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おすすめSSを当ブログで再編集して読みやすく紹介! 引用・リンクフリーです

いろは「あっ、おそいですー! やっとで」 八幡「……間違い電話かな?」【俺ガイルss/アニメss】

 

 八幡(電話……?誰だよこれ登録されてない番号じゃねえか)

 

 八幡(ま、知らない番号だし、大したことじゃないだろ)

 

 八幡(それにしては嫌に長いな……もしかして小町が携帯を壊して新しくしたからかけてきたのか?)

 

 八幡(まぁ、小町じゃなかったら切れば良いか)

 

 八幡「もしもし」

 

 一色「あっ、おそいですー! やっとで」

 

 八幡「……間違い電話かな?」

 

 八幡「……また鳴ってる……」

 

 八幡「…………もしもし…………?」

 

 一色「ちょっと先輩! なんで切るんですか!? ありえなくないですか!?」

 

 八幡「えっとすみませんがどちらさまですか?」

 

 一色「えっ」

 

 八幡「えっ」

 

一色「えっ、先輩、マジで覚えてないんですか?ガチですか?お芝居とかじゃなくてですか?」

 

 八幡「いや、えーっと、そのあれ、忘れた訳じゃないです、最近たまに記憶が飛ぶことがありまして」

 

 一色「はぁ? 何言ってるんですか?」

 

 八幡「その失礼な物言い……ああ、思い出したわ、一色か」

 

 一色「先輩は私のことなんだと思ってるんですかねー……」

 

 八幡「いや、1年間連絡もなければそりゃ忘れるだろ」

 

 一色「やっぱ忘れてたんじゃないですかー」

 

 八幡「で、なんだよ、いくらなんでも1年ぶりに連絡してきて何の用もないって訳じゃないんだろ」

 

 一色「んーまぁそうですねー、先輩に相談があって、電話してみました」

 

 八幡「相談? 俺にか」

 

 一色「はい、先輩に、です」

 

 八幡「なんか嫌な予感しかないんだが?」

 

 一色「またまた、そんなこと言っちゃってー」

 

八幡「……で、なんだよ」

 

 一色「先輩って、確か今東京で一人暮らししてるんですよねー?」

 

 八幡「ああ、まあな」

 

 一色「実はですね、私もこの4月から東京で一人暮らしするんですよー」

 

 八幡「ん、大学か?」

 

 一色「はいー、めでたく私も大学生なんですよー」

 

 八幡「ほー、おめでとさん」

 

 一色「なんか適当な雰囲気が……」

 

 八幡「それで相談って? いっとくけど物件選びとか住みやすい街とか全然わからんぞ」

 

 一色「ああ、もう住むところは一応決まってるんです」

 

 八幡「ほう、んじゃなんだ、引っ越しの手伝いか?」

 

 一色「いえいえ、一人暮らしに必要なものとか、あると便利なものとか教えてほしいんですよー」

 

一色「それでー、先輩今度の日曜暇ですよねー」

 

 八幡「いやちょっ」

 

 一色「という訳で、11時に新宿駅の南口改札前で待ち合わせってことで良いですかぁ?」

 

 八幡「……マジか」

 

 一色「はい、大マジです」

 

 八幡「……はぁ、わぁったよ……」

 

 一色「わぁい、それじゃ日曜よろしくです」

 

 八幡「……相変わらず嵐のようなやつだ……はぁ、日曜か……何着てこう……」

 

一色「あ、先輩!」

 

 八幡「おお、早いな」

 

 一色「先輩が遅いだけです」

 

 八幡「いや時間ぴったりだぞ」

 

 一色「え? あ、ホントだ」

 

 八幡「だから俺は何も悪くない」

 

 一色「いやそうなんですけど……あれー? うーん、まぁいっか、本当に来て頂けただけで良しとします」

 

 八幡「まあな」

 

 一色「なぜそこで偉そうに……まぁ確かに休日の先輩が新宿に来てくれるだけですごいんですけどね」

 

 八幡「まさか俺のことをそこまで理解しているとは……八幡検定3級くらいなら受かるかもな」

 

 一色「何言ってんですか……ほら、先輩、行きましょうよ」

 

 八幡「お、おう、っておい、こら、引っ張るな」

 

一色「先輩、なんかちょっと大人っぽくなりました?」

 

 八幡「さぁ、どうだろな、1年ぐらいじゃ大して変わってないような気がするが」

 

 一色「確かに面倒くさいところはあんまり変わってないかもしれませんねえ」

 

 八幡「お前もズケズケと物言うところ変わってないな」

 

 一色「えーっ、ひどいですぅ」

 

 八幡「あとそういうあざといところも」

 

 一色「あざとくないですし! ていうか電話の時、私のこと忘れてたとか酷くないですか?」

 

 八幡「いや、あれはすぐに思い出せなかっただけだ」

 

 一色「ホントですかぁ?」

 

 八幡「お前だって1年も声聞かなかったら電話越しじゃわからなくなるだろ」

 

 一色「いえ、すぐ分かりましたよ、先輩の声だって」

 

 八幡「え……」

 

 

一色「あっ、ここですね、ハンズ」

 

 八幡「お、おお、ってハンズかよ……ハンズなら新宿に来なくても良かっただろ」

 

 一色「いやー、やっぱり東京に住むんだし、ここはおさえとかなきゃかなと」

 

 八幡「まぁ良いけどよ」

 

 一色「おーさすが新宿のハンズですねえ、なんだか品揃えが凄いですよ」

 

 八幡「いや、どこも変わらんだろ……」

 

 一色「もー、気分の問題ですよー……で、先輩? どんなものがあると良いですかね」

 

 八幡「うーむ、そうは言うけどな、お前がどんな生活するのか分からない以上何も言えん」

 

 一色「えっ、なんですか、先輩、私の私生活に興味があるんですかちょっとさすがにまだそこまでは無理ですもう少し段階踏んでからにしてもらって良いですかごめんなさい」

 

 八幡「……お前にフラれるのも久しぶりだな」

 

一色「えっ」

 

 八幡「いや、なんでもない」

 

 一色「なんですかなんですか、私にフラれてショック受けてるんですかぁ?」

 

 八幡「いや全然」

 

 一色「その即答っぷりはなんなんですかねー……」

 

 八幡「で、何が必要とかそういうのは考えてないのか?」

 

 一色「まぁ一応なんとなくは考えてきましたけど」

 

 八幡「じゃあそれを端から潰してくぞ、まずは何からだ」

 

 一色「えっとーそれじゃ洗濯用品とかですかね?」

 

 八幡「おう、じゃあいくぞ」

 

 一色「あ、ちょっと待ってくださいよ~!」

 

八幡「ふぅ、あらかた周ったか」

 

 一色「そうですねー、あと足りないものはその都度って感じですかねー」

 

 八幡「ああ、それで良いだろ、っていうか一人暮らしなんてそんなもんだ」

 

 一色「はあ、そういうものですか」

 

 八幡「物が増えすぎると片付けも大変だからな」

 

 一色「あー、なるほど……で、先輩、私、お腹すきました」

 

 八幡「そういやもう13時過ぎてる……なんか食べたいもんあるか?」

 

 一色「なんでも良いですよ」

 

 八幡「でたよ」

 

 一色「あーなんですかー、そんな顔しなくて良いじゃないですかぁ」

 

 八幡「元からこういう顔なんだよ悪かったな」

 

 一色「そういう意味じゃないですよ……」

 

八幡「まぁ、今日はラーメンは止めておこう」

 

 一色「あ、そうなんですか?」

 

 八幡「結構な大荷物だしな、日曜のラーメン屋なんて混んでるし店にも他の客にも迷惑になるだろ」

 

 一色「はー、なんでその気遣いが私には向けてもらえないんですかね」

 

 八幡「は? バカお前めっちゃ気ぃ遣ってるわ、むしろ気を遣いすぎて気疲れするまである」

 

 一色「え、先輩、私といて疲れますか?」

 

 八幡「いや別に」

 

 一色「どういうことなんですか……」

 

 八幡「つー訳でそこそこ空いてそうな店があったら入っちまおう、俺も言われたら腹減ってきたわ」

 

 一色「はーい、わかりましたー」

 

一色「先輩って、麺系が好きなんですか?」

 

 八幡「ん? なんだよ急に?」

 

 一色「いえ、そう言えば昔、先輩とデートした時にご飯どうしますかって聞いたら、やたらパスタの店を推してきたなと」

 

 八幡「そんな事言ったっけ? むしろデートなんてしたっけ?」

 

 一色「超言いましたよ! 出てくる選択肢が全部パスタ屋さんでしたよ!」

 

 八幡「うーむ、それは全然覚えてない……でもまぁ確かに麺は好きかもしれん」

 

 一色「そうなんですか?」

 

 八幡「食べるのが楽だからな」

 

 一色「そんな理由……」

 

 八幡「なんだよ良いだろ」

 

 一色「別に良いですけどねー、ところで先輩」

 

 八幡「あん?」

 

 一色「この荷物結構多いですよね?」

 

八幡「まぁ、そうだな」

 

 一色「私一人で持ち運びするの大変じゃないですかー?」

 

 八幡「分かってるよ、持ってくの手伝えって言うんだろ」

 

 一色「それはまぁそうなんですけど、それだけじゃないっていうかぁ」

 

 八幡「?」

 

 一色「いえ、実はついさっきふと気が付いたんですけど」

 

 八幡「なんだよ」

 

 一色「私、この4月から新しく住むアパートの契約まだ終わってないんですよー」

 

 八幡「……おい、お前確か住む家決まってるって言わなかったか?」

 

 一色「決まってるんですけど、契約が明後日なんですよねー」

 

 八幡「こんな初歩的な罠に引っかかるなんて八幡くん悔しい」

 

 一色「ふっふっふ」

 

八幡「はぁ……それで?」

 

 一色「この荷物を千葉まで持って帰るの大変じゃないですかぁ?」

 

 八幡「つまり?」

 

 一色「なので、先輩のところに置かせてもらえませんか? 鍵もらったらすぐに取りに伺いますから」

 

 八幡「マジかよ……」

 

 一色「あー、やっぱりご迷惑ですかね」

 

 八幡「そりゃそうだが……でもまぁ、仕方ねえな、買っちまったんだし」

 

 一色「ホントですか!? 先輩優しいところもあるじゃないですか!」

 

 八幡「お前本当に良い性格してるよな」

 

 一色「それじゃあ先輩の家に行きましょうか!」

 

 八幡「ホワッツ?」

 

 一色「へ? だってこれだけの荷物を先輩に一人で持ち帰らせるとか酷くないですかぁ?」

 

 八幡「お前の俺に対する酷いと酷くないのラインが分からん」

 

 一色「まぁまぁ、良いじゃないですか、ほらほら行きますよ」

 

 八幡「へいへい……」

 

一色「へー、ここが先輩の住んでるアパートですか」

 

 八幡「別になんも面白いとこないだろ」

 

 一色「いえいえ、やっぱり初めてですしなんかここで先輩が一人暮らししてるのかって思うと感慨深いというか」

 

 八幡「なんだそりゃ……おっと」

 

 一色「あ、荷物持ちましょうか」

 

 八幡「いや、鍵出すくらいは余裕……」

 

 一色「おぉ~……うわぁ、先輩片づけてないですねえ」

 

 八幡「まあな」

 

 一色「なぜ自慢げ……そんな事で専業主夫とかできるんですかね」

 

 八幡「ばっか、お前、そりゃ八幡くんはやればできる子なんだよ」

 

 一色「それっていつまで経ってもやろうとしない子に言う事ですよねー」

 

 八幡「ぐぬぬ……」

 

 一色「ま、良いです、とりあえず荷物置かせてくださいね」

 

 八幡「おう」

 

一色「先輩、これって1DKですか?」

 

 八幡「ああ、一応」

 

 一色「でもワンルームの方が安くないですかあ?」

 

 八幡「そりゃまぁなぁ、でも玄関開けたらベッド丸見えとか嫌だろ」

 

 一色「あー……でも、先輩にお客さんとか全然来ませんよ?」

 

 八幡「なんで断定してるんですかねー……いや来るよ、めっちゃ来る」

 

 一色「えっ、そうなんですか? もしかして大学に入って彼女とか出来たんですか?」

 

 八幡「いや、そんなもん出来る訳ねーだろ……あれだよ通販とか」

 

 一色「あー、先輩通販愛用してるんでしたっけ」

 

 八幡「店員とコミュニケーション取らなくて済むからな」

 

 一色「消極的ですねぇ」

 

八幡「俺の相手をして店員さんがトラウマ抱えたらどうすんだよ」

 

 一色「そっちの方向に気遣っちゃうんですか」

 

 八幡「俺も変な気を遣わなくて済むしな、まさにWIN-WIN

 

 一色「まぁ、どうでも良いですけど」

 

 八幡「どうでも良いのかよ……」

 

 一色「じゃあ帰りますね、今度お礼に何かしますから」

 

 八幡「いや、別に良いぞ、これくらい」

 

 一色「……えーと、先輩、帰り道分からないんですけど」

 

 八幡「わかったよ……駅まで送ってけば良いんだろ」

 

 一色「はい、よろしくお願いします、先輩」

 

 

4月

 

 八幡「……もしもし」

 

 一色「せぇんぱぁい……やばいですぅ」

 

 八幡「大丈夫大丈夫、お前ならやれるよ、それじゃな」

 

 一色「ちょ、ちょっと待ってください! 本当にヤバいんですってー!」

 

 八幡「はぁ……なんだよ、一応聞くだけ聞いてやる」

 

 一色「今ですね、うちの大学の先輩たちと合コンに来てるんですけどー」

 

 八幡「あっ、はい、もう結構です、ごゆっくりお楽しみください」

 

 一色「ちょちょちょ、待ってくださいってばぁ~!」

 

 八幡「なんだよ、わざわざぼっちにリア充アピールして痛めつけたいのか?」

 

 一色「そうじゃないんですよぉ、めっちゃやばいんですってぇ!」

 

 八幡「お前さっきからやばいやばいしか言ってないけどなんなの? 日本語忘れたの? もう良いからとりあえず話してみろよ」

 

