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結衣「あのね、あたし…………ヒッキーの事…………好……」 【俺ガイルss/アニメss】

 

プロローグ

 

 “誕生日”……。

 

 年に一度、自分がこの世に生を受けた事に感謝する記念日であり、その親や友は、その者がこの世に生まれて来てくれた事に感謝し、その者の健やかなる成長を願う日でもある。

 

 ある者にとって誕生日とは、また一つ大人へと成長した事を実感し、父と母に、また祝福してくれた友に感謝する日でもあり。

 

 ある者にとって誕生日とは、また一つ歳を重ねる自分を再認識し、一時の憂いを覚える日でもある。

 

 

 かの有名な小説、『トム・ソーヤーの冒険』の著者、マーク・トウェインは生前、こんな名言を残していた。

 

 “人生で一番大事な日は2日ある。生まれた日と、何故生まれたかを分かった日。”と。

 

 ……生まれた日はともかく、少なくとも俺はまだ、自分が何故この世に生まれてきたのかを理解してはいない。

 

 だが、彼女はどうだろう。

 

 自分が何故この世に生まれて来たのか。その理由を、彼女は既に見出したのだろうか。

 

 これは、そんな問いかけに対する、彼女の一つの答えの物語なのかも知れない……。

 

 

 ① 葉山隼人の計略

 

 去年の4月に奉仕部に入れられ、俺が雪ノ下や由比ヶ浜と知り合うようになってから既に1年以上の時が過ぎた。

 

 平塚先生の命令で俺が奉仕部に入部させられたこの1年は、俺にとって相応に慌ただしい1年だったと言えるだろう。

 

 由比ヶ浜の依頼に始まり、材木座に戸塚、葉山や相模、城廻先輩、戸部、海老名さん、一色、三浦など、多くの生徒が問題や悩みを抱えては奉仕部を訪ねて来た。

 

 それらの問題に対し、時に1人で、また時に誰かの協力の元で向き合い、結果として奉仕部を中心に多くの生徒の問題が解決される一方、また少しばかりの悔恨を残しつつも、それらの問題は解消されていった。

 

 そうして時は足早に過ぎ、ようやく俺達はこの春、3年生となった。

 

 

「お兄ちゃーん、小町先行くよー」

 

「待て小町、弁当忘れてる」

 

「あ、ほんとだ」

 

 テーブルの上に放置されていた弁当箱を小町に渡し、俺は玄関を出る。

 

 総武高の制服姿がすっかり気に入ったのか、スカートを翻しながら小町が言う。

 

 

「へへ、こうしてお兄ちゃんと登校するのも久しぶりだね」

 

「中学ん時はまず一緒に学校行くとかなかったもんな」

 

 実際、俺みたいな身内がいる事は学校での小町にとってマイナスでしかないからな。

 

 それを知っていた俺は、中学ではなるべく小町と接点を持たないようにしていたのだ。

 

 

「じゃあお兄ちゃん、放課後に部室でね」

 

「おう」

 

 学校が近付くに連れ、俺と小町は距離を開け、それぞれ別々の足取りで学校へと向かう。

 

 そうした日常も当たり前になりつつある6月、初夏の風に僅かな湿度を感じながら、俺は今日も部室で勉強をしていた。

 

 

「……ふあぁ………」

 

 数学の問題集を解いているとふいに生欠伸が出てしまった。

 

 その声に応じるように、俺から見て左……いつもの定位置で同じく問題集を解いている雪ノ下が俺に言う。

 

 

「随分眠たそうね」

 

「最近寝不足なんだ、復習ついでに小町の勉強も見てやったりしてるからな」

 

 小町も小町で結構無理してここに受かったもんだから、やはりここの勉強について行くのに必死らしい。

 

 かくいう俺も、1年の頃はそうしていたような気がする。

 

 それもあり、最近の俺はどうも寝不足続きだった。

 

 

「お茶を淹れるわ、気分転換も大事よ」

 

「ああ、サンキュな」

 

 そう言うと雪ノ下は少しだけ微笑み、慣れた手つきで紅茶を準備する。

 

 雪ノ下を横目に見つつ、俺はふと思う。……以前に比べれば、俺と雪ノ下の関係も少しは縮まったのかも知れない、と。

 

 気品ある面持ちで紅茶を入れる雪ノ下から目を逸らし、俺は眼前の方程式を解いていた。

 

   ×   ×   × 

 

 雪ノ下の淹れてくれた紅茶を啜り、一息ついていた時の事。

 

 一際元気な声と共に部室の扉が開かれた。

 

 

「どうもー、遅れちゃってすみませーんっ」

 

 そう、にっこりとチャームポイントの八重歯を覗かせながら、小町が部室に入って来る。

 

 

「おう、小町」

 

「こんにちわ小町さん、今お茶を入れた所なんだけど、小町さんもどうかしら」

 

「雪乃さん、ありがとうございますっ」

 

 元気に一言、小町は雪ノ下に礼を言う。

 

 

「お前もすっかり馴染んだよな」

 

「えへへ、まぁねー」

 

「思えば、小町さんと知り合ってからもう1年になるのね」

 

「あっという間でしたよねー……っと、あれ? 結衣さんは?」

 

 そう言いつつ、きょろきょろと部室を見回す小町。

 

 

由比ヶ浜さんなら、今日は三浦さん達と予定があると言う事で先に帰ったわよ」

 

「ああ、俺にもそんな事言ってたな」

 

「へー、じゃあ丁度良かった」

 

「……?」

 

 どこか含みを込めた小町の声に、思わず俺と雪ノ下の頭に疑問符が浮かび上がる。

 

 

「いやぁ、そろそろかなーって思ってまして」

 

「そろそろって何だよ」

 

「まったく、これだからおニブちゃんは……」

 

 妹よ、おそらく「鈍い」と「お兄ちゃん」を合わせたんだろうが、お兄ちゃん的にそれは無理があると思うぞ。

 

 

「……もしかして」

 

 小町の言葉に何かを思い出したように雪ノ下が呟いた。

 

 

由比ヶ浜さんの誕生日、そろそろよね」

 

「ピンポンピンポーン! そうですよ、去年はみんなで結衣さんのお祝いしたじゃないですか」

 

「あぁ……そう言えばそうだったな」

 

 去年の事が思い出される。

 

 確か、俺、由比ヶ浜、雪ノ下、小町、途中で声をかけた戸塚に、何故か付いて来た材木座の6人で、カラオケとゲーセンに行ったんだっけな。

 

 

「また、みんなで結衣さんのお祝いしたいなって思ってたんですよ」

 

「そうね、良い考えだと思うわ」

 

「ま、俺も小町もあいつには世話になってるからな……いいんじゃねえの」

 

 実際、由比ヶ浜のお陰でどうにかなった事もあるし、それ以前にその……なんだ。俺としても、あいつの誕生日を祝うのは悪くないっつーか……な。

 

 

「それで、何か案があるのかしら」

 

「いやー、それがまだ何も決めてなくてですねぇ」

 

「お前な……」

 

「だってぇ~」

 

 俺の突っ込みに小町は口を尖らせる。

 

 

「……ま、前みたいにカラオケでうぇいうぇいやりゃいいんじゃねえの」

 

不本意ながら私も比企谷くんと同じことを思ったわ、どうなのかしら」

 

「いやー、前回とまんま同じってのも小町的にポイント低いと言いますか……」

 

 そう言いながら若干ジト目で小町は俺を見る。

 

 いや、そもそも俺と雪ノ下にそう言う提案を聞く時点でアレなのだが。

 

 ……方やぼっちで方や孤高の女王、そもそも俺達はそういううぇいうぇいやるような世界とは違う真逆の住民なんだよ、FFで言う雲と雨ぐらい冷めてんだよ。

 

 そーゆーの興味ないし、壁にでも話していて欲しいもんである。

 

 そもそもそうやって集団でうぇいうぇいやるのは、一色とか戸部とかが得意な分野だろ、人選が悪すぎだ。

 

 

「やっぱり、小町的には前回以上に盛り上げたいと思う訳ですよ」

 

「そう……なの、どうしたものかしらね……」

 

 そうやってしばしの間3人でああでもないこうでもないと言っていた時。

 

 外から聞き覚えのある数名の声と共に、部室の扉がノックされた。

 

 

「どうぞ」

 

 ノックに応じた雪ノ下の返事に合わせるように、数名の生徒が部室に入って来た。

 

 

「急に悪い、今大丈夫かな」

 

「先輩、どうもー」

 

「ちーっすっ」

 

「……また随分賑やかな人達が来たわね」

 

「お前らか、一体どうした?」

 

 そこには、俺のクラスのトップである葉山隼人を先頭に現生徒会長の一色いろはと、サッカー部員で葉山と一色の取り巻きの一人でもある戸部翔の3人がいた。

 

 

「比企谷くん、小町さん、彼等にお茶を用意して差し上げて」

 

「はーいっ、小町におっまかせですっ♪」

 

「あいよ」

 

 雪ノ下の指示に従い、俺と小町は人数分のお茶の用意に動く。

 

 

「すまない、雪ノ下さん」

 

「雪ノ下先輩、ありがとうございます」

 

「あざっす」

 

 口々に礼を言う3人だった。つーか戸部、お前のそれ何語だよ。礼ならちゃんと言え。

 

 そして紅茶の準備を終え、席に戻った俺達は、葉山達の話を聞く事にした。

 

 

「それで、今度はなんのご相談かしら」

 

「いえ、今回は相談じゃなく、ご招待に来たんですよ」

 

「招待?」

 

 一色の声に疑問符が浮かぶ、一体何の話だろうか。

 

 

「ああ、今度、結衣の誕生日があるのは知ってるだろ」

 

「知ってるも何も、今ちょうどその話で盛り上がってたんですよー」

 

 葉山の話に小町が乗り気で返す、するとそれに合わせるように雪ノ下も頷いた。

 

 

「ええ、私達も由比ヶ浜さんのお誕生日をどうお祝いしようかを考えていた所なのよ」

 

「じゃあ丁度良かったですっ。今度結衣先輩のお誕生日会をみんなで開くんですが、先輩達もどうですか?」

 

「気持ちは嬉しいけど、私達が伺っても大丈夫なのかしら」

 

 一色の提案に若干困ったように雪ノ下は言う。

 

 

「ああ、前に結衣から去年の事を聞いていて、今年はみんなで結衣の誕生日を祝おうと思っていたところだったんだ」

 

「それで、せっかくだし奉仕部の皆さんもお誘いしようと思いまして」

 

「んでんで! みんなでプレゼント買ったり、ご馳走とか作ったりしてさ、んで、コレ絶対楽しいっしょってなったってワケ!」

 

 どうでもいいけど戸部、んでんで言いすぎだろ、こいつだけオーバーランしちゃってるよ。言語中枢が迷い猫なの?

 

「良いと思いますっ、私達も何やろうか考えてたところですし」

 

「じゃあ、決まりですねっ」

 

 小町の声に一色も笑顔で返す。

 

 それを見るなり、葉山も安堵の表情をしていた。

 

 

「今日はその話を奉仕部とする為に、優美子と姫菜に結衣を任せていたんだ」

 

「ふむふむ、つーまーり、これは皆さんから結衣さんへの愛の込められたサプライズって事ですね、いやぁさっすが葉山先輩、うちの兄にも見習って欲しいもんですよほんと」

 

「馬鹿にするなよ小町、俺はこう見えてもサプライズにかけて言えば結構やる方なんだぞ、むしろ驚かれすぎて麻痺させるぐらいまである」

 

「それはサプライズではなくてパラライズね……ライズしか合ってないじゃない……」

 

 俺の渾身の自慢に対し、冷淡に突っ込む雪ノ下だった。

 

 

「あははは……まぁそういう訳だったんだけど、結衣を借りても大丈夫だったかな」

 

「ええ、今日は特に依頼も無かったから問題はないわ」

 

「まぁ、基本的に勉強してるか本読んでるかの部活だしな」

 

「そっか……それで、どうだろう」

 

「一応、その誕生日会に誰が来るのか聞いても良いかしら」

 

「うん、俺が声をかけたのは……」

 

 葉山が出席者のリストと思わしきメモを取り出す、そこには葉山と三浦が声をかけた、由比ヶ浜の誕生日会の参加者の名前が載っていた。

 

 リストを見せて貰うとそこには主役の由比ヶ浜を筆頭に主催の葉山と同じグループの三浦、海老名さん、戸部、大和、大岡、一色は勿論のこと、何と相模の名前まであった。

 

 

「……相模も来るのか」

 

「ああ、声をかけてみたら、来てくれるって言ってたよ」

 

「俺や雪ノ下が来ることまで知ったらあいつ、来なくなるんじゃないのか」

 

 実際、去年の文化祭の一件のせいで俺、あいつに相当嫌われてたからな……。

 

 

