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雪乃「つまり、比企谷君と同じように人格を矯正する、ということが今回の以来ということですか」八幡「….」【俺ガイルss/アニメss】

 

出会いとは悲劇の始まりである。

リアルが充実している者たちは出会いに希望を見いだし、そしてその出会いで失ったものから目を背け手に入れた物を誇示する。

 

まるで自分たちの出会いが後世に語り継がれるべき素晴らしいものであるかのように取り繕う。

 

その姿は欺瞞に満ちあふれていて滑稽ですらある。

 

 

誰かと出会えば必ず何かを失う。

 

例えば、自分と合わない人間と出会ったとしよう。

その人と過ごす時間は苦にしかならないだろう。その人と過ごすためにいやでも自分の貴重な時間をどぶに捨てることになる。あと多分ストレスとかで髪も失う。

 

例えば自分と合う人間と出会ったとしよう。

その人と過ごす時間はきっと楽しいものになるだろう。忘れたくない大切な思い出へと変わっていく。

 

しかし、人生の終着点が死である以上は必ず別れは来てしまう。

それが死による別れなのか、それとも他の他愛ないすれ違いなどによる別れなのかは分からない。

 

それでも、大切な人との別れは辛く悲しいものである。だからきっとそのショックで色々と失うのだ。髪とか。

 

つまり、出会いを拒むぼっちとはこの世で最も悲劇からかけ離れた存在であり、同時にこの世で最も髪の毛に優しい存在なのだ。

 

だがそれでも、一時の迷いから人との繋がりを求めたくなるときもある。

 

だからまあ……たまには誰かと出会うってのも悪くないのかもしれない。

 

 

由比ヶ浜の誕生日パーティーが終わってから約一ヶ月。夏休みまで残すところあと一週間だ。

 

もーういーくつねーるーとー!なーつーやーすーみー!ということで最近の俺はテンションが高い。どれくらい高いかと言えば、今朝小町に気持ち悪がられたくらいだ。死にたい。

 

俺が死にたがっていようとなかろうと、奉仕部でやることは変わらない。

 

俺と雪ノ下は本を読み、由比ヶ浜はケータイを弄るか雪ノ下に絡むかとどちらかだ。

 

変わったことと言えば今日はいつもの髪型だが、たまに由比ヶ浜が雪ノ下の髪をセットするようになったことくらいか。

 

仲が良いですねお二人とも。残された俺は二人が仲良くなればなるほど孤独感が増していく。まあ元からメーター振り切ってるからたいして気になるわけでもないが。

 

それにしても、孤独感なんてのは慣れてしまったからいいが、この暑さは看過できん。さっきからシャツが張り付いて不快だ。

 

八幡「……なあ雪ノ下、今日もどうせ依頼人は来ないだろうし、もうお開きにしないか」

 

雪乃「なにを言っているかしら比企谷君。例え誰も来なかったとしてもそれが帰っていい理由にはなるわけではないのだけれど。誰がいつ来ても万全の態勢で受け入れられるようにしなければならないのよ」

 

八幡「いやでもほら……ああそうだ、今日俺友達んちに行く予定なんだわ」

 

雪乃「あなたのような不審者を家に入れる人間がいるわけないでしょう。嘘を吐くならせめてもう少し現実味のあるものにしなさい」

 

八幡「おい。俺を不法侵入者みたいに言うのはやめろ。小学校の時、誕生日パーティーで俺を家に入れた藤宮が、俺のことを終始不審者みたいに見てたこと思い出すだろうが」

 

結衣「うわあ……」

 

今までケータイを弄っていた由比ヶ浜がこれでもかというほどに同情的な視線を向けてくる。その目やめろ。

 

しかし、なんであんな目で見られていたんだろうか……クラスメイトの、しかも女子の家に上がったのはあれが初めてだったが、そんなに気持ち悪い反応してたか?……いや深く思い出すのはやめておこう。

 

八幡「同情的な視線を向けるな。もしかしたら藤宮が俺のことを無駄に意識しすぎてただけかもしれんだろうが」

 

雪乃「そうね、確かに家の中にここまで目が腐った男がいたら意識してしまうわね。藤宮さんとやらもさぞ大変だったことでしょう」

 

結衣「可哀想……」

 

さっきの視線より当社比八割増しの同情が向けられる。しかも今度はおそらく藤宮に向けて。

 

ま、まあ確かに、俺は同情されるほど別に辛くなんてなかったからな。あの時目からこぼれたのはただの汗だからな。

 

今もまたこぼれ落ちそうになる汗を必死に食い止めながら俺は話を元の話題に戻していく。

 

八幡「まあほらアレだ、つまりそういうわけだから。帰っていいよな」

 

