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雪乃「さあ、三日月さん。あなたのその腐った性根を叩き直してあげるわ」 夜空「……はっ、やってみろ」1/4【俺ガイルss/はがないss】

 

第一話「鴉鳴いてわたしもぼっち」

 

 

色々あった夏休みが終わり、二学期に入ってからもちらほらと平塚先生によって舞い込んでくる依頼もとい命令をそれなりに、おざなりにこなしていた。

 

雪ノ下との勝負にはいつの間にか由比ヶ浜も加わっていて、現在勝負は一進一退の膠着状態に陥っている、らしい。

 

勝負とか何でしたっけ、俺すっかり忘れてたんだけど。ねえ誰かこれ覚えていた人いんの? 

 

そもそもなんで勝負しているのかもわからない。由比ヶ浜はともかく、雪ノ下と戦って勝てる事なんて殆ど無いに等しい。

 

痛い目や辛い目を見るのは必至である。常に敗者の俺は陽の目を見ない。ついでに言えば雪ノ下は俺の目を見ない。

 

しかし、殆どないということは逆に言えば少しはあるということである。

 

容姿端麗成績最高スポーツ万能県議会委員の娘で帰国子女の雪ノ下に勝る俺。

 

俺SUGEEEEEEEE! どのくらいかって言えば魔法科高校のお兄さんくらい。

 

過去の痛い勘違いなら雪ノ下なんて目じゃないぜ! なにそれよけい辛い。

 

ちなみに一位を争っているのは雪ノ下と由比ヶ浜のようだ。俺はたいてい見てるだけ。もしくは呼ばれもしない。

 

いや、だってほら、あれだよ。最近のあいつら超仲良いからね。俺の入り込む隙間なんて1ミリもないからね。

 

入る気なんてもとから無いからいいんだけど。いやもうほんとこれっぽちもないし。ほんとほんと。

 

まぁ夏休み中に何かあったのだろうが、それはあいつらの問題であって俺がとやかく言う事ではない。

 

由比ヶ浜にとって雪ノ下は、空気を読みまくって維持しなくてもいい関係を教えてくれた大切な存在なのだろう。

 

雪ノ下にとって由比ヶ浜は、唯一と言っていい理解者だ。最近は小町も雪ノ下に毒されてきているが。

 

だが雪ノ下、お前に小町はやらん! なんなら誰にもやらねえ! 小町には一生養ってもらうんだからねっ!

 

きっと小鳥遊さんちの泉さんならわかってくれるはず。あの人はいろいろと完成されている。

 

小町に一生養ってもらうことも視野に入れている俺だが、当の小町は現在受験生である。

 

普段家事は専ら小町が担当していたが、最近は俺が代わりにやり勉強にあてる時間を増やしている。

 

というのも、志望校、つまり俺が通っている学校への進学は学力的に厳しいのだ。

 

夏休みにほぼ付きっきりで教えた甲斐もあって多少は良くなったが、元がアレなのでまだ難しいだろう。

 

ちなみにほぼ付きっきりというのは割と厳密な意味で付きっきりだった。風呂とトイレ以外は、とかそういうレベル。

 

これは兄妹の絆がそうさせるのであって、重度のシスコンだからだとか、全く出かける予定が無かったからとかではない。

 

ついでに言えば、たまに嫉妬した親父も混ざってきたので家族の絆と言えなくもない。

 

と思ったが親父は俺に対して各種嫌がらせをしただけなのでやっぱりそんな絆はなかった。

 

まぁ小町関連ならなんてことはない。深夜に痛チャリ秋葉原から帰宅は余裕だし、なんならアメリカに連れ戻しに行くまである。

 

だからこうして休日である日曜日にはるばる夕食、夜食の買い出しに行く事は当然であり、むしろ誇らしい。近所のスーパーだけどな。

 

さすがに近所なだけあってダラダラ歩いていてもすぐに着く。

 

どこにでもある普通のスーパーで、あまり特徴はない。半額弁当を狙った狼もでないし、小さい虎を連れた凶悪目つきの竜も現れない。

 

不定期に行われる魚やら野菜やらの詰めにくい詰め放題と、微妙に安いらしいタイムセールがあることが特徴といえば特徴か。

 

自動ドアをくぐり、カゴだけ持つ。今回の目当ては野菜の詰め放題である。

 

昨日の夜、リビングで勉強している時、小町が『夜食にサラダバーとかあったらもっと勉強はかどるのになー』と言っていたからだ。

 

兄として当然聞き流すことなどできない。小町其処に在り、故に比企谷家在り。比企谷家の家訓だ

 

次の開催時間までには少し間があるので、それまで適当に回りぽいぽいと品物を放り込む。

 

調味料は買う機会が少ないのでついつい忘れがちになる。しかし今日は忘れてはいけないのは醤油だ。

 

もちろん銘柄は世界に名だたるソイソースメーカーのキッコーマン。千葉県野田市に本社がある。

 

というか野田市は醤油工場しかない。一部の人からは醤油の聖地と呼ばれているくらいだ。

 

あの市で寿司や刺身を食べるときは、空気中に醤油分が豊富にあるので空中にくゆらせて食べるのがマナーになっている。

 

正しい作法を知りたければ、もの知りしょうゆ館での工場見学の後に亀甲仙人から学ぶことが出来る。そんなわけあるか。

 

時間が近づいてきたので、詰め放題が行われる場所に向かう。

 

詰めにくいことに定評がある詰め放題だが、地味に混んでいる。

 

なんでも、高度な空間把握能力と創意工夫を求められるドM仕様が逆に人気を集めているらしい。

 

わからなくもない。ついついキャサリンをいきなりハードモードで始めてしまうあの感覚である。ツィゴイネルワイゼンはもうトラウマ。

 

まぁ、この前来た時のように、晩白柚とかいう巨大な柑橘系の何かとか、やたらでかい大根やゴボウといった巨大シリーズで攻めてきて、

 

用意された小袋どころかカゴよりもでかいという、詰めにくいどころかそもそも無理ゲーな場合も多々ある。店長マジオチャメ。

 

無理ゲーの時は、やりたい放題な店長のドヤ顔に苦笑して帰るしかないが、それでも以降の参加者数が減らないのはある意味凄い。

 

毎回違ったコンセプトで行われる高難易度のイベントは、なんらかの中毒性があるのだろうか。

 

そんな好き者達の僅かな隙間を縫うようにして良いポジションに潜り込む。人間関係界の隙間産業と呼ばれた俺には造作もないことだ。悲しい。

 

だが隙間産業は上手くやれば大成功できる可能性を秘めている。良い隙間を見極め、それを有効に活用すれば良いのだ。

 

周りを見渡せば、チャンスもとい隙間はいくらでも転がっている。

 

そう、俺自身が教室の隙間であるように。もうやめたげて。

 

独り地雷処理をしているところで、店長が出てきた。

 

手には詰め放題が開催中である事を記した立て看板を持っている。

 

でかでかと書かれた文字は、『盛ってっけ! もぎたてprettyちゃんす』。

 

おい店長。

 

マクロス好きでアルカナ勢な店長は立て看板を置くと、一度バックヤードに戻り、野菜や果物の乗ったワゴンを運び込んでくる。

 

積まれた物をぱっと見る限り、どうやら今日は巨大シリーズではないらしい。

 

一番上のものは普通の野菜のようだが、もちろん全てがそうであるはずがない。

 

良く見てみれば、捻じれたキュウリにやたら細長いジャガイモ、妙にエロい大根など普段店に並んでいる野菜とは明らかに形が違う。

 

いわゆる規格外、あるいは規格落ちというやつだろう。

 

まったく、嫌な言葉だ。

 

それらは規格品と比べて味、栄養共に劣る事は無くむしろ優秀である事が多い。

 

にも関わらず、見た目が悪い、運搬の効率が悪いというだけで廃棄されてしまう。

 

枠に納まるものしか受け入れず、はみ出すものは容赦なく排除する。まさに社会の縮図だ。

 

個性を育むと言いつつ、結局は自らのコピー品を作ろうとする教育となんら変わりない。

 

ラテラルシンキングで傷物を有効活用した特等添乗員を見習って欲しいものだ。

 

その点ここの店長は好感が持てる。また参加しようという気にもなるものだ。

 

思えば、行儀よく並んだ野菜は欺瞞に満ちた紋切型の青春を謳歌するリア充どもと似ている気がしてきた。

 

つまりイライラしてきた。もう今日は我が道を行く自由奔放な野菜しか買わない事にしよう。

 

ぼっち万歳!

 

決意を新たにしていると、店長がようやくワゴンを運び終えた。ワゴンは俺達が待機している場所から5メートル程離れている。

 

溜めに溜めるうっとおしい店長に焦らされつつ開始の合図を待つ。

 

無駄に上手いGガンの司会者のモノマネで合図された、その瞬間、わっと走り出す群衆。

 

というわけもなく、急ぐことなく普通に歩いて行く。成果は殆ど各個人の能力次第なのでその必要がないのだ。

 

最初のポジション取りもいち早く袋を取ることが出来る以外にあまり意味はない。

 

ひたすら自らの能力と向き合うこの競技は、無理やりねじ込みたがるおばちゃんを除き、

 

常連達の間では慌てず騒がずスマートにこなすという不文律の紳士淑女協定が結ばれている。

 

だが一人、空気を読まずに突貫する者がいた。

 

ダッシュでワゴンの傍まで行くと、慌ただしい様子で小袋を手に取る。

 

見るからに娘を溺愛していそうな眼。

 

友好的な女を見たら美人局だと思えと言う口。

 

娘と仲の良い息子を追い払う手足。

 

つまるところ、俺の親父である。

 

なにしてんだよ……。

 

呆れた視線で親父を見ていたら目が合った。

 

親父は俺を見てニヤリと笑い、再び猛烈な勢いで様々な野菜を小袋に詰め込み始める。

 

ワゴンには野菜だけでなく果物もあるのに、ひたすら野菜のみを詰めている。

 

……どうやら親父も昨夜の小町のつぶやきを聞いていたのだろう。

 

ときおり挑発するようにこちらをチラ見してくるのがその証拠だ。うざい。

 

しかし、なぜわざわざ詰め放題に来るのか。

 

その理由は明白である。

 

普段、親父は殆ど自分の買い物をしないようだ。ときおり幸せの壺や絵画を買わされるぐらいである。

 

そのせいか小遣いが元々少ない上に、頻繁に小町に貢ぐものだから財力は俺と同等かそれ以下だろう。

 

ゆえに金に物を言わせて買い込む事ができないのだ。

 

小町の為に出来る限りのことをするのは比企谷家の人間にとって当たり前のことである。

 

その点のみにおいて、親父は尊敬できる人物である事は確かだ。

 

しかし、親父に小町の親としての矜持があるように、俺にも小町の兄としての矜持がある。

 

負けることはできない。

 

恥も外聞もなく、遅れを取り戻すようにワゴンに飛びつく。

 

視線に敏感な俺は周囲の人間が言外に非難するのを感じ取ったが、そんなことはどうでもいい。

 

紳士淑女協定? 知るかそんなもん。

 

小袋を手に取り、頭の中でルールを確認する。

 

この詰め放題は、商品が一部でも小袋の中に入っていれば良い、と言う事になっている。

 

あとは商品に傷を付ける事と小袋以外の道具を使う事が禁止されているぐらいで、ほぼ何でもありだ。

 

小袋は何枚でも使用していいし、上下に組み合わせて包んだり紐状にして商品を結ってもいい。

 

しかし、価格は小袋一枚又は一部分につき算定されるので使い方を誤るとかえって割高になってしまうので注意が必要だ。

 

ルールを再確認した後は大まかなプランを立てる。

 

今回の目的はサラダバー用の材料を確保する事だ。種類はそんなに多くなくていいだろう。

 

勉強しながらでもつまめるもの、ということを考えると自ずと材料と量が限定されてくる。目安は3袋程度だろうか。

 

条件を確認し、のびのびと自由気ままに育った野菜達と向き合う。

 

奇怪な形をした野菜同士を組み合わせ、なるべく直方体に近い形にしたあと細長い円筒状にまとめる。それを繰り返し、徐々に円周を大きくしていく。

 

小袋の直径と同じくらいになったところで中に入れ、まだ入りそうなが隙間あればそこにもどんどん詰め込む。

 

盛るぜ~盛るぜ~、超、盛ってやんぜぇ~。

 

親父への闘争心、もとい敵愾心からか、いつもより調子が良い。

 

この調子なら負けることはないだろう。なんなら千年パズルを解くまである。闇八幡が出てきたらどうしよう。

 

雪ノ下あたりに『罰ゲーム!』とか言ってみたいが、どうせ『あなたの人生が罰ゲームみたいなものでしょう?』と言われるのでやめておこう。

 

あ、今日はこの台詞で練習しよう。雪ノ下のモノマネはもはや日課だ。

 

ちなみに、逆にきれいな八幡とか出てきたら超絶リア充になるだろう。ググったら詳しく分かるかもしれない。

 

しばらくすると親父は絶好調な俺を見て不安を感じたのか、途中からわざとぶつかったり俺が取ろうとしたものを横取りしたりと露骨に邪魔してきた。

 

全く持って陰湿である。

 

卑怯な行いなど断じて許すことは出来ない。

 

仕返しに足を踏みながら突き飛ばしたり、袋にこっそり穴を開けたりしてやった。

 

卑怯な行いなど断じて許すことは出来ない。

 

ある程度時間が経つと詰めやすいものは少なくなるので難易度が跳ね上がる。

 

やはり今回も順調だったのは最初だけで、どうにかこうにか目標である3袋を詰め終えた。

 

後半は殆ど邪魔してこなかった親父が気になったので様子を窺ってみる。

 

なんと親父は限界まで密度を高めた状態で5袋も完成させていた。

 

対人関係、特に女関連の詐欺に弱いだけで、基本的にはハイスペックであることを忘れていた。

 

俺が見ていることに気がついた親父は、かなりむかつく表情をして鼻で笑う。

 

そしてワゴンに殆ど野菜類が残っていない事を確認すると、意気揚々と去ってく。

 

だが、それは間違いだ。

 

親父のカゴに入った袋を見て、俺は勝利を確信した。

 

詰め放題コーナーを後にし、必要なものを買って回る。

 

野菜コーナーでぼっち化していたキンバーライトさんを救出した以外は予定通りの品物を揃えた。鐘が響くぜ。

 

小町の頭のことを考えれば、冬月先生ばりのマグロの目玉ゼリーとかの方が良いのだろうが、あらゆる面で非現実的だ。

 

そもそもマグロの目玉なんて売っている所はあるのだろうか。わたし、気になります

 

店員に聞いてみようか。だが気遣いの出来る俺はもちろん仕事中に声をかけるなんてまねはしない。やらなくていいことならやらない、だ。

 

ちなみにこの野菜達は農薬等で奇形になったのではない。そこは生産者並びに各方面に確認済みだ。

 

放射能の影響とか馬鹿馬鹿しいデマに流されていはいけない。

 

少なくとも千葉県のピーナッツは影響ないからどんどん買うべきだ。むしろ買え。みそピーは世界観変わるレベル。

 

まぁ、アヤシイ食材の安全を確認するのは専業主夫を目指すものとして、なにより小町の健康を預かる者として当然の義務である。

 

日々向上していく俺の主夫スキル。働かない為なら努力を惜しまないぜ。

 

レジを抜け、カゴからエコバッグに商品を移していく。

 

隣のおばちゃんのエコバッグはたぶん海外からの輸入品だ。

 

資源を節約するための物を空輸。なにこの自家撞着。

 

欺瞞を横目に淡々と作業をこなし、店を出た。

 

俺がもし物語の主人公であれば、どこかへ出掛ければ知り合いに偶然会ったりしただろう。

 

近くに住んでいて、料理が趣味であるはずの――断じて『特技』ではない――由比ヶ浜あたりが妥当だろうか。

 

しかし、現実はこの通りだ。出掛けたところで誰にも会わず、俺は物語の主人公ではなくただのぼっちだ。

 

それが悪いことだとは決して思わない。

 

ただ、もし、俺が。

 

暮れかけた空を背に鴉が一声鳴く。

 

野菜がたっぷり詰まったエコバッグの重みを感じながら歩く。

 

レジ待ちで結構並んでいたので、親父は既に家に着いているはずだ。

 

喜々として小町に戦利品を見せていることだろう。

 

しかし、小町が言うサラダバーとはサラダ=salad=野菜、バー=bar=棒で野菜スティックの事なのだ。

 

量を優先して詰めやすい葉物ばかり狙ったのが親父の敗因だ。

 

親父は小町の理解度が低い。まだまだだね。小町の英語の理解度も相当低いが。

 

……あいつ本当に合格できるのか?

