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八幡「てか、なんで用もないのに来んのお前……」 いろは「別に何も用がなくてもいいじゃないですかー、せーんぱい」【俺ガイルss/アニメss】

 

【わたしは】

 

えぇー……なに、なんなんですかこれ……。

 

先輩に今日の会合がなくなったことを伝えに奉仕部の部室に来たんだけど、漏れ聞こえてくる声からするとどうも和やかな雰囲気じゃなさそうだ。

 

なんか結衣先輩と雪ノ下先輩が言い争ってる……ように聞こえる。

 

あ、先輩の声もする。三人ともいるみたい。

 

なになに?痴話喧嘩?

 

じゃないか。

 

わたしの見たところあの三人はまだ何もないみたいだし。

 

イベントを助けてもらおうとして来た時も妙な雰囲気で、先輩一人だけで手伝ってるままだし、もしかしたらやっぱりなにかあったんですかね?

 

このまま聞いてるのも悪いかなーとも思ったけど、何を話しているか知りたいという興味の方が勝ってしまった。

 

そのまま扉の前で漏れてくる声を聞く。

 

なんだか抽象的というかなんというか、話せばわかるかも、とか言葉が欲しいんじゃない、とかよくある青春ドラマみたいな台詞が聞こえてくる。

 

うっわー……先輩たち青春してますねー……。

 

最初はそんな冷やかしみたいなことを思ってたけど、さらに雰囲気が重く変わったように感じて思考が中断される。

 

先輩………………泣いてる?

 

俺は、本物が欲しい。

 

呻くように、絞り出すように、誰かにすがるように放たれた先輩の言葉が響く。

 

わたしと扉一枚を隔てた、向こう側から。

 

誰に、何に向けていたのかもわからないその真剣な願いの言葉は、わたしの足を動かなくさせる程の迫真さがあった。

 

突然扉が開き、雪ノ下先輩が逃げるように部室から出てくる。

 

わたしのほうを一瞬だけ見たような気がした。

 

けどすぐに、そこに誰もいなかったかのように振り向くと、そのまま階段を上へ駆けていった。

 

わたしはまだ動けずにいた。

 

部室の中では結衣先輩が懇願するように先輩に話しかけている。

 

今、この場所に、わたしの存在は必要ない。

 

だから離れるべきなのに、足は動かない。

 

そうこうしていると結衣先輩と先輩が出てきて、固まっているわたしと目が合う。

 

わ、わ、なんか言わなきゃ……わたしは何も聞いてませんから……。

 

「あ、先輩……あー、あの声かけようと思ったんですけど……」

 

うわ、わたし超怪しい……。

 

これじゃバレるかもしれないと思ったけど、そんなことを気にしていたのはこの場でわたしだけだった。

 

「いろはちゃん?ごめん、また後でね」

 

結衣先輩が、いろはちゃんには関係ないから、とばかりに断りを入れすぐに駆け出す。

 

結衣先輩に続いて行こうとする先輩を見て、ここへ来た目的の伝えるべき言葉を思い出した。

 

「せ、先輩、今日会合休みですから!それを言いに……。あ、あと」

 

「ああ、わかった」

 

先輩はわたしの言葉を最後まで聞かずに返事をして、すぐに行こうとする。

 

おもわず先輩のブレザーを掴んでしまった。

 

少しだけの嫉妬と疎外感があった。

 

はぁ……先輩たちには仲良くしてほしいですし、ちゃんと伝えますかね……。

 

「話、最後まで聞いてくださいよ……。雪ノ下先輩なら上です!上!」

 

先輩の顔、こんなんだったっけ……。

 

目も少し赤い気がする。ほんとに泣いてたんだ……。

 

「悪い、助かる。由比ヶ浜、上だ」

 

二人はわたしを残して、特別棟の階段を駆け上がっていった。

 

今の先輩たちの前に、わたしはいないも同然だった。

 

だから、追いかけて続きを見たいとは思わなかった。

 

きっと、嫉妬と疎外感が大きくなって、虚しくなるだけだから。

 

あんな風に真剣に言葉を、想いをぶつけ合える関係。

 

それでもなお、まだ今とは違う本物が欲しいと、涙を流しながら願う先輩。

 

これまで冷めた人生を送ってきたわたしにとって、先輩たち三人の関係はとても破滅的で、愚かしくて、何よりも美しいものに見えた。

 

わたしは、こういうものに憧れていたのかもしれない。

 

この時は頭でよくわかっていなかったけど、わたしの心の奥底で燻っていた、僅かな願望に火を灯すには十分だったみたい。

 

さっきまでわたしを足止めして動けなくしていたその言葉は、すぐにわたしを突き動かす不思議な力に変わっていった。

 

そして、わたしの目の前を駆けて行った先輩たち三人の間に、これまでにわたしが諦めていた何かが見えた気がした。

 

☆☆☆

 

はぁ……また手の込んだことを……めんどくさー……。

 

以上、現生徒会長である城廻先輩から呼び出されて、わたしが生徒会長選挙に立候補していたことを聞かされた時の感想。

 

まあ、周りの女子からあまり好かれてはいないことは知ってましたけどねー。

 

ちょっと手の込んだことやりすぎじゃないですかね……ムカつくー……。

 

顔にはあまり出さないように、心の中でこんなことをした連中に悪態をついていると、城廻先輩がほわんとした顔で「どうかしましたかー?」と言わんばかりにこちらを覗き込んでくる。

 

うっ……わたし、この人たぶん苦手だ……。

 

生徒会長だからとか先輩だからとかじゃなく、このほんわかオーラには紛い物の気配がしないから。

 

そういうものが作られたものであるかどうかは、女子同士ならすぐにわかる。

 

まあだからわたしはこんな目にあっているわけなんですが……。

 

それは置いといて、女子同士ならすぐにわかるのに、男子はもう、それはもうビックリするほどに騙される。

 

まるでジャグラーにでもなったかのように手玉に取れるので、おもし……たまに気の毒になることすらある。

 

で、城廻先輩のほんわかビームは天然培養、純国産、混じり気なしの本物とわたしは判断した。

 

ということは、ですよ。

 

養殖培養、雑外国産(?)、混じり気しかないわたしの愛嬌は見透かされて、それはいいにしても本物をまざまざと見せつけられるわけで。

 

そんな人(失礼)とあまり話したくないのは当然です。

 

「あ、あのー……わたし、立候補とかした覚えないんですけど……」

 

ようやくそれだけを話すと、城廻先輩は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。

 

くっ、あざと……くない!城廻先輩本物だ!もういやこの人!

 

「でも立候補の書類出てたし、公示も既に終わっちゃってるんだよねー……」

 

こうじ?工事?好事?

 

聞き慣れない言葉に対して漢字をいくつか当てはめる。

 

あ、公示か。で、それってどんな意味でしたっけ?

 

「それで、公示?が終わってたらなんなんでしょうか……?」

 

城廻先輩は真っ直ぐにわたしを見つめ、優しく諭すように話す。

 

「……もう、立候補は取り消せないってこと」

 

はー…………マジ、超めんどー…………。

 

 

それからわたしは、立候補などしていない、他人の悪ノリで勝手にされたことなんです、ということをじっくり説明した。

 

いじめられている、とは言わなかった。

 

実際にそんな酷いことをされているわけじゃないし、口にすると他人からの無責任な悪意に屈してしまうような気がしたから。

 

たぶん妬まれている、というほうが正しいんだと思う。

 

だって、自慢でもないけど、わたしは可愛いし。

 

わたしは入学して割とすぐ、葉山先輩に目をつけた。

 

この人はわたしが追いかける価値のある人だ。そう思った。

 

サッカー部のマネージャーとして、学校で一番モテる先輩を追いかける健気な後輩。

 

うん、これだ。これこそわたしに相応しい。

 

わたしが求める、わたしの姿。

 

そう考えてすぐにサッカー部のマネージャーとして入部した。

 

そんな風にして葉山先輩やおまけで戸部先輩にも近い立場にいるし、同じ学年のいろいろな男子からかなり言い寄られてることもある。

 

だから、わたしを良く思わない女子がたくさんいるんだろう。

 

でもそんなの、はいはい妬みに僻み、お疲れさまでーす、ってなもんです。わたしからすれば。

 

くだらない。

 

ちやほやされたいと思って何が悪いんですか。

 

わたしは適当に愛嬌を振りまいて、世間一般で言ういい男と青春っぽい恋愛をして、付き合って、進学して、就職して、結婚して、適当な家庭を築いて幸せになるんです。

 

それの、どこが悪いんですか。

 

……ほんと、くだらない。

 

生徒会長とかやりたくもないし、しかも信任投票。

 

落ちても嫌だし、当選しても嫌。

 

なにこれ……リスクオンリーノーリターンとか交渉の余地あるわけないじゃないですかバカなんですか。

 

けど城廻先輩曰く、立候補撤回はどうにも難しいらしい。

 

嫌ですやりたくないですわたしも被害者です、というスタンスのわたしに困り果てた城廻先輩は、平塚先生のところへ相談しに行くことを提案してきた。

 

そこで初めて知った奉仕部の存在。

 

なんでも生徒の相談事を聞いて、手助けしてくれる部活らしい。

 

はー……変わったことをやる人たちがいるもんですねー……。

 

まあ他に相談相手もいないわたしにとっては都合のよいことですし、しっかり解決してもらいますかねー。

 

城廻先輩は奉仕部のことを知っているらしい。

 

なんでも過去のイベントで何度もお世話になったとか。

 

なるほど、遊び半分でやってる部活とは違いそうですね。

 

それならますます頼りにしちゃいましょうかー。

 

特別棟の入ったことのない部屋の扉をくぐる。

 

中には結衣先輩と、噂で聞いたことのある雪ノ下先輩と、どこかで見たことがあるような気がする、変な目をした男の人がいた。

 

これが、わたしと奉仕部と、先輩との出会い。

 

これから先、わたしをあんなに変えることになる特別な出会いとはとても思えなかった。

 

 

わたしが最初に訪れた時、奉仕部はお世辞にもいい雰囲気とは言えない状態だったと思う。

 

正直なところ何を言ってるのかよくわかってなかったけど、雪ノ下先輩と先輩の意見は対立していたようだし、結衣先輩はその間で困っているようだった。

 

まあわたしが生徒会長にならなければなんだっていいんですけどね……。

 

そう思ってたのに、最終的には先輩に乗せられる形で生徒会長を引き受けることになった。

 

釈然としない部分はいくつかあったけど、一年生なのにサッカー部のマネージャーと生徒会長を兼任する健気なわたし☆という先輩の言葉は確かに魅力的だった。

 

けどその言葉を話す先輩は果てしなくうざかった。

 

わたしというブランドに更に付加価値を与えてくれる、そう思った。

 

それと同時に、そういう事を思い付く先輩に少し驚いた。

 

簡単に手玉に取れそうなタイプの男子に見えたけど、そうじゃないみたい。

 

わたしが望むわたしの姿、その方向性を理解している。

 

つまり、わたしの作っている部分を見透かした上で、それでも構わないと後押しをしたことになる。

 

先輩が何を思ってそうしたのかはわからなかったけど、そんな対応をされたのは初めてのことだった。

 

わたしの作っている性格を見透かしている人ならこれまでにもいた。

 

でも、葉山先輩のようにわかっていながら何も言ってくれないか、もしくはそういのはやめたほうがいいと、全然ありがたくもない否定をされるかのどちらかだった。

 

ただわたしのことに興味がないだけかもしれないけど、それをわかった上で認めてくれる先輩のことに、少しだけ興味が沸いた。

 

 

生徒会長選挙の依頼を通じて、わたしは奉仕部の先輩たちに好印象を抱いた。

 

