アニメssリーディングパーク

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三浦「あ……んっ……ふぅ……んんっ…………今日はなんだか、積極的だし」 【俺ガイルss/アニメss】

 

三浦「あーしってさ案外一途なんだよね」

 

八幡「はぁ」

 

んじゃ

 

八幡「・・・・・・」

 

三浦「・・・・・・」

 

八幡「い、いいんじゃねーの、一途な女の子って」

 

三浦「!」

 

八幡「男で嫌いなやつはいないだろーし」

 

三浦「そ、そうっしょ、いいっしょ、いいっしょ!?」

 

三浦「そ、それにあーしって意外と料理もできるし、掃除洗濯もちゃんとやるし!」

 

三浦「え、えーと、こ、子供も大好きだし、ね? ね? いいっしょ、いいっしょ!!」

 

八幡「あ、あー、うん・・・・・・葉山が羨ましいわ、リア充爆発しろ」

 

三浦「え・・・・・・?」

 

八幡「料理、掃除洗濯、子供も好き」

 

八幡「さらには容姿端麗、眉目秀麗・・・・・・っと」

 

八幡「まさに完全無欠超人の葉山とはベストカップルってわけだ」

 

八幡「羨ましくて、反吐が出そう」

 

八幡「んで、んで、その三浦優美子様がカースト最下層の俺になんか用?」

 

三浦「え・・・・・・えっと・・・・・・」

 

八幡「ああ、俺にベストカップルっぷりを見せつけに来た・・・・・と」

 

三浦「・・・・・・」じわぁ

 

三浦「・・・・・・」ぐすっ

 

八幡「あ、えーと、その」

 

三浦「・・・・・・わかった」

 

八幡「へ?」

 

三浦「わかったし!」バンっ!

 

八幡「ななな、何がでございますでしょうかか」ビクっ

 

三浦「あんたにあーしがどんだけ一途か、どんだけラブラブか!」

 

三浦「ヒキタ二の濁った眼でもわかるように見せてあげるッ!!」

 

八幡「は、はいっ!!」

 

三浦「返事・・・・・・したよね」

 

八幡「え、いや、これは・・・・・・」キョロキョロ

 

三浦「 し た よ ね 」ガシっ

 

八幡「痛い痛い痛い、か、顔ッ、離して、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

三浦「視線をそらさず、見てなさいよ、約束!」

 

八幡「は、はいぃぃ!」

 

三浦「・・・・・・」パッ

 

八幡「ほっ・・・・・・」

 

三浦「・・・・・・」すっ

 

八幡「え、なんですか、いきなり手を出して」

 

三浦「指切りよ、そんくらいわかるっしょ」

 

八幡「いやいや、今日日小学生でもし・・・・・・」

 

三浦「 い い か ら 指 切 り し ろ し ! !」

 

八幡「すすす、すみません!!」

 

三浦「ゆーびーきーりーげーんーまーん」

 

八幡「うそついたら・・・・・・」

 

三浦「はーりーせーんーぼーん、のーまーす」

 

八幡「指切った……」

 

三浦「約束……約束だかんね!」

 

三浦「覚えてなさいよっ!!」ダッ

 

八幡「……な、なんだよ、全く」

 

ガラッ

 

雪乃「……今、三浦さんが泣きながら廊下を走っていったのだけれど」

 

由比ヶ浜「……ヒッキー……」

 

雪乃「流石にあなたといえど犯罪行為には手を染めないと思っていたのだけど」

 

由比ヶ浜「ヒッキー、最低!!」

 

八幡「ちょ、ちょっと待てよ! ご、誤解だ、誤解!」

 

八幡「俺は三浦にはなんにもしてない!」

 

雪乃「けれど、三浦さんは泣いていた、それが事実ではなくて?」

 

八幡「ウッ……そ、それは……」

 

由比ヶ浜「そ、そうだよ、ヒッキー! どうして優美子は泣いてたの!?」

 

八幡「い、いや……」

 

由比ヶ浜「ちゃんと、答えてよヒッキー!!」

 

八幡「わ、わかった、わかったから、落ち着け……」

 

雪乃「……なるほどね」

 

由比ヶ浜「……」

 

八幡「……」

 

雪乃「聞く限りではあなたは悪くないわ」

 

雪乃「『表面上』はね」

 

由比ヶ浜「ヒッキー……」

 

八幡「……なんだよ」

 

由比ヶ浜「ヒッキー、私からお願いがあるの」

 

由比ヶ浜「優美子にはちゃんと向き合ってあげて」

 

八幡「由比ヶ浜……」

 

由比ヶ浜「ああ見えて、優美子……本当に一途だから……」

 

八幡「ふぅ……」

 

八幡(今日は疲れた、はよ帰りたい)

 

平塚「お疲れのようだな」

 

八幡「なんですか先生まで」

 

平塚「ふむ、まぁ悩める少年のために、一つ面白い雑学でもと思ってな」

 

平塚「元来、指切りというのはだな、遊女が不変の愛を証のために小指を切断し」

 

平塚「男のため送ったことが、由来となっていると言われている」

 

平塚「まぁ、遊女が愛を証明するためにはそれほどの覚悟が必要ということだ」

 

八幡「流石先生、色々と話の説得力がありますね、いろんな意味で」

 

平塚「すまないな、いろんな意味で」ドカッ

 

八幡「ぐぇ……ご、げほ」

 

平塚「まぁ、冗談はそれぐらいにして」

 

八幡「腹パンは冗談で済まされるんですか?」

 

平塚「遊女が小指を切り落とす」

 

平塚「これは言うまでもなく取り返しのつかない」

 

平塚「差し出す女は一途な愛、受け取る男には誠意の心が必要となる」

 

八幡「……」

 

平塚「一途な愛と誠意の心だ」

 

八幡「大事な事だから2回ですか」

 

平塚「ああ、大事な事だからな」

 

八幡「は、はぁ……」

 

 

次の日

 

八幡(昨日はまるで眠れなかった)

 

三浦「……」チラッチラッ

 

八幡(視線が痛い……)

 

由比ヶ浜「……」チラッチラッ

 

八幡(痛い……)

 

平塚「で、あるからしてー」チラッチラッ

 

八幡(……うぜぇ)

 

 

放課後

 

八幡「今日の授業はかなりハードだった……」

 

三浦「ヒキオ!」トンッ

 

八幡「ヒッ!」

 

八幡「な、なになに!? ごめんなさい!?」

 

三浦「な、なに、肩に叩いただけなんだけど、ちょっとキモイ」

 

八幡「う、うるせーキモイのは生まれつきなんだよ」

 

三浦「自分で言っててハズくないの?」

 

八幡「な、なんだよ」

 

三浦(おどおどしてる、なんだろう……これ)

 

三浦(ああ、わかった、犬だ、怯えた犬)

 

三浦(うん、かわいい、ちょーかわいいし)

 

三浦「//////」

 

八幡「な、なにニヤついてるんだよ、気持ち悪」

 

三浦「はぁ!? に、ニヤついてなんてねーし!!//////}

 

由比ヶ浜「まぁまぁ、二人とも、落ち着いて、落ち着いて」ズイッ

 

由比ヶ浜「優美子、ヒッキーに何か用なの?」

 

三浦「あ、あぁ、うん、あ、あのさ、ヒキオ、今日さ、これから……」

 

三浦「暇?」

 

八幡「……暇じゃ……」チラッ

 

由比ヶ浜「?」

 

由比ヶ浜『ああ見えて、優美子……本当に一途だから……』

 

八幡「ちっ……」

 

八幡「ああそーですよ、俺はぼっちで暇人だよ、何か文句あるか?」

 

三浦「そ、そう、じゃあさ、これから、あーしにさ……」

 

三浦「付き合ってよ」

 

八幡「……はぁ……はいはい、付き合う付き合う」

 

三浦「本当!?」パァァ

 

三浦「じゃ、じゃあ行くよ、ほら、今すぐに!!」グイッグイッ

 

八幡「ひ、引っ張んなって、痛い痛い!!」

 

由比ヶ浜「あ、ゆきのんにはちゃんと伝えておくからー」

 

八幡(んで、なぜか俺はテニスコートにつれてこられたわけだが)

 

三浦「ヒキオー、サーブいくよー」

 

八幡「ちょ、ちょっとまて!!」

 

三浦「待たんし」スッパーン

 

八幡「あ、くっそ、この」

 

三浦「ゲームポイントマッチ、あーし、あーしの勝っちー」

 

八幡「ひ、卑怯だぞ、よそ見しているときに!」

 

三浦「ヒキオがあーしを見てないのが悪いし」

 

八幡「ぐぬぬ

 

八幡「だいたい、なんでテニスなんだよ」

 

三浦「ん?」

 

八幡「いや、お前がテニス得意なのは知ってる」

 

八幡「けどさ、普通、初めてのデートとかには使わんだろ」

 

三浦「へぇーデートだと思ってたんだ」

 

八幡「えっ……い、いや、これはだな、想定相手が葉山だとしてだな」

 

三浦「はいはい」(顔真っ赤にしてかわいい///)

 

八幡「な、なにニヤついてるんだよ気持ち悪」

 

三浦「そういうヒキオも顔真っ赤だし」

 

八幡「ち、違う、こ、これは夕日が赤いせいだ!」

 

三浦「まだ日は落ちてないし」

 

八幡「う、うるせー///」

 

三浦「なんでテニスかって?」

 

八幡「ん……ああ」

 

三浦「テニスってさ紳士のスポーツじゃん」

 

八幡「まぁ、世間一般的にはそーだな」

 

三浦「テニスは相手を見て、相手を賞賛し、それに敬意を表して自分も全力を尽くす」

 

三浦「あーしはさ、あんたを良いところ見たかったし」

 

三浦「ヒキオにはあーしの全力を見てほしかった」

 

八幡「……」

 

三浦「この前さ、あーしとあんたでテニスで勝負したじゃん」

 

八幡「あー、あれね」

 

三浦「正直、あんたなんか眼中にもなかった」

 

三浦「正直、こっちじゃなくあんたたちについたユイにムカついてた」

 

三浦「そのあと、雪ノ下が出てきた時も、あーし、あいつに恥かかすことしか考えてなかった」

 

三浦「だからだと思う、あんたにしてやられたのは」

 

三浦「さっきのあんたみたいにね」

 

八幡「い、いや、それは……」

 

三浦「さっきのでわかった」

 

三浦「あんたはあーしを見てない」

 

八幡「す、すまん」

 

三浦「あやまんなし」ベシッ

 

八幡「痛ッ!」

 

八幡「た、叩くことねーじゃねーか」ヒリヒリ

 

三浦「うるさいし、正直に言われると傷つくし」プイッ

 

八幡「ご、ごめ……」

 

三浦「……2回目」

 

八幡「ちょ、まって、叩くのはやめて!」

 

三浦(うん、やっぱり、子犬みたいだし)

 

三浦「えいっ!」ギュムー

 

八幡「ひゃうぅぅ!」

 

三浦「むふー」スリスリ

 

八幡「み、三浦さん、いったい何してるんでごじゃりますです」

 

三浦「叩かないでって言ったのはあんただし」ムニムニ

 

八幡「いいいいやややや、そそそそれれれれはははは」(柔らかい、柔らかいぃぃ!)

 

三浦「それにさ、こーしてればあーしを見てくれるじゃん!」ニコッ

 

八幡(近い、近いぃぃ! 良い匂い、良い匂いぃぃぃ!?)

 

三浦「あーしは見てるよ、あんたを……」

 

三浦「あんたは……どうよ?」

 

八幡「おおおおおおおれれれれれ」

 

三浦「ねぇ、あーしの顔、真っ赤?」

 

八幡「               」

 

八幡「……ん……むぅ」

 

三浦「お、起きたし」膝枕中

 

八幡「……なんだ、夢か……」すぅ

 

三浦「また寝るなし」ぺしっ

 

八幡「いてっ!」

 

三浦「あんたが、気絶したせいでもうすっかり夕暮れじゃん」

 

八幡「えっ、マジで!?」

 

三浦「マジマジ」

 

八幡「うわぁ、マジだよ……マージマジマジーロだよ」

 

八幡「気絶した挙句、膝枕までされるとか……」

 

三浦「……嫌だった?」

 

八幡「え、いやじゃ、ないですけど、うん、なんというか男のプライドというか」ゴニョゴニョ

 

三浦「あーしは良かったけど、あんたの寝顔が見られたし」

 

八幡「えっ……?」

 

三浦「うん//////」

 

八幡「//////」

 

三浦「あ、あのさ……」

 

八幡「な、なにっ?!」

 

三浦「さっきの質問……答えて欲しいし」

 

八幡「あ、あー、あれ、えっと……」

 

三浦「//////」

 

八幡「う、うんとね、夕日が眩しくてよくわかんない」

 

八幡(我ながら、なんというヘタレ返答)

 

三浦「そっか……

 

八幡「す、すま……」

 

三浦「あやまんなし」

 

八幡「う、うん」

 

三浦「……まぁ今日はお開きってことでいいしょっ!」ニコッ

 

八幡「そ、そうだな……」

 

三浦「あ、あのさ、今週の日曜は空いてる?」

 

八幡「え、ああ、、まぁ空いてないことはない……」

 

三浦「よし、じゃあ約束!」スッ

 

八幡「えーまたかよ」

 

三浦「文句いうなし!」

 

八幡「はいはい」

 

三浦「ゆーびきりげんまん」

 

八幡「嘘ついたらー」

 

三浦「はりせんぼんのーます」

 

八幡・三浦「指切ったっ!」

 

八幡(しかし、まぁ、今週の日曜か……)

 

八幡(ノリでOKしてしまったが、今からでも断るべきなのでは?)

 

八幡(だいたい、俺とは釣り合わないだろうし、それに……)

 

八幡(しかし、指切りで約束までしてしまったし)

 

平塚『差し出す女は一途な愛、受け取る男には誠意の心が必要となる』

 

平塚『一途な愛と誠意の心だ』

 

八幡「むぅ」

 

小町「おにーちゃん!」ヒョイ

 

八幡「うぉっと、いきなり横からでてくんなビックリする」

 

小町「いやいや、何やら難しい顔してましたので、ほぐしてあげようかと」

 

八幡「いらんお世話だ」

 

小町「えー、だって、お兄ちゃんが難しい顔してると変なんだもん」

 

八幡「変ってなんだ、変って……」

 

小町「うーんと、ほら、あれだよあれ」

 

小町「例えると深海魚? の一種?」

 

小町「いや、もっとあれかな昆虫? 微生物?」

 

八幡「おい、やめろ、これ以上いうと泣くぞ、ほら泣くぞ」グスッ

 

小町「冗談だって、冗談、ほらほらいいこいいこ」ナデナデ

 

小町「まぁ、そんなことはいいとして」

 

八幡「よくねーよ、俺のハートはボロボロだ」

 

小町「まぁまぁ悩みがあるなら、言ってみてって」

 

小町「この小町ちゃんにどーんと任せてみなさい!」

 

八幡「当てにできなさそーだな」

 

小町「あっ、ひっどーい、こー見えて学校では頼りにされてるんだよ、私」

 

八幡「はいはい」

 

八幡(とはいえ、本当のことを小町に言うと、ろくなことになりそうにない)

 

八幡(ここは、オブラートに被せて相談してもらったほうが良さそうだな)

 

 

八幡「ごほん……それじゃ改めまして」

 

小町「どーぞどーぞ」

 

八幡「実はな、材木座に小説のストーリーを相談されてな」

 

小町「なるほど、なるほど」

 

八幡「その小説のキャラ、仮にAとヒロインB子としよう」

 

小町「ふむふむ、HさんとY子さん」

 

八幡「どういう風に聞いたらそう聞こえるの!?」

 

小町「まぁまぁ、気にせず続けて続けて♪」

 

八幡「……Aは、わけありで、クラスでは孤立している」

 

八幡「ちょっと陰のある、一匹狼という設定だ」

 

小町「うわぁ……言い方って大事だねー、小町一つ勉強しちゃったよ」

 

八幡「おい、どういう意味だ……これは小説のキャラの設定だぞ」

 

小町「あーうん、そういう事にしといてあげる」

 

八幡(うぜぇ……)

 

八幡「一方のB子はだな……」

 

小町(どっち? どっちかな?! 小町的にはどっちでも応援しちゃう♪)ワクワク

 

八幡「容姿端麗でクラスの中心人物……あと、かなり胸がでかい、これ重要だな」

 

小町「……ん?」

 

小町(えっと、雪乃さんは容姿端麗だけど、クラスの中心人物とはいえない)

 

小町(なにより、胸は……うん……)

 

小町(結衣さんは胸はかなりでかいけど……)

 

小町(容姿端麗というより可愛い系……それと中心人物……?)