雪乃「なにをもって許可を得たと勘違いしているのかしらこの男は……」

 

雪ノ下は深いため息を吐く。すると、まるで俺をフォローするかのように由比ヶ浜が言う。

 

八幡「で、でもさ!ヒッキーなんでそんなに帰りたがってるの?もしかして本当に用事があるとか?」

 

由比ヶ浜は雪ノ下と違い、俺の目を見てまっすぐに聞いてくる。そのせいで次に考えていた嘘が飛んでしまった。

 

っていうかそんな綺麗な目で俺を見るのやめてくれません?思わず浄化されそうになっちまうだろうが。

 

八幡「いや……今日暑いだろ。俺暑いのは苦手なんだよ。本がくしゃってなっちゃうし、なんか気分暗くなるし」

 

結衣「えー、暑いとテンション上がらない?こう、夏だー!って感じで」

 

八幡「おれがそんなテンションの上げ方したら末期だろ……」

 

結衣「確かに……」

 

一瞬で納得されてしまった。自分で言っておいてなんだが、もうちょい間とか欲しかったな……。

 

しかし本当に暑い。旧校舎は日陰にあるおかげで幾分か涼しく感じていたが、さすがに限界も近い。っていうか超えてる。

 

あとはもうこの教室にもエアコンを入れてもらうか、見惚れるような美しさで本を読んでいる氷の女王が氷雪系魔法に目覚めてくれるかしかない。

 

いっそ依頼人でも来てくれりゃ、気が紛れるかもしれないんだがな……。

 

そんな風に働かないことを胸に決めている俺が、奇跡的にも仕事が来ることを望んだからだろうか。

 

ノックの音もなしに扉が開かれた。

 

平塚「邪魔するぞ」

 

雪乃「ですから平塚先生、ノックを」

 

平塚「ん?はっはっは、すまんすまん」

 

全く悪びれた様子もなく適当な謝罪を口にしながら入ってきたのは、まあ想像通り平塚先生だった。

 

雪ノ下は再三ノックについての注意をしているがきっとこの人にとってはノックとは、ノックアウトのノックという意味でしかないのだろう。

 

つまり、本当にこの人がノックをした日にはきっと近くに誰かの動かなくなった体が倒れているはずだ。多分俺だが。

 

雪乃「……ご用件は?」

 

平塚「ん、実はな……」

 

そう言って平塚先生が教室の中に二歩ほど踏み込んでくる。先生の立ち位置が変わったことでその後ろにいた二人目の人物が目に入ってきた。

 

大きめの眼鏡に目を隠すように伸ばされた前髪。視線は下を向いており、鞄を抱きしめるようにしている姿からは警戒心と恐怖心が感じ取れる。見たことのない男子だった。

 

それは由比ヶ浜も同じだったらしく小さく首を傾げている。が、雪ノ下は違ったらしい。

 

雪乃「……江ノ島君?」

 

江ノ島と呼ばれた男はその声を聞いて初めて顔を上げた。その視線はまず声の発生源の雪ノ下を、それから俺と由比ヶ浜を捉えた。

 

結衣「ゆきのんの知り合い?」

 

雪乃「クラスメイトよ」

 

端的にそう答えると、読んでいた本にしおりを挟んで机の上に置いた。

 

雪乃「彼が今回の依頼人でしょうか?」

 

平塚「いや、それは少し違う」

 

そういって、扉の前で俺たちの姿を認識したまま固まっていた江ノ島とやらを先生が優しく教室内へ招き入れる。

 

平塚「雪ノ下は知っているようだが、改めて紹介する。彼の名前は江ノ島渡。この奉仕部の……四人目の部員だ」

 

突然の言葉に部室は騒然……とはならなかった。由比ヶ浜は口をポカンと開けているだけだし、俺と雪ノ下はこれといったリアクションを見せない。いつもこんなだからノリが悪いとか言われるのかもしれん。

 

雪乃「入部希望者……ですか?」

 

平塚「まあ、そういうことになるな」

 

二人が事実確認をしていると今まで黙っていた江ノ島が、恐る恐るという風に初めて口を開いた。

 

江ノ島「あ、あの……にゅ、入部って今、初めて聞いたんですけど……」

 

全員「…………」

 

江ノ島の消え入りそうな声での精一杯の主張に部屋は静寂に支配される。

 

俺たちの視線は自然と平塚先生への向けられていた。

 

平塚「まあ、多少の行き違いで入部することが江ノ島に伝わっていなかった可能性は有り得るな!」

 

八幡「いや有り得ないから」

 

平塚先生はこちらを見ようとしていない。視線を外したら誤魔化せるとかそういう話じゃないからね。

 

