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いろは「よろしくお願いします」 八幡「……こちらこそな」2/2【俺ガイルss/アニメss】

 

次の日の朝。

 時計を見るとすでに8時を回っている。遅刻が決定した瞬間である。

 昨日は21時過ぎくらいからの記憶がない。大方11時間も寝てしまっていたわけだ。

それってほぼ半日寝てたってことだな。

 

 冬の朝晩の冷え込みは流石といったところだ。

おかげで布団から出たくなくて気付けば布団に数時間も包まっているなんてのはよくあることだ。

 

 

2日連続で疲れる日々を送ったので今日はなんだかとても気が楽な1日だった。

まぁバリバリ遅刻していったので、平塚先生にはラストブリット決められたし、昨日の事もあって由比ヶ浜が話しかけてきたりした時はなんだか気恥ずかしいかったが…。

 

 

 部活も難なく終了。

すでに帰宅した今日この頃。

 

 

…………おかしい。

…………昨日の事は嘘だったのか?

…………確かに昨日、仮とはいえ俺は一色と付き合ったはずではなかったろうか。

 確かに仮の関係だ。だが今日は一度も一色の姿を見かけなかったぞ…。

 風邪か何かで休んでるのだろうか。

 

 

 

リビングの炬燵でMAXコーヒーを飲んで至福の一時を噛み締めながら思案していると携帯のバイブ音が鳴り響いた。

 長ったらしくて煌びやかな名前が表示される。

なんだスパムメールか。

 

 

 

…………晩飯後、風呂に入って自室へとあがる。

ふぅ、と椅子に腰掛けると携帯のバイブ音が再び鳴り響いた。今度はやたらと長い。見てみると由比ヶ浜からの電話だった。

 

 

 

結衣「ちょっとヒッキー!!なんでメールしたのに返してくんないの?!」

 

 

 通話ボタンを押すなりいきなり由比ヶ浜が大声で怒鳴ってくる。

あぁ、あのメールこいつからだったのか。スパムかと思ったぜ。まぁ分かってたけど。

 

 

 

 八幡「………現在、この電話は使われておりません。ピーっという発信音のあとーーー」

 

 結衣「使われてないのに留守電とるのっ?!」

 

 

………ミスったぜ。

 

 

 八幡「でなんだよ。用がねぇなら切るぞ」

 

 結衣「酷過ぎだっ?!もう!ヒッキーのばか!意地悪すんなしっ!」

 

 八幡「すまん…。んで何の用だよ?」

 

 

 結衣「あぁ、あのね、今日いろはちゃん休みだったでしょ?」

 

 八幡「いや知らんが…」

 

 結衣「それでねーーーって、えっ?!もしかしてヒッキーいろはちゃんのアドとか知んないの?!」

 

 

 

こいつ、ホント声デカ過ぎ。10cmくらい話してた方が丁度よく聞こえるな。

 

 

 八幡「そうだが、別に問題ねぇだろ。それでなんだよ」

 

 結衣「それ問題あり過ぎだから…。一応付き合ってるんだよ?まぁそれでね、いろはちゃん風邪みたいなんだ。だから明日土曜日だし、お見舞い行ってあげたら?」

 

 

 八幡「………いやいいわ。どうせ向こうの親だっているだろうしな」

 

 

 結衣「明日は昼からはいないんだって。だから行ってあげなよヒッキー」

 

 

 

 

 

絶対行きなよっ!とだけ言って由比ヶ浜は電話を切った。

ほとんど一方的に喋って切りやがったアイツ…。

マジかよ、明日行かなきゃダメなのん?

つかいきなり行っていいものなのか?

 

いや、問題はそこじゃねぇ。

 絶対顔をあわせたら気まずくて無言になってしまう。アイツは大丈夫でも俺が大丈夫じゃない。

いや、本当に問題はそこだろうか…。

 

 

 

 

そんなこんなで夜が明け現在、一色家の前である。

 家の前で俺の様な腐った目をした人間が立ち止まっていても不審者確定なので、覚悟を決め、インターホンを鳴らした。

 

 

いろは「はい」

 

 

 少ししてから一色がインターホンに出る。

 

 

 八幡「俺だ」

 

いろは「っ?!せ、せせせせんぱッッッゴホッゴホッ…!」

 

 

 来客が俺で相当驚いているようで、咳込む一色。

しばらく咳込んでいたが落ち着いた様で、今開けますね、と言ってインターホンを切った。

 

 

 

おそるおそる開かれたドアの先にはパジャマ姿で、おでこに熱さまシートを貼った一色が立っている。

さっきまで咳込んでいたせいか、若干涙目だ。

 

 

 

いろは「そ、それでどうしたんですか先輩?」

 

 八幡「お前が風邪だから見舞い行けって由比ヶ浜が。ほれ」

 

 

そう言って来る途中コンビニで買ったゼリーやらポカリやらの入った袋を渡す。

 渡す物は渡した。言われた通り見舞いにも来た。うむ、完璧に任務はこなしたな。

 

 

 

 八幡「それじゃ帰るわ。お大事に。じゃあn」

 

いろは「え?はっ?ちょっと待って下さいよ!え、帰るって帰るってことですか?」

 

 八幡「………大丈夫かお前。帰るっつったらそれしかねぇだろ。ゴーホームだよ。まだ熱あんだろ、寝とけよ。じゃあn」

 

 

いろは「だから待って下さいってば!え、なんで?なんで帰るんですか先輩。それっておかしくないですか?」

 

 

 八幡「いや、おかしいのお前だろ。俺は由比ヶ浜に言われた通りちゃんと見舞いに来た。小町に言われた通り風邪ひいた時に欲しくなりそうな物を買ってちゃんと渡した。パーフェクトだ。任務に一つのミスもない。俺も晴れて忍の仲間入りだ。そして任務を遂行したらマイホームに帰るだろ普通。だから帰るんだ、我が家へ」

 

 

いろは「な、なるほど。確かにおかしいの私だったかもです。ありがとうございました。先輩もお気をつけて」

 

 

 八幡「おう、じゃあな」

 

 

 

そう言って俺は玄関から出て後ろ手でドアを閉めるとふぅ、と一息付いて歩き始めたーーー。

 

 

 

一色家玄関から三歩ほど帰路を進んだところで勢いよく玄関が開いて、中から一色が飛び出してくる。

 

 

 

いろは「ーーっておかしくないですか先pゴホッゴホッッッッ!!」

 

 

また大声で喋ろうとしてむせる一色。

 少しして落ち着いてから深呼吸して呼吸を整えると今度は咳き込まない様にゆっくりと静かに喋った。

 

 

いろは「先輩、普通お見舞いにきたなら看病までしていくのが常識なんですよ?」

 

 

 八幡「は?そんなリア充みたいなことできるわけねーだろ。つかそんな常識知らねーよ。じゃあn」

 

いろは「あぁ、先輩のせいで外に勢いよく出てきて風邪ぶり返しそーだなー。一人だとご飯も食べれませんねー。はぁ、どうしようかなー。誰か看病してくれませんかねー」

 

 

 

うわっ面倒くせ!

 思わず溜め息が出る。一色はそんな俺を見て目を輝かせる。

 

 

 八幡「……わかったよ。ちょっとだけだぞ」

 

いろは「はいっ!ありがとうございますー先輩っ!」

 

 

えっへへ〜と笑う一色に連れられ一色家の中へ。そのまま一色の部屋へと案内された。

 

 

 

ふむ、少し物が出てはいるがわりかし綺麗な部屋だ。潔癖症でもないので特に気にならない。

 俺は一色に促され絨毯の上のクッションに座った。一色はボスッとベッドに腰を下ろした。

 

 

 

 八幡「……風邪ひいてんだからベッドん中入れよ」

 

いろは「………ベッドに横たわる私を襲う気ですか?まだちょっと心の準備できてないんで無理ですごめんなさい」

 

 

 八幡「いやしねぇから。心の準備もしなくていーから」

 

いろは「それはそれでショックというかー、まぁ確かに先輩は普段から雪ノ下先輩や結衣先輩と一緒にいますから目が肥えてるとは思いますけどー」

 

 

 

なんだこいつ、襲って欲しいのか?さすがはゆるふわと言えどビッチなだけはある。

いや、リア充はこんな思わせぶりなことを言うのはお手のものだ。からかっているのだろう。

 残念だったな一色。俺はその手には乗らんのだよ。フフフフフフ、フゥーーハッハッハッッー!!

 

 

 八幡「バカ言ってねぇでとっとと寝ろ。マジでこれで風邪ぶり返されたら洒落にならん」

 

いろは「わかりましたよー」

 

 

ブーブー言いながらも布団にくるまる一色。

よし、これで看病も任務達成だな。帰るか。2

 

 

いろは「先輩」

 

 

 帰ろうと立ち上がりかけた俺に一色が声をかけてくる。

なんだよ、と聞き返すと一色は布団から顔を出した。

 

 

いろは「え?ちょ、なんで帰ろうとしてるんですか?!」

 

 八幡「あ?お前を寝かせつけたんだから看病終了だろ。だから帰ろうとーー」

 

 

いろは「バカですか?先輩はバカなんですか?看病といったら今日うちの親が帰ってくるまでですよ」

 

 八幡「おい待て冗談だろ。お前の親はいつ帰ってくんだよ?」

 

 

いろは「早くて明日のお昼ですねー」

 

 八幡「なん…だと……。つかそれ今日ですらねぇじゃねえか。お断りだ。せめてお前の言うように今日までだ。そこまでが俺の最大の譲歩だ」

 

いろは「……………」

 

 

 

う〜む…と目を閉じて考え込む一色。

いや考えるほどのことでもねぇだろ。

 明日までってことはつまり今日俺はここに泊まるってことだろ?無理だ。精神的に無理だ。

 

 

 

いろは「わかりましたよー、それで手を打ちましょう。その代わり、今日は先輩は私の言うことちゃんと聞いて下さいね」

 

 八幡「……………倫理的で理性的で俺にできる内容ならな」

 

 

 

………はぁ、面倒くさいし、最悪だ…。

 

 

 

 

いろは「では先輩、私は少し疲れたので寝ます」

 

 

 一色はそう言うと再び布団に包まったが、しばらくすると顔を出してこちらを睨めつけてくる。

なんだか頬が紅い…。

 

 

いろは「あの、先輩。あたし寝ますよ?」

 

 八幡「あ?んなの見りゃわかんだろ。おやすみ」

 

いろは「えっ、あ、いや、ホントに寝ちゃいますよ…?」

 

 八幡「いや寝ろよ。風邪ひいてんだろ。約束したから別に帰ったりしねぇよ」

 

いろは「そ、そうじゃなくてですねー…。はぁ、こりゃ攻略大変そうですねー……」

 

 

 何やらブツブツと言っているが、再びこちらを見てくる一色。

なんだかさっきよりも顔が紅い…。

 

 

いろは「…なら、眠るまで頭撫でて下さい」

 

 

うぅ、と鼻まで布団に隠して一色は恐る恐る言葉を出す。

やべぇ、理性という名のシードが弾けそうだぜ…。

 

 

 八幡「断る」

 

いろは「えっ?!なんでですか!」

 

 八幡「前にも言ったがそりゃ妹専用コマンドなんだよ。だから無理だ」

 

いろは「か、仮にも私は先輩の彼女ですよ?!そのくらいなら別に良いじゃないですか〜」

 

 

 

バカ、その単語を口にするな。意識しちゃうから。マジでやめろ下さい。

 

 

 

いろは「うぅ、彼女なのに妹よりも扱いは下…。せめて同等に扱ってくれたって……」

 

 

 八幡「仮だからな。それじゃまだ俺の小町への想いに割って入ることはできん」

 

 

 

そう言ってベッドに腰掛け一色のおでこに手を乗せる。

ふぃ〜、緊張するぅ……!!

 

 

 

いろは「ホントに気持ち悪いシスコンですねー。でもまぁこれでも許してあげます」

 

 

 

そう言うと一色はスッと目を閉じる。

 

 

 

いろは「寝てる間に変なこと、しないで下さいよ?」

 

 八幡「しねぇよ」

 

いろは「勝手に帰らないで下さいよ?」

 

 八幡「帰らねぇよ」

 

いろは「私が起きるまで手を取らないで下さいよ?」

 

 八幡「…善処する」

 

いろは「……ずっと、ずっと側にいて下さいよ?」

 

 八幡「………お前が起きるまでな」

 

 

 

俺がそう言うとフフッと口元に笑みを浮かべて一色は眠りについた。

 

 

 

ふと気がつくと部屋の中はだいぶ暗くなっていた。部屋の時計を確認するとすでに時刻は17時を回っている。

つまるところ俺もあのあと寝てしまっていたらしいが、さすがは俺。ベッドで横になることなく、座ったまま壁にもたれかかって寝ていた様だ。

この辺が俺とリア充とを完全に差別化できる所だろう。まぁそんなことしなくても性格も種族値的にも俺は完全にダメだからな。しかもいくら敵を倒しても努力値は上がらない。

 

 

 俺の不憫ポケモン性を脳内で確認したあと、一色の方を見る。

まだすぅすぅと寝息を立てて寝ていらっしゃる。

どうやら俺は自分の手をずっと一色のおでこに置いていたようだ。一色の熱がしっかりと伝わってくる。

…………ってダメじゃねぇか。かなり熱いぞ。こりゃ熱上がってんな。

…………俺のせいか……?

 

 

 考え込んでいると一色が寝返りをうった。少し髪の毛が顔にかかったのでそれをそっと払いのける。

………こんなシチュエーションは二次元の中にしかないと思ってた時期が僕にもありますた。

 

 少し顔に汗も浮かんでいるのでタオルで拭いてやろう。タオルを探しに行かなきゃな…。

ちなみにおかゆくらい作っといてやるか。

 

 

 

 

その後一色家の風呂場に行きタオルをとってリビングの冷蔵庫の中の氷を包むとそれを一色の頭に乗せてやる。

 人ん家の物を勝手に使っていると思うと罪悪感はあるが仕方ないだろう、と思って割り切った。

 

 次はおかゆである。

 

 

 

 

小町『ーーーーうん、そこで少し塩入れちゃって。風邪ひいた時は塩分欲しくなるからね。うん、でね、次はぁーーー』

 

 

 

おかゆなんて家庭科で作ることもなかったので小町に頼った。電話で工程を聞きながらせっせと手を動かす。

 

 

 八幡「わりぃな。小町の邪魔して」

 

 

 小町『およ?ううん、全然いいよお兄ちゃんっ!むしろお兄ちゃんがそうやって会長さんと愛を育んでくれて小町的にポイント高いよっ!」

 

 八幡「育んでねぇよ。ただ約束を守ってるだけだ」

 

 

 小町『まぁた照れちゃってぇ。このこのぉ。でもちゃんと看病したげるんだよ?なんなら今日は帰ってこなくても良いからね?』

 

 

 八幡「……あほ。さすがに泊まるわけにはいかねーよ。つかそんな事したら明日の朝のプリキュア観れねーだろうが」

 

 

 

そんなこんなでおかゆを作っている時だった。

ドタッと一色の部屋から鈍い音がする。

 

 

 

 八幡「わり、一旦切るぞ」

 

 

 小町の返事も待たずに電話を切ると一色の部屋へと向かった。

 部屋を開けると一色が絨毯の上にうつ伏せで寝転がっていた。

 

 

 

一色というよりは布団の塊がモゾモゾと動く。

………ホラーかよ。

とりあえず電気をつけて声をかけてみると布団からひょこっと顔を出した。

 

 

 

 八幡「……何してんだよ」

 

いろは「せん…ぱい?」

 

 八幡「何寝ぼけてんだ。ほれ、とっととベッドの上に戻れ」

 

 

 俺がすぐ側まで寄ると一色はがばっと抱き付こうとするが反射的にそれをかわす。

 当然一色はドタッと床に顔から落ちた。

………かわさなければJKと抱き合えたのにっ!!自分の反射神経(対人用)が憎いぜ!!

 

 

いろは「何で避けるんですかっ?!せっかくこんな可愛い後輩、がーーはれ?」

 

 

 

 急に立ち上がろうとした一色の身体はフラッとよろめく。

 気付いた時には俺の身体は動いていて一色の手を取り、前に引きながら背後へと身体をまわした。

 当然しりもちをつく形になって、更に一色の下敷きとなる。

 

 

 

八幡「いって…」

 

いろは「す、すいません先輩っ!」

 

 八幡「……だからベッドで寝てろっつってんだろ。自分じゃ分からんかもしれんが熱が上がってんだろ。大人しくしとけ」

 

いろは「す、すいません……」

 

 八幡「……いいから早くそこどいてくれ」

 

 

 

 未だに一色は俺に抱きかかえられている様な状態である。

 俺がそう言うと一色はなぜか黙り込んで動こうとはしない。

 

 

 八幡「……一色?早くそこをだなーー」

 

いろは「も、もももう少しっ!もう少しだけこのままでいましょうよ先輩っ」

 

 八幡「は?何言ってんだ早くどけ」

 

 

 

いやマジで早くどいて。早くどいてくれないともう一人の僕もとい相棒が深い眠りから覚醒めてしまうだろうがっ!!

うむ、見舞いに来ることによって生じる最大の問題はコレだ。

だが俺はエロゲやギャルゲーの主人公でもない。こんな夢のようなシチュエーションに出会えてもToLoveるは起きないんだよリト先生のバッカ野郎ぉぉぉおおっ!!!

 

 

 

 

俺がそう言っても一色は頑なにどこうとしない。耳まで紅く染めながらも後ろに少しずつ体重を、かけてくる。

いやそういうのいいから、だからマジでどいてぇぇぇえええ!!

