結衣「文化祭の時の約束、忘れてないよね?」【俺ガイルss/アニメss】
1
俺はやはり本音が言えない。
いつだったか、雪ノ下と交わした言葉がフラッシュバックする。
他人に誤解されていようが、既に解は出ている?
人間、大事なことほど勝手に判断する?
例えそれが誤っていようとも、解は解に他ならない。
だとしたら、勘違いは悪ではないのかもしれない。
勘違いに敏感にならなくてもいいのではないか?
他人の誤解は容認して、自分の誤解は容認しない。
あれ、俺自分に冷たくね?自分に厳しすぎるでしょ。
全然自分のこと好きじゃないじゃん…。
あ、そうか。
僕はそれで痛い目見たんでしたね。てへぺろ。
それでもやはり、俺は嘘吐きだ。
2
週末の金曜日、今日も元気に登校する。
学校というカオスを超えて終末が近づくんですね、わかります。
そういえばドリル装備って見た目的にどんなのなんだろう。
頭にドリルでもつけてんの?ドリルマンなの?
個人的にエグゼシリーズのデザインリメイクで一番好きなんだよな、ドリルマン。
オリジナルのデザインを損なわず、かつエグゼらしくかっこよくなってるところとかさ。
俺も空間とかぶち破りたい。ドリドリドリドリ!!
人の噂も七十五日よろしく、文化祭での一件はもはや完全に過去の出来事と化していた。
まぁ体育祭が盛り上がったのもあるんだろう。
教室に入ってもクラスメイトは一瞥もくれない。
ていうかこれ、ただ無視されてるだけなんですかね…。
せっかくクラスが俺の存在を認識し始めたってのに…。
「…ちまん」
そうか、体育祭まで俺の敵だったわけだ。
そんなにも俺が目立つのが気に食わないのか。
じゃあ決闘(デュエル)だ!!
俺のターン!ドロー!!
「八幡!」
「うぉ!戸塚か。おはよう」
「さっきから何回も呼んでるのに全然返事してくれないから…。考え事?」
「そうだな…とうとう学校行事まで俺に牙を剥き始めてだな…」
ていうかステルスヒッキー的に考えて、目立つ必要なくね?
俺の独り相撲じゃん。ぼっちだけに。えへへ…
「???」
一人で盛り上がりすぎたせいか、戸塚が首を傾げてる。あぁ^~戸塚可愛いんじゃぁ^~
そういえばこれって岡山の変態親爺が元ネタなんだよな。
俺も戸塚に勘違いしたい。変態糞親爺的な意味で。
「先生、来たみたいだね。またね!」
そういうと戸塚がぴょんぴょん自分の席に帰っていった。
あぁ^~こk…流石にしつこいな。
真面目に授業を終え、部室へ向かうと既に雪ノ下が来ていた。
会うたびに思うけど、こいついつも姿勢正しいんだな。背中に30cm物差しでも入ってんの?
30cm竹物差しはいい。さぞ、全国の小学校男子の心をくすぐっただろう。
みんなもぶんぶん振り回してたよな?
俺もやってたぜ、見てた女子にドン引きされたけどな!!
「突っ立ってないでさっさと入ったらどうかしら。いい加減寒いわ」
「おう」
部室の前でぐだぐだしてたら諌められてしまった。
もしかして機嫌悪い?あまり刺激しないでおこう。
机を見るとカバンが二つある。しかし、部室には一人だけ。
あれ?一人足りなくね?
「由比ヶ浜は?まだ来てねぇの?」
「あなたに心配されるなんて…由比ヶ浜さんが不憫だわ」ニコッ
前言撤回。めちゃめちゃ上機嫌ですね。
「ただ飲み物を買いに行っただけよ。タイミングが悪かったわね、すれ違谷くん」
「調子悪いんじゃない?ぼっちの俺に、すれ違いも糞もねーだろ」
「あら?友達がいないからすれ違うんじゃない。あなたに声をかける人なんて誰もいないでしょ?」
100万ワットの笑顔ですげぇ酷いこと言われた。
そういえばハルヒ面白かったよなぁ。
「さいですか…」
「~♪」
俺を言い負かしたのがそんなに嬉しかったのか、少し嬉しそうに文庫本に目を戻す。
「あ、ヒッキー。来てたんだ」
いつのまにか部室に来ていた由比ヶ浜が俺に話しかける。
ゆきのん嘘つき!いるじゃん!俺に声かけてくれる人いるじゃん!!
「はい、ゆきのん。紅茶でいいんだよね!」
そういって由比ヶ浜がペットボトルの紅茶を手渡す。
ははーん。なるほど、ジャン負けで雪ノ下が勝ったわけか。
道理で機嫌がいいわけだ。
「ありがとう由比ヶ浜さん」
「はい、ヒッキーにも!」
俺にも黄色のスチール缶が手渡される。あったかい。
由比ヶ浜もMAXコーヒーもあったか~い。
「お、気が利くな。珍しく。」
「珍しくってなんだし!素直にありがとうでいいの!」
「由比ヶ浜さん、その男に気遣いを求めてはいけないわ」
「普段から気遣いできてるから誰にも迷惑かけてないんだろ」
「あなたの場合は気遣いというよりも視界に入ってないだけだと思うのだけれど…」
「え、俺キセキ世代だったの?ミスディレクション使っちゃってるの?」
「ヒッキー何言ってるの?生物の話?」
「なんでそこで生物の話になるんだよ…」
というか由比ヶ浜、黒バス知らないのか。
とっくに知ってるものだとばかり思ってた。海老名さん的に。
「だって6限生物だったし…難しいことたくさんやったし…」
「難しいこと?アデニン・グアニン・シトシン・チミンとかか?」
「そうそうそれそれ!ていうかヒッキーよく覚えられるね」
「このあたりはな、なんとなく男心をくすぐるものがあるんだよ」
特にT2ファージとかな!
なんだよあのフォルム、かっこよすぎるだろ。
デザインが完成されすぎててつい二次創作しちゃうレベル。
いや正しくは、二次創作しちゃったレベルか。ハチマン、カコフリカエラナイ。
「そうよね。自分と違うものには興味が尽きないものね」
「生物扱いされてないの!?」
なんとなく、比企谷菌というフレーズを思い出した。
いや、菌だって生きてるじゃん。
っていうか菌に対して抵抗しろよ、俺!
