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雪乃「比企谷くんの誘いなのだから….あなたの好きなようにしていいわよ」3/4【俺ガイルss/アニメss】

 

 京成津田沼から千葉線に乗った。

 

 ちょうど今まさに雪ノ下がやっているように千葉線総武線と寄り添うように千葉方向へ並行して走っている。

 

 

 っていうか、くっつくなよ。

 

 時折ガタンと揺れると鼻腔をくすぐるようないい匂いが右側から漂ってくる。

 

 何この我慢大会? 俺の理性を保つのがつらすぎるんだけど。

 

 

 ただいま4駅千葉寄りの駅に向かっている。

 

 この辺りは総武線から少し海側へと離れていく。

 

 決して京葉線とは交わらないが、少しずつ距離を縮めながら千葉へと向かっていく路線だ。

 

 

 俺は今、雪ノ下の紅茶とケーキの両方とをおいしくいただく秘策を練り上げ目的地へと移動しているのだ。

 

 

「雪ノ下着いたぞ」

 

 俺の言葉に反応し、ようやくもたれかかるのをやめる。

 

 

「えっ……、ここは!」

 

 まさかのまさか、そのまさかだよ。

 

 俺は不敵な笑みを浮かべると、

 

 

「はぁー……。その腐った目で、その笑い……。あなた本当に小悪党ね」

 

 こめかみに手を当て俯いたかと思うと、再び顔をあげ千年の恋も冷めたかのような目でジトっと睨んできたのであった。

 

 

 ドアが開いた。

 

 俺は先に立ち、雪ノ下はため息をつきながら俺のあとに続く。

 

 

 あれっ……。

 

 俺のコートの袖が引っ張られないのだけど、なぜ?

 

 

「ほら、雪ノ下」

 

 頬を染めながら手を差し伸べるが無視。

 

 おいおい、さっきまでの雪ノ下はどこに行ったんだよ。

 

 軽くショックを受けてしまう。

 

 

「そんなに俺の腐った目が嫌なのか?」

 

 

「ち、違うわ……。だって、その……、こんなところで……」

 

 急にもじもじし始める。

 

 

「だ、誰かに……見られたら……」

 

 もどかしい。

 

 

 えいっ!

 

 雪ノ下に一歩にじり寄りむりやり手を握る。

 

 

「あのなぁ、さっきボウリング場であれだけの大立ち回りをしたんだ。もうとっくに誰かに見られただろうよ」

 

 俺も雪ノ下と同感なのだが、この小さくて温かなぬくもりのある手の感触にもう病みつきになってしまったのだから仕方がない。

 

 強引に手を引いて、改札口へと向かった。

 

 

 雪ノ下と手をつないだまま改札機に財布をかざす。

 

 もうこのまま行ってしまえ!

 

 

ピーーーーーーッ……。

 

 

 えっ……?!。

 

 俺の財布の中のペンギンさんは、腹を空かして甲高い声で叫んだ。

 

 チャージするの忘れてた……。

 

 

 その瞬間、ジトっとした目を向けた雪ノ下は手を放すなり素早く後ずさり、それきりもう二度と手を繋いでくれることはなかった。

 

    ×   ×   ×   × 

 

 駅の近くでケーキを2つ購入すると、バスに乗り込んだ。

 

 一番後ろに陣取ったが、雪ノ下は反対側の角に座った。

 

 まぁ、さっき強引に手を繋いだ挙句、改札で恥をかかせたのだからへそを曲げても致し方の無いことだろう。

 

 こうしてついてくる意志があるのだから、そこまでは怒ってはいないのだろう。

 

 互いに反対方向の景色を見ながら終点までバスに乗った。

 

 

 バスを降りると雪ノ下が間をあけてついてくる。

 

 

「比企谷くん……、一体あなたここで何をする気?」

 

 雪ノ下が訝しげに訪ねてくる。

 

 話しかけてくるくらいだから、特に何かに怒っていたわけではないようだ。

 

 

「まぁ、見てなって……」

 

 

「比企谷、いったい何をしに来たんだ。それと学校に来るときは制服で来たまえ」

 

 そう、やって来たのは総武高だ。

 

 無断で学校に侵入するわけにはいかないので、平塚先生に一応断りを入れに来たのだ。

 

 

「ところで、あんなに学校嫌いの君が冬休みに自分からのこのこやってくるだなんて、いったいどういう風の吹き回しだ。まさか、クリスマスイブにこの私に逢いたくなったのか?」

 

 にこっと微笑むとやっぱり美人なのだが、普段はちょっと残念すぎる。

 

 でも、そんな笑みを見せられると恥ずかしくて直視できない。

 

 

「いいえ、先生とは年齢が……」

 

 

 次の瞬間、目にもとまらぬ速さで打ち出された一撃で俺はうずくまってしまった。

 

 

「……ところで、今日はいったい何をしに来たんだ」

 

 平塚先生の目は生徒指導の教師の目になっていた。

 

 

「部室の鍵を借りに来ました……」

 

 部室で何をするんだと聞かれたらなんて答えようかと考えていると、意外にもそれ以上理由は聞かれなかった。

 

 

「そうか……、君は今日のパーティーに声をかけてくれたものな」

 

 そっと頬に手を添えてくると、じっと俺の目を見てからにっこりとした。

 

 俺は自分でもみるみる紅潮しているのがわかった。

 

 しかし、照れ隠しに目を背けるのが何だか悪い気がして、温かいまなざしを送ってくる先生の顔を見つめていた。

 

 

「君も雪ノ下も互いに惹かれ合うのも訳はないな……」

 

 そう言うなり、手をそっと放した。

 

 

「比企谷、30分だけだぞ。私も一度家に帰ってから準備をしないといけないからな」

 

 

 平塚先生に一礼をすると、その場を辞した。

 

 

「よう、お待たせ」

 

 

「比企谷くん、その皿とフォークは……」

 

 

「ああ、家庭科室から失敬してきた」

 

 

「あなたって人は……、まったく……」

 

 こめかみに手をやっているが、声は弾んでいる。

 

 

「さぁ、部室に行くぞ」

 

 俺もとびきり弾んだ声で言ってやった。

 

 

「ええ」

 

 雪ノ下も負けじと、とびきりの笑顔で答えた。

 

    ×   ×   ×   × 

 

 数日ぶりの部室だ。

 

 冬季休業中とあって暖房も入っておらず肌寒い。

 

 

 雪ノ下はカップを用意し、持参した魔法瓶から残りの紅茶を注ぐ。

 

 俺も買ってきた苺ショートを皿に乗せフォークを添えた。

 

 

 たったそれだけの準備が終わると、ふたりだけのティータイムの始まりだ。

 

 

 時々、目を合わせては反らしを繰り返すだけのひととき。

 

 そういえば、ふたりとも「いただきます」以外の言葉を発していない。

 

 

 ただただ、静かに時間を過ごしていた。

 

 

「……雪ノ下、これ……クリスマスプレゼントだ」

 

 こう沈黙を破ると、小さな包みを手渡した。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 上目づかいでチラチラと俺の顔を窺い見ながら、恥ずかしそうに受け取ってくれた。

 

 

「中を見てもいいかしら?」

 

 

「ああ」

 

 

 雪ノ下は中身を一瞥すると慈しむように頬ずりすると早速手にはめてくれた。

 

 雪の結晶があしらわれた毛糸の手袋だ。

 

  

「本当はスエードの手袋にしようか迷ったけど、お前のマフラーを見てこっちの方がいいと思ったんだ」

 

 

「ええ。こちらの方がいいわ。マフラーの柄と合っていて気に入ったわ」

 

 満面の笑みを浮かべた雪ノ下は、片目をつむり、そして小首をかしげた。

 

 口元は緩み、フフフ……と声が漏れた。

 

 

 俺はこそばゆさを感じながらもその顔をじっと見つめた。

 

 

「私も比企谷くんにプレゼントがあるの」

 

 小さな包みを渡された。

 

 その包みからは柔らかな感触がした。

 

 

 中身は手編みの手袋だった。

 

 それは、この前貰ったばかりのマフラーとお揃いのものだった。

 

 

「雪ノ下、ありがとう」

 

 冬休みに入ってこの数日間、俺のために時間を割いて付き合ってくれた雪ノ下。

 

 家に帰ってからも俺のために編んでくれていたのかと思うと感慨深い。

 

 

 壊れ物に触れるかのようにそっと手にはめると思わず目頭が熱くなってきた。

 

 

「マフラーとは勝手が違ってなかなか納得がいく仕上げになるまで時間がかかったけど、プレゼントできてよかったわ」

 

 

 俺につられてしまったのか、雪ノ下も目を潤ませていた。

 

 

 いつもなら、ここで熱い視線を口づけのように交し合うところだ。

 

 でも、もうこれだけでは満足できない。

 

 俺と雪ノ下の関係を隔てる最後の壁を壊したい。

 

 

 俺はそっと手袋をはずし、立ち上がった。

 

 雪ノ下もそれに呼応し、手袋を外すと俺に相対するように立ち上がった。

 

 

 ふたり静かに互いの目を見つめ合ったところで、俺は言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「雪ノ下……」

 

 

「はい……」

 

 

 互いに目を見つめあったままだ。

 

 

「俺は雪ノ下雪乃が好きだ。大好きだ。……俺は雪ノ下雪乃のことを愛している」

 

 

 静かに一語一句ゆっくりとかつはっきりと雪ノ下に伝わるように告げた。

 

 雪ノ下の目に湛えられた涙は今にもこぼれ落ちそうになっている。

 

 その涙が黒く澄んだ瞳を大きく揺らしている。

 

 俺の気持ちは十分に伝わったはずだ。

 

 

 最後の一言を再び紡ぎだす。

 

 

「俺と……付き合ってください」

 

 

 雪ノ下は涙をこぼすまいと懸命にこらえている。

 

 

 そして、瞳に最後の力こめ、返答を返してくれた。

 

 

「私もあなた、比企谷八幡のことが好きです。私も比企谷八幡のことを心から愛しています。こんな、 ……こんな私で良かったら、あたなの恋人にしてください」

 

 

 こう言い終えた瞬間、堰を切ったように雪ノ下の涙がこぼれ始めた。

 

 

 そして、俺の胸に雪ノ下が飛び込んできた。

 

 

 俺は懸命に雪ノ下の小さな体を受け止めて、強く引き寄せた。

 

 

 それから、雪ノ下の手が背中に回ったのを確認するとギュッと抱きしめた。

 

 

 俺の胸で嗚咽を漏らす雪ノ下を見つめる。

 

 

 - ようやく、言葉で互いの気持ちを伝えあうことができた。

 

 

 そんな成就感から俺の目からも熱いものがとうとうこぼれだした。

 

 

「……雪乃、愛してる。愛してるよ雪乃……」

 

 

「八幡、八幡、……大好き。愛してる……」

 

    ×   ×   ×   ×  

 

 いつまでもこうしていたかったが、約束の30分が迫ってきた。

 

 ふたりで慌ただしく後片づけを終えた。

 

 

 俺は鍵をかける前にガラス戸の向こうをもう一度覗いた。

 

