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雪乃「ふざけないで!こんなイジメが許されると思っているの!」 【俺ガイル×聲の形ss/アニメss】

 

高校三年生の夏休み。

 

本来なら大学進学のため受験に向けて猛勉強しなければならない時期なのだが…

 

去年行われた千葉村における小学生の林間学校のボランティアを手伝う羽目に陥った。

 

顧問の平塚先生引率で、俺たち奉仕部と新入部員の小町。

 

あとついでに葉山たちグループが参加することになった。

 

ちなみに戸塚は不参加…あぁ…麗しの天使がいないのはつらい…

 

ここまでなら去年とほぼ同じ展開だ。だがひとつだけ異なる点があった。

 

それは俺たちが担当する小学生たち。水門小学校6年2組の子供たちだということだ。

 

「それじゃあみんな。お兄さん、お姉さんと一緒にカレーを作ろう!」

 

去年と同じくリーダー格の葉山が

 

率先して子供たちに指示を出しながら夕飯のカレーを作る準備に取り掛かった。

 

俺と葉山、戸部たち男勢が火を起こし料理の出来る雪ノ下や小町は

 

子供たちの見本となるべくテキパキと野菜を切り分け

 

三浦や海老名は子供たちが危ないことにならないかしっかりと監視していた。

 

ちなみに由比ヶ浜は調理の邪魔にならないようにキレイにお皿を並べている。

 

本人は「アタシもお料理作りた~い」とか言っているがさせるつもりはない。

 

悪いと思うがこれもこの場にいる全員の命を守るためだ。

 

こんな配役を押し付けた俺を恨めしく睨みつけているが悪く思わないでほしい。

 

「おっしゃー!出来た!一番乗りー!」

 

そうこうしているうちにどうやら最初にカレーを作り終えた班が出たようだ。

 

やたらと騒ぎ立てるガキだがあれがこのクラスのトップカーストみたいだな。

 

それは先ほど自己紹介で知ったが石田将也とかいう頭の悪いクソガキ。

 

まあ俺たちが担当するクラスのガキ大将的存在だ。

 

「やりー!俺たち最高だな!」

 

「オォッ!腹減ったぜ。早く食おうよ!」

 

そんな石田に呼応するかのように騒いでいるのが島田と広瀬とかいう取り巻きの二人組。

 

こいつらもよく騒ぐわ。

 

「ちょっと石田、アンタたちは騒いでただけじゃん。私らが作ったんだからね!」

 

「まあまあ、落ち着いて。石田くんたちも頑張ってたから。」

 

そんな騒ぎ立てる石田たちを諌めたのは

 

女子で雪ノ下みたく黒のロングヘアーが特徴的な植野直花。

 

それとメガネで三つ編みの川井みき。

 

こいつらもまたクラスではトップカーストに位置するガキどもだ。

 

ちなみにだが今回の林間学校は各クラス六人の班分けとされている。

 

だからクラスで男子三人、女子三人と均等に分けられてグループになってるわけだが…

 

おかしいな?石田たちのグループだが女子が一人足りないぞ?

 

「まったく、今年もあんなことが起きているのね。」

 

雪ノ下がガッカリとしたため息混じりである少女に視線を向けていた。

 

それは茶髪のセミロングヘアの女の子。

 

そういえばあの子だけ自己紹介の時にスルーされていたな。

 

見たところ一人だけ何もせずテーブルに座っているだけだ。

 

何で作業に加わらないんだ?

 

「やあ、一人なのかい?」

 

そこへこの女子を見かねた葉山が声を掛けてきた。

 

普通の女子なら葉山に声を掛けられたらすぐに靡くものだが…

 

だが何か様子がおかしい。葉山の声に何も反応を示さないからだ。

 

するとそんな葉山のところへ石田が近づいてきてこう告げた。

 

「無駄だよ。そいつ耳が聞こえねえから。」

 

石田はこの少女の耳元の髪を上げると補聴器を見せた。

 

それを見て葉山は思わずギョッとしながらもこの少女の立場を理解した。

 

これで葉山も、それに覗いていた俺たちも

 

ようやくこの少女がどうして無反応だったのかが理解できた。

 

聴覚障害。難聴だから俺たちの声が聞こえていなかったからだ。

 

「だからこいつここに置いてるんだよ。邪魔だし。」

 

「邪魔って…この子はみんなと作業しないのかい…?」

 

「だって危ねえじゃん。火や包丁使ってるし。そもそも西宮に何が出来んの?」

 

この少女…名前を西宮硝子というらしいが…

 

確かに石田の言うように難聴を患っているのならカレー作りに参加させるのは危険だ。

 

だが今の物言いは明らかに拒絶感を漂わせている。

 

それに班のヤツらも西宮のことに触れられてかなり嫌悪感を示していた。

 

このまま葉山に任せて西宮を半ば強制的にカレー作りに参加させたらどうなるか…

 

それは恐らく最悪の展開となるだろう。

 

西宮も耳が聞こえなくても

 

何か状況がやばそうだと察したのか思いつめたような険しい顔になっている。

 

やばいな。これはどうにかしないと…

 

「葉山くん待ちなさい。その子は私が面倒を見るわ。」

 

そんな葉山を見かねたのか雪ノ下が西宮に助け船を出した。

 

座っていた西宮を自分の元へ引き寄せ俺たちと一緒にカレー作りに参加させるようだ。

 

「雪ノ下さん、ここは石田くんたちと協力をさせてやるべきじゃないかな。」

 

「馬鹿を言わないで。

いくら能天気なあなたでもこの険悪な雰囲気くらい察することくらい出来るはずよ。」

 

「けどこれは課外活動だ。クラスのみんなと一緒にやらなくちゃ意味がないだろ。」

 

「それでもこの場を黙って見過ごすことはできないわ。」

 

オイオイ、何やってんだか。

 

今度は雪ノ下と葉山の二人が険悪なムードになりやがった。

 

西宮の扱いについて意見を対立させる二人。

 

当事者の石田たちなんて横からやれ!やれ!と騒ぎ立てる始末。

 

しゃーない。こうなったら…

 

「まあ落ち着け。お前らが喧嘩しても仕方ないだろ。」

 

「比企谷、何か提案があるのかい?」

 

「ああ、西宮は例外ってことにしておけ。

どのみちこいつらの言うように西宮を一緒に作業させるのは危険だ。

俺たち高校生ボランティアが傍に付いていた方が安全だろ。」

 

俺の意見を聞いて葉山も多少は納得した様子を見せた。

 

それと雪ノ下へのフォローもしておかなきゃならんな。

 

「それと西宮は女子だ。個別に指導するにしても

俺たちみたいな見ず知らずの男よりも同性の雪ノ下に付いてもらった方が落ち着くだろ。」

 

とにかくこの場における最適な折衷案を出してみた。

 

今の意見を踏まえて二人もそれならということで納得した。

 

葉山は元の場所へと戻り俺たちもまた西宮と一緒にカレー作りを行うことになった。

 

「あ…う…ぅ…」

 

だがここで問題が起きた。それもかなりやばい問題だ。

 

なんと西宮は言葉をうまく話せなかった。

 

雪ノ下が説明してくれたがどうやらこれは幼い頃から難聴を抱える人間の特徴らしい。

 

参ったな。これではどう指導したらいいのかわからん。

 

「私は雪ノ下雪乃。こっちはヒキガエルくん。わかるかしら?」

 

だがそんな頭を悩ませる俺を尻目に

 

雪ノ下は手話を使って西宮とコミュニケーションを図ろうとしていた。

 

さすがは学年主席さま。手話もお手の物ってか。

 

つかそんな便利なスキルがあるなら雪ノ下だけでいんじゃね?

 

それよりも何で俺のことをヒキガエルで紹介すんの!?

 

『私は西宮硝子です。』

 

とにかく雪ノ下の手話で西宮とコミュニケーションを取ることに成功した。

 

西宮も手話で改めて俺たちに自己紹介してくれた。

 

西宮硝子。クラスで唯一人難聴を患う聴覚障害者。

 

少し前に転校してきたばかりでまだクラスには友達がいない。

 

まあ友達に関しては俺と雪ノ下は兎や角言える立場ではないのでスルーしておこう。

 

とりあえず自己紹介を済ませた俺たちは

 

改めて西宮にもカレー作りに参加してもらうために調理を担当してもらうことになった。

 

調理を始めると西宮はかなり手際が良かった。

 

雪ノ下が手話を用いて知り得たことだが

 

西宮の家は母親が仕事のために夜が遅いのでお婆さんが家事を賄っているらしい。

 

そんな祖母の助けになるべく西宮も家事を手伝っているそうだ。

 

「オォ~!手際いいねぇ!

うちのゴミィちゃんも普段からこれくらいやってくれたら小町も楽出来るんだけどなぁ…」

 

そこへMyスウィートエンジェル小町ちゃんが西宮の調理を覗き見してきた。

 

コラ、お行儀が悪いぞ。余所の子に実兄の愚行を晒すんじゃありません!