三人ともろくに知らないわたしの依頼に対して、とても真剣に解決しようとしてくれたのは確かだから。

 

この人たちは利用……じゃなくて、ちょっとは信用してもいいのかなと思った。

 

だからその後、海浜総合高校とのクリスマスイベントで困り果てたわたしは、また奉仕部を頼ることにした。

 

ちょっとだけ先輩に興味があるのも確かですけど、だいたい生徒会長になったのは先輩のせいなんですからね。

 

しっかり手伝ってもらいますよー。

 

そう思って奉仕部の扉をくぐって甘えながらお願いをしたけど、奉仕部の雰囲気は前よりもさらに妙なものになっていた。

 

そのせいなのかどうかは知らないけど、先輩は奉仕部への依頼じゃなくて個人的に手伝ってくれると申し出てくれた。

 

結衣先輩と雪ノ下先輩となにかあったんですかね……。でもまあわたしが一番興味があるのは先輩だし、扱いやすいし、それでも構いませんよ。

 

そうして海浜総合高校との会合に一緒に出ることになった。

 

 

そこでの先輩はわたしが思っていたよりも、ずっと真面目で、有能で、優しかった。

 

人って見かけによらないもんですね……。

 

人にあざといとか言っておきながら、いいですって言ってるのに奪ってまで荷物を持ってくれたのはあざとくて……でも、とても嬉しかった。

 

そんな中、偶然奉仕部で三人の関係性を見ることになり、わたしは奉仕部へ、先輩たちへ、先輩へ。

 

嫉妬と疎外感と、憧れを抱いた。

 

奉仕部がいつからあったのかは知らないけど、わたしが訪れるまでの間にも、三人でいろんな時間を過ごしてきたんだなと思えた。

 

そのあとは三人で、奉仕部として手伝ってくれることになり、イベントは無事成功を収めることができた。

 

奉仕部の先輩たち三人の間に、見えない信頼のようなものが見えた気がした。

 

 

もし、わたしが一年早く生まれて先輩達と同級生だったら。

 

わたしは奉仕部の仲間に入れてたのかな、と考えてみる。

 

たぶんだけど、そうはなってないと思う。

 

結衣先輩はともかくとして、あの性格の雪ノ下先輩とこんなわたしが仲良くやれているはずがない。

 

ましてや同級生の先輩となんか、話をしている自分が全く想像できない。

 

今わたしの周りにいる、有象無象のモテナイ君と同等、もしくはそれ以下で気付きもしないかも。

 

それなら、一年早く生まれてこなかったことを幸運だと思わないと。

 

わたしが下級生だから、後輩だから、先輩たちはわたしにも目をかけてくれているんだ。

 

自業自得なところもあるんだけど、生徒会長選挙に立候補させられるというわたしの周りからの嫌がらせ。

 

そのおかげで、本来であれば繋がれることのなかった先輩たちと、か細くも繋がれたという幸運。

 

……ほんとに何がどう転ぶかわかんないもんですね……。

 

三人の間にうっすら見える気がする、わたしの憧れ。

 

わたしもそこに近づいてみたい。

 

何が見えるんだろう。

 

あるかどうかもわからないものに希望を抱き、柄にもなく胸の奥に確かな熱さを感じる。

 

こんなの、全然わたしらしくない。

 

お互いがちゃんと欺くことなく向き合う、適当じゃない人間関係。

 

作らないわたしで言いたいことを言い合えて、ぶつかって離れたりすることもあるけど、何度でもまた繋がり合える関係。

 

そんなものを、わたしも願おうとしたことはある。

 

でも、素の自分がみんなに好まれる性格ではないことを知っているわたしと、なるべく全員に好かれようとするわたしは、それを願うことを許さなかった。

 

そんなものは存在しないと妥協して、まるで何かを演じているように、ふとした時に冷めた自分を認識するという生活を送ってきた。

 

こんなわたしでも、まだ、それを夢見ることは許されるだろうか。

 

 

 

わたしもそれが欲しい、見てみたいと勝手に熱くなったわたしは、勢いに任せて葉山先輩に告白をしたけど、それは見えてこなかった。

 

葉山先輩はわたしのことを見透かしていたし、わたしも葉山先輩自身のことを見ていなかった。

 

自分でも結果はわかってたけど、止められなかった。

 

それでも、振られたという事実は悔しくて、悲しかった。

 

ただの憧れでも、葉山先輩は素敵な人だとは思っていたから。

 

告白をしたもう一つの意味は、わたしなりのケジメをつけるという意味があった。

 

あれから自分でも、本当に惹かれ始めているのは誰なのかと考え、それを否定することができなくなっていたから。

 

でも、その人はわたしなんかよりも確実に大切なものを、素敵な人たちとの関係を既に持っている。

 

そしてわたしがその間に入ることは、とても難しい。

 

無理だとしか思えない。

 

なら、間じゃなくてもその輪に入ることができたら。

 

もうわたしはわたしを抑えることができなくなっていた。

 

無理だと思っていても、なまじ見えてしまった気がするから諦めきれない。

 

先輩たちと一緒にいれば見えるのかな。

 

結衣先輩は誰よりも暖かくて、分け隔てなく優しくて、可愛い。

 

雪ノ下先輩はちょっと怖いけど、誰よりも芯が通っていて、かっこよくて、美人。

 

先輩はさほどかっこよくもないし、口は悪いし、ぶっきらぼう

 

だけどクレバーなように見えて、内心では熱い何かを持っていて、たまに優しくて、素のわたしも作ったわたしも認めてくれる。

 

奉仕部の先輩たちはみんなわたしにはないものを持っていて、だからこそわたしは憧れ、惹かれている。

 

わたしをこんな風に思わせたのは……先輩ですからね?

 

責任、取ってもらってもいいですか。

 

わたしも、それが欲しいんです。

 

あのときの扉一枚の向こう側へ、わたしも行けますか?

 

三人の間には、わたしの持っていない、何があるんですか?

 

もう少しだけ近くにいけば、それは見えますか?

 

先輩。

 

【わたしが】

 

奉仕部へ行きたいわたしがいるのは確実なんだけど、自分の先輩への想いがどうなのかは、まだはっきりよくわからない。

 

惹かれ始めていることは事実だけど、そもそも先輩なんか全然タイプじゃない。

 

わたしの望むわたしが、というわけじゃなくて、なんというか、見た目とか、性格とか……いろいろ。優しいとこは好きだけど。

 

わたしが実際に気に入るのは、やっぱりもっと葉山先輩みたいな……甘いマスクをしているか、誠実そうな印象の人だ。

 

先輩は……どっちも当てはまりませんよね……。

 

性格が誠実でないというわけではないんだけど、とてもそうは見えないですね……。

 

はー、なんであんな人に惹かれ始めてるんですかね、わたしは……。

 

だからその確認と、奉仕部の関係性の調査を兼ねて、結構無茶だったけど依頼という形にして先輩をデートに誘った。

 

依頼にあたって葉山先輩をダシに使ってしまったことは少し心苦しかったから、練習をしている葉山先輩を見ながら心の中で謝った。

 

でもこうでもしないと、この人ほんと外に出ないみたいなんですよ……ほんと面倒な人ですねー……先輩は。

 

その時に安パイとか伏兵とか言っていると、結衣先輩と雪ノ下先輩が意味ありげな反応を示した。

 

結衣先輩はわかりやすすぎるから今さらなんですけど、やっぱり雪ノ下先輩もそうなんですか……?

 

えー、先輩なんでこんな可愛い二人に、そんな……。

 

でもそうなら先輩にはわたしの知らない、いいところがきっとあるに違いない。

 

ならわたしももう少し、先輩を知りたい、近づいてみたい。

 

そう思ってデートへ向かった。

 

確かに先輩は人と違っていた。

 

これまで適当に遊んだ男の子とは、全く全然まるっきり違っていた。

 

結果は10点だった。

 

いや、葉山先輩じゃない分はオマケして20点かな。

 

そもそも、素敵な先輩たちが二人いるのに、わたしに誘われてノコノコ出てくるのがよくないです。

 

デート中の先輩の言葉とか行動はもう、だいたい最悪だった。

 

映画を別々に見ようとするとか、ほんとバカじゃないんですか……。

 

そんなだから結衣先輩とも雪ノ下先輩とも、恋愛的な進展はあんまりしてなさげだったんですね……。

 

心中お察しします、お二方。

 

でも……なんだかんだ、楽しかった、かな。

 

デート中はいろいろあざといわたしも見せたし、割と素のわたしも見せた。

 

それでも先輩は、どちらのわたしもちゃんと認めて普通にしてくれたし、意外とわたしの細かいところを見てくれていた。

 

不思議と心地好い気分になれた。

 

だからデート中は、次もあるかもしれないですよ、というようなこともしっかり匂わせておいた。

 

うん、これは我ながらあざといですね。

 

最後に、先輩も参考にしてくださいね、と忘れず伝えたときに胸にちくりとしたものを感じた。

 

その時点で、ん?と思ったんだけど、そのあと先輩と別れてから点数は70点まで上がった。

 

それは、初めてわたしが見えなくなる最後まで見送ってくれた男の人になったから。

 

これまで遊んだ男子は、わたしと別れを済ませるともう興味は失せたとでもいうように、最後まで見送ることなく途中で去っていた。

 

見えなくなる別れ際に振り返ると、わたしが見ることになるのはいつも後ろ姿だった。

 

それは、わたしにとってとても悲しいことだった。

 

愛嬌を振りまかないわたしには興味がないと言われたようで。

 

でも、わたしは今日、別れ際に先輩の後ろ姿を見ることはなかった。

 

たったそれだけのことで50点もあげるのは甘いですかね?

 

でも、わたしがそう感じたんだからしょうがないですね。

 

結論。

 

わたしはかなり、先輩に惹かれつつある。

 

むー……まずいです、かね……これは……。

 

先輩たちの求める本物。

 

そこにわたしはどこにもいない。

 

だからわたしが先輩を好きになったところで、先輩たちからすればきっと邪魔なだけ。

 

わたし自身も、先輩たちの邪魔をしたいとは思ってない。

 

でもわたしは……先輩の傍にいたいと思い始めた。

 

ここで自分の気持ちを抑えて全て諦めることができれば楽なんだけど、わたしにはもうそれはできない。

 

わたしはわがままなんです。少し近づくだけだから、許してください……。ご先輩方。

 

だったら、わたしがやれる手段は。

 

好意を悟られないように、先輩の傍にいるようにする、ですかね……。

 

先輩はわたしから明らかな好意を向けられると、きっと避けようとすると思う。

 

そうなるともう奉仕部へは行きにくくなる。先輩たちを近くで見ることができなくなる。それは困る。

 

わたしは今、完全に先輩の恋愛対象外だからあそこにいれる、とも言える。

 

うっ……現状を確認して想像しただけなのに、結構辛い……。

 

わたしは先輩に、めんどくさくない女の子なんていないですよって言ったけど。

 

すいません、わたしももれなくめんどくさい女の子の仲間入りみたいです。

 

あの時は、自分はそこまでめんどくさくないですけどね、って意味も含んだ言葉のつもりだったんだけどなー……。

 

でも、先輩も間違いなくめんどくさい人だと思いますよ。

 

あ、そうか。

 

先輩の言ってためんどくさい人間がそもそもいねぇってのが正しいんだ。

 

人間って、人間関係ってめんどくさいですね、先輩。

 

先輩たちの望む本物って、どんなものなんでしょう。

 

ほんと、面倒。

 

わたし。

 

☆☆☆

 

それからも、用もないのに奉仕部に入り浸って先輩を、先輩たちを見ていると、一緒にいたいという思いがどんどん強くなってきて何かせずにはいられなくなってきた。

 

だから、しばらくの時間を置いてまた、まだ依頼は終わっていないとかなんとか理由をつけて先輩をデートに誘った。

 