一色「実はですね、私以外の参加者が全員酔いつぶれちゃったんですよう」

 

 八幡「未成年じゃあるまいし自業自得だろ……つーか潰れるほど飲む方が悪い、その辺に捨てとけ」

 

 一色「いや、そういう訳にもいかないじゃないですかぁ、そんな事したら悪い評判立っちゃいますし」

 

 八幡「合コンで酒に潰されて放置されたって男が言いふらすのか?」

 

 一色「とにかく、そういう訳で先輩、ちょっと手伝ってくださいよー」

 

 八幡「なんで俺が……」

 

 一色「だってここ先輩の家から近いと思いますよ」

 

 八幡「問題はそこじゃないだろ……」

 

 一色「そこをなんとか! お願いします!」

 

 八幡「まったく……わかったよ、で、どこだよ?」

 

 一色「えっ、本当に来てくれるんですか!?」

 

 八幡「あ、気が変わったわ」

 

 一色「あ~ん、先輩~! 高田馬場です!」

 

 八幡「本当にうちからすぐじゃねえか……店の名前は?」

 

 一色「あ、えーっと……」

 

八幡「マジで死屍累々じゃねえか、引くわ」

 

 一色「そうなんですよぉ、ホント困っちゃって~」

 

 八幡「ったく……おい、しっかりしろ、おら、水飲め……ったく、お前どこ住みだよ」

 

 一色「おー」

 

 八幡「あん?」

 

 一色「いえ、なんだか手馴れていると言いますか、テキパキしてるなーと」

 

 八幡「そりゃこんなのさっさと終わらせて早く帰りたいからな」

 

 一色「そんな理由ですか」

 

 八幡「しかも普段俺を見下すリア充を、この時ばかりは俺が見下せるなんて飯がうまい」

 

 一色「わー最低ですね」

 

八幡「うるせえ、まぁ、ちょっと横になってたからピークは過ぎてるみたいだしこれならタクシーで帰せるだろ」

 

 一色「おー」

 

 八幡「お前は見てないで女子をなんとかしろ」

 

 一色「はーい、ていうか先輩、女子を介抱するフリをして気に入った子を……みたいな事は企まないんですか?」

 

 八幡「しねーわ」

 

 一色「そーですか、まぁ、良いですけど」

 

 八幡「どうでも良いですけど、なのか、やっちゃっても良いですけど、なのかで恐ろしさが変わってくるな」

 

 一色「さぁ、どうでしょうねー」

 

 八幡「んじゃタクシー呼んじまうぞ」

 

 一色「あ、はーい」

 

一色「なんとか無事帰せましたねー」

 

 八幡「ああ、じゃあな」

 

 一色「あ、先輩」

 

 八幡「んだよ」

 

 一色「まだ電車の時間大丈夫ですよね?」

 

 八幡「……まぁ」

 

 一色「じゃあじゃあ、ちょっとどこか寄っていきません?」

 

 八幡「いや良いよ」

 

 一色「ちょっとくらい迷ってくださいよ!」

 

 八幡「だってもうこんな時間だし……22時過ぎちゃうし」

 

 一色「ちょっとご飯食べるくらい良いじゃないですかぁ、今日のお礼もしたいですし!ていうかまだ22時ですよ!お子様ですか!」

 

 八幡「いやほら夜は部屋でぼーっと本を読むので忙しいし」

 

 一色「それ矛盾してますよね?まぁまぁ、良いじゃないですかぁ、ほらほら行きましょうよぉ」

 

 八幡「こら押すな、わかった、わかったから!」

 

一色「と言っても居酒屋さんしかあいてないですかねー」

 

 八幡「流石にこの時間になるとな」

 

 一色「仕方ないからラーメンでも食べに行きますか?」

 

 八幡「まぁそれも良いけどな、つーか俺もう普通に夕飯食べたから別にこれ以上食べなくても良いんだが……」

 

 一色「えー?じゃあ私に付き合うってことで良いじゃないですか」

 

 八幡「合コンって行ったことないから知らないんだが何か飲んだり食べたりするもんじゃねーの?」

 

 一色「大学の先輩たちと相手の男子はそんな感じでしたねー、特に相手はガンガン飲まされ……飲んでましたねー」

 

 八幡「なんかうっかり女性不信に陥りそうな意味に聞こえたんだが」

 

 一色「まぁ、その辺も含めて男の度量みたいなとこもあるんじゃないですかねー」

 

 八幡「確かに酒強くてコミュ力高けりゃ社会に出てからもいろいろと良いことはあるかもしれないけどな」

 

 一色「ですねー」

 

 八幡「で、お前は? 飯食わなかったのか?」

 

 一色「私は未成年なのでお酒飲めませんし、あんまりご飯だけひたすら食べるっていうのもどうかと思いますし」

 

 八幡「そういうもんか……まぁ良いや軽く店入るぞ」

 

 一色「はーい」

 

一色「このお店のご飯結構美味しいですね」

 

 八幡「だな」

 

 一色「このレンコンの揚げたやつとかパリパリのさくさくですよ」

 

 八幡「こっちの鶏も美味いぞ」

 

 一色「あ、ホントですか、あーん」

 

 八幡「……は?」

 

 一色「ぶー、先輩ノリ悪いですよう、ほらほら食べさせてください」

 

 八幡「いやいやお前相手見て物言えよ」

 

 一色「じー……」

 

 八幡「……」

 

 一色「あーん」

 

 八幡「こいつホントに相手見て言いやがった……」

 

 一色「あーーん」

 

八幡「無理だって」

 

 一色「食べさせてくださいよー」

 

 八幡「そういうのはリア充イケメンにやってもらえよ」

 

 一色「せぇんぱぁいぃ~」

 

 八幡「……ほれ」

 

 一色「んーっ、美味しいです」

 

 八幡「恥ずかしすぎて死にそう」

 

 一色「先輩こういうの慣れてなさそうですもんね、初めてでしたか?」

 

 八幡「バカ言えめっちゃやったことあるわ」

 

 一色「ほっほう、相手は妹さんですか?」

 

 八幡「何故バレた……」

 

 一色「じゃあ家族以外では私が初めてなんですね~、んふふ」

 

 八幡「……お前さ、なんか酔っぱらってない?」

 

 一色「えーいやだなぁ、せぇんぱぃ、わたし酔ってないですよぉ」

 

 八幡「うわがっちり酔ってる……マジかよお前まだビール1杯も飲みきってねえじゃねえか」

 

一色「そうですよぉ、わたしがよっぱらうわけないじゃないですかぁ」

 

 八幡「酒弱すぎんだろ……それとも合コンで実はずいぶん飲んでたのか?」

 

 一色「のむわけないじゃないですかぁ、わたしみせーねんですよー?」

 

 八幡「ばっかお前こんなとこで……っていうか今飲んでんじゃねーか」

 

 一色「らって……よっぱらっておもちかえりとかこわいですしー……」

 

 八幡「まぁ、そういう話は確かに聞くけどな」

 

 一色「せんぱい……むにゃ……」

 

 八幡「……お、おい、一色……?」

 

 一色「……すー……すー……」

 

 八幡「ったく、こんなんじゃ本当にお持ち帰りされちゃうだろ……はあ、あ、すんません、会計お願いします」

 

八幡(仕方なく一色をおぶった)

 

 八幡(23時過ぎたくらいで早々に一色が潰れたというのは幸いと言うべきか)

 

 八幡(まだ終電には余裕がある、これが千葉だったら急いで時刻表確認しなきゃならないレベルの深夜である)

 

 八幡(一色の新居の場所はわかっている、うちに少しの期間預けられていた大量の荷物を持って行った時に案内されたからだ)

 

 八幡(ちなみに結構近い場所だった……チャリなら余裕、歩けなくもないレベルで近い)

 

 八幡(もしあれがなかったら俺は一色を無理やりにでも叩き起こすか水をぶっかけるかして起こさねばならなかっただろう)

 

 八幡(一色は社交性が極めて高く、外面も良い、だが貞操観念は意外なくらいと言っては一色に失礼だろうか、高い)

 

 八幡(だがまぁ別に意外ということもない、そもそも一色は自分を安売りしない、安く見られたくない、という意識があった)

 

 八幡(あの生徒会選挙の時なんかがそうだった、あれは生徒会長自体を嫌がったのではない、その過程を嫌ったのだ)

 

八幡(合コンに出た経緯は知らないが、同席したのは大学の先輩たちだと言っていた)

 

 八幡(今月入学したばかりで早くも合コンに連れて行く先輩ができたとか俺には想像もできないな……)

 

 八幡(だがそんな席で、一色の言葉を信じるなら、一色は酒は飲まなかったという)

 

 八幡(その理由も一色自身の口から発せられている)

 

 八幡(半分呂律の回らなくなった状態ではあったが、ならば尚のこと、あれは真実だったのだろう)

 

 八幡(……じゃあ何故一色は俺の前で酒を飲み、こんな挙句を晒しているのか)

 

 八幡(……あんまり深く考えないことにしよう)

 

 八幡(真性ぼっちは勘違いしやすいのだ)

 

 八幡(今だって脳をフル回転させてないと背中にあたる控え目だがしかししっかり存在する柔らかさとか気になっちゃって仕方ないしな)

 

八幡「おい、一色、起きろ」

 

 一色「ん……はぇ、せんぱい……?」

 

 八幡「鍵出せ」

 

 一色「ふぇ……ここって……あれ……? わたしの?」

 

 八幡「そうだよ、ほら鍵出せって」

 

 一色「ふぁい……おねがいします」

 

 八幡「ったく、よっと……つーかもう立てるだろ?」

 

 一色「んふふ……せんぱいのせなかおっきぃですね……」

 

 八幡「ばっ、おま、何」

 

 一色「それにかたいですぅ」

 

 八幡「こ、こら変な触り方すんなくすぐったいだろ!」

 

 一色「えへへ、仕方ないですねえ」

 

八幡「ったく……ホントあざといな」

 

 一色「あざとくないですよー」

 

 八幡「へいへい」

 

 一色「せんぱい、今日はありがとうございました」

 

 八幡「ほんとにな」

 

 一色「えーそこは、どうってことないよーいつでもよべーって言ってくれるところですよ」

 

 八幡「いう訳ないだろ面倒くせえ」

 

 一色「素直じゃないですねー」

 

 八幡「はいはい、じゃあな」

 

 一色「はい、またです、せんぱい、あ、それともあがっていきますかー?」

 

 八幡「遠慮するわ」

 

 一色「は~い」

 

 

5月

 

 八幡「……あれ?」

 

 一色「ふんふんふーん、あ、先輩おかえりなさーい」

 

 八幡「おい一色、鍵開いててすげえびっくりしただろ」

 

 一色「あ、すみません、ちゃんと鍵締めしとかないと不用心ですよね」

 

 八幡「いやそういうことじゃなくてね? いや、それもそうなんだけどね?」

 

 一色「やっぱり東京って危ないですね、気を付けます」

 

 八幡「何そこ舌出してウインクなんかしてんだよ……」

 

 一色「えっ、じゃあなんですか?」

 

 八幡「いや、だからさ、なんでお前がここにいて、料理なんて作ってくれちゃってんのってことなんだけど?」

 

 一色「ああ、そういうことですか、相変わらず面倒臭い先輩ですねえ」

 

 八幡「うっそ、これで面倒臭いレッテル貼られちゃうの?」

 

一色「最初からもっとわかりやすく言ってくれたら良かったんですよ」

 

 八幡「それは悪かったな……で?」

 

 一色「いやー、でも先輩が感謝してくれるなんて、私も料理し甲斐がありますよ」

 

 八幡「ん?」

 

 一色「はい? 料理作ってくれてありがとうって意味だったんですよね?」

 

 八幡「え? あれ? どこでそうなった?」

 

 一色「?」

 

 八幡「……いや、飯作ってくれるのは素直にありがたいけどな、なんで部屋に入ってるの?っていうさ」

 

 一色「こないだの鍵を返しに来たからじゃないですか」

 

 八幡「ああ……」

 

八幡『おい、一色、お前そろそろ帰らなくて大丈夫か?』

 

 一色『え、あ、まだ大丈夫だと思いますよ、東京ですし終電もかなり遅くまでありますから』

 

 八幡『そうか……? まぁあんまり遅い時間に帰らせるのは気が進まないんだが』

 

 一色『なんですかそれってさりげなく私の事心配してるぞアピールですかそれとも今夜は泊って行けよっていう遠回しな口説き文句ですかどっちでも結構ぐらっときちゃいますけど一線超えるのはもう心の準備ができてからでも良いですかごめんなさい』

 

 八幡『お前っていつもいつもよくそんなに断り文句がすらすら出てくるよな……』

 

 一色『でもまあ確かにいつの間にか結構遅い時間ですね』

 

 八幡『だろ』

 

 一色『うーん、この先輩の本面白いので、もうちょっとキリのいいところまで読んでしまいたいんですが』

 

 八幡『その気持ちは分かる……はぁ、仕方ないな』

 

 一色『もうちょっとですから』

 

 八幡『ん』

 

八幡『おーい』

 

 一色『はい?』

 

 八幡『時間大丈夫か?』

 

 一色『はい』

 

 八幡『本当だな?』

 

 一色『はい』

 

 八幡『……完全に上の空じゃねえか……大丈夫かこれ』

 

一色『ん~っ!』

 

 八幡『結局全部読みきっちゃったのか?』

 

 八幡(いろはす! おへそがこんにちはしちゃってるから隠して隠して!)