「それはないよ、もう、去年までの彼女とは違う」

 

「…………そっか」

 

 そう、確信したかのように葉山は言った。

 

 なら、それ以上聞く事も無いだろう。

 

 

「お兄ちゃん、この相模さんって人と何かあったの?」

 

「別に、もう終わった事だし、大したことじゃねえよ」

 

「ふーん、そっか」

 

 小町が気になるといった表情で聞いてくるので適当に流しておくと、どこか納得したように小町は返した。

 

 

「それで、そのメンバーに俺達を入れると、結局どのくらい来るんだ?」

 

 現状参加するメンバーを確認しておく。

 

 奉仕部からは由比ヶ浜、雪ノ下、小町、俺。

 

 F組からは葉山、三浦、海老名さん、戸部、大岡、大和、戸塚、相模。

 

 別口からは一色と……あまり誘いたくはないが、材木座ぐらいか。

 

 

「総勢14名……結構多人数ね」

 

「うわぁ、結構大規模ですね」

 

 まぁ、単純に人数だけを見たら前回の倍以上はいるからな……。

 

 

「段取りとかはもう決めているのかしら?」

 

 リストを見ながら雪ノ下は葉山と一色に確認する。

 

 

「一応当日の大まかな段取りは決めてあるんですが、比企谷先輩達の出欠を確認してから改めて打ち合わせをする予定でした」

 

「そう、分かったわ」

 

「それで早速なんだけど明日の放課後、当日に向けての打ち合わせをしたいんだ、大丈夫かな」

 

 葉山の問いに俺、雪ノ下、小町が揃って口を開く。

 

 

「小町は大丈夫です、お兄ちゃんもでしょ?」

 

「ああ、問題無い」

 

「私も大丈夫よ。場所はF組で良いのかしら」

 

「そうだな。うん、ありがとう」

 

「明日も引き続き、三浦先輩が結衣先輩を連れ回してくれるそうなので、内緒にできますね」

 

「うんうん。隼人くんもいろはすもマジ冴えてるわー」

 

「じゃあまた明日、みんな、ありがとう」

 

 俺達に軽く会釈をし、葉山達は部室から出て行った。

 

 

   ×   ×   ×

 

「とりあえず、戸塚に電話してみるか」

 

「あーそれは小町がやるよ、お兄ちゃんは中二さんお願い」

 

「お前な……」

 

「いいじゃん、だって中二さんと連絡取れるのお兄ちゃんだけなんだし」

 

「まさに適材適所ってところね、比企谷くん、諦めなさい」

 

「ちぇ……わーったよ」

 

 俺はしぶしぶ材木座に電話をかける。コール音がして間もなく、材木座の声が聞こえてきた。

 

 

『我だ』

 

「ノンタイムかよ、早すぎだろ」

 

『ふふふふ、いつ何時どこの出版社から連絡が来るか分からんからな』

 

 そんな事ねえよ、あり得てたまるか。

 

 

「あーあー、用件だけ言うぞ、実は今度由比ヶ浜の誕生日会を開くんだがどうだと思ったがお前今原稿忙しいだろ、締切近いって言ってたしなほら邪魔するのも悪いから俺の方から断っておくぞいやいや気にすんなじゃあな」

 

『は、八幡? 八幡??』

 

 ――ピッ

 

 材木座が言い終わらぬ内に一方的に電話を切る。

 

 

「残念だが材木座は来れないそうだ」

 

「お兄ちゃん性格悪い……」

 

「何を言う、一応誘っただろ」

 

 小町の突っ込みに爽やかな返しをしていると、ドタドタという音と共に聞きたくもない絶叫が響いて来た。

 

 

「はあああああちまあああああああああん!!!!!!!!」

 

 怒声と共に部室の扉が勢いよく開かれる。

 

 すると、原稿らしき十数枚の紙の束を持った材木座が息を切らしながら部室に入り込んで来た。

 

 

「ざ、材木座……どうしてここに」

 

「お主が一方的に電話を切るからであろうが」

 

 言うや否、手にした原稿用紙を掲げ、高らかに材木座は言い切った。

 

 

「ふふふふふ八幡、生憎だが既に原稿は終わらせたものでな……そう、故に今の我は自由!! 自由の翼を持つ紅蓮の一矢なのだああああ!!!!!」

 

 もう面倒くせえよこいつ、そのまま壁外調査にでも行って巨人に喰われてくれよもう。

 

 

「中二さん今日も絶好調だなぁ」

 

「つまり、しばらくは暇だから是非連れて行って欲しい……と言う事かしら」

 

「はぁ……仕方ねえな」

 

 このまま押し問答を続けても意味がないので、仕方なく材木座もメンバーに招く事にする。

 

 

「して八幡、我の原稿なのだが、加筆修正を加えたこの新作、是非一度呼んで頂きたくござ候」

 

「断る」

 

「まぁ待て八幡、今回は妹君にも配慮し、過激なシーンを控えた全年齢対象にした奴だ、心配はないぞ」

 

 うぜぇ……お前それ小町にも読ませる気か。

 

 

「あははははっ、大丈夫ですよ中二さんっ、小町の分も、お兄ちゃんが楽しく読んでくれますよっ♪」

 

「おっふ」

 

 とても爽やかな笑顔と共に、小町は材木座の願いを断っていた。ていうか妹よ、兄の意見を無視して終わらせようとするな。

 

 僅かに呻き声を上げる材木座を無視して、小町は戸塚に電話をし始める。

 

 数秒の会話の後……。

 

 

「戸塚さんも参加したいってさ、良かったねお兄ちゃん」

 

 にっこりと笑顔を崩さぬまま、小町は戸塚の参加を表明してくれたのだった。

 

 そっか、戸塚も来るのか……良かった……。

 

   ×   ×   ×

 

 翌日、ホームルームが終わると同時に由比ヶ浜が俺に話し掛けて来る。

 

 

「ヒッキー昨日はごめんね、急に姫菜と優美子に誘われちゃって……」

 

「ああ、特に依頼も無かったし、大丈夫だ」

 

 申し訳なさそうに言う由比ヶ浜に俺は答える。

 

 

「それで、実は今日もなんだけど……」

 

「ん、ああ……分かった、雪ノ下には伝えとくから安心しろ」

 

「……うん、ありがと」

 

 そして放課後、生徒のいなくなった教室に昨日のメンバーが集結する。

 

 ホームルームからそのままF組に残った葉山の周りには戸部、大岡、大和、海老名さんが固まり。そのグループから少し離れた所に相模が適当な椅子に座っているのが見える。

 

 俺の席の周りには戸塚と、やや遅れて雪ノ下、小町、一色と材木座が到着する。

 

 由比ヶ浜はそのまま三浦に連れて行かれたので、これで全員が揃った事になるな。

 

 そしてメンバーの着席を確認すると、全体に向けて葉山が声を上げた。

 

 

「じゃあ、そろそろ始めようか」

 

 クリップで止められた数枚の資料を一色が配る。

 

 そして一人一人の顔を見ながら、葉山は続けた。

 

 

「今日みんなに集まって貰ったのは他でもない、結衣の誕生日の事についてなんだけど」

 

 葉山の声に合わせるように一色が黒板の前に立ち、チョークで本日の集まりの趣旨を書き連ねて行く。

 

 黒板には“結衣先輩のバースデー会議”と、一色らしく可愛らしい題名が書かれていた。

 

 

「来週の日曜……つまり6月の18日だけど、結衣の誕生日なんだ」

 

「結衣先輩にとっては高校生活最後の誕生日ですし、せっかくなら大きく祝おうと思って、葉山先輩がいろんな人に声をかけたんですよね」

 

「ああ、それで、こうして今日集まってくれたみんなで結衣のお祝いをしようと思うんだ」

 

「ひゅ~、隼人くんマジかっけー!」

 

「さっすが隼人くん! やるわぁ~」

 

 葉山と一色の声に戸部や大岡達から称賛の声と拍手が上がる。

 

 

「まぁまぁ……で、本題なんだけど……」

 

 真顔に戻り、葉山は進める。

 

 葉山と一色の進行はつつがなく行われた。

 

 俺達は渡された資料に目を通しながら葉山の声を聞く。

 

 開催場所はなんと学校で、当日は休校日だが、既に何名かの先生には一色の生徒会長権限で許可を取っており、宿直の先生もいるから問題はないとの事だった。

 

 

 当日の流れとしては、まず誕生日用に装飾を施した教室に料理を運び、そしてサプライズで由比ヶ浜を呼び、プレゼントを渡してからそのままパーティーという計画のようだ。

 

 それに合わせ、まず前日準備としてプレゼントの調達班と、当日の係として、会場の装飾班、ご馳走の調理班の他、由比ヶ浜をパーティーの時間まで連れ回す役が必要と言う事も書かれていた。

 

 その際、資料に一通り目を通した雪ノ下から「ご馳走の調理と言う事だけど、家庭科室の使用許可は取ってあるのかしら?」と質問を投げかけられる。

 

 その質問に一色が

 

 

「ええ、既に鶴見先生から許可を頂いています」

 

 と返答すると、納得した様子で雪ノ下は資料に文字を走らせていた。

 

 

「まず、各係を決めたいと思うんだけど、どうかな」

 

 葉山の声に全員が頷く。まぁ、まずは係を決めないとどうにもならないもんな。

 

 

「料理班ですけど、この人数分だと結構料理できる人が複数名はいないと厳しそうですねー」

 

「そうだな……まともに料理が出来る人材が最低でも4人は必要か」

 

 俺と小町の意見を聞くと、葉山が全体に向けて質問を投げかける。

 

 

「ではこの中で、料理に心得のある人がいたら手を上げてくれないか」

 

 葉山の声に数名が手を上げる。

 

 その声に応じ、俺、雪ノ下、小町、一色、相模、海老名さん、葉山、戸塚の8名が挙手をする。

 

「……とりあえず、比企谷と雪ノ下さんに、比企谷の妹さん……」

 

「あ、普通に小町でいいですよ、葉山先輩」

 

 言葉を詰まらせた葉山に微笑みながら小町が言う。

 

 

「ありがとう。じゃあ、比企谷と雪ノ下さんと小町さんの3人には調理関係を頼みたいんだけど、大丈夫かな」

 

 葉山の問いに異議なしと言った風に俺達3人は答える。

 

 料理と言えば確かに、俺と小町は言うに及ばず、雪ノ下も適任だろう。というか、それぐらいしか出来ないと言った方がいい。

 

 

「……あと一人か………」

 

 葉山が全体を見ながら呟く。

 

 

「あー、戸塚先輩にはプレゼントの用意をお願いしたいんですけど、大丈夫ですか?」

 

「僕? うん、いいよ」

 

 一色の問いかけに戸塚は笑顔で答える。 確かに、前回の誕生日やクリスマスの時といい、戸塚の高い女子力は由比ヶ浜のプレゼント選びには欠かせないだろう。

 

 

「わたし、できれば装飾に回りたいなー。無理ならいいけど」

 

「いや、大丈夫だよ。じゃあ姫菜には教室の装飾をやってもらおうかな」

 

 海老名さんの意見に葉山は笑顔で答え、そのまま続ける。

 

 

「当日、いろはには俺と優美子の3人で結衣の相手をして欲しいと思ってるんだ」

 

「はーい、かしこまりましたっ」

 

 そして葉山は最後に残った生徒、相模に向けて問い掛ける。

 

 

「……相模さん」

 

「へ?」

 

 葉山の声に不意を突かれたような声を出す相模。 そういやこいつの声、久々に聞いた気がする。

 

 

「調理班、頼めないかな」

 

「うち……えっと……」

 

 葉山の真剣な眼に動揺を隠せないのか、相模が俺と雪ノ下の方を見やる。

 

 確か、俺と雪ノ下……奉仕部が相模と最後に関わったのは、例の体育祭の一件以来だったか。

 

 あの一件以来、俺も雪ノ下も彼女とは特に言葉を交わす事も無く今に至っているから、相模の中で忘れていた悔恨の念が呼び覚まされたとしても、何ら不思議ではなかった。

 

 

「相模さん、無理なら別に……」

 

「ううん、大丈夫。うち、やるよ」

 

 雪ノ下の声を遮る様に、相模は強く頷く。

 

 その眼には前の様な不穏さも動揺もなく、ただ強い意志が宿っているようにも見えた。

 

 その姿に一瞬驚く俺と雪ノ下だったが、尚も話は続けられる。

 

 

「ありがとう、じゃあ次だけど……」

 

 相模に一言礼を言い、葉山は続ける。

 

 

「会場装飾だけど、できれば男の子が欲しいなぁ。力仕事になりそうだし」

 

「じゃあ、戸部、大和、大岡と、戸塚に材木座くん、頼めるかな」

 

「隼人くんマジチョイス冴えてるわー、おっけぇー」

 

「ああ、楽しくやれそうだなー」

 