「でも、理科の単語って難しいの多いよねー。中学の時もー、なんだっけ、りきがくてき?」
「力学的エネルギー保存の法則ね」
「それそれ!中々覚えられなくてさー。何というか、無駄に難しいというか」
「今も覚えられてないじゃない…」
「ついつい力学的エネルギー”の”保存の法則とか言いたくなっちゃうんだよね」
「それだと日本語的にまずいんじゃねぇの?」
「え?なんで?」
「性質的に考えて、力学的エネルギーが保存されるという法則の略だろ。いたずらに”の”を入れると意味が変わってくることはよくある」
「ふーん?」
「例えばマシュマロ系女子とかあるだろ?あれに”の”を入れるとマシュマロの女子になる。只の悪口の出来上がりだ。」
「そっかぁ。ヒッキー頭いいね!」
「比企谷君、身体の自由が惜しければ、由比ヶ浜さんにヘンなことを吹き込まないことね」
呆れ顔で雪ノ下が忠告してくる。
ごめんなさい、からかうのが楽しくなっちゃっただけです。
話も一区切りついたところで読書に勤しもうとすると、コンコンと乾いた音が鳴る。
「どうぞ」
依頼とは珍しい。
4.
「大体事情は分かったわ」
依頼者は材木座でもなく、平塚先生でもなく、全く見知らぬ男だった。
藤沢と名乗った一年生が持ちかけてきたのは恋愛の相談で、
なんでも先の体育祭でフォーリンラブしてしまった気持ちに決着をつけたいのだという。
恐らく平塚先生経由だと思うが…なんでみんな先生に優しくしてあげないんだよ!!
恋愛の話とかされたら泣いちゃうだろ!…先生が。
「で、藤沢君は結局どうしたいのかしら?決着をつける…とはいっても、具体性がないのだけれど」
「なんていうか…その、連絡先は聞けたんですよ」
「えぇ!やるじゃん!!メールとかしてるの?」
「はぁ…まぁ。でも、メールばっかしてたくないんですよ」
「ん?なんで?仲良くなりたいんじゃないの?だったらメールが手っ取り早くない?」
「自分は彼女のメル友になりたいんじゃなくて、恋人になりたいんですよ」
うわぁ…こいつかっこいい…。
まっすぐすぎる藤沢の発言に、女子二人はぽかんとしてた。
由比ヶ浜は顔を真っ赤にしてる。いや、おまえは関係ないだろ。
「そうね。そこまで考えられているなら、私たちが手伝えそうにもないのだけれど…。その百合丘さんに想いを伝えたら?」
「告白は近いうちにするつもりです。今回依頼したいことっていうのは、デートプランを考えてほしいんですよ」
「デートプラン?」
「はい。正直、遊びに行くところってららぽーとくらいしか思いつかなくて。奉仕部に来たのはお二人の噂を聞いてたからってのもあって…」
「噂?」
二人の噂ってなんだろう。
由比ヶ浜をチラッと見てみると複雑そうな顔をしていた。
八方美人は大変ですね。っていうか僕はここでも仲間はずれなんですかねぇ…
「実は一年生の間で奉仕部って凄く人気があって、みんな部員が両方レベル高いって言ってるんですよ。そんな二人なら色々遊ぶ場所知ってるかなぁって思ってきたんですけど…」
「れ、れべっ!?えええーーーっ!!!!?」
由比ヶ浜が顔を真っ赤にして大きな声を出す。
雪ノ下はピクリとも動かない。
そうですよね、あなたは言われ慣れてますよね。
「そう。でもその点で言えば、私はあまり協力できそうにないわね。由比ヶ浜さんは?」
「ん?んんー…。まぁ遊びには行ってるけど、そういうのは…まだっていうか…」ボソボソ
藤沢は「そうなんすか…」と呟くと少し俯いた。
しかし意外だな。由比ヶ浜は割と御呼ばれされていると思ったのだが…。
それにこっちをチラチラ見るんじゃありません。迫真空手部でもあるまいし。
「ごめんなさい、そういった意味ではあまりこっちの文化に詳しくないの。でも依頼は受けさせてもらうわ。これから一緒に考えていきましょう」
「ありがとうございます。あ、あと由比ヶ浜先輩、ちょっといいっすか?」
「あたし?」
藤沢は軽く会釈した後、ドアを指さして由比ヶ浜を呼んだ。
どうやら俺らには聞かれたくない話らしく、部室の外で話し始めた。
しかし藤沢は凄いな、二重らせん構造ばりのひねくれ方をしてる俺には真似できないまっすぐさだ。
心なしかピンク色になった部室で、由比ヶ浜が口を開く。
どんな内容だったのか、私気になります!
「あたしたちで良かったのかな?」
「彼の意志だもの。私たちが気にする必要はないわ」
「それはそうなんだけど…。なんというか、こういうのって、もっと仲良い人に話さない?」
「仲良い人だと、逆に言えないこともあるだろ。恋愛の話だと尚更。」
「そうかな?茶化されたりはすると思うけど…。なんというか、大抵はお面白がりながらも相談のってくれない?」
「由比ヶ浜、おまえが本音で恋愛の話をする時ってどんな時だ?」
「いきなり何?関係なくない!?」
俺は無視して続ける。
「これは俺の友達の友達の話なんだけどな…、
そいつには好きな女の子がいた。クラスの中で一番可愛い女の子だ。
きっかけというきっかけはない。笑顔が可愛い女の子だった。
そいつはその子の好きな人が知りたくて知りたくてしかたなかった。
ある日の昼休み、そいつが教室にいると、その子の声が聞こえてきた。
『昨日先輩と遊びに行ってさー!超かっこよくて!!
あたし幸せすぎて死んじゃうかと思った!!』
『マジでー!超羨ましい!!うちも彼氏欲しいなぁ』
『あたしのダーリンはダメだかんね!結婚するし笑』
…その夜、俺は枕を濡らした…。」
「いい加減あなたの昔話も飽きてきたのだけれど…」
バッカ!俺の話じゃねェよ!!
…最後のほう俺っていってましたね。
まぁいいや。
「いいか、こと恋愛の話になると、本音で話す状況は限られてくる。それは部外者しかいない時だ」
「そうかなぁ…?」
「回りくどいわね。何が言いたいの?」
「藤沢の周りに百合丘さんを好きなやつが居るんだろ。で、大方の友達はそっち側の味方をしてると」
「あー、そっか。なら納得かも」
「馬鹿馬鹿しい…」
雪ノ下さんにとっては、僕の涙なんかどうでもいいんですね…。そりゃそうか。
それにしても、クラスに一人くらい居るよな、先輩と付き合ってるアピールするヤツ。
あれは「おまえらには興味ねぇよ!!」っていう死刑宣告なんですかね…。
こうかはばつぐんなんですけど…、まゆかちゃん。
6.
「体育祭でフォーリンラブ、ねぇ…。」
自分の部屋の中で今日のことを振り返ってみた。
藤沢が恋愛相談をし始めたとき、平静を保つので精いっぱいだった。
正直本気で驚いた。もしかして俺のこと見てたの?ファンなの?死ぬの?