…………はぁ、こうなったら必殺技を使うしかねぇか。

 

 

 

 八幡「………重いからどいてくれ」

 

いろは「ーーーおもっ?!?!」

 

 

 一色は飛び跳ねる様に俺から離れベッドの端まで駆け込むと顔だけ出して布団にくるまる。

どうだ見たか。これぞ我が必殺技だ。

これならレオやリリも瞬殺できる。

 

 

 

 八幡「悪かった冗談だ。本当は空気みたいに軽かったから安心しろ」

 

 

いろは「冗談でもその言葉は女の子に絶対に言ったらダメなやつですよっ!ていうか空気みたいに軽いのは先輩の存在ですからね」

 

 

 八幡「ばっかお前、それは冗談でも本気でも俺には絶対に言ったらダメなやつですよ?」

 

 

いろは「………ぁあ、先輩のせいでまた熱が上がってきたみたいです…」

 

 八幡「言わんこっちゃねぇ。そこに座ってねぇでとっとと横になれ」

 

いろは「はぁい……」

 

 

 

 一色は不満顔をしながらも横になった。

 俺もそれを見届けるとスックと立ち上がる。

 

 

 

 

俺が部屋から出ようと歩こうとすると一色は俺の顔をジッと見ながらベッドの空いたスペースをポンポンッと叩く。

………なんだ?

 俺が考えていると再び同じように叩く一色。

ふむ、どうやら来いという意味らしい。

 俺が側まで行くとまたその場所を叩く。

………?座れということか?

 俺がそこに腰を下ろしたところで一色は喋り出す。

 

 

 

いろは「もうっ!なんべんやったら分かるんですかー?普通ポンポンッて叩いたらこっち来て座れって意味ですよ?」

 

 八幡「いや知らねーよ。俺はぼっちだからそんなリア充同士のジェスチャーされても伝わんねぇよ」

 

 

 

つかそんなジェスチャー何べんもするよりも口で言った方が普通に速かろう。なんでリア充共はこんな無駄なことに時間を使うのが好きなんだろうか?

 

 

 

 八幡「んでなんだよ?」

 

いろは「先輩こそどこ行く気ですか?まさか家の中漁って私のパンツとか探してます?」

 

 八幡「なわけあるか。つかお前のパンツ探すならこの部屋探した方が速いだろ」

 

いろは「確かにそうですね。………はっ!ならお母さんの……?」

 

 八幡「バカか、そんな趣味ねぇよ。お前が腹減った時の為におかゆ作ってやってんだよ」

 

 

 

 俺がそう言うと ほぇ?とあざとく目をパチクリさせると今度は顔を真っ赤に染める。

 

 

 

 

いろは「ま、またそうやって好感度荒稼ぎする気ですか?!せこいですけど、でもダメですっ!先輩は約束破りですからねー」

 

 八幡「いや守ってんだろ。ちゃんと看病してるじゃねぇか」

 

いろは「いいえ!破りましたっ!だって私が起きるまで側に居てくれなかったじゃないですかー」

 

 

 八幡「いやそれは仕方ねぇだろ。お前の熱が上がってたっぽいから氷タオルを作ってだなーーー」

 

 

いろは「な、なんで私の熱が上がってることに気付いたんですか?まさか私の身体触ったんですか?寝ている女の子の身体を触るなんて最低ですホント無理ですやめて下さい」

 

 

 八幡「いや、お前が言ったんだろ。ずっと手乗せとけって。これは冤罪だ。俺は何も悪くない。むしろ感謝されても良いくらいだ」

 

いろは「それはそのっーーーすいません。ありがとございます……」

 

 

 

 一色の声はだんだん小さくなり何だかプシューッと音が聞こえそうなほど顔を紅潮させて鼻まで布団をかぶる。

やめろ、その反応やめろ。こっちまで恥ずかしくなるからホントやめろ。

ここは話題を変えねば恥ずかしくてヤバイ。

 

 

 

 八幡「お、お前こそなんで布団から落ちてんだよ」

 

いろは「それはそのぉ………起きたら先輩いなくて…先輩がいなくなっちゃったと思って……探しに行こうと思いまして……っていうかなんというか………」

 

 

 

八幡「お、おう。そうか………」

 

いろは「はい…………」

 

 

 

 何やってんだ俺はぁぁァァァアアアッッ!!!

 一番ダメな方向へベクトル変換しちまったぜ。もうこりゃベクトルの原点に対しての対称移動だな。よく分からんがベクトルの一次変換を使ってだな…ちっくしょぉぉお!!数学の授業聞いてないからまるで分からん!!

 素数ってなんだよ。1が入らないってどういうことだよっ!!1以外の約数がない数のこと!わかっちまったじゃねぇか。

じゃあ自然数ってなんですか?赤ちゃんが自然に数えれる数ぅ?なら0だって含まれるんじゃねぇのかよっ?!

ホント数学はクソだなっ!ただ極限ってのはカッコよかったな。なんだよリミットって。中二魂燃えるわ。

 

 

とりあえず数学への怒りで冷静さを取り戻したわ。

ホント理系の奴ら怖いわ。

なんだよ今日の気温は340m/sか、って。℃で喋れよっ!!

ふぅ、落ち着くにはこれが一番だな。

 

 

 

いろは「先輩?おーい、せんぱーい。せーんぱーいっ」

 

 

 

 何やら言っているが気にしない。俺の怒りはこんなもんじゃねぇんだぜぇ?

………こんなことでも考えてなくちゃ顔から火出そう。なんだよこの可愛い生き物っ!

 

 

 

 

八幡「お、俺そろそろおかひゅっ、おかゆの様子みてくるわ、卵産んでたらアレだし」

 

 

いろは「え?あ、はい。…ん?卵?産む?」

 

 

 

めっちゃ動揺してるな俺。

 頭の中真っ白だ。存在も真っ白なのに。

あれ?僕どこにいるのん?

とりあえずベッドから立ち上がると一色に袖をくいっと掴まれる。

 

 

 

 八幡「な、なんだ?」

 

いろは「あ、あのですね先輩。そのぉ………お、おトイレ、連れてって下さい……」

 

 

 

いや一人で行けよ、と言いかけたがやめた。こいつフラフラだっしゃねーか。

 俺が恥ずかしさを捨てれば良いだけだ。

あれ?どうやって連れてくんだ?

 

 

 

 八幡「お、おおう分かった。じゃあ肩かしてやるか歩けるか?」

 

いろは「なんでそんな熱い男の青春みたいなことしなきゃいけないんですかっ。………おんぶ……」

 

 八幡「は?」

 

いろは「だ、だからっ!おんぶ、して、下さいよ……」

 

 

 

 何だと?!

くっ!何が起こった俺の青春時代っ!

 

 

 

 八幡「………了解した」

 

 

 

 

八幡「…ほれ、手ぇかけろよ」

 

いろは「は、はい」

 

 

 

 再びベッドに腰掛けて体勢をやや低くすると一色の腕が肩から首へと優しくかけられる。それから一色はゆっくりと身体を起こすと膝立ちで俺に密着する。

くそっ、なんでお互い服越しなのにこんな柔らかくて温かいんだよっ!

 

 

 

 八幡「…んじゃ、ちゃんと掴まってろよ」

 

いろは「はい…」

 

 

 

そのまま前に出てから一色の腿裏に手を回す。

 柔らけぇっ!!

そのまま部屋を出てトイレへと向かった。一定したリズムで一色の鼻息が首にかかる。その度に全身をゾワゾワ〜っと電流が走った。今ならジブリの中に溶け込めるかも。

トイレの扉を開けてから振り返り、一色を降ろす。

 

 

 

いろは「あの、先輩」

 

 八幡「ん?」

 

いろは「なるべく離れて下さいね。呼ぶまで近付いたらダメですよ?」

 

 八幡「分かってるよ」

 

いろは「良かった、先輩にそういう趣味があったらどうしようかと思ってましたー」

 

 八幡「アホ、んじゃまた後で呼んでくれ」

 

いろは「はいっ」

 

 

 

もちろん、興味がないというわけでは断じてないっ!

だが俺は俺としての尊厳を守るため、後ろ手でトイレのドアを閉めるとそこを後にした。

 

 

 

 

ーーーー5、6分後。

 一色からお呼びがかかり、トイレまで迎えに行くと、同じように一色をおんぶして部屋まで連れていき、ベッドの上に寝かせる。

 

 

 

 八幡「おかゆ、できたが食えそうか?」

 

いろは「少しだけ」

 

 八幡「そうか」

 

 

キッチンに向かい、おかゆを少しだけお椀に盛る。それとお茶を入れて部屋まで持っていく。

 俺がそれらを手渡すとむすっとした顔で俺を睨んでくる。

 

 

 

 八幡「………なんだよ」

 

いろは「普通こうゆう時はあーんするんですけどねー。先輩はしてくれないのかなーと思いましてー」

 

 

 八幡「別に手くらい動かせるだろ。とっと食って熱計ったら寝ろ」

 

 

いろは「ホント先輩は冷たいですねー。こんな可愛い女の子にあーんできるチャンスですよー?先輩の人生でもう二度と来ないかもですよ?」

 

 

 八幡「余計なお世話だ。だいたいそんな事に夢なんて持ってねぇよ。俺は将来俺を養ってくれる人と一緒になれればそれで良いからな、そこに愛だの何だのなんて感情はあってもなくてもどっちでも良いんだよ」

 

 

 

 言い終えて一色の顔を見てからしまったと思った。

 

 

 

 

 

一色は俯き手に持っていたお椀を膝の上に降ろす。

 

 

 

いろは「…それって……遠回しに、フってますか…?」

 

 

 八幡「い、いやそうゆうわk」

 

 

いろは「あはっ、すいません先輩。先輩がお見舞いに来てくれて一人浮かれてました。迷惑でしたよねー、ごめんなさい。もう帰って頂いても結構です…」

 

 八幡「一色……」

 

 

 

 普段通りの会話を普段通りにしているから俺たちの関係を頭の隅に追いやれていたが…

俺たちは告白された者、した者の関係なんだ。特に俺の返事待ちをしているコイツは何気ないフリをしているが心の中は色んな想いが渦を巻いているのだろう。

 俺はなるべく優しい声で一色に話しかける。

 

 

 

 八幡「一色。さっきはすまん。悪気があったわけじゃない。ただ実際に本気でそう思ってたんだ。今だってそう思ってるかもしれない」

 

 

 一色は俯いたままだが俺は話を続ける。

 

 

 八幡「でもお前とのことはちゃんと考えてる。考えたいと思ってる。だからきっきのはフったわけじゃない。本当にすまない」

 

 

いろは「………。本当に悪いと思ってますか?」

 

 八幡「あぁ」

 

いろは「なら1つだけ私のお願い聞いてくれますか?」

 

 八幡「あぁ、できる範囲でな」

 

いろは「なら今日ちゃんと看病して下さいね」

 

 八幡「あぁ分かった」

 

いろは「じゃあ一回だけあーんして下さい」

 

 八幡「……あぁ了解した」

 

 

いろは「今日泊まってって下さいね」

 

 八幡「あぁ、分かっt………は?!」

 

 

 

八幡「いや、お願いは一つだろ?」

 

いろは「はい、一つですよ?先輩大丈夫ですかー?」

 

 

 

さっきまでとは変わり、えらく華やかに笑みを浮かべてらっしゃる一色さん。

 

 

 

いろは「だってー、看病するのは元々の約束じゃないですかー?だからー、泊まってって下さいっていうのがお願いですよっ」

 

 八幡「そんなバカな…。だがあーんはどうした?アレもお願いだろう?」

 

いろは「何言ってるんですか先輩?あーんも看病の内の一つだって教えてあげたじゃないですかー?」

 

 

 

なん…だと……。

 俺が絶句している間に一色は俺の手にお椀とスプーンを渡してくる。

 

 

いろは「はい、あーん……」

 

 

 目を閉じて口を開ける一色。

ヤバい、これはヤバいっ!心臓の音がヤバい!!

 静まれっ!静まりたまえぇっ!!

 名のある俺の息子とみるが、なぜ一色を襲ってやろうと思うのかっ?!

 

 

 八幡「じゃ、じゃあいくぞ」

 

 

スプーンにおかゆを少量のせ、一色の口まで運ぶ。

 口の中まで入ってきたと感じると一色はパクッと口を閉じる。

そしてスプーンを少し上に傾けるとスッと口外へと運ぶ。そのスプーンに付いてくるように動く一色の唇が妙に艶めかしい。

その一連の行為がスプーンという媒体を通してなのになんだか自分の身体全体にぶわ〜っと鳥肌がたつ。

 

 

 

いろは「もう、一口だけ…」

 

 八幡「お、おう…」

 

 

 再び一連の動作をする。

また終わると一色はもう一度、もう一度、と囁くように呟く。

 俺もなぜかそれに従ってしまう。

 気がつくとおかゆは全てなくなっていた。

 

 

いろは「んふふー、先輩、美味しかったですよっ」

 

 八幡「そ、そうか。それはなによりで…」

 

 

 

たかだかおかゆを食わせるのに俺の体力はかなり消耗されたのだった……

 

 

 

八幡「とりあえず熱測るか。体温計どこにある?」

 

いろは「確かリビングのーーー」

 

 

 

 一色に指示した通りの場所で体温計を見つけ、一色に手渡す。

 

 

 

いろは「もうっ、普通体温測る時はおでことおでこをコツンさせるもんですよー?」

 

 

 八幡「アホか。そんなよくアニメや漫画である様なことしたって実際は測れねぇだろ。こうして数値で出せるモンがあるんだから一々そんなことしなくて良いと毎回アニメとか観てて思うわ」

 

 

ぶーぶー文句を言いつつも一色は自分の服の中へ体温計を入れて脇ではさむ。

そういやアニメとかで体温計を口に咥えさせたり尻穴に突っ込んだりする事があるが本当はそうするものなのだろうか?

そんな事をせずとも脇で良いではないか。体温計を口に咥えてるのも顎疲れそうだし、尻穴に入れるなんてされる側はもうお嫁にいけないだろう。

 昔はあぁしてたのか?

それとも制作側の趣味なのか…?

 

そんなどうでもいい事を考えてる内にPiPiPiと体温計が合図を出す。

 

 

 

いろは「あちゃー。38.2℃ですねぇ。昨日よりも上がっちゃいましたー。先輩のせいですねー」

 

 

 

八幡「うっせ。ほれ、もう寝てろ」

 

 

そう言って一色から体温計を預かろうとするが一色は何やら逡巡している。

 俺が視線でそれを促すと一色は目を背け少し頬を染めた。

 

 

 

いろは「先輩、なんかやらしい事考えてませんか?」

 

 八幡「は?何が?」

 

いろは「………だってこれ、さっきまで私の脇に挟まってたから…」

 

 

 

それを聞いて一気に耳まで熱くなった。

た、確かにそうだ。それはさっきまで一色が脇に挟んでいた物。JKの生脇にギュッと挟まれていた物。

 誰だよ脇で良いじゃねぇかとか言った奴?

 家族間なら何とも思わんがそれ以外ならこの破壊力も相当なモンだぞっ?!

 

 一色に体温計の入れ物をポイと渡す。

 

 

 

いろは「あ、やっぱやらしい事考えてたんですねー」

 

 八幡「バカ野郎、お前が変な事言うから意識してなかったこと意識しちまったんだよ。本当に何も思ってなかったからな」

 

 

いろは「あはっ、照れてる照れてるー。先輩も可愛いトコありますね〜」

 

 

 

うぜー。

……まぁこの調子なら早く治りそうだな。

それから一色は入れ物に入れた体温計を俺に手渡した。

なんだか入れ物越しでも生温かい気がしてしまう。

くっ、何も考えるな比企谷八幡っ!!考えるな感じるんだ。……今は感じたらダメだな。

 

 

 

 

一色の食べた食器を台所で洗い、再び一色の部屋へと戻った。

 

 

 

いろは「それで先輩、お返事は?」

 

 八幡「ん?何の?」

 

いろは「今日泊まっていくかどうかです」

 

 八幡「あぁ、そういやそんな事言ってたな。それ強制じゃないのか?」

 

いろは「いえ強制ですよ」

 

 八幡「だが断る

 

いろは「自分にできる範囲ならお願い聞いてくれるんじゃなかったんですかー?」

 

 八幡「くっ……」

 

 

いろは「まぁ確かにこれはお願いなのでそんな強制力はないですが、でも先輩には私への責任がありますからねー。こっちには強制力有ると思うんですよねー」

 

 

 八幡「お前ってホント良い性格してんな。………分かったよ、泊まって看病すりゃ良いんだろ?」

 

 

 

 一色は目をキラリと輝かせると はいっ!と満面の笑みを浮かべる。

くっそ、俺は知ってんだよ、その顔が素だってことを……。

そんな俺を差し置いて一色は でも、と続ける。

 

 

 

いろは「どうしますー?先輩ご飯も食べてないしお風呂にも入らなきゃだし」

 

 

 八幡「飯は別に良い。人間もともと晩飯は食わなくても良いらしいしな。ふろはぁ………」

 

 

いろは「なら私と身体の拭きっこしますか?」

 

 

 

 恥ずかしい言葉、冗談でも、平気、言える、リア充、すごいっ!