 

小町「ん~~~~?」首傾げ

 

八幡「どうした?」

 

小町「お兄ちゃん、もしかしてB子さんて年上?」

 

八幡「いや、同学年……という設定だ」

 

小町(年上二人でもない……もしかして……)

 

小町(新たなるお嫁さん候補!? やだ!?)

 

小町(お兄ちゃん来てますなー、来てますよー)ムフフフ

 

小町「いいよ~、お兄ちゃん、続けて続けて」キラキラ

 

八幡「お、おぅ……」(やっぱやめたほうが良かったかも知れん)

 

八幡「Aはさっき言ったとおりワケありでな」

 

八幡「特殊な能力持ちでそのせいで孤独になってしまった、まぁ詳しい能力の説明はここでは省こう」

 

小町「ああ~、そだね、悲しい想い出が残っちゃうしね……」

 

八幡「おい、なんだ、その目は、やめろ、憐れむな」

 

小町「はいはい、あったかいものどうぞ」スッ

 

八幡「あったかいものどうも……」

 

八幡「話を戻そう、Aは最終決戦の際、B子を連れて行くか迷った」

 

八幡「Aの能力はB子を不幸にするかもしれないからだ」

 

八幡「しかしながら、B子はついていくと言って聞かない」

 

八幡「ここでだ、あろうことか材木座は彼女を連れて行き、二人ぼっちになることを選択した」

 

八幡「俺は反論した、彼女は日向の人間、敢えて日陰に引きずり込むのは単なる自己満足」

 

八幡「ここは永遠の別れを告げ、悲しくも美しい悲劇として演出をすすめるべきだ」

 

八幡「まぁ、簡潔に言えばこんな所だ……」

 

小町「……ふーん」

 

八幡「どうだ、俺が正しいだろ?」

 

小町「うん、お兄ちゃんが間違えてるよ、それ」

 

八幡「え……いやいやだって……」

 

小町「だってもこってもないって、B子さんはついて行きたいっていったんでしょ」

 

小町「だったら連れていかないほうが、自己満足じゃん」

 

小町「だいたい、なに、悲しくも美しい悲劇? みんな好きだよね、そういうの」

 

小町「でもね小町だったら、そんなのじゃなく、ふたりで笑って、ふたりぼっちを歩んでいく」

 

小町「そして大声で言っちゃう」

 

小町「へいき、へっちゃらだって」

 

小町「……うん、今の小町的にポイント高いよ……」

 

八幡「…………」

 

八幡「そっか……まぁ参考にさせてもらうわ」

 

小町「おにいちゃん、ファイトだよ、正念場、正念場!」

 

八幡「小説のキャラだって言ってるだろ、バカ」

 

小町「えー、そうだっけー」

 

八幡「ったく、もう寝るぞ、俺は今日は、微生物の顔で寝てやる」

 

小町「まーだ、根に持ってる、可愛くなーい」ニシシシ

 

八幡「うるへー」

 

小町「おにーいちゃん♪」

 

八幡「うん?」

 

小町「おにいちゃんが取られても小町はね」

 

小町「へいき、へっちゃら、覚悟したから♪」

 

小町「いまの小町的にポイント高いから♪」

 

小町(あの、おにいちゃんがかー)

 

小町(人はやっぱり進歩ってするんだなー)

 

小町(しかし、まぁ、B子さんてどんな人なんだろ)

 

小町(結衣さんに聞けばわかるのかなー)むぅ

 

prrrr

 

小町「うん?」

 

小町(知らない番号から……)

 

小町「はい、もしもし、小町ですけど」ピッ

 

三浦『あ、は、はじめまして、あーしはヒキ……あっ、ちょちが、えっとユイの友達の……」

 

小町(ああ、この人が……)

 

小町「はじめまして♪ B子さん♪」

 

三浦『は、はい?』

 

八幡(昨日デートしたからといって何が変わるわけでもない)

 

八幡(俺はクラスでは、ボッチ、そしてあいつ、三浦は)

 

八幡(クラスの中心グループとして、むこうで葉山達と青春を謳歌している)

 

八幡(そう、あいつは日向、俺は日陰)

 

八幡(交わることも、関わることもない)

 

八幡(なにも変わらない日常、変わらない関係)

 

八幡(小難しく考える必要もなかった)

 

八幡(一日で変わる大切なことなんてなんにもない)

 

八幡(なんで考えていた? 変わって欲しかった? 期待していた?)

 

三浦「え~まじで~」キャハハ

 

葉山「そーなんだよー」アハハ

 

八幡「……」イラッ

 

八幡(……なんで今、ムカついた?)

 

八幡(三浦と葉山が楽しそうに喋っていたから?)

 

八幡(嫉妬? いやいや、三浦と俺はたった一日デートをしただけの関係だぞ)

 

八幡(これで嫉妬とかどんだけ勘違いさん、乙だよ)

 

八幡(……世界は変えられない……自分は変えられる)

 

八幡(変わったのは自分自身?)

 

八幡(いやいや、肝心要な所は変わってない)

 

八幡(今までも何回もあっただろ、ちょっと優しくされた女子に勘違いしたこと)

 

八幡(それと、変わらない、変わってなんかない……多分)

 

三浦「隼人、ちょー面白すぎるっしょ、それ」アハハ

 

八幡「……」イライライラ

 

八幡(くそ、くっそ、何勘違いしてるんだよ!)

 

八幡(自分自身言ってたじゃねーか、元からあいつと葉山はベストカップルだって)

 

八幡(なのになんで葉山の名前が出ただけでムカついてるんだよ! 俺は!)

 

キーンコーンカーンコーン

 

八幡(昼休みか、外に出て、風にでも当たるか)

 

八幡(そーすれば、少しは頭も冷えるだろ)ガタッ

 

戸部「よー! どこに行こうとしてんだ大将!」トン

 

八幡「ひっ! やめて、ごめんなさい!」

 

戸部「えっ?」

 

由比ヶ浜「あー、ヒッキーはこんなのだから気にしないで」

 

海老名「こ、これは新ジャンル開拓?! 戸部×八幡?! 嫌いじゃない、嫌いじゃないわ!」

 

葉山「ははは、ヒキタニくんは面白いな」

 

八幡「 (゚д゚ )」

 

戸部「いやいや、オレッチもしょーみ驚きの連続? ちゅーか、驚愕?」

 

海老名「大丈夫、大丈夫、男体化っていうのも結構いける口だから……ふふふ……」

 

葉山「優美子から色々聞いてるよ……おめでとう? 応援してる? うーんいい言葉が浮かばないな」 

 

八幡「( ゚д゚)」

 

由比ヶ浜「えーと、うん、もうみんな知っちゃてるんだよ、ヒッキー」

 

八幡「( ゚д゚ )」

 

三浦「やーっと、こっちみてくれたし」

 

三浦「ほーら、じゃ、いっしょ弁当、食べにいくし」

 

八幡「( ゚д゚ )」

 

八幡(あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!)

 

八幡(1日で世界は変わらない、そう思っていたら半日で完全包囲網が形成されていた)

 

八幡(な…何を言っているのかわからねーと思うが)

 

八幡(俺も何をされたのかわからなかった…)

 

八幡(頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか)

 

八幡(そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ)

 

八幡(もっと恐ろしいリア充のコミュ能力の片鱗を味わったぜ…)

 

三浦「どうでもいいけど、なんであんたそんな変な顔してんの?」

 

八幡「ってゆーか、なんで他の奴に話してんの、お前?」

 

三浦「別に良いじゃん、それとも嫌だったの?」

 

八幡「いや、別に嫌なわけじゃないけど……」

 

三浦「だったらいいっしょ、隠してて良いことなんてないし」

 

八幡「いやいや、普通は、こういうことは女の子のほうが」

 

八幡「『一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし』」

 

八幡「とかのどこぞの幼馴染みたいなことをいうもんだろ」

 

三浦「なにその言い草、もうちょっと断り方ってもんがあるっしょ」

 

三浦「あーしが文句いってやるから、その幼馴染にちょっとあわせてよ」

 

八幡「あーすまんかった、お前にこういう話しても通じんわな、すまんかった」

 

三浦「?」

 

三浦「まぁ、いいわ、それよりほら、とっとと弁当、食べてよ」

 

八幡「お、おぅ……」

 

三浦「召し上がれ♪」

 

パカッ

 

八幡「うぉ……」

 

八幡(すげぇ豪華な弁当、ってゆーか俺の好物ばかりで構成されている)

 

八幡(さらに、小難しいことはわからんが、たぶん弁当の飾り付けとかも考えられてる、こんなにカラフルだし)

 

八幡(味は、味はどうだ……)ぱくっ

 

八幡「……うまい」

 

三浦「……!」

 

三浦「本当?!」ズイッ

 

八幡(近い近い近い!)

 

八幡「……ま、まずかったら、こけにしてやるところなんだが」

 

八幡「い、いや……うん、うまい……ぜ」

 

三浦「そ、そっか、どう? あーしの言ったこと嘘じゃないっしょ?!」ズイッ

 

八幡「あー、あーその……うん」(近いどころか接触してるっての!)

 

三浦「よ、よかった、本当によかったし///」

 

八幡(こいつ、いったいなんなんだよ、本当に)

 

八幡(……ん?)

 

八幡(なんだ……前近くで見たときと違う?)

 

八幡(顔の造形なんざ一日で変わるわけない……はず)

 

八幡(よく見ると、違うんじゃなく、なんか、違和感がある?)

 

八幡(…化粧が濃い……?)

 

八幡(目の下がうっすらと黒い……隈?)

 

八幡(夜遅くまで起きていた?)

 

八幡(そういえば、昨日小町が、あの後も長い時間起きてたな……)

 

八幡(そして、この弁当は俺の好物ばかりで構成されている)

 

八幡(小町から、あの時間の後聞いたのか……)

 

八幡(この、ゴーヤチャンプルーのゴーヤなんか普通は家になんかないよな)

 

八幡(あの時間から、買い出しに行ったのか)

 

八幡(あの時間からだったら、睡眠時間は2~3時間ぐらいしかとれねーぞ)

 

八幡(いや、女には化粧の時間がある……もしかして徹夜かよ)

 

八幡(俺なんかの……ために?)

 

八幡(本当になんなんだよ、こいつは……)

 

八幡(なんで……なんで、俺のためにそこまでするんだよ!)

 

八幡「……」ギリッ

 

三浦「……ヒキオ?」

 

八幡「……なぁ、一つ聞いていいか?」

 

八幡「……なんで俺なんだ?」

 

八幡「三浦だったら、他にもいるだろ……葉山とか」

 

八幡「いや、葉山じゃなくったっていい、お前らのグループの一人」

 

八幡「それどころか、探せば学校中に候補はいくらでもいるはず」

 

八幡「その有象無象の中でだ……」

 

八幡「自慢じゃないがな、俺はボッチでひねくれものだ」

 

八幡「校内で彼氏にしたくない、もしくは存在感のない男ランキングがあったら上位にくる自信はある」

 

八幡「なんで俺なんだよ……?」

 

八幡(なんで、おれなんかのためにそこまでしてくれんだよ……)

 

三浦「……」

 

三浦「あんたさー、ちょーっち勘違いしてない?」

 

八幡「なにがだよ」

 

三浦「じゃあ、逆に聞くし」

 

三浦「あんたにふさわしい彼女ってだれになるん?」

 

三浦「可愛い? 頭いい? 運動神経がいい? 性格がいい?」

 

三浦「不細工? バカ? 運動音痴? 性格ブス?」

 

三浦「どれよ?」

 

八幡「は? 意味がわからん」

 

八幡「個性の羅列だけ上げても、全体像が浮かばん」

 

八幡「そんなので選べるわけがないじゃねーか」

 

八幡「もっと総合的に判断すべきだろ」

 

三浦「それよ」

 

八幡「は?」

 

三浦「あんたがさっきいった事は個性の羅列じゃん」

 

三浦「自分の悪い個性だけ上げて並べてるだけ」

 

三浦「そんなので総合的な判断なんかできるわけないっしょ

 

三浦「あんたが自己評価が低いのはわかる」

 

三浦「じゃあ、言ったげるわ、あんたの良いところ」

 

三浦「あんたさ、自分が子犬みたいと思ったこない? あーしは何回もある」

 

三浦「あーしは、子犬みたいなあんたが、可愛くて可愛くてしょうがない」

 

三浦「抱きしめていたいし、ずっと見ていたいとも思ってるし」

 

三浦「それだけじゃない、あんたはやるときにはやる男だってのも知ってる」

 

三浦「この前のテニス勝負のとき、あんたは、風の流れが変わる瞬間」

 

三浦「その一瞬を狙って、勝負をしかけた」

 

三浦「あんたわかってる? 普通はそんな状況に置かれたら足がすくんでもおかしくない」

 

三浦「でも、あんたはその一瞬に恐ることなく勝利を掴んだ」

 

三浦「そんときのあんたは正直かっこよかったし」

 

三浦「そしてね、あーしはね……」

 

三浦「あんたが、誰かのために自分が悪者になったり」

 

三浦「誰かのために自分のなにかを諦めたり」

 

三浦「自分の事を簡単に二の次にできる」

 

三浦「あんたの優しさが」

 

三浦「大好き!」

 

三浦「……でもね、それで傷つくあんたの姿はさ」

 

三浦「あーしは大嫌いなんだよ……」

 

三浦「……だからさ、今回は傷つかなくてもいいっしょ」

 

三浦「今回はあーしのために、あーしの事を諦めないで」

 

三浦「あーしのことをずっと見ていて欲しい」

 

三浦「お願い……お願いだから」ギュッ

 

八幡(……笑顔で二人ぼっちを歩むか……)

 

八幡「……俺は嫌だね……」

 

三浦「……えっ? どうして?」

 

八幡「……」

 

三浦「あ、あのさ、あーしが悪いところあったんなら、直すから……」

 

三浦「だ、だから……お願い……お願いします……」

 

三浦「だ、だから……もう見放さないで……」

 

八幡「……」

 

八幡「……はぁ、なに勘違いしてんだよ」

 

三浦「えっ…」

 

八幡「まだ、俺には、お前よくわからん」

 

三浦「うん…」

 

八幡「だ、だからさ……もうちょい、見せてくれよ」

 

八幡「お前の良いところも、悪いところも……もっと見てみたい……から」

 

三浦「!」

 

三浦「わ、わかったし! だから、見てて!」

 

三浦「男子三日会わざれば刮目して見よっていうなら」

 

三浦「あーしは一瞬見逃せば後悔させてやるし!」

 

八幡「意味がわからんわ……」

 

三浦「わかんないなら、わからせてやるし!」

 

八幡・三浦「……プッ、クッ、アハハハハハハ!」

 

三浦「はー、あぁ……」クタッ

 

八幡「お、おいっ!」

 

三浦「眠いし……」

 

八幡「そっか……」

 

三浦「やだな、また見つめ合えるのに……」ウト

 

三浦「まだ、寝たくないし……」ウトウト

 

八幡「いいから眠っとけ……俺が見といてやるから」

 

三浦「……」スッ

 

八幡「お前、指切り大好きだな……」ハァ

 

八幡「指切りげんまん」

 

三浦「嘘ついたら……」ウトウト

 

八幡「針千本のーます」

 

八幡「指切った」

 

三浦「すぅ……んぅ……」

 

八幡「……ったく」

 

八幡「これじゃ俺がバカみたいじゃねーか」

 

八幡「バーカ」クスッ

 

 

~~放課後~~

 

由比ヶ浜「やっはろー! ゆきのん!」ガラッ

 

雪乃「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

由比ヶ浜「ごめんね、ヒッキー今日も奉仕部を休むってー」

 

雪乃「……あなたが謝る必要はないわ、比企谷くんの勝手なのだから」

 

由比ヶ浜「それもそっかー」

 

由比ヶ浜「でもさ、でもさ、ゆきのん、もう、なんていうかね」

 

由比ヶ浜「ヒッキーと優美子ラブラブだよね!」

 

由比ヶ浜「今日の昼も、一緒にお昼ご飯食べてたんだよ、もちろん優美子の手作りだよ!」

 

由比ヶ浜「その後ね、優美子寝ちゃったらしくて、保健室までヒッキーがおんぶしてあげたんだって!」

 

由比ヶ浜「ヒッキーそのあとも、優美子が起きるまで、見ててあげて」

 

由比ヶ浜「それでね、それでね、今日も一緒に帰るって言ってた!」

 

由比ヶ浜「もう、本当にベストカップルって感じだよね!」

 

雪乃「そう」

 

由比ヶ浜「あー、いいなー、あたし、憧れちゃうなー」

 

由比ヶ浜「いつか……あたしもああなりたいな!」エヘヘヘ

 