 

ちなみに小町だが単に覗きに来たわけでなく

 

他の班が調理を終えたことを伝えに来てくれた。

 

周りを見渡すともうすべての班がカレー作りを終えて残るは俺たちだけだ。

 

「やっぱ西宮がビリじゃん。」

 

「だから西宮さんは来ない方がいいって言ったのに…」

 

「それ無理じゃない?だって西宮さん耳が聞こえないし。」

 

「フフッ、ダメだよ直花ちゃん。そんなこと言っちゃ!」

 

作り終えた子供たちが口々に愚痴を吐いてきた。

 

俺たちにわかるように愚痴を吐くのは石田たちのグループだ。

 

既に石田たちはカレーを作り終えている。

 

それなのに西宮がカレーを作り終えるまで待つのは退屈だってんだろうな。

 

とにかくこっちもカレーを作り終えるのが先だ。

 

だが西宮は自分に対する愚痴など聞こえるはずもなく至ってマイペースの様子だ。

 

まあこんなことで急かすわけにはもいかない。だがそんな時だった。

 

「よっしゃ!西宮の補聴器ゲット!!」

 

なんと調理中に石田のクソガキが西宮の補聴器を取り外してしまった!

 

俺は急いで補聴器を取り戻そうと押さえつけた。

 

「島田パスな!」

 

「オーライ!広瀬行くぞ!」

 

「オォッ!へへっ!面白いな!」

 

なんと驚いたことにこいつら西宮の補聴器でキャッチボール遊びをおっ始めやがった。

 

まさか高校生の俺ら見てる前でこんな悪ふざけをするなんて…

 

さらに最悪なのは他のクラスメイトどもだ。

 

こんな悪ふざけをしてるのに誰もそれを咎めようとはしない。

 

同性の女子どもだって石田たちの行いにクスクスと笑い出している始末。

 

こりゃ酷い。これを見たクラスの連中はバカ騒ぎを起こして周囲は騒然とした。

 

「――――あなたたち!いいかげんにしなさいッ!!」

 

見かねた雪ノ下が子供たちを怒鳴り散らして

 

さらに葉山たちリア充グループが石田から補聴器を取り戻してどうにか収集はついた。

 

さすがにこの悪ふざけを葉山が石田たちに注意してみせるが連中はまともに聞く気もない。

 

それに子供たちも悪態をついたままだ。理由はやはり西宮にあるのだろう。

 

まあそうこうしている内に俺たちのカレーもどうにか作り終えた。

 

「 「いただきますッ!」 」

 

全員でいただきますをしてさっそく食べ始めた。

 

石田は飯時にも関わらずまるで自分こそがクラスの中心かのように振舞った。

 

「西宮の物まねしま~す!あ゛…あ…う゛ぅ…なんちゃって~!」

 

難聴の西宮が上手く喋れないのをいいことに下手くそなモノマネを披露した。

 

これを見たクラスの連中は大笑い。え?今のどこに笑えるポイントがあったんだよ?

 

何?お前ら障害者馬鹿にするの流行ってるわけ?マジ引くわ…

 

「西宮さん、あなたこんなことされてなんとも思わないの?」

 

そんな西宮に雪ノ下は怒りを覚えないのかと手話で尋ねてみた。

 

けど西宮は笑いながら大したことないと答えてみせた。

 

それにしても西宮だがこんな目に遭っても笑顔なんだな。

 

けどこの笑顔だが…なんか見ていると違和感があるな…

 

「へえ、それじゃあクラスに気になる人がいるんだ。」

 

「そうなんです。直花ちゃんは石田くんに気があるの。」

 

「ちょっと…あんまり言わないでよ…」

 

「けど小学生なのにもう好きな人がいるとか最近の子って結構マセてますよね。」

 

「そう?普通じゃない?

あーしらだってこのくらいの歳には気になる男子くらい普通いたし。」

 

ちなみに女子は由比ヶ浜や小町。それに三浦たちが石田の班の女子たち。

 

確か名前は植野と川井。女子同士で恋バナに夢中になっているわけか。

 

それで平塚先生は小学校の先生方と話し合っている。

 

さてと、この状況で俺がやるべきことは…

 

すぐに辺りを見回すとお目当ての人物が辛気臭そうにカレーを食っていた。

 

それではちょいと動いておきますか。

 

「すいません。隣いいですか。」

 

「うん?構わないよ。キミは確か…」

 

「ども、ボランティアの比企谷です。そちらは担任の竹内先生ですよね。」

 

俺は偶然を装って石田たちの担任竹内先生に接触した。

 

本来ならこのおっさんと向かい合ってメシを食うつもりはない。

 

だがこれは必要な行いだ。

 

恐らくこの後、雪ノ下とそれに葉山は西宮のために行動を起こそうとするだろう。

 

去年の鶴見留美のイジメ問題でも動いたんだ。

 

こんな悪質なイジメの実態を目の当たりにしたのだからあいつらは当然動く。

 

そうなると俺も必然的に巻き込まれる形になる。だから事前の情報集めは必要だ。

 

「それにしても石田くんでしたか。随分とやんちゃですよね。」

 

「何がやんちゃだ。あいつは単なる頭の悪いクソガキだよ。

授業中もあんな態度で何度注意しても聞く耳も持たずモラルの欠片もない。」

 

「それって何か理由でもあるんですかね。」

 

「フン、片親だからじゃないか。

ヤツの家は母親が一人で美容院を切り盛りしているらしいが…

仕事にかまけて子育てを疎かにしているんだろう。

ヤツの姉もビザのない外人と付き合って子供を身篭っているというし本当にろくでもない。

まったくうちのクラスはそんな親ばっかりで嫌になる。」

 

うわ…この先生随分とストレス溜め込んでるんだな。

 

児童の守秘義務なんて知ったことかというくらいベラベラ喋ってくれてるよ。

 

けど待てよ?そんな親ばっかりと言ったな。それってつまり…

 

「もしかして他にも片親な家庭の子がいるんですか?」

 

「女子の西宮がシングルマザーなんだよ。娘があの状態なのに無理して転入させたんだ。」

 

「無理して…?何かわけありなんですか?」

 

「ああ、西宮は元々隣の学区の学校に通っていた。

けどそこでイジメ問題が起きて人間関係も悪化してうちの学校に転校してきたんだ。

母親のゴリ押しもあって仕方なく転校を許可されたんだ。」

 

ほ~ん、西宮にもそんな事情があったか。

 

つかこの先生そこまで把握していながらこの現状を放置してるのかよ。

 

まあ昨今は教師の体罰は禁止されてるから手出ししたら自分が危うくなるってわけか。

 

まさに触らぬ神に祟りなしってか?いや、待てよ。本当にそれだけか?

 

もうちょっと突っ込んでみるか。

 

「ところで聞きたいんですけど…

さっき石田が西宮の補聴器を投げ飛ばしてましたけどいつもあんなことやってんですか?

詳しくは知りませんけど補聴器をあんな玩具みたく扱ったら壊れるんじゃないですか。」

 

さすがに部外者の高校生からこんな質問をされるとは想定外だったようで

 

竹内先生は持っていたスプーンを下ろして食べるのをやめた。

 

けどそれだけだ。特に動じる様子は見せていない。

 

それどころか表情を何一つ変えずこう答えた。

 

「まあ壊れたら弁償だろうね。当然だろう。」

 

そう答えると再びスプーンを手に持ちカレーを食べだした。

 

なるほど、そういうことか。こうして夕食は終了。

 

この後、小学生たちは夕食の片付けを終えると風呂に入り各コテージで就寝。

 

その間に俺たち高校生は集合して先ほどの6年2組の実態について話し合うことになった。

 

「最悪っ!何あの石田ってクソガキ!本当に頭くるし!」

 

「同感ね。彼にはきつい罰が必要だわ。」

 

まず切り出したのが三浦とそれに雪ノ下だ。

 

当然だな。石田は障害を抱える西宮に対して明らかに悪意あるイジメに及んでいた。

 

普段は相容れない獄炎と氷の二大女王が怒りに燃えているのだからマジでおっかない。

 

本当にガクブルだよ。石田…終わったな…

 

「俺も二人の意見に賛成だ。今回はさすがに石田くんが悪い。反省させなきゃならない。」

 

「だべ!ありゃさすがにダメっしょ。俺らがひとつビシッと決めねえとな!」

 

「アタシも!今回は許せないと思う!」

 

「うん、ここはガツンと一発言った方がいいんじゃないの。」

 

「そうですね。小町も許せません!」

 

この場にいる全員が満場一致で石田を咎めることに賛成だ。

 

確かにあんな悪質なイジメ現場を見れば誰だってそう思う。俺だって同じ気持ちだ。

 

けど問題はそれだけじゃないんだがな。

 

「ちょっと待て。少し意見したいことがある。」

 

「何?アンタまさか石田をとっちめることに反対してんの!」

 

「罪には罰が必要よ。あなたも石田くんの卑劣な行いを目の当たりにしたでしょ!」

 

うわっ…待て…俺は悪くない…だから睨まないで!