 

 広い教室の中に椅子と長机がぽつねんと置かれただけの無機質な空間。

 

 雪ノ下と出会ったのは、桜の舞い散る頃だった。

 

 

 互いの第一印象は最悪。

 

 口を開けば、一触即発どころか即勃発の口喧嘩。

 

 平塚先生も心配になってすぐに様子を見に駆けつけてくれたな。

 

 

 でも、俺はすぐに雪ノ下雪乃の生き方に魅せられ、憧れた。

 

 雪ノ下はいつの頃からか俺に信頼を寄せてくれるようになった。

 

 

 そして、今日ついに恋人同士になった。

 

 

 この無機質な部室での一見何ら意味のない無駄に感じる時間の中で、互いに相手に対する想いを醸成し、花咲かすことができた。

 

 この部室がなければ、比企谷八幡雪ノ下雪乃の時間は始まらなかったのだろう。

 

 

 そう、俺はその時間を始めたくて、あの日ボウリング場で想いを伝えようと決心し、その時間をいつまでもいつまでも永い時間をかけてふたりともに歩んでいきたいと決意したのだ。

 

 

 胸の奥から様々な想いが去来し、感無量になった。

 

 

「八幡、何を考えていたの?」

 

 雪乃がくすぐったい笑みを浮かべ、尋ねてくる。

 

 

「いや、なんでもない」

 

 決意のほどはまだ伝えていない。

 

 いや、正しく言うと2人の思いが通じ合ったことに舞い上がってしまい、伝える余裕が自分にはなかったのだ。

 

 

 今はまだ早いか……。

 

 そう思いながら鍵をかけて、ポケットに入れた。

 

 

 そう、その決意を再び胸の中に静かにしまい込むように。

 

 

「雪乃、平塚先生に鍵を返しに行くから、校門の前で待っていてくれ」

 

 そう言って手を繋ぐ。

 

 すぐにその手を離さなければならないのに。

 

 

「はい、八幡。平塚先生につかまらないで、すぐに駆けつけてきてね」

 

 

 ああ、もちろんすぐに行くさ。

 

 

 雪乃のそのとびっきりの笑顔を片時も離したくないしな。

 

 

「なぁ、雪乃……。俺たちが恋人どうしになったことをみんなに伝えないとな」

 

 

「ええ……、みんなには誠心誠意伝えないといけないわね」

 

 その言葉には純粋な喜びだけではなく、不安も入り混じっていた。

 

 それは、俺も同じである。

 

 

 しかし、俺は雪ノ下雪乃とともに歩むことを選んだ。

 

 

 そして、俺の恋人 - 雪ノ下雪乃もまた二人で歩んでいくことを選んだ。

 

 

 ふたり選んだ道のりだ。

 

 苦楽を分かち合ってどこまでも歩んでいくつもりだ。

 

 

 雪乃、心から愛しているよ。

 

 

 - ラブコメの神様、雪乃とようやく結ばれました。今まで本当にありがとうございました。

   これからも俺たち - 比企谷八幡雪ノ下雪乃のことを温かく見守り続けてください。

 

 

「雪乃、そろそろ千葉駅に向かわないか?」

 

 

「ええ、八幡」

 

 平静を装いながら雪ノ下雪乃のことを「雪乃」と呼んでみたが、まだドキドキしている。

 

 どうも「雪乃」と呼ぶたびに鼓動が早くなってしまうのだ。

 

 愛おしい人の名を呼ぶことがこんなにも胸の高まりを止められなくなってしまうものだとは知らなかった。

 

 

 雪乃もちょっと気恥ずかしそうに俺のことを「八幡」と呼んでくれる。

 

 きっと雪乃も同じように感じているのではないのだろうか。

 

 

 俺たち - 比企谷八幡雪ノ下雪乃はこれから由比ヶ浜結衣が企画したクリスマスパーティーに向かうところだ。

 

 

 今日、雪乃への想いが押さえきれなくなってついに告白した。

 

 そして、雪乃とは晴れて恋人同士になった。

 

 ここ一か月の間、なんとなく恋人になったような甘酸っぱい気分で過ごしていたが、言葉にして想いを伝えあうことなくうやむやに過ごしていた。

 

 実際に本当の恋人同士になってみたら、甘酸っぱさとは別の感覚を感じている。

 

 まだ付き合い始めたばかりだからそう感じるだけなのかもしれないが、生まれて初めて経験するこの心地よさは格別だ。

 

 なんというか、その感覚はうまく言葉には表せないが、ドキドキを感じながらも落ち着いた感じを味わえる…… この相反するものがミックスしたような感覚だ。

 

 正式に恋人どうしとして付き合ったことで、俺と雪乃の関係は一つの節目を迎えた。

 

 

 しかし……。

 

 これから解決しなければならないことが一つ残っている。

 

 これを終えて初めて、節目を迎えるのかもしれない。

 

 

 ふたりで手を繋いで京葉線の駅まで歩いた。

 

 今日も部活動は主に運動部で行われているが、まだ活動中なのだろう。

 

 総武高生とすれ違うことはなかった。

 

 もっとも、クラスメートの顔を覚えていない俺が言ったところで説得力はないが。

 

 

 ホームに着くと既に電車はホームから音を立てて出発し、赤いテールライトが遠ざかっていった。

 

 ベンチに腰掛けゆったりと背もたれに体を預ける。

 

 

 雪乃とはさっきから手を繋いだままだ。

 

 その雪乃の小さく白い手からは温もりと一緒に鼓動が伝わってくるような気がした。

 

 きっと雪乃にも同じように伝わっているのだろう。

 

 このまま時が止まってほしい。

 

 

 ずっとこのままふたりきりで……。

 

    ×   ×   ×   ×

 

 京葉線に乗ると、今日がクリスマスイブであることを改めて実感する。

 

 これからデートに向かうカップルや愛しの相手に逢いに行く高翌揚感でもじもじしている姿が見られた。

 

 

 俺と雪乃は相変わらず、言葉を交わさない。

 

 ふたりぼっちになったところで、やっぱりぼっちはぼっちだ。

 

 寄り添いながらも静かに時を過ごすのが心地よい。

 

 

 そんなことを考えていると、肩にちょっとした重みを感じた。

 

 

 雪乃が眠りに落ちたのだ。

 

 そういえば、このマフラーもこの手袋も雪ノ下が編んでくれたんだよな。

 

 きっと昨晩も俺のために遅くまで編み針を握っていたんだな。

 

 膝の上に載せていた手袋を取り上げ、じっと見つめた。

 

 あぁ、この手袋も雪乃と同様にいつまでも大切にしないとなぁ。

 

 再び膝の上に手袋を載せると、そっと雪乃のつややかな髪をひと撫でした。

 

 

 あっという間に降車駅に着いた。

 

 たった一駅だけの乗車。

 

 千葉線に乗れば京成千葉まで4駅ある。

 

 距離はさほど変わらないが、停車時間を考えればもう少し時間を稼げたはずだ。

 

 雪乃に一時の休息もろくに与えられなかったことを心苦しく感じながらも揺り起こしたのであった。

 

 

 ここからタウンライナーに乗り換えた。

 

 2駅進んだら目的地の千葉駅だ。

 

 高架橋の上ではなくその下をぶら下がって進んでいくこのモノレール。

 

 首都高よろしく、くねくねとカーブを曲がっていくので、ちょっとしたスリルを味わうことができる。

 

 しかも千葉駅に近づくにつれてだんだんと高架が高くなっていって、その眺めたるや壮観だ。

 

 

 その千葉駅に着く前に相談して決めておかねばならないことがある。

 

 

「なぁ、雪乃。みんなにはどのタイミングで俺たちのことを話そうか?」

 

 

「そうね……」

 

 いざ、みんなに話すとなると尻込みしてしまう。

 

 「みんな」という曖昧模糊な言葉でオブラートに包むのはやめよう。

 

 由比ヶ浜結衣、彼女は一体どう思うのだろうか?

 

 

 俺、比企谷八幡雪ノ下雪乃由比ヶ浜結衣の3人きりの奉仕部。

 

 今まで俺は由比ヶ浜からの好意に気付かぬふりをしてやり過ごしてきた。

 

 その由比ヶ浜雪ノ下雪乃は友達どうしだ。

 

 雪乃にとっては由比ヶ浜は初めてできた友達でかつ唯一無二の友人である。

 

 俺は由比ヶ浜に隠れて雪乃との愛を育み、正式に付き合い始めた。

 

 このことは3人の間で保たれていた微妙な均衡を打ち破ってしまうことを意味するだけではなく、雪乃と由比ヶ浜との

間にひびを入れてしまうことも意味する。

 

 

 ここまでわかっていながらも雪乃に問うてしまった自分に嫌悪感を感じた。

 

 雪乃は微動だにせず足元の先に視線を落としていた。

 

 

 ガタン……。

 

 ホームの手前のポイントに差し掛かかり車両が不安定に揺れた。

 

 時間切れだ。

 

 奉仕部の先行きも含め由比ヶ浜に関わることは一切何も考えることができず、結局結論は先送りとなった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

 タウンライナーを下車し、待ち合わせ場所へと歩いた。

 

 20分前にたどり着いた待ち合わせ場所にはほかにもデート前の待ち合わせをしている人であふれていた。

 

 今日は初デートなのか、それとも告白しようと思っているのか、赤いバラの花束を持って気合の入っている大学生も遠くに見えた。

 

 雑踏の中を見渡してみるが、見知った顔は一つもない。

 

 

「雪ノ下、どうやら俺たちが一番乗りのようだな」

 

 

「ええ、そうね。比企谷くん」

 

 俺たちは以前の呼び名で呼び合っていた。

 

 さっき解を出すことができなかった以上、クリスマスパーティーが終わるまで2人の関係を公表せず、それまでは普段通りに振舞うよりほかにないからだ。

 

 

 ブルッ……。

 

 コートのポケットの中で携帯が震えた。

 

 

「小町さんからメールかしら?」

 

 なんでそれお前が答えるの?

 

 メール来たの俺なんだけど。

 

 しかも、小町限定って、もしかして妬いてんの?

 

 ぼっちなのに女の友達なんていないわ。

 

 だからって男にもいないんだけどさ。

 

 

 それと「誰からメールなの?」ってその画面をうかがおうとする視線がもの凄く怖いんだけど。

 

 

 手袋をはずしてタッチパネルを操作する。

 

 やっぱり雪乃は覗き込んでくる。

 

 

「比企谷くん、私という恋人がありながら、平塚先生とまだメールを続けていたのね……」

 

 怖えよ、怖え……。

 

 それに付き合いだしてからまだ1時間くらいしかたってないだろ。

 

 平塚先生にまだ付き合っていることを報告していないんだし、怒るのやめてもらえない。

 

 

「メール受信 平塚静 1件」

 

 この画面表示だけで嫉妬の炎をメラメラと燃やす雪乃を見て、帰ったらメーラーにパスワード設定をしようと思った。

 

 

「あら比企谷くん、メール読まなくてもいいのかしら」

 

 雪乃の声は心なしか震えていた。

 

 もちろん怒りの方の意味で。

 

 

「いやー……、俺たちが急に学校に行って帰りが遅くなっただろ。だから、遅れるとかいうメールじゃねーの……」

 

 手袋を外した右手をだらんと垂らして抗ってみる。

 

 

「なら、私が代わりに読み上げてみるまでよ」

 

 ニコッとしながらも目は凍てつくような冷たさの笑顔を向けてくる。

 

 それになに、読み上げるって、黙読じゃだめなの?