「よろしく!」

 

「ファッ!? わ、わわ……我か?」

 

「ザイモクザキくん、よっろしくぅ~♪」

 

「宜しく、ザイモクザキくん!」

 

「お……おおおおう! ま、ままままかせろぃ!」

 

 絡んでくる戸部達に材木座は動揺しまくっている、すごく気持ち悪い。

 

 まぁ、正直適材……とは言わないが、プレゼント購入や調理班に比べたらまだマシな方だろう、海老名さんの指示で力仕事に勤しんでいればいいだけなのだから。

 

 ……まぁあいつらも基本的に馬鹿でノリが良くてうるさいだけで無害だし……あれ、それって害しかないんじゃねえの。

 

 

「……八幡、八幡」

 

「おわっ……材木座、急に出てくるなよ……」

 

 いきなりの声に振り向くと材木座が怯えたチワワみたいな目で俺に囁きかける、目をうるうるさせたこいつマジで気持ち悪い……殴りたい、この顔。

 

 

「八幡……あいつらなんなの? 我にやたらとフレンドリーなんだけど、我の事好きなの? なんなの?」

 

「まぁ……好かれてるんじゃないか……? 珍獣的な意味で」

 

 もう、いっそのことあいつらに影響されて脱ヲタしちまえよ、その方がみんな平和になるし。

 

 

「愚腐腐腐腐腐腐腐腐腐…………と、とべっちとザ、ザザ虫くんに……大岡くんと大和くん……あぁっ……最ッッ高……!!」

 

 海老名さんがとても不健全な眼差しで鼻血を垂らしながら男達を舐めるように見る。

 

 腐ってやがる。遅すぎたんだ……。

 

 

「もしかして海老名さん、最初からあれが狙いだったんじゃないかしら」

 

「もしかしなくてもそうだろ」

 

 雪ノ下に俺はそう返す……戸塚、大丈夫だろうか。

 

 

「……続けていいかな、繰り返しになるけど、プレゼント調達は俺と戸塚と、優美子に任せて欲しい」

 

「うん、由比ヶ浜さんに気に入って貰えるのを見つけて来るね」

 

 気を取り直し、葉山と戸塚も告げる。正直これも妥当な人選だと思う。

 

 由比ヶ浜と一番仲良く、また一緒にいる葉山と三浦に加え、戸塚のセンスがあればプレゼント選びに失敗は無いだろう。

 

 確認を取ると三浦に話の趣旨の報告なのか、葉山はスマホを器用に打ち込んでいた。

 

 

 こうして係決めはまとまり、結果、以下の様な割り振りとなった。

 

 

 ・ご馳走調理班・

 比企谷八幡雪ノ下雪乃比企谷小町、相模南

 

 ・前日のプレゼント調達班・

 葉山隼人、三浦優美子、戸塚彩加

 

 ・会場装飾班・

 海老名姫菜、戸部翔、大和、大岡、戸塚彩加材木座義輝

 

 ・当日の由比ヶ浜連れ回し担当・

 一色いろは葉山隼人、三浦優美子

 

 

「じゃあ、あとは各グループで細かい打ち合わせをしてくれ、以上」

 

「何か不都合な事や問題があったら葉山先輩か私宛に連絡下さいねー」

 

 葉山と一色のその声を合図に会議は終わり、各々がそれぞれのグループと共に話を詰めて行く。

 

 ……そして、雪ノ下の声の元、俺、小町、相模が集まる。

 

 

「では、私達は何を作るか決めましょうか」

 

「はいはーい、その前に一ついいですか?」

 

 小町が手を上げ、雪ノ下に一言告げる。

 

「小町さん、ええ、どうかしたの?」

 

「すみません、えっと……相模さん……ですよね」

 

「え……うち?」

 

 そして小町は相模に向き合い、挨拶をする。

 

 

「はい、どうも初めまして。私、比企谷小町って言います、恥ずかしながら、そこにいる比企谷八幡の妹なんです」

 

「比企谷の……妹さん」

 

「ええ、見たところ、何やら過去に小町の知らない所で兄と何かあったようにお見受けしたので、まずはそれをそこのごみい……いえ、兄に変わって謝らせて頂こうと思う訳ですはい」

 

「おい小町……」

 

「お兄ちゃんは黙ってて、どうせお兄ちゃんが相模さんに何かやったんでしょ」

 

 こいつは一体何を言っているんだ。

 

 まぁ、確かに俺が何かやったって点は否定しないが、だがなんでそれを無関係な小町に言われねばならんのだ。

 

 怪訝な顔で小町を見るが、そんな俺の目線を無視するかのように小町は続ける。

 

 

「まぁ、こんな兄なんですが、今回は結衣さんのお誕生日の為にここに集ったということで、ここはどうか一つ、水に流してやってはくれませんか?」

 

「…………」

 

 小町のお願いに相模は無言で小町を見る。そして数秒の沈黙の後……。

 

 

「っっ……ぷっ……」

 

 相模の肩が震え、僅かに吹き出す。そして……。

 

 

「っっっ、ははははっっ! あーっはははははっ」

 

 ……一度吹き出してからは止まらなかった。まるで洪水のようにお腹を押さえ、大爆笑する相模。

 

 その笑い声に周囲から注目が集まるが、尚も相模の笑いは収まる気配を見せないでいた。

 

 

「あははははっ! っっっくっ…お腹痛い……っははははっ!」

 

「相模さん……」

 

 爆笑を続けるその姿に雪ノ下から心配の声が上がる。

 

 そして数秒、ようやく落ち着きを取り戻してから相模は口を開いた。

 

 

「っっっくくくく……ひ、比企谷の妹、面白いね……」

 

「は、はぁ……まさかそんなに笑う程面白かったかなとは思いますけど……」

 

「ううん、なんかスッキリした」

 

 そう告げると、相模は目尻を拭いながら俺と雪ノ下に向き合う。

 

 その眼は、まるで憑き物が落ちたように爽やかさを見せ、俺と雪ノ下を見据えていた。

 

 

「比企谷、それと雪ノ下さん、うち、2人に謝らなきゃいけないよね」

 

 頭を下げ、相模は続ける。

 

 

「比企谷、去年うち、すごく酷いことしたよね、本当にごめん」

 

「…………」

 

「文化祭でわがままやって、見栄張って……調子に乗って、いじけて、投げ出して、それから比企谷にバカみたいな嫌がらせして……体育祭でもそう、認めて貰いたいって、反省してんじゃんって子供みたいな事言って……ほんと、最低だったと思う」

 

「でも、今なら分かるんだ、文化祭の時も体育祭の時も……比企谷はうちの事、助けてくれようとしたんだって」

 

「やめろ、俺は別にお前なんか助けちゃいない」

 

 そっぽを向きながら俺は返す。

 

 相模が何を思おうが勝手だが、勝手に自分の都合の良いように解釈するのはやめてくれ。そんなんじゃない。

 

 

「雪ノ下さんも、うちが無責任な事したせいで倒れて、体育祭でもたくさん迷惑かけたよね……本当にごめんなさい」

 

「それは違うわ。あの時姉さんの挑発を流せなかった私にも責任はあったもの……」

 

 往々にして人はその時の間違いに気付かず、気付く時はいつだって全てが終わった後、失ってから初めて気付かされる時もしょっちゅうある。

 

 そして、彼女もきっとそうだったのだろう。

 

 体育祭の後、相模に何があったのかを俺は知らないし、聞くつもりもない。

 

 だが、それが結果として今の相模に変化を与え、失っていた事に気付けたのなら。それはきっと…………。

 

 

「ま、お前が今いくら謝っても、俺がされた事はなかった事には出来ないけどな」

 

「……うん、分かってる」

 

 そう、どんなに悔やんでも、反省をしても、過去は帳消しには出来ない。

 

 だが、未来を変える事は出来る。

 

「だけど、それに気付けたんなら、少しは前に進めるんじゃねぇのか、俺は前に進んだ事がないからよくわからんが」

 

「比企谷……」

 

「ったく、ほんとにこのごみぃちゃんは素直じゃないんだから……」

 

 呆れるように小町がぼやく。その姿に微笑みを浮かべながら、相模は俺達に告げた。

 

 

「結衣ちゃんの為に、うちも手伝わせてくれないかな。もう逃げたり、変に空回って落ち込んだりしないから……ちゃんとお祝い、したいんだ」

 

「……ええ、こちらこそお願いするわ、相模さん」

 

「比企谷、よろしくね」

 

「……おう」

 

「相模さん、宜しくお願いしますねっ♪」

 

「うん、宜しくね、小町ちゃん……って、呼んでもいいかな?」

 

「いいですよぉー、なんなら義妹(いもうと)って呼んで下さっても、あ、今の小町的にポイント高いっ」

 

「あはははっ、やっぱり小町ちゃん面白いっ」

 

 小町の答えに再び笑顔を見せる相模だった。

 

 ふと横目に葉山を見ると、安堵の表情でこちらを見ているのが見えた。

 

 すべてが終わったあの祭りから数ヶ月……俺達と彼女の関係は、平行線から緩やかにその角度を変え……僅かに他人以上へとなったのだった。

 

 

「では改めて、当日に何を作るのか、決めてしまいましょう」

 

「とーりあえず、バースデーケーキは欠かせないですよねー」

 

「料理はビュッフェみたいに大皿に乗ったのを好きに取る方がいいんじゃねえか、雰囲気も出る上、作る側の負担も減るし、個々の好き嫌いにも対応できる」

 

「そうね……じゃあ、料理はそれで行きましょう」

 

「あ、うち、ケーキなら前に友達と作ったことあるよ」

 

「じゃあ、ケーキと他のデザートは私と相模さんで担当するわね、比企谷くんと小町さんはメインの料理をお願いできるかしら」

 

「はーい」

 

「おう」

 

 こうして俺達の中での役割分担も終え、当日の買い物は前日に集まって済ませる運びとなった。

 

 周囲を見ると、そこかしこであれこれと楽しそうに議論が交わされている。

 

 そんな教室を見回しながら、俺は当日のメニューの献立を小町と組み立てていた。

 

 

 ② たとえばこんなバースデープレゼント

 

 

 そして土曜日。

 

 俺、雪ノ下、小町、相模の4人を交えて交わされた議論の末、当日のメニューは以下のように決定された。

 

 スパゲッティ、フライドチキン、オムライス、ピザに各種フライにサラダとデザート……。

 

 相当な量ではあるが、予め下準備をしたり、手が空いたらこちらに回してくれたりと工夫をすれば不可能ではないだろう。

 

 今日はその買い出しと、各々のプレゼントを買う為に街に出る事になったのだ。

 

 

「へへ、まさか比企谷と雪ノ下さんと一緒に出かけるなんてね、ちょっと前じゃ考えられなかった」

 

「ほんと、人生何が起こるか分かったもんじゃねえな」

 

「小町は良かったと思いますよ、そういうの、とっても大事だと思います」

 

「まぁ、良いんじゃないかしら……ね」

 

 そんな会話をしながら電車を乗り継ぐ事しばらく、南船橋ららぽーとTOKYO-BAYに俺達は到着していた。

 

 去年、雪ノ下と一緒に由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買ったのもここだったっけな。

 

 

「とりあえず、どうする?」

 

 建物を前に俺はみんなに問い掛ける、こういうのは無目的に探索するよりも最初に目的を決めてからの方が効率が良いと決まっている。

 

 

「んー、食材なんかは戻ってからでも買えると思いますし、まずは皆さん個人で買うプレゼントから見ませんか?」

 

「うん、そうだね、じゃあ……最初はどこから行こっか?」

 

「前は確か、この辺りでプレゼントを買った覚えがあるわね」

 

 雪ノ下が店内マップを指差しながら言う。

 

 

「……雪ノ下それ、違う地図だぞ」

 

「知ってるわ、早く行きましょう」

 

「雪乃さーん! そっちじゃないですよー!」

 

 俺の突っ込みを誤魔化すようにすたすたと歩を進める雪ノ下と、その手を掴んで戻そうとする小町。そして……。

 

 

「なんか意外……雪ノ下さんってああいう所もあるんだ」

 

 そんな光景に驚いたように目を丸くする相模だった。まぁ、お前の中の雪ノ下像では到底想像できないだろう、あれは……。

 

 

 小町が雪ノ下の手を引き、その後を俺と相模が並んで歩く。そんな感じで俺達は店を探索していた。

 

 しかし、女3人寄れば姦しいというのは本当のようで、時折、自分の買い物をし始める場面も幾つか伺えたが、それもまた買い物の醍醐味なのだろう、男には分からない感覚ではあるが。

 

 基本的に小町が先導してくれるおかげで店回り自体は非常にスムーズに行えている。

 

 ファンシーショップ、ブティック、雑貨屋、小物屋と、確かに多くの店を見る事は出来たが、いざプレゼント選びとなるとどうにもこれという物が無く、当初の目的はやや難航の様子を醸し出していた。