雪乃「なれると思うわ……由比ヶ浜さんなら」

 

由比ヶ浜「ありがとう! ゆきのん!」ダキッ

 

由比ヶ浜「あーでも、そうなってくれる人から探さなきゃ駄目だね」

 

雪乃「……それは違うわ、由比ヶ浜さん……それは嘘をついてる」

 

由比ヶ浜「えっ……?」

 

由比ヶ浜「いやいや、何言ってるのゆきのん? あたしは嘘なんかついてないよ!」

 

由比ヶ浜「今のヒッキーと優美子はベストカップルだと思ってるし」

 

雪乃「そうね」

 

由比ヶ浜「いつかああなりたいと思ってるし」

 

雪乃「そう」

 

由比ヶ浜「だから……そんな人を見つけなきゃって……」

 

雪乃「……由比ヶ浜さん、それが嘘なのよ」

 

雪乃「あなたがそうなりたいと思っている人、それは……」

 

雪乃「比企谷くん……そうなのでしょう?」

 

由比ヶ浜「い、いやいや、だ、だってヒッキーは今優美子とベストカップルじゃん!」

 

由比ヶ浜「だ、だから、ヒッキーは……その……そういう関係になれないっていうか……」

 

雪乃「由比ヶ浜さん、私はいま、比企谷くんと三浦さんのことは聞いていないの」

 

雪乃「あなたは……誰と、ベストカップルになりたいのかしら……」

 

由比ヶ浜「……」ピクッ

 

由比ヶ浜「わ、わたしは……」

 

雪乃「……私はね、疑問に思っていたの」

 

雪乃「あなたが、二人の関係を必要以上の応援をしていることに」

 

由比ヶ浜「ゆ、ゆきのん……」

 

雪乃「由比ヶ浜さん、正直に話して頂戴」

 

雪乃「あなたがなぜ、必要以上の応援をしているか」

 

由比ヶ浜「い、いや……あたし……は」

 

雪乃「由比ヶ浜さん」

 

由比ヶ浜「う、うん……」

 

雪乃「ここは奉仕部で……」

 

雪乃「私はあなたの友達なのよ」

 

雪乃「あなたが、救いの手求めていて」

 

雪乃「そして、私が、あなたの友達である資格があるのなら」

 

雪乃「私にあなたの手をとらせて頂戴、そうすれば」

 

雪乃「――――私の全力を持って、あなたを救うわ」

 

由比ヶ浜「……ゆきのん」グスッ

 

雪乃「お願い、あなたの傷つく姿をこれ以上見たくはないの」

 

由比ヶ浜「ゆきのん……実はね」ギュッ

 

由比ヶ浜「優美子が泣いて走っていったあの日」

 

由比ヶ浜「その前に優美子が私に言ったんだ」

 

由比ヶ浜「優美子が、ヒッキーと幼稚園のころ一緒だったって……」

 

由比ヶ浜「その頃の、お嫁さんになるって約束した」

 

由比ヶ浜「だから、今から、その約束を果たしたい、だから応援してって」

 

由比ヶ浜「私は、そう言われて、言っちゃったんだ」

 

由比ヶ浜「応援するって……」

 

雪乃「そんなことがあったのね……」

 

由比ヶ浜「……だから、あたし、頑張って応援した」

 

由比ヶ浜「だって……優美子はずっと、ヒッキーを想ってたんだもん」

 

由比ヶ浜「だから、だから……」

 

雪乃「自分の想いを抑えてでも……応援した、と」

 

由比ヶ浜「うん……」

 

雪乃「そう、辛かったでしょう……」

 

由比ヶ浜「ねぇ、ゆきのん、愚痴っちゃっても、いいかな?」

 

雪乃「言ったでしょう、全力を尽くすと」

 

雪乃「受け止めてみせるわ、あなたを」

 

由比ヶ浜「卑怯だよ、優美子は!」

 

由比ヶ浜「そんなこと言われたら私は引くしかないじゃん!」

 

由比ヶ浜「ヒ、ヒッキーもヒッキーだよ、デレデレしちゃって!」

 

由比ヶ浜「たしかに、優美子は美人で、家事は万能だし!」

 

由比ヶ浜「クラスの中心で、誰からも頼りにされて、性格も良いし!」

 

由比ヶ浜「あ、挙句に、幼馴染だし!」

 

由比ヶ浜「でも、あたしだってあたしだって!」

 

由比ヶ浜「あたしだって……優美子より……」ハッ

 

由比ヶ浜「……ねぇ、ゆきのん……あたし……」

 

由比ヶ浜「――――あたし、優美子に勝ってるとこがひとつもない」

 

由比ヶ浜「……あ、あたし……あたし……」

 

雪乃「……」ギュッ

 

由比ヶ浜「ふ、くっ、あぁ、ああ、あああ、あああああッ!」ぼろぼろ

 

由比ヶ浜「嫌、嫌だよ、ヒッキー……ヒッキー!」

 

由比ヶ浜「優美子にとられちゃったら、もう、あたしなんか見てくれない!」

 

由比ヶ浜「優美子、とらないで! ヒッキーをとらないでよぉ!」

 

由比ヶ浜「あ、あ、ヒッキー! ヒッキー! あああ、あああああッ!!」

 

雪乃「……」ギュッ

 

 

~~1時間後~~

 

由比ヶ浜「……ありがとう、ゆきのん」

 

雪乃「……」

 

由比ヶ浜「もう……日も暮れちゃったし、帰ろう……?」

 

雪乃「……ええ」

 

由比ヶ浜「あたしはもう大丈夫だから」パッ

 

雪乃「由比ヶ浜さん」

 

由比ヶ浜「なに? ゆきのん?」

 

雪乃「比企谷くんの幼馴染の話、あなた以外は誰が知ってるの?」

 

由比ヶ浜「多分、誰も知らないと思うけど……」

 

雪乃「そう、やっぱり……」

 

雪乃「やっぱり、三浦さんもあなたのお友達なのね」

 

由比ヶ浜「?」

 

雪乃「さっきの私と一緒ということよ」

 

雪乃「さっきの私と同じように、本音をぶつけて欲しい、多分、だから、あなただけに教えた」

 

由比ヶ浜「!」

 

雪乃「今日はもう帰りましょう、そして自分の気持ちに整理をつけて」

 

雪乃「明日、直接話せばいい、違うかしら?」

 

由比ヶ浜「う、うんっ!」

 

雪乃「大丈夫よ、あなたなら……」ニコッ

 

 

八幡「……」テクテク

 

三浦「……」テクテク

 

三浦「ねぇ……いつから、気づいてた?」

 

八幡「なんの話だ?」

 

三浦「とぼけなくてもいいし」

 

三浦「覚えてるんでしょ、幼稚園の頃のこと」

 

八幡「……昔のことだからな、覚えてない」

 

三浦「AとB子……あれ、つまり、昔の話っしょ……」

 

八幡(小町の奴……余計なことを)チッ

 

八幡「あれは、材木座の小説だ……それ以上でもそれ以下でもない」

 

三浦「……いじわる」グスッ

 

八幡「泣くなよ……泣き虫」

 

 『あーし、ヒキガヤくんのこと大好きだよ!』

 

 毎日そう言うことが、あの頃の日課だった。それだけが、本当にわかっていることだったから、言い続けた。

 

 本当は彼の名前の方で呼びたかったのだが、彼の漢字は幼稚園児の自分には難しく読むことが出来なかった。

 

 今思えば照れ隠しのだったのだろう。彼も彼で、自分の名前を教えようとはしなかった。

 

 だから、仕方なく先生が呼んだ、ヒキガヤという苗字で呼ぶことにしていた。

 

 『はいはい、俺もミウラのこと大好きだよ』

 

 彼はいつも決まってそっぽを向き、淡々とそのセリフを返す。

 

 セリフ自体は言って欲しい言葉そのものなのだが、全くと言っていいほど感情も情緒も感じられない。

 

 『うー、ヒキガヤくん、なんかテキトー』

 

 頬をふくらませ、抗議の言葉を漏らす。

 

 彼はいつもこうだ、こうやって相手をしてくれない。いつもこちらを見てくれない。

 

 自分の方を見てくれない彼がもどかしかった。だから、振り向いての意味も込め、もう一度大声で叫んだ。

 

 『あーしはヒキガヤくんのことが大好きです!!』

 

 『2回も言わなくていい』

 

 まだ、彼は、そっぽを向いたままで話しを続けている。その態度が腹ただしい。

 

 なぜ、という言葉が頭の中で反芻する。なぜ、見てくれない。なぜ、向き合ってくれない。なぜ――――

 

 顔が熱くなるのを感じた。見なくても真っ赤なのだろうと思うほど。

 

『だって大事なことなんだし!!』

 

『はいはい』

 

 のれんに腕押しである。これだけ言っても全く取り合ってくれない。

 

 『……いじわる、ヒキガヤくんのいじわるぅ!』

 

 自分のことなど、どうでもいいのか、そんな感情が胸に渦巻き、遂には涙が目から溢れ始める。

 

 そんな自分を見かねてか、彼は疲れたようにため息を付きこちらを振り向く。

 

 『泣くなよ……弱虫』

 

 ――――初めて彼が振り向いてくれた。そのことが嬉しかった。顔が笑みを描くのを止められなかった。

 

 『弱虫じゃないもん! ミウラ ユミコっていう名前があるんだもん! ばかばかばか!』

 

 照れ隠しに、彼が怪我しないように力を抑えて拳で殴打した。

 

 右、左、それぞれ交互に、痛くないよう、心を込めて殴打した。

 

  『やめろって……』

 

 彼はちょっと頬を染め、困ったように言葉を漏らした。

 

 その顔がたまらなく好きだった。彼が自分を意識している。そう思えたからだ。

 

 胸に暖かい感情が溢れ、そのまま上へと昇っていくような気がした。

 

 その感情は、思考より先に行動へと繋がる。そう、彼を抱きしめていたのだった。

 

 『えへへー、ヒキガヤくん、だーいすきー』

 

 『やめろって、暑苦しい』

 

 うっとおしそうにする彼など気にせず、ギュッと抱きしめる力を強める。

 

 うっとしそうにしていても彼は拒否はしたりしなかった。

 

 それが彼なりの、自分への肯定であるかに思え、自然と頬が緩んだ。

 

 だから、一番の感情を込めて、一番の愛を込めて、声高らかに断言した。

 

 『ヒキガヤくん、だーーーーいすき!!』

 

 

 ある日――――その時が訪れた。

 

 『あの、えーと、あのキモい奴のこと好きなの?』

 

 囲まれていた。人だけでない、子供の残酷な悪意が自分を囲んでいた。

 

 『う、うん、ヒキガヤくんのこと、あーし、大好きだよ』

 

 キモッという呟きが聞こえた。周りの目が、周りの感情が、侮蔑へと向かっていく。

 

 その時、理解した。子供は純粋であっても、清純ではないのだと。

 

 子供の自分は、それを跳ね除ける力もなく、ただ、我慢するしかなった。

 

 涙が溢れはじめる。喉から嗚咽が止まらない――――けれど、負けないよう拳を握った。

 

 『なにやってんの、おまえら』

 

 彼の声が聞こえた。

 

 振り向くと彼は、震えながらそこに立っていた。

 

 怒りか恐怖か、どちらでかはわからなかったが、すごく震えていた。

 

 『いやさー、この子、アンタらがラブラブだって言ってただけー』

 

 『熱々だねー、キャハハ!』

 

 『キモっ』

 

 その言葉は自分にだけ聞こえるように、かすかにつぶやかれていた。

 

 『……はぁ? オレはそんなこといってねーし』

 

 彼は大げさに肩をすくめ、そう言い放った。

 

 『はぁ、あんた何言ってんの?』

 

 『勝手にそいつが言ってるだけだろ、そんなこと』

 

 わかっている、その言葉が嘘だと。

 

 『っていうかさ、オレ、そんなブスのこと好きなわけねーじゃん』

 

 彼の体が震えているのもわかっていた。

 

 『俺とそいつは、なんもねぇよ』

 

 けれど、その刃は自分の心に突き刺さっていた。

 

 『ばーか!』

 

 大声で泣いた。

 

 ただただ、悲しかった。ただただ悔しかった。

 

 なにも、できない自分に、なにもしてあげられない自分が。

 

 その後、彼の話は他の女子もブスだという皮切りから周辺を巻き込み、男女問わず敵に回したことで決着した。

 

 結果として彼は孤立し、いじめを受けた。

 

 そう、この幼稚園に彼の居場所はなくなっていたのだった。周りが、世界が彼を敵として

 

 そして――――自分は見てしまったのだ、彼が泣く姿を

 

 それは誰もいない部屋で、ただ一人、彼は汚された自分の机をぬぐい、すすり泣いていた。

 

 『なんで、オレなんだよ……どうしてオレなんだよ……』

 

 呟くように、吐き出すように彼はその言葉を紡ぎ、それは自分の耳へと届いていた。

 

 それは初めて聞いた、彼の弱音だった。

 

 その姿は痛々しく見ていられなかった、そして、たまらず自分は彼に走り寄った。

 

 『……なんだよ……』

 

 『ヒキガヤくん……』

 

 『こっちくんなよブス……』

 

 『大好きだよ、ヒキガヤくんッ!!』

 

 理屈も思考もなかった。ただただ、感情だけで彼を抱きしめていた。

 

 彼は、拒否することもなく、歯を食いしばり、拳を握っていた。

 

 『やめろよ……お前までいじめられるぞ……』

 

 『あーし、それでいいよ! ヒキガヤくんとなら!』

 

 『……無理すんな、弱虫……』

 

 そう呟くと、彼は自分を引き離した――――それが、彼の初めての拒否だった。

 

 『ヒキガヤくんッ!!』

 

 彼の手を取る、それしか出来ない自分を嫌悪しながら、ただ、彼を引き止めるために。

 

 『ゆびきり……』

 

 『はぁ……?』

 

 『ゆびきり……して』

 

 『あーし、ミウラ ユミコはヒキガヤくんのお嫁さんになります』

 

 『……』

 

 『ゆびきり、げんまん、うそついたら、はりせんぼんのます』

 

 『ゆびきった』

 

 『ヒキガヤくん……あーし』

 

 『なに、勝手に約束してんだよ……ばーか』

 

 そう言うと彼は、指を振りはらい、呆然とする自分を放置し、部屋を出て行った。

 

 その寂しげで、なにかをこらえているような、後ろ姿が自分には忘れられなかった。

 

 そして、彼は、もう自分を見てくれることは無かった。

 

 そして、あのテニス対決の後、彼の後ろ姿がちらりと見えてしまったのだ。

 

 あの寂しげで、なにかこらえているかのような後ろ姿が、はっきりと。

 

 その時は思ってしまった。ラブコメの神様がいるのなら、これが、これこそが。

 

 ――――二人の青春ラブコメなのだと。

 

 

 リア充とは恐ろしい。過去の黒歴史ですら、自分の輝かしい思い出に変えてしまうのだから

 

 この出来事は端的に言ってしまえば、こうである。

 

 『ある男の子のせいでいじめられそうになった。男がヒーロー気取りで助けてくれたけど、結局、疎遠になりました』

 

 結論からいってしまえば、こんな物は黒歴史で、夜中、枕に顔をうずめて悶えるような恥ずかしい思い出なのだ。

 

 ヒーローなどそうそういないし、まして俺がなれるわけがない。だいたい、そのヒーローたちもヒロインとは疎遠になる奴が多い。

 

 そういう事実がわかっていない子供の暴走、これがこの話の趣旨である。うん、正直言うと、今すぐお布団に入って悶えたい。

 

 だが、こいつの反応は違う、まるで俺がヒーローであり、かつ自分がヒロインなのだ。

 

 『好きな男の子が助けてくれて、自分はいじめられずに済んだ、だからお嫁さんになります』

 

 これが三浦の思考なのである。

 

 なに、この乙女回路とか乙女プラグインとかが入ってそうな思考回路。

 

 正直、『お父さんのお嫁さんになる』と変わらない思考で、普通は時間が立てば風化してしまうような想いだろう。普通。

 

 しかしながら、そんな想いを風化させずに、それどころか芳醇なワインのように熟成までしてしまったのが、一連の三浦の行動はそれが根底というわけだ。

 

 俺は、すこしばかりの空気を肺に取り込み、小さな溜息を吐き出した。

 

 「覚えてねぇよ、そんなこと」

 

 こいつにとって輝かしい思い出であっても、俺にとっては黒歴史、忘却の彼方へと葬ることが最善だ。

 

 っていうか、広めないでください、お願いします、なんでもしますから。

 

 「……ふーん」

 

