにむくれていた由比ヶ浜だったが、すぐにつられて笑顔になる)

 

八幡(ああ、久しぶりだな、こんな空気…………)

 

八幡「うん、まあ、あれだ、何というか…………」

 

八幡(ひとしきり笑ったところで俺は話を切り出す)

 

八幡「俺のせいでみんなに迷惑をかけてばかりで、独りよがりばっかりして、俺なんか奉仕部にいない方がいいだろ。だから俺は奉仕部を辞めることにした」

 

結衣「そんな! ヒッキーの独りよがりなんかじゃないよ!」

 

八幡「文化祭の時にさ、みんな色々言ってきたよな」

 

結衣「あっ…………」

 

八幡「修学旅行の時も、生徒会長選挙の時も、みんなに散々言われた。俺は良かれと思って行動したことなのにさ…………結局俺が何をしても意味はないんだ。むしろ悪くしてしまっているかもしれない」

 

結衣「そんなことないよ! いろはちゃんが生徒会をしっかりまとめてクリスマスイベントを成功させたのもヒッキーがいろはちゃんを推薦したからでしょ!」

 

八幡「俺が邪魔をせずに雪ノ下が生徒会長になっていたとしても成功してただろ。そもそも一色は最初は生徒会長になりたくなかったわけだし」

 

結衣「う…………」

 

八幡「面倒くさいとか動きたくないとかそういうことじゃないんだよ。考えた上で俺は奉仕部にいない方がいいと思ったんだ。だから海老名さんが気に病むようなことじゃない」

 

八幡(話し始めてからまた俯いてしまった海老名さんに声を掛ける。しかし海老名さんの顔は晴れなかった)

 

姫菜「…………ごめんね、ヒキタニくん」

 

八幡「だから謝るようなことじゃ……」

 

姫菜「ヒキタニくん、知ってる? 最近私達のグループ、結構微妙になっちゃってるの」

 

八幡「え、そうなのか?」

 

八幡(由比ヶ浜の方を向くと、少し困ったような表情をしていた)

 

結衣「うん…………その、優美子がさ、隼人君に告白して、隼人君はそれを断ったんだけど」

 

八幡「えっ!? マジで!?」

 

雪乃「三浦さんも思い切ったわね…………」

 

結衣「それがクリスマスイベントのあとのことなんだけどね、なんか集まりづらくてさ…………」

 

八幡「そうだったのか……」

 

八幡(クラスの様子を見てたらわかるのかもしれなかったが、今日は自分のことでいっぱいいっぱいだったしな)

 

姫菜「せっかくヒキタニくんが守ろうとしてくれたグループなのに、こうなっちゃって…………ううん、そのことは仕方ないんだけど、ヒキタニくんの行為を無駄にさせちゃって…………ごめんなさい!」

 

八幡(そう言って海老名さんはまた頭を下げた。これだと困ったことにいくら言っても納得しないだろう)

 

八幡「わかった。確かに海老名さんにも責任はある。ならお詫びとして俺の頼みをひとつ聞いてくれ」

 

雪乃「比企谷くん!?」

 

結衣「ヒッキー!?」

 

姫菜「いいの結衣。うん、私にできることだったら何でもするよ」

 

八幡「あー……この二人と仲良くしてやってくれ」

 

姫菜「え?」

 

八幡「由比ヶ浜は寂しがり屋ですぐ駄々をこねるし、雪ノ下はコミュ障だからな」

 

結衣「ちょっとヒッキー! どういうことだし!?」

 

雪乃「コミュニケーション障害の最たるあなたに言われたくないわよ」

 

姫菜「クスッ、でもそんなのお願いにならないよ。元からそうだもん。ね、結衣?」

 

結衣「姫菜……うん!」

 

姫菜「もちろん雪ノ下さんも。これからもっと仲良くしようね?」

 

雪乃「え、ええ。こちらこそよろしくお願いするわ」

 

八幡(キマシタワー、ってか)

 

姫菜「だから別のお願いごとでいいよ。ヒキタニくんの言うこと、なーんでも聞いてあげる」

 

八幡「な、何でも?」ゴクリ

 

結衣「ちょっとヒッキー! 何考えてんの!?」

 

雪乃「セクハラ谷くん、そのいやらしい視線をすぐにやめなさい」

 

八幡「か、考えてねーし見てねーよ!」

 

姫菜「えー、でも私結衣ほど胸大きくないし雪ノ下さんほど腰くびれてないよ」

 

八幡(そう言って海老名さんは服の上から自分の身体を撫で回した。身体の線が出てつい目を逸らしてしまう)

 

結衣「ちょっと! 姫菜!」

 

姫菜「ごめんごめん。ヒキタニくんも怒らないで。ね?」

 

八幡「別に怒ったりはしてねえけどさ…………」

 

姫菜「ま、一応エロい事は無しってことで。私は別にいいんだけど結衣達の手前、ね」

 

八幡「なんかガハラさんみたいなセリフになってるぞ」

 

姫菜「あー、じゃ、あれを言ってみようか?」

 

八幡「あん?」

 

姫菜「ヒキタニくん、彼女が欲しかったりしない?」

 

雪乃「!?」

 

結衣「なっ!?」

 

八幡「…………欲しいって言ったら、どうなるんだ?」

 

姫菜「ヒキタニくんに彼女が出来る。それだけのことだよ」

 

八幡「…………」

 

姫菜「…………」

 

結衣「ひ、姫菜! 駄目だよ! そんな!」

 

雪乃「そうよ、考え直しなさい海老名さん。そんな腐った目をした男なんて」

 

結衣「ヒッキーと付き合ったりなんかしたら大変だよ! ひねくれてるし鈍感で気が利かないし!」

 

雪乃「さっきも言ったようにコミュニケーション障害も患っているから苦労するだけよ。悪いことは言わないからやめておきなさい」

 

八幡「お前ら…………」

 

姫菜「あっはっはっ」

 

八幡「いや、海老名さんも笑ってないで…………」

 

姫菜「うん、ごめんごめん。心配しないでいいよ二人とも。今のは某アニメのやりとりを真似しただけだから」

 

結衣「え…………べ、別に心配なんてしてないし!」

 

雪乃「私はただ海老名さんの身を案じていただけで…………」

 

姫菜「うんうん」

 

八幡(海老名さんは何やら微笑ましいものを見る目で笑っている。というかそういうやりとりだとわかっていてもドキドキしてしまったぞ)

 

八幡「あー、じゃあ『はや×はち』を考えるのをやめてくれないか?」

 

姫菜「ひどい! ヒキタニくんは私に死ねっていうの!?」

 

八幡「そこまでのことなのかっ!?」

 

姫菜「うえーん結衣ぃ、ヒキタニくんがイジワルを言うの」

 

八幡「待って待って。むしろこの場合被害者は俺だよね?」

 

姫菜「それだけは、それだけは勘弁してぇ。財布なら渡すしエロいこともしていいからぁ」

 

八幡「優先順位がおかしすぎる!」

 

姫菜「でも、うん。それがヒキタニくんの頼みなら仕方ないよね…………頑張ってみる」

 

八幡「お、おう」

 

八幡(そこまでのことなのかよ…………まあもし『とつ×はち』だったら歓迎だったんだが)

 

姫菜「じゃあ代わりにヒキタニくんには一個私のお願いを聞いてもらいます」

 

八幡「何でだよ。俺の頼みを一個聞くって話だったろうが」

 

 

姫菜「私の『はや×はち』封印にはそれだけの代償が必要なんだよ」

 

八幡「ええー…………ま、とりあえず言ってみろよ」

 

姫菜「奉仕部をやめないで」

 

雪乃「!!」

 

結衣「!!」

 

八幡「…………それは」

 

姫菜「うん、わかってる。これがヒキタニくんに対して物凄く迷惑なことだってのは。だってヒキタニくんが真剣に考えて出した結論だもんね」

 

八幡「だったら……」

 

姫菜「たぶんさ、今の私の気持ちって修学旅行のあの時のヒキタニくんとおんなじだと思うんだ」

 

八幡「……!」

 

八幡(修学旅行の、あの時の気持ち…………自分には無関係なグループなのに、それが壊れてほしくないってことか…………?)

 

八幡「いや、しかし…………」

 

姫菜「もし、このお願い聞いてくれなかったら、恐ろしいことが起こるよ…………ううん、私が起こすよ」

 

八幡「何をするつもりだよ…………ちょっとだけ考えさせてくれねえか?」

 

姫菜「うん。今週いっぱいは奉仕部に来るんだよね? だったらそれまでに、ね」

 

八幡「ああ…………なあ、雪ノ下」

 

雪乃「な、なにかしら?」

 

八幡「ちょっと今日は帰っていいか? 色々考えたいし疲れたし」

 

雪乃「え、ええ。構わないわよ」

 

八幡「悪いな。そんじゃ」

 

八幡(俺はカバンを掴み、逃げるように部室をあとにした)

 

結衣「ね、ねえ姫菜。なんで姫菜はヒッキーを引き留めようとしてくれるの?」

 

姫菜「あれ、余計なお世話だったかな?」

 

結衣「ううん。確かに最近雰囲気はあまり良くなかったけど…………それでもあたしはヒッキーに奉仕部を辞めてほしくない」

 

姫菜「うん、だよね。雪ノ下さんもそうでしょ?」

 

雪乃「わ、私は……」

 

姫菜「そしてたぶんヒキタニくんもそう。理性では辞めるべきだって思ってても感情はここにいたいはずたよ」

 

結衣「だといいんだけど…………」

 

姫菜「私ヒキタニくんには恩があるからねー。恩返しってわけじゃないけど、私がヒキタニくんにとって奉仕部に留まるだけの理由になれればいいなって思ってる」

 

雪乃「ごめんなさい海老名さん。奉仕部の問題に巻き込んでしまって」

 

姫菜「やだなー、これは私の方から首を突っ込んでるんだよ。それにさっきも言ったけど私もこうなっちゃった原因のひとつなんだからさ」

 

雪乃「だからそれは」

 

姫菜「それに、友達が困ってるなら首突っ込んじゃうのも当たり前だし」

 

雪乃「海老名さん…………」

 

姫菜「ま、失敗しても許してね」

 

雪乃「ええ。というか私達はその『許す』という行為を比企谷くんに向けるべきだったのよねきっと」

 

結衣「ゆきのん……」

 

雪乃「何も出来なかった私が許すというのは烏滸がましいのはわかっているわ。でも間違ったことをしたのではないかと思っていた比企谷くんに必要だったのはきっとそれだったのよ…………」

 

姫菜「じゃあさ、話し合ってみようよ。なあなあにしたり逃げたりしたりせずに」

 

雪乃「…………そうね。それでも比企谷くんの気持ちが変わらなかったらそれはもう仕方のないことだわ」

 

結衣「そうだね。このまんま何となく離れるよりはその方がいいよね」

 

姫菜「今にして思えば優美子ももう中途半端な関係が嫌だったのかも。だから思い切って行動に出ちゃったのかな」

 

結衣「やらずに後悔するよりやって満足ってやつだね!」

 

雪乃「由比ヶ浜さん、ちょっと違うわよ…………」

 

八幡「たでーまー」

 

小町「あ、お、お帰りお兄ちゃん」

 

八幡(リビングから顔を出した小町に手を振り、俺は部屋で着替える)

 

八幡「はあ……」

 

八幡(ぼふっとベッドに倒れ込む。眠くはないが、精神的に疲れた)

 

八幡(…………何で)

 

八幡(何で海老名さんは関わってきたんだろうか?)

 

八幡(もしかして奉仕部を新しい居場所にしようとしてるとか? …………いや、ないな。意味がない)

 

八幡(頭の中に色んなことが渦巻いている。あんまり考え過ぎてるとパンクしてしまいかねないな)

 

八幡(といっても考えないことなどできるはずもなく、小町から夕飯の連絡が来るまで俺はずっと脳味噌を働かせていた)

 

八幡「いただきます」

 

小町「いただきます」

 

八幡(手を合わせ、小町の作った夕食を取り始める。うん、美味い)

 

小町「…………ねえ、お兄ちゃん」

 

八幡「ん?」

 

小町「お兄ちゃん、奉仕部辞めちゃうの……?」

 

八幡「…………俺の態度とか表情ってそんなに単純か?」

 

小町「わかるよそのくらい。小町が何年お兄ちゃんの妹やってると思ってるの?」

 

八幡「そっか」

 

八幡(正直自分だけで考えてても袋小路な気がするしなあ)

 

八幡「小町、受験勉強の邪魔して悪いけどちょっとだけ俺の話を聞いてくれないか?」

 

小町「おまかせあれ! むしろ相談してくれなきゃ気になって勉強どころじゃないし」

 

八幡「悪いな」

 

八幡(俺は簡単に昼のことを話した。平塚先生との会話と、奉仕部での出来事を)

 

八幡「なんつーか…………また迷ってしまってんだよなぁ。海老名さんも余計な真似してくれちゃって」

 

小町「そんなこと言わないの。その海老名さんもお兄ちゃんが内心まだ悩んでるのを見抜いて言ってくれたんでしょ」

 

八幡「つーかさ、何で海老名さんがここまで関わってくるのかがわかんねえんだよな」

 

小町「わかった! 海老名さんお兄ちゃんのこと好きなんだ!」

 

八幡「はん、これだから中学生は。何でもかんでも恋愛に結び付けやがる」

 

小町「えー。でも心当たりないんでしょ?」

 

八幡「あえて言うなら修学旅行の時のあれだが…………正直理由としては弱いよな、海老名さんの性格からして。いや、そこまで海老名さんのことを知ってるわけじゃないけど」

 

小町「そういえば小町って海老名さんと会ったことあったっけ?」

 

八幡「千葉村行ったときに会ってるが……あんまり関わってねえか」

 

小町「あの眼鏡かけた人だよね。ねね、お兄ちゃんから見て海老名さんてどんな人?」

 

八幡「ホモ好き。腐女子

 

小町「」

 

八幡「んで、あんまり自分の恋愛とかには興味ないっぽい」

 

小町「ああ。だから告白されるの嫌がってたんだね」

 

八幡「身近な人物からじゃ後々しこりも残りそうだしな」

 

小町「でもひどいよね! その依頼のせいでお兄ちゃんが余計な苦労や悪評を背負うことになってさ!」

 

八幡「いや、実際あれはもっと上手くやれてたんじゃないかと思う。あんな方法を取ってしまった俺が悪いんだ」

 

小町「でも! 雪乃さんや結衣さんは!」

 

八幡「落ち着けって。もうそのことは過ぎたことだしいいんだよ」

 

小町「良くないよ…………だってそういうのが積み重なって今の状況になっちゃってるんでしょ?」

 

八幡「あー……まあ。だけどとりあえず今はいいから」

 

小町「うん…………でも本当に海老名さんはどうしたいんだろうね? 望み通りお兄ちゃんが奉仕部に残ったとして何かメリットがあるの?」

 

八幡「自分達のグループが微妙になってて、他のグループにはそうなってほしくない…………みたいなことは言ってたけどな」

 

小町「ふうん…………ま、あんまりそのことを考えても仕方ないか。で、お兄ちゃんの今の気持ちはどうなの?」

 

八幡「わかんねえ。だからこうやって小町に話を聞いてもらってるわけだが…………」

 

小町「うん。相談してって言っといてなんだけど、こればっかりはお兄ちゃんが自分で結論出さないといけないことだし……ごめんね」

 

八幡「いや、話聞いてもらえるだけでもだいぶ違うから。ありがとな小町」

 

小町「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

八幡(腕を伸ばして頭を撫でてやると、小町は嬉しそうに笑った)

 

八幡「ま、もう少し時間はあるしな。ゆっくり考えてみるさ。何ならあいつらともうちょい話をしといたほうがいいかもしれんし」

 

小町「うん。でもお兄ちゃん、これだけは覚えておいて」

 

八幡「なんだ?」

 

小町「小町はいつだって、お兄ちゃんの味方だからね!」

 

八幡「…………ああ。ありがとう」

 

八幡(一晩経ったが結局結論は出ないままだ。うーむ…………おっと、いかん。下駄箱に着いたんだから上靴に履き替えないと)

 

姫菜「おはよーヒキタニくん。難しい顔してどうしたの?」

 

八幡「っ……! ああ、海老名さんか、おはよう」

 

姫菜「あ、ごめん突然声掛けて。びっくりした?」

 

八幡「あー大丈夫」

 

八幡(声を掛けられること自体がほとんどないからな。確かに驚きはした。というか海老名さんからこんなふうに挨拶してくるのって初めてじゃね?)

 

八幡「それじゃ、また」

 

姫菜「え、何で? 教室まで一緒に行こうよ」

 

八幡「えっ?」

 

姫菜「えっ?」

 

八幡(結局なし崩し的に海老名さんと教室に向かうことになった。なんつーか、距離感がよくわからんぞ…………)

 

姫菜「そういえばついに2012年になったね」

 

八幡(唐突に変なことを言ってくる海老名さん。いや、ネタはわかってしまうけどさ)

 

八幡「でもまさかの三部作か…………見に行くけどさ」

 

姫菜「あ、まだ見てないんだ。良かったら一緒に見に行く?」

 

八幡「…………前向きに考えとく」

 

姫菜「あはは、遠まわしの否定の言葉じゃないそれ」

 

八幡(というか思わせぶりなセリフはやめてほしい。勘違いしちゃうよ? いやまあリア充グループなら男女でも仲良く映画くらい見に行くのかもしれないけどさ)

 

姫菜「聞いたとこによるとメメラギが熱いらしいからねー。萌えるシーンが多々あるとか」

 

八幡「やめろ。俺はノーマルにロリショットに萌えに行くんだから」

 

姫菜「あっはっは…………うん、やっぱりヒキタニくんはいいね」

 

八幡「は? 何がだよ」

 

姫菜「私のこういう面を見ても引かずに普通に会話をしてくれる。会話に付き合ってくれる」

 

八幡(いや、多少は引いてるからね。メメラギとか俺は受け入れないからね)

 

八幡「まあ引かれることに関したら俺の方がベテランだからな」

 

姫菜「ふふっ、何それ。でも以前のヒキタニくんて私と話すときももう少し挙動不審だったよね」

 

八幡「他人と会話すること自体に慣れてねえからな。今だって噛んだりとかはしてないけど結構緊張してんだぜ」

 

姫菜「それは恋愛的な意味で?」

 

八幡「…………んなわけねえって」

 

姫菜「なーんだ、残念」

 

八幡「え?」

 

姫菜「あ、優美子だ。じゃ、ヒキタニくん、待たね」

 

八幡「え、あ、ああ」

 

八幡(海老名さんは廊下にいた三浦を見つけるとそっちに駆け寄っていった。俺はそれを見届けて教室に入る)

 

八幡(教室には葉山が戸部達と談笑していた。しかしそこに女子の姿はない)

 

八幡(なるほど。雰囲気はそれほど変わってないから言われなければ気付かれないだろうが、やはり三浦達が近くにいないのは不自然だな)

 

八幡(といっても俺に何かできるわけでもない。俺は自分の席に着き、HRが始まるまで机に突っ伏していた)

 

八幡(昼休み。いつもの場所。コンビニメシ。ぼっち。うん、落ち着く)

 

隼人「やあ、比企谷」

 

八幡(…………だってのに突然現れてなんなんだこいつは)

 

隼人「あれ? おーい比企谷」

 

八幡(無視無視)

 

隼人「ふむ…………なあ、比企谷」

 

八幡「……………………」

 

隼人「実は俺、同性愛者なんだ」

 

八幡「ぶふっ! はあっ!?」

 

八幡(思わず噴き出してしまい、葉山の顔を見る。しかしその表情はしてやったり、というものだった)

 

八幡「…………気を引くにしてももうちょっと何かあるだろ」

 

隼人「ははは、効果は抜群だったようだな。隣いいかい?」

 

八幡「海老名さんに見られたらまたいらんことを妄想されるぞ」

 

隼人「おや、それは君がやめさせたんだろ? 姫菜から聞いてるよ」

 

八幡「…………話くらいはしてんのか」

 

隼人「優美子のいないタイミングでだけどね。よっと」

 

八幡(結局俺の許可もないうちに葉山は隣に腰掛けてくる)

 

八幡「で、何の用だよ。親睦を深めようってわけでもあるまいに」

 

隼人「おや、駄目なのかい?」

 

八幡「そんな関係でもねえだろ俺達は」

 

隼人「これからそうなりたいと思うのはいけないことか?」

 

八幡「…………お前、本当にホモだったのか? だから三浦の告白も」

 

隼人「ははは、残念ながらノーマルさ。優美子を断ったのもちゃんと理由がある」

 

八幡「まあどうでもいいが……さっさと用件を言え。お前が俺を普通に呼ぶなんて何か企んでんだろ」

 

隼人「人聞きが悪いな。まあ君にとっては鬱陶しいことかもしれない」

 

八幡(葉山は笑っていた表情を突然引き締めた。そして少し身構える俺にそのまま頭を下げる)

 

隼人「比企谷、すまなかった」

 

八幡「………………何のことだよ」

 

隼人「一言では言い切れないほどの、色々なことさ」

 

八幡「心当たりがない」

 

隼人「あっても比企谷ならそう言うと思ってた。それに俺がこうするのを嫌がるだろうことも」

 

八幡「人の嫌がることをするなよ」

 

隼人「あいにく人の嫌がることを進んでしなさいと教わったものでね」

 

八幡「意味違うだろうが」

 

隼人「ははは」

 

八幡(そこでようやく葉山は顔を上げた。まったく、こんなところを誰かに見られたらまた変な噂が立つぞ)

 

隼人「ま、ケジメみたいなものさ。自分勝手ですまないが」

 

八幡「本当にな。俺の関わらないとこでやってくれよ」

 

隼人「そうもいかないさ。それにもうひとつ」

 

八幡「あん?」

 

隼人「比企谷、ありがとう」

 

八幡「………………」

 

隼人「くくっ。礼を言われるのも慣れてないみたいだな」

 

八幡「うるせえ。そもそも言われるようなことなんかしてないから呆然としただけだ」

 

隼人「二つとも俺の本心だよ。謝罪も礼も」

 

八幡「…………勝手にしろ」

 

隼人「ああ、勝手にするさ。本当ならもっと誠意を持ってちゃんとすべきなんだろうが、それは比企谷にとっても迷惑だろうから止めておくよ」

 

八幡「すでに迷惑だ」

 

隼人「はは、このくらいは受け入れてくれ。それじゃ、邪魔したな。また」

 

八幡「…………おう」

 

八幡(葉山は立ち上がり、手を振ってその場を去っていった)

 

八幡「………………」

 

八幡(…………あいつ、『また』って言ったか?)

 

八幡(さて、放課後になったわけだが…………やっぱり奉仕部行かなきゃ駄目だよなあ)

 

八幡(いろいろ決心したはずなのに怖じ気づいたり面倒くさくなっている俺がいるわけで)

 

八幡「まあ行くしかないんだけど」

 

八幡(俺は教室を出て部室に向かう)

 

八幡(雪ノ下がいる部室に俺が来て、しばらくして由比ヶ浜がやってくる)

 

八幡(いつもと同じような感じで、昨日よりはいくらか空気が軽い)

 

八幡(今なら自然に話し掛けられるかもしれない。そう思いながらも生まれ持った孤高の精神がそれを妨げる。いやまあただのぼっちのコミュ障なだけだが)

 

八幡(しかしそれは雪ノ下も由比ヶ浜も似たような感じらしく、チラチラと周囲の様子を窺っているのが容易にわかった)

 

八幡(この膠着状態をどうすればいいか、と考えていると、唐突にドアがノックされる)

 

姫菜「はろはろー」

 

八幡(雪ノ下が返事をする前に開いたドアから入ってきたのは海老名さんだった)

 

結衣「あれ、姫菜どしたの?」

 

姫菜「うん。ちょっと依頼があってね。いいかな雪ノ下さん?」

 

雪乃「え、ええ。でも今の私達に何かできることなのかしら?」

 

姫菜「うん。簡単なことだよ。一時間くらいで終わるかな」

 

結衣「え、なになに?」

 

姫菜「ちょっとヒキタニくんを貸して欲しいんだよね」

 

八幡「え、俺?」

 

姫菜「そう。ヒキタニくん、私と校内デートしよ!」

 

結衣「ちょ、ちょっと待ってよ姫菜! 何を言ってるの!?」

 

雪乃「…………ごめんなさい海老名さん、どうも耳の調子が悪いみたいなのよ。もう一度言ってもらえるかしら?」

 

姫菜「だから、少しの間ヒキタニくんとお話したいんだよ。いいかな?」

 

雪乃「ここでは話せないことなのかしら?」

 

姫菜「んー、そういうわけでもないけど。でもヒキタニくんがどうだかはわからないからさ」

 

八幡(え、なに、まさか俺の悪口大会とかでもすんの?)