―――体育祭で見せた彼女のあどけない笑顔が、脳裏にこびりついて離れない。
* * *
「とりあえず、今日はここまでにしましょう。時間も時間だわ。プランに関しては、各自で考えてくることにしましょう。」
「もうそんな時間?あ、外暗くなってる…」
「私はカギを返してくるから」
「じゃ、帰るか」
「またねーゆきのん!」
由比ヶ浜と仲良く帰る。なんとなく視線を感じるんですが、僕のファンなのかな?ウェヒヒヒ
こうして二人並んで歩くなんて、半年以上前なら考えられなかっただろう。彼女的にも、俺的にも。
隣を許してくれるっていうことは、ある程度の信頼を勝ち得たということでいいのだろうか。
隣を許すということは、彼女に甘えていることになるのだろうか。
「あ、あのさ、ヒッキー」
珍しく駐輪場までついてきた由比ヶ浜が口を開く。
「ん?どした」
由比ヶ浜はヘンな顔をしながらうーうーっている。
そのうーうー言うのをやめなさいっていってるでしょ!!
それにしても戦人(ばとら)ってどんな名前なの…
「文化祭の時の約束、忘れてないよね?」
「ッ…。も、勿論」
忘れるわけないだろ。いつ切り出そうか迷いすぎて寝不足になっちゃうレベル。
「ちゃんと考えて、ます…」
「そ、そう?ならいいんだけど…」
恥ずかしくて火が出そう。
何?俺戦士長だったの?
ブレイズオブグローリーなの?
「それから、今日のデートプランの依頼!どっか、下見に行ってみない?」
「いいぞ。それでチャラってことには…」
「ならないよ」ニコッ
あれれー?ガハマさんが怖いなぁ。
目が笑ってない!笑ってないよ!!
「くっ…。おまえ、最近雪ノ下に似てきたな…」
「ホント?なんか照れるなぁ」
由比ヶ浜は「ゆきのんと一緒かー」とかブツブツつぶやき始めた。
少し顔を赤くしながら楽しそうにしている。
あの、僕帰ってもいいですかね?
「とりあえず!デートプラン考えてきてね!!あたしもまとまったらメールするから!」
「おう。また明日な」
* * *
「ふぅ…。デートプラン、か…」
恋愛の秋とでもいうのだろうか。最近教室の中でも少し色恋めいている、気がする。
なんでも、葉山グループのムードメーカーがそわそわしてるんで、
そのそわそわが教室中に伝播してるってわけだ。
もしかして、俺が目立たなくなったのそのせいじゃね?
おのれ戸部!!やるなら受けて立つぞ!!
武装錬k
「お兄ちゃん、何難しい顔してるの?」
「なんでもないんだ、愛する妹よ。」
「ふーん?まぁいいや。アイス買ってきたから一緒に食べよっ!」
え?お兄ちゃんの分もあるの?
嬉しいなぁ。マッ缶の件と言い、今回と言い、今日はやけに物をもらうな。
そういえばものもらいって麦粒腫って言うらしいね。
何それ超かっこいい。きな臭い妖気の流れに風の傷でも撃てばいいの?
二人仲良く居間に向かう。
爽って超うまいよね。ハーゲンダッツは値段の割にあんまり好きじゃないんだよな…
「最近学校どう?結衣さんとか雪乃さんとかとなんかあった?」
「別に何にもねぇよ」
ニヤニヤしながら小町が聞いてくる。うぜぇ…
「そういや小町、お前普段遊びに行くとしたらどこにいく?ちょっと今デートプラン考えてるんだが…」
「デートプラン!?お兄ちゃん!やるじゃん!!」
面白いからこのまま勘違いさせておこう。
「これから何かあるんだね!それなら小町、協力しちゃいます!」
「協力されちゃいます!で、どこ行くの?」
「んー、女の子と一緒の時はららぽで暇潰すけど、男の子と一緒のときは…」
「ちょっと待て。お兄ちゃんそれ知らない。何?男と遊びに行ったりするの?」
「お兄ちゃん、顔が怖いよ…」
小町にドン引きされた。そんなのはどうでもいい。
「流石に二人っきりはないかなぁ~。あとは友達が話してるのよく聞くし、それだと…」
中学生にデート指南をうける高校生。
情けない…我ながら情けなさすぎる…。
「女子ってなんであんなに恋愛の話好きなんだろうな」
「やっぱり恋愛が好きなんじゃない?今自分のハマってることとか、話したくなっちゃうし」
「そういうもんかねぇ…」
「お兄ちゃんだって聞いてもないのにプリキュアの話してくるじゃん」
え、小町プリキュア好きじゃなかったの?
日曜の朝良く一緒に見てたじゃん。あれは三年前の話か…。
それにしても感情を共有したいって気持ちは分からなくもない。
スーファミのレトロゲーなんかやったりするが、終わった後にまとめサイトやら2ちゃんを見るのが楽しみだったりするしな。
むしろそっちのほうが楽しかったりする。
「で、どっちと遊びに行くの?結衣さん?」
「なんで由比ヶ浜だけ名指しなんだよ…。まぁ合ってんだけどさ」
うん、嘘は言ってない。
正しくは下見なんだけどな。
「そっかぁ、結衣さんね!小町も頑張るから!」
小町は「忙しくなってきたー」とか言いながら部屋に戻っていった。
あれ?もしかしてヘンなこと言っちゃった?
それにしても何を頑張るんですかね…
うだつのあがらない月曜日。
そわそわしてる戸部を観察してると、いつの間にやら昼休みになっていた。
え?俺戸部好きすぎるじゃん。とべ×はちなの?なんか寒気がする。
チラッと視界に入る由比ヶ浜も何やら落ち着かない様子だ。
結局、由比ヶ浜から送られてきたデートプランは小町と俺で考えたのと何ら変わりなかった。
問題は日程だが、いつまで先延ばしにできるのだろうか。
文化祭の件もあって尚更すっぽかし辛い。いや、行くこと自体は嫌じゃないんだけどね。
ていうかもう二つも債権抱えてるのかよ。二重債務なの?俺まだ働いてないのに…。
いつものベストプレイスに向かう前に、職員室に寄り道をする。
「平塚先生」
「あぁ比企谷か。どうした?」ニコッ
笑顔が痛々しい。
昨日の藤沢の依頼が致命傷になってんじゃねぇか!
誰か貰ってやれよ!むしろ俺が貰われたい!!
「これ、現国の課題っす。俺のだけ回収されなかったんで」
寝たふりしてたら本当に回収されなかった。
いや、なんかその…、うん。
声にならない叫びとなってこみあげてきちゃう、やるせない気持ち。
「あぁ。時に、最近どうだ?」
「具体性が欠けすぎててよく分かんないですよ。マントラは使えないんで」
「空島編か!私はワイパーが好きだなぁ。リジェクトには随分と心踊らされた…」
ワンピースネタもお気に召したようだ。
この人、本当に雑食なんだな。
もしかして武装錬金も好きかな?
「そうではなくて、奉仕部のことだよ。随分仲良くなったじゃないか」
「相変わらず口は悪いんですけどね…」
「それは雪ノ下だけだろう?由比ヶ浜とは仲良しじゃないか。昨日の…駐輪場とか…」
「見てたんすね…。てか別に、あれはそんな…」
えぇ?元気ないの俺のせいなの?
