沙希「あんたをあたしに惚れさせてみせる。覚悟しておいてね」【俺ガイルss/アニメss】
小町「ゴホッゴホッ…………ううー…………」
八幡「大丈夫か小町?」
小町「うん、命に別状はなさそう…………」
八幡「風邪で命に別状あったら大惨事だけどな」
小町「いやいや、風邪は万病の元と申しまして…………ゴホゴホ……」
八幡「ほら、無理に喋るな。そろそろ冷えピタ換えるぞ」
小町「あ、お願い…………あーあ、年明け早々風邪をひくなんて情けないなあ…………」
八幡「昨晩はしゃいだのもそうだが、ここんとこ根詰めて勉強してただろ? 疲れが出たんだよ」
小町「体調管理はしてたつもりなんだけどね…………あ、冷えピタ気持ちいい…………」
八幡「さっき薬飲んだからそろそろ眠くなるだろうからとりあえず寝とけ。目が覚めたら少しは楽になってるだろ」
小町「うん、ありがと…………ケホッ」
八幡「水はここに置いとくからな。他に何かしてほしいことあるか?」
小町「あー、じゃあさ……」
八幡「おう」
小町「ちょっと小町の代わりに初詣に行ってきてくれないかな」
八幡(そんなことがあり、俺は毎年行ってる近所の神社でなく、学問系の願い事に御利益があるらしいとある神社へとやってきていた。特に元旦にお詣りすると効果が高いみたいで、本来は小町が自分で来ようとしていたようだ)
八幡(なるほど、途中で見かけた絵馬も合格祈願が多かったな。しかし…………)
八幡「長え…………」
八幡(俺は溜め息をつくように呟いた。元旦だから仕方ないとはいえ、この行列はうんざりしてくる。小町のためじゃなかったら即刻引き返してるぞ…………あれ?)
京華「…………」キョロキョロ
八幡(あそこにいるのは確か川崎の妹の…………そうだ、京華だ。けーちゃんって呼ばれてたな……って)
京華「…………」オロオロ
八幡(……おいおい、周りに誰もいないぞ。もしかして迷子なんじゃないか?)
京華「う…………」グス、ヒック
八幡(うわ、泣きそうになってる…………仕方ない。ここで放置するのも寝覚め悪いしな)スッ
八幡(俺は列から離れ、京華のところへ早足で近寄る。頼むから俺の顔を見て泣かないでくれよ…………)
京華「さーちゃーん…………」グスッグスッ
八幡「けーちゃん、明けましておめでとう」
京華「えっ? あっ!」
八幡(出来る限り明るく話し掛ける。京華は自分を呼ぶ声に振り向き、俺を見つけてぱあっと笑顔になった)
京華「はーちゃんだー!」
八幡「おう、はーちゃんだぞ」
八幡(幸い京華は安心して泣くということもなく、駆け寄ってきて俺の足にしがみついてくる)
八幡「俺は一人で来たんだが、けーちゃんは誰と来たんだ?」
京華「あ、えっと……さーちゃんと二人で来たんだけど…………はぐれちゃって…………」
八幡「そっかそっか。大丈夫だ、すぐにさーちゃんとこに行くから」
京華「ほんと!?」
八幡「ああ」
八幡(さて、とは言ったもののどうするか。川崎の連絡先なんて知らないしな…………いや、待てよ?)