 

結衣「で、でも一応部活中なわけだし、部員がいなくなるのはあんまり良くないんじゃないかなーって」

 

姫菜「あーそっか。それじゃやめとこうかな」

 

八幡(いやいや、誰とは言いませんが友達と約束あるからって部活に出ない人がここにいませんでしたかね? 由比ヶ浜さんとか結衣さんとかガハマさんとか)

 

姫菜「じゃ、お邪魔しました~」

 

八幡(海老名さんは手を振って部室を出て行った。何だったんだいったい…………あの様子だと大したことではないようだが)

 

結衣「ね、ねえヒッキー、姫菜は何の用で来たのかな?」

 

八幡「知らねえよ。その話を聞く前に追い返しといて何を言ってんだ…………」

 

結衣「そ、それはそうなんだけど」

 

八幡(なんだか毒気も緊張も抜けてしまった。もういいや、本でも読もう。俺はカバンから読みかけの小説を取り出して栞の挟んであるページを開く)

 

八幡(結局ろくな進展もなしにその日の部活は終了した。鍵を返却しにいく雪ノ下とそれに付き合う由比ヶ浜に一言だけの別れの挨拶をし、昇降口に向かう)

 

八幡(靴に履き替えて自転車置き場に行くと、近くのベンチからこっちに向かってくる影があった)

 

八幡「…………海老名さん」

 

姫菜「や、奇遇だね」

 

八幡「いやいや、こんな偶然ねえから」

 

姫菜「あはは、そうだね。ヒキタニくんこのあと暇?」

 

八幡「暇かって聞かれたら暇と答えるしかないな。予備校も今日はないし」

 

姫菜「そういえばサキサキと一緒の予備校なんだっけ。サキサキってどんな感じなの?」

 

八幡「いや、別に話したりするわけじゃないから…………というか俺に何か用なのか?」

 

姫菜「あ、うん。さっきも言ったけどちょっとヒキタニくんとお話したくてね」

 

八幡「聞きたいことでもあるのか?」

 

姫菜「まあ色々と。もう部活終わったならいいよね?」

 

八幡「…………まさかそのためにわざわざ待ってたのかよ?」

 

姫菜「え、うん」

 

八幡(あっけらかんと頷く海老名さん。何なんだいったい。本当に海老名さんの真意が読めない)

 

八幡(このまま考えるよりは本人から聞き出した方が早いだろう。俺は海老名さんに付き合うことにする)

 

八幡「わかったよ。一時間くらいだっけ? 長くなるならどっか行くか?」

 

姫菜「そうだね。それとついでにお願いがあるんだけど」

 

八幡「何だ?」

 

姫菜「私、男子と自転車の二人乗りってしたことないんだ。後ろ、乗せてくれないかな?」

 

八幡「…………それは」

 

姫菜「ダメ?」

 

八幡「と、友達に噂されたりすると恥ずかしいし」

 

姫菜「あはは! それヒキタニくんがヒロインになるじゃない! 大丈夫だって、もう薄暗いから遠くからじゃわからないし。そもそもヒキタニくんて友達あんまりいないじゃない」

 

八幡「まあいないけどさ…………ていうか海老名さんはいいのかよ、俺なんかで」

 

姫菜「おっけおっけ。レッツゴー」

 

八幡(俺は抵抗を諦めてサドルに、海老名さんは荷台に座る)

 

八幡「と、とりあえず、え、駅前のサイゼで、いいか?」

 

姫菜「うん。てかどうしてそんな緊張してるの?」

 

八幡「いや……女子と二人乗りなんて俺も初めてだから…………」

 

姫菜「あれ、妹さんをよく乗せてるって結衣から聞いてるけど」

 

八幡「妹を異性としてカウントはしねえよ」

 

姫菜「へえ。じゃ、私は異性として意識してくれてるのかな?」

 

八幡「当たり前だろ……海老名さん腐ってるけど性格も外見もいいし」

 

姫菜「ふふ、ありがとう。ヒキタニくんのそういう正直なところ、私好きだよ。じゃ、行こう」

 

八幡「え、お、おう」

 

八幡(あれ? 普通なら経験上キモいとかストーカーとか言われて引かれるはずなんだが)

 

八幡(俺はペダルを漕ぎ出した。海老名さんが俺の腰に腕を巻き付けてくる)

 

八幡(あれ? 女子と二人乗りで下校なんて、俺いつからリア充になったんだっけ?)

 

八幡(ライトを点灯させて気持ちゆっくり目に自転車を漕ぎ、校門を出る。そこを曲がったところで雪ノ下と由比ヶ浜に出くわす)

 

雪乃「えっ」

 

結衣「あっ!」

 

八幡(あー、面倒くさいな…………よし、突っ切ろう)

 

雪乃「比企谷くん!」

 

結衣「ヒッキー!」

 

八幡(呼び止めようとする二人を無視し、俺は自転車のスピードを落とさずに二人の脇を通過していった)

 

 

姫菜「ヒキタニくん、さっきから制服の中でスマホが震えてるよ」

 

八幡「どうせ由比ヶ浜からだろ。今出るわけにもいかねえし」

 

八幡(自転車に乗っている間の会話はそれくらいで、あとは二人とも無言だった。まあ単純に危ないしな)

 

八幡(サイゼに到着すると海老名さんが降り、俺は自転車を駐輪場に停める)

 

姫菜「ヒキタニくんご飯どうする? ここで食べてく?」

 

八幡「いや、うちで用意されてると思うから軽くつまむだけにしとく」

 

姫菜「それじゃ私もそうしようかな。家に連絡しとかないと」

 

八幡「あ、俺も」

 

八幡(そう言ってスマホを取り出すと、また着信があった。案の定由比ヶ浜だ)

 

八幡「…………なあ海老名さん、席取っとくからこの電話出てくれねえか?」

 

姫菜「あ、うん、いいよ。ヒキタニくんだとムキになっちゃうもんね結衣は」

 

八幡(俺は海老名さんにスマホを渡し、店内に入る)

 

八幡(まだ夕飯には早いためか客は少なく、広い席に案内された。しばらく待っていると海老名さんがやってくる)

 

姫菜「お待たせー。よっと」

 

八幡「いやいやいやいや、何で隣に座るんだよ」

 

姫菜「あ、ごめんごめん。間違えた」

 

八幡「嘘をつけ嘘を。あと間違えたなら早く離れてくれよ。色々勘違いしちゃうだろ」

 

姫菜「してくれてもいいのに。なんてね」

 

八幡「なっ…………」

 

八幡(海老名さんは笑いながら対面に座り直す。マジで惑わすのはやめてほしい…………)

 

姫菜「とりあえずドリンクバーと…………」

 

八幡「あ、もう注文しといたから。待ってるから取ってきていいぜ」

 

姫菜「おおー、ヒキタニくんデキる男じゃない。それじゃ先に行ってくるね。あと、はいこれ」

 

八幡(俺が差し出されたスマホを受け取ると海老名さんはドリンクバーを取りに行った。今のうちに小町にメールしとこう)

 

八幡(海老名さんと入れ替わりで俺もドリンクバーに行って飲み物を用意する。席に戻って一口飲んで喉を潤した)

 

姫菜「そうそう。結衣には『同性にはしにくい相談があるの』って言っといたから」

 

八幡「ああ。適当に口裏合わせとく…………で?」

 

姫菜「ん?」

 

八幡「いや、結局海老名さんの用件と目的は何なのかなと」

 

姫菜「ああ……ないよ」

 

八幡「え?」

 

姫菜「あえて言うならヒキタニくんとお喋りしたかったから、かな」

 

八幡「…………俺なんかと話してもつまらないだけだろ」

 

姫菜「そんなことないよー。結構的確なツッコミがきたりするしちょっとディープな話もできるし」

 

八幡「でも『はや×はち』は勘弁な」

 

姫菜「あはは、そういうとこだよ。ヒキタニくんキョドったりしなければいい話し相手だもん」

 

八幡「あいにくちょっと予想外の事を言われるとすぐに吃るぞ」

 

姫菜「それはそれで面白いからいいの」

 

八幡「人をオモチャみたいに言いやがって…………」

 

姫菜「ごめんごめん。怒らないで」

 

八幡「否定はしないのかよちくしょう」

 

八幡(まあ実際のところ海老名さんは話しやすい方だと思う。最たる理由は『恋愛をする気はない』みたいなことを言っていたからだろう。勘違いしないですむからな)

 

八幡(しばらくは益体もない世間話をしていたが、二回目のドリンクバーお代わりをしたところで俺は切り出す)

 

八幡「で、何で俺を誘ったんだ?」

 

姫菜「えー、何回も言ってるじゃない。ヒキタニくんと話してみたかったからだって」

 

八幡「だからそれの理由だよ。女子が俺と1対1で話したくなる理由なんか俺には思い付かないぞ。しかもこんな時期に」

 

八幡(クラス替え直後や知り合った直後というならまだわからないでもない。もしくは何かイベントがあったりとかだったら)

 

姫菜「んー…………」

 

八幡(海老名さんは何やら考え込んでいる。表情を見る限り、わからないのではなくどう言えばいいか思案している感じだ)

 

姫菜「じゃあ三択です。私がヒキタニくんと話してみたかった理由は次のうちどーれだ」

 

八幡(海老名さんは悪戯っぽく笑いながら指を一本立てる)

 

姫菜「いち。ヒキタニくんには恩があるからそれを返す方法を窺っているため」

 

八幡(うん、ありそうだな。だけど修学旅行の件にしては少し遅い気もする。保留で)

 

八幡(続いて海老名さんは二本の指を立てた)

 

姫菜「に。隼人くん達とのグループがなくなりそうなため、新しい居場所を探してて結衣のいる奉仕部に目をつけた。それの下調べのため」

 

八幡(時期だけで考えるなら納得いく。が、わざわざ奉仕部を選択するだろうか。それだと三浦を見捨てているし、そりの合わない雪ノ下のいる奉仕部に誘うとも思えない)

 

八幡(そして海老名さんは三本目の指を立てる)

 

姫菜「さん。私はヒキタニくんのことが恋愛感情とはいかないまでも気になり始めました」

 

八幡(実質二択か…………それっぽいこと言ってたし一番が正解な気がするな)

 

姫菜「ちなみに答え合わせはしないよ。どう思うかはヒキタニくんに任せとくね」

 

八幡「じゃあ三番ってことにしとくわ。モテる男はつらいぜ」

 

姫菜「あはは、うん、そうだね」

 

姫菜「ところでヒキタニくん、奉仕部はどうするの?」

 

八幡(海老名さんはいきなりストレートに聞いてきた。いや、むしろここまで話題にしなかったのが不自然かもしれないが)

 

八幡「正直まだ決めかねてる。優柔不断だと自分でも思うが」

 

姫菜「ううん。慎重になるのも無理ないかなとは思うけど…………でもさ、ヒキタニくんちょっと深刻に考え過ぎてないかな?」

 

八幡「え?」

 

姫菜「土下座までしちゃった私が言うのも何だけど、もうちょっと軽く考えていいと思うよ」

 

八幡「軽くって…………」

 

姫菜「だってさ、どの選択をしても取り返しつかないってわけじゃないんでしょ? 辞めないで残ったら今後辞められないってわけでもないし、辞めたあとに心残りがあったらまた入部すればいいじゃない」

 

八幡「…………」

 

姫菜「結衣や雪ノ下さんとの関係がその事で変わったとしても、今のままずるずる行くよりはマシじゃないかな」

 

八幡「あー…………」

 

八幡(正直海老名さんの言うことは少々的が外れている。俺にとってはそこまで単純な事じゃない)

 

八幡(が、それでも一つ思い付いたことがある)

 

姫菜「お、顔つきが変わった? 私の適当な言葉が何かのヒントになってくれたら嬉しいな」

 

八幡「適当なのかよ…………」

 

八幡(海老名さんはくすくすと笑う。くっ、可愛い! さすがトップカーストに属するだけのことはある)

 

八幡(正直海老名さんとの会話は楽しい。だけどそろそろ遅い時間だ。年頃の女子を連れ回すのも良くない)

 

八幡「そろそろ帰るか。結構な時間だぜ」

 

姫菜「あれ、本当だ。ヒキタニくんと話すのが楽しかったから気が付かなかったよ」

 

八幡「そんなお世辞言ったって何にも出ねえぞ」

 

姫菜「と言いつつそのこっそり伝票を掴む手は何かな? ヒキタニくんに奢ってもらう理由はないよ」

 

八幡「…………理由ならある」

 

姫菜「え?」

 

八幡「女子と二人でファミレスに来て奢らなかったら小町に怒られる。つまり海老名さんのためじゃない、自分のためだ」

 

姫菜「あはは、さすがのシスコンだね。じゃ、ゴチになっとく。このお礼は別の形で返すから」

 

八幡(俺は支払いを済ませ、店を出た。外はもうすっかり暗くなっていた)

 

姫菜「んーっ、ヒキタニくんとのお喋り楽しかった。次回も楽しみにしてるよ」

 

八幡「次回あんのかよ…………」

 

姫菜「もちろん。あ、学校とかじゃダメだよ。邪魔されないとこがいいからね」

 

八幡(それはまた二人でってことなんだろうか)

 

姫菜「じゃ、また明日ね」

 

八幡「あっ、え、海老名さん」

 

姫菜「ん? 何?」

 

八幡(思わず呼び止めてしまった。だけど、次の言葉がなかなか出てこない)

 

八幡(ここでこれを言わないとやはり小町に怒られると思い、なんとかセリフを絞り出す)

 

八幡「も、もう、暗いし、俺なんかで、良ければ、お、送っていこうか?」

 

姫菜「え……」

 

八幡(予想外だったか海老名さんがぽかんとする。や、やっぱり言わなければ良かったか)

 

八幡「す、すまん、調子に乗った。だけど、その、悪気や下心はないんだ。えっと…………」

 

姫菜「あ、ううん。ちょっとびっくりしただけだから。じゃ、お願いしちゃっていい?」

 

八幡「お、おう、任せろ。だけど俺が不審者として疑われた時は助けてくれよ」

 

八幡(俺がそう言うと海老名さんは吹き出した。腹を抱えて笑っている)

 

姫菜「あー、おっかしぃ……こんなに笑ったの久し振りかも」

 

八幡(暗い中の二人乗りは危険だろうと判断し、俺は自転車を押して海老名さんと並んで歩く)

 

姫菜「いやー、しかしヒキタニくんとこうやって二人で歩くことがあるなんて思わなかったな」

 

八幡「それは俺もだな」

 

八幡(今まで海老名さんとはそんなに接点がなかったし。いや、今でもあるかと言えば疑問は残るのだが)

 

八幡(アニメやラノベの話を女子とするという貴重な経験をし、そのうち大きな交差点に差し掛かる)

 

姫菜「あ、ここまででいいよ。この信号渡ったらもうすぐそこだから」

 

八幡「そっか。そんじゃ俺はこっちだな」

 

姫菜「うん、ばいばい。また明日ね」

 

八幡「ああ、また」

 

八幡(俺達は手を振り合いながら別れた。少し寒さに身をすくめながら俺は自転車を漕ぐ)

 

八幡「また明日、か…………」

 

八幡(家に帰り、待っていてくれた小町と夕飯を食っていると、思い出したように質問してきた)

 

小町「そういえばお兄ちゃん、野暮用って何だったの?」

 

八幡「あー、えっと……」

 

八幡(別に正直に言う必要はない。しかしわざわざ夕飯を待っていてくれた小町にそれは悪いか)

 

小町「あ、もしかして雪乃さんか結衣さんと一緒だったとか?」

 

八幡「いや、海老名さんとだ。ファミレスでダベってた」

 

小町「…………え?」

 

八幡(小町が驚いて固まる。ま、無理ないか)

 

小町「な、何で? 何で何で?」

 

八幡「さあ……? 俺が知りたいくらいだよ。教えてくれなかったけど」

 

小町「えっと、二人きりで?」

 

八幡「ああ」

 

小町「うむむ…………」

 

八幡(小町は何やら考え始めてしまった。多分答えなんか出ないと思うぞ)

 

八幡「少なくとも色恋沙汰ではないからな。俺と海老名さんだし」

 

小町「じゃ、じゃあ友達になりたいとか…………は無いか、お兄ちゃんだし」

 

八幡「声出して泣くぞちくしょう」

 

八幡(夕食を終えて部屋に戻ると、置きっぱなしのスマホが光っていた)

 

八幡(由比ヶ浜あたりからメールでも来たかと思ったが、差出人は見覚えのないアドレスだ。スパムメールか悪戯か…………という考えはすぐに打ち消された。俺は『海老名です』というタイトルのメールを開く)

 

『はろはろ~、海老名姫菜です。悪いと思ったんだけどスマホ借りた時にメルアドだけ見ちゃった。他のプライバシーは侵害してないから許して! 何でもするから!』

 

八幡(ん? 今何でもって…………そんで最終的にそのメールは次の文で締められていた)

 

『暇な時はメールも相手してくれると嬉しいな。それじゃまた』

 

八幡「うーむ、何て返信したらいいのかわからんぞ…………」

 

八幡(なぜか返信しないという選択肢は俺の中になく、悩んでいる。よし、こういう時の小町だ!)

 

八幡「おーい、小町。ちょっと相談があるんだが」

 

八幡(俺はまだリビングにいる小町に声を掛けた)

 

八幡(さて、昨晩は海老名さんとメル友になったわけだが)

 

八幡(どういうわけか今日の昼飯を一緒に食べることになってしまった…………何でだよ!?)

 

八幡(いやまあ大半は誘導していた小町のせいなんだけど。ファミレスでも二人だったし別にいいかとその時は思ったが、よくよく考えたら海老名さんは一人じゃないんだよなぁ)

 

八幡(由比ヶ浜は時々雪ノ下のところに行ってるが、三浦は確実にいる。うわー、男にフられたばかりの女子にどう絡んだらいいのかわからん…………というか三浦も迷惑だよな?)

 

八幡「やっぱり断るか…………」

 

姫菜「え、何を?」

 

八幡「うわっ!?」

 

姫菜「ヒキタニくんおっはー」

 

八幡「おはよう海老名さん…………いきなり背中から話しかけるのはやめてくれ。ぼっちは声掛けられるのに慣れてないんだ」

 

姫菜「いや、そんなこと言われても……下駄箱の前で何考え込んでるの?」

 

八幡「ああ、えっと、昼休みの件なんだが…………」

 

姫菜「あ、あれね。優美子もたまには有りかって言ってたから。心配いらないよ」

 

八幡「…………さいですか」

 

八幡(いきなり逃げ場がなくなった。まあなるようにしかならんか)

 

八幡(そしてやってきました昼休み)

 

八幡(というか俺はどうすればいいんだ? 自分からあのグループに話し掛けるのって難易度高すぎるぞ……………………よし、逃げよう)

 

八幡(そう思ってカバンからメシを取り出したところで、俺の机に弁当を乗せて持ってきた椅子に座る二人の影があった)

 

姫菜「はろはろ~、ここでいいよね」

 

優美子「ヒキオとなんてたまにはいいかもね。よろしく」

 

八幡「…………おう」

 

八幡(逃げるタイミングなかった……行動早過ぎだろ)

 

八幡(葉山グループや由比ヶ浜といった関わりの深い奴らはもう教室にいなかったが、それでも何人かはこちらをチラチラと窺っている)

 

八幡(まあ無理もない。トップカーストの女子と最底辺の男子って組み合わせだもんな)

 

優美子「そういや最近ヒキオと海老名って仲良いらしいね。何かあったん?」

 

八幡「いや、特には。というか仲良いってわけでも……」

 

姫菜「………………えー、仲良いじゃない。二人で自転車乗って下校したり二人でファミレス行ったり」

 

八幡(『二人で』ってのを連呼しないでください。その気がないってわかってるのに意識しちゃうじゃないですか)

 

優美子「へえ。で、何が目的なん? 悪巧み?」

 

姫菜「やだなー、何も悪巧んでないよ」

 

八幡「いや、悪巧みって動詞じゃないからな」

 

姫菜「あはは、欲しいとこにツッコミをくれるよねヒキタニくんは」

 

優美子「ふうん。何だヒキオ、あんたちゃんと会話できんじゃん。あーしの前だとよくキョドっててたし」

 

八幡「悪かったな。俺はいつもキョドってて人間不信だよ」

 

優美子「はあ? あーし人間不信なんて」

 

姫菜「優美子優美子。今のはね、キョドってるの元の挙動不審と人間不信のフシンを掛け合わせてて…………」

 

八幡「やめて! 理解されなかった言葉遊びを冷静に解説しないで!」

 

優美子「うーん、やっぱりヒキオがいつもと違う…………でも変わったとか取り繕ってるとかでもないし」

 

姫菜「素のヒキタニくんが出てるだけだよ。普段はぼっちだからあんまり見れないだけで」

 

優美子「そうなん? じゃあ結衣とかの前では…………あ」

 

八幡(三浦がしまったというような表情をする。どうやら奉仕部内の現状は知っているようだ。いや、そこまで気を遣われるものでもないんだが)

 

八幡「まあ……正直あいつアホだろ? ボケたこと言っててツッコミ疲れることはある…………本人には内緒な」

 

姫菜「あはは、結衣面白いもんねー」

 

八幡「あいつホントどうやってこの高校に入れたんだろうな…………総武高校の七不思議に入れていいんじゃねえか?」

 

優美子「そういうヒキオは成績どうなん? 意外と計算高いから数学が得意とか?」

 

八幡「いや、理数系なんかこの世から消滅すればいいのに、程度の成績だ」

 

優美子「めっちゃ悪いってふうにしか聞こえないし…………」

 

姫菜「でも文系は得意なんでしょ。確か国語は常に三位以内をキープしてるとか」

 

優美子「マジ!? 凄いし!」

 

八幡「以内って言えば聞こえは良いが、ずっと三位だぞ」

 

優美子「じゃあ一位と二位って誰なん?」

 

八幡「あ、えっと…………雪ノ下と葉山、だ」

 

優美子「ふうん。でもその二人に続いてるなら凄いし」

 

八幡(二人の名前を聞いても特に気にしたふうでなく、三浦は受け答えをする)

 

優美子「ん? ああ……あーしと隼人のこと、ヒキオも知ってんの?」

 

八幡「う……まあ…………」

 

優美子「気にしないでいいし。ってそれはさっきのあーしもそうか。ま、あまり他の人には迷惑かけないようにすっから」

 

八幡「お、おう」

 

八幡(少なくとも表面上は吹っ切れているように見える。大したもんだ)

 

優美子「でもさー、何でヒキオってぼっちなん? てか自分で言ってるだけでぼっちじゃないでしょ?」

 

八幡「んなことねえよ。友達とかいねえし人からは認識されねえし」

 

優美子「友達作らないん? こうして話してるとそこまでダメ人間てわけでもないし」

 

八幡「そこまでって、そこそこはダメって意味だよな…………」

 

八幡(まああんまり深く話すことでもない。ここはお茶を濁しとこう)

 

八幡「友達を作ると人間強度が下がるから」

 

優美子「はあ?」

 

八幡(俺の言葉に三浦は疑問の表情をしたが、その横で海老名さんが吹き出した)

 

優美子「??」

 

姫菜「いやー、やっぱりヒキタニくんはいいね。あれだよ、ヒキタニくんの良さは深く付き合わないとわからないんだよ」

 

八幡「今のネタを美点としてあげられても嬉しくないからな」

 

優美子「よくわからないし…………よし、ヒキオ、あんた明日も昼は一緒ね」

 

八幡「は? 何でだよ?」

 

優美子「だって海老名はヒキオの良さをわかってるっぽいし、あーしがわからないのは悔しいじゃん?」

 

八幡「いや、じゃんって言われても…………というか俺に良さなんかないから。得することなんか何もないぞ」

 

優美子「うっさい。ヒキオは黙ってあーしに従えばいいんだし」

 

八幡「横暴だ…………」

 

八幡(とはいってもそこまで拒否したいというわけではない。目立つのは嫌だが今日の時点で相当目立ってるしな)

 

八幡(放課後になり、俺は奉仕部部室に向かう)

 

結衣「あ…………」

 

八幡(途中で由比ヶ浜に出くわした。ちょっと気まずいが……あとでも会うのに今あからさまに避けたらその方がやりにくい。普通に対応しとこう)

 

八幡「よう」

 

結衣「う、うん」

 

八幡(とりあえず言葉を交わしたもののそこから繋がらない…………と思ったが、俺は誰に対してもそんな感じだったわ。席替えの時に隣の女子に話し掛けたら一瞬で会話が終了するもんな)

 

八幡(とりあえず部室に向かって歩き出すと、由比ヶ浜は少し遅れて後ろをついて来る)

 

八幡(部室の前でちょうど鍵を開けようとしていた雪ノ下を見つけた)

 

結衣「あ、ゆきのん、やっはろー!」

 

八幡(由比ヶ浜が駆け寄っていく。やはり俺と二人だけってのはよろしくなかったのだろう)

 

八幡(俺も目線だけで挨拶をし、二人に続いて部室に入る)

 

八幡(それぞれがいつもの席に着き、ぎこちない沈黙が訪れる)

 

八幡(別にこの黙ったままで過ごしたって構わないのだが、俺には由比ヶ浜に用事があるんだよなあ…………仕方ない、俺から話し掛けるか)

 

八幡「なあ、由比ヶ浜。ちょっと聞きたいことあんだけど」

 

結衣「え? な、な、何!?」

 

八幡「何でそんなキョドってんだ…………お前は俺か?」

 

結衣「ううううるさいし! それで!? 何の用!?」

 

八幡「何逆ギレしてんだよ…………いや、三浦のことなんだが」

 

結衣「? 優美子がどうかしたの?」

 

八幡「あいつって葉山にフられたことに関してはもう気にしてないのか?」

 

結衣「え? うーん、見た感じでは結構立ち直ってるみたいだけど…………」

 

八幡「表面上はな。だけど実際どうなんだろうなって思って。会話したときに名前出しても動揺とかしてなかったし」

 

結衣「優美子は気が強いからそう見せてるだけかもしんないけど…………てかヒッキーが優美子と話すことなんてあるの?」

 

八幡「ん? ああ、今日昼飯一緒に食ったから」

 

結衣「えっ?」

 

雪乃「えっ?」

 

結衣「な、な、何でヒッキーが優美子と!?」

 

八幡「何でって…………何でだろうな?」

 

結衣「ごまかさないでよ!」

 

雪乃「納得のいく説明をしてくれるのでしょうね」

 

八幡「いや、そんなこと言われても…………あっちに聞いてくれよ。俺だってよくわからねえんだし」

 

雪乃「そもそもどういう経緯でそうなったのかしら?」

 

八幡「どうって…………ていうかどうでもいいだろそんなこと。お前らに何か関係してるわけでもないんだし」

 

結衣「そ、そうだけど」

 

雪乃「でも比企谷くん。もし私が戸塚くんとお昼を一緒にしていたら気にならないかしら?」

 

八幡「気持ちはわかった。何でも聞いてくれや」

 

結衣「ヒッキーどんだけ彩ちゃんが気になってんの!?」

 

雪乃「それで、まさかとは思うけど比企谷くんの方から誘ったのかしら?」

 

八幡「そう思うか?」

 

雪乃「いえ、全く」

 

八幡「だろうな…………昨晩海老名さんとメールのやり取りをしてたんだけどさ、その時に」

 

雪乃「ちょっと待ちなさい」

 

八幡「何だよ、まだ話し始めたばっかなのに」

 

結衣「ひ、姫菜とメール?」

 

八幡「ああ。昨日海老名さんから相談受けたのは知ってるよな? その流れでメルアド交換したんだよ。んで帰ってからやり取りしてたら今日昼飯一緒に食おうとかそんな話になった。で、海老名さんと三浦は連んでるから必然的に一緒に食ったんだ」

 

雪乃「そ、そう」

 

結衣「ううー…………ヒッキー! 明日! 明日の昼休みは部室に来てよ! あたし達と一緒に食べよ!」

 

八幡「えっ?」

 

雪乃「えっ?」

 

八幡(な、何言ってんだこいつは。今俺達が微妙な関係だってのわかってんのか? 基本気まずいだけだぞ)

 

雪乃「…………まあ、たまにはいいんじゃないかしら」

 

八幡(お前もかよ!)