疲れきった俺と雪ノ下の空気を感じ取ったのか、ミス空気が読めるグランプリで入賞する勢いの由比ヶ浜が頑張って話を続けようとする。

 

結衣「えと……じゃあどうしてここに連れてこられたんですか?無理矢理気味に」

 

平塚「人聞きの悪いことを言うな由比ヶ浜。私はただ、どこに行くかも伝えず付いてこいと言ってここまで来ただけだ。けして無理矢理じゃない」

 

八幡「……俺の時とほぼ同じじゃないですか」

 

平塚「ああ、江ノ島のことも君たちに変えてもらいたくてな」

 

あっさりと、まるでなんでもないことのように先生は今回の依頼内容を告げてきた。

 

雪乃「つまり、比企谷君と同じように人格を矯正する、ということが今回の以来ということですか」

 

江ノ島「え、あ、あの、え?」

 

当事者にもかかわらず、おそらく今この場でもっとも自分の未来を知ることが出来ないでいる江ノ島は、平塚先生と雪ノ下の顔を交互に眺めているだけだ。

 

可哀想に……きっと彼はこれから雪ノ下に人格を丸ごと入れ替えられて全く違う人間になってしまうのだろう。

 

雪乃「比企谷君。何か言いたいことがあるのなら言いなさい」

 

なんでこいつは俺の考えてること分かるんだよ。エスパーなの?超高校級の超能力者なの?そんなこと言ってると一話目で殺されちゃうべ。

 

それはともかくなんとかして誤魔化さなければ。じゃないと俺が犠牲になりかねん。

 

八幡「あ?いや別にそのあれだ……あー先生?その江ノ島とやらはこんなところに連れてこられるレベルで人格に問題があるんですか?」

 

雪乃「確かに……比企谷君と違って目が腐り落ちたりもしてないようですが」

 

八幡「落ちてはいねぇよ」

 

雪乃「説明をいただいても?」

 

俺の発言をまるでなかったかのようにして、雪ノ下は平塚先生に説明を促した。うん、安定の無視だなちくしょう。

 

平塚「ふむ……それはだなあ……えーと……」

 

ここにきて初めて先生が言葉を言い淀んだ。

 

嘘を吐くとき時も、真実を言うときも無駄に堂々としていたあの平塚先生が、だ。

 

その理由が分からず首を傾げていると、驚くことに江ノ島が口を開いた。

 

江ノ島「あ、あの……その、話しても、いい……ですよ?もう、終わったこと、ですから……」

 

さっきよりも下を向きながら弱々しい声で発言する。その姿は非常に保護欲を刺激する。

 

こいつは意外に女子人気が高いかもな。

 

平塚「いや、だが…………いい、のか?」

 

江ノ島は言葉は出さずに首を縦に振って答えた。

 

どうでもいいことだけど、あいつどんだけ首柔らかいんだろう……かなり俯いてたのにそこからさらに首を縦に振るとかすごすぎるだろ。

 

うん、本当にどうでもいいことだった。

 

どうやら何かを話すことを決めたらしい平塚先生が真面目な表情で俺達の顔を見る。

 

どうやらこれからシリアスモードに入るらしい。ならば俺も首のことは一旦意識の外に置いておこう。

 

…………戸塚って首をくすぐったらどんな反応するんだろう。

 

雪乃「比企谷君。真面目な話をしているのだから、性犯罪者のような笑みを浮かべるのは、この後に檻の中でなさい」

 

結衣「ヒッキー笑い方キモい……」

 

八幡「はっ!しまった!」

 

何も考えないようにしたはずなのに気付いたら戸塚のことを考えていた。まったくこのマイエンジェルめ☆

 

平塚「こほん!話を続けるぞ」

 

雪乃「どうぞ」

 

平塚「江ノ島はいじめられていたんだ」

 

空気が一瞬にして重くなる。俺たちの予想していたものよりも上の事態が起こったせいで雪ノ下も含めた全員が反応に困っていた。

 

由比ヶ浜に至っては、にわとりを見た某レッドのようにフリーズしていた。お前は頭の使いすぎで熱暴走するタイプかと思ってたんだがな。

 

現実逃避のためにスーパーヒーロータイムへ移行しかけていた脳を無理矢理動かした。もう一度さっきの会話を思い出し、ひとまず情報の整理を試みた。

 

……? なんだ、違和感がある。

 

その違和感が気のせいか否か確定させるために、俺は問いかけてみた。

 

八幡「平塚先生。いじめは片が付いた的なこと言ってましたよね」

 

平塚「ああ、数日前に終わった」

 

八幡「…………」

 

普通、いじめはちょっとやそっとのことでは終わらない。加害者と被害者の縁が切れるまで続くのがいじめだ。

 

それが終わる……? 終わらせた、という言い方ならばまだ分かるが、まるで自然消滅したかのような言い方はとても気にかかる。

 

わざわざ片が付いた、という聞き方をしたのにそれに対し終わった、と答えたということは教師陣は手を出してはいないのか?

