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黒子「クリスマスに喧嘩の仲裁…… 不幸…… ですの……」 【とあるss/アニメss】

  

「はぁ…… 不幸…… ですの」 

 

風紀委員である事を示す腕章を腕に誂え、少女は街行く人を横目にそう小さく零した 

 

今日はとある聖人の誕生日、時刻は夕刻、ともすると、一年で最も活気付き 

そして最も浮わっ付いた時間帯、なのかもしれない 

そんな時刻に少女は一人街を歩く、否、歩かねばならないわけが在った 

 

「仕事とはいえ…… この日この時に警邏なんて…… 最悪ですの……」 

 

そう、街行く人間が増えれば自ずと事件·事故の発生率も増え、警備委員·風紀委員の仕事は増加する 

そして少女は風紀委員、しかもその中でも指折りの実力者、となれば当然今日もお仕事である 

 

それは勿論少女とて理解しているが、そこはやはり遊びたい盛りのお年頃 

幸せ一杯のバカップルを横目に全くの平静を保てる程、枯れてもなければ大人でもない 

 

どうしたって愚痴の一つも言いたくなるだろう

 

ただ、少女がフラストレーションを感じる理由はそれだけではない 

少女の敬愛するお姉様は、とあるツンツン頭の類人猿と遭遇すべく、朝から街を出歩いている 

つまり、まかり間違えば、愛しのお姉様と憎き類人猿は今頃デートと洒落込んでいる可能性すら在るということだ 

 

それは少女にとって最悪の事態で在り、絶対に阻止せねば為らない事態にも関わらず 

自身は職務の為、何の対策も取る事が出来ない 

そんな事情もまた、少女のフラストレーション増大に拍車を掛ける一因と成っていた

 

と、そこに 

 

『白井さーん』 

 

少女の耳におっとりとした声が届く 

 

「なんですの?」 

 

若干ズレかけていたインカムを調整しつつ少女は答えた 

 

『お疲れのところを悪いんですがー、二丁目の青葉交差点付近で人だかりが起きたみたいなんです』 

 

『念の為行ってもらえますか?』 

 

「はぁ……」 

 

どうせどこぞバカ共が、喧嘩でもおっ始めたに決まってますの 

クリスマスに喧嘩の仲裁…… 不幸…… ですの…… 

 

と、共に頑張る同僚に愚痴れるハズもなく 

 

『あの~…… 白井さん……?』 

 

「あー!! もう! 了解ですの! 今すぐ急行致しますわ!!!」 

 

そんな気合いと少しの怒気を込めた雄叫びと共に、少女の姿は音も無く掻き消えた

 

ジャッジメントですの!!」 

 

突如虚空から顕れた少女は、身分の証明と威嚇の為、開口一番そう声を張り上げた 

 

本来なら突如顕れた風紀委員にスキルアウト共は動揺の声を洩らすものだが 

何故か今回は何のレスポンスも無いどころか、人垣すらそこには無かった 

 

「あら……?」 

 

その事に少女も気付き、また、突如現れた風紀委員に訝しむ通行人は何人はいるが、人だかり等は無い 

 

いや、通行人以外がいないワケでは無かった 

20メートル程先の道端には人間が倒れており、その側に一組の男女が居た 

 

少女はその三人が当事者だろうと当たりを付け、一旦側までテレポート、そして男性に声を掛けようとした瞬間 

 

「げぇっ! 類人猿!」 

 

そんな少女の風貌に似つかわしくない言葉を吐く

 

一方、突然現れた少女にそんな台詞を吐かれた少年は 

 

「……上条さんと会うだけでそんなにピンチですかそうですか」 

 

そう、何だかお疲れ気味に、少女へ言葉を返す 

そんな少年の反応とは対照的に 

 

「うーん、単なるお約束みたいな物ですの、深く考えないで頂けますかしら?」 

 

頬に手を当て、先程とは打って変わって軽やかな声で応える 

そして、その表情には薄らと笑みが浮かんでいた 

 

不倶戴天の敵 

 

常日頃、少女は少年にはそんな意識を抱いているが、果たしてそんな想いだけなのか 

その声、その笑みから察するに、きっとそれだけではないのかもしれない 

 

ただ、少女自身は自分が軽やかな声を上げた事にも、笑みを浮かべている事にも気付いていない 

それだけは確かだろう

 

「で?」 

 

「……で? っと言われてもなぁ」 

 

「だから一体何が起こったか聴いてるんですの。ついに脳までお猿さんに退化してしまわれたんですの?」 

 

「……何故このお嬢様は上条さんにここまで辛く当たるのでせうか」 

 

「そんな黄昏てないでさっさと事情説明をして下さいまし」 

 

「ハイハイ……」 

 

「ハイは一回だけで結構ですの」 

 

「……ハイ」

 

「つまり、そのお嬢さんの鞄がそこでグースカ寝ている男性に引ったくりに遇い、それを偶々通り掛かった類人え…… 」 

 

「……上条さんが取り返し、ついでに無力化もさせた…… という事ですのね?」 

 

「正確には、そこの横路から出て来た上条さんと、逃走して来たそいつが衝突して、そいつだけ気絶した、なんですけどね 」 

 

「……不幸だ」 

 

少年が小さな声でそう補足する 

 

「どっちでも同じ事ですの」 

 

「それで……」 

 

そう言って少女は被害にあった女性に向き直り 

 

「先の状況説明に何か間違いや訂正は?」 

 

確認を取った 

 

「……いえ、間違いありません」 

 

『こちらでも監視カメラの録画映像を確認したところ、お二人の証言に間違いは無さそうですよ』 

 

情報集積に当たっていた同僚からも声が届き 

 

「なるほど…… 確定……ですわね、これは……」 

 

少女はそう一人ごちた

 

「では調書を作成する為、最寄りの警備員支部までご同行頂きたいのですが」 

 

「構いませんが…… 時間の方は……?」 

 

「ご心配には及びませんわ、簡単な書類に記入して頂ければ終わりですの」 

 

「そういう事なら」 

 

そう言って女性は頷いた 

 

「では…… 余り時間を掛けるワケにはいかないご様子ですので、テレポートでも宜しいですの?」 

 

「はい」 

 

「では……」 

 

そう言って少女は女性の手と伸びている男性の足を掴みテレポートの準備に入る 

 

と、そこに慌てた声で少年が割って入る 

 

「ちょっ! 俺はっ?!」 

 

「貴方が居るとテレポーテーションが出来ませんの。ですから、お帰り頂いて……」 

 

構いません、そう言い掛けた瞬間、少女はとある目下最大の懸案事項を思い出し 

 

「……」 

 

「……? どした? 白井?」 

 

「って全然構わなくありませんのっ?!」 

 

突如として声を上げた

 

「はあ?」 

 

「と! とっ! 殿方っ! お姉様はどうしたんですの?!」 

 

「はあ? お姉様って…… 御坂の事だよな?」 

 

「御坂がどうかしたのか?」 

 

「ですからっ! お姉様とは──」 

 

そう少女が口を開いた時、道端で気絶していた男が 

 

「ふぁ~……」 

 

と、寝起き感丸出しの声を発し 

 

「……なんかそいつ起きそうだぞ、白井?」 

 

「……ならばもう一度眠らすだけですの」 

 

そんな事を言い終える前に少女は 

 

ゴツン! 

 

と、男の顎に掌底を一発入れた

 

「……これは酷い」 

 

「下手に暴れて余罪が付くよりかは、コチラの方が余程当人の為になりますの」 

 

「ああ、そういう考え方も在るのか…… なぁ……?」 

 

「そうですの」 

 

「……まぁ、それはさておき、流石にこれ以上ご婦人を待たせるわけにもいきませんわね」 

 

思わぬアクシデントにより平静を取り戻した少女が状況を再度理解する 

 

「貴方には訊きたい事がありますの、ですのでお二人を支部まで送り届けて戻って来るまでここでお待ちになっていて下さいまし」 

 

余りにも一方的なその物言いに、流石の少年も 

 

「……拒否権は?」 

 

と、小さな抵抗を試みるも 

 

「在るとお思いですの?」 

 

イタズラっぽく笑みを浮かべる少女を前にしては 

 

「はぁ…… しゃーない、気を付けて行ってこいよ」 

 

と、ただただ無条件の降伏を受け入れるのみだった

 

「良いお返事ですの」 

 

「では」 

 

そう言って少女は女性と寝こけた男性に手を伸ばし転移の準備に入る 

 

と、そこで、黙って二人の漫談を眺めていた女性が口を開いた 

 

「ちょっといいですか?」 

 

「……? なにか問題でもありますの?」 

 

「そうじゃないんですけど、最後にもう一度お礼を」 

 

「はぁ…… そういう事でしたら、どうぞですの」 

 

「それじゃあ」 

 

そう言うと女性は少年に体を向け 

 

「上条君! ありがとうございました!」 

 

深くお辞儀をする

 

一方、お礼を言われた少年は若干照れながらも 

 

「いや、だから、お礼を言われる様な事なんて……」 

 

そう、謙遜、と言うべきか本音と言うべきか、そんな事を口にする 

少年のそんな反応が気に入ったのだろう、女性は笑みを浮かべ 

 

「そういう謙虚な姿勢は大切だけど、そんなのばっかじゃ出世レースで勝ち抜けないぞっ、少年!」 

 

と、不出来な弟を窘める姉よろしく、少年のオデコを人差し指で軽くつっ突いた 

 

そんな女性の仕種の前に若干照れながらも 

 

「……えーと、善処します、って事で」 

 

と、少年は答え 

 

「うん、ヨロシイ」 

 

女性も、上機嫌に返事をした 

 

そんな二人の遣り取りを見詰めていた少女が声を掛ける

 

「……もう、よろしいですの?」 

 

声こそ平静を保ってはいるが、内心苛ついていた。何故苛ついているのかは、少女自身にも分からなからない 

 

きっと、それが分かる様に成るのには、もう暫く時間が掛かる…… のかもしれない 

 

「あっ、ごめんなさい」 

 

「いえいえ、それでは今度こそ」 

 

そう言って少女は三度目の転移の準備に入る 

 

そして 

 

「上条君! お店にも寄ってね、絶対よ!」 

 

女性のそんな声を最後に、少女等の姿は虚空に消え 

寒空の中、少年だけが残された

 

「お待致しましたわ」 

 

街行く量産型バカップルを眺め、なんだかアンニュイな気分に陥っていた少年の背中に声が掛かった 

少年は振り向き声の発信者を認める 

 

やはり発信者は白井黒子、その人であった 

 

「結構早かったな」 

 

そして少年もそんな言葉で迎え入れる 

 

「流石にこの寒空の中、長らくお待たせするわけには参りませんもの」 

 

「おぉ…… 白井がそんなしおらしい発言をするとは……!」 

 

「私の個人的な用件でお待たせしてる以上、相応の対応は致しますわ…… 例え非ヒト科の生物であっても」 

 

「聞こえてんぞ最後の」 

 

「あら、嫌ですわ。私ったらつい本音が……」 

 

「いや、そこは何か巧い言い訳考えろよ」 

 

「まぁ、貴方がお猿さんか人間かの論争はさて置き」 

 

バッサリとそう切り捨てた少女はスタスタと近くにあった自販機にまで歩き 

 

「どれにしますの? 缶飲料で恐縮ですが、ご馳走致しますわ」 

 

と、問い掛ける

 

「だから上条さんは純然たる霊長類ヒト科のホモサピエンスだっつの ……ん? 奢ってくれんの?」 

 

「だからそう申してるじゃありませんの」 

 

「んー、でもいいって、別に奢って貰う様な事してないし」 

 

「個人的な用件でお待たせしましたわ」 

 

「っても大した時間じゃなかったし」 

 

「……ならば事件を解決したお礼ですの」 

 

「別に白井が礼をする筋合いは無いだろ、そもそも俺は引ったくり犯と 

ぶつかっただけで、事件解決とか大それた事はしてないし」 

 

「……あー! もう! 缶ジュース位いいじゃありませんの! さっさとどれがいいのか吐きやがれですの!!」 

 

「何故キレますか、このお嬢様は。っーかこういう事に金額の多寡は関係無いと上条さんは思います」 

 

ぐぬぬ……! 類人猿の癖に小癪な……!」 

 

と、可愛い顔をして唸りを上げる少女だったが、ふと妙案を思いつき財布から硬貨を取り出し自販機に投入、温かいお茶と紅茶を購入

 

そして少年にお茶を差し出す 

 

少年は少女のその行為の真意を図りかね、少女を見遣る 

そんな少年を余所に、少女は芝居がかった口調で 

 

「あらあら、私ったら手違いで2つ買ってしまいましたわ 

私一人ではそんなに飲めませんし、 是非お手伝い下さいまし」 

 

と、言葉を発した 

 

少年の方も、もう敵わない事を悟ったのだろう。笑みを浮かべ 

 

「それはそれはお困りでしょう、この不肖、上条当麻、誠心誠意お手伝い致します」 

 

と、これまた芝居がかった台詞を返し、缶を受け取る 

 