 

 一色『なんだかんだで読み終わっちゃいました』

 

 八幡『結構集中して読んでたな、俺も人の事言えなけど』

 

 一色『はい、なんかのめりこんじゃいました』

 

 八幡『まぁ、確かにその本面白いからな』

 

 一色『ですねー……で、あれ、時間……』

 

 八幡『……さすがに東京でも終電止まってるだろこれ……2時半って』

 

 一色『……先輩……なんで教えてくれなかったんですか!』

 

 八幡『ええー、さすがに理不尽すぎるでしょそれ』

 

 一色『はっ、まさかこれは先輩の罠……?』

 

 八幡『なんでだよ』

 

 一色『うーん、仕方ないですね、じゃあちょっとシャワーお借りします』

 

八幡『待て待て待て待て、いや話の流れは分かるんだがちょっと待て』

 

 一色『なんですか? さすがに一日の汗を流しておきたいんですけど』

 

 八幡『それは分かる、分かるがちょっと落ち着け』

 

 一色『もう、なんなんですかー?』

 

 八幡『まぁこの際泊まるのは仕方ないとして、バスタオルとか歯ブラシとか布団とか予備がねえんだよ』

 

 一色『あー……まぁ歯ブラシくらいはコンビニでも売ってますし』

 

 八幡『だとしてもバスタオルとかどうすんの? さすがに俺のバスタオルとか使いたくないだろ』

 

 一色『ふぇっ!?』

 

 八幡『一応洗ったやつはあるけど……抵抗あるだろ』

 

 一色『……………………』

 

 八幡『なんとか言えよ』

 

 一色『た、確かに先輩のバスタオルとか……バスタオル、とか……』

 

 八幡『お、おい?』

 

一色『で、でもでも、やっぱり汗を流さないと眠れないですし……仕方ないです、先輩、バスタオルもお借りして良いですか?』

 

 八幡『……はぁ、仕方ねえな……ちょっと待ってろ…………ほれ』

 

 八幡『あとパジャマもないよな?』

 

 一色『あ、そ、そうですね』

 

 八幡『……これでも着ておけ』

 

 一色『ジャージとTシャツ……』

 

 八幡『悪いけどそれくらいしかねえよ』

 

 一色『い、いえいえ、ありがとう、ございます』

 

 八幡『おう』

 

 一色『じゃ、じゃあシャワーお借りします……』

 

 八幡『俺は歯ブラシ買ってくるから、鍵はかけてくぞ』

 

 一色『は、はい、ありがとうございます』

 

 八幡『おう……それじゃなに、その、ごゆっくり?』

 

 一色『……はい……』

 

八幡(……はぁ、なんでこんなことに……)

 

 八幡(自分の家で女子がシャワー浴びるとか……居た堪れなさすぎるな、俺ファインプレーだわ)

 

 八幡(……流石に眠い……帰ったらシャワーして……シャワー……だと……)

 

 八幡(一色が入ったあとのシャワー……い、いや関係ない、お風呂ならともかくシャワーなら問題ない』

 

 八幡(ともかくってなんだよ、ともかくって……)

 

 八幡(はぁ、帰ったらとっととシャワーして何も考えずに寝ようそうしよう)

 

八幡『……ん、朝……か……!?』

 

 一色『んっ……せんぱい……? おふぁようございまふ』

 

 八幡『っ……お、おい一色! やべえ俺もう一限だわ』

 

 一色『えっ、ま、マジですか! あ、わ、私も帰らないと、二限からです!』

 

 八幡『悪いが待ってられん、玄関のとこに合鍵あるからそれ使って戸締りしといてくれ』

 

 一色『は、はい』

 

 八幡『それじゃ気を付けてな』

 

 一色『あ、あの先輩!』

 

 八幡『あん?』

 

 一色『……あの、い、いってらっしゃい、気を付けて』

 

 八幡『……おう、いってくる』

 

 一色『はいっ』

 

八幡「長い回想になってしまったやだ八幡くん真面目!」

 

 一色「何言ってるんですか?」

 

 八幡「ほっとけ」

 

 一色「まぁ、それで、お布団も結局使ってしまいましたし、申し訳なかったですし、鍵も早めに返しにきたんですよー」

 

 八幡「いや、鍵しめたらポストにでも入れてくれりゃ良かったんだが」

 

 一色「私だってそれくらい考えましたけど、あのポスト、鍵かかってないじゃないですか、危ないですよ」

 

 八幡「まぁ、それは確かにそうだが」

 

 一色「ふふん」

 

 八幡「なぜ自慢げになる……」

 

 一色「ということで、まぁ、お礼替わりっていうか、ご飯でも作って差し上げようかなと」

 

 八幡「なるほど」

 

 一色「それじゃ食べましょうか、テーブル拭いてきますね」

 

 八幡「お、おう……なんかありがとな」

 

 一色「はい? なんか言いましたー?」

 

 八幡「いや、なんでも」

 

 

6月

 

 一色「先輩……気持ち悪いです……」

 

 八幡「お前いきなり心臓に悪いこと言うの止めろよな、心が弱い人間だとその一言で電車止めちゃうまであるぞ」

 

 一色「うー、だって湿気が……」

 

 八幡「まぁ……関東も梅雨入りしちまったからな」

 

 一色「それはまぁ仕方ないですけどぉ、せめて除湿とかつけましょうよ」

 

 八幡「人の家で遠慮しない子、恐縮しすぎる子……いったいどっちが良いんだろうな」

 

 一色「まだ外雨降ってますし、窓開けられないんですから、仕方ないじゃないですかぁ?」

 

 八幡「仕方なくはねえけど……まぁ、良いぞ、つけて」

 

 一色「わーい、先輩、やっさしー」

 

 八幡「棒読みだし……」

 

 一色「はー涼しい」

 

 八幡「あんまり直に当たるなよ、体調崩すぞ」

 

一色「はーい……先輩、それ課題ですか?」

 

 八幡「ん、まあな」

 

 一色「おー……全然わかりません」

 

 八幡「……ち、ちけえ」

 

 一色「は?」

 

 八幡「いや、なんでもない」

 

 一色「? まぁ良いですけど、やっぱ先輩って頭良いんですねえ」

 

 八幡「悪くはないな」

 

 一色「性格悪いですけど」

 

 八幡「お前は良い性格してるよな」

 

 一色「えへっ、よく言われます」

 

 八幡「いや褒めてないからね? ある意味褒めてる部分もなきにしもあらずだけどね?」

 

一色「あっ、そう言えば先輩、前に私が合コン行って先輩に助けてもらったことあったじゃないですか?」

 

 八幡「あー、そんなこともあったようななかったような」

 

 一色「あの時いたうちの学校の先輩から、今度お礼に一緒に飲みに行かないかって言われてたんでした」

 

 八幡「マジか」

 

 一色「はい、あ、でも安心してください、ちゃんとお断りしておきましたから」

 

 八幡「なんでお前が断るんだよ」

 

 一色「え、どうせ先輩はそういうの好きじゃないだろうし断るにしても空気読まないだろうから場の雰囲気悪くなると思って代わりに私が」

 

 八幡「まぁ、だいたいあってる」

 

 一色「ですよねー、でもでも、もしかして本当は行きたかったとかですか?」

 

 八幡「いや、別に……誘ってもらった瞬間は嬉しくて小躍りしそうになるが冷静になって考えると参加しても場を盛り上げるどころか盛り下げることが予想に難くない」

 

 一色「なので、照れ屋さんだから無理だと思いますって言ったら笑ってました」

 

 八幡「……間違ってはいない」

 

一色「でもやっぱり誘われたら嬉しいんですね、先輩でも」

 

 八幡「そりゃまぁ少しは」

 

 一色「じゃあ先輩、今度は私と飲みに行きましょうか」

 

 八幡「いや、いいよ、お前酒弱すぎだし」

 

 一色「えー……まぁ、確かにそうですけど」

 

 八幡「それに外で食うより家でお前の料理食ってる方が美味いし安い」

 

 一色「なっ、ななな」

 

 八幡「でもまぁ、たまには良いかもな、外で食べるのも」

 

 一色「えっ、そ、そうですか?」

 

 八幡「なんかお前、いつも来て飯作ってくれてるけど大変だろ」

 

 一色「いえ、別にそんな大変って訳じゃないですけど」

 

 八幡「でも俺が作ってもお礼にはならないしな……」

 

 一色「先輩の料理は、なんというか……ワイルドですよね」

 

 八幡「お前にしてはマイルドに言ったな」

 

 一色「最初に先輩の作ったご飯を見た時はなかなか衝撃的でしたよ」

 

一色『こんにちはー、先輩』

 

 八幡『うお、一色!?』

 

 一色『なにをそんな慌てて……きゃっ、せ、せせせせんぱい!?』

 

 八幡『ちょ、おま、外で待ってろ!!』

 

 一色『は、はいぃぃぃい』

 

 

 

 八幡『えー、ごほん、一色、お前は何も見なかった、良いね?』

 

 一色『まさか先輩がTシャツとトランクスでご飯作ってるなんて……』

 

 八幡『お前さあ』

 

一色『でもまぁ、気楽な一人暮らしってそういうものかもしれませんね』

 

 八幡『そういうもんだよ……っていうかいきなり来るなよびっくりするだろ』

 

 一色『いやー、私もちょっと予想外でした』

 

 八幡『来るのはまぁなんだ、良いとして、電話でもLINEでもメールでもしろよ』

 

 一色『そういえば私、先輩のアドレスとか知らないです、電話しか』

 

 八幡『ん、そうだったっけ』

 

 一色『はい、せっかくだから教えてくださいよ』

 

 八幡『まぁ、そうだな』

 

 一色『やー、とうとう私も先輩のアドレスをゲットですか』

 

 八幡『そんな大それたもんじゃないだろ』

 

 一色『大したことありますよー、レアアイテムですもん』

 

 八幡『誰も欲しがらないから希少性が高いだけなんだけどな』

 

一色『ふっふーん』

 

 八幡『ん?』

 

 一色『はい、今試しに送ってみましたよ』

 

 八幡『……はいはい、ちゃんと届いてるよ……』

 

 一色『嘘じゃなかったみたいですね』

 

 八幡『いくらなんでもそんな性格悪くねえよ……』

 

 一色『で、先輩、なんですかそのご飯は?』

 

 八幡『なんですかって見りゃわかんだろ、夕ご飯だよ』

 

 一色『そういうことを聞いた訳じゃないですよ』

 

 八幡『肉炒め丼』

 

 一色『はー、見たまんまですね、ていうか豚丼ですよね』

 

 八幡『いや、美味いんだぞ』

 

一色『そりゃまぁ、焼き肉のたれは万能の調味料ですからね』

 

 八幡『おお、分かるか』

 

 一色『でも栄養素的にやっぱりそれじゃダメかなーと』

 

 八幡『……お前は母親か小町か』

 

 一色『んー、冷蔵庫の中はー……え、からっぽじゃないですか……』

 

 八幡『いやあのね、丁度今日で全部使い切っちゃったっていうかなータイミングが悪かったって言うの?』

 

 一色『はー……ここに積まれてるカップラーメンの山を前にまだなんか言えるんですかね』

 

 八幡『う……』

 

 一色『仕方ないですね、これからは私がたまに来てご飯作ってあげますよ』

 

 八幡『えっ』

 

 一色『なんですか! その顔、なんかガチで嫌そうなんですけど!?』

 

 八幡『い、いやほらそういうのは一色に悪いって言うかさ……隣に住んでる幼馴染じゃないんだから』

 

一色『一人暮らし始めて分かったんですけど、一人分のご飯作るのって結構面倒じゃないですか?』

 

 八幡『あー……それはまぁ』

 

 一色『だから先輩もカップラーメンとかで済ませてるんでしょうし』

 

 八幡『否定はできないな』

 

 一色『だから、二人分作るのも良いかなって』

 

 八幡『なるほど』

 

 一色『じゃあそういう事で』

 

 八幡『でもお前、料理できんの?』

 

 一色『先輩よりはちゃんとしたもの作れると思いますよ?』

 

 八幡『意外と一色って家事っていうか、主婦力高いな』

 

 一色『は、はぁ、主婦ってなんですかもしかしてそれってプロポーズしてるつもりなんですかまだお互い学生ですしちょっと早いと思いますもう少し待ってからにしてもらえませんかごめんなさい』

 

 八幡『深読みしすぎだろ……』

 

一色「先輩のご飯は色が少ないんですよね」

 

 八幡「男の作る飯なんてあんなもんだろ」

 

 一色「いやいや先輩、世の中にはすごく手の込んだ料理を作る『料理男子』なるものが存在するらしいですよ」

 

 八幡「料理する男子ってだけでわざわざ特別な名詞を作っちゃうほど珍しいものってことだろ、つまりそんなやつは滅多にいない」

 

 一色「えー……先輩本当に専業主夫になるつもりあるのか疑わしくなる物言いですね」

 

 八幡「む……いや、まぁ、確かに毎日家事やんの大変だなとか思うけどよ、これはあれだ、養われる立場になれば頑張るぞ、多分な」

 

 一色「はあ」

 

 八幡「……」

 

 一色「……」

 

 八幡「正直、難しいなとか思ったりはしてる」

 

 一色「あれ、そうなんですか?」

 

八幡「あの頃は割と本気だったけどな……さすがに今となってはちょっと無謀な望みだったかなと思ってる」

 

 一色「まぁ、専業主夫志望の人間が先輩のレベルの大学には入らないですよねー」

 

 八幡「別に就職のために今の大学に入った訳じゃないけどな」

 

 一色「そうなんですか?」

 

 八幡「……ちょっと喋りすぎた」

 

 一色「ええーっ、良いじゃないですかー、先輩あんまり自分のこと喋ってくれないし興味ありますよー」

 

 八幡「良いんだよ、男はあんまり自分のことを喋らないもんなんだよ」

 

 一色「むっ、ちょっとそれっぽいですね……わかりました、ここは引いてあげましょう」

 

 八幡「なんで上からなんだよ……」

 

 一色「その代わり」

 

 八幡「あん?……おい」

 

 一色「これは頂いて行きます」

 

 八幡「いやいやダメに決まってるだろ」

 

 一色「なんでですかー?」

 

 八幡「なんでってそりゃお前……いろいろ困るだろ」

 

一色「私が先輩のお金とか物を盗むと思ってるんですか?」

 

 八幡「いや、お前はそういうやつじゃないけどさ」

 

 一色「じゃあなんなんですかー」

 

 八幡「たとえば俺が風呂上がりの時に、前みたいにいきなり入ってこられたりするとな」

 

 一色「あ、あぁ……あー……それは、その」

 

 八幡「困るだろ?」

 

 一色「分かりました、これから先輩の家に伺うときは連絡するようにします!」

 

 八幡「頼むわ」

 

 八幡(なんかなし崩し的に一色に合鍵を渡してしまった……良いのか?)