 

 

 付き合いだして1時間でいきなり修羅場とかって、一体どうなってんの?

 

 

 恐る恐るメーラーを起動した。

 

 

平塚静 件名『雪ノ下さんとのデートはどうでした か(笑)』」

 

 

「あ、あ、あ、あ……」

 

 急に顔を朱に染めて、思考が停止した雪乃の目は宙をさまよっている。

 

 

「どら、声に出して読み上げてみるか?」

 

 意地悪っぽく言うと、

 

 

「そ、それはよして……」

 

と急にかよわい声で答えた。

 

 

 なんで俺と雪乃がデートしてたことがわかるんだよ。

 

 もしかして、俺のストーカー?

 

 やっぱり俺って平塚先生にもらわれる運命なの?

 

 そんなことを思いながら、メールを開いた。

 

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 差出人:平塚静

 

 題名「雪ノ下さんとのデートはどうでした か(笑)」

 

 本文「比企谷くん、さっきは急に学校にや って来てびっくりしました。まさ

か 私に逢いに来たのではと一瞬考えてし まいました(笑)そういえば今日は

 クリスマスイブでしたね。せっかく のイブなのにパーティーがあって残 念

でしたね。さっきは部室で愛の告白 でもしていたのですか(笑)2人の 出会

いの場ですからね。雪ノ下さんは ああ見えてもとても繊細な子なので 比企谷

くんが優しくリードしてあ げないといけませんよ。そのあたり は比企谷くん

の方がよくわかってい ますね(笑)それと今日はパーティ ーに誘ってくれて

ありがとう。君の 優しさにはとても感謝しています。 婚活パーティーをキャ

ンセルしてま で行くので今日は気合を入れていき ます。雪ノ下さんは嫉妬深

いところ がありそうなので私に見惚れてしま わないように。雪ノ下さん怖い

です よ(笑)学校を出るのが少し遅くな りましたので、ギリギリに着きそう

 です。皆さんに伝えてくださいね。  」

 

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 なんだよこのメールは。

 

 大事な要件が最後に付け足しのように書かれていて、とても現国の教師が送ってきたものとは思えない。

 しかも、俺の行動が詳らかに書かれている。

 まさか、発信機だとか盗聴器だとか仕掛けられていないよね?

 

 雪乃はメールを見て最初はカーッとさらに顔を赤らめていたが、読み進めるにしたがって険しい表情に変わっていった。

 

 

「比企谷くん、あなた平塚先生とはいったいどういう関係なのかしら」

 

 

「どうもこうもねーよ。お前の知ってるまんまだよ」

 

 生徒と教科担、部員と顧問それ以外ないだろ。

 

 

「教師と生徒の禁断の仲なんてことはないのでしょうね」

 

 ギロッと睨みつける目が凄まじい殺気を放っている。

 

 俺このまま殺されてしまうの?

 

 

「このメールをどう読んだらそうなるんだよ。もう一度よく読めよ!」

 

 

 そして、再び顔を赤らめやがて目つきが悪くなった。

 

 

「……いいわ。今回は不問にするわ……」

 

 あくまで自分の非は認めないんですね。

 

 

「そのかわり、平塚先生に見惚れるようなことがあれば、あなたの命はないわよ」

 

 ゴクリ……。

 

 シャレにならないぞ。

 

 気合を入れた平塚先生って普段から想像できないくらいきれいだしな。

 

 さしもの雪ノ下雪乃でもそれはかなわない。

 

 まぁ、こっちは美人というよりもまだ美少女だからな、年相応にきれいになっていくだろう。

 

 

 携帯を再びコートの中にしまうと、自然と2人の距離は開き、再び沈黙の時間が始まった。

 

 自然と由比ヶ浜の件が頭に浮かんできて、少し重苦しく感じられた。

 

    ×   ×   ×   ×

 

「おにーちゃーん!」

 

 妹の小町は駆け寄って来るなり、俺の腕にダイブして絡みついた。

 

 

「小町、塾からまっすぐ来たのか?」

 

 総武高を目指している小町もまた塾の冬期講習に通っている。

 

 受験生の小町は、大みそかと元日以外は朝から晩までびっしり授業が入っており、ここ最近やつれ気味だ。

 

 きっと今日くらいは羽目を外したいことだろう。

 

 

「うん。今日クリスマスイブだから、お兄ちゃんに一刻も早く逢いたいなと思って急いできちゃった☆ 

今の小町的にポイント高い」

 

 

「ここぞとばかりに目ざとくポイント、ポイント言うあたりが八幡的にポイントが低い。そんな甘言に騙されてお前にプレゼントをくれてやるほど俺は甘くはないぞ」

 

 昨日、雪乃へのプレゼントに手袋を買ったときに小町へのプレゼントも一緒に買った。

 

 それは家に帰ってから渡すつもりだ。

 

 当然、小町もそんなことはわかっているはずだが、まだ黙っておくことにした。

 

 

 ところで、こいつは俺にプレゼントを用意してくれているのだろうかと急に不安になった。

 

 今日のパーティーでは500円以内のプレゼント交換があるからそっちについては何かしら用意はしてあるのだろう。

 

 しかし、それとは別に俺のをちゃんと用意してくれているのだろうか。

 

 

「えー。お兄ちゃんのケチ。そんなこと言ってるから、いつまでもたっても彼女ができないんだよ」

 

 わざとっぽく、グスンとか言って泣いたふりをしやがる。

 

 

「うぜー」

 

 

 小町は俺の言葉を無視してキョロキョロ視線を動かすと、近くに雪乃がいたことに気付いた。

 

 

「……! おや、雪乃さん……。こんばんは」

 

 

「こんばんは、小町さん」

 

 雪乃はいつもの調子で口数少なく挨拶を返す。

 

 小町は途端に俺と雪乃の顔を落ち着きなく何度も交互に見比べ始めた。

 

 

「……お、お兄ちゃんもしかして……雪乃さんとデートし……」

 

 

「あら、比企谷くん、あなたのお友達がやって来たわよ」

 

 はしゃぐ小町の声を遮るようにこう言った雪乃は顎でその友達とやらの方向を示す。

 

 

「俺には友達なんていねー」

 

 もしかして、戸塚? 戸塚だよね?

 

 戸塚は友達かというと微妙だな……。

 

 いつもならこんなことを考えているが今日は違った。

 

 

 まさに渡りに船とはこのことだ。

 

 不本意ながら俺はこいつを待っていたのだ。

 

 その正体を確認するかのように振り返った。

 

 

「八幡、待たせたな。我も今宵、聖夜の宴に馳せ参じた。剣豪将軍材木座義輝只今参上」

 

 ああ、待ったぞ。

 

 相変わらず鬱陶しい登場だが。

 

 お前のことなんて待ちたくもないが、今回は本当に待ったぞ。

 

 残念なことに雪乃とのことをカモフラージュするためにはお前のそのウザさが必要なんだよ、材木座

 

 

「なんでお前が来んの? 誰だよこいつ呼んだのは?」

 

 とりあえず、悪態をついておく。

 

 俺がなにか一言いえば、こいつが勝手に騒いでくれる。

 

 とりあえず、これでパーティー終了後まで俺と雪乃の関係を明かさずに済みそうだ。

 

 

「愚問だな。八幡在るところに我在り」

 

 それにしても本当に鬱陶しいやつだ。

 

 それから俺のこと好き過ぎだろ。

 

 なおもくねくね動きながら、気味の悪いことを言い続けている。

 

 通りすがりの人がチラチラこっちを見て、きまって嫌悪の目を向けていく。

 

 もはや不審者として通報されてもおかしくないレベルだ。

 

 

 もっとも、きょどったときの俺も職務質問受けそうだけど。

 

 

「あっ……、中二さんだ」

 

 小町の注意はすっかり雪乃からそれた。

 

 

「むむ……、ちゅ……中二……」

 

 今更ながらその呼び名にショックを受けているようだ。

 

 もうさんざん言われているのにな。

 

 まあ、中三の小町から言われてんだから仕方ないか。

 

 

 出だしは上々、何とか小町の追及から逃れることができた。

 

 雪乃の方をちらっと見ると、この場をやり過ごしたことに安堵したのかフーッと一つため息をついていた。

 

 

 しばらく俺たちは取り留めもない話を続けた。

 

 俺が過去のトラウマを語ると材木座が腕を組みながらウンウン頷き、小町に軽くあしらわれ、雪乃には呆れられたり、罵倒されたりといったいつものやり取りだ。

 

 雪乃の切れ味が冴えすぎる罵倒に押され気味になったところで、あと2人やって来た。

 

 

「やっはろー」

 

 

「おーい、はちまーん! みんなー!」

 

 由比ヶ浜と戸塚だった。

 

 どうやら同じ電車に乗り合わせたようだ。

 

 戸塚なんか俺の方に駆け寄って来ちゃっている。

 

 まるで、デートの待ち合わせに遅れて「ごめーん」なんて慌てて走ってくる彼女みたいだ。

 

 うーん、かわいい、実にかわいい。

 

 今にもなんか胸に飛び込んできそうな感じがして、思わず手を広げ抱き寄せるポーズをとってしまった。

 

 

 しかし、戸塚は俺の手前で止まってしまった。

 

 残念無念……。

 

 

「は、八幡何してるの?」

 

 戸塚はきょとんとして小首をかしげる

 

 

「……い、いや、な、何でも……」

 

 自分のやった行為を思わず恥じてしまう。

 

 しかも、その小首をかしげる仕草がめちゃくちゃかわいい。

 

 その両方で赤面してしまい、目をそらしてしまった。

 

 

 すると、額に手を当てている雪乃が目に入った。

 

「比企谷くん、いくら女性に縁がないからといってそれは……」

 

 おいおい、お前は俺の恋人じゃないの?

 

 それともなに、早くもう俺に幻滅しちゃったの?

 

 ところで、今の俺の抱き寄せるポーズを見たよね?

 

 今度会ったときこれやるから胸に飛び込んできてくれない?

 

 

 雪乃の隣に立っていた小町も

 

「お兄ちゃん、それはないわ……。今の小町的にかなりポイント低いな」

 

と続けた。

 

 八幡的にかなりポイント高かったはずなんだけど、ダメでしたかね?

 

 女性陣から呆れられてしまったが、材木座だけは違った。

 

 

「うむうむ。さすが我が友八幡よ。我もその気持ちいたくよくわかる」

 

 と力強くウンウン頷く。

 

 まさか材木座、俺の戸塚を狙っていないだろうな?

