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いろは「それでも、本気で先輩のことを好きだって、言えると思います」2/2【俺ガイルss/アニメss】

 

先輩にああ言ってしまった手前、今すぐに帰るわけにもいかずそこらを適当にぶらぶらする。

 

 

すると一人の教師が目に留まる。

どうやら、あちらもわたしの存在に気付いたようでこちらに寄ってくる。

 

 

「おお一色、生徒会ご苦労だな。マネージャーもしてるのに偉いこった」

 

「いえいえ、まだぜんぜんうまくいってなくて~」

 

 

暗くなっていても笑顔を取り繕うことは忘れない。

考え方が変わってきていても、いままでのスタイルまで変わることはない。

 

見た感じ体育系のこのおっさんはサッカー部の顧問である。

 

 

「いやいや頑張ってるとおもうぞー?そんで、忙しいだろうが部活の備品が足りてなくてだな、

 悪いんだが補充しといてくれないか」

 

「……あ、はい~了解です!」

 

「すまんな忙しいのに」

 

「それを承知の上で生徒会入ってるんで、どうってことないです!」

 

 

まったくそんなことはないのだが。

半ば洗脳されて入ってしまった感じですし。

 

 

顧問は一言礼を言うと職員室の方に向かって歩いていく。

 

 

なんでわたしなんですかねー、マネは他にもいるでしょうに。

 

たまたまそこにいたからだろうか。なんて運の悪い。

なんか今日はレアエネミーのエンカウント率高いですねー。

ボールが少ない時にでる伝説ポケモンみたいな。ポケモンとか金銀くらいしか知りませんけど。

 

 

「頼まれたからには仕方ないですね~。明日にでもいってきましょう」

 

 

ついでに戸部先輩も使おう。別にこの間の腹いせとかじゃないですよ?

使え……優しい先輩なので協力してもらうだけです。

 

 

嫌なことから逃げるときに人の心は少し軽くなるもので、

先輩に会わなくていい口実が出来たことに少なからず喜んでしまっているわたしがいた。

 

 

そんな自分に気づき、胸のつかえが酷く、重くなったような気がした。

 

  * * *

 

「ねーねー、いろはちゃん。最近あの先輩と一緒にいるとこ見ないけど、喧嘩でもしたの?」

 

「そうそれ。気になってたんだよね~」

 

「はへ?」

 

 

クラスメイトであり、わたしの仲の好いお友達である二人が変なことを聞いてくる。

 

 

「あ~葉山先輩?いや~今は距離をとって様子見というか?逆に意識させちゃう作戦みたいな?」

 

「あれ?まだ葉山先輩狙ってたの?てっきりあの先輩に乗り換えたかと思ったのに」

 

「え……」

 

「ほら、なんてったっけ?ひき……ヒキガ……タニ?あ、そうだヒキタニ先輩だ!」

 

 

違うんですけど。ヒキガタニて……弾き語りみたいでちょっと面白いじゃないですか。

ていうか、え?なんで?そんな目立ってましたっけ?

 

 

「あ、あ~そっちの先輩ね、あはは。そんな一緒にいたかなー?

 仕事の話くらいしかしてなかったと思うけど」

 

「えー、よくみるよー。この間一緒にお昼とか食べてたんでしょ?てっきり付き合ってるのかと」

 

「それ思った。なんかいい雰囲気だったじゃん?」

 

 

これはあれか。葉山先輩を狙うものを一人でも多く潰したい女子の心理戦か。

別にもう狙ってないんでどうでもいいですけど。

 

ていうかなんでこんなガッツリ知られてるんでしょうか……。

わたしって実は隙だらけ?先輩に好きだらけ故に。うわつまんね。

 

というかこの手のネタは今はちょっと堪えますね……。

 

 

先ほどまで笑ってた二人だったが、急に真面目な顔をする。

 

 

「それで、実際のとこどうなの。ヒキタニ先輩好きなの?」

 

 

あーちょっとめんどうだなー。

これは、絶対言わないでね!わかった!の繰り返しで拡散していくパターンですね。

 

 

そこそこ仲のいい友人だったが、わたし自身、そこまで踏み込もうとしていないので、

どうも薄っぺらく、深読みするような間柄である。

 

正直もういいかなーとか思ったり。

 

 

「……まあ、そのー。うん」

 

 

と答えると、きゃーやっぱねーキェアーなんて盛り上がる。

ああ、こりゃネタになりますね、と思ったが予想外の返事をもらう。

 

 

「よかったねーいろは。やっと本気になれる人見つかって」

 

「うんうん。いろはちゃんなんか誰に対しても妙な距離とってたし心配してたよ~」

 

「ね。だから葉山先輩狙うって言ってたときは、あーってなったけど」

 

「わざわざ一部で悪評の絶えない先輩を選ぶってことは、よほどのことがあったわけでしょ」

 

 

……なんだろうこれは。新手の戦略でしょうか。

日々女子は周りの関係を壊さず攻撃を与える技術を産み出してるのでしょうか。

わたしもそれ系の女子ですけどね、えへっ!