八幡「けーちゃん。さーちゃんから何か預かったり持たされたりしてないか?」
京華「うん、これー」
八幡(京華が出してきたのは案の定迷子札だった。俺はそれを受け取る)
八幡「じゃ、ちょっと待っててな。今さーちゃんに連絡取るから」
京華「はーい」
八幡(スマホを取り出して迷子札に書いてあった電話番号を入力し、念のためはぐれないよう京華と手を繋いでから発信ボタンを押す)
八幡(しばらく呼び出し音が鳴った後、焦ったような女性の声が出る)
??『も、もしもしっ!?』
八幡「あ、えっと、川崎沙希さんの携帯でよろしいでしょうか?」
沙希『は、はい! そうです!』
八幡「ああ、よかった。俺、比企谷だけど」
沙希『えっ、比企谷!?』
八幡「おう。同じクラスで奉仕部所属の比企谷だ。得意科目は国語」
沙希『いや、そこまで説明しなくてもわかるって…………あ、ご、ごめん。今ちょっと…………』
八幡「ああ、わかってる。京華ならここにいるから」
沙希『えっ!?』
八幡「俺もたまたまここに初詣に来ててな、京華が一人でいるとこ見つけたんだよ。ちゃんと無事だから」
沙希『あ、ああ……よかった…………』
八幡(声だけでその場にへたりこみそうなほど安堵したのがわかる。さぞかし心配しただろう)
八幡「そっちは今どこにいる? こっちはあんま目印になるようなもんないんだが」
沙希『あたしは社務所のそばにいるよ。迷子のことを聞こうと思って…………』
八幡「えーと、本殿の脇の方か。んじゃ今からそっち行くから待っててくれ」
沙希『う、うん。えっと、その…………』
八幡「あー、話したいこともあるだろうけどとりあえず一旦合流しようぜ。すぐに行く」
沙希『わ、わかった』
八幡(川崎との会話を終えてスマホをしまい、俺は京華に向き直る)
八幡「けーちゃん、さーちゃんのいるとこわかったから行こうか」
京華「うんっ」
八幡(京華は俺の隣に並んで手をさっきより強めに握ってくる。頼れる人のいなかった先程までの状況が心細かったのだろうから無理もないか)
八幡(出店やお土産屋にちらちらと気を取られながらも俺の手を離そうとはしなかった。きっと似たような感じで川崎と手を離してはぐれてしまったのだろう)
京華「あっ、さーちゃんだ!」
八幡「お、本当だ。おーい、川崎!」
八幡(二人で手を振るとそわそわしていた川崎がこちらに気付き、駆け寄ってくる)
沙希「けーちゃんっ! ごめんね。ごめんね。怖かったでしょ? あたしが手を離しちゃったばっかりに…………」ギュッ
京華「ううん。けーかがさーちゃんの手を離すなって言いつけを守らなかったから…………ごめんなさい」
沙希「ううん。無事でよかった…………怪我とかしてない?」
京華「うん、はーちゃんが一緒にいてくれたから」
沙希「はーちゃん? あっ」
八幡(川崎はそこで初めて思い出したかのような声をあげて俺を見る。俺はどんだけ存在感がないんですかね?)
沙希「ひ、比企谷、ありがとう。本当に助かったよ。時間も取らせちゃってごめん」
八幡「まあたまたま通りかかっただけだからな。どうせ俺一人だし時間なんか気にすんな」
沙希「うん。お礼は今度必ずするから…………さ、けーちゃん、もう帰ろう?」
京華「えー、まだ来たばっかりー」
沙希「ワガママ言わないの。この人混みでまたはぐれたら困るでしょ」
京華「でも…………」
八幡(京華が不満そうな表情をする。しかしどっちの言い分もわからんでもないよな…………)
八幡「なあ、来たばっかりってことはまだお詣りしてないのか?」
沙希「え、うん。あの列に並ぼうとしてはぐれちゃったから」
八幡「よし、んじゃこうしようぜ」ヒョイ
京華「え、わ。うわあ!」キャッキャッ
八幡(俺は京華を抱え上げて肩車をする。思ってもみなかったことに頭上で京華がはしゃぎ声を上げた)
八幡「俺も一緒に並ぶよ。こうすればはぐれないだろ?」
沙希「え、で、でも…………」
八幡「…………えっと、俺とじゃ、嫌か?」
