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八幡「今日は、忘れられない1日になりそうだ....」【俺ガイルss/アニメss】

 

決まった時間に起きる。そんなことを、夏季休暇に入って2週間が経った今でも続けていた。

 

タイマー設定したクーラーは駆動するのを止めてから2時間が経過し、まだ朝なのにかかわらず夏のじっとりとした暑さを全身に感じた。たまらずタオルケットをはね除ける。

この時間に起きるのも慣れたものだ。

適当に引っつかんだシャツに着替えて、顔を洗いリビングへ。ひとりで適当に朝食を済ませていると、たまたま目に飛び込んできたのはカレンダーの赤丸。

今日の日付に小町によってつけられたそれと、その横のメッセージをぼうっと眺める。

 

「誕生日、か」

 

その呟きは、誰の耳にも届かない。

 

×      ×      ×

 

盛夏だった。本日は記録的猛暑だとかで、とても暑いらしい。

らしい、というのも他人事のようだが、冷房が入った室内に籠りきりなので外の暑さはよくわからない。故にこんな言い方になってしまう。

 

「なぁ、誕生日ってなんだと思う?」

 

「……急になに?」

 

「や、特に意味はないんだが」

 

「ふーん」

 

興味はあまりないのだろう。川崎沙希は手に持った缶に口を付け、そっぽを向いたまま答える。

 

「単純に生まれた日で、それを祝う日じゃないの?」

 

「やっぱ普通はそうだよな」

 

「何が言いたいの、あんた」

 

意図の見えない会話にしびれを切らす気持ちはよくわかる。俺だってあまり好きじゃない。

でも、ほら、息抜きなんだからさ? 頭からっぽにするのも悪いもんじゃないぞ。

 

「誕生日って、世間一般に祝われるものだと思う」

 

「まぁ、そうだね」

 

「だが誕生日を祝って貰えないやつだっている」

 

「……そんな人いるの?」

 

いるんだなこれが。ソースは俺。正確には家族意外の人間には祝って貰えないか。

ごほんと咳払いをひとつ。

「まぁ、いるとしてだ。祝って貰えないってことは、大勢の人間の中でもとりわけ無価値な人間ってことだ」

 

「うん。……うん?」

 

「つまり何が言いたいかというとな」

 

「うん」

 

「俺って、生きてる意味あるのかな?」

 

「あんたって本当面倒くさいやつだね」

 

呆れ果てた、という具合に言い捨てる。缶の残りを一気に呷り、手近なゴミ箱にそれを入れた。

 

「あんたさ、そこまでネガティブなやつだったっけ?」

 

「察しろ、疲れてんだよ。大体、人間そう変われるもんじゃない」

 

人間の根っこは変わらない。表層の葉だけ千切っても、根が残る限り生え続ける、夏の雑草のようなものだ。

 

「あたしだって疲れてるけどさ。何でいきなりそんな話するの?」

 

「いや、今日俺誕生日だから。なんとなくな」

 

「そうなの? へぇ」

 

驚きを瞬時に引っ込め、川崎は何かを思案する表情を浮かべる。

ただ本当に、なんとなくだった。人間疲れていると碌なことはない。意味もなく、自分が生まれた今日のことを朝から考えている。

 

「おめでとう」

「え?」

 

「おめでとうって言ってるの」

 

それはわかるが。多分呆けた表情になっていたと思う。川崎は、ふっと苦笑混じりに笑った。

 

「何か言う事ないの?」

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして。良かったね、あんた」

 

「何が?」

 

「生きてる意味、ちょっぴり生まれたよ」

 

目を見開く。世界が少しだけ広く見えた。

指で、少しね、と形作って、川崎はまた笑った。普段見せるそれとは違う、いたずらっぽい笑い方はとても魅力的で、少しの間声を失った。

 

「じゃ、休憩終わり。あたしは自習室戻るから。あんたは?」

 

「……俺はこれ飲んだら戻る」

 

「そ。じゃあね」

 

ひらひらと手を振って、自習室の扉の中に消える川崎の背を黙って見送る。

仕方なしに選んだ微糖の缶コーヒーを一気に呷り、力を込め立ち上がる。歩きながらゴミ箱へ捨てると、なぞるように同じ動きで自習室の扉へ手をかけた。

 