 

つかそうじゃない。俺が言いたいのはこうだ。

 

「とにかく落ち着け。確かに石田は咎めなきゃならない。

けど問題なのは石田だけを咎めれば西宮のイジメ問題は解決されるのかって点だ。」

 

「ヒッキーそれってどういう意味?」

 

「お前らもさっきの様子は見てたろ。

確かに西宮を率先してイジメていたのは石田だ。それは間違いない。

けどクラスの連中も石田に便乗して他のヤツらも面白がっていた。そこが問題なんだよ。」

 

仮に石田だけを糾弾したとしよう。その場合どうなるだろうか。

 

恐らく石田はクラスの連中から西宮イジメの実行犯として吊るし上げられる。

 

このことに関しては別にどうだっていい。実際事実だし当然の報いだ。

 

問題はその後について。他の連中はどうなる?

 

「さっきお前らも6年2組の実態を目の当たりにしたよな。

あいつら西宮のことを嘲笑していた。あれには悪意を込められていた。

部外者の俺から見ても西宮へのイジメはクラス全体で行われていると考えるべきだろ。」

 

「それなら簡単よ。クラスの子たち全員を咎めればいいのよ。これで解決でしょ。」

 

西宮イジメの問題点を指摘すると雪ノ下はあっさりとその解決法を提言した。

 

確かにガキども全員をとっちめればイジメ問題は解消するかもしれない。

 

けど問題なのはそれだけなのかということだ。

 

「いや、この問題はかなり根っこが深いぞ。

そもそもさっきのカレー作りからしておかしいと思わないか?

あのクラスの担任は児童が全員で作るカレー作りで肝心の西宮を放置していたよな。」

 

「そういえば…けどそれがどうしたの?」

 

「つまりこういうことだ。あの担任は西宮のイジメ問題を放置している。

西宮のイジメは担任含めてクラス全体で行われているってわけだ。」

 

まあ担任は直接手を出すような真似はしないだろう。

 

けどあんな当然のように行われているイジメの現場を目の当たりにしながら放置だ。

 

要は黙認しているってことだ。

 

本来児童を注意しなきゃならない教師が黙認状態。これほどタチの悪い話はない。

 

さらに西宮の問題については学校だけではないはずだ。

 

「そもそも西宮って何であの学校いるんだ…?」

 

この指摘に雪ノ下や葉山など勘の鋭い幾人かは気づいた。

 

まあ由比ヶ浜や小町などは頭に「?」が薄ら見えるほど気づいてないが…

 

「比企谷待ちたまえ。ここから先は私が説明しよう。」

 

そんな時、これまで俺たちの話し合いを静観していた平塚先生が口を出してきた。

 

去年は俺らにだけ話し合いをさせていた平塚先生だが

 

今回に限っては最後まで参加しているところを見ると

 

どうやら先生もこの問題は俺たち高校生には荷が重いと判断しているのだろう。

 

「キミたちも高校生なら養護学校については知っているな。」

 

やはり先生も西宮の症状を見てこの点に気づいたか。

 

そもそも西宮のような障害を抱える子供は普通学級で行われる授業を受けるのは難しい。

 

健常者と障害者には身体的、精神的にもある程度の隔たりがある。

 

その差は決して埋めることが出来ない大きな壁だ。

 

教師だってたった一人の障害児のためにそこまで負担するのは困難。

 

ましてや小学生となれば周りを偏見の目で見る年頃に成長する時期になる。

 

いくらまともな教育を受けてきたとしても石田のように面白がって玩具代わりに誂う馬鹿もいる。

 

そんな障害を抱える子供らのために養護学校はある。

 

それで何でこんな話になっているかというとだ…

 

「当然だが子供を普通学級の学校に通わせるか養護学校に入れるのかは親の判断だ。

なあ雪ノ下。お前はこの中で西宮と手話でコミュニケーションを取っていたな。

そこで質問するが西宮の聴覚ってどの程度聞こえるのか尋ねてみたか?」

 

この質問にこの場にいる誰もが「お前普通そういうこというか?」って顔で睨みつけた。

 

自分でも本当にろくでもない質問しているなと思うわ。

 

だがこればかりはどうしても聞かなきゃならない。

 

雪ノ下は険しい顔で渋りながらも俺の質問に対してこう答えた。

 

「彼女は補聴器を付けているからある程度の音は聞き取れると思うわ。

けど私たちの会話を満足に聞き取ることは無理よ。

こればかりは西宮さんにしかわからないことだけど…

もしかしたら彼女がそう感じているだけで実際は何も聞こえてないレベルかもしれない。」

 

つまり西宮の聴覚障害は補聴器無しだと相当やばいレベルってわけか。

 

この雪ノ下の話で西宮の障害が深刻であることはわかった。

 

「ヒッキー。ゆきのん。さっきから何言ってるの?問題なのは硝子ちゃんのイジメだよ。」

 

「そうだよお兄ちゃん。小町もよくわからないけど問題が逸れている気がするよ。」

 

けど由比ヶ浜や小町は西宮の障害の程度と

 

先ほどの養護学校に何の関係があるのかまだわかってない。

 

二人の言うように俺の指摘は西宮のイジメ問題から脱線している部分がある。

 

けどこうなった大元の原因を

 

どうにかしなければ西宮のイジメ問題は決して解決には至らないだろう。

 

問題なのはその大元の部分だ。

 

「要するに西宮の親だよ。

さっきメシの最中に担任と話してわかったが

どうも西宮の親は半ば強引に娘を今の学校に入れたらしい。

本来なら西宮は症状からし養護学校へ入る必要があったはずだ。

それなのに親が普通学級の学校に入れたということは…

西宮の親は娘の障害に対してなんらかの偏見があるんじゃないかってことだ。」

 

俺が出した結論にこの場の空気が凍った。ここで全員が西宮の状況を理解したのだろう。

 

今の西宮には学校でもそれに家庭でも逃げ場がないかもしれない。

 

まあ家庭の方はあくまで憶測でしかないがその可能性は高い。

 

どんなぼっちだろうと学校に逃げ場がなくても家庭という逃げ場がある。

 

その家に逃げ場がないとなれば西宮にとってそれは二重苦でしかない。

 

つまりこういうことだ。

 

石田だけを糾弾したところで西宮の状況は何一つ変わらない可能性がある。

 

「まったく無理解な家庭ほど子供にとって惨酷なものはないわね。」

 

そんな西宮の状況を雪ノ下はまるで自分事かのように愚痴っていた。

 

そういえば雪ノ下も一人暮らしで母親ともいまだに蟠りがあるんだよな。

 

とりあえず雪ノ下の家庭問題は置いておこう。いま話し合うべきなのは西宮についてだ。

 

 

「それで比企谷くん、あなたはどうするつもりかしら。まさか黙って見過ごせというの。」

 

「そうだよヒッキー!硝子ちゃんのイジメはなんとかしてあげなきゃ!」

 

雪ノ下と由比ヶ浜の言うように西宮の問題を無下にするつもりはない。

 

どのみち遅かれ早かれあのクラスはいずれ西宮の問題についてぶち当たりことになる。

 

その時に何が起きるのかは大体の予想がつく。

 

だからこのままスルーしたって何の問題もない。だけど…

 

いや、こうなれば乗りかかった船だ。最後までやってみるか。

 

「一応この問題を解消出来る案はある。

けど事前に言っておくが去年同様かなりやばい橋を渡ることになるぞ。」

 

 

俺はこの問題をどうにか出来る解消策を提案してみせた。

 

だがそれは去年同様ろくでもないやり方だ。

 

話を聞いた全員がこれまた酷いツラで俺を睨みつけてるし…

 

まあわからなくもない。

 

現在、俺たちは高3で受験を間近に控えている。

 

それを今からやばい橋を渡らなきゃならないほどの解消策を実行しなきゃならない。

 

最悪の場合は受験にかなり影響が出る。俺は口には出さないが全員察しているのだろう。

 

暫く沈黙の時間が流れた。先ほどみたく誰も軽口を叩いたりもしない。

 

由比ヶ浜や小町は勿論のこと、あの戸部ですら黙ったままだ。

 

「なんとか話し合うということは出来ないか。そうすれば…」

 

「おい葉山、西宮をどうにかしてやりたいと思うならそんな甘い考えは捨てろ。

そもそも俺たちは西宮たちと今日あったばかりだ。

そんな俺たちがあの悪ガキどもを正攻法で説得なんてしたところで焼け石に水

ぶっちゃけていうが今回ばかりは正攻法なんて無駄でしかない。」

 

さすがに話し合い話だ。

 

確かに今挙げた理由もあるが…

 

それ以前に耳の聞こえない西宮がどうやって連中と話し合うというんだ。

 

西宮の耳は聞こえない。この前提がある限り西宮が不利であることに変わりはない。

 