 

 

7月

 

 一色「暑いですう……」

 

 八幡「暑いって言うと余計暑くなるって言うけど嘘だよな」

 

 一色「ですねー……言わなくても十分暑いですし……」

 

 八幡「……ところで、お前テストとか大丈夫なの?」

 

 一色「私ですかー? そこはぬかりありませんよー」

 

 八幡「そつないよな……お前」

 

 一色「そういう先輩こそどうなんですかー? 名門大学ともなるとそういうの大変そうです」

 

 八幡「まぁ問題はねえな……ていうか名門大学とか止めてくんない?」

 

 一色「なんでですか?」

 

 八幡「なーにが名門だ調子乗ってんなバーカって言いたくなるやつらがうじゃうじゃいるから」

 

 一色「でも先輩もその中の一人ですよ?」

 

 八幡「それを言われると辛いんだけどな……」

 

 一色「はー、めんどくさいですね」

 

 八幡「ほっとけ」

 

一色「ていうか暑くてめんどいです」

 

 八幡「今年は梅雨明け早かったな……」

 

 一色「何を焦ってるんですかねー、春がもうちょっとゆっくりしていってくれたら良かったんですが」

 

 八幡「きっと秋が早めに来てくれるだろ……多分」

 

 一色「だと良いんですけどねー……あ、そうだ、先輩」

 

 八幡「ん?」

 

 一色「先輩は夏休み家に帰るんですか?」

 

 八幡「あー……どうすっかな」

 

 一色「あれ、そこは即答で帰るって仰るものかと」

 

 八幡「いや、テスト終わったあと、2月に一回帰ったんだけどな……もう部屋なくなってた」

 

 一色「えっ」

 

 八幡「正確には親父と小町の物置になってた……俺の私物は捨てるか箱詰めされるかで奥の隅の方に押しやられてた……」

 

 一色「先輩……」

 

八幡「ていうかもう帰ってこないと思われていたっぽくて、母親とか開口一番『あら、アンタどうしたの? 何か用? 生活費なら振り込んでるでしょ』とかね」

 

 八幡「マジで泣きそうになった……って何だよ頭なんか撫でて……暑い」

 

 一色「いえ、なんか流石に先輩かわいそうだなと」

 

 八幡「……いいんだよ、一色はどうするんだ?」

 

 一色「私はー……まぁやっぱり帰りますよ、父も母も帰ってこいと言ってきますし」

 

 八幡「ま、それが良いな」

 

 一色「あっ、もしかして先輩ちょっと寂しがってます?」

 

 八幡「いや全然?」

 

 一色「いやいや、寂しいって気持ちが表情に出てますよ?」

 

 八幡「どんな感情も読み取れない泥沼か魚のような瞳だと言われているんだが? むしろ何考えてるか分からないとまで言われるんだが?」

 

 一色「それは先輩に興味のない人だけですよ」

 

 八幡「え」

 

一色「うーん、東京土産何が良いですかねー」

 

 八幡「……東京と千葉なんて目と鼻の先なんだからお土産買うってほどでもないだろ」

 

 一色「いやいや、うちの母は結構甘いもの好きで……なんかおしゃれっぽいやつ買ってけば満足すると思うんですけどねー」

 

 八幡「じゃあデパ地下とかでスイーツ()でも買っていけば良いんじゃねえの」

 

 一色「まぁ、そうなりますかねー」

 

 八幡「それか東京駅の限定品とかな」

 

 一色「おー、なるほどそういうのもありですね」

 

 八幡「ま、こういうのはインスピレーションで決めちゃって良いだろ、こだわりがある訳でもないなら」

 

 一色「ですねー、あ、先輩、千葉土産買ってきましょうか?」

 

 八幡「いらねえよ……マッ缶あるしな」

 

一色「ホント先輩はマックスコーヒー大好きですよね……」

 

 八幡「ああ、好きだぜ、愛していると言っても良い」

 

 一色「っ」

 

 八幡「俺の人生のパートナーとして不動の地位を確立してるまである」

 

 一色「……はー……で、でもでも、あれってすごく甘くないですか?」

 

 八幡「バカ、あの甘さが良いんだろ」

 

 一色「うーん、そういうもんですかねえ……もうちょっと苦くても良いと思うんですけど」

 

 八幡「もうちょっと苦かったらそれはもう俺の求めるマッ缶じゃない……ただの甘めのコーヒーだ」

 

 一色「変なこだわりですねえ……はー」

 

 八幡「ん、なんだよ?」

 

 一色「な、なんでもありませんよ」

 

 

8月

 

 八幡「気が付いたら8月が半分以上終わってるとか……」

 

 八幡「最高気温は一向に下がる気配がないのに俺のテンションだけが下がっていく……いや上がることもあんまねーけど」

 

 八幡「……はぁ、暑くて二度寝する気も起きねーわ……」

 

 八幡「朝は惰眠をむさぼり、昼はだらだらと汗をかきながらラーメンをすすり、夕涼みをしながらスイカにかじりつく、そんな毎日を過ごしたいだけの人生だった」

 

 八幡「……ん」

 

 八幡「……もしもし」

 

 一色『先輩?』

 

 八幡「んだよ、千葉満喫してるか?」

 

 一色『んー、まあそれなりです、でもそんなのはどうでも良いんですよ』

 

 八幡「どうでもって……」

 

 一色『先輩』

 

 八幡「だからなんだよ」

 

 一色『明日、海行きましょう』

 

 八幡「……は?」

 

一色「わー、やっぱり結構すいてますね!」

 

 八幡「……だな」

 

 一色「もう、なんですか、そのテンションの低さはー!せっかくの海なんですよ!」

 

 八幡「いや別に低いわけじゃない、ただ海とか久しぶりすぎてどうしたら良いか分からん」

 

 一色「テンション上げてけば良いじゃないですかぁ?」

 

 八幡「あと一色と会うのが久しぶりすぎてどうしたら良いか分からん」

 

 一色「3週間ちょっとぶりってだけじゃないですか!」

 

 八幡「いや、ぼっち慣れしてるとな、誰かいなくなった時はすぐに順応できるんだよ」

 

八幡「でもその逆で誰かと会うときはなかなか慣れないもんなんだよ」

 

 一色「え、それってもしかして私にずっと傍にいてほしいって言ってますかでもまだお互い学生だしもうちょっと段階を踏む必要があると思うのでごめんなさい」

 

 八幡「い、いや、そんなことは言ってないが」

 

 一色「む……そうですか」

 

 一色「まぁ良いです、とりあえず着替えちゃいましょう」

 

 八幡「お、おお、そうだな」

 

 一色「じゃあここで待ち合わせですからね、先輩」

 

 八幡「わかったよ」

 

 一色「ではでは、よろしくです」

 

八幡(男の着替えは早い……まぁ服脱いで海パン穿くだけだからな)

 

 八幡(それにしてもまさか俺が夏の海に来るとは……それも一色と一緒に)

 

 八幡(……なぜだ、なんかちょっと落ち着かない……)

 

 八幡(……いやまぁ、理由は分かってるんだが……こう、ほら心の準備ってそんな簡単にできないじゃん?)

 

 八幡(とりあえずパラソル借りとくか)

 

 一色「先輩、お待たせしちゃいましたかぁ?」

 

 八幡「いや、別、に……」

 

 一色「? なんですかぁ?」

 

 八幡「いや、別に……」

 

 一色「も~、先輩、さっきから別にしか言ってないですよぉ?」

 

 八幡(アップにした髪と、ピンクのパーカーに白のビキニ……だと)

 

 八幡「……あざとい」

 

 一色「あ、あざとくないですし! 普通ですし!」

 

一色「そ、それより先輩、その、それだけ、ですか?」

 

 八幡「え、いや……ああ、うむ、なんだ、良いんじゃねえの」

 

 一色「ほんとですか!?」

 

 八幡「くっ、あざとかわ……いや、なんでもない、とりあえず拠点作っちまおうぜ」

 

 一色「え、今先輩なんて? かわ? かわ?

 

 八幡「ほら手伝え」

 

 一色「くっ、手ごわい……ていうか先輩パラソル借りといてくれたんですか?」

 

 八幡「まあ」

 

 一色「先輩は時々気が利きますねっ」

 

 八幡「一言多いね、君は……」

 

八幡「それにしても」

 

 一色「はい?」

 

 八幡「一色の言うとおりだったな」

 

 一色「ふふん、でしょう!?」

 

 八幡「ドヤ顔まであざといし」

 

 一色「も~、なんであざといって言うんですかぁ?」

 

 八幡(そう言って頬を膨らませて上目遣いしてくるんだからまさにあざとい)

 

 一色「……先輩、今、心の中でまたあざといって思ったでしょう」

 

 八幡「え、なに、エスパーなの?」

 

 一色「私ははち……先輩検定2級保持者ですから」

 

 八幡(今俺の名前を言いかけたような気がしたが……こいつの頑ななまでに俺の名前を呼ばない姿勢はなんなんだ)

 

 八幡(それはさて置き、確かにこの状況、一色の言うとおりだった)

 

八幡『え、嫌だよ海なんて』

 

 一色『えー、なんでですかー、良いじゃないですかー』

 

 八幡『だって夏の海なんて人多すぎて海を泳ぐっていうより人の海をかき分けるようなもんだろ』

 

 一色『いやいや、確かに普通はそうかもしれないですけど、もうお盆過ぎたじゃないですかー』

 

 八幡『ああ、そうだな、クラゲ出ちゃうな止めとこう危ないぞ』

 

 一色『ですです、だから人も減ってると思うんですよー』

 

 八幡『まぁ、確かにそうかもしれないが』

 

 一色『でも実際クラゲに刺されたなんてあんまり聞かないですし、ちゃんと気を付けてれば大丈夫だと思うんですよねー』

 

 八幡『うーん、まぁ、そう、なのか……?』

 

 一色『それで、ちょっと不便なところだったら余計に人も少ないはずですよ!』

 

 八幡『まぁ筋は通っているな』

 

 一色『でしょう!ですから』

 

 八幡『でもなー、不便ってことは行くの大変じゃん?』

 

一色『うぐ……大丈夫です、そこらへんはちゃんと調べてありますから!』

 

 八幡『そうなのか?』

 

 一色『はい、ちょっと遠出になりますけどちゃんと日帰りいけますし、乗換も少ないです!』

 

 八幡『ふむ……話を聞く限りはなんか良さそうではあるが』

 

 一色『わーい! ということで、明日よろしくお願いしますね! 朝6時に新宿駅で!』

 

 八幡『え、朝6時……? もしもーし……もしもーし……マジかよいろはす……』

 

八幡(そうして一色に言われるまま切符を買い、連れられてきたのは西伊豆だった)

 

 八幡(伊豆というと手近に思われるがその大半は東伊豆のイメージだろう)

 

 八幡(南伊豆、西伊豆となるとはっきり言ってもう秘境である)

 

 八幡(千葉で言うなら君津ぐらいの秘境っぷりだ)

 

 八幡(時々断崖絶壁とかあってマジでヤバい伊豆も千葉も同じ太平洋に面しているのに)

 

 八幡(ちなみに千葉の海と言えば九十九里に代表される砂浜がメイン)

 

 八幡(それこそ夏のシーズンには砂と人間どっちが多いか分からないほど混雑する)

 

 八幡(まぁ砂の方が多いけどな、常識的に考えて)

 

 八幡(つーか電車とバスで合計4時間くらいかかった、確かに乗換回数自体は驚くほど少なかったけどさぁ……)

 

 八幡(朝早く出てきたから座れたし、車内ではほぼ寝て過ごしたから楽っちゃ楽か)

 

 八幡(そういや眠ってる間、妙に右の肩が重かったような気がするが……まぁ、気にしない方向でいこう)

 

一色「それじゃ先輩、遊びましょう!」

 

 八幡「お、おお……あ、でもお前、日焼け止めとか塗らなくて良いのか?」

 

 一色「へ? ああ……ってまさか先輩……」

 

 八幡「あん?」

 

 一色「一色~俺が全身くまなく日焼け止め塗ってやるからなぐへへへとか思ったりしてるんですか!」

 

 八幡「思うか!」

 

 一色「なんだ、あざとい先輩のことだからてっきり」

 

 八幡「あざとくねえよ」

 

 一色「ちゃーんと更衣室で塗ってきましたよ」

 

 八幡「そか、じゃあいくか」

 

 一色「はいっ」

 

八幡「……なんかすげえ久しぶりでどうしたら良いかマジで困るな」

 

 一色「先輩、そんなに海久しぶりなんですか?」

 

 八幡「小学生の頃に家族で行ったっきりかもしれん」

 

 一色「小学生……?」

 

 八幡「ああ、小学生っていうのは中学校入る前に」

 

 一色「そういう意味で聞き返したんじゃないですよ、なんだと思ってんですかね、先輩は」

 

 一色「いや、先輩の小学生時代ってどんなもんだったのかなと思いまして」

 

 八幡「んー……普通じゃないか」

 

 一色「その普通がまったく想像できないんですけど」

 

 八幡「……まぁちょっと本好きで屁理屈こねるガキだったんじゃねえの」

 

 一色「確かにそれくらいなら普通にいそうですけど、それってあんまり今と変わらなくないですか?」

 

 八幡「お前な……でもそうか、じゃあ俺は今も普通ってことか」

 

 一色「前言撤回でーす」

 

 八幡「お前……なっ!」

 

 一色「わぷっ!? けほっ、うっ、しょ、しょっぱ……うぅ~、やりましたね、先輩ぃ!」

 

八幡「あんまり人を小ばかにするとしょっぱい思いをすることになるということを身をもっ!?」

 

 一色「ふっふっふ、人に悪いことをすると自分に返ってくるということを先輩に教えてあげちゃいました!」

 