先ほどよりも気分が良い。今日は勉強が捗りそうだ。

そうして周りの難しい顔をした受験生達の中のひとりとして、今日も机に向かう時間が再開された。

 

×      ×      ×

 

赤本とにらめっこを続けて数時間。ブラインド外の空の色に、徐々に紅色が差し始めているのを伸びをした時に確認できた。何の気なしに手を伸ばした携帯を見ると、画面には通知が表示されている。

メールが来ていた。それも3件。どこで業者にアドレスが割れてるんだ?

 

マナーモードにした携帯はバイブレーションを発するはずなのに、それに気が付かなかった。存外、勉強に集中できていたようだ。やはり今日は調子が良い。

……一応だ一応。1件づつ確認していく。受信ボックスの下から、順番にタップしていくことにしよう。

 

『八幡!! 我が直々にお主の生誕を祝ってやろうとメールを送ってやったぞ!! 感謝するが良い』

1通目は材木座からだった。なんというか、まあ、うん。相変らずだな。少し苦笑を漏らしつつ返信をタップする。

 

『おう』

 

続けて、次のメールをタップする。

 

『先輩! お誕生日おめでとうございます☆彡 勉強ばっかりしてないでたまにはわたしとも遊んで下さい!!』

 

2通目は一色からだった。強制的にアドレスを交換させられて以来、稀にだがやり取りはあった。だから、メールが来ること自体に驚きはない。返信をタップして文字を入力していく。

 

『おう。機会があればな』

 

機会があれば。なんて便利な言葉だ。生みだした人に感謝を。最後のメールをタップする。

 

『八幡お誕生日おめでとう! 直接言いたいけど、中々会えないもんね? お互い勉強大変だけど、目標に向かって頑張ろう! 』

3通目は戸塚からだった。思わず口元を手で覆って隠す。こんな顔、周りに見せられるかよ。

返信をタップして文字を入力していく。

 

『ありがとな。頑張ろうぜ』

 

送信完了の画面を確認してからポケットにしまい込む。さて、今日は何時まで勉強しようか。閉館までは余裕でこなせそうだ。

そうしてまた、目の前の文字列に没頭していった。

 

×      ×      ×

 

ブラインド外の空の色はすっかり薄暗色に染まっていた。

夏は日が長い。今の時刻からすれば、ようやく暗くなってきた、という感じを受けるが。

少し疲れてきたな、と。そんな感想を覚え始めたころだった。

不意にポケットから長い振動を感じた。取り出して相手を確認しつつ、こんなところで電話に出るわけにもいかないのでそそくさと外に出ることにした。

音も無く室外に滑り出て、『小町』と表示された画面の『通話』を押し耳に押し付ける。

 

『もしもし、お兄ちゃん?』

 

「おう、どうした」

 

『今日何時に帰るの?』

 

「結構遅くなる予定だ。閉館くらいまでやる予定だし」

 

『ひゃー頑張るねぇ。でも今日はちょっとだけ早く帰ってこれない?』

 

「なんか用事か?」

 

『用事ってわけでもないんだけど、お使い頼みたくって』

 

「了解。まあちょっと疲れてきてたし、適当に切り上げて帰るわ」

 

『うんうん。それがいいよ』

 

「なんかお前嬉しそうだな?」

 

『べっつにー?』

 

「なんだよそれ。で、何買って帰ればいいんだ?」

『んーとね、洗剤とー。あとはろうそくかな?』

 

「洗剤とろうそく? 変なチョイスだな」

 

『まーまー細かいことは気にしない。早く帰って来てね? あ、それと』

 

「追加か?」

 

『ううん。朝言えなかったからずっと気持ち悪くて。お誕生日おめでとう、お兄ちゃん』

 

「……おお。ありがとう」

 

『うん。それだけだから。じゃあよろしくね?』

 

「任せとけ」

 