 

やっぱり今後も付きっきりで教えてやるしかないだろう。

 

夕飯の手順と勉強のメニューを考えつつ、俺は家路を急いだ。

 

 

第二話

 

 

教室において窓際とは、主人公の定位置である。

 

漫画やアニメでは殆ど間違いなく主人公は窓際の席にいる。

 

光溢れる窓際。若々しく瑞々しい青春を象徴するのは、やはり光だ。

 

輝く汗。溢れる涙。それらは光を受けてキラキラとさんざめく。そう、青春は光を受けてこそ青春たり得るのだ。

 

ゆえに当代随一の真リア充である葉山隼人が席替えで窓際になるのは当然と言うよりもはや必然だろう。

 

そして主人公の隣か前後にはヒロインがいるのも定番である。

 

ご多分にもれず葉山を中心に、前に海老名さん、右隣に三浦、後ろに由比ヶ浜と、クラスの一軍リア充女子で固められている。

 

作為的なものを感じないでもないというか確実に何らかの力が特に三浦あたりに働いたのだろうが。

 

作為的と言えば、中学生時代俺の隣の席になった女子はみんな急に目が悪くなって前の方に行ったんだけどアレ何?

 

若林さんメガネしてたけど度が合ってなかったのかな。

 

前の席が埋まってもう移動できないと悟ったときの彼女の泣きそうな表情は忘れられない。

 

分かってないと思うけど一番泣きたいのは俺だからね? それ以降俺はあらかじめ一番前の席に固定されたし。

 

おかげで授業に集中できたけどな!

 

その点、最近の席替えはかなりマシになった。

 

隣になった女子は俺をチラ見しただけで直ぐに自分の所属するグループに行く。もしくは携帯を弄り始める。

 

居ても居なくてもいい奴、どうでもいい奴としてのポジションを確立した賜物だ。

 

意識しなければ存在すら忘れられている。思い出すのはそれこそ席替えや英語の授業のペアを組む時ぐらいだろう。

 

もはや忍者である。世が世なら立身出世も夢ではない。忍者的に考えて俺マジ半蔵。

 

ただし専業主夫に出世はないのでやっぱりただの夢だった。というかそもそも出世に興味がなかった。

 

席替え直後は教室が騒がしいのはどこも同じだろう。

 

幸い今はSHRなので、騒ぐ相手もいない俺はさっさと帰り支度をして教室の出口に向った。

 

動いても誰も気付かない、気にしない。やっぱ忍者になろうかと本気で検討しながら廊下を歩いていると、いきなり背中を突つかれた。

 

隠密行動中の俺に気付くとは!

 

「なにやつ!?」

 

「うわっ!?」

 

バッと素早く颯爽と振り返ると、驚いてわたわたしている由比ヶ浜がいた。

 

「きゅ、急に振り返らないでよ! あと、今のキモい」

 

「あ、あぁ……、悪い」

 

アホな妄想をしていたせいで言動が変になってしまっていたようだ。

 

「それで、何の用だ? 三浦あたりとわいきゃい無意味にはしゃいでなくて良いのか? 猿みたいに」

 

「言い方に悪意があるよ!? キモいって言ってごめん!」

 

「いや別に気にしてない」

 

由比ヶ浜結衣、ちゃんと謝れる子である。今の場合悪いのはたぶん俺だろうし。

 

「う、うん、そっか。あ、あのさ、ヒッキー今日も部活行くよね?」

 

「まぁな。進級がかかってるからな」

 

正直帰りたいのはやまやまだが。

 

「したらさ、あたしこの後優美子達とちょっと話あるから遅れるんだけどさ……、ヒッキーにも話あるから、その……、帰らないで待ってて欲しいんだけど……」

 

何が言いにくいのか、由比ヶ浜は視線を下に向けて胸の前で合わせた指をいじいじしている。

 

「……ああ、わかった。どうせ本読んでるだけだしな」

 

俺が答えるとぱぁっと顔を輝かせて、次いでほっとしたような表情をする。

 

「そっかぁ! じゃあ待っててね! 絶対だよ!」

 

「おう」

 

由比ヶ浜は一度にっこり笑って手を振ると廊下を駆けて行った。

 

なんとなく見送った後、昇降口に向かって歩き始める。

 

「さて、……帰るか」

 

「待ちたまえ」

 

歩き始めて数歩も行かないうちに襟首を掴まれる。この万力のような力は……

 

「ひ、平塚先生!」

 

「たった今待つと約束をしたばかりなのに何故帰ろうとするのかね?」

 

「聞いてたんですか!?」

 

「偶然通りかかってね。と言うより、天下の往来であんな青春していたら注目を集めるのは当然だろう」

 

ぎりぎりと肘関節を決めながらガッチリホールド。

 

「違うんです! それが誤解なんです! 今日は、今日だけは見逃して下さい!」

 

「誤解?」

 

「そうです誤解です! あれは青春なんかじゃないんです……」

 

この流れには覚えがある。

 

教室の端でうっとおしく盛り上がるリア充達。そしてその輪から抜け出し、俺に近づいてくる女子。

 

羞恥で泣きそうな顔を真っ赤に染めながら俺に嘘告白をする女子。

 

そう、いわゆる罰ゲームというやつだ。

 

もし受けたら気持ち悪さで泣かせてしまい、勘違いナル谷扱いされ地獄に落ちる。

 

断ったら断ったで屈辱で泣かせてしまい謝罪のシュプレヒコールで地獄に落ちる。

 

イベントが発生した時点で既に不可避なのだ。

 

「だからその前に逃げるしかないんです! わかって下さい先生!」

 

説明しつつ必死に説得を試みる俺。

 

「トラウマを掘り返しつつ涙ながらに懇願するな……さすがに憐れになる……」

 

「だからその悲劇を繰り返さないためにも、ここは

 

「だがな比企谷、由比ヶ浜はそのような真似をするような人物だと、本当に思っているのか?」

 

「……っ」

 

「私には、以前の彼女ならともかく今の彼女がするとは思えないがね」

 

「それは……そう、ですが……」

 

しかし、自己防衛の基本は逃避にある。

 

暴言や罵倒は聞き流して避け孤独感からは妄想で逃げる。優しさはまず疑ってかかり、疑わしきは逃げろ、だ。

 

ぼっちはそうやって強くなっていくものだ。ならざるを得ない。

 

世間ではそれを弱さと呼ぶかもしれない。雪ノ下なら間違いなくそう断言するだろう。

 

だが、世間での評価などそれこそぼっちには何の影響もしない。

 

その強さの根底を覆しても良いのだろうか。

 

「ふむ、どうせ君はまたろくでもない理屈を並び立てているのだろう。それはまあいい。しかし、私との約束を忘れたわけではないだろうな?」

 

部活に行かなければ留年&私刑というアレである。

 

「あれは約束と言うより脅迫じゃ……いえなんでもないです」

 

肘がゴリッと嫌な音を立てた時点で屈服した。痛いの怖い。強さとかそんなの超どうでもいい。

 

「よろしい。ではさっさと行きたまえ」

 

「はい……」

 

背中を押されというか突き飛ばされ、とぼとぼと歩き始める。

 

「後で確認しに行くからな。私に自慢の拳を使わせるなよ」

 

先生……スクライド好き過ぎだろ……。

 

結局逃げることも出来ずに部室に着いてしまった。

 

戸を開けると、いつものようにいつもの場所に雪ノ下がいた。

 

「よう」

 

俺が声をかけると、雪ノ下は本を閉じ顔をこちらに向ける。

 

「…………こんちには、比企谷君。……はぁ」

 

「おい、今の間はなんだ。あとお前かよ的な溜息やめろ」

 

「そうね、なんで比企谷君なのかしら」

 

「俺に聞くな。傷付くだろ。っていうかこの流れ前にもやったろ……。由比ヶ浜はなんか遅れるらしいぞ」

 

「そう」

 

「ってかお前、来るの早いよな。いつも一番にいるし」

 

「比企谷君に遅れを取るなんて、それがどんなことでも耐えられないもの」

 

「はっ、珍しく弱気だな。俺ごときに耐えられないだなんて」

 

「あなたは変なところで強気ね……」

 

一通り挨拶を終えて俺もいつもの席に着く。

 

鞄を開いて本を取り出したところで、雪ノ下がまだこちらを見ていた事に気がついた。

 

「な、なんだよ……」

 

そんな真っ直ぐな目で見つめるなよ……。怖いだろ。

 

「いえ、どうして比企谷君は比企谷君なのかしらと思っただけよ」

 

「お前どこのジュリエットだよ。何? 俺の事好きなの?」

 

雪ノ下は無言でスッと目を細める。やばい、俺死んだかも。

 

「……もし、あなたが比企谷君じゃなかったら私達が出会うことはなかったわ」

 

……良かった。ただ完全に無視されただけで済んだ。伊達に普段から発言どころか存在すら無かった事にされてないぜ。

 

「いやに感傷的だな。急にどうした?」

 

「別にどうもしないわ。ただ、ここ数ヶ月間の事を思い返して、この私にも大切に思える人が出来た事に驚いたのよ」

 

「俺はお前がそんな事言ったのが驚きだよ……。ってかその言い回しは完全に中二病だな。材木座と仲良くしたらどうだ」

 

「今まで私が受けた中で最大級の侮辱だわ……」

 

柳眉を逆立てて肩をわなわなと震わせる雪ノ下。

 

あまりにも意外な事言うものだから、思わず命の危険とか考えずに発言しちゃったじゃねーか。というかこの雪ノ下本物? どう考えても偽者だろ。

 

ちらりと雪ノ下の方を見てみると、引きつった笑みを浮かべて辺りに吹雪を撒き散らし始めていた。だめだ、本物だ。今度こそ死んだかも。

 

「い、いやほらあれだから。材木座とすら仲良くできる雪ノ下さんマジ天使って事だから。材木座的に考えて雪ノ下さんマジウリエル

 

「火であぶって欲しい、ということかしら?」

 

今度は背後に黒い炎が立ちこめる。火であぶるどころじゃ済まないだろ。

 

てか天使の役割とか中二病じゃないと知らないよな、普通。雪ノ下はやっぱり中二病だ。

 

つまり俺は間違っていない! 謝るなんてことしないからな!

 

「ごごごごめんなさい!」

 

頭を机にこすりつける勢いで下げる。さすが俺、プライドとか無いぜ!

 

「……はぁ、話が進まないようだから今は不問ということにしといてあげるわ」

 

雪ノ下は、こほんと咳払いすると改めて話を始める。

 

「どこまで話したかしら……あぁ、比企谷君が屑だったから私達は出会えたわ。半分は平塚先生のお陰だけれど」

 

断罪しないだけでやっぱ根には持ってんのか……。後が怖い……。

 

「それで、話の本題なのだけれど、一般的には仲の良い人達は名前で呼び合うじゃない。やはり私達もそうした方が良いのかしら?」

 

今まで仲の良い人とか出来た事が無いぼくに聞かれてもですね……。

 

けどまぁ、

 

「別に気にする必要ないだろ。お互いわかってりゃわざわざ演出する必要はないんじゃね」

 

よくリア充様は名前で呼び合うがあんなもん演出でしかない。

 

本物の友情はそのような演出など必要としないだろう。友達出来た事ないから知らないけど。

 

というか雪乃だなんて恥ずかしくて呼べないですし。あ、ゆきのんは論外な。

 

「そう……、そう、かしらね」

 

納得したのかしてないのか、雪ノ下は首を捻っている。

 

首を捻るって言葉、雪ノ下と組み合わせるとなんか猟奇的に聞こえる。どうでもいいか。どうでもいいな。

 

「そういや、由比ヶ浜の誕生日パーティー?してたときに名前で呼ぶってなったけど、結局うやむやになったよな」

 

「だから今その話をしているじゃない」

 

……え?

 

………………。

 

っあぁー! そういうことですかー! 『私達』って雪ノ下と由比ヶ浜だけの事だったんですねー!

 

なにこの勘違いトーク。どこのアンジャッシュだよ! い、いや、ししし知ってたし! 勘違いなんてしてなかったし!