明日は千葉じゃなくて先輩の近場でも構いませんよと提案すると、すぐに近場にしようそうしようと答えが返ってきた。

 

知り合いの少ないところに、とも考えたけど、前みたいにニアミスすることはそうそうない……ですよね。先輩は知り合いがそもそも少なそうですし。

 

そんなに遠出が面倒ですかそうですか、と思わないこともなかったけど、正直なところ今は先輩と行けるなら割とどこでもよくなっていた。

 

待ち合わせ場所で先輩を待っていても全然落ち着かない。

 

な、なんでこんなにソワソワしてるんですかねわたしは……。

 

とりあえず、あんまり意識しすぎはよくない。

 

あくまでわたしも先輩も予行演習という名目なんだから、あまりおかしな態度にならないようにしないと。

 

先輩に避けられることになっては目も当てられない。

 

そんな想像しただけで胸が締め付けられる気がする。

 

これは……こんなに苦しいもんなんですか、人を好きになるのって……。

 

結衣先輩と雪ノ下先輩のことを思い浮かべる。

 

二人は奉仕部でどんな気持ちなんだろう。

 

嫌になったり、しないのかな。しないんだろうな。

 

わたしの狭い価値観と、先輩たちを一緒にするのは失礼なことなのかもしれない。

 

頭を振って先輩たちのことを考えないようリセットする。

 

とりあえず、今日はわたしから誘ったんだし、楽しんでもらって、楽しまないと。

 

あ、先輩だ。

 

もう歩く姿勢からして超卑屈っぽいからすぐにわかっちゃいますね……。なんて悲しい発見方法。

 

でも、ちゃんと来てくれたことが嬉しくて自然と笑顔になってしまう。

 

「おす。お前早いな、今日は。待たせたか?」

 

「はい。超待ちました」

 

「……それこないだのお返し?」

 

「そうですよー。先輩待たせるとうるさいし」

 

ほんとは緊張してたせいか変な時間に起きてしまい、早く出すぎただけなんだけど黙っておこう。

 

「あー、そう……。んで、今日はどこいくの」

 

相変わらずノープランなんですか……。先輩たちのための予行演習だって言ってるのに、わかってます?

 

「はー……相変わらず仕方ないですね……。歩きながら考えましょうか」

 

「おう、いいぞ」

 

なんでこんなに偉そうなんですかこの人……。

 

並んで町を歩き始める。

 

高いヒールのついたブーツを履いているので、いつもより先輩の顔が近い。

 

あれだけさほどかっこよくはないと思っていた顔が、今では精悍な顔にすら見える気がする。

 

やだ、わたし怖い……絶対病気ですよこんなの……。

 

もしくは麻薬。気がついた時にはどっぷり浸かっている感じ。

 

「そうだ先輩。今日は映画見ましょう。一緒に。同じものを。一緒に」

 

一緒に出掛けて別のものを見るという選択をする、ふざけた先輩の思考は正さないといけない。

 

同じものを見るから、そのあとも内容について話せるのに。

 

「二回も言うなよ……。見たくもないもの見なけりゃならんのか……」

 

「いえ、先輩が見たいのでいいですよ。わたし、割となんでも楽しめますし」

 

まあ、一緒に見る相手によるんですけどね。

 

「おお、そうか……。それなら、まぁ……」

 

「じゃあ、行きましょっか」

 

「へーい……」

 

相変わらず渋々な感じだけど、目的地が決まると先輩はわたしを先導して歩いてくれる。

 

しかも、歩く速度はわたしに合わせて。

 

おとなしく黙ってついていくだけなんだけど、それが不思議と心地好い。

 

今までどの男の子と歩いても、こんな気持ちになることはなかった。

 

そんな自分の変化に驚きを感じる。

 

案外、わたしの人生もいろいろあるもんですね。

 

「なんか口数少なくないか」

 

「あ、あんまり気にしないでください。先輩に面白い会話は期待してませんから」

 

「そうだな。俺にそんなん求められても困る」

 

自慢気に話す先輩は、少しだけ楽しそうに見えた。

 

「開き直るのはどうかと……。でも、先輩とだと沈黙はあんまり気になりませんね、わたしは」

 

「……そりゃ助かる」

 

「わたしが優しいからですよ。感謝してくださいね?」

 

上目遣いで、わざとらしくはにかんだ笑顔を作る。

 

うまく、出来てるかな。

 

「はいはい、あざといあざとい」

 

先輩は頬を染めながら斜め上に視線を逸らす。

 

ちょっとは効いてるのかな?

 

よくわかんないけど、その行動をした自分が急に恥ずかしくなってきた。

 

誤魔化すために無難な質問をしてみる。

 

「……な、何見るつもりですか?先輩」

 

「お、おぉ……行ってから考えるわ……」

 

「……はい」

 

なんかぎこちないなー……わたしも。

 

というかわたしのせいですね、これは。

 

先輩は前とそう変わってないし、だったら変わったのはわたしのほうだ。

 

でもまぁ、デートっぽいし、これでもいっか……な。

 

 

それから映画を見て、お昼御飯を食べて、ちょっとした買い物をして、カフェに行って。

 

一回目とあまり変わらないけど、わたしは前よりも楽しい時間を過ごすことができた。

 

先輩もわたしと行くのは二回目だから慣れたのか、少しだけ進歩していて驚いた。

 

いや、普通なんですけどね……先輩は元が全然普通じゃないので。

 

先輩の見たいと言った映画は少し難解なミステリーもので、先輩の横顔を見ていた時間も長かったわたしにはあまり理解ができなかった。

 

だから内容についてあれこれ質問をすると、先輩らしからぬ饒舌さでいろいろと説明してくれた。

 

わたしは映画そのものよりも、そのあと先輩の話を聞いてる時のほうが楽しかったけど、先輩もそれなりに満足して頂けたようで何よりです。

 

今回のお昼御飯はラーメンでなく、なんと先輩から意外な店、オムライス専門店を提案された。

 

理由がここなら小町ちゃんときたことがある、というのが悲しかったけど、まぁ及第点ってとこですかねー。

 

でも女子はパスタとかアボカドとかオムライスとか行っときゃ文句言わねぇんだろ?って態度が透けて見えたのは減点ですよ、先輩。

 

いろいろと楽しかったけど、その時間ももうすぐおしまい。

 

帰り道を歩いていると、以前にはなかった別れの寂しさを感じる。

 

「……で、今日は何点?」

 

「んー……75点……ですかね!」

 

「うおっ、前回の10点からえらい上がったな……。何がそんなによかったんだ……」

 

「先輩はあんまり変わってませんよ。変わったのは、わたし……なんでしょうね」

 

「そうか……」

 

葉山先輩じゃない分のマイナス10点と、わたしに呼ばれてついてきた分のマイナス50点は今回なしですから。

 

言動のマイナス40点は同じですけどね。

 

それで、前よりもわたしは楽しかったから、プラス15点。

 

別れの場所が近づいてきた。

 

これからわたしは駅に、先輩は停めている自転車のほうへ歩いていく。

 

「ありがとうございます、今日も参考になりました。……先輩も、参考に、してくださいね」

 

前と同じ言葉なのに、前とは全然気持ちが違う。

 

こんなこと言いたくないと思ってしまった。

 

「おお……ありがとな」

 

「じゃあ、また」

 

「気を付けて帰れよ」

 

別れの挨拶をして、駅に向かって歩く。

 

もうそろそろ見えなくなるかな、という距離になったところで振り返ると。

 

先輩は、やはりまだ見てくれていた。

 

些細なことかもしれないけど、凄く嬉しい。

 

胸の前で小さく手を振ると、先輩も小さく手を振ってくれた。

 

また駅に向かって歩こうとしたけど、足が動かなくなった。

 

ダメだ。もう少しだけ、先輩と一緒にいたい。

 

先輩のところへ戻ろうと決め、振り返って走ろうとしたとき、右足のブーツの踵が取れて派手にすっ転んでしまった。

 

「きゃっ!」

 

いった……痛い!超痛い!

 

右足を派手に捻ったようだ。

 

なんでこんな時にヒール取れるの……もう!

 

いたいいたいいーたーいー……周りの人もじろじろ見てはいるけど誰も助けてくれないし……。

 

晒し者になっているようで惨めな気分になり、涙が滲んできた。

 

うぅ……かっこ悪い……わたし……。

 

座り込んだ体勢で痛みと羞恥心と戦っていると、先輩が走ってこっちに向かってきていた。

 

せ、先輩ぃ……。

 

「おい、大丈夫か一色」

 

「超痛いです先輩……助けてください……」

 

「ちょ、道の真ん中だしとりあえず移動するか。立てるか?」

 

「わたしだけじゃ無理です……」

 

「肩貸すから、ほら」

 

先輩はしゃがみこんでわたしの腕を取り、自分の肩へ回す。

 

もっとドキドキするかと思ったけど、痛くて痛くてそれどころじゃなかった。

 

でも先輩の手が、わたしの腰のあたりに触れると驚いてビクッとしてしまった。

 

「ど、どこ触ってるんですか先輩!」

 

「触らないと支えれねぇだろが……すげぇ注目されてるし……ちょっと我慢しろ」

 

そういうと先輩はわたしの体を支えて、わたしごとぐっと立ち上がる。

 

右足は痛くて地面につけないから、片足で立っている格好だ。

 

「ちょっと、そこの座れるとこまで行くぞ」

 

「はい……」

 

わたしがけんけんみたいになってるから先輩も歩きにくそうだ。

 

わたしも一歩進むその衝撃で足が痛む。いたいいたいいたいよぅ……。

 

なんとか座れるところまで移動すると、先輩はわたしをゆっくり座らせる。

 

「捻ったのか?ちょっとブーツ脱いでみろ」

 

「わかりました……」

 

ちょっとした刺激で激痛になるので、ブーツを脱ごうとするだけでも一苦労だった。

 

ちょっと先輩、その角度、スカートの中見てないでしょうね……。

 

「うおっ、割と腫れてんな……。折れては……ないよな」

 

「折れてはないかと……たぶん。でも超痛いです歩けませんー……」

 

肩を貸してもらったとしても、物凄く時間がかかりそうだ。

 

タクシーとか使うしかないですかねー……。

 

「んー……病院ももうやってねぇしな……。……ちょっと待ってろ」

 

先輩はわたしの返事を待たずに小走りで駆けていった。

 

「ちょ、ちょっと先輩、どこ行くんですかー!」

 

よくわからないけど置いていかれた。

 

うぅ……もうちょっと説明してくださいよ……。

 

そう思っていると、先輩は自転車に乗ってすぐに戻ってきた。

 

「乗れ。うち行くぞ、近いし」

 

「え、なんでですか……?」

 

「なんでって、うちなら湿布なんかもあるし、ゆっくり座れるだろ」

 

「は、はー……でも、悪くないですかね、そんなの……」

 

というかですねー、先輩の家とかちょっと心の準備が……。

 

いや、先輩ともっといたいからそれはいいんですけど……。

 

「親は旅行でいねぇから気にすんな。小町はいるけど」

 

「あ、小町ちゃんはいるんですね……。残念なような、そうでもないような……」

 

「何言ってんだお前……。どうすんだ、嫌なのか?」

 

「あ、う、あー……行き、ます」

 

なんか押し切られたような感じが……。

 

先輩わたしを家に連れ込んで何する気なんですか!?