そして数舜の後、二人は同時に吹き出し笑い出したのだった

 

「……ふぅ、なんで缶飲料一つ渡すのに、ここまで手間取らなくてはならないんですの? ホントに」 

 

ひとしきり笑った少女は、若干脱力感を漂わせそんな台詞を吐きつつ、缶のプルトップを開け、紅茶を口にする 

 

少年もまた 

 

「いや、まぁ、なんか悪い気がして…… さ」 

 

と、台詞を返し、プルトップを開けお茶を口にする 

 

「全く、変なところで奥ゆかしいと言うか遠慮深いと言うか……」 

 

上条さんは思慮深いんですことよ」 

 

「……フフ、思慮深いお猿さんなんて聞いたこと在りませんわ」

 

そう言って軽く笑みを浮かべる 

軽口こそ叩いてはいるが、少女は少年のそんな性癖を既に知っていた 

少年はこれまでに数多の事件事故に首を突っ込み解決し 

少女も風紀委員として少年に協力、 あるいは事後処理を数多くこなしてきた 

 

その経験の中で少女は気付いた 

少年はお礼を求める事が無く、言葉以外の謝礼を受け取る事も無い 

例外として、今の如く押し付ける様に渡せば受け取る事も在るが 

その時は決まって、嬉しさと照れと、ほんの少しの心苦しさがない交ぜになった、そんな表情を浮かべるの事を

 

「まぁ、恩着せがましく功を語る方に比べれば、殿方の方が遥かに好感が持てる事は確かでしょうが 

それでも、ある程度は厚意を受け入れる事も大切だと、具申致しますわ」 

 

「うーん、そうなんだろうけどさ」 

 

「……煮え切らない返事ですのね。いいんじゃありませんの 

いつもは親切の押し売りをしているんですから、たまには逆になってみても」 

 

「……はは、そうだな、たまにはそういうのもいいかもな」 

 

少年はそう言って小さく笑う 

 

だがその声には微かな自嘲の響きが在って 

それは少女が捉えていた少年像からは酷く意外なものであり、また自身の発言が余りにも礼を逸していた事を悟った 

 

「……気を悪くされたなら、謝りますわ 

貴方のこれ迄の行為に対し、揶揄する様な物言いはすべきでは有りませんでしたわね」 

 

そう言って少女は頭を下げる 

少女はプライドが高く若干高慢なきらいも在るが、礼を重んじ他者を慮る人間でもあるからだ

 

「ん? ああ、わりぃわりぃ、ちょっと考え事。白井が何かしたとかじゃないからさ」 

 

「だからそんな顔はすんなって」 

 

そう言って少年は少女の頭を優しく撫でる 

 

希代のフラグビルダーである少年にとって、頭ナデナデなぞ挨拶と同じように気軽に行える行為だが 

お姉様に操を捧げる事を誓い、男には興味も無ければ、免疫も無い少女にとってはそうではなく 

 

「あ… あうぅ……」 

 

と、顔を赤く染め、言葉にならない声を漏らす 

 

そんな少女の仕草に少年も気が付いたのだろう 

 

「わっ、わりぃ……」 

 

そう言って手を引っ込める

 

頭から手の温もりが去ってしまう事に一瞬の寂寥感を覚える少女だったが 

 

「コホン」 

 

と、態とらしく咳をつき、仕切り直し 

 

「そろそろ、本題に入りますわ」 

 

本来の目的を果たさんと、言葉を進め 

 

少年もまた、顔を引き締め 

 

「ああ、いいぜ」 

 

と、応じるのだった 

 

「感謝致しますわ」 

 

そ「れで、単刀直入にお訊きしますが、殿方は今日、お姉様にお会いになりました?」 

 

そう少年に訊ねてはいるが、少女自身はもう、この質問に意味は薄いと、内心思っている 

 

そもそも、少年が独りで行動している以上、御坂美琴と会瀬を重ねられるわけがなかったのだ 

大方、神出鬼没のこの少年に会うために、今も東奔西走しているのだろう、と少女は読んでいた

 

「……えっと、それって放課後御坂に会ったのか? って事だよな?用件ってそれだったのか?」 

 

「その通りですわ」 

 

「んー…… 会ったぞ、御坂と」 

 

「そうなんですのっ?!」 

 

予想外の答えに、少女は声を上げる 

まだ、顔を合わせていなかったからこそ、少年は独り行動していた、と少女は読んでいた 

だが、実際には二人は既に顔を合わせていた、と少年は言う 

 

「なのに、なんで殿方は独りでいらっしゃるんですの?!」 

 

「いや、なんで、って言われてもなぁ」

 

「……あっ」 

 

少年の困った様な声を聞き、漸く少女は自らの醜態に気付き 

 

「……コホン」 

 

と、照れ隠しの様に、咳払い 

 

「あの、殿方、それで、お姉様と会って、何か話されましたの?」 

 

「う~ん、話をした、と言えばしたんだが」 

 

「どういう事ですの?」 

 

「それが……」 

 

─────────── 

─────── 

───

 

「アンタさぁ、なんでそんな湿気た顔してるのよ、今日、クリスマスでしょうに」 

 

「……突然現れたと思ったら、何故そんな暴言を吐かれますかね、このおぜう様は」 

 

「あはは、いや、流石に今日くらいはもうちょっとハツラツとしてるかなぁと思ってたから、つい」 

 

「独り身の男にはクリスマスも何も関係無いし、っーか平日よりテンション下がるのが普通だと思うんだが」 

 

「へ、へー…… 独り身、なんだ。独り身……」 

 

「独り身を連呼するのだけは止めて、マジで、泣きたくなるから」 

 

「えっと、なんか、ごめん」 

 

「……はぁ、それで?」 

 

「それでって?」 

 

「だから、なんか用があったんじゃねぇのか?」 

 

「えー、あー、うん、用が有ると言えば有るんだけどー 

いやー、ちょっと聞き辛いって言うか何と言いますかねぇ……」 

 

「……」 

 

「まぁ、何を迷ってるのか分からねぇけど、言ってみたらどうよ? 

俺にどうにか出来るかは分からねぇけど、出来る限りの事はするぞ」

 

「……うん、そうだよね、いつも、そうだもんね、アンタって」 

 

「……」 

 

「……じゃあ、訊くけど、アンタ、これからの予定…… 空いてる?」 

 

「……うん? まぁ、暇だぞ。それが?」 

 

「そ、そう?」 

 

「そ、それなら、わた、私と、あ… あそ…… あそ……」 

 

「……」 

 

「……あそ?」 

 

「あ、あ、阿蘇山! 富士山!! カトマンズ!!!」 

 

「……」 

 

「……」 

 

「……は?」 

 

「……な、何言ってんだ私はーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

─── 

────── 

───────── 

 

「って叫びながら、走り去って行った、というわけですよ」 

 

「お、お姉様……」 

 

結果的に少女にとっては、良い方へ転がったものの 

少女はがっくりと肩を落とし、頭を抱える 

 

あと少し、あと少しですのに…… 何故あと数文字、我慢出来ませんの…… 

 

上条さんにはさっぱりわけが分かりませんことよ、レッド吉田の真似か何かかね?」 

 

私とて、"遊びに行こう"が、何故、"阿蘇山、富士山、カトマンズ"に変化したのかなんてさっぱりですの 

 

「だから、話はしたが、良く分からずに終わったってところだな」 

 

「そういう…… 事でしたの」 

 

「お分かり頂けた様でなによりです」 

 

「ええ、殿方も、お時間を割いて頂き感謝致しますわ」 

 

少し眩暈も覚えてしまいましたが、ですが、まぁ、これなら、今日のところは安心ですわね 

さしものお姉様も、この失態を跳ね飛ばし、再度デートに誘う事は出来ないでしょうし

 

「さて、それでは、失礼致しますわ」 

 

と、少女は最後にもう一度頭を下げ、別れを告げる 

 

のだが 

 

「ちょい待ち」 

 

そう少年が呼び止める 

 

「っと、なんですの?」 

 

演算を中止し、少女は応える 

 

「あのさ、白井って直ぐ風紀委員の仕事に戻らなきゃいけないのか?」 

 

「え? 風紀委員でしたら…… あと一時間は暇が有る筈ですわ」 

 

少年との一件は、少女の私用では在るが、休憩時間の申請だけはしていた 

若干強引に、では在ったが 

 

「そっか…… じゃあ、甘い物でも食べに行かないか?」 

 

「……え?」 

 

予想外な台詞に、少女が固まる

 

「え、ええと……? あの…… え?」 

 

「だから、時間が空いてるなら、お茶でも飲みに行かないか、って訊いてるんだけど……」 

 

「わわ私に仰ってるんですのっ?!」 

 

「それ以外誰が居るよ」 

 

「そ、それもそうですわね」 

 

な、なら、こここ、これは、もしかしてでで、デートのお誘い……?! 

ででですが、何故私ですの?! お姉様では無く! 

 

「どした? 白井。無理にとは言わねーし、断りたかったら遠慮せず言ってくれ」 

 

「い、いえっ! 無理というわけでは……!」 

 

寧ろ、嬉しいくらいですの…… って違いますの!! 

何故私が類人猿からデートに誘われて喜ばなければなりませんの!?

 

「おーい、白井?」 

 

「は! はいッ! 聞いてますわ…… って、そうではなくって! 突然どうして──」 

 

お姉様では無く私を 

 

寸でのところで、少女はその言葉は飲み込む 

それは答えも同義だ、いくら鈍い少年とて何かしら気付いてしまうだろうから 

 

心と頭、思と考が交錯し、若干混乱状態に陥る少女であったが 

少年がそんな様子を気にする筈も無く 

 

「ん? ああ、理由か、それはこれだよ、これ」 

 

そう言って少年はポケットから白い封筒を取り出し、そこから一枚の紙を少女に見せる 

 

「……」 

 

「……Salon de Sweets Momiji 特別招待券、ですの?」 

 

「ああ、さっきのお姉さんに貰ったんだ。それも4枚も 

あの人、このお店のチーフマネージャーやってるらしくて」 

 

「……ほうほう」

 

ここに来て少女にも、なんとなく読めて来た 

少年が言わんとしている事を 

そして、どういう意図を持って自分をお茶に誘ったのかを 

 

「ただ、貰ったは良いけど、流石に男独りで洋菓子店に行くのも哀し過ぎるだろ? 

白井ならこういう店にも慣れてるだろうし」 

 

「だから、誘ったと…… 目の前に、連れ合いにするには丁度良い相手が居たから」 

 

「おう、そんな感──」 

 

ゴチン☆ 

 

「……痛い」 

 

「あの…… 白井サン? 何故に上条さんは殴られたのでせうか?」 

 

「乙女の純情を弄んだ罰ですわ」 

 

「……は、はぁ?! 一体いつ俺がそんな事を?!」 

 

「それくらいご自分で考えなさいな」 

 

「いや、そー言われてもなぁ……」 

 

頬をポリポリ、少年も一応は回顧する 

 

「……」 

 

「……」 

 

「で、どうですの?」 

 

「……すまん、さっぱり分からん」 

 

「はぁ…… やはり」 

 

またしても少女は肩を落とす

 

まぁ、この殿方に女性の機微を察する能力まで備わってしまったら、恋人の一人や二人 

簡単に作ってしまわれるでしょうから、寧ろ、鈍感な方が良いのかも知れませんが 

 

「いや、本当にごめんな…… 白井」 

 

両の手を、合わせ申し訳なさげに少年は頭を下げる 

 

はぁ…… 本当に、この方は…… 優しいと言うかお人好しと言うか 

 

「もういいですの」 

 

「そもそも、私の言い分自体が理不尽な物でしたし……」 

 

手を上げた事についても、お詫び申し上げますわ 

 

出掛かったその言葉を、少女は一瞬の逡巡の後飲み込む 

理不尽で有ろうと無かろうと、弄ばれたのは事実であり、やはり素直に謝るのは癪なのだろう 

 

「そう言ってくれると上条さんも助かります」

 

「では、参りましょうか」 

 

「……へ?」 

 

「へ、では無く、何処ですの? そのお店の場所は」 

 

「……ああ、付き合ってくれんのね。さっきの流れだと、断られるかと思ってたからさ」 

 

「まだ休憩の時間は残っている以上、どうせなら甘い物でも食べた方が時間の有効活用という物ですわ 

そのMomiji、というお店がどの程度のパティスリーなのか、興味が無いと言えば嘘になりますし」 

 

「サンキュ、じゃあ、行くか」 

 

「場所は……」 

 

そんな台詞と共に少年は紙に目を落とし、店の住所を確認する 

 

「第五学区か」 

 

「知ってる? この場所」 

 

少女もまた、紙に目を落とし続けた 

 

「……私もちょっと」 

 

「ですが、まぁ、ナビゲーションアプリに任せておけば問題ないでしょう」 

 

そう言うと少女はポケットから携帯端末を取り出し、いじり始める

 

「……」 

 

「……また随分とオッサレーな携帯で」 

 

マジマジと少女の端末を見詰め、率直な感想を漏らす 

 