 

八幡「……いや、やめとく。先約があるしな」

 

結衣「先約?」

 

雪乃「まさかまた海老名さんと三浦さんと?」

 

八幡「そうだが」

 

八幡(以前ならいざ知らず、現状こいつらとは空気が重くなるだけだし三浦の相手する方がマシだ。いや、こんな空気をなんとかしなきゃと思ってはいるんだが)

 

 

結衣「むー…………だいたい以前あたしが誘った時は一人がいいからって断ったでしょ!? 何で姫菜の誘いは受けたの!?」

 

八幡「知らん。小町に言え小町に」

 

雪乃「小町さん?」

 

八幡「俺が目を離した隙に勝手に了承の返事を出しやがったんだよ。『お兄ちゃんはもう少し人付き合いをするべきだよ』とか言いやがって…………明日は三浦に押し切られたけど来週からはなんとか逃げる算段をしねえとな」

 

結衣「じゃ、じゃああたし達と食べればいいじゃん!」

 

八幡「だから俺は一人がいいんだってば。教室であいつらから絡んでくるから周りの目が気になったし」

 

雪乃「その、それは三浦さんと海老名さんの二人、ってことでいいのよね?」

 

八幡「ああ。葉山とかは完全に別行動だったな。周囲も薄々気付くんじゃねえのか。あいつらのグループに何かあったことに」

 

八幡(実際は薄々どころではないだろう。年が明けたら昼休みは葉山達とでなく、カースト最下位の俺と一緒だったのは衝撃的なはずだ)

 

結衣「ゆ、ゆきのん。もしかして優美子も姫菜もヒッキーのことを…………」ヒソヒソ

 

雪乃「いえ、さすがにそれはないと思うのだけれど。何かきっかけがあったわけでもなさそうだし…………」ヒソヒソ

 

結衣「でも、じゃあ何で二人はいきなりこんなに積極的にヒッキーに関わってくるの?」ヒソヒソ

 

雪乃「わ、私に聞かれても…………」ヒソヒソ

 

八幡(突然俺をハブにして内緒話をしだす二人…………と思ったけど俺がハブられるのはいつものことでしたね)

 

結衣「こう言っちゃ何だけどさ、ヒッキーって自分で言うほどそんなにダメ人間じゃないよね」ヒソヒソ

 

雪乃「…………まあ、それは認めるわ。ひねくれてるけれども」ヒソヒソ

 

結衣「ちょっと悪い噂とかも流れちゃってるけど、そういうのとか見た目の偏見とか無くて深く付き合ってたらヒッキーの良さに気付く人もいるかも…………」ヒソヒソ

 

雪乃「由比ヶ浜さんみたいに?」ヒソヒソ

 

結衣「ゆきのんもでしょ。そんで優美子はちょっと前よりだいぶ丸くなったし、姫菜はほら、本人の趣味が特殊だから偏見とか持たないようにしてるって言ってたし」ヒソヒソ

 

雪乃「比企谷くんのことをそんなに悪くないって思い始めても無理はないってことかしら?」ヒソヒソ

 

八幡(さっきからちょいちょい俺の名前が聞こえてくるんですが。悪口大会でもしてるんですかね?)

 

 

結衣「ど、どうしようゆきのん。このままじゃヒッキーが取られちゃうよ」ヒソヒソ

 

雪乃「落ち着きなさい由比ヶ浜さん。それと一応言っておくけれど比企谷くんは由比ヶ浜さんのものではないのよ」ヒソヒソ

 

結衣「うっ、それはわかってるけど…………」ヒソヒソ

 

八幡(…………暇だし本でも読むか)

 

八幡(というか明日で平塚先生に言われた期間は終わりか。スパッと辞めるつもりだったのにグダグダしてしまったな…………)

 

雪乃「それに海老名さんは比企谷くんに奉仕部に留まるように言っているのよ。もし比企谷くんのことが気になっているのならそんなことするかしら?」ヒソヒソ

 

結衣「あ、そうだね」ヒソヒソ

 

雪乃「三浦さんも、私の見解ではフられたからってすぐ次の男に移るようなタイプに見えないのだけれど」ヒソヒソ

 

結衣「そういえばそうかも。優美子、本気で隼人くんのこと好きだったみたいだし」ヒソヒソ

 

八幡(うん。やっぱりいらないよな俺。実力のある雪ノ下とコミュ力のある由比ヶ浜がいればいいだろここは。俺にあって二人にないものなんてないし…………まあ材木座の相手くらいはしてやるか)

 

雪乃「とにかく今はもう少しこの比企谷くんとの雰囲気を何とかすべきだと思うのだけれど」ヒソヒソ

 

結衣「うん……でもどうしたらいいのかわからないよ…………何を言っても今更な気もして」ヒソヒソ

 

雪乃「でもそうやってここまで来てしまったのじゃない。このままだと本当に手遅れになってしまうわよ」ヒソヒソ

 

八幡(今日のヒソヒソ話は一段と長いな…………)

 

結衣「と、とにかく何か話さないと…………」ヒソヒソ

 

雪乃「思えばさっきみたいに比企谷くんの方から話し掛けてくるのは珍しかったのよね。あのまま会話を続けていればよかったかしら…………」ヒソヒソ

 

八幡(そういやマッ缶買ってなかった。由比ヶ浜に会って一緒に来たから忘れてたな)

 

八幡「喉渇いたな…………」ボソリ

 

雪乃「! ひ、比企谷くん!」

 

八幡「うおっ! な、何だよいきなり?」

 

雪乃「あ、ごめんなさい……」

 

八幡「いや……で、どうしたんだ?」

 

雪乃「紅茶を淹れようと思うのだけれど、あなたもいるかしら?」

 

八幡「あー、じゃあ頼むわ」

 

雪乃「ええ」

 

八幡(雪ノ下が立ち上がり、準備を始める。そういや今年になってから一回も飲んでなかったな)

 

雪乃「どうぞ」コトッ

 

八幡「おう、サンキュ」

 

八幡(皆の前にそれぞれカップが置かれる。俺はそれを手に取り、息で少し冷ましながら紅茶を口に含んだ)

 

八幡(うん。やはり美味い…………そうか、奉仕部を辞めたらこれも飲めなくなるのか……)

 

雪乃「ど、どうかしら? あなたには少し久しぶりに淹れたのだけれど」

 

八幡「え? ああ、相変わらず美味いぞ。マッ缶に迫るかもしれん」

 

結衣「ええー…………あれ甘過ぎるじゃん。ヒッキーよくあんなに飲めるね」

 

八幡「ばっかおめえ、千葉県民はな、母乳の代わりにマックスコーヒーを飲み、離乳食の代わりに落花生を食べて育つんだよ」

 

結衣「初めて聞いたよそんなの! 絶対ヒッキーだけだって!」

 

雪乃「あなたは千葉を何だと思ってるのよ…………」

 

八幡「とにかくマッ缶は千葉のソウルドリンクだ。ああ、俺は千葉県に生まれて本当に良かった…………」

 

結衣「すごいしみじみ言ってるし…………」

 

雪乃「…………それなら、比企谷くん」

 

八幡「あん?」

 

雪乃「あなたは、奉仕部に入って、良かったとは思ってくれているかしら?」

 

八幡「!」

 

結衣「!」

 

雪乃「…………」

 

八幡「…………お、俺は」

 

義輝「ふはははは! 剣豪将軍見参!」ガラッ

 

八幡「…………」

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

義輝「おお八幡、明けましておめでとうだ。我からお年玉をくれてやろう!」

 

八幡「騒がしいやつだな。どうせラノベ原稿という名のゴミだろ?」

 

義輝「ゴ、ゴミとは失礼な! 年末年始返上で書き上げた傑作だぞ!」

 

八幡「その熱意だけは認めるけどな…………わかったわかった。来週までに読んどいてやるから寄越せ」

 

義輝「おお、忝ない。よろしく頼む! では我はこれで失礼する! さらばだ!」ガラガラ

 

八幡(騒ぐだけ騒ぎ、あっという間に材木座は部室を出て行った)

 

結衣「相変わらずだねー中二は…………」

 

雪乃「ずっと比企谷くんだけを見てて私達の方を見ようともしなかったわね」

 

八幡「まあ女子が苦手だからな…………」

 

八幡(しかし)

 

八幡(今の流れで有耶無耶になったが、俺はあの時何て答えようとしたのだろうか?)

 

八幡(頭には何も思い浮かばなかったのに、口が勝手に動いていた。そこから出るものは俺の本心だったのかもしれない)

 

八幡(結局あれから何も話すことはなく、今日の部活も終了を迎えた)

 

八幡(明日は先生に言われた期限か…………アレ用意しないとな)

 

小町「お兄ちゃーん、ごはんできたよー」

 

八幡「おーう」

 

八幡(ドア越しに小町から声がかかる。俺は返事をしてリビングに向かう)

 

小町「ね、お兄ちゃん…………」

 

八幡「あん?」

 

小町「その…………結局奉仕部はどうするの?」

 

八幡「ああ。明日で辞めるつもりだ。雪ノ下達にもそう伝える」

 

小町「! そ、そう……」

 

八幡「そんで土日過ごして辞めたことを後悔するようだったら、頭下げてもう一度入部させてもらうわ」

 

小町「えっ?」

 

八幡「自分で言うのもなんだけど……俺ってさ、ひねくれてるし、人付き合いというか人間関係は欠点だらけだろ?」

 

小町「そうだね」

 

八幡「少しは否定してくれたりしないのかよちくしょう」

 

小町「いや、だってお兄ちゃんだし…………」

 

八幡「くっ……まあいい、続けるぞ。要するにだな、経験とかないからどうしていいのかわからずに後悔してばっかなんだよ、今まで」

 

小町「うん」

 

八幡「今回だって辞めたくないという気持ちと辞めるべきだという気持ちの間で揺れ動いてる。たぶんどっちにしたって後悔する」

 

小町「えーとつまり、辞めないで『あの時辞めておけばよかった』よりも、辞めて『あの時辞めなければよかった』を選択するってこと?」

 

八幡「ああ。俺はこんなだから後悔するまでいかないと本心は出てこないだろうし。そんでそっちのほうがまだリカバリーしやすいからな」

 

小町「でも雪乃さん達が再入部とか認めてくれるの?」

 

八幡「認められねえんだったら結局俺は奉仕部にいらないってことなんだろ。そん時はすっぱり諦めて残り一年は戸塚を眺める高校生活を過ごすさ」

 

小町「それはさすがに小町も引くよお兄ちゃん…………というか来年度のクラス替えでバラバラになるかもしれないでしょ」

 

八幡「おいおい何言ってんだ小町。俺と戸塚の運命の繋がりがクラス替えごときで途切れるわけないだろ」

 

小町「ダメだこのお兄ちゃん。早く何とかしないと……」

 

八幡「ま、一年の頃と同じ生活になるだけさ。そんな身構えるものでもない」

 

小町「ねえお兄ちゃん」

 

八幡「何だ?」

 

小町「お兄ちゃんの考えはわかったけどさ、雪乃さん達はどうなの?」

 

八幡「え?」

 

小町「雪乃さんや結衣さんはさ、お兄ちゃんに辞めてほしくないとか思ってないの?」

 

八幡「…………さあ?」

 

小町「さあ、って…………まさか雪乃さん達と何にも話し合ってないの?」

 

八幡「ああ。なんかこう、きっかけとかタイミングが…………そもそも簡単に話し合えるならとっくにそうしてるだろ」

 

小町「でも!」

 

八幡「辞めてほしくないとか残ってほしいとかは一言も聞いてない。海老名さんには言われたけど」

 

小町「………………」

 

八幡「ま、なるようになるし、ならないようにしかならないさ。小町が気にすることじゃない」

 

小町「ううー……」

 

八幡「それにな小町、こう考えてみろ。たかだか部活を辞めるか辞めないかってだけの話なんだぞ。長い人生の中では大した割合じゃないだろ」

 

小町「でもこう言っちゃなんだけど、お兄ちゃんの人生薄っぺらいから奉仕部ってかなりの濃度じゃない?」

 

八幡「何なのこの妹。突然雪ノ下レベルの毒舌で兄を貶してきたんだけど?」

 

小町「まあお兄ちゃんが決めたなら小町からは何も言えないけど…………でもお兄ちゃん。今回は何をどう動いてもきっと傷付くと思う。だからどうせなら自分の心に嘘を吐くのだけはやめてね」

 

八幡「ああ、ありがとうな、小町」

 

八幡(さて、金曜日か。波乱の日になりそうだな)

 

八幡(俺は平穏に過ごしたいだけなのになあ…………)

 

八幡「おーい小町、今日は送っていかなくていいのか?」

 

小町「あ、待って待ってー。今行くからー」

 

八幡(玄関で声をかけるとリビングから慌てたような声が返ってくる。しばらくして荷物を持った小町がやってきた)

 

小町「お待たせ。はい、これ」

 

八幡「ん? これは…………弁当か?」

 

小町「うん。お昼も色々あるかもしれないけどさ、これ食べて元気出して! 小町の愛情たっぷり詰め込んだからね!」

 

八幡「そうか。んじゃありがたくいただくぜ。サンキューな小町」

 

八幡(受け取った弁当をカバンに入れ、わしゃわしゃと小町の頭を撫でる)

 

小町「あうう、セットした髪がー」

 

八幡(そうは言っても小町は逃げようとせず、心なしか嬉しそうにしている)

 

八幡「それじゃ行くか。寒いから防寒はしっかりしろよ」

 

小町「うん、ばっちりだよ」

 

八幡(外に出て自転車に乗り、後ろに小町を乗せて俺はペダルを踏み出した)

 

八幡(小町を送り届け、時間ギリギリに高校に着いて教室に入る)

 

八幡(が、自分の席に着いて、ちらっと教室内を窺った時に違和感を覚えた。何だ?)

 

八幡(別段おかしなとこはないように見えるが…………戸塚は何やらプリントを見ているだけだし、由比ヶ浜はいつも通り葉山達と騒いでいるだけだし)

 

八幡「…………ん?」

 

八幡(いやいや待て待て。あの葉山グループは男女で分裂したんじゃなかったか? なのに今は前と同じメンバーで集まってんぞ。葉山と三浦も楽しそうに喋ってるし)

 

八幡(ちょっと前までなら当たり前の光景を訝しんでいると予鈴が鳴り、各々は自分の席に着いた。どういうことだ…………?)

 

八幡(気にはなったが、こちらから聞くわけにもいかない。というか別に俺が気にするようなことでもない)

 

八幡(葉山が考え直して三浦と付き合うことにしたとかかもしれないが、俺には関係ないしな。むしろ昼休みの平穏が戻ってきそうで良かった。あの調子なら俺と昼を一緒にしようなんて思わんだろ)

 

八幡(そんなふうに考えていた時期が俺にもありました

 

優美子「あ、ヒキオ今日は弁当なん?」

 

姫菜「妹さんが作ったの? あ、朝はお母さんだっけ?」

 

隼人「今日は俺達もお邪魔するよ」

 

翔「ヒキタニくんとなんて珍しいっしょー」

 

八幡(どうしてこうなった)

 

八幡「疲れた…………」

 

八幡(メシを食い終わっても喋ることをやめず、あいつらはガンガン俺にも話しかけてきた。葉山と戸部がサッカー部の顧問に呼ばれてようやく解散となり、俺は机にぐったりと突っ伏している)

 

姫菜「お疲れみたいだねヒキタニくん」

 

八幡「海老名さん…………」

 

優美子「ヒキオは何をそんなにぐったりしてんの?」

 

八幡「三浦もか……メシ時の会話に疲れたんだよ」

 

八幡(さっき解散したはずなのにまたすぐに俺のところにやってくる二人。何なのお前ら、俺のこと好きなの?)

 

優美子「は? あんくらい普通だし」

 

八幡「ぼっちだから大勢でメシ食いながら騒ぐことに慣れてねえんだよ…………」

 

八幡(暗に今後は誘うなという意味を込める。まあそんなことをしなくても愛想をすぐに尽かすだろうが)

 

優美子「ふーん。じゃ、来週はあーしと二人で食べるよ。大人数でなきゃいいっしょ?」

 

八幡「はい?」

 

姫菜「あ、優美子ずるい。ヒキタニくんを最初に誘ったのは私だよ!」

 

八幡(え、何これ、モテ期? いやいや、勘違いしてはいけない。海老名さんと三浦だぞ?)

 

優美子「だってさ、なんか隼人もヒキオの良さを理解してるみたいじゃん。あーしだけわかってないのは悔しいし」

 

姫菜「んー、ヒキタニくんの良さは普通に接しててもわかんないかもよ」

 

優美子「普通にって……ヒキオが悪い奴じゃないのはわかってるつもりだけど…………じゃあ海老名や隼人は普通じゃないときにヒキオと何かあったん?」

 

姫菜「ちょっとね。たぶん隼人くんも」

 

優美子「うーん、あとで隼人に聞いてみるかな…………」

 

八幡(俺の話を俺そっちのけで会話する二人。俺はどうすればいいんだ?)

 

姫菜「あ、ヒキタニくん。ほったらかしにしてごめん」

 

八幡「いや、空気扱いは慣れてるけど…………その、三浦はさ……」

 

優美子「ん? ああ、あーしと隼人のこと?」

 

八幡「う、まあ……」

 

優美子「ま、ヒキオならいっか。あーしは別に隼人を諦めたわけじゃないし」

 

八幡「え?」

 

優美子「付き合うことは出来ないって言われたけど嫌われてるわけじゃないから。だったらこれからもつるんであーしの魅力に気付かせて今度は向こうから告白させてやるし」

 

八幡「そ、そうか」

 

八幡(やべえ。三浦優美子さんすげえ男らしい!)

 

優美子「そうやって腹を割って話したら隼人も『ヤバい。そんなこと言われたら心が傾いてしまいそうだ』とか言ってたし。お世辞でもそうでなくても近くにいるのを嫌がってないならあーしにもまだチャンスはある」

 

八幡「…………三浦、お前すげえな」

 

優美子「ふふん、あーしの魅力にヒキオも気付いたか。でもあーしは隼人一筋だから」

 

八幡「いや、本気で応援してるぜ。俺は何もしてやれないけど」

 

優美子「そんなの当たり前だし。惚れた惚れないは当人だけの問題なんだから」

 

姫菜「う…………」

 

八幡(海老名さんが一瞬顔をしかめる。三浦の言葉に思うことがあるのだろう)

 

八幡「で、でもみんながみんな三浦みたいに強いわけじゃないからな。ちょっとくらい人を頼るのもありだと俺は思うぞ」

 

八幡(って、何で俺は海老名さんにフォロー入れるみたいに言ってんだ)

 

優美子「へえ、ヒキオはそういう考えなん? だったらあーしもヒキオに頼みあるよ」

 

八幡「え?」

 

優美子「隼人が気に入ってるヒキオのことを知りたいから少しはあたしとつるんでもらうし」

 

八幡「う…………い、いや、ダメだろそれは」

 

優美子「は? 何で?」

 

八幡「ほ、他の男と一緒のとこを葉山に見られたらどうするんだよ。誤解されるぞ」

 

優美子「あー、ヒキオなら大丈夫だし」

 

八幡「何だよその根拠のない自信は…………」

 

姫菜「じゃ、二人でないなら平気でしょ? 私も一緒にいるから」

 

優美子「まあ海老名ならいいか」

 

八幡「俺の許可なしに話を進めるなよ…………」

 

優美子「もう決まったし。とりあえず来週からも昼はよろしく」

 

姫菜「よろしくねヒキタニくん」

 

八幡(そう言って二人は手を降って去っていった。何で俺の平穏を脅かすんだリア充ってのは…………)

 

八幡(でもまあ三浦があんなんなのは良かった。葉山グループも分裂しなくて海老名さんの懸念材料が減ったわけだし…………って、何で俺なんかが海老名さんの心配をしてるんだか)

 

八幡(放課後か…………はあ……この後に疲れそうなことがあるってのにもうヘトヘトな気がする。さっさと部室に行こう)

 

隼人「比企谷、ちょっといいかい?」

 

八幡「良くない。消えろ。話しかけるな。お前の視界に比企谷八幡など存在しない」

 

隼人「ははは、ひどいな。じゃ、ちょっとこっちにきてくれ」

 

八幡(葉山は俺の腕を取って廊下に連れ出そうとする。顔は笑っているがたぶんこれ以上断っても無駄だろう)

 

姫菜「ぐぬぬぬぬ…………」

 

八幡(教室の隅っこで海老名さんが血の涙を流しかねない勢いで歯軋りしていた。ああ、『はや×はち』を妄想しないって約束を守ってくれてんのか…………)

 

八幡「わかったわかった、ちゃんとついて行くから手を離せ」

 

隼人「そうかい。ま、ジュースの一本くらいは奢るからさ」

 

八幡(葉山はとても俺にはできない爽やかな笑顔を浮かべ、歩き出した。黙ってついていくと自販機の前に辿り着く)

 

隼人「マックスコーヒーがいいんだったな? そら」

 

八幡「おう」

 

八幡(葉山が購入したマッ缶を受け取る。礼は言わない。どうせろくでもない話があるのだろうからその代償だ)

 

八幡「で、何か用なのか?」

 

八幡(近くに備え付けてあるベンチに座り、マッ缶のプルタブを開けながら葉山に問いかける。葉山もベンチに座り、購入した微糖のコーヒーを一口飲む)

 

隼人「優美子のことさ」

 

八幡「ああ……」

 

八幡(生返事をしたものの、三浦のどのことを言っているのかわからない)

 

隼人「比企谷の良さを知りたいから来週は昼を一緒にすると言ってきた。浮気じゃないから安心しろとね」

 

八幡「…………迷惑だ。何とかしてくれ」

 

隼人「はは、俺にはどうしようもできないさ。優美子を束縛する権利もないし。そもそも付き合ってるわけじゃないから浮気以前の問題だ」

 

八幡「でも原因はお前だろ? お前が俺を無駄に買い被っているからだ。ちゃんと三浦に『比企谷は話す価値もないダメ人間だ』って説明しろよ」

 

隼人「残念だが俺は無駄な嘘を吐きたくないんだ。俺が比企谷を買っているのは事実だからな」

 

八幡「へーへー、トップカースト様にそう言われて光栄ですよっと」

 

隼人「照れるなよ」

 

八幡「んなわけあるか…………で、お前これからどうすんの?」

 

隼人「何のことだ?」

 

八幡「三浦と付き合う可能性はあるのかってことだ。完全に望みがないならさっさと断ち切ってやったほうがお互いのためじゃないか?」

 

八幡(三浦はああ言っていたが、徒労に終わる可能性もあるのだ。その時の心境を考えると他人事ながら心苦しくなってしまう)

 

隼人「ない…………つもりだったんだけどな」

 

八幡「あん?」

 

隼人「正直惚れてしまいそうだ。頑なに拒否したつもりだったんだがそれでもああ言われるとね…………優美子には言うなよ?」

 

八幡「…………言わねえよ」

 

八幡(その時の葉山の表情は何とも言えないものだった。こいつもこんな顔するんだな……)

 

隼人「しかし比企谷が俺達のことを気にかけるなんてな。どういった心境の変化だ?」

 

八幡「お前らなんかどうでもいいよ。ただ…………海老名さんがな」

 

隼人「姫菜が?」

 

八幡「その、なんつーか、お前らのグループが微妙なのを嘆いてたからさ。それでちょっと気になったんだよ」

 

隼人「そういえば最近姫菜と仲がいいらしいじゃないか。気をつかわないお喋りが楽しいと言ってたぞ」

 

八幡「いや、海老名さんはいつも気を使ってなくね?」

 

隼人「というより会話の内容をちゃんと理解してくれて、欲しいレスポンスがしっかり来るのが嬉しいみたいだ。俺達じゃわからないことも多くて」

 

八幡「一部理解したくないものもあるんだが…………というか何で海老名さんてお前らのグループにいるんだろうな」

 

隼人「連れてきたのは優美子だが、姫菜はあの特殊な趣味以外はしっかりしてるからな。そこを優美子は気に入ってるらしいが」

 

八幡「あの一点だけで相当アレだと思うが…………」

 

隼人「しかしそうか、姫菜か…………」

 

八幡「あん?」

 

隼人「姫菜のことが気になってるのか?」

 

八幡「は? 何でだよ?」

 

隼人「違うのか? やたら気にかけているみたいだけど」

 

八幡「違えよ。そりゃ最近やたら話す機会あるけど…………そんなんじゃねえよ」

 

隼人「でも姫菜は比企谷を気にしていたぞ。正確には奉仕部のことか」

 

八幡「…………」

 

隼人「聞いてるよ。そっちこそ微妙な感じなんだろ?」

 

八幡「別に…………ただなぜか海老名さんがそれを気にしてるふうでな。だから最近会話があるってだけだ」

 

隼人「うん。で、比企谷は奉仕部はどうするつもりなんだ?」

 

八幡「………………」

 

隼人「迷ってる、って表情じゃないな。言いたくないならそれでもいいさ。ただ」

 

八幡(葉山は一度そこで言葉を切る)

 

隼人「何か行動を起こす前にできることがあるならしっかりやっておくことだ。でないと後悔するぞ、俺みたいに」

 

八幡「…………何かあったのかよお前に」

 

隼人「さてね。じゃ、そろそろ俺はサッカー部に行くよ。また話し相手になってくれ」

 

八幡「ごめんだ。二度と話し掛けるな」

 

隼人「ははは、また来週な」

 

八幡(俺の言葉をとことん無視して葉山は空き缶を屑籠に放り込んで去っていった。俺はマッ缶の残りを飲みきり、大きくため息をつく)

 

八幡「………………できることがあってもそれを行動に移せるとは限んねえんだよ」

 

八幡(奉仕部部室に入るとすでに雪ノ下も由比ヶ浜も来ていた。そりゃそうだな、葉山と結構長い時間話してたし)

 

結衣「あ、ヒッキー…………」

 

八幡「由比ヶ浜。お前を奉仕部部員として頼みがある」

 

結衣「え、な、何?」

 

八幡「葉山グループの連中を何とかしろ」

 

雪乃「突然どうしたのよ。とりあえず座って落ち着きなさい」

 

八幡「……おう、悪かった」

 

八幡(ちょっと気が急いてしまったな。俺はカバンを置いて椅子に座る)

 

結衣「隼人くん達なら仲直りしたんでしょ? あたし達とも普通に朝から話してるし」

 

雪乃「私も由比ヶ浜さんにそう聞いているわ。何も問題ないと思うのだけれど」

 

八幡「俺にとばっちりがきてんだよ。昼飯の時あいつら挙って俺のところに来やがった。俺の平穏が脅かされてるんだ」

 

雪乃「あら、コミュニケーション力のリハビリにいいじゃない」

 

八幡「ゆっくりメシを食いたいのに落ち着けないだろうが…………来週からも海老名さんと三浦が付きまとう気まんまんだし」

 

結衣「え? 姫菜と優美子?」

 

雪乃「…………どういうことかしら?」

 

八幡「知らん。葉山や戸部は今日だけみたいだが、それでもあのリア充グループとメシ食うのは気を遣って疲れるだけだ。同じグループなんだから何とかしてくれよ」

 

結衣「ええー、そんなこと言われても…………」

 