 

まさか、江ノ島が自ら行動して終わらせたのだろうか。いや、そんな勇気ある生徒ならば、こんな場所に人格矯正をさせられに来ないはずだ。

 

考えれば考えるほど謎が深まる一方だ。俺は一旦思考を放棄し、視線で平塚先生に説明を求めた。

 

平塚「そのことについても言おうとは思っていたんだがな……これは教師陣にもよく分かっていないんだ」

 

綺麗な黒髪をがしがしと男らしくかきながら呻く。

 

教師にも分かっていないとは果たしてどういう意味だ?

 

結衣「えー、先生たちにも分からないこととかあるんですか?」

 

平塚「ああ、教師といっても生徒のすべてを把握しているわけではないからな。知らないことや分からないこともある」

 

雪乃「とりあえず分かっていることだけでも教えていただけますか」

 

平塚「そうだな……まず、こいつをいじめていた不良についてだが、これについては既に全員見つかっている。おそらく今日か明日には処分が言い渡されるだろう」

 

なるほど、いじめの犯人が捕まっているならいじめが終わった、とはっきり言っていたことにも納得がいく。

 

っていうかこの学校にもいるんだな、不良とか。てっきり川なんとかさんがこの学校で一番不良に近いと思ってたぜ。怖いし。

 

しかし教師が捕まえたのならやはり終わらせた、というべきだろう。それとも俺が日本語に執着しすぎなのだろうか。

 

確かに「比企谷君って揚げ足ばっかり取るよねー」と影でうざがられていたことはあったが……いや、こっちとしては話のネタとして言っただけなんだよ。責めるとかそんなつもりはなかったんだよ……。

 

八幡「すごいっすね、いじめの犯人全員捕まえるとか。そういうのって見つからないようにするか、見つけても見ないフリするもんだと思ってました」

 

結衣「確かにー。ドラマとか見ててそういうシーンたまに見るし」

 

平塚「私を甘く見るな。いじめなんぞ見つけようものなら私の拳が火を噴くぞ」

 

結衣八幡「おー」

 

平塚「と、言いたいところなんだがな……」

 

平塚先生はそこで言葉を止め、バツが悪そうな顔をする。

 

雪乃「まさか……」

 

平塚「いや、君が想像しているのとは違う。見つけたらちゃんと鉄拳制裁するさ。ただ……恥ずかしながら我々教師陣は、誰一人として今回のいじめに気づけていなかったんだ」

 

雪乃「誰一人として?それならどうやって犯人を見つけたんですか」

 

平塚「それがだな、全員自首してきたんだ」

 

いじめの犯人が自首?しかも全員だなんてそんなことあり得るのか?

 

よく、いじめている側はそれをいじめだと気づかないという。こういう人間は自首などしない。自らの行為が悪だと気づけていないのだから。

 

もちろん、悪意を持っていじめを行う人間もいる。そんな人間ならばさらに自首などあり得ない。自らの悪を看過するような人間が改心して全員揃って自首など、ドラマですらあるか分からない夢物語だ。

 

ならば……なぜ?

 

雪乃「なぜ全員が自首を?」

 

平塚「そこが分からないんだ。一昨日の朝、急に不良が5人ほど職員室に来たと思ったら「いじめをしていたから停学させてくれ」と言いだしてな。訳が分からずみんな困っている。3日間もそんな雰囲気が続いてるせいで職員室がなんとなく居心地悪いしな」

 

八幡「それは単に、もとから先生の居場所がないだけじゃ……」

 

平塚「比企谷、歯を食いしばれ」

 

八幡「どこふっ!」

 

一瞬にして俺との距離を詰めた先生は腹に鋭い一撃を打ち込んでくる。その衝撃で椅子ごと体が大きく後退する。

 

だ、だから歯を食いしばる意味ねえよ……。

 

平塚「そんな感じで今回のいじめは謎がまったく解けなくてな……不良に事情を聞いても、何かに怯えるように停学のことしか言わん。加害者がこんな様子だと被害者の彼にも不審な目がいくんだ」

 

ぽんっと優しく肩に手を置かれた江ノ島はびくっ!と全身を震わせた。

 

俺への鉄拳制裁を目の当たりにしたからだろう。俺のように日頃から心と体の両方にダメージを負っているタフボーイだからこそ鉄拳制裁を流すことができるが、江ノ島のようなザ・気弱な少年には刺激が強いに違いない。

 

平塚「まあだから、そんな目を誤魔化すために普通に部活動に励むところを見せながら、この気弱な性格をゆっくりでいいから変えてやってほしい……のが半分」

 