それもそのはず、少女の所有する携帯端末は、携帯時には筒状の形をしているが 

操作する際は筒内に収納された巻物状のディスプレイを引き出して使用する、という 

奇抜かつ近未来的な形状をしているのだから 

 

ただ、やはり 

 

「ですが、使い辛いのが問題ですの」 

 

デザイン最優先の産物だったのは確からしい 

 

「うん、デジモノに詳しくない上条さんでも、なんとなくそんな気はするし」 

 

「ん…… セット出来ましたの」 

 

「では、今度こそ、参りましょうか」 

 

「おう」 

 

その言葉を合図に、少年は駅に向い歩き出そうとする 

 

しかし

 

「そうそう、殿方」 

 

その前に、少女が声を発した 

 

「ん? どうかしたか?」 

 

少年も足を止め答える 

 

「女性をエスコートするのは、本来男性の役目ですの。今後はお気を付け下さいまし」 

 

不出来な従者を窘める令嬢宜しく、少女は言う 

 

「……ここに来てダメ出しですかそうですか」 

 

「あら? これでも殿方の為を思ってのアドバイスでしたのに。それをダメ出しだなんて、心外ですわ」 

 

「へいへい、そーでありますか」 

 

「なら、そのエスコートってのを実践致すとしましょうかね」 

 

そう言うが早いか、少年は少女の手を握る 

 

「……」 

 

「あ、あの、殿方?」

 

流石にこの展開は予期してなかったのだろう 

少女の顔と声に戸惑いの色が、有り有りと浮かんでいる 

 

だが、それは手を繋いできた少年にも似た様な事が言えるらしい 

 

「確か、男が車道側を歩くとか、手を握るとかだよな?」 

 

その声は少し上擦り、顔も赤く染まっている 

勿論、隣を歩く少女がそれに気付かない筈も無く 

 

「……まさか、お猿さんにエスコートされる日が来るとは、夢にも思いませんでしたわ」 

 

いつもの調子を取り戻し、軽口を返す 

ただ、少女の顔もまた、赤く染まっている事は、少女自身も気付いていないのだが 

 

「お猿さんとは失礼な、これでも上条さんは、紳士と騎士の本場イギリスで 

レディファーストの真髄という物に触れて来たんですことよ」 

 

「そんな上条さんに掛かれば、エスコートくらいお茶の子──」 

 

「嘘おっしゃい。慣れてないのがバレバレですの」 

 

最後まで言わせる事も無く、ピシャリと言い放つ 

辛辣といえば辛辣だが、少女の顔には笑みが浮かんでいる 

 

少年のその表情は、少女にも初めて見る物だったから 

 

そして 

 

慣れてない事を態々してくれる 

それは、"特別"とも言い換えられるから

 

「で、ですが、殿方の後学の為にも、このままエスコートされて差し上げますの」 

 

そう言って少女は少年の手をギュッと握り直す 

尊大な台詞で押し隠そうとしているが、喜色と照れが垣間見える 

 

「さいですか」 

 

少年もまた、軽く握り返す 

 

「では、不肖上条、白井お嬢様のエスコート役、有難く拝命致しましょうかね」 

 

「ええ、お願い致しますわ」 

 

そして二人は歩き出した 

 

笑みを湛え、幸せそうに 

 

今日<クリスマス>という日に、不幸と嘆いた少女と 

何時だって不幸と嘆く少年が 

 

笑みを湛え、幸せそうに、歩き出す

 

「珍しい外観ですのね」 

 

目的地である洋菓子店、Salon de Sweets Momijiを一瞥し、少女は呟く 

 

煉瓦造りのアンティーク調という、ここ学園都市では、そして、学舎の園でもあまり見られない店構えで 

少女の呟きは、学園都市で暮らして来た人間なら誰しもが抱く物なのだろう 

 

少女のエスコート役を仰せつかった少年もまた 

 

「確かに、ここじゃあんま見ない店構えだな」 

 

と、同意する 

 

尤も、少年は、アビニョンやキオッジア等、欧州の古都を巡った経験が有る為 

Momijiの外観自体には然程物珍しさは感じなかったのだが 

 

「まぁ、眺めてても仕方が無いし、行こうか、白井」 

 

そう言って少年は、自身の右手に、少女の左手と繋がれた右手に目を落とし 

 

少女も同じ様に目を向ける

 

二人とも分かってはいるのだ 

流石に手を繋いだまま店内に入るわけにはいかないと、ここで手を離さなくてはいけないと 

 

二人とも、動かず、無言で重なり合った手を見詰める 

自らの手で魔法を解く、そんな事は誰だって嫌だろうから 

 

数瞬の後、結局、先に動いたのは 

 

エスコート役、ご苦労様ですの。意外と、様になっておりましたわ」 

 

少女だった 

そして手を離したのも、また 

 

離れ行く手に、少年は思わず目を向けてしまう 

だが、次の瞬間 

 

「ですが! まだまだダメダメですの!」 

 

と、いつもの高飛車で尊大で、なのに何処か嬉しそうな、そんな声が飛んで来た 

 

「で、ですから、殿方が更なる向上を望むのであれば、ま、また、おお、お相手して差し上げますの!」 

 

恥ずかしさの余り、途中言葉をつっかえて、最後には逆ギレ気味にでは在るが 

それでも、それは少女にとって、精一杯の素直な気持ち

 

そんな少女らしくない、けれども少女の精一杯が詰まった言葉を前に 

 

少年は 

 

「は…… はははっ」 

 

笑った 

嬉しそうに、楽しそうに 

 

「……なっ?! せっかく人が善意の申し出をして上げましたのに!」 

 

「ふふ、スマンスマン。なんか、マジもんの王女達より、ずうっとお姫様っぽくてさ」 

 

「……?」 

 

「まぁ、それは置いといて」 

 

「では、また、是非、私めとお付き合い下さいませ」 

 

「ええ、殿方がそこまで言うなら、仕方が有りませんわね」 

 

「ああ、よろしくな」 

 

「それでは、今度こそ」 

 

「そうだな、何時までも店先で駄弁ってるワケにもいかんし」 

 

そう言って、二人は漸くMomijiの扉を開く 

 

少女も少年も、それぞれに期待を膨らませながら

 

「なかなか趣きの有るお店ですのね」 

 

案内された席に着き、そう少女はぽつりと零す 

 

外観に違わず、シックなアンティーク調に纏められた内装 

その造りの良さは、世界でも指折りのお嬢様学校在籍者をして感嘆の声を漏らした点からも覗えるだろう 

 

「確かに…… あんま、こういうお店に縁が無い上条さんでもそんな感じするし」 

 

少年もまた、同意し 

 

「なんだっけ…… バロックとかゴシックとか言うんだっけ? こういうのって」 

 

何処かで聞いた単語を脳の隅っこから引っ張り出す 

 

「……恐らく、チューダーやアールヌーヴォーと呼ばれる物を意識されたのだと思いますわ 

きらびやかな装飾ではなく、気品と清楚さを感じさせるこの装飾、そして曲線を重用したデザインからするに」 

 

「お~、伊達にお嬢様はやってないって感じだな」 

 

「……当てずっぽうですの、本気にしないで下さいまし」 

 

「っておい、なんじゃそりゃ」 

 

「流石に、建築様式や装飾様式までは習いませんもの 

ただ、私の拙い知識の中からそれらしい推論を口に出しただけで」

 

「いえいえ、素晴らしい智見と慧眼でございます」 

 

「実際、当店のデザインコンセプトは、イギリス発祥のチューダーと、フランス発祥のアールヌーヴォーの折衷」 

 

「何故なら、お茶はイギリスのお茶を煎れ、お菓子はフランスのお菓子を作る 

つまり、カフェとパティスリーの融合、それが当店の基本コンセプトとなっているからです」 

 

「はぁ~、じゃあ、白井の推理は大当たりって事か」 

 

「そうなんですの? じゃあ、私の推論も……」 

 

「え?」 

「え?」 

 

極自然に入り込んで来た声に、やや遅れて二人は反応し、声の発信元に顔を向ける 

 

声の発信者、それは、メイドだった 

正確には、メイド服を着用したウエイトレス、ではあるが 

 

勿論、如何わしい店に有る様な、下卑たメイド服では無い 

店の雰囲気にそぐわず、清楚で露出の少ないクラシカルなメイド服である

 

突然、面識も無い店員に声を掛けられ口籠り言葉を探す二人だったが、少年がある事に気付く 

 

「……もしかして、さっきのお姉さん?」 

 

そして、少女もまた 

 

「あら、確かに」 

 

と、同意する 

 

「はいっ、お二方、先程はどうもありがとうございました」 

 

その言葉と共にメイドは深々と頭を下げる 

接客業務経験者、しかも高級洋菓子店に勤めているだけあって、その所作は流麗で、気品すら感じられる程だった 

 

しかし、そんな落ち着き払ったメイドとは対照的に 

 

「い、いや、俺は大した事はしてないし!」 

 

少年は慌てて言葉を返し、少女もまた続ける 

 

「私も風紀委員として、職務を全うしただけですので」 

 

「寧ろ、あんな事くらいで、このお礼ってのは、貰い過ぎと言うか不釣り合いな気が」 

 

「いいえ、そのような事はございません」 

 

「それに、お二方が何と言おうと、私は感謝しております 

ですので、本日はどうかごゆっくりと、おくつろぎ下さい」

 

その言葉と共に、メイドは笑みを少女に、そして少年に向けた 

 

少女には義が、少年には熱が感じられる眼差しで 

 

無論、それは本当に些細な違い 

普通なら、誰も気付きはしないだろう 

 

この少女を除いては 

 

はぁ…… この方も、なんですのね…… 

 

と、少女は心の中で愚痴を零す 

 

そう、この少女は気付いたのだ 

メイドの眼差しが、自身と少年とで違う事に、そしてその眼差しが持つ意味を 

 

何故なら、少女にとって、最早この眼差しは見慣れた物となっているからである 

少女が敬愛する"お姉様"を筆頭に、少年の学友と思わしき女学生に 

修道服を纏った女の子、更には胸が大きい大人の女性等々 

少年と接していれば、熱っぽい眼差しなど、珍しくも無くなるという物だ

 

そして同時に、この女性は 

 

敵だ 

 

そんな思いが沸き起こる 

何故そんな思いを持ったのか、少女自身も分からない 

 

いや、本当は敢えて答えを見付け様としないだけ 

きっと、その答えを見付けてしまったら、色々なモノが変わってしまう、自分自身も変わらなければいけなくなる 

それだけは分かるから 

 

それに、少女は楽しいのだ、今この状況が、関係が 

全てを変えてしまうには、余りにも惜しい程に、楽しく、幸せで 

 

だから、取り敢えず、今日のところは 

 

……まぁ、殿方に変な虫が付いては、お姉様が困ってしまわれるでしょうから 

 

「"当麻さん"、今日は特にお忙しい様ですし、余りお仕事の邪魔をされるのはどうかと思いますわ」 

 

「お喋りは、また日を改めてからされた方が」 

 

と、自然に、さり気無く、さもメイドへの配慮かの様に会話の打ち切りを促した 

そう、有り体に言うならば、露払い

 

「……え? あの、その様なお気遣い頂かなくても」 

 

メイドもそう言って、静かな反抗の意思を見せるも、少年がその言葉の真意に気付く筈も無く 

 

「ん、それもそうだな。俺達の事は気にされなくていいので、お仕事に戻って下さって構いませんよ」 

 

少女の思惑通りの台詞を口にした 

 

「……はい、お心使い感謝いたします 

それでは、ごゆっくりと、おくつろぎ下さい」 

 

2人から言われては最早メイドに為す術は無く、一礼をしたメイドは肩を落とし下がっていった 

 

「……なんか、あのお姉さん、急に元気が無くなった気が」 

 

「これからまた激務が再開されるとなれば、気落ちの一つもするという物ですの」 

 

「まぁ、それはさて置き、何にするのか決めませんと」 

 

そう言うが早いか、少女はメニューブックを開き見詰め始め、少年も 

 

「社会人ってやっぱ大変なんだなぁ」 

 

と、ピントが合ってる様で外れている台詞を最後に、メニューブックを見詰め始めた

 

「おおぉ…… これは、美味いっ……!」 

 

運ばれて来たケーキを一口食べるなり、少年はそう感嘆の声を上げ 

続いて少女もまた 

 

「確かに…… これは予想以上、ですの……!」 

 

と、少年同様感嘆の声を漏らす 

 

少年が頼んだケーキは、直径6cm程の一人用ストロベリーショートケーキ 

少女が頼んだケーキも、生チョコがコーティングされた、これも直径6cm程の一人用チョコレートケーキと 

二人にも馴染の在る物だったが、このケーキはこれまでに食べた同種のケーキとはレベルが違っていた 

 

特に、学舎の園に店を構える洋菓子屋を筆頭に、中々の洋菓子店を利用している少女が 

ここまで驚嘆している点からも、この店の商品の質の高さが伺えるだろう

 

勿論、質が高いのはケーキだけでは無い 

 

「紅茶も…… 美味い……! 」 

 

「ええ、こちらもケーキに負けてませんの」 

 