チャイカ純粋で白くて可愛いなぁ…

一色の言葉に思わずぶふっと吹き出しそうになったが、すぐに何だか自分の中が冷たくなるのを感じた。

 

 

 

 八幡「……このビッチめ」

 

いろは「ビッチじゃありませんよっ?!酷過ぎですー。冗談じゃないですかー」

 

 八幡「……冗談でも、そういう事さらっと言っちまう女は正直好きじゃねぇな…」

 

いろは「ぇ」

 

 八幡「もしそれで俺が襲ってきたらどうすんだよ。お前は今、熱も高くてまともに動けやしない。男なら俺くらい貧弱な奴でも楽に襲えるんだぞ。男なんて性欲が服着て歩いてる様なモンなんだぞ?つうかそういう台詞をサラッと言えるのは普段から言ってる証拠だ。俺は………俺はそんな軽い女は、嫌いだ」

 

 

 

さっきまで和やかな空気だったのに、一瞬で変わる。

 一色の言葉が冗談だと分かってるのに、それを許容してやれない自分がいる。

 自分でも驚いてる。

 普段は流してやるような言葉なのに、なぜか勝手に口が動いてしまったのだ。

あの一瞬で身体の中が冷えていく感覚はなんだ?そしてその後不必要に攻め立てたのはなぜだ?

 一色の顔を見るとその瞳は潤み、今にも泣き出しそうだ。

 

 

 

 

八幡「……わり、ちょっと出てくるわ」

 

 

 

なんだかその場に居づらくて、一色の言葉も待たず俺は持ってきたバッグを持って外へと飛び出した。

そのまま黙々と歩き、以前一色と話した公園で足を止めた。

 

 

…………しまった…。

 歩いている最中は何も感じなかったのに、ベンチに座り込んでいると冬の寒さが一瞬で身体を冷やした。

それもそのはずだ、一色の部屋にコート忘れた…。

あ、しかも携帯も忘れた…。

これじゃ早く戻らねえと風邪ひくな。まぁすでに一色から菌を貰ってる可能性が高いが。格好つかねぇな。格好つけてるつもりもないが…。

 

 

…………。

 

…………。

 

…………寒ぃ……。

 

 

 公園の出入り口の自販機まで足を運び、お目当ての物を見つけるとお金を入れてそれを取り出す。

 真冬の乾いた喉にでぇっかい甘みぃ!その名も、MAX・コーフィーッ!!

やっぱ冬にあったかいMAXコーヒーは最強だな。

その場でカコッと開けて一口飲んでから再びベンチに座る。

そして一口、また一口と少しずつ飲んでいく。冷えた身体が内側から熱を帯びていくのが分かる。

 

 

ほんと甘いよな、MAXコーヒー。

………マジで甘い、甘過ぎる。飲料者を糖尿病にする気かよ……。

ほんと……ほんと、ほんと、ほんと、ほんとに人生は苦いから、コーヒーだけは甘くて良い……。

 

 

 

 

別に、涙が出るとか、そういうことはなかった。ただ空虚だった。

その理由が分からない。なぜ一色を冗談と分かっていながらも責めたのかも分からない。

 今の俺に分かること。空気の冷たさと、MAXコーヒーの甘さと、きっと今一色が泣いている、ということ。

 

…………どうすりゃいいんだよ…。

 

 何も思い浮かばなかった。

 寒さで脳は冴えているのに、何も答は見つからない。

 暗闇を走っているというよりは、何もない真っ白な空間に居る様な感じだ。

そこには答なんてないかの様な、いや、むしろ全てが答である様なそんな感覚。

 

 

ーーーMAXコーヒーを飲み終える頃には俺の身体は充分に冷えていてくしゃみを連発した。

マジで風邪ひきそうだ…。

 

 

 八幡「…………帰るか…」

 

 

 独り言をポツリと空気に馴染ませるとスッと立ち上がり、空いたMAXコーヒーを捨てると帰路へついた。

………帰ったらどんな顔して会えば良いんだ?何て言ったら良い?

そんな事を考えている間に一色家に着く。

 立ち止まっていても風邪をひくだけなので中へと入った。

 一色の部屋のドアは空いていた。

………俺が出た時開けっ放しにしちまったのか?

 恐る恐る部屋の中を見る。

 

 

 八幡「……ん?」

 

 

 

 

 

 部屋の中には、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

全身から嫌な汗が出る。

まさかアイツ、俺の帰りが遅いから探しに出たのか…?あんな状態で…?

 

 俺がここを出てから戻ってくるまでおよそ20分くらいは経っている。

だがあんなフラフラな状態の一色がそう遠くに行けるとは思えない。

だが、そんな状態だからこそ何かあったらどうする?フラフラ歩いていて車に轢かれなら?変な奴らに絡まれてたら?

 

 考えれば考えるほど心臓の鼓動が加速する。

……考えてる場合じゃねぇ。考えるよりも先ず、アイツを探しに行かなくちゃダメだ。

 俺は踵を返し再び外界へと出ようとした時だった。ザァァーッと水の流れる音がする。風呂場からだ。

 一色の親は早くても明日の昼までは帰らない。としたらやはり一色しか考えられない。だがあんな状態で風呂に入るとは思えない。

 俺はすぐに風呂場へと向かった。

 

 風呂場のドアは開いており中にはシャワーを手に持ったまま浴槽に腕をかけてグデっとしている一色がいた。

 

 

 

 八幡「おい一色、大丈夫か?」

 

いろは「あ、せんぱーい、帰って来たんですねー」

 

 

 

 一色は俺を確認するとニコッと笑顔をつくった。

 

 

 

 

八幡「…何してんだよお前」

 

 

 

もし俺に言われた事を気にして手首を切っていたりしたらどうしようかと思っていたがそんな心配はなさそうだ。

 一色が立ち上がろうとするがフラッとぐらついたので再び後ろから抱え込む形になって一色を補助する。

 

 

 

いろは「たはは、すいません」

 

 八幡「いや、これは別に良いんだが…」

 

 

 

とはかっこつけて言うものの、実際は女の子を抱きしめているという現状で、何度体験しても心臓はバクバクと脈うってしまう。

そのまま一色はひしっと全体重を預けてくると、一色を抱える俺の腕を少し触れてくる。

 

 

 

いろは「先輩やっぱ身体冷えてますねー」

 

 八幡「ん、あぁ、まぁ外にいたからな」

 

いろは「どこまで行ってたんですかー?」

 

 八幡「………あの公園」

 

 

 

なぜかそこで二人して黙ってしまう。

 一色はどこうとせず、かくいう俺もどかそうとはしなかった。冷えた身体に一色の熱が心地良かった。

 少し沈黙が続いた後、一色に問いかけた。

 

 

 

 八幡「んなことは良いとして、お前こそ何してんだよ。立ったらフラつくくせにこんなトコで」

 

いろは「…心配してくれてるんですか?」

 

 八幡「……看病の一環だ。俺は自分のことしか考えてないからな」

 

 

 

 一色はクスッと微笑むと照れ臭そうに話す。

 

 

 

いろは「きっと先輩帰って来たら寒いだろーなぁって思って、お風呂沸かしてあげとこうと思っただけです」

 

 

 

 

な、なんだこいつ…。

こんなキャラだったか?ゆるふわビッチから天使へと昇格しなさったのか?!俺の人生における天使は戸塚と小町だけじゃなかったのか?!

 俺が黙ったままでいると一色は得意げな声音で喋る。

 

 

いろは「ーーーって言ったら先輩の好感度を一気に稼げるかなーと思いましたが、どうでしたかー?」

 

 八幡「……俺の感動を返せ」

 

 

 

してやったり!といった感じで一色は笑った。

やっぱ怖いよこの娘。

…………。

 本当はわかってる。

さっきのコイツの言葉は本当だったこと。じゃなけりゃこんな状態なのにここまでしねぇよ。

だから今のコイツの言葉は照れ隠しであり、俺に気を使ってのことだと言うことも当然わかってる。

 

 

 

 八幡「……ほれ、部屋に戻るぞ」

 

いろは「せんぱ〜い、おんぶ〜」

 

 八幡「………分かってるっつーの」

 

 

 

 一色を支えながら身体を前に持っていき、一色をおぶる。

そのまま一色の部屋へと向かった。

 

 

 

いろは「今日はおんぶしてもらったりしてるから先輩に風邪うつしちゃったかもですねー」

 

 

 

 背中でクスクスと笑う一色。

それだったら本当嫌だなぁ。

ぼっちは風邪で寝込んだりしたら授業付いていけなくなっちまうからなぁ…(泣

 一色の言葉にそっと応えておく。

 

 

 

 

 八幡「……もううつされてんぞ、変な熱…」

 

 

 

 

 

 自分でも、きっと医者でも、よく分かんない変な風邪を、きっと俺はもううつされている…

 

 

 

いろは「先輩?何か言いましたかー?」

 

 八幡「……いや、別に」

 

 

 

 聞こえてなかったならそれでも良い。

それから一色の部屋に戻り一色をベッドの上に寝かせた。

その後、俺は一色宅の風呂を使わせてもらった。当然着替えはなく、服はそのままだが…

風呂から上がり一色の部屋へ戻ると一色は俺が風呂に入っている間に自分で着替えたようだ。

 

 

 

 八幡「悪いな、風呂使わせてわらって」

 

いろは「いえいえ、看病してもらってるのでこれくらいは」

 

 八幡「そうか。ところで寝るとこだが俺はどこで寝れば良い?別の部屋のソファなんかがあったらそこで寝るがーーー」

 

いろは「この部屋で良いじゃないですか」

 

 八幡「あぁ、ならこの部屋でーーーって、は?何言ってる」

 

 

 

 流暢な会話の流れに流されかけたが何とか踏みとどまる。ホント、こいつ何言ってるんだ?

 

 

 

いろは「だってほら、きっと先輩も私の風邪菌もらってるじゃないですかー。なので家中に菌をばら撒くよりは良いかと思って」

 

 

 

 

八幡「な、なるほど。一理ある。けどな…」

 

 

 

 女の子と同じ部屋で二人きりで寝るだと?何それどこの天国?

いや待て、これは現実だ。

いやだからこそマズいわけであって…

あぁクソっ!どうすれば良いんだよ!!

 

 

 

いろは「やっぱ命令ですねこれは。ここで寝て下さい先輩。私は良いですからっ。家主の命令ですからねー」

 

 

 

 俺がよくねぇんだよぉぉぉおお。

なんでそんなニコニコしてんだよ。にっこにっこにーしろよちくしょー。あなたのハートにラブニコしろよぉぉ。

 俺が考えあぐねていると、一色はポンポンとベッドを叩いた。

ふむ、それはこっち来て座れというジェスチャーだったな。

よって俺がベッドに腰掛けると同時に一色は身体を起こした。

 

 

 

いろは「よく覚えてましたねー。えらいですよ先輩っ」

 

 

そう言って俺の頭を撫でてくる。

やめろ恥ずいからコレ。そういや前に由比ヶ浜にもされたなコレ。結構落ち着くし気持ち良いよなコレ。

 俺が木ノ葉丸化している間、一色は良し良し、と言いながらずっと撫でていたが、その手が不意に止まる。

 不思議に思った俺がそちらを向くよりも先に身体に強い力が加わる。

 

 

いろは「どーーんっ!」

 

 

 

 一瞬の出来事に思考が追いつかなかった。身体に柔らかな感触が広がる

 どうやら横向きにベッドの上に倒された様だ。

 俺が混乱していると再び力が加わり俺の身体は逆向きにされて一色と向かい合わせになった。

すぐそこに一色の顔がある。

 

 

いろは「このまま、寝ましょうよ、先輩」

 

 

 

八幡「ぬぁ、にゃに言ってりゅ」

 

 

 

めちゃくちゃ動揺して噛んでしまう。

コホン、と一つ咳払いを入れて呼吸を整える。

 

 

 八幡「お、俺はこの部屋で寝るとしても床でだなーーー」

 

 

 

そんな俺の言葉を遮る様に一色の腕が俺を包んだ。

その行為に更に俺の鼓動は加速する。

 何が起こってる?別の世界線に来てしまったのか?だがリーディング・シュタイナーは発動していないぞっ?!

そのまま一色はモゾモゾと下に動いて胸の高さまで来ると俺の胸に顔を埋めた。

………すまんな一色。俺にはパフパフさせてやれる胸がねぇんだよ…

 

 

 

いろは「………嫌いに、なりましたか…?」

 

 八幡「ぇ?」

 

いろは「…こんな事する女は、軽くて、ビッチっぽくて、嫌い、ですか…?」

 

 

 

………………。

やっぱ気にしてたか…。

 別に軽い女が嫌いなわけじゃない。そんなのアニメとかなら多いし、そういう女ってヒロインと対照的な存在として扱われる事多いから可愛いキャラデザだし。

ただ、こいつや雪ノ下や由比ヶ浜達にはそうであって欲しくないと思ってしまうんだ。

 俺が黙ったままでいると一色は再び口を開いた。

 

 

 

いろは「……確かに、先輩の言う通りでした。私、あぁゆう言葉、普段から使ってました。あぁゆう言葉や話題って誰とでも盛り上がれるし、ネタに困りませんから」

 

 

 

 顔を埋めたままでその表情は見れないが何となく想像がついてしまうくらいには一色のことを理解できていた。

でも、と一色は続ける。

 

 

 

いろは「先輩を、先輩を好きになってからは使ってませんっ!男子とだって遊びませんっ!だって私………先輩と付き合いたいから…」

 

 

 

 

俺はただ黙って彼女の言葉を聞いていた。

より強く俺を抱きしめる腕、より強く胸に擦りつけてくる顔、これは彼女のあざとさなんかじゃなく、素の想いから来る行為だろう。

 

 

 

いろは「…だから、嫌いにならないで下さいよ。嫌いになられたらもう、付き合うことも、喋る事もできなくなっちゃって………私、そうなったら生きていけません…」

 

 

 

 重ッッ!!

こういうのって8割方強制してるよな。

これで優男な主人公は死なれたら困るからヒロインよりこっちの娘を取るんだよな。でも結局自分の想いに気付いてヒロインとゴールイン、お決まりですねわかります。

 

 

 

 八幡「……大袈裟だ」

 

いろは「はれ?こう言ったら99%男を落とせるハズなのに…」

 

 

 

………演技だったのかよ…orz。

まぁ演技なのは最後だけだろうけど。

……つかそうじゃなきゃ無理。そうでなくちゃもう俺の方が生きていけなくなるからそうであってくれ。

 

 

 

 八幡「残念だったな。俺はその1%側の人間らしい」

 

 

 

ちっ、と舌打ちをする一色。

それも演技だよな?そうであってくれ。

10数秒の静寂。

 一色は俺から一向に離れようとはしないので、すでに俺も諦めた。と言いつつも実際まだ心臓はバクバクである。

それでも努めて平静に一色に喋りかけた。

 

 

 

 八幡「………その、悪かったな。……嫌い、とか言って……」

 

いろは「ほぇ?」

 

 八幡「た、ただ別にお前の事が嫌いなわけではなくてだな、そういう事を言う奴が嫌いなだけであって、そういう事を言うならお前の事も嫌いになるかもしれないという意味であって、本当にお前の事が嫌いなわけではないわけで、えっとつまり…………」

 

 

 

自分でも何を言っているのか分からなくなってしまい言葉に詰まってしまった。

いや、マジで俺何が言いたいんだっけ?

俺が黙っていると、一色はヌッと顔を持ち上げ、下から俺を見上げてくる。

 

 

 

いろは「なら、好き、ですか…?」

 

八幡「……は?」

 

いろは「嫌いじゃないなら好きですか?それとも普通ですか?普通なら普通でも上中下のどれですか?先輩が、先輩が私を好きになってるくれる可能性はある、ですか……?」

 

 

 

語尾になるに連れ声は萎んでいく。

下から俺の目を見据えてくる一色の瞳は、不安と期待、その他諸々な感情が混ざりあっている様に見える。

一一色は再び俺の胸に顔を埋めると、俺が応えるより先に先輩、と優しく問いかけてきた。

 

 

いろは「好き、ってどんなのだと思いますか?」

 

 

 

………んーむむむ。恋愛的な好きならば、今すぐ逢いたいとか話したいとかずっと一緒にいたい、とかそういうのじゃないのか?

こ、こんな事を口で言わなくちゃならんのか?恥ずかしいな…

 

 

 

いろは「きっと誰よりもその人と一緒にいると楽しい、とか一緒にいたい、とか今すぐ逢って話したい、とかそういう風に思ってません?」

 

 

八幡「エスパーかよ…。………違うのかそれ」

 

いろは「きっと違いませんよ。私だってそう思ってました。でも、今は違います。………だから、先輩は私のこと嫌いですか?それとも普通ですか?」

 

 

八幡「嫌いじゃない。それに、別に普通でも、ない………」

 

 

 

つまりそれって好きってことじゃないっ!!

………分からないわ、ただ、一色と

いるとポカポカするの…。

脳内で八幡補完計画を進行していると一色に現実へと連れ戻された。

あぶねぇ、LCT化するとこだったぜ。

 

 

 

いろは「そ、そそそそれなら!……その好きとは別の好きになった時に、告白、して、下さい…」

 

 

 

八幡「こ、告白ならすでにお前からされてるんだけど…」

 

いろは「は?」

 

 

しおらしくなったと思ったら急に顔を上げて睨みつけてくる。お前何言ってんの?[ピーーー]よ?みたいな目だ。

え、なんかしたっけ?超怖いんですけど…

一色は大きくため息を吐くとジト目で俺を見上げてくる。

 

 

 

いろは「先輩はおバカさんですか?死にたいんですか?普通告白は男からするものですよ?あー、でもメールや電話はダメです。面と向かって言って下さい。そ、そしたらこっちも嬉しい、ですから…」

 

 

 

 自分で言いながらそんな未来を想像したのだろうか。一色は頬を朱に染め、ボフッと再び俺の胸に顔を埋めた。

 

 

 

 八幡「あ、あぁ分かった…」

 

 

 

よく分からなかったが一応了承しておく。いや分からない、というのは当然告白についてではなく、好きという、感情についてだ。

 恋愛的な好き、にアレら以外の好きがあるのだろうか?