電話を切った。電話越しの小町の背後が騒がしかったのはテレビか何かだろうか。

毎年小町は祝いの言葉をくれるけれど、改めて言われるとやっぱり嬉しいもので。

通話を終えた携帯を眺めていると、ふと気が付いたことがある。

通知が1件。電話のところに着信を示すマークが付いていた。また気が付かないほど集中していたのか。電話マークをタップして、画面をしげしげと見つめる。

 

ただの数字の羅列。登録外を意味するそれに、思わず眉根が寄る。

一瞬かけ直そうかと思ったが、やめた。ランダムに発生させた番号で電話してきた業者かもしれないし。普段は問答無用でシカトするのに、今日の俺は少しだけ違った。きっと心が弛緩しているせいだ。そうに違いない。

軽くかぶりを振って、荷物を纏める。朝から長いことお世話になった予備校を出て、俺は自転車で走りだした。

1日ぶりの夏の夜は昨日と同じ熱帯夜で。酷く、蒸し暑かった。

 

×      ×      ×

 

小町のお使いを終えて、ようやっと家路につく。

汗をかくのも嫌なので、比較的のんびりとしたペースで走る。それでも、纏わりつく夏の暑さの前には無駄な抵抗なようで、ほどなくして額や背中に不快な汗が流れ始めた。これはもう季節柄仕方がないことだ。

 

家までもう少し、というところで街灯のない区間に入った。

普段はLEDライトを付けていても目をこらさないと見えない道が、今日はやけにはっきりと見える。疑問に思って夜空を眺めた。

雲ひとつないそこには、赤々とした8月の半月があった。恐らくはそれが、帰り道を優しく照らし出している。

あまりの禍々しい赤さに、脚を止めて思わず見入ってしまった。

 

今日は誕生日。

例え誰にも祝って貰えなくとも、自分が無価値で、生きる意味のない人間だなんて本音では思いたくない。それはそのまま、人生の否定だ。今までの生き方を全否定する行為だ。生きたいと願って死んだ人間への冒涜だ。

今日は誕生日で。

結果的に多くの人に祝福された。傍目から見れば多くなくても、俺の中では多い。それでいいじゃないか。だからこそ、『生きる意味がない』なんて、冗談でも口にしたことを恥じた。

 

今日は誕生日だ。

川崎には口頭で言われた。材木座と一色と戸塚はメールで。小町は電話。

そこまで思い至って、携帯を取り出ししげしげ眺める。目線の先には、知らない番号。

 

これはスパムではないと。そんな直感があった。

しかしそうなると、一方的に番号を教えた相手か。はて、誰かいただろうか。でも、まあいいかと、ポケットにしまい込みぐっと脚に力を込める。

終ぞ、それに折り返すことはないだろう。電話の主は怒るだろうか。呆れるだろうか。

 

多分、苦笑を浮かべている。そんな気がした。

 

×      ×      ×

 

外から見ても家の中は暗い。

光が漏れ出ない家には人の気配がせず、寂しい印象を受けた。

あれ、小町がいるはず、だよな?インターホンを鳴らす。それの応答はない。

「お使い頼んどいて出掛けるってどういうことだよ。ったく」

 

漏れる不満を押し潰し、鍵を取り出して家に入る。暗い。手に持った買い物袋が鳴らす音がやけに響く。

ひんやりと冷気を感じるから、少しの間外に出ているんだろうと予測はついた。はぁと、知らず知らずのうちに溜息が出てしまう。

特に何も考えずリビングに入り、電灯のスイッチを押した。その時だった。

 

『お 誕 生 日 お め で と う!!』

 

「……は?」

 

クラッカーの炸裂音が響くと、反射的に体がびくりと震えた。それは我が家の愛猫も同じで、とっとっとっと軽快な足取りで俺の脚をかすめ、リビングを出ていく。

状況が理解できない。そんな心境で、目の前の3人をただぼうっと見据える。

「ぷっ、あはは! ヒッキー驚きすぎでしょ」

 

「そうでないとサプライズをする意味がないのだから、これはある意味良い反応ね」

 

「そっかそっか。そうだよね」

 

「おい、どういうことだ」

 

顔にかかったままのクラッカーから飛び出したテープを取り去り、楽しそうに顔を見合わせる目の前の2人組に問う。

 