 

 

「あははーそうかばれてたのかー。わたし的には上手くやってると思ったんだけどな~」

 

「もう超丸わかりって感じだったよ~」

 

「そーそー。……だってあの先輩と一緒にいるいろはって、一番楽しそうにしてるんだもん」

 

「妬けちゃうよね~」

 

 

そう口にした二人は、戦略女子特有の嫌な笑みではなく、どこかやさしい笑みだった。

 

 

「もー妬けるってなによ」

 

 

わたしはこの空気をどうしたらいいかわからず戸惑い、誤魔化すように笑う。

 

 

「実際さ……あたしらはいろはと仲いいつもりだけど、いろははそう思ってないのかなーって思うことがあってさ」

 

「うん。なんとなく距離あいてるのかなーなんて……思ってた」

 

「あ……え、と」

 

「まあ、あたしらの勝手な思い込みだし、だからなに、って言えないんだけどさ」

 

「もしかしたら、あんまり楽しくないのかな~って」

 

 

核心をつかれドキッとする。

予想外の彼女たちの分析に素直に驚いた。……いや、そんなものではない。

 

彼女たちと遊ぶのは楽しい。そりゃ当然だけれど。

でもそれは遊ぶことが、だったのか彼女たちだから、だったのかは……わからない。

 

 

「だからあの人と本当に楽しそうにしてるいろはが見れてよかったよ」

 

 

ちょっといい笑顔でニコっとしている。

対するわたしは少し泣きそうだ。

 

 

わたしの友達はちゃんと友達だった。

なにいってるか自分でもよくわからないけどそういうことだ。

 

 

分析してたとかそういうのじゃなくて、純粋にわたしを見ていてくれたのだ。

……もしかして本物というのは彼女たちのようなことを言うのだろうか。

わたしのほうが偽物ということか。

 

いろいろ考えていたわたしが恥ずかしく思える。

 

 

「ちょいろは大丈夫!?」

 

 

気付いたら涙が出でいた。

なんかいろいろと申し訳なくて……。

 

 

「あは、は……。だいじょうぶ。ちょっと目に大量のゴミがね」

 

「ええ!それだいじょうぶじゃないよ~」

 

 

泣き止むまでのほんの数分。

さすられていた背中はとってもあたたかかった。

 

 

「いや~お見苦しいところをお見せしました~」

 

「ほんとだよ、びっくりしたわ」

 

「そんないいかたダメだよー」

 

 

三人ともあはは、と笑いあう。

 

 

「……ごめんね二人とも。ありがと」

 

「ん~なにが~?」

 

「えへへ~」

 

 

軽い青春劇に皆少し恥ずかしく感じたのか軽く流し、話を戻してくる。

 

 

「それで!あの先輩と喧嘩したわけ?どうなの?」

 

「え、えーその話まだ続くのー……」

 

「そりゃいろはの一世一代のバトルですから!」

 

 

こういうのは気の持ちようの違いなのだろうか。

なんだか楽しく思える。

 

今までも楽しかったといえばそうでけど、それとは別に、ね。

 

 

「まあ、ちょっとギクシャクしてたけど多分大丈夫」

 

その時のわたしの顔はいい笑顔してたんじゃないかなと思う。

二人とも、おお、なんて言ってるし。

 

 

多分、もうだいじょうぶ。

なんとなくだけど、わたしにも"本物"が見えた気がするから。

 

 

彼女たちはずっと本気だったのだろう。わたしが見ていなかっただけで。

 

これで本物になれたとは思わないけど、少しでも近づけたらいいな。

 

 

「よし!その大丈夫っていう根拠を聞かせてもらおうかのぅ~」

 

「あはは、誰それ~」

 

「秘密で~す!」

 

「実はノープランだったりするんじゃないのー?」

 

「はい」

 

 

また笑いがうまれる。

 

 

なんかすごくいい気分です。

 

 

授業開始したにも関わらず笑いが止まらなくて、

こんなわたしの姿を初めて見たであろう先生は驚いてなにも言えなくなってました。

 

まあ、あとで怒られましたけどね。

 

  * * *

 

さぁ!それではさっそく先輩に……と、思ったが

そういえば顧問になんか頼まれているのを忘れてました……。

 

 

先にそっちを済ませておかなければいけません。出鼻挫かれたー。

先輩に頼んで一緒に~なんて思ったのですが、この状態で頼むのはどうかと思うので。

せっかくの休みですがまあ、さっさと野暮用を済ませることにしましょう。

仲直り?してない状態で休みの日に呼び出すのもあれですし。

 

 

というわけで

 

 

「戸部先輩!荷物持ち、よろしくお願いしますね!」

 

「お、おう。まかせとけって~」

 

 

いや~こういうとき二つ返事で了承してくれる人は役に……頼りになりますね~。

 

他のマネに頼むと生徒会やってるとか言い訳にしてーなんてことになりかねませんし、

点数アップのためにも自分で買い出しに行くわけですが、その点裏表なしに協力してくれる

戸部先輩はやはり使えます。あ、使えるっていっちゃった、てへ。

 

 

 

「ほんでー?今日は何買う感じなん?」

 

「カラーコーンいくつか紛失しちゃったらしいんでそれの補充と、

 あと飲料系ですね。そんなに大荷物にはならないと思います。

 あ、プロテインも買っていきましょうか」

 

「りょーかーい。って頼まれてないもの買ってってだいじょぶな感じ?ヤバイくね?」

 

「おねだりすれば大丈夫な感じします」

 

 