 

 ――そうこうして店を回る事しばらく、一旦休憩の為に立ち寄ったフードコートでの事。

 

 

「いやー、なかなか決まりませんねー」

 

「一通り見たけど、結衣ちゃんなら持ってそうっていうのが結構あったもんね」

 

「そもそも、誕生日のプレゼントを決める基準って一体何なのかしら……?」

 

 雪ノ下の声に小町と相模が思い思いに口を開く。

 

 去年を振り返るに、雪ノ下、こういうの慣れてなさそうだったもんな。

 

 

「そーですねぇ……例えば、今その人が持ってなくて、その人に必要な物とか、欲しそうな物とかですか?」

 

「今の由比ヶ浜さんに必要な物で由比ヶ浜さんが持ってなさそうな物……受験対策の参考書や問題集とかかしら」

 

「いやぁ……確かに受験生には必要だと思いますけど……」

 

「うち的にそれ、何か違う……」

 

 誕生日のプレゼントに参考書ってそれ、完全に嫌がらせだろ、好感度下げまくりも良い所だ、友達の間で悪い噂とか流されるパターンだぞ。

 

 

「とりあえず、店はまだあるんだし、もう少し見て回ってもいいんじゃねえか」

 

「比企谷の言うとおりだね、もう少ししたら他のお店も見て回ろっか」

 

 相模の声に同意するように俺達は席を立つ。

 

 その時、聞き覚えのある声が俺達に向けられた。

 

 

「あっれぇー、雪乃ちゃんじゃない」

 

「あー、陽乃さん!」

 

 声に振り向く、そこには雪ノ下の姉の雪ノ下陽乃さんの姿があった。

 

 涼しそうなロングのスカートにやや胸元の開いた白いブラウスを着ており、それが元より備わっている気品をより引き出している一方、その佇まいがどこか妖艶な雰囲気すら醸し出していた。

 

 意外な人物の到来に俺、雪ノ下、相模の間に少しばかりの緊張が走る。

 

 そんな俺達の気なんてお構いなしといった様子で陽乃さんはアイスコーヒーを手に俺達のテーブルに座る。そんな陽乃さんを、雪ノ下が怪訝の表情で見ていた。

 

 

「姉さん、どうしてここに」

 

「そんな恐い顔しないでよー、私だって、たまには一人で買い物ぐらいする時もあるって」

 

 雪ノ下の視線を流すように陽乃さんは話を続ける。

 

 その合間を縫い、今度は小町が陽乃さんに挨拶を交わす。

 

 

「陽乃さん、やっはろーです」

 

「うん、小町ちゃんやっはろー、比企谷くんも、やっはろー」

 

「……うっす」

 

 そのにこやかに交わされる挨拶の裏を読む様に、俺は一言だけ返した。

 

 やはりこの人はどうも苦手だ。自分の思考は一切悟らせない癖に、こちらの一挙手一投足から全てを読み取るような視線を投げかけて来る。

 

 そうして一人一人を見るようにして、陽乃さんは相模に目を付け、話しかけていた。

 

「君は……ええと、さざなみさん……だっけ?」

 

「相模です、相模南……雪ノ下さんのお姉さん、お久しぶり……です」

 

「ああごめん、相模さん……だったね、へぇ、雪乃ちゃんと仲良くしてくれてるんだ」

 

 陽乃さんのその目線に耐えかね、相模の顔がみるみる内に困惑に包まれていく。

 

 しかし、それでも相模は陽乃さんから目を逸らさず、意志の込められた声で話を続ける。

 

 

「ええ……雪ノ下さんも、比企谷も……あの時、私を助けてくれましたから」

 

「……そっか、雪乃ちゃんと、あと比企谷くんとも、仲良くしてあげてね」

 

「……はい」

 

「……君、前に比べて変わったね……いや、強くなったとも言うべきかな」

 

 そう一言、陽乃さんは相模の目を見て一瞬、微笑む様な顔を見せながら言った。

 

 そして少しの間を置き、陽乃さんはアイスコーヒーを一口含み、皆に向けて話を続ける。

 

 

「で、今日はどうしたの? みんなで比企谷くんとデート?」

 

「あり得ないわ、今日は由比ヶ浜さんのお誕生日の買い物に来たのよ」

 

「ふーん、ガハマちゃんのお誕生日ね」

 

「いやー、どのお店もなかなか魅力的なんですが、思いの外難航してまして」

 

「まぁ、ここってお店多いからね……ふふふ、そんな君達にここはお姉さんが素敵なアドバイスをしてあげよう」

 

 小町の声に納得するような顔で陽乃さんは言う、そして、鞄の中からチラシと思われる1枚の紙を取り出し、俺達に渡した。

 

 

「そこのお店、先週オープンしたばかりだから、行ってみたら? さっき見て来たけど、品揃えも良くて雰囲気の良いお店だったよ」

 

 陽乃さんの声に合わせてチラシを見る、そこには、俺達がまだ見てないエリアに新規オープンしたと思われる店舗の情報が書いてあった。

 

 

「陽乃さん、ありがとうございますっ」

 

「姉さん……」

 

「比企谷くんとガマハちゃんには雪乃ちゃんもお世話になってるし、それに、雪乃ちゃんに新しく出来たお友達もいる事だしね」

 

 言いながら一瞬、陽乃さんは相模に目を配ると、アイスコーヒーを飲み干し、鞄を手に席を立つ。

 

 

「じゃあ、わたしはもう行くね。また今度、みんなで遊びましょ」

 

 それだけ言うと、陽乃さんは雑踏に向けて足を運ぶ。

 

 その後ろ姿を見ながら、相模は緊張が解けたように溜息をついた。

 

 

「……緊張したぁ……」

 

「お前、よくビビらなかったな」

 

「正直驚いたわ、あの眼の姉さんを前に怯えずにいるんですもの」

 

「まぁ、確かに緊張したけど……別に嘘付いてるってわけじゃないし、普通でしょ」

 

 僅かに照れる顔をしながらチラシを手に、相模は立ち上がりそう言った。

 

 

「さ、早くお店行こ」

 

 そして、どこか軽い足取りで雑踏へと歩み出す。

 

 その背を追うようにして、俺たちもまた、相模の後に付いて行くのだった。

 

 

    ×   ×   ×

 

 陽乃さんの教えてくれた店に到着した時、またも俺達は聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

「あれ、ヒキオじゃん」

 

「やあ、みんなもここに来てたんだ」

 

「八幡、小町ちゃん、雪ノ下さん、相模さん、こんにちわっ」

 

「おう、お前らも来てたのか」

 

 私服姿の三浦、葉山、戸塚と出くわした。

 

 そう言えばこいつらプレゼントの調達班だったな。

 

 

「みなさんやっはろーですっ」

 

「小町ちゃん、やっはろー」

 

 小町の声に戸塚が笑顔で返す。うん、今日も戸塚は可愛いなぁ。

 

 

「プレゼント選びは順調かしら」

 

「ああ、みんなで渡すやつは既に買ってあるんだ」

 

 雪ノ下の問いかけに葉山が包装されたプレゼントを見せる。

 

 手のひらよりやや大きいサイズのそれの中は伺えないが、形状からして箱型のものだと言うの事は分かった。

 

 

「で、ヒキオ達は何してんの?」

 

「実は、うちら個人でも結衣ちゃんのプレゼントを買おうって事になって」

 

「それで、さっきここのお店の事、教えて貰ったんですよ」

 

「じゃあ、僕達と同じだね」

 

「じゃあ、戸塚達もか」

 

 三浦の問いかけに小町と相模が答える。それに戸塚が応じ、俺もまた返すのだった。

 

 

「うんっ、みんなでお買いもの、楽しいよね」

 

「だなぁ、戸塚と買い物、楽しいよなぁ……」

 

 その戸塚の笑顔に見惚れた俺は一瞬、考えを巡らして見る。

 

―――――――――

 

八幡『戸塚……このドレスどうだ。戸塚に似合うと思うんだが……』

 

彩加『八幡……うん、すっごく綺麗……いいの? 僕なんかの為に……』

 

八幡『何言ってんだよ、戸塚だから……着て欲しいんだ』

 

彩加『八幡……すごく嬉しいよ、ありがとう……』

 

八幡『戸塚……いや、彩加、これが俺の気持ちだ、受け取ってくれ……』

 

彩加『八幡…………うん、すっごく嬉しい……えへへ……あれ、なんでだろ、急に涙が……っ』

 

―――――――――

 

「お兄ちゃーん、小町達先行くよー」

 

 小町の声に現実に戻る、辺りを見れば俺を残してみんな先に店に入っていた。

 

 そして慌てて後を追うようにして、俺も店に入ったのだった。

 

   ×   ×   ×

 

「せっかくだし、男女に分かれて選んでみないか」

 

「隼人が言うならあーしは別にいいけど……」

 

 言いながらちらりと雪ノ下と相模を見やる三浦。まぁ、気持ちは分からなくもない。

 

 同じクラスと言うだけでほとんど面識の無い相模と、似たタイプでありながら真逆の性質を持つ雪ノ下と同行するというのは、三浦にとって心穏やかな事ではなさそうだし。

 

 

「ふふ、だーいじょーぶですよ三浦先輩、小町におっまかせですっ」

 

「ヒキオの妹……」

 

 そうして小町が三浦に声をかける、三浦のどこか棘のある雰囲気すら小町にとっては小川の小石と変わらないといった風に、小町は自然と三浦に溶け込んでいた。

 

 

「それに小町的にはこの場合、同性同士の方が案外良い案出るかと思うんですよ」

 

「そうね、私は別に構わないわ」

 

「うちも、みんなが迷惑じゃなければ」

 

 双方、意義はないといった感じだった。

 

 

「じゃあ決まりだな、しばらくしたらこの辺りで落ち合おうか」

 

 葉山の提案に頷き、各々が別々のコーナーに入って行く。

 

 葉山とこうして行動するのも、久々なような気がするな。

 

   ×   ×   ×

 

 店内はさすが新規オープン店と言わんばかりに、そこかしこに宣伝ポップと商品が陳列されていた。

 

 女の子受けしそうな小物に洋服、生活雑貨に化粧品など、品揃えも含め、どれもが他の店のそれとは違っている。

 

 俺自身も陳列された商品を眺めては「あー小町喜びそうだなー」とか「戸塚にぴったりだな」とか思っていた。

 

 

「あ、これなんか結衣喜びそうだな」

 

「いいね、そのカチューシャ、由比ヶ浜さんに似合いそう」

 

 葉山がカチューシャを手に取る。

 

 ビーズでデコレーションされたそのカチューシャは、デコデコしてる割に控える所は控えめに工夫されていた。由比ヶ浜が付けたらさぞ似合うだろう。

 

 しかも、デザインの割に優しいお値段設計までしてあったりする。

 

 

「これは、日焼け止めか」

 

「八幡、それ、今年の夏の新作って書いてあるよ」

 

 コスメティック用品の棚を見る。見れば、今年の夏の新商品というポップと共に、宣伝CMの動画なんかが流されていた。

 

 スプレータイプで手軽に扱える上、ヒアルロン酸だかなんだか、化粧水と同じ成分が入っているのが注目らしい。

 

 

「結衣の奴、今年もなんだかんだで遊びそうだし、喜ぶとは思うけどな」

 

「受験勉強に支障が出るのは否定できねえな」

 

「まぁまぁ、登下校とか体育の時間に使って貰うとかもできると思うよ」

 

 そうして、葉山と戸塚と俺の3人で商品を見て回り、あれこれと手にとっては検討する。

 

 俺の場合、基本的に買い物なんていつもは自分一人で済ますものだから、今自分がそういうのに関わっているという事に妙な違和感を覚えてしまう。

 

 けど、まぁ……こういうのも悪くないとまでは言わないが、なんというか、な。

 

 自分の中に湧き上がる妙な感覚を強引に抑え込み、再度商品を見回す。

 

 するとそこに、非常に目を惹かれる物を見つけた。

 

 ……これを受け取った由比ヶ浜の事をしばし考えてみる。

 

 喜んでくれるかどうかは分からないが、きっと悪い顔はしないだろう、なんとなくそう思った。

 

 

「俺、見つけたからちょっと買ってくるわ」

 

「お、何にしたんだ?」

 

「……まぁ、明日までのお楽しみってやつだ」

 

 葉山が聞いてくるが、さすがに恥ずかしいので、誤魔化すことにする。

 

 

「そっか、うん、ぶしつけだったな、悪かった」

 

 気遣いなのか、葉山はそう言うと戸塚を連れて他のコーナーに向かっていった。

 

 それを見送り、俺はそれを素早く手に取るとレジに向かう。

 

 料金を支払い、それとなく店員に包装を頼み、待つ事しばらく。

 

 

「あら、比企谷くん」

 