俺は悪くねぇっ!俺は悪くねぇぞ!!
それにしてもみなさん、ルークに冷たすぎやしませんかね…
「なんにせよ、君は変わったと思うよ。君も、君の環境も。」
「0に何掛けても0のままじゃないですか。何も変わりませんよ」
「でも負の数同士の掛け算は正の数になるだろ?良い結果になることを期待してるよ」
「変わることは負の数扱いでいいんですか…?」
「春先に君が言ったんじゃないか。変わることは現状に対する逃げ、だったか」
そういえばそうでした。
さるさん対策で間隔開けてたんだけど、ミスって投稿しちゃった。
>>24
買ってあるけどまだ読めてない。
これ終わったら読むつもり。
アニメは視聴済み。
「それは置いといて、そもそも正の数が善、負の数が悪ってイメージが間違ってると思うんですよ」
「ほう?」
「とかくマイナスって嫌なイメージ有りますけど、一概には言えないと思うんですよ。例えば結婚適齢期とk」
「直撃!ブラボー拳!!」
「ぐえっ」
「いつからだろうな…適齢との差がプラスになったのは…」
やっぱり武装錬金好きなんですね。そういえば千葉村のときにそんなこと言ってたな。
いつも思うんだけど、無敵のシルバースキンって、手袋奪っちゃえばホムンクルスにダメージ与えられないんじゃね?
「とにかくだ。私は君たちのこと、いつも見守っているよ。迷ったらいつでもここに来なさい。」
そういって胸を張る平塚先生はとても頼もしい。
藤沢もそうだが、思ってることをまっすぐ言える人は俺にとって眩しすぎる。
そんな言葉をぶつけられると思わず顔を直視できなくなる。
やだ…、これが恋?
「拳で語るのはやめてもらえませんかね…」
照れ隠しにそんなことしか言えない俺でした。
8.
「さて、それでは始めましょうか。まずは各自考えてきたプランを照合してみましょう」
部室に三人揃ったところで雪ノ下が音頭を取る。
藤沢が次に来るまでにデートプランをまとめておく、というのが当面の奉仕部の活動だ。
「とはいってもなぁ…」
俺らは藤沢の想い人、百合丘さんについて何も知らない。
何も知らない他人が喜ぶような場所と言われても、正直ピンと来ない。
金土日と三日に渡って行われた比企谷会議でもいくつか有力なデートスポットが挙がったものの、
どれもあまり自信がない。実りのない会議だった。会議は踊る、されど進まず。
いや、小町とたくさんお話出来てお兄ちゃん楽しかったんだけどね。
「あたしも色々考えたんだけど、イマイチよくわかんないっていうか」
「やっぱディスティニーとか、シーワールドしか思い浮かばなかったんだよね…」
「そうね、私も正直苦戦しているわ。あなたはどうかしら?」
「俺も似たようなもんだ。とりあえず圧倒的に情報が足りなすぎる」
「そうだよねー。あたし、百合丘さんについて何も知らないもん」
「私たちだけでは手詰まりね。それなら外部の協力を仰ぐというのはどうかしら?」
「外部?って、なんで二人ともあたしのほう見てるの!?」
おいおい由比ヶ浜、忘れちゃったの?
奉仕部の部員構成はぼっちぼっちビッチだろ。
外部、と聞いて俺らが頼りになるとは思えないでしょ。
恋愛なら尚更。
「三浦とか、結構そういうの詳しいんじゃねぇの?勝手なイメージだけど」
「優美子?あたし優美子とそういう話あまりできないんだよね…」
「三浦のこと嫌いだもんな」
「違うし!全然違うし!!優美子に恋バナ振ると、逆にこっちが聞かれるから…あまりしたくないというか…」
なるほど。そういえばいつだったか、戸部童貞大和の調査の時も逆にいじられてたもんな。
てかこういう風に並べるとコスプレプロレスラーみたいだな。
戸部☆自演乙☆童貞大和
これだと大和が童貞みたいになっちゃうじゃん。まぁいいか。
「あら?意外ね。てっきりそういう話題しかないのだと思っていたのだけれど…」
雪ノ下がきょとんとしている。
こいつのエグい所は純粋なところですよね。
魔人ブウもびっくり。
「とにかく!優美子に関してはよくわかんない。姫菜はあんまそういうの興味なさそうだし」
正直なところ、俺も意外だったりする。
三浦って結構遊んでそうなイメージ有るし、割と経験豊富そうというかなんというか。
もしかしたら処女ビッチとかいうジャンルとか?
遊んでそうな女の子が実は全然…って凄くイイよね。
由比ヶ浜より見た目派手な分、益々興奮してきちゃうんですけど。…ウェヒヒ
「なんだよ…」
「ヒッキーマジでキモい」
あ、顔に出てました?ごめんなさい。
それと雪ノ下、無言+笑顔はやめてください。
なんなの?直死の笑顔なの?微笑みかけるだけで殺せてしまうの?
俺も直死の魔眼欲しいなぁ。いや、俺の場合は直腐の魔眼か。
いよいよゾンビの仲間入りですね。むしろメデューサ?
「おまえの姉ちゃんとかどうなんだ?割と遊び慣れていると思うんだが。いや、弄んでるのか」
「あの人が異性のためにプランを立てるなんて想像もつかないわ」
いや、それはそれでありだな。
健気なはるのんとか何それ俺得じゃん。
普段あんなに自信満々な癖に、見つめ合うだけでおしゃべりできないの?
なんだその可愛い生き物。
「声がかからないとは思わないけれど、果たしてあの人がそんなことを一々覚えているかしら…」
そうっすよね。
与えられども、満足しない。
欲したものは必ず手に入れる、それが魔王ってもんっすよね。
環境破壊は楽しいゾイ!☆
………デデデのが魔王じゃね?
「んー、八方塞だね…」
「由比ヶ浜」
俺は思わず声を掛ける。
「え、何々?なんか思いついた?」
「八方塞なんて言葉、よく知ってたな!」
「どういう意味だ!?そこまでバカじゃないし!」
「いえ、私も驚きを隠せないわ」
「ゆきのんまで!?」
由比ヶ浜は泣きながら雪ノ下に抱きつく。雪ノ下も満更ではなさそうだ。
うん、奉仕部平常運転。
「あ、ゆきのん金曜日暇?みんなで下見に行ってみない?」
由比ヶ浜が思い出したかのように提案する。
それ、二人きりじゃなかったんですね。危うく勘違いするところでした。
「ごめんなさい。週末は少し立て込んでいるの。部活も無しにしたいのだけれど」
「そっか。じゃ、じゃあ二人でいいよね?」
由比ヶ浜が上目遣いでこっちを見てくる。
俺の予定は聞かれないんですね。
「あなたに予定などないでしょう?」
「人の思考まで読めるのかよ。何、お前エスパーなの?」
そんな俺には目もくれず、雪ノ下は無視して続ける。
「どのみちこのままでは埒が明かないわ。明日もう一度藤沢くんに来てもらいましょう」
雪ノ下の提案に、反対する者はなかった。
9.