いや、きっとあるのだろう。おそらくそれは現在一色が抱いているものであり、それと同様のモノを揃えて来い、と言っているのだから。

だがそれはいったい何だ?逢いたいでもなく、一緒にいたいでもない。

…………………はっ!!!!

 好き=エロい事したい、かっ?!

キィマシタワァァァァァアアアッ!!

 

 

 

いろは「さて、疲れたんで寝ましょー。先輩電気切って下さーーーいえやっぱ自分で切ります」

 

 

 

一色は身体を起こすと俺を左手で押さえつけたまま右手で電気を消した。

 急に世界が暗闇に包まれ何も見えない。

 

 

 

 八幡「なぁ、本当にこのまま寝るつもりかよ。ホント俺は床で良いかーーーぐふぇっ!!」

 

 

 

 仰向けの俺の身体に強い衝撃が走った。

 何が起こったのかは直感的にわかる。

 一色が俺の上に覆い被さったのだ。

 首に腕を回され、鎖骨あたりに一色の鼻息がかかるのを感じた。

いかん、いかんぞコレは!

 下腹部に血液が巡っていく。上には一色のお腹あたりが乗っかっている。

やめろ、やめるんだ!これよりテーマを実行する必要ないからっ!!

 

 

 

 八幡「お、お前ってここまで積極的な事する奴だったか…?」

 

いろは「何のことですかー?たまたま身体がフラついちゃって倒れこんだらたまたま先輩の上に乗っちゃっただけですよー?」

 

 八幡「くっ、お、重いぞ。だからどくんだ…」

 

いろは「あれ?私は空気の様に軽いんじゃなかったですか?」

 

 八幡「ち、違うっ…くぅっ……。空気より軽い、のは俺の存在だっ、から。い、良いから、そこどけって」

 

いろは「えー、もうちょっとだけ良いじゃないですかー」

 

 

 

やべぇ、すでに半勃ち状態っ!

マジでどきそうにねぇぞコイツ。

ここは男・八幡。力の見せ所だ!

 右手を一色の後頭部に乗せ、左手で一色の腰を抱え込む。

 

 

 

いろは「ぇっ?せ、せせ先輩?」

 

 

 

そのまま右に力を加えて一色をベッドに落とした。

ふぅ、これで万事解決である。

しかも落ちた時の事も考えて頭のクッションになるように右手を頭に向けてやる俺、ん〜む、エレガント。

 俺もこれでイタリア紳士の仲間入りである。いやでも俺がイタリア紳士になって真摯に振る舞っても需要あるのか?

いやあるな!だって欧米の人たちは人を顔で判断しないもんな!ハートさえあればそれでおk。だから俺でもモテる!

つか俺ヒッキーだから人と触れ合うことねぇじゃん。顔以前の問題だったわ…

 

 

 

 

いろは「あ、ああの先輩…」

 

 八幡「あ?」

 

いろは「……この手は…」

 

 

 

ん?俺と一色の顔がやけに近いぞ。

 現状を脳内で整理してみる。

 最初から一色は俺の首に腕を巻いて抱きついていた。俺はヤバいと思って一色の頭と腰に手を回した…。

し、しまった!完全に抱き合っている!

 

 

 

 八幡「すまん、どかすから少し頭あげてくれ」

 

いろは「お断りです」

 

 八幡「わかった。………は?いや頭くらい上げれるだろ」

 

いろは「今わかったって言ったじゃないですかー」

 

 八幡「いやそんな返しが来ると思ってなくてだな…。まぁんなことは良いから頭上げろよ」

 

いろは「お断りします」

 

 八幡「………なら勝手に思いっきり引き抜くぞ」

 

いろは「…なんだかいやらしいですその言い方」

 

 

うん、自分でもそう思いました。

 

 

いろは「良いじゃないですかこのままでも。それとも嫌なんですかー?」

 

 八幡「嫌とかそういう問題じゃねーだろうが。つうかいつまで俺の胸に顔うずめてんだ離れろよ」

 

 

いろは「だ、誰がこんな薄っぺらい胸に顔うずめるもんですかっ。、ホント薄すぎで女子みたいで、全く、こんな頼りない身体してるとモテませんよ!」

 

 

 八幡「おい一色、そこまで言うなら今すぐ離れろ」

 

いろは「お断りします」

 

 

 

八幡「意味が分からんぞ。ディスるなら離れてくれないか?いや離れろ。いい加減離れろ」

 

いろは「私がくっついてる前提で話をされても困りますー」

 

 八幡「お前な…」

 

 

 

 呆れるを通り越して感動してきたぞ。

もはや俺の人生にありえるはずのないこの現状に慣れてきてしまった。

 興奮とかそういうものはすでに収まっちまったしな。そう、すでに悟りの境地だな。仙人モード会得したわ。

だから俺の下腹部もーーーおっと、まだ意識を集中させてはダメだな。

 

 

 

いろは「良いじゃないですか…」

 

 八幡「は?」

 

 

 一色の声はか細く、弱々しい。

もごもごと一色が喋る度に一色から吐き出される空気が俺の胸元をくすぐった。

 

 

いろは「良いじゃないですか。……好きな人に、お見舞い来てもらって…おんぶしてもらって…おかゆ作ってもらって…一緒の部屋で、一緒の布団で、一緒に寝ようとしてて………良いじゃないですか、このくらい。他のことは、我慢、しますから。だからこのくらい…」

 

 

 八幡「お、おおう。なら良い…のか…?」

 

いろは「いいんですーっ。これも看病の内なんですっ」

 

 

 

 顔をグリグリと俺の胸に押し付けてくる一色が素直に可愛いと思えた。

あぁ、こんな事を小町や戸塚にもして欲しいぜ。

 小町なら言ったらやりそうだが、戸塚は…やべぇ、想像しただけで鼻血出そう。

 

 

 

 八幡「………看病なら、仕方ねぇな…」

 

いろは「はいっ、仕方ないですよ」

 

 

 

その後互いにに特に喋る事もなかった。

 本当に良かったのだろうか…。

 仮に付き合っているとしても、それ仮であって本当に付き合ってるわけじゃない。

なのにそんな二人が一つ屋根の下で、一つのベッドの上で抱き合って寝る、という現状はいかがなものだろうか…

だが仮にも付き合っているのだからこのくらいなら…ん?ならどのくらいまでが良くてどこからがダメなんだ?

あれ?付き合うってなんだ?どうしたら付き合う事になるんだ?付き合ったら何したら良いんだ?仮の付き合いならどんな距離でいたら良いんだ?

 

 

 

 八幡「……なぁいっしkーーー」

 

 

 

 俺の胸元からすー、すー、一定のリズムで音が鳴っているのに気付いて思わず口をつぐんだ。

どうやら一色はもう深い眠りについたらしい。

まぁなんだか濃い1日だったしな。

…………俺も寝るか…。

 

 

 

ーーー気が付けば俺も夢の中。

 人は眠っている最中に頭の中を整理しているらしい。

だとしたら俺とは裏腹に頑張り屋な脳みそだ。さぞや明日目覚める頃には頑張った証として色々な疑問への答が出ていることだろう。

………いや、頑張っても報われないのが世の常というものだ。

でもきっと明日目覚める頃には忘れてるけど、今脳が見せてくれてる夢はきっと良いものに違いないだろうーーー

 

 

 

ーーーー冬晴れの本日。

 一色の看病に行った土曜日からすでに2日。現在憂鬱な月曜日。1月ももうすぐ終わる。

2月に入ればお冬様がラストスパートをかけて超寒くなる。

その嵐の前の静けさとでも言うのか、今日は本当に晴れやかで、空には雲がのんびりと浮かんでおり、肌寒くはあるが朝から過ごしやすい1日となりそうだ。

そんな風に世界が明るく包まれている中、俺こと比企谷八幡は風邪をひいていた。

 

ーーーさすが俺。常に世界とは逆の方向へ進む男だ。んーむ、そう言ったらかっこいいけど、常に世界に背を向けている男だ、なんて言ったら何かダサいよな。いやダサいってか辛くなる。そんな悪役いたらそっと抱き締めてあげたくなっちゃうよなーーー

 

 まぁ熱が高いわけでもないので普段通り自転車で学校に向かっている最中なわけだが、なぜかすれ違う生徒たちからの視線が痛い。

 

 

 

いろは「せーんぱいっ」

 

 

 

 自転車小屋にチャリを置いていると後ろから肩を叩かれ、振り向いた先には一色が立っていた。

………何か近い…

 

 

 

八幡「うす、よく分かったな俺だって」

 

いろは「そりゃわかりますよー。だって今日の先輩目立ち過ぎですからっ」

 

 八幡「は?」

 

 

 

 何?背中から漆黒の翼みたいなの出てた?やべー、隠してるつもりだったのに…

別にテイルズシリーズの漆黒の翼じゃない。まぁアイツら結構好きだけど。

 

 

 

いろは「だって今日の先輩、いつも以上に目は腐ってるしー、しかもマスクしてるしで完全に不審者みたいですもんっ」

 

 八幡「うっせ、誰のせいだと思ってやがる」

 

いろは「やっぱ私と抱き合って一緒に寝たからですかね?」

 

 八幡「っ?!」

 

 

 

カァァッと顔が紅くなるのを無視して周りを見渡す。

………よし、誰にも聞かれなかったようだ一安心。

 一色はニコニコとイタズラ気な表情を浮かべている。

……コイツ、俺をからかって楽しんでやがるな…

せっかく貴重な休日にコイツの看病をしてやったというのに、このやろう…

 

 

 

八幡「お前な、そういう事をこんな所で言うなよ。困るのはお前だぞ」

 

 

 俺が注意を促しても一色は んふふーとただ笑顔のままだった。

 聞く気ねぇな…

はぁ、と心の中でため息を吐いてからチャリカゴからカバンを取り出し玄関へ歩みを進めた。一色も後ろからテコテコと付いてきていたが、すぐに俺の横に並んだ。

 

 

 

いろは「もし先輩が熱で寝込んだら私が看病しに行ってあげますねー」

 

 八幡「来んな」

 

いろは「は?!ちょっとそれどういうことですかーっ!」

 

 八幡「騒ぐな。他の奴らが見てくるだろうが」

 

いろは「………別に良いのに……」

 

 八幡「……俺が寝込んだら小町に看病してもらうからな。その座を他の誰かにやることはできん」

 

いろは「うわー、相変わらずのシスコンぶりには呆れるを通り越して感動しちゃいますねー」

 

 

ほっとけ。

………こいつに看病してもらう?家族じゃない女の子に?想像しただけで寝込みたくなるからやめろマジで。

 

 

 八幡「ほれ、1年はあっちだろ」

 

いろは「あっ、はい。では先輩、また」

 

 

 

そう言うと一色はテクテクと自分の教室へと向かった。

…アイツといる所誰かに見られてなきゃ良いが、まぁそれは無理だろう。全校生徒の登校してくる時間だし。

……つか、誰も勘違いすることねぇか。こんな目の腐ってマスクしてる不審者再現度100%な奴と一緒にいたら脅されてるとか思うに決まってる。挙げ句の果てには誰かが先生に話して厳重注意くらうとこまで見えたわ。何それ俺かわいそう…

 

 

 

教室に入ると中は多彩な声音が鳴り響いていた。

 冬休み明け以降、この朝のトークはもはや喧騒である。特に俺の様なぼっちからしたら騒音でしかないわけだが、おそらくは冬休みが明けて、もうじき3年生になることを強く意識しているのだろう。

3年生になるということは当然このクラスではなくなる。つまりこの1年間でできた友達と別れることになるかもしれないのだ。

だからこそ最後の時を楽しむかの様に、いやむしろその時が訪れる事を頭の隅に追いやるかの様に騒ぐこの連中は見てて滑稽だ。

クラスが別れようとも所詮は高等学校という狭い檻の中にいるのだ。会おうと思えばいつでも会える。

むしろこいつらは今話している友達と遊ぼうが遊ばまいがどっちでもいいのだろう。結局は自分が遊んで楽しけりゃそれで良い。つまり他人は自分を楽しませる為のツールに過ぎないのだ。

まぁせいぜい楽しんでくれ。お前らみたいな奴らは必ず失敗する。近いうちで言えば受験の時にでもな。楽しい思い出作りに没頭するあまり、人生の分岐点では苦い思い出を作るのだ。

まぁそういうアホなリア充どもがいてくれなきゃ俺たち日の光を浴びることのない闇の住人は報われない。

そう、お前たちが俺を楽しませるツールなのだ。

 

 

 

 沙希「何さっきからキモい顔してんの?」

 

 

 

おっと、俺から滲み出る闇のオーラをもう一人の闇の住人が感じ取ったようだ。

こいつの名前は川梨、いや川友、いや川本?川、川、川なんとか沙希さんだ。つまり川崎沙希だ(まぁ最初から分かってたけど)。

 

 

 八幡「……何か用か?」

 

 沙希「マスク、してるけど風邪?」

 

 八幡「風邪予防にだってマスクは付けるだろ」

 

 沙希「さっき…自転車置き場で、生徒会長とだ、だ、だだ、抱き合って、ねね寝た…とか、言ってたじゃん……」

 

 八幡「」

 

 

 

 

 俺の人生オワタ。

 

 

 

 

沙希「…なんで、嘘つくわけ?」

 

 八幡「………聞いてたのかよ…」

 

 沙希「べ、べ別に聞きたくて聞いたわけじゃないからっ。あ、あんたがマスク付けてたから話しかけようと思って追っかけたら生徒会長と話してるのが聞こえちゃっただけで、別にわざと聞いたわけじゃ…………むしろ聞きたくなかったし…」

 

 

 八幡「…別になんでもねーよ。ただあの生徒会長さんちょっと特殊な妄想癖があるだけだから。アイツの言ってたことは気にするな、むしろ忘れてくれ」

 

 沙希「で、でも…」

 

 

 

モジモジすんな。

 普段から強気な女がモジモジしてたらこっちはモンモンとしちまうからっ。朝からエッチぃ妄想して楽しんじゃうからっ!

 

 

 沙希「………まぁあんたがそういうなら信じる…」

 

 

 

な、なんだ?なんなんだ今日のコイツの破壊力はっ?!

それ言った後、頬をちょっと染めるのやめてくれよ。思わず目が離せなくなるから。マジで攻略したくなるからっ!!

しばらく川崎の顔をじっと見つめてしまっていた。

 

 

 

 沙希「……な、なにっ?」

 

 八幡「あ?あ、あぁ、悪い。あー、ほら、なんだ、何だか妙に信頼してるなと思って。俺お前に信頼されるようなこと何かしたかなーとか考えてただけだ」

 

 

 沙希「べ、別に信頼とかっ!……た、ただ他の奴よりかは信用できるし、結構、頼りにも、なるし…」

 

 八幡「お、おぅそうか…」

 

 

 

 

な、なんだと言うのだ今日のコイツは。

と、とりあえずこの空気は何かがマズい。

しばしの沈黙が続いたが時計を一瞥してから川崎に向き直る。

 

 

 

 八幡「そ、そろそろHR始まるぞ」

 

 沙希「あ、そう……じゃあ、また…」

 

 八幡「お、おぉ」

 

 

 

 席に戻った後も川崎は俺の方をチラチラと見てくるが無視することにした。

あ、あっぶねぇぇぇぇ!!

 何が危ないかはよく分からんがとにかく危なかった。

 

…………朝から疲れた…

こりゃ風邪は長引きそうだ…

 

思案している内に平塚先生が入ってきてHRは始まり、終わっていた。

 

 

 

 

さすがは冬である。

 朝・昼はあんなポカポカと暖かったのに、夕方になり太陽が沈み始めると一気に冷え込む。

いや、単に俺だけが寒いのかもしれない。その理由は風邪をひいているからなのか、それともこれから部室に行くからなのか、答は後者だろう。

なぜなら土曜に俺が一色宅にお見舞いに行ったことを由比ヶ浜は知っているからだ。

まぁしかし由比ヶ浜が行けと言ったので行ったわけで、そこは別に責められることはなかろう。

ただ、何かあった?とでも聞かれたらそれは俺の人生終了のゴングが鳴り響いたのと同意でる。

 俺はその問いをされたらまず間違いなく言葉につまるだろう。そうなればもう後のカーニバルである。

そしてこの話題になったら絶対に由比ヶ浜はこの問いをしてくる。

これは間違いない。

そんな不安を胸に奉仕部の戸を開けた。

そこにはいつもの様に一人の少女がまるで絵画のように座っている。

その少女は俺を見るなりすぐに携帯を取り出し耳にあてる。

ちょっと待ったぁぁぁああ!!!

 

 

 八幡「俺だ」

 

 

 装着していたマスクを外して顔をあらわにする。

するとその少女は携帯をすっと耳から離すと はて?といった感じで首をかしげた。

 

 

 

 雪乃「誰?新手の俺々詐欺かしら?」

 

 八幡「顔を完全に見せた状態で俺々詐欺とか流石にしねぇだろ。そんなの80のばあさんでも騙せねぇぞ」

 

 

 

そう言いながら自分の定位置の椅子を引き、腰を下ろすと再び雪ノ下が話しかけてくる。

 

 

 

 雪乃「悪いけれどそこは比企谷君というヒキガエル科の生物の席よ。彼が来た時困るでしょうから別の席に座ってくれないかしら」

 

 八幡「お前な…」

 

 雪乃「何かしら?」

 

 八幡「俺が比企谷八幡だ。よく覚えとけ」

 

 

 雪乃「何を言っているの?比企谷君は確かに目が腐っていて今にも臭ってきそうだけれどあなたほどではないわ。比企谷君の目は死んだ魚のような目なのだけれどそれだけなのよ。あなたの目には遠く及ばないのよ」

 

 

 八幡「風邪ひいてんだから仕方ねぇだろ」

 

 雪乃「驚きね、死者も風邪をひくだなんて。論文にあなたを付けて出したらノーベル賞確実だわ」

 

 

 

ふふんっ、と鼻を鳴らす雪ノ下。

 人を貶して喜んじゃうとかもう人としてどうなんですかねぇ?