「雪ノ下か」

 

 俺と同じく目当ての品を買えたのだろう、雪ノ下が俺に声をかけてきた。

 

 

「プレゼント、決まったのかしら」

 

「まあな、お前はどうなんだよ」

 

「私も決まったわ、相模さんと三浦さんのアドバイスのお陰でね」

 

「そっか」

 

 ふと三浦と相模の方を見る。

 

 小町が間に立っているように見えたが、相応に仲良く接しているように見えた。

 

 

「小町さん凄いわ……人の間にどんどん入って、場の空気を乱すことなくスムーズに進めているんですもの……」

 

「あいつは人のそういうとこ、よく見てるからな。由比ヶ浜に影響されたってのもあるんだろう」

 

 兄の俺がこんなんだからこそだろう、その駄目な部分を教訓に、小町の対人スキルと立ち回り方には、俺には真似できない物が幾つもあった。

 

 それは俺と雪ノ下と相模の間を取り持った事もそうだが、過去を遡れば川崎の件しかり、去年の合宿しかり、文化祭打ち上げの件しかり、小町の立ち回りで人が集まる場面が多々あった。

 

 小町はどんな人にも臆する事無く入って行き、そこに問題があればその解決の為に自分にできる事を最大限やろうとする。

 

 実際、雪ノ下が三浦のアドバイスでプレゼントを決めた事も、三浦と相模がああしてお喋りをしている事も、小町の尽力が大きい要素だろう。

 

 兄としてそれは誇らしくもあり、不憫に感じる所でもあった。

 

 

「苦労が絶えないわね……小町さんも」

 

 俺を見ながら雪ノ下は言う。

 

 

「俺だけが原因であるかのような言い回しはやめろ、言われなくても自覚はしている」

 

「あら、自覚はあったのね……ああいう立ち回りは酷く疲れると思うわ、特に、あなたが相手だと余計にね」

 

「……そうかもな」

 

 雪ノ下の声に俺は小声で頷く。……今度、どこかしらで労ってやるとするか。

 

 そうこうして、ある者はプレゼントを買い、またある者は品物を包装して貰ったりして、時は過ぎて行った。

 

 そして……。

 

 

「じゃあみんな、明日はよろしく頼む」

 

「ヒキオー、料理マズかったらあーし許さないかんね」

 

専業主夫志望舐めんな、味っ子も逃げ出すぐらいの料理を作ってやるよ」

 

「ではみなさん、また明日です!」

 

「うんっ! それじゃあねー!」

 

 それぞれがプレゼントを手に、解散の流れとなった。

 

 

「んじゃ、戻って食材買ってから帰るか」

 

「そうね」

 

「急がないと欲しいお肉、売り切れちゃうかもね」

 

「じゃあ、行こっか」

 

 思い思いに口を開きつつ、俺達は電車に乗る。

 

 そして千葉に戻り、特に問題も無く食材の買い物も終え、それを各々に分担し、解散しようとした時のこと。

 

 

「ではみなさん明日、学校でお会いしましょうっ」

 

「うち、今日はすっごく楽しかった、またみんなで……今度は結衣ちゃんも一緒に遊びに行けると良いね」

 

「まぁ、たまの息抜きには良いんじゃないかしら」

 

 なんて事を話しながら、それぞれが家路を行く。

 

 その道すがら。

 

 

「小町」

 

「ん、どうしたのお兄ちゃん」

 

「……お疲れさん、今日は俺が夕飯作るわ」

 

「あれ、珍しくお兄ちゃんがデレてる」

 

「なーに言ってんだ、俺は妹と戸塚には常にデレデレだぞ、むしろときめき状態を超えて告白状態まである」

 

「それは良く分かんないけど……。じゃあ、今日はお兄ちゃんのお言葉に甘えちゃおっかな」

 

「おう、任せとけ」

 

 八重歯を覗かせる小町の荷物を持ち、俺は歩を進める。

 

 街は夕日に照らされ、細く長い影が2人分、道に並ぶ。

 

 兄妹で並んで帰るなんていつぶりだったかと思い出しながら、俺と小町の影は、同じ歩幅で進んでいた。

 

 

 ③ 彼と彼女達の、はっぴー・ばーす・でー

 

 

 そして翌日。

 

 下準備をした食材の容器とプレゼントを鞄に入れ、いつもより遅い時間に俺と小町は家を出た。

 

 休日の道は平日と比べるとどこか新鮮さに包まれていて、僅かながら違和感を抱く。

 

 ……まぁ休日にわざわざこの道を通る事、ないもんな。

 

 そうしてしばらくして学校に到着し、校門前で待つ事数分。

 

 

「おはよう、比企谷くん、小町さん」

 

 私服姿の雪ノ下に声をかけられた。

 

 

「おはよーございます、雪乃さんっ!」

 

「おう」

 

「少し早かったかしら」

 

「まー大丈夫じゃないですか、そろそろですし」

 

 時計に目をやり、小町が言う。

 

 そして集合時間に伴い、一人、また一人と校門前に集まってくる。

 

 海老名さんに相模、戸塚、戸部、大岡、大和に材木座と、メンバー全員が校門に集合していた。

 

 

「これで全員かしら」

 

「そうだねー」

 

 雪ノ下と海老名さんがメンバーの1人1人を確認する。

 

 

「でも、どうやって中に入るの?」

 

「誰か忍び込んで開けるとかどーよ?」

 

「あーそれいいわー、マジミッションポシブルだわー」

 

 相模の疑問にふざけて返す戸部、大岡、大和の3人、ていうかタイトル間違えてんだろ、不可能じゃなくて可能になってるよ、いや大体あの映画不可能を可能にしてるけど。

 

 

「そんな事する必要もなさそうだな」

 

 俺が校門の先を見ながらそう言うと、皆もその目線の先を見る。

 

 すると、何本かの鍵を手にした平塚先生が職員玄関からこちらに向かって来るのが見えた。

 

 いつも通り、白衣姿で校門を開けながら平塚先生は言う。

 

 

「おはよう諸君、一色から話は聞いていたが、君達の事だったのか」

 

「当直の先生って、平塚先生の事だったんですね」

 

「まあな……書類整理もあったし、君達3年生の進路についても携わっているし……ほら、私何よりも若手だし、若手だし! 若 手 だ し !!」

 

 大事な事なので3回も言ったよこの人……マジで早く誰か貰ってやってくれ。

 

 

「鍵は雪ノ下に預けるから、何かあったら職員室か当直室まで来てくれ。ま、何も無い事を望むがね」

 

「先生、ありがとうございます」

 

「ああ、由比ヶ浜の誕生日、盛大に祝ってやると良い」

 

 白衣を翻しながら戻る平塚先生の背に、戸部から悪意無い一言が投げかけられる。

 

 

「今度はー、このお礼に平塚先生の誕生日もみんなでお祝いしますねー!」

 

「うぐっ……み、皆の気持ちだけ受け取っておく……!! はぁ………早く結婚したい……」

 

「あっれぇー、先生どーしちゃったんだ??」

 

「戸部、それ以上はやめて差し上げろ……、生徒に祝われる誕生日を思い浮かべた先生が泣いちゃったじゃないか」

 

「先生も大変ね……」

 

 

   ×   ×   ×

 

 こうして教室の鍵を開けてからの事。

 

 携帯を片手に、海老名さんが一言皆に告げる。

 

 

「隼人くんと優美子からみんなに伝言ね、『みんな、結衣が嬉し泣きするような素敵なお祝いにしよう!』だってさ」

 

 その海老名さんの声に『おーっ!』と元気な返事が交わされる。

 

 そして、一同は散会し、それぞれの持ち場へ向かう事になった。

 

 

――調理担当班side――

 

 全員がエプロンに三角巾という、調理場に相応しい恰好で立っていた。

 

 まずは準備室から必要な道具を持ち運び、用意する。

 

 大鍋、フライパン、しゃもじ、菜箸、包丁、まな板、ボール等々、次々に調理道具が並べられ、まずはそれらの洗浄が始まる。

 

 それらが終わると、今度はホワイトボードにメニューが書き連ねられる。

 

 メニューを確認するように、それに応じた食材が並べられる。

 

 時間まであと2時間、順調にいけば十分に時間内で終わるだろう。

 

 

「さてと、まずは……」

 

「では予定通り、私と相模さんでデザートに当たるわ」

 

「うん、比企谷、小町ちゃん、何かあったらうちも手伝うから、いつでも呼んでね」

 

「おう、さんきゅな」

 

「ありがとうございます、じゃあお兄ちゃん、時間のかかりそうな奴から始めちゃおっか」

 

「そだな、とりあえずオムライス用に米の仕込みやるわ」

 

 小町の声に合わせ、俺も動く事にする。

 

 こうして、俺達の仕事は始まった。

 

 

――教室装飾班side――

 

 ヒキタニくん達が家庭科室でご馳走の準備をしている一方で、教室には私の指示の元、とべっち、大和くん、大岡くん、戸塚くん、ザザ虫くんの5人がそれぞれ働いてくれていた。

 

 椅子をどかしたり机を並べたり、男の子同士が協力して何かをヤろうとする仕草についヨダレが出てしまう……。

 

 

「海老名さん、こっちの机はここでいい?」

 

「うんっ、そうだね、そこにお願い」

 

「よいしょ……結構重いね」

 

「戸塚、俺も手伝うぜぃ」

 

 戸塚くんが私に確認を取り、大和くんが戸塚くんのフォローに回る。

 

 いいなぁ……こういう男の子同士の友情ってすっごくいいなぁ………。

 

 一通り配置を整えたら、テーブルクロスを各テーブルに被せて準備はOK、続いて私は用意しておいた折り紙やら何やらをみんなに配ることにした。

 

 今度はそれを切ったり張りつけたりして、教室をデコレーションする予定なのだ。

 

 

「なんかこーゆーの、なっつかしいよな」

 

「ああ、中学ん頃、卒業式とかでやったよな」

 

「えへへ、そうだね、すっごく楽しい」

 

「そーいや、ザイモクザキ君の卒業式はどうだったん?」

 

「……わ、我か? 我の卒業式は………まっすぐ帰宅し、家で我が主の作った馳走を召しておった、ちなみに主と書いて母上と読む……」

 

「うっわぁー、それってまるでヒキタニくんじゃね? マジヒキモクザキじゃね?」

 

「あははははっ! マジ受ける!」

 

「はちざい………はうっ!」

 

 みんなが言うそのシチュエーションを妄想し、思わず鼻血が出る。

 

 

「ちょま、海老名さん? 大丈夫??」

 

 とべっちの声に慌てて意識が戻り、作業を続ける私。

 

 今日、私生きて帰れるかなぁ……。

 

   ×   ×   ×

 

――調理担当班side――

 

「へっくし!」

 

「もーお兄ちゃん汚ーい、ちゃんと手ぇ洗ってよー」

 

「ああ、すまん……なんか寒気が……わり、ちょっと上着取ってくる……」

 

「風邪とか勘弁してよー」

 

 小町のぼやきを受けつつ、俺は上着を取りに向かう。急にどうしたんだ俺……ほんとに風邪か?