 三浦は小悪魔的な笑みを浮かべ、腰をかがめるようにして、こちらを見上げていた。正直、可愛いです。

 

 しかし、その可愛い口の端をさらに上げ、言い放ったのだ。

 

 「AとB子の話は、小説の話じゃなかったけ?」 

 

 痛いところにクリティカルである。そう、今の今まで俺は小説の話として誤魔化し、話を進めてきた。そうとすると、先ほどの返答は不適切である。

 

 まさに俺の理論はダウン寸前だ。立て立つんだ、と心に呟きながら、俺は顔をしかめ、なんとか体勢を立て直そうを言い訳を思案する。

 

 「いやいや、小説の内容を忘れただけだ、別に、お前のことじゃねーし」

 

 苦しい、正直ばればれだとわかるが、このくらいしか思いつかない。

 

 「……まぁ、いいっしょ、正直小説の話なんてどうでもいいし」

 

 そう言うと、三浦は俺の手をとり、ぐいぐいと引っ張った。

 

 「痛い痛い痛い! なにすんだよ!」

 

 「今夜は晩御飯作るし、買いだし!」

 

 「はぁ!?」

 

 「ほらほら、ちゃんと、おいしい料理作るし、手伝いなさいって!」 

 

 そういうと、今度は腕を絡められ、引っ張られた。

 

 かなりのボリュームとほどよい弾力を持つ柔らかな双丘が腕にあたり、力が抜ける。おっぱいって卑怯だよね、おっぱいってすごいよね。

 

 俺はカートを押しながら、この場所について少しの考察を行う。 

 

 スーパーとはなんとも、不思議な雰囲気を持つ場所である。

 

 まず、男にとって、好んでくるような場所でない。来るとすれば、サービス精神旺盛な夫、もしくは子供が大多数である。

 

 そんな中で、だ。俺の存在とはどのような、存在なのだろうか。答えは簡単である、部外者、もしくは邪魔者、いや迫害対象とも言ってもいい。

 

 ほら、あそこの弁当売り場を見てみろ。こいつは何をしにきてるんだ、ここは戦場、狼の狩場、豚が来てんじゃねーよって顔してる。

 

 「……なに、被害妄想なこと考えてるし」

 

 「なぜ、わかる」

 

 「あんたの目、さらに濁ったっしょ、簡単にわかるし」

 

 「どんだけ俺のこと見てんの、お前もしかして俺のこと好きなわけ?」

 

 「いや……大好き……だし」

 

 顔を急速に紅潮させながら、しかしながら、目をそらすことなく、こちらをしっかりと見据え、三浦はそう呟いた。

 

 正直に正直なこと言われるとこちらもその……反応に困る。なんか、こっちまで顔が赤くなるだろうが。

 

 お前が赤くなったら可愛いで済むが、俺が赤くなってもなんの可愛さのかの字もねーんだよ。ちくしょーめ。

 

 「ほ、ほら、前みろよ、他の人にぶつかるだろうが」

 

 「う、うん……」

 

 その後、少しの間、無言で歩いた。

 

 き、気まずい。もう、なんていうか、気まずい。時々見ると、その度に毎回目が合うし、顔真っ赤だし、なんなのこれ。

 

 っていうか、熱くね。このスーパー、ちゃんと空調効いてるのかよ。文句の一つでも店員に言ってやろうか。

 

 その店員もなんか、こっち見ながら笑ってるし、ここの教育はどうなってんの、糞が。

 

 「あ、あのさ……」

 

 沈黙を破ったのは、三浦のほうからだった。

 

 三浦はこちらを覗き込むように見つめていた。その瞳は少しばかり潤み、頬は赤みが差していた。

 

 「あーし……大好き……だし」

 

 「……2回も言わなくていい」

 

 「だって、大事なことだし」

 

 心の臓の脈動が激しくなる、脈動により顔へと血が昇り、結果、顔がさらに熱くなるのを感じる。

 

 糞、なんだよ。あの店員、笑いやがって、そんなに人の顔が赤いのが面白いのかよ。後で投書してやるから覚えとけ。

 

 その後、俺たちはレジにて会計を済まし、食材の袋詰めを行っている。会計の際にレジのおばちゃんにまで微笑まれたのはもう気にしない。

 

 買った食材を袋に詰めて行く。こうしているとジェンガを思い出す。ひとつ、またひとつと、ただ黙々と積んで、最後には崩す。

 

 努力して積んだのジェンガが、少しの労力で崩れる無常。自分の努力などちぽっけであるという、矮小さを認識するには、この以上とない遊戯だ。

 

 ぶっちゃけ、自分に子供が出来たら、このお遊戯を教えよう。俺の子ならば、すぐにこの世の摂理に気づいてくれるだろう、うんうん将来は有望だ。

 

 そんなことを思いながら、俺はこの素晴らしい作品の有終の美を彩るべく、最後の人参を積むために、手を伸ばした。

 

 しかし、俺の手は目的の人参を掴むことができなかったのだ。掴んだのは、もっと柔らかく暖かい物。そう、三浦の手だ。

 

 「す、すまん」

 

 「い、いーよ、別にいーって」

 

 そういえば、家族以外の手には初めて触れてしまった。柔らかい感触と、ほのかなぬくもり、女の子のというものをさらに認識してしまう。

 

 三浦の手は、華奢で小さく、すらっと伸びた指が白磁のように美しく、手という美術品を彩っていた。

 

 触れた感触はハリのある弾力と、きめ細かく滑らかさを持ち、かつ人間らしい、安らぎを感じさせる暖かさを持っていた。

 

 意識して見ていなかったので、気づかなかったが三浦は料理のためにいつもしているネイルアートを外し、自然そのままの美しい手を晒している。

 

 俺は唾を飲み込む。なにこれ、俺変態みたいじゃねーか、俺は静かに暮らしたいんだよ。

 

 その三浦が、そそくさと人参を自分が詰めていた袋へと運ぶ。

 

 「おい、ちょっとまてよ、お前の袋、もういっぱいじゃねーか、こっちによこせ」

 

 俺は人参を渡すように、三浦に手を差し伸べた。

 

 「い、いーじゃん、このくらいなら入るし」

 

 「詰めすぎで袋が破けるほうが大変なんだから、こっちでいいじゃねーか」

 

 「で、でも……」

 

 三浦はしどろもどろになって反論する。

 

 「こ、この人参だけは、あーしが持ってくし、だ、だから気にしなくていいって!」

 

 どうやら、三浦は意地でも人参を渡したくないようだ。なに、お前、どんだけ人参好きなんだよ、兎か? 寂しくて死んじゃうの?

 

 訝しんだ目で三浦を見ると、何かを思いついたように袋をあさり、ある物を俺の方へ差し出した。

 

 「そ、そんなにいうなら、このレモンをもらってよ!」

 

 黄色く、見ただけで酸っぱさを連想するそれを俺の方へさらに突き出した。

 

 三浦の美しい手と合わさって、それは絵画にしたらいい絵になるんだろうと、意味のないことを考えてしまう。

 

 「なんで、わざわざ詰めたレモンのほうなんだよ、人参のほうでいいだろ」

 

 「これでいいじゃん……これ、もらってよ」

 

 三浦はそのパッチリとした目に涙を湛え、こちらを見据えた。何がなんでも人参を渡さず、なぜかレモンを押し付けることに執心しているようだ。

 

 「ああ、もう、わかったよ……ほら」

 

 「あ……」

 

 俺は三浦からレモンを奪い取ると、自分の袋へと詰め込む。うん、想像とは違ったがこれで八幡ジェンガの完成だ。

 

 「そんな強引に奪っちゃうんだ……」

 

 奪い取られた三浦はなぜか、その白磁の肌を紅潮させ、はにかんでいた。

 

 「なに、お前奪い取られて喜んでの? どMなの?」

 

 「そーかもね、っていうかそっちが好み? な・ん・な・ら……合わせるけど?」

 

 「ちょ、ちょ、ななななな、なにいってんの!」

 

 「ごめんごめん、半分冗談だから」

 

 半分ってなに!? 半分は本気なの!? どどど童貞をからかうんじゃねーよ、童貞はいつも全部本気なんだぞ! 手はだせないけどな!

 

 「い、いいから、行くぞ、このバカ!」

 

 俺は三浦の袋を持とうと、手を伸ばす。

 

 しかし、三浦はその伸ばした手を軽々と掴み、袋を渡そうとしない。

 

 「な、なにすんだよ」

 

 「あんたはいつもそう、持ってばっか……あんたばっかに持たせるのは不公平だし、だからさ……」

 

 そういうと三浦はその細い指を俺の指の間に絡ませてくる。いわゆる恋人つなぎというやつだ。

 

 先ほど少ししか味わえなかった、典雅な感触が、俺の手を包みこんでいく。

 

 そして、三浦は俺の手を自分の頬に頬ずりしながら、嬉しそうに微笑み、こう宣言したのである。

 

 「……一緒に半分ずつ、持って行こう?」

 

 俺は抵抗を諦めた。

 

 

 「ただいま」

 

 「お邪魔します」

 

 「おっかえりー、おにいちゃん」

 

 元気な声を響かせ、階段を軽快なリズムで足音を鳴らしながら下りてくる小町。

 

 「あっ、直接会うのははじめてでしたよね、どーも、私は小町、お兄ちゃんの妹でーす」

 

 おい、なんだ、その紹介は、お兄ちゃんの妹とか、お前はどこぞのプレゼントな妹かよ。はずかしいから止めなさい。

 

 「はじめまして、三浦優美子です」

 

 はっきりとした口調でそう言うと、ペコリと頭を下げる三浦。

 

 その動作はメリハリがキチンとしており、恐らく角度も測れば30°近似値が導かれるのだろう。いつもの三浦とは違った一面を垣間見た気がする。

 

 以外とOLのような職業も、持ち前のコミュニケーション能力と合わせて、うまくやっていくのかもしれんな、リア充恐るべし。

 

 「優美子さん! ふつつかな兄ですが、よろしくお願いします!」

 

 「おい、なに勝手に売り出してんだ」

 

 「いえいえ、こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 「お前も、乗ってんじゃねーよ」

 

 俺は、三浦の手を引っ張り、上がるように促した。

 

 「あ、ちょ、ちょっと待って、今、靴脱ぐから」

 

 「あ、ああ、すまんすまん」

 

 そう言うと、三浦は、立ったまま、バックベルト方式の可愛らしいミュールを脱ぎ始める。

 

 ちょっと焦っているらしく、脱ごうとして、中々抜けず、少々もたついている。

 

 焦らせてしまったな。何か手伝えることはないだろうか? 手伝おうと、手を伸ばすが、手伝えることが見つからない。手が右往左往する。

 

 「おにいちゃん、心配なのはわかるけどさ邪魔だから、上がったら?」

 

 小町は、にやにやとした笑みを満面に浮かべ、俺と三浦を交互に見ていた。

 

 なんだ、小町、お前まで俺を笑うのか? 笑え…笑えよ…

 

 小気味の良い音ともに、食欲をそそる、良い匂いが台所から流れてくる。

 

 台所で調理をしているのは、もちろん三浦だった。

 

 振り向けば、長い髪を結い上げ、綺麗なうなじを惜しみもなくさらす三浦が見えた。

 

 料理を開始する前に手伝おうかと助力を申し出たのだが

 

 『今日はあーしに作らせてよ』

 

 と言って拒まれてしまった。

 

 「おにぃちゃん、ジロジロ見すぎ。そんなに心配なの?」

 

 「そんなんじゃねぇよ、このままじゃ俺の主夫としてのプライドがな……」

 

 「どーみても料理スキルじゃ負けてるんですけど」

 

 そうなのだ、事実、三浦の料理スキルは高い。手際よく材料を切っていき、複数の品を同時進行で調理を行っていた。

 

 聞いた話によると幼いころから、親の手伝いで料理を手伝っていたらしい。その時の家族の話から、家族仲も良好のようだ。

 

 「料理もうそろそろできるから、運んでくれるー」

 

 「あっ、小町、手伝いますー」

 

 配膳をするために台所へと向かう。

 

 「「おおー」」

 

 弁当でわかっていたことだが、三浦は盛り付けにもこだわるタイプのようだ。

 

 レモン、アボカド、トマト、レタスを使ったサラダは、高くふわりと盛られ、レタスを大枠とし、それぞれの材料を規則正しく円形に飾り付けることで、色彩を鮮やかに演出している。

 

 デザートでは、レモンシャーベットに輪切りのレモンを添え、はちみつを掛けて縞模様の彩りを作っている。

 

 主菜であるカレーも、御飯は中心に山型に盛られ、その周りはルーの海が広がり、浮かぶ輪切りのレモンも中々洒落ている。

 

 「おにいちゃん! おにいちゃん! 逃しちゃ駄目だよ、こんな人」

 

 耳元で小さな声で呟く小町。お前、うまいもの食いたいだけだろ、よだれ拭け、よだれ。

 

 「デザートは冷やしとくから、それ以外を運んどいて」

 

 「ほら、よだれ拭け、運ぶぞ」

 

 「がってん!」

 

 配膳を終えた後、食卓へと全員が座る。

 

 三浦が周りをくるりと見回し、鶴の一声を上げる。

 

 「はい、それじゃ」

 

 「「「いただきまーす」」」

 

 おお、このカレーほのかなレモンの香りと酸味がたまらんな、サラダも野菜が好きなわけじゃないが、すごくうまい。サラダも切り方で違うって言うが本当なんだな。

 

 「おいしいですよ! 優美子さん!」

 

 「ありがとう、お世辞でもうれしいし」

 

 「今度、小町にも料理を教えてください!」

 

 「オッケー、今度教えて上げるし」

 

 女の子同士できゃぴきゃぴとした会話が繰り広げられる。

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、こうみると二人で十分だろう。

 

 てか、うぜぇ、モノを食べるときはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだよ。

 

 「ところでー、優美子さん?」

 

 「なに?」

 

 「今日の料理、レモン尽くしですよね、どうしてですか?」

 

 小町はいたずらな笑みを浮かべて、その質問を三浦へと問いかけた。

 

 三浦はその質問を受け、飲んでいた水を吹き出した。その水が俺の顔へとぶっかかる。

 

 「ご、ごめん、ヒキオ、今拭くから……」

 

 顔真っ赤にしながら、俺の顔を拭いてくれる三浦。何考えてんだ、こいつ、なんか隠してるようだが。

 

 小町はその様子を見てさらに、いたずらな笑顔を輝かせた。うん? なんだ、なにかあんのか。

 

 「あー、そういえば面白い番組の録画があるんですよー、テレビつけていいですか?」

 

 「あ、うん、あーしは別に構わないけど……」

 

 「それじゃあ、ポチッとな!」

 

 リモコンを操作し、録画を再生した小町は、ニヤッとこちらの方を振り向く小町。こっちみんな。

 

 その再生された番組はどうやら雑学系のクイズ番組であり、今回は花の特集のようだった。

 

 「花言葉って素敵ですよねー、色々あるし、さりげないアピールも出来ますし! あ、今の小町的にポイント高いですから!」

 

 「なんだよ、それ、さりげなくても伝わんなかったら意味ないだろ」

 

 そう俺が呟くと、まるで養豚場のブタでもみるかのように冷たい目をこちらに向けてきた。

 

 「……これだから、ゴミぃちゃんは」

 

 おい、今なんてった。おにいちゃんのことそんな風に言うなんて、そんな風に育てた覚えはないぞ。

 

 ちらりと流し目で三浦の方を見ると、膝の上で手をいじりながら、顔真っ赤にしてなにかをブツブツと何かを呟いている。

 

 『はい、ここで問題です、レモンの花の花言葉とはなんでしょう』

 

 そのナレーターの問いに三浦の体がビクっと震える。顔も羞恥と驚愕で硬直している。

 

 『あー、あたし知ってますー』

 

 巨乳で馬鹿が売り芸能人が手を上げる。なんか知らんがこいつみると由比ヶ浜を思い出すんだよな。すまんな、由比ヶ浜、でも大体あってる。

 

 『誠実な愛ですよねー、すごくロマンチックでしょー』

 

 ビクッと俺の体が震えた。思考が2回、3回とその言葉を反芻したあと、その意味を理解するのにしばらくの時間を必要とした。

 

 つまり、今日のレモン尽くしの料理って、『私の愛を食べてください』?

 

 頭に血が昇り、ごまかそうと飲もうとした水を盛大に三浦のほうへぶっかける。

 

 「ご、ごめん……」

 

 「い、いいよ、お互い様だって、あーし、自分で拭くし」

 

 「いやいや、拭くからじっとしてろ」

 

 『食物の花にも、花言葉ってあるんですねー』

 

 『他の花言葉を例にあげると、人参の花言葉、幼い夢、なんてものもあります』

 

 へぇーという声がテレビから流れる。え、なんだって?