それにしても彼女、なんだかとても楽しげである。

 

 

 

 

八幡「なに?お前の今日の切れ味どうなってんの?空色こえちゃってんじゃねーの?」

 

 雪乃「意味の分からない言葉を羅列しないでもらえるかしら」

 

 八幡「つかお前俺のことヒキガエル科って言ったよな?」

 

 雪乃「事実でしょう」

 

 八幡「そんな事実ねぇよ。つーか、それならお前その後に彼、って言ったよな?カエルのことを彼呼ばわりなんてお前も相当アレだよな」

 

 

 雪乃「…………」

 

 

 

 無言になる雪ノ下の顔からは血の気がひいている。

 勝った…

ふ、ふふ、ふははははははっ!

 勝った、勝ったぞ雪ノ下雪乃にぃ!!

 

 

 

 雪乃「………覚えていなさい。近いうちに生まれて来たことを後悔させてあげるから」

 

 

 

やべーよ。

 雪ノ下相手に勝てる気しねぇよ。

 雪ノ下はフンッとそっぽを向くと再び読書へともどった。

 俺もカバンから本を取り出しそれに続こうとして、ふと雪ノ下の方をチラリと見ると、彼女の口角は少し上がっていた。

しばらくすると部室の戸が開き、由比ヶ浜がやっはろーといつも通り変な掛け声と共に入ってきた。

その後はいつも通りだ。

どうやら由比ヶ浜は自分が金曜に言った事を忘れてしまったらしい。

さすがはアホの娘。

まぁこちらとしては助かったわけだが。

そうこうしている内にチャイムが鳴り、それぞれその教室をあとにした。

 

 

 

 

結衣「ヒッキー!!」

 

 

 

 自転車置き場で自転車の鍵を開けるとちょうど由比ヶ浜が少し先から小走りでこちらへと向かってくる。

 俺のもとへ着くなり、少し息を切らしてえへへーと笑顔を向けてきた。

 

 

 

 八幡「んだよ。何か用か?」

 

 結衣「んー、今日はいろはちゃんと一緒に帰るの?」

 

 八幡「いや、そんな約束はしてないが…」

 

 

 

 由比ヶ浜はパァっと笑顔になると じゃあさ!と切り出した。

 

 

 

 結衣「一緒に帰rーーー」

 

 八幡「断る」

 

 結衣「即答だっ?!せめて言い終わるまで待ってよーっ!」

 

 八幡「そしたら明日になっちゃうだろうが」

 

 結衣「アタシそんな喋るの遅くないよねっ?!」

 

 八幡「…んでなんだよ」

 

 結衣「えへへー、一緒に帰ろうよっ、ヒッキー」

 

 八幡「断る」

 

 結衣「だからなんでだしっ?!」

 

 八幡「………お前バスだろ」

 

 結衣「んー、そうだけどぉ………よし、なら次の次のバス停までで良いからっ」

 

 八幡「次じゃダメなのかよ…」

 

 結衣「えー、それじゃあっという間じゃん。それともヤなの?」

 

 

 

んーむ、どうやら引く気はないらしい。

こいつのこういう時は何を言ってもダメだからなぁ…

これはこっちが折れるしかないな…

よって、少しため息をついてから わかったよ、と首肯した。

 

 

 

 

由比ヶ浜と歩き始めてから少しして由比ヶ浜が先に口を開いた。

 

 

 

 結衣「何か意外っ。ヒッキーが最後まで断る!って言わなくて」

 

 八幡「どっかの誰かさんが全然引き下がろうとしなかったからな」

 

 結衣「困った人だねその人」

 

 八幡「全くだ。せっかく早く帰って小町の抱擁を受けようと思ってたのに」

 

 結衣「そんなことしてるのっ?!それもう普通の兄妹じゃないよ…」

 

 八幡「ばっかお前、千葉の兄妹はこれがデフォだぞ。高坂さんとこなんて恋人になっちゃうくらいだからな」

 

 結衣「誰だしその人。全然普通じゃないからねソレッ!」

 

 

 

ホントなんで兄妹で結婚できねぇんだよ…

だけど法律では結婚が認められてないだけで、付き合う事には触れられてないのだろうか。

あれれ?なら良くね?僕は妹に恋をしても全然おkなんじゃないの?

 運良く妹に腹パン食らわせて妹をアヘらせる幼馴染もいねーしな。

あれ?俺の人生実は薔薇色じゃね?

 俺勝ち組やったんや…

 

 

 

八幡「……んで、今日はどうしたんだよ。何か悩み事か?」

 

 結衣「んーん。……ただヒッキー風邪ひいてるなぁって思ってさ…」

 

 八幡「なら尚更俺を早く帰すべきだろ」

 

 結衣「だって……いろはちゃんとお、お見舞い以外のことっ!…したのかなぁ、って……」

 

 

 

ほーん、つまるところ土曜日の事を聞かせろカスってことか。なるほど。

 

 

 

 八幡「お前の思ってる様ないやらしい事はなかったからな。ただおかゆ作ってやったりしただけだ」

 

 結衣「い、いやらしい事なんて考えてないもんっ!!…あっ、でもやっぱお見舞いだけじゃなくて看病もしてあげたんだ……………羨ましい……」

 

 

 

………俺、難聴じゃねぇからそういうの聞こえちゃうんだよ。やめろよマジで。

 今すぐ看病しちゃうぞっ!

 

 

 

 

まぁ実際はおかゆ作ってやっただけじゃなくて、おんぶしてトイレ連れて行ってやったりもして、最終的にはアイツの家で一緒の部屋で一緒のベッドで抱き合ったまま寝たわけだが…あれ?いつから俺の人生ギャルゲーになってんの?

その後はただ黙々と歩いているだけだった。

 二人の距離は近過ぎず、遠過ぎず、人1人が間に入れるくらいの空間が空いている。

 由比ヶ浜の歩調に合わせてトボトボと遅く歩いてはいたが、気付けば約束の次の次のバス停である。

 人は誰もいない。

バス停に着くと由比ヶ浜は少し俺の先まで歩き、くるりと振り返る事もせずに喋り出した。

 

 

 

 結衣「やっ、でもほら、お見舞い行くの提案したのアタシだしっ、ヒッキー目は腐ってるけど優しいからきっと看病もしてあげるんだろうなぁとは思ってたからさっ、うん、だから、全然…」

 

 八幡「………」

 

 

 

くるりと振り向いた由比ヶ浜はたははーと笑ってはいるが、その声ははどんどんと小さくなっていく。

 俺はただ黙って聞いているだけだった。

 由比ヶ浜の言葉の中に多少俺をディスる言葉が混じっていても俺はなぜか口を挟む気にはなれなくて、だからいつもは神経を張り巡らして警戒している言動も容易く彼女に許してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結衣「………ヒッキー……アタシ、ヒッキーのこと……好き、だよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が黙ったままでいると再び由比ヶ浜くるりと180度回って俺に背中を向けた。

 

 

 

 結衣「ご、ごめんねっ、こんなの今言われても迷惑っていうか、いや、アタシも全然今言う気はなかったていうか、ほらどうせなら死んじゃうとこに持っていくっていうかさっ…」

 

 

 墓場までだろバカ。

 

 

 結衣「いやー、にしてもヒッキー変わったよねー。前ならアタシがこういうの言いかけてたらバリアっ!みたいな感じで壁つくってたのにさー」

 

 

 

……そうだな。ほんの少し前までの俺ならお前にこんな言葉は言わせなかった。

 由比ヶ浜はたはは…と力なく笑うと少し俯いた。その肩はとても小さくか弱く見える。

 

 

 

 結衣「………ほんと、なんで、何も言ってくれないの…?」

 

 

 

その小さな肩は、フルフルと小刻みに震え、下に垂れた拳がキュッと握り締められている。

それでも俺は依然として何も喋らなかった。

 

 

 

 結衣「……ごめん、ほんとこうゆうの迷惑だよね…。ヒッキーは仮にもいろはちゃんと付き合ってるんだし、そうさせたのアタシとゆきのんだし、なのにこんなの言われたらヒッキーだって困っちゃうよね…。あ、あはは、アタシ空気読むのだけが取り柄なのに、今全然読めてないよねっ。ごめんね、ヒッキー…。でも、返事だけは聞かせてくれると、嬉しい、かな……?」

 

 

 

そうだ。俺は言わなくちゃならない。由比ヶ浜と、雪ノ下と、そして一色と向き合わなくてはならない。

だからこそ、彼女たちの想いから俺はもう逃げるわけにはいかないのだ。

 彼女たちの言葉をちゃんと聞いて、想いを受け止めて、それに全力で応えなくてはならない。

………ほんと、対人関係って相手と距離が近付くほどクソみてぇに大変だな…

でも俺は、こいつらからは、逃げない!

 

 

 

 八幡「……由比ヶ浜、こっち向けよ」

 

 

 

結衣「……そっち向いたら良い返事、してくれる?」

 

 八幡「……さあな。こっちを向くまでは言わん」

 

 結衣「良いじゃん、このままで。どうせ返ってくる言葉なんてもう分かってるもん…。わざわざ向き合う必要なんて…」

 

 

 八幡「俺にはある。確かに答はお前の想像通りだろうな。良い返事じゃない」

 

 結衣「ならーーー」

 

 八幡「それでも!……お前らとは、ちゃんと向き合わなくちゃ、ダメ、だと思う…」

 

 

 

 今までたくさん逃げてきた。

 俺は俺で、俺だからこそ、この先もいろんな事から逃げ続けるだろう。

 逃げる事が悪い事だなんて全く思わない。人が変わる事だって結局は現状からの逸脱、いわゆる逃げだ。

 俺のこんな言葉遊びも当然逃げにあたるだろう。

でも、やっぱ逃げるわけにはいかない。こいつらの事に関してだけは。

 

 

 

 

 

 

 八幡「だから…だから俺を、逃げさしてくれるな…」

 

 

 

結衣「ヒッキー…」

 

 

 

 由比ヶ浜は再び俺へと向き直る。

そして少し涙の溜まった瞳を閉じて笑顔をつくった。

 

 

 

 結衣「やっぱ、、変わったねっ…」

 

 八幡「……さあな。でもお前は変わったかもな」

 

 結衣「へ?アタシ?」

 

 八幡「さっき自分で言っただろ。今全然空気よめてないって」

 

 結衣「あ、そういえば言ったかも…。うん、アタシも変わったかもだね」

 

 

 

 事実、こいつは変わった。

 空気を読めてない云々ではなく、こういう事を言った、という事実が由比ヶ浜の変化を証明している。

 

 恋に恋する女の子、それが由比ヶ浜結衣

 優しいのが由比ヶ浜結衣

 一生懸命なのが由比ヶ浜結衣

 無駄に空気を読んでしまう、否、読めてしまうのが由比ヶ浜結衣

おっちょこちょいで、バカなのが由比ヶ浜結衣

 料理は壊滅的で、金銭感覚は狂ってないリア充なのが由比ヶ浜結衣

 胸はでけぇし、男を勘違いさせる様な態度とっちまうビッチくせぇのが由比ヶ浜結衣

 

 

……でも…それでも…

 

 

由比ヶ浜結衣はいつだって太陽の様に朗らかで、何よりも温かい

 

 

 きっと俺だって何度も意識してたさ。

 実際、いつかこいつが他の奴と付き合ってるとこでも見たら、その日は一日中泣く自信がある。

 

でも、俺は……

 

 

 

八幡「お前とは付き合えない。悪い」

 

 

 

俺は頭を下げてそう言った。

 由比ヶ浜に許しをもらうまではこの頭を上げるわけにはいかない。

なぜなら俺はあの夏祭り、いや、その他いろいろな所でコイツの想いを避けてきたからだ。

 適当な理由を付けて逃げてきたのだ。

きっと告白されていたら由比ヶ浜と付き合っていた、という未来があったかもしれない。

そんな未来があったかもしれないのに、俺の身勝手な思考で由比ヶ浜の望んだ未来を壊してしまったのだ。

そして今、勇気を振り絞って告白してくれた彼女を、俺は、他に想ってる奴がいるから、という理由でフった。

そして、そんな俺を今まで何度も助けてくれた。

それゆえの感謝も込めた謝罪だ。

つかもう由比ヶ浜には土下座しても良いくらいだな。いや、もはや土下寝しても良いな。

あー、ちくしょー。なんであんなにあーみんとタイガー可愛いんだよ生きるの辛いよぉ。

あっ、おれと高須の目似てね?ヤンキー高須とゾンビ比企谷菌…似てねーな、うん、全く。

 

 

 

 結衣「そっか…」

 

 

 

きっと由比ヶ浜は泣いてしまうんじゃないかと思っていた。

けれど彼女は俺の目の前まで歩み寄ると、俺の下げた頭にそっと触れて優しく撫でた。

コイツに頭を撫でられるのは2度目である。

…え?なんでフった俺が撫でられる側たのん?

 

 

 

 結衣「やっぱ、結構クるね、好きな人にフられるのって…」

 

 

 

 結構クるほどに俺の様な奴を好きになってくれて、ホント感謝の言葉しかない。

でもね、と彼女は続けた。

 

 

 

 結衣「ヒッキー、ありがとねっ」

 

 

八幡「へ?」

 

 

 予期せぬ由比ヶ浜の言葉に思わず変な声が出てしまう。

この辺でふぇ?と言わない所がさすが俺だ。いや、俺が言ったらもうアレだな。うん、もうほんとアレ。超キモいな。

 

 

 結衣「こういうの、ちゃんと目を見て言いたいとか、何かヒッキーらしくなくてヒッキーらしいから」

 

 

 

…つまり俺らしさってなんだよ…。

コンビニの雑誌コーナー行ったら表紙に太字で書いてあるのかよ…。

つか俺、今も昔も変わらない宝物とかねぇよ。理解されない建前だけなら一人前だが…。

 

 

 

 結衣「ちゃんと言ってくれた方が、やっぱ良いね。辛いけど、なんかスッキリっていうかさ…」

 

 八幡「……そうか」

 

 

 

 少しの沈黙。

こういう時、俺は何て言えば良いのか知らない。

だからただこうして頭を下げて詫びることしか、俺にはできない。

 

 

 結衣「やっぱり、いろはちゃんの事、好き?」

 

 

もう何度も聞かれた問い。

その度にあやふやにして、答えられなかった問い。

でも、由比ヶ浜に告白されて気付いた。

いや、もう好きになっていた事は認める。当然恋愛的な意味でだ。

 今回気付いた、というのは一色に言われた“その好きとは違う、別の好き”についてという事だ。

だから、俺はようやくこの問いに答える事ができる。

 

 

 

 八幡「あぁ」

 

 

 

結衣「………そっか…。ヒッキー、顔、上げて…」

 

 

 

そう言われて状態を起こした瞬間、トスッと柔らかな感触を胸に感じた。

 下を見ると由比ヶ浜が抱きついてきている。

 背中に回された腕には力はない。

ぅうっ、と小さく嗚咽が聞こえる。

 

 

 

 結衣「うっ、ぐす、ねぇ、ヒッキー…もし、もしも、アタシが、ひっく、もっと早く、ぐすっ、告白、して、たら、どう、ぅっ、なってた、かな…?」

 

 

 八幡「………さぁな…」

 

 

 

コイツだって分かっているのだろう。

きっと俺たちが付き合っていたであろう未来があったことを。

でももうそれはこの世界線では叶わない。

そんなありえたかもしれない可能性を言っても俺たちにはもうどうしようもないのだ。

それを由比ヶ浜自身も理解しているからこそ、その小さかった嗚咽は次第に大きくなり、そして由比ヶ浜は俺の胸の中で盛大に泣いた。

ちらほらと行き交う人々が俺たちを見てくるが、特に気にはならなかった。

コイツのこの涙を俺は全部受け止めなければならない。

 俺はそのまま泣き続ける由比ヶ浜の頭をそっと片手で抱え込んだ。

でも時とは無情なもので、そんなに時間が経たないうちに遠方からバスがやってくるのが見える。

 

 

 

 八幡「……由比ヶ浜、バス、来たぞ」

 

 

 俺がそう言うと由比ヶ浜は少しずつ泣き止み、嗚咽を抑えてつつ俺から離れた。

 

 

 

 結衣「ぐすっ、ご、ごめんヒッキー、制服濡らしちゃって…」

 

 八幡「いや、別に良い。…もう、大丈夫そうか?」

 

 結衣「…うんっ」

 

 

 

バスはもう数十メートル先だ。

 由比ヶ浜はそれを確認すると、目に溜まった涙を指で払う。

 

 

 結衣「ねぇ、ヒッキー…もしも、アタシがいつか他の誰かと付き合ってたらヒッキーどう思う?」

 

 八幡「………」

 

 

 

 超嫌だ。いや、フったのは確かに俺である。えぇ、俺ですとも。

でも嫌だ。なんか、こう、うん、嫌だ。

 俺の沈黙にクスッと笑うと由比ヶ浜は踵を返す。

するとちょうどバスがやってきてプシュッと音を立てて停車するとドアが開く。

 

 

 

 結衣「なら、良かったっ」

 

 八幡「…俺、何も言ってないぞ」

 

 結衣「うん、でも良いんだっ!それがヒッキーらしくてっ」

 

 

だから俺らしさってなんだよ。

コンビニの雑誌(ry

 

 

結衣「じゃあ、また明日ね、ヒッキー」

 

 八幡「…おぅ」

 

 

 由比ヶ浜が乗車すると、ドアは閉まり、出発した。

 由比ヶ浜は最後尾に座り、後ろを向いて手を振ってきたので俺もそれに片手を上げて応える。

 

 

 

ーーーその日の夜は冷え込んだ。

 日中はあんなにお日様ポカポカだったのになぁ…。

でも、なぜだろうか?