 

なんなら一人なったときに「うわあぁぁぁぁぁっ」て叫ぶまである。なにこれ超勘違いしてる。

 

「比企谷君とは、その演出とやらも遠慮したいわね」

 

取り乱している俺を見てその理由を悟ったのか、いやにイイ笑顔で追い打ちをかけてくる雪ノ下。こいつ性格悪すぎだろ……。

 

「私は始めから由比ヶ浜さんのことを話していたつもりだったのだけれど……。勘違いさせてしまったのならごめんなさいね」

 

「頼む、もうやめてくれ……」

 

「それと、これは言っておきたいのだけれど、人を弄んで喜ぶような趣味は持ち合わせていないからそれは勘違いしないでちょうだい」

 

……雪ノ下が言った事は本当だろう。こいつは人を弄んだりしない。ただ俺の傷を見つけては塩をすり込むだけだ。どっちにしろ性格悪い。

 

「まぁ、あなたの意見も参考にさせてもらうわ。どうもありがとう、比企谷君」

 

「……どういたしまして」

 

こうして日常的にトラウマは出来ていくものである。

 

しかし呼び方か……。

 

せっかくだし想像してみよう。

 

雪ノ下が笑顔で『ヒッキー♪』。

 

対する俺も爽やかに『ゆきのん♪』。

 

………………………………なるほど。

 

確実に血を見るな。

 

俺は雪ノ下をそんなふうに呼ぶくらいなら死を選ぶし、雪ノ下は俺を殺すだろう。

 

なにそれどっちにしろ俺が死んじゃうのかよ。

 

不毛かつ不愉快な想像をしていたら、部室のドアがガラッと開けられた。

 

「やっはろー」

 

頭の弱そうな挨拶をしたのはもちろん由比ヶ浜だ。

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

由比ヶ浜は挨拶を返した雪ノ下のもとに駆け寄ると、がばっと抱きつく。

 

「ゆきのん! 会いたかったよ~!」

 

「あまりくっつかないでくれるかしら……」

 

おい雪ノ下、そう言いながらも頬染めてんじゃねえよ。

 

「いや、会いたかったって土日挟んだだけだろ」

 

目の前で繰り広げられる百合百合な光景にぶっちゃけ引いた。

 

なにお前ら、そんなに会ってどうすんの? 会えないとふるえんの? どこ野カナ?

 

なもり先生どうにかして下さい。

 

「だって昨日二人で遊ぶ予定だったのに、サブレが調子崩しちゃって流れちゃったし……」

 

「大事には至らなかったのね」

 

「うん。なんか変な物食べただけっぽい」

 

「そう、それは良かったわ」

 

「でねでね、病院行ったら…………」

 

話し始める由比ヶ浜達を見て、俺は読書することにした。

 

由比ヶ浜が入部してからは一人と二人になるのが当たり前になっていた。

 

専ら俺は邪魔にならないようになるべく存在感を消している。ここでも俺の忍者スキルが有効に活用されているのだ。

 

忘れられているだけ、とも言う。

 

 

忘れられて早数時間。

 

ひとしきりいちゃついて満足した由比ヶ浜は携帯を弄り、雪ノ下と俺は読書といういつもの光景に落ち着いている。

 

今日も今日とて誰も来ず、日も暮れかけたところで雪ノ下が本を閉じた。

 

いつもの合図を機に、銘銘が帰りの支度を始める。

 

「って忘れるとこだった!」

 

突然の由比ヶ浜の大声に驚いたのか、びくぅっと跳ねる雪ノ下。

 

ちょっと可愛い反応だったが、その後直ぐに睨んできたのでやっぱり可愛くなかった。っていうか何で俺?

 

「……いきなり大声を出さないでくれるかしら」

 

「ご、ごめん、ゆきのん。……でさ、ヒッキーさっきの話覚えてる?」

 

「んあ? ああ、夕食の食べ残しを喰ってお前んちの犬が病院送りになったことか? ほんと気をつけろよ。

ネギとかニンニクとかマジで死ぬからな。あと、お前の料理も」

 

「う、うん気をつける。……って最後が余計だ!」

 

「植物毒は基本的に体重に左右される上に、そもそも個体差があるから量を考えればニンニクは有効な食材らしいけれど」

 

「へぇー、そーなんだ。ゆきのんペットいないのによく知ってるね」

 

「……ちょっと知る機会があったのよ」

 

……猫だろうな。公園とかの野良猫に餌あげてそうだな、こいつ。

 

「さすがゆきのん、もの知りだね」

 

ほへーっと感心しきりの由比ヶ浜であった。

 

「……じゃなくてっ!」

 

憤慨した様子でぶんぶんと鞄を持った手を振り回す由比ヶ浜。危ねえな。

 

「ヒッキーに話しあるって言ったじゃん! もしかして忘れてた!?」

 

「いや忘れてたのお前だろ」

 

俺はちゃんと覚えてた。むしろ今か今かとビクビクしながら待ち構えてたまである。

 

「覚えてたし! ちょっと言うのが遅れてただけだし!」

 

「一般的にはそれを忘れてたと言うのよ、由比ヶ浜さん」

 

「ゆきのんまで……」

 

雪ノ下に指摘されてしゅんとなる由比ヶ浜。飼い主とその犬っぽい。

 

「まあ、話ってなんだ?」

 

「う……。え、えっとさ、最近文化祭シーズンじゃん? 優美子達から面白そうな学校があるって聞いてさ……。

でさ、もしよかったら……一緒に行かない? あ、べ、別に深い意味は無いって言うかゆきのんもいるし二人でとかじゃなくて……」

 

先の廊下での時のように、またしても胸の前で合わせた指をいじいじし始める。後半になるにつれ声も小さくなっていった。

 

お前はあれか、外国人にいきなり道を聞かれたときの俺か。ちゃんと喋れちゃんと。

 

とにかく、文化祭のお誘いのようだ。こういう場合はどうするか。やることはひとつ。

 

そう、周囲の確認である。三浦達と話していたという事は今のは罰ゲームである可能性も否定しきれない。

 

骨の髄まで染みこんだ習性はもう条件反射レベル

 

「あ、や、ヒッキー違うよ。罰ゲームとかじゃないから! そりゃ昔はまわりの空気というかやむをえずにというか……やったことはある、けど……さ」

 

「何を気持ち悪くキョロキョロしているのかと思えば、そんな心配をしていたのね。でも、あなたは今由比ヶ浜さんと話しているのでしょう?

ちゃんと目を見て……いえ、それはいいわ。由比ヶ浜さんが気の毒だもの」

 

「ねえお前罵倒とセットじゃなきゃ注意できないの?」

 

マックでもそんなセット販売してねえよ。チーズバーガーとご一緒に罵りの言葉はいかがですかぁー? なにこのドM仕様。

 

「まさか。比企谷君だけ、特別よ」

 

嬉しくねえ特別だな……。というかキラキラ笑顔で言うなよ、余計イラッとするわ。

 

「安心なさい、由比ヶ浜さんにそんな恥辱を味わわせる輩がいたら私が叩き潰しているわ」

 

そうですかーぼくと話すのは恥辱なんですかー。

 

「っておい、それ由比ヶ浜の事も馬鹿にしてないか?」

 

「してないわよ、由比ヶ浜さんの事は」

 

「その倒置法いらねぇから。わかってるから」

 

「そう。私もわかっているわ」

 

oh……この女……。

 

「ちょ、ちょーっとストーップ! 二人ともあたしを置いてけぼりにしないでよ! ……それで、ヒッキーどう? 行かない?」

 

正直俺もどうしたいのか分からん。今までなら念のため断っておくんだが……。

 

とりあえず、今の段階では『やだね』とか言ったらだめだろうか。

 

「ふむ、今の話、聞かせてもらったぞ!」

 

ヒーロー漫画のサブキャラ的な発言と共に現れたのは平塚先生だった。そういやこの人俺が逃げてないか確認しに来るって言ってたな。

 

「比企谷、行きたまえ」

 

「出てきていきなり命令ですか!?」

 

「なに、そろそろ先の合宿と同様に別のコミュニティとの関わりを持ってもらおうと考えていたところだ」

 

「先方と何かツテでもあるんですか? 俺は行き先すら知らないですけど」

 

「そうだな、由比ヶ浜、どこに行くつもりなのかね?」

 

「あ、聖クロニカ学園ってとこですけど」

 

「なるほど、無いな」

 

「無いのかよ!」

 

「そもそも聞いたことすら無い」

 

あまりの適当さに思わずドン引いていると、先生は俺の方を向いて真剣な顔をする。

 

「いいか、比企谷。時には全く別の、それこそ人種が違うコミュニティと渡り合っていかねばならん時がある。前にも言ったように、うまくやる術を身につけてくるのだ。

このままではいつか、同じ目的を持ったもの同士の集いに参加した際に追い出されることになりかねんぞ。あそこには全く方向性の違う者しかいないからな」

 

「それって先生が参加して追い出された婚活パー

 

「俺の拳が真っ赤に燃えるぅ!」

 

「ごごごごめんなさい! 何でもないです!」

 

ゴッドフィンガーかよ自慢の拳じゃないのかよ。そういう痛々しい行動してるから結婚できないんじゃないだろうか。

 

「まったく、どうして比企谷は比企谷なんだろうな」

 

「それはもういいです」

 

なにはともあれ、文化祭に行くのは既に決定事項のようだ。

 

こうなっては今更俺がじたばたしたところでどうにもならない。なんなら始めからどうにもならない。

 

聖クロニカ学園か……。

 

なんとなく、残念な人達と残念なことが起きる、そんな予感がした。

 

 

第三話 前編

 

 

時は過ぎ、土曜日。

 

いつもの小町シフトの休日なら、一通り家事を終えた後は小町の勉強に付き合っているのだが、あいにく今日は予定がある。

 

例の約束の日だ。

 

自分で作った朝食を取り、準備を終えた後は時間までゆっくりしていようとリビングでぼーっとしていた。

 

しばらくすると、スリッパをパタパタ言わせながら小町がやってきた。

 

「おはよーお兄ちゃん。今日は涼しいねー」

 

そう言って食卓に着く小町の姿は下着の上に夏前にあげたTシャツ一枚というかなりの軽装。

 

Tシャツの裾から伸びる白い足が目に眩しい、なんてことは思わず、ただ風邪を引かないか心配なだけだ。

 

「おはよう。これからどんどん気温下がるっぽいから、寝る格好気を付けろよ」

 

「分かってるよー。お兄ちゃんは心配性だなぁ。ってかやけに早起きだけど、どしたん? どっか行くの?」

 

「ちょっと予定があってな。なんとかって学校の文化祭に行く」

 

「ふーん。……小町も行きたいなー」

 

小町はいつものおねだりの表情をする。この表情には弱い俺だが、今日は簡単に折れてやるわけにはいかない理由がある。

 

「勉強はどうした、受験生」

 

そう、小町は受験生だ。一日だって無駄には出来ない身分なのだ。

 

「大丈夫! 一日やらなかっただけで落ちるくらいなら始めから受からないよ!」

 

自信満々になんてこと言いやがるんだこの妹は……。

 

「それは普段からやってた奴だけが言える台詞だ」

 

「えぇー、小町最近がんばってるじゃん……」

 

唇を尖らせて拗ねる小町。正直可哀想だと思うが、これも小町のためだ。

 

大抵の場合、誰だれのためという言葉はほぼ間違いなく自分の為だが、こと小町に関してだけは本物だ。

 

世の中には、本物の気持ちというのは確かに存在する。

 

だからここは心を鬼にしてでも連れて行くべきではない。俺は厳しい兄でなくてはいけないのだ。

 

「……けどまぁ、夏休み頑張ったからな。今日一日くらいはいいか」

 

やっぱり妹には激甘な俺だった。小町マジ天使。

 

「やったぁ! いやー、話の分かる兄で良かったよ」

 

「うぜぇ……」

 

偉そうな言い方と共にぽんぽんと肩を叩かれて若干イラッとしたが、嬉しそうにむぐむぐとトーストを頬張る姿を見てしまっては怒る気にもなれない。

 

そそくさと朝食を終えた小町は、「着替え持ってくるー」と言って自分の部屋に引っ込んでいった。

 

しばらく捕食後のパンダのパンさん並みに何もしないをしていると、下着姿で小町が戻ってきた。

 

「お前なぁ、ちゃんと着替えてから来いよ……。時間はまだまだあるんだし」

 

「小町は着替え持ってくるって言ったよ?」

 

「それはそうだが、ならせめて何か着とけ」

 

「まぁまぁ。ってかお兄ちゃん! こっちとこっち、どっちがいいかな?」

 

小町は右手と左手に持った服を付き出してくる。

 

「どっちでもいんじゃね」

 

「うわー適当だぁ」

 

「いや妹の服装とかどうでもいいし」

 

「もー、お兄ちゃん、可愛い妹が一人ぼっちで出掛けるはずだった兄のためにおしゃれして行こうって言ってるんだよ? あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「それほんとうぜぇな……。っていうか一人って決めつけんな」

 

「あはは、まっさかー」

 

妹にすら完全にぼっち認定されている俺であった。普段の自分を振り返ると否定のしようもないのが更に痛い。

 

俺が何も言わずにジト目で小町を見つめていると、恐るおそるといった感じで小町が口を開いた。

 

「……え? マジ?」

 

「お前それすげえ失礼だからな? 泣かすぞ」

 

「だってお兄ちゃんと誰かが文化祭に行くなんて、小町、罰ゲームくらいしか思いつかないよ!」

 

「お前それすげえ失礼だからな? 泣くぞ」

 

さすがマイリトルシスター、トラウマをしっかりおさえていらっしゃるぜ。

 

「いや小町はお兄ちゃんと行きたいよ? でも他に誰が……あ! わかった、戸塚さんだ!」

 

「戸塚かぁ……。戸塚は今日は部活の連中と別の学校の文化祭行くんだってさ……」

 

「お兄ちゃん泣かないで……。キモいから」

 

「ばっかお前、戸塚が他の男とデートしてんだぞ!? これが泣かずにいられるか!」

 

「あぁー、確かに戸塚さんと男子が文化祭行ってたら普通デートだって思うよね」

 

「やめろよほんとにデートだったらどうすんだよ。滅多なこと言うんじゃねえよ」

 

「自分で言ったじゃん……」

 

「それはそうだが……」

 

けど、冗談で言ったつもりでも誰かに同意されると急に不安になることってあるよな。

 

例えば、中学生の頃に好きな子が他の男と楽しそうに喋っていて「あいつら付き合ってたりしてな」とか呟いたら、

 

誰かが聞きとめて皆言い始めて結局それがきっかけで付き合ってなにこのキューピッドってなったりするとか。

 

ないか。ないよね。でもあるんだよ!