 

 戸塚は俺の嫁だ。

 

 

「むうー。ヒッキー、さいちゃんばっかりかまってないで、少しは私の相手もしてくれないの」

 

 由比ヶ浜がフグみたいに顔をぷくっと膨らませて、ぷんぷん怒っている。

 

 そりゃ、戸塚を相手にしたいに決まっているだろ。

 

 なおも戸塚の相手をしていると、

 

「ヒッキー、私の話聞いてんの!」

 

とプンスカし始めた。

 

 

 何とかここまではやり過ごすことができた。

 

 このあと平塚先生と合流したら店に行ってパーティータイムになるが、何とかそれが終わるまでは俺と雪乃の関係は悟られないようにしないとな。

 

 

 ふと遠くに視線を向けた。

 

 通路の壁際に立っていた赤いバラの大学生は、しきりに時計を見たり携帯をいじっていたりした。

 

 やがて、一度深い溜息を吐いたかと思うとがっくりと肩を落とした。

 

 そして、右手からするっと真っ赤な花束が滑り落ちた。

 

 その後ろ姿は力なく肩を落としたまま人波に逆らうようにして改札口へと続く通路の雑踏の中に消えていった。

 

 

 未だに由比ヶ浜のことについて解は出せないままだった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

 集合時刻5分前になった。

 

 平塚先生が前方からつかつかと闊歩する姿が見えた。

 

 こうして見るとやっぱり美人だ。

 

 遠目からもその美しさがわかる。

 

 

 なんでこの人、結婚できないんだ?

 

 俺の歳が歳なら普通に貰いたくなっているはずだ。

 

 自然とその姿に見惚れてしまった。

 

 

「やぁ、諸君待たせたな。さて、行こうか……。んっ……どうした?」

 

 みんなため息を漏らして平塚先生を見つめていた。

 

 髪をアップにし、化粧はうっすらとだがきれいに施されている。

 

 ちょっとタイトなスカートからはすらっと健康的な脚が伸びている。

 

 なかなかの脚線美だ。

 

 その先にあるピンヒールもいい感じだ。

 

 そして襟元にファーのついた白のコートが平塚先生の存在感を際立たせている。

 

 

「うわー。平塚先生すごくきれい」

 

 

「ふえっ……。きれいだけどなんか怖いよ~」

 

 

 由比ヶ浜は純粋にその美しさを称賛している。

 

 小町は以前花嫁対決のときに平塚先生に射すくめられたトラウマがよみがえっていた。

 

 

「……これは見過ごすわけにはいかないわね」

 

 雪乃はそう言うとなぜか俺にキッとした視線を送ってくる。

 

 俺、鼻の下伸ばしてなんていなかったよね、ゴクリ……。

 

 

「平塚先生ってやっぱり美人さんだね」

 

 

「平塚教諭の本気を見たぞ……ゴクッ」

 

 うっとりとしている戸塚も十分かわいいぞ!

 

 材木座はなんか急に汗をかき始めている。

 

 きっと美しい外見の中に隠された出会いを求める強い執念とやらを感じ取り、戦慄しているのだろう。

 

 

「どうだ、比企谷、似合っているか?」

 

 いたずらっぽく笑った先生は年齢を感じさせないかわいらしさだ。

 

 思わず返答ができなくなってしまった。

 

 

「照れてる比企谷もかわいいな」

 

 そう言いながらヘッドロックを決めてくる。

 

 

 ちょっと……、待った、待った。

 

 あ、当たってるってば。

 

 厚手のコートを身にまとっているとはいえ、柔らかな感触が伝わってくる。

 

 俺には雪乃がいるんだ、やめてくれ。

 

 

 なんでいきなりヘッドロックなんだよ、わけがわからんぞ。

 

 

 平塚先生は俺に技を決めながら引きずり、皆との距離を開ける。

 

 

「私に任せろ」

 

とボソッと小声でこう告げた。

 

 

「……はい」

 

 俺も小声で返した。

 

 

 やはり平塚先生は俺と雪乃の仲をお見通しだった。

 

 それだけではなく、由比ヶ浜とのことも気にしているようだった。

 

 このあと、俺たちが付き合っていることを明かそうとしているところまで考えが至っているのかわからないが、平塚先生なりにの何か考えがあってのことのようだった。

 

 俺はその優しさがありがたかった。

 

 だからってこの仕打ちはないと思うけど。

 

 

「ヒッキー嫌がってますよ!」

 

 

「平塚先生、こんな男にかまっている場合ではありません。早く行きましょう」

 

 

「どうした由比ヶ浜、雪ノ下。妬いてるのか?」

 

 前言撤回だ。

 

 さっきは任せろとか言っておいて、その挑発的な言い方はヤバいんじゃない?

 

 

「べ、別にそんなことは……」

 

とさっきまでの威勢がそぎ落とされて答える由比ヶ浜

 

 

「いくらクリスマスイブだからといって比企谷くんにまで手を出すだなんて節操がなさすぎるのではありませんか」

 

 しっかりと頭がホールドされているのでその表情は見ることができないが、背中には雪ノ下が放った冷気は十分に伝わってきた。

 

 

 うわー、やめてくれよ。

 

 

 事態がますます悪化しているとしか思えないぞ。

 

 

「さて……」

 

 お気に入りのおもちゃに急に飽きてしまい放り出した子どものように平塚先生は、急にパッと手を離した。

 

 すると、まるで何かひと仕事終えたように手をパンパンと軽くはたいた。

 

 

そして、大事なことを急に思い出したかのように

 

 

「全員揃ったことだしそろそろ店に行くか」

 

とそう言うなり一人歩き始めた。

 

 

 そうか……。

 

 ……そういうことだったのか。

 

 

 ひとり納得した俺のほかは皆あっけにとられていた。

 

 そして、ハッと我に返ると、置いていかれまいとスタスタ先を行く平塚先生の背中を夢中で追い始めた。

 

 

 そんな全員の姿を確認してから、俺は歩き始めた。

 

 

由比ヶ浜、店予約したのお前じゃないのか?」

 

 今日のパーティーを企画した由比ヶ浜に尋ねた。

 

 

「こないだのもんじゃ焼きの店に予約の電話したんだけど満席だったんだ。私たちみたいな高校生が居酒屋に行くわけに行かないし……」

 

 そりゃそうだな。

 

 平塚先生もいることだし、教師が生徒同伴で居酒屋に入った日には大変なことになる。

 

 世が世だけに大バッシングだ。

 

 俺たちは停学、平塚先生は最低でも停職くらいにはなるだろう。

 

 しかも平塚先生は生徒指導担当だ。

 

 そんなことになれば、生徒に示しがつかないから停職どころではなく自ら退職を選ばざる得ないことにだってなりかねないだろう。

 

 

「ヒッキーとかゆきのんとかそういう店に詳しくなさそうだし、平塚先生に相談したんだ。そしたら、予約を入れてくれたんだ」

 

 

「そっか、悪かったな……。サンキュー」

 

 今回の件で俺は何もしていない。

 

 由比ヶ浜が強引に誘ったとはいえ、見えないところでこうして気を回してくれていた。

 

 労いの言葉くらいかけなければならない。

 

 

 こういう由比ヶ浜の気遣いを知ると、ますます気が引けてしまう。

 

 

 ふと、秋口から何度となく俺の心の中で反芻していた言葉が再びプレイバックし始めた。

 

 

 「一度壊れてしまったものは元には戻らない……」

 

 

 ならば、俺はどうする?

 

 

 - 明確な解はある。

 

   解ならもうとっくに出ていた。

 

   気づかないふりをしていた。

 

   俺の悪い癖だ。

 

 

 しかし、まだその解に自信が持てない。

 

 ほかに解などない。

 

 そんなことはわかっている……。

 

 でも……。

 

 

 俺はその解とまっすぐと向き合うことのできない自分に嫌悪感を感じた。

 

 そして、材木座を隠れ蓑にして逃げている自分にも……。

 

 

 こんな自分が俺は嫌いだ……。

 

 

 クリスマスイブの浮かれた雰囲気に水を差すようにビルの谷間から時折吹いてくる寒風に当たる度に自分の心が冷え込んでいくのを自覚せざるを得なかった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

 急に平塚先生の足が止まった。

 

 

「ほら、着いたぞ。ここだ」

 

「おふくろの味」とか書かれたお好み焼き屋だった。

 

 そういえば以前、だまし討ちで文化祭の打ち上げだと称してもんじゃ焼きの店に連れていかれことがある。

 

 あの時もそうだが、俺ら高校生がパーティーだとか称して入ることのできる店はたかが知れている。

 

 それに合わせてくれた平塚先生には感謝だ。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 店員から威勢の良い声をかけられた。

 

 先陣を切って平塚先生が入っていく。

 

 

「予約していた平塚です」

 

店員は平塚先生に見惚れて、

 

 

「……平塚様。……7名様でご予約ですね」

 

とちょっと照れている。

 

 

 しかし、それもつかの間、連れの俺たちの顔を見渡して明らかに困惑した。

 

 クリスマスデートをしているような気合の入った格好をしている美人1人と中高生が6人の集団だ。

 

 この妙な取り合わせに驚かない者はいないだろう。

 

 狐につままれたような顔をして俺たちを小上がりに案内した。

 

 

「ヒッキー、一緒に座ろ!」

 

 由比ヶ浜が引っ付いて来ようとする。

 

 

「ちょっと待ったです!」

 

 小町が一声上げた。

 

 

「せっかくのドキドキクリスマスパーティーです。小町はドキドキ席順くじを作りました……」

 

 

「それはいいなぁ。私もドキドキが欲しい」

 

 平塚先生がこう言うと切羽詰まったものを感じてしまう。

 

 みんな一瞬にして静まり返ってしまった。

 

 

「これから、ドキドキ席順くじの始まりー。ドンドンパフパフ」

 

 なんだこいつのテンションは。

 ドキドキ、ドキドキうるさい。

 縄文土器でも作ってろよ。

 

 まさか、彼氏が出来たとか言うんじゃないよな。

 

 お兄ちゃん許しませんよ。

 

 

 ドキドキすることなんて皆無なメンバーでくじ引きをした。

 

 壁から通路に向かって、俺、材木座、小町、由比ヶ浜の順に並んだ。

 

 反対側は、戸塚、平塚先生、雪乃になった。

 

 由比ヶ浜とは直積的に会話することのない場所に座ったことに安堵を感じてしまう自分がいた。

 

 

 やっぱり俺はそんな自分が嫌いだ。

 

    ×   ×   ×   ×

 

「かんぱーい!」

 

 かくして宴は始まった。

 

 平塚先生は、乾杯の音頭に合わせて一気にジョッキを飲み干す。

 

 

「杯を乾かすと書いて乾杯と読む」

 

 プハーッてやりながら未成年相手にドヤ顔で言ったよこの人。

 

 一体何なのこのノリ。

 

 序盤からハイペースで酒をあおる平塚先生が場を支配していた。

 

 怒気のこもった口調で職場の不平不満をぶちまける。

 

 そんなこと俺らを前にしてしゃべっていいのかよ。

 

 同僚への恨みつらみだけではなく、問題児がいて頭が痛いだの言い出す始末。

 

 ところで、なんでさっきから俺の方をずっと見てしゃべってんの?