 

絶対にないんだろうなぁ、それは……はぁ……。

 

「うし、じゃあ行くか。ほれ」

 

そう言って先輩は先程と同じ格好で肩を貸してくれたので、わたしはなんとか自転車に座ることができた。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

ゆっくりと自転車が進み始める。

 

先輩の体にしがみつけば楽なんだろうけど、恥ずかしくてとてもできないから、わたしは荷台を掴んで座っていた。

 

そこらの男子なら気軽にボディタッチぐらい、なんでもないのに……。

 

ちゃんと好きになると、わたしもこうなっちゃうんですね……。

 

自分のうぶな感情を自覚して、可笑しくなってしまう。

 

わたし、変わりすぎでしょー……。

 

先輩の背中、やっぱり男子なんですねー、細身でも大きいなぁ。

 

んー……さっきから段差を越えて振動が起こる度に足が痛いんですが……。

 

「すいません先輩、振動はちょっと控えてもらえますか……」

 

「いや、最初から気をつけてるんだが、どうしても多少はな……悪い」

 

「あ、気を使ってもらってたんですね……すいませんほんと……」

 

失礼なことを言ってしまった。

 

反省するところなんだけど、先輩に気を使ってもらえていることを知って、嬉しいという気持ちのほうが強い。

 

ヤバいなぁこれ……。なにがヤバいって、なにがですかね……。

 

つまらないことを考えていると、先輩から話しかけられた。

 

「……足、まだ痛いよな」

 

「はい……ちゃんと歩ける気がしません……」

 

「もう着くから、うちでちょっと休んでけ。帰りは……まぁ、また落ち着いて考えるか……」

 

「そうします……」

 

先輩の家に着いたらしい。

 

先に降りてから先輩が自転車を停めるのを待ち、また肩を借りて玄関の扉をくぐる。

 

うわー、先輩のおうちだー……。

 

意味もなくドキドキしてしまう。なんですかこれなんですかこれ……。

 

「小町ー、ちょっと来てくれー」

 

「はいよー?おかえりー」

 

リビングから出てきた小町ちゃんが、肩を組んでいるわたしと先輩を見比べて目をぱちくりさせる。

 

「な、何これ、お兄ちゃん……」

 

「一色だ、イベントで会ったし知ってるだろ」

 

「うん、知ってるけど……なんで肩組んでるの?」

 

「ああ、こいつ足捻ったから」

 

「はー、なるほどー……」

 

小町ちゃんはようやく合点がいったのか、わたしに声をかけてくれる。

 

「お兄ちゃんがごめんなさい。さあさ、汚いところですが上がってください」

 

「お邪魔してごめんね、小町ちゃん」

 

「いえいえー、とんでもない!責任はちゃんと取らないとですよ!救急箱取ってくるんで待っててください!」

 

「小町ちゃん、俺が怪我させたって前提になってない?おかしいよねそれ?」

 

ぶつぶつ言っている先輩を尻目になんとかブーツを脱ぐと、先輩の肩を掴んでリビングまで移動しソファに座った。

 

はー、疲れた……。ここが先輩が普段過ごす場所かー……。

 

「一色。冷やしたりとかそういうのは小町にやってもらえ。俺がやるのは、その、あれだからな……」

 

先輩は恥ずかしそうに言い淀む。

 

「は、はい……」

 

というかそんなの恥ずかしくてわたしも無理です……。

 

リビングに気まずい沈黙が流れていると、救急箱を取ってきた小町ちゃんが入ってきた。

 

「お待たせでーす、ってあれ。なんで二人はそんなに離れてるんですか……?」

 

「あはっ、な、なんでもないよ小町ちゃん!」

 

小町ちゃんの目がキラーンと光った。気がした。

 

「そうですかそうですか……。ねぇお兄ちゃん、捻挫って最初冷やしたほうがいいんだよね?」

 

「おお、腫れてるからそうだな。腫れが引いたら暖めるほうがいいって聞くが」

 

「じゃあまずは……冷やさないとですね!氷準備しまーす。生徒会長……さんは、座っててください」

 

「いろはでいいよ、小町ちゃん」

 

「じゃあ、いろは先輩って呼びますね」

 

「うん」

 

小町ちゃんに笑顔を向ける。

 

なんて良くできた妹さんなんでしょう……。

 

テキパキと動くし、可愛いし、愛嬌もあるし、人懐っこいし。

 

小町ちゃんといて先輩はなんでああなるんですかね、全く……。

 

「あ、いろは先輩。冷やすからタイツ脱いだほうがいいんじゃないですか?」

 

「あ、そうだね……」

 

ほんといろんなとこに気が回るなぁ、小町ちゃん……。

 

チラリと先輩に目だけを向ける。

 

「……俺、部屋戻るわ。小町、飯の時また呼んでくれ。あー……よかったら、一色もついでに晩飯食ってくか?作るの俺じゃねぇけど」

 

「おー、小町は全然オッケーですよー。お兄ちゃんと二人のご飯はもう飽きましたし」

 

「あ、いや、それはさすがにご迷惑じゃ……」

 

「いーえいえー。全然気にしないでください!いろは先輩さえよければ、ですけど」

 

小町ちゃん結構押し強いなー……どういうつもりなんだろう。

 

でもまぁ、せっかくの先輩のお誘いですし、ご一緒しよう……かな。

 

「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて……」

 

「わーい!小町美味しいもの作っちゃいますよー」

 

「ほんじゃ、部屋にいるわ」

 

「はーい、できたらまた呼ぶよ、お兄ちゃん」

 

小町ちゃんが氷を袋に入れて、簡易アイスノンのようなものを作ってくれている間にわたしはタイツを脱ぐ。

 

先輩の家で服を脱いでいると考えると無駄に緊張してしまう。

 

顔赤くなってないかな……。

 

「はい、いろは先輩。15分ぐらい冷やすといいらしいですよ。」

 

「ありがとー小町ちゃん。ごめんね、お世話になっちゃって」

 

「いえいえー、気にしないでください。お兄ちゃんがお世話になってるみたいですし。で、お兄ちゃんとはどういうご関係で……?」

 

小町ちゃん、なんか目がちょっと怖いよ!

 

「え、どういうって……先輩と、後輩?」

 

「今日デートしてたのに、それだけですか?」

 

小町ちゃんは違うでしょう?という怪訝な目をこちらに向けてくる。

 

「んー……わかっちゃうもん……なのかな?」

 

「はいー。いろは先輩の態度見てたら、なんとなく、ですけどねー」

 

この子が鋭いだけなのか、回りから見たらバレバレなのか……どっちなんだろう……。

 

「じゃあ……たぶん、先輩のことが好き、かな……」

 

「そんな、正直に言われるとこっちが照れちゃいますよー……」

 

小町ちゃんはわざとらしく両手を頬にやり首を振る。

 

面白いなぁ、この子……。

 

「でもまぁ、わたしじゃ無理なのもわかってるから。見てるだけだよ」

 

「えー、そうなんですか?お兄ちゃん結構意識してるみたいですけど」

 

「あはは、わたしもそれはちょっとは思うけどね。先輩には、もっと大切なものがあるはずだから……」

 

「……結衣さんと、雪乃さん、ですか?」

 

「小町ちゃんも知ってるんだね……。そうだよ」

 

「でもでも、応援してほしいときは小町は応援しますから!そうだ、アドレス交換しときましょう!」

 

はしゃぐ小町ちゃんを見ながら携帯を取り出す。

 

予想外の展開で先輩の家に来ることになり浮かれていたけど、小町ちゃんとの会話で、少しの間忘れていた事実を思い出す。

 

どれだけ先輩のことが好きでも、わたしの想いが先輩に受け入れられることは、ない。

 

さっきからずっと冷やしているのに、足首の痛みはまだ引かない。

 

ずきずきと感じているのは足なのか、心なのか。

 

自分でもどちらかわからなくなった。

 

【わたしから】

 

アドレスの交換を終えると、小町ちゃんは晩御飯の調理に取りかかり始めた。

 

わたしも手伝うべきなんだろうけど、この足じゃ邪魔にしかならない。

 

おとなしくしとこっと……。

 

小町ちゃんは手際よく料理を次々と作り上げていく。

 

「ほぇー、凄いねー。わたしもお菓子だけじゃなくて料理練習しないとなー」

 

「両親がいつも遅いんで慣れちゃいましたねー。じゃあそろそろお兄ちゃん呼んできますねー。あ、いろは先輩は座っててくださいね、お兄ちゃん来たら椅子にいきましょう」

 

「うんー、ありがとー」

 

完璧だ、小町ちゃん。

 

あんな子ならわたしも妹に是非欲しいです。

 

あ、先輩と………………いやいや、発想が飛躍しすぎだから。

 

もはや妄想ですね妄想。

 

なんかどんどん変になっていくなぁわたし……。

 

性格いいあざとい可愛いわたしがどんどん薄まっていく。

 

変なことを考えていたら、部屋着に着替えた先輩がリビングに戻ってきた。

 

もう外には出るつもりないってことですかね……。

 

あれ、小町ちゃんは?

 

「一色、足どうだ?多少ましになってきたか?」

 

「間隔あけながら冷やしてるんですけど、まだ腫れてますねー。でもさっきより痛くはないです」

 

「歩けるか?」

 

「ど、どうでしょう……ちょっとやってみます」

 

ソファから立ち上がろうとしてみる。

 

「いたっ!いったい!超いたいー…」

 

床に右足をついた瞬間激痛が走って、ソファにまた座り込んでしまった。

 

「やっぱそんなに簡単にはよくならねぇか」

 

「みたいですー……」

 

「じゃあご飯にしましょーかー。今日は和食だよー」

 

リビングに戻ってきた小町ちゃんが元気に口を開く。

 

「おう。一色、こりゃ今日は歩くの無理だな。飯食ったらタクシー呼ぶか。それでいいな?」

 

「あれ、いろは先輩泊まるんじゃないんですか?」

 

「え?」

 

「あ?」

 

先輩とわたしが同時に驚嘆の声をあげる。

 

「なんでそうなるんだ小町……。大体こいつどこで寝るんだよ」

 

「お兄ちゃんのベッドじゃないの?」

 

「じゃあ俺はどうなる」

 

「だから小町、お兄ちゃんの部屋に布団敷いてきたよ?」

 

ど、どんな思考と行動力してるの小町ちゃん……。

 

「……アホかお前は。だいたい一色が泊まる理由がどこにあんだよ」

 

「いろは先輩歩けないし、タクシー呼ぶとお金かかっちゃうし。それに小町がいろは先輩とお話したいからだよー。目指してる高校の生徒会長さんだし。だから、小町のお客さんだよ」

 

「そうきたか……なら……お前が相手しろよちゃんと。俺は知らねぇからな」

 

「ダメだよーお兄ちゃんもいてもらわなきゃ。だって小町じゃいろは先輩支えてあげられないもん」

 

「む……ならせめて、寝る場所は……」

 

「お兄ちゃんの部屋じゃなきゃ布団敷けないし。いろは先輩一人で寝てたら、夜トイレとか行きたくなったらどうすんの」

 

「う……ぐっ……」

 

せ、先輩が押されてる……。

 

あのー、でもわたし意思確認もされてないし、口も全く挟めてないんだけど……。

 

なのに話はどんどん進んでいく。

 

「というわけで、明日までうちで休んでいくってことで、いいですよね?いろは先輩?」

 

小町ちゃんは先輩から見えないようにわたしにウインクをする。

 

あざとい!ていうか超強引!なんなのこの子!