 

「まぁ冗談はさておいて、やっぱ結衣さん?」

 

「あー、まぁ、そうだな。由比ヶ浜だけじゃねえけど」

 

「おお、そっちのパターンか」

 

うむうむ、と一人で何やら楽しそうに頷く小町。

 

どっちのパターンだよ。そんな何通りもルートねえよ。あるとしたら誘われないぼっちルートくらい。

 

「ふーん、へぇー、そっかー」

 

小町は何やら妖しげな光を灯らせた目をして、ニタニタ笑いを浮かべながら俺を見てくる。

 

「やっぱ小町行くのやめる!」

 

「……別に俺はどっちでもいいけど。行かないってなると勉強することになるぞ?」

 

「うん、勉強するよ。受験生だし。お兄ちゃんと一緒の学校行きたいもん」

 

「はいはい、ポイント高いな」

 

「もー、それ小町の台詞だよー」

 

纏わりついてきてぶーぶー文句を言う小町。お前もうさっさと勉強しろよ。というか服着ろ。

 

「そんなことよりお兄ちゃん! もっとおしゃれで爽やかな格好しなきゃ! せめて格好だけでも!」

 

「最後の一言はいらねえだろ。目の方はもうどうしようもねえんだから」

 

「それだけは自分で言っちゃだめだよ……」

 

そうは言っても、腐ってなかったらマズイだろ。きれいになったら大変なことになるぞ、主に雪ノ下が。

 

結局小町に身ぐるみを剥がされ、おしゃれで爽やかになりました。

 

ついでとばかりに「遅刻は絶対ダメだからね!」と言われ家を追い出された。

 

小町曰く、『ごっめーん、まったぁ?』『好きで待っていたんだよ(キリッ』が昨今のテンプレらしい。

 

ソースはヘブンティーン。相変わらず頭が空っぽな内容らしい。ぺっ。

 

気分を変えようと空を見上げる。

 

今日の天気は晴れ。先日まで荒ぶっていた残暑は鳴りを潜め、秋らしい清々しい空気に包まれている。

 

……たまには散歩も良いか。

 

俺は駅に向かってゆっくりと歩き始めた。

 

しかし、この調子だと集合時間よりかなり早く着くだろう。

 

まあ暇つぶしなら携帯がある。

 

携帯がある時代に生まれてよかったぜ。

 

 

集合時間の5分前、雪ノ下がやってきた。というか、気付いたら俺から10メートルくらい離れたところに立っていた。

 

俺が見ていると雪ノ下もこちらに気付き、離れたまま声をかけてくる。

 

そんなに俺と並ぶのが嫌なのかよ。まあ別にいいんですけど。

 

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」

 

「まだ集合時間前だし、気にすんな」

 

「待ってくれていたようだけれど……、ごめんなさい」

 

「それだと俺がお前と一緒に行きたがっていてしかも断られてるみたいだろ。わざわざ言い直すな」

 

「そうかしら。それは被害妄想よ、比企谷君は大変ね」

 

ああ大変だよ、朝からお前の相手をするのは。

 

なんてもちろん口には出さない出せないダメ絶対。

 

そんな事を口に出すのは、台風の日にちょっと京葉線見てくるとか言うのと同じレベルの死亡フラグである。

 

「それと、携帯を弄りながらニヤニヤするのはやめなさい。とても気持ちが悪いわ」

 

「だからその位置なのな」

 

どうやらまた一人でニヤついていたらしい。これからは邪神が出てくるラノベだけではなくギアスのSSも外で読むのを止めよう。

 

ナナリーの扱いの酷さに思わず笑ってしまう。イヌリーでまともな方ってどういうこと? 面白いからいいんだけどさ。

 

「にしても、ちょっと離れすぎじゃないか? 誰かが近くに来ればさすがに一人笑いは控えるし」

 

「私が隣に立ったら比企谷君が通報されてしまうでしょう? 私なりの気遣いよ」

 

「気遣いが斜め下すぎる……。言ってくれりゃいいだろ。……まぁ、助かった」

 

「通報される可能性は否定しないのね……」

 

「そりゃそうだ。俺は美少女といる男を見かけたら即座に通報できるよう常に準備を整えているからな」

 

「っ……、あなたは本当に性根が腐っているわね」

 

一瞬言葉を詰まらせたが、相変わらず俺のことを罵倒してくる雪ノ下。

 

だが、今の会話のポイントはそこではない事に気がついた。

 

重要なのは目は腐っていると言わなかったところ……あとは分かるな?

 

頬を僅かに染めて髪を払う雪ノ下を今朝の小町のようにニタニタ眺めていると、横目でキッと睨まれる。

 

「その笑顔まがいの醜い表情、やめてくれるかしら。アレルギー反応を起こしそうだわ」

 

……さっくりとアレル源扱いされた。瞬時に思い起こされる数々のトラウマ。

 

っていうか笑顔が醜いとか酷過ぎじゃないですか?

 

雪ノ下をからかうのは面白いが、もうやめよう……。代償が大き過ぎる。

 

由比ヶ浜がなかなか来ないので、冷たい目線でチラ見し合うというなんとも不毛な勝負(?)を繰り広げる。

 

一度捨て猫のようにいたいけな目と表情をしてみたら雪ノ下は本気で嫌そうな顔をしてさらに10メートルほど離れた。

 

そんなこんなで集合時間の5分前になった頃、携帯が震えた。

 

メールが届いていて、差出人は『☆★ゆい★☆』。スパムかと思い削除した直後に由比ヶ浜だと気付いた。やべっ。

 

だが消してしまったのはどうしようもないので、もう一度送ってくれと送り返す。

 

由比ヶ浜から瞬時に再び届いたが、今度はバッテリーが切れてしまった。

 

……朝早くからずっと使っていたとはいえ、さすがに早過ぎないですかね、リンゴさん。

 

まあ集合時間になっても来ていない事を考えると、遅れるとかそんな所だろう。詳しくは雪ノ下に聞けばいい。

 

とりあえず雪ノ下の元へと向かうと、雪ノ下もこちらにやってきた。

 

案の定、同様のメールが届いていたようだ。

 

由比ヶ浜さんは遅れるみたいね。動物病院に行っているようだから結構時間かかるみたいだけれど、待つ?」

 

「あー、俺はどっちでもいいけど。まあここで待っててもあいつの事だから恐縮するだろ。どうせ待つなら現地で待とうぜ」

 

「そうね、では行きましょう」

 

改札を抜け、タイミング良く到着した電車に乗り込む。

 

車内の席はほぼ埋め尽くされていたが、ちょうど二人分空いていた。

 

迷うことなく座り、雪ノ下も隣に腰を下ろす。

 

もし隣にいるのが雪ノ下以外の女子か戸塚だったらかなり緊張しただろう。

 

だが、こいつは別だ。

 

特別だ。

 

雪ノ下といえども嘘を付くが、自分の言動に不誠実ではない。

 

付いたら付いたで、その嘘を本当にしようとする。

 

その姿勢は、自覚する事無く周囲や自分自身でさえも騙そうとするその他大勢と比べて遥かに好感が持てる。

 

俺は雪ノ下の事を誰よりも高く評価し、信頼さえしていた。

 

だから、安心して他人でいられる。

 

あまりの眩しさ故に、存在そのものの違いを自覚し続ける事が出来る。

 

電車に乗っている間中、俺と雪ノ下は一言も会話を交わさなかった。

 

 

電車は目的の学校の最寄り駅で降りた。

 

本来なら駅からはバスで向かうらしいのだが、

 

歩いて行けば時間も潰せて由比ヶ浜とちょうど良く合流できるかもということで歩くことになり、見知らぬ初秋の町を練り歩いていた。

 

そして駅を出発して30分、今に至る。

 

振り返ると200mくらいのところにさっき降りた駅が見える。

 

「おかしいわね……」

 

「ああ、おかしいな。お前の方向感覚はおかしいな」

 

歩き出す前に駅前の地図見て『よし』とか言ってたけどあれなんだったの? 自信満々に一人でずんずん進んでたけどあれなんだったの?

 

雪ノ下が真性の方向オンチだということを忘れていた。

 

「おかしいわね……。駅と学園の座標関係はちゃんと覚えているはずなのに……」

 

「ああ、おかしいな。それだけで辿り着けると思っているお前はおかしいな」

 

考えに没頭している雪ノ下に俺のツッコミは届かない。

 

埒が明かないので尚も何かぶつぶつと呟いている雪ノ下に提案する。

 

「なあ、せっかく駅の近くに戻ってきたんだし、もうバスで行こうぜ」

 

「それは私に降参しろと言っているのかしら? 舐めないで頂戴」

 

「なんでそうなる……。……なら、せめて人に聞こうぜ」

 

「嫌よ。人に聞いたら負けだわ。自力で着いてこそよ」

 

お前はドライブデートで迷った時の男かよ……。

 

どうやらどこかで負けず嫌いさんのスイッチが入ってしまったらしい。

 

こうなってしまってはもう手遅れだ。ほとぼりが冷めるのを待つしかない。

 

まあ時間に余裕が無くなってきたら流石に雪ノ下も折れるだろう。由比ヶ浜を待たせるわけにはいかないだろうし。

 

それまでは傍観者を決め込もう。

 

「駅を原点Oとすると学園は第一象限だから……」

 

第一象限ね、知ってる知ってる。範囲系の心意技だろ。

 

AWといいSAOといい最近超売れてるよな。電撃勢は相変わらず売れ行きが好調だ。

 

それに比べてガガガ文庫ときたら……。

 

ガガガ文庫はこの先どうなるのだろうか。人類はよくわからない方向に衰退してしまったし、飛行士は映画で爆死した。

 

有望な新人が望まれるところだ。一瞬、材木座に期待してやろうかと思ったが、作品の質は置いておくにしてもあいつの性格上間違いなく電撃に出すだろう。

 

いずれにせよ完成すればの話だが。

 

まあ材木座の話はどうでもいいか。

 

「……なるほど、わかったわ。比企谷君、こっちよ」

 

雪ノ下は自信満々に左に向かって歩き出す。

 

……右だと思うんだけどなぁ。

 

 

「……比企谷君、ひとつ聞いていいかしら?」

 

更に1時間ほど歩いていたら、雪ノ下が唐突に口を開いた。

 

「なんだ?」

 

「……ここはどこかしら?」

 

「知らねえよ……」

 

「そろそろ着いてもおかしくないと思うのだけれど……」

 

だいぶ前から雪ノ下は地図を表示させた携帯を片手に持っていた。

 

往生際悪く地図をくるくる回して現在地を確かめようとする。それが駄目なんだっての。

 

「なあ、もう満足しただろ? そろそろ誰かに聞こうぜ」

 

そろそろ時間もなくなって来たし、何より歩いて疲れた。

 

体力ゼロの雪ノ下に至ってはフラフラしている。

 

とは言っても辺りを見渡せばあるのは田園と山ばかり。

 

刈り入れは既に終わっているようで人影は無い。

 

「……とりあえず、携帯貸してくれ。地図見たい」

 

雪ノ下は渋々、といった感じで渡してくる。

 

まずは現在地の確認をしないとな。シャカシャカと操作し、画面に現在地を表示させる。こいつ全然違う場所見てたんですけど……。

 

思わず雪ノ下を見ると、一瞬バツが悪そうな顔をしたがすぐにフイと目を逸らす。子供かよ……。

 

ガキのんはほっといて地図を見てみると、なぜか俺たちのいる場所と駅とのちょうど中間辺りに学園がある。

 

……地図を持ってこの状況とかもう方向オンチってレベルじゃねえ。

 

この先こいつと結婚する猛者がもし存在するのなら、牛乳を買いに行って迷子になってそのまま失踪した雪ノ下を探す羽目になりそうだ。

 

とにもかくにも、ざっくりと道を確認して歩き始める。

 

かなり距離があるようだが、動き始めないことにはどうしようもない。

 

せめてバスがどこを走っているかを誰かに聴ければいいのだが……。

 

と、そこに救いの神が舞い降りた。

 

後ろの方からビーっと原チャの音がする。知らない人と話すのは緊張するが、会話の目的が明確な場合はその限りではない。

 

振り返って手を振って「すいませーん」と声を上げる。

 

近づいてきて止まった原チャに乗っていたのはフルフェイスのメットにシスター服の少女だった。

 

すげえ画だな……。

 

シスター服の少女は原チャを止めて「どっこらしょ」と降りる。

 

メットを外すと、下から現れたのは超絶美少女だった。なんかもう雪ノ下レベル。

 

銀髪で、明らかに日本人ではない造形の顔。フランクな感じに修道服を着こなす見事に整った体型。

 

澄んだブルーの瞳を少し爛々とさせていて、成長途中の狼のようなイメージを受ける。

 

見れば見るほど完璧な造形に思わず見蕩れてしまう。

 

そして銀髪美少女はその形の良い唇で音を紡いだ。……尻を掻きながら。

 

「どしたん? 迷える子羊ちゃんたち」

 

……随分砕けたシスターだな。っていうか尻を掻くな尻を。

 

「いやーずっと座ってるとケツがムズムズすんだよねー」

 

俺の視線に気がついたのか、銀髪美少女はカラカラと笑いながら言う。

 

美少女がケツとか言うなよ……。

 

俺がげんなりしていると、雪ノ下が銀髪美少女の奇行を無視して尋ねた。

 

「聖クロニカ学園というところに行きたいのですが、関係者の方でしょうか?」

 

「ん、そうだよ。あ、もしかして迷子ちゃんかな? こりゃ本当に迷える子羊ちゃんだねえ」

 

なにが楽しいのか銀髪美少女はニコニコとしている。

 

「うちの学園にはこの道を通ってるバスに乗れば行けるよん。結構距離あるから歩くのは大変だからねー。あと本数少ないから逃すと大変だよー」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

雪ノ下に倣い、俺もお礼を言う。

 

「なんのなんの。それじゃ、わたしはここでドロンさせてもらうよ」

 

手を『ドロン』の形にしたあとメットをかぶり、去っていく銀髪美少女。

 

てかドロンて。おっさんかよ……。

 

道を進むこと5分。雪ノ下は既に疲労困憊でかなり歩くのが遅くなっているが、遠くにバス停が見えたのでまあ安心だ。

 

銀髪美少女の言う通り、ここの道はちょうどバスの路線だったようだ。

 

しかし、どのくらいの本数が走っているのだろうか。少ないとは言っていたが、田舎にありがちな朝に1本、昼に1本とかだったら目も当てられない。

 

まあ学園に繋がっているのだし銀髪美少女の口ぶりからするともう少しあるだろうが、それでも乗り遅れる訳にはいかないだろう。

 

乗り遅れる訳にはいかないが、後ろから不吉な音が聞こえた。

 

案の定、振り向くと遠くにバスが見える。

 

「おい、雪ノ下! やばいぞ!」

 

雪ノ下も振り返り、事態を察知する。

 

「急ぎましょう」

 

判断は早い。早足で歩き始める雪ノ下。

 

しかし当然バスの方が速く、ぐんぐん近づいてくる。

 

「そんなんじゃ間に合わねえって! ほら走れ!」

 

俺は思わず走り出す。つられて雪ノ下も走り出すが、みるみる失速していく。

 

「比企谷君、待って、今、走るのは、ちょっと……」

 

息も絶え絶えといった様子で訴えかけてくる。しかし休んでいる時間などあるはずもない。

 

「もう少しだから頑張れ!」

 

雪ノ下の腕を掴み、体を支えるようにして走る。

 

「やっ、ちょっ!?」

 

何か言った気がしたが無視。足をもつれさせながらもなんとか走り、ぎりぎりでバスに乗り込むことが出来た。

 

ぐったりしている雪ノ下を座席に座らせ、その隣に座る。

 

「強引なのね……」

 

頬を上気させ、はあはあと荒い息をしながらそんなことを言う雪ノ下。

 

……。

 

少ししてようやく落ち着いてきた雪ノ下が口を開く。

 

「比企谷君、私のこと責めないの? 私のせいで迷って、しかも私の体力のなさで迷惑かけているのに」

 

「なにお前、責めて欲しいの? ドMちゃん?」

 

雪ノ下は無表情になり、ふざけた事言うなら黙れと目だけで語る。やめて超怖い。

 

「でぃゃってほら、責めてぃぇもどうにもなんないだろ。結果的にはバスに乗れて由比ヶ浜を待たせることもなさそうだし」

 

恐怖のあまり前半噛んだが、何とか最後まで言う。

 

実際あれだ。ぼっちは基本的に人を責めない。自分の事は自分でどうにかし自分に関することに限り全ての責任は自らが負う、というのが熟練されたぼっちの標準的な思考だ。

 

逆に言えば、自分に関わりのないことは全て他人の責任であり、だいたいそれを呪っているんだけどな。

 

まあ今回の事は雪ノ下について行くと決めたのだから雪ノ下だけが悪いとは思わない。

 

「……でも、私の勝手な行動に付き合わせてしまったのは謝らせて頂戴」

 

隣に座っている雪ノ下は体をややこちら側に向け頭を下げて「ごめんなさい」と言う。

 

「気にすんなって」

 

俺は正面を向いたまま努めて無表情を保つ。

 

雪ノ下が頭を下げた拍子に髪からふわりといい匂いがして超ドキドキしているのは秘密だ。

 

しばらくバスに揺られていると、再び雪ノ下が口を開く。

 

「比企谷君、少し眠らせてもらっても良いかしら」

 

「ああ、いんじゃね」

 

さっきからこくりこくりと船を漕いでいても我慢していたようだが、ついに眠気に耐えきれなくなったらしい。

 

「そう。では学園に近づいたら起こして頂戴」

 

「わかった」

 

と返事をして直ぐに隣から寝息が聞こえてきた。

 

寝るの早っ! お前のび太君かよ。けどあやとりと射撃が得意な俺の方がのび太君だからな!