 

 そんな平塚先生を見て、やっぱり俺は働きたくないと改めて考えた所存だ。

 

 日本酒にチェンジしたあたりから、平塚先生のボルテージはさらに高まった。

 

 平塚先生の隣に座っている戸塚は、時折怯えるような目をする。

 

 あー、守ってやりたい。

 

 でも、平塚先生には絡まれたくない……。

 

 ごめん、戸塚。

 

 助けてやれない代わりにそのかわいらしい怯え顔を堪能させてもらうよ。

 

 反対隣りの雪乃はあからさまに迷惑顔で、酒臭いだの酒癖が悪いだのチクチク言うが、全く効果はない。

 

 しだいにあきらめ、しきりにため息をついていた。

 

 

 場の空気がすっかり重苦しいものとなってきたその時、小町が突然立ち上がってペチンと手を打った。

 

 

「みなさん、ここはゲームをして楽しみましょう!」

 

 平塚先生を除く面々は最年少の小町に一縷の希望を見出し、藁にもすがるような眼差しで事の成り行きをただただ見守るばかりであった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

「ぬれ煎餅」

チーバくん

京葉線

「味噌ピー」

 

 俺たちは今「千葉県横断ビンゴ」に興じている。

 

 ビンゴしたものから順にプレゼントを選べるというものだ。

 

 さすがは小町、俺の千葉県民としての千葉愛をくすぐってくれる実に素晴らしい企画だ。

 

 

「それにしてもなかなかビンゴできないわね」

 

 勝負事となると人一倍熱くなる雪乃は苛立ちを隠せない。

 

 俺も千葉知識統一王者としては負けてはいられない。

 

 

「長命泉!」

 

「平塚先生、さっきから日本酒の名前ばっかりじゃないですか」

 

 思わず呆れてこういうと、平塚先生は反論した。

 

 

「何を言う比企谷、千葉の地酒はうまいんだぞ!」

 

 未成年の俺が知るかよ。

 

 いや、千葉の地酒がうまいとなれば県民として嬉しいことこの上ないが、それにしても

ひどすぎる。

 

 ひとつ前のターンが「五人娘」、その前のターンが「天乃原」だ。

 

 みんな何のことかわからずポカーンとしている。

 

 

「こんなの平塚先生以外に誰も書かないですよ」

 

 今日は、せっかく気合を入れて美貌を引き出してきたはずなのに、それをいとも台無しにしてしまう。

 

 もうなんというか残念。

 

 ただの飲兵衛に成り下がってしまっている。

 

 なぜ平塚先生が婚活パーティーでいつも失敗しているのかその一端を垣間見た気がする。

 

 来週から「平塚静の酒場放浪記」なんて始まっちゃって、

 

 

「あともう1、2軒……」

 

とか言ってしまうの?

 

 

 ため息をつくと、平塚先生はニヤリとしながら次のように返してきた。

 

 

「比企谷、君にお勧めの焼酎があるのだが、成人したらプレゼントしてやろうか……」

 

 

「いいえ、結構です」

 

 何を言うのかはもう想像がついている。

 

 

「落花生焼酎『ぼっち』なんてどうだ?」

 

 そのドヤ顔でいうのやめてくれない。

 

 

「まさに比企谷くんのためにあるお酒ね」

 

 雪乃がいきいきとした笑顔ですかさず反応した。

 

 

「うるせー、お前もぼっちだろ」

 

 

「ええ……、そうね……」

 

 珍しく雪乃を撃退できた。

 

 雪乃は悔しそうに唇をかんでいた。

 

 苦し紛れに何か言おうとするが、平塚先生に機先を制される。

 

 

「雪ノ下にもプレゼントしてやろうか……」

 

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、挑発している。

 

 おいおい、このアラサー悪酔いしすぎだぞ。

 

 

「いいえ、結構です」

 

 ピシャリと応戦する雪乃。

 

 だから怖いって。

 

 なんなのこの空気。

 

 

「ゴホン……」

 

 小町が咳払いすると、両者ともスッと身を引き緊張状態は一応の終息を見た。

 

 

「次はお兄ちゃんの番だよ」

 

 おっといけない。

 

 俺の千葉愛を千葉知識を披露してやるのだ。

 

 

「臼井城」

 

 

「なにそれ? ヒッキーもわけわかんないし」

 

 何を言う由比ヶ浜よ。

 

 この臼井城は、かの軍神の……

 

 

「ビンゴ!」

 

 なに!?

 

 材木座め一抜けしやがった。

 

 

「我が臼井城をマークしていないとでも……」

 

 ぐっ……。

 

 悔しがっている俺を尻目に材木座は勝ち誇ったようにそう言った。

 

 

「八幡、臼井城ってなに?」

 

 戸塚が澄んだ瞳で見つめてくる。

 

 きっと戸塚なら俺の説明を聞いて

 

 

「八幡って物知りなんだね。すごいね」

 

なんてかわいらしく言ってラブリーな笑みを見せてくれるはずだ。

 

 これから始まる戸塚とのときめきタイムへの期待に心躍らせた。

 

 

「はぽん…。我が答えよう……」

 

 おいコラ材木座、俺の邪魔をする気か。

 

 

「その昔この地に千葉氏が栄えし頃、上杉謙信が大軍を率いて臼井城に攻め上ってきた。

これを千葉氏と北条氏の連合軍が打ち破ったのである。謙信といえども我、剣豪将軍の足

元にも及ばないのだ。デュフフ……」

 

 戸塚とのときめきタイムを奪われたうえにその不気味な笑みを見ないとはいけないって、

どんな罰ゲームだよ。

 

 

「その剣豪将軍とやらも三好三人衆松永久秀に攻め殺されたけどな」

 

 不快指数がMAXまで上昇した俺は、材木座に噛みついた。

 

 

ぐぬぬ……、おのれ八幡め。我を愚弄する気か」

 

 

「お前の方こそ、源氏の血を引く室町幕府第13代将軍を愚弄しているだろ」

 

 

「ヒッキーも中二も何言ってんのかわけわかんないし」

 

 由比ヶ浜にあきれ顔で言われてしまった。

 

 

 ところで戸塚は?

 

 隣に座っている平塚先生と談笑している。

 

 材木座め、俺のときめきタイムを返せ!

 

「はい、そこ! 余計な言い争いをしない!」

 

 俺はとうとう小町にまで指示語で呼ばれてしまった。

 

 名前ではなく「あれ」とか「そこの」とか言われるのってマジで悲しいんだぞ。

 

 それに、材木座とセットで「そこ」扱いするのやめてくんない?

 

 海老名さんに聞かれて「材八」扱いされたら困るんだけど。

 

 

 かくして幾多の不毛なやり取りを経て、すっかり「千葉県横断ウルトラクイズ」か、はたまた「千葉知識自慢発表会」の様相を呈したビンゴ大会は幕を閉じた。

 

    ×   ×   ×   ×

 

 小町企画の「千葉県横断ビンゴ」で盛り上がって、すっかりいい時間になってしまった。

 

 そろそろプレゼント交換をしてお開きといったところだろう。

 

 

「ではでは、結果発表とプレゼント交換です」

 

 箸をマイク代わりにした小町が再び場を仕切り始めた。

 

 

「第1位、中二さん。さぁ、プレゼントを選んでください」

 

 

「うむ。我はこれにする」

 

 犬柄のついたピンクの袋を取り上げた。

 

 うわー、材木座に似合ってねー。

 

 材木座は袋を開けて中身を改めた。

 

 

「ふむふむ。これはストラップであるな」

 

 犬のぬいぐるみのついたストラップだった。

 

 どうやら由比ヶ浜の用意したもののようだ。

 

 

「むむむ、まだ中に何かあるぞ……」

 

 中から手作りクッキーと思しきものが出てきた。

 

 

「これはこれは、大層な……」

 

 今回のはジョイフル本田に売ってる木炭というよりも消し炭といった方が的確だろう。

 

 あまりにものまがまがしさに由比ヶ浜以外のメンバーは硬直している。

 

 

「我は今、猛烈に感動した。あこがれの手作りお菓子とやらを賞味して、何某が作ったものか当ててみるのだ!」

 

 

「やめろ、材木座。死ぬぞ……」

 

 こいつは和風ハンバーグという名の毒物を食ったことから何も学んでいない。

 

 

「げぶふっ……」

 

 断末魔の叫びを残して材木座は昇天した。

 

 壮絶な最期だった。

 

 

 だが冥福は祈らない。

 

 自業自得だ。

 

 

由比ヶ浜、殺人スキルをさらに高めたな」

由比ヶ浜さん、これは毒見といっていいのかしら」

由比ヶ浜さんの料理って僕食べたことないんだけど、凄いんだね……」

「ゆ、結衣さんってチャレンジャーですね……」

由比ヶ浜を貰った男は苦労するな」

 

 俺、雪乃、戸塚、小町、平塚先生と表現が違えども皆同じ感想を持った。

 

 

「な、な、なんで、わ、私って決めつけるの」

 

 由比ヶ浜が知らぬ存ぜぬを通そうとする。

 

 

「いや、料理で人殺せるってお前ぐらいしかいないだろ」

 

 

「ヒッキーひどい、まじキモい」

 

 なんだよその理屈。

 

 お前の料理の酷さと俺のキモさは関係ないだろ。

 

 

「さぁ、これくらいにして。第2位は、戸塚さんです」

 

 

「僕は、これにするね」

 

 うわー、戸塚引いちまったな……。

 

 

「四字熟語に、ことわざ辞典、……。なんか凄いねー」

 

 戸塚は嫌がるどころか感心している。

 

 いや、むしろ感動さえしている。

 

 

「戸塚ってやっぱりいいなぁ。雪ノ下のこんなプレゼントに感動しちゃうんだから」

 

 

「なぜ、私のってわかるのかしら?」

 

 雪乃がギロリと睨んできた。

 

「……雪ノ下、こんな堅苦しいものを送るのは君くらいしかいないだろう」

 

 平塚先生が呆れたように言った。

 

 

「まぁ、ゆきのんらしいってことだよね……。アハハ」

 

 さすがに由比ヶ浜も参っている。

 

 

「だけど、このマナー辞典って、由比ヶ浜とか小町とかもらった方がいいんじゃないの。

病気の見舞いに鉢植え持っていったり、休んだ奴の机に花瓶とか置きそうだから」

 

 

「ヒッキー、マジムカつく!」

 

 

「そうだよお兄ちゃん。一緒にされるのは小町的にポイント低いんだけど」

 

 

「えっ……」

 

 小町の言葉に皆絶句してしまった。

 

 

「テヘヘ。さぁさぁ、第3位は小町です」

 

 ごまかすようにプレゼントを物色し、リボンのついた小箱を開けた。

 

 

「これは、僕のだよ」

 

 中から出てきたのは、ウサギの貯金箱。

 

 うーん、実に戸塚らしくてかわいらしい。

 

 戸塚が嫁に来てくれるのなら、俺いくらでも貯金しちゃいそう。

 

 

「小町、それ俺にくれ」

 

 