 寒いはずなのに、ずっと胸の辺りが温かかい。

ふむ、今日も良い夢が見れそうだ…。

 

 

……………ふぅむ。

 

ーーーーー由比ヶ浜をフって数日、現在金曜。

 一色から頂いた風邪もついに比企谷菌に喰われたようでーーーどんだけ強いんだよ比企谷菌、そろそろ休めよ…まぁバリア貫通するくらいだしなーーーすこぶる快調だ。

 由比ヶ浜との関係も懸念していたが、フった翌日には互いにいつも通り会話ができた。なぜだろうか?由比ヶ浜もかは分からないが、俺の心の中はフる前に比べてずっとクリアだ。まぁつまり良好である。

 部活も滞りなく平凡で、むしろ今まで以上に安住できる。まぁ千葉県横断お悩み相談メールは相変わらず剣豪将軍様から多数頂いていて、そろそろイライラが爆発しそうではあるが…

ちなみに一色とは火曜水曜と一緒に帰った。

 

…………ふむぅ。

そして現在金曜ラストの授業が終わった後、平塚先生に呼び出されて小言を言われ、部活に向かう途中、であったはずだ。

というのは、そうでなくなったからである。

つまり本来起こりえない事象が発生したせいで俺は悩んでいた。

その悩みというのは現在俺の置かれている現状である。

 説明は長くなるので避けよう。

 端的に言うと、三浦に連行されている。

………えっ?なにそれ意味ワカンナイ…

うん、いやホントに意味分かんないから今悩んでるんだよね。

ただ為されるがままになっている俺があまりにも理不尽で泣きたくなる。

 

 

 

 優美子『ちょっとヒキオ、付いてきて』

 

 

 

 平塚先生の小言が終わり、職員室を後にすると職員室前には三浦が居て、俺を一瞥するとそれだけ言って先を歩きだしたので俺も躊躇いながらも後に続いた。

 俺が職員室に入った時、三浦も中に居て別の教師と話をしていた。

そこで目が合ったのを覚えている。

えっと、、つまりこれは目合わせてんじゃねぇぞマジお前シバきな、みたいなヤツかな……やだなにそれ怖い…。

まぁ当然女王のあーしさんに逆らう事なんてカースト最下位の俺には無理な話だったというわけだ。

 

 

 

………俺、マジでどうなっちゃうのん…?

 

 

 

八幡「…おい、三浦。どこまで行くんだ?」

 

 優美子「人が居なさそうなトコ」

 

 

 

うーむ、やはりボコられるのか?

まぁいざという時は土下座するしかねぇ。

と、冗談はさておき、実際この三浦優美子はそこまで野蛮ではない。

 見た目はまぁホント今時のJKって感じでカーストもトップ、その口調と態度、時折見せる鋭い眼光は女王様っぽいが別に悪逆非道ではない。

 今まで数度喋ったことがあるが、たまに女の子らしかったりもする。

そう感じさせるのは雪ノ下に言い負かされて泣いた事があったからだろう。

あぁ、俺もこの女王様の泣き顔見たかったなぁ…

 

 

 

優美子「ここら辺でいっか…。ヒキオこっち」

 

 

ふむ、確かに人がいない。

あぁ、もうホントどうなっちゃうんだろうなぁ俺…

 

 

八幡「…それで、何の用だ?早くしねぇと雪ノ下に殺されるんだが…」

 

 

 三浦は俺の言葉を無視して んー、と少し考え込んでから口を開く。

 

 

 

 優美子「あーし、やっぱこういうのあんま好きじゃないんだけど、最近結衣と何かあった?」

 

 八幡「……なんでそう思うんだよ」

 

 優美子「やっぱあーしと結衣っていつも一緒だし?だから、ちょっとした事でも結衣が変わったのが分かるんだよね。で大体結衣が変わるっていったらアンタ絡みじゃん?」

 

 八幡「………」

 

 

 

まぁもう思い当たる事は一つしかない。

だがどんな風に変わったのだろう?

あの日から見ていて、由比ヶ浜は別段そんな変わった様には見えない。

 少なくとも悪い変化は見られない気がするが…

 

 

 

八幡「…どんな風に変わったんだ?」

 

 優美子「は?今聞いてんのあーしなんだけど?まぁ良いや、何かすごい女の子らしくなったていうか、可愛くなったっていうか、まぁそんな感じ」

 

 

 

とりあえず一安心。

 悪い変化だったらどうしようかと思った。

ん?ならなんでこいつは…

 

 

 

八幡「それって良い事なんじゃないのか?可愛くなって損はねーだろ」

 

 優美子「………」

 

 

俺の素直な意見を返すと三浦は少し黙り、そして俺を睨み返す。

え?いま何かダメなこと言ったか?

 

 

 優美子「あーしが聞きたい事分かってる?」

 

 八幡「由比ヶ浜が女の子らしくなった理由だろ?メイクでもしてんじゃねぇのか?」

 

 優美子「あぁもうっ!あーしが聞きたいのはそういう事じゃないからっ!」

 

 八幡「わ、悪い。え、ええっと、それで三浦さんは何が聞きたいのはでしょうか…?」

 

 

は?こいつバカ?喧嘩売ってんの?と言いたげな目で俺を睨むと、はぁ、と大きく溜め息を吐きジト目で俺を見てくる。

 

 

 

 優美子「結衣と、付き合ってんの?」

 

 

 八幡「…………は?」

 

 

 

すると数メートル先の廊下の突き当たりの方からドサッと物の落ちる音が聞こえた。

 俺も三浦もそちらに注意が向く。

 何やら慌ただしく動いている。

スカートを履いているので女子。どうやら荷物を落とした様だ。

せわしなく揺れるシュシュで結わえられた髪。

あぁ、もう誰か分かっちゃったよ…

川なんとかさんだ。それ分かってんのか?

 三浦がそちらへツカツカと歩いていく。

 盗み聞きしてんじゃねぇぞコラァッ!とでも言うのだろうか?と思っていたが、三浦は川なんとかさんの所まで行くと、一緒に落ちた物を拾い集める。

うわぁ、やべぇ、あーしさんマジ超良い人…

 

 

 

俺もそちらへと向かう。

 俺が着く頃には落ちた物は拾い終えた様で二人ともパタパタとスカートをはたいていた。

 川なんとか沙希、あっ、川崎だ(まぁ最初からry)。川崎は少し伏し目がちに頬を赤らめると三浦に身体を向ける。

 

 

 

 沙希「あ、ありがと…」

 

 優美子「は?普通っしょ」

 

 

マジかっけぇ…

 

 

八幡「…んで、何してたんだ?」

 

 沙希「い、いやっ、別に何もっ!た、ただ通りかかっただけで、別にアンタが由比ヶ浜と付き合ってるとか、ホント全然聞く気なかったし聞きたくなかったけどたまたま聞こえちゃっただけだからっ!」

 

 

 八幡「……つまり聞いてたんだな」

 

 沙希「……………ごめん…」

 

 

 八幡「まぁ別に聞かれて困る様な事でもねぇしな。つうかただ通りかかっただけって、この辺、授業以外で滅多に使わねぇだろ。お前って放課後一人でこんなトコ来てんのか?」

 

 

 沙希「な、なわけないでしょっ!ホントは職員室行く時アンタがこっち歩いてくの見えたから何してるのか気になって…」

 

 八幡「お、おぉ、そうか…」

 

 沙希「う、うん…」

 

 

 

 何だか気まずい空気になったのも束の間、三浦が話に割り込んでくる。

 

 

 

 優美子「あんさー、なんで2人だけで話ししてんの?あーしもいるんだけど?つか前から思ってたけどアンタら仲良いよね?」

 

 

 沙希「はっ、はぁ?!こ、ここ、コイツとなんて全然仲良くないからっ!アンタこそこんなトコでコイツと2人っきりとかどうなわけっ?!」

 

 

 優美子「は?あーしとヒキオが?どう考えてもありえないから。ちょっと目ぇ大丈夫?ヒキオ並みに腐ってんじゃないの?眼科行ってきたら?」

 

 沙希「は?」

 

 優美子「は?」

 

 

 

いつの間にここリング出来上がってんだよ…地球がリングなの?つかなんでお前らすでに戦闘態勢なの?DG細胞に侵されてんの?

 

 

 

つかお前らが争うのにいちいち俺をディスる必要なくなくない?

 俺フィールドに立ってねぇのにHP尽きかけてんだけど?やっぱ地球全てがリングってそういうことなのかい?

いや、ていうかその辺はどうでも良いとしてーーいや全然良くないがーー、さっきお前ら落ちた物拾って上げてありがとうまで言ってたじゃん…。

それがなんで一瞬でこうなるんだよ…

 

 

 

八幡「……お前らちょっと落ち着いて話をだな…」

 

 優美子・沙希「は?」

 

 

おぉっとまさかの合体攻撃ィ!きっと魂も使ってるから攻撃翌力は2.5倍だな。

 俺、装甲も運動性もHPも壊滅的でボスボロットよりも弱いけど修理費は高いからやめろよな。

これじゃ完全オーバーキルだぞ…

 

 

 

優美子「ヒキオあんたどっちの味方なわけ?」

 

 八幡「え、は?味方?」

 

 沙希「良いからどっち?」

 

 八幡「い、いや俺は常に中立でだな、いやむしろ中立というか何にも含まれない空気の様な存在であって…」

 

 

もぅやめてぇぇえええっ!!!

そんな何言ってんだよ?顔面潰すぞ?みたいな目で見てこないでくれ。

まだガンダムファイトォ、レディ、ゴー!言ってないからさぁっ!

そんな時、俺に天使が舞い降りた。

 遠くからヒッキー!と呼んでくる生徒がいる。

 間違いなく由比ヶ浜だ。

そのまま小走りで由比ヶ浜は俺たちの元へ来ると俺たち3人の顔をキョロキョロ見渡す。

そして はて?といって感じで小首を傾げると不思議そうに口を開く。

 

 

 

 結衣「こんなトコで3人で何してんの?」

 

 

いや、俺がお前と付き合ってるかどうかを三浦に尋ねられてた。……なんて言えない。

それはあまりにも無神経だろう。

だがそんな俺の思考を差し置いて三浦が由比ヶ浜の前に踏み出る。

おい、まさかとは思うがやめろ。

いかに三浦が真実を知らないとしても由比ヶ浜がもしそれで傷付いたらどうするんだ…!

 

 

 

 優美子「やっぱあーし、コソコソすんの嫌いだわ。結衣、ヒキオと付き合ってんの?」

 

 結衣「……へ?」

 

 

 

まさか由比ヶ浜もそんな事を聞かれるとは思ってなかったようで目を丸くしている。

あー、言っちまったよ三浦さん…。

だが俺の心配も杞憂に終わった様で、由比ヶ浜はクスッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 結衣「付き合ってないよ。だってアタシ、ヒッキーにフラれちゃったんだもん」

 

 沙希「え?」

 

 

 

なんでそこでお前が反応すんだよ…。

つか由比ヶ浜、それ言っちゃうの?言っちゃって良かったの?まぁ俺言う友達いねーけど。

 由比ヶ浜はえへへーと照れた様に笑うと続ける。

 

 

 

 結衣「この前の月曜の帰りにね、ヒッキーに告白したんだっ。でもアタシ、フラれちゃった。だってヒッキー、他にもっと大切で好きな人ができたんだもん」

 

 沙希「えっ?」

 

 

 

だからなんでお前が反応すんだよ…。

つか由比ヶ浜、それ言っちゃうの?言っちゃって良いものなの?俺許可してねーぞ。

 由比ヶ浜の言葉を三浦は目をそらすことなく、ジッと睨めつける様に黙って聞いていた。

 由比ヶ浜の言葉の裏に隠された想いさえも見逃さない様に。

 

 

結衣「だからね、優美子の言う様な関係じゃないよっ」

 

 

 

 由比ヶ浜は笑顔でそう言い放った。

フった本人の前でそこまで爽やかに笑われると流石にクるものがあるが、でもその笑顔がまだ本心から出たモノじゃないことを知っている。

なぜならフった次の日、由比ヶ浜は普段通り登校して、普段通りに過ごしてはいたが、その目元は少し紅く腫れていたからだ。

その言葉を受けた三浦は少しの間、由比ヶ浜を見つめていたが、その後、身体を少し傾けて俺に視線を移した。

 三浦の眼光は鋭く、親友をフった男がどれほどのモノか見極める様に全身を睨め付けてくる。

うぅ…怖いよぉ……。

 

 

 結衣「ゆ、優美子…?」

 

 

そんな三浦を見兼ねて由比ヶ浜が声をかけてくる。

それを合図にしたのか三浦は視線を再び由比ヶ浜に戻した。

 

 

 

 優美子「……そっ。ま、結衣が気にしてないってんならそれで良いし、ヒキオの言う様に別に悪い変化じゃないし、付き合っててもそうじゃなくても、あーしらとの関係が壊れないならそれで良いわ。つか、結衣がそうやって笑えてるなら、別に良いし…」

 

 

 結衣「優美子…」

 

 優美子「…あー、なんか疲れたー。隼人の部活終わるの待って一緒にカラオケでも行こっと。結衣はどする?」

 

 結衣「んー、アタシは今日はパスかな」

 

 優美子「そっ。んじゃあーし、行くわ。またね結衣」

 

 結衣「うんっ!」

 

 

 

そう言って歩き出した三浦だったが、キュッと踵を返すと俺の目の前まで来て、耳元に顔を寄せてくる。

おいやめろよ、キスしちゃうぞっ。

 

 

 

 優美子「これ以上結衣泣かしたら許さないから」

 

 八幡「…………おぉ」

 

 

 

 俺の返事を聞くと、三浦はスッと離れてクスリと口元に笑みを浮かべるとその場を去っていった。

カッコよすぎやしませんかね、あーしさん…

俺の方が惚れそうです…

 

 

おそらく三浦も由比ヶ浜の目元が腫れていたのは気付いていたのだろう。

まぁ女って、他人の変化に敏感だからな。

 髪の毛ロングの女の子が2.3cm切ったくらいでも見抜いちゃうその観察眼…。

もはやエリート工作員とか、スナイパーに任命されるんじゃねぇのそれ…。

まぁ、だからこそのこれ以上泣かせるな命令だ。

あの三浦に言われた以上、絶対にこの命令は守らなくては。…でなければ俺が死ぬ。

 

 

 

 結衣「今、優美子と何話したの?」

 

 八幡「……別に」

 

 結衣「えーっ!超気になるじゃんっ!教えてよーヒッキー!」

 

 八幡「おい、ひっつくな。ほれ部活行くぞ」

 

 

もーっ!!と横からポカポカ叩いてくる由比ヶ浜をよそに、部室へと歩き出そうとすると反対側からがしっと肩を掴まれる。

 

 

 八幡「なんだよ…」

 

 沙希「なんだよじゃない。ちょっと待って。アンタ、その、す、すす、好きな人、いるわけ…?」

 

 八幡「…………まぁ」

 

 沙希「そ、そそそっか、分かった。き、きっと相手もアンタに告白されたがってると思うからっ。は、早めが良いと思うよ。………ま、待ってるから…」

 

 八幡「お?おぅ……」

 

 沙希「そ、それじゃ、また…」

 

 八幡「あ、あぁ」

 

 

 

それだけ言うと川崎はニヤけながら、軽快に廊下を歩いていった。

………なんだアイツ、壊れたのか?

そんな川崎を俺と由比ヶ浜は不思議そうに見送ると、部室へと向かった。

 

………いやホントに川崎、どうしちゃったんだ…

 

 

雪乃「あら、遅かったじゃない」

 

 

 部室の扉を開けると例の如く、雪ノ下雪乃は椅子に座り片手に本を持ちながらそう言った。

 

 

 結衣「えへへー、ゆきのんお待たせっ!」

 

 雪乃「い、いえ、別に待ってはいなかったのだけれど…」

 

 

 中に入るなり、寒かったよー!と言いながら由比ヶ浜は雪ノ下に飛びつく。

 雪ノ下はそれを鬱陶し気に顔をしかめている。

……俺はゆるゆりは良いが、ガチのゆりはちょっとなぁ…

だけどこの二人なら何か目に良さそう…

 

 

八幡「……うす」

 

 

それを傍目に俺も自分の定位置にカバンを置く。

すると先ほどまでゆりゆりしてた雪ノ下がふむ、と顎に指を立てて首を傾げる。

 

 

 雪乃「おかしいわね、どこかから声がするのだけれど…」

 

 八幡「……それ幻聴だぞ。病院行く事勧めるわ」

 

 雪乃「……また…。それに比企谷君の様な声だわ。確か彼は3年前に…」

 

 八幡「おいやめろ、勝手に俺を故人にするな」

 

 

どうやら今日の雪ノ下さんは絶好調らしい。

 便秘でも治ったのかしら?

 雪ノ下はふふん、と口元に笑みを浮かべる。

 

 

 雪乃「それにしても今日は随分と遅かったのね。まさかここの場所を忘れてしまったのかしら?」

 

 八幡「ちげーから。ちゃんと覚えてるから」

 

 雪乃「比企谷君。良いことを教えてあげるわ。犬などの動物には帰巣本能というものがあるのよ。でもあなたにはそれがない。つまりあなたは犬以下なのよ駄犬企谷君っ」

 

 八幡「……全然良いことじゃねーよそれ…」

 

 

ホントひどいと思いませんか?