 

何この無駄な一人相撲。

 

ぼーっといつまでも代わり映えのない風景を眺めていると、肩にコツンと何かが当たった。

 

そちらを向くと、姿勢が崩れたのか雪ノ下が頭を乗せてきていた。

 

ふさふさまつげの目を閉じ、くぅくぅと可愛らしい寝息を立てている。雪ノ下の長い髪が腕にさらさらとかかってくすぐったい。その髪からは相変わらずいい匂いがする。

 

どどどどうしよう!?

 

驚いて思わずビクッとしてしまい、雪ノ下が「んんっ」と小さく呻く。

 

ごくり。

 

いや待て、落ち着け。

 

雪ノ下は特別で、ただの他人だ。今はこんな状況だがこの先関係が変わる事もないだろうし期待もしていない。

 

しかし人生で最も女子と接近しているのもまた事実。しかも超絶美少女。そんなこと言っている場合じゃない。

 

こんなときはあれだ。素数だ……素数を数えて落ち着くんだ。素数はぼっちのための数字。俺に勇気を与えてくれる……。

 

1、2、3……あれ1って素数だっけ? 駄目だ数学苦手だから余計混乱してきた! 素数使えねえ!

 

結局どうしていいかわからず、やたら姿勢良く硬直することしかできなかった。

 

車内に俺みたいな奴がいなかったのがせめてもの救いだ。俺だったら確実に通報していただろうからな。

 

「そろそろ起きろ。もうすぐ着くぞ」

 

相変わらず肩に寄りかかったままの雪ノ下を揺り起こす。

 

「……んぅ?」

 

まるで荷馬車のわっちちゃんのように甘い声を上げる雪ノ下。……あの場面のケモナー行商人の気持ちを深く理解した。

 

目を覚まし、そのままの姿勢で顔を上げた雪ノ下と至近距離で目が会う。

 

……。

…………。

 

雪ノ下はスッと離れると、コホンと咳払いした。平静を装っているがみるみる顔が赤くなっていく。

 

正面を向いたまま頑としてこちらを見ようとしない。

 

思いっきりからかってやりたい衝動にかられたが、命は大事なのでやめておこう。

 

程なくして学園前に着き、バスを降りてお祭り気分満載の過度に装飾された校門をくぐる。

 

そこかしこに飾りやポスターが貼り付けられていて、その傍で宣伝や客引きが声を張り上げている。学園内は文化祭特有の雰囲気に満ちていた。

 

「とりあえずどうすっかな」

 

由比ヶ浜さんと合流するまでは見て回るのはやめておきましょう。今回の発案者は彼女なのだし」

 

雪ノ下が携帯を確認したところ、由比ヶ浜からの連絡はないようだ。まだ到着していないらしい。

 

「そうだな。じゃあどっか適当に休める場所でも探すか」

 

校門でもらったパンフを見る。

 

「礼拝堂があるみたいだな。ここなら休めそうじゃないか?」

 

「そうね。ではそこに行ってもいいかしら?」

 

「ああ、行ってこい。俺はここで由比ヶ浜を待ってるから」

 

「……わかったわ」

 

わかったと言いつつも雪ノ下は歩き出そうとせずに手元のパンフをじっと見つめている。

 

そして軽く嘆息し口を開いた。

 

「……あの、比企谷君……」

 

うっすらと頬を染めて何かを言い淀む雪ノ下。

 

まあ何かっていうか何を言いたいのかはわかるんだけどな。それを俺に言おうとしているという事は驚きだが。

 

放っておいて迷子になった雪ノ下を探すのは面倒だし、俺から言ってやるか。

 

「……あー、雪ノ下、やっぱ俺も少し休みたいから行くわ」

 

「そ、そう。……では行きましょう」

 

俺たちはゆっくりと歩き出した。

 

歩きながら改めてパンフを見ると、敷地がかなり大きい事に気付いく。礼拝堂までは意外と距離がありそうだ。

 

「……気を遣わせてしまったようね。ごめんなさい」

 

疲労のせいか、屈辱のせいか、雪ノ下の声は消え入るように小さい。

 

「気にすんな、嫌ならしねえし」

 

「……でも、……いえ、あなたがそう言うのならいいわ」

 

それきり俺と雪ノ下は無言で歩く。

 

道は屋台やその客、各団体の宣伝をする人などで賑わっている。

 

ここの文化祭は敷地の広さを活かし敷地中に模擬店やステージがあるようだ。

 

しばらく歩くと、前方に奇妙な集団が見えた。

 

先頭を歩く金髪の女子の後ろにぞろぞろと連なる男共の列。

 

おお、さすがミッション系の学園。あれが司祭とその他大勢ってやつか。うん、違うよね。

 

近づくと会話が聞こえてきた。

 

「あんたたち、付いてきてんじゃないわよ。散れ散れ」

 

「セナサマ、またあのような場所へ行くのですか!?」

 

「セナサマ、おいたわしや!」

 

男共は口々に「セナサマーセナサマー」と言っている。あ、やっぱりちょっと宗教っぽい。

 

まあなんだっていいのでさっさと通り過ぎようとしたが、いきなり怒声が響く。

 

「ちょっとあんた! 今の台詞聞き捨てならないわね。『あのような場所』ってどういう意味よ!」

 

「い、いえ……それは……」

 

「いい? あんたごときがあいつらを馬鹿にしたら承知しないわよ!」

 

「セナサマ、そのようなつもりでは……」

 

「黙りなさい。……ほら、あんたたちもさっさと消えなさい」

 

金髪がそう言うと、男共はすごすごと散り始める。

 

騒ぎに驚いていた俺と雪ノ下も再び歩き始めた。

 

集団と擦れ違うとき何となく横を見ると、人垣の向こうから蒼い眼がこちらを見ているような気がした。

 

にしても、すげえ迫力だったな……。取り巻きに囲まれてほとんど金髪の姿は見えなかったのに、その存在感はばしばし伝わってきた。

 

あの金髪にとって『あいつら』ってのはよっぽど大切なんだろうな。

 

「どうしたのかしら? 比企谷君」

 

斜め前で雪ノ下が振り返る。隣を歩いていた雪ノ下といつの間にか数歩の差が出ていたようだ。

 

「いや、なんでもない」

 

そう言って隣まで追いつく。

 

「そう。では行きましょう。次の角を右だったかしら?」

 

「真っ直ぐだろ……」

 

ついてきて完全に正解だったな……。

 

ツッコミつつ呆れていると、後ろからかなりアブナイ匂いのする叫びが聞こえてきた。

 

「くっ、黒髪ロングの美少女キターーーーーーーー!!!! 黒髪ロングぺろぺろ! 黒髪ロングクンカクンカスーハースーハー!! デュフフ……」

 

……やばいのがいる。

 

雪ノ下も身の危険を感じたのか歩く速度がかなり速くなり、俺を盾にするように若干前に回り込む。やめろよ俺だって怖ぇよ。

 

絶対に関わってはいけない気配を背に、俺たちはほとんど走るような速度で礼拝堂に向かった。

 

第三話 中編

 

 

アブナイ人物は追ってくる様子は無く、どうにかこうにか無事に礼拝堂に着いた。

 

扉は開かれていて、中ではミサっぽい何かが行われている。

 

「これ中に入ってもいいのか?」

 

「礼拝の最中のようだけれど、入っても特に問題は無いわ」

 

問題は無いと言われても宗教施設特有の何となく入りづらい雰囲気はあるのでこそこそ人目に付かないように歩き、礼拝堂の中ほどの長椅子に座る。

 

「……硬いな」

 

長椅子は硬い木製で、背の部分が座面に対して90度なのでかなり座り心地が悪い。

 

「文句を言っては駄目よ。礼拝堂としては間違っていないわ。誤用の方の意味だけれど、清貧という言葉があるくらいだもの」

 

「清貧か。……お前にぴったりの言葉だな」

 

本来の意味通り、私欲に負けず常に正しくあろうとし、ついでに言えば清々しいほどの貧nyゲフンゲフン。……まさに雪ノ下のための言葉だ。

 

「なぜかしら。今、比企谷君がとても不愉快なことを考えている気がするわ」

 

べべべべつにそんなこと考えてねえし!」

 

か、顔に出てたのか!? ……いや待て、もしそうだったら俺は既に息をしていない。視線には気をつけたし、外見からじゃ分からないはずだ!

 

おそらく、ただ単純に鋭いだけだろう。それはそれで恐ろしくはあるが。

 

「そ、そんなことよりあれだ、由比ヶ浜はいつ着くって?」

 

全力で誤魔化しにかかった俺を見ても、雪ノ下は「はぁ」と軽く溜息をついただけでちゃんと質問に答えてくれる。

 

「……そろそろ着くとは言っていたけれど、正確な時間まではわからないわ。確認してみるから少し待っていて頂戴」

 

携帯を操作し、メールを打つ雪ノ下。

 

雪ノ下が動きを止めて1、2分もしないうちに携帯が震える。もう返信が届いたようだ。

 

「あと10分程で着くようだわ」

 

「そっか。なら……」

 

ふとそこで嫌な予感がよぎりなんとなく後ろを向くと、礼拝堂の入り口の向こうに先程の金髪が見えた。

 

「さっきの黒髪ロングの子どこに行っちゃったのかしらハァハァ」

 

荒い息をして辺りをキョロキョロしながら礼拝堂に向かってくる。

 

恐ろしいまでの変態オーラだ……。

 

「おい雪ノ下隠れろ!」

 

「っ!?」

 

咄嗟に肩を掴み雪ノ下を背もたれに隠す。

 

「比企谷君!? いきなりなっ

 

「黙ってろって!」

 

小声で言い、口を手で塞ぐ。暴れないようにもう片方の手で雪ノ下の両手を押さえる。

 

座る位置をずらし雪ノ下を通路側から見えなくすると、程なくして金髪がぶつぶつと呟きながら横を通り過ぎる。

 

「こっちの方に来てたわよねハァハァ……後で探してみようかしらハァハァ……」

 

金髪は座面に伏せた雪ノ下には気付かずに奥まで進むと、横の扉を開けて入って行った。

 

「……ふぅ」

 

ひとまず安心、か。

 

まるでスプラッターものの映画の登場人物のような気分だぜ……。

 

雪ノ下から手を離しほっと胸をなで下ろしていると、さっきよりも強烈な悪寒が横からする。

 

恐るおそるそちらを見ると、うっすらと涙を浮かべ顔を紅潮させた雪ノ下が柳眉を逆立てている。

 

全然安心できねぇ!!

 

「『ふぅ』ではないわ、比企谷君」

 

「い、いや……さっきのはだな

 

「大体の状況は理解しているわ。でも、やり方というものがあるでしょう? あれでは本当に通報されても文句は言えないわよ?」

 

そう言う雪ノ下の手元をよく見ると、携帯にとても覚えやすい3ケタの数字が並んでいる。

 

「あなたは保身第一の小悪党だから女性に乱暴狼藉を働くような人間ではないと思うけれど、性犯罪、特にセクハラは受け止め方によってはいつでも成立してしまうのよ」

 

「は、はひ……」

 

「わかったのなら二度とさっきのような真似はしないで頂戴」

 

「でもさっきの場合は緊急避難的な

 

ピッ、と通話ボタンを押す雪ノ下。

 

「ごめんなさい二度としませんごめんなさい!」

 

やや唇を尖らせ、横目でこちらを睨みながらも武器を収めてくれる。

 

「……では、ここを離れましょう。いつまた出て来るとも限らないし」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

ブルブルしながら椅子から立ち上がり、雪ノ下を先に歩かせやや距離をとるようにして歩く。今のあいつに近づきすぎると通報されかねない。

 

まるで例の金髪とその取り巻きのような位置関係だ。

 

由比ヶ浜さんも到着するのだし、校門まで行きましょう」

 

「ひゃい」

 

「……その気持ちの悪い態度もやめないと通報するわよ」

 

どうすりゃいいんだよ……。

 

俺が何も言わないでいると、先を歩く雪ノ下は入り口のあたりでくるりと振り返る。

 

「はぁ……、先程の話はもう終わったのだから、いつも通りにすればいいでしょう?」

 

「そ、そうか」

 

それだけ言うとすぐに歩き出す雪ノ下。

 

こいつは根に持つタイプではあるが、物事のけじめには相変わらず厳格なようだ。

 

神経質な完璧主義者だが他人にそれを強く求めることはしない。正しくあれと促し、それ以上は踏み込まない。

 

……それは周囲への絶望だろうか、それとも優しさだろうか。

 

仮に絶望していたとしても、だからこそ彼女はその優しさ故に救いを求める手を掴まずにはいられないのだろう。

 

奉仕部なんてものが存続しているのは、ひとえに彼女の優しさの賜でしかない。

 

由比ヶ浜も彼女の優しさに救われ、それに惹かれているのだろう。

 

……まぁ、所詮こんなのは俺の穿った見方でしかない。

 

実際に聞いたところで違うと言われればそれまでだし、そもそも『本当の誰それ』なんてものは知る必要もない。

 

人は見たいものしか見ない。たとえ対象が自分自身だったとしても。

 

俺たちは自分自身ですらまともに見ることができないのだ。

 

だから、何も見えていない俺が礼拝堂から出たときに真横から来た人が見えなくてぶつかってしまうのも仕方のないことだろう。

 