それからまた沈黙が続いた。

 

「―――いいでしょう。比企谷くんの案に乗るわ。」

 

まず手を挙げたのは雪ノ下だ。

 

「アタシも!硝子ちゃんのイジメはやっぱり許せないし!」

 

それに由比ヶ浜も、続いて小町や三浦、海老名や戸部も賛成してくれた。

 

「わかった。俺もキミのやり方で行こうと思う。

本当ならみんなを説得したいが悔しいが比企谷の言うように俺たちには時間がない。

けどいざという時のことも考えておいてくれ。さすがに全員で泥船に乗るのはゴメンだぞ。」

 

「葉山心配するな。一応私がフォローに入る。まあ最悪の事態はありえないと思ってくれ。」

 

こうして全員一致で俺の考えた案で西宮のイジメ問題に取り組むことになった。

 

その後、各自コテージに戻り就寝に付くことになった。

 

けどその前に俺は密かに雪ノ下と由比ヶ浜の二人を呼び出した。

 

「それで一体何の用かしら。まさか夜這いでもする気?この夜這いタニくん。」

 

「もーっ!ヒッキー!こんな時に何考えてるし!」

 

「ちげーよ。お前らだけに言っておきたいことがある。」

 

まったく夜這いなんて雪ノ下はそんなはしたない言葉をどこで覚えてんだよ。

 

まあ恐らくはあの魔王の姉ちゃんだろうけどな。

 

本当にろくなこと教えねえなあの魔王さまは…

 

「実はだが…このまま俺のやり方を実行すると失敗するかもしれん。」

 

「え~!それ本当なの!?」

 

「あなた…今更そういうことを言ってどうするの!もうみんなやる気で出て行ったのよ!」

 

こんな話を打ち明けられて二人は呆れてしまった。

 

いや、仕方ないじゃん。あそこは全員を強制参加させる必要があったわけだし…

 

頭数増やしておけば有利に話を進められるしさ。

 

「それで対処方法はどうするの?今からプランを変更するつもりなのかしら。」

 

「いや、そうじゃない。やり方は変えない。要はプランの精度を上げればいい。」

 

「へ?精度?どういうこと?」

 

「つまりあのクラスから俺たちの協力者になってくれるヤツを呼ぶんだ。」

 

要はあの6年2組から俺たちのスパイを仕立て上げるってわけだ。

 

この西宮のイジメ問題を解消するには内部の協力者が必要不可欠だ。

 

協力者さえ得ればどうにか西宮のイジメ問題も収まるという算段だ。

 

「………無理よ。あなたもあのクラスの実態を見たでしょ。

全員が西宮さんに悪意を向けているのよ。

それなのに彼女の味方になってくれる子なんているわけがないわ。」

 

「ああ、だからな……」

 

俺は二人にだけ事の詳細を説明した。

 

それから話を終えると二人は小学生の泊まるコテージへと向かいある人物を呼び出した。

 

そいつに先ほどまでの話し合いについて打ち明けると渋々ながら了承してくれた。

 

もしかしたら断られるかと思ったが納得してくれて助かった。

 

俺だけだったら無理だが雪ノ下と由比ヶ浜が同伴してくれたから信用したみたいだ。

 

とりあえずこれで目処は立った。あとは明日になるのを待つばかりだ。

 

そして翌日、去年と同じく小学生どもが昼間遊んでいる間に

 

俺たちボランティアはキャンプファイヤーの準備に取り掛かった。

 

連中が脳天気に大はしゃぎする中で必死に作業するのは自分でも馬鹿らしく思う。

 

それで午後になり小町や三浦たちが水着に着替えてキャッキャウフフしている間に

 

俺はスマホを手にして千葉で暇を持て余しているであろう材木座にあることを頼んだ。

 

後日、一緒に夏コミに参加して長蛇の列が並ぶ中で同人誌買い漁らされる羽目になるが…

 

とりあえずこれで俺の方は準備が整った。

 

「待たせたわね比企谷くん。」

 

「硝子ちゃん連れてきたよ。」

 

その間に雪ノ下と由比ヶ浜が何も事情を知らない西宮を連れてきてくれた。

 

よし、これでいい。ぼっちの西宮を連れ出すのは案外簡単なことだった。

 

石田たちは西宮がいなくなったことなど知る由もなく今も水遊びを満喫しているのだろう。

 

結局この世界は残酷だ。こんな世界で力のないぼっちはどうすればいい?

 

簡単だ。この世界を変えればいい。そして俺は去年と同様のあの台詞を口にした。

 

―――新世界の神になる。

 

それが自分の居る世界を変える一番のやり方だ。

 

そして陽が暮れて夜になるとこれまた例年通り肝試しが行われた。

 

小学生たちは誰もが興奮しながら肝試しに参加した。

 

班のみんなで暗い夜道を歩いて戻るだけだし俺たち高校生もちょっと仮装する脅かし役。

 

こうして順調に肝試しを勧めていたがその矢先に事件は起きた。

 

「大変だ!西宮がいないぞ!?」

 

小学生全員が肝試しを終えた直後のことだ。

 

担任の竹内が児童の人数を確認するために点呼を取ったところ

 

なんということだろうか西宮の姿を確認できなかった。

 

それから水門小学校の教師、並びに俺たちボランティアが急いで西宮の搜索に出た。

 

そして一時間後―――

 

「西宮さんが見つかりました。」

 

夜の山道で行方不明になっていた西宮を俺たち高校生ボランティアが発見。

 

幸い大事には至らなかったものの

 

西宮は酷く怯えていて今は俺たちボランティアのコテージで

 

雪ノ下、由比ヶ浜、小町の三人が介抱していることをクラスの全員に伝えた。

 

その報告を聞くと6年2組の誰もがその場でひと安心した。

 

大事に至らなくてよかった。だがすぐにこうも思った。

 

やはり西宮はクラスのお荷物だ。だから関わりたくないのに…

 

そんな雰囲気を晒し出していた。さてと、それじゃあ始めるとするか。

 

「ところで西宮なんですけど補聴器を付けてなかったんですよ。」

 

そんな西宮に不快感を抱いていた小学生たちに俺は爆弾発言をかました。

 

そのことを聞いた小学生たちは思わずざわめき出した。

 

どうやら身に覚えのあることで動揺し始めたか。

 

「それで探してみたら補聴器はありました。

けどこれなんか隠されていたみたいなんですよね。

そういえば昨日の夕飯時にこの補聴器で遊んでいたヤツがいたよな。」

 

ここまで言うと石田の表情にある変化が起きていた。

 

見ると顔中油汗まみれだ。それじゃあもうひと押し行くか。

 

「わかっていると思うがこの補聴器は西宮にとっては命綱だ。

それを隠されて夜の山道を歩かされたってことは最悪の場合は死ぬかもしれなかった。

これってつまり殺人未遂になるんじゃないか。」

 

殺人未遂。自分の悪ふざけがそんな大それた事態を招くとは誰が予想できる?

 

特に今までそんなことも考えずにいた頭の悪いクソガキにわかるはずもない。

 

その話を終えるとクラスの誰もが石田に注目した。

 

当然だな。石田の悪戯が危うく最悪の事態を招くところだった。

 

だがこうなった以上、もうガキの悪戯では済まされない。

 

これから石田には地獄を見てもらうぞ。

 

「そうだよな。石田が悪いよな。」

 

「石田くんが西宮さんを虐めてたよね。」

 

これまでの石田の行いを糾弾したらあとは簡単だ。

 

ヤツと同じ班の島田と川井は石田が悪いと指摘した。

 

続いて誰もが石田こそが西宮イジメの主犯だと吊るし上げた。

 

この光景に石田から恐怖と焦りが混じった感情が伝わってきた。

 

これまで石田はクラスのガキ大将で所謂リア充だった。

 

その地位が転落する。もうどうすることも出来ない。

 

「石田、たった今だが西宮の親御さんに連絡が取れた。

明日の朝一番に迎えに来るそうだ。そこでお前が悪かったということで謝るんだぞ。」

 

「ちょっと待ってくれよ!俺だけが悪いわけじゃないだろ!他のみんなだって…」

 

「ふざけるな!西宮の補聴器を隠したのはお前だろ!いい加減にしろ!」

 

「ちがう!俺は西宮の補聴器なんて隠してない!?」

 

さらに担任の竹内までもがこの問題を石田一人の責任として糾弾した。

 

そんな石田だが唯一人だけ自分は無実だと主張する。

 

自分は西宮の補聴器など隠していない。イジメだって自分一人で行ったわけじゃない。

 

クラスのみんなだってやっていたと…

 

だが日頃の行いのせいだろうか誰一人としてそんな石田の言い訳に耳を貸さなかった。

 

さてと、本来ならこれで西宮イジメに関しては事態が収束するだろう。

 

だがこれで終わらせるつもりはない。

 

クラスの誰もが石田を吊し上げようとする中で俺はさらなる指摘を行った。

 

「いや、石田だけが悪いわけじゃないだろ。お前らだって同罪じゃね。」

 

このことを告げるとクラスの児童たち全員が今の石田と同じく動揺する素振りを見せた。

 

まさか自分たちにまで矛先が向けられるとは予想外だったのだろう。

 

だが悪く思うなよ。お前らだって同罪なのは確かなんだからな。

 

「待ちなさい!悪いのは石田だけで他の児童は悪くない!」

 

「それはないでしょ。昨日石田と一緒に補聴器ぶん回していたヤツらいたよな。」

 

竹内がすぐに児童たちのフォローに入るがそうはさせない。

 

俺の指摘について葉山や三浦たちも他の子供たちもイジメを行っていたと証言した。

 

まあこれで言い逃れ出来れば大したものだろうけど…

 

「待ってください!誤解です!私たちは石田くんを注意していました!」

 

そこに女子の川井が濡れ衣だと訴えた。

 

自分たちは西宮を虐めてなどいない。むしろ石田から庇っていたとまで言う始末だ。

 

そんな川井に続いて他の児童たちもこう訴えた。

 

自分たちは悪くない。そんなに言うなら証拠でも見せてみろ!