雪乃「それならまず原因を突き止めるべきではないかしら? どうして三浦さん達は比企谷くんと行動を共にしようとするのか」

 

八幡「何か俺の良いところを知りたいとかいうわけのわからん理由らしい。そんなとこないから止めとけって言ったんだが聞かなくてな。だから由比ヶ浜が『比企谷八幡は良いところなんてないクズ人間です』ってあいつらに言え」

 

結衣「そんなこと言えるわけないでしょ!」

 

八幡「何でだよ。いつも雪ノ下と一緒に俺に言ってるようなことをそのまま伝えてくれればいいんだって」

 

結衣「うっ…………」

 

雪乃「…………」

 

八幡「それともなんだ。奉仕部同士の依頼は受けられないとでも言うのか?」

 

結衣「あ、そ、そうだよ! 奉仕部は解決する側なんだから! 奉仕部部員のヒッキーが依頼しちゃダメでしょ!」

 

八幡「ああ。なら、ほれ」

 

八幡(俺はカバンから一枚の書類を取り出し、雪ノ下の前に置いた。その書類の一番上には『退部届と書いてある』)

 

 

八幡(俺はカバンから一枚の書類を取り出し、雪ノ下の前に置いた。その書類の一番上には『退部届』と書いてある)

 

雪乃「!!」

 

結衣「ヒ、ヒッキー、これって…………」

 

八幡「平塚先生には今日までは残るように言われていたからな。別に本格的な部じゃないんだからわざわざ書かなくてもいいんだろうが、一応ケジメとしてってことで」

 

結衣「そんな……何で…………」

 

八幡「だから何度も言ってるだろ。俺は奉仕部にいない方がいい」

 

結衣「でも…………!」

 

八幡(由比ヶ浜は何かを言おうとするが、上手く言葉が出ないのか後が続かない)

 

雪乃「………………」

 

八幡(雪ノ下はしばらくその退部届を見つめていたが、徐にそれに手を伸ばす)

 

八幡(それを手に取った雪ノ下はそのままビリィッと二つに破り裂いた)

 

八幡「は……?」

 

結衣「ゆ、ゆきのん!?」

 

八幡(二つに破いたそれを重ね、またもや裂く。それをもう一度繰り返す。さらにもう一度…………)

 

雪乃「くっ……くっ……」グッグッ

 

八幡(裂けなかった。握力が足りないようだ。しばらく試みて諦めたようで、カバンからハサミを取り出してチョキチョキと切り始める)

 

雪乃「…………」フー

 

八幡(満足したか雪ノ下はその小さくなった紙屑をゴミ箱に放り捨てる)

 

雪乃「何かしら?」

 

八幡「いや、言いたいことは色々あるが…………いっぺんにじゃなくて何枚かずつに分けて破ればハサミいらないんじゃねえか?」

 

雪乃「!!?」

 

八幡(雪ノ下は『あっ』という表情をする。思い付かなかったのか…………)

 

雪乃「…………何のことかしら?」

 

八幡「いや、今更取り繕うなよ……俺の退部届だよ」

 

雪乃「知らないわね。そんなもの見たこともないわ」

 

八幡「ったく……んじゃ今この場で新しいのを…………」

 

雪乃「比企谷くん」

 

八幡(俺が自分のカバンを漁ろうとすると、少し強めの声色で呼ばれる)

 

八幡「…………何だよ」

 

雪乃「ごめんなさい、今からわがままを言わせてもらうわ」

 

八幡「?」

 

雪乃「私はあなたに奉仕部を辞めてほしくない」

 

八幡「!!」

 

雪乃「今までの行動がどうとかそういうのは関係ないわ。ただ私が、雪ノ下雪乃という一個人があなたに奉仕部を辞めてほしくないのよ」

 

八幡「雪ノ下…………」

 

結衣「ヒッキー! あたしも!」

 

八幡「ゆ、由比ヶ浜……」

 

結衣「ヒッキーがそう考えたらあたしが何を言っても仕方ないのかなって思ってたけど、あたしはヒッキーにここにいてほしい!」

 

八幡「…………」

 

雪乃「今更何を言っているんだと思ってる顔ね」

 

八幡「いや、そんな…………」

 

雪乃「でもまずは私の、私達の今の気持ちを知ってほしかったの」

 

八幡「…………」

 

雪乃「比企谷くんはどうなのかしら?」

 

八幡「え?」

 

雪乃「比企谷くんは『自分は奉仕部にいないほうがいい』とか『辞めるべきだ』とか言い続けていたわね。だけどあなた自信の気持ちをまだ聞いていないわ。比企谷くんは奉仕部を本気で辞めたいのかしら?」

 

八幡「………………」

 

雪乃「沈黙は否定と受け取るわよ」

 

八幡「好きにしろ。どうせ俺は来週から来ないだけだ」

 

雪乃「ではなぜそんなつらそうな表情をするの?」

 

八幡「つらそうって、俺はいつもと変わんねえよ。お前に俺の何がわかるんだ」

 

雪乃「ええ、わからない。だから」

 

八幡(雪ノ下はそこで言葉を切り、立ち上がって俺の方にやってくる)

 

雪乃「知らずに色々言ってしまってごめんなさい。そして、あなたのことを近くでもっと知りたいわ。お願いします比企谷くん、奉仕部を辞めないでください」

 

八幡「ゆ、雪ノ下…………」

 

八幡(あの、雪ノ下が。俺に頭を下げた、だと……?)

 

結衣「ヒッキー! あたしも、ごめん!」

 

八幡「な、何でだよ。お前らが頭を下げる必要なんてどこにもないだろ?」

 

雪乃「いいえ。あなたがいなかったらどうにもならないことが多々あった。それなのに私達はあなたに悪態ばかりついていたわ」

 

八幡「俺のやったことなんて微々たるもんだ。むしろ余計なことをしてしまったまである」

 

結衣「そんなことないよ!」

 

雪乃「仮にそうだったとしても、何かの為に行動しようとしたこと自体は認めるべきなのよ。それなのに何もできなかったこともある私が否定することは間違っているわ。だから、ごめんなさい」

 

八幡「雪ノ下…………」

 

八幡(そこでようやく雪ノ下は頭を上げる。合わせて由比ヶ浜も)

 

雪乃「以前言ったわよね。あなたのやり方が嫌いだと」

 

八幡「ああ」

 

雪乃「でもそれだけで通じるはずがなかったのよ。だから今から真意を言うわ」

 

八幡「真意?」

 

雪乃「比企谷くん、私はあなたに傷付いてほしくないの」

 

八幡「!」

 

雪乃「もしあなたが傷付かなければならないときは、その前に私達に相談してほしかった。他に方法がなくても一緒に傷付いてあげたい。せめて、覚悟を決めておきたい」

 

八幡「ゆ、雪ノ下…………」

 

雪乃「例えあなたが犠牲になるのが最善だとしても、あなただけが勝手に一人で傷付くのはもう嫌なのよ」

 

八幡「……………………俺は犠牲になったつもりも、傷付いてるつもりも、ない」

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

八幡「例え結果的にそうなったとしても、何人も傷付くより一人の方が効率的だろ」

 

結衣「違うよヒッキー! あたし達はヒッキー一人が傷付くのが嫌なの!」

 

雪乃「それによって結局は私達も傷付いてしまうの。だから…………」

 

八幡(二人はそこで言葉を放つのを止め、じっと俺を見る)

 

八幡(何でだよ。何でそこまで俺のことを気にするんだよ)

 

八幡(沈黙とこの空気に耐えきれず、俺はつい冗談めかしたことを言ってしまった)

 

八幡「何、お前ら俺のこと好きなの?」

 

雪乃「…………そうかもしれないわね」

 

八幡「はぁっ!?」

 

雪乃「異性としてかどうかはともかく、あなたのことは嫌いではないわ」

 

八幡「あ、ああ」

 

八幡(恋愛感情抜きでってことか、びっくりした…………)ドキドキ

 

雪乃「何度も言うけれど、私はあなたに奉仕部にいてもらいたいの。少しでも未練が残っているのなら、辞めないでほしいわ」

 

結衣「あたしも…………ヒッキーがいない奉仕部なんてやだよ…………」

 

八幡「雪ノ下…………由比ヶ浜…………」

 

八幡(俺は、どうすべきなんだろうか。どうしたいんだろうか)

 

八幡「…………」

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

八幡「なあ、雪ノ下」

 

雪乃「何かしら?」

 

八幡「俺ってさ、まともな人間になれたかな?」

 

結衣「え、突然どしたの?」

 

八幡(由比ヶ浜が疑問の表情を浮かべる。しかし雪ノ下は何かを理解したように微笑んだ)

 

雪乃「あの頃よりはマシになっているでしょうけど、まだまだよ」

 

八幡「そっか…………」

 

結衣「ゆ、ゆきのん、そんなこと言ったら…………」

 

雪乃「つまり私への依頼もあなたの入部目的も達成できていないということね」

 

結衣「え?」

 

八幡「どっちかっつうと平塚先生の目的だし俺は強制入部みたいなもんだけどな。でも達成できてないか…………なら辞められない理由が出来ちまったな」

 

八幡(あのあとはだいぶ以前の奉仕部に戻った気がする。いや、多少の変化もあったか)

 

八幡(二人の俺に対する態度が柔らかくなった。しかも無理している様子もなく、ごく自然に)

 

八幡(しかし結局葉山グループが絡んでくるのを何とかしろという依頼は引き受けてもらえなかった。真人間になるために人付き合いをしろと言われたのだ。どうすっかなぁ…………)

 

八幡(雪ノ下達と別れてそんなことを考えながら駐輪場に向かう。もう学校に残っている生徒もほとんどいないのか、ポツンと俺の自転車が取り残されていた。いつもなら持ち主と同じぼっちだなと思うところだったが)

 

姫菜「はろはろ~、こんなとこで奇遇だねヒキタニくん」

 

八幡「…………これが偶然だっていうなら世の中全部偶然になるんだろうな」

 

八幡(海老名さんがそこにいた。ていうか俺の自転車の荷台に座って足をぶらぶらさせていた)

 

八幡「えっと、誰か待ってるのか?」

 

姫菜「うん。たった今相手が来たところだよ」

 

八幡「そりゃ良かった。んじゃ俺は帰るから。また」

 

姫菜「コラコラ。どうみてもヒキタニくん待ちに決まってるじゃないの」

 

八幡「嘘だな。クラスメイトの美少女が俺如きを待つなんてラノベみたいなことが起こるはずがない」

 

姫菜「この前ファミレス行く前に起きたばっかりでしょ…………それにラノベみたいっていうならヒキタニくんこそじゃない」

 

八幡「?」

 

姫菜「普通の学校にはない変な部活に入って部員は女の子達、なんてラノベ以外の何物でもないよ」

 

八幡「…………た、確かに」

 

八幡(まあ決定的に違うのは俺が全然モテないってことなんですけどね。俺には主人公補正が働いてないようだ)

 

姫菜「でも御世辞でもヒキタニくんに美少女って言われたのは嬉しいな」

 

八幡「…………悪い、キモいこと言ったな」

 

姫菜「嬉しいって言ってるでしょ」

 

八幡「フォローとかはいらないから。で、何の用だ?」

 

姫菜「むー…………ま、いいや。ヒキタニくん、私とデートしない?」

 

八幡「…………は?」

 

八幡(デート? デートって言ったか? 俺に?)

 

八幡「…………」

 

姫菜「おーいヒキタニくん、何か反応してよー」

 

八幡「…………すまん。俺はまだ未成年だから連帯保証人にはなれないんだ」

 

姫菜「別に変なこと企んでるわけじゃないってば」

 

八幡「それに将来は専業主夫だからな。どっちにしろ連帯保証人にはなってやれない」

 

姫菜「いや、ヒキタニくん頭は悪くないんだから社会に出ようよ。なんてね」

 

八幡「…………で、結局何なんだよ?」

 

姫菜「うん、まあ今のやりとりもちょっとだけ関係あるけどさ、明日か明後日暇? 良かったら映画一緒に見に行かない?」

 

八幡「…………ああ、あれか」

 

姫菜「うん。メメラギの映画」

 

八幡「違うからね。BL要素一切感じられない作品だからねあれ」

 

姫菜「男が二人いたらそれだけで充分じゃない!」

 

八幡「いきなり力説されても反応に困る!」

 

姫菜「で、どう?」

 

八幡「……何で俺を誘うの? 海老名さんなら男女問わず知り合い多いだろ」

 

姫菜「んー、そりゃ優美子達のおかげで友達はたくさんいるけど、こっちの趣味の人ってあまりいないんだよね」

 

八幡「まあ三浦からの関係ならそうだろうな」

 

八幡(デート? デートって言ったか? 俺に?)

 

八幡「…………」

 

姫菜「おーいヒキタニくん、何か反応してよー」

 

八幡「…………すまん。俺はまだ未成年だから連帯保証人にはなれないんだ」

 

姫菜「別に変なこと企んでるわけじゃないってば」

 

八幡「それに将来は専業主夫だからな。どっちにしろ連帯保証人にはなってやれない」

 

姫菜「いや、ヒキタニくん頭は悪くないんだから社会に出ようよ。なんてね」

 

八幡「…………で、結局何なんだよ?」

 

姫菜「うん、まあ今のやりとりもちょっとだけ関係あるけどさ、明日か明後日暇? 良かったら映画一緒に見に行かない?」

 

八幡「…………ああ、あれか」

 

姫菜「うん。メメラギの映画」

 

八幡「違うからね。BL要素一切感じられない作品だからねあれ」

 

姫菜「男が二人いたらそれだけで充分じゃない!」

 

八幡「いきなり力説されても反応に困る!」

 

姫菜「で、どう?」

 

八幡「……何で俺を誘うの? 海老名さんなら男女問わず知り合い多いだろ」

 

姫菜「んー、そりゃ優美子達のおかげで友達はたくさんいるけど、こっちの趣味の人ってあまりいないんだよね」

 

八幡「まあ三浦からの関係ならそうだろうな」

 

姫菜「で、明日明後日ってさ、駅前の映画館はカップル割やってるの」

 

八幡「なっ…………」

 

姫菜「どうせなら少しでもお得で見たいじゃない。知り合いであの映画見そうな男子っていったらヒキタニくんが思い付いたからさ」

 

八幡「…………でも、戸部に悪いだろ」

 

姫菜「本気で思ってる?」

 

八幡「理由の一つではあるだろ」

 

姫菜「うーん、ちょっと映画代が安くなる程度じゃヒキタニくんの心は動かないか。じゃあ交換条件を出すよ」

 

八幡「交換条件?」

 

姫菜「うん。もし私とデートしてくれるなら、月曜日に優美子がヒキタニくんとお昼一緒しようとしてるのを止めさせてあげる」

 

八幡「う…………」

 

八幡(正直ちょっと心惹かれるな…………というかこの誘いって別に俺にデメリットないよな? 海老名さんだったらそこまで悪巧みなんかしないだろうし)

 

八幡「わかったよ。そのお誘い、受ける」

 

姫菜「ホント? ありがとうヒキタニくん」

 

八幡「急で悪いけど出来れば明日の方がいいな。日曜日はゆっくりしていたい」

 

姫菜「おっけ。帰ったら時間調べてメールするね」

 

八幡「おう」

 

姫菜「…………」

 

八幡「…………」

 

八幡(そこで話は終わりのはずだ。なのに海老名さんはまだ俺の自転車の荷台から降りようとしない。どころか何かを期待するようにこっちを見ている)

 

八幡「…………俺でよければ近くまで送っていこうか?」

 

姫菜「ホント!? いやーヒキタニくんがそんなこと言ってくれるなんて夢にも思わなかったなあ」

 

八幡「白々しい…………いや、断ってくれて全然構わないから」

 

姫菜「そんなことしないって。よろしくー」

 

八幡(海老名さんはようやく一旦荷台から降りる。俺が鍵を外してサドルを跨いだところで再び荷台に座り、俺の身体にしがみついてきた)

 

八幡「じゃ、じゃあ行くから。ちゃんと掴まっててくれ」

 

姫菜「うん。お願いしまーす」

 

八幡(俺は背中に暖かさを感じながらペダルを踏み出す)

 

小町「えっ! デート!?」

 

八幡(明日デートしてくるから、とメシ時に小町に話すと大袈裟に驚く。いや、大袈裟でもないか。俺の口からデートだなんてな)

 

八幡「まあ一緒に出掛けるってだけなんだが…………一応向こうはデートって表現してきたから」

 

小町「だ、誰と? もしかして最近お兄ちゃんラブな海老名さん?」

 

八幡「何だよラブって。確かに海老名さんだけど」

 

小町「なあんだ、やっぱりお兄ちゃんのことが好きだったから構ってきてたんだね」

 

八幡「だからそれはねえよ。だいたい奉仕部に戻そうとさせる意味がないだろそれだと」

 

小町「そっか…………と、ところでお兄ちゃん。奉仕部は、辞めちゃったの?」

 

八幡「ん? ああ、いや、何だかんだ残ることにした。雪ノ下達も引き留めてきて色々話し合った結果な」

 

小町「あ、そうなんだ。でも、その…………」

 

八幡「安心しろ、もう蟠りも何もねえから。お互いの思ってたことぶちまけたし。それでも前より関係は良くなったと思う」

 

小町「そっか、良かった…………本当に、良かった」

 

八幡(小町は安堵のため息を吐き、ニコッと笑う。我が妹ながら可愛いぜまったく)

 

小町「じゃああとはその海老名さんに関してかな。結局何でお兄ちゃんに構うかは聞いてないの?」

 

八幡「ああ。今日送ってる途中に聞いたんだが、『明日教えてあげる』って言われてな。ますます一緒に出掛けるのを断れなくなっちまった」

 

小町「ふうん………………え、送ってる途中? お兄ちゃん海老名さんと一緒に帰ってたの?」

 

八幡「あっ…………い、いや、たまたま帰り道に会ってだな……」

 

小町「お兄ちゃん奉仕部に残ってたのなら遅くまで学校にいたんだよね? 海老名さんて部活も委員会もやってないって聞いてたけどたまたま一緒になるの?」

 

八幡「う…………」

 

八幡(しかし『俺を待っていたんだ』とは言いづらい。何かの用事のついでだったのかもしれないし。そもそもあのくらいの用事ならメールで済むはずなんだよな)

 

小町「うーん、気になって受験勉強どころじゃないよ。ちゃんと明日話聞いてきて教えて!」

 

八幡「あ、ああ。話せる範囲でな」

 

小町「で、明日はどこに行く予定なの?」

 

八幡(メシを食い終わったあとも小町に根掘り葉掘り聞かれてしまった。別に海老名さんに他意はなく、目に付いた俺を誘っただけだと思うんだがなあ)

 

 

八幡(さて、土曜日である。昨日海老名さんから来たメールでは十時頃に駅前で待ち合わせとのことだ)

 

八幡(出掛けるにはまだ少し早いが、親や小町が起きてきて見つかる前にさっさと家を出てしまおう)

 

小町「あれ、お兄ちゃんもう出掛けるの?」

 

八幡「…………おう」

 

八幡(玄関に向かおうとしたらいきなり見つかってしまった)

 

小町「うんうん、感心感心。ちゃんと早めに到着しとくなんてわかってるじゃない」

 

八幡(そういうわけではないんだがな。ただ今みたいに色々言ってくるのが煩わしかっただけで。特に親が)

 

八幡「そんなわけだから俺はもう行ってくる」

 

小町「あ、ちょっと待ってお兄ちゃん…………うん、服装も変なとこないね。行ってらっしゃーい」

 

八幡(俺の服装を一通りチェックし、手を振る小町に応えながら俺は家を出た。このままじゃ三十分前くらいには着きそうだな…………まあ、待たせるよりはいいか)

 

姫菜「あ、おはよーヒキタニくん。早いね」

 

八幡(到着してしばらく待っていると海老名さんがやってきた)

 

八幡「うっす。海老名さんこそだろ。まだ二十分前だぞ」

 

姫菜「うん。ヒキタニくんのことだからもしかしてすごく早く着いてるをじゃないかなって思ってさ。待たせちゃった?」

 

八幡「いや、俺も来たばっかだから」

 

姫菜「お、いいねいいねそのセリフ。デートの定番って感じ」

 

八幡「よせって。勘違いしちゃうだろ」

 

姫菜「しちゃってもいいのに…………」

 

八幡「えっ?」

 

姫菜「じゃ、行こっか。まだ余裕はあるけど混まないうちにチケットとか買っちゃった方がいいよね」

 

八幡「お、おう」

 

八幡(今、海老名さんとんでもないこと言ったような…………気のせいだよな?)

 

八幡「あそこの映画館でいいんだよな?」

 

姫菜「うん」

 

八幡(ここからでも見える建物を指差すと海老名さんは頷く。俺は自分が車道側になるように歩き出した)

 

姫菜「んー…………えいっ」ギュッ

 

八幡「! え、海老名さん……!」

 

八幡(隣に並んだ海老名さんが俺の手を握ってきた)

 

姫菜「カップル割を使うんだからさ、少しはそれっぽく見せた方がいいでしょ?」

 

八幡「い、いや、でも、その」

 

姫菜「ほら、キョドらないキョドらない。別に女の子と手を繋ぐのが初めてってわけでもないんでしょ。結衣だってこのくらいしてるんじゃないの?」

 

八幡「いやいやいや、それが今こうする理由にはなんねえから」

 

姫菜「いいからいいから。ヒキタニくんだって強引に女の子の手を繋いで引っ張ることくらいあるでしょ?」

 

八幡「ねえよそんな経験。一発で通報されるわ」

 

姫菜「あれ?」

 

八幡「ん?」

 

八幡(海老名さんは怪訝な表情をし、俺の顔を覗き込む)

 

八幡「な、何だよ?」

 

姫菜「んー……何でもない」

 

八幡(くすっと笑い、前に向き直る。何だ?)

 

八幡「そ、それより手を離してくれよ」

 

姫菜「え、何で?」

 

八幡「何でって…………」

 

姫菜「私は嫌じゃないよ。ヒキタニくんは嫌?」

 

八幡「嫌、ってわけじゃないけど…………」

 

姫菜「じゃ、いいよね。レッツゴー」

 

八幡(海老名さんは楽しそうに歩く。くっ、海老名さんの考えがわからん! …………あとで教えてくれるんだろうか?)

 

八幡(手……柔らかいな…………)

 

八幡(映画館でチケットを買う段階になってようやく一旦手を離してくれた。変な汗とかかいてなかっただろうか…………)

 

八幡(まだ少し時間があったので物販や他映画のチラシを眺めて時間を潰した)

 

八幡「もうすぐ入場時間だな。飲み物とかポップコーンどうする? 俺は買っときたいけど」

 

姫菜「飲み物は欲しいかな。でもポップコーンはそんなには…………あ、これにしようよ」

 

八幡(そう言って海老名さんが看板メニューで指を差したのはペアセットのやつだった。大きめの器のポップコーン一つと飲み物二つのやつだ)

 

八幡「え、でも……」

 

姫菜「私は少しつまませてもらえばいいから。飲み物はコーラにしよっと」

 

八幡(そう言って並んでる列に向かう海老名さん。仕方ない、これを買うか)

 

八幡(さっさと代金を支払い、入場開始のアナウンスが流れたので入り口に向かおうとする)

 

姫菜「待って待ってヒキタニくん。私まだお金渡してないよ」

 

八幡「いいよこのくらい。それに男だったら出すもんだろ」

 

姫菜「んー……ヒキタニくんがこれをデートだと思ってくれてるなら奢られちゃうけど、どう?」

 

八幡「…………じゃあデートってことで」

 

姫菜「えへへー。ありがとうヒキタニくん、大好き」

 

八幡「…………っ! ず、ずいぶん安上がりだな」

 

八幡(かろうじて軽口が出てくれた。危うく手の荷物を落としそうになったぞ)

 

八幡(指定された座席に座り、飲み物を海老名さんの席の置き場にセットしてやる)

 

姫菜「ん、ありがとう」

 

八幡「あと、ポップコーンはここらへんに配置しとくから。適当に食べてくれよ」

 

姫菜「うん」

 

八幡(しばらくはいろんな映画の予告やCMが流れる。やがて完全に灯りが消え、注意事項のあとに本編が始まった)

 

八幡(スタッフロールのあとの次回予告が終わり、館内の照明が点灯する)

 

姫菜「んー、演出とかすごかったねー。ちょっと物足りないけど三部作じゃなくて丸々一本だったら疲れるかも」

 

八幡「そうかもな…………あ、容器一緒に捨ててくるから」

 

姫菜「ん、ありがと」

 

八幡(海老名さんから容器を受け取り、ゴミ箱に放る。もちろん氷は別に捨ててな)

 

姫菜「ね、ヒキタニくん。このあとも何にもないよね? もう少し一緒にいてほしいんだけど」

 

八幡「え、あ、ああ。俺に予定はないが」

 

姫菜「良かった。ちょっと映画や原作について語りたくなっちゃってさー」

 

八幡「まあ、俺なんかでいいなら相手になるよ」

 

姫菜「やだなー。ヒキタニくんでいいんじゃなくてヒキタニくんがいいの。ついでにお昼も食べよっか。サイゼでも行く?」

 

八幡「お、おう。そうだな」

 

八幡(俺がいいって…………あんまりこういう話できる相手がいないんだな。勘違いしかけるとこだったぜ)

 

八幡(それに俺に構う理由も聞かないとならないしな。丁度いいか)

 

八幡「んじゃ行くか」

 

姫菜「うん」ギュッ

 

八幡「! ええええ海老名さん、何で腕組んで…………」

 

姫菜「え? ヒキタニくんはデートだって思ってるんだよね? じゃあこれくらい普通でしょ」

 

八幡「そ、それは俺が勝手に思ってただけで…………」

 

姫菜「大丈夫大丈夫。私も思ってるから。それにデートしよって誘ったのは私の方からだし」

 

八幡「でも、誰かに見られたら、海老名さんに迷惑が……」

 

姫菜「私に迷惑? 何で?」

 

八幡「学校でも最低辺で悪評だらけの俺がトップカーストの海老名さんと腕組んでるなんてそれだけで海老名さんが悪く言われかねないだろ」

 

姫菜「大丈夫だってばー。さ、行こ」

 

八幡(俺の忠告を聞かず、組んだ腕をぐいぐいと引っ張る海老名さん。これは言うことを聞いてくれそうにないな…………)

 

八幡「はぁ……」

 

八幡(俺は小さくため息を吐き、隣に並んで歩き出した)

 

八幡(サイゼに入り、適当に食べるものとドリンクバーを注文する)

 

姫菜「じゃ、飲み物取ってくるね。ヒキタニくんは何がいい?」

 

八幡「あー、俺は何があるか見てから決めてるから自分のだけ取ってくればいいよ」

 

姫菜「そう? じゃ、お先に」

 

八幡(海老名さんは荷物を傍らに置き、ドリンクバーに向かう。というかカバンはともかく財布や携帯まで置いていくなよ…………信用されてるってことなのか?)