紅茶もまた、ケーキに見合うだけの物を持っていた 

 

「確かに、これならカフェとパティスリーの折衷というのも、肯けますの」 

 

「ああ、本格的な外観は伊達じゃ無いらしいな」 

 

それからも二人は 

 

巨大化したり目からビームを放ったり…… は、しなかったものの 

 

こんなにも後味爽やかな生クリームが在るとは、だの 

敷き詰められたビスキュイがまた、素晴らしい食感の変化を齎しますの、だの 

 

と、美食家気分に浸りつつ食べ進めて行き、10分もしない内に、皿の上にはフォークが在るのみとなっていた

 

「素晴らしいお味でしたわ」 

 

2杯目となる紅茶のカップを片手に、少女は顔を綻ばせる 

 

「ああ、全く持って。 運ばれて来た時は、正直、食い切れるか不安だったけど」 

 

「……あら? 殿方は小食だったんですの?」 

 

「いや、胃袋と言うより、嗜好の問題だな。上条さんはさして甘い物好きってワケじゃ無いもんで 

 

「ああ、なるほど。確かに、甘い物が好きでない方にあのボリュームは厳しいかもしれませんわね」 

 

「そういう事。まぁ、一口食べてその印象は吹き飛んだけどさ 

なんつーかカルチャーショックを受けたレベル」 

 

「ふふ、気持ちは分からなくも在りませんが、大袈裟ですの」 

 

「いやいや、大袈裟ってワケでも無いんですことよ 

なんせ上条さんが食べる甘味なんて、コンビニスイーツが精々だし」

 

「それに──」 

 

その言葉と共に、少年は紅茶を、二杯目となる紅茶を口にした 

 

「……うん、紅茶の味も凄いけど、飲み終えたら店員さんが 

カップごと新しい紅茶を持って来てくれるってのも吃驚した」 

 

「良く気が付くと言うのか…… ホスピタリティとか言うんだっけ? こう言うのって 

自分からお代わりをサーバーまで注ぎに行かなきゃならないお店ばっか利用してる上条さんには、衝撃ですことよ」 

 

「まぁ、確かに、招待客という身分で在る事を差し引いても、素晴しい接客とは私も思いますわ」 

 

「……ただ、あの女性に対して、何故殿方が挙動不審に陥っているのか、それだけは引っかかりますの」 

 

「……」 

 

「……バレてた?」 

 

「少し目が泳いでましたもの、あの女性が接客に来る度に」 

 

「いや、俺も良く分からないんだけど、メイド服姿のあのお姉さんを見ると」 

 

そう言いながら少年は、フロアで接客業務にあたっている件のメイドを見遣る 

 

「何か思い出しそうになるんだよな…… 」

 

「黒髪で…… ロングで…… 美人で…… 巨乳で…… メイド服……」 

 

「……うっ、頭が!」 

 

「とっ、殿方?!」 

 

「だ、大丈夫、大丈夫だ、ギリギリパンドラの箱は開かずに済んだらしい」 

 

「そ、そうなんですの?」 

 

「ああ、もう少しあのメイド服がエロかったら…… アウトだったろうが」 

 

「正直、殿方が何を言ってるのかさっぱりですが、触れてはいけない話題とだけは理解出来ましたわ」 

 

「ああ、俺も何を言ってるのか正直分からんけど 

この件は分からないまま忘却の彼方へ送らせて貰おう。うん、それが良い」 

 

「まぁ、殿方がそう仰るなら私ももう何も言いませんが」 

 

「それにしても……」 

 

「その労る様な目はやめてっ! 去年までランドセル背負ってた子にそんな目で見られるのはキツ過ぎますからっ」 

 

「あら? 違いますの、労りでは無く、憐れみ、ですの」 

 

「……Oh、Jesus」 

 

その言葉を最後に、少年は崩れ落ちたのだった

 

「ふぅ……」 

 

崩れ落ちてから1分少々、少年が再起を果たした 

 

「お早いお戻りで」 

 

少年を一瞥し、ティーカップを片手に少女が優雅に声を掛ける 

 

「うい、上条さんの人生は、タフでなければ生きていけない物なんで」 

 

「……」 

 

冗談めかしの少年の言葉、だが少女には単なる冗談として片付ける事は出来なかった 

 

タフでなければ生きていけない、そして、優しくなければ生きている資格が無い 

 

とある小説の有名な台詞を想い返す 

 

硬茹でとは程遠い人間では在るが、その台詞は少年にピッタリと当て嵌まる、と少女には思えた 

長い付き合いでは無いが、それでも少年の日常がどれ程タフで、それなのに少年がどれ程優しい人間か 

少なからず、少女も理解しているのだから

 

……やはり、知りたいですの 

 

一度はぐらかされた話題をもう一度相手にぶつけるのは、意外と勇気が要る物だろう 

 

それでも 

 

「殿方、一つお訊きしてもよろしいですの?」 

 

少女はドアを叩く、知りたいから 

何故知りたいか、少女にも分からないままに 

でも、それを知らなければ、本当の意味で少年の隣を歩く事は出来無いと、それだけは分かるから 

 

少年も、少女の纏う雰囲気が変わった事に気付いたのだろう 

居住まいを正し 

 

「俺に答えられる事なら」 

 

と、短く返す

 

「感謝致しますわ」 

 

「それで…… 先程、殿方が言い淀んたのは、何故ですの?」 

 

「……ん?」 

 

「この店に来る前、缶のお茶を飲んでいた時の事ですわ」 

 

「どうして殿方は善意を受け入れたがらないのか、と訊いた際、明らかにはぐらかしましたの。今回の引っ手繰りもそう、何もしていないと仰ってましたが、実際には手を出してらっしゃいましたし」 

 

「えっと……」 

 

少年が困惑の声を出す 

しかし、少女は気にした風も無く、話を続ける 

 

「この街に張り巡らされた監視カメラは、一つじゃあ無いんですの 

あの男が女性のバッグを引っ手繰った瞬間を捉えた監視カメラが有ればタイミングを見計らい、横道から現れ、肘鉄をお見舞いする殿方の姿を捉えた監視カメラも当然」 

 

「なるほど…… 撮られてたってワケか」 

 

「ええ、あの女性を支部までお連れした時、映像を確認致しましたが、とてもじゃ有りませんが、偶然起きた、出会い頭の不幸な衝突、とは言い難い物かと」

 

「……」 

 

一瞬の間を置いた少年は 

 

「ふー……」 

 

と、長く息を吐き、少し困った様に苦笑いを浮かべた 

 

「まぁ、理由は色々有るんだが、先ず、不幸な衝突、って事にしたのは、なんつーか……」 

 

「俺が能動的に事件に首を突っ込むと、白井や黄泉川先生の小言…… もとい注意が飛んでくるから 

それなら、出来るだけ不幸な偶然を装おうかと思いまして」 

 

「……なるほど、そう言う事でしたの」 

 

そう言って、フッと軽く笑みを浮かべた少女は、次の瞬間、顔を強張らし 

 

「それは殊勝な心掛けってそんなワケ有りますかこの大馬鹿者っ! 類人猿!」 

 

と、声を荒らげた 

 

静かな店内に声が響き、周囲から視線が集まるも、少女は気にもせず続ける 

 

「全く、ちっとも、私達の言ってる事の意味が分かって無いじゃ在りませんのっ!! 

私は、危険な事は止めて欲しいと言ってるんですの! それなのにっ、もっと質の悪い方向へ突っ走るだなんて……!」

 

やばい…… 

 

怒気を漲らせる少女を前に、少年はそんな率直な感想を抱く 

過去何度か怒られた ──正確には叱られた── 経験を持つ少年だからこそ、分かるのだろう 

 

少女が、本気で怒っている事が 

 

正直、ここまで怒れる少女に対し、どう対処すれば良いのか分らない少年は、身を縮め 

 

「ご、ごめんなさい」 

 

誠心誠意謝罪を口にする 

 

縮こまる身体、垂れ下がる頭、そして硬いその声に、少女は思ってしまう 

 

少年にとって、自分がどの程度の存在でしかないのか、と 

 

「……謝罪なんて、結構ですの。所詮、私が勝手に心配しているだけですもの

 

先程とは打って変わって、静かに言葉を掛ける 

だが、その声は悲哀と嘆きが色濃く見えて 

 

……ああ、そうか 

 

少年は、自身が言うべき言葉は謝罪なんかでは無かった事を悟るのだった。

言うべきはきっと 

 

「心配してくれてありがとう、白井」 

 

感謝と 

 

「それと、聞いて欲しい事が在るんだ」 

 

胸の内だったのだろう 

 

「……はい、私でよろしければ」 

 

少年の誠意が伝わったのだろう、少女もまた居住まいを正し受入れる準備をし 

 

「さっき白井は、どうして善意を受け取らないのか、そう訊ねて来たよな?」 

 

「ええ」 

 

「それに、缶のお茶を飲んでた時にも、善行とか、遠慮深いとか言ってくれた」 

 

「ええ」 

 

「けどさ……」

 

少年のその言葉を最後に、少しの間が空き無言が二人を包む 

 

らしくない空気に、少女は少し不安になる 

それでも、少女が口を開く事は無い 

 

少年の向けるその表情は、少女にも見た事の無い物で 

きっと、少年の言おうとする事は、今まで誰にも語った事の無い事だと、少女は強く感じたから 

 

だから、少女は口を挟む事なく、真摯に、少年が口を開くのを待っていた、自分の想いが、少年へと届きますようにと 

 

「……けどさ、それって本当に善行だったのかなって、思うんだよ。俺は 

もしかしたら、事の発端は俺の所為だったんじゃないのかってさ」 

 

「……」 

 

一瞬、少女には少年の言っている事の意味が分からなかった 

 

だが、次の瞬間には

 

「そんな事あるわけ無いじゃありませんの!」 

 

と叫んだ。少年の抱いている疑念を吹き飛ばしたい一心で、人目も憚らず声を張り上げた 

 

少女にも理解出来てしまったのだ、少年の言っている事の意味を 

 

「まさか、自分の所為だとお思いですの!? 周りで起こった不幸さえもっ! 

だから、善行ではないと…… 自らが蒔いた種を刈り取っているだけだと仰るんですか?!」 

 

「礼を受け取らないのも、そもそもが自分の所為だからと?!」 

 

「確かに…… 殿方は人より不幸かも知れませんが、そんな事有る筈が無いですの……」 

 

「だって、殿方は…… 殿方は……!」 

 

誰よりも優しいのに…… それなのにそんな事が在っていい筈が……! 

 

「……あ」 

 

そこで、漸く、少女は自身の瞳から涙が溢れ、そしてポロポロと流れ落ちた事に気付く 

 

少年に酷く悲しい考えを懐かせた、不幸という物への怒りと、そんな事を考えてしまう少年への哀憐 

そして、その事にまるで気が付かなかった自分自身の至らなさ 

 

様々な感情が交錯し、流れ出す

 

同時に、少女の慟哭を、只々受けと取っていた少年も 

 

「お、おい大丈夫か?」 

 

と、心配そうに声を掛ける 

 

「別に、平気…… ですのっ」 

 

声を震わせながらも少女は気丈に答え、右手の甲で目元を拭う 

 

「というかっ、私の事はどうでもいいんですの!」 

 

「もう、そんな馬鹿な考えは止めて下さいまし!」 

 

「泣きいてる女の子に罵られるのは流石にきついんですが……」 

 

「シャラップ! 殿方が馬鹿な事を考えるからいけないんですのっ 

殿方は単に、底抜けに優しくて、超が付く程お人好しで、少しばっかり不幸なだけですの!」 

 

「もし、殿方の行為にケチを付ける輩が居たら、纏めて私が相手をして差し上げますの!」

 

「……ですから、殿方は変な事を考えないで下さいまし」 

 

「困ってる人が居たから助けた…… それだけで良いじゃありませんの……! 