 八幡「けほっ、……良い度胸だな一色、ちょっとそこに」

 

 一色「それーっ!!」

 

 八幡「ぎゃっ」

 

 一色「ぶっ……先輩が……先輩が……ぎゃって……ぷくくくく」

 

 八幡「お前……キレちまったよ……久しぶりに……」

 

 一色「せ、先輩……? あ、あああ謝りますから!」

 

 八幡「目に笑い涙浮かべてニヤけた口で謝られても許さねえよ?」

 

 一色「きゃー!」

 

一色「まだお昼なのに、すごい遊んだ気分です」

 

 八幡「こんなの八幡くんのガラじゃない……なんで俺はあんな真似を……」

 

 一色「先輩、お腹すきましたし、あそこの海の家でお昼食べましょう」

 

 八幡「……そうだな……ていうかなんだ、お前準備してきてないの?」

 

 一色「んー、別にお弁当作ってきても良かったんですけどねー、衛生面とか、荷物のこととか考えますと……」

 

 八幡「それもそうか……まぁ、せっかく10年に1度の海だし、海の家で食うか」

 

 一色「えっ、先輩、この先10年も海に行かないつもりなんですか?」

 

 八幡「……もののたとえだよ」

 

 一色「そうですか、次は沖縄の海とかも良いかもですねー、やっぱり一回くらいは行っておきたくないですか?」

 

 八幡「っ……」

 

 一色「? どうかしました?」

 

 八幡「……いや、なんでもない」

 

 八幡(あざとさと天然の二刀流とか……いろはすマジ天使で悪魔だな愛の化身かよ)

 

一色「午後はシュノーケリングとかしませんか? なんか熱帯魚とか見られるらしいですよ」

 

 八幡「熱帯魚とか嘘だろ、ここ日本だぞ」

 

 一色「いやいや、伊豆だと結構見られるらしいんですってば」

 

 八幡「ふーん、まぁ、水族館で見られるから別にって感じだが、まぁ一色が見たいなら構わんぞ」

 

 一色「はーい、それじゃご飯食べますか」

 

 八幡「おう」

 

一色「うーん、この微妙な伸びっぷり……やっぱり海の家ですねえ」

 

 八幡「お前、店の人に聞こえちゃうだろ……」

 

 一色「大丈夫ですよー」

 

 八幡(店員さんがこっちをチラ見していた気がするが気のせいだな)

 

 八幡「こういうとこで食べるならこういうラーメンで良いんだよ」

 

 八幡「ナルトにコーンにネギと海苔とメンマとうっすいチャーシュー、煮干しのダシと醤油ベースのスープに中太縮れ麺、まさに古き良き日本のラーメンだわ」

 

 一色「まぁそれもそうですねー」

 

 八幡「だろ」

 

 一色「ふふ」

 

 八幡「んだよ」

 

 一色「先輩」

 

 八幡「ん?」

 

 一色「美味しいですね」

 

 八幡「……だな」

 

八幡「おい、疲れたしそろそろ帰ろうぜ、周りの人もだいぶ帰っちゃったし」

 

 一色「んー、もうちょっといましょうよ」

 

 八幡「……まぁ、お前がそういうなら別に良いけどよ……」

 

 一色「今日はなんだか優しいですね、先輩」

 

 八幡「まるでいつもは優しくないみたいな言い方だな」

 

 一色「そうですねー」

 

 八幡「こいつめ」

 

 一色「でも確かに風も出てきて冷えてきましたし、着替えましょうか」

 

 八幡「おう、そうだな」

 

 一色「それじゃ先輩、またここで」

 

 八幡「ん」

 

八幡(少し温度の低いシャワーが日焼けで火照った肌に心地いい)

 

 八幡(こんなにアウトドアで遊んだのマジで久しぶりだな)

 

 八幡(今日は柄にもなく一色のテンションにつられてはしゃぎ過ぎてしまった感があるが……まぁ、たまにはこんな日も良いか)

 

 八幡(海……英語でシー……か……)

 

 ??『じゃあ、いつか二人で行こうね』

 

 八幡(………………………………………………)

 

 八幡(ずっと忘れようとして忘れられなかった、そしていつの間にか忘れていたあの頃のこと)

 

八幡(彼女は今でも元気でやっているだろうか)

 

 八幡(彼女は少しは自由になれたのだろうか)

 

 八幡(あの時の俺の選択は本当に正しかったのだろうか)

 

 八幡(今となっては後悔することも謝罪することも手を出すこともできない)

 

 八幡(ただ、勝手だと分かってはいるが、心から思うのだ)

 

 八幡(あの二人に、本当に幸せになってほしいのだと)

 

 八幡(そんなことがふと、頭をよぎった)

 

 八幡(つくづく今日の俺は、らしくない)

 

 八幡(きっと夏のせいね)

 

一色「せーんぱい、お待たせしました」

 

 八幡「ん」

 

 一色「考えごとですか?」

 

 八幡「いや、夕焼けがな」

 

 一色「はい、とっても綺麗ですね」

 

 八幡「だな」

 

 八幡「つーか遅えよ、うっかり日が暮れちゃうとこじゃねえか」

 

 一色「女の子の支度は時間がかかるもんですよー」

 

 八幡「それもそうか」

 

 一色「というのは半分建前です、横座って良いですか?」

 

 八幡「おい……いや、いいけど」

 

一色「……本当は、先輩と、この夕焼けを見たかったんです」

 

 八幡「……」

 

 一色「…………」

 

 八幡「………………よっ」

 

 一色「あ、あれ、先輩どこ行くんですか」

 

 八幡「すんません、2つください」

 

 一色「……?」

 

 八幡「ほれ」

 

 一色「スイカバー……なんか懐かしいです」

 

 八幡「まぁ、こういうのも良いかもな」

 

 一色「? そうですね?」

 

 八幡「分かんないのに適当に頷くんじゃありません」

 

 一色「わわっ、ちょっ、髪が崩れちゃいますよぅ」

 

八幡(早起きして海に向かう電車の中で眠りこけて、海の家でラーメンすすって、スイカバーかじりながら夕涼み)

 

 八幡(そういう一日を一色と過ごすのもなかなか乙なもんだ)

 

 一色「もう……それにしても、ふふっ」

 

 八幡「あん?」

 

 一色「先輩ってばあんなにはしゃぐと思いませんでしたよ」

 

 八幡「え」

 

 一色「俺は熱帯魚なんかどうでも良いわみたいなことを言ってたのに」

 

 八幡「いやまさか餌あげたらあんなに寄ってくるなんて思ってなかったんだよ、しかもなんか色とりどりだったし」

 

 一色「凄かったですよね、先輩の周り、いろんな魚がいっぱいでしたよ」

 

 八幡「ああ、竜宮城ってこんなとこだったのかなと思ったわ、おかげで口から水入りそうになって焦ったわ」

 

 一色「ですねー……楽しかったですねえ」

 

 八幡「だな」

 

 一色「また来ましょうね、先輩」

 

 八幡「……だな」

 

 

9月

 

 一色「ふんふふーんふんふふーん」

 

 一色「せんぱーい、そろそろお皿の準備お願いしていいですかー?」

 

 八幡「おう」

 

 一色「ありがとでーす」

 

 八幡「いや、これくらい別に」

 

 一色「ふふ」

 

 八幡「んだよ……」

 

 一色「なんでもありませーん」

 

 八幡「今日も美味そうだな」

 

 一色「先輩もそう思います?」

 

 八幡「そりゃまぁ、な」

 

 一色「私、思うんですけど、最近料理の腕が上がってきた気がします!」

 

八幡「元から結構上手かったと思うが」

 

 一色「いやいや、最近は味付けとかじゃなくて、料理する時間が全体的に短くなってきたと思うんです」

 

 八幡「ああ……そういうことか」

 

 一色「別に手を抜いてる訳じゃないんですよ?」

 

 八幡「わかってるよ、そんな事、一言も言ってねえじゃねえか」

 

 八幡「手際っていうか、そういうとこだろ?」

 

 一色「はい、やっぱり毎日料理すると変わるもんですねえ」

 

 八幡(そうなんだよな……なんだかんだでほぼほぼ毎日うちで一緒に飯食ってんだよなあ)

 

 一色「じゃ、ご飯よそっちゃいますねー」

 

八幡「それくらい俺がやるよ」

 

 一色「そうですか? ありがとうございます、やっぱり先輩はあざといですねえ」

 

 八幡「あざとくねえし……家事を手伝う世の中の旦那さんに謝れよ……」

 

 一色「えっ、今のってもしかして私のだんな」

 

 八幡「いや違うから」

 

 一色「むむ」

 

 八幡「ほら、食おうぜ……せっかくの美味い飯なんだからよ」

 

 一色「ふふ、やっぱり先輩あざといです」

 

一色「もう9月なのになかなか涼しくなりませんね」

 

 八幡「そうか?夜は結構過ごしやすくなってきたぞ」

 

 一色「まぁ、夜はそうかもですね、時々熱帯夜とかありますけど」

 

 八幡「でも一頃に比べたらマシなもんだ……クーラー入れなくて済む程度だしな」

 

 一色「そうですね」

 

 八幡「秋になってくるといろいろ旬になってくるな」

 

 一色「ですねー、あ、そうだ、お月見とかしましょうか」

 

 八幡「ん、あぁ、そうか」

 

 一色「先輩の家ではあまりお月見とかしなかったんですか?」

 

 八幡「さすがに台に団子を山盛りしてススキ飾って、とかはやってなかったな」

 

 一色「あー、なんか昔話とか出てきそうなやつですか」

 

 八幡「そうそう、まぁなんだ、小町がお月見だよーって言いながらコンビニで団子買ってくるぐらいだ」

 

 一色「それはお月見にかこつけて甘いものが食べたかっただけなのでは……」

 

 八幡「小町だからなぁ……それは否定できない」

 

一色「先輩」

 

 八幡「ん?」

 

 一色「これからイベントいっぱいですね」

 

 八幡「そうか? イベントなんてぼっちには関係ないから分からないだけかな?」

 

 一色「なーに言ってるんですか、先輩、私がいますよ」

 

 八幡「お、おう」

 

 一色「差し当たっては先輩」

 

 八幡「ん?」

 

 一色「来月頭にうちの大学の学祭なんで来てくださいね」

 

 八幡「えー……」

 

 一色「久しぶりに凄い嫌そうな顔がきましたね」

 

八幡「いや、なに……なんつーの……お前女子大だろ」

 

 一色「はい」

 

 八幡「いやムリ、絶対ムリ、入っていいく自信ねえ」

 

 一色「私が案内しますからー、良いじゃないですかー」

 

 八幡(それが余計に嫌な予感を加速させるんだけどな)

 

 一色「うちの大学はそんなに大々的じゃないですから、人も少ないです!」

 

 八幡「それ余計に悪目立ちしそうなんだが」

 

 一色「も~、大丈夫ですから! 絶対行きましょうね!」

 

 八幡(結局学祭は行った……行ったというか連れて行かれた)

 

 八幡(そして思った通り、散々な目にあった)

 

 八幡(一色の友人やら先輩やらに声を掛けられまくる1日だった)

 

 八幡(アイツなんだよどんだけ知り合い多いんだっつの……)

 

 八幡(まぁ、他の大学、それも女子大なんて滅多に行くもんじゃないから貴重な経験だったという事にしよう)

 

 八幡(一色がうちに入り浸るようになって結構経つ)

 

 八幡(最初はなんというかどうしたら良いか分からなかったし、なんだかんだ気も遣っていたように思う)

 

 八幡(基本、夜には帰るとは言え、自分のプライベートゾーンであるこの部屋に他人が居座ることに抵抗があった事は否めない)

 

 八幡(しかし一色は思いのほか早く馴染んだ、馴染んでしまったというべきか)

 

 八幡(一色が馴染んだのか、俺の心が許したのか、あるいはその両方か)

 

 八幡(定かではないし、そこを重視する必要もないだろう)

 

 八幡(一色は来れば料理をふるまってくれるし、文句を言いながらも部屋の片づけまでしてくれる)

 

 八幡(俺もそれに甘えてしまっている)

 

 八幡(……なんというか、居心地が良いんだよな……まるで……いや、やめとこう)

 

 八幡(……うーむ……)

 

一色「ただいまでーす」

 

 八幡「おう」

 

 一色「先輩、これ食べましょう」

 

 八幡「んっ、おお、焼き芋か」

 

 一色「はい、すっごく美味しそうだったんでつい買っちゃいました」

 

 八幡「もうそんな季節なんだな……おっと、あっちぃ」

 

 一色「ほわー……おいしーですねえ」

 

 八幡「んむ、うまいな」

 

 一色「先輩、そっちの一口くださいよ」

 

 八幡「え、おま」

 

 一色「はむ」

 

八幡「あっ、こ、こら!」

 

 一色「おー、こっちはほくほくですね」

 

 八幡「ん? そっちは違うのか?」

 

 一色「こっちはとろける感じです」

 

 八幡「む……」

 

 一色「食べてみますか?」

 

 八幡「………………いや、良い」

 

 一色「ま、そうでしょうねー……んー、おいしー」

 

 八幡「ちくしょう……」

 

 一色「なんか結構お腹にたまりますね」

 

 八幡「だな」

 

 一色「今日のお夕飯は少し軽めにしましょうかね」

 

 八幡「ああ、そうだな」

 

一色「あ、そういえば、先輩の大学は来月学祭ですよね?」

 

 八幡「ん? あーなんかそんな事を言ってたような気がするわ」

 

 一色「なんでそんな無関心なんですか」

 

 八幡「部活とかサークルとかゼミとかそういう団体に一切属していないとあんまりな、そもそもありとあらゆる団体に属していないけどな」

 

 一色「むー……まぁ良いです、私、今度は先輩の大学の学祭遊びに行きたいです」

 

 八幡「おお、良いぞ、友達誘って行ってこい」

 

 一色「いや行ってこいじゃなくて、案内してくださいよ」

 

 八幡「は?」

 

 一色「うわすごい嫌そうな声ですね」

 