 

姫菜「お待たせー。行ってきていいよ」

 

八幡「ああ」

 

八幡(俺もドリンクバーでガムシロップをたっぷり入れたコーヒーを持ってくる)

 

八幡「お待ち」

 

姫菜「ううん。で、早速なんだけど今日の映画ヒキタニくん的にはどうだった?」

 

八幡「ああ。ところどころやり過ぎだったり演出過剰だったりはするけど面白かったと思うぜ」

 

姫菜「だよね。原作と違うとことかもあったけど、悪くない改変だったし」

 

八幡「出逢うのが町中の街灯の下じゃなくて地下鉄のホームってのは良かったな。降りる途中の緊迫感と音楽がマッチしてた」

 

姫菜「あそこはドキドキしたねー。ところで、あの辺で鳴ってたピピピピーピーみたいなアラームっぽいのってなんだったんだろ?」

 

八幡「多分モールス信号のSOSだと思うぜ。トントントンツーツーツートントントンってやつ」

 

姫菜「へー、ヒキタニくんは何でも知ってるね」

 

八幡「何でもは知らねえよ。知ってることだけだ」

 

姫菜「ふふっ。でもなるほど、SOSか。主人公がその信号を受け取ったから途中で逃げずにあそこまで近寄っちゃったんだね」

 

八幡「あるいは本能が危機感を覚えて自分に警告してたのかもな。近寄らずに逃げろって」

 

姫菜「あ、そうか。それも面白い解釈だね」

 

八幡「実際はどうだかわかんねえけどな。あるいは両方かもしれないし」

 

姫菜「…………えへへー」

 

八幡「な、何だよ」

 

八幡(突然はにかむ海老名さんに俺はちょっと動揺した。変なこと言ったか?)

 

姫菜「ヒキタニくんを誘って良かったなーって。こういう会話や議論をナマでできる機会ってあんまりないし」

 

八幡「そ、そうか」

 

八幡(やべえ。何て返していいのかわからねえ)

 

八幡(だけどそこで注文したものが届いた。助かったぜ)

 

八幡「じゃ、じゃあとりあえず食おうぜ」

 

姫菜「うん。いただきまーす」

 

八幡(メインのメシを食い終わり、海老名さんは簡単につまめるものを追加注文する。まだまだ話し足りないようだ)

 

八幡(いや、このあとどこかに行くよりはここでだらだら喋ってた方がいいのだが)

 

姫菜「あ、飲み物なくなっちゃった。ちょっと行ってくるね」

 

八幡「ああ。戻ってきたら俺も行くから」

 

八幡(二人ともドリンクのお代わりをし、追加で頼んだポテトをつまむ)

 

八幡「そういえば海老名さん、俺に遠慮してるか?」

 

姫菜「え、何が?」

 

八幡「いや、全然BLの話が出ないから…………」

 

姫菜「ああ。それは帰ってからネットでそっちの仲間と語り合うから。ヒキタニくんは嫌でしょ?」

 

八幡「別に」

 

姫菜「え?」

 

八幡「趣味なんて人それぞれだから嫌うようなことはしねえよ。俺と葉山をくっつけるのは勘弁しろってだけだから。相槌くらいは打つしツッコミだって入れてやるよ。興奮冷めないうちに語ったっていいんだぜ」

 

姫菜「………………」

 

八幡「あー……いや、勝手言ってすまん。俺じゃ語り甲斐がないか」

 

姫菜「ううん…………えへへ、ヒキタニくんは優しいね」

 

八幡「…………んなことねえよ」

 

姫菜「あるよ。ヒキタニくんの優しさに触れた私が言うんだもん」

 

八幡「誰だって知り合いに優しくすることくらいあるだろ。それがたまたま海老名さんだったってだけだ」

 

姫菜「でもヒキタニくん、まったく知らない人を助けたりするでしょ?」

 

八幡「しねえよ。何の得も見返りもないようなことなんて」

 

姫菜「ふーん…………ところでヒキタニくん。冬休みの間誰かと会ったりした?」

 

八幡「え? あ、いや。小町と初詣行った以外は引きこもってたからな」

 

八幡(突然の話題転換に戸惑ったが、さっきの話を続けるよりはいいか。質問に答える)

 

姫菜「何か面白いこととかなかったの? 初詣で」

 

八幡「何も。おみくじも引いてないし、本当にただお詣りして終わったからな」

 

姫菜「ふーん、そっかー」

 

八幡(海老名さんが頬杖をつきながらこっちをじっと見る。いったい何なんだ?)

 

八幡「俺のぼっち正月がどうかしたのか?」

 

姫菜「ううん。何でもない」

 

八幡(そう言いつつもちょっと嬉しそうなのは何でなんですかね?)

 

姫菜「そういえばヒキタニくん。奉仕部に残ることにしたんだって? 結衣から聞いたよ」

 

八幡「ああ。まあ色々あってな。だから『はや×はち』は金輪際アウトだ」

 

姫菜「ぐぬぬ…………まあ仕方ないか。約束だし」

 

八幡「で、何でなんだ?」

 

姫菜「え?」

 

八幡「何で海老名さんは俺をそんなに気に掛けるわけ? 悪いけどそこまで親しいわけじゃないよな俺達って」

 

姫菜「えー、一緒にキャンプとかもした仲じゃない」

 

八幡「平塚先生の策略でな。俺は嫌だったのに……」

 

姫菜「あはは。でもあの時、うん、あの時からすでにヒキタニくんは他人のために動ける人だったよね」

 

八幡「何の話かわかんねえな。過去のことは忘れるようにしてんだ」

 

姫菜「いつも『トラウマが~』とか『過去の黒歴史が~』とか言ってるみたいじゃない。結衣に聞いてるよ」

 

八幡「何なのあいつ。そんなに俺を貶めたいの?」

 

姫菜「ふふ。結衣にはそんなつもりはないんだって。許してあげてよ」

 

八幡「はぁ……」

 

姫菜「でもそうだね。ヒキタニくんからしてみたら私の行動はちょっと戸惑うのも無理ないよね」

 

八幡「まあな」

 

姫菜「…………ねえ、ヒキタニくん。ちょっとヒキタニくんにはつらいかもしれないこと、聞いていい?」

 

八幡「何だよ突然。恋人いない歴なら年齢と一緒だぞ」

 

姫菜「それは私もだってば。ヒキタニくんはさ、異性にちょっと優しくされて、それだけで相手に惚れちゃったこととかある?」

 

八幡「!」

 

八幡(いきなり何を、と思ったが、海老名さんの表情は真剣だった。ならちゃんと答えるべきだろう)

 

八幡「あるよ。それも一度や二度じゃない。んで『向こうも俺のこと好きなのかな』って勘違いを何度もしてきた」

 

姫菜「そう、なんだ」

 

八幡「で、俺の黒歴史がどうかしたか? それこそもう過去の話だし笑いの種にしてくれたって構わないぜ」

 

姫菜「笑わないよ…………私だってそうだもん」

 

八幡「え?」

 

姫菜「男子にありがちな話っぽく言うけどさ、女子だって男子に優しくされたら心が靡いちゃうことあるんだよ」

 

八幡「そ、そうなのか」

 

姫菜「うん。でもさすがに少しは慎重になるけどね。すぐに告白とかはしないよ」

 

八幡「うぐっ…………」

 

姫菜「だけどさ、きっかけはどうでも、そこから相手をどんどん好きになっちゃったら仕方ないとこもあるよね」

 

八幡「…………」

 

姫菜「ヒキタニくんはさ、そういう過去を持ってるしネガティブなところあるからはっきり言わないとわからないよね。だからこんなとこだけど言わせてもらうね」

 

八幡「え、海老名さん……?」

 

姫菜「ヒキタニくん、私はヒキタニくんが好きだよ。友達とかとしてじゃなく、異性として」

 

八幡「!」

 

姫菜「…………あー……言っちゃったなぁ……本当はこんなとこで言うつもりなかったのに、どうしても伝えたくなっちゃった…………」

 

八幡「な、ならどこで言うつもりだったんだよ…………」

 

姫菜「んー、月曜の放課後の予定だったんだけどね…………ま、過ぎたことは仕方ないか。とにかくそういうわけだよ、私がヒキタニくんに最近構っていた理由は」

 

八幡「え、えっと…………」

 

姫菜「ごめん。困らせたいわけじゃなかったの。でも私、本気だから」

 

八幡「そ、そうか。その…………」

 

姫菜「というわけでこの話はここまで」

 

八幡「え?」

 

姫菜「月曜にちゃんと告白し直すから、聞いてくれる?」

 

八幡「わ、わかった」

 

八幡(脳のキャパシティを超えた出来事に頭が上手く回らず、かろうじてそんな返事をする。ほ、本当に本気なのか?)

 

姫菜「よしっ。じゃあメメラギについて語っちゃうよー」

 

八幡「お、おう。どんとこい」

 

八幡(しばらくは海老名さんのBL談義に耳を傾ける)

 

八幡(時々ツッコミを入れながら聞いているが、本当に楽しそうだよなあ…………ここまで夢中になれるものがある、というのは正直羨ましい気もした)

 

姫菜「…………っはー、語った語った。なんか充足感すごい」

 

八幡「そりゃそうだろうな。もうサイゼ入って四時間くらい経ってるし」

 

姫菜「えっ!? うわ、ホントだ! ごめんヒキタニくん! 止めてくれてよかったのに!」

 

八幡「いや、別につまらなかったわけじゃないから。それにそんな楽しそうな海老名さんを止めるのも野暮だし」

 

姫菜「ううー……ヒキタニくんて意外と聞き上手なんだもん。それに直接顔を合わせて話せることなんて滅多にないから…………」

 

八幡「だから気にすんなって。女子がお喋り好きなのはわかってるから。由比ヶ浜や小町もそうだしな」

 

姫菜「むー……ヒキタニくん、デート中に他の女の子の名前出すのは良くないよ」

 

八幡「今日何回も出してるじゃねえか、今更だろ。しかも小町は妹だし」

 

姫菜「女心は複雑なんだよ」

 

八幡「多分俺には一生理解出来ねえんだろうなあ…………」

 

姫菜「でも、うん。ありがとうね。最近色々あったからさ、おかげですごいすっきりしたよ」

 

八幡「そこまで打ち込めるものがあるってのはいいことだな。俺は疲れることはしたくないけど、そういうの嫌いじゃない」

 

姫菜「えへへ、ありがとう。でももしBLの話がダメって言ったらもっとヒキタニくんも喋れたかもしれないのに」

 

八幡「俺に話の種なんかないぞ。黒歴史くらいしか」

 

姫菜「いやいや、今日の映画のこととかさ。ほら、パンツもろ見えだったとかおっぱい揺れ過ぎだったとか胸に顔うずめた改変とか」

 

八幡「女子とそんな話が出来るか! 罰ゲームってレベルじゃねえぞ!」

 

姫菜「えー、私はそういうのもバッチコイだよ。女の子も好きだし」

 

八幡「百合で腐女子かよ…………ノーマルな恋愛にしとこうぜ」

 

姫菜「え? だから私はヒキタニくんが好きだよ?」

 

八幡「え、あ…………」

 

姫菜「おっと。告白は月曜だった。今のナシでお願い」

 

八幡「お、おう…………」

 

姫菜「じゃ、そろそろ出よっか。あんまり長居しても店に迷惑だし」

 

八幡「おう。もうすぐ夕飯の時間だしな」

 

姫菜「はいストップヒキタニくん。さすがにここの代金まで奢ってもらうのはダメ。伝票を渡しなさい」

 

八幡「いや、だから、デートなんだったら…………」

 

姫菜「その気持ちは嬉しいけど私達はまだ学生だよ。稼ぎが違うとかないんだから。それに映画館でも出してもらったし」

 

八幡「あー…………じゃあ千円だけ出してくれ。あとは俺の顔を立ててほしいんだけど」

 

姫菜「うー……じゃあ今回はそれで。ご馳走になります」

 

八幡「いいってこれくらい。会計してるから表で待っててくれ」

 

姫菜「うん」

 

八幡(俺はレジで伝票を出し、代金を支払う。外に出ると海老名さんが隣に並んできた)

 

姫菜「じゃ、今日はこの辺でお開きにしよっか」

 

八幡「だな。えっと……送っていこうか?」

 

姫菜「うん、お願いしまーす」

 

八幡(海老名さんは嬉しそうに返事をして俺の腕に自分のを絡めてきた。うう……予想はしていたけどやっぱり恥ずかしい)

 

八幡(ちょっと、いや、かなりドギマギしながら海老名さんを家まで送り届け、俺は帰路についた)

 

八幡(考え事をしていようがボーっとしていようが腹は減る)

 

小町「どしたのお兄ちゃん?」

 

八幡「ああ、いや、何でもない」

 

八幡(逆もまた然り。メシの最中にボーっとしてしまったようだ)

 

父親「どうした八幡? 悩み事なら聞くだけ聞いてやるぞ。何とかするかは知らん」

 

八幡「あー…………某妹が『お父さんウザい』って言ってて本人にそれを伝えるべきか悩んでてな」

 

父親「なっ! こ、小町、嘘だよな!? 小町はパパのこと大好きだよな!?」

 

小町「お兄ちゃんのは嘘だけど…………でもあんまり構ってくるのはウザいって思っちゃうかも……」

 

父親「こ、小町いいいぃぃぃ!」

 

母親「うるさい。もう少し静かに食べなさい」

 

父親「あ、はい」

 

八幡(相変わらず比企谷家の男性の立場は低いのである。あとパパって言うな気持ち悪い)

 

小町「でもお兄ちゃん、本当に何かあったの? 今日のデートで失敗したとか?」

 

父親「デ、デート!?」

 

母親「八幡! 詳しく聞かせなさい!」

 

八幡(静かに食べろって言った直後に何なんだよ)

 

八幡「というか親の前でんなこと聞くなよ」

 

小町「えー、でも元気ないお兄ちゃんが気になって…………」

 

八幡「あとで話してやるから今は大人しくしてろ」

 

父親「おい八幡。そんなおもし…………可愛い息子の元気がないのを親として放っておけん。相談に乗ってやるから話してみろ」

 

八幡「今面白そうとか言いかけたよなクソ親父が」

 

母親「何を言っているの八幡。子供の悩みは親の悩みよ。さ、一緒に解決しましょう」ワクワク

 

八幡「一見いいセリフだけど好奇心旺盛な表情が台無しにしてるからな。そもそも親に恋愛関係の相談をすることなんかねえから」

 

父親・母親「ブーブー」

 

八幡(もうやだこの息ぴったりの夫婦)

 

八幡(メシを食い終わって自室に戻る。少しするとドアがノックされて小町が入ってきた)

 

小町「やっはろーお兄ちゃん」

 

八幡「小町、その挨拶はやめろ。馬鹿が移るぞ」

 

小町「えー、でも結衣さんも総武高校に受かったんだよね。ならあやかってもいいんじゃない?」

 

八幡「ほんと何であいつ合格出来たんだろうな…………てか馬鹿って言って由比ヶ浜を連想するあたり小町もなかなかやるな」

 

小町「わ、わ、今のナシ!」ワタワタ

 

八幡「で、何か用か?」

 

小町「ん、海老名さんとのデートはどうだったのかなーって。上手くいった?」

 

八幡「……………………」

 

小町「ありゃ、何か失敗しちゃった?」

 

八幡「いや…………むしろ満点に近いんじゃねえかなって」

 

小町「え? 自分でそれを言う? 逆にダメっぽいんだけど」

 

八幡「まあ、色々あってな」

 

小町「つまり、最終的にどうなったの?」

 

八幡「あー、相談したい内容もあるから言っちゃうけどさ」

 

小町「うん」

 

八幡「月曜日に海老名さんに告白されるらしい」

 

小町「…………は?」

 

八幡「罰ゲーム、ってわけでもなさそうだし、どうしたらいいのかわからなくて」

 

小町「待って待って。どういうこと? それって今日告白されたわけじゃないの?」

 

八幡「あー……何か勢いで俺を好きって言ってしまったみたいで、ちゃんと月曜に告白し直すから聞いてくれって言われて…………」

 

小町「お、おおお…………ホントにお兄ちゃんのことが好きだったとは……」

 

八幡「そこはまあ小町の予想通りだったわけだな。何で最近構うのかはわかったけど、何で奉仕部にいさせようとしたのかはわからんまんまだが」

 

小町「聞かなかったの?」

 

八幡「ちょっとショッキングで聞き忘れた。というかその辺の話はやり直し時に持ち越す雰囲気だったからな」

 

小町「へえ…………で、お兄ちゃんはどうなの? その、海老名さんのことは好きなの?」

 

八幡「わかんねえ。正直戸惑いの方が今は大きいからな」

 

小町「お兄ちゃんにとっては初体験だもんね。もしかして今日明日考える時間をくれるためにワザとフライング告白したんじゃない?」

 

八幡「え」

 

八幡(あー…………海老名さんならそれくらいのことはするかもな)

 

小町「もうこればっかりはお兄ちゃんの気持ち次第だけど、どうするにしても真剣に考えてあげてね」

 

八幡「わかってる」

 

八幡(日曜日。ぼっちである俺には予定などなく、テレビを見る以外にはダラダラしているだけの安息日である)

 

八幡(つまり考える時間はいっぱいあるってことなのだが…………まともな結論は出なかった。そりゃそうだ、今まで経験したことのない出来事なんて対処しようがないのだから)

 

八幡(だからといって逃げるわけにもいかないし…………いっそ罰ゲームであってくれた方がどんなに楽だったか)

 

小町「悩んでるようですな、彷徨える仔羊お兄ちゃんさん」

 

八幡「ああ…………どうしたらいいのかさっぱりわかんねえわ。突き放すのが正解かもしれねえけど方法が思い付かないし」

 

小町「え、何で突き放すの?」

 

八幡「…………俺なんかと付き合ったって良いことないだろ。海老名さんはトップカーストのグループなんだし」

 

小町「…………んっふっふー」

 

八幡「? 何だよ?」

 

小町「本当にそう思ってるなら悩まなくていいよね。突き放すかどうかから悩んでる時点でお兄ちゃんはだいぶ揺れ動いてるよ」

 

八幡「う…………」

 

小町「はー、あのお兄ちゃんがこんなになるなんて。年明けの頃とは大違い」

 

八幡「うっせ」

 

小町「あの頃は大変だったんだからね。お父さんもお母さんもオロオロして心配してたんだから」

 

八幡「は? 親父達が?」

 

小町「うん。いつもの不精とかじゃなくて無気力状態のお兄ちゃんにどうすればいいのかわからないって。下手に親がでしゃばるのも良くないって言ってたけど心配はしてたよ」

 

八幡「そう……なのか……」

 

小町「だから昨晩は嬉しそうだったよ。なんか色々解決したみたいな上に恋愛事で悩むような余裕も出来たんだなって」

 

八幡「恋愛事で悩むのって余裕の現れなのか……?」

 

小町「ちょっと前のお兄ちゃんのに比べればでしょ。そりゃ人に寄っては違うけど、お兄ちゃんの表情見てればね」

 

八幡「そんなもんなのか…………だからといって息子の恋愛沙汰に興味を持って欲しくはないがな」

 

小町「家族愛ってことでひとつ。で、お兄ちゃんは海老名さんにどう返事するの? 断るにしても真剣にしないとダメだよ」

 

八幡「あー……まだ決めかねてる。というか決めなくてもいいやと思ってる」

 

小町「え?」

 

八幡「今の自分の気持ちは俺にもわからん。だからもうその場で臨機応変に対応しようかと」

 

小町「コミュ障のお兄ちゃんにできるの? どっちかっていうと行き当たりばったり、でしょ」

 

八幡「うっせ」

 

八幡(ま、何とかなるだろ)

 

小町「でもたった数日でこんなふうになるなんて、初詣の神頼みが聞いたのかな?」

 

八幡「え、何をお願いしたの?」

 

小町「お兄ちゃんの悩みが解決してお兄ちゃんに春が訪れますようにって。見事に両方叶っちゃいそう!」

 

八幡「春はまだ訪れてねえよ。てか俺のことより自分の頼み事をしろ受験生」

 

小町「もちろんそれもしたよ。でもお兄ちゃんのことが気になって勉強に手が付かなかったら意味ないし」

 

八幡「あー……重ね重ね悪かったな」

 

小町「ううん、平気。そういえばお兄ちゃんは何をお願いしたの?」

 

八幡「決まってんだろ。小町の受験が上手くいって小町が幸せになれますようにってな」

 

小町「え、自分のは?」

 

八幡「いや別に。というか神様もどこまで手が回るかわからんしな、なら一点集中狙いで小町の受験にした」

 

小町「えー、もったいない。良いことをしたんだから色々叶えてくれたかもしれないのに」

 

八幡「良いこと?」

 

小町「ほら、神社で綺麗な着物姿の人を助けたじゃない」

 

八幡「ああ、そんなこともあったな。あまり顔を見てないから綺麗かどうかは知らんが」

 

小町「ええー、もったいない。凄い美人だったよ。高校生か大学生くらいかな?」

 

八幡「どうせその場限りの出会いなんだから関係ねえよ…………そろそろ寝るか。小町も勉強はほどほどにな」

 

小町「はーい」

 

八幡(七つのうち最も嫌われているであろう月曜日がやってきた。眠い目を擦りながら俺は教室に入る)

 

八幡(相変わらず葉山グループを中心に賑やかなクラスだったが、その隙間を縫うように自分の席に向かう。その時こちらに気付いた海老名さんが軽く手を振ってきた)

 

八幡「………………」

 

八幡(ちょっと気恥ずかしくなったが、振り返すとニコッと海老名さんは嬉しそうな表情をする。思わずドキッとし、慌てて目を逸らしてしまう)

 

八幡(仕方ないでしょ! ぼっちにはハードル高過ぎだってば!)

 

彩加「あ、八幡。おはよう」

 

八幡「おお、戸塚。おはよう」

 

八幡(トテトテと寄ってきた戸塚に俺は挨拶を返す。ああ、癒やされるな…………)

 

姫菜「………………」

 

八幡(さて、昼休みだ)

 

八幡(確認はしてないけど海老名さんは三浦を止めてくれるって言っていた。なら逃げる必要もない。久々に教室でぼっちメシを楽しもう)

 

姫菜「はろはろ~、今日もよろしくー」

 

八幡「…………何で?」

 

八幡(俺の席に海老名さんがやってきた。もちろん弁当持参でだ)

 

姫菜「え、やっぱり優美子いたほうがいい?」

 

八幡「違えよ。何で海老名さんがこっちに来てんだって」

 

姫菜「え? 優美子がヒキタニくんとお昼一緒しようとするのを止める、とは言ったけど私のことは何も言ってないよ」

 

八幡「そりゃそうだけど…………」

 

姫菜「それに優美子を止める理由的に私がヒキタニくんのとこ来なきゃいけなかったし」

 

八幡「はい? てかどんな理由であの三浦を止めたんだ?」

 

姫菜「私がヒキタニくんと二人でご飯食べたいからってお願いしたの」

 

八幡「なっ…………」

 

姫菜「だから私がここを離れると優美子がやってきちゃうかも。どうする?」

 

八幡「…………わかった。海老名さんと二人でいい」

 

姫菜「あ、今のもうちょっとロマンチックに言って。『姫菜と二人きりがいい』とか」

 

八幡「言わねえから。あと名前呼びもしない」

 

姫菜「ちぇー」

 

八幡(幸いなことに海老名さんはあまり話し掛けてこない。だけど俺の顔をじっと見てきたりするのでどうにも落ち着かなかった)

 

八幡(悪目立ちや蔑みの視線でなく、はにかみながら見られているというのは気恥ずかしさも相まってメシの味がほとんどわからない)

 

八幡「ご、ごちそうさま。んじゃ、俺ちょっと用事あっからこれで」

 

姫菜「え、ヒキタニくんに用事なんかあるの?」

 

八幡(確かに普段の俺なら用事なんかあるわけがない。しかし今日に限っては正当な用事を作ることができた)

 

八幡「ああ、奉仕部に先週持ち込まれた依頼でな。ちょっと材木座に会いに」

 

姫菜「あ、自作ラノベの添削ってやつ?」

 

八幡「週明けまでに済ますって言ったからな。面倒なことはさっさと終わらせる」

 

姫菜「うん、わかった。行ってらっしゃーい」

 

八幡(フリフリと手を振る海老名さんに適当に応えながら俺は材木座から預かった原稿を持って教室を出る)

 

八幡(その際、葉山グループの方から視線を感じたが、それは一切合切無視した)

 

八幡(材木座を呼び出し、珍しく丁寧にダメ出しという名の指摘をしてやる)

 

八幡(というかただの時間稼ぎだ。さっさと教室に戻ったらまた絡まれる可能性もある。昼休みいっぱいを俺は材木座と過ごしてしまった)

 

義輝「…………うむむ、今回も手厳しいが為になった。また次回もよろしく頼む」

 

八幡「とりあえず流行りものをすぐに取り入れるのはやめておけ。どっかで見たな、くらいにしか思わんから」

 

義輝「わ、わかった。善処しよう」

 

八幡(予鈴が鳴ったので俺は材木座と別れ、教室に戻る。次の授業は数学だったか…………面倒くせえ……)

 

八幡(そんなふうに何事もなく午後を過ごし、放課後になった)

 

八幡(そういや海老名さんはいつあの話を切り出してくるつもりなんだ? また帰り際に駐輪場で待ってる気か? いや、悪戯や気の迷いだったって可能性もあるが。むしろそうであってくれ)

 

八幡(クラス内を見回すと葉山や三浦はいたが、海老名さんはいなかった。まあ有耶無耶になったってこっちは一向に構わないんだがな)

 

八幡(あ、そうだ。平塚先生に奉仕部に残るのを報告しとかないと。そう思って職員室に向かっていると、俺を呼び止める声があった)

 

翔「ヒキタニくん、ちょっと話があんだけどさ」

 

八幡(とりあえず黙って前を歩く戸部のあとをついて行ってるわけだが…………)

 

八幡(やっぱり話って海老名さんのことだよな……なんだろう、問い詰められたり詰られたりすんのかなあ。せめて痛い目を見るのは勘弁してほしいなあ)

 

八幡(やがて自販機のとこにたどり着き、戸部は財布を取り出した)

 

翔「ヒキタニくん、マックスコーヒーが好きなんだっけか?」

 

八幡「え? あ、ああ」

 

翔「よっと。ほい」

 

八幡(戸部はマッ缶を購入し、放ってくる。俺は慌ててそれを受け取った)

 

八幡「な、なんだ、くれるのか?」

 

翔「話に付き合わしちゃってるワビってことでさ、もらっといてくれよ」

 

八幡「まあ、いいけど…………」

 

翔「とりあえず座らね?」

 

八幡「…………ああ」

 

八幡(俺達はベンチに腰掛ける。この前葉山と話したのと同じベンチだ。なに、ここリア充御用達なの?)