沙希「! そんなことない! その、あんたさえ良ければ…………本当にいいの?」
八幡「構わねえよ。一人で並ぶのは退屈だったんだ。行こうぜ」
沙希「う、うん」
八幡(俺は川崎と一緒に列の最後尾に向かって歩き出した)
八幡(俺達は列の最後尾に到着し、並ぶ)
八幡「そういや挨拶がまだだったな。明けましておめでとう川崎」
沙希「あ、うん。明けましておめでとう。今年もよろしく」
京華「よろしくー」
八幡「おう、よろしくな。ところで大志や親御さんは一緒に来なかったのか?」
沙希「あー、うん。親は昨日飲み過ぎて二日酔い。大志は風邪気味だって」
八幡「なんだお前のとこも風邪か」
沙希「え、じゃあひょっとして…………」
八幡「ああ、うちの小町もだ。んでここのお詣りを代わりにしてきてくれってさ」
沙希「そうなんだ。あたしのとこもだよ。一人で行こうとしたんだけど京華が一緒に行くって聞かなくて…………」
八幡「そっか。おかげでけーちゃんと会えたな。な?」
京華「うん! はーちゃんに会えて肩車してもらえたー!」
沙希「もう…………」
八幡(川崎が呆れたような、それでいて安堵したような笑みを浮かべた)
八幡(それでいい。負い目や責任を過剰に感じる必要なんてないからな)
八幡(とりとめのない雑談をしているうちに賽銭箱が近付いてきた。さすがにこのままってわけにはいかないし、一旦降ろすか)
八幡「けーちゃん、お願い事をするから降ろすぞ」
京華「うんっ」
八幡「よっ、と。お願い事のやり方はわかるか?」
京華「大丈夫ー。さーちゃんに教えてもらったー」
沙希「お賽銭はどうする? あたしが代わりに投げようか?」
京華「ううん。自分で投げられるー」
八幡(そうこうしているうちに俺達の番になった。三人で賽銭を放り投げ、二礼二拍手の後にお願い事をする)
八幡(小町が合格しますように小町が合格しますように小町が合格しますように小町が合格しますように小町が合格しますように小町が合格しますように)
八幡(最後に一礼をしてその場を離れる。思ったより長く祈っていたようで、すでに川崎達は少し先で待っていた)
沙希「ずいぶん真剣にお祈りしてたね。そんなに妹ちゃんの成績ヤバいの?」
八幡「いや、そんなことない。ただ俺にできることはやっといてやらないとな。むしろこんなことしかしてやれないのがもどかしいくらいだ」
八幡(なんか途中で邪念が入った気がするが、それこそ気のせいだな)
八幡「じゃ、あとは合格祈願の御守りを買っていかないと。どこで売ってんのかな?」
沙希「それならたぶんあっちの方だと思うよ。あたしも大志の分を買うから軽くチェックしてたんだけど」
八幡「よし、んじゃ行くか。けーちゃん、反対側の手は俺と繋いどこうか」
京華「うんっ!」
八幡(京華を迷子にさせないために俺はごく自然にそう提案し、京華も俺と手を繋いできた)
八幡(だけどふと思い当たる。これって他人にはどう見えているのだろうか? 俺も川崎も服装にそこまでのこだわりはなく、いろんな意味で今の若者らしくない格好をしている)
八幡(…………いや、ないな。うん、ないない)
屋台店員「おっ、そこの若旦那さん、若奥さん、お嬢ちゃん、甘酒飲んでいかない? 暖まるよー!」
八幡「!?」
沙希「!?」
京華「あまざけー」
八幡「すっ、すいません! また今度で!」
沙希「あ、あうう…………」
京華「飲まないのー?」
八幡(頭の中で否定した事をいきなり言われて戸惑ってしまい、つい早足になってしまう。甘酒なんか飲まなくても体温は充分に上がってしまっていた)
八幡(ようやく売り場に到着し、動悸や火照りも収まってきた。横目で見ると川崎も深呼吸をして落ち着こうとしている)
八幡(でも、なんだろう…………嫌がっているふうには、見えないよな…………? いやいや気のせい気のせい。顔が赤いのもそわそわしてるのも早足で来たせいだ、うん)
八幡(とりあえず気を取り直して、御守りを買うとするか……えーと、合格祈願は…………あった)