結衣「ほえ?まだあるんですか?」

 

平塚「ああ、もう一個な……」

 

なぜかそこで先生はため息をついた。重い話が終わった事への安堵とは少し違うようだ。

 

平塚「こいつもJ組だから国際教養科なんだが……」

 

結衣「頭いいんですねっ!すごい!」

 

平塚「それがな……こいつは前回のテストでは中の下なんだ……」

 

雪乃「!?」 

 

珍しく雪ノ下が驚愕の表情を見せる。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの顔に戻る。

 

雪乃「……江ノ島君。それは本当かしら?」 

 

口の端が緩やかに持ち上げられ、柔らかい笑みを作り上げる。それに反して視線は刃物のように鋭い。表情とのギャップでいつもの倍怖い。

 

その恐怖を感じ取ったのは江ノ島も同様で、体がぷるぷると小さく震えていた。

 

江ノ島「う、うん……きょ、去年までは頑張ってたんだけど……ごめんなさい」

 

平塚「……もしかしたら由比ヶ浜に負ける可能性も出てくる」

 

八幡「おいおい……J組の生徒があの由比ヶ浜に負けるって相当やばくないか?」

 

結衣「それどういう意味だし!」

 

雪乃「そうね……順位が低いだけならばまだしもあの由比ヶ浜さんに負ける危険性があるなんて……同じクラスの生徒として放置できないわね」

 

由比ヶ浜「ゆきのん!?」

 

平塚「そうだろう。だから勉強も少しでいいから見てやってくれ。あの由比ヶ浜に負けないために」

 

結衣「平塚先生まで!!」

 

江ノ島「あ、あの、よく分からないけど……が、がんばります!」

 

結衣「なんで江ノ島君までやる気出してるの!?あたしの順位知らないでしょ!っていうかみんなあたしのこともの凄いバカだと思ってるでしょ!」

 

八幡「バカとは思ってないぞ。お前はアホの子だ」

 

結衣「たいして変わらないじゃん!」

 

雪乃「由比ヶ浜さん……自らを変えるためには現実を受けとめることから始めなければならないの。辛いかもしれないけれど、しっかりと向き合いなさい」

 

結衣「そんな深刻そうにいわないでよぉ……うぅ」

 

雪乃「……暑苦しい……」

 

とうとう全員からの酷評に心折れた由比ヶ浜が雪ノ下に抱きつく。本気で暑いらしい雪ノ下はかなり迷惑そうにしていた。

 

平塚「まあ、事情はこんなところだ。とりあえずこれから頼むぞ」

 

雪乃「分かりました」

 

平塚「うむ、ではよろしくな」

 

そう言って先生は白衣をたなびかせて颯爽と部室をあとにした。

 

なんか一気に疲れが……帰りてえ。

 

江ノ島「あ、あの、ぼぼ僕はなにをすれば……」

 

平塚先生がいなくなったことで残された江ノ島が軽くパニクっていた。

 

どんだけ焦ってんだよ。道聞かれたときの俺かよ。まあ道聞かれたことなんか人生で一回しかないけど。

 

雪乃「そうね……まずはあなたのことを教えてもらえるかしら」

 

八幡「あれ、俺そんなこと聞かれたっけ?」

 

雪乃「そんなことも忘れてしまうほどあなたの記憶容量は少ないの?あなたには聞いていないわ」

 

八幡「数ヶ月前の事覚えてるお前の記憶力がおかしいんだろ」

 

雪乃「そうかしら。このくらいは普通だと思うけれど」

 

八幡「へいへい、そうですか」

 

雪乃「……なにか言いたそうね?」

 

結衣「ちょ、ふ、二人とも!江ノ島君置いてけぼりだよ!」

 

あ、やべ。つい言い合いに夢中になってしまった。

 

あのまま続けていたらだいぶひどくなっていたことだろう。俺の心が。

止めてくれてありがとう由比ヶ浜

 

雪乃「ごめんなさい、話が脱線してしまったわ」

 

江ノ島「う、ううん、大丈夫だよ……えっと……僕のことを、教えるの……?」

 

雪乃「ええ。そうね、まずは……」

 

と、そこで雪ノ下の動きが止まる。慣れた手つきで長い指をあごに当て、そのまま完全に静止した。

 

黙っていれば本当に見入ってしまいそうで怖い。だが今はそんなことは気にせずに済んだ。

 

八幡「お前、なに聞けばいいか分からないんだろ」

 

雪乃「そ、そんなことはないわ。なにを証拠にそんなことを言っているのかしら」

 

八幡「堂々と悩んでたじゃねえか。とりあえず俺に任せてみろ、男同士の方がやりやすいこともあるんだよ」

 

結衣「あ、この前姫菜がそんな感じのせりふ聞いて鼻血出してたー」

 

八幡「…………」

 

もともと少ないやる気がさらに下がったんですけど……帰っていい?