「のう八幡よ、我は思うことがあるのだ」
「なんだよ」
体育の授業後クールダウンしながら教室に戻る途中、材木座が話しかけてきた。
話しかけてくるなよ、俺は早く飯が食いたいんだ。
「お主もそうだが、凡夫どもは時に”スクールカースト”という言葉を口にするであろう?なぜカーストなのだ?」
そういえば俺もそれよく使うな。
ちゃんとクラスのカーストに組み込まれてるってことは俺ぼっちじゃないじゃん!
カースト最下位だよ!やったねたえちゃん!…全然嬉しくねぇよ。
「インドのカースト制から取ってるんだろ。現地ではヴァルナ制って言ってるんだったっけか」
「しかしだな、カーストというのは生まれで決定し、その後は決して変わらないものなのだ」
「だとしたら変動もあり得るクラスの人間関係においては、ヒエラルキーと呼んだほうが正しいのでは?」
「ヒエラルキーだと賄賂が横行しそうだな。てかなんでそんなに詳しいんだよ…」
「むふう。実はな、今回の我の作品がインドを題材にしていてだな…」
迂闊だった。せっかくのクールダウンなのに材木座を焚き付けてしまった。ええい暑苦しい。
「そうなんだ、じゃ私生徒会いくね」
相手にするのも面倒なので強引にでも切り上げることにした。
よくよく考えると和ちゃんって腹黒いよな。
このセリフ、煽り性能高すぎるだろ…
「まだ我の話は終わってないぞ!八幡!!はちまーん!!!」
材木座から逃げるように教室に戻る途中、一年生の集団とすれ違った。
その中に見知った顔がいた。藤沢だ。
「次、頑張れよ!彼女できたら教えろよな!!」
「ばっか、緊張してんだから大声出すなって…」
そう答えたのは藤沢ではなく、別の男だった。
なんだよこいつら。すげぇお盛んじゃん。
どうやら秋のそわそわは葉山グループに限った話じゃないらしい。
俺は特に藤沢に声をかけるでもなく、教室に向うのだった。
* * *
教室に戻ると、既に昼休みだった。
「姫菜、ユイ知らない?」
「見てないよー。部室じゃないかな」
「あーし何も聞いてないし…。ちょい用事あったのに」
そう言って少し項垂れるあーしちゃん可愛い。
うなだれるって字面だけみるとすげぇうまそうだよな。精力つきそう。
どうも女王の視界を侵してしまったらしく、つかつかと近づいてきた。
「ヒキオ、ユイ知らない?」
「しゅ、知らねぇよ…」
「何きょどってんの?きも」
仕方ないだろ!昨日あんなこと考えちゃったんだし…
用件が済むと「お前には興味がない」と言わんばかりに去っていった。
三浦から解放された俺はパンを持って足早に教室を出たのだが、いつもの場所には先客がいた。
片方はさっきすれ違った一年生で、もう片方の女子は背中をこちらに向けている。
顔を見なくてもシルエットでわかる。俺がよく知ってる女子だ。
その光景に目が釘付けになった。本来ならここを立ち去りたいのだが、足が動いてくれない。
そのまま立ち尽くしていると、男子生徒が動き始めた。用事は済んだようだ。
張り付けた笑顔は徐々に色を失っていき、俺とすれ違う頃にはすっかり別の表情に変わっていた。
さっきの男子生徒と交代するかのように、俺は彼女のほうに向かっていった。
「あ…」
「三浦、お前のこと探してたぞ」
「う、うん。ありがと」
俺は彼女の顔も見ずに最低限の連絡事項だけ伝えると、彼女も教室へ歩き始めた。
場所と状況と表情だけで何が起きたのかは大体わかる。恐らく彼は振られたのだろう。
普段なら他人の不幸にニヤニヤしながら昼飯にありつくのだが、今回ばかりは何となくそういう気分になれなかった。
「俺、腹減ってたのにな…」
菓子パンを見つめながら、一人呟くのだった。
10.
放課後、部室に四人揃ったところでさっそく例の件を話すことにした。
「以上が私たちで考えたデートプランなのだけれど…」
「はい、ありがとうございます」
そう答える藤沢の表情は芳しくない。
まぁ無難なところを提案しただけだしな。
「それで、より具体的なプランにするために百合丘さんのことを詳しく教えてもらえるかしら?」
「彼女は凄く可愛らしいんですよ、あざといというか。あの用事あるときとか声かけますよね?彼女はその代わりにこう服の端をつまんできて…」
百合丘さんの話になった途端、藤沢が饒舌になった。
何この感じ、すげぇ既視感。
ああ、あれだ。キモオタのテンプレだ。
自分の好きなアニメになるとやたら早口でまくしたてるような、そんな感じ。
聞きだした本人である雪ノ下の表情が曇っている。
「でもなんか、相談した手前申し訳ないんですけど、最近自分の気持ちがよくわかんないっていうか…」
「よくわかんない?百合丘さんのこと好きなんじゃないの?」
由比ヶ浜が首を傾げる。
昼休みのことはもう気にしていないようだ。
「そうだと思うんですけど…好きってなんなんですかね?参考までに皆さんのこと聞きたいんですけど」
何この流れ。全力で逃げたい。
雪ノ下は呆れたと言わんばかりにこめかみを抑えている。
好きですね、そのポーズ。
「私はあまり良くわからないわ。あなたは?」
「何で俺に振るんだよ」
「あら?あなたは恋愛経験が豊富なのでしょう?」
「それは俺の失恋の多さを揶揄してるのか」
「ヒッキー、どうなの…?」
由比ヶ浜がにじり寄ってくる。
問い詰めるように6つの瞳が俺に集中する。
え、何?答えなきゃいけない流れなの?