 

 こいつの幼い夢ってゆーと、お嫁さん? こいつ、袋詰めてるときのやり取りってもしかして

 

 私の人参(幼い夢=お嫁さん)は譲れないけど、レモン(誠実な愛)は差し上げますってこと。

 

 なにそれ、いじらしい。

 

 拭いていた三浦の顔がさらに真っ赤に染まる。伏目がちになりながら、時折こちらをチラチラと見ている。

 

 「あー、三浦?」

 

 「ひゃ、ひゃい!」

 

 俺は照れ隠しに頬をポリポリとかき、思い切ってその言葉を言った。

 

 「デザートのレモン、持ってきてくれよ、お前のレモンを……さ」

 

 パァっと顔を輝かせて微笑む三浦、笑ったこいつはやっぱり可愛いな。

 

 「う、うんっ! ちょっとまってて、今持ってくるし!」

 

 三浦は席を立つと、嬉しそうにパタパタとスリッパを鳴らしながら、台所へと向かって行った。

 

 「おにいちゃん」

 

 「なんだよ」

 

 「ゴミぃちゃん、撤回してあげる、今のは小町的にポイント高いよ!」

 

 小町はシシシといたずらっ子のように笑いながら、肩を叩いてくる。

 

 「うぜぇ」

 

 今、顔がすごく熱いので、はやくシャーベットが欲しいなと思いながら、台所を見ると、嬉しそうな三浦の顔が見えた。

 

 うん、わるくない。この感じ。

 

 

 「ハラァ…いっぱいだ」

 

 俺はどこかの妖怪のように、満足の声をあげる。 

 

 あれから三浦は俺を見つめるのに夢中で、自分のシャーベットを溶かし、小町は早食いでアイスクリーム頭痛に悶えていた。

 

 それを見ながら食うレモンシャーベットは甘酸っぱく、そしてなによりその冷たさが心地よかった。

 

 楽しい時間は早く過ぎるものだ。俺は空になった食器を片付けるため、腰をあげる。

 

 「いや、あーしが片付けるけど」

 

 「ふざけんな、お前ばっかにさせるのは、俺が嫌なんだよ」

 

 俺は有無を言わせず、三浦の手から食器を取り上げる。

 

 「……これくらいは俺にさせてくれよ」

 

 「そーですよ、優美子さん、こんなことはおにいちゃんに任せればいいんです」

 

 「そういうお前は何すんだよ」

 

 「優美子さんと遊びます!」

 

 「ふざけんな」

 

 小町は大声をあげ笑い、三浦はクスクスと静かに微笑み、俺は含み笑いをこぼす。

 

 三者三様の笑いが食卓を包む。

 

 そして、三浦は笑いすぎで出た涙をその美しい人差し指で拭い、言葉を紡いだ。

 

 「それじゃあ、あーしはお風呂入れとくから」

 

 「ああ、頼むわ……えっ?」

 

 俺は首を傾げる。風呂ってどういうこと。まさか泊まっていくとか言いませんよね。

 

 「ああ、あーし、今日は泊まってくから」

 

 「え?」

 

 俺の気持ちを知ってか知らずか、この子はその言葉を発した。それも、ものすごく嬉しそうな顔で。

 

 どういうことだ、最近の若い者の性の乱れはここまで来ていたか、ご両親は黙っていませんよ!

 

 「あ、もうお互いの親は承諾済みでーす。プロデュースバイ小町!」

 

 え、なにそれ。私、聞いてない。

 

 三浦はニコニコ微笑んでるし、小町はニヤニヤ笑ってるし、小町の発言から親の援軍は期待できない。

 

 俺は脳内で、外堀も埋められ、家臣そして小町にすら囲まれた一人の武将のイメージが浮かぶ。家臣と妹にすら裏切られるとか俺マジ不憫。

 

 ここまでの布陣とは、四面楚歌とはこのことである。リア充、恐るべし。

 

 なみなみと溜められた浴槽をじっと見つめる。黄色い皮が浮かび、レモンの甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐった。

 

 もはや隠すことすらしないのだろう、皮にハートマークが刻まれている。どんだけアピールする気だよ。

 

 温度確認のため腕を突っ込むと、幾重にも波紋が広がり、水面とレモンの皮をざわめかせ、そして波紋が消える。

 

 温度は良好、しかしながら、それとは別に俺の体温と動悸は異常であった。息苦しい、体が震える、あと思考もぐるぐる。

 

 落ち着け、比企谷八幡ラッキースケベ回避のため、一番風呂を所望したのではないか、恐れることはない。

 

 さっさと体を洗い、速やかにこの危険地帯から脱出するのだ。八幡鴉の行水を見せてやるのだ。

 

 ――――ガラっと音を立てる背後の扉。脳内で希望が打ち砕け、不気味な音が鳴り響いた。

 

 本当に俺は負けてしまうのか? 現況を念のため確認したい。

 

 「背中、流したげる……」

 

 三浦の声が聞こえた。もはやどうしようもないことを悟り、俺は深く息を吸い、肺へと空気を送り込む。

 

 意を決し、後ろを振り向く。

 

 

 三浦は――――バスタオルすら巻かず、そう、一糸纏わぬ姿でそこに立っていた。

 

 顔は羞恥の色を示し、伏目がちな瞳は潤みを宿し、頬はほんのりと染まった朱により白磁の肌を彩っている。

 

 視線を落としていく。くっきりと綺麗な線を描く鎖骨、そこからつながる肩のラインは女性というものを意識させるに十分な色香を孕んでいた。

 

 左腕は脱力でそのまま垂らし、右腕でその肘を掴んでいた。その上の二つの山は、その豊満な大きさを誇らしげに、さらに綺麗なお椀型の形を見せつけ、また頂点には桜色の――――

 

 絹を裂いたような悲鳴が風呂場にこだまする。

 

 『おにいちゃん、うるさいー、近所迷惑だよー』

 

 小町のその言葉で、この声が俺の出した声だと理解する。マジか、俺こんな声出せたのか。

 

 俺は急いで三浦に背を向ける。

 

 「なななな、なにしてるんですか、ババババ、バスタオルは?!」

 

 「それはマナー違反っしょ、あーしはそんなことしないし」

 

 な、なに言ってんのこの子、普通はバスタオルぐらいは巻いて、場合によっては水着でがっかりするシュチュエーションでしょ、ここは。

 

 「いいから、背中、流して上げるし」

 

 「え、え、なにそれ、これおいくら万円ですか?」

 

 「タダよ、無償、0円、OK?」

 

 知ってるんだからな、タダより怖いもんはないんだからな、そんな言葉は信じないんだからな。

 

 「いいから座れし」

 

 「は、はいぃ!」

 

 その言葉に押されてしまい、つい座ってしまった。

 

 なにこのエロゲ、どこのメーカーですか? もしくはどっかのお店?

 

 まず、下準備として、背後から丁度いい温度のお湯をゆっくりとかけられる。その後、ポンプノズルをシュコシュコと鳴らし、ボディソープを出す音が聞こえた。

 

 ボディソープを染み込ませたタオルを当てられ、その冷たさに息を呑む。その冷たさとは真逆に熱くなる体を感じた。

 

 「痛くない?」

 

 「あ、ああ」

 

 「そっか」と安心したような声を出したあと、続けて三浦は背中を優しく洗ってくれた。

 

 不意に、肩に三浦の両手が置かれ、柔らかい二つの物体が背を圧迫する。

 

 「ひゃ、ひゃい?! み、三浦さんっ!?」

 

 「ああ、これ? あーしが持ってる『特別』だから、気にしなくていいし」

 

 『特別』のなんですか?! だいだい、特別だからって気にしなくて良い理由になりませんよね!?

 

 そのまま続行されるその行為。二つの物体が移動するたびに少し固い何かが背を這いずり回り、さらには明らかに近くなった三浦の口から出た熱い吐息が耳へと掛かる。

 

 「も、もう、いいだろっ! 前は俺がやるからっ!」

 

 「……ふーん、わかったし」

 

 体を離してくれた隙に、急ぎ体の全面と頭を洗い、さらに急いでそそぐ。シャンプーが目に入るが、そんなものは気にしない。

 

 一刻も早く、この場所から立ち去らねばという思考が、今、この体を動かしている。そして泡が全部流れると。

 

 「はい、じゃあ、次はあーしね」

 

 「へっ?」

 

 ボディソープが染み込んだタオルを放り投げると、三浦は背を向けた。

 

 長い髪を前方へ追いやり、背中をさらけ出した。白く、透き通った肌と綺麗な肩甲骨が浮かんだ背中、前と変わらぬ色香を匂わしていた。

 

 唾を飲み込む。焦るな、さっきしていたことに比べればこんなの屁でもない。

 

 そう、自分に言い聞かせ、三浦の背中をタオルで優しく擦る。触れた瞬間、少し体が震えたが、その後は問題なさそうだった。

 

 「い、痛くないか?」

 

 「あ、大丈夫、そのまま、そのままでいいし」

 

 そう言うと、三浦は慣れた手つきでその長い髪を洗い始める。

 

 「あ、あのさ?」

 

 「な、なんだよ?」

 

 「あーしの今ってさ、た、例えばよ」

 

 「た、例えば?」

 

 「あんたが、のしかかってきたら、あーしなんも出来ないよね?」

 

 そう言った三浦の顔は見えない。ただ、耳が真っ赤なのは、後ろからでも確認できた。

 

 俺は、背中を洗い続ける。ただ、無心で。そして三浦はボソッと、その言葉を呟いていた。

 

 「いくじなし」

 

 俺はその言葉を無視し、黙ってお湯をかけ、前の泡も流してやった。

 

 風呂を上がったあと、小町、三浦、俺の三人でトランプで遊んでいた。

 

 ポーカー、大貧民、7ならべのあと、最後のババぬきを行っている。

 

 既に三浦は、勝ちを確定しており、俺と小町の一騎打ちを演じていた。

 

 「もうそろそろ、寝るか」

 

 俺は、小町から最後のペアを抜き取り、勝利をもぎ取った所でその提言を進言した。

 

 「ええー、もういっかい、おにいちゃんの勝ち逃げなんてずるいー」

 

 「また今度してやるから、今日はもう寝ろ、あした起きられなくても知らんぞ」

 

 「ぶーぶー」

 

 頬を膨らませて、抗議している小町を無視し、俺は三浦のほうへ向き直る。

 

 「三浦……」

 

 「あーしは……」

 

 「「一緒に寝る」」

 

 「んだろ」

 

 三浦は驚き表情をみせる、俺が拒絶してくるのだと思っていたのだろう。

 

 「いいの……?」

 

 「お前、どーせ聞かねーだろ」

 

 三浦は嬉しさを顔全体で表し「うんっ、うんっ!」と首を縦に振りながら、満面の笑みを浮かべた。

 

 「あー、うん、やっぱ小町寝るわ、おやすみなさい、二人とも」

 

 そういうと、小町は照れくさそうにポリポリと頬を掻き、そそくさと退出していった。

 

 「俺らも寝るか」

 

 そう言うと俺は三浦の手を取り、俺の部屋へと向かった。

 

 その時、少しだけ、三浦の顔が曇ったのを俺は見逃さなかった。

 

 その後、三浦を連れ、自分の部屋へと案内をする。正直、女の子を連れ込む、というか赤の他人を連れ込む事自体初めてだ。

 

 俺は部屋に入ると、ドキドキする鼓動に収まれと念じながら、すぐに自分のベットへと寝転んだ。

 

 「ほら、お前も寝ろ」

 

 「う、うん……」

 

 そう言うと、電気を消し、周囲が真っ暗になる。色々疲れたな今日は。

 

 しかし、その暗闇の中から衣擦れの音が聞こえた。あ、あのー三浦さん?

 

 「あ、あのさ、三浦、もしかして、お前、寝るときは……」

 

 「裸だし」

 

 そうですよねー、だいたい想像できました。

 

 そして三浦はベットに潜り込み、俺にしっかりと抱きついた。

 

 服の上からでもわかる女性特有の柔らかさと、甘い香りが俺を包みこむ。

 

 「あのさ……」

 

 「なんだよ……」

 

 「あーしさ、正直に言うよ」

 

 「お、おう」

 

 三浦は真剣な眼差しで、こちらを見据えていた。今からいうことは、本音である。それを証明するように、それは本当に真っ直ぐだった。

 

 「あーし、さっきはあんたに襲われてもいいと思ってた、ううん、誘ってた、そして、今も」

 

 「お、おい、お前、それじゃまるでビッ……」

 

 「そーね、ビッチ。でもね、あーしがビッチなのは……あんたの前だけだけだし」

 

 三浦はそう言うと、耳元で囁くため、もしくは表情を見せぬために、体を引きよせギュッと抱きしめる力を強めた。

 

 「あーしがあんたとそんなことしたいのはさ、あんたに恋をしているから。知ってる? 恋っていう字はさ、下に心がついてるんだよ」

 

 「……知ってるよ、そんなこと」

 

 「じゃあ、あんたはしたくないの? それともあーしの体に魅力がないの?」

 

 少しだけ、しかし確実に三浦の体が震えだしたのを感じた。不安、それが今の震えの原因なのだろう。

 

 俺は大きく息を吸い、呼吸を整えてから、言葉を紡ぎだす。

 

 「ばっかじゃねの?」

 

 「は?」

 

 「お前の体は十二分にエロいから、お前の綺麗な肌とか手を触ってるだけでドキドキするし」

 

 「お前の、その鎖骨とか肩甲骨とかもスゲー興奮する、む、胸なんか大きくて形も良くて、俺好みだし」

 

 「だから、だからさ、気にすんなよ……」

 

 今度は俺の方から、三浦の体を強く抱きしめてやる。

 

 「手を出さないのは、お前のせいじゃなく、俺がヘタレなだけだから……」

 

 三浦の震えが止まった。どうやら、不安はなくなったようだ。しかし、次の瞬間――――俺はキレのいいチョップを受けていた。

 

 「い、いてぇよ」

 

 「ばーか、あーしの体がエロいって本当のことでも、そんな真面目に言われると照れるし」

 

 「あと、ヘタレだと思ってんなら直せし」

 

 「ご、ごめん」

 

 「あやまんなし……ばーか」

 

 三浦は、少し、抱きつく力を弱め、俺に向き合うとこう言い放った。

 

 「だーいすき!」

 

 「はいはい」

 

 「まーた、適当に返して、ふざけんなし」

 

 またチョップが飛んできた。だが今度は、それほど痛くなく、おかしな話だが、それからは心遣いが感じられた。

 

 しかし、そんなふざけ合いをしていた俺らだが、俺の方が急な眠気に襲われる。大きなあくびをし、そしてまぶたが重くなっていく。

 

 「疲れた?」

 

 「疲れた」

 

 「そっか」

 

 三浦はそういうと、すこし優しげに抱きつき、眠りを誘うように、背中をポンポンと軽く叩いてくれた。

 

 「見ててあげるし、ゆっくり眠りなよ」

 

 「すまん……」

 

 「あやまんなし」

 

 その言葉を聞いたあと、本格的な睡魔が訪れる。まぶたが鉛のように重くなり、思考が闇に落ちていく。

 

 「おやすみ……」

 

 「おやすみなさい」

 

 最後に見たのは、三浦の優しい微笑みだった。

 

 わるくない、本当に……わるくない。

 

 朝日が窓から差し込み、その眩しい光に当てられ、俺は目覚めた。

 

 目を開ければ、既に三浦の姿はなく、ベットで寝ていたのは俺一人だけであった。

 

 手でベットの中をまさぐる。そこにあったぬくもりだけが、今までのことが夢でないことを証明していた。

 

 夢であったほうが良かったのか、それともこれで良かったのか、いまだにそれを断ずることは俺にはできない。

 

 それは、これから決めていけばいい。なぁに、十数年前からの話だ、あせる必要はない。ゆっくり、歩くようなスピードでいいさ。

 

 目を擦り、大きなあくび、そして体を伸ばす。朝の一連の動作を終えた俺はゆっくりと、彼女の優しいぬくもりが残るベットから這い出ていった。

 

 階段をゆっくりと下りていくと、食欲を掻き立てる良い匂いが鼻孔をくすぐった。卑しい腹の虫が大きく鳴った。

 

 小町が作ってくれるわけがない、あいつはねぼすけだからな、順当に考えて三浦が作ってくれているのだろう。

 

 日本人なら誰でも知っている、味噌汁の匂いに誘われて、俺は少し階段を下りるスピードを速めた。

 

 リビングの扉を開けると、そこには台所で調理している三浦が見えた。

 

 「あ、おはよう」

 

 三浦は俺に気づくと、優しげに微笑み、小さく挨拶した。そして、できた味噌汁をよそうと、お盆にのせて、食卓へ運ぶ準備を開始する。

 

 「おう、おはよう」

 

 俺は挨拶を返し、食卓へと腰掛ける。朝のメニューは定番の半熟ハムエッグ、昨日のサラダ、そして今しがた運ばれてきた味噌汁のシンプルな朝食だ。

 

 俺はまず、味噌汁で箸を濡らし、そして味噌汁を少し啜る。この瞬間は本当に日本人に生まれてよかったと思える一瞬だ。

 

 三浦はそんな俺を見つめ、こう呟いた。

 

 「おいしい?」

 

 「ああ、うまいよ」

 

 俺は少し照れくささを感じ、視線をそらしながら、そう答えた。

 

 「そっか」

 

 三浦はそう返すと、自身も朝食に手をつけ、静かに食べ始める。

 

 そこからは、ちょっとの沈黙が続いた。しかし、三浦はこちらを時々見ているのは、言うまでもない。

 

 あのー、三浦さん、そんなに見つめられると、少し、いやすごく恥ずかしいんですが。

 

 俺はそんな恥ずかしさを誤魔化すため、ちょっとの冗談を言おうと口を開く。

 

 「三浦」

 

 「なぁに?」

 

 「裸エプロンだったら、俺がんばれたのに」

 

 「……今からしようか?」

 

 「ごめんなさい、冗談です」

 

 「いくじなし」

 

 そう言う三浦の顔は、なぜかすごく嬉しそうだった。

 

 俺は、いつもの通学路を歩いていた。いつもと変わらない時間を、いつもと変わらない道順で、変わらず、ただ、三浦が隣にいるという変化を除いて。

 

 「お前、噂になったらどうするつもりなんだよ」

 

 「なんか不都合なことでもあんの?」

 

 いや、そういう俺もないけどさ。

 

 しかし、周りの視線が痛い。それもそうだろう、獄炎の女王とまで言われる三浦と、よくわからん変な男と手をつないで歩いているんだから。

 

 周りには、俺がしめらているようにしか見えんだろう……あれ、普通こういうときは違うよね、なぜあいつがとかになるよね、あれ?