 

海老名さん……この場にいなくてもここまで影響力があるって、案外あの人もラスボスになる可能性を秘めてるんじゃないか?

 

もし彼女と対峙するようなことになれば、葉山を犠牲に戸塚と一緒に愛の逃避行を始めるつもりだ。

 

戸塚は俺が守る。異論は認めない。

 

まあとりあえず、任せろと言った手前、すぐにそれを放棄するわけにもいかないので江ノ島との初会話に挑戦する。

 

八幡「あー江ノ島

 

江ノ島「ひっ!」

 

八幡「え……」

 

江ノ島「あ、ご、ご、ごめん!そ、その……目が……」

 

八幡「あ……悪い……」

 

なにこれ。バカにされたり罵倒されたりならまだ大丈夫なのに、純粋に怖がられるとめちゃくちゃ傷つくんだけど。

 

っていうかそこの女子二人。顔を逸らしながら肩を震わせるのやめてくれません?そういうの八幡的にポイント低すぎるんだけど。

 

八幡「おい」

 

雪乃「なにかしら駄目谷君」

 

八幡「そのちょっと上手いこと言いましたみたいな顔やめてくれない?俺今普通に傷ついてるんだけど」

 

結衣「あ、すごい!目と駄目がかかってる!ヒッキー駄目谷君だ!」

 

八幡「笑顔で解説するのやめろ!新入部員の前で号泣するぞ!」

 

雪乃「気持ち悪いことを言っていないで早く会話の続きをしたらどうかしら?」

 

八幡「この……!」

 

泣き出したい気持ちを抑えながら江ノ島の方を見る。

 

さっきと同じ事が起きると本気で心が折れかねないので、江ノ島の方を見ても決して江ノ島とは目を合わせない。

 

まあ向こうも、もともと人と目を見るのが苦手なタイプなのか視線が泳ぎまくっているから大丈夫だろ。

 

なにこれ、こんなコミュ障同士でなに話せばいいの?

 

八幡「えーと……なんか好きなもんとあるか?」

 

これが俺が長年のぼっち人生で培った薄い会話システムだ。

 

薄い会話しかしなければ、薄い絆しか作られない。薄い絆など相手が持つもっと大切な絆に浸食されていくため、いつの間にかその人の中からフェードアウト出来るという、人とのつながりを断ち切りたいぼっちにとっては非常に人気のあるシステムだ。

 

本当にぼっちに人気があるかなんて事は知らん。なんせぼっちだからな。

 

とりあえずこのシステムを使えばこいつとの間にも時間制限付きの絆を築けるのだ。

 

うん、いいのかそれで俺。

 

江ノ島「す、好きなもの……リーガルハイ……かな……」

 

八幡「そ、そうか……面白いよなあれ」

 

江ノ島「うん……すごく面白くて……好き……」

 

八幡「ああ、面白いよな」

 

江ノ島「う、うん。面白い……」

 

八幡「…………」

 

江ノ島「…………」

 

結衣「あ、あたし!あたしが話すからちょっとヒッキー下がってて!」

 

八幡「おう悪い。ぼっちには辛かったわ、頼んだ」

 

雪乃「やっと終わったのね……見ているこっちが辛くなる会話だったのだけれど」

 

八幡「言い返せないな……」

 

なんで俺できるとか任せろとか言っちゃったんだろ。

 

あれか、男子の部員が来たからちょっと張り切っちゃったのか。ぼっちが急に張り切りだしてもろくな事にはならないのに……。

 

結衣「まずは自己紹介からだよね。あたしは二年F組の由比ヶ浜結衣だよ。これからよろしくね!」

 

江ノ島「え、あ、あの……僕はJ組の江ノ島渡です……よ、よろしゅう……」

 

なぜか京都の人みたいな感じになってることからも分かるとおり、あいつは女の子と話すことが苦手らしい。

 

あと由比ヶ浜みたいなテンション高いのも苦手っぽいな。俺もちょっと苦手だ。

 

結衣「江ノ島君かー、じゃあのっくんだね!」

 

江ノ島「……?なんのこと……?」

 

結衣「え?あだ名のことだよ。江ノ島君は今日からのっくん!」

 

江ノ島「の、のっくん……」

 

八幡雪乃「…………」

 

二人で無言のまま視線を交わす。もちろん、そこに熱い感情などはない。むしろ冷え切ってる。今なら氷雪系魔法でも使えそうだ。

 