 

たぶんさっきの話を聞いて、小町ちゃんなりに応援してくれてるんだろうな……。

 

振り向いてもらえるとは思ってないけど、わたしは先輩といるの嫌じゃないわけだし、うーん……。

 

「嫌なら遠慮なく言えよ。小町の戯れ言に無理に付き合わなくていいぞ」

 

せっかく小町ちゃんが強引にお膳立てしてくれたんだし、先輩のことをもっと知れるチャンスだと思うことにしよう……かな。

 

……超恥ずかしいけど。

 

「先輩は……迷惑、じゃないですか……?」

 

いつもの意識してやるやつじゃなくて、恥ずかしくて俯き加減だから自然と上目遣いになってしまった。

 

「め、迷惑かと言われると、そうとまでは言わねぇけど……」

 

「わーい、じゃあ決まりですね!いろは先輩ゆっくりしていってくださいっ」

 

あはは、なんかもう、あれですよあれ。

 

なるようにな~れ、って感じ。

 

 

とりあえずほとんど自動的に話がまとまったので、夕食の時間が始まった。

 

小町ちゃんの作ったメニューは、筑前煮と鯖の塩焼きとほうれん草のごま和えとお味噌汁。

 

な、なにこの家庭の夕食感。小町ちゃんレベル高い……。

 

緊張しながらも、先輩の家で夕食を一緒に食べる時間は幸せで楽しかった。

 

夕食後、しばらくすると先輩は風呂行ってくるわと言い放っていなくなり、わたしは片付けをしている小町ちゃんとリビングに残された。

 

家には友達のところに泊まるって連絡したけど、どうしようかなぁ、いろいろ。着替えとか。

 

「いろは先輩、お風呂入ってもらう間に小町買い物行きますけど、何が必要ですか?歯ブラシと下着は考えてるんですが……」

 

あーんもう、ほんと小町ちゃんマジ小町ちゃん。

 

「ほんとありがとー小町ちゃん。化粧道具は持ってるからー、メイク落としとか化粧水は……借りちゃっていいかな?」

 

「はいもうママのでもなんでも、遠慮なく使っちゃってください」

 

「じゃあ、それぐらいかなー。あ、着替えどうしよう。わたしはこのままでもいいんだけど、着替えずに先輩のベッドに寝る……の、嫌がるかな?」

 

先輩のベッドに寝るって……よく考えたらすごいことやるんですね、わたし……。

 

口に出すだけでも照れてしまう。

 

「あー、そうですね、どうしましょう。お兄ちゃんのジャージでもいいですか?洗ったばかりのやつならありますよ」

 

「それは……いいの、かな……」

 

「大丈夫です、いろは先輩脱いだらすぐ洗いますから!お兄ちゃんに変態行為はさせません!」

 

「あ、いやそうじゃなくて……まぁ、うん……先輩がいいなら、それで……」

 

「じゃあ用意しときますねー」

 

「小町ちゃんなんかこういうの慣れてる?もしかして他にも、わたしみたいに泊まりにきたりとか、あるの?」

 

「いえー、そんなことないですよ。お兄ちゃんが女の子家に連れてくるとか、初めてです」

 

「そっかー」

 

そっか、初めてか……。

 

なんなんですかね、わたし今、凄く嬉しいです。

 

一人でニヤニヤしていると先輩がお風呂から戻ってきた。

 

なんかもわもわしてて、頬も紅潮してる。

 

髪がペタッてなっててちょっと可愛い。アホ毛は健在。

 

新鮮ですねーこれは……写真取りたいな……とか思いながらじろじろ見ていると顔を背けられた。

 

「あんまじろじろ見んなよ……。そういやお前風呂どうすんだ、入んのか?」

 

「え、入っちゃまずいですか?」

 

「いやまずいっつか、捻挫腫れてるならあんま温めないほうがいいだろ。入るにしてもシャワーにしとけよ」

 

「なるほどー……。じゃあ、そうしときます」

 

「お兄ちゃんいろは先輩をお風呂に案内しといて。小町ちょっと買い物でるからー。あ、タオルとか着替えなんかは後で持ってきますねー」

 

「おー、わかった。んじゃ一色、行くか」

 

「は、い」

 

先輩の肩を掴んで立ち上がり、そのままなんとかお風呂まで移動する。

 

「使い方、わかるよな?」

 

「はいー、うちとあんまり変わんないんで大丈夫ですー」

 

「じゃ俺リビングいるから、なんかあったら呼べ。何かできる気はあんまりせんけど……」

 

「あ、はい……たぶん、呼びませんから……」

 

「じゃ」

 

脱衣場で一人になる。

 

ふ、服脱がなきゃ、だよね……。

 

あわわわ、超恥ずかしい超緊張するなにこれなにこれ……。

 

ゆっくりとぎこちない動きで服を脱いでいく。

 

見られているわけでもないのに、一枚脱ぐ度に羞恥心が増してくる。

 

下着を脱ぐのはもの凄く抵抗があったけど、片足のままでなんとか脱いでお風呂に入った。

 

捻挫した箇所を温めないように足を伸ばしてシャワーを頭から浴びていると、湯船のことが気になり始めた。

 

先輩の浸かったお湯………………。

 

つ、浸かるのは足にも悪いし無理だけど……手ぐらいなら……。

 

ゆっくりと指先からお湯に沈めてみる。

 

……うーん……普通の、お湯ですね……そ、それは当たり前か……。

 

………………。

 

顔、つけちゃおうかな……ちょ、ちょっと、ぐらい……。

 

ゆっくりと湯船に顔を近づける。

 

やだ、わたし超変態っぽい……ていうか変態以外の何物でもないですね……。

 

すんでのところで踏み留まれた。あ、危なかったー……。

 

変な汗かいちゃった……さっさと体を……。

 

「おい、いっし……」

 

「ぎゃああー!!!」

 

「おわぁー!な、なんだっ!」

 

扉が動く。

 

「開けちゃダメーっ!なんでも、なんでもないですっ!」

 

「わ、わかった……けどあんまり騒ぐなよ……近所に聞こえたらどうすんだ……」

 

「な、なんで先輩がいるんですか!覗きですか!?はっ!わたしの服漁りにきたんですか!?死にますか!?」

 

「お前は俺をなんだと思ってんだ……。俺の服を洗濯機に入れるついでに問題ないか聞こうとしただけだ……」

 

「そ、そうですか……だったら問題ないですから、早く出てってくださいよぉー……」

 

「お、おお、すまん……」

 

は、恥ずかしすぎて死にそう……。

 

どんな顔してお風呂から出たらいいんですか、もう……。

 

これ以上お風呂にいるとのぼせそうだし、さっさと体と頭洗って出よっと……。

 

わたしがお風呂に入ってる間に、小町ちゃんがタオルとかお泊まり用の歯ブラシとか、替えの下着とか着替えを用意してくれていた。

 

なにからなにまでもう……助かるなぁ。

 

下着を履いて先輩のジャージに足を通す。当然サイズは合わないので腰紐を引っ張って調整する。

 

ブラは……しとくべきですよね……。

 

たぶん部屋に行くときに先輩の肩借りるから……。

 

上を羽織って匂いを嗅いでみる。

 

先輩の匂いは……別にしませんね……。

 

でも、他所の家の匂いがする。

 

あ、わたしすっぴんだけど……もともとメイク濃くないし、まぁいっか……。

 

不思議な感じー。なんでこんなことになってるんでしょうね、全く……。

 

こんなに心を動かされてばかりの日は、わたしの人生で始めてかもしれないと思った。

 

☆☆☆

 

お風呂からあがった後は、三人で、たまに二人になったりもしながらリビングでお話をしたりゲームをしたりして時間を過ごした。

 

先輩と小町ちゃんはとても仲がよさそうで、見ているわたしも嬉しくなった。

 

先輩って、家だとこんな感じなんですねー。

 

ちゃんと話もするし、学校ではあまり見ることがない表情も浮かべていた。

 

今まで知らなかった先輩の姿を見て、もっと好きになっている自分がいるような気がした。

 

「もうこんな時間ですねー、そろそろ寝ますか?」

 

「おお……そうだな、寝るか……」

 

つ、ついにこの時が……先輩の部屋……。

 

「じ、じゃあ行くか……階段登らせて悪いが……小町も手伝え」

 

「ほーい、いろは先輩、行きましょー」

 

「うん……」

 

三人がかりでなんとか二階まで上がり、先輩の部屋のベッドに体を投げ出すように倒れ込む。

 

はー、はー、疲れた……。片足ってすごい大変……。

 

「じゃあ小町は部屋に戻るねー。お兄ちゃん、変なことしないでよ。いろは先輩、この兄に何かできるとは思えませんけど、何かあったら大声で叫んでくださいね」

 

「人聞きの悪いことを言うなよ……つーかこの状況お前のせいだろが、さっさと帰れっ」

 

「あいあーい、じゃあ、おやすみなさーい」

 

「おやすみ、小町ちゃん」

 

なんとかそれだけは言えたけど、ドキドキが全然止まらない。

 

先輩の部屋に二人きり。

 

今さらなんだけど、何この状況……。

 

先輩の家に泊まって、お風呂に入って、先輩の部屋のベッドに

座っている。

 

完全にあれじゃないですか、お泊まりデート的なあれじゃないですか……。

 

いきなりそんなの想定してなかったんですけど……。

 

「じゃ、おやすみ。なんかあったら言え」

 

先輩はわたしの返事を待たずに、電気を消してさっさと布団に潜ってしまった。

 

なんだろう……緊張してるわたしがバカみたいじゃないですか……。

 

バカ、先輩のバカ。

 

「……おやすみなさい、先輩」

 

わたしもベッドに横になり、布団に入る。

 

あ、先輩の匂いがする……。

 

鼓動が激しくなって、異常な音を立てているような気がしてくる。

 

そんなわけはないんだけど、先輩に聞かれているような気分になる。

 

うぅ……こんなの、寝れるわけないじゃないですかぁー!

 

寝ようとしてからどのぐらいの時間がたったのかわからないけど、ちっとも寝れる気配がない。

 

先輩の寝息は聞こえてこないけど、もう寝ちゃったのかな……。

 

「先輩……もう、寝ちゃいました?」

 

小声で話しかけてみる。

 

返事はない。

 

寝れないのはわたしだけなんですね……。

 

お前なんかなんとも思っていないと言われているようで、その事実が酷く悲しい。

 

「…………起きてる」

 

驚いた。時間差ありすぎじゃないですかね……。

 

「返事、遅くないですかー……」

 

「寝たふりしようかと思ってたからな……」

 

「なんでそういうことバカ正直に言うんですかー……傷つきました」

 

「……すまん」

 

「謝るぐらいなら最初からそんなことしないでください……」

 

それきり二人とも口を開かなくなり、しばらく無言の時間が流れる。

 

何を話そうとしていたのか忘れてしまった。とりあえず何か話さないと……と思っていたら先輩が起き上がる音がした。

 

「はぁ……こんなの、寝れるわけねぇだろが……。コーヒー飲むけど、お前も寝れないんなら飲むか?」

 

「え、あ、はい、いただきます……」

 

んー、コーヒー飲んだら余計寝れなくなるんじゃないですかねー……?

 

「起きるだけで下りなくていいぞ。持ってあがってやるから待ってろ」

 

先輩はそう言うと、電気をつけて出て行った。

 

先輩の部屋にわたし一人取り残される。

 

机の中とか、見てみたい……。パッと見る限り写真なんかはないですね……。

 

意識すると先輩の部屋のいろいろなものが気になり始めて、キョロキョロ周りを見渡していると先輩が戻ってきた。

 

「ほれ」

 

雑にマグカップを渡される。

 

「あ、ありがとうございます、先輩」

 

「おお……」

 

また部屋に沈黙が訪れ、コーヒーを啜る音だけが響く。

 

気まずい……なんでもいいから話そう……。

 

「あの……先輩。さっきのお風呂……見てないですよね……?」

 

ドアは中が見えるほど開いてなかったと思うから大丈夫だと思うけど、一応……。

 

「ばば、馬鹿、見てねぇよ、本当に……。でもあれだぞ、見てたとしても俺は悪くねぇ。悲鳴が聞こえたら何かあったのかと思うだろ普通……」

 

「あ、あれは……ごめんなさいでした……。いきなり話しかけられて驚いてしまいまして……」

 

「……ふーん。いやでもぎゃああ!はないだろ……あざといお前はどこいったんだよ」

 

先輩は呆れたような笑みを浮かべて肩を揺らす。

 

うわ、わたし笑われてる……超恥ずかしい……。

 

「す、すいませんね、わたしらしくなくて……」

 

「いや、別にいいんじゃねぇの。どっちもお前だろ」

 

「でもきっと素のわたしは可愛くないので……わたしは好きじゃないです」

 

それに、人からは好かれないと思うから。

 

「そうか?俺はあっちのが好きだけどな……。まあお前の勝手だなそんなの」

 

……え?先輩が、わたしを、好き?え?