 

 

 あれから数分、炊飯器をセットし、予め下準備をしておいたフライ類を揚げたりと、俺の調理自体は順調に進んでいた。

 

 小町も小町で大鍋にスパゲティを入れる傍ら、ピザ生地にピーマンやサラミ等の具材を乗せてはその上にチーズを乗せたり、フライ鍋に油を注いだりとあくせく動いている。

 

 雪ノ下の方に目をやると、口数こそ少ないが相模と共にケーキやらデザート作りに専念していた。

 

 雪ノ下の指示に合わせるように相模があちこちと動いているので、なんとかコミュニケーションは取れているようだ。

 

 時計をちらりと見やる。残り90分、問題なく作業は進んで行った。

 

 

   ×   ×   ×

 

――教室装飾班side――

 

 折り紙を切ったり繋げたりして装飾を作ってはいるけど、どうにも作業に遅れを感じていた時の事。

 

 とべっちも大和くんも大岡君も、みんながんばってくれているんだけど、それでも会話が途切れたりと、モチベーションの低下に連鎖して、作業の滞りを感じ初めていた。

 

 

「ふむう、しかし、こうではどうも作業が進まぬな」

 

「そうだね……思ったよりも時間がかかっちゃうね」

 

「もっと、パパーっとできる方法とかねえもんかなぁ」

 

「隼人くんのシュートぐらいぱぱーっとやっちゃえるようなやり方とかねえかなぁ」

 

「……ふふふ、我に名案浮かんだり」

 

 

 そう言うと、ザザ虫くんがスマホをいじって何かを調べている。

 

 しばらくしてから何か気になるページを見つけては、画面を見ながら器用に折り紙を折っていた。

 

 そして……。

 

 

「戸塚氏ぃ!! 我にエクスカリバーを持たせぃ!!」

 

「え? えくす……なに?」

 

「スミマセン、ハサミ下さい……」

 

 ザザ虫くんの声にきょとんとしながらハサミを手渡す戸塚くんかわいい、マジ天使。

 

 

「ふふふふ………刮目せよ!! これが我の……創世の光だあああああ!!!!!」

 

 器用に折った紙にザザ虫くんがハサミを入れて開くと、そこには綺麗な星が出来上がっていた。

 

「これぞ奥義、天地創世(ビギニング・オブ・ザ・コスモス)!! ドーンッッ!!」

 

 

 最後にドーンという効果音を自分で言っていたけど、声に出さなくても迫力は十分出ていたと思うよ、ザザ虫くん。

 

 

「おおおおお!! すっげえ! マジすっげえ!!」 

 

「ザイモクザキさんマジパネェ!!」

 

「ザキさんすげぇ! 動画撮ろうぜ動画!」

 

「えっ、いや、そんなぁ」

 

 とべっち達に持ち上げられ、満更じゃなさそうな顔でザザ虫くんは照れていた。

 

 男の子達のモチベーションも上がったみたいだし、これはこれで良かったのかもね。

 

 ほんと、男の子達同士の友情っていいなぁ。

 

 

   ×   ×   ×

 

 ザザ虫くんのおかげで作業は調子を取り戻して来ていた。

 

 ニコ動にある動画を見ては色々と切り絵関係の動画を参考にした事もあり、パターン豊富な装飾がどんどん教室を彩って行く。 

 

 そんなみんなを見ながら、私はとべっちと一緒に黒板に結衣の似顔絵を描いていた。

 

 その時。

 

 

「……!! ーーっっ……! っっはぁ……だめだぁ、この風船、なかなか膨らまないね」

 

 戸塚くんが飾り付け用の風船を膨らまそうとしてたけど、なかなか上手く膨らまないようだった。

 

 その時、大和くんが戸塚くんに向けて話しかける。

 

 

「戸塚、貸してみ」

 

「ふぇ、大和くん……」

 

「こーゆーのはコツがいるんだ」

 

 そう言うと大和くんが何という事でしょう、“戸塚くんの咥えていた”風船を口に含み、一気に膨らませる。

 

 そして私の中の何かも一気に膨らんでいった。

 

 

「うわぁ、大和くん、すごいねー」

 

「へへへ、これでもラグビー部だし、肺活量には自信あるんだぜ」

 

「うわぁ……ほんとだ、すごい筋肉、僕もそうなりたいなぁ」

 

 そんな男子の花園の光景に鼻血をドバドバ垂らしながら見ていると、何を勘違いしたのか、とべっちが

 

 

「海老名さん風船膨らませる男がいいのか……よし、お、俺も風船膨らますぞーー!! それよこせえー!!」

 

 と大和くんの方に駆けて行った。うん、いいよいいよ、もっとやって。

 

 ……でも、黒板の方が止まっちゃったのはいけないよねぇ、私は意識を戻し、端っこで折り紙を切っているザザ虫くんに声をかけてみる。

 

 

「ザザ虫くん」

 

「うぬ、どうしたエビ」

 

「ザザ虫くんって、絵は描けるよね? オタクだし」

 

「オタクだからと無条件に絵が描けると思うでないわ、我が描くはただただ血沸き肉躍る戦慄と感動の物語よ!」

 

「あー、そ、そうなんだ」

 

 頼もうと思ったけど、これじゃだめかな。

 

 

「うおっほん、だが、まぁ最近はノーゲー○・ノーライフしかり、ラノベの挿絵を自分で描いている作者もおるからな」

 

「我も専属の絵師が見つからなかった時の為、密かに練習をしている事もある」

 

「そっか、じゃあ手伝ってくれるかな」

 

「うむ」

 

 そう言うとザザ虫くんは私を手伝ってくれた。

 

 そうこうしている内に時間は流れ、気付けば結衣が来るまであと1時間を切っていた。

 

 

――調理担当班side――

 

 各々が作業を分担した事で調理の方は特にこれといった問題も無く進んでいった。

 

 既にパスタと各種フライが完成し、俺と小町が担当していオムライスとチキンとピザが完成すれば、あとはサラダにデザートのみとなっていた。

 

 滞りなく進む作業に安心していたのも束の間、その時、唐突にそれは起こった。

 

 

「あーごめん誰かピザお願いします!!」

 

 チキンを揚げながら小町が言う、どうやらピザを取り出す時間を忘れていたらしい。

 

 かくいう俺も今しがた作ったチキンライスをこれから卵に閉じる段階に移ったので、動くにも動けない状態だった。

 

 

「こっちも手が離せねえ」

 

「相模さん、小町さんの所へお願い」

 

「うん!」

 

 雪ノ下の指示で相模が動き、急いでオーブンを開ける。

 

 

「南さん、ありがとうございます」

 

 鉄板に乗ったピザを相模が移そうとする、その刹那。

 

 

「うん……それで、これ……熱っっ!」

 

「あ」

 

 急いでいた故の不注意か、その瞬間、小町のピザが相模の手を滑り落ちる。

 

 コンマにして数秒の間を置き、かっしゃああん!! と耳を塞ぎたくなるような音と共に、小町のピザは床に叩き付けられた……。

 

 

「ぁ……あ」

 

 自分の不注意に相模の顔が白くなる。これはまずい。

 

 すると間髪を置かず小町が揚げ物の火を止めるや否、相模の手を取り、水道水でその手を冷やしていった。

 

 

「雪乃さん、そこのボールに氷水作ってくれませんか、あと、チキンもお願いします」

 

「分かったわ」

 

「小町ちゃ……あの、うち……ご、ごめんなさい……ごめんなさい!」

 

 冷静な小町の声に応じるようにして、雪ノ下も冷静に処置に移る。

 

 自分に原因があるのに何もできず、その光景をただ呆然と見ているだけしか出来ない事は、相模にとって何よりも辛いことだろう。

 

 

「だーいじょうぶですよ、それよりも、南さんの手の方が小町的に心配です」

 

「小町ちゃんっ……ごめん、ごめんねぇぇ……っっ」

 

「氷水、ここに置いておくわね、あと、チキンの方も上げておいたわ」

 

「雪乃さん、ありがとうございます!」

 

「小町、大丈夫か?」

 

「お兄ちゃんはそのまま! 今大事なところでしょ!」

 

 小町の指示に俺は素直に従う、まぁ、今俺が駆け寄った所で何ができるとも限らないか。

 

 小町には申し訳ないと思うが、俺も俺で自分の仕事に集中させてもらう。

 

 

「よっと」

 

 くるりと反回転し、オムライスがひっくり返る、焼き色十分、実に美味そうなオムライスが出来上がっていた。

 

 それを皿に移し、俺も小町の元へ駆け付けた。

 

 

「大丈夫か」

 

「うん、ごめんお兄ちゃん、さっき強く言っちゃったね」

 

「気にすんな、あれは小町が正しい」

 

 俺がそう言うと、少しだけ小町は笑っていた。

 

 

「私のポーチに軟膏と絆創膏が入ってるから、それを使って」

 

「雪乃さん、ありがとうございます」

 

「…っっ………ごめんね、小町ちゃん……っ」

 

 啜り泣きながら相模はただ謝罪の声を上げていた。

 

 それは去年に見た涙とは違う、純粋に悪いと思う誠意の涙で、それが相模の本心のように見えた。

 

 

「気にしないで下さい、小町も抜けてましたし」

 

「でも……うち…………」

 

「いいんですよぉ、それよりも、私のせいで南さんの手に火傷とか、そっちの方が小町的にポイント低いですし」

 

「……っごめん、ありがとぅ……」

 

 処置を施す事数分、小町は相模の手に軟膏と絆創膏を貼る、その光景を横目に入れつつ俺は片付けに移り、雪ノ下と小町も自分の作業に戻っていた。

 

 その時、唐突に扉が開かれる。

 

 

「邪魔するぞー、さっきの音は何だ? 宿直室まで聞こえてきたぞ」

 

 そこには平塚先生が立っていた。

 

 

「あぁ、ちょいとトラブルがありまして」

 

「大丈夫なのか?」

 

 ピザの残骸を片付ける俺を見ながら、平塚先生は言う。

 

 

「まぁ、正直多少物足りないってのが本音ですが、何とかなりますよ」

 

 俺の声を聞いた相模が一瞬表情を曇らせるが、別にそういう意味で言ったわけではない事を釈明したい。

 

 

「ふむ、時間まであとどのくらいだ」

 

「40分ってところですかね」

 

 時計を見ながら俺は言う。まぁ、ある様に見えてそんなにない、正直微妙な時間ではあった。

 

 

「そうか……比企谷、雪ノ下、もし時間を延ばせるとしたらどのくらいできる?」

 

「それは葉山君達次第だと思いますが……」

 

「何かあるんですか?」

 

 妙案がありそうな先生に俺は問うと、先生は困ったような顔をして。

 

 

「いや、なんなら宅配ピザでも頼もうかと思ってな、丁度私も小腹が空いて来たし、由比ヶ浜の為に皆が頑張っているのに、大人の私が何もしないというのもアレだし……」

 

 と、頬を掻きながらそう答えた。

 

 

「いやー、先生がそうまでしてくれるのは小町的に嬉しいんですが、ほら、最近のピザってデリると結構かかるって言いますか……」

 

 小町が困ったような顔で言う。つうかデリるって何その略語、何を消されちゃうの?

 

 

「気にするな比企谷妹、私だってこう見えても大人なんだ、財布に金ぐらいはある」

 

「平塚先生も何かしたいんでしょう、お言葉に甘えてもいいんじゃないかしら」

 

「先生、うちも出します、その、うちが原因だし……」

 

「相模……気持ちは嬉しいが。こういう時はどんと任された方が、大人としては気持ちが良いものだよ」

 

「先生……ありがとうございます……」

 

 うむと一言。そして携帯電話を手に、平塚先生はピザの手配をしてくれた。

 

 

「やはり30分はかかるそうだ」

 

「結構ギリギリね」

 

「仕方ない、一色に電話して、少し伸ばして貰うようにするわ」

 

 そうして、俺は一色に電話をかける。

 

 賑やかに歌うコール音を聴く事数秒、一色の声が聞こえてきた。

 

 

『もしもしー?』

 

「一色か」

 

『あぁ、先輩、どうかしましたか?』

 

「葉山、そこにいるか」

 

『居ますよー』

 

「代わってくれ」

 

『はーい』

 

 そして待つ事数秒、葉山の声が聞こえてくる。

 

 

『もしもし、何かあったか?』

 

「葉山か、いや、料理の方少し時間がかかりそうでな。できれば10分ぐらい遅れて来てくれると助かるんだが」

 

『……ああ、分かった。何かあったのか?』

 

「いや、大したことじゃない」

 

『そっか……うん、分かったよ。じゃあまた後で』

 

「ああ」

 

 数秒の会話を終え、俺は携帯を仕舞いながら言う。

 

 

「大丈夫だそうだ」

 

 そう聞くや否、全員の顔に僅かばかりの安堵の表情が浮かんだ。

 

 時間まであと30分、遅れを取り戻すように、俺達は調理の続きに移っていった。

 

 

 ―――そして、調理を終えたご馳走を慎重に教室に運び、全ての準備を終えて待つ事しばらく。

 

 本日の主役、由比ヶ浜結衣が会場に姿を見せた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 葉山、三浦、一色に案内され、やや緊張の面持ちで由比ヶ浜は会場に足を踏み入れる。

 

 

「え、あ、あの……これって何? ゆきのん、ヒッキーも……これ、どーゆー事??」

 

 何が何やらといった風な顔で教室内を見回す由比ヶ浜だった。

 

 まぁ、みんなこの時の為に準備していたんだろうから、何も知らない由比ヶ浜が驚くのも無理はないだろう。

 

 驚きの顔で皆を見る由比ヶ浜を見て、一色は会場の全員に一声告げる。

 

 

「みなさーん、準備はいいですかー?」

 

「おっけー!」

 

 そして一色の号令に合わせ、皆が一斉にクラッカーを取り出し……

 

 

「「「結衣、ハッピーバースデー!!!」」」

 

 

 その瞬間、ぱぱぱぱぱん!! と、一斉にクラッカーが鳴らされる。

 

 四方から放たれる紙吹雪を浴びながら、ようやく由比ヶ浜は状況を理解したようだった。

 

 

「……みんな、あ、ありがとう……!」

 

「今日のこの日の為に、葉山君がみんなに声をかけてくれたんだよ」

 

「みんな、結衣の事をお祝いしたいって言ってたよ」

 

「結衣ー! おめでとー!」

 

「ふふふ、結衣、どうよこのサプライズ!」

 

「さいちゃん、隼人くん、姫菜、優美子も……もう、急にびっくりしたし!」

 

 

「結衣、おめでとう」

 