ヒッキー、ゆきのんに続く新たなるあだ名の誕生。もちろん喜びなどあるはずもない。

 

雪ノ下と揃って憐憫の目を向けてしまうが、予想外にも江ノ島の反応は俺たちの斜め上を行っていた。

 

江ノ島「あだ名……えへへ、嬉しいな」

 

八幡「由比ヶ浜にあだ名を付けられて喜んだ……だと……!」

 

雪乃「なにか特殊な性癖でも持っているのかしら……?」

 

結衣「ちょっと二人とも!すごく真面目な顔して何言ってるの!」

 

そうは言われても驚きを隠せるわけもなく、しばし呆然と江ノ島の顔を見ていた。

 

結衣「のっくんはさー」

 

もはや「のっくん」は由比ヶ浜の中では決定事項らしかった。まあ呼ばれる本人が嬉しそうだからいいか。

 

しかしさすがというべきか由比ヶ浜の相手に合わせて会話をするスキルは、俺や雪ノ下とはレベルが違うらしくその後もそこそこの盛り上がりを見せていた。

 

二人の話し声だけが響いていた部室に下校のチャイムが鳴りわたった。

 

雪乃「今日はここまでにしましょう」

 

八幡「だな、そんじゃまた明日」

 

雪乃「ええ」

 

結衣「じゃあねー!」

 

江ノ島「ば、ばいばい……」

 

三者三様の声を聞きながら、誰よりも早くドア目指して歩き始める。

 

たとえ新入部員が来ようと誰が来ようと、早く家へと帰りたい気持ちだけは変わらないだろう。なんせ変えるつもりがないからな。

 

小町の帰りが遅い今日は一人で何を食べるか、なんてことを頭の片隅で考えながら俺は後ろ手でドアを閉めた。

 

そしていつも通り愛する我が家へ向かって歩き出す。

 

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ブロック塀に囲まれ、申し訳ない程度に街頭が道を照らす裏道。

 

夜にここを通ること自体がもはや肝試しにできそうなそんな道に、四人の男がいた。

 

うち三人は髪を金髪にしたりワックスで逆立てており、耳はもちろん唇や鼻にはピアスがつけられている。

 

服装も予想を裏切らずチャラチャラとしたもので、あらゆるところに金属類がつけられていた。

 

残る一人は服装こそ地味なものの、異質さで言えば三人の日ではなかった。

 

この時期になればたとえ夜でも暑さに苦しめられることが多くなるというのに、その男はコートを着ていた。

 

フードも深く被っており、時折覗く瞳には隠そうともしない凶暴さが伺える。

 

???「…………」

 

その男は三人に目もくれず、夜空に穴を空けたような月を見つめていた。

 

それもそのはず。なぜなら残りの三人はといえば……すでに地面に倒れている。

 

ワックスで固めてある髪はぐちゃぐちゃに乱され、顔はピアスこそまだギリギリでついているものの、何をされたのか想像がつかないほど悲惨なことになっている。

 

首から下も似たようなもので全身に傷がついており、むしろ傷のない箇所を探す方が困難だった。

 

???「…………はあ」

 

コートの男がこの状況を作り出したことは火を見るよりも明らかだったが、男はと言えば勝利の余韻に浸るでもなく、月に向かってその視線を固定させたまま、ぼんやりと黄昏ているだけだった。

 

だからだろうか、彼が人が近づいていることに気付けなかったは。

 

???「きゃあああ!?」

 

彼の意識を現実へと引き戻したのは、甲高い少女の悲鳴だった。

 

自転車を押しながら歩いていたらしいその少女は、薄暗い道のせいでかなり接近したところで事態を理解したらしい。

 

めんどくさい、というのが彼が彼女に対して抱いた最初の感情だった。

 

彼は今回のようなことを何回もしている。それゆえ見つかってしまった経験もあるのだが、今回のような少女だったのは初めてだった。

 

???「……おい」

 

彼がそういったとたん、少女の全身が震え始めた。目には恐怖の色がありありと浮かんでいる。逃げ出さないのが逆に不自然だった。

 

???「ひっ、あ、あの……」

 

???「んな怯えんじゃねえ。別にてめえを取って喰おうなんざ思ってねえよ」

 

瞳から伝わる凶暴さとなんら変わらない言葉遣い。それでもなにもしないという言葉は一応の落ち着きを彼女に与えることになった。

 

???「ここで見たもんは即座に忘れろ、もちろん俺のこともな。そうすりゃてめえにはなんもしねえよ。約束する」

 

フードの奥から見つめられ、少女はなにも言い返せない。それを彼は勝手に肯定と受け取りさらに会話を続けた。

 

???「あとよぉ」

 

男は足音を立てずにゆっくりと彼女へと近づくと、彼は右手を振り上げた。

 