 

「……はっ!なんか今露骨に口説かれてた気がしてすごい嬉しいですけどもう少しだけ落ち着いて気持ちを整理する時間とかもらっていいですかごめんなさい」

 

はー、先輩から好きとか言われて調子に乗りかけるところだった……危なかった……。

 

顔赤くなってないかな……落ち着けわたし。

 

一気に捲し立てるように話したから息が苦しくなって、少し大きく息を吸いこむ。

 

いつものわたしを思い出すんだ。

 

「また勝手に振られた……。まぁもう慣れたからいいんだけど……」

 

「あ、あの、先輩。今日はいろいろほんとにありがとうございました。で、次はどこに行きます?」

 

「まだ次があんのかよ……」

 

「もちろんー。100点になるまで行きますよー」

 

「それ終わる気がしねぇんだけど……」

 

「あはっ、先輩、早く満点取らないと終わりませんよー。あ、ディスティニィーランドとか行ってみます?」

 

「それは……駄目だ」

 

あまり見せることはない、はっきりとした先輩の拒絶。

 

驚きと恐怖で声が出せなくなってしまった。

 

「あー、いやその、あれだ。お前にとっては、そんないい場所じゃねぇだろ」

 

「あ、あー……そういえば、そうですねー」

 

「なんか軽いな……。あれを、もう気にしてねぇのか」

 

少しだけ呆れられているような、軽蔑されているような。

 

嫌だ。違います、そうじゃないんですって言いたい。

 

あれはあの時にもう終わっていて、今は先輩しか見てないですって言いたい。

 

でも、気にしてないですって言ったら、軽い気持ちでそんなことをする女だと思われるかもしれない。

 

なら、嫌でも気にしていると言うしかない。

 

「あ、いえ、気にしてないことは、ないです……たぶん……」

 

「……そうか。でもまぁお前は俺なんかと違って遊び慣れてるんだろうし、うまく切り替えもできるんだろうな」

 

先輩の何気ないその一言は、これまで誰に向けられたどんな言葉よりも、わたしの胸に痛みをもたらした。

 

先輩には、先輩だけには、適当に付き合ったりするようないい加減な人間だと思われたくない。

 

今までが今までだし、そう思われても仕方ないかもしれない。

 

でも、わたしのことを好きになってくれなくても、これだけは知ってもらいたい。

 

今のわたしはそんないい加減な、適当な気持ちで、先輩を好きになったんじゃないってことだけは。

 

「……確かに今までは、そうだったかもですけど……。わたし、今はもう、これからはもう、そんなんじゃありません。適当じゃ、ないです」

 

「……葉山も幸せもんだな。お前みたいなやつに一途に思われて」

 

「違います。葉山先輩のことは、もう……いいんです」

 

「え、あれ?なんか話がよくわかんねぇんだけど……。じゃあなんのための予行演習なんだ?」

 

「それは、その……」

 

このまま誤魔化し続けても、わたしがどんどん好きになってるから、いずれバレてしまう気がした。

 

そうなると、なにも伝えられないまま避けられて、奉仕部に行けなくなるかもしれない。

 

なら、いっそのこと。

 

「あれは……最初はちょっと違いましたけど、わたしが先輩とそうしたかったからです。わたし態度がどんどん変になってますし、先輩案外鋭いから……。ちゃんと伝えないまま先輩が、わたしを避けるようになると嫌だから、今、言います」

 

小さく深呼吸する。

 

「わたし、先輩のことが好きです。どんどん、好きになってます」

 

知られたらいけないとか、言っちゃいけないと思ってたけど、もうバレないようにするのは無理だ。

 

先輩の前だと、今までのわたしみたいにはもういられなくなってきてるから。

 

葉山先輩のときもそうだったけど、わたしは熱くなると直情的になっちゃうみたいだ。

 

場の雰囲気とかに振り回されないわたしは、偽物だ。

 

もう、引き返せない。

 

たとえその先がわかっていても。

 

早く楽になりたいだけなのかもしれない。

 

楽にはならないって知っているのに、止められない。

 

やっぱりこんなの全然、わたしらしくない。

 

先輩のあの言葉を聞いてから、どんどん変わってきてる。

 

今までできていたことができない。

 

これが本当のわたしなのかな。

 

今までみたいに自分が痛くないように、本気にならない振りをして適当に振る舞って、誤魔化しながらやっていければ楽なのに。

 

けど、それじゃそれなりのものしか手に入らない。

 

先輩たちが言っていたのは、たぶんそういうことなんだ。

 

こんなときに、なんとなくだけど自分なりの答えが見つかったような気になった。

 

「…………本気で言ってるのか?」

 

「……はい、本気です」

 

「……葉山は、本当にもういいのか?」

 

「葉山先輩は……好きとは違うんだと……割とすぐに。ただの憧れ、みたいな……。あのときの告白は、わたしなりのケジメでした」

 

「……そうか」

 

「それだけ、ですか?」

 

「……言わないと、駄目か?」

 

「ほんとはわたしもわかってますけど、一応……」

 

なんでわたしは自分から勝ち目のない戦いをするんだろう。

 

失ってからじゃ取り返しのつかないものもたくさんあるのに。

 

こんなこと、聞くまでもなくわかってるのに。

 

分不相応なものを求めると、いつも苦しみがつきまとう。

 

でもきっと、この苦しみから逃げてたら、あそこにはいられない。

 

わたしは、この痛みとちゃんと向き合わないといけないんだ。

 

先輩は辛そうに顔を伏せ、頭を下げてからわたしに告げた。

 

「……今の俺には、無理だ。すまん」

 

予想していた通りの、わかりきった答えが返ってくる。

 

よかった、そう言ってくれて。

 

先輩にはわたしなんかよりも、よほど大切なものがあるんですから。

 

「そうですよね……。でも、いいんです。先輩なら……そう言ってくれると思ってましたから」

 

「…………そうか」

 

「あ、いやその……ほんとに、いいんですよ……。そう言ってくれないと、逆に幻滅してたっていうか……」

 

「……じゃあ、泣かないでくれるか……」

 

言われてから初めて頬を水滴が伝っていることに気がついた。

 

わかってたのに、なんでだろう。

 

「え、あ、あれ……。なん、なんでしょうね、これ……」

 

「俺に聞かれてもな……」

 

「いや、先輩は、ほんとなにも悪くないと……思います……っ……」

 

溢れる涙は止まらない。

 

だんだん嗚咽のような声に変わっていく。

 

捻った足の痛みが頭に響く。

 

でもそれ以上に、胸が、心が痛い。

 

「わたし、もう……ひっ……奉仕部に、行けない、ですよね……」

 

振られることはわかっていても辛いけど、あそこへ行けなくなることを考えるともっと辛い。

 

この苦しさは、たぶんそれによるものだ。

 

「……なんでだ。別にいいんじゃねぇのか」

 

「だって……先輩のこと好きだと……先輩わたしを避けるし……結衣先輩も、雪ノ下先輩も……」

 

「俺は別に避けねぇし……。雪ノ下も由比ヶ浜も、そんなことないだろ……あいつらになんか言われたのか」

 

「い、いえ……別に、何も……」

 

確かに、なにか言われたわけではない。

 

先輩に避けられると思っていたのもわたしが勝手に思っていたことだし、結衣先輩と雪ノ下先輩にしてもそうだ。

 

「お前が嫌ならいいけどな……また、遊びに来いよ」

 

照れ臭そうにしながらそう言ってくれる先輩の顔から、不器用な優しさを感じた。

 

少しだけ、ほんとに少しだけ、心が楽になる。

 

「……なんで、先輩はわたしに優しくしようとするんですか……」

 

「……別にお前がどうでもいいってほど嫌なわけじゃないからな、俺は……。もしそうだったら今日も一緒に出掛けてねぇよ。俺の中では、最近の奉仕部の景色にはお前も含まれてんだよ。だから……」

 

こんな、好きと言われているわけでもない、ただ否定されていないというだけで救われた気分になる。

 

やっぱり、これは麻薬のようなものだと思った。

 

簡単に抜け出せるような気がしない。

 

「先輩、それもしかして口説いて……ませんよね、すいません……」

 

「なんかお前がしおらしいと調子狂うな……」

 

「そんな、今すぐいきなりは、できないですよ……」

 

「……一回しか言わねぇからな。俺は、お前を可愛い後輩だと思ってる。たぶん、雪ノ下も、由比ヶ浜もだ。だから、気にせず遊びにこい」

 

「そう……なん、ですか……」

 

「そうだ。なんか気になるなら雪ノ下とか由比ヶ浜にも話してみろ」

 

「……はい。あ、あの、わたし、振られましたけど……。先輩のこと、まだ好きでいても、いいんですか?拒絶とか避けられたりとか、しませんか?」

 

「いいかと聞かれてもな……それは俺が決めることじゃねぇし……。とりあえず、今までみたいな感じなら、避けたりはしない……と思う」

 

……そりゃあ、自分が振った相手から今まで以上にベタベタされても困りますよね。

 

となると、わたしは今まで通りやれれば大丈夫……ってことなのかな。

 

「そろそろ、寝るか」

 

「……はい」

 

先輩はわたしからマグカップを受けとると、机に置いて電気を消した。

 

部屋が暗闇で満たされ、先輩の姿がおぼろげにしか見えなくなる。

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい、先輩」

 

時計の秒針が動く音だけが聞こえる。

 

寝る前に、一つだけ聞いておこうと思った。

 

今なら聞ける。今しか聞けないかもしれないから。

 

「……先輩」

 

「なんだ、もう寝ろよ」

 

「ひとつだけ……。先輩は、どっち、なんですか?」

 

具体的な言葉は何も含んでいない、曖昧な質問。

 

でも先輩は、これでちゃんとわかるはず。

 

「……わかんねぇんだよ。本当に……」

 

「そうですか……」

 

先輩の声は弱々しく、自信が感じられない。

 

まだ決めかねている、そういうことなんだろうか。

 

だとしたらこれ以上の質問に意味はない。

 

もうやめて寝ようとすると、先輩が口を開いた。

 

「……俺は、もう失いたくない。あの光景を」

 

「でも、先輩……」

 

何も選ばないというのは、たぶん無理ですよ。

 

ずっとこのままなんてことは、ないと思いますから。

 

そう伝えようとしたけど言葉にはできなかった。

 

でも、言葉にしなくても伝わっていた。

 

「……そんなのは、わかってんだけどな……。でも、まだ問題が残ってるから……今は……」

 

「わかりました……。すいませんでした。おやすみなさい」

 

わかってなかったけど、話を打ち切った。

 

問題ってなんだろう。

 

でもそれを聞けるほど、今のわたしは先輩たちと近くない。

 

先輩には、今日一歩だけ近づけたかもしれないけど。

 

結衣先輩と雪ノ下先輩とはまだ何も話していない。

 

なら、わたしは。

 

わたしから、二人に近づくようにしないと。

 

ちゃんと話すんだ。

 

何度もそうしてきたから、きっと今の先輩たちがあるんだ。

 

わたしも、もう一度勇気を出さないといけない。

 