雪ノ下に追いつくために小走りになっていたのだからなおさらだ。

 

結構派手にぶつかってお互い尻餅を着いた状態である。

 

街角でパンを咥えた女の子とぶつかる古典的ギャルゲイベントのシーンを思い浮かべてくれれば概ね正しい。

 

パンツが見えていて『何見てんのよっ』と言われればもう完璧である。

 

しかし悲しいかな、今回の相手は男だ。

 

見えるのはパンツではなく、裾をまくったズボンからでている足と、染めるのに失敗したであろう黒が混じった金髪。

 

そして何より虎連れ竜もびっくりの狂乱の目つき。

 

「うわっ! なにここ津田沼駅のロータリー!?」

 

思わずそんな言葉が口を衝く。

 

「……初対面の人をいきなり不良扱いするのはやめなさい。それに、柏駅よりはマシよ」

 

「突然の千葉県縦断ウルトラクイズに答えられるとかお前どんだけ千葉好きだよ……」

 

確かに柏よりマシだ。噂によればもはや天然記念物レベルのカラーギャングが未だに棲息しているらしいし。

 

以前、柏市は「千葉の渋谷」と述べたが、一部の柏市民は『東の原宿』と言い張っている。『ウラハラ』と同じノリで『ウラカシ』もあるようだ。

 

むしろ柏自体が裏だが。

 

まあどちらにしろ渋谷とか原宿とかじゃなくてスラム街と言った方が正確だろう。ちなみに木更津市はゴーストタウンで松戸市天外魔境

 

閑話休題

 

ウルトラクイズに正解した雪ノ下は当然、とばかりに片眉を上げる。が、それも一瞬の事ですぐに冷たい表情に戻った。

 

「話を逸らさない。見た目で人を判断してはだめよ、比企谷君」

 

「いや驚いただけなんだけど……」

 

まあ、悪いと思ったのは本当なので素直に頭を下げる。

 

「あ、ああ、慣れてるから大丈夫。け、ケガとかしてませんか?」

 

失敗金髪ヤンキー風の彼はそう言ってくれる。

 

「そ、そっか。いや、大丈夫、です。ケガとかしてない」

 

立ち上がりつつお互いに苦笑いしながらぎこちないやり取りをする。

 

やっぱ初対面の人と話すのは緊張するな……。初対面じゃなくても緊張するが。

 

次の会話を探りさぐり視線を交わしていると雪ノ下が割り込む。

 

「そもそも、あなたのように腐った目をした人間が人を評価するのなんておこがましいわ」

 

「「注意してんのそこなの!?」」

 

意図せずハモりながらのツッコミになってしまった。

 

チラリチラリとお互いを窺う。

 

先程のやりとりといい、真リア充の葉山みたいに「ハモったな」とかどうでもいいことを気さくに言わないあたり、

 

コミュ力的にこの失敗金髪ヤンキー風の彼もぼっちである確率が非常に高い。

 

俺のぼっちセンサーが反応していることに当然気付くこともなく、雪ノ下は話を続ける。

 

「もちろん、行為自体も褒められたものではないわ。そんなことをされた相手がとても不愉快な気持ちになるのは当たり前でしょう?

その手の輩は、外見から勝手に自分の都合の良いように内面を想像して、それが違っていたら相手を糾弾する。

挙げ句にはあることないこと周りに言いふらすのよ。ソースは私」

 

「お前の話かよ……」

 

「一緒に帰るのを断っただけで、佐川さんはどうしてあそこまでできるのか理解できないわ」

 

雪ノ下はそう言って薄く微笑んだ。佐川さんチェーンメール以外にもなんかやったのか……チャレンジャー過ぎだろ。

 

「別に佐川さんだけではなくて、あの頃誰かと一緒に下校した事なんて一度もないのだけど」

 

「自分で地雷を踏み抜くのはやめろ」

 

さらりとぼっち宣言をする雪ノ下であった。

 

しかし雪ノ下は気にする様子もなく、

 

「それもそうね。では1973年の手賀沼のように濁った目をした比企谷君が悪い、という事でこの話は終わりにしましょう」

 

「お前それ水質汚濁の全盛期だろ! これから27年間無双状態じゃねえか! ってかなんで俺!?」

 

「……仕方ないわね。印旛沼と好きな方を選らばせてあげるわ」

 

「結局ワースト5位圏内の常連さんじゃねえか! 一時期はチャリが浮いてたレベルだぞ!」

 

「あなたも本当に千葉好きね……」

 

失敗金髪ヤンキー風の彼は、繰り出される千葉ネタに全くついて行けてない様子だった。

 

「え゛え゛っと! …………文化祭を見に来たんDEATHか?」

 

唐突にどう聞いても恫喝しているようにしか聞こえない謎の発声をしたあと、質問するまでもない事を聞く失敗金髪ヤンキー風の彼。

 

突然のことに雪ノ下はビクッと一歩退き、失敗金髪ヤンキー風の彼はそれを見て恐ろしい目つきのまま少し悲しそうな顔をする。

 

だが、俺にはわかる。

 

ぼっちは急に喋ろうとすると変な声が出ることがままある。初対面となればその確率は倍増する。

 

更に言えば会話のネタも無難なものしか選択できないので当たり前の事を聞きがちになるのだ。

 

俺は彼がぼっちである事を確信した。

 

まぁそれがわかったところでどうということはないんだけどな。

 

真のぼっちはぼっち同士のつながりがないからこそぼっちである云々。

 

という訳で会話は雪ノ下に任すことにした。

 

目で促すと雪ノ下はこちらを一瞥した後、失敗金髪ヤンキー風の彼の方を向く。

 

「ええ、友人とその他とこの学園の文化祭を見に来ました」

 

しっかり俺をその他扱いしつつ質問に答える。

 

「そ、そうDEATHか……。た、楽しんで下さい」

 

「はい。ありがとうございます。では」

 

なんとも無難そのものの会話だったが、きっと失敗金髪ヤンキー風の彼はこのあと普通に会話出来た事を喜ぶのだろう。俺ならそうする。

 

雪ノ下に続き俺も軽く会釈して校門の方に向かおうとした。

 

「きゃはぁぁんっ! こんな所にいたのね黒髪ロングたん!」

 

突然の奇声にまたしても雪ノ下はビクッとしてそちらを向く。

 

見れば猛然と駆けてくる例の金髪がいた。瞬く間に俺たちのところまで来るとその勢いのまま雪ノ下に迫っていく。

 

が、寸前のところで失敗金髪ヤンキー風の彼がなんとか羽交い締めにして止めることに成功した。

 

「落ち着け星奈! ここは二次元の世界じゃない!」

 

……なんて残念な説得なのだろうか。

 

「離しなさいよ! あんなにきれいな黒髪ロングはゲームでもアニメでもあんまりいないんだから! きっと二次元の世界からあたしに会いに来てくれたのよ!」

 

……なんて残念な主張なのだろうか。てか怖ぇよ。

 

関係のない俺がこんなに怖いのだから雪ノ下は当然もっと怖いはずだ。

 

だから既に早足で歩き出しているのは責められないだろう。……いや待てよ置いてくなよ。

 

「ああっ、待って! あたしはただ仲良くしたいだけなの!」

 

慌てて追いかけていると、その言葉を聞いて雪ノ下がはたと足を止め振り返る。

 

「仲良くなって、ちょっとぺろぺろできればいいだけなの!」

 

おい。

 

驚愕に目を見開き、顔を青ざめさせて後ずさりをする雪ノ下。

 

「あなた……自分が何を言っているのかわかっているのかしら? とても人間が言う言葉とは思えないわ……」

 

「そんな……ひどい……。あたしのこと嫌いなの!?」

 

「いや嫌いというか純粋に怖いんだろ」

 

あまりにもぶっとんだ思考回路に思わずツッコんでしまう。

 

そこで初めて俺の存在に気付いた金髪はこちらを向く。

 

ようやくまともに見ることが出来たが、かなりの美少女だ。

 

金髪碧眼で蒼い蝶の髪飾りをしていて、迷子中に出会った銀髪美少女と同様、日本人離れした白人系の顔の造りをしている。

 

が、なんとなくビッチっぽい。

 

それはきっとメガ盛りMAXの巨乳のせいだろう。

 

恐らくそう感じるのは俺だけでは無いはずだ。金髪+巨乳=ビッチはもう数学の公式にしてもいいレベル。

 

完全にラノベやアニメの影響なんですけどね。

 

まあとにかく、失敗金髪ヤンキー風の彼に羽交い締めにされているので只でさえ主張の激しい胸がさらに強調されている。

 

しかし俺は大きさにそこまで価値を感じない。

 

故に目を奪われるということなど断じてない。み、見てないからな! ホントだぞ!

 

「この下衆……」

 

横から絶対零度の視線をばしばし感じるのは気のせいだと信じたい。

 

金髪ビッチは俺と雪ノ下のそんなやりとりには意を介さず、さっきまでの態度とは打って変わって凶暴な目つきで睨んでくる。

 

「はぁ? 愚民ごときが何あたしに話しかけてんのよ。さっさと失せなさい」

 

「ごめんなさいなんでもないです」

 

反射的に謝ってしまう俺。 だって超怖いんだもん!

 

「……比企谷君、あなたにはプライドとかないのかしら?」

 

「いや……あったら外歩けねぇだろ」

 

「あなたは本当に……まあいいわ、もう行きましょう」

 

……ん? さっきまでこいつ怯えていたのに今はなんかピリピリしていないか?

 

とにかくここを離れるのは賛成だったので並んで歩き始める。

 

しかし、というか当然というか、後ろで金髪ビッチが叫ぶ。

 

「待って、せめてお名前だけでも教えて! まずは自己紹介から始めましょ! あたしは2年3組の柏崎星奈。星奈って呼んでね!」

 

雪ノ下は振り返り、金髪ビッチを数瞬眺めてから口を開く。

 

「私は雪ノ下雪乃。あなたと同じ2年よ」

 

「雪乃ちゃんね! よろしくね!」

 

「ええ、よろしく柏崎さん。あなたと友人関係になることは未来永劫ないからそのつもりで」

 

初対面でこの対応とか雪ノ下さん流石です! 出会ったばかりのことを思い出すぜ……。

 

「えっ!? じゃ、じゃあ……恋人とかは?」

 

……マジかよ本物かよこの女。ここまでいくともう逆になんか凄い。

 

「無論、ありえないわ」

 

律儀にも否定する雪ノ下。

 

そして俺に目で語りかけてきた。わかってるっつーの。

 

比企谷八幡だ。雪ノ下とは一応同じ部活に所属している」

 

「あんたのは聞いてないから。あたしたちの間に入ってくんじゃないわよ」

 

……まあこうなるだろうな。

 

予想通りの反応だったので特別何も思うところはなかったが、雪ノ下はとても不快そうに眉根を寄せている。

 

険悪な空気を察知したのか、失敗金髪ヤンキー風の彼が続いて自己紹介をする。やはりぼっちは空気を読むスキルが高い。

 

まあここまで露骨だと誰でも気付くだろうが。

 

「俺は……小鷹、羽瀬川小鷹だ」

 

小説等でよくある、何故か名前から始まる自己紹介をドヤ顔でする失敗金髪ヤンキー風の彼。なんかちょっと悦に入っている。

 

駄目だこいつ空気読めてねえ!

 

確かに何となく一度はやってみたいことではあるが、それをこの状況でやるとは……。

 

失敗金髪ヤンキー風の彼はその勢いで続ける。

 

「星奈とは同じ『隣人部』って部活に入ってる。活動内容がちょっと特殊で……」

 

「特殊とはなんだ。わかりやすくかつ真っ当な目的だろうが」

 

唐突に横から新しい人物が割り込んできた。

 

セミロングの黒髪でどことなく中性的な顔立ちをしているが、間違いなく美少女にカテゴライズされるであろう造形。

 

涼しげな目をしていて黒髪美人と言う表現がぴったりだが、表情や喋り方がどうにも鬱っぽいので色々と台無しにしている。

 

「それで? これはどういう状況なのだ?」

 

黒髪鬱美人は当然の疑問を発する。

 

羽交い締めにされた金髪ビッチを見て、その視線の先の雪ノ下を見ると再び口を開く。

 

「いや、やっぱり説明はいい。どうせ肉が突然発狂したのだろう。BSEは潜伏期間が長いからな」

 

……肉、って金髪ビッチのことか? 的確だがひどいあだ名だ……。まあ心の中で金髪ビッチ呼ばわりしている俺も人の事は言えないか。

 

「ちょっと夜空! 人を狂牛病扱いしてんじゃないわよ!」

 

「黙れ肉」

 

どこから取り出したのか、黒髪鬱美人はハエ叩きで金髪ビッチの額をペチペチ叩いている。

 

この状況で羽交い締めにしているのは流石にやばいと判断したのか、失敗金髪ヤンキー風の彼は腕を放す。

 

「ちょ、やめなさいよ!」

 

自由になった金髪ビッチはハエ叩きを掴む。

 

「何をするのだ。せっかく私が海綿状態になった貴様の脳みそを心配して叩いて固めて治そうとしてやっているのに」

 

「えっ、心配してくれてたの……? じゃ、じゃあいいけど……ってそんなわけないでしょ!」

 

「当たり前だ。貴様の心配などする暇があるならその辺のミミズさんの心配をした方が遙かに有意義だ」

 

「ミミズなんかどうだっていいでしょ!?」

 

「貴様は馬鹿か? ああ、馬鹿だったな。汚物製造器の貴様とミミズさん、どちらが重要かなど考えるまでもないだろう」

 

怒濤の言葉責めを繰り広げる黒髪鬱美人。なんというか、汚物製造器はひでえ。金髪ビッチも涙目になっちゃってるし。

 

同じ言葉責めを得意とする雪ノ下もかなり引いているのだから凄い。

 

「比企谷君、今のうちに行きましょう」

 

雪ノ下が耳打ちし、失敗金髪ヤンキー風の彼も申し訳なさそうな顔(目付きは除く)をして手振りで、『行ってくれ』と示す。

 

「……そうだな、行くか」

 

残念なイベントをこなして、俺たちはようやく校門に向かうことが出来た。

 

 

第三話 後編・上

 

 

道中も、校門に着いてからも、雪ノ下はどことなく不機嫌だった。

 

何故不機嫌なのか考えられるパターンは何種類かあるが、原因をわからないままにしておくのは不安なので当たり障りのないところから探ってみよう。

 

「何もしていないのに絡まれるってのは本当にあるんだな」

 

「そうね、何もしていないわね。比企谷君はただ今日会ったばかりの女性の胸を凝視していただけ……だけだもの」

 

はい、原因判明しましたー。

 

「けだものを強調するな。同意のフリしてなじるのはやめろ」

 

夏の一件以来、雪ノ下の胸に関することは禁忌になっているが、どうしてもおちょくりたい俺ガイル。

 

でも本当に危険なのでここはスルーが正解。

 

「あら、自覚があるからそう聞こえるだけよ、変態」

 

「やっぱりフリだけでもして下さい……」

 

無表情かつ冷静な口調で言われると本当に俺は変態なんじゃないかと思ってしまう。

 

金髪ビッチが羽交い締めにされている時、金髪ビッチの後に安心安全の雪ノ下を見たのが間違いだったのだろうか。

 

俺はただ冷静になろうとして雪ノ下の慎ましさを……ってあれ? これってやっぱり変態じゃね?