八幡「すいません、これ一つください」
八幡(ちょうど人が捌けたので巫女服を着た女性に話し掛ける)
巫女「はい。七百円お納めください」
八幡「えっと……千円からお願いします」
巫女「三百円のお返しになります。お子さんのお受験ですか? 合格出来るといいですね」
八幡「! い、いえ、そのっ…………!」
沙希「い、行こっ!」
八幡(川崎がその場を去ろうと歩き出し、手を繋いでいる京華と、さらに繋いでる俺はつられて移動する)
八幡「おい、どうすんだよ。まだ大志の分を買ってないだろ?」
沙希「だ、だって、だって…………」モジモジ
八幡(なにこの子可愛いお持ち帰りしたい)
八幡「ま、まあ売ってるとこはここだけじゃないみたいだし、適当に回ってみようぜ。ついでにお土産かなんかも探すか」
沙希「う、うん」
八幡「それと、その、悪かったな」
沙希「…………何であんたが謝るの?」
八幡「俺なんかとそんなふうに見られて不快だろやっぱり。俺が一緒に回ろうなんて提案したから…………」
沙希「そんなことないよ!」
八幡「えっ」
沙希「その、不快なわけ、ないから…………」
八幡「そ、そうか…………」
八幡(ど、どういう意味だ? まさか…………いや、それこそまさかだよな…………)
京華「はーちゃん? さーちゃん?」
八幡「あ、ああ、何でもないよけーちゃん。そうだ、せっかくだから甘酒飲むか? ちょっと歩いたし少し休憩しようぜ」
京華「うん、飲むー!」
八幡(川崎は顔を真っ赤にして押し黙ったまま頷き、俺達は甘酒を売ってる屋台へと向かった)
八幡「すいません、甘酒三つください」
屋台店員「はいよ毎度! そっちのストーブのとこで飲んでっていいからね! すぐ持ってくから暖まっときな!」
八幡「どうも」
八幡(言われて俺達はストーブのそばにあるベンチに腰を下ろす。そこまで寒くはないがやはり暖かいのはいいことだ)
屋台店員「はいお待ち! 旦那さんと奥さんとお嬢ちゃんの分ね! 空いたコップはそこのテーブルに置いといてくれればいいから!」
八幡「あ、ありがとうございます…………」
八幡(威勢のいい店員にもはや反論する気力もなく、俺は代金を支払って甘酒を口に含む。はあ……甘くて美味い…………)
沙希「ね、ねえ、比企谷」
八幡「あん?」
沙希「あたしと京華がさっきから親子に間違えられるけど、あたしってそんなに老けて見えるかな…………」
八幡「あー、そんなことはねえよ」
沙希「本当?」
八幡「大人っぽく見えるのは事実だろうけどな。世話焼きオカンみたいなオーラ出てるし」
沙希「オーラって…………」
八幡「たぶん俺のせいだよ。全然似てない俺が一緒に手を繋いでるからそういう先入観ができちまうんだ。二人だけだったら姉妹だって思うはずさ」
沙希「だ、だよね…………あんたと一緒だと、夫婦に見えちゃってるんだよね…………」
八幡(ちょっとちょっと! 本人が口に出さないでくれよ! 余計意識しちゃうじゃん!)
八幡「わ、悪いな。まだそんな仲でもないのに」
沙希「……………………まだ?」
八幡「こ、言葉の綾だよ!」
八幡(俺は誤魔化すように残った甘酒を一気に飲む。二人が飲み終わるまで俺はそちらを見れず、ずっとそっぽを向いていた)
京華「はー、おいしかったー」
沙希「じゃ、そろそろ行こっか。あ、そういえば甘酒の代金渡してなかった」
八幡「いいよそれくらい。俺から提案したんだし」
沙希「そ、そう?」
京華「はーちゃん、おててー」
八幡「う…………」
京華「繋がないの?」
八幡「い、いや。ほら」スッ
京華「うん!」ギュッ
八幡(さっきのこともあって意識しちまうから何も言われなければスルーしようと思ったんだが…………いやいや、考えすぎだっての。川崎だって別に平然として…………)チラ
沙希「…………////」ソワソワ
八幡(ちょっとちょっと! 何その態度!? だ、ダメだ、この雰囲気でいるのはいろんな意味でまずい!)