 八幡「いやそんな案内するほどのもんはないぞ、初代総長の銅像とか見たいか?」

 

 一色「なんでそんな物を案内するんですか……もっといろいろこう、あるじゃないですかー?」

 

 八幡「いや別に……」

 

一色「えーっ、なんなんですかー、私に来られたら迷惑なんですかぁ?」

 

 八幡「そういう事じゃねえけどよ」

 

 一色「じゃあなんなんですかぁ?」

 

 八幡「……わかったよ、負けた」

 

 一色「わーい、楽しみにしてますね、先輩」

 

 八幡「言っとくけど、俺そんなに詳しくはないからな? 基本授業受けるだけだから」

 

 一色「それでも良いんですよ、先輩の勉強してる場所とか見たいんですから」

 

 八幡「そういうもんか……?」

 

 一色「そういうもんです!」

 

 八幡(2人で歩くといろいろな発見があった)

 

 八幡(普段どれだけ俺が周りに意識を向けていないかがよく分かるな)

 

 八幡(まぁ一応は有名大学ってことで、なんか雑誌のモデルが来てファッションについて語ったり)

 

 八幡(お笑い芸人のライブとかやってるのを見たりしてなんだかんだ楽しんだようだった)

 

 

11月

 

 一色「せんぱ~い、そろそろお鍋できますよ~」

 

 八幡「ん、おお、じゃあ鍋持つわ」

 

 一色「あ、もう少し待ってください、あとこのお魚だけ最後に入れますので」

 

 八幡「へー、それは煮込まなくて良いのか」

 

 一色「はい、白身魚は煮込みすぎると身がほろほろ崩れちゃうので、ひと煮立ちくらいで」

 

 八幡「なるほどな」

 

 一色「じゃあこれを入れて……あつっ!」

 

 八幡「なっ、バカ早く冷やせって」

 

 一色「わ、あ、ありがとう、ございます……」

 

 八幡「いや、別に……」

 

一色「ていうか先輩、その……手……あの……」

 

 八幡「あ、あぁ、す、すまん」

 

 一色「い、いえ……」

 

 八幡「……」

 

 一色「……」

 

 八幡(き、気まずい……蛇口から出る水の音がやけに大きく聞こえる)

 

 一色「そ、そろそろ大丈夫そうですね、赤くなってないですし、腫れもなさそうです」

 

 八幡「そ、そうか、じゃあ鍋OKになったら呼べよ」

 

 一色「はい、先輩」

 

八幡「なんかすっかり鍋が美味い季節になってきたな」

 

 一色「ですね~、はふはふ」

 

 八幡「はふはふって口で言うもんじゃねえだろ……相変わらずあざといな」

 

 一色「ははほふはいへふお」

 

 八幡「いや、やっぱあざといわ、お前」

 

 一色「む~」

 

 八幡「もう11月か……早いもんだな」

 

 一色「そうですね、あっという間です」

 

 八幡「……学校の方はどうなんだ?」

 

 一色「特に問題はないですね、勉強も問題ないですし」

 

 八幡「ほう、そうか、まぁ少なくとも対人関係が問題なさそうなのはこないだ分かった」

 

 一色「あー……あれは流石にちょっと先輩大変そうでしたねー」

 

 八幡「……まぁ、過ぎた事だ」

 

一色「先輩こそどうなんですか?勉強大変なんじゃないですか?」

 

 八幡「まぁそれなりだな、Aはもらえるだろ、最低でもBは堅い」

 

 一色「Aって、それ良いとは言わないんですかね」

 

 八幡「まぁ課題はそれなりに良い評価取ってるし授業も出てるから問題はないと思うが」

 

 一色「が?」

 

 八幡「教授連中に対して特別愛想よくしてる訳じゃないからな」

 

 一色「まぁ先輩ですもんね」

 

 八幡「逆にお前は愛想よく立ち回ってそうだな」

 

 一色「それはそうですよぉ、AかBかギリギリのところを心証1つでAにしてもらえるかもじゃないですかぁ」

 

 八幡「……お前はほんと、どこに行ってもうまくやれそうだわ」

 

 一色「えへっ、先輩に褒められました」

 

一色「でも急に学校の成績のことを言い出すとか、どうかしたんですか?」

 

 八幡「いや、別にどうってほどのこともないんだが……いや、その、正月とかどうすんのかと思ってな」

 

 一色「あー……まぁ、やっぱ帰るでしょうねえ……先輩は帰らないんですか?」

 

 八幡「さすがにちょっとくらい顔出さないといかんだろうけど泊まる部屋ねえしな」

 

 一色「そういえばそうでしたか」

 

 八幡「幸い日帰りできない距離じゃねえし、元旦の朝に行って夕方くらいには戻ってくっかな」

 

 一色「お正月だって言うのに慌ただしいですね」

 

 八幡「仕方ねえだろ……」

 

 一色「んー……あ、そうだ先輩、初詣行きましょうよ」

 

 八幡「初詣?」

 

 一色「はい、大晦日にこっち来るので、年越しそば食べて、初詣いくんです」

 

 八幡「お、おお」

 

一色「せっかくだからオールで遊んで、そのまま朝になったらご実家に行けばよくないですか?」

 

 八幡「オールってなんだっけ、船漕ぐやつだっけ」

 

 一色「え、先輩何言ってるんですか……オールっていうのは徹夜ってことですよ」

 

 八幡「あ、ああ、徹夜ね、分かってる分かってる、問題ない」

 

 一色「私も多分一日の朝に実家に着けば問題ないと思いますし」

 

 八幡「そうか」

 

 一色「ふふっ、楽しみですね」

 

 八幡「……そうだな」

 

 一色「……」

 

 八幡「なんだよ変な顔してこっち見て」

 

 一色「へ、変じゃないです!こんな可愛い女の子を捕まえて変な顔とかひどいですよ!」

 

 八幡「わ、悪かったよ、今のはさすがに俺が悪かった、すまん」

 

 一色「むう……ただちょっとびっくりしただけですよ」

 

 八幡「あん?」

 

一色「先輩が素直にその、楽しみって言ってくれたのがなんか意外だったので……」

 

 八幡「……ああ、そうかもな」

 

 一色「自分のことなんですけど……」

 

 八幡「いや、まぁ良いんだ、気にするな」

 

 一色「はぁ、まぁ先輩がそう言うなら気にしませんけど」

 

 八幡「ああ、そうしてくれ」

 

 八幡(さっきのが俺の本音なのだろう)

 

 八幡(つまり)

 

 八幡(俺は一色と一緒にいることが、楽しいのだ)

 

 八幡「つーかまだ11月だぜ、もう正月の予定とか気が早すぎだろ」

 

 一色「そんな事ないですよー、こういう事は早いもの順で予定が埋まっちゃうんですから」

 

 八幡「ん、あぁ、そういうもんか、今まで正月に予定らしい予定が入ることなんてあんまなかったから分からなかったわ」

 

 一色「あんまり切なくなること言わないでもらえませんかねー……」

 

 八幡「じゃあそろそろ締めのご飯入れるか」

 

 一色「あ、卵とってきまーす」

 

 

12月

 

 八幡「ん、もしもし」

 

 一色『あ、先輩、おはようございます、まだ寝てました?』

 

 八幡「いや、起きてはいたが横になってた」

 

 一色『だらけてますねえ』

 

 八幡「今日から休みだし良いだろ別に、ずっと頑張ってきた自分へのご褒美だ」

 

 一色『はぁ、そうですか、実はお願いがあったんですけど』

 

 八幡「なんだ?」

 

 一色『えっと、ちょっと買い物をしておいて頂けないかと』

 

 八幡「珍しいな、別に構わないが」

 

 一色『ありがとうございます、それじゃリストはLINEで送りますね』

 

 八幡「おう、頼むわ」

 

 一色『ふふ、頼んでるのはこっちですよ?』

 

 八幡「……まぁ、そうともいう」

 

 一色『それじゃ、宜しくお願いしますねー』

 

八幡「……10時……もう店やってるよな……さっさと行くか」

 

 八幡「やらなきゃいけないことは手短にだっけな」

 

 八幡「……はぁ、さむ……いってきまーすっと」

 

 一色「……」

 

八幡「ただいまーっと……」

 

 一色「メリークリスマース!!」

 

 八幡「のわっ!!」

 

 一色「せ、先輩!驚き過ぎですよ!!大丈夫ですか!?」

 

 八幡「いて……な、なんで一色が」

 

 一色「あ、ちゃんとティッシュも買ってきてくれたんですね、ありがとうございます」

 

 八幡「いやあの、質問には答えようね、無視されると昔のことを思い出しちゃうからね」

 

 一色「え、そんなの驚かせたかったからに決まってるじゃないですかぁ?」

 

 八幡「は……」

 

 一色「まぁまぁ、入ってくださいよ」

 

 八幡「いやあの、俺のうちなんですけどね……」

 

八幡「な、なんだこりゃ」

 

 一色「先輩が帰ってくる前に大急ぎで準備したんですよ?」

 

 八幡「……まさか後から追加されたティッシュって」

 

 一色「はい、少しでも準備の時間を稼ごうと思いまして」

 

 八幡「そういう事にはよく頭が回るよな」

 

 一色「機転がきくと言ってください」

 

 八幡「そういうことにしとこう」

 

 一色「も~、なんですかぁ!」

 

 八幡「それにしても……」

 

 八幡「……よくこんなに準備できたもんだな」

 

 一色「ちょくちょく準備してましたから」

 

八幡「そっか……その、なに、ありがとな」

 

 一色「えっ……は、はい」

 

 八幡「あー腹減った、さっさと食べようぜ」

 

 一色「は、はい!」

 

 八幡「それじゃ、なんだ、その」

 

 一色「はい、メリークリスマスです、先輩♪」

 

 八幡「メリー、クリスマス」

 

 一色「じゃーん、先輩!このケーキ食べましょう!」

 

 八幡「えっ、なにこれ高かったんじゃねえの、半分払うぞ」

 

 一色「ブッブー、残念でした!」

 

 八幡「は?」

 

 一色「これ私の手作りですよ!」

 

 八幡「うっそマジかお前腕あげたな」

 

 一色「もともとお菓子作りは得意ですし、結構好きでしたからね」

 

八幡「うーむ、このデコレーション……すげえな売り物に引けを取らないぞ」

 

 一色「はい、我ながらうまく行きましたよ」

 

 八幡「いやもうなんかこれ食べちゃうの申し訳ないんだが」

 

 一色「そこまで先輩に言われるとは思いませんでしたよ、でもせっかくだから食べてください、美味しくできてるはずですし」

 

 八幡「そうだな、じゃあありがたく頂くとするか」

 

 一色「はい、あ、今切り分けますねー」

 

 八幡「おう、頼む」

 

 八幡(結論から言うと滅茶苦茶うまかった)

 

 八幡(なんなのこの子パティシエになっちゃうの?でも夢色じゃなくて一色だけどな)

 

 八幡(……ちょっと俺も浮かれているのかもしれん、我ながらアホな事言ってるわ)

 

 

1月

 

 一色「先輩、おそばできました!」

 

 八幡「お、時間ちょうどだな」

 

 一色「まぁ今年くらいは小林幸子見れなくても良いかなって思いました」

 

 八幡「毎年よくやるよなぁ……風物詩みたいなもんだけど……あ、運ぶぞ」

 

 一色「はい、ありがとうございます」

 

 八幡「おお、うまそうだ」

 

 一色「おそばのつゆの香りって食欲をそそりますよね」

 

 八幡「だな」

 

 一色「あ……」

 

 八幡「ん? あぁ、鐘が鳴り始めたか、そろそろだな」

 

 一色「ですね……なんか、なんでしょう、ちょっと緊張しちゃいます」

 

 八幡「なんでだよ」

 

 一色「自分でもちょっとよくわかりません」

 

八幡「そうか? まぁいいか……よし、頂きます」

 

 一色「はい、私もいただきまーす」

 

 八幡「うん、うまい、このかつおと昆布の出汁と鴨肉の油がたまんねえ」

 

 一色「私、鴨そばって初めて作って初めて食べるんですけど美味しいですね」

 

 八幡「だろ、普通の鶏肉も良いんだけど1年に1回だからな、このコクは鴨じゃなきゃ出ないんだよ」

 

 一色「はい、たまには良いですね、こういうのも」

 

 八幡「それにしても初めて作ったのに大したもんだな、鴨肉の火加減絶妙じゃねえか」

 

 一色「そうは言ってもお肉の火加減って特別変わるものでもないですからねえ」

 

 八幡「そういうもんか……さすがに料理のエキスパートは違うな」

 

 一色「もっと褒めても良いんですよ、先輩」

 

 八幡「いやー、いい鴨肉だわー鴨さんと業者さんに感謝感謝」

 

 一色「あーんもう、先輩ぃ!」

 

八幡「……一色」

 

 一色「は、はいっ?なんですか急に真面目な顔して……」

 

 八幡「明けましておめでとう」

 

 一色「へ?あっ、もう12時回ってる!明けましておめでとうございます!」

 

 八幡「……今年もよろしくな」

 

 一色「……先輩…………はい、私こそ、今年もよろしくお願いします」

 

 八幡「これ食べたら初詣行くか」

 

一色「ですね、混んでるでしょうけど」

 

 八幡「う、それは……まぁ、仕方ないな」

 

 一色「おお、先輩が混雑している場所に行く気を起こしている」

 

 八幡「……やっぱやめるか」

 

 一色「わー冗談ですよぅ! いきたいです行きたいですぅ! 先輩と初詣行きたいですぅ!」

 

 八幡「冗談だよ」

 

 一色「先輩ってば元旦から性格悪いですよぅ」

 

 八幡「一色も元旦からあざとくて何よりだよ」

 

 一色「またあざといって言う~」

 

八幡「んじゃそろそろ行くか……外は寒いしトイレいっとけよ」

 

 一色「……先輩セクハラです」

 

 八幡「親切で言ってるのに……まぁ良いや、財布は最低限の現金だけにしとけよ、スられても困らない程度にな」

 

 一色「スリとかあるんですか?」

 

 八幡「ないとは言えないし、落とす可能性もあるからな」

 