選手のコンディション考えてたらつい~、なんていってしまえばしょうがないな~ってなりませんかね。

ついでに救急道具も補充してしまいましょう。気が利く女~♪

 

 

買い物かごにどかどか詰め込んでいき割と重そうな感じになっている。

やはり呼んでおいて正解でしたね。

 

 

「ちょ、まじでやばいんじゃ……。あと重くね?」

 

「それじゃさっさと買って帰りましょうか」

 

 

会計を済ませ早々に店を出る。

せっかくだしウィンドウショッピングといきましょうか。

なーんて思ったけどカップルに思われたくないので撤退撤退~。

 

 

「お?」

 

「なにしてるんですか?帰りますよ?」

 

 

なにに気を取られてるのか、その視線の先を伺うと

 

 

「ヒキタニ君と妹ちゃんじゃーん!うぇーい!」

 

「うおっ……」

 

「あ、どーもです~。うぇーいうぇーい!」

 

 

ゲッ!先輩!

……おっといけない。きゃーせんぱーい。タイミング悪いんですけど!

 

 

「なーにしてんの、なんか買いもん?」

 

「買い物じゃなきゃこんなとここねーって」

 

「うっはーテラヒキタニ君だわー。いつも引きこもってる感じっていうか?」

 

 

すっげぇ馴れ馴れしい!それを計算でやってないあたりすごいですけど。

普通、人にあんなこと言われたらカチンとくるようなことですけど、なんか憎めないんですよねー。

 

 

そう思ってるのは先輩も同じようで、苦笑いしつつもそんな不快な様子にはみえない。

 

 

「ひきこもりで困ってますよほんとー。だから小町が買い物に付き合ってあげることで

 外に出してるわけですよ!お兄ちゃんの体調が悪くなったら困るからね。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「いや、今のは俺の体調が悪くなったら看護がめんどいって意味にもなる。あと付き合ってやってるのは俺の方なんだが」

 

「ぶー、深読みはポイント低いよーお兄ちゃん。……それでーそちらの方は~」

 

 

あわわ、ぼーっとしてました。完全に出遅れてしまいました。

 

 

一色いろは。うちの学校の生徒会長だ。ついでにサッカー部のマネをしてる」

 

「わたし的には生徒会のほうがついでだったんですけど……。えと、初めまして一色いろはです」

 

「どうも~比企谷小町です!兄が迷惑かけてないでしょうか?」

 

「かけてねぇよ。……多分」

 

「いえいえ、先輩にはほんとよくしてもらってて、その……感謝してるっていうか」

 

 

うー、なんか本調子になれない。

どうも気まずさが抜けてない。気分的にはやったるで~なんて気分なのだが。

 

 

「ほほう?これは新しいタイプですな……ふむふむ」

 

 

妹さんがなにやら思案しているご様子で。

 

 

「お兄ちゃん!せっかく知り合いに会ったことだしちょっと遊んで来たら?」

 

「はぁ?なんでそうなる。用すんだなら帰るぞ」

 

「まあまあまあ~。そういえば小町、買いたいものあったけどお兄ちゃんに見られたくない的な?

 だからどこかで時間つぶしてくれると助かるななんてとこなのですよ」

 

「じゃあどっか店入って―――」

 

「というわけでいろはさん!兄のことをよろしくできないでしょうか?

 あ、これ小町の連絡先です」

 

「え?あ、はい。どうも……ってええ!?」

 

 

そこで小町ちゃんは戸部先輩に目配せする。なにか察したらしい戸部先輩は

 

 

「あ、あ~わりぃいろはす。おれ行くとこあったから先いっとくわ!

 ほんじゃなヒキタニ君!」

 

「お、おう」

 

「またあとでねーお兄ちゃん!」

 

「え、ちょ、まっ」

 

 

なんというマシンガン。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

き、きまずい……。

 

 

結果、二人取り残されてしまいました。

嵐のようとはこういうことをいうんでしょうか。

 

 

どうしましょう。まさかこんな状態で二人きりになるとは、完全に想定外です。

心の準備もできていません。が、これはチャンスだ!絶対に逃すな!

 

 

「……どうする。帰るか?」

 

「え、と……じゃあ。せっかくなんでちょっと遊んでいきません?」

 

 

断られたら泣きますよ。

 

 

「……まあ、少しくらいなら」

 

 

っしゃあきたこらー!

お、おちつけいろは。そこにいろはすがあるじゃろ?落ち着け!

 

 

「は、はい。じゃあ……適当にお店みて回りますか?」

 

「了解」

 

 

おぉ……久しぶりのこの淡白なやり取り。

他人からすれば冷めたように見えることでも先輩を知る人からしたら充分ですよね。

 

 

「……生徒会、忙しいのか」

 

 

最近あまり先輩に会いに行ってないことから言ってるんでしょうか。

実は寂しかったりします?かわいいなーもぉ。

 

 

「えぇ、まあ。でもだいぶ落ち着いてきましたね。わたしも慣れてきましたし」

 

「そうか」

 

「役員とも上手くやれてるんで、苦痛ではないですね。割と楽しいですよ」

 

 

それを聞いて少し安心したような表情を見せる。

もしかしたら感情閉ざされてたりなんて考えてましたけど、杞憂だったようですね。

 

……ちょっと元気出ました。

 

 