理由なんて、考えなくったって」 

 

「もし、殿方が、今までそんな事を考えて生きていたとしたら……!」 

 

「黒子は…… 黒子は……!」 

 

一旦は止まった涙が再び溢れて来て、少女は掌で目元を隠そうとする 

だが、その前にハンカチが向けられ 

 

「なんか…… 変な事言って、ごめんな」 

 

その言葉と共に、少年は少女の目元を優しく拭う 

その声に、その行為に、少女は想う 

やはり、この方は、私の知っている殿方なんだ、と 

 

「いいえ、分かって頂けたのなら、私からはもう何も言いませんわ」 

 

そう言って少女はハンカチを受け取り目元を押さえる

 

「あはは、あんな風に説教されちゃあなぁ、肝に銘じておくよ」 

 

「……それに、俺自身、その"馬鹿な考え"って奴を本気で信じてるわけじゃないしな。実際のとこ」 

 

「そう…… なんですの?」 

 

「ああ、今までだって、何かを考える前に、体が動いてたからな 

その人が助けなんて求めて無くても、無理矢理割って入って暴れ回ってさ」 

 

「だから、この事件の発端は俺の所為だ、だとか考える余裕なんか有る筈ない」 

 

「……」 

 

「……けど、俺だって、なんであんな危険な事に首突っ込んでるのか、疑問に思った事がないわけじゃない」 

 

「何故俺はあんな馬鹿な真似をするのか、を、それっぽく分析したら、不幸に対して強迫観念みたいな物が在るんじゃないかなぁと、思い至ったわけなのですよ

 

「……」 

 

それまで一心に少年の述懐を聞いていた少女は一拍間を置いたあと 

 

「ほうほうなるほど」 

 

と、感慨深そうに呟くと、椅子から立ち上がり 

 

ゴツンッ☆ 

 

と、少年のオデコにチョップを食らわせた 

 

「……何故に」 

 

「乙女の涙を安売りさせた罰ですの」 

 

「意味が分かりません」 

 

「それと、もう二度と妙ちきりんな考えを思い付かない様に、衝撃で脳細胞を少々減らしておこうかと」 

 

「なーるほど…… っておいっ! 怖いわ! どこのサイコでマッドなサイエンティストだよ?!」 

 

「ふふっ、半分は冗談ですの。ですが、もう後ろ半分は本気ですの 

ですから、殿方もゆめゆめ忘れぬ様にして下さいまし」 

 

そう言って少女は少年に軽く笑みを向け 

 

「……はははっ、以後気をつけます」 

 

少年も嬉しそうに笑みを浮かべたのだった

 

「……」 

 

「……」 

 

「……少し、温くなってしまいましたわね」 

 

紅茶をひと飲みした少女は、静かにそう零す 

 

「まぁ…… な」 

 

少年も少女と同様に 

 

「あ、あとこれをお返し致しますの。お気遣い感謝致しますわ」 

 

そう言って少女はハンカチを少年に向け 

 

少年もまた 

 

「どういたしまして」 

 

その言葉と共に受け取った 

 

それから少し間、静寂が二人を包む 

少女も少年も、少し考える時間が欲しくなったのだろう 

 

告白をした少年も 

告白をされた少女も 

 

それぞれに様々な想いが、胸に浮かび、そして消えて───

 

そんな空気の中、少女は 

 

ふう…… 仕方有りませんわね…… 

お姉様、黒子の不義理をお許し下さいまし 

 

そう内心で呟き、ある事を決めた 

 

今日だけ、ファーストプライオリティを入れ替える事を 

 

そして少女は静寂を破る 

 

「ところで、殿方はサンタクロース、という人物をご存知でいらっしゃいますの?」 

 

突然の問い掛けに、しかも、これまでの会話とはなんの関連性も見出だせない話題に少年は 

 

「……ん?」 

 

と、少々訝しむものの、少女の真剣な顔を前にし、気を取り直し答えていく 

 

「サンタクロースって、あのサンタクロースでいいんだよな? 

クリスマスの夜に、子供にプレゼントをくれる赤服で白ひげのお爺さんの」

 

「はい、そのサンタクロースですの。ただ、細かい事を言えば、子供は子供でも、良い子に対して、ですの」 

 

「ふぅむ、確かにそうだったかもな」 

 

「ええ、ですから、サンタクロースさんも、殿方のプレゼントにはさぞかし気合を入れていた事だと思いますの」 

 

「……えっと」 

 

少女のその言葉に、少年は思わず口籠る 

少年は勿論、サンタクロースの正体という物を理解していて 

それは目の前の少女も同じ事だと思っていたからだ 

 

「あら? サンタクロースなんて居ない、と殿方はお思いですの?」 

 

「まぁ、居たら良い、とは思ってるけどさ」 

 

「……でも、やっぱり、ネッシーやイエティがファンタジーの世界のお話だって」 

 

「そう考えてしまう程度には、年も食ってるとも思う」 

 

「……少し、寂しいお話ですの」 

 

そう言って、少女は既に冷めてしまっている紅茶を口にした 

 

「……確かに、な」

 

「ですが、ここが学園都市だという事を忘れてはいけませんわ」 

 

「……ん?」 

 

「高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない」 

 

「とある著名なSF作家の名言ですの。有名な文言ですので、殿方も見聞きした経験も在るのでは?」 

 

「んー…… どっかの漫画でそんな台詞が在った気がする」 

 

「でも、それが?」 

 

「ここ学園都市では、何も無い処から火や電気を生み出す者、触らずに物を動かす者、風を操り空を飛ぶ者、光を操り姿を消す者、相手の心を意のままに動かす者、果ては私の様に、瞬時に空間を移動する者まで」 

 

「事情を知らぬ者から見れば、お伽の世界を見ているも同然でしょう」 

 

「……」 

 

「……確かに、学園都市ってファンタジーな世界と変わんねぇなぁ、そう言われると」 

 

「なら、サンタクロースの1人や2人居ても不思議ではないと、そう思いませんの?」 

 

「……いやぁ、流石に、それはどうなんだろうな」 

 

お伽の世界に近い人間は確かに居るが、お伽の世界の住人その物ズバリが居るとは、やはり思えず少年は言葉を濁す

 

だが、そんな少年とは対照的に、少女は 

 

「いいえ、居ますわ」 

 

「誰かの為駆けずり回るお人好しの少年に、何かをしたいと願ったサンタクロースが」 

 

「この街には、絶対に」 

 

断言する様に言い放った 

 

そして、少年も 

 

「……ああ、そうだな」 

 

「もうそんな年じゃないとは思うけど、白井がそう言うのなら、俺も信じてみるさ」 

 

「その、サンタクロースってのを」 

 

不思議と、そんな気分にさせられていくのだった

 

「……さてと」 

 

残っていた紅茶を飲み干した少年は、一段落付ける様に、少し強い声を出し 

 

「そろそろ出るか?」 

 

と、店を出る提案した 

 

少女も 

 

「ええ、そうしましょうか」 

 

そう言いつつ店内に飾られている柱時計を一瞥する 

 

「あっと、そういや白井は休憩時間中なんだっけな。時間は大丈夫か?」 

 

「まぁ、少しばかり急げば」 

 

「そういう事なら行きますかね」 

 

「そうして頂けると助かりますわ」

 

その言葉と共に二人は椅子から立ち上がり、サクサクっと会計を済まし…… とはいかなかった 

 

そう 

 

片方は、何枚かの招待券を持ったお人好しの少年で 

もう片方は、生真面目で、高潔を重んじる少女である 

 

当然の如く、少女の分も払おうとする少年と、自分の分は自分で払いたい少女とで 

キャッシュレジスターの前にて、意見の対立が起こった 

 

とはいえ、レジの前で長々と口論出来る筈も無く 

また、親切の押し売りを得意とする少年に、少女が対抗出来る筈も無く 

結局は少年が招待券を2枚切り、会計を済ませMomijiを後にしたのだった 

 

件のメイドに手厚く見送られながら

 

「殿方、本日はご馳走さまでした」 

 

Momijiを出た少女は、そう言って、頭を下げる 

 

一方、言われた側の少年は 

 

「いやぁ、上条さんは貰い物のチケットを使っただけなんで、そう畏まられると、くすぐったいなぁと」 

 

恥ずかしそうに視線を少女から逸らす 

 

「恩を受けた以上、お礼ぐらいは口にしますわ」 

 

「強引ではありますが、やはり、善意を向けられると、嬉しくも有りますし」 

 

「……そっか、そう言ってくれると上条さんとしても嬉しいかな」 

 

「まぁ、それよりもっ」 

 

「どうする? 詰め所まで送ってこうか?」 

 

そう言って、若干強引にではあるが、話題を変える

 

「……いえ」 

 

少女も話題の転換に乗っかるものの 

 

「どうやらテレポーテーションして行かないと、遅れてしまいそうなので」 

 

と、少し口惜しそうに応えを返す 

 

「そっか……」 

 

少女のその応えに、少年は物悲し気な顔を見せる 

 

だが、そんな少年とは対照的に、少女は笑みを浮かべ 

 

「ふふふっ、そんな捨てられた仔犬みたいな顔をなさらないで下さいな」 

 

と、言葉を発し、更に続けた 

 

「このお店へ入る前にした、私からの申し出を忘れてしまわれたんですの? 殿方」

 

「いや…… 憶えてるけど……」 

 

「奥ゆかしい上条さんとしては、本気にしちゃって良いのかという葛藤が有りまして……」 

 

困った様に空笑いを浮かべながら、少年はそんな事を口にした 

 

「私から提案した以上、殿方が遠慮される謂れは何処にも在りませんわ」 

 

「それに、遠慮なんて…… 殿方にはされたく無いですの」 

 

そう言って、少女は頬をプクっと膨らませる 

 

少女としては割と本気で拗ねているのだが、絵的には大変可愛らしく 

そして、普段大人びている少女が珍しく見せた歳相応の言動に 

 

「……よしっ、じゃあ、また何処か遊びに行くか!」 

 

少年は珍しく声を弾ませ、少女も 

 

「ええ、楽しみにしてますわ」 

 

と、嬉そうに答えたのだった

 

それから10秒程少年も少女も、その心地良い空気に浸っていたのだが、少年がある事に気付き声を上げる 

 

「って、休憩時間大丈夫なのか?」 

 

「……あ、そういえば」 

 

少女も少年の言葉で思い出し、急ぎ携帯端末を取り出し時刻を確認する 

 

「……これは、ちょっと、ギリギリですの」 

 

少年も、少女のその声の硬さに状況の厳しさを察したのだろう 

 

「白井、今日はありがとうな。楽しかったし、胸のつかえが下りた気がするし…… なんか、嬉しかった」 

 

敢えて落ち着いた声で、別れの切っ掛けを作り出す 

 

「……ええ、私も楽しかったですの。それに、殿方にそう思って頂けるなら私も嬉しく思いますわ」 

 

「また、エスコート、お願い致しますわ」 

 

「ああ、任せとけ。次は完璧なエスコート振りを見せてやるさ」 

 

「……まぁ、そこは期待薄でしょうが」 

 

「っておいっ! そこは期待しとけよっ!」 

 

「ふふっ、それでは、ここら辺で失礼致しますわ」 

 

「ああ、じゃあ、またな」 

 

そう言って少年は手を振り 

 

「ええ、また」 

 

少女は一礼をし、文字通り、跡形も無く消え去った

 

無事風紀委員詰め所まで辿り着き、そして無事職務を終え 

学生寮自室まで戻って来た少女を待ち受けていた物は 

 

巨大なミノムシ……では無く、布団に包まり体を丸めた少女、御坂美琴であった 

 

「お… お姉様?」 

 

目に見えて沈んだ空気を纏うその存在に、少女は戸惑いながら声を掛ける 

 

すると 

 

「おかえり…… 黒子……」 

 

布団の中からくぐもった声が返っては来た 

ただ、その声は明らかに生気が無く、そのあんまりな様子は 

 

「これは…… また……」 

 

少女の言葉を失わせる程だった

 

とはいえ、少女が、グロッキー状態の"お姉様"を何時までも指を咥えて見ている筈も無く 

 

「えっと、何処か、具合が悪いんですの? お姉様」 

 

と、気を取り直し声を掛ける 

勿論、何故御坂美琴がここまで沈んでいるのか、少女はその事情を知っているのだが 

敢えて少女は知らない振りをして接する事に決めた 

 

やはり、あのエピソードは他人に知られたくは無い類いの物だろうから 

 

「大丈夫、ちょっと疲れて横になってるだけだから」 

 

布団から頭だけ出し、御坂美琴はそう答え 

 

「そ、そうなんですの?」 

 

「ええ、だから心配ないわよ」 

 

そう言って、御坂美琴は右手で目を覆い、大きな溜め息を吐く

 

そんな普段とはかけ離れた御坂美琴の姿を見詰め 

 

「ふぅ……」 

 

と、少女も小さく息を吐く 

 

まぁ、あれだけの失態を犯してしまえば、如何にお姉様といえど、こうなってしまうのも無理からぬ事なのでしょう 

恐らく、お姉様にとっては、一世一代の大告白 

 

それなのに口から出た台詞が、アレでは…… 

 

「……お姉様がそう仰るなら、黒子からは何も訊きは致しません」 

 

「ですが…… これくらいはさせて下さいまし」 

 

その言葉と共に、少女は御坂美琴の枕元に腰を下ろし、頭を優しく撫でる 

 

「……ありがと、黒子」 

 

そんな少女の気遣いに、御坂美琴は少し湿った声で応え 

 

「……」 

 

「あと…… もう少し、そうして貰っても良い?」 

 

少し恥ずかしそうに続けた 

 

「勿論ですの」 

 

御坂美琴のその応えに、少女は笑みを湛え、柔らかな声で返す 

 

「ごめんね、クリスマスなのに、こんなで……」 

 

「……誰にでもそんな時が在りますわ。私は勿論、お姉様にだって、必ず」 

 

「完璧な人間なんて、いるはずがありませんもの」 

 

「そう…… ね、黒子の言う通り、なんだと思う」 

 

「……」 

 

「でも、やっぱり、今日のは、きっついなぁ……」 

 

今まで聞いた事も無い程に沈んだその声に 

 

少女の想いは溢れ出し、言葉に変わる

 