 

 

それでも雪ノ下はまだ言い足りない様である。

 

 

 雪乃「いえ、あなたにとっては良いことだと思うのだけれど」

 

 八幡「どこがだよ…。危うくそこの窓から飛び降りかけたぞ」

 

 雪乃「だってあなたには存在を証明できるものがないでしょう?だからあなたに称号を与えたのよ。駄犬、というね」

 

 

やべぇよ、今日のコイツ本当にやべぇ。

だけどすげー楽しそうだ。

 人を言葉で追い詰めて楽しくなっちゃうって性根歪み過ぎじゃないですかねー。

それに由比ヶ浜由比ヶ浜だ。

このやり取りを見てニコニコしてやがる。

 人が追い詰められてるとこ見て嬉しくなっちゃうとか性根歪み(ry。

 

 

 結衣「はいっ、そこまでー!今日はゆきのんの勝ちぃー!」

 

 八幡「これ勝負だったのかよ…。俺、この先もずっと負けるだろ絶対…」

 

 雪乃「由比ヶ浜さん、『今日は』なんて言ったら昨日は私が負けたみたいじゃない。まぁ、勝ちならそれはそれで良いのだけれど…」

 

 

 勝負事になると燃えちゃう娘なんですよね分かります。

それからは雪ノ下のいれた紅茶を三人でずずっと啜り、何度か談笑しながら部活を終えた。

 冬の寒さでも、今のこの空間だけは冷やせない様だった。

 

 

部活終了後。

 外はすでに闇に飲まれ、空には月が浮かび、その下を歩く者の白い息を風がさらっていく。

そんな寒々とした外を玄関から見つめていた。

これからこんな寒そうな中を自転車で帰らなくてはならないという数分後の未来を思うと、覚悟を決めないではいられない。

カバンから手袋をキュッと装着し、マフラーを巻く。

 冬の寒さよ、いざ、尋常に勝負っ!!

と心の中で叫び外に出ようとした所で後方からマフラーを引っ張られた。

……誰だよ、今から俺は目に見えない敵と戦うところだったんだぞ。

 後ろを振り返ると、そこには満面の笑みが出迎えてくれた。

 

 

いろは「せーんぱいっ」

 

 

えへへー、と笑っている一色の顔を見るとつい口元が緩みそうになる。

そのため、筋肉の緩みそうな顔に力を込め、至極平静を保って一色を見た。

 

 

 八幡「……なんだ一色か」

 

いろは「なんだってそれ酷いですっ!せっかく先輩の可愛い可愛い彼女が話しかけてるのにっ」

 

 八幡「仮だけどな」

 

いろは「…可愛いのは否定しないんですか?」

 

 八幡「あ?あっ、いや、それは、まぁ、うん、まぁ…」

 

いろは「……」

 

 

つい互いに顔が紅くなる。

くっ、俺としたことがっ!

だが一色は実際可愛い。言動はあざといが顔が可愛いのは確かだ。

 大体、ブサイクだとしても本人にそんな事を言えるわけなかろうっ!

まぁ、俺は紳士だからな。

 紳士的に振る舞う様な相手がいないんだけど…

 

 

八幡「……そ、それで、どうしたんだよ。今日も一緒帰る、か?」

 

いろは「……はは、はいっ!もちろんっ!」

 

 

八幡「…そうか。なら俺チャリ取ってくるから少し先で待っててくれ」

 

 

そう言って俺が外に出ようとすると再びマフラーを引っ張られる。

 一瞬息がつまるのを耐えて、一色へと振り返った。

 

 

 八幡「なんだよ…?」

 

いろは「……そろそろ良いんじゃないですか?」

 

 八幡「…何が?」

 

 

 疑問に疑問で疑問を返した。

 一色は察しろよ…と言いたげなジト目でムスッとして睨んでくる。

まぁ何が言いたいかはおおよそ分かるが、あえて自分からは言わない。

いやだって恥ずいし…

 

 

いろは「…色んな人に見られたって、別に良いじゃないですか。堂々と見せつけてやれば良いじゃないですか…」

 

 八幡「………」

 

 

 思った通りだ。

だが悪いが一色よ。俺はここで折れるワケにはいかんのよなぁ。

 

 

 八幡「……俺たちはそんな堂々と他人にアピールできるような関係じゃねぇだろ。俺たちの今は仮の関係なんd」

 

いろは「あぁもうっ!仮、仮、仮、仮って、私がなんか言えば先輩はそればっかですよねー!」

 

 八幡「い、一色さん?」

 

いろは「そんなに仮、仮、って言われたら私はカリカリしちゃいますっ!」

 

 八幡「…え、なんだって?」

 

 

いやそこで上手く言ってやった!みたいな顔されたら、もうこう返すしかないよね?

あぁ、ついに俺も小鷹先輩の仲間入りかー。

つうかなんで夜空、他人家の家でモナピーしてるロン?この八幡、思わず前屈みです。

 

 

いやだって考えてもみろよ。

 俺が自分いえの風呂場を開けると美少女(戸塚)が俺の名を呼びながらモナピーしてるとかさー。

もうそれ、前屈みどころの問題じゃねぇな。

 俺もその場でモナピー始めちゃうわ。

 俺ん家の風呂場で戸塚がモナピー、俺ん家の風呂場で戸塚がモナピー……ぐ、ぐふふふふ、キィマシタワァァ!!!

そんな俺の天才的妄想も一色の言葉で掻き消される。

 

 

いろは「いっ、いい今のはナシですっ!忘れて下さい!ていうかああいう時は聞き流して下さいよっ!だから先輩はボッチで目が腐ってるんですっ!」

 

 八幡「なんで俺がディスられてんだよ…」

 

 

ホントなんでこいつらって一々俺をディスらなくちゃ気がすまないの?

 俺のこと好きなの?好きな相手の前では素直になれなくて想いとは裏腹なこと言っちゃうの?なにそのツンデレのテンプレ。この世界ツンデレだらけじゃん…

あっ、でもデレはねぇな。ならツンの嵐だな。なにそれ生きるの辛い……orz。

 

 

いろは「ていうか、じゃあ先輩はこの関係がもし仮じゃなくなったら堂々と一緒に帰ってくれるんですかー?」

 

 八幡「……。ないな」

 

いろは「はぁ、ダメだこの先輩…」

 

 八幡「うっせ。ほれ、身体冷えてまた風邪ひくからとっとと帰るぞ」

 

いろは「その時はまた看病して下さいねっ」

 

 八幡「………さぁな」

 

 

むふふーと笑う一色を置いてチャリ置き場へと急ぐ。

あぁ、くそ…

 

 

 ……ドキがムネムネしちゃう自分が情けねぇ…

 

 

いろは「せんぱーい」

 

 八幡「………」

 

いろは「無視ですかー?」

 

 八幡「……なんだよ?」

 

いろは「なんでもないでーすっ」

 

 八幡「………」

 

 

 

 

 学校を出てからずっとこんな調子だ。

やたらと呼んでくるくせに聞き返すとなんでもないの一点張りだ。

よって無視することに決めたのがついさっき。

とは言っても別段おかしな所は見受けられない。いやだから余計におかしく思うわけだが。

えへへーと笑って横を歩く一色を一瞥して、溜め息混じりに息を吐く。

 

 

 八幡「一色」

 

いろは「はい?」

 

 八幡「お前今週は3日も一緒に俺と帰ってるけど、つまんなくないのか?」

 

いろは「んん?それはつまり、先輩は私と居るのがつまらない、と言ってるんですか?」

 

 八幡「そうじゃねぇよ。逆だ。自慢じゃねぇけど俺は自分から上手く話題を振る事ができねぇからな。こうしてお前を送ってる間お前はつまらなくないのか?」

 

 

かなり素直な質問だった。

いや一色の好意は充分過ぎるほど伝わってくる。

だがいくら相手に好意を抱いていても話をしていてつまらなかったり、いつも自分から話を振っていて自分のネタが尽きれば無言…それに嫌気がさして別れるなんてのはよくある話だろう。

カップルで行く遊園地あるあるの一つだ。

それがリア充どもの間でも日常茶飯事の様に起きているのだ、ぼっちの俺なら尚更だろう。

だが俺の質問に対して、一色はきょとんとした顔で俺を見つめてくる。

 

 

いろは「先輩って……やっぱ、バカですよね?」

 

 

八幡「は?」

 

 

 俺って今なんかバカな事言ったか?

 俺がむむむ…と先ほどの自分の発言を見直していると、一色はクスッと笑って再び前を向く。

 

 

いろは「だって、別に先輩に面白い話なんて求めてませんからっ。普段誰とも喋れない先輩にそんなの求める方が間違ってると思います。酷過ぎますっ!」

 

 八幡「……お前の言葉の方が酷なわけだが…」

 

 

まぁそれは一理ある。

ぼっちやニート、引きこもりといった普段日の光を浴びない人間が面と向かって他人と対峙した時、中々喋れないのはそういう経験が滅多にないからだろう。

これはコミュ症なんかじゃない。

そんな取って付けた様な病気認定されてたまるかっ!

ただ俺たちに日の光を浴びさせてくれない、この暗黒に染まった社会がいけないんだっ!!(責任転嫁)

それはそうと俺は一色に一つ言い返さねばならない。

 

 

 八幡「それと一色、俺は誰とも喋れないんじゃない。喋らないんだ。俺は孤高、一匹狼、受動的ではなくて能動的なぼっちなんだ。そこを間違えるな」

 

いろは「……へー」

 

 

 心底、超どうでもいいみたいに流された。

くっ、これだからリア充はっ!

こほん、と一色は小さく咳払いをすると話を続ける。

 

 

いろは「先輩は私と海辺で夕日をバックに『せんぱーいっ、待って下さいよぉ、あははははっ』みたいなのがしたいんですか?」

 

 

ふむ、想像してみる。

 浜辺で追いかけてくる麦わら帽子と白のワンピース姿の一色。

ふむ、これは中々…

そしてそんな一色に追いかけられる俺。

 俺も満面の笑みと腐った瞳で『早く来いよぉ、一色ぃ!はははははっ』……

やべぇ、気分悪い…

 

 

八幡「……ないな、マジで…」

 

いろは「何を想像したんですか…」

 

 

 八幡「だけどお前はどうなんだ?やっぱそういうなんつーか、ザ・青春!、みたいなのに憧れてるんじゃねぇのか?」

 

いろは「んー、私は今はそんなの全く思わないですねー。だって私が今付き合ってるのは先輩ですからっ!」

 

 八幡「……なんかわりぃな。お前の憧れを壊しちまって…」

 

いろは「えっ?!あっ、いやそういう意味じゃなくてですねっ!その、なんと言いますかぁ、んー、その、今こうして先輩といるのは、そんなの考える必要ないくらい、私にとっては幸せ、っていうか何というか…………せ、先輩?」

 

 

 俺が黙りこくっているのを不思議に思ったのか一色が俺の顔を覗き込んでくる。

 見るな、マジで今見るな。

マジで絶対顔真っ赤だから見るなっ!

そんな俺の横顔を見て、自分の今言ったことを頭の中で反芻したのだろうか、一色の顔もまたみるみる紅く染まる。

 

 

いろは「い、今のはえっとその…」

 

 

あわわわ、とオロオロしている一色を横目で見ていると何だかこの照れが可笑しくなって、つい口元が緩みそうになる。

いや、実際には緩んでいたのだろう。

それを一色に指摘されたのだから。

 

 

いろは「ちょっ、何わらってるんですかーっ!」

 

 八幡「別に笑ってねぇよ」

 

いろは「先輩がにやけてるとキモいだけなんでやめて下さい呪われそうですっ」

 

 八幡「ひでぇ…」

 

 

 

それはあんまりだろう?

 俺の笑顔を見た者は呪われるとか闇の組織から正式にオファーきちゃうんじゃねぇの俺?

もうオカルトなんて、言わせない!

こほん、と一色の咳払い再び。

 

 

いろは「とにかくっ、私が言いたいのは先輩との沈黙なら別に気になりませんないし、むしろ全然OKウェルカムばっちこいってことですよっ!」

 

 八幡「お、おぉ…」

 

 

その後、しばらく2人を静寂が包んだ。

 

 

いろは「じゃあ先輩、この辺で」

 

 八幡「………あぁ」

 

 

いつもの別れる場所。

いつもよりノロノロと歩いていたハズなのに、気が付けばもうここだ。

………なんか、早いな…

そんな事を思いながらも歩き去っていく一色の背中を少しの間見送り、俺も帰路へと着く。

 

 

 

……このままで良いのだろうか?

 

 

 一色と別れた後、何度も考えていた。

いや、実際はずっと考えていたのだ。

 一色とこの仮の関係になった時から。

 最初は俺が答を出せるのか、という事が心配だった。

 次は俺が好きというものを理解できるようになるかどうか。

そして今は、この想いをどう伝えるか。いつ伝えるか。

それに悩まされている。

こんな経験は前にもあった。折本とだ。

そしてそれによってトラウマができた、と言って、俺は再び逃げている。

 

 

 

 一色と別れておよそ10分。

 黙々とチャリを引きながら歩いていたその足は止まっていた。

 

 

 

………なぜだ?

なぜ今、俺の足は止まっているのだ?

 俺は基本的には論理的で理性的のはずだ。

 大衆に常識というモノを無理矢理叩き込まれて、そこに違和感を持たずに生きてる奴らとは違う。

そういう奴らはいつだって他人のせいにして、他人の力に頼って、ろくに勉強もしねぇくせにいつも言うことは一人前だ。

 自分が負けそうになるとすぐに感情論を持ち込んで論理の壁をぶち壊す。

そんな感情的で衝動的な奴らは俺の苦手とする人間だ。

だからこそ俺は理性的だと言える。

それはあの雪ノ下陽乃に理性の化け物と言われたことでも証明できる。

なのに、なのに今の俺は…………

 

 

 

自分でも気付かない間に俺はあの公園に来ていた。

 我ながらアホくさいと思う。

 常に屁理屈と言う名の歪んだ論理を説き、数え切れないトラウマを元に理性の化身と化したはずの俺が、今こうしてそんな壁をぶち壊してここに来ているのだから。

 一色に、告白された公園。

いや実際、最初に告白されたのはあの別れ道付近だったわけだが。

でも一色とはさっき別れた。

だからこそ今の俺を俺は理解できなかった。

でも理屈じゃない。

なぜかここに来ていたのだ。

 

 

 

ーーーきっとあのベンチに座っている彼女もーーー

 

 

公園の出入り口に無造作に自転車を停めると、ベンチに佇む彼女、一色いろはの元へと向かう。

 彼女の元へ向かいながらふと考える。

こういう時って何て言って話しかけるのが正解なんだ?

 『よお』か?んーむ、キザっぽいな。

 『やっはろー』か?どこのビチヶ浜だよ。

うむ、こういう時はやっぱ聞きたい事を率直に聞くのが無難だろう。

 

 

 八幡「何してんだ?」

 

いろは「ひっ?!?!」

 

 

 一色は俺が話しかけると同時に身体を硬直させると、ギギギッと音がしそうな程ゆっくり顔を動かした。

ふむ、どうやら俺だと分かっていなかったらしい。

 

 

 

いろは「せせっ先輩?!驚かせないでくださいよっ!!」

 

 八幡「いや、俺の歩く音してただろ…」

 

いろは「全然してなかったですよ!あぁ、もうホント怖かったですー」

 

 八幡「足音響かねぇほどステルスヒッキー強力なのかよ…」

 

いろは「て、ていうか話しかけ方下手くそ過ぎですよ。相手に気付かれてもないのにいきなり疑問で来るとか残念過ぎですからねっ」

 

 八幡「………すまん…」

 

 

ダメだったのかあの話しかけ方…

一応色々とシュミレートしたんだが…

まぁ以前、材木座にすら『流石の我も引くレベル』だか言われたからなぁ…あぁ、あの豚殴りたい…

 

 

 

いろは「……それで、なんで先輩来たんですかー?」

 

 八幡「あー、いや、まぁ別に、ほらアレだ、何となく?みたいな」

 

 

 

 俺の解答が腑に落ちない様で、ジト目で俺を見てくる。

まぁこれが解答というには流石に無理があるのも事実だ。

だが自分でも気付かぬままここに来たのもこれまた事実だ。

 

 

 八幡「いや、ホント何となくっつーか、気が付いたらここに居た、みたいな感じだ」

 

 

 俺が事実を告げると一色はサッと自分を抱き締める。

 

 

いろは「霊かなんかですか?よく思い出して下さい。私と別れた後、車に轢かれたりしませんでしたか?」

 

 八幡「ちげーから。ちゃんとさっきそこにチャリも置いてきたから」

 

いろは「本当にそこに自転車あると良いですね…」

 

 

おいやめろ。不安になるだろ。

 常日頃からゾンビとか言われてるんだから、ちょっぴし心配になっちゃうだろ。

 目が腐ってて、しかもリアルゾンビとかもうやべーから…えっ、ホント違うよね?