「妹さん……小町ちゃん、でしたっけ。かわいい子ですね。先輩がシスコンになるのもわかる気がします」

 

「まあな。たまにめちゃくちゃやってくることもあるが、いい妹だよ」

 

 

なんか策士のようなイメージを受けました。気が合いそうです。

わたしに似てるってのもちょっと納得です。

 

二人とも気を遣ってくれたようで、感謝です。

 

戸部先輩も前回の失態を許してあげましょう。別にそんな怒ってたわけではありませんけど。

 

 

というか今更ですけどよく遊びの誘いに乗りましたね。

割と心開いてると受け取っていいんでしょうか。

 

 

しばらく店を転々としてると、先輩の携帯にメール届く。

 

 

「……そんな気はしてた」

 

「どうしたんですか?」

 

「小町のやつ先に帰るねーだとよ。前も似たようなことあったからうすうす気づいてはいたが……

 どうする?俺らも帰るか?」

 

 

ふむふむ。帰すとお思いですか?

 

 

「えーもうちょっと遊んできましょうよー。ラウワンいきましょラウワン!カラオケもありますよ!」

 

「いかねーよ。運動苦手だしな」

 

「そうでしたっけ?前葉山先輩とテニス勝負してた時すごかったような気がしますけど」

 

「………いたのかよ」

 

 

そりゃ葉山先輩いるところに、いろはありですよ。

その時の相手が先輩だったのは今思い出したんですけどね。

 

 

「でも、全然記憶に残ってなくてびっくりですね。多分あの時の葉山先輩の相手が

 先輩だったなんて覚えてないと思いますよ。」

 

「なんで唐突に傷をつけてくるの?言われなくても知ってるから」

 

「いえ、わたしは覚えてましたよっていうアピールです」

 

「………そうかよ」

 

 

ふふ。なんかいつもみたいに戻れましたね。よかったよかった。

 

 

「じゃあゲーセンならどうですか?」

 

「まぁそれくらいなら」

 

「記念にプリクラ撮りましょうよプリクラ!」

 

「なんで女と二人きりで撮らなきゃいけないんだよ……勘違いされるだろうが」

 

「逆に男だけで撮るんですか?気持ち悪いです。

 ていうか変に意識しないでくださいよ、恥ずかしいじゃないですか~」

 

 

しかし残念なことに撮る気は一切無いようで、

ここで無理に押すと好感度下がりそうなので今回は諦めるとします。今回はね。

 

 

話している間にゲーセンに到着。さてプリクラがダメならなにすればいいんですかね。

 

 

「あ、先輩UFOキャッチャーですよ!なんか取ってください」

 

「なんで取れると思ったんだよ……無理無理」

 

「えーアニメの主人公はとれる法則知らないんですかー?」

 

「主にラノベアニメに多いな。つーか主人公じゃねーよ」

 

「えー、あちこちでフラグ建ててるくせに主人公じゃないと」

 

「なんの話だよ……。つーかお前ってアニメ見るタイプなのな」

 

「それなりですかね~。眠れないときとかテレビつけてたまたま~くらいの感じですけど。

 あと、有名なとこは一応押さえてますよ。多方向に話題をつくれるので」

 

「そういう理由かよ」

 

「あ、じゃあこれやりましょうよ!定番のホッケー」

 

「急だなおい。それくらいなら付き合ってやらなくもないが」

 

「え!?今告白しましたか?でもごめんなさいムードがないのでダメです」

 

「ほらやるぞ」

 

「ちょ、無視ですか!?」

 

 

いやー実に楽しいですね~。ホッケーはぼこぼこにされましたけど。

先輩あんま外でないとか言ってたくせになんで強いんですか。もしかして一人でホッケーやってました?

 

 

「なんか悔しいので先輩を負かします。なにが苦手ですか?」

 

「負かすってのに苦手聞くなよ……。まあシューティング系か、苦手どころは」

 

「っしゃー!これやりましょう!」

 

 

選んだのは車ぽい筐体に入ってやるちょっと値段が高めのやつだ。

手にあたるセンサーでビビり度をはかるおまけつきである。

 

 

ふっふっふ。二重のいみで泣かしてやりますよ~。………あ、わたし怖いの苦手だった。

 

 

ひぃ~なんて甲高い声をあげてすぐにリタイアしてしましました。

 

 

「おまえあほか。怖がりなのになんでやったんだよ……」

 

ぐぬぬ、先輩を泣かしてあげることしか考えてませんでした」

 

 

しかも全然びびってないし……。

 

 

「実はこわがりとかいう設定なんでないんですか」

 

「まぁあんだけ隣で騒がれればな。俺にだって怖いものはあるぞ。平塚先生の拳とか」

 

「物理なんですね……」

 

 

しばらくいろんなゲームで勝負して時間をつぶしていました。

楽しい時間というのはあっという間なもので、いつのまにか外は暗くなっていた。

 

 

「そろそろ帰るか」

 

 

名残惜しいですが今日はここまでですね。

 

 

「そうですね。でましょうか」

 

「俺は自転車とってくるから―――」

 

「ついてきますよ」

 

「……そうか」

 

 

外に出て自転車置き場までやってくる。妹さんとは二人乗りできてたんでしょうか。

いつかわたしも後ろ乗りたいですね。

 

 