「……お姉様は今日、躓き、転ばれてしまったのかもしれませんが」 

 

「それでも、良いじゃありませんの」 

 

「何も出来ずにその場に立ち止まっていた者が 

例え、一歩目で躓いたとしても、勇気を持って踏み出した」 

 

「それは確かな飛躍であり、誇るべき事だと思いませんか?」 

 

「そう…… なのかな?」 

 

「ええ、お姉様だって、そんな方が好きなんじゃないですの?」 

 

「例え、自分に何が出来るか分からなくても 

それどころか、自分がどうなるかすら分からなくても」 

 

「そんなこと気にもせず、全身全霊で踏み出し、その手を誰かに差し伸べる」 

 

「そんな方が好きで、そして、そんな人間になりたいと…… 違いますの?」 

 

「……まぁ、ね」

 

「なら、安心してくださいまし。そんな方が、誰かの失敗を嘲笑うはずが無いですもの 

それとも、お姉様はその方を信じられないとでも?」 

 

「……そっか」 

 

「……ううん、なんか、大分視野が狭窄してたみたい。ありがとうね、黒子」 

 

「いえいえ、どういたしまして」 

 

そう言って、にっこりと微笑んで、そして、ちょっぴり意地悪な笑みに変わる 

 

「それにしても、もう少し、天の邪鬼な反応をされると思ったのですが…… 今日のお姉様は素直なんですのね」 

 

「……今の黒子には、何を言っても見透かされそうだし」 

 

「それに、凄く温かくて、なんか緊張の糸が切れちゃったみたい」 

 

「……お休みになられます?」 

 

段々と、うつらうつらとしてきた御坂美琴の目を見詰め、少女は問い掛ける 

 

「……そうね、悪いけど、眠らせてもらおうかな」 

 

「さっきまで最悪の気分だったけど、今なら良く…… 眠れそうだから……」 

 

「なら…… お休みなさい。お姉様」 

 

「……うん、お休み、黒子」

 

その言葉を最後に、御坂美琴は瞼を閉じて、そして数分もしないうちに寝息をたて始める 

 

「良い夢を」 

 

その寝顔を少しの間見守っていた少女は、その言葉と共に、枕元から立ち上がり自身の机に向かう 

 

……うん、まぁ、この配色なら、男性が巻いても問題は無いでしょう 

 

机に置いてある鞄、その中身であるマフラーを一瞥し、少女は安堵する 

常盤台の制服に合わせシックな配色にした事が、ここに来て予想外の僥倖となったらしい 

 

それに、出来としても恥ずかしくない物にはなってくれたでしょうし 

 

マフラーを手に取り、少女はちょっぴり悦に浸る 

なんといっても、このマフラーは少女の努力の結晶、つまり手編みである 

どうしたって、喜色の一つも出てしまうのだろう 

 

とはいえ、少女は早々に気を落ち着けて、もう一方の机に目を呉れ、近付く 

そこにあるのは小さな紙袋 

 

少し躊躇するものの、意を決し、中身を覗く。中身は少女の予想通り、一組の手袋 

それも少女のマフラー同様に、手編みの代物となっている

 

その出来栄えに、少女は思わず 

 

「流石…… ですの」 

 

と、感嘆の声が漏らす 

 

マフラーと違い複雑な形状をしている手袋という物は、当然編む難しさも段違いの物となる 

そのマフラーでさえ四苦八苦して編み上げた少女だからこそ、この手袋を編み上げた 

人間の努力の多寡が痛い程分かり、そして敬服せざるを得ないのだった 

 

「……はっ!?」 

 

そのまま少女は数分程見惚れていたものの、漸く自らの役を思い出し、時計を見る 

 

時刻は夜の9時を回ったところ 

 

……この時間では、まだ起きてらっしゃるでしょうし 

 

「……」 

 

数瞬少女は考え込んだ後、携帯端末からネットにアクセスする 

御坂美琴へのクリスマスプレゼントを考える為だ 

 

虎の子でもあるあのマフラーを、御坂美琴へのプレゼントとして渡せなくなった以上 

御坂美琴には、何か別の物を用意しなければならないのだから

 

「そろそろ、頃合いですわね」 

 

時刻は夜の12時少し前 

 

携帯端末をポケットに入れつつ少女は椅子から立ち上がり、目の前の鞄からマフラーを取り出し 

隣の机に置いてある紙袋に入れる。マフラーを下敷きにし、手袋が上になる様に 

 

そして、少女は紙袋を手にしたまま、眠る御坂美琴をちらりと見た後、覚悟を決める様に 

 

「ふぅ……」 

 

と、深く息を吐き 

 

音も無く、消え去った

 

「ここですのね」 

 

携帯端末のナビゲーションに従い、転移を繰り返すこと数分、少女はとある学生寮に辿り着き、感慨深く呟いた 

とはいえ、ここからが本番である事は少女も理解の上なのだろう 

 

気を引き締め直し、7階のベランダへと転移、靴を脱ぎつつカーテンの合間から室内を伺う 

 

その姿は完全に泥棒のそれで、少女自身、今から行う行為が完全に犯罪である事も理解しているのだが 

 

「……どうかお許しを、殿方」 

 

その言葉を残し、少女は消え去り 

 

次の瞬間、室内に顕れた

 

「……ん」 

 

光源の何も無い室内に、少女はやむ無く携帯端末を持ち出し明かりの代わりにする 

暗い室内に薄明かりが灯り、ベッドと、そこに眠る少年の姿が仄かに照らされる 

 

それを確認した少女はゆっくりと近付き、枕元に静かに紙袋を置き 

 

小さな声で、それでも精一杯の想いを込めて 

 

「メリークリスマス、当麻さん」 

 

その言葉を贈り 

 

少年の頬に口付けを交わしたのだった 

 

そして少女は、音も無く、掻き消えた 

 

きっと、顔を真っ赤に染めながら

 

可愛らしいサンタクロースのミッションは、一見すると、成功したかの様に見えるのだろう 

クリスマスの夜に、誰にも気付かれず、良い子の枕元へプレゼントを届けたのだから 

 

ただ、不幸な事に、この少年はこのベッドで寝るのは久方ぶりであり、慣れない寝具になかなか寝付けないでいた 

 

──つまり、少年は 

 

「……やべぇ」 

 

「さっぱり眠れそうに無いですことよっ、白井さん!!」 

 

起きていた 

 

結局、少年はハイなテンションをなかなか抑える事ができず、大層な夜深しをするのだが、それはまた別のお話 

その後何日か、少年も少女も、お互いの顔をまともに見られない日が続くのだが、それもまた別のお話 

 

何故なら、この街には不思議な力を持ったサンタクロースが確かにいる 

それこそが最も重要なこと、なのだから 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

「殿方、本日はご馳走さまでした」 

 

Momijiを出た少女は、そう言って、頭を下げる 

 

一方、言われた側の少年は 

 

「いやぁ、上条さんは貰い物のチケットを使っただけなんで、そう畏まられると、くすぐったいなぁと」 

 

恥ずかしそうに視線を少女から逸らす 

 

「恩を受けた以上、お礼ぐらいは口にしますわ」 

 

「強引ではありますが、やはり、善意を向けられると、嬉しくも有りますし」 

 

「そっか、そう言ってくれると上条さんとしても嬉しいかな」 

 

「というわけで、強引ついでにコレもどうぞ」 

 

そう言って、少年は白い封筒を向ける 

 

「あの、これは…… もしかして……」 

 

「この店の招待券。2枚入ってるから、御坂と一緒に来てみろよ 

ここなら御坂でも満足出来るだろうし」

 

そんな風に突然始まった更なる善意の押し売りに、少女は困惑しながら言葉を返す 

 

「……えっと、ちょっと、意味が分からないですの。ここまでされる覚えは無いですし 

それに、流石にこれ以上殿方の善意に甘えるわけにもいきませんわ」 

 

「まぁ、コレは御坂へのお見舞いみたいなモンだから、深く考えないでくれよ」 

 

「お見舞い…… ですの?」 

 

はて……? 

 

と、少女は疑問を憶える 

見舞いを受けるという事は、当然、見舞いを受ける様な事態に陥ったという事でもあるが 

少女の中に、御坂美琴がその様な状況に陥っていたという記憶は見当たらないからだ

 

一方、少年は、声を潜め言い辛そうに言葉を紡ぐ 

 

「流石に…… いきなり意味不明な事を叫んで走り去られたら心配にもなるだろ」 

 

「……」 

 

「……ああ、なるほど」 

 

……なんと言うか、こう、言葉にされると、考えていた以上に酷いですの 

 

「だから、何が在ったか知らないけど、元気出せよって、言っといてくれ」 

 

「はあ、そういう事ならば、私が責任を持ってお姉様へお届け致しますが……」 

 

「……ただ、やはり、私の分まで頂くわけにはいきませんわ。今もご馳走になって、更にまたお世話になるのは流石に」 

 

「うん、まぁ、白井の気持ちも分かるけど、御坂がお前だけに金を払わせるとは思えないし、それは白井も同じだろ? 

結局、水の掛け合いになるのは目に見えてるし、俺が二人分のチケットを渡すのが一番座りが良いんだよ」 

 

「むぅ……! 確かに、そうかも…… 知れませんが」 

 

「じゃあ、決まりだな」 

 

そんな言葉と共に、少年は少女の手を取り封筒を握らせた

 

少年のその厚意に、若干納得のいかない少女であったが、これ以上拒む言葉が見当たらず 

 

「……ふぅ」 

 

と、観念した様に息を吐き 

 

「感謝致しますわ」 

 

丁重に封筒を受け取り、頭を下げた 

 

「それと、先の言葉も、責任を持ってお姉様へお伝え致しますわ」 

 

「おう、御坂の事は頼んだぜ」 

 

「ええ、任してくださいまし」 

 

「……さてと」 

 

少年はその話題にピリオドを打つ様に声を発し

 

「どうする? 詰め所まで送ってこうか?」 

 

新たな提案を持ち掛ける 

少年のその問い掛けに、少女は一瞬考えを巡らし 

 

「……いえ、どうやらテレポーテートして行かないと、遅れてしまいそうなので」 

 

少し口惜しそうに応えを返す 

 

少女としても、やはり、この時間という物に思うところが在るのだろう 

ただ、それは少年も同じ事なのか 

 

「そっか……」 

 

少女のその応えに、少年は物悲し気な顔を見せる 

 

そんな少年とは対照的に、少女は笑みを浮かべ 

 

「ふふふっ、そんな捨てられた仔犬みたいな顔をなさらないで下さいな」 

 

と、軽い調子で言葉を発し、更に続けた 

 

「このお店へ入る前にした、私からの申し出を忘れてしまわれたんですの? 殿方」

 

「いや…… 憶えてるけど……」 

 

「奥ゆかしい上条さんとしては、本気にしちゃって良いのかという葛藤が有りまして……」 

 

困った様に空笑いを浮かべながら、少年はそんな事を口にした 

 

「私から提案した以上、殿方が遠慮される謂れは何処にも在りませんわ」 

 

「それに、遠慮なんて…… 殿方にはされたく無いですの」 

 

そう言って、少女は頬をプクっと膨らませる 

 

少女としては割と本気で拗ねているのだが、絵的には大変可愛らしく 

そして、普段大人びている少女が珍しく見せた歳相応の言動に 

 

「……よしっ、じゃあ、また何処か遊びに行くか!」 

 

少年は珍しく声を弾ませ、少女も 

 

「ええ、楽しみにしてますわ」 

 

と、嬉そうに答えたのだった 

 

それから10秒程少年も少女も、その心地良い空気に浸っていたのだが、少年がある事に気付き声を上げる

 

「って、休憩時間大丈夫なのか?」 

 

「……あ、そういえば」 

 

少女も少年の言葉で思い出し、急ぎ携帯端末を取り出し時刻を確認する 

 

「……これは、ちょっと、ギリギリですの」 

 

少年も、少女のその声の硬さに状況の厳しさを察したのだろう 

 

「白井、今日はありがとう。楽しかったし、胸のつかえが下りた気がするし…… なんか、嬉しかった」 

 

敢えて落ち着いた声で、別れの切っ掛けを作り出す 

 

「……ええ、私も楽しかったですの。それに、殿方にそう思って頂けるなら私も嬉しく思いますの」 

 

「また、エスコート、お願い致しますわ」 

 

「ああ、任せとけ。次は完璧なエスコート振りを見せてやるさ」 

 

「……まぁ、そこは期待薄でしょうが」 

 

「っておいっ! そこは期待しとけよっ!」 

 

「ふふっ、それでは、ここら辺で失礼致しますわ」 

 

「ああ、じゃあ、またな」 

 

そう言って少年は手を振り 

 

「ええ、また」 

 

少女は一礼をし、文字通り、跡形も無く消え去った

 

無事風紀委員詰め所まで辿り着き、そして無事職務を終え 

学生寮自室まで戻って来た少女を待ち受けていた物は 

 

巨大なミノムシ……では無く、布団に包まり体を丸めた少女、御坂美琴であった 

 

「お… お姉様?」 

 

目に見えて沈んだ空気を纏うその存在に、少女は戸惑いながら声を掛ける 

 

すると 

 

「おかえり…… 黒子……」 

 

布団の中からくぐもった声が返っては来た 

ただ、その声は明らかに生気が無く、後悔と悲嘆に塗り固められていて 

 

そのあんまりな様子は 

 

これは…… また…… 

 

一瞬言葉を失わせる程だった 

 

……ですが、まぁ、仕方ありませんわね。今日のお姉様の言動から考えれば 

 

そう、目の前の布団の塊は、本の数時間前、想い人に対し、とんでもない失態を演じてしまったばかりなのだ 

幾ら気丈で快活な御坂美琴とはいえ、流石にその失態すら包み隠し、素知らぬ顔で過ごす事までは出来ないのだろう

 

それでも……! 