 

 「なに、変な顔してんの?」

 

 「いや、なんでも」

 

 俺は不可解な謎を胸の奥へとしまいこみながら、俺は相槌を打った。これを三浦に聞かれたら、恐らく最大級のチョップがくるからだ。

 

 それに……だ。

 

 「うん? あーしの顔になんかついてる?」

 

 朝からこいつの怒り顔を見るのは、なーんか違う気がする。

 

 「なんにもねぇよ」

 

 「へーんなヒキオ」

 

 屈託のない笑顔を見せる三浦。ああ、朝から見るならこっちのほうが良いなと、俺はガラにもなく思ってしまったのだった。

 

 「ヒ、ヒッキー、優美子!」

 

 いつも聞いている、可愛らしい声に呼び止められる。

 

 「由比ヶ浜か……おはよう」

 

 「やっはろー、ユイ!」

 

 「やっはろー! ってそうじゃないし!」

 

 何ノリ突っ込みしてんのこの子。ちょっと頭の痛い子とは思っていたが、ここまでとは、やはり天才か。

 

 「そ、そうじゃなくて、あ、あたし、優美子に話があるんだ……」

 

 しどろもどろになり、その豊満な胸の前で手をもじもじさせる由比ヶ浜

 

 手より胸に目がいってしまうのは、悲しき男の性である。しょうがないし、しょうもない。

 

 「なぁに、ユイ?」

 

 前屈みになり、由比ヶ浜の顔をのぞく三浦。その顔にはすごく嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

 

 あー、こいつ、由比ヶ浜の言いたい事わかって、なんか弄んでるわ。三浦さん、マジ悪女。

 

 「い、いや、ここじゃあ、言いづらいから、放課後にでも」

 

 「あー、ごっめーん、あーし、放課後は用事があるから、昼休みにしてくんない?」

 

 「え、え、で、でも、昼休みは……」

 

 え、なんでこちらの方をちらちらと見られるのですか、三浦さん? 由比ヶ浜さん? こっちみんな。

 

 「あーしは構わないからさ、逆にさ昼休み、なんかダメなの?」

 

 「いや、そんなことは……ない……けど」

 

 「じゃあ、けってーい!」

 

 三浦は強引に約束事を取り付けると、これまた強引に俺の腕を取り引っ張った。

 

 「じゃあさ、あーし達は先に学校に行ってるからー」

 

 「お、おい、引っ張んなって」

 

 「う、うん」

 

 最後に見た由比ヶ浜の顔が、なにかをこらえているように見えて、俺は少しだけ胸騒ぎがしていた。

 

 昼休み、自分は約束通り、ユイと二人きりになり、二人で話す機会を設けた。

 

 ユイが何を言いたいのかは、だいたいわかっていた。自分はそのために、あの時、ユイのみにヒキオとの関係を打ち明けたのだから。

 

 「ユイ、そろそろ聞かせてくれない」

 

 「う、うん」

 

 ユイは、内股になり、もじもじとし、何かを言おうとし、それを止める。それを何度も繰り返している。

 

 何をしているのだろうか、言いたいことなど決まっているだろう。いらつきが募る。

 

 もういい、埒があかない、自分から言ってしまおう、それで終わりにしよう。そう思った時だった。

 

 ユイの顔が、瞳が、真っ直ぐと自分を見据え、そして、力強くその言葉を放ったのだ。

 

 「あたしも、ヒッキーのこと好きなんだ」

 

 そう、その言葉が聞きたかった。その本音が知りたかった。

 

 ユイが本音を自分にぶつけてくれたのが嬉しくて、つい口の端が上がる。

 

 しかし、ここでそれを悟られるわけにはいかない。その笑みを、意地の悪い笑みとわざと変化させる。

 

 「ふーん、じゃあ、あーしの応援をしてくれるってのは、ウソだったってわけ?」

 

 わざと高圧的な物言いで返し、ユイを睨む。自分でも意地が悪いと思う、けれどこうでもしないと、ユイは本音をぶつけてくれない。

 

 ユイは、それでもなお、自分を見据えるのをやめない、怒りでも、恨みでもない、ただ真っ直ぐな瞳で。

 

 「違う、あたしは優美子のこと大好きだから、応援する」

 

 「じゃあ、ヒキオの事、諦めてくれるんだ」

 

 「それも違う、ヒッキーのことは……大好きだから」

 

 普通の人が聞けば矛盾しているその言葉、けれどそれが彼女の本音なのだ。

 

 「あ、あたし、ヒッキーも、優美子も好きだし、どっちも諦めたくない……」

 

 ユイは拳を爪が食い込むまで握り、体は次第に震え始め、遂には大粒の涙まで流し始める。

 

 けれど、瞳だけが、しっかりと自分を見つめていた。

 

 「諦めたくない……諦めたくないよぉ……!」

 

 そう、それがあなたの本音。不器用で、要領が悪い、可愛い可愛いユイ。

 

 本音を、全力でぶつけてくれて、本当にありがとう。大切な……本当に大切なユイ。

 

 今度は、自分が全力を見せたあげる。

 

 俺は今眼前に広がるこの光景にどのようなコメントを残せばいいのだろうか。

 

 「た、助けて、ヒッキー!」

 

 「いいじゃん、減るもんじゃないしー、よいではないか、よいではないかー」

 

 今、三浦は由比ヶ浜の背後を取り、その豊満な双丘を揉みしだいていた。

 

 由比ヶ浜の、三浦のそれよりでかい二つの風船が、華麗に舞い、柔軟にたわむ。そう、これは、まさに、カー乳バルである。

 

 「なに、やってんの?」

 

 俺は三浦にすぐに話が終わるからと、少し時間を置いて来て欲しいといわれたのだが。

 

 建造時間10分でなんでそんな立派なチ……もとい、どうしてキマシタワーが立っているのでしょうか。

 

 「ああ、これ?」

 

 「うん」

 

 「どーよ、この愛人候補? すごいでしょ、あーしもでかい方だと思うけど、これには負けるわー」

 

 いきなり出てきたそのワードに、吹き出す。え、いきなり何言ってんの、このビッチ。

 

 「なななな、なに言ってんの?! 優美子!?」

 

 由比ヶ浜は、口をパクパクしながら抗議の声をあげる。ですよねー、いきなり愛人扱いですからね。

 

 「だって、しょうがないじゃん、あーしはお嫁さんは譲る気ないし」

 

 「だだだだ、だからって……その、愛人とか……」

 

 「そ、そうだぞ、いきなり何言ってんだお前」

 

 そう言うと三浦は勝ち誇った笑みを浮かべ、宣言する。由比ヶ浜の乳を揉みしだきながら。羨ましい。

 

 「おばあちゃんが言ってたし、愛人の一人や二人、許してやって初めて良いお嫁さんだって」

 

 「むしろー、探してきてあげるあーしってチョー良いお嫁さんだっしょ?」

 

 「いや、その理屈はおかしくね」

 

 「むー、いいから受け取れし」

 

 そう言うと、三浦は俺を抱きしめた。そう、由比ヶ浜をサンドイッチにする形で。

 

 「ちょ、ちょっと、優美子?!」

 

 由比ヶ浜と目が合う、顔は紅潮し、瞳は驚きで見開かれていた。

 

 「……う、うぅぅ、うううぅぅ!」

 

 由比ヶ浜は、両手で髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回し、変なうめき声をあげている。

 

 しかし、次の瞬間、ピタッとその動作をやめ、何かを決意したように、こちらを真っ直ぐに見据える。

 

 「ヒッキー!!」

 

 「は、はい!」

 

 「大好き!」

 

 え、いきなり何言ってんのこのビッチ。

 

 俺が、なんの反応してやらないと、由比ヶ浜はすねたように頬を膨らませ、もう一度叫んだ。

 

 「大好き!!」

 

 「わ、わかったから、わかったから叫ぶな、他の奴に聞こえるぞ」

 

 由比ヶ浜はその言葉にハッとし、顔を真っ赤にしながら周りを見渡し、誰もいないことを確認し安堵のため息をつく。

 

 三浦さん、なにニヤニヤしてんですか、早くこの子の暴走を止めてください。いや、暴走させたのこいつか。

 

 「よっし、よく言ったし!」

 

 そう言うと、三浦は由比ヶ浜を離し、持っていたサイドポーチから、可愛らしい弁当箱を二つ取り出す。

 

 あれ、俺には一個、もう渡してもらってるから、これって。

 

 「ほら、ご褒美!」

 

 三浦は弁当箱の一つを由比ヶ浜につき出す。

 

 「ほら、三人一緒に食べよう!」

 

 三浦は何かを成し遂げた、清々しい喜びを満面の笑みを浮かべていた。

 

 「おまえ、どういうつもりだよ」

 

 俺は帰り道、三浦に尋ねた。もはやこいつは何をしているのかわからない。

 

 あの後、一緒に弁当を食べ、何もなかったように談笑し、そして、三浦と由比ヶ浜はいつも通りの二人へと戻っていた。

 

 どんだけだよ、某学園の日々だったら修羅場超えて悲しみの向こうだよ。こいつらの精神構造はどうなってんの?

 

 「なにって、あの通りだけど」

 

 三浦はキョトンとした顔でそう返答した。当たり前だと言わんばかりに。

 

 「愛人とか……お前意味わかってんのか?」

 

 「愛する人でしょ、そんなのわかるし」

 

 「そういう意味じゃねぇよ、どうすんだよ……この関係」

 

 俺は頭を抱える。これじゃあ俺が二股している最低野郎じゃねぇか。由比ヶ浜由比ヶ浜で愛人でも良いとか言う始末。

 

 大体、俺、三浦と付き合うとも言ってないし、どうすんのこれ。

 

 「だーかーらー、今はユイはあーしを応援して、その後、あーしがユイを応援してやるって話っしょ」

 

 「お前、俺の気持ちは完全無視かよ……」

 

 「じゃあ、あんたの気持ちってなによ」

 

 確かに、今の俺には三浦、もしくは由比ヶ浜、さらには二人を振る、そして二人共選ぶという選択肢すらもあるのだが。

 

 ではここで、今、俺の気持ちに正直に答えを選択してみよう。

 

 「……三浦を選ぶ、由比ヶ浜には悪いが、愛人という関係が良いとは俺には思えない。周りの目とかで、いつか破綻する」

 

 そう、愛人という関係は、どう見ても周りが許容しない。気に入らないと思われれば、それを噂に流し、迫害される。子がいるならいじめの対象になってしまうだろう。

 

 これは言えないが、ぶっちゃけ今の俺の気持ちは由比ヶ浜より、三浦の方へと傾いている。

 

 だから選べと言われれば三浦を選ぶ、由比ヶ浜には申し訳ないが、これが本音である。

 

 しかし、その返答を聞いた三浦の顔が強張り、眼光鋭く俺を睨んでくる。ど、どうしてだよ、何も間違ったこと言ってねーじゃねーか!

 

 「嬉しいけどさ、で、それ、あんたは、ユイとしっかり向き合った上での言葉なの?」

 

 嬉しいのところになんの感情もこもってない。ああ、やべぇ、獄炎の女王様がお怒りだ。ウェルダンにされかねん、俺はレア派だぜ。

 

 「それだったら、あんたに文句言わない、かわりにあんたをボコボコにしてユイに侘びいれさせる」

 

 今すぐハイキックが飛んできそうなオーラが漂う、どうして俺はどうあがいても絶望なの?

 

 「……まぁ、いいわ、まだ決定事項ではないし、でもあーしの希望は二人共選んでくれること」

 

 三浦は怒りを抑えるために、大きく深呼吸、そしてため息をついて、そう言い放った。ちょっと怒りが収まったが、まだオーラ量がやばい。

 

 「あーしにはわかんないわー、二人選べば美少女二人をゲットできるのに」

 

 「いやいや、二股とかは男としてのプライドが……」

 

 「主夫したいとか言ってる奴がそんなこと言うとか、ちゃんちゃらおかしいし」

 

 主夫の何が悪い! 男女平等のこの社会ではちゃんとした職業だぞ……男女平等だったら、男のプライドって矛盾してますよね、今気づきました。

 

 三浦は、また大きく深呼吸した。かなり怒りのオーラは収まったようだが、それでもまだ余裕でハイキックが飛んできそうなくらいは怒っている。

 

 でも、ジト目は可愛いを思ってしまっている。時々、怒らせてこの顔みたいと思うくらいには。その後殺されそうだけど。

 

 「あんたさー、正味難しく考えすぎ、とりあえずはさー」

 

 俺の顔を両手で掴み、俺を直視する。やめてください三浦さん、俺の顔がアッチョンブリケなんですが。

 

 「あーしを見て、あーしの事を決めて、それからユイを見る。一つずつやってけ、一緒に解決しようとすんなし」

 

 そう言うと、三浦は俺の顔を離してから、静かに微笑み、こう呟いた。

 

 「ばーか」

 

 約束の日曜日、約束の場所へと、約束の30分前に到着した。『全然待ってない』を一回でいいのでのたまってみたかったのよ。

 

 「おー、ヒキオー、早いじゃん」

 

 そんな俺の希望を打ち砕くがごとく当たり前のようにいる三浦さん。一回くらい言わせてよ。

 

 「どんくらいから来てたんだ」

 

 「んー? 30分前くらいからかなー」

 

 マジですか、あんたどんだけ楽しみにしてたんですか、1時間とか、いや、暇じゃないんですか。

 

 「待たせちまったみたいだな、すまん」

 

 「いや、いいし、好きな人待ってる時間ってのも楽しいもんよ」

 

 なにそのセリフかっこいい。全然待ってないよりもかっこいんですけど。

 

 ちょっと俺は敗北感を噛み締めながら。改めて、三浦の様子を見る。嬉しそうに、はにかんでんのが卑怯です。

 

 服装はというと、上はシンプルな白色無地のワイシャツに、指輪でまとめた濃紺のスカーフを首に巻いて、全体のバランスをとっている。

 

 下は黒いデニムレギンスと革ベルト、履物は茶色の革のショートブーツ、全体的に、可愛い系ではなく、かっこいい系でまとめている印象だ。

 

 「そんじゃ、行こうか」

 

 「しかし、工場のお祭りねぇ、こんなとこで良かったのか?」

 

 「いやいや、出し物も色々あんだから、それに男の子だったら、こういう機械とか好きっしょ?」

 

 まぁ、一人の男の子としては大きな機械がガションガション動くのはロマンを感じるが、工場とか汚いイメージがあるから、あんまりデートに使うイメージがない。

 

 「まぁ、いいじゃん、ほら、バス来たし、乗ろ」

 