 一色「はぁ、まぁそうですね、じゃあ電車賃とお賽銭と……あと遊ぶお金ですかね」

 

 八幡「おし、行くか」

 

 一色「はい」

 

 八幡「うわ、さむっ」

 

 一色「は~、息が白いですねえ」

 

 八幡「まぁ冬だし夜中だし」

 

 一色「あ、ほら先輩、星が綺麗ですよ」

 

 八幡「……おお」

 

 一色「東京でも星はちゃんと見えるんですねえ」

 

 八幡「そうだな……」

 

一色「わぁ、なんだかお祭りみたいですね」

 

 八幡「だな……っていうかお前、初詣くらい行ったことあるだろ?」

 

 一色「そりゃまぁ友達と一緒に行ったことはありますけど、でもこんな時間は初めてですね、いつもは朝になってからですよ」

 

 八幡「あぁ、まぁ、そうか」

 

 一色「明るくなってからの初詣とは雰囲気が違います」

 

 八幡「確かにそうかもな、縁日みたいな空気だもんな」

 

 一色「はい、なんか楽しいです」

 

 八幡「そりゃよかったな」

 

 一色「はい」

 

八幡「何をお願いしたんだ?」

 

 一色「えっ、んー、世界平和ですかねー」

 

 八幡「絶対嘘じゃん」

 

 一色「そういう先輩は何をお願いしたんですか?」

 

 八幡「家内安全無病息災かな」

 

 一色「絶対嘘じゃないですかー……」

 

 八幡「せっかくだしおみくじ引いてくか?」

 

 一色「あっ、良いですね、引きましょう!」

 

 八幡「どれどれ……末吉……微妙だ……なになに、身体健やかに病から遠し……ホントに無病息災っぽいじゃねえかこの神社すごいの?ご利益あるの?」

 

 一色「私はー、あ、大吉です!」

 

 八幡「ほう」

 

 一色「えーと……恋愛は……」

 

 八幡「なんだ?」

 

 一色「……ふう、さあ、ちょっとぐるっと回って帰りますか」

 

八幡「おい、なんだよ、なんか書いてあったんじゃねえのか? まさか読めないとか」

 

 一色「そ、そんな訳ないじゃないですか! 良いんですよ、私のことは」

 

 八幡「ふうん……ま、良いけどよ」

 

 一色「ほ、ほら先輩、屋台で何か買いましょうよ!」

 

 八幡「割とついさっき美味いそば食ったばっかなんだけどな……」

 

 一色「大丈夫ですよ、この後はラウンドワンで朝まで遊ぶんですから」

 

 八幡「ラウンドワン……だと……」

 

 一色「どうかしたんですか?」

 

 八幡「いや、噂には聞いたことがある……でかいゲームセンターみたいなとこだろ?」

 

 一色「んーまぁ、イメージ的にはそうかもしれないですねー」

 

 八幡「しかしリア充にしか進入することを許さない隔絶した空気に満ちていると聞くんだが」

 

 一色「なに言ってるんですか、大丈夫ですよ先輩なら、あ、ほら、たこ焼き食べましょう!」

 

 八幡「お、おい……ったく……」

 

一色「ほらほらすっごく美味しそうじゃないですかぁ?」

 

 八幡「まぁ、こういうのってたまにすごい食べたくなるよな」

 

 一色「ですよねー」

 

 八幡「仕方ねえな……あ、すんません、8個入り1つください」

 

 一色「やったー、はふはふ」

 

 八幡「この青のりとソースの匂いはマジでダメだって、人を狂わせるんだって……」

 

 一色「おいひいれふね」

 

 八幡「うまいけどさあ……ラウンドワン行く前に一回家に帰って歯磨きしような」

 

 一色「っ!! も、もしかして」

 

 八幡「青のり」

 

 一色「うっ、わ、わかりました……仕方ないです、一回帰って出直しましょう」

 

 八幡「ま、時間がない訳じゃないんだ、気にするな」

 

 一色「じゃあついでに焼きそばも食べましょうか」

 

 八幡「ホントに気にしてないのね、君……」

 

八幡「……これがラウンドワンか……」

 

 一色「ほら先輩、ぼさっと突っ立ってないで行きましょう」

 

 八幡「おわっ、ひ、引っ張るなって……」

 

 一色「わー、久しぶりです」

 

 八幡「なんかすげえ明るい……」

 

 一色「そりゃまぁそうですよ」

 

 八幡「しかもなんか音がやたら大きい……」

 

 一色「まぁまぁ良いじゃないですか、ほら、何から遊びましょうか」

 

 八幡「ていうかすげえ人多くね?」

 

 一色「みんな私たちと似たようなものなんじゃないですかぁ?」

 

 八幡「まぁそうだろうな」

 

 一色「じゃあすぐ遊べるものを片っ端からやっていきましょう!」

 

 八幡「うーむ、お手柔らかに頼むわ……」

 

八幡「もう7時か……」

 

 一色「んーっ、遊びましたね!」

 

 八幡「1年分遊び倒したわ……」

 

 一色「ふふっ、先輩も途中から結構ノリノリでしたよ?」

 

 八幡「そうかね」

 

 一色「それじゃあ……行きますか」

 

 八幡「だな」

 

 一色「……先輩」

 

 八幡「ん?」

 

一色「私、一応実家に泊まる予定なんですよ」

 

 八幡「そりゃまぁ普通はそうだろうな」

 

 一色「だから一度自分のアパートに戻って荷物取ってきたいんですよ」

 

 八幡「おお」

 

 一色「ですからその」

 

 八幡「そんな事で遠慮してんなよ……幕張までなら荷物持ちしてやるよ」

 

 一色「あ……はい、ありがとうございます、先輩」

 

 八幡「重いんじゃ仕方ないからな」

 

 一色「ふふ」

 

 八幡「……」

 

 一色「せーんぱい」

 

 八幡「んだよ」

 

 一色「えへへ、なんでもないでーす」

 

八幡「ただいまー」

 

 八幡「……」

 

 小町「あれ、お兄ちゃんおかえりー」

 

 八幡「んだよ、いるなら玄関まで迎えに来てくれても良いだろ」

 

 小町「えーだってまだ朝だし、小町徹夜で勉強して眠いし、これから寝るところだしー」

 

 八幡「なんだそうか、じゃあこたつは俺がもらった」

 

 小町「えー、ちょっとお兄ちゃん足当たってるってば」

 

 八幡「ちょっとくらい仕方ないだろ……あーあったけえ」

 

 小町「もう、仕方ないなあ……」

 

 八幡「俺もちょっと寝るわ……他に寝るとこねえし」

 

 小町「うん……お兄ちゃん、おかえり」

 

 八幡「おう、ただいま」

 

小町「……お兄ちゃん、なんかちょっと雰囲気変わったね」

 

 八幡「そうかぁ? あんまり変わらないだろ」

 

 小町「お兄ちゃん、小町が何年お兄ちゃんのこと見てきたと思ってるの?もう18年にもなるんだよ?」

 

 八幡「改めて言われるとすごいな」

 

 小町「その小町が断言するんだよ」

 

 八幡「じゃあ自覚はないけどそうなのかもな」

 

 小町「そうだよ」

 

 八幡「で、どう変わったんだ?」

 

 小町「昔ほどヒネくれてないって感じ」

 

 八幡「アバウトだな……しかもあんまり変わってなさげだ」

 

 小町「昔さ、平塚先生がお兄ちゃんのこと『高二病』って言ってたけど、今は大分よくなったんだね」

 

 八幡「……小町にまで言ってたのかそれ」

 

 小町「だいたい学校で起きたことは小町が知ってると思ってもらって良いよ、言わなかったけど」

 

 八幡「マジかよ」

 

小町「お兄ちゃんと交友関係のあった人たちとは大体連絡取ってたし」

 

 八幡「そういえば小町経由で俺に連絡来てたりしたもんな……あれ? 俺やっぱり嫌われてたのかな」

 

 小町「とにかく、お兄ちゃん少し丸くなったよ、成長したのかも」

 

 八幡「だと良いけどな……」

 

 小町「お兄ちゃんが家を出たのは正直寂しかったけど、でもこうしてお兄ちゃんが成長したことを考えると良かったのかもね」

 

 八幡「その割には速攻で俺の部屋が物置と化したみたいなんですがそれは」

 

 小町「先に物置にしたのはお父さんだよ、気が付いたらどんどん荷物が増えてた」

 

 八幡「そうか……いやまぁ、良いんだけどさ」

 

 小町「お兄ちゃんは放っておくと家から出なくなりそうだし? もしかしてわざとなのかも」

 

 八幡「荒療治だな……」

 

 小町「それで、お兄ちゃん、今は誰かと付き合ったりしてるの?」

 

 八幡「……なんでそうなる」

 

 小町「人を変えるのは人との出会いだよ、これ小町の持論」

 

小町「お兄ちゃんは不特定多数の人と仲良くできるタイプじゃないから、特定の誰かと触れ合って少しずつその人から影響を受けるんだよ」

 

 八幡「お前はなんでも知ってるんだな」

 

 小町「まぁお兄ちゃんのことならね」

 

 八幡「こいつめ」

 

 小町「で、成長したお兄ちゃんを見た小町は一抹の寂寥感を覚えつつ、兄の心に誰かが住むようになったんじゃないかと思うわけですなー」

 

 八幡「なるほどな……」

 

小町「で、どんな子?どんな子?」

 

 八幡「……付き合ってるやつはいねえよ」

 

 小町「ふうん? 付き合ってるやつは、ね」

 

 八幡「……わり、徹夜したから眠いんだ、そろそろ寝るわ」

 

 小町「逃げた……ヘタレなところはまだまだだねえ……じゃあこれは独り言だけど」

 

 小町「好い人がいるなら、手放しちゃだめだよ、お兄ちゃんは成長したって言ってもまだまだ面倒くさいんだから、向き合ってくれる人は希少だよ」

 

 小町「誰かに一方的であっても好意を向けられたら、ちゃんと向き合って、そしてちゃんと答えを出すこと」

 

 小町「うまくいっても、だめになっても、それは絶対、無駄にならないよ……あの2人の時だって、そうだったんだから」

 

 小町「…………おやすみ、お兄ちゃん」

 

 八幡「……」

 

 八幡「ありがとな、小町」

 

 小町「……」

 

 

2月

 

 八幡(考査も問題なくクリアして暇になった)

 

 八幡(いまだにあの時の小町の言葉が俺の中で反芻される)

 

 八幡(さすがに正月のあとはすぐに期末考査だったからそれどころじゃなかったんだが……)

 

 八幡(ひと段落して頭に思い浮かぶのはその事だった)

 

 八幡(一色いろは……)

 

 八幡(ずっと俺は一色の厚意に甘えていた、そんなことは分かり切っている)

 

 八幡(一色は俺に何を望むのだろうか)

 

 八幡(たとえば、兄のような頼れる目上の異性を求めている可能性)

 

 八幡(たとえば、単純な、気心の置けない友人を求めている可能性)

 

 八幡(たとえば、いわゆる恋愛関係的な彼氏を求めている可能性)

 

 八幡(どれでもあるような気がするし、どれでもないような気もする)

 

 八幡(結局自意識過剰なだけなのではないかという恐れもある)

 

 八幡(だがいくら一色が社交的だからと言って、まったく気のない男の世話を好き好んで1年近くもできるものだろうか)

 

 八幡(そんな無駄なことに貴重な大学生としての時間を費やすような人間ではないだろう)

 

八幡(あいつは年下だがあれでしっかりしているし面倒見も良い、気さくで優しくもある)

 

 八幡(ではそれを誰彼かまわず同じようにふるまっていたかと言えば否である)

 

 八幡(奉仕部が解散となってからの高校での1年は、まぁ、たまに話すことはあった)

 

 八幡(しかし俺が高校を卒業してからの1年、連絡は全くなかった)

 

 八幡(それにそもそも奉仕部での付き合いも生徒会選挙からだから約半年程度か?)

