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二乃「私がしたいからよ。あんたと、二人で」 風太郎「………」【五等分の花嫁ss/アニメss】

「どういうことだ、これ」 

 

 五つ子の家庭教師を始めてから、もうずいぶんと日が経った。途中、学年の切り替わりを挟む程度には。 

 着任当初には非協力的だった面々が素直に教えを乞うてくれるようになったのは、純粋に嬉しく思う。そこにやり甲斐じみたなにかを感じ取れるようにもなった。 

 二年の期末テストで無事全員が赤点回避を成し遂げ、俺のバイト先で祝賀会を開いたのが三月のこと。 

 そして四月も暮れる今時分、俺は五つ子全員の卒業を請け負うという大役を、それなりの責任感でもって演じ切ってみせようと息巻いていたところなのだが。 

 

「ここに来てストライキか?」

 

 元々暮らしていた高級マンションを放り捨て、彼女たちが新生活の拠点としたアパート。今日はここで、付きっ切りで中間試験の対策をする予定を組んでいたのにも関わらず、部屋にいつもの活気はない。 

 まあ、それも当然。 

 

「みんなから遅れるって連絡をもらったわ。そのうち来ると思うから、しばらく待っててちょうだい」 

 

 次女の二乃以外、そこには誰もいなかった。 

 常に五人勢揃いが基本なので、部屋が広く感じられる。普段が狭過ぎるとも言えるが。

 

「そういうのは俺に直接連絡するもんだろ」 

「結果的に伝わったんだから同じじゃない。大丈夫よ。みんな、やる気を無くしたわけじゃないから」 

「それにしたって意識が低い。先が思いやられるぞ」 

 

 なにせ、全力で詰め込んでようやく赤点ラインを超えられるかどうかを争う連中なのだ、こいつらは。気を抜いていると、瞬く間に知能が元どおりになってしまいそうで恐ろしい。常に余裕がない状態だということを、今一度理解してもらう必要がある。

 

「取り敢えず、座って休んでなさいよ」 

 

 二乃に示された場所に腰を下ろす。ちゃんと刻限に間に合っているこいつを叱ったところで、得られるものはない。 

 ……それにしても。 

 

「…………」 

 

 諸事情から、こいつと二人きりになるのは、非常に気まずい。 

 可能な限りこのシチュエーションは避けて立ち回ってきたというのに、どうしてこう噛み合わせが悪いんだ。 

 かたや告白した方、かたや告白された方。返事は不要と言われていても、向こうの気持ちがわかっている分、如何ともしがたい居心地の悪さはずっと抱えたままでいる。向こうがずっとケロっとしているというのも、俺がどう振る舞えばいいか分からなくさせる一因だ。 

 それに、もしかしたら俺への興味なんかとうに失せていて、そのことを口にしていないだけという可能性もある。変に意識し過ぎるのは、それはそれでまずいことな気がする。

 

「そうだ、せっかくあんたがいるんだから、私だけでも苦手なところを教わっておこうかしら」 

「構わんが」 

 

 意欲的に勉強してくれるのは助かる。モチベーション管理に関しては、正直俺じゃ完全に掌握できない。机の前に座らせる前段階をショートカット出来るなら、それはありがたいことだ。 

 一番反抗的だった二乃をどうにか手懐けられたのが、この数ヶ月一番の功績だろうか。次いで全員の赤点回避。流石に逆か、これは。 

 ともかく、勉強に集中していれば、雑念に囚われることはないはずだ。 

 そう思って、二乃が広げたノートに目を落とす。

 

「数学か」 

「そ。点数的にも一番苦手だし」 

 

 バツの付いた図形と方程式の問題。以前の授業で解いたものを二乃なりに復習しようと試みた形跡はあったが、それでも結局、答えにはたどり着けていない。 

 

「略図描くからちょっと待ってろ」 

 

 ペンを走らせて、直線と円の交差図を記す。比率が肝要だから、慣れていてもなかなか面倒な作業だ。

 

「じゃあ今のうちに紅茶淹れるわね。砂糖は欲しい?」 

「頼む」 

「そう、助かるわ」 

 

 助かる……? と一瞬クエスチョンが浮かんだが、言い間違いかなにかだろう。もしかしたら、糖分が脳の活動補助に役立つとか、そういう話かもしれない。 

 なんにせよ、わざわざ聞くほどのことでもないので作図に戻る。それなりの具合に図が完成したのと、ティーカップが俺の目の前に置かれたのがほぼ同時。 

「サンキュ」と短く礼を言って大きく一口煽ると、砂糖の甘い味と、苦い茶葉の味が、ゆっくり口内を満たした。

 