 

まさか反論されるとは…けど予想外だったわけじゃない。

 

「それならお前らに面白いものを見せてやろうか。」

 

俺は自分のスマホに映っている動画をこいつらに見せつけてやった。

 

ちなみに見せた動画は昨日の夕飯で行われた西宮のイジメを撮した光景だ。

 

補聴器をまるでキャッチボールのように投げ飛ばす石田とそれをキャッチする島田と広瀬。

 

そんな三人を愉快に眺めるクラスの児童たち。

 

誰も彼もがあたふたする西宮を嘲笑う光景は見ていて不快さを漂わせる。

 

けど撮っておいてよかったわ。最近のガキは生意気だからな。

 

こんな物騒な世の中だもん。録音・録画は必須だね。

 

「オイ、黙ってないでちゃんと言えよ。証拠はあるんだぞ。」

 

目の前に確実な証拠を突きつけられて小学生どもは何も言えずにいた。

 

これで自分たちも石田と同罪。言い逃れはできない。

 

「待て。これはやり過ぎだ。石田以外の子はそこまで悪くは…」

 

そんな小学生たちを見かねたのか担任の竹内が仲裁に入った。

 

さすがにこれ以上大事になるのは御免だってか。悪いがそうはいかないんだな。

 

「なるほど、つまり竹内先生は悪いのはあくまで石田だけだと言うつもりですか。」

 

「いや…そうは言ってない…他の児童も一応あとで注意するつもりだ…」

 

随分とあやふやなこと言ってくれるな。

 

つかさっきから他人事のように言ってるがアンタだって…

 

いや、もう口で言ったところでどうにもならないな。

 

そこで俺はこの動画についてあることを教えてみせた。

 

それはこいつらにしては最も重大な問題になるからだ。

 

「ところでお前ら、この動画なんだが実はその手の動画サイトに晒しちまったんだ。」

 

そんな…まさか…

 

言葉には出ていないが顔にそう書いてあるのが見え見えだ。

 

そしてこの場にいる誰もがこの動画を見た閲覧者のコメントに注目した。

 

『こいつら最低!イジメられてる女の子可哀想!』

 

『ありえない!他の子たちも何してんの!』

 

『これつまりクラス全員でこの娘をイジメてるんだろ。最悪だわ…』

 

まあ散々なコメントが寄せられていた。

 

しかもモザイク無しで自分たちの顔を晒されているんだ。

 

そりゃ当然血の気も引いて顔面真っ青だろうよ。

 

「やめろ!今すぐこの動画を消せ!このことをお前たちの学校に通報するぞ!?」

 

この事態に堪りかねた竹内がついにブチギレた。

 

これでは児童たちが世間に晒されてしまう。そう喚いていた。

 

そりゃアンタにしてみればこれは一大事だ。

 

世間に自分のクラスの実態を知られたらどうなるか…

 

「さっきから竹内先生は他人事みたく言ってるけど先生だって児童たちと同罪ですよ。」

 

「俺が…何を言ってるんだ…?」

 

「そもそも先生は西宮の症状を把握してましたよね。

それなのに何で西宮をこんな夜の山道の中一人で歩かせたんですか?

どう考えても危険だってわかりきってるじゃないですか。」

 

そうだ。本来なら竹内は西宮の問題を児童たちに押し付けていた。

 

肝試しで石田たちの班は西宮をウザがって一人で夜の山道を歩かせた。

 

竹内は西宮に行われているイジメ問題について放置していた。

 

だから石田たちが夜の山道を歩かせたなんて気づかずにいたがそれがこのザマだ。

 

事態は最悪の展開を迎えた。

 

さすがにこればかりは石田だけの責任では済まされない。

 

竹内は6年2組の担任教師。その責任は重大だ。

 

「明日、西宮の親御さんがここに来るんですよね。

その時に石田一人を謝らせて済ませられると思ってるんですか?

当然ですけど竹内先生には最終的な責任がありますよ。」

 

そのことを指摘すると竹内は世にも醜いほど顔を強ばらせていた。

 

まさか本気で児童一人に責任押し付ける気だったわけじゃないよな?

 

だとしたら引くわ。さてとここまで指摘してやると

 

さすがにさっきまでみたく誰も石田だけを吊るし上げるような空気ではない。

 

だからといって反省したのかといえばそうでもないわな。

 

むしろ何人かはまだ石田に罪を擦り付けようとする動きもある。

 

それに竹内もだ。いざとなればどう動くかわからん。こうなると厄介だな。

 

「あの…やっぱり私たちみんなが悪いんだと思う…」

 

そんな時、たった一人この場で手を挙げた児童がいた。女子の植野だ。

 

6年2組の児童たちが注目する中で植野は自分たちにも非があることを認めた。

 

それからは植野に続いて女子の数人が自分たちの非を認め出しそれに続いて男子たちも…

 

これで西宮のイジメ問題は6年2組全体で行っていたという証言は得られた。

 

「竹内先生、児童たちは非を認めましたよ。あとは先生だけです。どうしますか?」

 

「だが…俺は…何もしては…」

 

「児童たちが非を認めたんですよ。先生だって認めなきゃダメですよ。

それにどのみち西宮を一人で夜の山道を歩かせる許可を出したのはアンタだ。

その責任は絶対に免れませんよ。」

 

さすがにここまで脅せば十分か。それではここらで飴を渡す頃合だな。

 

「だからここは先生がイジメ問題を解決したってことにしましょう。」

 

「え…?俺が…」

 

「はい、外部のボランティアが乗り出して解決したなんて格好がつかないっすからね。

だから先ほどの動画についてはなかったことにしませんか。

これでお互いさまってことでいいでしょ?」

 

竹内に関してもとりあえずはここまでにしておいた。

 

本当ならもっとやってやりたいところだが今こいつには潰れちゃ困るんだよな。

 

こうして話し合いは終了。

 

だが俺たちは石田だけはお説教があると残ってもらい

 

今夜は俺たちといっしょのコテージで泊まることになった。

 

「あのさ、俺は反省してねえから。そもそも悪いの西宮だし。」

 

クラスの連中がいなくなってから石田はさっきまで怯えていたのが途端に開き直った。

 

さっきまでこいつはクラスから吊るし上げるところだった。

 

だがそれが一転して悪いのは

 

自分だけではないと証明されたことで調子を取り戻したらしい。

 

まったく調子のいいヤツめ。だがこれは想定内だ。

 

それから俺たちのコテージへと石田を連れて行くとそこには意外な人物が待っていた。

 

「嘘だろ…なんだよ西宮…お前…」

 

そこには西宮が待っていた。

 

その西宮だが特に傷ついたわけでもなく至っていつも通りだ。

 

それどころか小町や由比ヶ浜がヘアスタイルを弄っておめかしをしている程だ。

 

これがさっきまで夜の山道を彷徨っていた人間の有様か?そんなわけねえだろ。

 

「種明かししてやる。西宮はずっとここにいたんだよ。」

 

この発言に石田は思わず鳩が豆鉄砲を食らった顔をした。

 

単純なヤツめ。つまりドッキリだったわけだ。

 

予め西宮を呼び出して手話の出来る雪ノ下を通じて打合せを行う。

 

それで肝試しで行方不明になったフリをして俺たちのコテージに隠れる。

 

そしてお前ら6年2組の連中に反省を促す。つまりはそういうことだったんだよ。

 

「ふざけんなよ!なんだよそれ!?」

 

種明かしをされて石田は思わず大声で叫んだ。

 

よくもこんなふざけた真似をしてくれたな!

 

自分は危うくとんでもない濡れ衣を着させられるところだった!