「送るか?」

 

「はい、お願いします」

 

 

先輩は、ん、と短く返事をすると自転車を押して歩き出す。

 

 

「なんか久しぶりですね」

 

「……そうだな」

 

 

帰り道、特に会話もせず二人黙々と歩き続ける。

 

 

しばらくして、人通りが少ない辺りにやってきたところで、わたしは口を開く。

 

 

「あの」

「なあ」

 

 

まさかの二人の言葉が重なる。

うっひゃーベタですけどこんなことあるんですねー。

相性ばっちりみたいな?知りませんけど。

 

 

「先輩から先にどうぞ」

 

「いや、あー……じゃあ」

 

 

先輩はんん、と軽く咳払いをすると少し言い辛そうに話し始める。

 

 

「その、だな。この間のことなんだが」

 

 

……っ!

思わず息が詰まる。それはちょうどわたしが話そうと思っていたことだ。

 

 

「あれは――――」

 

「ストップです先輩」

 

 

先輩がなにか言う前にそれを遮る。万が一、これから話そうとしてることを邪魔されてはたまらない。

 

 

「やっぱわたしから話します」

 

「……わかった」

 

 

……しかしなにから話そう。思えば全然話しまとまってないや。

まあ、なるようになるでしょう。

 

 

「本物、の話あったじゃないですか」

 

「ん?あぁ……まあ」

 

 

相変わらずこの単語を出すと、恥ずかしそうに頭を掻くんですね。

かわいいので見ていたいのも山々ですが、進まないので先行きましょう。

 

 

「先輩はなにが本物かってわかりましたか?」

 

「……いや、そもそももったことがないものなんて、わかりようがないだろ」

 

「そうですね……。これは持論なんですけどね」

 

 

そう切り出して話始める。

 

 

「本物って実はもともと存在してるものなんじゃないかなって。ただそれを当人たちが

 認められるか、認められないかの違いで。……考えてみれば本物が欲しいっていってそれを

 探したところで、それが本物になることなんてそうそう無いんじゃないかと思います。」

 

 

実際に本物を得ようと手を伸ばした結果、それは本物には程遠い偽物だった。

その手を伸ばした先が偽物というよりは、わたしの心が偽物だった。

 

 

「でも、きづいたらあったんですよね~。わたしが遠ざけてただけで。

 今まで否定してたんですけど、それを認めたらなんていうか、こう、いい感じでした」

 

 

「なんだそりゃ」

 

 

先輩はなにいってんだこいつみたいに笑いつつも、真剣に話を聞いてくれていた。

 

 

「だからその、上手く言えないんですけど、求めて手に入れるっていうよりは

 いつの間にか手にしてるってことが言いたいわけですよ!」

 

 

「……まぁ、一理あるかもな。だが、もともと持っていない可能性もある」

 

「そういう人もいるでしょうね。これから出会うかもしれないですし、一生ないことも

 あり得るかもしれません。でも、先輩は持ってると……思いますよ」

 

 

といったわたしの言葉に対し、長い沈黙の後一言、かもな、と肯定の声が聞こえてきました。

 

 

「なーんて、偉そうに言ってもわたし自身よくわかってないですけどね、えへへー」

 

「まぁ言いたいことはそこそこわかった。そんでそっちの話はそれで終わりか?」

 

「いえいえもう一つ。好きです先輩」

 

「そうか…………は?」

 

 

さらっといったドストレートな言葉に理解が追い付いていないようで、意味不明というような顔をしている。

 

 

「か、勘違いしないでくださいよ?いい先輩として好きじゃなくて、男性として好きって意味ですからね?」

 

「お、おう。……て、おい」

 

 

はっはっはー、これぞ逆ツンデレ。テンパってる先輩というのもなかなか見ものですねー。

 

 

「likeじゃなくてloveですよ?先輩」

 

「うぐっ……。あー、一色多分それは勘―――」

 

「勘違いなんかじゃないですよ。ちゃんと好きで、本気です」

 

 

なんとなく先輩の言わんとしてることを察し、それを言い切らせる前に断言する。

自分で言うのもなんですが、やさしい笑みを浮かべてると思います。

 

 

「告白に対しYESもNOも言わないで人の気持ちを否定するのは一番ひどいと思いますよ?

 そもそも先輩は誰かを本気で好きになったことってあるんですか?」

 

「……まぁ俺は振られることに関してはエキスパートだからな」

 

「言い訳のつもりですか?それこそ先輩の言う勘違いで好きになったってやつでは?」

 

 

苦しいことはわかっていたようで苦虫を噛み潰したような顔になる。

どうでもいいですけど苦虫ってなんですか?