「お兄ちゃん、いつも財布がすっからかんだから貯金なんて無理でしょ」

 

 さすが、我が妹。

 

 痛いところをついてきやがる。

 

 

「誰かさんは専業主婦になりたいって言ってたけど、出納管理ができないようじゃ専業主夫にすらなれそうもないわね。さすがは、ヒモがやくんね」

 

 

「うっせー、最近いろいろと物入りで金がないんだよ」

 

 雪乃は、あまりにも身に覚えがありすぎるのでハッとして頬を染めて黙ってしまった。

 

 おいおい、発表前にバレてしまうだろ。

 

 

「では、第4位。結衣さんです」

 

 チェック模様の紙袋を選んで開いた。

 

 中からは、単語カードとマークペン、マッ缶が出てきた。

 

 

「これ、ヒッキーの?」

 

 由比ヶ浜が訊いてきた。

 

 残念、俺ではない。

 

 

「いえいえ、小町のでーす。みなさん、来年は受験生ですね。合格必勝グッズです」

 

 

「お前は今年受験生だろ。人の心配よりもまずは自分の心配しろ。お前の頭では総武高は

無理だ」

 

 

「ほう、比企谷。兄妹そろって総武高となると、君はますます居心地が悪くなるな」

 

 ニヤリと笑ってこっちみんのやめてくれない。

 

 中学の時に「1年の比企谷さんの兄」とかクラスメートから呼ばれたりしたことを思い出したじゃないかよ。

 

 マジ勘弁して。

 

 

「次行きますよ。第5位、雪乃さん」

 

 雪乃は、中から一つだけ物を取り出すと、

 

 

「比企谷くん、メリークリスマス」

 

ものすごくかわいらしく微笑んで袋ごと押し付けてきた。

 

 

 中から取り出すとミミズが這ったような字でと書かれたサイン色紙が出てきた。

 

 材木座のだ。

 

 

「いらねーよ。これお前がもらったプレゼントだろ」

 

 

「その色紙をもう一度よく見ることね」

 

 つらっと言いやがった。

 

 ムッとしながら改めると「八幡さん江」と書かれていた。

 

 誰かに5枚同じのを送り付けてやらないと呪われてしまいそうだ。

 

 

 小上がりの片隅に一枚残っていた座布団の下に放り込んでやった。

 

 

「ところで、雪ノ下さんは何を貰ったの?」

 

 戸塚が目をキラキラ輝かせながら質問する。

 

 戸塚、いちいち仕草がかわいすぎるよ。

 

 俺へのプレゼントになってくんない。

 

 

「原稿用紙よ。何か書いてみようかしら」

 

 顎に手をやりながら考え込んでいた。

 

 

「よしとけ。お前は、不幸の手紙とか書いてしまいそうだからな」

 

 

「ええ。あなたに送り付けてあげるまでよ」

 

 満面の笑顔を向けるが、目からは凍てつくような寒さが伝わってきた。

 

 怖いよ、とにかく怖い。マジ怖い。

 

 

「さぁ、ブービー賞と最下位をまとめて発表しちゃいますね。ブービー賞、お兄ちゃん。

最下位は平塚先生です」

 

 

「じゃあ、俺はこれを……」

 

 伸ばした手をピシャッとはたかれる。

 

 

「痛ぇよ……」

 

 

「おい、比企谷。これじゃあプレゼント交換にならないだろ」

 

 

 スーパーの紙袋を開けると……。

 

 サバの味噌煮にホテイの焼き鳥缶、あたりめ、柿ピーが入っていた。

 

 ただの酒の肴だろ。

 

 何を考えているんだるんだ、この人は。

 

 

「おっ、比企谷。酒飲みのことがよくわかっているな。スナック菓子にジュースとは。

帰ったらこのジュースで割って菓子つまみながら晩酌だな」

 

 おいおい、まだ飲む気なの?

 

 これってあれ? 陽気になるために飲むんじゃなくて、仕事とか人間関係のことを忘れる

ぐらいじゃダメで記憶そのものをなくすために飲むとかいうやつ?

 

 怖ぇよ、それに労働ってこんなにも苦行なの。

 

 やっぱり俺、専業主夫がいいわ。

 

 

「さぁ、宴もたけなわですが、そろそろお開きと参りましょう」

 

 

 いつの間にか、小町のペースで事が運んでいた。

 

    ×   ×   ×   ×

 

「かんぱーい!」

 

 平塚先生の締めの乾杯でクリスマスパーティーというよりも忘年会と言った方が良いどんちゃん騒ぎに幕が下りた。

 

 今ちょうど支払いを終えた幹事の由比ヶ浜が出てきて、店の前で全員集合したところだ。

 

 俺たちはまだ高校生だ。

 

 家に帰ってこれから家族とパーティーってこともあるだろう。

 

 だから、ここで自然と解散するという雰囲気が出来上がっていた。

 

 

 ならば、今しかない。

 

 このタイミングを逃したら言い出せないまま徒に時間が過ぎていく。

 

 由比ヶ浜とはけじめをつけなければならない。

 

 雪乃の方を見ると、俺の考えていることに気付いたようでスッと横に並んできた。

 

 

 俺は、大きく深呼吸すると口を開いた。

 

 

「……話があるんだ。聞いてほしい」

 

 皆の視線がこちらに集まる。

 

 もう一度深呼吸してから言葉を続けた。

 

 

「……俺たち、比企谷八幡雪ノ下雪乃は今日から付き合い始めました」

 

 雪乃がギュッと手を握ってきた。

 

 

「お、お兄ちゃんが……。おめでとー!」

 

「おめでとう! 八幡、雪ノ下さん、お似合いだよ」

 

「比企谷、雪ノ下、いつかはこうなるとは思っていたが……。おめでとう」

 

「な、な、な……。は、八幡め、我をたばかったな……」

 

 

 小町、戸塚、平塚先生から祝福された。

 

 あと材木座、たばかるも何もお前とは関係ないんだけど。

 

 

「ひ、ヒッキーが……ゆきのんと……。嘘でしょ……」

 

 由比ヶ浜はうなだれて、静かにこうつぶやいた。

 

 そして、アスファルトに点々と涙が滴った。

 

 気が付けば雪乃の手からも力が抜け、繋がっていた手が自然と振りほどけてしまった。

 

 

「ゆ、ゆいがは……」

 

 思わず体が反応してしまった。 

 

 由比ヶ浜に近づこうとする俺を平塚先生は立ちはだかるように制止した。

 

 そして、俺を抱き寄せると耳元でささやくように諭された。

 

 

「比企谷、さっき『任せろ』と言ったはずだ。君が今、一番に考えないといけないのは

雪ノ下のことだろう。違うか?」

 

 

 ―― そうだ。

 

     その通りだ。

 

 

 振り返ると、雪乃もまたうなだれて涙をこぼしていた。

 

 

 雪乃にとって由比ヶ浜は初めてできた友達だ。

 

 そして、たった一人しかいない友達でもある。

 

 雪乃は間違いなく恋の勝者である。

 

 

 しかし、それと引き換えに失おうとしているものの代償は雪乃にとってあまりにも大きすぎた。

 

 

 ―― 一度壊れてしまったものは元には戻らない。

 

 

 こうなることはわかっていた。

 

 わかっていたからこそ、自分に向けられる好意に気付かないふりをしてきたし、無視をしてきた。

 

 誰かを傷つけたくなかったから、自分だけが傷つくことをいとわなかった。

 

 

 でも、自分だけが傷つくことさえも否定された。

 

 いや、誰かのせいにするのはやめよう。

 

 大切な人が傷つく自分を見て悲しむことを知り、いつしかこの俺でさえ自分自身が傷つくことを否定するようになった。

 

 

 だけど、自分の代わりにだれかが傷つくことを肯定したわけではない。

 

 決してそんなことはない……。

 

 

 しかし、俺にはどうしようもできなかった。

 

 気が付けば雪乃への想いをどんどん募らせ、抑えがきかなくなった自分がいた。

 

 自分の気持ちにもうこれ以上の嘘はつけなくなっていた。

 

 

 誰かが傷つく結果になろうとも、一歩踏み出さずにはいられなかった。

 

 

 これまでの3人の関係はもう壊れてしまった。

 

 そして、そこから新たな時が刻み始めた。

 

 

 ならば、俺が今やるべきことは一つ。

 

 雪乃に寄り添って、雪乃とともに歩んでいくことだ。

 

 

 でも、それだけではない。

 

 まだなすべきことがあるのはわかっている。

 

 雪乃もきっとそのことはわかっているはずだ。

 

 

 ―― だけど、今はまだその時ではない……。

 

 

 俺は自分の心に何度もそう言い聞かせるように何度もそう諭すように語り掛け、雪乃の手を取った。

 

 力なくも握り返してきた雪乃の手を握りしめると、皆と新学期の再開を約束してその場を辞した。

 

    ×   ×   ×   ×

 

「雪乃、京葉線まで歩いて行かないか?」

 

 

「ええ……、八幡」

 

 雪乃は由比ヶ浜の様子を見てショックを受けたようだ。

 俺ですらそうだったから、由比ヶ浜と友達である雪乃はなおさらのことだろう。

 

 

 俺はこれ以上言葉を紡ぐことができなかた。

 雪乃になんて声をかけていいのかわからなかった。

 間違っても「すまなかった」と謝ってはならない。

 雪乃の罪悪感をさらに掻き立ててしまうだけだ。

 何もできない自分にもどかしさを感じた。

 

 

 街にはイルミネーションが織りなす色とりどりの光で満ち溢れていた。

 しかし、その華やいだ雰囲気の中にいるのが場違いな気がしてしまった。

 雪乃に気の利いた一言もかけることができず、ただ雪乃の手を引いて駅まで歩いていくことしかできなかった。

 

 

 千葉みなと駅から京葉線に乗った。

 ふたり並んで座ったが、雪乃はいつものように肩にもたれかかって甘えてくることはなかった。

 膝の上に手を重ね、ただ黙ってその手を見つめていた。

 俺はそっとその手の上に右手を重ねた。

 しかし、特に反応はない。

 やはり雪乃にかけるべき言葉が見つからない俺は、ただこうすることしかできなかった。

 もどかしく感じながらもあっという間に時は過ぎ、降車駅に着いた。

 

 

 電車を降りても雪乃は無言だった。

 雪乃の手を握るが握り返してはこない。

 ただ俺に握られるがままだった。

 

 改札を出ると雪乃は一瞬立ち止った。

 俺の家は北口方向、雪乃の家は南口方向だ。

 雪乃が何を考えたのかは知らない。

 

 そんな雪乃の考えを無視するかのように手を取った。

 俺の意図を理解したかのように弱々しく握り返してきた。

 その手から体温が伝わってきた。 

 さっきまでは手を繋いでいても手を重ねていても感じることができなかった感覚だ。

 俺はそれを感じることができる程度に少し落ち着きを取り戻したようだ。

 今は余計なことを考えずに雪乃のことだけ考えよう。

 そう自分に言い聞かせて、雪乃の家へと向かっていったのだった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

「八幡、どうぞ」

 

 

「サンキュー、雪乃」

 