少女の心臓の鼓動が否応なく早くなる。全身の血液が冷たくなるのに対し、瞳が熱くなる。思わず、両目を強く閉じた。

 

そして、彼は右手を振り下ろした。

 

???「ガキがこんな時間にこんな場所うろついてんじゃねえ!」

 

少女の脳天めがけて男のチョップが炸裂する。かなり痛かったらしく少女は涙目になりながら頭に手を当てた。

 

???「え、え?あの?」

 

???「会ったのが俺みてえな人畜無害なやつだからよかったけどなぁ、もしあそこで寝てる三人と会ってたら、今頃身包み全部奪われてる上に貞操を守るために泣き叫んでたぞ!」

 

その言葉で少女の顔が青ざめる。先ほど感じた現実離れした恐怖よりもさらに上の、想像のできる現実味のある恐怖が背中に冷たいなにかを感じさせた。

 

???「分かったらとっとと人通りの多いところに行きやがれ。つうか自転車あんだからそにを……あぁ」

 

そこで彼女が持っている自転車に視線を移した男は初めて自転車が乗れない事に気づいた。

 

???「こ、これ……お兄ちゃんから借りたんですけど、途中でチェーンが……」

 

この状況でもうすでに苦笑いを浮かべられるようになった少女のメンタルの強さに驚きながら、男は自転車に近づいた。

 

???「はあ……」

 

わざととしか思えないようなため息をついて彼はチェーンの部分に手を伸ばす。

 

???「あの……なにしてるんですか?」

 

???「自転車直してやってんだよ……っと、ほら」

 

外れていたチェーンは見事にあるべき場所に戻り、スムーズに押せるようになっていた。

 

???「これで大丈夫だろ、ほらとっとと帰って、そのお兄ちゃんとやらに文句の一つでも言ってこい」

 

???「え、えーと……ありがとうございます?」

 

???「口止め料だ。礼を言われる筋合いはねえ」

 

その言葉を聞いて少女の顔にいつも通りの笑みが戻る。

 

???「そうですか……。それじゃあ、言われたとおりすぐ帰りますね」

 

???「ああ、そうしろ。あと、さっきも言ったが、このことは誰にも言うなよ」

 

???「ふふ、分かってますよー」

 

???「ならいい。あ、その三人には触れないようにしろよ。何がきっかけで血が吹き出すか分からねえから」

 

???「ひっ!?」

 

収まりかけていた恐怖を軽く呼び起こされながら、彼女は自転車に跨がった。忠告どおりに三人を慎重に避けきると漕ぎ出す前に小さく呟いた。

 

???「なんだがお兄ちゃんみたいな人……。小町的にポイント高いかも」

 

その声は誰に届くことなく夜闇に溶けて消えていった。

 

 

比企谷家リビング

 

小町「ただいまー」

 

八幡「おうやっと帰ったか小町。ずいぶん遅かったな」

 

小町「いやー、小町って盛り上げ上手だから場を予想以上に盛り上げすぎちゃって」

 

八幡「それもう一周回って盛り上げ下手なんじゃねえの?つうかこんな時間まで外いたら危ないだろ」

 

小町「まあね、今度から気をつける」

 

八幡「なんだ、やけに素直だな」

 

小町「いつもこんな感じだよ?お兄ちゃんからの愛ある忠告はちゃんと聞くようにしてるの。あ、今の小町的にポイント高い」

 

八幡「はいはい、高い高い」

 

小町「そうだ、危ないで思い出した。お兄ちゃんこそ、あの自転車危ないよ?小町が帰ってくるときチェーン外れちゃって、直してもらうまで押してきたんだから」

 

八幡「まじかよ……悪いな。今度自転車屋にでも持って行って見てもらうわ」

 

小町「それまでは徒歩通学だね」

 

八幡「あー、その分早起きするのか……。って小町、チェーン直してもらったって言ってたけど、誰に直してもらったんだ?」

 

小町「え!?あーそれはそのー」

 

八幡「誰かと一緒に帰って来たのか?……まさか男!?」

 

小町「ち、違う違う。と、通りすがりの人が直してくれたんだよ!」

 

八幡「ふーん、優しい人もいるもんだな」

 

小町「優しいっていうか、捻デレてるっていうか……お兄ちゃんみたいな人だったよ?」

 

八幡「俺は別に優しくも捻デレてもねえよ」

 

小町「ふふ、まあそういうことにしといてあげる」

 

八幡「気になる言い方だな…」

 

小町「気にしない気にしない。それよりさ!最近どうなの?奉仕部の方」

 

八幡「ああ、実は今日新入部員が────」

 

 

 

 

元スレ

きっと彼の青春ラブコメは間違っている

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1386424098/