 

ゲーセンではぼろくそに負けましたけど、今回は攻めてきますよー。

多分最初で最後になるんじゃないですかね、先輩に勝てるの。なんか勝利確信してますが。

 

 

 

「つまりですね、なにが真実か知らない先輩に、人の感情をどうこういう資格はないんですよ。

 理解していないならそれが間違いであるかなんて決められません。」

 

「……まあそれも、そうか」

 

 

もはやそれを否定する気も無いようで、すんなりと肯定してくる。

 

 

要するに先輩はビビッて逃げてるだけなんですよね。

本物が欲しいと言っときながら、それを避けてる。

 

おお!先輩のビビりポイント見つけましたね。

まぁ霊的、怪物的より生身の人間が怖いというところが先輩らしいです。

 

でもこの捻くれ先輩にしては全然反論してこないのが疑問ですね。

純粋に論破されてるとういうようにも感じますが、なんか違和感。

 

 

「といっても、経験が多いわけではないのでわたしの感情が正しい物かなんてわからないですけど、

 それでも、本気で先輩のことを好きだって、言えると思います」

 

 

そろそろ、わたしの家ですね。

まあ先輩には悩みまくってもらうとしましょうか。

 

 

「別に今すぐに返事してもらわなくてもいいですよ。たっぷりと悩んでください

 あ、ここまでで大丈夫です。送ってくれてありがとうございました!」

 

 

「あ、ああ。………一色」

 

 

「はい?」

 

 

「……いや、あー。……気をつけてな」

 

 

「はい、先輩こそ。……おやすみなさい」

 

 

「おやすみ」

 

 

別れの挨拶を告げると先輩は向きを変え、走り出そうとする。

 

 

「あ、そうだ先輩一つ忘れてました」

 

 

「あ?」

 

 

と振り向いた先輩の不意を突き、その頬に唇を合わせる。

 

 

「な、おま…え」

 

 

突然の奇襲にあわあわと慌てる。

暗がりでよく見えないが多分赤くなってるであろう先輩を想像してにやける。

 

 

「えへへぇ~、それでは!」

 

 

わたしは恥ずかしさを紛らわすため、たったったーとその場を逃げるように走り去る。

 

 

んー、さすがにまずかったでしょうか。まだ付き合ってもない段階で。しかも先輩相手に。

………もし引かれてたらやばいですね。多分大丈夫慌ててたし。

わたしだったら好きでもない奴にやられたら、頭の中でメッタ刺しにおっといけない。

 

 

なにはともあれ、いろはの完全勝利~……で、いいですかね?

 

 

しかし我ながら初恋の、しかも告白イベントだったいうのに、色気もムードもあったもんじゃないですね~。

もっといい雰囲気で告白するものだと思ってたんですけど、先輩相手ですしね。全部それで通ります。

 

 

加えて先輩を言い負かす告白とかどうかんがえてもおかしいですよね。

三者からすれば間違っても恋愛イベントには見えなかっただろう。

 

 

でも、これで進めたかな。どうなるかわからないけど。

 

 

先ほどのやり取りを思い出してみて、はぁ~と息がこぼれる。

 

 

「やはりわたしの青春ラブコメは間違ってますねー」

 

 

ま、それもありかな?なんてクスリと笑う。

 

 

大好きですよ、せんぱい?にひひ~

 

***

 

はいはいはい。先輩に想いを告げたわたしです。

あれからというもの、先輩の態度が妙にかわいくてしかたがありません。

 

 

別にそんな気にしてないけど?みたいなオーラ出すぎなんですよね~。

気にしてるの丸わかりて感じで。

 

 

こっからどうしようかな~っていっても、やることは同じなんですけどね。

ひたすらアタックしてさっさと好きって言わせてみせます!

 

 

今日はバレンタインデーです。

なのでこれを利用しない手はありません!

 

 

今日という日のために前々から準備してたわけですよええ。

いつも市販のを適当に配ってる感じだったんですけど、手作りですよ。ポイント高いでしょ?

 

 

問題はいつ渡すか、なんですよね~。

部活中にお邪魔なんて無理ですし、昼に渡しに行くのもな~。

 

 

ベタに下駄箱とか机に入れる?

いや、放課後に待ち伏せ。これか。

 

 

自分を好いてくれる後輩が、甲斐甲斐しく自分を待ってくれてて手渡し。

 

これですわ~。これならコロッといきますね。

 

 

しかしこれには問題が。

他の奉仕部メンツと一緒に出てくる可能性があります。

 

周りに女の子侍らせてる人に渡すとか苦行以外の何物でもありません。

 

 

どうしたものか、と考えていたところに声がかかる。

 

 

「よっ!いろはす

 

「あ、戸部先輩おはようございます!」

 

 

おなじみの戸部先輩ですね。

どこかそわそわしてる様子。チョコでも期待してるんですかね。

 

 

そういえばわたしが告白した後日、

あれってそういうことなん?みたいに聞かれましたが適当にはぐらかしときました。

 

 

周りの空気よんじゃうひとなんで多分気づいてるでしょうけど、

深く問い詰めてこないあたりいい人ですよね。

 

 

結局いい人どまりなんでモテなそうですけどね。モテないチャラ男の典型っていうか。

 

「いや~これきてるっしょ俺。まじやばいっしょ~」

 

「なにかあったんですか?」

 

「いや~なんつの?海老名さんからチョコもらっちまったつーか?」

 

 

そわそわしてるかと思ったら誰かに自慢したくてそわそわのほうでしたか。

ていうか姫奈さんのこと好きだったんですね。初耳です。

 

 

「え~おめでとうございます。やりましたね~」

 

「まあ?優美子と一緒に作ったとかで隼人くんついでのギリらしいけど?これはきてるべ」

 

 

……え?どこが?