「………」
気まずい沈黙が流れる。なんだよこれ。帰りたい。
小町、お兄ちゃん小町に会いたいよ。
「ハチえも~ん助けてよぉ」
「材木座ァ!!!!!」
沈黙を破ってくれたのは材木座だった。
助かった、本当に助かった。
小さくため息が聞こえてきた気がするけど、気がするだけだよな。
「おぉ、嬉しいぞ八幡よ。お主、そろそろ我の小説≪スクロール≫を読みたくなってきた頃であろう」
「いや別に」
「読みたくなってきた頃であろう?」
「いやb」
「読みたいよな?」
なんだろう、今日のこいつは押しが強すぎる。
助けてユキえも~ん。
「………。」
あ、やっぱり小説の世界にトリップしてますよね。知ってました。
由比ヶ浜も我関せずと携帯を弄っている。
いつから俺が材木座の係になったんだよ…。
ていうか誰か藤沢の相手してやれよ。
「んで、今回は何?」
「ウォッホン。今回我が執筆したのは恋愛ものなのだがな、どうも転の部分が上手く書けないのだ。」
「転って起承転結の転か?」
「いかにも。主人公とヒロインをくっつけたいのだが、イマイチ主人公に惹かれる理由が我にもよくわからんのだ」
我にもって…お前の作ったキャラだろうが。
突然の乱入者に難色を示していた藤沢だったが、恋愛のこととなると話は別らしい。
表情は朗らかなものに代わっていた。
「ねぇねぇ、理由ってそんなに重要なの?」
いきなり由比ヶ浜が話に入ってきた。
「当り前であろう!どこに惚れたのか読者が納得できなくては、我が叩かれてしまうではないか!!」
おう、それを由比ヶ浜に言ってやれ。俺のほう見なくていいから。
「俺も同感だ。それにバカップルがよくやってんだろ?私のどこが好きー?って奴。ああいうのって、惚れた理由がはっきりしてなきゃ答えられないだろ」
藤沢の気持ちはわからんでもない。
好きな気持ちが昂ぶってる時はともかく、ふとした瞬間にどこが好きなのか分からなくなるんだよな。
失恋経験しかないけど。
「そうね、悔しいけど私も彼と同じ意見だわ」
俺に賛同するのにわざわざ攻撃する必要はあるんですかねぇ…雪ノ下さん。
「ゆきのんもヒッキー派?あたしはなんか、そういうの嫌だな…」
途端に彼女の声が小さくなる。
「じゃあお前はどうなんだよ…」
一瞬昼休みの件が頭にチラついたが、思わず口に出てしまった。
自分に振られると思っていなかったのか、急に由比ヶ浜はもじもじしだした。
何なの?恋愛の話したいの?したくないの?どっちなの?
「恋愛って、もっとなんか、よくわからないものじゃん?」
「どこが好きとか、こうだから好きっていうのはなんか理屈っぽいっていうか…」
「気付いたらその人の顔が頭から離れない、恋愛ってそんなもんだと…思うな」
由比ヶ浜の口から出たのは、まっすぐな言葉だった。
声は消え入りそうなほど小さかったが、俺にはくっきりと聞こえた。
顔が急に熱くなる。体温が一気に上がって汗が噴き出る。自分でも視線が泳いでるのがわかる。
恥ずかしくなって俺は顔を背けた。
「八幡?お主…だいじょうb」
「そっか、それでよかったのか」
藤沢は納得したように頷き、あいさつをして部室を後にした。
11.
あれから数日経ち、今日は金曜日。
ここのところ奉仕部を賑やかしていた藤沢の一件はあっけなく終わった。
いや正しく言えば、終わったと思われる。
由比ヶ浜の言葉に動かされた藤沢は、あの後すぐに百合丘をデートに誘い、想いを告げたようだ。
最近藤沢が奉仕部に顔を出さないことが暗にそのことを裏付けていた。
彼が振られたのか、はたまた恋が実ったのかどうか、俺は知らない。
結局のところ、彼の奉仕部への依頼はきっちり果たせたようだ。
単純に恋の話をしたかった、誰かに背中を押してもらいたかっただけなのだ。
デートプラン云々は恐らく口実だろう。
誰かに話を聞いてもらいたい、誰かに彼女の話をしたい、ただそれだけだったのだ。
「ヒッキーおはよー」
下駄箱で今回の功労者に声をかけられる。
「おっす」
抱えていた案件の一つは無事に終わった。
問題は今日の下見の件なんですけど…反古には…
「今日の放課後、ららぽで待ち合わせね!」
なりませんよね…
「つーかもう終わったんだろ?デートがなくなった時点で下見も何もないと思うんだが…」
「もしかして…あんまり行きたくない?」
由比ヶ浜の表情が曇る。
「いやそういうわけでもないんだけど…」
「じゃあ問題ないじゃん!向こう着いたら連絡してね!」
彼女はにししと笑うと教室へ駆けていった。
感情がコロコロ変わる、忙しい奴だ。
―――反古にしても良かったんじゃないのか?
俺は自分に問いを投げかける。
デートがなくなった今、彼女と出かける理由は空中分解したようなものだ。
それなのに俺は反古にしなかった。二重債務云々の問題じゃない。
自分でも自分の気持ちに整理がつかない。
いくら考えても、その答えは一人で出せそうになかった。
* * *
「週末だからって気を抜くなよ。最近問題行動が目立ってるから先生方が巡回してるからな」
「じゃあ気を付けて帰るように」
長期休暇の前のような挨拶を受け、放課後になった。
教室で由比ヶ浜が三浦と駄弁ってるのを尻目に、俺は下駄箱へ向かった。
半ば強引に取り決められた約束とはいえ遅刻はしない。
約束を大事にする俺、超かっこいい。
違うよ?別に話す相手がいないからじゃないからね?
靴を履きかえて校門を出るとため息が出迎えてくれた。
「はぁ…」
「人の顔見るなりため息つくのやめてもらえませんかね…」
苦虫を噛み潰したような表情の雪ノ下雪乃がそこにいた。
夏休みのこと思い出してよゆきのん!無視したじゃん!
近距離でばっちり目が合ってても無視してたじゃん!
「今週の休日は有意義になるとばかり思っていたのにね。恥ずかしいわ」
「俺だって会いたかったわけじゃねぇよ…。気にしなくても俺はすぐ帰るから肩を並べることはない。恥ずかしがる必要もないだろ」
「いえ、舞い上がってしまった自分が恥ずかしいのよ。あなたに会わなくて済むと思うと心が躍ってしまったのだから」
「こ、こいつ…」
申し訳なさそうに眉をひそめる仕草が尚更癪に障る。その可愛い顔に苦虫ぶつけてやろうか。
「安心したわ、いつも通りね。最近のあなた、心ここに在らずといった感じだったから」
きっぱりと言い放たれた雪ノ下の言葉に先ほどの嫌味はない。雪ノ下なりに心配していてくれたのだろう。
確かに由比ヶ浜が告白を受けて、奉仕部で想いを述べたあの日からずっと、考え事が続いている。
そんな雪ノ下の心配が嬉しいのと、アプローチの仕方が不器用すぎるのとに思わず笑みが零れてしまった。
「ごめんなさい、正直気持ち悪いわ。今から由比ヶ浜さんが心配なのだけど…」
ああ、そうっすよね。僕じゃなくて由比ヶ浜の心配してたんですよね。
それにしても気持ち悪いって酷くない?
いつも工夫凝らして攻撃してくるから平気だけど、ストレートなのが一番つらいんだよ?
「で、お前何してんの?帰んないのか?」
「迎えを待っているのよ。今日はマンションに帰らないから…」
なるほど、久しぶりの一家団欒ね。
しかしこいつの場合だと団欒って感じしないな。
むしろ一家弾丸?論破!!