 

 

その後、なぜか訪れる沈黙になんだか居心地が悪くて、俺もベンチに座り込む。

 一色が何も話す素振りがないので、俺から話を切り出した。

 

 

 

 八幡「それで、お前こそなんでここにいるんだよ」

 

いろは「先輩に私の行動理由を一々教える必要はないんじゃないですかー?」

 

 八幡「俺だけ話すのは損した気分だからな。何事もWIN-WINが望ましいだろ?そしたら戦争も起こらない」

 

いろは「また先輩の意味不理論ですか」

 

 

 

いや分かるだろ。

まぁ実際にはそうできないから現在も内戦やら何やらが起きてるんだけどな。フレア団のボスが言ってたぜ。

まっ、世界中の人間がぼっちになれば戦争も何も起こらないという俺の超理論に辿りつけねぇ時点でダメダメだな。

 俺の世界を導く者としての可能性を見出していると、一色はフッと息を吐いて小さな声で喋った。

 

 

 

いろは「私も、何となく、ですよ…」

 

 

 

どこか含みを持たせた様な言葉につい俺も同様にジト目で一色を見てしまう。

その視線に気付くと、クスッと笑った。

 

 

 

いろは「………ホントは、先輩に送ってもらった後、いつもここに来て20分くらいボーッとしてるんですよねー。なんでかは、分かんない、ですけど……」

 

 八幡「…………」

 

 

 

 再び訪れた静寂が、冬の寒さと相まって俺の中に強く降り積もる。

……そういうこと、なんだろうな。

こいつの今の感情の原因が俺であることは明白だ。

いや、例えそうでないとしても、このままこの関係を続けたらいずれ問題はやってくる。

 先送りにすればするほど、深刻になる…

 

 

 

いろは「何かこんな事してるとまるで病んでますよアピールしてる人みたいで嫌ですよねーすいません」

 

 八幡「別にんな事ねーよ…」

 

いろは「なら、良かったです…」

 

 八幡「あぁ…」

 

 

 

仮の恋人関係。

 正直、居心地は良い。

 俺は現在一色からの好意を一方的に貰っている。それゆえの仮の関係だ。

 一色のその想いが冷めればそこまでなのだが、この関係になってからのコイツの態度や行動を見ているとそれは今のところなさそうだ。

むしろ、何年たっても俺の言葉を待ってる可能性まである。何それ俺愛され過ぎ…。

いや、冗談事ではない。

だからこそ俺は一色を傷付けてしまっているのだ。

 一色にとっては現在のこの関係はもどかしいのだろう。

 俗に言う友達以上恋人未満が今の俺たちだ。……友達いねーから友達以上かは分からんが…。

 

 

 

 八幡「………なぁ、一色…」

 

いろは「はい?」

 

 

 

 冬の夜は、辺りは暗く、空気は冷たく、世界に音がなくなったようにとても静か。

それゆえに俺たちの声はどれだけ小さく呟いても互いに聞き取れてしまう。

まるで世界そのものが俺たちの交わす言葉に聞き耳を立てているようにさえ感じる。

だから自分の声が震えているのが分かる。

 一色の声に包み込む様な優しさがあるのも分かる。

 

 

 

 八幡「……お前に言われた事、俺なりにだが、かなり真剣に考えてみた」

 

いろは「私に言われたことですか?」

 

 

 

ふむ?と顎に指を立てて思考する一色。

 察してくれよぉ、自分で言うの恥ずかしいんたから。

だが一色はどれの事か分からない様で、んー…と唸りながら頭を悩ませている。

 

 

 

 八幡「……その、ほら、アレだ。す、す、す、好き、っつう気持ちがどういうものかみてぇなヤツだよ」

 

いろは「あぁ、それでしたかっ。なんだか先輩とはたくさんお喋りしてるんでー、どれか分かんなかったです」

 

 

 

ふぅ、『好き』という単語を言うのに若干汗かいちゃったよ、俺の草食力もかなりのもんだ。

 日本では今、草食系男子がモテるんだろう?

 俺もおそらくその部類に入るから、つまり俺もモテるという事だ。

 今日から俺も人生薔薇色だなー(遠い目)

………草食系のどこが良いんだ?

 草食系と付き合う女って自分のこと雑草って言われてるのと同じじゃね?

 実際、俺が草食系に分類されていたとすると、俺が女なら俺みたいな奴は絶対に嫌だ。死んでも嫌まである。

つかなんだよ〜系、〜系ってよ…

何でもかんでも分類しなくて良いからな。

 何?近い将来、図鑑に『ヒト科・オリーブオイル系』とか付いちゃうの?

………なんだよオリーブオイル系男子って…狂気感じるの俺だけ?

 

 

 

八幡「それで、お前の言った『別のす、好き』に対して俺なりの答が出た」

 

いろは「そう、ですか。……なら、聞かせてもらえますか?」

 

 八幡「……その前に、お前に言っとかなくちゃいけないことがあるんだが…」

 

いろは「なんですか?」

 

 

 一色の頭には?が浮かんでいる。

うむ、やはり知らないようだ。

 俺は軽く息を吸ってから口を開いた。

 

 

 

 八幡「……由比ヶ浜に告白、された…」

 

いろは「ぇっ」

 

 八幡「すまん、もっと早く言うべきだったな…」

 

いろは「………」

 

 八幡「……それで、だな、その、俺はーーー」

 

いろは「聞きたくないですっ!!」

 

 八幡「ーーー由比ヶh……え?」

 

 

 

 急に怒鳴られたもので、柄にもなく驚いてしまう。

えっ?なんで怒鳴られたの?

 一色の方に顔を向けると、一色は俯いて、強く握りしめた手が膝の上で小刻みに震えている。

…………これはもしや…

 

 

いろは「聞きたく、ないです…。結局、やっぱずっと一緒に居て、ずっと先輩を想ってた結衣先輩をとるんですね…。そりゃそうですよねっ。私なんか、つい最近先輩と知り合ったばっかで、大きな思い出といったら生徒会選挙や、クリスマス、イベント、看病、してもらっ、た、ぐらい、で…グスッ……」

 

 

 八幡「えっと、一色?俺はだなーーー」

 

いろは「やめて下さいっ!私に気を使って今まで黙っててくれたんですよね。あはは、バカだなー私。なんで早く気づかなかったんだろう…。だから、だから……。すいません、帰ります」

 

 

 

えっ?は?え?

 目の前の出来事に脳がまだ追いついてこない。

 俺が呆気にとられていると、一色はスックと立ち上がって俺の前を通過しようとする。

ーーーが、俺の手が完全に通過しかけた一色の手をパシっと捉えた。

こんな時、きっと俺が主人公的な何かや、或いは魔王の様なそういった物語のメインキャストならこの手を引っ張って抱き締めたり、そのまま唇を奪ったりするのだろう。

だが俺は、比企谷八幡は、そんなかっこいい奴じゃない。

 醜くて、低俗で、モブで、弱っちい。

……だけど、それでも俺はーーー

 

 

 

八幡「待てよ」

 

 

いろは「離してくださいっ」

 

 八幡「まだ話の途中だろうが」

 

いろは「途中でも聞きたくないんです!結衣先輩が先輩のこと好きなのなんて皆分かってます!先輩が結衣先輩のこと意識してるのだって見てれば分かります!それでも私は先輩に告白したんです!こんな仮の恋人でも、私は嬉しかったんです!でも、でもやっぱり本当の恋人同士になりたかったんです!なのに!なのに、なんで…なんで……」

 

 八幡「………」

 

 

 一色の頬を伝う涙。

 漏れる嗚咽。

これは一色の盛大な早とちりである。

 話の流れからして、俺が由比ヶ浜をフった事は少し考えれば分かるだろう。

 普段の一色ならそのくらい分かるだろう。

 実際察してくれると思ってた。

でも今の一色は違う。

もうそんな話の流れという過程を飛躍して自分で勝手に答を決めつけてしまうくらいに、彼女の心には余裕がないのだ。

そして一色をそうさせているのは他ならぬ俺だ。

 告白してきた時から一色はじっと俺の答を待ってくれていた。

きっと不安や期待、もどかしさ、その他色々の感情を押し込めて俺の答を待ってくれていたのだ。

ホント、ビッチっぽい女って意外と一途だよな。

 今の俺たち二人を包む空気は確かに暗いはずなのに、なぜか感動している俺がいる。

つい口元が緩みそうになるのを堪えた。

そして一色の手を握っている手に力を込め、立ち上がる。

 

 

 

 八幡「いいから聞け」

 

 

いろは「うっ………ぐすっ……」

 

 

 

 言わねばなるまい。

 泣いてる一色のため?それもあるだろう。

この関係に導いてくれた奴らのため?それもある。

だけど、だけど一番は俺のためだ。

 俺が、俺がこの手を離したくないのだ。

なぜならーーー

 

 

八幡「一色。俺はお前とも、……いや、お前とは、一番の、本物が欲しい…」

 

 

だから言うんだ。

 勇気を振り絞れ俺。

 今まで特に何もしてこなかったんだ。

 確かに高校2年生になって、奉仕部に入らされて、彼女たちと出会って、忙しい一年だった。

 

でもそれまでは特に何もしてこなかった。

だから力ならまだ余ってる。

 勇気なら心の中で眠ってる。

それを今使うんだ。

 俺のーーー望んだモノのためにーーー。

 

 

 

 八幡「だからっ………だから俺と…本物の関係に、なってくれよ……。その……つ、付き合って、くれ…」

 

 

 一色の手を離して顔を背ける。

 自分がこんな事を再び言う日が来ることを脳自体が諦めていたようで、一色の目を見て告白はできなかった。

でも、言えた。

ようやく、言えたのだ。

かくいう一色は現状に頭が付いてきていない様で、え?へ?あれ?ふぇ?とか涙をポトポト落としつつも思考を整理している。

 

 

 

いろは「え?でも…はれ?先輩、結衣先輩と……ぇ?」

 

 八幡「由比ヶ浜のことは、その、フった…」

 

いろは「へ?え、でも、なんで……?」

 

 

 

それを聞くの?

さっき俺が言ったこと忘れたのかな?

もうこの、おバカさんっ☆

なんて考えてる余裕もなく、自分の顔に血が巡ってくるのを感じる。

つい頭をポリポリかいてその問いに応えた。

 

 

 

 八幡「……それはホラ、アレだ。その……まぁ、他に、つつ付き合いたい奴、いた、からな…」

 

いろは「じゃ、ぐすっ、じゃあさっきまでのは全部、私の、ひっく、勘違いって、こと、ですか?」

 

 八幡「だから話聴けって言っただろ…」

 

 

 一色の泣き止みかけていたはずの目に再び涙が溜まっていく。

 何度手の甲で拭っても溢れるように流れ出る涙は止まらない様だ。

だがすぐに諦めたのか、伝い落ちる涙も気にすることなく、うわーんと大声で泣き叫びながら俺に抱き付いてくる。

 

 

いろは「ぜんぱ〜〜いっ!!良がっだぁ、良がっだですぅぅっ!!」

 

 

 俺は初めて泣きじゃくる一色の頭をワシワシと撫でてから、抱き付いてくる一色の背中に手を回して、そっと抱き締めた。

 

 

八幡「ほらよ」

 

 

そう言ってベンチに力なく座り込む一色に公園の出入り口の自販機で買ったあったか〜い飲み物を渡す。

あの後しばらくお互いに抱き合っていたわけだが、一色の泣き叫ぶ声を聞いた近所のおばさんが見に来たので強制的に離れた。

……もうちょっとあの抱き心地を堪能したかったのに…あのババア、いつか絶対叩きのめす…

 

 

 

いろは「ありごとうございますー」

 

 

 

 盛大に泣いたためか、どうやら一色は身体の力が抜けてしまった様で、ふにゃあっとベンチに崩れ落ちた。

そして今に至る。

 互いに喉を潤して一息ついた。

 

 

 

 八幡「落ち着いたか?」

 

いろは「はい。その、さっきはすみません。何かすっごい勘違いしちゃって…」

 

 八幡「別に気にしてねぇよ。大体謝るのは俺の方だろ。悪かったな由比ヶ浜との事も、その、気持ち、伝えるのも、遅くなって…」

 

いろは「いえ。終わりよければ全て良しってやつですよっ!」

 

 八幡「…そうか」

 

いろは「はいっ。それで先輩、先輩の見つけた『好き』って、どんなのなんですか?」

 

 八幡「……それ、マジで言わなくちゃダメなやつなの?終わりよければ全て良しなんだろ?なら良いと思うんですがね…」

 

いろは「ダメですっ!絶対絶対ダメですっ!もうっ!ほら、ちゃんと言って下さいっ!」

 

 

 

んーむ、どうやらこの娘は俺に辱めを受けろと言っているようだ。

いわゆるこれが言わせたがりか…。

やだこの娘、そんな性癖持ちだなんて聞いてないわっ!

 俺Mじゃないんだけどなぁ。

いや、日々雪ノ下に訓練もとい調教を受けてるからもうMじゃないとは言い切れないかもなぁ。恐るべし雪ノ下…。

 

 

 

 八幡「お前が考えてるのとは違うかもしれないんだけど…」

 

いろは「それでも良いですよっ。だから先輩、先輩にとって『好き』ってなんですか?」

 

 

 

もう告白だってした。

まぁあの時は俺も少し感情的だったから言えたのだろうけど…。

いざこうして冷静になって、見つめられるとやっぱ恥ずかしい。

でもそこで足踏みしていられる時はすで過ぎたのだ。

もうただ進むことしか許されていない。

 彼女の視線から、言葉から、想いから、もう俺は逃げられない。背を向けられない。

だから俺は、自分の答をただ言葉にする。

 

 

 

 八幡「……よく分からない…ってのが、答だ」

 

 

 

 一色は俺の答に動揺しない、口を挟まない。ただ聴いていてくれる。

それだけでなんだか気持ちが軽くなって、言葉がスラッと出てくれた。

 

 

 

 八幡「俺はお前があの時言ったみたいに、恋愛的な好意ってのは『その相手とずっと一緒にいたい』みたいなヤツだと思ってた。でも由比ヶ浜に告白された時気付いた」

 

 

 

ほんの少しだけ間を置く。

 一緒に居ると楽しいとか、ずっと一緒に居たいとか、そういうのが恋愛的な『好き』なら俺はもう奉仕部のあの二人にも恋してる事になる。

それにそれなら戸塚は言うまでもなく、小町に恋してるまである。

でも一色に対しては、確かにそう思うのだが何かが違って、確かにそこで差別化できるのだ。

 

 

 

 八幡「それが『好き』なら俺はもう由比ヶ浜や雪ノ下の事を恋愛的に『好き』って事になる。でもそうじゃないのは、もう言葉じゃ表現できねぇよ。少なくとも俺にはな」

 

 

 

キルラキルでも言ってたろ?

この世界はよく分かんねーもんで溢れてるって。

そのよく分かんねーもんを見つけた時、それはそいつの大切なモノになるのだろう。

 論理や理性や理屈の範囲では説明しきれないモノ。

そんなモノがきっとこの欺瞞に溢れた世界の中で隠された、いや息を潜めてる真実で、本物なのだろう。

いや、本物だからこそ、それは言葉や論理や理性で表現されてはいけないのだ。

 仮にそうでなくとも、そうであって欲しいと俺は切に願う。

 

 

 

俺の見つけたよく分かんねーもんは、世界全てじゃない。

 別にこんな世界を守りたいわけじゃねぇ。

むしろいつも俺に厳しいこんな世界は敵ですらある気がする。

……世界を敵にまわすとか俺カッコ良すぎ…。

 俺は世界を守りたくなんかねぇし、変えたいとも思わない。

 変える力なんて持ってねぇしな。

よく大人たちが言うだろう?

 

お前の人生はお前が主役だ、って。

アレをしばしば勘違いしちまう奴らが犯罪なんかを起こすわけだが、そんな奴らに俺が真理を教えてやろう。

お前の人生では確かにお前が主役だ。だが、世界の主役はお前じゃない。

 話が脱線したが、つまるところ俺が見つけたモノは約30cmほど離れた所でちょこんと座る少女なのだ。

 

 

 

 八幡「まぁアレだ。ふとした時にどうしようもねぇ気持ちになるみたいなヤツだ。ホント何て言ったら良いか分からん。こんなのが答で悪いな」

 

いろは「いえ」

 

 

 

それだけ答えると、一色は立ち上がり俺の目の前まで歩いてくる。

 

 

 

いろは「返事、まだしてなかったですね」

 

 八幡「は?いや別にお前の気持ちは前に聞いたし、それに、充分なくらい、伝わってるぞ?」

 

いろは「いえ、それはそれですよっ。これは先輩の出した答への返事ですっ!聞いてくれますか?」

 

 八幡「……あぁ」

 

いろは「……私も、私も先輩の事が大好きですっ!なので、よろしくお願いします」

 

 八幡「……こちらこそな」

 

 

 

お互い少し照れながらも、プッと笑みがこぼれる。

これにて俺たちの仮の関係は、終了だ。

 

 

人生ってのは嫌な事、辛い事が多い。

こんな高校2年生という青春真っ只中なハズの人間がこうやって人生というものを評価できるほどにはこの世界は残酷だ。

 

……人生は苦いからこそ、コーヒーくらいは甘くていい…。

 

この先もそうだろう。

 辛い事ばっかで、幾重もトラウマをつくっていくのだ。

 俺は人の成長とか変化とか、そんなものを信じてはいない。

 何もそんな上手くいかない。

 頑張った所で報われねぇし、正義は負ける。

HONDAのCMでも言ってたな。

だから俺はこの先もMAXコーヒー飲み続けるさ。

でもーーーでもーーーーーー

 

俺の目の前にすっと手が出される。

ん?と一色の顔を見つめるとニコッと笑顔を返してきた。

 

 

 

いろは「帰りましょうよ、せーんぱいっ」

 

 八幡「……おう」

 

いろは「せっかく付き合ったので手繋ぎましょうっ」

 

 八幡「断る」

 

いろは「即答?!ちょっ、それ酷いですー!もう!えいっ」

 

 

 立ち上がった俺の手を一色がギュッと握ってくる。

 

 

 八幡「………恥ずかしいだろ」

 

いろは「もうホントの恋人なんだから良いじゃないですかー」

 

 八幡「………なら、仕方ねぇか…」

 

いろは「はいっ」

 

 

その手を俺も握り返す。

 絡まった手。伝わってくる体温。

なぜか胸のあたりが熱くなる。

 人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい……。

でもーーーでもーーーーーー

 

 

 ーーーコイツといる時は、微糖くらいが、ちょうどいい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろは「せーんぱいっ」八幡「」

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