 

 

「へ~。ていうか戸部先輩、姫奈さんのこと狙ってたんですね」

 

「え?いろはすエスパー?」

 

「いや、もろわかりでしたけど」

 

「うっわーまじか!ちょ、これ内緒にしといてくんない?」

 

「だいじょうぶです、わたし口は堅いほうですから」

 

 

なんかいいたくてしょうがないようにも見えますが。

 

 

「んで、いろはすは誰かにあげる感じ?」

 

「まあ内緒です」

 

「え~気になるっしょ~」

 

「おしえませ~ん」

 

 

また戸部先輩でも使ってやろうかと思いましたがいい案思い浮かばないですねー。

結衣先輩ならなんとかできそうですけど、雪ノ下さんは難しいですし。

 

まだ考える暇はあるしいいか。

 

 

「それではこれで失礼しまーす」

 

「おうじゃーなー!」

 

 

誰かに今の気持ちを伝えられて満足そうに帰っていく。

やべーしか言ってなかった気もするけど。

 

 

さあ、作戦タイムです!

 

―――――――

―――――

 

なんか……いいの思いつかない。

やっばー、もう放課後なんですけど。

 

今から呼び出します?いやでも、待ち伏せのほうがポイント高いですし……。

でもうまく鉢合わせられなかったら?この日を過ぎたらただのチョコになりますし。

 

いや、気持ちの問題だとは思うんですけどね?

 

 

「で、今回はチョコをいつ渡すかって話か」

 

「さすが副会長話がはやいです」

 

 

もう皆慣れたのか、わたしが話を切り出す前に相談に乗ってくれます。いい人たちです。

 

 

「普通に今から渡しに行けばいいじゃないか。部活中に呼び出すというのもありだと思うが」

 

「呼び出しってうれしい反面、周りに茶化されるからどうかと思うなー。彼なんて特にそういうの嫌いそうだけど」

 

「それなら、どこかで待ち合わせとかで人のいない場所のほうがいいですよね」

 

 

さっそく議論を交わす。完全に生徒会が私物化してますが、ちゃんと仕事もしてるので大目にみてくださいね!

 

 

「いや、あの手のタイプはアポなしのほうが効果的だと思うねー」

 

「なんでだ?」

 

「きっとそわそわしてるだろうから、そこに連絡入れるとキターってなるでしょ?

 で、期待してたのが馬鹿みたいって帰るときにいくとドキッとくるわけ」

 

「な、なるほど。詳しいな……」

 

「それですそれ!……でも、周りに人がいたらアウトなんですよね~」

 

「雪ノ下さんたちですか?たしかに渡しづらいですし、気まずくなりますね」

 

「あの3人は一緒に帰ってるのか?」

 

「いえ、そんなことはないと思いますけどー」

 

 

多分。でも校門までならいっしょにってのはありますよねー……ん?

 

 

そういえば先輩って誰かと一緒に学校を出るとこ見られるの苦手でしたよね?

ということは昇降口……最悪校門までは結衣さんたちといてもそれ以降は一人になる可能性が高い。

 

 

つまり校門で待ってればいいのでは?

うん、駐輪場なら間違いないですけど、そこじゃちょっとないですよねー。

 

「いや、あの手のタイプはアポなしのほうが効果的だと思うねー」

 

「なんでだ?」

 

「きっとそわそわしてるだろうから、そこに連絡入れるとキターってなるでしょ?

 で、期待してたのが馬鹿みたいって帰るときにいくとドキッとくるわけ」

 

「な、なるほど。詳しいな……」

 

「それですそれ!……でも、周りに人がいたらアウトなんですよね~」

 

「雪ノ下さんたちですか?たしかに渡しづらいですし、気まずくなりますね」

 

「あの3人は一緒に帰ってるのか?」

 

「いえ、そんなことはないと思いますけどー」

 

 

多分。でも校門までならいっしょにってのはありますよねー……ん?

 

 

そういえば先輩って誰かと一緒に学校を出るとこ見られるの苦手でしたよね?

ということは昇降口……最悪校門までは結衣さんたちといてもそれ以降は一人になる可能性が高い。

 

 

つまり校門で待ってればいいのでは?

うん、駐輪場なら間違いないですけど、そこじゃちょっとないですよねー。

 

 

「校門あたりが妥当ですかね。そこまで一緒に行動してるかもしれませんが」

 

 

しかし城ノ内先輩がそれを否定する。

 

 

「いやーそれはないと思うなー」

 

「なぜだ?」

 

「だって彼女たちも彼にチョコ渡してるかもしれないじゃん?

 渡した後に一緒にいようとは思わないでしょたぶん」

 

 

……それを忘れていました。結衣さんたちも渡してるかもしれないんですよね。

うあー、先越されるー。いやでも告白してる時点でわたしのほうが有利ですよね。

 

これを機に……ってこともあるかもしれませんけど。

 

 

「うぅー。じゃあ校門で待つようにします」

 

「それがいいと思います」

 

「だな。よし仕事よろしく」

 

「ちょ、切り替え早すぎですって~」

 

 

あはは、と生徒会室に笑いがうまれる。

とりあえず決まりました。

 

あとは実行するのみです。

 

  * * *

 

「はぁー、さむぅー」

 

 

手に息をかけてあたためる。

校門で先輩を待ってるわけなんですが、外で待つのってきついですね。

 

もうそろそろだと思うんですけど。

 