 

翔「で、俺の話ってもう予想してるっしょ?」

 

八幡「海老名さんのこと、だよな?」

 

翔「そーそー」

 

八幡「………………」

 

翔「………………」

 

八幡(それに頷いたものの、戸部はそれきり黙ってしまった。いや、何かを言おうとはしているのだが、どう言い出したものか逡巡している感じだ)

 

 

翔「あー、実はさ、俺って意外とモテるんだよね」

 

八幡(? 突然変なことを喋り出す戸部。何か話のきっかけでも作ろうとしてんのか?)

 

八幡「そうか。でも意外でもないだろ別に」

 

翔「お、そう思う?」

 

八幡「背も高いし顔も悪くないしサッカー部で活躍してんのなら人気あってもおかしくないだろ。ちょっと軽薄そうだけどそれが親しみやすいって長所にもなり得るし」

 

翔「ちょっとヒキタニくん、誉め過ぎっしょー。お世辞でも悪い気はしないけどさー」

 

八幡(戸部は照れ臭そうに頭を掻く。しかし俺はお世辞のつもりはない。戸部だってトップカーストの一員なんだし)

 

翔「まあ隼人くんの陰に隠れちゃってるけどさ、告白だって何度かされたことあんだよね。同級生にも後輩にも」

 

八幡「羨ましいことで」

 

八幡(俺だって中学時代されたことあるぞ。罰ゲームで)

 

翔「でも俺はそれを断ってきた。他に好きな人がいるからって」

 

八幡「…………」

 

八幡(戸部の表情からいつもの軽薄さが消え、真剣なものに変わる。本題に入ったようだ)

 

翔「そんな俺が断ってきた女の子に比べてさ、俺ってホントダメなやつだなーって」

 

八幡「は? 何でだよ?」

 

翔「みんな自分で考えて、悩んで、勇気を出して告白してきたのにさ。俺は他人に頼っちゃった。海老名さんと上手くいくようにしてほしいなんて」

 

八幡「おかしくはないだろそんなの。むしろ本当に好きだからどんな手段を使っても成功させたいってのは当然なんじゃないか?」

 

翔「そんなふうに言ってくれるヒキタニくんってマジ良い奴っしょ…………」

 

八幡「んなことねえよ。その告白を俺がぶち壊したのわかってんだろ」

 

翔「あー、あれはマジごめんな」

 

八幡「え、何でお前が謝るんだよ? 俺がしゃしゃり出て」

 

翔「海老名さんに聞いた」

 

八幡「!」

 

翔「昨日海老名さんに呼び出されてさ、そん時に色々…………修学旅行の時の裏話?ってのも」

 

八幡「…………」

 

翔「そんで、そのせいでヒキタニくんが結衣達とギクシャクしちゃったのも」

 

八幡「それは違う。戸部や海老名さん達のせいじゃない」

 

翔「ヒキタニくんならそう言うって予想はしてた。でも絶対原因の一つではあるっしょ。最初から俺が海老名さんに気持ちを伝えるだけで済むのにややこしくしちゃって…………しかもヒキタニくんは乗り気じゃなかったのに全部悪いとこ背負わせちゃったし」

 

 

八幡「別に気にしてねえしそんなふうに思ってもねえから」

 

翔「嘘でもそう言ってくれるなら助かるけどさ…………で、結局ヒキタニくんが海老名さんにした告白は完全に嘘なん? 海老名さんに好意を持ってたりとか」

 

八幡「少なくともあの告白はガチ百%嘘だ」

 

翔「ふーん。でも今海老名さんはヒキタニくんが好きなんっしょ?」

 

八幡「え…………」

 

翔「それも昨日聞いた。呼び出されてウキウキしてたらまさかの言葉だったわー」

 

八幡「…………」

 

翔「まあフったことのある俺がフられるのを受け入れないわけにはいかないっしょ。だから昨日ちゃんと告白して、ちゃんとフられてきた」

 

八幡「!!」

 

翔「ヒキタニくんは俺の気持ち知ってるし、優しいから遠慮とかするんじゃないかって不安になってさー」

 

八幡(戸部はそこで俺の方に向き直り、まっすぐに見てくる)

 

翔「受け入れるにしてもフるにしても、海老名さんの気持ちにしっかり答えてやってほしいんだわ。何かを言い訳にしたりせず、ちゃんとヒキタニくん自身の気持ちでさ」

 

八幡「俺自身の気持ちで、か…………」

 

翔「まー、言っちゃなんだけどヒキタニくん恋愛経験少なそうだからすぐには無理かもしれないけどさー」

 

八幡「本当に言っちゃなんだなオイ。フられた回数なら豊富だぞ」

 

翔「おお、結衣が言ってたヒキタニくん得意の自虐ネタ」

 

八幡「なんであいつは俺を話題にしてんだ…………」

 

翔「あっはっは、ヒキタニくんてやっぱり面白いわー。でも結衣は海老名さんの気持ちまだ知らないんだよな。多分俺と優美子だけかな?」

 

八幡「そうなのか?」

 

翔「結衣が知ってたらもっと騒ぎ立てるっしょ。優美子は意味ありげな目線だったから…………ん、メール?」

 

八幡(戸部はポケットから携帯を取り出して操作する)

 

翔「やべ、いろはすからだ。紅白戦始まるのに俺の姿が見えないって顧問が怒ってるらしい。悪いけどヒキタニくん、俺は部活に行くから」

 

八幡「おう、頑張ってこい」

 

翔「また話とかメシとか一緒しよーぜ。じゃー」

 

八幡(戸部は俺の肩を叩いたあとダッシュで去っていった。さすがサッカー部レギュラー。足の速いことで)

 

八幡(しかし、うん。戸部ってウザいけどいいやつだよな……)

 

八幡「…………」

 

八幡(自分の気持ち、か…………)

 

八幡(何だかなあ…………あいつらに比べて俺は…………)

 

八幡(頭を悩ませながら部室に向かう。ドアの前に立つと中から話し声が聞こえた)

 

八幡(何やら盛り上がっているようで、邪魔をしないようにそっとドアを開ける)

 

結衣「全然印象違うんだね、びっくりしたし!」

 

雪乃「この時はコンタクトをしていたのかしら?」

 

姫菜「うん。あんまり好きじゃないんだけどこういう時くらいはって…………あ、ヒキタニくん、はろはろ~」

 

八幡(部室には海老名さんが来ていた。ちょっと戸惑いながらも短く返事をしておく)

 

結衣「ヒッキー見て見て! 姫菜がすっごいキレイなの!」

 

八幡「あん?」

 

雪乃「海老名さんの着物姿よ。あなたの目もこれを見て浄化するといいわ」

 

八幡「俺の目は呪いか何かかよ…………どれどれ」

 

八幡(由比ヶ浜が差し出してきたのは一人の女性を被写体にした写真だった)

 

八幡「…………へえ」

 

八幡(思わず感嘆の声が漏れた。普段とは全然違う、もっと大人っぽくて艶めかしい女性の姿があった。言われたうえでよく見なければ海老名さんの面影を見付けられないだろう)

 

姫菜「ど、どうかな?」

 

八幡「えっと、月並みな意見で申し訳ないけど、綺麗だと、思うぞ」

 

姫菜「ホント? えへへ、ヒキタニくんにもそう言ってもらえて嬉しいな」

 

雪乃「あなたにも人並みの審美眼があったのね。どう? 目の濁りは取れたかしら?」

 

八幡「俺の目は筋金入りだぞ。一朝一夕で取れるもんじゃない」

 

八幡(くすくすと笑いながら言う雪ノ下に返しながら俺はいつもの席に座る………………あれ? 今の着物姿、どっかで見たことあるような……)

 

八幡(気のせいか…………もう一回見せてくれとか言ったら何か言われそうだし……)

 

姫菜「それでね、せっかくだからこの格好で近所の神社に初詣行こうとしたんだけど、家族が昼から出来上がっちゃっててさー。仕方なく一人で行ったんだ」

 

結衣「大丈夫だったの? ナンパとかされたんじゃない?」

 

雪乃「あるいはたちの悪い酔っ払いに絡まれたりとか」

 

姫菜「雪ノ下さん御名答。うん、実は神社で酔ったおじさんに絡まれちゃってね」

 

八幡(…………あれ?)

 

姫菜「その時慣れない草履だったから速く走ると転びそうだったし、出店の裏で人も通りかからないしでさ」

 

八幡(…………)

 

姫菜「ベンチに座ってたんだけど、何か怖くて大声も出せなくて……」

 

結衣「だ、大丈夫だったの?」

 

姫菜「んー、正直もうダメかなと思っちゃった。身体とか触られちゃうのかなあって」

 

雪乃「その言い方だと大丈夫だったみたいね。どなたかが助けてくれたのかしら?」

 

姫菜「うん、たまたま通りかかった男の人がいてさ、私が困ってる様子を見て近寄ってきたの。それでいきなり両腕を振り上げてね」

 

結衣「ま、まさか暴力とか……?」

 

姫菜「ううん。手を叩いて大きな音を出したの。お相撲さんの猫騙しみたいなやつ」

 

雪乃「いきなりそんなことをしたらさぞかし驚くでしょうね」

 

姫菜「うん。酔っ払いのおじさんはびっくりしてベンチからずり落ちちゃってね、その隙に私の手を取ってその場から連れ出してくれたの」

 

結衣「うわ、かっこいい!」

 

雪乃「ずいぶんスマートなやり方ね。なかなか出来ることではないわ」

 

八幡「…………」ダラダラ

 

姫菜「えへへー。ねえ、ヒキタニくん」

 

八幡「お、おう」

 

姫菜「あの時はありがとう。お礼を言うのが遅くなってごめんなさい」

 

雪乃「え?」

 

結衣「えっ?」

 

八幡「…………あれ、海老名さんだったのか」

 

姫菜「うん。新学期になってからも反応薄いし、もしかして気付いてなかったのかなーって思ったけど」

 

八幡「ああ。全然気付かなかった」

 

八幡(だけど今思い返してみると、その時のことを探るような言動が結構あったな)

 

姫菜「ふふ、ヒキタニくん格好良かったよ。手を引っ張られた時はドキドキしちゃった」

 

八幡「あ、いや…………」

 

姫菜「もともとヒキタニくんは悪くない人だと思ってたんだけどさ、あれがきっかけだったよ」

 

八幡「…………」

 

姫菜「そこから段々気になってきてさ。教室でもつい目で追っちゃったり、誰かと会話してるのを耳傾けたり」

 

八幡「え、海老名さん…………」

 

姫菜「気が付いたら、ヒキタニくんの存在がすっごく大きくなってた」

 

八幡(な、なんだこの流れ……まさか、こんなところで…………)

 

姫菜「約束通り言わせてもらうね。ヒキタニくん…………ううん、比企谷八幡くん」

 

八幡(止めようとした。だけど海老名さんの真剣な眼差しに身体が動かない。海老名さんはついに決定的な言葉を放つ)

 

姫菜「私は、あなたが好きです」

 

八幡(部室内に静寂が訪れる。俺は言葉が出てこなかったし、雪ノ下と由比ヶ浜は目を丸くしていた)

 

八幡(そもそも何でここで言うんだ? てっきり前みたいに駐輪場で待ち伏せしてるか、どっかに呼び出しされるのかと思っていたのに)

 

姫菜「あー……この場所で告白したのはヒキタニくんにとって迷惑かなと思うけど、ごめんね」

 

八幡「あ、いや…………」

 

八幡(俺の心を読んだかのように海老名さんが話す。そういや呼び方が戻ったな。てか俺の名前ちゃんと知ってたんだ)

 

八幡「えっと…………じゃあ、ちょっと質問していいか?」

 

姫菜「はいはい、どーぞー。聞きたいことあるの?」

 

八幡「色々あるけど、とりあえずずっと気になってたやつを聞くわ。何で海老名さんは俺を奉仕部に残らせようとしてたんだ?」

 

姫菜「んー、申し訳ないと思ったから、かな」

 

八幡「いや、だから海老名さんが原因てわけじゃないんだからそんな……」

 

姫菜「あ、そうじゃなくて」

 

八幡「え?」

 

姫菜「ヒキタニくんさ、奉仕部好きでしょ?」

 

八幡「う…………」

 

八幡(答えにくいことをストレートに聞いてくるなぁ。しかしごまかす状況ではないか。なるべく雪ノ下達から顔をそむけながら答える)

 

八幡「まあ、そうだな」

 

姫菜「そんな奉仕部内が微妙になってて辞めるだの辞めないだのの時ってさ、結構心弱ってたんじゃない?」

 

八幡「……かもな」

 

姫菜「そんな時に告白するのなんて、何か違うかなーって」

 

八幡「弱ってるとこにつけ込むみたい、ってことか?」

 

姫菜「そんなとこかな。それじゃあフェアじゃないでしょ」

 

八幡「フェアって…………別に誰かと勝負してるわけでもないだろ」

 

姫菜「してるといえばしてるかも」

 

八幡「え?」

 

八幡(俺は意味がわからず聞き直したが、海老名さんは俺から雪ノ下達の方に向く)

 

姫菜「結衣、雪ノ下さん、私はヒキタニくんが好きだよ」

 

結衣「…………」

 

雪乃「…………」

 

姫菜「ごめんね不意打ちみたいなことしちゃって。でも、本気だから」

 

結衣「姫菜…………」

 

雪乃「海老名さん…………」

 

姫菜「二人は、どうするの?」

 

結衣「…………」

 

雪乃「…………」

 

八幡(どうするのって…………おいおい海老名さん、まるで二人が俺のことを好きみたいじゃないか)

 

雪乃「…………そうね。いつまでもこのままではいられないと思ってはいたわ」

 

結衣「ゆ、ゆきのん……」

 

雪乃「由比ヶ浜さん。私達には避けられない、いつか通らなければいけない道なのよ。それが今来たというだけ」

 

結衣「う…………」

 

雪乃「ならば、もう決着を付けにいきましょう。大丈夫よ、私達なら」

 

結衣「…………うん!」

 

八幡(なんだなんだ、いったい何の話だ?)

 

雪乃「比企谷くん」

 

八幡「お、おう」

 

八幡(いきなり話し掛けられて戸惑う。なんだよ、由比ヶ浜と海老名さんと話してる最中っぽいのに)

 

雪乃「私はあなたが好きよ」

 

八幡「………………は?」

 

雪乃「だからあなたが傷付くのは嫌だったし、演技とはいえ海老名さんに告白した件は必要以上に責めてしまったわ。ごめんなさい」

 

八幡「え? え?」

 

八幡(雪ノ下が、俺を?)

 

雪乃「さ、次は由比ヶ浜さんの番よ」

 

結衣「う、うん」

 

八幡(ちょ、ちょっと待ってくれ。今混乱してて…………)

 

結衣「ヒッキー。あたしヒッキーのことが好き」

 

八幡「…………っ!」

 

結衣「何だかんだ言っても人に優しいヒッキーは好き。でも、自分に優しくないヒッキーは嫌。胸が苦しくなるの」

 

八幡(ゆ、由比ヶ浜まで…………)

 

姫菜「あはは、ヒキタニくんモテモテだねー」

 

八幡「…………いや、笑い事じゃないだろ」

 

姫菜「そうだね。でも今まで思いも寄らなかったって表情だったから、つい」

 

八幡「そりゃそうだろ…………えっと、罰ゲームとかじゃ、ないんだよな?」

 

結衣「違うし!」

 

雪乃「私達は本気よ」

 

八幡「そ、そうか…………」

 

八幡(マジか…………)

 

姫菜「でもさ、こう言っちゃ何だけど、結衣も雪ノ下さんもヒキタニくんにとっては気持ち伝わりづらいと思うよ」

 

結衣「う…………」

 

雪乃「そう……かしら?」

 

姫菜「端から見てるとわかりやすいけどね。特に結衣はバレバレだし」

 

結衣「うえぇ!?」

 

姫菜「以前からヒキタニくんの方をチラチラ見てたし、何かあるとすぐ話題に出すし」

 

結衣「ストップストップ! これ以上だめぇ!」

 

八幡「////」

 

姫菜「雪ノ下さんも結構意識してるみたいだったしね。ヒキタニくんと話してる時は嬉々としてたし」

 

雪乃「なっ……!?」

 

姫菜「ま、ヒキタニくんはわかってなかったみたいだけど。それともわざとわからない振りしてたのかな?」

 

八幡「…………わかんねえよ。わかるわけ、ない」

 

八幡(海老名さんの言葉に軽く返そうと思ったが、思いのほか真剣味を帯びてしまったようだ。三人の表情が少し引き締まる)

 

八幡「ああ、いや、すまん。そっちがわじゃなくてこっちがわの問題な。俺が、誰かに好かれることなんて無えと思ってたからさ」

 

姫菜「だよねー。はっきり言っても疑うんだから態度で察しろってのも無理だよね」

 

雪乃・結衣「「う…………」」

 

姫菜「まあだから私から言わせてもらったんだけど。でも映画デートとかしたんだから少しは意識して欲しかったなー、なんて」

 

八幡「いや、海老名さんは誰ともそういう関係になるつもりはないって言ってたからさ」

 

姫菜「そのつもりだったんだけどね。惚れちゃったものは仕方ないよ」

 

結衣「ちょっと待ってヒッキー!」

 

雪乃「え、映画デートとはどういうことかしら?」

 

八幡「ああ、海老名さんと共通の見たい映画があったから一緒に見ただけだ」

 

姫菜「うんうん。それだけだよ。手を繋いだりそのあとファミレスで楽しくお喋りしたりしたけど全然大したことじゃないし」

 

雪乃「なっ……!」

 

結衣「ヒ、ヒッキー!! どういうこと!?」

 

八幡「いや、なんで俺に問い詰めるの?」

 

姫菜「まあまあ二人とも。全部私の方からしたことだからさ」

 

八幡「自分で煽っておきながら…………」

 

姫菜「だってさ、私は二人に比べてだいぶ出遅れちゃってるし。言葉にはしなくても二人から何らかのアプローチはされてるんでしょ?」

 

八幡「…………」

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

姫菜「あ、あれ?」

 

八幡「あんまり覚えがねえな…………というか雪ノ下に至ってはいまだに電話番号やメルアドを知らんし」

 

姫菜「ええー…………私だってもう交換したしメールも定期的にしてるよ?」

 

雪乃「し、仕方ないじゃない。一度タイミングを逃したらなかなか言い出せなくて…………」

 

姫菜「ほら、ヒキタニくん。せっかくだから今交換しといてあげなよ」

 

八幡「え、ああ。えっと、雪ノ下、交換しとくか?」

 

雪乃「え、ええ。お願いするわ」

 

八幡(この中では最も早く知り合った雪ノ下とようやく俺は連絡先を交換しあった)

 

姫菜「うーん、しかし結衣がそこまで純情だったとはねー。もうちょっと積極的にいってるかと思ったのに」

 

八幡「別に責めるわけじゃないけどさ、どっちかっていうと俺は嫌われてるんじゃないかって反応ばっかだった気がするぞ」

 

結衣「うう…………」

 

雪乃「あの、海老名さん?」

 

姫菜「ん、なに?」

 

雪乃「あなたのスタンスがよくわからないのだけれど…………あなたは比企谷くんのことが好きなのよね?」

 

姫菜「うん、そうだよ。あわよくば恋人同士とかになれたらなって思ってる」

 

雪乃「それなのに時折私達に助け舟を出すような行為をしているのは何故なの? そもそも私達の前でなく、関係ないところで動いた方が得策ではないかしら?」

 

姫菜「うーん、さっきも言ったようにフェアじゃないからかな」

 

雪乃「でも恋愛沙汰は綺麗事だけではやっていけないわよ。いえ、私も経験豊富というわけではないのだけれども」

 

姫菜「そうなんだけどね…………ね、ヒキタニくん」

 

八幡「な、何だ?」

 

姫菜「ヒキタニくんはさ、奉仕部に入って自分が変わったと思う?」

 

八幡「え…………まあ、変化はあったと思ってるよ」

 

姫菜「うん、だよね。もっと言えば結衣や雪ノ下さんと関わるようになって、だよね」

 

八幡「………………」

 

姫菜「私が好きになったのはそのヒキタニくん。結衣や雪ノ下さんのおかげで変わったヒキタニくんなんだ。なら、二人のいないとこでこそこそするのはさすがに不誠実かなって」

 

結衣「不誠実だなんて、そんな…………」

 

姫菜「やー、思った以上にヒキタニくんに惚れててさ、それに優美子達を見てて考えさせられたんだよね。ちゃんと真っ直ぐに向き合おうって」

 

雪乃「三浦さん?」

 

姫菜「うん。だから、とべっちのこともちゃんとしてきた」

 

結衣「えっ?」

 

八幡「…………昨日のことか」

 

姫菜「あ、とべっちに聞いた?」

 

八幡「ついさっきな…………こう言うのも何だが、あいつすげえ良い男だぞ」

 

姫菜「うん、知ってる。でも私が好きになったのはヒキタニくんだしねー。そもそもとべっちじゃ私の趣味を受け入れてくれそうにないし」

 

八幡「おい待て。まるで俺が海老名さんの趣味を受け入れているように聞こえるぞ」

 

姫菜「え、ファミレスでメメラギの話の前に言ってたじゃない。『姫菜、俺ならお前の趣味も何もかも受け入れてやれるキリッ』て」

 

結衣「え、ヒ、ヒッキー!?」

 

八幡「言ってねえから。否定はしないってだけだろうが。あとキメ顔もしてない」

 

雪乃「コホン…………つまり海老名さんは戸部くんを…………?」

 

姫菜「うん。ちゃんとお話して、断ってきた」

 

結衣「そ、そうなんだ…………」

 

姫菜「うん。だからヒキタニくん、この前みたいにとべっちを理由にしないでね」

 

八幡「…………しねえよ。戸部にも言われたしな」

 

結衣「え、な、何を?」

 

八幡「それは言えねえよ。戸部のためにもな」

 

姫菜「うーん、いいねぇ男の友情は。また色々捗りそう…………」

 

八幡「いや、他人事みたいに言ってるけど思いっきり海老名さんは当事者だからね? むしろ俺と戸部の間に入ってるからね?」

 

姫菜「わかってるよー。でもあんまり空気重くするのも何だかなって」

 

八幡「はあ…………」

 

雪乃「それで比企谷くん。どうするの?」

 

八幡「あん? 何が?」

 

雪乃「あなたは今、三人の女子に告白されたのよ。それの返事に決まってるじゃない」

 

八幡「……………………」

 

八幡(………………返事、か)

 

八幡(今、ここで俺が言うべきことは決まってる)

 

八幡「悪い、ちょっと…………」

 

雪乃「『ちょっと1日考えさせてほしい』なんてヘタレたことを言ったら校内の自動販売機のマックスコーヒーを買い占めて常に売り切れにするわよ」

 

八幡「…………」

 

雪乃「…………」

 

結衣「…………」

 

姫菜「…………」

 

八幡「…………ちょっと今週いっぱい考えさせてほしい」

 

雪乃「はぁ?」

 

結衣「もっとヘタレじゃん! 長すぎるよ!」

 

姫菜「あはっ! あははははは!」

 

八幡(雪ノ下は呆れ、由比ヶ浜は突っ込みを入れ、海老名さんは大ウケして机をバンバン叩く)

 

八幡「し、仕方ないだろ。告白して玉砕することはあってもされたことなんか罰ゲーム以外ではねえし! それも複数同時になんて!」

 

雪乃「そんなに難しく考える必要ないじゃない。自分の気持ちに素直になって『俺もずっとお前が好きだったよ雪乃』って言えばいいのよ」

 

結衣「ちょっとゆきのん! なんでゆきのんが選ばれてることになってんだし!?」

 

姫菜「あはは。というか今まで全然素直じゃなかった雪ノ下さんが言えるセリフじゃないよ」

 

雪乃「む…………」

 

八幡「いや、まあ何ていうか……お前らの気持ちは嬉しいよ。本気で好きになってもらったことなんかねえからさ」

 

雪乃「比企谷くん…………」

 

八幡「…………本気、だよな?」

 

結衣「だからそう言ってるじゃん! 罰ゲームとかじゃないからそんな恐る恐る聞かないでいい加減信用してよ!」

 

八幡「だ、だって」

 

姫菜「ヒキタニくん、信じてくれないならここで三人で『ヒキタニくんの良いところや好きになったところ』の暴露大会を始めちゃうよー」

 

八幡「それは勘弁してくれ…………わかったよ、信じる」

 

結衣「むー…………何か姫菜ってヒッキーの操作方法が上手い…………」

 

姫菜「ふふーん、ごめんね結衣。正妻の貫禄を見せ付けちゃったみたいで」

 

結衣「何でだし! あたしの方がヒッキーとの付き合い長いもん! ね、ヒッキー?」

 

八幡(やめて! 私のために争わないでみんな!)