 

 八幡(傍目に見てもそれほど深い付き合いがあるとは言えない関係だ)

 

 八幡(そんな人間がそいつの人となりや考え、価値観を理解した、などと言える訳がない)

 

 八幡(俺はいまだここに至って一色いろはという人間を理解していない)

 

 八幡(それ自体は普通のことだ、特に俺にとっては当たり前のことだ)

 

 八幡(誰かと分かり合うなんて、それは酷く難しいことだ)

 

 八幡(だが、いや、だからこそ)

 

 八幡(今度こそ、俺は)

 

一色「ただいまでーっす」

 

 八幡「おう、おかえり」

 

 一色「あ、はい、ただいま、です」

 

 八幡「? どうかしたのか」

 

 一色「い、いえ……あれ……? いや、えーと……ま、まぁいいです」

 

 八幡「そうか、それなら別に良いけど」

 

 一色「さて、それじゃ早速ですけど先輩、これあげます」

 

 八幡「お、おう……」

 

 一色「言っておきますけど、今年はその、えっと、義理じゃ、ない、ですからね?」

 

 八幡「な……っ」

 

 一色「えへへ……な、なんか恥ずかしいですね」

 

 八幡「お、おう……」

 

 一色「え、えーと、あの、お、お返し期待してますから!」

 

 八幡「ん、あ、ああ、お返しな……」

 

一色「じゃ、じゃあご飯用意しちゃいますか!」

 

 八幡「え、まだ2時だが……?」

 

 一色「あ、あはは……じゃ、じゃあ材料の買い出しいってきますね!」

 

 八幡(……先手を打たれちまったな……)

 

 八幡(だが、そうだな、一色はお返しに期待していると言っていた)

 

 八幡(それは例の三倍返しとやらの事ではないのだろう)

 

 八幡(義理じゃない、という言葉に対するお返しをしなきゃならない)

 

 八幡(まぁ、あの一色にしてはだいぶ迂遠な言い回しのように思うが……だが、それをはっきりと言葉にするのはやはり男の役目なのだろう)

 

 八幡(そういう意味では一色は俺を立ててくれたとも言える)

 

 八幡(……ここまでお膳立てされちゃあな)

 

 八幡「いい加減、腹をくくるか」

 

 

3月

 

 一色「こ、こんにちはー」

 

 八幡「おう、いらっしゃい」

 

 一色「は、はい」

 

 八幡「まぁ、その、なんだ、入れよ」

 

 一色「はい……」

 

八幡「……」

 

 一色「……」

 

 八幡「……」

 

 一色「……」

 

 八幡「……よし」

 

 一色「は、はいっ?」

 

 八幡「ちょっと待ってろ」

 

 一色「は、はい」

 

 八幡「……これ」

 

 一色「え?」

 

 八幡「いやほら、その、今日ホワイトデーだからな、なに、その、お返しのケーキ?」

 

 一色「こ、これ買ってきたんですか?」

 

 八幡「……さすがに俺が手作りなんかしてもあんま上手くねえし、それなら美味しそうなやつ買った方が喜んでもらえるかなと」

 

一色「で、でも、私」

 

 八幡「わかってるよ」

 

 一色「え?」

 

 八幡「……すー……ふーー……」

 

 八幡「一色」

 

 一色「は、はい!」

 

 八幡「好きだ、付き合ってくれ」

 

 一色「…………」

 

 八幡「…………悪ぃ、なんか言ってくれ」

 

 一色「……す」

 

 八幡「は?」

 

 一色「……私も、先輩のこと、好き、です……」

 

八幡「一色……」

 

 一色「っ、わ、わたし、っ、ず、ずっと、ふ、不安で……そ、それで……っ、も、もう、あえなく、なったら、どうしよって……」

 

 八幡「……すまん」

 

 一色「い、いいんです……嬉しいですもん」

 

 八幡「そっか……良かったよ」

 

 一色「先輩っ」

 

 八幡「うおっ」

 

 一色「ふふ、初ハグです」

 

 八幡「そうだな……」

 

 一色「む~、その割に先輩の腕が私の背中に回ってないんですけど?」

 

 八幡「いやそのお前、恥ずかしいっつーかよ」

 

 一色「誰も見てないじゃないですかぁ」

 

 八幡「わ、わかったよ……」

 

一色「ん……先輩」

 

 八幡「な、なんだよ……」

 

 一色「すっごい落ち着きます」

 

 八幡「……そうか?」

 

 一色「はい……びっくりするくらい……」

 

 八幡「そういうもんか」

 

 一色「すー……はぁ、先輩のにおいです……」

 

 八幡「お前いきなり頭おかしくなっちゃったの?」

 

 一色「付き合って早々いきなり彼女のことを貶すとか酷くないですか?」

 

 八幡「つき……い、いや、そうか、そういう事になるのか」

 

 一色「えっ、そ、そうですよね?良いんですよね?私、付き合ってくれって言われましたよね?好きって言われましたもんね!?」

 

 八幡「うわあああ恥ずかしくなるから止めろ」

 

 一色「いや、だめです、そこはちゃんとはっきりしっかり確認しておかないと」

 

 八幡「……マジでか」

 

 一色「マジです、超マジですよ、私、先輩の彼女になったんですよね?」

 

八幡「……そうだよ……俺はお前の彼氏だよ……」

 

 一色「せ~んぱ~~~いっ!!」

 

 八幡「ぐえ……く、苦しいわ」

 

 一色「ん~~~~~っ」

 

 八幡「おいなんで頭を擦り付けるんだお前は、猫か」

 

 一色「なんかもう幸せが爆発しちゃってまして!」

 

 八幡「……そうかよ」

 

 一色「あ、じゃ、じゃあじゃあ……その、き、キスとか、し、しちゃいますか!?」

 

 八幡「なばっ」

 

 一色「ぷっ、先輩、なんて顔してるんですか?別に普通じゃないですか、付き合ってるんだし」

 

 八幡「あのな、俺みたいなやつにはさっきの告白でもういっぱいいっぱいなんだよ……この上で俺からき、き、キスむぐっ」

 

 一色「……ん」

 

 八幡「……」

 

 一色「……ふふ、そうですね、任せてたらいつになるか分かりませんもんね、すでに1年待ちましたし」

 

 八幡「お、おま……」

 

一色「私、結構待ったんですよ?」

 

 八幡「う、そ、それは」

 

 一色「まぁ、先輩ですし?再会してすぐってことはないだろうと思ってましたけど、まさかこんなにかかるとは思ってませんでしたよ」

 

 八幡「……まぁ、俺はこういうやつだからな……怖かったんだよ、いろいろ」

 

 一色「いろいろ、ですか……まぁ、確かに、いろいろ訳ありですもんね、先輩」

 

 八幡「……まぁな」

 

 一色「でも待った甲斐がありました」

 

 八幡「……おう」

 

 一色「先輩……?」

 

 八幡「ん」

 

 一色「もっかいキスしても……いいですかぁ?」

 

 八幡「……おう……」

 

 一色「……ぐ~~~……」

 

 八幡「…………」

 

 一色「…………」

 

八幡「……ケーキ食うか?」

 

 一色「あぁぁぁぁ違うんですぅぅこれは違うんですぅぅだって仕方ないじゃないですかぁ緊張で今朝から食欲ゼロだったんですから!!」

 

 八幡「気が抜けたんだろ……ほれ、せっかく買ってきたんだしケーキ食うぞ」

 

 一色「はいぃぃ……うぅ……せっかくの良い雰囲気が……」

 

 八幡「はいはい」

 

 一色「う~~~!」

 

 八幡「ケーキ甘いし、コーヒーでも淹れるか?」

 

 一色「うー、そうですねえ」

 

 八幡「んじゃやるわ」

 

 一色「……じゃあ私ケーキ切ります」

 

 八幡「おう、頼んだ……あんま拗ねてんなよ」

 

 一色「拗ねてません!」

 

一色「はー、堪能しました」

 

 八幡「あんまり甘すぎなくて良かったわ」

 

 一色「先輩MAXコーヒー愛飲してるのに……」

 

 八幡「マッ缶は別なんだよなぁ」

 

 一色「よくわかりません……」

 

 八幡「つーかさ」

 

 一色「はい?」

 

 八幡「これは結構ずっと前から気になってたんだが、お前なんで俺の名前呼ばないの?」

 

 一色「え?あ、ああ、そのことですか」

 

 八幡「最初は距離置かれてるのかと思ってたんだが」

 

 一色「んー距離というか、まぁそうですね、というかこんなに長い付き合いになるとは思ってなかったので」

 

 八幡「それはまぁ確かに」

 

 一色「正直あんまり覚える気なかったんですよ、最初は」

 

一色「だって顔はそこそこですけど目がなんか怖いし、ぼそぼそ喋るし、軽く挙動不審でしたし」

 

 八幡「ふ、ふーん……そ、そうだったんだ……」

 

 一色「ですです、だから選挙が終わったらもう話すこともないでしょうし、別に先輩で通じるし、良いかなーって」

 

 一色「それに奉仕部のメインは雪ノ下先輩だと思ってましたし」

 

 八幡「……別にその認識は間違っちゃいないけどな」

 

 一色「で、でも最終的に私の事助けてくれたのは」

 

 八幡「……まぁ、それは良いんだよ」

 

 一色「はい……そ、それでですね!」

 

 一色「それで、だんだん先輩の事が好きになっていったんですけど、それを自覚した時には、なんてお呼びしたら良いか分からなくなってまして」

 

 八幡「あー……そういうのってあるよな……人間関係の9割は最初に決まるっていうけどそういうもんだよな」

 

 一色「でも最終的にはそれ以外の1割が決め手になった訳ですし」

 

 八幡「みたいだな」

 

一色「まぁ今となっても全然呼び方が分からないんですけどね」

 

 一色「上の名前、下の名前、くん付けにさん付け、呼び捨て……」

 

 一色「どれもしっくり来ないんですよねぇ」

 

 八幡「確かに、いきなり一色に八幡くんとか言われたらちょっとびっくりするな」

 

 一色「ですよね?なので先輩のままでいこうかなと」

 

 八幡「そうか」

 

 一色「まぁ私にとって『先輩』って言ったら先輩一人だけですね」

 

 八幡「ん、そうか」

 

 一色「それで、先輩こそ私の呼び方は変わらないんですか?」

 

 八幡「ん? あー、まぁ、そんな急にはちょっと無理だな」

 

 一色「それもそうですよねー、先輩にはちょっとハードルが高すぎますね」

 

 八幡「そうだね、一色くん」

 

 一色「遠ざかってます!?」

 

一色「えーと、あの、先輩、お風呂を借りても良いですか?」

 

 八幡「えっ」

 

 一色「……今日は……帰りたくないです……」

 

 八幡「……お、おお」

 

 一色「じゃ、じゃあ、お借りしますね」

 

 八幡「お、おう」

 

 八幡「…………」

 

 八幡「…………えーっと…………」

 

 八幡「………………………………」

 

 八幡「ちょっと展開早すぎやしませんかね」

 

 八幡「いやでもほら、昨日今日会っていきなりって訳じゃねえし」

 

 八幡「え、もう初めて会ってから3年以上経ってんの?」

 

 八幡「うわー、それじゃあ仕方ないなー」

 

 八幡「何が仕方ないんだよ……こっちにも心の準備ってもんがだな……」

 

 一色「何をぶつぶつ言ってるんですか、先輩」

 

八幡「のわっ」

 

 一色「ひゃっ、お、驚き過ぎですよう!」

 

 八幡「わ、わりぃわりぃ、いや、早かったんだな」

 

 一色「え、でも普通に30分くらい経ってますけど」

 

 八幡「え、そんなに経ってた?」

 

 一色「はい」

 

 八幡「そ、そうか……ま、まぁいいや、じゃあ俺も、その」

 

 一色「……先輩は良いです」

 

 八幡「え?おわっ」

 

 一色「すーーー……やっぱり先輩の匂い良いです……落ち着きます」

 

 八幡「そ、そうか……? 別に普通だと思うけどな」

 

 一色「……なんかこれが先輩の匂いなんだなーって思うだけで幸せになっちゃいます」

 

 八幡「すげえ照れ臭いんだが……」

 

一色「んーっ」

 

 八幡「あんまぐりぐりすんなよ……」

 

 一色「私の匂いを先輩につけたいなーって思いまして」

 

 八幡「今、頭をこすりつけられてもシャンプーの匂いしかつかないと思うんだが」

 

 一色「む、そうですね……ところで先輩」

 

 八幡「ん?」

 

 一色「いくら覚悟を決めたとはいえ、ずっとバスタオル一枚でこうしてるのは、その、なんというか……」

 

 八幡「お、おう……よっ」

 

 一色「わっ」

 

 八幡「これ恥ずかしいな……」

 

 一色「は、はわわ……お、お姫様抱っこ……」

 

八幡「ちゃんと捕まってろよ」

 

 一色「……はぃ……」

 

 八幡「よっ……っと、大丈夫か?」

 

 一色「はぃ」

 

 八幡「……」

 

 一色「……やっぱり先輩はあざといですよ」

 

 八幡「なんでだよ」

 

 一色「こういうの疎そうなのにいきなりお姫様抱っこするとか……」

 

八幡「慣れないことはするもんじゃないな」

 

 一色「はい、だからこれからバンバンしてくれちゃって良いですよ」

 

 八幡「ありがたみなくなるぞ」

 

 一色「むー、そういう一面もあるかもですけど」

 

 八幡「言っとくけどな」

 

 一色「はい?」

 

 八幡「うまくやる自信ないぞ、初めてだからな」

 

 一色「大丈夫です、私もその、初めてですし」

 

 八幡「ま、まぁ、そのなんだ、できるだけ優しくするよう努力はする」

 

 一色「……はい……」

 

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一色「先輩嘘つきです……すっごい痛かったです……」

 

 八幡「う、すまん……」

 

 一色「良いです、許してあげます」

 

 八幡「?」

 

 一色「だって嬉しかったですから」

 

 八幡「……おう」

 

 一色「……はー……」

 

 八幡「なんだよ……っておい、なんで泣いてんの?そんなに痛かったの?」

 

 一色「いや、なんか気が抜けちゃって……あはは、私、今日、こんなのばっかりですね」

 

 八幡「……なんかわりぃな」

 

 一色「は?なんで先輩が謝るんですか?」

 

 八幡「いや、俺はこういうやつだからな、お前もいろいろ大変だったんじゃないかなと」

 

 一色「そうですね、超大変でした、なんせ1年ですよ」

 

 八幡「お、おう」

 

一色「正直なところを言うとですね、最初に引っ越し前にいろいろ買い物するの手伝ってもらったじゃないですか?」

 

 八幡「……ああ、懐かしいな」

 

 一色「はい、もしあの日、どこかで良い雰囲気になったら告白とかもしくはなにかちょっと進展があるかなって思ったんです」

 

 八幡「マジか」

 

 一色「全然なかったですねー……まぁ、電話で私の声聞いて『誰?』とか言われた時点で相当厳しいことは分かっていたんですが」

 

 八幡「こんなことを聞いちゃうのは抵抗があんだけど、お前、いつから俺の事なんか好きだったの?」

 

 一色「んー……たまにそれを考えたことはあるんですけど、多分これっていうのはないんですよね」

 

 八幡「そうなのか」

 

 一色「はい、気が付いたらというか、いつの間にかっていうのが今のところ結論です」

 

 八幡「まぁ、そういうもんか」

 

 

一色「正直、先輩は雪ノ下先輩か由比ヶ浜先輩とくっつくんじゃないかと思ってたので、あんまり行く気はなかったんですけどね」

 

 八幡「それについてはなんとも言えん」

 

 一色「ですね、私にとって大事なのは、今とこれからの先輩との時間ですから」

 

 八幡「そうだな……まぁ、これからよろしく頼むな、いろは」

 

 一色「はい、こちらこそ……って先輩!?今っ」

 

 八幡「よし寝るぞ」

 

 一色「ちょっ、も、もう一回言ってくださいよお、先輩、先輩~!やっぱり先輩あざといですう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

いろは「えっ、先輩東京の大学行くんですか?」八幡「ああ」

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