 

少女には言わなければならない事、やらなければなければならない事が在った 

それはとても重要で、今日の少女にとっては、最も大切な事で 

 

「はい、ただいま戻りましたわ。お姉様」 

 

だから、少女は覚悟を決めて言葉を紡ぐ 

 

「──ところで、唐突ですが、お姉様は、こんな事をご存知ですの?」 

 

「んー…… なに?」 

 

少女の突然の問い掛けに、その布団の塊は気怠そうな声を返し 

 

カトマンズは山の名前ではなく、都市の名前だと」 

 

「ぶはっっっ??!!」 

 

盛大に噴き出した 

 

そして直ぐ様布団を跳ね飛ばし 

 

「ななななんでっ?!」 

 

御坂美琴は、そんな言葉にならならない叫びを上げて、驚愕の眼を少女に向ける 

 

「何故、と言われましても、警らの最中に殿方とお会いして、その時に少しお話を」 

 

「……なるほどね」 

 

「ええ、それで、その後とあるパティスリーへ誘われて……」

 

そこで少女は気付く、目の前に居る人間が放つ空気が、明らかに変わって来た事に 

やはり、意中の人間が誰かと洋菓子店へ向かう事を悠然と受け止められる程、大人ではないのだろう 

 

そんな御坂美琴に対し、少女は、無作法を働いた子供を窘める母親の様に 

 

「……お姉様、そんな妬ましげな目を向けるのは、止めて下さいまし」 

 

と、はっきりと、それでいて優しさの在る声を掛ける 

一方、少女からの指摘を受けた御坂美琴はというと、大袈裟に首を横に振りつつ 

 

「そ、そんな目はしてないでしょ!」 

 

「というか! なんでそんな事になっちゃったわけよ?!」 

 

誤魔化す様に声を張り、先を促す 

 

「殿方が人助けをした際、そのパティスリーの招待券を頂いたらしくて」 

 

「ただ、男独りでパティスリーへ行くのはどうにも決まりが悪いらしく 

それで、目の前に居た私にお鉢が廻ってきた、というわけですの」 

 

少女のその説明を、前のめりになって聞いていた御坂美琴は 

 

「……ふーん」 

 

と、何やら安堵した様子で呟いた

 

「それで、別れ際、殿方からこれを」 

 

そう言って、少女は封筒を取り出し、御坂美琴へ向け差し出す 

 

「えっと、私にって事?」 

 

「はい、お受取り下さいまし」 

 

「……」 

 

一瞬、思案顔を浮かべた御坂美琴は 

 

「それじゃあ」 

 

と、言いつつ封筒貰い受け、おっかなびっくりと中身を検める 

 

「……Salon De Sweets Momiji、特別招待券?」

 

中から出て来た紙を見詰め、御坂美琴は静かに呟く 

 

「ええ」 

 

「"何が在ったか知らないけど、元気出せよ"」 

 

「そう仰ってましたわ」 

 

「……」 

 

少女のその話を受け、御坂美琴は無言のまま熟考に熟考を重ね 

 

「……マジ?」 

 

茫然と呟き 

 

「マジですの。殿方も気に掛けてらっしゃった様ですわ」 

 

「……」 

 

また、数秒のトリップに入った後 

 

「……」 

 

「……えへ」 

 

にへら、と締まりのない笑みを浮かべたのだった

 

そして、その笑顔のままに 

 

「へっ、へぇ~、そうなんだ、あいつ、心配してたんだぁ……!」 

 

「別に? そんな心配される様な事はしてないけど? 

でもそっかぁ~ 心配してたかぁ……! やっぱあいつって、お節介なトコロもあるし? 

あ~、仕方無いわねぇ。まぁ? あいつらしいっちゃ、らしいんだけどね~」 

 

さも平静である、という文言を並び立てた 

ただ、文言の選択はまだしも、その弾んだ声と、締まりのない笑みと 

そして、身体中から溢れ出す喜色の雰囲気は、全く隠す事が出来ておらず 

 

……お姉様、分かり易過ぎですの 

 

少女はつい、そんな感想を抱いてしまう 

 

とはいえ、先程まで布団に包まり後悔と悲観のどん底状態だった御坂美琴が 

ここまで快気したのは、少女にとっても僥倖で在り 

 

次のフェーズに移行するべく 

 

「では、お姉様、行きましょうか」 

 

と、大鉈を振るった

 

「……えっと、行くって、何処に?」 

 

脈絡の無い話題の転換に、御坂美琴は困惑の表情を浮かべる 

 

一方、少女はそんな御坂美琴を意にも介さず、決然と言い放つ 

 

「決まってますわ。勿論、殿方のお宅へ、ですの」 

 

「……」 

 

「……なっ?!」 

 

「なんで?!」 

 

「何故って、お姉様には、やるべき事、渡さなければならない物が在るからに決まってるじゃありませんの」 

 

そう言って、少女は窓際に置かれた机を、正確には机に置かれた紙袋を指差した 

 

その言動に、御坂美琴は目を逸らし 

 

「な、何を言ってるのかしら?」 

 

上擦った声を返す

 

少女はそんな御坂美琴に対し、ジトっとした視線を送りつつ 

 

「お姉様、誤魔化すのはお止めください」 

 

「今日はクリスマスで、そのクリスマスももう数時間で終わってしまうと 

お姉様だって、分かっておられるでしょう?」 

 

と、語気を強めた 

 

「……」 

 

「……」 

 

そのまま数秒間、御坂美琴は無言を貫くものの、少女の視線に敗北を喫し 

 

「……まぁ、ね」 

 

と、口を開き 

 

「でも…… 流石に、つい、何時間か前の事だし…… ねぇ?」 

 

察して欲しいと言いたげな視線を少女に送る 

 

「……つまり、日を改めたいと」 

 

コクリと、御坂美琴は声も無く頷く 

 

やはり、数時間前の失態を振り切って、その日の内に再び顔を合わせるという事は如何に芯が強く気概の在る御坂美琴といえども、なかなか出来る物ではないのだろう 

 

だが、それでも、少女は 

 

「お姉様っ!」 

 

喝を入れる様に声を張り、諭す様に言葉を続ける 

 

「お姉様だって、あの方の隣を歩きたいと思ってるんじゃないですの? あの遠い背中に追い付き、そして、手を取りたいと」 

 

「それなのに」 

 

「いつか、とか、また、とか、そのうち借りを、恩を返す機会が巡ってくるだろうとそんな風に、来るかも分からない好運を、待ち続ける気ですの?」 

 

「……そんなの、私は、嫌ですわ」 

 

「借りを作ったなら、必ず返す。例え、その方が貸しだと思っていなくとも、強引に、その方がした様に」

 

「……でないと、何時まで経っても背中を見詰めるだけで、対等になんてなれるはず無いですもの」 

 

「それが出来なければ、あの方は独りのまま。誰かが無理にでも振り向かせ、一緒に居たいと叫ばぬ限り」 

 

「それは、お姉様も分かってるはずですの。なんせ私よりかは付き合いが深い……」 

 

「違うんですの?」

 

そう言って、少女は発破を掛ける様に、好戦的で楽しげな笑みを浮かべるその笑みに、御坂美琴も口角を上げ 

 

「……言ってくれるじゃない」 

 

迎え撃つ様に言葉を返し 

 

「良いわよ、行こうじゃないの!」 

 

「別に、行くのを躊躇したのだって、もう夜も遅いし、あいつに悪いかなって思っただけだし! 別に、ビビってたわけじゃないしっ!」 

 

鼻息荒く言葉を続ける 

一方、少女は、一旦ベッドから立ち上がり、御坂美琴の机に向かい、そこに有る紙袋を手に取って 

 

「はい、じゃあ、これをお持ちになって下さいまし」 

 

そう言って、御坂美琴に差し出し 

 

「ええ、これくらいガツンと渡してきてやるわよっ!」 

 

御坂美琴も、力強く受け取った

 

「はい、それでこそお姉様ですの」 

 

そんな御坂美琴に、少女は嬉しそうに笑顔を浮かべ 

 

「で、でも、あくまでも、感謝してるだからねっ!? 別に、他意は無いわよ!」 

 

……やっぱり何処までも、お姉様はお姉様ですの 

 

そして、困った様に軽く笑みを浮かべるのだった

 

それから少女は、御坂美琴の手を取り 

 

「まぁ、何はともあれ、参りましょうか」 

 

能力──テレポート──の発動に移る 

 

のだが 

 

「あっと、そうでしたわ」 

 

忘れ物を思い出す 

 

「どうかした? 黒子」 

 

「いえ、忘れ物を少し」 

 

と言いつつ、少女は自身の机の上に有る鞄を引っ掴み、また戻って来る 

 

鞄? 

 

「……はい」 

 

「ふーん」 

 

「では、今度こそ」

 

「ってちょい待ち!」 

 

「……?」 

 

「黒子、そもそもアイツの家の住所知ってるの?」 

 

「……まぁ、はい」 

 

その問いに、少女は目を逸らし、指先で髪を遊ばせながら答えを口にする 

 

そう、確かに、少女は少年の住所を知っている、知っているのだが 

その入手の手段は、余り合法的と言える物では無いのも事実で 

 

その様子に、御坂美琴も感じる物、そして、通じる物が有ったらしく 

少し困った様に 

 

「まぁ、深くは訊かないけど」 

 

──正確には、自身も脛に傷を持ってる為、訊き辛いだけだが 

 

「……あんまり、初春さんに迷惑掛けるんじゃないわよ」 

 

言葉を発する 

 

「ええ、初春にはたんまりと報酬を払いましたので、そこは大丈夫かと」 

 

──────── 

───── 

──

 

「あっ! ダメですよ、佐天さん! そのサンタさんは私が食べるんですから!」 

 

「えー? 良いじゃん、1個くらい私が食べたって。初春はブッシュ·ド·ノエルに乗っかってるサンタを食べれば?」 

 

「ダメです。ショートケーキのサンタさんもブッシュ·ド·ノエルのサンタさんも、どっちも私が食べるんです!」 

 

「むぅ! 横暴なっ!!」 

 

「違いますっ、これは私が労働の対価として貰った物 

ですから、何処を食べるかは、私に選択権が在るんですよ!」 

 

「むぅむぅ! 小賢しい事を!! ならば実力行使するまでっ!」 

 

パクリ 

 

「あーー! 私のサンタさんがっ!?」 

 

ゴリゴリごっくん 

 

「う~ん、この、あんまり美味しくないのに美味しいと感じてしまう不思議な魅力」 

 

「これもサンタマジック?」 

 

「……」 

 

「……」 

 

「……って、あるぇ~?」 

 

「もしかして、超えちゃいけないライン、超えちゃった?」 

 

「ええ、それはもう、思いっ切り……!」 

 

「佐天さんっ! もう許しませーーーーーん!!」

 

─── 

────── 

───────── 

 

「ふーん、黒子がそう言うのなら、大丈夫なんだろうけどさ」 

 

「それにしても……」 

 

「そう言いつつ、御坂美琴は少女の頬をプニプニと弄る」 

 

「お姉様?」 

 

頬をプニプニされながらも、少女はその行動の真意を質す 

 

「いやぁ、本当にアンタ、黒子なのかな、って思って」 

 

「……?」 

 

「だって、私を挑発する様な事は言うわ、アイツみたくゴリゴリ世話を焼いてくるわ果ては裏取引紛いの事までやっているわで、疑いたくもなるでしょ、そりゃ」 

 

「……ああ、なるほど」 

 

そう言われて少女も気付く 

自身の言動が、嘗てのそれと、大きく変わっている事に

 

「確かに、私らしくない、とは思いますが」 

 

だが、少女は、その変わり往く自分という物が、どうやら嫌いではないらしく 

 

「女という生き物は、本の少しの時間でも、大きく変わる」 

 

「そういう事ですの」 

 

茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべるのだった 

 

その笑顔の前に、御坂美琴は 

 

「……ほぇー」 

 

なんだか間の抜けた声を出し 

 

「なんか、含蓄の在る台詞ねぇ……」 

 

「って、イヤイヤ! 中1が言って良い台詞じゃないでしょ?! それって!」 

 

「そうですの?」 

 

「いや、どう考えても、アラサーぐらいの人間が言うべき台詞にしか」 

 