八幡「よ、よし、適当に店とか回って行こうぜ」
沙希「う、うん…………」
八幡(俺は店員さんに軽く礼を言ってその場を離れ、土産屋の並ぶ通りへと向かった)
八幡(一件めで早速例の御守りを見つけたので川崎に購入してくるよう促す。さっきまでの轍を踏まないよう俺と京華は店先に残り、川崎だけ中に入って買ってこようとした)
八幡(が、そこの店員が俺達の方を一瞥したあと何かを川崎に囁き、川崎は小さな奇声を上げて焦り始める。あー、また何か言われたか)
沙希「うう…………」
八幡「何言われたんだ?」
沙希「そ、その、『お母さん似ですね』って…………」
八幡「っ……そ、そうか」
京華「はーちゃんはーちゃん、あれ見たいー」
八幡「お、おう。行ってみようか」
八幡(京華が別の店の何かが気になったのか手を引っ張るので、これ幸いとばかりに川崎との話を打ち切ってそちらに向かう)
京華「おふねー」
八幡「ああ。七福神の乗ってる舟だな」
八幡(店頭に飾られた大きな模型だ。派手な装飾で人目を引いていた。舟の横には平仮名で歌が書かれている)
京華「しちふくじん?」
八幡「七人グループの神様だ。色んな神様がいるぞ」
京華「ふーん……えっと、な、なかきよの…………」
八幡「お、もう字が読めるのか。最後まで言えるかな?」
京華「さーちゃんと絵本とかでお勉強してるのー。とおのね、ふりのみなめさめな、みのりふねの、おとのよ、きかな!」
八幡「よくできました。けーちゃんは頭がいいんだな」
京華「えへへー」
沙希「あれ? …………比企谷、ちょっと聞いていい?」
八幡「どうした?」
沙希「こっちに書いてある文だと『とおのねぶり』ってなってるんだけど、何か違うの?」
八幡「ああ、そこは漢字で書くと『遠の眠り』になるんだ。作られた当初は濁点がなかったから『とおのねふり』と書くんだが、時代が移るにつれて読みと文字を合わせるようになっちゃったんだな。俺はやっぱり『とおのねふり』でないと気に入らないが」
沙希「どうして?」
八幡「そうでないと回文にならないからだ。反対から読んでも同じになるというのがポイントだからな」
沙希「…………あ、本当だ」
八幡「この歌は平安時代に作られたけど、今なんか目じゃないほど言葉遊び系に力入ってたんだ」
沙希「へえ。さすが国語が得意なだけはあるね」
八幡「なんで知ってんだよ」
沙希「さっき電話で言ってたじゃない」
八幡「そうでした」
八幡(店内を回り、何か土産になるものはないかと物色する。ご当地ものとかはいらないが、やはり縁起物とかが欲しいな…………母ちゃんにも多めに小遣いもらったし)
八幡(とりあえず正月仕様チーバくん根付けは買っとくか。あとは、えーと…………おっ)
八幡「川崎、お前んとこって六人家族だっけ?」
沙希「うん、そうだけど?」
八幡「この七福神の絵の十枚セットを買うから六枚もらってくれないか? うちは四人家族だし。あ、金はいらないから」
沙希「いいけど…………ていうかこれ何に使うの?」
八幡「今晩見るのが初夢だろ? その時に枕の下にこれを敷いて寝ると七福神が夢に出てきて凶事を持ち去ってくれるって言われてるんだ」
沙希「へえ…………」
京華「けーか頑張ってしちふくじんの夢見るー!」
八幡「ん、ちゃんといい子にしてれば大丈夫さ」
京華「うんっ!」
八幡(さて、あとは親用に交通安全と健康の御守りを、と)
八幡「じゃ、俺は買う物決まったから先に買ってくる」
沙希「うん。あたしはもう少し選んでるから」
八幡(レジに品物を持っていくと、初老に差し掛かろうかというおばちゃんが対応してきた)
店員「ちょいちょい話が聞こえてきたけど、あんた若いのに色々詳しいねえ。最近は七福神を半分も言えない子も増えてるってのに」ピッ、ピッ
八幡「え、ええまあ」
店員「こういう風習が廃れるのは寂しいからね。奥さんだけでなく娘さんにもしっかり伝えておくれよ」ピッ、ピッ
八幡「うぐっ……は、はい…………」
八幡(訂正するのも面倒くさいので適当に返事をする。ていうか何で他人だと推察できる部分は聞き逃してんだよ!?)