 

八幡「というか一旦落ち着いてくれよ」

 

結衣「むー……」

 

八幡「まあ、なんだ。正直そんなポンと返事を出せるもんじゃないだろこれ。お前らだからこそ、真面目に、真剣に考えて答えを出してみたいんだ」

 

雪乃「仕方ないわね。それならじっくり考えなさい」

 

八幡「ああ。すまん」

 

雪乃「それと今回のことでわかったと思うけれど、あなたは自分で思うよりずっと上等な人間なのよ。昔ならいざ知らず、少なくとも今のあなたは」

 

八幡「え?」

 

雪乃「あなたを好きな人がいる。あなたが傷付くと嫌な人がいる。あなたに何かあると心配する人がいる」

 

八幡「………………」

 

雪乃「これからは、その事を心に留めてくれると嬉しいわ」

 

八幡「……ああ、わかった」

 

雪乃「…………では今日の部活は終わりにしましょう。もう帰っていいわよ比企谷くん」

 

八幡「え? でもまだ時間は…………」

 

姫菜「こらこらヒキタニくん、雪ノ下さんの赤い顔見ればわかるでしょ。もう一緒にいるだけでもいっぱいいっぱいなんだって」

 

八幡「な…………」

 

雪乃「よ、余計なこと言わないでちょうだい海老名さん」

 

姫菜「でも否定はしないんだねー。ま、そんなわけだからここは女だけにしといてよ、ほらほら」

 

八幡「お、おう。じゃあ、また明日な」

 

八幡(俺は海老名さんに背中を押され、部室をあとにした。三人が少し心配でもあったが、俺が何かできるわけもない。とりあえず帰るか…………)

 

八幡「ただいまー」

 

小町「お帰りお兄ちゃん、今日は早いね。あ、もしかして告白関係で?」

 

八幡「あー……まあそんなとこだ」

 

小町「で、どうだったの? 海老名さんに告白されて付き合うことにしたの?」ワクワク

 

八幡「いや、保留中」

 

小町「えっ?」

 

八幡「ちょっと色々あってな、今週いっぱい時間もらって考えさせてもらうことにしたんだ」

 

小町「ええー…………こう言っちゃなんだけどお兄ちゃんが告白されるなんてもう一生涯ないかもよ? それとも他に誰か好きな人がいるとか?」

 

八幡「確かに今日みたいな告白イベントはもう二度とないだろうな…………」

 

小町「だったら」

 

八幡「まあ聞けよ。俺もいっぱいいっぱいなんだから相談に乗っては欲しいんだ」

 

小町「なんか訳ありっぽいね。そんじゃじっくり聞きましょう。コーヒー淹れるからリビング来てよ」

 

八幡「おう。着替えたら行くわ」

 

八幡(俺は自室で部屋着に着替え、リビングに向かう。コーヒーのいい匂いが漂ってきた)

 

小町「お待たせー。砂糖とかはここね」

 

八幡「おう、サンキュ」

 

八幡(座って待っていると小町がコーヒーを目の前に置いてくれる。スティックシュガーをたっぷりと入れてよくかき混ぜた)

 

小町「いつも思うけどお兄ちゃん糖分取り過ぎじゃない? 糖尿病になっちゃうよ」

 

八幡「脳みそ使ってるから大丈夫だ。特に今回の件は頭痛くなるほど考えにゃならんし」

 

小町「なんか昨晩と言ってることが違う…………何があったの?」

 

八幡「聞いて驚くなよ」

 

小町「勿体ぶらないでいいから早く」

 

八幡「今日部室に行ったら雪ノ下と由比ヶ浜と海老名さんがいたんだけど」

 

小町「うん」

 

八幡「三人それぞれから告白された」

 

小町「へー。その海老名さんだけじゃなくて雪乃さんも結衣さんも告白したんだ」

 

八幡「…………なんか反応薄くね?」

 

小町「え、だって二人とも前々からお兄ちゃんが好きなんだろうなとは思ってたし」

 

八幡「…………マジで?」

 

小町「マジで」

 

八幡「俺全然わからなかったんだけど…………」

 

小町「お兄ちゃんは自惚れや勘違いをしないように無意識に自分に言い聞かせていただけだと思うよ」

 

八幡「だってよ、二人ともいつも俺のことをキモいとか言ったり蔑ろにしたり空気扱いしたりしてんだぞ」

 

小町「あー……さすがにそれは二人が悪いかな。たぶん油断もあったんだろうけど」

 

八幡「油断?」

 

小町「ほら、お兄ちゃんモテないじゃん。だから他の女が近付くことはないと思って慌てなくてもいいと考えてたんだよ、きっと」

 

八幡「おいおい、目以外は顔は悪くない。国語は学年トップクラスの成績。なかなかの高スペックだぞ俺は」

 

小町「フォロー出来ないレベルで目が腐ってる。数学は学年最下位クラス。コミュニケーション能力が致命的に不足している」

 

八幡「やめてくれ小町、その罵倒は俺に効く」

 

小町「まあ実際のところはモテモテだったわけですね、我が兄は」

 

八幡「正直今でも冗談かなんかかという疑いを捨て切れてないけどな…………」

 

小町「最近はお兄ちゃん達の仲が微妙だったからもう駄目かなーとは思ってたんだけど」

 

八幡「…………あいつらが俺を好きだっての、端から見たらわかりやすかったか?」

 

小町「うん。知らない人が見たらわからないだろうけど、親しい人なら丸分かりだったんじゃない?」

 

八幡「そうなのか…………」

 

小町「でもその海老名さんは何でお兄ちゃんを好きになったの? きっかけとか聞いた?」

 

八幡「一応な…………ほら、初詣ん時ちょっとした事件あっただろ」

 

小町「あ、あのお兄ちゃん猫騙し活躍事件?」

 

八幡「どんな事件名だよ…………その時の着物姿の女性な、あれ海老名さんだったらしい」

 

小町「えーっ!? 本当に!?」

 

八幡「ああ。部室で写真見せてもらったわ。とりあえずきっかけはそれだな」

 

小町「ほえー…………ん? でも何で部室で? 海老名さんは奉仕部関係ないんだよね?」

 

八幡「まあ簡単に言うと、雪ノ下や由比ヶ浜のいないとこで告白するのはフェアじゃないとか何とか。俺にとっても恥ずかしいからここらへんはあんま突っ込まないでくれ」

 

小町「ふむむ…………で、お兄ちゃんはどうするつもりなの?」

 

八幡「………………」

 

小町「?」

 

八幡「どうしよう…………?」

 

小町「いや、小町に聞かれても…………相談に乗るとは言ったけどちょっと予想外だったよ。海老名さんが雪乃さん達を煽るなんて。普通なら二人きりになって告白するもんだし」

 

八幡「ああ。こっちから持ちかけといてなんだけど、相談して何とかなるもんじゃないよなこれ」

 

小町「結局のところお兄ちゃんがどうしたいかってことだもんね」

 

八幡「だよなあ…………いや、その『どうしたいか』ってのが自分でもよくわかってないんだがな。だからこそ時間をもらったわけなんだが」

 

小町「今までの人生で縁がなかったから悩むのも無理ないか…………でもお兄ちゃん、これは覚えといて」

 

八幡「あん?」

 

小町「ちゃんと、お兄ちゃん自身の気持ちで答えてあげて。誰かを選んだら誰かが傷付くとか考えないで。でないとみんなに失礼だよ」

 

八幡「…………ああ、わかってる」

 

八幡(戸部にも似たようなこと言われてるしな)

 

八幡(さて、一晩考えた結果)

 

八幡「何も思い付かなかった…………」

 

小町「そもそも考えてわかることでもなくない?」

 

八幡「かもな…………ふわぁ……眠いけど学校行くかな。小町は休みなんだっけ?」

 

小町「うん。自由登校だから家で勉強するつもり。行ってらっしゃーい」

 

八幡(俺は小町に手を振って玄関を出る。自転車を押して通りに出たところで)

 

姫菜「あ、ヒキタニ君、偶然だね。はろはろ~」

 

八幡(海老名さんに声を掛けられた…………いやいや)

 

八幡「家の場所全然違うだろうが…………待ち伏せか?」

 

姫菜「あちゃー、バレちゃった? うん、ヒキタニ君と一緒に登校したくてさ」

 

八幡「一緒にって、俺自転車なんだけど…………」

 

姫菜「うん、そうだね」

 

八幡「…………」

 

姫菜「…………」ニコニコ

 

八幡「…………後ろ、乗るか?」

 

姫菜「いいの? ありがとうヒキタニ君」

 

八幡(海老名さんは嬉しそうに微笑む。くっ、ドキッとしてしまった)

 

姫菜「じゃ、お邪魔しまーす」

 

八幡「ああ」

 

八幡(海老名さんが荷台に跨がり、サドルに座った俺の腰に腕を回す。心なしか以前より込める力が強いような…………)

 

姫菜「えへへー、こんな恋愛漫画みたいなことができるなんてね。好きな男子の自転車の後ろに乗って登校する男子のお話は何度も見てきたけど」

 

八幡「それ恋愛漫画じゃなくてBL漫画だからな」

 

姫菜「男の子同士だって立派な恋愛だよっ!」

 

八幡「お、おう」

 

姫菜「あ、でもヒキタニ君は駄目だからね。ちゃんと女子に恋愛すること」

 

八幡「男子に恋愛することはないから大丈夫だっての」

 

姫菜「戸塚君もだよ?」

 

八幡「え、戸塚は男子じゃなくて戸塚だろ?」

 

姫菜「ちょっと前の私ならその一言で暴走してたんだろうなあ…………」

 

八幡「もう『はや×はち』は諦めてくれたか?」

 

姫菜「うん。『はや×はち』も『とつ×はち』も『とべ×はち』も『ざい×はち』もやめたよ」

 

八幡「多いな! んで総受けにされてんのか…………」

 

姫菜「ヒキタニ君自分からガンガン攻めるタイプじゃないしねー。だから私から告白してるんだし」

 

八幡「そ、そうか」

 

姫菜「でも私に振り向いてもらいたいからやめたんだよ。だからもし私をフったらまた餌食にしちゃうよ~」グフフ

 

八幡「斬新な脅し方だな……」

 

姫菜「ま、冗談だけどね」

 

八幡「冗談に聞こえないところが恐ろしいな」

 

八幡(そんな会話をしながら学校近くの歩道橋まで来る)

 

姫菜「じゃ、ここらへんでいいよ。ヒキタニ君朝から目立つの嫌でしょ?」

 

八幡「だったら昼とかもほっといて欲しいんだが…………」

 

姫菜「うん、前向きに検討しとくよ」

 

八幡「ほぼ断りの言葉だよな、それ」

 

姫菜「あはは、じゃあまたあとでね」

 

八幡(海老名さんは手を振って歩道橋を上がっていく。自転車の俺はもう少し先の横断歩道まで行かないとならない)

 

八幡「…………」

 

八幡(本当ならシリアスな会話になるはずの内容だったのだが、ところどころツッコミ箇所があったためにしどろもどろにならずにすんだ。わざと、なのかなあ…………?)

 

八幡(さて、昼休みである)

 

八幡(完全に空気と化し、誰にも気付かれぬまま教室を出ることに成功した。ステルスヒッキーの名は伊達じゃない!)

 

八幡(朝一番に海老名さんが絡んできた以外は特に何事も起こらなかったし、久々に気を使わないぼっちメシを満喫できそうだな)

 

八幡(購買で昼食を購入し、一応他に人がいないか確認してからベストプレイスに腰を下ろす)

 

八幡「ふう…………」

 

八幡(落ち着く…………つくづく俺はぼっち気質なんだなあ……)

 

八幡「こんな俺の何が良いのやら」

 

姫菜「教えて欲しいならいくらでも言ってあげようか?」

 

八幡「うおぉっ!? え、海老名さん!?」

 

姫菜「こんなとこにいたんだ。今日は結衣も私達とご飯一緒だったのにヒキタニ君すぐにいなくなっちゃうんだもん…………よっこいしょ」

 

八幡(いつの間にか現れた海老名さんは俺の隣に座る…………って、近い近い!)

 

姫菜「で、ジャン負けして飲み物買いに行ったらヒキタニ君見つけたから来ちゃった」

 

八幡「別に来なくていいのに…………」

 

姫菜「大丈夫。みんな待たせてるしすぐに行くから」

 

八幡(宣言通り、海老名さんは立ち上がる)

 

姫菜「んー、でも自分でもびっくりだね」

 

八幡「何がだ?」

 

姫菜「好きな人とちょっとお話出来ただけで、すっごい嬉しくなっちゃう乙女心が自分の中にあったなんてさ」

 

八幡「なっ…………!」

 

姫菜「あははっ、じゃあまたね」

 

八幡(戸惑う俺をよそに海老名さんは自販機のある方向へ行ってしまった)

 

八幡「…………」

 

八幡(顔が、熱い。間違いなく真っ赤になっているだろう)

 

八幡(本来なら震えるほど冷たい風が心地いいほどだ。味がよくわからなくなった残りの昼食を俺は頬張った)

 

八幡「うーっす」ガラガラ

 

雪乃「こんにちは比企谷君」

 

八幡「おう」

 

八幡(放課後になり、俺は奉仕部部室へとやってくる。カバンを机に置き、いつもの席に座った)

 

雪乃「比企谷君、紅茶を淹れようと思うのだけれどあなたも飲むかしら?」

 

八幡「あれ、由比ヶ浜を待たなくていいのか?」

 

雪乃「由比ヶ浜さんは三浦さん達と出掛けるそうよ」

 

八幡「そうか。んじゃ頼むわ」

 

雪乃「ええ」

 

八幡(雪ノ下は席を立ち、準備を始める。なら今日は二人か)

 

八幡(二人…………? うぐ、ちょっと意識しちまうな)

 

雪乃「はい、どうぞ」

 

八幡「おう、サンキュ」

 

八幡(俺は目の前に出されたカップを取り、冷ましながら口に含む)

 

雪乃「でも正直あなたも今日は来ないと思っていたわ」

 

八幡「あん? 何でだ?」

 

雪乃「告白してきた相手と同じ部屋で過ごすなんてあなたにとって苦痛ではないかと思ったもの」

 

八幡「う…………まあな」

 

雪乃「それでも来たということはもう答えが出たのかしら?」

 

八幡「俺がそんなすぐに決断できるとはお前も思ってないだろ?」

 

雪乃「ええ、もちろん」

 

八幡「即答かよ…………まあさすがに目を逸らしていい問題じゃないしな。ちゃんとみんなと向き合わなきゃならんし」

 

雪乃「あら……ふふ、由比ヶ浜さんも当てが外れたわね」

 

八幡「由比ヶ浜?」

 

雪乃「どうせあなたが来ないと踏んで彼女は三浦さん達と出掛けることにしたのよ。最近御無沙汰だったらしいから」

 

八幡「そういやずっとこっちに顔出してたもんな」

 

八幡(そして冬休み中は分解しかけていたわけだし、なかなか集まる機会もなかったのだろう)

 

雪乃「ねえ、比企谷君」

 

八幡「何だ?」

 

雪乃「私は彼女達を…………いえ、葉山君や戸部君達も含めたあのグループは、正直上辺だけの関係と思っていたこともあったわ」

 

八幡「あー……俺もだな」

 

雪乃「でも、あのグループは色んなことがあっても元通りになった。どの告白も成功していないというのに」

 

八幡「そう、だな……」

 

雪乃「奉仕部も」

 

八幡「え?」

 

雪乃「奉仕部も、あれに負けないくらいの繋がりはあると私は思っているわ」

 

八幡「………………」

 

雪乃「だからあなたがどんな答えを出そうとも、私達はそれを受け入れて、尚且つ今まで以上の関係を保てると信じている」

 

八幡「雪ノ下…………」

 

雪乃「だからあなたはあなただけのことを考えて答えを出してちょうだい。それがきっと一番いい結果に繋がるはずよ」

 

八幡「…………ああ」

 

八幡(俺は雪ノ下の言葉に神妙に頷く。それに満足したか、雪ノ下は紅茶のおかわりの支度を始めた。二人とも飲み干してしまったしな)

 

雪乃「ちなみにこれは私だけでなく、私達三人の総意よ」

 

八幡「昨日話し合ったのか?」

 

雪乃「ええ。誰が選ばれても恨みっこなし。選ばれなくても関係を変えたりしない。あと校内での人前での露骨なアピールや強引な誘いは比企谷君に迷惑だからしない。など、ね」

 

八幡「ああ、だから昼休みとか無理に誘ってこなかったのか」

 

雪乃「断られたらそこで諦めると言っていたけれど、その前に逃げ出したらしいわね…………どうぞ」コトッ

 

八幡「サンキュ…………まあ何があるかわからなかったしな。結局海老名さんには見つかってちょっと話はしたけれど」

 

雪乃「え、ぬ、抜け駆け? 比企谷君、その状況を詳しく教えなさい!」

 

八幡「うお、食いつくな…………いや、一人でメシ食ってたらたまたま通りかかった海老名さんとちょっと話しただけだよ。本当に偶然ぽかったぞ」

 

雪乃「そ、そう。ならいいのだけれど」

 

八幡「でも校内でってことは学外ではなんかするつもりなのか?」

 

雪乃「そんなことは…………いえ、その手があったわね」

 

八幡「変なこと企むなよ……てか朝の海老名さんの行動はそれだったのか」

 

雪乃「朝?」

 

八幡「ああ。何か一緒に俺と登校したいからっつってうちの前で待ってたわ」

 

雪乃「! そ、それで、一緒に登校したのかしら?」

 

八幡「まあ、な。自転車の後ろに乗っけて途中まで。人通り多くなる辺りで別れたけど」

 

雪乃「くっ……彼女、行動力あるわね…………こうなったら私も明日……」ブツブツ

 

八幡「おいやめろ」

 

雪乃「私だって比企谷君とお付き合いしたいのよ。海老名さんに負けていられないわ」

 

八幡「お、お付き合いしたいって……」

 

雪乃「あっ……」////

 

八幡「いや、今更照れることでもないんだろうけど…………」

 

雪乃「と、とにかく、一番付き合いが長いはずの私が出遅れている気がするのは否定できないわ。もう少し攻めないと…………」

 

八幡「その、気持ちは嬉しいけど、あんまやりすぎると引くからな俺。釘を差しとくが」

 

雪乃「…………わかったわ」

 

八幡(それからしばらくは何事もない日々を過ごした。俺からの誘いでない限り、抜け駆けになる行為は禁止だということになったらしい)

 

八幡(思えばあの朝の海老名さんの行動はこれを見越してのことかもしれない。ギリギリ協定違反にならないところをついてきたというか)

 

八幡「誰を選ぶか、か…………」

 

八幡(誰も選ばないという選択肢はない。三人が三人とも俺なんかには不釣り合いなほどの女子だし、俺だって彼女達に好意は持っている)

 

八幡(雪ノ下雪乃

 

八幡(由比ヶ浜結衣

 

八幡(海老名姫菜)

 

八幡(仮にこの中の誰か一人だけに告白されたのなら、数日悩んだ末に受け入れただろう)

 

八幡(だけど俺は選ばなくちゃいけない。放棄することは許されないんだから)

 

八幡「………………」

 

八幡(俺は…………)

 

雪乃「比企谷君。今日はもう金曜日なのだけれど、決心はついたのかしら?」

 

八幡(部室にいると、雪ノ下がそう聞いてきた。由比ヶ浜と、たまに遊びに来るようになった海老名さんもこちらを見る)

 

八幡「………………ああ」

 

雪乃「! そう……ここで聞いても構わないのかしら?」

 

八幡「いや、ダメだろ…………その、ちゃんと一人ずつ話したいし。明日か明後日俺のために時間くれるとありがたいんだが」

 

雪乃「ならこうしましょう。比企谷君、デートをしなさい」

 

八幡「え?」

 

雪乃「私達とそれぞれデートをして、終わり際にフるなり告白なりの言葉をくれればいいわ」

 

姫菜「あ、フられる二人にも思い出をってこと?」

 

雪乃「ええ。お二人には悪いからそれくらいのサービスはしてあげてもいいと思ったのよ」

 

結衣「ちょっ、なんでゆきのんが選ばれるのが決まりみたいな言い方してんの!?」ブーブー

 

姫菜「そうだそうだー」ブーブー

 

八幡(なにこいつら。いまいちシリアスになりきれないんだけど)

 

雪乃「比企谷君はそれでいいかしら?」

 

八幡「え、あ、ああ。ならあとで時間と場所決めてメールするから」

 

結衣「あれ、ヒッキーが決めてくれるの?」

 

八幡「さすがにな…………いくら俺がヘタレっつってもこれくらいは」

 

姫菜「じゃ、デートのお誘い心待ちにしてるね」

 

八幡(くっ…………改めて言われると恥ずかしい)

 

雪乃「思い出すわね。わんにゃんショーとかの二人で出掛けたときのこと」ニコニコ

 

結衣「思い出すねー。夏祭りとかに二人で出掛けたときとか」ニコニコ

 

姫菜「二人ともいいなあ。私なんかせいぜい映画館行ったくらいしかないや。あ、あとは自転車の二人乗りでの送り迎えくらいかな」ニコニコ

 

八幡(怖い怖い! 笑顔なのに火花が飛び散ってんぞ! かといって俺が何か言える立場でもないか…………)

 

八幡(が、すぐにその牽制合戦は鳴りを潜め、もうこの話は終わりだというように三人は雑談をしだす。いつも通り空気になった俺はスマホを取り出して調べ物を始めた)

 

雪乃(部活が終わり、帰宅途中にメールの着信音が鳴った)

 

雪乃(差出人は比企谷君から。内容は『明日、昼一時からで大丈夫か? オーケーなら駅前に集合でどうだ?』というものだった)

 

雪乃(私は了解の返事を送る。どこへ連れて行ってくれるつもりなのかしらね)

 

雪乃(………………)

 

雪乃(…………でも)

 

結衣(ゆきのん達とわかれてバスに揺られているとポケットの中で携帯が震えた)

 

結衣(優美子あたりからメールかなと確認すると、ヒッキーからのだった。あたしは慌ててメールの中身を見る)

 

結衣(『明後日、昼一時からで大丈夫か? オーケーなら駅前に集合でどうだ?』だった。顔文字も絵文字もない用件だけのメールなのに、ヒッキーからというだけで嬉しくなる)

 

結衣(あたしはオッケーの返事を送った。どこ行くつもりなのかなあ)

 

結衣(………………)

 

結衣(…………でも)

 

 

姫菜(そういえばヒキタニ君からの連絡がないまんまだ。忘れてるってことはないだろうけど…………さすがにそんな不誠実な性格じゃないだろうし)

 

姫菜(家に着いたら確認のメールしよっと…………あ、この交差点、よくヒキタニ君に送ってもらってるとこだ)

 

八幡「よう」

 

姫菜(そうそう、こんなふうに自転車に乗ってて…………って)

 

姫菜「ヒ、ヒキタニ君!?」

 

姫菜(さっきわかれたはずのヒキタニ君が目の前にいた)

 

姫菜「ど、どうしたの?」

 

八幡「ああ、ちょっと海老名さんに伝えることがあって」

 

姫菜「あ、デートのこと? メールでよかったのに」

 

八幡「いや、違う…………違わないか、それも含めてだな。海老名さん、俺、悪いけど明日明後日は海老名さんとデートしないでいいか?」

 

姫菜「え…………」

 

八幡「余計な気遣いなんだろうけど、明日明後日くらいはあの二人に時間を割こうと思ってな」

 

姫菜「…………どういうことかな?」

 

八幡「今後は海老名さんに時間を使うってことだよ」

 

姫菜「………………え?」

 

八幡「海老名さん。俺は海老名さんが好きです。俺と、付き合ってください」

 

姫菜「………………」

 

八幡「………………」

 

姫菜「…………えっ?」

 

八幡「だから、俺は海老名さんと付き合いたいんだよ」

 

姫菜「………………」

 

八幡「………………」

 

姫菜「…………ホント?」

 

八幡「本当だって」

 

姫菜「………………」

 

八幡「………………」

 

姫菜「…………マジで?」

 

八幡「マジだってば」

 

姫菜「ゆ、結衣でも雪ノ下さんでもなく、私を選んでくれるの?」

 

八幡「ああ」

 

姫菜「………………」

 

八幡「………………」

 

姫菜「…………冗談じゃなくて?」

 

八幡「あのさ、嫌なら断ってくれてもいいんだぜ? フられるのは慣れてるから」

 

姫菜「あああ違うの! ちょっと信じられなくて…………なんだかんだ言っても私が選ばれることはないんだろうなーって考えてたから」

 

八幡「そうなのか?」

 

姫菜「やっぱりあの二人に比べたら付き合いも短いし女性の魅力もイマイチかなーって。スタイルがいいわけでも可愛いわけでもなくて…………」

 

八幡「海老名さん、あんまり俺が好きになった女子を貶さないでくれるか?」

 

姫菜「えっ……」

 

八幡「俺は、海老名さんが一番好きなんだ」

 

姫菜「う…………」

 

八幡「海老名さん?」

 

姫菜「やば……嬉しくて泣きそう…………ヒキタニ君、ちょっと胸借りていい?」

 

八幡「…………通報とかされねえかな?」

 

姫菜「今ここでわんわん泣く方が目立っちゃうよきっと」

 

八幡「なら仕方ねえか……俺なんかでいいなら」

 

八幡(道の端に寄り、自転車を止めて海老名さんの方に振り向く。海老名さんは飛び込んでくるように俺に抱きついて胸に顔を埋めた)

 

八幡「おっ、と」

 

姫菜「ありがとう……ありがとうヒキタニ君…………すっごい嬉しい…………」グスグス

 

八幡「いや、そんな泣くほど喜ばれるとこっちが恐縮しちゃうんだけど」

 

姫菜「だって、だって……八割くらいは諦めてたから…………結衣や雪ノ下さんも一緒に告白させたこと、何度も後悔しそうになったし……!」グスグス

 

八幡「でもそういうふうなところも俺が海老名さんを好きになった原因でもあるけどな」

 

姫菜「うう……恥ずかしいけど嬉しい…………」

 

八幡「ちなみに俺も今恥ずかしいからな。周囲の視線的な意味で」

 

姫菜「ごめん……もうちょっとだけ…………」

 

八幡「ああ、別に嫌なわけじゃないから」

 

 

八幡(自転車に二人乗りをしたときは背中から抱きつかれたが、正面からはさすがにドキドキがハンパない。バレてないだろうか?)