そこへ近づくために。

 

小さな決意を心の中で済ませ落ち着いてくると、さっき先輩に振られた寂しさがまた表に出てきた。

 

可愛い後輩だって言われたことは嬉しいですけど、やっぱりわたしはそんなんじゃ嫌です……先輩。

 

先輩の、たった一つの特別になりたい。

 

叶わぬ願いが捨てきれず、涙が浮かぶ。

 

目尻から溢れた涙は、目の横をまっすぐに流れもみあげの辺りを濡らした。

 

悔しいから、先輩の部屋に何か残していこう。

 

そう思ってわたしはうつ伏せになる。

 

そのまま先輩の枕に顔を押し付けて、声を出さずに泣いていると、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

【わたしは2】

 

翌日になっても問題なく歩ける程に足は回復してなくて、結局タクシーで帰ることになった。

 

泊まった意味ないじゃないですかー……とも思ったけど、進展……進展でいいんですかねーあれは……。

 

違うかな、変化、はあった。

 

わたしの気持ちは受け入れられることはなかったけど、知ってもらうことはできた。

 

そしてその上で、奉仕部にまた遊びに行ってもいいと言われた。

 

葉山先輩のときにも言った、この敗北は布石ですという一連の発言。

 

あれは半分はあざといわたしが言わせた負け惜しみだけど、半分は本気だったりする。

 

恋愛というのは意識させたほうの勝ちだとわたしは思っている。

 

意識させることができたら、こちらのなんでもない行動にも相手が勝手に意味を持たせて解釈してくれるから。

 

だから、わたしは泣いてる場合じゃないんです。

 

まだ好きなんだから、簡単に諦めたりはしませんよー、先輩。

 

それと、もう一つやらないといけないことがある。

 

結衣先輩と、雪ノ下先輩ともちゃんと話さないといけない。

 

先輩たちと、あそこに引け目を感じることなくいれるようにするために。

 

わたしの憧れがそこにあって、これからどうなるのかを見届けるために。

 

わたしがそうすると決めた。

 

結衣先輩とか雪ノ下先輩に嫌がられたらと思うと怖いけど……がんばらなきゃ。

 

☆☆☆

 

月曜になってから朝すぐに病院へ行き、捻挫の治療をしてから学校に向かった。

 

腫れはもう大分引いていたし、テーピングで固定してもらってからはなんとか歩けるぐらいになった。

 

お昼休みになり、部室へ向かっている結衣先輩を見つけることができたので声をかける。

 

「結衣先輩、ちょっとだけいいですか?」

 

「うんいいよー。あれ、いろはちゃん、足どうしたの?」

 

「あ、ちょっと捻ってしまいましてー。もうよくなってきてますけどね。じゃあ生徒会室に来てもらえますか?」

 

「なになに、重要なこと?」

 

「まぁちょっと、そんな感じですかねー」

 

曖昧な言葉でぼかしながら、二人で生徒会室に向かった。

 

立っているのは辛いので、わたしは椅子に座る。

 

「結衣先輩も座ってください」

 

「はーい、なんの話かな?」

 

結衣先輩は気楽に足をブラブラさせている。

 

わたしが話すことを聞いたらどんな反応をするんだろう。

 

「わたし、この前先輩に告白しました」

 

「えっ?先輩って……ヒッキーのこと?」

 

「はい、比企谷先輩です」

 

比企谷先輩って言ったの初めてかも。

 

結衣先輩は目を見開いて驚きの表情を浮かべている。

 

「え、あー、いろはちゃんも、そうだったんだ……。あの、葉山君は?」

 

「葉山先輩は……かっこいいなとは思うんですけど……。好きとは違うかなって、結構前に……」

 

「そっか……」

 

結衣先輩は横を向いて黙り込んでしまった。

 

「……聞かないんですか?」

 

「こ、怖くて……。オーケーだったら、どうしようかって……」

 

弱々しい声は話すほどに小さくなって、最後には消えそうになっていた。

 

結衣先輩も怖いんだ……。

 

わたしからすれば、わたしが選ばれないことはわかりきっていたのに。

 

「そんなわけないじゃないですかー……。わたしもわかってましたけど、当然のように振られました」

 

「そ、そっか。いろはちゃんは、辛く、ないの?」

 

「辛いです、それは……でも諦めたわけでもありません。結衣先輩は、どうなんですか?」

 

「どうって……。そりゃヒッキーは好きだけどさ……ヒッキーにお似合いなのは、ゆきのん、だと、思ってるから……」

 

「……どうして、ですか?」

 

「あたしはこんなだからさ、ヒッキーの支えには、なれないんだ。ゆきのんみたいに、並んで立って、一緒に傷付く、みたいな覚悟はできないの、あたし。だから、だよ」

 

支えるとか、一緒に傷付くとか。

 

先輩のことを想う、その気持ち自体はわたしと同じだけど、その思いの丈の大きさはわたしとは比べ物にならない気がした。

 

同時に、そんなにも先輩を想える結衣先輩に、醜い嫉妬のような、劣等感のような感情が一瞬頭をよぎった。

 

だから、少し意地の悪い聞き方をしてしまった。

 

「結衣先輩は、それでいいんですか。そんなに簡単に、諦められるんですか?」

 

結衣先輩は悲しそうに俯いて、首を横に振った。

 

「ううん、そんなわけ、ないよ……。あたしはそんなに聞き分けよくないし、卑怯だから……。たぶん、選ばれなかったら、嫉妬とかしちゃうと思う」

 

結衣先輩はなんでそんな風に、自分の嫌だと思っているところをわたしに話せるんだろう。

 

それを隠したくて、人に見られたくなくて、ずっと作り物を見せてるような人もいるのに。

 

「でもね、あたしは……ゆきのんのことも、同じぐらい大切だから。ゆきのんを悲しませてまで、そんな風にはなりたくない、かな……。

 それにさ、決めるのはヒッキーだから。ヒッキーの選んだことなら、あたしは受け入れる、つもりだよ」

 

とても悲しそうな顔なのに、とても静かな声なのに。

 

結衣先輩の目と、その声からはしっかりとした決意が感じ取れた。

 

「やっぱり……わたしは、先輩たちの中には入れそうにないですねー……」

 

「え?いろはちゃん、奉仕部入りたいの?」

 

「あ、いえ、んー?そう、なんですかね……」

 

先輩たちと一緒にいたいとは思ってたけど、そう考えたことはこれまでなかった。

 

わたしが、奉仕部……。

 

それも、ありなんですかね?

 

「あたしにはそれを決める権限ないから、ゆきのんに聞いてみたら?それにもしダメでもさ、今までみたいに遊びにくればいいんじゃない?」

 

「え?あ、いや、結衣先輩は嫌じゃないんですか?わたしが、その、あそこにいたら邪魔、とか……」

 

「なんで?いろはちゃんは友達じゃん。そんなこと思うわけないよ。あ、下級生で友達って変なのかな?じゃあ、可愛い後輩?でいいじゃん」

 

結衣先輩は本当に、素直で、純粋で、どこまでも優しい。

 

わたしには到底真似のできない、包み込むような暖かさがある。

 

こんな人に、こんなにも想われる先輩は、きっと幸せ者ですよ。

 

「ありがとうございます。すごく、嬉しいです……」

 

「でもさ、いろはちゃんって勇気あるよね。生徒会長もだし、イベントの時とかも。今だって……言いにくいこと、話してくれたし」

 

「あー、なんというか、そのー……最近わたしを見失いつつあります。というかこれが本来のわたし、なんですかねー?

 あと、そうしないと先輩たちと一緒にいられない、と思ったもので……」

 

「あははっ、よくわかんないけどさ、あたしはちゃんと言ってくれて、嬉しかったよ。ありがとね、いろはちゃん」

 

ニカッという音がしそうな程の、底抜けに明るい笑顔をわたしなんかに向けてくれる。

 

やっぱり、素敵な人です。結衣先輩。

 

「なんか、奉仕部が先輩を取り巻く会みたいになっちゃってますねー……」

 

「ていうかね、あそこは……ヒッキーのこと好きな人しか、いられないと思うよ」

 

「確かにそうですねー。あんな人、好きでもないと一緒にいたくないですよねー」

 

「そうそう、あんなめんどくさい人なんか、好きでもなきゃ付き合ってらんないよ」

 

二人で顔を見合わせた瞬間、ぷっと吹き出す。

 

「あ、もう行かないとご飯食べる時間なくなっちゃう!じゃあねいろはちゃん、また放課後に」

 

「はい、ありがとうございましたー」

 

わたしに軽く手を振ってから、小走りで去っていった。

 

結衣先輩は自分のことを卑怯だって言ってましたけど。

 

ほんとに卑怯です。

 

わたしも、結衣先輩を悲しませてまでって気持ちになっちゃうじゃないですか……。

 

☆☆☆

 

放課後になって若干緊張しながら奉仕部へ向かっていると、副会長から声をかけられた。

 

明日の放課後に打ち合わせたいことがあるから、生徒会室に来て欲しいらしい。

 

久し振りの生徒会の仕事ですし、忘れないようにしないとですね。

 

「こ、こんにちはー」

 

「こんにちは」

 

奉仕部の扉を開けると、中にいたのは雪ノ下先輩だけだった。

 

あれ、二人がいないって珍しいですね。どこ行ったんだろ?

 

由比ヶ浜さんと比企谷君なら少し遅れるそうよ。平塚先生に呼ばれたらしいわ」

 

二人を目で探したからだろうか、雪ノ下先輩が頭の中の質問に回答してくれた。

 

「そ、そうですかー……わたし、ここにいてもいいですか?」

 

「別に構わないわ」

 

奉仕部のわたしの椅子に座る。

 

前までのわたしなら雪ノ下先輩しかいない場合は、ここに残ることを選択しなかったと思う。

 

雪ノ下先輩はちょっと怖いし、気まずくなりそうだから。

 

けど、雪ノ下先輩と二人になれた今はきっとチャンスだ。

 

先輩たちのように大袈裟なものじゃないけど、わたしも雪ノ下先輩に一歩踏み込むんだ。

 

雪ノ下先輩は本から目を離さない。

 

けどチラチラとわたしが見ていることに気がついているようで、雪ノ下先輩から話しかけてきてくれた。

 

「私に、何か話があるのかしら」

 

「え、あ、はい。ちょっと、聞いてほしいことが……あるかなーなんて」

 

「どうぞ」

 

意を決して、息を飲み込む。

 

「わたし、この前先輩に、告白しました」

 

雪ノ下先輩の動きが一瞬止まり、それからゆっくりと顔がこちらに向く。

 

「そう……。やっぱり、そうだったのね」

 

「やっぱり、ですかー。わたしバレバレだったんですね……」

 

「葉山君のことが本当に好きなら、そっちに顔を出すのが普通じゃないかしら。あなた、ほとんど奉仕部にいたじゃない」

 

「それはそうですねー……。でもわたし、それだけで奉仕部に来てたわけでもないですよ」

 

「どういうこと?」

 

「わたし先輩のこと好きですけど、雪ノ下先輩も、結衣先輩も好きです。というか三人の関係が、奉仕部が好きなんです。わたしの……憧れ、なんです」

 

「……あなたが思うほど、私達はいいものではないわ……。内心では何を思っているかなんて、わかり合えないもの」

 

「それでも、わかり合おうとしてるじゃないですか。適当で誤魔化さずに。それがわたしの憧れなんです。もっと近くで、見てたいんです」

 

「そう……それで、比企谷君はなんて?」

 

「あ、それは見事に振られちゃいました……」

 

「彼も贅沢になったものね。一色さんの何が不満なのかしら」

 

「えー、雪ノ下先輩、それ嫌味ですかー?」

 

「い、いえ……そんなつもりは……」

 