「え? 見てわかるでしょ? ヒッキーの誕生パーティだよ」

「自分の誕生日も覚えてないの?」

 

「いや、それはわかるが。えー?」

 

「まあまあお兄ちゃん。素直に祝われといたほうがいいよ? こんな機会めったにないんだから」

 

「小町、お前の仕業か……」

 

テヘペロ☆とする小町に呆れたような視線を送っていると、由比ヶ浜が口を開いた。

 

「サプライズをしようって言い出したのはあたしだけどね。今年のあたしの誕生日もサプライズだったし? それのお返し。驚いたでしょ?」

 

「驚いたも何も……超ビビったぞ。誰もいないと思ってたんだからな」

 

「そうよね。あなたのさっきの顔……思い出すと……ふふっ」

 

「お前は笑いすぎだ雪ノ下」

 

くすくす笑いが止まらない雪ノ下に射るような視線を浴びせても、それを意に介すことはない。それにつられるように由比ヶ浜と小町も笑いだす。何なんだ一体……。

「そうそう、お兄ちゃん。ろうそく買ってきた?」

 

「買ってきたけど」

 

「じゃあそれちょうだい」

 

「ん」

 

右手の袋を小町に渡す。そこから飾り気のないろうそくを3本取り出すと、目配せしてそれを由比ヶ浜と雪ノ下に1本づつ配った。

 

「なにしてるんだ?」

 

「まぁお兄ちゃんは黙って見てて」

 

俺を見ずにそういうと、キッチンの冷蔵庫からよいしょと何かを出し、手近なテーブルに置いた。

それは、いちごが乗った真っ白なホールケーキだった。その上に刺さるのは、色とりどりのろうそく。数を数えてみれば、15本。

 

「俺18歳なんだけど」

「わかってるよ。だからこれから足すんじゃん」

 

「……お前、だからろうそく買わせたのか?」

 

「そ。いやー足りると思ったんだけど15本しか家に無くてね。それでお使い頼んだんだ」

 

自分の誕生日ケーキの上に刺すろうそくを買わされるとか。知らなかったからいいけど。何だか微妙な気分だ。

 

「では小町から!」

 

そう宣言して、ケーキの空いてる部分にろうそくを立てる。

 

「はい。ではでは次の方どうぞ」

 

「うん、じゃあ。……えいっ」

 

掛け声とともに刺したのは由比ヶ浜だ。少し横にずれると、雪ノ下のためにスペースを作った。

 

「では。えい」

 

ゆっくりと白い指が離されると、遂に18本のろうそくは出揃った。その光景を見て、感想がぽつりと漏れる。

 

「やっぱなんか……浮いてるな」

 

彩どり豊かなろうそく達の中に、飾り気のまったくないろうそくが3本鎮座している。それは客観的に見ても少し変に見えてしまう。

 

「い、いいのいいの。電気消せば見えないよ!」

 

「小町ちゃん……そのフォローは正直微妙だよ」

 

「うえっ! やっぱダメだったかなー……」

 

肩を落としてしまった小町を見ていると、雪ノ下がこちらを見ているのに気が付いた。その目には、「フォローしなさい」という色がありありと見える。

ふっと息を吐く。俺に期待されているのは、恐らくこういう言葉だ。

 

「別に関係ないだろ? 食う時はどうせ外すんだから。見た目なんて気にすんなってことだ」

 

「……捻デレ?」

 

「それはいいから。で、次どうすんの?」

 

「あっ、うん。火つけようか」

 

小町はそう言い残して再びキッチンに入る。これでいいのか?と目で雪ノ下に意を問えば、薄く微笑んだ。だから、多分これでいいのだろう。

 

「よーし。どなたか電気消していただけませんか?」

「あたしが行くよ」

 

「ありがとうございますー結衣さん」

 

ふっと、電気が消された。

暗闇の中で、カチ、カチ、というチャッカマンの音が断続的に響く。

その音が鳴る度に、1本、また1本と、小さな灯は輝き始める。少しづつ部屋の明度は上がり、やがて18回目の音が鳴り終えた。

 

「……綺麗だね」

 

「ええ、本当に」

 