「俺の分だけで良いのか?」 

「……ああ、私はもう少し冷ましてから飲むわ」 

「そうか?」 

 

 二乃の分のカップが出されていなかったので不審に思う。まあ、ブルジョワな暮らしを送っていた奴だから、こだわりでもあるのだろうと考えることにした。 

 

「じゃあ行くぞ。この類いの問題はだな、前に教えた、距離を求める、こうしき、を……」 

 

 解説を始めたいのに、まるで呂律が回ってくれない。体に力が入ってくれない。ノートには意味をなさないぐにゃぐにゃの線が引かれて、上半身はとうとうテーブルに突っ伏す形になった。 

 

「あんたさ、私の淹れた飲み物に警戒心なさ過ぎ」 

「二乃、お前……」 

「三回も同じ手に引っかかってどうするのよ」 

「また、薬……」 

 

 目だけをどうにか動かして、彼女に抗議の意思を示す。 

 でもなんで、今更。 

 それなりに打ち解けて、ある程度の信頼を勝ち取ったつもりでいたのに。 

 

「よいしょっと」 

「…………」 

 

 二乃の腕に支えられるようにして、その場で横にさせられる。抵抗しようにも、体に変な痺れが走って、指先一本まともに動かせなかった。 

 

「おやすみ、フータロー」 

 

 二乃が見せる、どこか妖艶にすら思える微笑。 

 それを脳裏に強く焼き付けて、俺の意識は途絶した。

 

「…………ん」 

 

 目を開く。あれからどれだけ時間が経ったかは判然としないが、まだ体には強い倦怠感が残っている。前と同じ薬なのだとしたらこんな症状は初めてだから、もしかするとそこまで長く眠っていたわけではないのかもしれない。 

 

「あ、起きた? やっぱり三回目にもなるとちょっと抗体出来るのね」 

「二乃……」 

 

 少し離れたところから聞こえる、二乃の声。 

 無理して首を動かし、そちらに視線を向けてみると。 

 

「なっ! なんでそんな格好してんだお前!」 

「なんでって、汗は流したかったし」 

「論点ずらしてんじゃねえよ二乃!」 

「あら」 

 

 言って、笑って、一歩ずつゆっくりこちらに近寄ってくる彼女は。 

 どういうわけか、全身を上気させながら、そのしなやかな肢体をバスタオル一枚だけで覆っていて。 

 

「今回は分かってくれるのね。嬉しいわ」 

「お前、まだ根に持ってたのかよ」 

「当然。まだ許してないわよ」 

 

 春休み、混浴温泉でバッティングした彼女を見分けられなかったことについて咎められる。無理を言うな。顔が同じ奴が五人もいるのに、髪型やアクセサリーを取っ払った状態でそれが誰か当てろなんて。

 

「ていうか待て。それ以上こっちに寄るな」 

「どうして?」 

「どうしてもだ!」 

「良いじゃない。私の裸見るのなんて慣れたものでしょ?」 

 

 俺で遊んでいるのか、言葉からは楽しげな雰囲気を感じる。どうにか抗いたいけれど、体がどうしようもなくポンコツなので、俺はもう流されるしかなくなっている。

 

「それとも、照れてる?」 

「なんで俺が照れなきゃならないんだよ」 

「そう、なら良かった」 

「……おい!」 

 

 すぐそばで膝を折り、床に手をつき、顔をギリギリまで俺に近づける二乃。 

 この距離になると、今使ってきたばかりだろうシャンプーの匂いがかなり強烈に鼻腔をくすぐってきて、もどかしい気持ちにさせられる。 

 

「照れないんでしょ?」 

 

 身じろぎしたらお互いの唇が触れてしまいそうな距離で、二乃が挑発的な視線を送ってくる。 

 平均よりかなり大きい方であろう胸部は重力とバスタオルによる締め付けとで派手に強調され、俺の眼前に深い谷間を作っていた。

 

「それとこれとは話が違う。いいから早くどいてくれ」 

「私のお願いを聞いてくれたら、従ってあげなくもないけど」 

「なんだよ、お願いって」 

「ほら、ここ」 

「…………」 

 

 二乃は、自分の唇を指差して、 

 