 

姫菜「ん……ありがとう。ごめんね、服、汚れちゃった」

 

八幡「こんくらいどうってことねえよ」

 

八幡(海老名さんは顔を離し、ハンカチを取り出して涙の跡を拭く)

 

姫菜「ね、ちょっとだけ時間くれる? 少し、お話したいな」

 

八幡「少しなんて言わずにいくらでも。あ、だけどその前にちゃんと返事もらっていいか?」

 

姫菜「え?」

 

八幡「俺も疑り深い性格だからさ。曖昧にしたくないんだ」

 

姫菜「うん、わかったよ」

 

八幡「じゃあ改めて…………海老名姫菜さん、好きです。俺と付き合ってください」

 

姫菜「はい。私も比企谷八幡君が好きです。これからよろしくお願いします」

 

八幡「…………くっ」

 

姫菜「…………ふふっ」

 

八幡(少しかしこまったやり取りにお互いが同時に吹き出す)

 

八幡「で、どうする? サイゼでも行くか?」

 

姫菜「うーん、それはちょっともったいないかな。そこのコンビニ前のベンチでいい? 色気ないけど」

 

八幡「いいよ、海老名さんとならどこでも」

 

姫菜「あはは、さらっと言ってるけど顔真っ赤だからね?」

 

八幡「うっせ」

 

 

八幡「お待たせ、はいよ」

 

姫菜「うん、ありがとー」

 

八幡(コンビニで買った肉まんとホットティーを、ベンチに座っていた海老名さんに差し出す。俺は少し間を空けて隣に座った)

 

姫菜「むー……ヒキタニ君、寒いー。もっとくっついてよー」

 

八幡「え、いや、それは……」

 

姫菜「いいもん。私がいくから」スッ

 

八幡(ちょっ、近い近い! 触れ合いそう、どころでなくべったりと腕や肩がくっついている)

 

姫菜「じゃ、冷めないうちに食べよ。いっただっきまーす」

 

八幡「お、おう、そうだな」

 

八幡(俺達は肉まんにかぶりついた。うん、温かくて美味い)

 

姫菜「ふふ、優美子や隼人君達とはこういう買い食いとかしてるけど、ヒキタニ君と二人でするなんて去年の私が聞いたら驚くだろうなあ」

 

八幡「俺もだな。まさか海老名さんとだなんて」

 

姫菜「あの初詣が転機だったね」

 

八幡「あれが海老名さんだったなんて予想だにしなかったわ」

 

姫菜「知らない人でも助けようとするヒキタニ君はかっこいいなあ」

 

八幡「やめてくれ。最初は見捨てようとしたんだが、目が合っちまったからやむなく手助けしたんだ。俺はそんな善人じゃない」

 

姫菜「ふふ、ならそういうことにしとくね」

 

 

八幡(くっ、何やら暖かい目で見られている。良い人だなんて思われたくないんだが…………)

 

姫菜「あの時さ、ちょっと神様を恨んだんだよね。お賽銭奮発してお願い事したのに酔っ払いに絡まれるなんてー、って」

 

八幡「どんな願い事をしたんだ?」

 

姫菜「またみんなで仲良くできますようにって。ほら、私達のグループ、微妙なときだったからさ」

 

八幡「ああ、そうだったな」

 

姫菜「ついでに私にもいいことありますようにってね。いち女子高校生には大金の五千円札出したんだからそのくらい聞いてくれるかなって」

 

八幡「多いな! 俺なんか五百円だぞ。それでも高いと思ってんのに」

 

姫菜「いやー、苦しい時の神頼みってやつで。あと今年はあの着物着たら親戚一堂がお年玉奮発してくれてね。えいや、って」

 

八幡「そしたら初っぱなから酔っ払いに絡まれるという」

 

姫菜「そーそー、もう厄年決定かなって。でも蓋を開けてみたらみんなとまた元通り仲良くなれるしヒキタニ君は私と付き合ってくれるって言うし。御利益すごいねあそこの神社は」

 

八幡「じゃあ俺の願い事も叶うといいな」

 

姫菜「ヒキタニ君は何をお願いしたの?」

 

八幡「小町……妹の受験がうまくいきますようにってな」

 

姫菜「あ、千葉村に来てた子だよね。ちょっとヒキタニ君に似てた子」

 

八幡「似てるか? あんな可愛い妹とこんな腐った目の俺が」

 

姫菜「うん。よく見ればところどころ似てるよ。初対面から思ってたもん」

 

八幡「そうか、やはりちゃんと血は繋がっているのか…………じゃあ結婚出来ないな」

 

姫菜「あははー、噂に違わぬシスコンぷり! 今度ちゃんと紹介してね?」

 

八幡「ああ、小町も海老名さんと話してみたいだろうし…………あ、そういえば」

 

姫菜「なになに?」

 

八幡「いや、初詣の時小町も一緒だったんだけどな、小町の願い事が…………」

 

姫菜「受験のことじゃないの?」

 

八幡「それもなんだが、加えて『俺に春がきますように』って願ったらしい。見事に叶っちまったな」

 

姫菜「おおー、ますますあの神社がすごく見える」

 

八幡「これなら受験も期待できそうだ。受かったら後輩になるんだしよろしくやってくれ」

 

姫菜「あ、総武受けるんだ。仲良くできるといいな」

 

八幡「頼むわ。あ、ゴミ捨てるからくれよ」

 

姫菜「うん、ありがとー」

 

八幡(食べ終えた肉まんの包み紙を受け取り、腰を浮かせて少し離れたゴミ箱に放り込む)

 

八幡「! え、海老名さん…………?」

 

八幡(そのまま座り直した途端、海老名さんがきゅっと俺の手を握ってきた。俺は驚いて海老名さんの顔を見るが、先ほどとは違って真剣な表情になっている)

 

姫菜「ね、ヒキタニ君」

 

八幡「……なんだ?」

 

姫菜「仮にさ、私が一切関わりなかったとして、結衣か雪ノ下さんに告白されていたらさ、ヒキタニ君はその告白を受け入れたかな?」

 

八幡「…………仮定の話ではあるが……受けていたかもな。あの二人を憎からず思ってんのは間違いないし」

 

姫菜「本当に私でいいの? その、しつこくてごめん。でも不安なんだ。なんであの二人より私を選んでくれたんだろうって…………」

 

八幡「そりゃ俺が海老名さんを好きになったからだが…………一番の理由としては楽しいからだよ」

 

姫菜「え?」

 

八幡「雪ノ下と話しているより、由比ヶ浜と話しているより、海老名さんと話しているのが一番楽しいからだ。雪ノ下と二人でいるより、由比ヶ浜と二人でいるより、海老名さんと二人でいるのが一番落ち着くからだ」

 

姫菜「う…………////」

 

八幡「いや、落ち着くっていってもドキドキしたりはしてるけどな」

 

姫菜「知ってる。さっき抱き付いた時にすごく心臓早かったもんね」

 

八幡「それは言わなくていい……」

 

姫菜「ふふ。でも私はずっとドキドキしっぱなしだよ。ヒキタニ君と一緒にいるんだもん」

 

八幡「そ、そうか」

 

姫菜「うん、聞いてみる? 結衣みたいにおっきくはないけど、耳当てていいよ」

 

八幡「おう。んじゃありがたく…………って、やんねーから!」

 

姫菜「あはは。うん、私もヒキタニ君とお話するの、楽しいな」

 

八幡「そう言ってくれるとありがたい。昔は会話すら拒まれていたからな。むしろ存在に気付かれてないまである」

 

姫菜「えへへー、ヒキタニ君、大好き」

 

八幡「!!」

 

八幡(海老名さんは繋いでいた手を離し、両手で腕を組んできた。とっさに身体が引こうとしたのを我慢する。恥ずかしくても逃げちゃいけないだろこれは)

 

姫菜「んふふー」

 

八幡(俺が抵抗しなかったのに気を良くしたか、海老名さんは抱きかかえるように俺の腕をぎゅっとし、顔を肩辺りに埋めてくる)

 

八幡「え、海老名さん、その、腕に当たってるから…………」

 

姫菜「んー、いいよ別にそのくらい」

 

八幡(海老名さんは体勢を変えるつもりはないようだ。持つかな俺の理性…………)

 

八幡(しばらく二人とも黙ったままその体勢だったが、いつまでもこうしているわけにもいかない。俺は話を切り出す)

 

八幡「なあ海老名さん、今こうしているのって一応デートってことでいいのかな?」

 

姫菜「え? うーん、いいんじゃない? 好きな人同士が買い食いしてお喋りしてるなら」

 

八幡「…………そっか」

 

姫菜「それがどうかしたの? …………ああ、なるほど」

 

八幡「え、何を納得したんだ?」

 

姫菜「明日明後日、結衣と雪ノ下さんとデートするんだね。私より先にデートすることに躊躇いを感じてたんでしょ?」

 

八幡「察し良すぎだろ…………まあそんなとこだが。わがままなのはわかってるんだけどさ、俺にとってはあの二人も大事な存在なんだ。恋愛感情抜きでな」

 

姫菜「うん、わかってるよ。私に気を遣わないでいいから」

 

八幡「…………いいのか?」

 

姫菜「たぶんお互い様だよ。私だって隼人君やとべっち達と行動することあるもん」

 

八幡「そういやそうだな」

 

姫菜「気になるなら頻度減らすくらいはするけど…………でも私もあのグループは心地いい居場所でもあるの。ヒキタニ君にとっての奉仕部と一緒」

 

八幡「わかってるさ。浮気とかも心配してないし。海老名さんはそういう人じゃない」

 

姫菜「えー、私結構腹黒いよ? 二股かけてヒキタニ君を振り回しちゃうかも」クスクス

 

八幡「そん時は俺の見る目がなかったってことなんだろうな。ま、そうなったら何とか俺一人に向くように頑張るけど」

 

姫菜「そこは怒ったりしようよ…………」

 

八幡「いやいや、所詮俺如きだぞ。正直いつ捨てられるかハラハラしながら付き合うことになりそうだからな。頑張らないと」

 

姫菜「大丈夫だって。私はヒキタニ君ひとすじだからさ」

 

八幡「お、おう」

 

姫菜「だから結衣達ともデートしてきていいよ。むしろ告白を断るためのデートなんだからしてきてもらわなきゃ」

 

八幡「ああ」

 

姫菜「でもどんなデートだったかはあとで聞かせてほしいな。もちろん当たり障りないとこだけでもいいから」

 

八幡「わかったよ。明後日の夜に電話してもいいか?」

 

姫菜「オッケー。お待ちしてまーす」

 

八幡「んじゃそろそろ帰るか。あまり遅くなったら家族も心配すんだろ。送ってく」

 

姫菜「うん、よろしくー」

 

八幡(俺達は自転車に乗らず、歩くことにした。どちらが言い出したわけでもなく、自然とそうなったのだ)

 

八幡(適当なアニメや漫画の話をしながら歩いていると、あっという間に海老名さんの家の近くまで到着してしまう)

 

姫菜「じゃ、ここでいいよ。またね」

 

八幡「おう。んじゃな」

 

八幡(海老名さんが手を振り、俺は自転車を反転させる)

 

姫菜「あ、ちょっと待って」

 

八幡(サドルに跨がろうとした途端、海老名さんに呼び止められた。なんだ?)

 

八幡「どうし、んむっ…………」

 

八幡(!!?)

 

八幡(振り向いた瞬間、突然海老名さんの顔が寄ってきて俺の唇が塞がれた。海老名さんの唇によってだ)

 

八幡「え、海老名さん…………」

 

姫菜「えへへ……ま、またね!」

 

八幡(顔が離れると海老名さんは逃げるようにその場を去っていく。俺はしばらくの間呆然と突っ立っていた)

 

八幡「よう」

 

雪乃「あら、随分早いのね。まだ二十分前よ」

 

八幡「お前だってその二十分前に来てんだろ」

 

八幡(駅前で待っていると、雪ノ下が近付いてきたので声をかける)

 

八幡「んじゃ行くか」

 

雪乃「あら、もう行く場所を決めてるのかしら?」

 

八幡「ああ、少し歩くけど雪ノ下なら気に入ってくれると思う」

 

雪乃「自分でハードルを上げるなんて随分自信があるのね。楽しみだわ」

 

八幡(俺と雪ノ下は並んで歩き出す)

 

雪乃「ところで、『あまりめかし込むな』とメールにあったのだけれど、あれはどういうことかしら?」

 

八幡「ああ、ちょっと汚れる可能性が無きにしもあらずだからな」

 

雪乃「いったいどこに連れ込む気なのよ…………」

 

八幡「まあ任せろ。ネットにも情報があまり出回ってないから雪ノ下も知らないところだと思うが、落胆はさせないつもりだ」

 

雪乃「逆に怖いわね…………あまり期待しないでおくことにするわ」

 

八幡「まあ行けばわかるさ」

 

八幡(しばらくとりとめのない雑談をしているうちに目的地近くまでやってきた。えーっと)

 

八幡「あった。このビルの三階だ。エレベーター乗ろうぜ」

 

雪乃「え、ええ」

 

八幡(何か目的地のヒントになるものがないか探しているのかキョロキョロしている雪ノ下を連れてエレベーターに乗り込む)

 

雪乃「ふぁ…………」

 

八幡(エレベーターを降りて店のドアを開けた途端、雪ノ下は間の抜けた声を出して固まってしまった。俺はその脇を通って店員に話し掛ける)

 

八幡「すいません、予約してた比企谷ですけど」

 

店員「いらっしゃいませ。当店の御説明をさせていただきます」

 

八幡(店員にシステムなどの説明を受け、席に案内される…………って)

 

八幡「おい雪ノ下、いつまで固まってんだ」

 

雪乃「はっ…………ひ、比企谷君、ここは!?」

 

八幡「最近出来た猫カフェだよ。とりあえず席に座るぞ」

 

雪乃「え、ええ」

 

八幡(奥の和室タイプに通され、卓袱台の前に座る。メニューを見ようとしたところでさっそくトテトテと猫が雪ノ下に寄ってきた)

 

雪乃「ひ、比企谷君! 猫が! 猫が!」

 

八幡「ああ、猫だな」

 

雪乃「な、撫でてもいいのかしら?」

 

八幡「乱暴にはするなよ。あとすぐ店員さんくるから頼むものを決めとけ」

 

八幡(雪ノ下はメニューをチラッと見ただけでクッキーと紅茶のセットだと俺に伝え、寄ってきた猫を撫で始める)

 

八幡(その夢中っぷりに少し苦笑しながら俺は店員に注目を告げた。雪ノ下が楽しそうで何よりだ)

 

雪乃「ああ……可愛いわね…………ねえ、比企谷君もそう思うでしょ? …………あら、もう紅茶とクッキーが届いていたのね」

 

八幡「いや、もう十分以上前に来てるからな。絶対その紅茶冷めてるから」

 

八幡(雪ノ下は撫で続けていた猫からようやく目線をこちらに向けた。どんだけ夢中になってんだよ)

 

雪乃「そういえばこのクッキー、猫ちゃんも食べられるようになってるのよね。いるかしら?」

 

八幡(欠片を摘まんで猫に差し出すと、ニャーオと軽く礼を言うように鳴き、パクッとそのクッキーを口にする。ていうかナチュラルにちゃん付けしたな)

 

雪乃「ふふ、ちゃんとお礼が言えてお利口さんなのね…………ねえ、比企谷君」

 

八幡「なんだ?」

 

雪乃「その、驚くかもしれないけど、実は私……猫が好きなのよ…………」

 

八幡「何で重大発表するみたいな雰囲気なんだよ! 知ってるから!」

 

雪乃「え、バ、バレていたの?」

 

八幡「むしろ隠せてると思ってたことに驚きだよ…………」

 

雪乃「そんな私がここを知らなかったなんて、迂闊にもほどがあるわ」

 

八幡「いや、ここ出来たばっかりでホームページとかもないから無理ねえよ。俺はネットの『街の掲示板』で知ったが」

 

雪乃「ふふ、連れてきてくれてありがとう。嬉しいわ」

 

八幡「お、おう。なら良かった」

 

八幡(雪ノ下はにっこりと笑い、次から次へと寄ってくる猫に構った)

 

八幡(しかしそれでも時々俺の方に話し掛けてき、何気ない会話をする)

 

八幡(雪ノ下は心底楽しそうだったが、いつまでもこうしているわけにもいかない)

 

八幡「雪ノ下、そろそろ時間だ」

 

雪乃「え、も、もう?」

 

八幡「もうって…………四時間コースだぞ。どんだけ夢中なんだよ」

 

雪乃「うう…………」

 

八幡「また来ればいいだろ。一人ででも、誰かとでも」

 

雪乃「そうね…………わかったわ。お会計をしましょう」

 

八幡「ああ、もう払ってあるから…………驚いた顔すんなよ。デートなんだったらこれくらいしたっていいだろ」

 

雪乃「…………ええ」

 

八幡(店の外に出てからなぜか雪ノ下は黙ったままだった。どうしたんだ?)

 

雪乃「ねえ比企谷君」

 

八幡「お、おう。なんだ?」

 

雪乃「このあとはどういうプランなのかしら? まだサプライズはあるの?」

 

八幡「いや、驚かせるようなことは特にない。ショッピングモール廻ってどっかで夕飯にするかと思ってたが」

 

雪乃「そう。なら今日はもうここでいいわ。素敵なお店を教えてくれてありがとう」

 

八幡「…………え?」

 

雪乃「あなたが私を喜ばせようとしてここに連れてきてくれた。私はもうそれで充分よ」

 

八幡「ゆ、雪ノ下…………」

 

雪乃「また、月曜日に会いましょう。さよなら、私の好きだった人…………」

 

八幡「あ、お、おい…………」

 

八幡(俺は突然の言葉に戸惑う。しかし背中を向けて俺から離れていくその姿を、俺はどうしても追うことができなかった)

 

八幡(雪ノ下には分かっていたんだろうか。俺が雪ノ下を選ばないことに)

 

八幡(それでも、俺は…………)

 

結衣「わ、ヒッキーが先に来てる!」

 

八幡(日曜日の昼過ぎ、待ち合わせ場所で待っていると由比ヶ浜がやってきた)

 

八幡「そこまで驚かれることなのかよ…………」

 

結衣「あ、ち、違うの! ただヒッキーがこんなに早く来てるなんて思わなくて!」

 

八幡「何も違わねえじゃねえか。まあいいや、行こうぜ」

 

結衣「うん。って、どこ行くの?」

 

八幡「とりあえずカラオケでいいか? 約束あるしな」

 

結衣「あ、ヒッキー覚えてたんだ…………」

 

八幡「いろいろあってうやむやになってたからな。構わないか?」

 

結衣「うん! 行こ!」

 

八幡(俺と由比ヶ浜は並んで歩き出す)

 

八幡(カラオケにやってくると、待合室にいくつかのグループが並んでいた)

 

結衣「うわ、混んでるね。どのくらい待つかな…………?」

 

八幡「ああ、大丈夫だ」

 

結衣「え?」

 

八幡(俺は心配する由比ヶ浜をよそに受付に向かう)

 

八幡「すいません、予約してた比企谷ですけど」

 

結衣「!」

 

店員「はい、お待ちしてました。お二人様ですね? こちらの208号室になります」

 

八幡(俺は店員とのやりとりを済ませ、由比ヶ浜の方に振り向く)

 

八幡「よし、行こうぜ。とりあえずドリンクバーだな」

 

結衣「あ、う、うん。ヒッキー、予約してくれてたんだ…………」

 

八幡「そりゃ日曜の昼なんて混んでると思ったからな」

 

結衣「えへへー…………」

 

八幡「何だよ突然笑い出して。気持ち悪いな…………」

 

結衣「なっ……! キ、キモくないもん!」

 

八幡「はいはい、さっさと行くぞ」

 

結衣「あ、待ってよー」

 

八幡「………………」

 

結衣「? どしたのヒッキー?」

 

八幡「いや、デカくねえかこれ?」

 

結衣「あ、うん。値段一緒みたいだから一番大きいサイズ頼んじゃった」

 

八幡「頼んじゃった、じゃねえよアホガハマ!」

 

結衣「ア、アホって何だし!?」

 

八幡「はあー…………まあ食い切れねえことはねえかな…………とりあえず食うか」

 

結衣「あ、その前に歌入れようよ」

 

八幡(スプーンを持って注文したハニートーストに取りかかろうとすると、由比ヶ浜からストップがかかる)

 

八幡「ああ、適当に入れてていいぞ」

 

結衣「じゃなくて! ヒッキーも歌うの! 一応これデートなんだからね!」

 

八幡「あー…………まあカロリー消費しながら食った方がいいか。でもアイスの部分は早めに食べとこうぜ」

 

結衣「うん、そだね」

 

八幡(俺達は機械を操作していくつか曲を入れつつハニートーストを食い始めた)

 

八幡(どうにかこうにかハニートーストを食べ終わった頃には結構な時間が経っていた)

 

結衣「うわー、あんなにあったのがなくなっちゃった。ヒッキーすごい!」

 

八幡「すごい、じゃねえって…………四分の三くらい俺が食っただろ絶対」

 

結衣「あ、あはは…………ま、まあまだ時間はあるからゆっくり休んでなってば。あ、ドリンク取ってきてあげる! 何飲む?」

 

八幡「さすがに今は甘いのは欲しくねえな……烏龍茶頼んでいいか?」

 

結衣「うん、任せて!」

 

八幡(由比ヶ浜は俺のグラスを持って部屋を出て行く。無駄に元気なやつだな…………)

 

結衣「お待たせー。はい、烏龍茶」

 

八幡「おう、サンキュ。さすがにこのコンディションじゃ歌えねえからしばらくお前歌ってろよ」

 

結衣「なんかごめんね…………」

 

八幡「いいよ。お前が歌ってんのを見るのも悪くないし」

 

結衣「え…………うん!」

 

八幡(由比ヶ浜は嬉しそうに選曲をし始めた)

 

結衣「んー、歌ったねー」

 

八幡(店から出ると由比ヶ浜はストレッチをするように身体を伸ばしながら言った)

 

八幡「まさかフリータイムの時間いっぱいまでいるとはな…………途中で切り上げて別のとこ行くと思ってたんだが」

 

結衣「え、あ、ごめん! どこか行く予定だったの!?」

 

八幡「いや、ちゃんと予定していたのはカラオケくらいだ。あとは流れで動こうと思ってたからな」

 

結衣「なら良かったし。ヒッキーも結構ノリノリで歌ってたもんね」

 

八幡「まあ歌うことは嫌いじゃないからな。大勢だったり親しくないやつがいたりすると気分が乗らないが」

 

結衣「じゃ、あたしはヒッキーと親しい仲ってことでいいのかな?」

 

八幡「…………まあ、いいんじゃね。それなりに付き合いも長いし、連んだりもしたし」

 

結衣「うん…………」

 

八幡(由比ヶ浜はどこへともなしに歩いていた足を止め、俺に振り向く)

 

結衣「でも、ヒッキーはあたしを選んでくれないんだよね」

 

八幡「……!」

 

結衣「なんでヒッキーが姫菜を選んだかは聞かない。好きになるのって理由がないこともあるし」

 

八幡「…………どうして俺が海老名さんを選ぶと思ったんだ?」

 

結衣「なんでだろ、あたしにもわかんないや。でも間違ってないでしょ?」

 

八幡「…………ああ」

 

結衣「あーあ、三人の中ではあたしが最初にヒッキーを好きになったのになあ。もっと早く言えば良かった」

 

八幡「まあ…………今更だろ。でも由比ヶ浜なら俺なんかよりももっと良い男が」

 

結衣「ダメだよヒッキー。自分を『なんか』とか言ったら姫菜にも失礼だよ」

 

八幡「…………そうだな。失言だった」

 

結衣「じゃ、今日はここまでにしとこ。ヒッキーがあたしとの約束を守ってくれて、あたしのために予約してくれたのがすごい嬉しかった。それで充分だから」

 

八幡「由比ヶ浜…………」

 

結衣「ばいばい、あたしの大好きなヒッキー。そんで明日からもよろしくね、大好きだったヒッキー」

 

八幡(由比ヶ浜はそう言って背中を向け、俺が止める間もなく走って街の中に消えてしまった)

 

 

八幡(しばらく俺は立ち尽くしていたが、ようやく我に返って足を動かし始める)

 

八幡(スマホを取り出し、番号を入力して発信)プルルル

 

姫菜『はい、もしもし。ヒキタニ君?』

 

八幡「あー、うん。俺だ」

 

姫菜『結衣達とのデート、終わったの?』

 

八幡「ああ。そんでさ、ちょっと電話じゃなくて直接海老名さんと話したいんだけど、今から少しだけでも時間貰えねえかな?」

 

姫菜『いいよー。じゃ、この前のコンビニで待ってるから』

 

八幡「ん、よろしく」

 

八幡(俺は電話を切り、待ち合わせ場所に向かった)

 

 

八幡(コンビニに着くとすでに海老名さんはベンチに座って待っていた)

 

姫菜「はろはろ~、一昨日ぶり」

 

八幡「よう、待たせちゃったか? ちょっと飲み物買ってくるけど何がいい?」

 

姫菜「ありがと。紅茶でお願い」

 

八幡「あいよ」

 

八幡(コンビニで紅茶とコーヒーを購入し、海老名さんに紅茶を渡して俺も隣に座る)

 

姫菜「それで、どうだったの?」

 

八幡「ああ」

 

八幡(俺は海老名さんに昨日と今日のことをかいつまんで話す)

 

姫菜「ふーん、そっか…………」

 

八幡「また明日から元の関係にって言っても気まずくなったりしないか心配でな。わがままだろうけど俺はあの二人とも今の関係を壊したくないんだ」

 

姫菜「大丈夫だよ、ヒキタニ君達なら」

 

八幡「え?」

 

姫菜「結衣も雪ノ下さんも、そんなに弱くないよ。ヒキタニ君だって不安はあってもそう信じてるんでしょ?」

 

八幡「…………まあ、な」

 

姫菜「それとも何? 二人との関係が崩れるのが怖いからやっぱり私とのお付き合いはなかったことにしたい?」

 

八幡「それだけはねえよ。俺は海老名さんが一番好きなんだから」

 

姫菜「うっ…………そんな堂々と言われると、こう、恥ずかしいものが」

 

八幡「いきなりキスとかするよりはマシじゃね?」

 

姫菜「そ、それを言わないでよー!」

 

八幡(海老名さんはバシバシと俺の肩を叩く。やっぱり恥ずかしかったんじゃねえか)

 

八幡「ま、もう行動しちまったんだ。今更考えたってしょうがないけどな」

 

姫菜「うん…………ヒキタニ君、私を選んでくれてありがとうね」

 

八幡「選ぶ、なんて大層なものじゃないけどな。俺はただ好きな人に告白しただけだ」

 

姫菜「ふふ、そうだね…………ヒキタニ君、これからも、よろしく」

 

八幡「ああ、よろしくな。んじゃあまり遅くなるのも良くないだろ。送ってく」

 

姫菜「うん、お願いしまーす」

 

八幡(俺はベンチから立ち上がり、海老名さんはごく自然に俺と腕を組んでくる。特に抵抗はせず、俺達はそのまま歩き始めた)

 

 

八幡(そうして俺と海老名さんが付き合い始めて、しばらくの時が過ぎた)

 

八幡(ちょっとした揉め事くらいはあったものの、特に大きな事件も起きず、ごく一般的な高校生活を送ったと思う)

 

八幡(そして、新年)

 

姫菜「はろはろ~ヒキタニ君。あけましておめでとう」

 

八幡「よう海老名さん。あけましておめでとう。あれ、その着物って…………」

 

姫菜「うん、去年着てたやつだよ。せっかくだから今年もね」

 

八幡「あー、あれから一年か…………思えばあの時この神社に初詣してから俺の周りの環境がガラッと変わったんだよなあ」

 

姫菜「そうだね。私達がくっついたのもここの神様のおかげだね。だから今年もお願いしよ」

 

八幡「おう。とりあえず参拝の列に並ぶか」

 

姫菜「うん」

 

八幡(俺達は待ち合わせていた鳥居の下から移動する)

 

八幡「小町も総武に受かったし、御利益を期待しないとな」

 

姫菜「ヒキタニ君は何をお願いするの?」

 

八幡「とりあえず受験の成功だな。んで海老名さんと一緒の大学に無事受かりますようにって」

 

姫菜「私もそれだね。でももうちょっと贅沢にいこうかな」

 

八幡「贅沢?」

 

姫菜「うん」

 

 

姫菜「八幡君と、ずーっと一緒にいられますように。ってね♪」

 

 

 

 

 

 

 

八幡「初詣?」小町「うん!」

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