ぼんやりと、ろうそくが灯す明かりの中で由比ヶ浜は呟く。雪ノ下も優しく微笑んで、あとに続いた。俺はその灯が作り出す原始的な明るさの中で、ただ今日のことを想い起こしていた。

 

「じゃあお兄ちゃん。やっちゃって下さい!」

 

「ああ」

 

小さな火が造る幻想的な光景の中、3人と顔を見合わせる。息を大きく吸い、ふーっと目の前に吹きかけた。1回では消しきれず、同じ動作をもう1回。

最後まで抵抗を見せていたろうそくの灯も完全に消え、リビングは静かに暗闇に包まれた。

どこからともなく、拍手の音が聞こえる。

 

「お誕生日、おめでとう」

 

その声は、どこまでも優しくて。

 

周りが暗くて良かった。こんな顔恥ずかしくて見せられない。

俺の顔は、今までにないほど緩んでいて、優しい顔をしていると。そんな自覚だけが暗闇の中ではっきりと残った。

 

誕生日ってなんだろうなと、朝からなんとなく考えていた。

その答えが、今になってようやくわかった気がした。

 

誕生日は、感謝の日だ。

 

生まれてきてくれて、ありがとう。

それに対して。

祝ってくれて、ありがとう。

 

そうやってお互いに感謝をする日なのかもしれない。

 

自分がそういう風に感謝されるのは、ひどくむず痒い。身を捩るような思いだ。

けれど。人から想われるのって、本当に、なんて幸せなことなんだろうか。

 

8月8日。高校最後の18歳の誕生日。今日は、忘れられない1日になりそうだった。

 

忘れたくない。だから感謝を。

 

「ありがとう」

 

そのかすれた呟きは今度こそ、誰の耳にもたしかに届けられた。

 

×      ×      ×

 

携帯電話の通知音が鳴った。

画面を見やれば、相手は2年の時のクラスメイト。手に取って内容を確認し、適当な返事を打ち込んでいく。

遊びの誘い自体はありがたい。ありがたいのだが、今はそんなことにかまけている時期でもない。

遠回しに、「ちゃんと勉強しろよ?」という旨を伝えるメッセージを作成し、送信した。

 

携帯電話を机の端に置こうと手を伸ばす。が、ホーム画面の日付表示が目に入り、それを契機にピタリと動きは止まった。

 

「8月8日か」

 

たしか、そうだ。今日は彼の誕生日だったか。以前結衣がそんなことを言っていた。

嬉しそうに、はにかみながら話す姿が印象的でよく覚えている。名前と絡めて覚えやすい日付でもある。

 

電話帳の彼の名前を探す。メールアドレスなどはなく、シンプルに電話番号のみ。

以前連絡先を聞いた時に、電話番号しか教えてくれなかったんだっけ。君らしいな、と笑った記憶もまだはっきりとあった。

その彼の番号をじっと見つめる。一瞬の躊躇はあったが、何故だろうか。気付けば指はその番号をタップしていた。

 

耳に押し当て、応答を待つ。暫くはそうしていたが、一向に出る気配はない。やがて無駄だと悟り、それを止めた。

 

「出ない、か」

 

よくよく考えてみれば、自分が一方的に連絡先を知っているだけだ。

相手は自分の番号を知らないから、名前の登録をしようもない。

いや、彼のことだ。電話の相手が自分だとわかっていた方が、もっと電話に出たがらないかもしれない。

そんなことを考えたら、思わず苦笑が漏れた。

 

「本当、君らしいな」

 

立ち上がって、自室の窓に向けて歩く。ぐっと力を込めて開け放つと、むわっと湿り気のある暑さが体を包んだ。一歩進んで、窓枠に手を置く。

そうすると自然と空を眺める格好になっていた。

 

終ぞ、折り返し電話が掛かってくることはない気がした。少なくとも、自分の知る彼ならそうするはずだ。何をわかったような気になっている、とも思う。でも何故かそんな直感があった。

 

どうせ伝えられないのなら、今のうちに言っておこう。

 

「おめでとう比企谷」

 

その呟きは、雲ひとつない夏空に吸い込まれるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

八幡「誕生日ってなんだろうな」

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