「「「おめでとー!」」」

 

「戸部っち、大和君に大岡君も……うん、ありがとう!」

 

 教室の1人1人から祝福の声をかけられる由比ヶ浜

 

 その眼は歓喜に満ち溢れており、それを見届ける皆の眼もまた、喜びに満ちていた。

 

 

「結衣さーん、おめでとうございます!」

 

「小町ちゃん、ありがとうーっ!」

 

「お誕生日おめでとう、由比ヶ浜さんにとって素敵な1年である事を願っているわ」

 

「ゆきのん、うん、ありがとう!」

 

「結衣先輩、これ、みんなで頑張ったんですよ」

 

「いろはちゃん、えへへへへ……ほんと、すっごく嬉しいよ、あたし」

 

「結衣ちゃん……あの、うち……」

 

さがみんも、ありがと……お祝いしてくれて、私、すっっっっごく嬉しいよ!」

 

「結衣ちゃん……うん、うちこそありがとうっ」

 

 そうして、由比ヶ浜は1人1人に感謝の言葉を返す。

 

 そんな光景を俺は材木座と共に教室の端から眺めていた。

 

 

「……君達は混ざらないのか?」

 

 端にいる俺達に向かい、平塚先生が言う。

 

 

「俺や材木座がああいうのに混ざるタイプじゃないのは先生がよく知ってるでしょう」

 

「うむ、我も八幡に同意」

 

「……器用じゃないな、自分の気持ちは声に出さねば届かない時もあるのだぞ。今日の君達の頑張りは、十分称賛に値すると、私は思うがね」

 

 平塚先生が何を言いたいのかは分かる、が、そういうキャラでない俺が前に出るのも、どうも憚られるな……。

 

 

「やれやれ、仕方がない……由比ヶ浜ー!」

 

「ちょま、先生何やってんすか

 

 平塚先生の声に由比ヶ浜が振り向き、こちらに向かってくる。

 

 

「先生ーっ!、先生もありがとうございますっ!」

 

「いいや、私は特に何もしていないよ……それよりも、この2人の方が遥かに仕事を全うしたと思うがな」

 

 先生は俺と材木座に目線をやりながら言う。

 

 

「ヒッキー、中二も、ありがと……」

 

 照れるように、やや頬を赤くしながら、由比ヶ浜は感謝の声を告げる。

 

 

「いや、俺は……その……」

 

 僅かにどもる俺の声を遮る様に、材木座が弾けたように一言叫ぶ。

 

 

「うおっほん!! あー、そのー、我は思う! 『世に生を得るは、事を為すにあり』と!」

 

「あはははっ、中二、それも何かのマンガ?」

 

「い、いや、これはその……」

 

 緊張していたのか、やや走りがちに言った材木座の言葉を補足するように平塚先生は続けた。

 

坂本龍馬だな、『人生の目的は、出世したり、事業や学業で成功して、財産や地位・名声を手に入れることとは限らない。』

 

「『事を為すこととは、夢や目標を実現すること。人生で何かを成し遂げること、人生に意味を持たせることが大切だ』と言う意味が込められている」

 

「シンプルに言えば、『せっかくこの世に生まれてきたのだから、何か大きい目的を見つけて、それをやってやろうじゃないか』って意味だな」

 

 平塚先生の言葉を端折り、由比ヶ浜に分かりやすく伝える。

 

 歴史上の人物の名言を祝福に使うとは、材木座らしいっちゃ材木座らしかった。

 

 

「彼なりに君の誕生日を祝福しているのだろう、そう受け取ってやれ」

 

「中二……うん、ありがと」

 

 真っ赤な顔でそっぽを向く材木座に向けて、由比ヶ浜はにこやかに微笑んでいた。

 

 

「ねえヒッキー、この料理、みんなヒッキーが用意してくれたの?」

 

「いや、俺だけじゃないぞ、小町や雪ノ下、相模と、みんなで作ったんだ」

 

「ヒッキー……さがみんと仲直りできたんだね」

 

「……いやまぁ、仲直りっつーか、そもそもそんなんじゃないっつーか、な」

 

「ふふふ、ほんと、ヒッキー素直じゃないなぁ」

 

 由比ヶ浜が俺の顔を食い入るように見つめる……その視線から目を逸らした俺に向かい、平塚先生が俺の肩に手を添え、優しい声で言う。

 

 

「比企谷……ちゃんと自分の気持ちを言ってやれ。由比ヶ浜も、それを望んでいる」

 

 平塚先生のその声に観念し、少しの間を置いて俺は一言、由比ヶ浜にそっと囁いた。

 

 

「…………由比ヶ浜、その……おめで……とう……」

 

 間を置き、たどたどしく、俺は由比ヶ浜に伝えた。

 

 

「うん……ヒッキー……ありがとう、すっごく嬉しいよ」

 

 俺が顔を赤くして言った言葉に対し、由比ヶ浜は僅かに涙を浮かべながら、そう返したのだった。

 

 

 ④ そのバースデーキャンドルの灯が揺れる時。

 

 

 それから、パーティーは本格的に開かれた。

 

 

「うまっ! このチキンマジでうめえ!!」

 

「まだまだありますから、たくさん召しあがって下さいねー」

 

「やべー、ヒキタニくんの妹ちゃんマジ天使!」

 

 戸部や大岡、大和らは小町の作ったチキンにがっつき、そして舌鼓を打ち、その味を絶賛していた。

 

 

「うそ、ヒキオのオムライス超美味いんだけど……」

 

「ほんとだ、さすが先輩、こーゆー所で女子力高いんですよね、他はダメダメなのに」

 

「比企谷、うち、お代わりしてもいい?」

 

「比企谷くん、卵の巻き方あとで教えて貰ってもいいかしら」

 

「おう、あとでな」

 

 方や俺のオムライスは女子を中心に人気のようで、何だかこそばゆいやら、不思議な感覚がしていた。

 

 

「作ったこのパスタ、美味いな……」

 

「あれ葉山くん、口にソース付いてる」

 

「ん? あ、戸塚、ありがとな」

 

 戸塚がハンカチを手に葉山の口元に付いたソースを拭う。

 

 その姿に、俺と海老名さんの目が若干変わる。

 

 

「と、戸塚! 俺も! 俺も!!」

 

「はいはーいお兄ちゃん、小町がやってあげるからねーまったくしょうがないなーごみいちゃんはー」

 

「戸塚くんが隼人くんに……はぅっ!」

 

「ちょ! 姫菜マジ擬態しろし!」

 

「あはははっっ」

 

 そんな俺達の姿を見ながら、由比ヶ浜は大笑いしていた。

 

 

「のう八幡、時に我は今日、真のリア充というものを理解した気がするぞ」

 

「そか、良かったな」

 

「この体験は我の人生にまた一つ、新たな経験を与えたもうた! この経験を生かし、我は書くぞぉぉおおお!!」

 

「……勝手に盛り上がっててくれ」

 

 

 ――そうして、各々が思い思いに由比ヶ浜を祝福していた。

 

 ある者は飲み、歌い、食い、笑い、それぞれが由比ヶ浜の今日という日を誰よりも祝っていた。

 

 

 ……そして、パーティーはメインへと移行していく。

 

 

「じゃあ、そろそろケーキを出しましょっか」

 

 一色が言うと、暗幕が閉められ、教室内に葉山と三浦の2人によってケーキが運び出される。

 

 随所にフルーツが散りばめられていて、とても美味そうに見えるな。

 

 そんな雪ノ下と相模の二人で作られた手製のケーキにロウソクが刺されると平塚先生がライターで火を点け、教室内が静まりかえる。

 

 

「みんな、ほんとに、ほんとにありがとう……っ」

 

 キャンドルに照らされるケーキを前に、由比ヶ浜は眼に涙を浮かべながら言う。

 

 そして、誕生日を祝う祝福の歌と共に、由比ヶ浜は一息、キャンドルに灯った火を吹き消す。

 

 一瞬の静寂と闇が教室を支配し、明りが付けられると同時、絶え間ない拍手と祝福の声が上がり始める。

 

 

「結衣ー! おっめでとう!!」

 

「うん……ぅん……ありがとう……みんなありがとう!!」

 

 割れんばかりの拍手の中、由比ヶ浜はその大きな眼から零れる涙を拭う事も無く、感謝の声を上げながら歓喜に震えていた。

 

 そんな由比ヶ浜を囲うようにして女性陣が駆け寄り、その肩を抱く。

 

 そうして1人1人に抱きつくようにして、由比ヶ浜はただ、子供のように泣きじゃくっていた……。

 

 

「やってよかったな」

 

 横から葉山が俺に言う。

 

 

「まぁ、良かったんじゃねえか」

 

「比企谷、本当にありがとう」

 

「俺は何もしてねえよ」

 

「……それでも、比企谷がいてくれなかったら、きっとこうはならなかったと思うよ」

 

「……どうだかな」

 

 葉山の声にそう返し、俺は残ったピザを一つ、口に放り込んだ。

 

 

「……美味い」

 

 僅かばかり塩分が増したように感じられたそれをジュースで流し込み、俺は一言呟いた。

 

   ×   ×   ×

 

「さて、じゃあ、プレゼントの贈呈と行こうか」

 

「うん! そうですね!」

 

 葉山の声に一色が元気よく答え、各々がプレゼントを取り出した。

 

 

「まず最初に、これはみんなからのプレゼント、受け取ってくれるかな、結衣」

 

「うん……えへへ……なんだろ」

 

 葉山が見覚えのあるプレゼントを取り出し、戸塚と三浦でそれを手渡す。

 

 先日、三浦と戸塚とで選んだやつだろう、由比ヶ浜が照れながら包装を開けると、その中には可愛らしいデザインのデジカメが入っていた。

 

 

「わぁ……こんな素敵なの貰っちゃってもいいの……?」

 

「うん、色々選んでみたんだけど、やっぱりこういうのが由比ヶ浜さんにぴったりかなって思ったんだ」

 

「これならどこ行っても使えるし、結衣、こういうの好きっしょ」

 

「うん、大切にするね!」

 

 戸塚と三浦がそう言うと大事そうにデジカメをしまい、由比ヶ浜は笑顔で向き合う。

 

 それを皮切りに、各々がプレゼントを贈る為、由比ヶ浜に向かって行く。

 

 

「あーしはこれ、結衣、このブランド気に入ってたっしょ」

 

「わぁー! ありがとう優美子! これ、前から欲しかったTシャツだよ!」

 

 三浦が渡したのは有名ブランドのTシャツだ、そのブランドの限定品のようで、実に三浦らしいチョイスだと思う。

 

「俺はこれを」

 

「隼人君もありがとう、この化粧水、大事に使うね」

 

「ああ、そうしてくれると俺も嬉しいよ」

 

 葉山が送ったのは化粧水だった。

 

 以前、ららぽーとで販売されていたやつだ、俺もそれには見覚えがあった。

 

 

「私はこれ、結衣に似合うと思うよ」

 

「姫菜もありがとう、このペンケース、大事にするね」

 

 そして、海老名さんからは可愛らしいペンケースが送られる。

 

 どこか見覚えのあるゆるキャラがデザインされていて、由比ヶ浜に似合いそうなペンケースに思えた。

 

 

「俺達はコレ、みんなで出し合って買ったんだ」

 

「これ、スイパラの招待券じゃん! とべっち、大和くん、大岡君もありがとう!」

 

 戸部達からはスイーツ食べ放題のペア招待券が送られた。

 

 

「結衣先輩、これ、疲れに効きますから、ぜひ使って下さい」

 

「うん、いろはちゃんもありがとう!」

 

 そして一色からもプレゼントが手渡される。

 

 包装紙の中には、可愛らしいバスタイムのセットが入れられていた。

 

 

由比ヶ浜さん、はい、お誕生日おめでとう」

 

「さいちゃん、ありがとう……わぁ、この石鹸、すっごく可愛い~」

 

 戸塚からは美容石鹸が、どうやら流行りの物らしく、可愛らしいデザインが印象的だ。

 

 

「結衣ちゃんお誕生日おめでとう、はいこれ、良かったら使って」

 

さがみん、うん、ありがとう!」

 

 相模からはハンドタオルとハンカチが送られる。

 

 由比ヶ浜に似合う、爽やかなブルーの上品なデザインだった。

 

 

「小町からはこれです、結衣さんに気に入って貰えると嬉しいですっ」

 

「小町ちゃんもありがとう、ご飯、すっごく美味しかったよ!」

 

 そして小町からはアロマオイルとキャンドルのセットが渡される。

 

 ……それ、小町が前に雑誌で見てたやつだな。

 

 

「けふこんけふこん、わ、我はこれを……」

 

「中二、これは何?」

 

「は、初めて『オタクの我が女子に誕生日プレゼント贈る事になったんだが』というスレを立ててしまった、『リア充氏ね』と書かれて動悸が抑えられなかったぞ我……」

 