「比企谷くん、ここから先は私の独り言だと思ってくれて構わないわ」
神妙な面持ちで雪ノ下が話を切り出す。
まるでこの半径5mの空間だけ切り取られたかのように、放課後マジックで賑わう生徒の声が遠く感じた。
俺は雪ノ下に向き合って、彼女の言葉を待った。
「私、何回か告白を受けたことがあるの。でも彼らの想いは解り兼ねた。彼らが私を好く理由に共感できなかったから」
「だから藤沢くんの質問にも答えられなかった。けれど、彼女の言葉には少し共感できたわ。彼女の純真さが伝わってきたから」
「彼女の想い、受け止めて欲しいの」
「………」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
長い間こうしていた気がするが、あっという間な気もする。
こうして無言を貫いたのは、故意ではない。
掛ける言葉が見つからなかったのだ。
「何も…言わないのね…」
「お前の独り言だったんだろ?それなら俺が口を出すのはおかしい」
「あなたは…」
俺の皮肉が癪に障ったのか、雪ノ下は睨め付けながら口を開く。
それを俺は強引に制した。
「お前の想いは伝わったよ。じゃあな」
途中から背を向けていたので雪ノ下がどんな表情をしているかはわからない。
ただ、何も言葉が飛んでこないことから考えると、俺はどうやら間違わなかったらしい。
俺は自転車にまたがり、勢いよく漕ぎ出す。
これまで勘違いしないように諌めてきたのに、
何度も何度も諌めてきたのに、
俺はまた元来た道を引き返している。
誤解も解なら、やはりこれ以上解きようがない。
問い直しても問い直しても、同じ解しか出てこない。
これが俺のファイナルアンサーなのだろう。
俺の想いは彼女に伝わっただろうか。
俺の想いは彼女に伝わるだろうか。
俺の想いを、俺は分っているのだろうか。
脳内会議は一層騒がしくなるだけであった。
12.
「ヒッキーおまたせー」
「そんなに待ってないぞ。じゃ、一緒に帰るか」
「あたし今来たんだからね!?帰らないよ!」
ぱたぱたと走ってきたと思えば、今度は俺を説得するために両手をわちゃわちゃやっている。
何この稚拙な表現。国語3位が聞いて呆れるぜ。
ららぽーとに着く頃には日が傾いていた。
さすがに金曜日だけあっていつもよりも賑わっている。
その中に総武高の制服もちらほら見える。
「わかったわかった。にしても金曜日なのにお前元気だな…」
「ふぇ?金曜日だからじゃないの?」
ダメだな、俺は。
由比ヶ浜のアホちんな反応をを見るとついつい調子に乗ってしまう。
「由比ヶ浜、中学生の校内トラブル発生件数一位が何か知ってるか?」
「いきなり何?んー、タバコとか?」
「違うな。一位は生徒間暴力だ。しかもそれには起こりやすい時期と曜日がある」
「季節の変わり目で金曜日だと最悪だ。人間が環境の変化に弱いのは勿論、その上週末となったら疲れもたまってくる」
「そ、そうなの?」
暴力という言葉に少し怯えたのか、彼女は少し浮かない顔をしている。
いい感じに乗ってきた。仕掛けるなら今だ!
「だから今日は大事を取って…」
「大事を取って、何?」ニコッ
由比ヶ浜は笑わない。
いや、厳密に言えば笑ってるんだけど、目が笑っていない。
作戦失敗。八幡悲しい。
「何?」ニコッ
「ま、周りの人に気を付けて楽しく遊びましょう…」
「よーし、いくよヒッキー!」
由比ヶ浜に連れられて、俺も喧騒の一部となるのだった。
「誘っておいてなんだけど、あたし今日早めに帰らなきゃいけないんだよね」
隣を歩く由比ヶ浜が切り出す。いや、だったら別の日にすりゃいいだろ…。
そんな俺の視線に気づいたのか、由比ヶ浜は不満げに語り出した。
「さっきケータイ見たらママからメール来てて、一旦家に戻ってこーいだって。分かってたなら早く言ってほしいよねー」
「分かってなかったからメールしたんじゃねぇの」
「んー、揚げ足取るの禁止!どうしても今日じゃなきゃダメだったの!とにかくごめんね」
「別にお前が悪いわけじゃないだろ。てかこれ、どこ向かってんの?」
「てきとー」
「適当って…」
それ絶対違うよね?
適しているって意味じゃなくて考えなしって意味だよね?
「腹も減ったし、なんか食うか」
「賛成!あたしねー」
俺の提案に乗った由比ヶ浜が楽しそうに食べたいものを列挙してく。
いや、列挙しちゃダメじゃん。由比ヶ浜、中華とフレンチは一緒に食べられないからな?
腹ごしらえも済んだ後、夕飯の件も兼ねて小町に電話した。
『はいはーい。どしたのお兄ちゃん』
「お、小町か。夕飯食べちゃったから俺の分いらんぞ。連絡遅くなってすまん」
『知ってるよー』
知ってる?なんで?
「あれ、俺小町に今日の事言ったっけか」
『細かいことは気にしないの!お兄ちゃん、ポイント低いよ?』
「何で俺が怒られてるんですかね…」
『はいはい。あ、帰りにアイス買ってきてね!あとは結衣さんによろしくー』
「あ、ちょ、おま」
一方的に用件を告げると、電話は切れてしまった。
「小町ちゃん、なんだって?」
空気を読んで黙っていた由比ヶ浜が寄ってきた。
「お前、小町になんか話した?今日のこと知ってたんだが…」
「えっ?さ、さぁー?そういえばメールした気がするとかしないとか…」
嘘下手くそかよ、バレバレだっつーの…。
した気がするとかしないとかいう言い回しは大体ごまかしのときに使われる。これ、豆な。
* * *
「んー、遊んだ遊んだ」
溜まっていたストレスが解消できたのか、彼女が大きく伸びる。もう辺りは真っ暗になっていた。
このまま真っ直ぐ駅に向かっても良かったのだが、もう少し余韻に浸っていたかった。
当てもなくぶらぶらと歩き続ける。出会いがしらのやり取りとは裏腹に、今度はこの時間がとても心地良い。
―――だから猶更、
「あ、そろそろ時間だ。ホントにごめんね、ヒッキー」
「気にすんな。またどっか行きゃいいだろ」
「え、誘ったらまた来てくれるの?」
「お、おう…」
この場の雰囲気に酔ってるのか、迂闊に返事をしてしまった。
落ち着かない俺の様子に彼女がけたけた笑う。
しかし、上がっていた口角も徐々に下がっていき、意を決したように唇を噛みしめて立ち止まる。
いつの間にか、公園に来ていた。
彼女が何かを言いかける。何となく、その先を言わせてはいけない気がした。
しかし何を言えばいいのかわからない。俺は顔を背けてしまう。
「さ、最後に好きな人の話、しようよ」
優しい彼女の声は、残酷に突き刺さった。
いつかの俺の言葉がフラッシュバックする。
その言葉は、死刑宣告なのだろうか?
彼女にとって、俺は部外者なのだろうか?