 俺は何か言い表せぬ違和感を感じながらも、三浦に手を引っ張られ、無料送迎バスに乗り込む。

 

 三浦が引っ張られる力の強さに、今日も一日疲れそうだなと予感し、俺は諦めと、嬉しさを込めてため息をついた。 

 

 「けっこう人がいるもんだな」

 

 俺は周りを見渡し、そう、呟いた。

 

 なんでも、この祭りは数十年前から続く、それなりに歴史がある祭りらしい。地域と企業との触れ合いを考え、色々な催しがされている。

 

 パンフレットを見ると祭りに定番の屋台はもちろんのこと、ヒーローショー、芸能人を招いてのイベント、フリーマーケット等、様々な出し物が計画されている。

 

 出し物の傾向を見ると、どうやら家族連れの客をターゲットにしているらしい。客の中には工場で働いている人間の家族も多いからだろう。

 

 「あ、見てみ、見てみー、あれ、あそこに神輿担いでる人いるし」

 

 三浦が指差すほうを見ると、確かに神輿を担いで騒ぐ暑苦しい連中が見えた。

 

 祭りの催し物としてあれだけは理解できん。重いし、疲れるし、なにより他人との関係がめんどい。

 

 「神輿好きなのか?」

 

 「派手な神輿とかは好きだけどね、あと可愛いやつもあるじゃん、ああいうのは見てるだけでも楽しいし」

 

 「ああ、確かにあるな」

 

 キ〇ィちゃんとか、お前日本の伝統文化を何だと思ってんのと思わざるえんのとかな。

 

 「子供のころはあれに乗ってみたいとか考えてたし、懐かしいなー」

 

 ふと、ハッピとハチマキを着こなした三浦が神輿の上に乗り、音頭をとる姿が脳裏によぎる。男前で以外と似合ってらっしゃる。

 

 「あ、今なんか失礼なこと考えたっしょ?」

 

 「そ、そんなことはありませんよ」

 

 しどろもどろになりながら返答すると、三浦はじーっとこちらを睨んできた。

 

 いやいや、本当に似合ってると思っただけだから、三浦さんのハッピ姿は本当に似合ってらっしゃるから。

 

 笑顔で音頭をとり、さわやかな汗をかき、そのせいでハッピの隙間から見えるさらしがピッチリと肌に吸い付き、女性のラインが露わになった三浦が見えたから。

 

 ……あれ、なんか知らんうちにエロい方向に妄想が捗ってるんですが。

 

 「……今度はエロいこと考えてるし」

 

 俺はとっさににやけている口を手で覆う。やべぇ、視線が自然と三浦の胸の方へと向かってしまう。

 

 「そ、そんなことないよ」

 

 「ふーん……ほいっと」

 

 三浦は、自身の胸に絡みつくように、俺と腕を組んだ。服の上からでもわかる、柔らかく、豊満な双丘が俺の腕で歪む。

 

 「み、三浦さん?!」

 

 「そんなにあーしの胸ばっか見て、ヒキオってば本当にエッチだし」

 

 三浦は、上目遣いに蠱惑的な笑みをこちらに向けると、腕全体にその双丘の感触をなすりつけるように体を上下させた。

 

 「そんなにしたかったんならあの時にすれば良かったのにぃ」

 

 三浦は少し頬を膨らませて、抗議の意をこちらに向けてくる。真に遺憾であると。

 

 「う、うるせー、俺はそしたら、大切なもん差し出さねばならんだろうが」

 

 「いーよ、喜んで貰ったげる、て、ゆーか、あーしも差し出すし、おあいこっしょ」

 

 なに、そのうれし……もとい、とんでもないカミングアウト、ありがとうございます!!

 

 「まぁ、いいや、あーしも、もうちょっと待ったほうが良かったし」

 

 「な、なんで?」

 

 「もうちょっとしたら……確実だし、初めてで出来たほうが、なんか素敵じゃん?」

 

 その情報はいらなかったです。ていうか、なにが素敵なんだよ、てんやわんやするじゃねーか。俺は、あらゆる所に土下座するしかない。

 

 「じょ、冗談ですよね」

 

 「うん、冗談」

 

 にこりと白い歯を見せ笑う三浦。

 

 そ、そうですかー、冗談ですか。俺はホッと胸を撫で下ろす……いや、これぽっちも残念だと思ってないよ!

 

 「どっちかって言うと、早くいっぱいしたいし……それに出来るなら初夜の時のほうが素敵だしねー」

 

 俺はその爆弾発言を聞き、ずっこけるほかなかった。もう、好きにしてください。

 

 俺はその後、工場を見学するために整理券を受け取っていた。この祭りでは、工場を外から遊覧するため、わざわざ船を借りているらしい。なんともバブリーなことである。

 

 それから、屋台で買ったモツ煮込みを掻き込みながら少しの時間を待ち、船へと搭乗する。港を出航するとと、さわやかな潮風が頬をなで、磯の香りが鼻をくすぐる。

 

 「おお、すげぇな」

 

 俺は、巨大な煙突から轟々と煙が巻き起こる姿を見ながら感嘆の声をあげる。環境問題とかほざいてる奴は今頃なにしてんだろうな。

 

 「お、優美子ちゃんじゃん、来てくれたんだ」

 

 後ろを振り向くと、作業着姿のお姉さんが、こちらに手を振ってくれていた。

 

 「だれ?」

 

 「ああ、うちの親の知り合いで、この工場に勤めてるみたい」

 

 へぇ、工場で女の人か、いないことはないんだろうけど、珍しいな。

 

 作業着姿のお姉さんは、こちらへ嬉しそうにこちらへ走りよると、俺の顔を何かを物色するような目つきで見てきた。

 

 「ど、どうも……」

 

 「こんにちは……へぇ、これが優美子ちゃんの」

 

 「ちょ、ちょっと、まだ、こいつとあーしは」

 

 「いいって、みなまでいうな、それより、無料配布のコーヒーが向こうにあるから彼氏の分もとってきなって」

 

 「も、もう!」

 

 三浦は、頬を膨らませながら、無料配布のコーヒーをとりに行った。

 

 「優美子ちゃんの彼氏さん、いやぁ、中々のイケメンくんだね」

 

 「お世辞ですか?」

 

 白々しい言葉に即答を返す。もしくは、イケメンの字が違うのかもしれないが。

 

 「あ、ばれちゃった?」

 

 「俺にお世辞言ったって何にもならないと思うんですが」

 

 「いやいや、将来の幹部候補生に媚を売るのは中々に有意義だよ」

 

 なん……だと……

 

 「うちの会社大きいからねー、幹部候補生なら左うちわだよー」

 

 俺はその言葉を聞いて、最初に感じていた違和感、つまりこのデートの目的は察知する。そう、これは、俺に就職させようとする三浦の罠だったんだよ!

 

 「お待たせー、ほら、ヒキオの分!」

 

 背後から三浦の声が聞こえる。ちくしょー、俺の純粋な心を弄びやがって。

 

 「おい、三浦、どういうつもりだ?」

 

 「え、どうって……」

 

 「なんでここに就職させようとしてんの」

 

 三浦は目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。

 

 「俺の夢は知ってるだろ、俺にその夢を捨てろって言うのか?」

 

 「ち、ちがうし、あーしはそんなつもりでここに連れてきたわけじゃないし!」

 

 ボロボロと大粒の涙を流し、信じて欲しいと懇願の表情を浮かべる三浦。

 

 「し……信じて、あ、あーし、ヒキオの夢のために、どんな苦労でもするつもりあるから!」

 

 三浦は嗚咽を上げながら泣き叫ぶ。

 

 ここまで言われると三浦の意思が違うとは思えない。とするとだな。

 

 背後で、笑いをこらえている音が聞こえる。うん、からかわれたか。

 

 「ご、ごめん、ごめん、そんだけ深刻な話になると思ってなくて」

 

 笑いすぎで出た涙を拭うお姉さん。この人怖いわー

 

 「いやいや、そんだけラブラブなら、二人の仲は安泰だね、うんうん」

 

 なに、ひとりで頷いて納得してるんだ、この人。

 

 俺が抗議の声をあげようとしたその瞬間。後ろからの猛烈な怒気を感じた。うん、ご愁傷様です。

 

 「尻……だせ……」

 

 「あ、あのぅ、優美子ちゃん、あ、あたし今仕事中だし、立場もあるから……えっと、その、あ、あやまるから……」

 

 「黙 っ て 尻 だ せ し ッ ! ! 」

 

 「は、はい……」

 

 三浦の剣幕に押され、お姉さんが振り向く。

 

 刹那、そういっていいほどの速さで、三浦の足はカミソリのような切れ味で、綺麗な半月弧を描き、お姉さんのヒップへと吸い込まれていった。

 

 痛々しい悲鳴が周りにこだまする。俺はその光景を見ながら心に誓った。あれだけは喰らわないようにしようと。 

 

 すっかり日も暮れ、夕暮れも近くなった頃、俺たちはそろそろ帰ろうと帰り支度をする。

 

 「楽しかった?」

 

 三浦は小首を傾げながら、俺にそう尋ねた。

 

 あの後も、ちゃちなヒーローショーを見たり、名前もわからんようなミュージシャンの演奏を聞いたりとしてたわけだが。

 

 まぁ、なかなかに楽しめたと思う。だいたい、綺麗な女の子とのデートだしな、楽しくないわけがない。俺は素直に返した。

 

 「ま、楽しかったぜ、意外とな」

 

 「そっか」

 

 そういうと三浦は、あのテニスでの時のように、顔を夕日のように染め、微笑んでいた。

 

 その時だった、すぐ近くで子供の泣き声が聞こえた。

 

 三浦はすぐにその声に反応し、行動を起こす。こいつのそういう所はすごいと思う。まさにオカンって感じだな。

 

 「どうしたの?」

 

 三浦はすぐさま駆け寄ると、転んで膝がすりむけた小さな女の子に手を差し伸べる。

 

 「お、お母さんがわからなくなっちゃった」

 

 どうやら、迷子になった挙句、転んで泣いてしまうという、べたにも程がある展開らしい。

 

 「そっか、じゃあ、あーしたちが探したげる」

 

 そう言うと三浦はサイドポーチから、みぞれ玉を取り出す。飴ちゃんを常備してるとか、お前はどっかの大阪のおばちゃんかよ。

 

 そのみぞれ玉を包装を破り、中身を幼女へと渡す。幼女はそれをほお張ると、少し泣き止み、こくんと頷いて返事をした。

 

 「ったくなんで俺が」

 

 「ぼやくな、ぼやくな」

 

 今、俺と三浦は、少女を間とし三人で手を繋いでいた。俺は三浦にもらったみぞれ玉を噛み砕きながら、この子の親を呼ぶ声を再開する。

 

 そうしていると少女は俺と三浦を交互に見つめ、なにか考え事をしていた。そして少女は気恥ずかしそうに、三浦の方へと振り向き、こう言ったのである。

 

 「お姉ちゃん? お母さん?」

 

 俺は、たまらずふき出す。

 

 お、お母さんって……たしかに三浦はオカンぽいけどさ、子供ってひでぇなおい。純粋ゆえの凶器とはこの事だ。

 

 「だ、だってさ、お母さん」

 

 そう言うと三浦は顔を真っ赤にし、無言で俺の耳を引っ張った。

 

 その様子を見ていた幼女は、少し心配そうに三浦を見る。

 

 「だめだよ、お父さんと仲良くしなきゃ」

 

 へ、つまり、この子のいってるお母さんってつまり……

 

 俺は、急に気恥ずかしくなり、顔に血液が流れ込む。

 

 「顔真っ赤だけど大丈夫、お父さん?」

 

 俺の顔を覗き込んで、心配そうに呟く少女。ごめんな、それ以上言わないで、頼むから。

 

 三浦もその言葉に顔を真っ赤にしていた。ふと互いに目が合う。

 

 「あーしはあなたが良いんだけど」

 

 「いや、そういうことじゃないから」

 

 互いを見つめ、そして笑い合う。それに釣られ、少女も笑い、笑い声の協奏曲が紡がれた。まったく、幼女は最高だぜ。

 

 少女の親を見つけ、少女と別れを告げたあと、俺たちは少し、周りをぶらついていた。

 

 「ねぇ、そろそろ、いいんじゃない」

 

 そう、切り出してきたのは三浦のほうからだった。

 

 三浦は恥ずかしそうに、もじもじとしながら、俺を見据えていた。

 

 「ヒキオ……あーしと……あーしとさ……」

 

 「まてよ……」

 

 俺はあえて、三浦の言葉を遮る。答えは決まっている、もう既に落とされてたしな。

 

 三浦の手をとり、三浦を真っ直ぐ、目をそらさないように、しっかりと見据える。顔が真っ赤になろうと最早気にしない。

 

 「い、今まで、お前ばっかに言わせてきたからな、今回位は俺に言わせてくれよ……」

 

 「う、うん……」

 

 「お、俺の……」

 

 俺はここで悩んでいた。そう悩んでいたのだ。彼女という言葉が適切ではないような気がして。

 

 『お嫁さん』

 

 俺の脳裏にそれが浮かんだ瞬間

 

 「お嫁さんになってくれ」

 

 俺は考えるより先に、確かに、はっきりとその言葉を発していた。

 

 「は、はい!!」

 

 「あ、あーし、お嫁さんになります! あなたのお嫁さんになります!!」

 

 「こ、子供は最低2人、親子でダブルスがしたいから、も、もっと欲しかったら、もっと作るから!!」

 

 「あ、あと、あーしのことは優美子って呼んで! あーしは八幡って呼びたい!!」

 

 「え、えーと……うん、八幡、好き、好き、大好き、愛してるっ!!」

 

 三浦はうれし涙を浮かべ、俺に抱きつき、マシンガンのように俺に言葉をぶつけてくる。

 

 「うるさいっつーの」

 

 俺はそう言うと、三浦の口を俺の唇で塞ぐ。三浦は目を一瞬見開いたあと、ぎゅっと閉じ、俺に身を任せるように脱力した。

 

 柔らかな唇の感触。さようなら、俺のファーストキス。こんにちは、新しいお嫁さん。俺は強く優美子を抱きしめていた。

 

 

 その後、次の日に学校があるということでそれぞれの帰路についた。といっても、互いに離そうとしなかったせいで、終電しかもぎりぎりでだったが。

 

 あの柔らかな唇の感触と、甘くとろけるような匂い、そして愛おしいぬくもり、それらが頭の中でぐるぐると回り、おかげさまで全く寝ることができなかった。

 

 俺は仕方なく簡単な朝食を摂り、いつもより早く家を出ていった。恥ずかしい話だが、早く優美子と会いたい、そればかりを考えていたのだ。

 

 そして、クラスへと入る。これから優美子との楽しい青春ラブコメが待っている。

 

 そう思っていた――――それを目の当たりにするまでは。

 

 

 「なんだ……これ」

 

 優美子の机から落ちた一枚の紙を拾いあげる。

 

 それは、ただ、文字が印刷された紙だった。そう、筆跡がわからないように、あえて印刷した『手紙』だった。

 

 内容は『ヒキガエルのお嫁さん』等、書いた本人の稚拙さがわかるような物だった。

 

 『ヒキガエルのお嫁さん』って――――また、なのか、また俺のせいで、優美子がこうなってしまうのか。

 

 俺は歯を食いしばり、今すぐにでも叫びたい衝動を抑える。怒りとやるせなさで周りがぐるぐる回るようにさえ感じられた。

 

 うかつだった。俺と優美子はこの学園内でもくっついて行動していた。それは、あまりにも他人を意識しなさすぎた。

 

 女にとって、男はアクセサリーと同じ意味を持つ。そう、では俺というアクセサリーはどういうものなのだろうか。決まっている、ださい土偶みたいなもんだ。

 

 それだけならまだ良い、だが、女のそれは宗教に似ている。本来ロザリオすべき場所で土偶なんてつけてたら迫害されるに決まっている。

 

 「うぃーっす、お、ヒキタニくん、はやいね、どしたの?」

 

 クラスに葉山達、リア充グループが入ってくる。リア充たちは朝も早いようだ――――しかし、好都合である。

 

 「すまん、話がある……」

 

 

 一時間目終業のチャイムが鳴り響く。俺は葉山達に合図を送る。そう、打ち合わせどうりに頼む……と。

 

 「優美子、あと結衣と姫菜にもちょっと話があるんだ」

 

 「なに、隼人?」

 

 「いや、なに大した話じゃないんだけど、ここじゃ話しづらいんだ、場所を変えよう」

 

 「ふーん、あーしは、まぁ、いいけど」

 

 そう言って葉山は、女子を連れて出て行ってくれた。

 

 「おい、ヒキタニ……話がある」

 

 戸部がドスの効いた声をあげる。本当に似合うな、お前。

 

 「な、なんだよ……」

 

 「こいつに見覚えはあるか」

 

 戸部は俺に一枚の紙をつき出す。そう、あの『手紙』だ。

 

 「し、知らねーよ」

 

 「しらばっくれてんじゃねーぞ、このクソ野郎がッ!! 俺は見てんだぞ、優美子の机にこれを入れるてめーがッ!!」

 

 声を張り上げると同時に俺の胸ぐらを掴む戸部。

 

 俺はひっと小さく悲鳴をあげる、演技じゃなく本当の意味で、こういう時はリアリティがあってオッケーだ、俺。っていうかお前怖すぎだろ、本当に演技か?