「ふぅむ、まぁ、私が変わったか否かは置いといて、そろそろ行きませんと、流石に時間の方が」 

 

「む、確かにね」 

 

部屋に置いてある時計を見れば、もう夜の8時も終わりに近付いている 

 

「ええ、それでは、今度こそ」 

 

そう言って、少女は御坂美琴の手を取って、次の瞬間、消え去った

 

何度かの転移の後、二人は遂に少年の住む学生寮まで辿り着き 

 

「……マジで行くの?」 

 

片方は尻込みし 

 

「ここまで来て、臆病風に吹かれるのは止めて下さいまし」 

 

片方は尻に火を付け様とした 

 

「いや、でもさ、いきなり押し掛けて、クリスマスプレゼントどうぞ、って、変に思われない?」 

 

「あの殿方がそんな事を思うはず無いじゃありませんの 

多少は驚かれるかもしれませんが、喜んでくれるに決まってますわ」 

 

「それとも、お姉様は、あの方を信じられないと?」 

 

「……いえ、信じてるわよ。アイツはそんな人間じゃないってのも分かってる」 

 

「ええ、じゃあ、大船に乗ったつもりで行きましょう」 

 

そう言うが速いか、少女は御坂美琴の手をガッチリと取り 

 

「えっ? ちょっ、ま───」 

 

消え去った

 

ここは少年の住む学生寮の7階の廊下、つまり、少年の部屋が有る階の廊下でもある 

 

「……アンタ、無茶するわねぇ」 

 

半ば強引にテレポートさせた少女に、御坂美琴が呆れた様に呟く 

 

「お姉様が柄にも無くビビってるからですの」 

 

「柄にも無くって……」 

 

「それよりも、ここですわね」 

 

二人共歩みを止め、扉の前に立つ 

 

「間違ってないわよね?」 

 

「ええ、部屋番号は間違いなく、ここですの」 

 

「えっと、それじゃあ……」 

 

そう言って、御坂美琴インターフォンに指を伸ばす

 

「……」 

 

伸ばすものの、スイッチに触る事が出来ぬまま 

 

「おっ、お姉様!? 漏電してますの!」 

 

体からパチパチと紫電が放たれた 

 

「……え!?」 

 

「おわっ!?」 

 

そこで漸く御坂美琴も、自身の異常に気付き、慌てて能力の制御に掛かる 

 

程無く漏電は収まるものの、少女はジトっとした目を御坂美琴へ向け 

 

「お姉様……」 

 

やや冷たい声を出す 

 

「いや、ごめん」 

 

その圧力の前に、御坂美琴は目を逸らし、バツが悪そうに頭を下げ 

そして、少女も、ある種の悟りを開いたのだろう

 

「はぁ……」 

 

と、小さく零し 

 

「殿方への最初の挨拶と、事情の説明は私が行いますので、お姉様は説明が終わった後、顔を出して下さいまし」 

 

「え…… でも」 

 

流石に後輩にそこまでさせるのは気が引けるのか、反対の意思を見せるも 

 

「もし、クリスマスにインターフォンや家電をぶち壊されでもしたら、どう思いますの? お姉様?」 

 

「……お任せします」 

 

少女のその言葉に、御坂美琴は身を小さくして答えるのだった 

 

「ええ、それでは」 

 

と、言いつつ少女はインターフォンを押す 

 

そして、十秒程で 

 

「はーい」 

 

と、ドア越しにくぐもった声が聞こえ、ガチャリと錠が開く音が響きドアが開く

 

「あれ? 白井?」 

 

現れたのはやはり、目当ての少年 

 

「はい、こんばんは、殿方。夜分遅くに失礼致しますわ」 

 

そう言って、少女は折り目正しく一礼をする 

 

「ああ、こんばんは」 

 

少年も、少女に倣い頭を下げる 

 

そして、話を続けた 

 

「それで、どうかしたのか?」 

 

「はい、約束を果たしに来た次第ですわ。ただ、お時間の方は大丈夫ですの?」 

 

その問い掛けに、少年は 

 

「ん? まぁ、時間は問題ないぞ。明石家サンタが始まるまで、ぬぼーっとしてるつもりだし」 

 

ちょっぴり哀しげに呟いて 

 

「そうなんですの?」 

 

と、少女も相槌を打つ 

とはいえ、テレビには疎い彼女が明石家サンタを知っているはずも無く、ただ、理解をした振りなのだが

 

「応ともさっ。全然哀しくなんかないからな、うん」 

 

「というか、約束ってなんかしてたっけ?」 

 

「ええ、約束…… と言うと少し違いますが」 

 

「この街には、殿方にクリスマスプレゼントを贈りたいというサンタクロースがいる」 

 

「そのお話が本当である事を分かってもらう為に、お邪魔した次第ですの」 

 

「……おおっ、それの事か」 

 

少女の説明を聞いて合点がいったのか、少年は少し驚いた様に声を発した 

 

「いや、白井が、あんな確信めいた台詞を言うから、結構気になってたんだよ。あの話」 

 

「……でも、まさか」 

 

そこで少年は、声を潜め、おっかなびっくり、そして、ちょっぴり恥ずかしげに 

 

「白井なのか? そのサンタって」 

 

と、言葉を続ける 

 

これまでの話の筋から察するに、目の前の少女がサンタクロース役を演じるてくれる 

そう考えれるのが自然なのだろうが、臆面もなくそれを口にする事は、少年には出来ないらしい

 

少年のそんな様子に、少女は気を良くし、上機嫌に 

 

「ちょっと、違いますわ。私は…… さしずめ、サンタクロースを引っ張り出し……」 

 

「……いえ、サンタクロースを運ぶトナカイ役、でしょうか」 

 

「トナカイ?」 

 

「ええ、では、私の出番はここまでにして」 

 

「サンタクロースさんの出番と致しましょう」 

 

その言葉と共に、少女は隣に佇んでいた御坂美琴の腕を引っ張り、開いたドアの前に立たせた 

 

突然巡ってきた自身の出番に、御坂美琴は少々困惑するものの 

 

「えっと、こんばんは……」 

 

なんとか挨拶を口にする 

 

少年も、突如壁の死角から引っ張り出された御坂美琴に驚きつつ 

 

「おう、こんばんは」 

 

と、口にした

 

「……」 

 

「……」 

 

ただ 

 

片方は、阿蘇山、富士山、カトマンズなどと意味不明な発言をぶちかまされた少年であり 

片方は、阿蘇山、富士山、カトマンズなどと意味不明な発言をぶちかました少女である 

 

そんな二人の会話が続くはずも無く、無言の時間が続いてしまう 

 

そこで、御坂美琴の斜め後ろで戦況を見守っていた少女が動く。有体に言うと助け舟である 

 

「お姉様、先ずは、招待券のお礼をするべきかと」 

 

「あっ……」 

 

耳元で小さく呟かれたその言葉に、御坂美琴の脳は動き出し 

 

「えっと、あの招待券、ありがと」 

 

「それと、なんか、心配掛けてごめん」 

 

と、片言ながらもどうにかこうにか言葉を紡ぎ 

少年も会話の糸口を掴めたのだろう

 

「ああ、元はと言えば貰い物だし、あんま気にしなくて良いぞ」 

 

と、何時もの調子で会話を交わした 

 

「いや、そういうわけにもいかないでしょう」 

 

「アンタには、その…… 何度か世話になってるわけだし」 

 

「今想うと、無理矢理首突っ込んでただけだけどな」 

 

「そんなわけ無いでしょっ」 

 

「それに、アンタがどう思おうと、私は感謝してるんだし……」 

 

「……」 

 

そこまでは問題無く言葉を続けていた御坂美琴であったが 

 

「だから、その、あの……」 

 

そんな言葉を最後に、プレゼントの入った紙袋を胸の前に抱えたまま、動けなくなってしまう 

 

その顔は真っ赤に染まり、その体は緊張の余り少しばかり震えていて、正にオーバーフロー寸前で 

数時間前の大失態の再現を見ているかの様で

 

だが、今の御坂美琴は 

 

独りではない 

 

そう、とても強い後輩が、優秀なトナカイが、控えているのだから 

 

「お姉様、あまり焦らしては、殿方が気の毒ですわ」 

 

優しげに、そして、何処か悪戯っぽく、少女は御坂美琴に言葉を掛ける 

 

「さっきから、首をながぁ~くして、待ってらっしゃるのに」 

 

少女のその意図に、少年も気付いたのだろう 

 

「……ああっ! そんな風に見せびらかされたら、そりゃ気になってしょうがないっての」 

 

何処か楽しげに話を続ける 

 

そして、御坂美琴

 

「……うん」 

 

ありがとう、二人共 

 

心の中で呟いて 

 

精一杯の笑顔を浮かべ 

 

「いつも、ありがと!!」 

 

「これ、一生懸命編んだから! 良かったら、使って!」 

 

紙袋を差し出し 

対する少年も 

 

「おう、どうもありがとう」 

 

と笑顔で受け取った 

 

そして、御坂美琴は赤い顔のまま 

 

「えっと…… メリークリスマス!」 

 

そう呟いて 

 

脱兎の様に逃げ出した 

 

最後に 

 

「それじゃっ!」 

 

と、声を上げながら

 

「えっと……?」 

 

その状況に着いていけず、少年は少女に助けを求める 

 

「お姉様は、ああ見えてシャイなところが在りますので、恐らく、臨界点を超えたのかと」 

 

「……イマイチ良く分からんけど、放っといて大丈夫なのか?」 

 

「多分…… 大丈夫、とは思いますが、漏電する可能性も在るので 

念の為追い掛けておいた方が良いでしょうね、やはり」 

 

「……って、おいおいおい、軽く言うけど御坂の漏電ってヤバイだろ」 

 

「ええ、ですから、こちらも早々に片を付けねばなりませんわね」 

 

と言いつつ、少女は持参した鞄からマフラーを取り出し 

 

「私なりに、精一杯編んだ物ですの」 

 

少年に差し出した 

 

「……え?」 

 

これは予想外だったのだろう 

少年は、そんな間の抜けた声を漏らす事しか出来ず、固まってしまう

 

少年としては驚いて固まっているだけなのだが、少女からしたら拒絶の意思にも思えてしまい 

 

つい 

 

「……出来たら、受け取って頂きたいですの」 

 

そんな言葉を口にしてしまう 

その声は、普段の少女のそれとは違い、不安と恥じらいが入り混じる、そんな声に 

 

少年の手は無意識の内に動き出し 

 

「すっ! すまんっ、ちょっと予想外だったもんで!」 

 

そんな台詞を口走りつつ、マフラーを素早く受け取り、大事そうに胸に抱え 

 

「ありがとな、すっげぇ嬉しい……!」 

 

その言葉と共に、満面の笑みを浮かべた 

 

少年のその笑みに、少女も人心地が付いたのだろう 

 

「ええ、そう言って頂けると、プレゼントした甲斐が有るという物ですわ」 

 

何時もの調子で言葉を返す

 

「さて、そろそろ」 

 

「おっと、そういや、御坂を追いかけないといけないんだっけ」 

 

「ええ、ですが、その前にもう一つプレゼントをお渡ししようかと」 

 

「……?」 

 

「ですので、殿方、少し、屈んで下さいません?」 

 

「……??」 

 

「取り敢えず、屈めばいいのか?」 

 

疑問符を貼り付けた顔のまま、少年は言われた通り、腰と膝を少し折り、姿勢を低くする

 

当然、そうなると、真正面には少女の顔が有って、何時もとは違う距離と角度から見る少女の顔に少年はドギマギしつつも、目が離せなくなり、しかし、少女が少年のそんな心情に気づけるはずも無く 

 

その距離と角度のまま話を続け 

 

「マフラーは、お茶をご馳走になったお礼ですの」 

 

だが、その距離は段々と縮まっていき、同時に、少女の顔も赤く染まっていき 

 

「もう一つは、いつも誰かの為に駆けずり回るお人好しの殿方に、感謝と労い、それと…… 」 

 

「……"コウイ"を籠めて」 

 

その言葉を最後に 

 

少女の唇と、少年の頬との距離はゼロになる 

 

そして、少女は 

 

「メリークリスマス、当麻さん」 

 

その言葉を囁いて、音も無く、消え去った

 

一方、独り残された少年は 

 

予想外で、唐突なその展開に 

 

「……え?」 

 

信じられない、そんな声を出してしまう 

 

それでも、頬には柔らかな感触は微かに残っていて 

 

「……!」 

 

「ヒャッハーッ!!」 

 

少年は、そんな奇声とも歓声ともつかない声を上げ人生初のクリスマスを、幸せの絶頂のままに終えるのだった

 

 

──なお 

 

 

「なーなー兄貴ー、上条当麻がこわれ──」 

 

「言うな、舞夏。カミやんだって、好きで独りクリスマスライフを送ってるわけじゃないんだぜい」 

 

「……それもそうだなー」 

 

「ああ、可哀想だが……」 

 

「強く生きろよ…… カミやん……」 

「強く生きるんだぞー、上条当麻ー」 

 

 

隣室の住人からは可哀想な人扱いをされたもよう 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある少女の聖誕捧呈

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