八幡(支払いを終え、物を受け取る。思ったより安かったからもうちょっと何か買ってもよかったかな?)
店員「あれ? 奥さんまだ選んでるけど一緒に買わなくてよかったのかい?」
八幡「…………互いの親戚の分はそれぞれで買うことにしてますんで」
八幡(無難な答えを返し、俺は川崎に一言告げて店の外で待つことにする。いや、うん、他意はないよ? ちょっとアレがアレでアレなだけだから。あとアレだし)
八幡(しばらくすると、土産袋を手にぶら下げた川崎が出てきた。その顔はさっきまでに負けず劣らず真っ赤だった)
沙希「あうう…………」
八幡「なあ、川崎」
沙希「な、な、なに!?」
八幡「その、何を言われたか知らねえけどさ、開き直っちまった方が楽だぞ」
八幡(俺はもう半分諦めたからな)
沙希「そんな簡単にはいかないって…………どう反応したり行動したりしていいかわからないし…………」
八幡「見本見せてやろうか?」
沙希「えっ?」
八幡「えっと…………」キョロキョロ
八幡(俺は周囲を見渡し、何かないか探す。そして見つけたのは夫婦饅頭を売っている店だった)
八幡「けーちゃん、お饅頭食べるか?」
京華「おまんじゅう? 食べたいー!」
八幡「川崎、いいか?」
沙希「え、うん。あの饅頭なら大きくないし」
八幡「よし、ちょっと待ってろ」
八幡(京華の頭を軽く撫で、俺は店に向かった。ちなみにその店頭の幟には『ご夫婦様お買い上げ時、お子様一人分無料』とある)
八幡「すいませーん」
店員「はい、いらっしゃい」
八幡「俺と嫁の分二つずつで、娘の分二つは無料になりますかね?」
八幡(俺は二人のいる方を指差しながら尋ねる。一応顔は見ないようにして、と…………)
店員「はいよ。別嬪な嫁さんと娘さんだねぃ」
八幡「ええ、まあ」
八幡(何かこの界隈江戸っ子的な人多くね?)
店員「はい、三人分お待ち!」
八幡「ども」
八幡(俺は出来立てでまだ熱を持っている饅頭の入った包みを受け取る。代金を支払い、二人のところに戻った)
八幡「ほらけーちゃん。よく噛んで食べるんだぞ」
京華「はーい。いただきます!」パク
八幡「ほら、川崎も」
沙希「あ、あ、あんた、聞こえてたよ! 何を言ってんの…………!?」
八幡「言っただろ。開き直りの見本を見せるって」
沙希「はあー…………」
八幡(川崎は大きく溜め息をついてがっくりと肩を落とす。なんだ?)