 

 

 俺は、戸部から目をそらすふりをしながら、周りを見渡す。

 

 そして俺は見つける、我関せずと視線をそらしてるくせに、不安な表情をしている奴を――――お前か、相模。

 

 確かに、こいつは優美子がいなければ、このクラスの頂点に立つ女子だろう、優美子を引きずり下ろそうとしていてもおかしくはない。

 

 俺は乾いた笑いを発したあと、あえて背後に相模が来るように、体を少しづつ移動させる。

 

 「ま、待てよ、お、俺じゃねーし、だいたい、内容だって、大したこと書いてねーじゃねーか、そんなに怒んなよ」

 

 「っざけんじゃねーぞ、このクソ野郎がッ!!」

 

 怒号を発し、戸部は思いっきり俺を殴りつける、そして俺はわざと相模の近くへと吹っ飛ばされる。

 

 吹っ飛ばされた先で、俺は相模と目が合った。それは怯えを含んだ瞳だった。もはや確定だな。

 

 「てめぇが大したことないと思っててもこっちはちげーんだよッ!!」

 

 マウントポジションを取りながら、俺を殴りつける。マジでいてぇ。

 

 「すまん……」

 

 戸部は申し訳なさそうな表情でそう呟いた。謝ってんじゃねーよ、バレるだろうが。

 

 「っていう気持ちが少しでもねーのかよ、てめぇにはッ!!」

 

 それでいいよ、お前結構いいやつだな。そして、すまんな、こんな役目負わせて。

 

 

 「や、やめてよっ!!」

 

 それを見かねて、戸塚が声を上げる。そして俺をかばうように、俺に覆いかぶさる。戸塚マジ天使。

 

 「は、八幡はそんなことする人間じゃないよ、な、なにかの間違いだよ」

 

 「じゃあ、誰なんだよッ!!」

 

 戸部が声を張り上げる。その声に相模がビクッと体を震わせて反応する。相模、お前、女優にはなれんタイプだな。

 

 「いいって、戸塚……」

 

 「は、八幡……」

 

 俺は戸塚を押しのけ、ゆっくりと立ち上がる。結構効いているらしく、膝が笑っている。

 

 「……俺、ちょっと保健室で休んでくるから、次の授業は休むって伝えといてくれ」

 

 「は、八幡、一緒についてくよ、ボクっ!」

 

 「大丈夫だから、一人で……歩いていけるって」

 

 俺は戸塚の誘いを丁重に断ると、よろよろと歩きながら保健室へと向かう。本当に痛ぇ。

 

 

 俺は保健室のベットに寝そべると、目をつぶる。

 

 これでいい、これで相模は次、同じことを行えば、自分がこうなってしまうと思い込んでくれているはず。

 

 実際は、女の子だからそんなことはありえないのだが、目の前であそこまでされると確実に恐怖が刻まれる。

 

 特に、あいつは今回、ここまでの大事になると考えていなかったはずだ。想定外の事象、それは人の心をゆさぶるには、とても大きな要素となる。

 

 あいつにこれ以上のことを行う勇気はないだろう。だから今は、安心して、ゆっくりと体を休めよう。

 

 極度の緊張がとけた俺はゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 冷たい感触が顔に触れ、その心地良さを認識する。同時に顔が腫れている痛みも感じる。

 

 目を開けると、瞳を潤ませ、心配そうにこちらを見つめる優美子が見えた。

 

 「おはよう、優美子」

 

 そういうと、優美子は濡れたタオルで俺の腫れ上がった部分を優しく冷やしてくれた。

 

 「あーし、聞いたよ」

 

 「そっか、だったら心配すんな、もういじめはなくなるはずだから」

 

 「そんで、戸部は俺とお前が恋人なのを知らず、単なる勘違いで俺を殴ってしまった」

 

 「そして犯人はわからず事件は迷宮入り、だれの関係も壊れず、円満解決って奴だ。だから泣くなって」

 

 俺は泣いている優美子の頭を優しく撫でてやる。

 

 「……違う」

 

 優美子はそういうと、強い意思を秘めた瞳をこちらに向けた。

 

 「あんたが傷ついて、それで終わりってのは違う」

 

 優美子はそう言うと、俺の腕を引っ張った。

 

 「お、おい」

 

 「あーしがちゃんと終わらせる、だから八幡、見てて」

 

 「変わったあーしを」

 

 俺は放課後、優美子に連れられて屋上へと来ていた。優美子は俺の手をしっかりと握り、離そうとしない。

 

 「逃げないから、心配すんな」

 

 「そうじゃないって」

 

 ドアが開かれる音が聞こえる。そして、そう、事件の当事者である相模が入ってきたのである。

 

 優美子はすかさず、ただ唯一の退路であるそのドアを占拠する。

 

 「え、えっと、う、うちに話ってなにかな」

 

 「八幡、ちょっとこっちに来て」

 

 俺は言われるとおりに優美子の隣へと移動する。

 

 すると優美子は問答無用で俺の唇を奪った。

 

 「ゆ、優美子?!」

 

 俺の唇を奪った優美子は、唇の感触を確かめるように舌なめずりをし、嬉しそうに微笑んだ。

 

 「見てのとうりさ、あーし、こいつと恋仲なわけ」

 

 「そ、そうなんだ、お、おめでとう」

 

 優美子の眼光が鋭くなり、その鋭さで相模を貫く。その刃に貫かれた相模はビクッと体を震わせる。

 

 

 「そんでさー、今日あーしとこいつの事を書いてくれた手紙があったんだけどさ」

 

 「う、うん」

 

 「そのお礼がしたくて……さ」

 

 最早、相模が犯人だと前提条件の元での話を進める優美子。おいおい、直接的すぎるだろ。

 

 相模も、推理ドラマとかでネタばらしされている犯人のごとく挙動不審だ。もう犯人は自分と自白しているに等しい。

 

 「ねぇ、知ってる、恋ってさ」

 

 「恋は祝福みたいなんだ。すごく熱くて、時々切なくて、そんでその人を見るだけですっごく幸せなんだ」

 

 胸の前で優しく両手を握り、憂い込めて目をつぶる三浦。その表情は、まるで祈りを捧げるかのようだった。

 

 「でもね、引き裂かれた恋は呪いなんだよ、心に楔が打ち込まれたみたいに残って、その人を見るのもすっごく辛い」

 

 今度は強い、意思を秘めた瞳で相模を見据える。

 

 相模はぼそぼそと「う、うちじゃない」「人違い」といった言い訳の言葉を呟いている。流石にかわいそうである。

 

 そんなことはお構いなしに、優美子は乱暴に、相模の胸ぐらを掴む。そして、トドメの一言を言い放った。

 

 「あーしの恋を呪いに変えようとした、あんたの罪は重い」

 

 その一言は、すごく重く、そして、静かに燃え上がるような熱さを孕んでいた。

 

 相模はその胆力に押され、遂には大声をあげ泣き始めた。それは相模の心が、完全に打ち砕かれた証拠だった。

 

 

 「お前、あれ、八つ当たりも入ってただろ」

 

 「それは、あーしも反省してるよ」

 

 俺は、優美子と二人きりになってから、今日の反省会を開いていた。

 

 今日のあれは、言ってみれば過去の事をごっちゃにした決着であり、相模に関係ないことまで押し付けたのである。

 

 俺は、この一件で優美子と別れる気は毛頭なかった。そう、呪いとは過去の、幼稚園のころの話なのである。

 

 話を聞けば、その時、自分が弱かったから、幼稚園の頃の間違いを犯してしまった。

 

 だから今度は変わった自分が、もう、二度とそんな間違いをしないと証明したかった。

 

 とのことである。なんとも身勝手な話だ、ぶつけられた相模はたまったものではない。

 

 「流石にかわいそうだったな、相模」

 

 「だからって、いつまでも、ああじゃダメだし」

 

 「あいつは、多分、罪の意識なんて無かった。誰かが、それをちゃんと認識させてやんないと、また同じことやるよ」

 

 「……じゃあ、俺のやったことは、なんだったんだよ」

 

 「無駄骨だし」

 

 きっぱりとそう言われ、俺は落胆のため息をつく。俺なりに考えたつもりだったんだが、こう完全否定されるとは思ってもみなかった。

 

 

 「まぁ、でもさ、八幡があーしを思ってやってくれたのは、嬉しかったし」

 

 俺を慰めるように肩を叩く優美子。マジで俺、殴られて、この結末はないわ。うん、ない。

 

 「でもさ、こういう大切なことはこれから、二人で決めて欲しいし」

 

 優美子は、いつものように手を差し出した。そう、指切りをするために。俺は嘆息する。

 

 この話は幼いころの指切りから始まった。そしてこれからも、この指切りで続いていくのだろう。

 

 俺は、これからも指切りを繰り返していかなければいけない事実に、うんざりとした気分になる。

 

 仕方なく、俺は優美子の指をとり、もう慣れた口上を述べる。

 

 「「ゆーびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます」」

 

 「「指切った!」」

 

 まぁ、悪くないんだけどな。俺は優美子の笑顔を見ながら、俺はこれからに想いを馳せる。

 

 うん、悪くない。俺はラブコメの神様に、ありがとう、と心の中でだけ呟いた。

 

 でも――――やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。そしてこれからも、まちがい続けるのだろう。

 

 

――――――――――

 

 恋人をすっとばし、晴れてお嫁さんになった優美子をちらりと流し目で見る。

 

 「八幡、またあーしをエッチは目で見てる」

 

 そういうとまた、俺の右腕に体を絡ませてくる三浦。

 

 なんというかだな、毎度毎度こう、俺ばっかりが押されているとなんか不公平な感じがする。というか、尻に引かれてばっかは後々まずい。

 

 だから俺は、今日一日、逆に優美子を引っかきまわしてやろうと決意する。今までのお返し、もといお礼だ。

 

 まずはちょっとのいたずらから始めよう、いたずらなら子供の頃は得意だった。そう思い、口の端をゆっくりと上げる。

 

 「優美子」

 

 「えっ……ひゃ、ひゃうっ!!」

 

 俺は宣言せずに、優美子の左耳を甘噛みする。その後、舌で耳の外縁を下から上へ、這うように舐め上げる。

 

 「ちょ、は、八幡っ?!」

 

 「悪かったな、エッチで」

 

 耳元でそうつぶやくと、俺は優美子が逃げられないように両肩をがっしり掴む。まぁ、逃げないだろうが念のためである。

 

 耳穴へ舌を侵入させる。できる限り、広い面積を舐めるように舌を這わせる。

 

 「や、やめて、そこ、き、汚いから」

 

 俺はその声を無視し、耳全体を口の中に入れ、今度は歯を立てず、ゆっくりと舐め回す。

 

 「はぁ、う……んっ!」

 

 色っぽい、くぐもった声が優美子の口から紡がれる。

 

 「優美子……少し目をつぶってくれないか?」

 

 耳を口から離し、そう呟くと。優美子は恥ずかしそうにこくんと頷くと、ギュッと目を瞑った。そして俺は優しく、優美子と唇を重ねた。

 

 

 「裏切ったな、比企谷八幡ッ!!」

 

 材木座が叫び、俺を罵倒してくる。

 

 「何がだよ」

 

 「お前は……お前だけはこちら側とばかり踏んでいたのに、それなのにッ!!」

 

 材木座は俺と腕を組んでいる優美子を指差し、鼻水をたらしながら男泣きした。うわぁ、みっともねぇ。

 

 「我との桃園の誓いを忘れたかッ!!」

 

 桃園の誓いってなんだよ。それなら後一人必要だろ。あと、海老名さん、俺とこいつで妄想すんのも止めてください。

 

 「あのな、その桃園の誓いがいつ成されたのかは知らんが、こいつはな」

 

 俺は、優美子の腰に手をやり、ぐいっと自分の方へと引き寄せる。

 

 「こいつとは幼稚園からの話なんだよ、年季が違うんだよ、年季が」

 

 「は、八幡、ちょ、いきなり……」

 

 「い、いやか?」

 

 「い、いや、いやとかじゃないけど、むしろ……嬉しいし」

 

 うつむき、もじもじしながらも俺に抱きついてくる優美子。俺も負けじと腕の力を強め、それに答える。

 

 俺たちは互いに顔を真っ赤にしながらも、それでも互いに見つめる合うのをやめはしない。

 

 「ちくしょおおぉぉッ!! リア充、爆発ううぅぅッ!!」

 

 材木座の負け犬の遠吠えが心地良い。その台詞を言われる日が来るとはな、夢にも思ってみなかったぞ。

 

 俺はこれ見よがしに優美子の頭を撫でてやる。すると優美子がはしそうな笑顔をこちらに向けてくれた。先ほどの何倍もの心地よさが俺の胸いっぱいに埋め尽くした。

 

 

 いつものように、優美子の手作りの弁当を、いつもの場所で、いつものように二人で食べる。

 

 そして俺は思い切って、いつもはしない、その頼みを口にする。

 

 「口うつしで……それ、食べさせてくれないか」

 

 俺は、卵焼きを指差した。その言葉に、優美子は顔を真っ赤にし、うつむく。

 

 「は、八幡、そ、それって」

 

 そう、口うつしをするということは、すなわちディープキス、違う言い方をすればフレンチキスである。

 

 「だ、ダメか……?」

 

 俺は恥ずかしさに頬をポリポリと掻く、流石にこれは受け入れてくれないか。

 

 そう、思っていた矢先、うーと唸りながらも優美子は決心した顔で卵焼きを口に放りこんだ。

 

 「ん!」

 

 優美子は、瞳を瞑り、俺に顔を突き出してくる。

 

 「じゃ、じゃあ、いただきます」

 

 俺はまず、優美子の唇と自らの唇を重ねる。次に、自身の舌を優美子の口内へと侵入させていく。

 

 粘液と粘液が触れ合い、小さな水音を立てる。俺は、そのまま卵焼きと一緒に、わざと舌と一緒に貪る。

 

 「あ……んっ……ふぅ……んんっ……」

 

 優美子はどうやら俺を気遣ってくれているらしい。喉に詰まらないよう少しづつ、噛み砕いた卵焼きを俺の方へと差し出していく。

 

 そして、遂には卵焼きが優美子の口から無くなった。俺はわざと気づかないような振りをして、優美子の口内を貪っていく。

 

 優美子もそれに応えるように、舌を絡め、互いに互いを貪りあう。求め合った結果である水音だけが、響いていた。

 

 そして、流石に息苦しくなったところで、俺は優美子を開放する。優美子は荒い吐息を吐きながら、こちらを見つめてきた。

 

 俺は、大きく息を吸ったあと、自身の弁当にあった卵焼きを口に放り込むと、また俺は優美子と唇を合わせた。

 

 

 そして、帰り道、俺は優美子と腕を組みながら歩いていた。

 

 今日一日攻めつづけたせいか優美子はすっかりしおらしくなっている。こういう優美子も可愛い。

 

 いやぁ、ここまで効果があるとは、俺も勇気だした甲斐があったというものである。俺は愛しさを込めて優美子の頭を優しく愛撫してやる。

 

 「……今日はなんだか、積極的だし」

 

 「今日は、そんな気分なんだよ」

 

 俺はそういうと、優美子と今日何度目かわからない、キスをする。

 

 「あんたってさ」

 

 「ん?」

 

 「やっぱ、どSだわ、それも一回したら歯止めが効かなくなるタイプの」

 

 「じゃあ、優美子には、どMになってもらおうか」

 

 優美子はさらに顔を真っ赤にし、何かを言いたそうにもじもじとしている。

 

 俺はそんな言葉は聞きたくないとばかりに、今日覚えたばかりのフレンチキスで優美子の口を塞ぐ。

 

 「んぁ……れろ……んんっ、ちゅぷ……」

 

 縦横無尽に口内を貪り、俺は、優美子の唾液の味を味わっていく。

 

 優美子は、そのまま、おれを受け入れてくれていた。

 

 

 終

 

 

 

 

 

 

元スレ

三浦「あーしってさ案外一途なんだよね」八幡「はぁ」

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