「先輩が見てるのは、雪ノ下先輩と、結衣先輩だけですよ。わたしなんかじゃ、三人の間には入れないってことです……。雪ノ下先輩は、どう思ってるんですか?」

 

「私は……好きとか、よくわからないわ……。それに好きだったとしても、私では……。比企谷君に相応しいのは、由比ヶ浜さんのような人だと思うわ」

 

「ちなみに、それは……どうしてですか?」

 

「私は由比ヶ浜さんのように、優しく寄り添って支えてあげることなんて、できないから……」

 

「雪ノ下先輩は、それでいいんですか?」

 

「いいもなにも、選ぶのは私じゃないわ。受け入れるしかないもの。それに……」

 

「それに?」

 

由比ヶ浜さんは、私の唯一の、大切な、友達だもの……。彼女を悲しませることなんて、私はもう……したくないわ」

 

雪ノ下先輩も、なんですね。

 

結衣先輩と同じこと言ってますよ。

 

二人とも嘘をついているようには見えない。

 

なんでこの人たちは自分のことを第一に考えないんだろう。

 

なんで相手のことを第一に想えるのだろう。

 

お互いがお互いのことを想い合っている。

 

けどそれ故に、お互いが動けずにいる。

 

なんて優しくて、美しくて、悲しい関係だろう。

 

先輩は、あの光景を失いたくないと言った。

 

結衣先輩は、お似合いなのは雪ノ下先輩だと言った。

 

雪ノ下先輩は、相応しいのは結衣先輩だと言った。

 

お互い想い合っているが故に何も手に入らないとしたら。

 

それはまるで、この前の賢者の贈り物のお話みたいだ。

 

でもあのお話は、最後にお互いが想い合っていることを再確認できた、というお話だと思う。

 

だったら先輩たちも三人で、お互いが想い合っているということを、はっきり確認できる日がくるのかもしれない。

 

何よりも大切なものは、三人とも既に持っているのかもしれない。

 

妬けちゃいますよ、こんなの……。

 

わたしも、この中に入りたかった。

 

一年早く生まれていたら奉仕部との繋がりはなかったかもしれないけど。

 

その一年に果てしない時間の重みと隔たりを感じる。

 

もっと早く、先輩たちと出会いたかった。

 

どうにもならないことだってわかってるけど。

 

あのときのこの部屋に、わたしもいたかった。

 

「なぜ泣いているの?」

 

気がつけば目から一筋の涙が流れていた。

 

「先輩たちが、羨ましくて……寂しくて、悔しくて……」

 

「よくわからないわ……」

 

「いいんです、先輩たちはわからなくても。わかりますから、きっと。あの、雪ノ下先輩」

 

涙を袖で拭って、まっすぐ雪ノ下先輩に向き直る。

 

どうしても、言いたい。

 

「なにかしら?」

 

「わたし、雪ノ下先輩の二人目の友達になれますか?」

 

「それは無理ね」

 

即答された。

 

「はい……調子に乗りました申し訳ありませんでした……」

 

「あなたは友達じゃなくて、その……初めての、可愛い後輩だもの」

 

ほんとですね、先輩。

 

わたし、結衣先輩にも、雪ノ下先輩にも、同じこと言われちゃいました。

 

三人で同じこと言わないでくださいよ、まったく。

 

「あ、あの。じゃあその可愛い後輩から、お願いが一つあるんですけどー……」

 

「自分で言ったら可愛くない後輩になるわよ。何かしら」

 

「わ、わたしも奉仕部に、入りたいなー、なんて……」

 

「それも無理ね」

 

また即答された。

 

やっぱりわたしはただの部外者ですよね……。

 

「で、ですよねー。わたしなんか全然そんな感じじゃないし、似合いませんよねそんなの……」

 

「いえ、そうじゃなくて、その……。一色さんは生徒会長なのだし、サッカー部のマネージャーもあるでしょう。だから……」

 

雪ノ下先輩は恥ずかしそうに俯いてしまった。

 

「……でも、生徒会で何もない暇なときなら……。たまに遊びにくるのは、別に構わないわ」

 

再びこちらに顔を向け、少女のような柔らかい笑顔で話す。

 

雪ノ下先輩って、こんなに優しい笑顔、できるんだ。

 

きっと、先輩たちはこの表情を知ってるんだろうな。

 

女のわたしですら見とれてしまう。

 

……わたしは、先輩たちにはやっぱり敵わないかも。

 

とても素敵な人ばかりで、紛い物のわたしには眩しすぎる。

 

おそらく、先輩たちしか見ることのできない雪ノ下先輩の表情。

 

それをわたしにも向けてくれたことが嬉しくて、おもわず雪ノ下先輩に抱きついてしまった。

 

「雪ノ下先輩やさしー、かわいいー、大好きですっ。ありがとうございますー」

 

「ちょっと……暑苦しいから離れてもらえるかしら……」

 

迷惑そうな顔をして押しのけようとしてるけど、その手に力はあまりこもっていない。

 

「あはっ、雪ノ下先輩って、先輩とやっぱり似てるところありますね」

 

「あんなのと一緒にしないでもらえるかしら……酷く不愉快だわ」

 

そう言う雪ノ下先輩の顔は、どこか嬉しそうで。

 

しばらくの間、雪ノ下先輩にくっついて押し問答をしていた。

 

雪ノ下先輩とこんなことができるなんて。

 

わたしから踏み込まないと、こんなことにはならなかったんだろうな。

 

ひとしきりくっついて満足したので、雪ノ下先輩から離れる。

 

「紅茶……飲む?」

 

「はい、いただきます」

 

紅茶を淹れてくれるのを静かに待っていると、結衣先輩と先輩がやってきた。

 

「やっはろー!」

 

「うーす」

 

「こんにちはー先輩」

 

「こんにちは」

 

入ってきた結衣先輩は何故かものすごく上機嫌で、楽しそうにニコニコしている。

 

先輩は先輩で、にやにやしながらわたしと雪ノ下先輩に視線を送る。

 

おや、これは一体……。

 

どこからかは知りませんけど、聞いてましたかね……?

 

まあ、わたしには嬉しいことしかなかったし気になりませんけど、雪ノ下先輩はどうなんでしょう?

 

「……何かしら、その卑猥な目は。訴えられる前にやめておいたほうが身のためよ」

 

「なんだよ目が卑猥って……俺目潰すしかないの?別になんでもねぇよ」

 

「そうそう、なんでもないなんでもなーい」

 

結衣先輩はご機嫌な笑顔を崩さない。

 

「はぁ……この部屋の扉、防音にしてもらおうかしら……」

 

「それ、ある!」

 

雪ノ下先輩が俯いてぽつりと呟くと、先輩も誰かの真似をしながら同意する。

 

だ、だめですよ!

 

盗み聞きだけど、あれを聞いていなかったらわたしは今、きっとこうしていないんですから。

 

「い、いいじゃないですかーこのままで。じゃないとわたしもあれ、聞けなかったわけですし」

 

「お前、それ忘れてくれつっただろ……」

 

そんなの、できるわけないじゃないですか。

 

「いろはちゃん、あれって何?」

 

そういえば結衣先輩と雪ノ下先輩はわたしが聞いていたのを知らないんでしたね。

 

言ってもいいかどうか先輩に目で聞いてみたけど、目を逸らされてしまった。

 

……じゃあ、言っちゃいますよ?先輩。

 

「あ、あー……あれです、ほら……」

 

結衣先輩と雪ノ下先輩に顔を近づけて耳打ちをする。

 

「あー、なるほど……」

 

「あなたも聞いていたのね……」

 

二人は納得した様子で先輩に向き直ると、自信満々に言い放つ。

 

「きっと一生忘れないよ、ヒッキー」

 

「そうね、一生覚えておくわ」

 

「ですよねー。だそうですよー、先輩」

 

「三人結託してお前ら……鬼畜かよ……」

 

ぷいっとそっぽを向く先輩を見て、三人の笑い声が部室に響く。

 

この部屋はやっぱり、優しくて、暖かい。

 

わたしの憧れの場所。

 

心から笑いながら、胸の内で密かに先輩たちに尋ねる。

 

今のわたしは、あの時の扉一枚向こう側へ、近づけていますか?

 

☆☆☆

 

わたしは先輩たちと一人一人話して、それぞれの思いを聞いた。

 

もっと早く進展させるだけなら、三人を集めてわたしがそれぞれから聞いたことを話せば、なんらかの変化はするのかもしれない。

 

けどそんな野暮な真似はしたくないし、それに、先輩たち自身もずっとこのままでいられないことはわかってる。

 

結衣先輩も、雪ノ下先輩もいつか決断する。

 

そして先輩もきっとはこれから先、何かを選ぶ。

 

結衣先輩か、雪ノ下先輩か、どちらもか、どちらも選ばないか。

 

その時奉仕部がどう変わるかはわからないけど、ひとつだけわたしが自信を持って言えることがある。

 

先輩たちが何を選んでも、三人の繋がりはきっと切れない。

 

だから、わたしにもそれを、その行く先を見せてください。

 

わたしが選ばれないことはわかってますけど、わたしの信じたものが、憧れたものがちゃんとそこにあって、正しいんだということを見せてください。

 

こんなの、やっぱりわたしらしくないかな?

 

ううん。

 

わたしがみんなに好かれたくて愛嬌を振りまくのも、好かれようとした結果嫌われたりするのも、振り向いてくれなさそうな人を追いかけるのも、先輩たちに憧れるのも。

 

全部、わたし。

 

だから、振り向いてくれなくても、三人の間に入れなくても、もう少しだけ追いかけて、傍にいさせて欲しいんです。

 

でもね、先輩。

 

わたし思うんですけど、本物って、今見てるそれだけとは限らないんじゃないですか?

 

いろんな形があってもいいと思うんですよね。

 

ふと後ろを振り返ってみたらそこにもあった、なんてのも十分考えられるじゃないですか。

 

そこにわたしがいられたら、なお良いですけどね。

 

自分にばかり都合のいい想像を、少しだけ自重して諌める。

 

でもまぁ、先は長いんです。

 

奉仕部が、高校生活が全てじゃないし、大学、社会人、まだまだあるんですから。

 

結衣先輩、雪ノ下先輩。

 

あんまりもたもたしてると、なんでもないと思っていた可愛い後輩が、後ろからさらっていっちゃうかもしれませんよ?

 

そんな考えはわたしの心の片隅で、今も生き続けている。

 

やっぱりわたしはわがままで、いろんなことが諦めきれない。

 

でもこれが、きっと、わたしなので。

 

あ、このことだけはもう諦めちゃいましたね。

 

こんなわたしでも、許してくれて、見てくれて、認めてくれる人がいるから。

 

わたしは嘘臭い愛嬌を携えて、今日も部室の扉を開けることができるんです。

 

「こんにちはー」

 

「やっはろー、いろはちゃん」

 

「こんにちは」

 

「うす。てかなんで用もないのに来んのお前……」

 

いつもみたいに文句を言ってくれる先輩だけに。

 

他の二人から見られないように。

 

今のわたしに出来る、精一杯のあざとい笑顔を向ける。

 

「まぁ、別に何も用がなくてもいいじゃないですかー、せーんぱい」

 

先輩は言葉をなくして顔を逸らしてから、俯いて本を読む格好に戻った。

 

何になのかはよくわからないけど、今回は勝った気がする。

 

わたしの椅子につき、静かで幸せな時間に身を委ねる。

 

んー、何か忘れてるような……。

 

あ、副会長に生徒会に呼ばれてましたね、そういえば……。

 

でもまあ、いっか。

 

この部室は暖かいし、居心地もいいから。

 

もう少しだけ、ここで先輩たちを見てよっと。

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

一色いろはは諦めきれない

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432214701/