「………」
俺は壊したくなかった。
隣を歩くことを許せる関係を。
隣を歩くことを許してもらえる関係を。
分かっている。
その程度で壊れてしまう関係なら、それは欺瞞だ。
壊れてしまうなら、壊してしまえばいい。俺が欲しかったのは、もっと別の何かだ。
彼女の言葉に応えさえすれば結果がわかる。この関係が壊れるのか、壊れないのか。
しかし俺は踏み込めない。何故だろうか、答えは簡単だ。
俺は最も忌み嫌う関係を、手放したくないと思ってしまったからだ。
「時間、押してるんだろ」
俺の答えは素っ気なかった。
問題を先延ばしにすれば関係は続く、単純な思考だった。
『そうだよね!じゃ、また来週ねヒッキー!』
俺は彼女のそんな反応を期待していた。
長い沈黙の後、ゆらりと彼女が立ち上がる。
小さな嗚咽が聞こえる。心臓を鷲掴みされたような気がした。
「ばか」
そう小さく零して、彼女が駆けていく音が聞こえた。
俺はというと、そんな彼女の後姿を見ることすらできなかった。
俺は自転車を取りに行くために人ごみにもまれていた。
それが凄く心地よかった。
喧騒が耳を犯していてくれなければ、今にも叫びだしそうな気分だった。
彼女の声が頭に反響する。
あれからもう1時間は経っているのに、さっき言われたかのようにいつまでも生々しく耳に残っている。
―――恐らく俺は、間違ってしまったのだ。
目の前が真っ暗になる。
関係の維持を望んだ故の選択が、関係を壊してしまう結果に終わった。
壊れてしまう関係を惜しんでいる自分に、容赦なく嫌悪感が襲う。
押しつぶされそうになりながらも歩いていると、今度は物理的に目の前が真っ暗になった。
「比企谷」
顔を上げると平塚先生が突っ立っていた。
こちらの顔色を読み取ったのか、真剣な面持ちで見つめてくる。
「先生…、なんでここにいるんすか」
「HRの話を聞いてなかったのか?最近物騒だから見回りだよ。その成果はあったみたいだな?」
そう言って微笑みを投げかけてくる先生に、俺は縋りたくなった。
「ちょっと付き合ってもらっていいっすか」
俺はどんな顔をしていたのだろうか、自分でもよくわからない。
ただ、平塚先生に初めて見せる顔だったのは確かだろう。
* * *
再び人気の少ない場所に出る。
道中、俺は今日のことを包み隠さず話した。
「そうか」
話し終えてたどり着いたのは河原だった。
何も言わずじっと聞いてくれた平塚先生がタバコに火をつける。
俺は沈黙に耐え切れなくなって切り出してしまう。
「もう終わっちゃったんですかね」
「終わってしまったならまた始めればいいだけだろう」
同じこと誰かに言われた気がする。
「それに、まだ終わってはない。君はまだ彼女の気持ちを聞いてないではないか」
「比企谷、お前は一つ誤解をしている」
「なんすか。由比ヶ浜の気持ちですか」
いい加減誤解という言葉にうんざりしていた俺は少し語気が荒くなる。
「違うよ、そんなこと私が知るわけない。君が誤解しているのは本音を話す状況さ」
平塚先生は優しく俺の両肩に手を置く。
「愛の告白は、本音だろう?」
タバコの匂いなんて全然好きじゃないのに、今回ばかりは全く気にならなかった。
「ありがとうございました。俺、行ってきます」
先生に軽く会釈すると、俺は弾けたように動き出した。
視界の隅に映った先生の穏やかな眼が印象的だった。
14.
『今から落ち合えるか?どうしても伝えたいことがある。近くの公園で待ってる』
メールを送ってからもう随分経つが、未だに返信はない。無言の返事が心に刺さる。
由比ヶ浜がここにくる確証なんてどこにもなかった。
決裂しかけていることを考えれば、むしろ来ないことのほうが現実味がある。
俺はベンチに腰かけて、ただただじっと待っていた。
時々通る車の音を除けば、物音一つしなかった。
―――カサッ。
音が鳴るほうへ目を向けると、私服の由比ヶ浜が立っていた。
来てくれた。俺は立ち上がって無言で距離を詰める。
彼女の顔は浮かない。罪悪感が噴出して自分のしたことの幼稚さに辟易する。
真っ直ぐ彼女の前に立った。
無言に耐え切れなくなった由比ヶ浜が口を開く。
「あはは…ママの用事ね、結局なんでもなかった。もうちょっと遊べたね」
そう言って苦々しく笑顔を作る。
益々罪悪感が俺を苛む。
「あのさ、」
自分の声が震えているのがわかる。
声だけじゃない。膝も、喉も、手も震えている。
こんな気持ちいつぶりだろうか。
誰かに想いを伝えるなんていつぶりだろうか。
俺は深く空気を吸い込み、頭の中の原稿を読む。
「恋愛について、話したよな。理由がいるとかいらないとか」
「俺、さ…、体育祭んときからずっと、」
吸い込む空気が震えているのがわかる。
準備なんて間に合わない。一刻も早く緊張から解放されたい身体が言葉をひねり出していた。
「お前の笑顔が、頭から離れないんだ」
「俺はお前が好きだ」
「俺と…付き合ってほしい」
曇ったままだった彼女の顔がくしゃっと歪む。
一歩、また一歩彼女が俺に近づく。
心臓はまだ激しく鼓動を刻んでいる。
「ばか」
彼女は頭を俺の胸に預けるとわんわんと泣き出した。
どうやら俺は間違わなかった、ちゃんと正解を選べたようだ。
彼女の言葉は同じでもこみあげてくる気持ちは全く違う。
程よい疲労が心地よかった。
15.
「途中から気づいていたわ。あなた、自覚なかったの?」
それから数日後、部室で金曜日の顛末を雪ノ下に話すと意外なことを言われた。
「部外者しかいないときにだけ本音を話すのでしょう?恋愛のことになると」
「由比ヶ浜さん相手に口を噤む様子を見ていれば嫌でもわかるわ」
あ、そういえばそうでしたね。
割とドヤ顔で持論語ったのにこう何度も揚げ足取られると恥ずかしい。
「それともその劣情の矛先は私だったのかしら?気持ち悪い」
「何も言ってねぇだろ…。そもそも違ぇし…」
お前に対する感情は劣情じゃなくて羨望だよ。
いや、由比ヶ浜にも劣情なんて持ってないんだけどさ。
そう口に出したくなる気持ちをぐっと堪えて、俺は読書に勤しむ。
内容は全く頭に入ってこない。ただ字面を追っているだけだ。
読書なんて形だけである。彼女が来るまでの演技でいいのだ。
やがてぱたぱたと慌ただしく廊下に足音が響く。
「やっはろー」
壊れなくてよかったと、俺は強く思うのだった。
終
元スレ
八幡「彼女の笑顔が頭から離れない」
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