「キスしてくれたら、解放したげる」 

 

 と、いたずらっぽく微笑んだ。 

 

「冗談は成績だけにしろ」 

「あら、本気よ」 

「笑えねえよ」 

「笑わせるつもりなんかないもの」 

 

 更に二乃の顔が近づく。垂れてきた髪の毛が俺の耳を撫ぜて、温かくて甘い吐息が口許をくすぐってくる。 

 

「しましょ、キス」 

「どうしてそうなる……」 

「私がしたいからよ。あんたと、二人で」 

「…………」 

「好きな男の子と、ちょっぴり冒険してみたいじゃない」 

「……………………」 

「あ、顔赤くなった」 

「うるせえ」 

「逆に、ここまでやらないと赤面もさせられないってのがすごいけど」 

 

 二乃の人差し指が、俺のへそあたりから顎までを、触れるか触れないかギリギリの力加減でなぞってくる。未知の快感に情けない声をあげそうになるのを堪え、抗議した。

 

「……おいっ」 

「気持ちよかった?」

「そうじゃねえよ。今すぐやめろ、こんなこと」 

「どうして?」 

「どうしてもだ」 

「なら、手っ取り早く終わらせてよ」 

 

 目をつぶって、唇をすぼめる二乃。 

 そこから彼女は、ウインクの要領で器用に片目だけ開けて言う。 

 

「ちょっと動けば、解放してあげるわよ」 

「取引になってない」 

「あら、なんで?」 

「俺に利がないだろ」 

「私と合法的にキスできるのは?」 

「利になるもんか、そんなの」 

「……今のはちょっと傷ついたわね」 

「知るか。薬盛ってくる奴をどうして気遣わなきゃならん」 

「む」 

 

 俺の必死な抵抗に、眉をひそめる二乃。 

 

「あんた、キスしなかったら自分がどうなるかは考えないの?」 

「どうせこのまま外に放り出すとかだろ」 

「……あら、呆れた」 

「何に」 

「その程度の危機管理で今ここにいることに」 

「……ちょっと待て。本格的に何するつもりなんだよ」 

「私から襲う」 

「…………」 

 

 開き直ったかのように飄々と答える二乃の姿は、いっそかっこよく見える程だった。 

 

「あんた、ずっと私のこと避けてるから。ここらで一度、絶対に忘れられない思い出ってやつ、作っておきたくて」 

「馬鹿も休み休み……」 

「もうおそーい」 

「……んっ!」 

 

 危険を察知してどうにか躱そうとしたものの、あえなくそれが不発に終わった俺は、二乃に唇を塞がれていた。 

 

「んっ……んむ……」 

 

 

 感じたことのない快感に背が震えるが、それを気取られては思う壺だ。

 

「あ、あら、乗り気じゃない」 

「ちげぇよ!」 

 

 一旦口を離した二乃に文句を言うが、言い終わるや否や、再び口を塞がらた。彼女の荒い呼吸音は出来るだけ聞かないようにして、今はただ、ひたすら時間が過ぎ去るのを待つ。

 

 そして、ようやく満足したのか、二乃がゆっくりと俺から顔を離した。

 

「ご馳走さま」 

「…………」 

「私、初めてだったんだけど。あんたもそう?」 

「…………」 

「そ。なら嬉しいわ」 

「なんも言ってねえぞ」 

「否定しないってことはそうなんでしょう?」 

「……まあとにかく、これで解放してくれるんだろ。全部忘れてやるからさっさと服着ろ」 

「は?」 

「え?」 

 

 心底不思議そうに首を傾げる二乃に、俺も追従して眉を下げる。おかしい。約束が違う。

 

「キスしたら解放してくれるんじゃないのかよ」 

「キス『してくれたら』ね」 

「はぁ?」 

「あんた、私のされるがままだったじゃない。あんなのカウントするわけないでしょ」 

「……おい待て、ちょっと待て」 

「ん?」 

「じゃあ、これから俺はどうなるんだ?」 

「言ったじゃない」 

 

 二乃が、バスタオルの結束部分に手をやって、解く。 

 

「ま、待て!」 

「あら、口ではごちゃごちゃ言ってても体は正直ってやつかしら、これ」 

 「おい、待て待て待て待て!」 

「あんたも、制服が汚れたら困るでしょ? クリーニングに出す替えはあるの?」 

「そういう問題じゃねえよ!」 

 