 

いやいやそんな馬鹿な。ハハ……。

 

とにかく、ちょっと視線が痛いが雪ノ下の不機嫌の理由が胸の件で良かったぜ。

 

……。

…………。

 

由比ヶ浜よ、早く来てくれ。

 

願いが通じたのかどうなのか、バスが到着する。

 

そのバスからは文化祭目当てであろう人たちが十数人降りてきて、その中に由比ヶ浜がいた。

 

由比ヶ浜は辺りをキョロキョロし、雪ノ下を見つけるとぴゅうっと慌てて駆け寄ってくる。

 

「ゆきのん遅れてゴメン! ヒッキーもゴメン!」

 

開口一番、両手を合わせて謝ってくる。

 

「気にしなくていいわ。あなたが原因というわけではないもの」

 

「ああ、実際そんな待ってないからな」

 

雪ノ下と俺がそう言うと、由比ヶ浜はやや窺うように俺を見ながらも、「ごめんね、ありがとう」と言った。

 

「では、どこから回って行きましょうか? パンフレットは……貰っていないわね」

 

「あっ、ごめんすぐ貰ってくる!」

 

「別にわざわざ貰いに行かなくてもいいわ」

 

雪ノ下はパンフレットを配っている校門に向けて駆け出そうとする由比ヶ浜を止めた。

 

そして少し照れながら言葉を続ける。

 

「私のを一緒に見ればいいでしょう」

 

「ゆきのん……」

 

以前の雪ノ下からは考えられない台詞を聞いて由比ヶ浜が嬉しそうにしながら傍まで行く。

 

一緒にの部分が特に驚きである。

 

「えーっと、じゃあどこから行こっか? 普通の学校じゃあんまりないような部活が多いって話だけど」

 

パンフを覗き込みながら会話をする二人。

 

完全に蚊帳の外の俺は、ぼーっと辺りを見回す。

 

山、校舎、人……。

 

見るともなしに全体を見る。どうやらこれが『見る』ということらしい……。

 

「では、特に目的を定めずに全体的に見て回りましょうか」

 

「うん、そうしよっか」

 

「比企谷君」

 

脳内で対胤瞬戦を繰り広げているうちに方針は決まったようで、雪ノ下が声をかけてくる。

 

「あいよ」

 

遠足や修学旅行で慣れたもので、3人以上で行動するときは黙って待っていればいい。

 

いざ目的が決まったら大和撫夫になるだけ。

 

ちなみに2人で行動するときは、そもそもその状況にならないように動くのが肝心である。

 

いざ歩き始めようとしたところで由比ヶ浜がくいくいと袖を引っ張ってくる。

 

「……ヒッキー、待たせちゃってごめんね。怒ってるよね……? でも、メールに書いたこと、本当だから……」

 

「は? 別に怒ってねえけど?」

 

俯きがちの由比ヶ浜は唐突に訳のわからないことを言い始めた。

 

「だって、さっきから全然喋ってないし……」

 

「喋ってないのは部室でお前と雪ノ下が話してるときと一緒だろ」

 

「そうだけど、メールも返してくれなかったし……」

 

「あー、悪い。携帯バッテリー切れなんだわ」

 

「へ? じゃ、じゃあ怒ってる訳じゃないの?」

 

「そう言ってるだろ」

 

「そ、そっか。よかったぁ……」

 

叱られている子犬のようだった由比ヶ浜はようやく表情を明るくする。

 

「で、なんてメール送ったんだ?」

 

「はっ!? や、そ、それは……」

 

「それは?」

 

「なんでもない! 充電したら読まずに消して! ってか絶対読んじゃダメだから!」

 

「お、おう」

 

剣幕に圧倒されながらも頷く。まあ、確実に読むんですけど。

 

むしろこう言われて読まない奴はどうかしている。黒山羊さんだって読むレベル。

 

「絶対だかんね?」

 

「任せろ」

 

読まないと聞いて由比ヶ浜は安心して顔をほころばせる。

 

こいつ将来簡単に騙されそうだな……。

 

「話は終わったようね。では行きましょう」

 

「あ、うん。校舎内から行ってみよっか」

 

「そうね」

 

雪ノ下たちは校舎に向かって歩き始める。半歩遅れて俺も付いて行った。

 

昇降口で靴を入れるビニール袋と来客用のスリッパを貰う。

 

1階から適当にプラプラとうろつくことになった。

 

由比ヶ浜が言うように確かに参加団体は多く、またジャンルも多岐にわたるようだ。

 

ミッション系だからかは知らないが、割とおとなしめな学風なのか土星のコスプレをするようなぶっとんだ人はいない。

 

コスプレといえば、各団体のテーマに合わせたものは散見する。

 

定番の甚兵衛や浴衣、メイドはもちろん、ハロウィン風やディーラーっぽい服装をした人などは見かけた。

 

貸し出しコスプレ屋なんてものあるらしい。

 

まあ一番コスプレっぽいのはリアルシスターの修道服であることは間違いない。

 

基本的に俺は黙って付いて回っているだけだが、たまに由比ヶ浜が俺にも話を振ってくるのが修学旅行とかと違う。

 

少しでも参加している感があるせいか、いつもこの手のイベントはうっとうしく感じるのに今日は違って見えるから驚きだ。

 

俺ですら少し楽しくなっているのだから、小さい子供がはしゃぐのは当然だろう。

 

ちょうど先程まで入っていたお化け屋敷的な教室から出たところでも、子供が二人ドタバタと何か言い争っていた。

 

通行の邪魔になっているようで、若干人だかりができている。

 

片方は修道服を着た銀髪で、来る途中に会った銀髪美少女を幼くしたような感じだ。恐らく小学生で年の頃は十歳程度だろう。

 

もう一方は金髪でゴスロリファッションに身を包み、青と赤のオッドアイという厨二街道まっしぐらの外見。

 

二人共が年相応に可愛らしく整った顔立ちをしており、俺がロリコンだったら垂涎ものであろうレベルだ。

 

何を言い争っているのかと耳を傾けてみる。

 

「オバケはいないのだ! お化け屋敷なんてうんこ高校生どもがオバケの振りをしているだけなのだ! ワタシはおりこうさんだからしってるのだ!」

 

どうやらオバケやら幽霊やらの存在の有無で言い争っているようだが、ここでしていい発言ではない。

 

しかしお化け屋敷の受付の男は怒る様子もなく若干よだれを垂らしてニヤニヤと二人を見ている。

 

おまわりさんこいつロリコンです!

 

男の様子に気が付いた雪ノ下と由比ヶ浜が子供二人を隠すように立つ。

 

男は高校生の美少女二人を前に、とても不快そうな表情をして「この年増どもがっ」と小さく呟いた。

 

おまわりさんこいつ真性のロリコンです!

 

……後で学園の自治組織あたりに通報しておこう。

 

突如、金髪ゴスロリは意味不明なポーズを決める。

 

「……ククク……貴様は我が何者であるかまだ理解してないようだな。我こそは吸血鬼が真祖にて闇の主、レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌であるぞ!」

 

外見だけじゃなくて中身までバッチリ邪気眼だったか……。

 

「吸血鬼はオバケだったのか!? でもどっちにしろ神の力の前には無力なのだ!」

 

銀髪少女、いや言いにくい、銀髪幼女は議論が面倒になったのか首から下げた十字架を手に持つと、そのまま殴りかかった。

 

「いだっ! 何するんじゃアホ! ……ククク、我を怒らせたようだな!」

 

……今一瞬地が出たな。

 

銀髪幼女を押しのけたゴスロリ邪気眼は何事もなかったように演技を再開し、再び例のポーズをとる。

 

「来たれ! 我がしもべよ!」

 

そう言ってキョロキョロと辺りを見渡し、俺と目が合うと「見よ!」と指差した。

 

銀髪幼女と人だかりが一斉に俺を見る。

 

「あやつは我が最も下級のしもべ、グールぞ!」

 

……視線が痛い。さらに痛いのは言うまでもなくゴスロリ邪気眼だが。

 

てか千葉村のときといい、小学生の間でグールって流行ってるんですかね。

 

「あれで最下級なのか!? 目の腐り方がもの凄いのだ!」

 

真に受けた銀髪幼女が驚く。素直というかなんというか、アホの子だった。

 

「あんなキケンな奴を召還するなんてやっぱり吸血鬼はぶっ殺すのだ!」

 

またしても銀髪幼女が十字架で殴りかかり、ゴスロリ邪気眼も負けじとペンダントで殴り返す。

 

「ふんぎゃー! 百倍返しじゃ! もっと痛いのしちょるばい!」

 

言い争いが取っ組み合いになり激しさを増す。

 

見かねた由比ヶ浜が慌てて止めに入る。さすが『みんななかよく』がモットーの由比ヶ浜だ。

 

雪ノ下も由比ヶ浜を手伝うように止めに入った。

 

俺はもちろんそんなことはしない。今の時代、何してもセクハラとかロリコンとか言われるからな。世知辛いぜ。

 

「ちょっとキミたち、暴力はダメだよ」

 

「うるさいのだ! 邪魔するななのだこのビッチが!」

 

「び、ビッチじゃないし!」

 

突然の暴言に面食らう由比ヶ浜。てか誰だよこんな言葉教えた奴……。

 

「巨乳の女は全員ビッチだって夜空が言っていたのだ! ビッチじゃなかったらリアルダッチワイフなのだ!」

 

ひでえ。

 

なんてことしてくれてんだよその夜空とか言う奴! こんなんじゃ世の中にドMロリコンが増えちゃうだろうが!

 

「あなた、そんなことを言うのはやめなさい。それはとても恥ずかしい言葉よ」

 

雪ノ下は銀髪幼女に向けて言ったのだろうが、何となく俺に言っているような気がしてならないのは何故だろう。

 

「は、恥ずかしい言葉なのか!?」

 

「ええ、そんな言葉を使うのは変態だけよ」

 

「変態!? それは『小鳩ちゃんぺろぺろ』とか言うのと同じくらいなのか!?」

 

「そうよ」

 

バッサリと切り捨てられた銀髪幼女は、

 

「は、はは……そうかー。ワタシは星奈と同じ変態だったのかー」

 

と魂の抜けた顔で呟いている。

 

「キミも、自分の言動を省みた方が良いよ。今のうちに直しておかないと、後で恥ずかしい思いをするのはキミなんだから」

 

今のはゴスロリ邪気眼に向けてのお言葉なのだろうが、何となく前例を見て言っているような気がしてならないのは何故でしょうか由比ヶ浜さん。

 

「うぅ……あんちゃんにおんなじことゆわれた……」

 

結局二人は喧嘩をやめ、どちらからともなく手を繋ぎトボトボと去っていった。

 

……なんだかんだでやっぱり仲がいいんだろうな。

 

ちょっと微笑ましい光景だった。

 

幼女二人が角を曲がるのを見送った後、由比ヶ浜が言う。

 

「やー、可愛い子たちだったねー。二人ともちょっと言ってることとかはアレだったけど」

 

「『中二病』とやらは男女共通で疾患するもののようね」

 

「けど、あれだけの見た目であれば多少の欠点はむしろ良く見えるだろうな」

 

実際に、人間とラノベは見た目が9割である。中身が大切、なんてのは嘘だ。もしくはただの希望や幻想でしかない。

 

つまりいいイラストを描く絵師はもっと敬られるべきだ。ぽんかん⑧神しかり、ブリキ神しかり。さぁ、祈りましょう……。

 

まぁ真面目な話、いかに中身がしっかりしていようが外見が残念であればその中身を知るまでいかないだろう。

 

外見が良ければ大抵の事はまかり通る。某福山さんはエロエロでも格好良く、某エリカ様は不機嫌でも許される。

 

ただし某斉藤、お前だけは許さねえ。あの茶番以来、種島社の本は買っていない。一人不買運動は今も継続中だ。テーマは『命』です(キリッ

 

「どうしたのヒッキー? いつもよりちょっと目が腐ってるよ?」

 

由比ヶ浜が心配そうに顔を覗き込んでくる。これでも本人は本気で気遣っているつもりなんだろうな……。

 

「いつもよりちょっと、ってなんだよ。別にいつも腐ってるわけじゃねえよ。主に人と接してる時だけだ」

 

「それほとんどいつもじゃん!」

 

「違うわよ由比ヶ浜さん。比企谷君はいつもは一人よ」

 

「あー、や、ごめん……」

 

雪ノ下のツッコミを受けてマジで謝ってくる由比ヶ浜。なにこの子? 狙ってやってんの?

 

「とにかく、さっきの金髪ロリがいくら可愛くても、戸塚や小町の方が可愛いけどな」

 

「小町ちゃんはともかく、さいちゃんの評価そんなに高いんだ!? 確かに可愛いけど男の子だよ!」

 

「関係ないだろ。小町は世界一可愛い妹で、戸塚は世界一可愛い」 

 

「か、関係ないのは可愛さの評価だけだよね……? 色々と超えちゃってたら、うん、ちょっとそーゆーのは……無理」

 

海老名さんが聞いてたらブチ切れそうな台詞を吐いたところで、突如誰かの声が会話に割り込んできた。

 

「ちょっと、そこのキミ」

 

そのとても綺麗な声はさほど大きい声でもなかったのに、不思議と騒々しい廊下でも耳を引く強さを持っていた。なんとなく聞き覚えがある。

 

だがまぁ、あれだ。全てのクスクス笑いやヒソヒソ話は俺をバカにしていると思ってしまうくらいの自意識過剰な俺は騙されない。

 

今のはきっと罠だ。うっかり振り向くと『うわなにこいつ勘違いしてんの? キモッ』とか言われる。ナル谷君は学習できるのです。

 

しかし学習したところで『ホントは聞こえてんじゃないのー?』と笑われ、最終的には『聞こえないふりしてんじゃねーよギャハハ』とバカにされる。

 

マジ不可避。

 

なにはともあれ、声をかけられたであろうリア充を呪いつつ歩き去ろうとした。

 

が、腕を掴まれる。

 

えっ!? ホントに俺だったの!? でもこれどうせ美人局か幸せの壺売りの類だろ!?

 

やめて! やめて離して! ヘンティカン! ヘンタイ!