 

そう訴えているのだろうが…

 

「どのみちお前は近いうちクラスの連中から糾弾されてたぞ。」

 

「は?何言ってんだよ。どうして俺が…」

 

「まだわからないのか。

お前は西宮を率先してイジメていた主犯格だろ。

それで西宮の補聴器まで壊してたらしいな。

俺も雪ノ下から聞いたがあれって結構高価なモノだぞ。

要するにお前はその補聴器を弁償させられるんだよ。」

 

「弁償ってそれだけかよ!そのくらいなんだってんだ!いくらだよ!?」

 

こいつめ、まだガキ大将気分でいるつもりか。

 

見かねた雪ノ下が俺に代わって石田の相手になった。

 

それにしてもさすがは氷の女王。ひと睨みで石田を黙らせやがった。

 

「あなた、今まで西宮さんの補聴器をいくつ壊したの?」

 

「え…と…三つ…か…そのくらい…」

 

「そう、三つね。言っておくけど西宮さんが付けている補聴器は二十万円もする代物よ。

つまり単純に計算すれば六十万円の支払いになる。それだけのお金をあなた払えるの?」

 

「……えない。」

 

「何を言っているのかわからないわ。ハッキリ言いなさい。」

 

「……えないよ。」

 

「だから聞こえないと言っているの。あなた男でしょ。

さっきまでの偉そうな態度はどうしたの。お山の大将さん。

それとも立場が逆転すると何も言えなくなるのかしらこの卑怯者くん。」

 

「だから……払えないよ…」

 

雪ノ下に詰られながら石田はようやく払えないと口にした。

 

まあ当然だが六十万円なんて額を小学生に払えるわけがない。

 

つまりこの場合、補聴器の弁償に応じるのは石田の母親だ。

 

六十万円なんて金額を一般家庭で負担するとなればガチで大事になる。

 

それに石田だってもう小学6年となれば事の重大さを痛感するだろう。

 

つか今回俺たちが動かなかったら

 

こいつは罪悪感もなしにずっと西宮の補聴器を壊し続けていたかもしれない。

 

その額はもしかしたら百万円を超えていたかも…

 

そう思うとゾッとするわ。知らないって恐いよな。

 

「なあ…六十万なんて大袈裟に言うなよ…」

 

「あんな小さい機械が…そこまで高いわけないだろ…」

 

「本当は千円…二千円くらいじゃねえの…」

 

「オイ…そうなんだろ…答えろよッ!」

 

石田はなんとしてもこの事実を否定したかった。

 

だが相手が悪かったな。お前を糾弾している相手はこの中で最も虚言を嫌う雪ノ下だ。

 

つまり雪ノ下の言葉は紛れもない事実であり

 

石田は六十万円もの弁償金を負担しなければならないということだ。

 

「そんな…嘘だ…ちがう…これは…」

 

これが夢ならどうか覚めてくれ。

 

俺たちがいる前で石田はみっともなくそう嘆いた。

 

この場にいる誰もが石田に同情するがこれも自業自得。

 

だが運が良かったな。お前はその現実を回避することが出来るんだぞ。

 

そこにもう一人ある人物が姿を見せた。それは石田も知るあの少女だ。

 

「石田…大丈夫…?」

 

「…植野…何でここにいるんだよ。」

 

「ああ、教えておいてやる。植野は俺たちとグルだったんだよ。」

 

そのことを聞かされて石田はもう何がなんだかわけがわからずパニック状態に陥った。

 

今回の件をスムーズに解決するにはやはり6年2組の児童から協力者を得る必要がある。

 

そこで白羽の矢が立ったのが植野だ。

 

だから先ほどの糾弾でも植野が真っ先に自分の非を認めたんだよ。

 

「けど…植野お前どうして西宮の味方なんか…」

 

「ちがう…そうじゃない…私は西宮さんじゃなくてアンタの味方なの…」

 

「俺の味方?わけわかんねえ…どういうことなんだよ…!?」

 

石田はこの状況をまだ理解出来ていなかった。

 

何故この植野は石田の味方でありながら西宮イジメを解決に導く手伝いをしたのか?

 

そこにはある裏事情が隠されていた。

 

話は昨夜まで遡る。

 

俺は昨日の夕飯の時に由比ヶ浜と仲良くなった植野を呼び出してもらった。

 

そして植野にこれから石田に起きる問題について話してみせた。

 

ちなみに石田に起きる問題とは何か?

 

その問題とは西宮イジメの主犯として吊るし上げられることだ。

 

石田はクラスの中で西宮に対して特に悪質なイジメを行った。

 

問題なのは西宮のイジメ問題が浮き彫りになったとして誰がその責任を取らされるかだ。

 

当然石田に決まっている。

 

ぶっちゃけこいつが吊るし上げられることについてはどうだっていい。

 

だって石田が悪いのは事実だし…

 

けど他の連中はどうなのだろうか?

 

もしも西宮のイジメ問題を石田一人に押し付けたとしよう。

 

その後はどうなる?石田だけを糾弾したところで他にイジメを行ったヤツは無罪放免。

 

そいつらは石田が糾弾されたのをいいことに再び西宮をイジメる可能性が高い。

 

だから俺は植野にこう申し出た。

 

『俺たちに全面的に協力しろ。そうすれば石田に降りかかるダメージを軽減させられる。』

 

どのみち石田は遅かれ早かれこんな目にあっていたはずだ。

 

それなら少しでも負担を少なくする方法を選ぶ必要がある。

 

それに植野自身もいずれはこうなることを予想していたらしく

 

俺の申し出に渋々ながらもなんとか応じてくれた。

 

まあ悔しいことだが6年2組に西宮の味方になってくれる人間はいなかったが

 

石田の味方になってくれる人間ならいてくれた。

 

だからこそ、このプランが成り立ったわけだ。

 

「大体西宮のことムカついてたのお前じゃねえか!

お前だって先生からお世話係押し付けられたって文句言ってただろ!?」

 

そんな石田だがまだ納得できないようで植野に詰め寄ってそんなことを問い質していた。

 

なるほど、お世話係か。

 

話を聞いてみると6年2組では竹内は耳の聞こえない西宮のためにお世話係をつけていた。

 

その係になったのが西宮と席の近い女子の植野だった。

 

だが石田の言うように植野の負担は半端じゃなかった。

 

植野の声は耳の聞こえない西宮に通じにくいようで意思疎通が極めて困難だった。

 

なんとか筆談でのやり取りでどうにか過ごしてきたが

 

小学生の子供が難聴の人間を世話をするには限界があった。

 

やがて西宮はクラスのお荷物状態と化してストレスが溜まる一方。

 

それが西宮をイジメるきっかけになったわけか。

 

「ふざけないで!だからといってこんなイジメが許されると思っているの!」

 

そんな二人を雪ノ下が一括してみせた。

 

どんな理由があろうとイジメなんて卑劣な真似は許されない。

 

雪ノ下はこいつらの前でそう言ってみせた。

 

「偉そうにするな!口先ばっかり言いやがって!」

 

だが石田たちもそんなことでこの不満を抑えることなど出来なかった。

 

何故自分たちばかり責められる!そもそも西宮にだって問題があったはずだと訴える始末。

 

こりゃもうどんなに説教したところで無理だな。

 

仕方ない。やはりあの方法しかねえか。

 

「わかった。そんなに言うなら明日お前らにいいものを見せてやる。」

 

俺からの突然の申し出に二人は何事かと思ったが…

 

こうして夜が明けた。

 

翌日、朝早くに西宮の母ちゃんがこの千葉村へと駆けつけた。

 

「これはどういうことなんですかッ!」

 

当然のことながら西宮の母ちゃんは大激怒。

 

そりゃそうだ。耳の聞こえない娘が山の中で遭難して危うい目にあった。

 

下手をすれば死んでいたかもしれない。これを批難しない親がどこにいる?

 

「申し訳ありません。担任の私が至らなかったばかりに…」

 

そんな西宮の母ちゃんに担任の竹内を始め6年2組の児童たち全員が謝罪した。

 

何でこいつらがこんな素直に謝罪に応じたのか?そりゃ勿論昨日の動画だよ。

 

あれを世間に晒されたくなければ大人しく西宮とその母ちゃんに謝罪しろと苦言した。

 

だからこいつらは渋々謝っているだけ。

 

ちなみにあの動画をどこぞのサイトに上げたという話は嘘だ。

 

千葉に居る暇を持て余している材木座に頼んでそれっぽい感じに仕立ててもらっただけ。

 

だから動画サイトになんて投稿してないから安心しておけ。

 

まあそんなこと本当にやらかしたら俺や雪ノ下たち全員が退学処分喰らうからな。

 

さすがにそれだけは避けなきゃならん。

 

「それと敢えてこの場でお伝えします。

娘さんの補聴器について度々壊れている報告を受けている件についてですが…

それを行ったのは6年2組の児童たちによる犯行でした。本当に申し訳ありません。」

 

そして竹内はこの場にて西宮の補聴器の損害についても打ち明けた。

 

児童たちも動画の件で石田だけが悪いと言えず自分たちにも非があると謝罪した。

 

これが本心からの謝罪なら立派だが脅されてやっているのだからろくでもない。

 