「どう、私、体には結構自信あるんだけど」 

「聞いてねえよ!」 

 

「……ほんと堅物よね、あんた」 

「マジで勘弁してくれ……」 

「嫌よ。ここまで来たら…」 

「お前……ふぐっ」 

 

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「……シャワー貸してくれ」 

「うん……」 

 

 冷えた頭で回顧する記憶は、もはやただの地獄で。 

 その場のノリに任せるとロクなことにならないという教訓を得て、熱いシャワーで反省を……。 

 

「なんでお前も入るんだよ」 

「ほんと、あんたとは風呂場で縁があるわね」 

 

「結局他の連中は来なかったけど、お前どんな仕込みしたんだ」 

「フータローは遅れるから図書館に集まって自習しててって」 

「全方位に嘘ついたのか……」 

「これから行けば嘘にならないでしょ」 

 

 これはもう、いよいよ本格的に『分からせ』てやらなければならないと思ったその時のこと。 

 

『これ、二人の靴。なんでここにいるんだろ』 

『二乃ー!上杉さーん!』 

『事情があるんじゃないですか? それが何かは分かりませんけど』 

『今頃二人でよそ様にはお見せできないことやってたりして』 

 

「……おい」 

「どうしよどうしよどうしよ……」 

「取り敢えず服着て、あとはアドリブで誤魔化すしかねえ……」 

「……あ」 

「なんだよ」 

「……さっき使ったタオル、リビングに置きっ放し」 

「…………」 

「…………」 

 

 明確な詰みを食らって、俺は仕方なく、シャワーを浴び直すことにした。 

 

 さあ、俺の家庭教師業務の明日はどっちだ。

 

「……って、なに現実逃避してんのよ!」 

「いや、こうなったらもうどうしようもないだろ。なんとかする方法が思いつかん」 

「諦めないで! 賢いんだから!」 

「いや、俺は被害者なんだよ。お前がその旨を自供してくれれば万事解決だ」 

「誰がそんな話信じると思う?」 

「しかし事実だ。信じてもらうしかない」 

「ここまできたら共犯じゃない。また川に落ちたことにでもして、どうにかするしかないわ」 

「靴、乾いてた。その言い訳は無理があると思う」 

「そうだぞ二乃。誤魔化すにしてももうちょいマシな……」

 

 ここで硬直。明らかに二人の会話ではなくなった。 

 温水で血の巡りは良くなっているはずなのに、顔色をどんどん悪くする二乃。彼女が眺める先には、首に巻いたヘッドフォンが印象的な女の子が一人。 

 

「み、三玖……」 

「……フータロー、それ、隠して」 

 

 目を逸らされる。とりあえず近くにあったタオルを腰に巻いて、オーダーは満たした。 

 

「してたの?」 

「……いや、これは事故で」 

「してたんだ」 

 

 目が怖い。淡々と告げられるせいで否定できる空気でもなかった。 

 

「私たちが勉強してる中、二人で気持ちいいことしてたんだ」 

「待って三玖、事情があるのよ」 

「聞きたくない」 

 

 そりゃあ聞いても仕方ない。そんな折り入った事情なんてものは存在しないのだから。 

 

「……聞きたくない、けど。この後で言うこと聞いてくれるなら、助けてあげる」 

「本当か?」 

 

 なんでかんで、三玖は話が分かる奴だ。持つべきものは賢明な判断を下せる友人。 

 

「フータロー、次は私ね。二乃よりいっぱいしてくれるって約束するなら、ここで手伝ったげる」 

「……は?」 

「私ともして。二乃だけずるい」 

「ちょ、三玖、なによそれ!」 

「嫌ならいいよ。その時はここにみんな呼ぶだけ」 

「……うぅ」 

「どうする、フータロー?」 

「……………………」 

 

 目線で牽制してくる三玖。ぷるぷる震えている二乃。そして、ヒューズの飛んだ頭で必死に黙考する俺。 

 ……しかし、こんなのはもう事実上の一択で。 

 

「……よろしく頼む」 

「ん、任せて」 

 

 踵を返し、リビングの方へ行く三玖。答えた俺を見る二乃の目は、心なしか険しく。 

 

「……浮気者」 

「お前が言っていい台詞じゃないってことだけは確かだな」 

 

 ともあれ、この場はなんとかなりそうだ。これからのことに目を瞑れば、だけど。 

 

 ……いや、ほんとに。俺の家庭教師業務の明日はどっちだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

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