「わぁ、ヘッドホンだ! 中二ありがとう!」

 

 そう言い、由比ヶ浜材木座の手を握り締める。

 

 

「へへぶぅぁ!! こ、これが、女子の温もり……ぐはぁ! 我が生涯に! 一片の……悔い無し!!」

 

 ……初めて女子に手を握って貰えたのが嬉しかったのだろう、感激のあまり、材木座昇天しちゃったよ。

 

 しかし、こいつがちゃんとしたプレゼントを持って来た事が何よりの驚きだ。

 

 掲示板にスレ立ててまで悩んだ辺り、材木座材木座なりに由比ヶ浜の事を考えていたのだろう。

 

 

「急だったからな、これぐらいしか用意できなかったが、良かったら使ってくれ」

 

「平塚先生も、ありがとうございます!」

 

 平塚先生も先程用意して来たのだろう、本らしき物を由比ヶ浜に手渡していた。

 

 由比ヶ浜が中を取り出すと、「ゼロから始めるお料理生活」という、どこかで聞いたようなタイトルのレシピ本が出て来た。

 

 

由比ヶ浜も、これぐらいは作れるようになれるといいな」

 

「平塚先生……はい、あたし、頑張ります!」

 

 大事そうに本を受け取り、元気に返事をする由比ヶ浜だった。

 

 

由比ヶ浜さん、これ、受け取って貰えるかしら」

 

 雪ノ下が恥ずかしそうにプレゼントを渡す。

 

 丁寧に包装された袋を開けると、一際喜んだ声で由比ヶ浜は声を上げる。

 

 

「わぁ……パンさんだ! ゆきのんありがと!」

 

「私の部屋にある物とお揃いなの、よかったら、お部屋に飾ってくれると嬉しいわ」

 

「うんうん! あたし、今日はこれ抱いて寝るよ! 本当にありがとう!!」

 

「そ、そう……喜んでもらえたようで良かったわ、私こそありがとう」

 

 由比ヶ浜の声に照れるように雪ノ下は俯いていた。

 

 次は……俺か。

 

 丁寧に包装されたそれを握り締め、由比ヶ浜に手渡す。

 

 周囲の視線もそうだが、僅かに手が震えているのが自分でも分かる……あぁ、なんかこっ恥ずかしいな……。

 

 

「ありがとうヒッキー……開けても良いかな」

 

「ああ……まぁ、気に入ってくれると……その、嬉しい」

 

 急に言葉がたどたどしくなる。俺、こんなキャラだったっけ。

 

 由比ヶ浜がプレゼントの包装を開ける。

 

 中には、白い百合がデザインされた髪留めが入っている。

 

 

「ヒッキー……これ……」

 

「去年はその、なんだ、犬用の首輪だったし、由比ヶ浜本人に向けたやつじゃ無かったからな……気に入ってくれるかどうかは分からんが……」

 

「嬉しくないわけないよ……ヒッキー、これ、付けてみてもいい……?」

 

「ああ……」

 

 顔を赤らめながら由比ヶ浜が俺の髪留めをそっと頭につける。

 

 とても似合っていると、我ながら思ってしまっていた。

 

 

「どう……かな……」

 

「あ、ああ……良く似合ってると思うぞ……」

 

 頬を掻きながら、俺は一言、そう言った。

 

 そして、その光景を見た女性陣から、思い思いの声が投げかけられる。

 

 

「結衣、チョー可愛い」

 

「うんうん! ヒキタニくんやるじゃん!」

 

由比ヶ浜さん、素敵な髪留めね……比企谷くん、あなたにしては、なかなか良いセンスだと思うわよ」

 

「っていうか、お兄ちゃんが誰かにああいうまともなの送ったの、人生で初めての事ですよ……」

 

「びっくり、比企谷ってちゃんとそういう事出来るんだ……」

 

「先輩すごいです、正直マジで見直しました……」

 

「よく似合ってるぞ由比ヶ浜。比企谷……私が勧めた奉仕部での活動、どうやら無駄じゃなかったみたいだな」

 

 

 ああああああ、今すぐ逃げ出してえ……。

 

 何この感じ、俺じゃないみたいだくそ。恥ずかしくて顔上げれねえ……。

 

 その後、戸部達からはからかわれ、葉山と戸塚からも色々言われ、材木座からは「リア充爆発しろ」などと罵られ、俺は生涯この日の事を忘れないだろうと心に誓ったのだった……。

 

 

   ×   ×   ×

 

「結衣先輩、せっかくですし、何か皆さんに一言どうぞ!」

 

「いろはちゃん……うん、そう……だね」

 

 

 一色に促され、由比ヶ浜は皆の前に立ち、言葉を紡ぐ。

 

 その言葉の一つ一つをを聞き洩らさないように、皆が由比ヶ浜の声に聞き入っていた。

 

 

「あたし……こんなに素敵なお誕生日、生まれて初めてだよ、みんな本当にありがとう……」

 

「あたしさ、あんまし頭よくないし、きっとこれからもみんなにいっぱい迷惑とかかけちゃうと思うけど……」

 

 言葉を紡げば紡ぐほど、由比ヶ浜の目に涙が浮かぶ。 途中たどたどしくなりながらも、由比ヶ浜は震えるように言葉を絞り出していた……。

 

 

「えへへへ……なんだっけ、さっき中二が言ってた言葉……なんとかを得るは、事を為すにある……だっけ」

 

「何かを成すかっていうのがまだ分からないんだけど、でも、でもね……きっとあたしは、こうしてみんなと会う為に、生まれて来たんだって、今ならそう思えるんだ」

 

「一緒に笑ったり、泣いたり、たまに喧嘩したりして……そうやって、あたしはずっとみんなと一緒にいたい」

 

「みんな……大好き、本当に、ありがとう!!!」

 

 

 その声に端を発するようにして再度、割れんばかりの拍手が響く。

 

 そして多くの人が由比ヶ浜の周りに集まっていった……。

 

   ×   ×   ×  

 

 それからしばらく。

 

 飲めや歌えやの祭りが終わり、後片付けも済んだ頃、夕日が差し込む教室で1人、俺は窓の外を眺めていた。

 

 葉山達は二次会という事で、例のカラオケ屋へ向かったらしい。

 

 後程合流する話だが、ああいうリア充全快な場はどうにも肌に合わず、未だに行こうか帰ろうか、俺は悩んでいる所だ。

 

 

「ふぅ……」

 

 自販機で買ったMAXコーヒーを一口飲み、今日の事を色々と回想してみる。

 

 恥ずかしくもあり、嬉しくもあり、色んな気持ちが混ざった不思議な感情が俺の胸中を包んでいた。

 

 そんな俺に向け、唐突に後ろから声がかけられる。

 

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

 跳ねるように驚いた俺はその声に振り向く。

 

 そこには、白百合の髪留めを髪に刺した由比ヶ浜がいた。

 

 

由比ヶ浜……どうしたんだよ、てっきりみんなと一緒に……」

 

「ヒッキーの事、迎えに来たんだよ」

 

「迎え?」

 

「そ、みんなに呼んできてって言われてさ」

 

「そっか」

 

「うん……ヒッキー……今日は本当にありがと……」

 

「礼なら葉山や雪ノ下に言ってやれ、実際、俺はただ料理作ってただけだし」

 

「そんな事ないよ……」

 

「あたしね、本当に嬉しかったんだよ」

 

 優しい眼差しで由比ヶ浜は続ける。

 

 

「隼人君に優美子、とべっち達にいろはちゃん、さいちゃんにさがみん、ゆきのん、小町ちゃん、中二に……みんながお祝いしてくれた事もそうだけど。一番嬉しかったのは、ヒッキーがみんなと一緒にいてくれた事なんだ」

 

由比ヶ浜……」

 

 その時だった、不意に背中に感じる、とても温かく、柔らかい感覚。

 

 

「ねえヒッキー、少し、こうさせて」

 

 ぎゅっと、由比ヶ浜が俺を後ろから抱き締める。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が続き、それに呼応するように鼓動が高まっていくのを自分でも感じる。

 

 しばらく無言でいる俺に、由比ヶ浜の声がかけられる。

 

 

「ヒッキー、あのね、あたし…………ヒッキーの事…………好……」

 

由比ヶ浜

 

 ”その言葉”の続きを遮る様に、俺は由比ヶ浜の声を止める。

 

 

「ヒッキー……」

 

「そこから先はまだ……言わないでくれ」

 

 俺の声を聞くや否、弾けたように由比ヶ浜の声に嗚咽が混じる。

 

 

「っっ……ヒッキー……だめだよ。もう……」

 

「だめだよぉ……止まらない……止まらないよっ……あたし、ヒッキーが……」

 

 声に合わせるように、由比ヶ浜が俺を強く抱きしめる。

 

 その声が、抱きしめる力が増せば増す程、俺の中に感情が流れて来る。

 

 だが、その気持ちを必死で抑え、俺は続ける。

 

 

「……それ以上はまだ、言わないでくれ、頼む」

 

「…………ヒッキー……」

 

 

 ……このまま、感情のままに由比ヶ浜の“その言葉”を聞けばどうなる。

 

 そして感情のままに“その言葉”を返したらどうなる。

 

 ここで、もしも好きだと告げたらどうなる。

 

 今見てるこの景色は、夢のように消えてしまうんじゃないだろうか。

 

 俺みたいな奴と付き合ったとして、それはきっと由比ヶ浜にとって重荷でしかならない。

 

 きっと……いや、確実に俺は、由比ヶ浜に依存する。

 

 今の由比ヶ浜を形作っている関係よりも、俺のそばにいて欲しいと、おこがましくも思ってしまう。

 

 こいつは優しいから、きっと、そんな俺にも合わせてくれると思う。

 

 でも、そんな俺に、由比ヶ浜もいつか疲れを感じてしまう。遠からず、そうなってしまう。

 

 ……俺の為にこいつがそんな苦労をする必要がどこにある。

 

 なら、今はその言葉を聞くわけには行かない。

 

 その言葉の持つ意味の先にあるモノを予測した上で、言葉を紡ぐわけには行かない。

 

 

 ――『君は理性の化け物だね』

 

 

 不意に、いつの日か聞いた陽乃さんの言葉が頭を過る。

 

 ああそうだ、理性的で何が悪い、冷静になって何が悪い。

 

 感情に任せて好きな人を傷付けられるほど、生憎俺も子供じゃないんだよ……。

 

 だから、せめて……今はまだその思いを告げるわけに行かないのなら……せめて……。

 

 

「ヒッキー…………」

 

由比ヶ浜……」

 

 由比ヶ浜の腕を振り解き、俺は言葉を続ける。

 

 

「今は……これで勘弁してくれ」

 

 そう言いながら、俺は由比ヶ浜に左手を差し出す。

 

 その手を両手でそっと掴み、どこか納得したように、由比ヶ浜は言葉を続ける。

 

 

「……うん、今は……ね」

 

 友達以上とでも言うべきだろうか。だが、今はこれでいい。

 

 焦ることなく、ここから始めたっていいだろう。

 

 

「でも、やっぱりだめ」

 

 そう言うと今度は掴んだ手をそっと抱き寄せ、由比ヶ浜が俺の腕に抱きついてくる。

 

 

「お前な……」

 

「告白させてもらえなかったんだし、これぐらいは許してよ……」

 

「……まぁ、いっか」

 

「いつか……ヒッキーが大丈夫になったらさ……ちゃんと言わせて、私の気持ち……」

 

 

「……ああ、いつか……な」

 

 決心がついたら、伝えよう。

 

 由比ヶ浜の言葉か俺の言葉か。どちらが先になるのかは分からないが。それでも……。

 

 由比ヶ浜が一番言いたくて聞きたかったその言葉を、俺は……。

 

 

 夕日に影が映し出される。

 

 影はしばらくの間、重なり続ける。

 

 そして、俺と彼女は変わっていく。

 

 臆病な自分に傷付きながら、そうやって変わる自分に戸惑いながらも。

 

 

 ――――俺と彼女は一歩づつ、確実に、大人になっていく……。

 

 

 エピローグ

 

 “誕生日”……。

 

 年に一度、自分がこの世に生を受けた事を感謝する記念日であり、その親や友は、その者がこの世に生まれて来てくれた事に感謝し、その者の健やかなる成長を願う日でもある。

 

 ある者にとって誕生日とは、また一つ大人になった事を実感し、愛する人と出会えたこの世界に感謝する日でもあり。

 

 ある者にとって誕生日とは、愛する人がこの世に生まれ、数奇な運命の果てに巡り合えた事に感謝すべき日でもある。

 

 これは、彼女が見つけた、そんな一つの答えの物語。

 

 

 ――俺と彼女が生まれた理由を見出した、小さな一つの物語なのかも知れない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

八幡「異本・たとえばこんなバースデーソング」

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