沙希「たぶんさ、あたしとあんたじゃ開き直りの意味が違うんだよ…………」
八幡「?」
沙希「あー、もういいもういい」
八幡(川崎はそう言って差し出された饅頭を受け取り、パクつき始めた。よくわからんやつだな…………)
八幡(それからしばらく三人で色んな店を冷やかしたが、やがて京華が目を擦り始めた。おねむのようだ)
八幡「そろそろ引き上げるか…………そういえばここまでどうやって来たんだ? 俺は自転車だが」
沙希「あたし達はバスだよ。でも帰りは混んでそうだから少し先のバス停か、もしくは家まで歩いちゃおうかと思ってたんだけど」
八幡「そっか、なら」
八幡(俺は京華の前で背中を見せてしゃがむ)
八幡「けーちゃん、おんぶするから乗りな」
京華「え、いいの?」
八幡「ああ。家まで送っていってやるから眠たかったら寝てもいいからな」
京華「うん」
八幡(京華が俺の背中に乗り、首に腕を回して掴まってくる。そこでようやくぽかんとしていた川崎が我に返った)
沙希「ちょ、ちょっと、あんた自転車なんでしょ!?」
八幡「気にすんな。ほら、案内してくれないと帰り道わかんねえぞ」
沙希「あ、う……あ、ありがと…………」
八幡(川崎は小さく礼を言い、俺の隣に並んで歩き出す。重くはないのだがちょっと歩くのに邪魔なので俺の荷物は川崎に持ってもらった)
八幡(京華があっという間に寝てしまったのでなるべく大通りや人混みを避けていくが、なぜか川崎は押し黙ったままだ。こうなると俺も話し掛けにくいぞ…………)
沙希「…………ね、比企谷」
八幡「お、おう。何だ?」
沙希「あんたって面倒臭いことはしたくないはずでしょ。何でこうしてくれてるの?」
八幡「……………………」
沙希「あんたには何の得もないでしょ? こう言っちゃ何だけど、ありがたくてもそこまで困っているわけじゃないし…………」
八幡(何で、と聞かれたって困る。俺だってよくわからんのだ。ただそうすることが自然で、そうしたいと思っただけなのだから)
八幡(つっても馬鹿正直に言うのは恥ずかしいし、ここは冗談ぽくしてお茶を濁そう)
八幡「はは、嫁と娘を安全なとこまで送り届けるのは旦那として当然だろ」
沙希「…………っ!」
八幡(……………………あれ? もう開き直る必要性がないこの場じゃ逆に恥ずかしすぎね?)
八幡(慌てて誤魔化そうとしたが、その前に川崎は今まで見たことのないような笑顔を俺に向けた)
沙希「ありがとう。あたしの素敵な旦那様」
八幡「お、おう」
八幡(その表情にドキッとし、俺はそっぽを向く。な、何だ? 川崎の顔が見れねえ…………)
八幡(また俺達は無言になるが、さっきのように気まずくはない。時々川崎と目が合って気恥ずかしくはあるが)
沙希「ん。うちまであと十分くらいかな」
八幡「お。もう近いのか」
沙希「うん…………ね、比企谷。だいぶ遅いけどさ、あたしも開き直っていいかな?」
八幡「え?」
沙希「あたしさ、あんたのこと好きだよ」
八幡「………………………………は?」
沙希「ずっと前から気になってた。気が付いたらいつも目で追ってた」
八幡「お、おい」
沙希「わかってるよ、あんたがあたしをそういう目で見てないってのは。だからこれは開き直った結果のあたしからの宣戦布告。そして今年の目標」
沙希「あんたをあたしに惚れさせてみせる。他に好きな人がいたってあたしに目を向けさせてみせる。新学期から覚悟しておいてね」
八幡(何だか現実感を伴わないまま俺は帰宅し、起きれるくらいには回復した小町にお土産を渡す)
八幡(夕飯時もついつい川崎のことを考えてぼーっとしてしまい、みんなに小町から風邪が移ったんじゃないかと心配されて強制的にベッドに寝かせられてしまった。まあ本調子でないのは確かだからな)
八幡「まさか川崎が俺を、なんてな…………確かに一緒に行動してるときにそれっぽい気配はあったけどさ…………」
八幡(俺はごろんと寝返りをうつ。今日はもう寝てしまおう。一旦頭をリセットすればこんがらがった脳内も少しはすっきりするだろう)
八幡「……………………」
八幡「……………………」
八幡「…………お休み、川崎」
八幡「……………………」
八幡(その日、俺の夢に七福神が現れ、一通り騒いだあと舟に乗ってどこか遠くへ行ってしまった)
八幡(それを見て立ちすくんでいると、舟が行ってしまった方から何かが飛んでくる)
八幡(それは、満面の笑みを浮かべた天女…………いや、格好から考えるに弁天様だった)
八幡(嬉しそうに俺に抱き付いてくる弁天様は)
八幡(川崎沙希の顔をしていた)
終
八幡「初詣」
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