 

 雪乃の部屋に上がった俺はシャンパーニュロゼの香りをめいっぱい吸い込んでから一口

すすった。

 紅茶で温まると全身に血液が巡り渡ったような感じがした。

 雪乃は俺の向かいに腰かけるとティーカップを静かに傾け始めた。

 

 

「なぁ、雪乃……」

 

 

「……何? 八幡……」

 

 

「俺と雪乃付き合っているんだよな?」

 

 

「ええ、そうね……」

 

 

「だったら、もっと俺のそばに来てくれないか、雪乃?」

 

 

「……。ええ……」

 

 一瞬間をおいてそう答えると、もじもじしながら俺の隣に座った。

 しかし、その距離がどうも気になって、俺の方から膝を近づけていった。

 雪乃は俺の方を見ずにまっすぐ正面を見据えていた。

 雪乃との距離が近づいたが、やはり会話はなかった。

 

 

 しばしの沈黙が続くと、どちらともなくカップを持ち上げ、カチャッとソーサーに戻す

擦過音だけが響いた。

 

 

「なぁ、雪乃……」

 

 

「……何? 八幡……」

 

 

「雪乃ってクリスマスケーキとか作ったりするの?」

 

 

「ええ……、一応あるわ」

 

 そう言って立ち上がると、どこからか箱をとって戻ってきた。

 

 

「今、皿をとってくるわ。それから、紅茶のおかわりは要る?」

 

 

「ああ、頼むよ、雪乃」

 

 雪乃の部屋に上がってから、俺は一言何か言うたびに必ず「雪乃」と付け加えている。

 俺が今こうしてできることと言えば、雪乃のそばにいることと何度も名前を読んでやる

ことぐらいだ。

 気の利いたことなんか何一つすることができない。

 ただ「雪乃」と呼ぶたびにそのつど頬を染めてくれている気がした。

 ただ俺が勝手にそう思っているだけかもしれないが。

 

 トレイにティーカップをふたつ載せると、雪乃のいるカウンターキッチンの方へ向かっ

て行った。

 

 

「八幡、ゆっくり休んでいていいのに……」

 

 雪乃はキッチンの収容棚からちょうど包丁を取り出したところだった。

 

 

「取り皿と包丁は俺が持っていくから、雪乃は紅茶を注いでくれないか。雪乃の淹れてくれる紅茶の方がやっぱりうまいからな」

 

 

「普段は家でも勉強の合間に淹れているのでしょ?」

 

 

「ああ、でも自分で入れてもおいしさ半減だな。やっぱり雪乃が淹れてくれないとあまり

おいしくはないな」

 

 

「馬鹿っ……」

 

 雪乃は顔を真っ赤にしながら、微かにほほ笑んだ。

 ようやく雪乃の笑った顔を見ることができた。

 

 

「ところでこのケーキは雪乃が作ったのか?」

 

 

「ええ。でも、手袋を編むのに時間がかかったから、スポンジだけは買って来たわ」

 

 きれいにホイップで白化粧が施されたスポンジケーキの上にはフルーツのトッピングやサンタ、トナカイのシュガークラフト、「Merry Christmas」と筆記体で書かれたチョコレート板が載っていた。

 ケーキをまじまじと見ていると雪乃はクスクスと笑いながらさらに続けた。

 

 

「サンタの顔を見てごらんなさい。誰かさんにそっくりよ」

 

 何このサンタ。

 目が腐ってるぞ。

 

 

「おいおい、雪乃。こんなサンタからプレゼント貰った日にはトラウマになってしまうぞ。

ってか、雪乃はこんなものまで作れるのか」

 

 雪乃の多芸ぶりはこれまでの付き合いの中でいろいろとみてきたが、シュガークラフトまでできるとは思ってもいなかった。

 

 

「時間さえかければできるわよ。それと八幡から手袋を貰ったのだけれど、私もトラウマを抱えてしまうのかしら」

 

 ソファーに戻ってきた雪乃は小首を傾げながらいたずらっぽく笑うともたれかかってきた。

 

 雪乃はやっと元気を取り戻してきた。

 このまま時が止まってしまえば……と思った。

 

 ケーキを食べながら、いつものように俺が過去のトラウマをうっかりしゃべって雪乃に罵倒されて傷口に塩を塗られてしまう会話をした。

 そのうち雪乃は、徹夜で手袋を編んだ疲れなのか、2人が付き合いだしたことを知らせてからの緊張感から解放されたせいか俺の肩を枕に眠ってしまった。

 雪乃を起こさないように静かにしているうちに俺もいつの間にか眠りへと誘われていった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

 0時を少し回ったところで家に着いた。

 静かに鍵を回して家の中に入ると居間にはまだ明かりが点いていた。

 

 

「メリークリスマス!」

 

 クラッカーの音とともに小町に迎えられた。

 

 

「おいおい、近所迷惑だろ。それに親父とおふくろが目を覚ますだろ」

 

 

「お父さんとお母さんは、1時ごろ帰ってくるって電話があったよ」

 

 息子と娘をほったらかしにしてクリスマスデートですか。

 俺もさっきまでしていたけど。

 

 

「小町、明日も塾なんだろ? こんな時間まで起きてていいのか?」

 

 俺も明日が冬期講習の最終日だが、こっちは12時半で終わる。

 小町は朝から夕方までの日程なので、勉強をしていないのならさっさと寝た方がいい。

 

 

「小町はお兄ちゃんとクリスマスパーティーがしたくて起きていたのです。今の小町的にポイント高い」

 

 

「はいはい。受験生は勉強してさっさと寝るんですよ」

 

 

「なにそれ。小町的にポイント低い。ところで、雪乃さんは大丈夫だったの?」

 

 

「ああ」

 

 

「そうだ、お兄ちゃん。雪乃さんに『今着いた』ってメールしなくていいの?」

 

 小町からひじでつつかれながら言われた俺は大事なことに気が付いた。

 

 

「あっ……。俺、あいつのメアドも携帯の番号も聞いてなかった」

 

 小町は呆れで顔で額に手をやった。

 まるで誰かさんが乗り移ったみたいだった。

 

「比企谷くん、いくらあなたが女性に縁がなかったからといって恋人である私の連絡先を知らないとは、いったいどういうことかしら。あなた私と本当に付き合う気があるのかしら。それともなにか、私から逃げられると思っているのなら大間違いよ。明日両親を連れて、あなたのご両親のところに挨拶に伺ってもいいのだけれど」

 

 

「怖ぇよ。……それに、雪乃の真似しゃべり方意外全然似てねぇよ。だいたい雪乃は、比企谷くんなんて言わない。はちま……、な、何でもねぇよ。さっさと忘れろ」

 

 危うく余計なことを言ってしまうところだった。

 いつも雪乃に余計なことを言って傷口を抉られるのだ。

 どうもこの口調で何か言われるとついつい余計な事をしゃべってしまいたくなってしまう。

 俺ってマゾヒストだったの?

 

 

「へー。雪乃さんに『八幡』って呼ばれているんだぁー。は・ち・ま・ん・お・に・い・ちゃ・ん」

 

 小町は自分で言っておきながら勝手に顔が真っ赤になっていた。

 

 

 なんでメアドと携帯番号を交換するのを忘れたんだっけ……。

 

 23時過ぎに目を覚まして、俺の肩で静かに寝息を立てていた雪乃を揺すり起こしたっけ。

 それから玄関で松を履いてポケットの中から手袋を取り出そうとした。

 その時、携帯に触れてまだメアドと番号を交換してないことに気付いた。

 そんで雪乃に話しかけようと振り返ったら、雪乃に「一人にしないで」と抱き付かれて、そのあとすっかり忘れてしまった。

 

「あと30秒だけ……」

 

って何回も抱きしめて、最後は雪乃が「もういいわ」と言ってもそのまま10分くらい抱きしめていた。

 ふたりともそんなことをやっているうちに本当に頭から抜け落ちていた。

 とりあえず「明日も待ってるぞ」と伝えておいたから、その時でいいよな。

 

 

「さて、彼女ができても相変わらずダメダメのお兄ちゃんのためにケーキを用意してあります」

 

 これで今日3度目のケーキになる。

 もう食べたくなかったが、小町が用意してくれたというなら別腹だ。

 既製品だがありがたくいただこう。

 

「んっ!? 最近はこんな目をしたサンタがはやっているのか?」

 

 ホワイトチョコで「Merry Christmas」と書かれた板チョコをバリバリ食べている小町にジト目をしながら言った。

 

 

「お兄ちゃん帰ってくるまでヒマだったから、爪楊枝で削って腐った目に改造してたの。

それよりお兄ちゃん、今の話しぶりだと雪乃さんの手作りケーキも食べてきたんだね」

 

 小町はニヤニヤしながら、俺がなにか話すのを待っている。

 

 

「ああ、見事に腐った目をしたサンタを作っていたわ」

 

 

「シュガークラフトができるなんてさすが雪乃さんだね。それにしても、雪乃さんといい、結衣さん

といい、どうしてうちのお兄ちゃんのこと好きに……。あっ、……余計なことを……」

 

 

由比ヶ浜はあの後どうなったんだ?」

 すっかり雪乃とののろけ話に夢中になってすっかり由比ヶ浜のことを忘れていた。

 

 

「結衣さんはあのあと平塚先生に送られていったよ。だから大丈夫だと思うよ」

 

 あの場で巻き込んでしまった小町にこれ以上、根掘り葉掘り聞くのは気が咎めた。

 あとは俺自身の問題だ。

 

 

「小町はどうやって帰って来たんだ?」

 

 

「小町は戸塚さんに家まで送ってもらった。戸塚さんかわいいから襲われたりしないか心配だよ」

 

 

「俺の戸塚が心配になってきた……。メール打たなきゃ……。痛てぇぇ! 足踏むなよ」

 

 

「お兄ちゃんが心配しないといけないのは雪乃さんのことでしょ。恋だって勝負なんだから敗者だっているんだよ。散々フラれてきたのに学習して無いの。雪乃さん以外のことを考えてるのって小町的にポイント低いよ」

 

 そうだ。

 小町の言う通りだ。

 誰も傷つけたくないと思っていてもどうにもならないことだってある。

 こればかりは仕方ない。

 だが、俺と雪乃と由比ヶ浜の3人がそろって初めて奉仕部だ。

 由比ヶ浜とのこともしっかりと決着をつけなければならない。

 そのことについては、解は出ている。

 

 しかし、本当にうまくいくのかはまだ自信が持てないままだった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

 一夜明けて予備校にいる。

 今日が冬期講習の最終日だ。

 相変わらず俺の理解の外で展開される数列の講義内容には辟易としている。

 それでも一年とちょっとしたら受験の真っただ中に身を置くことになるのだ。

 雪乃のことが気になりながらも、板書とメモだけはわからないなりに必死に書き取った。

 

 講義終了とともにいの一番に教室を飛び出した。

 玄関まで走っていくと、昨日までと変わりなく待っていた雪乃がそこにいた。

 

 

「ま、待たせたな雪乃」

 