 

動揺しまくってる俺をよそに、俺の腕を掴んだ手は焦れた様子でぐいぐいと引っ張ってくる。

 

あまりに強引な行動にびっくりして驚いた。振り返った。

 

腕を掴んでいるのは迷子中にお世話になった銀髪美少女だった。

 

そして銀髪美少女は目を爛々とさせ攻撃的ともとれる声音で言う。

 

「うちのマリアの方が可愛い」

 

 

第三話 後編・中

 

 

「うちのマリアの方が可愛い」

 

銀髪美少女は世迷い言を言ってのけた。

 

その馬鹿な発言を聞いて思わず鼻で笑ってしまう。

 

「なんだい? その反抗的な態度は? なにか文句でもあるのかい?」

 

あぁん?と四街道の田舎ヤンキーを彷彿とさせる、下からえぐり込むような絡み方をしてくる銀髪美少女。

 

「いやいや、文句があるわけじゃねえよ。ただ、ちょっと、間違ってる部分があるなって」

 

言ってみろ、と目で促される。

 

「小町より可愛いってのはありえない。なぜなら、小町は無条件で世界一可愛い妹だからな」

 

「はっ、ねーよwwww」

 

先程俺がしたように鼻で笑われた。馬鹿にしきった表情のおまけつきで。

 

おおう、ちょっとイラッとしちゃったぞ。

 

だがまあ、意地を張った子供に腹を立てるのも大人げないからな。

 

ここは冷静に諭してやるべきだろう。

 

「確かに、お前の言い分にも一理ある。美少女であるお前の妹は、なるほど可愛いのかもしれない。

それだけの見た目でなおかつ妹であれば、一番可愛いと思ってしまうのも無理のないことだろう。

でもな、それはお前が小町を知らないから言える事なんだぜ?」

 

「キミだってマリアを知らないだろう!」

 

「いや、さっき見た。10歳くらいで金髪ゴスロリと一緒にいるやつだろ」

 

「それは確かにうちのマリアだけど……。つまり、キミはマリアを見た上でそう言ってるのかい?」

 

「ああ。まあ所詮いつだって確認作業でしかないが、小町の方が圧倒的だな」

 

「はぁ? 目ぇ腐ってんじゃねーの!?」

 

唸り声が聞こえてきそうな表情で迫ってくる銀髪美少女。

 

「おいおい、事実を指摘されたからってキレるな……って噛み付き攻撃はやめろ!」

 

「キレてないんだよ! わたしをキレさせたら大したものなんだよ!」

 

「言動が一致してねえ! てか別のシスターとかいろいろ混じってんぞ!」

 

ガウガウと噛み付いてくる銀髪美少女をなんとか引き剥がす。

 

ラノベや漫画ならここでラッキースケベ的なイベントが発生したのだろうが、実際は本当に痛いだけである。

 

現実は厳しい。

 

「……どうやら話は平行線のようだね」

 

「平行線もなにも、初めから結論は出てるだろ」

 

俺はただ当然の事を述べているだけなのに、ヒクッと顔を引きつらせる銀髪美少女。

 

まったく、感情的なやつだ。

 

「そうだね、もちろんマリアの方が可愛いもんね。見ただけで知ったような顔をする閉じた世界にいるキミにはわからないだろうけどね」

 

「く、くくく……言ってくれるじゃねえか! だったら俺の妹とお前の妹、どっちが世界一可愛い妹なのか決闘だ!」

 

「その勝負、受けて立つ! 結果は見えてるけどね!」

 

感情的なのはもちろん俺もだった。

 

「じゃあわたしから行かせて貰うよ!」

 

言うやいなや、服のそこかしこから写真を取り出す銀髪美少女。

 

「ふふふ……これを見て冷静でいられるかな?」

 

取り出した写真をチラッと自分で見てデレデレしている。いやまずお前が冷静になれよ。

 

とにかく相当自信がある代物なのだろう。

 

「さあ、恐れおののくがいい!」

 

銀髪美少女は、バッ、ババッと霧江さんのような謎ポーズをとってから写真を見せつけてくる。

 

「マリアのベストナデポシーン10選集!」

 

「なにっ!? ラノベファンタジーの一つ、ナデポだとっ!?」

 

現実でも有り得たのか!?

 

見れば礼拝堂で遭遇した金髪ヤンキー風の彼に頭を撫でられ幸せそうかつ気持ち良さそうな顔をしている銀髪幼女が写っていた。

 

こ、これは凄まじい破壊力だ! 妹属性と幼女属性との組み合わせで攻撃力が2乗になっている!

 

しかも隣にはぐぬぬ顔の金髪ゴスロリがいる。

 

あまりの衝撃に直接体にダメージを受けたようにのけぞってしまう。

 

あ、危ねえ……。俺がロリコンだったら今ので膝をついていたかもしれない……。

 

だがな、

 

「俺はロリコンではなく、シスコンだ!」

 

「くっ、なんて濃密なシスコンオーラ……! さては強化系シスコンだな!?」

 

「そう言うお前は変化系だな? この明らかに盗撮された写真を見れば一目瞭然だ!」

 

「ふん、わたしは普段シスコンだということを隠しているからね。そう大っぴらには撮れないさ。そのおかげで盗撮はうまくなったけどね!」

 

確かにこの写真の銀髪幼女は撮影者の存在を全く意識していない、限りなく自然な表情をしていて盗撮スキルの高さがうかがえる。

 

だが、それが間違いの元凶になることに気付いていないとは……。

 

「ふっ……、甘いな」

 

思わず呟いてしまう。

 

それを耳ざとく聞きつけたのか、銀髪美少女は剣呑な目つきをして聞き咎めてくる。

 

「なにがだっ!?」

 

「わからないのか? 確かにその写真の破壊力は凄まじい。お前の妹は可愛いということもわかる。だが、お前はひとつ致命的なミスを犯している! それは……」

 

「……それは?」

 

「それはな、写真を持ち歩いたら痛む、と言う事だ! ここを見ろ! ちょっと皺が寄っちゃってるだろう!」

 

「えっ!? うわホントだ!」

 

今初めて気が付いた様子の銀髪美少女は必死に皺を伸ばそうとする。

 

「たとえ写真であろうと妹を傷つけるお前はその時点で負けている!」

 

ビシィッ、と効果音が付いてもおかしくない勢いで指を突き付ける。

 

「くぅっ!」

 

今度は銀髪美少女がダメージを受けてふらつく。

 

「さらに言えば写真などという媒体を使う事自体が浅ましい!」

 

「じゃあキミはどうやってキミの妹の可愛さを証明するんだい!?」

 

「そんなもの、俺が経験した妹萌えシチュエーションを並びたてるだけで十分だ」

 

「そ、そこまで言うなら聞いてやろうじゃないか!」

 

「言ったな。……いろいろと思い知ってもらおうか!」

 

ウェヘン、と仰々しく咳払いをする。

 

「まず一つ、俺の着古したTシャツを既に勝手に着ているにもかかわらずこれ頂戴とねだる小町!」

 

「なっ!? ……ふん、やるじゃないか。でもまだまだその程度じゃ納得なんてできないね」

 

その余裕、いつまで持つかな?

 

「次! おちょくるつもりで俺の残念エピソードを他人に語るもついつい小さい頃からの惚気話をしてしまう小町!」

 

「羨ましい! ……くなんてないし。ぜ、全然ないし!」

 

銀髪美少女は思わず発してしまったであろう言葉を必死でごまかす。

 

「おいおい、もうメッキが剥がれてきたのか? まだまだあるぜ」

 

「う、うるさい! まだ負けを認めたわけじゃない!」

 

「じゃあ、とっておきを行くぜ……!」

 

「ふ、ふん……どうせたいしたことはないさね」

 

「さあ、聞いて驚け!」

 

脳内で勝手にドラムロールが鳴る。

 

┣¨┣¨┣¨┣¨ ┣¨┣¨┣¨┣¨ デデン!

 

「下着姿でも厭わずに俺に接する小町!」

 

「………………それはただ男として見られてないだけなんじゃないのかい?」

 

「……そう思うか?」

 

「思うね。はっ、それがとっておきだなんて笑わせるよ」

 

やれやれといった様子で両手を広げて首を横に振る銀髪美少女。

 

「……やはりお前は何もわかっていないな。お前の言うとおり、俺は男として見られていない。だが、男として見られていないということは……」

 

そこで一度言葉を切り意味ありげに銀髪美少女を見やる。

 

銀髪美少女は若干首を傾げていたが、数瞬後にハッとした表情をした。

 

「ま、まさか……!?」

 

どうやらやっと気付いたようだな……。

 

「そう! つまり俺は、小町にとってどこまでも『兄』なんだよ! 妹を持つ者にとってこれ以上の悦びなんてあるか!」

 

「な、なんという完成された兄!!」

 

銃で撃たれたように胸を押さえ、へなへなと崩れ落ちた銀髪美少女は膝を付きこんなふう→orzな体勢になる。

 

「妹は兄や姉といてこそ最高の可愛さを発揮する……。完全で純粋なお兄ちゃんであるキミといる小町ちゃんはさぞ可愛いんだろうね……」

 

「そうとも、俺は小町の兄だからな」

 

格好良く捨て台詞をキメて、くるりと銀髪美少女に背を向ける。

 

「ま……負けだ……。わたしの、負けだよ。ゴメンな、マリア……うぅっ……」

 

後ろから嗚咽が聞こえてくるが、振り向かずにゆっくりと歩き出す。

 

勝者が敗者に向ける言葉などない。それがどのような言葉であっても、傷口に塩を擦り込むことにほかならないからだ。

 

だが、その逆は許されても良いだろう。

 

「小町ちゃんのお兄ちゃん……わたしが、わたしが完全で純粋な姉になったら……また、勝負してくれるかい?」

 

顔だけで振り返り、肩越しに超格好良く返事をする。

 

「……ふっ、返り討ちにしてやるぜ」

 

銀髪美少女はぐしぐしと袖で涙を拭い、スッっと立ち上がる。

 

「わたしは高山ケイト。いつかキミを倒す姉だよ」

 

「俺は比企谷八幡。お前に勝ち続ける兄だ」

 

お互いにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、八幡君。……覚えてろよ!」

 

もはや定番過ぎて逆に誰も使わない捨て台詞を言い残し、銀髪美少女もとい高山ケイトは走り去って行った。

 

「覚えてろよ、か……」

 

高山ケイトが言い残した言葉を反芻する。

 

言われなくても今日の事は恐らく覚えているだろう。

 

勝者は敗者に対して責務を負う。勝てば勝った分だけ打ち倒してきた相手の想いも引き継ぐことになるのだ。

 

ゆえにこれからも俺は兄として恥じない生き様を貫かなければならない。

 

小町のためにも、今日出来たライバルのためにも。

 

ちょっと格好良くまとめてみたが、つまるところ何が言いたいかというと小町マジ天使、ってことで。

 

ちなみに雪ノ下と由比ヶ浜は俺が噛みつかれそうになっているあたりでどこかに去っていた。

 

不思議。

 

高山ケイトと熱い戦いを繰り広げているうちにさっくり置いて行かれた俺だが、こんな事は慣れっこである。

 

別に雪ノ下や由比ヶ浜といなければならない理由はない。むしろ俺が邪魔ですらある。

 

俺には戸塚さえいればいいとつかわいい。

 

だがその戸塚も今日はいない。戸塚には戸塚の友達がいるのだから仕方がないが。

 

コミュニティというものは大概において形成された時点で既に完結している。

 

外に開かれたそれも当然存在するのだろうが、こと高校生に限ってはほとんど無いだろう。

 

クラスにしても部活にしても、闖入者を白眼視する傾向が強いのは明らかである。

 

自分が所属していないクラスの教室は妙に居心地が悪いのもそのせいだろう。

 

俺にとっては自分が所属しているクラスも居心地が悪いのだが。所属していると言えるのかすら微妙である。

 

しかし、部活は居心地が悪いと言うわけではない。

 

部室では専ら雪ノ下と由比ヶ浜が色々と深め合っているだけで、俺が入り込む余地も必要もない。

 

あいつらの関係は、相手を化かし合い自分すら欺く俺が憎悪するそれなどではない。

 

まさに本物と呼称するに相応しい関係だ。

 

そんなところに俺のような不純物が混ざることなど許されないだろう。なにより俺自信が許せない。

 

俺が奉仕部に所属しているのは、平塚先生の脅迫もあるが、嘘偽りのない関係を近くで見ていたいだけなのかもしれない。

 

なにはともあれ、出先ではぐれた際はどうすべきか。

 

答えは簡単だ。行きも帰りも必ず通る場所、つまりこの場合は校門にいればいいのだ。

 

常に行動を先読みし、最も効率の良い選択をする俺マジ合理的。

 

ちなみに遠足や校外学習ではぐれた場合は、バスにいればいい。

 

そして班が帰ってきたときに俺が居ないことを完全に忘れ去っていた様子の連中と目が合って気まずく逸らすことになる。ソースは俺。

 

実際ははぐれたのではなくハブられただけなのは言うまでもない。

 

まあ過去の話は置いといて、待っている間はさしあたりやることもないので人間観察でもすることにした。

 

校門に着き人間観察を始めてしばらくすると、校舎の方から雪ノ下が一人でやってきた。

 

雪ノ下もこちらに気付き、近づいてくる。

 

由比ヶ浜はどうした?」

 

近くに来るのを待ってから声をかける。

 

「……。さっき廊下でまた例のアレに遭遇してしまって、撒いている最中にはぐれてしまったのよ」

 

「で、校門にいればそのうち来るだろうと思ってここに来たわけか」

 

「ええ、学校行事で団体行動の際は大抵そうしていたから」

 

自分以外の人間から聞くと悲しくなる台詞だな……。俺も同じ穴の狢なんだけど。

 

「で、連絡は取ったのか?」

 

「それが……携帯のバッテリーが切れてしまったのよ」

 

「あれだけ長時間起動してればな……」

 

迷子中は常に地図を表示させていたのだから、バッテリー切れを起こしても不思議ではない。

 

「つまり、由比ヶ浜がここに来るためにはあいつが自発的に思いつくしかないのか」

 

「そういうことになるわね」

 

「それは無理だろ」

 

恐らく今頃は電話が通じなくてわたわたしているといったところか。

 

「ええ、私もそう思うわ。とりあえず比企谷君と合流しようと思って来たのよ」

 

「さっきは置いていったのにわざわざ来たのか」

 

「……あれは比企谷君が楽しそうにじゃれているのを邪魔してしまっては悪いと思ったからよ」

 

さいですか。

 

「まぁ、なんだっていいか。とにかく捜しに行くしかなさそうだな」

 

「そうね。では早速行きましょう」

 

「ああ」

 

由比ヶ浜の性格からして、恐らくはまだ校舎内を捜し回ってうろついていることだろう。

 

雪ノ下も考えていることは同じなようで迷いなく校舎の入り口へと向かっていた。

 

 

続く

 

雪乃「さあ、三日月さん。あなたのその腐った性根を叩き直してあげるわ」 夜空「……はっ、やってみろ」2/4【俺ガイルss/はがないss】 - アニメssリーディングパーク

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

八幡「青春ラブコメの主人公」

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