まさに嘘、偽りにまみれたろくでもない謝罪だ。

 

「冗談じゃないわ!この学校はどうなっているの!?」

 

そのことを聞かされて西宮の母ちゃんの怒りは頂点に達した。

 

この場にいる全員を容赦なく罵倒する顔はまさに夜叉の形相だ。

 

補聴器については

 

学校に戻った後に保護者会を開いて各家庭から弁償代を賄うことを竹内は約束した。

 

これで用件は済んだ。

 

西宮の母ちゃんはわだかまりを残しつつも娘を連れてすぐにこの場を去ろうとした。

 

さてと、ここからが本番だ。

 

「すいません。待ってもらえますか。」

 

「あなた…誰…?」

 

「俺はボランティアの者です。娘さんについて話があるんですよ。」

 

俺は石田と植野を連れて駐車場で車に乗り込もうとする西宮の母ちゃんに声をかけた。

 

いきなり見ず知らずの人間が何の用かと西宮の母ちゃんはかなり警戒している。

 

まあ娘があんな目にあった直後だ。当然といえばそうだが…

 

けどこの人にどうしても話さなきゃならないことがあった。

 

とりあえず西宮の母ちゃんは車に娘だけ残して外で俺たちとの話し合いに応じてくれた。

 

「こうなった原因はここにいる石田です。こいつが娘さんをイジメてました。」

 

クラスで起きていた西宮のイジメ問題についてその詳細を説明した。

 

ここにいる石田がイジメを率先して行ったこと。

 

それを知ると西宮の母ちゃんは石田の前に乗り出して…

 

「このっ!よくも!」

 

石田の頬を思いっきりビンタした。

 

うわ…痛そう…ビンタされたことで石田の頬は赤く腫れ上がった…

 

「痛っ…何しやがるんだよ…!」

 

「打たれて当然のことをしたのにそれがわからないなんてどういう教育を受けてきたの!」

 

西宮の母ちゃんの逆鱗に触れたことで石田は容赦なく怒鳴られた。

 

石田の襟首を掴み二発三発と容赦なくビンタをかましていく。

 

つか見てるだけじゃダメだよな。さすがにそろそろ止めないとやばいな。

 

「まあ待ってくださいよ。怒る気持ちはわかります。

けどこいつらが娘さんをイジメた理由を聞いてみたらどうですか。」

 

「硝子をイジメた理由ですって?そんなことを聞いてどうするのよ!」

 

「これがアンタにとって絶対必要なことですから。」

 

竹内から聞いたが西宮は前の学校でもトラブルが起きていたそうだ。

 

そのトラブルだが今回のイジメ問題が俺の考え通りなら…

 

それから石田と植野は西宮をイジメることになったきっかけを話し始めた。

 

「以前に合唱コンクールがあった。

そこで西宮を参加させるかどうかって話があったんだ。けど西宮は酷い音痴で…」

 

「結局ゴリ押しで西宮さんも参加したけど…やっぱり音を外して私たち最下位になった…」

 

それは西宮が難聴を患っている限り避けては通れない出来事だった。

 

結局俺たち健常者と障害者ではどうにもならない大きな隔たりがある。

 

西宮もクラスのみんなと合唱コンクールに参加したい思いがあったかもしれない。

 

けど現実は非情でこいつらのクラスは最下位に転落した。

 

みんな頑張って練習したのに西宮のせいですべて台無しにされた。

 

普段から西宮は難聴のせいでクラスのお荷物扱いだった。

 

それだけでも不快に思われていたのにワガママを通してこの有様だ。

 

このコンクール以降、西宮はクラス全員からの不快感を一身に背負うことになった。

 

「それがなんだというの!そんなことでイジメが正当化されるとでもいうの!?」

 

「まあ石田たちの言い分なんてチンケなもんですよ。

ぶっちゃけスルーしてくれたって構いません。

けど考えてみてくださいよ。どうしてこんな問題が起きるようになったのか?

この問題の根っこになっている原因は何なのか?そもそも発端はなんだったんですかね。」

 

「だから何なの!硝子がイジメられる原因なんて難聴が理由でしょ!」

 

「そうっすよ。けどそんな難聴の娘を何で普通の学校に入れたんですか。」

 

このことを尋ねると西宮の母ちゃんは険しい顔でピタッと黙り込んでしまった。

 

ああ、そうだろうよ。本来ならこの人は行政から養護学校を勧められたこともあったはず。

 

それを蹴ってまでわざわざ普通の学校へ通わせた。そのことに何か意図があるのか?

 

「私は娘を…硝子を強くさせたいから敢えて普通の子と同じ学校に通わせたの!」

 

「その結果はどうだったんすか?前の学校でもトラブッたんですよね。

つまりアンタは娘さんの身に何か起きることくらいは予想出来たはずだ。」

 

「だから言ってるでしょ。

硝子は弱いままじゃダメなの。強くならなければ…」

 

「強くならなければ…?それって自分が旦那に捨てられたのが原因だからですか。」

 

このことを指摘されて母親は図星を突かれた顔になった。

 

我ながら本当にろくでもないことばかり指摘しちまうな。

 

「竹内先生から聞きましたよ。お宅は母子家庭なんですよね。

そうなった原因ってなんですか?ひょっとして娘さんの障害が原因じゃないんですか。」

 

俺も雑誌やTVくらいの知識しかないが障害児を抱える親だって人間だ。

 

それなりに偏見のある親だっているだろう。

 

恐らく西宮の父ちゃんもそのうちの一人だったのかもしれない。

 

そのせいでこの人は旦那に捨てられた。それも娘の障害が原因で…

 

それならこの過剰なまでに娘にきつい態度なのも理解できる。

 

「アンタが娘を強くさせたいのは旦那に捨てられた恨みとかそんな感情じゃないのか。

その腹いせに娘を強くさせたいとか思ったんだろ。とんだ迷惑じゃねえか。

6年2組の連中はアンタの都合に振り回されてしまったんだからさ。」

 

「何よあなた…私が悪いとでもいうの…」

 

「そりゃそうですよ。アンタは娘を躾けるために普通の学校に通わせた。

けどそうなった理由。言いたくないけど娘に不健康な身体を与えたことにあるはずだ。」

 

これは母親に対してある意味禁句にも近い言葉だ。

 

ぶっちゃけ俺も赤の他人に対してよくもこんなことを言えたものだなと思う。

 

けど時間がない。ここで西宮の母親に去られたらもう俺はこの親子と接触する機会を失う。

 

だから徹底的にやらせてもらうぞ。

 

「そもそも西宮を強くさせたいってどういう意味だよ。

アンタの勝手を押し付けているが西宮は常に誰かの手助けが必要なんだ。

それなのに強くなれ?もしかしてアンタみたくワガママを通せる人間になれってか?

そんなことにしたらどうなる?もう誰も西宮を助けなくなるぞ。」

 

そう、西宮はあれだけの不遇に合いながらも文句を言えなかった。

 

そのことに理由があるとすればそれが西宮の生きていくための処世術によるもの。

 

唯でさえ足を引っ張る存在の自分が相手の迷惑にならないように努めようとする処世術。

 

これは決して健常者の母親には理解されないものだろう。

 

「結局アンタもこいつらと同じなんだよ。娘のことを思っての行動が全部裏目に出ている。

今回の一件が原因でクラスの連中が娘さんに手を貸してくれなくなればどうなる?

学校ではイジメられて家庭ではアンタという母親に無理強いさせられる。

こんな調子じゃいつか自殺に及んじまうぞ。」

 

「そうなった時にアンタ言えるか。」

 

「自分は決して間違ってない。正しかったと言えるのかよ。」

 

ここまで指摘すると気丈だった母親は大粒の涙を零して泣き出した。

 

正直悪いことをしたよ。本当はアンタにだって言い分があったかもしれない。

 

けどアンタと初対面の俺が正攻法での説得ではどうにもならない。

 

だからこんな荒療治に出るしかなかった。

 

「比企谷言いすぎだ。うちの生徒が失礼しました。

私は総武高校の平塚といいます。娘さんについてご相談したいことがありまして…」

 

それから平塚先生が駆け寄り俺に代わって西宮の母親をフォローしてくれた。

 

先生は西宮の母親に養護学校への選択肢も考えるべきだと促した。

 

それは決して弱さを肯定することでも逃げるわけでもない。

 

子供を安全な場所で教育させるのも親の務めだと丁寧に説いてくれた。

 

まあ先生からは軽くゲンコツを喰らったがこんな程度で済ませるのなら楽なもんだ。

 

それよりも問題は…

 

「やっぱり西宮さんのお母さんが悪かったんじゃない!」

 

「だよな。そのせいで俺ら迷惑したんだしよ。」

 

俺が西宮の母親の無茶ぶりを指摘したせいなのか石田と植野は

 

あの母親こそが元凶だったと仄めかしいい迷惑だったとそう愚痴りだした。

 

確かにこいつらにも言い分はあった。だが…

 