 息を切らしながら声をかけると雪乃はクスクス笑いながら襟元のマフラーを直してくれた。

 雪乃が笑うときに漏れてくる息がかかってくすぐったい。

 

 

「私が八幡に逢いに来ないとでも思ったのかしら?」

 

 

「雪乃とメアドとか番号とか交換してなかったから、ちょっと不安だった」

 

 息を整えながら真顔でこう返した。

 本当に雪乃が待っていてくれるかどうか不安でならなかったのだ。

 とりあえずこれで、晩までは一緒にいることができる。

 

 

「『ちょっと』という表現が不服なのだけれど……」

 

 顔を下に向けながらぼそぼそと言う雪乃がかわいらしい。

 

 

「ほら、アドレス交換するぞ」

 

 携帯を差し出すと雪乃もトートバッグからガラケーを取り出した。

 

 

「赤外線通信ってどうやってやるのかしら?」

 

 

「俺のスマホには赤外線ついてないんだよ」

 

 

「そのスマートフォンって八幡にそっくりね」

 

 

「へっ?」

 

 

「だって無駄にスペックだけ高くて、肝心なところで使えないもの」

 

 いつものように笑顔でさらりと罵倒された。

 さらりとしているのは梅酒だが、そんなもんではすまない。

 きっと端麗辛口ってこういうことを指すのね、飲んだことないけど。

 

 でも、こうやって雪乃といつものと同じようなやり取りをできることに幸せを感じた。

 

 

「ところで八幡、今日はどこに連れて行ってくれるのかしら?」

 

 雪乃は小首をかしげて片目をつむりながらこう訊いてきた。

 だから、俺はこの仕草に弱いんだって。

 天下の往来で赤面させられるってなかなかの羞恥プレーだぞ。

 

 

「今日は俺ん家に行かないか? 俺、金欠気味だし……。それに、雪乃にはさんざん世話になったから、俺が昼飯作ってもてなすがそれでもいいか? どうせだったら、親も遅いし晩も食っていけよ」

 

 

「でも、お邪魔じゃないかしら……」

 

 もじもじとしながら雪乃はこう答えた。

 

 

「親はいつも帰りが遅いし、小町は夕方まで塾に通っている。いつも晩飯は小町と2人だから、雪乃がいたら小町も喜ぶ……」

 

 雪乃はまだ逡巡しているようだ。

 

 

「……それにうちに小町がいなくて寂しがっている奴がいる。カマクラなんかは雪乃がいたら

絶対喜ぶぞ。だって、雪乃は川崎の件のときにカマクラと会話して……」

 

 

「何か?」

「何か用?」

 

 

 前と後ろから同時に凍り付くような鋭い言葉が飛び出した。

 雪乃と川崎だった。

 まさに前門の虎後門の狼とはこのことだ。

 

 

「いや……何も……」

 

 

「……馬鹿じゃないの」

 

 こう吐き捨てて川崎は駅の方向に去っていった。

 

 

「どうする、ゆき……」

 

 

「猫、猫、猫……」

 

 雪乃は顎に手をやると呪文のように唱えていた。

 あまりにもおかしいので、俺は笑いをこらえながらじっと見ていた。

 俺の視線に気づくと雪乃は軽く咳払いをした。

 そして、取り繕うようにして言った。

 

 

「八幡にごちそうになってばかりだったら悪いから、晩は私が作るというのはどうかしら?」

 

 雪乃の手料理を食べることができるのだから異論はない。

 

 俺と雪乃は総武線に乗って家に向かった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

「ただいま」

「お邪魔します」

 

 駅からの帰り道にスーパーに寄って来たので帰宅したら13時半をもう過ぎていた。

 まずは腹ごしらえだ。

 

 

「飯作っている間、カマクラとでも遊んでいてくれ」

 

 キッチンのカウンター越しに雪乃に目をやると、すでに膝の上でカマクラを抱いていた。

 俺にはちっともなつかないくせに雪乃にはべったり甘えている。

 

 

「ええ、たっぷりそうさせてもらうわ」

 

 俺の方を見向きもせず笑顔でカマクラを撫でている。

 苦笑しながら洗面所に行ってカマクラの飲み水を新しいのと交換した。

 さて、今日はチャーハンとサラダとコンソメスープを作ろうか。

 

 

 カウンター越しに雪乃をチラチラ見ながら料理をした。

 雪乃はカマクラに夢中になっていた。

 

 昨晩見た泣き顔と違って、いつまでも見ていたいくらい屈託のない笑顔だった。

 ポーチから取り出した爪切りで爪を切ってやったり、よじ登ってくるカマクラの前足を肩に載せ後ろ足の下に手を入れて抱きかかえてやったりと満足げな様子だ。

 学校で見る雪乃とはまるで別人のようだった。

 

 これが本来の雪ノ下雪乃なんだろう。

 そんな雪乃の姿を見ながら、フライパンを揺すっていた。

 

 

 昼食後はそのまま居間でこの間買ったばかりの数列の薄い問題集と2日分のセンター数学の講義の復習をして過ごした。

 雪乃の教え方がわかりやすいおかげでスイスイ頭に入った。

 と思ったら、練習問題でつまずいた。

 

 

「昨日は家に帰ってから勉強していないのだから、仕方ないわね。さぁもう一回やってみるわよ……」

 

と、こんな感じで夕方まで続いた。

 

 雪乃はその間、カマクラと遊んだり、俺の部屋から持ってきた山川の世界史の用語辞典を読み込んだり、古文の問題集を解いたりしていた。

 

 

「ただいまー、お兄ちゃん」

 

 小町が帰ってきた。

 

 

「今日の晩御飯はいいにおいがするねー」

 

とクンスカしながら今に入ってきた。

 お前は犬かよ。

 

 

「こんばんは。やっぱり雪乃さんが来ていたんだね」

 ニヤリとしながら俺をつついてくる。

 

 

「おかえり、小町」

「小町さん、お帰りなさい。お邪魔しているわ」

 

 

「今日の晩御飯は雪乃さんが作ったんですか?」

 

 

「ええ、八幡がカレーを食べたいと言ったので、シーフードカレーを作ったわ。小町さんの口に合うかはわからないけれども」

 

「雪乃さん、今お兄ちゃんのこと『八幡』って呼びましたね」

 

 ニヤニヤしながら雪乃へと近づいていった。

 

 

「へ、変だったかしら……」

 

 雪乃は顔紅潮させ俯き気味に答えた。

 小町の目が一瞬光ったかと思うと、ここぞとばかりに悪ノリし始めた。

 

 

「いやいや、そんなことはありませんよ。どうせなら『夫が……』って言って欲しいくらいです」

 

 

「えっ、えっ……。そ、それは、まだ、は、早いわ……」

 

 雪乃の顔から湯気が上がって耳まで真っ赤になったような気がしたくらい動揺していた。

 

「そこは否定しないんですね」

 

 小町のテンションがすっかり上がっていったのと対照的に雪乃は羞恥で縮こまっていた。

 思わず見ていた俺まで恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまった。

 雪乃はこれ以上いじられると悶死しそうな勢いだ。

 

 

「おい小町、早く手洗いうがいをしてこい」

 

 

「アイアイサー!」

 

と逃げるように勢いよく洗面所に向かっていった。

 

 台風一過となったが、雪乃は「お、お、夫だなんて……」とまだ悶絶していた。

 

 おれもまた、雪乃のエプロン姿を改めてみて、こいつが妻だったら……なんて考えてしま

い、こっばずかしくてたまらなかった。

 

 3人で食べる夕食は賑やかだった。

 9割方小町がしゃべって、俺と雪乃を赤面させることばかり言っていたが、たまにはこんなのもいい。

 雪乃もすっかりリラックスして過ごしているようだ。

 

 そのあとも今で3人で勉強し、小町は雪乃からみっちりと英語の特訓を受けていた。

 ふたりとも気が合うようで、俺に罵倒の合体攻撃も仕掛けてきた。

 そうこうしているうちにすっかり時間が経った。

 

 21時を過ぎたところで雪乃を家まで送った。

 雪乃は固辞したが、昨日のケーキが残っている。

 せっかく作って用意してくれていたのだから、食べないわけにはいかないだろう。

 

 

「目の腐ったサンタさん、送り狼になったらダメだよー」

 

と小町に冷やかされながら雪乃の家へと向かった。

 

    ×   ×   ×   ×

 

「お兄ちゃん、早く起きないと雪乃さんが来ちゃうよ」

 

 

「まだ大丈夫だろ?」

 

 

「小町はもうそろそろ塾に行くんだよ。小町がいなくなったら誰がお兄ちゃんを起こすの?」

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 眠い目をこすりながら、昨晩のことを思い出した。

 雪乃を家に送って、残りのケーキを食べていつものように過去のトラウマ話をして雪乃に貶められたりして時間を過ごした。

 そして、帰り際にまた「一人にしないで……」と泣きつかれ、抱きしめたり髪を撫でたりしてから帰ってきた。

 夜になると感情が高ぶるから手紙は書かない方がいいなんて聞いたことがあるが、まさにそんな感じだった。

 

 今までできたたった一人の友人である由比ヶ浜結衣との関係に俺のせいでひびが入ってしまっ

たからだ。

 そんなこともあり、日が変わる頃に帰宅した。

 

 

 帰宅後は3時くらいまで勉強して寝た。

 最近、数学ばかり勉強していたので、他教科がおろそかになっていた。

 その分の時間をとったら、こんな風になった。

 雪乃のサポートがあるとはいえ、我ながらもう少し冷静になって進路の選択をした方が良かったのではないかなんて考えてしまった。

 

 しかし、そこは決して雪乃と同じ大学に行きたいという単純な理由だけではない。

 俺は歴史には興味がある。

 一応、大学でその勉強をしたいという気持ちもあるのだ。

 

 さて、昨日で冬期講習が終わったわけだが、今日からは丸一日たっぷりと時間がある。

 雪乃を一人にしておくのが心配だし、俺も雪乃のそばにいたい。

 

 

 そんなわけで、朝から晩まで俺の家で一緒に勉強をして過ごすことになった。

 

 小町を見送り、居間を軽く掃除した。

 そのあと部屋から勉強道具を下ろしてきたところで、ドアホンがなった。

 

 

「おはよう、八幡」

「おはよう、雪乃」

 

 これから半日二人きりで過ごすのかと思うと急にドキドキしてしまった。

 雪乃も同じことを考えていたのか、ふたりとも頬ら赤らめていた。

 玄関で対峙したままお互い固まってしまった。

 

 

「ニャー……」

 

 

 俺が帰宅しても出迎えにやってくることのないカマクラがとことこやってきた。

 

 

「ゆ、雪乃、あ、上がってくれ」

 

 

「え、ええ……」

 

 

 ふたりともぎこちなく居間へと向かっていった。

 

 こんな感じで、2日間を過ごしたのだった。

 

 

雪乃「比企谷くんの誘いなのだから….あなたの好きなようにしていいわよ」4/4【俺ガイルss/アニメss】 - アニメssリーディングパーク

 

 

 

 

元スレ

雪ノ下「比企谷君、今からティーカップを買いに行かない?」

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377016024/