「なあお前ら、どうして西宮を受け入れるって選択肢はなかったんだ。」

 

「は?何それ?どうして俺らが西宮を受け入れなきゃならないんだよ。」

 

「そりゃ勿論あいつのことを友達として受け入れてやればよかったと言ってるんだよ。」

 

「無理に決まってんだろ。あいつのせいで俺ら迷惑だったしよ!」

 

「確かにそうかもしれない。けど石田。お前くらいは西宮の味方になってやるべきだろ。」

 

「何で俺なんだよ!どうして!?」

 

「だってお前の家も父親がいねえだろ。」

 

父親の不在。このことを告げられて石田は初めて気まずい顔になった。

 

これも担任の竹内から聞き出したことだが石田と西宮は共に母子家庭だ。

 

つまりあのクラスにおいて西宮のことを理解出来たのは石田だったはずなんだ。

 

「お前さっき西宮の母親を否定したな。

西宮の家は母親しかいない。けどお前の家だって母親しかいないだろ。

それってお前は自分で母親のことを否定してるってことだぞ。」

 

「そんなわけねえだろ!何で母ちゃんの話になるんだよ!?」

 

「まだわからないのか。

これから学校に戻って補聴器の話し合いが開くよな。

いくら共同で弁償金を払うといってもイジメの主犯がお前であることに変わりはない。

それで弁償代を多く支払うことになるのは誰だ?お前の母ちゃんだろ。

お前は自分一人で健気に子どもを育てる母親の存在を否定しておきながら

その母親に自分がバカやらかした後始末を押し付けているどうしようもないクズだよ。」

 

少々悪く言ったがこれが6年2組のイジメ問題における本質だ。

 

本来なら石田は西宮を守るべき立場にあった。

 

西宮のことをほんの少しでも理解しようとする気持ちがあれば気づけたはずだ。

 

だがお前は気付けなかった。それがこんな事態を招いたのだから自業自得でしかない。

 

「待ってよ!石田を悪く言わないで!」

 

そんな愕然とする石田を植野が庇い立てした。

 

石田は悪くないと何度もそう訴えた。どうやらこいつにもきついお灸が必要なようだ。

 

「待ってよ!石田を悪く言わないで!」

 

そんな愕然とする石田を植野が庇い立てした。

 

石田は悪くないと何度もそう訴えた。どうやらこいつにもきついお灸が必要なようだ。

 

「そんなヤツを庇い立てする必要ないだろ。むしろお前は軽蔑すべきじゃねえの。」

 

「ふざけないで!何で石田を軽蔑しなきゃならないの!」

 

「何で…か。さっきの話聞いてたよな。

西宮の親父さんは障害が原因で娘と女房捨てたかもしれないって…

それでちょっともしもの話をしようか。

たとえばだが将来お前ら二人が結婚して子供生んだとする。

その子が西宮と同じ障害を持って生まれてきたらどうする?」

 

これは誰にだって有り得る話だ。

 

母親なら誰もが子供を健康な身体で生まれてきて欲しいと願う。

 

俺の母ちゃんだってきっと優しくて素直で目つきのいい子供を望んだろうよ。

 

それが運命の悪戯でその願いが果たせないこともある。

 

その時に親は子供に対してどうすべきなのか求められるだろう。

 

「自分の子供に障害があると知って西宮の親父さんは逃げた。

実の子を捨てるなんてこれは軽蔑されて当然の行いだ。

それで聞くけどもしもお前らに子供が生まれたら石田ってお前から逃げるんじゃないか。」

 

この話を聞かされて植野は初めて石田に対して疑惑の目を向けた。

 

もしも自分が西宮と同じ症状の子を産んだら石田は逃げるかもしれない。

 

これまで植野はそんな疑惑など考えたこともないはずだ。

 

それから植野は石田に対して思わず嫌悪感を抱いてしまった。

 

小学6年生となれば女性としての意識も芽生える。

 

この話を聞いて石田に対しての生理的な拒絶感が顕になってしまったようだ。

 

「そういえば石田。お前の親父って何でいないんだ?

まさかお前の親父も母ちゃん捨てて逃げたのか?

それじゃあお前もいつか嫁さんが出来ても親父と一緒で子供が出来たら逃げちまうよな。」

 

「ちがう…俺は…逃げたりなんて…」

 

「ちがう?何がちがうんだよ。お前は西宮をイジメた。

それで未だに自分が犯した馬鹿げた行いから目を背けている。一体何がちがうんだ?

お前の母ちゃん捨てた親父と一体何がちがうんだ。さあ、答えてみろよ。」

 

俺は徹底的に石田を追い詰めた。

 

そのことで石田はもう泣きじゃくり感情の制御もままならなかった。

 

悪いが容赦する気はない。ここまでやらなければお前はこの問題の本質を理解出来ない。

 

この先も永遠に頭の悪いクズで終わらせるか

 

それともこの自分の仕出かした馬鹿な行いにケリを付けるかはお前次第なんだよ。

 

「俺は…だって…あぁ…」

 

どうやらもう満足な返答は得られないようだ。

 

ここまで追い込まれた人間に答えを求めるのは無理だ。けどこれでいい。あとは…

 

「うぎぃっ!」

 

痛っ!そんな俺のところに誰かが思いっきりタックルしてきた。

 

現れたのはなんと西宮だ。車に乗っていたはずの西宮が俺を目掛けてタックルした。

 

そして西宮は手話で二人に何かを語りかけた。

 

その内容は手話の出来ない俺や石田たちには意味がわからなかった。

 

「迷惑をかけてごめんなさい。彼女はそう言っているのよ。」

 

そこに雪ノ下が現れた。手話の出来ない俺たちに代わって西宮の聲を伝えてくれた。

 

『一緒に頑張ろう』

 

手話でしか満足に伝えられない西宮が石田に向けた想いだ。

 

西宮から差し出されたその手を石田は涙を流しながら受け取った。

 

それに続いて植野も…

 

それから三人は何も言わず俺の元から去った。

 

「どうやらなんとかなったみたいね。」

 

「ヒッキーお疲れさま。大丈夫だった?」

 

「俺はどうってこない。どうせ去年と同じやり方だからな。」

 

石田たちが去ったのを見送ると雪ノ下とそれに隠れていた由比ヶ浜が駆け寄ってくれた。

 

そう、結構えげつなかったが

 

それでもこのやり方は去年の鶴見留美の問題を対処した時とほぼ同じものだ。

 

イジメた連中の非を認めさせて高校生の俺たちが悪役になってイジメられっ子を立たせる。

 

相変わらずこんなやり方しか出来ない自分が

 

如何に成長出来てないということを改めて思い知らされてしまった。

 

「けどさ、あの子たちこれで解決するのかな?」

 

「さあな、わからん。この問題は根っこが深すぎる。

石田と植野も西宮に対してまだちゃんとした謝罪をしてないからな。

この問題を完全に解決するにはまだ時間が必要だろ。」

 

「そうね、私たち奉仕部はきっかけを与えるだけ。あとはあの子たちの問題よ。」

 

以前に雪ノ下は奉仕部の理念についてこう説明してくれた。

 

『飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教える』

 

だから俺たちはこれ以上、西住硝子の問題に関わることはない。

 

あとはあいつら次第だ。

 

恐らくこの後で西宮の母親は娘を養護学校へ転入させるかもしれない。

 

そのことに関しては仕方のない問題だと思う。

 

だがもしも、今回の出来事を通して石田たちが反省をしたのなら…

 

あいつらは西宮をクラスのみんなに受け入れてもらうように努めてくれるかもしれない。

 

まあ甘い希望かもしれないがこんな世知辛い世の中だ。

 

そんな囁かな願いを望んだっていいだろ。

 

「さあ、私たちも帰りましょう。」

 

「うん!隼人くんたちの車も先に行っちゃったから残ってるのはアタシたちだけだよ。」

 

「そうだな。小町たちを待たせて悪いからさっさと行くか。」

 

こうして俺たちも平塚先生の車に乗ってこの千葉村を去った。

 

これでこの場所へ来るのも最後になるのだろう。

 

思えば去年もそうだが色々とあったな。

 

だがこれも青春の一ページとして胸に刻んでおこう。

 

俺はふと車の窓から外の景色を眺めた。

 

見ると先頭を走る西宮親子の車と水門小学校一行のバスが俺たちとは別方向に走っていた。

 

その中には石田の姿も見受けられた。

 

もうあいつがあのクラスでガキ大将を張ることは出来ない。

 

それどころかヤツはクラスの底辺にまで落ち込むだろう。

 

別に同情なんてするつもりはない。これはヤツが背負わなければならない罰だ。

 

だが石田、お前はまだやり直せるチャンスがある。

 

先ほど差し出された西宮の手。あいつはお前を助けてくれた。

 

もしもお前にこれっぽっちでも人を思いやる気持ちがあるなら…

 

西宮を助けてやれ。それがお前の出来る唯一の償いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

八幡「聲の形?」

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