生徒会はいつもより早めに抜けさせてもらいました。

仕事仕事と言ってばかりの副会長ですが、

こういう時に気を遣って代わりにやってくれるやさしさに感激ですね。

 

でもごめんなさい。わたしは先輩一筋なので。なんちって。

 

 

しばらくそこで待機していると人影が見えてくる。

が、目当ての人ではないようだ。

 

 

運動系と違い大体の文化系の部活は片付けがはやいので、運動部より先にでてくる。

 

 

そのうち多くの人がここを通るだろうが、先輩が来るころは人が少ない時間帯だと思われる。

できれば人の少ない今来てほしいですね。

 

 

「あれ?いろはちゃん?」

 

 

突然声をかけられてビクッとする。

声のした方に目を向けると。明るい髪に大きな胸が特徴の結衣さんだった。

 

 

「あ、どうもです結衣さん」

 

 

結衣さんは少し驚いてるかのような笑みを浮かべてこちらに寄ってくる。

 

 

「どしたのこんなところで寒くない?」

 

「いえちょっと人を待ってるだけです。大丈夫ですよ~」

 

「……もしかして、待ってるのヒッキー……だったり?」

 

「えぇっ!?あ、いや……はい」

 

 

あー、やっちゃった。なんで動揺しちゃったんだわたし。

……結衣さんたちも渡してるかもという話を気にしちゃってるせいだろうか。

 

 

「そっかぁー。チョコ、渡すの?」

 

「まぁ、はい。お世話になっているので」

 

「やっぱりさ、ヒッキーのこと……好き、だったり?」

 

 

うっはぁーぶっこんできますねー。

いつもならうまくごまかしてしまうんですけど、なんか嫌だなっていうか。

……嘘でも気持ちを否定したくない。ってなんか乙女っぽいうわああああ。

 

 

「……好き、です」

 

 

思い切ってぶっちゃける。

が、ちょっと恥ずかしくなって顔を俯かせてしまう。

 

 

「……そっか」

 

 

結衣さんは、たははーと笑い、お団子にした髪をくしくしと撫で、

うんうん、と納得したように首を振る。

 

 

「もうすぐヒッキー来ると思うから」

 

「あ、はい」

 

「負けないからね」

 

 

ニッっと挑戦的な笑みを浮かべて、去っていく。

 

 

「……モテますねー先輩」

 

 

しかも周りがハイスペックなんですよねー。何回わたしの心を折る気ですか。

でも、わたしも負けるつもりはありませんけどね。

 

 

 

まもなく来るといった結衣さんの言葉は確かで、先輩が自転車を押して歩いてくるのが見えた。

自然と笑みがこぼれる。

 

 

「せーんぱい!」

 

「うぉっ、一色か。おどかすなよ。弱いんだから」

 

「えー、そんなふうに見えませんけど」

 

「つーかなにしてんだこんな寒いとこで」

 

「先輩を待ってたんです」

 

 

先輩は、そうか、といってマフラーで口元を覆う。

そんな照れてる先輩を微笑ましく思いながら、カバンからブツを取り出す。

 

 

「はい、せんぱい。はっぴーばれんたいんです」

 

「……おう。ありがとな」

 

 

すでに告白してるんで貰えることには驚いてはいませんね。

 

心なしか先輩の顔が赤い。

こちらに目を合わせてなにか言いだそうとしている。

 

 

「あー、一色……」

 

 

えぇ!?もしかして今返事もらえたりしますか!?

さすがに心の準備できてないですよ!

 

 

絶対わたしの顔赤くなってる。

 

 

ドキドキ高鳴る鼓動を抑えながら次の言葉を待つ。

 

 

耐えられなくなったのか先輩は顔を背けてボソッと呟く。

 

 

「……お返し、するから。……そんとき、な」

 

 

生徒たちの喧噪につぶされ、下手すれば聞き逃してしまうかのような声で告げる。

しかし、その言葉はしっかりとわたしの耳に届いた。

 

 

そしてそれを理解した瞬間、自分の顔がすごく熱くなる。

 

 

「………はぃ」

 

 

来るかも、と思ってた言葉は来なかったが、それで充分だった。

 

 

 

「んじゃ……またな」

 

「はい、また」

 

 

自転車にまたがり、遠ざかっていく先輩の背をしばらく見つめたあと、ぷはぁと白い息を吐く。

 

 

「つまり、そういうことで……いいんだよね?」

 

 

多分話の流れ的にホワイトデーのお返しだろう。

あるいは、その前にお返しをしてくれるのかもしれないが。

 

 

外で待っていたにも関わらずわたしの体は熱い。

 

 

この熱が冷めてしまう前に帰ろうと思い歩き出す。

堪えようとおもってもにやけてしまう口元を隠すために、マフラーに顔を深く沈めて。

 

 

いつかくるお返しの日を楽しみにしつつ――――

 

***

 

炬燵が最高に気持ちいいと感じるのは正月だろう。

2月でもまだまだ寒く、3月でも全然いける……が、なんての?気分的に?

イメージ的に正月といえば炬燵にみかんにおせち。あとお餅か。

そういった固定観念があるからこそ正月の炬燵の中は、なんとなく心地よい。

 

とはいえ、寒ければいつであっても心地よい……のだがいかんせん。だらけてしまう。

正月であれば、まあこういう期間だし、といって心置きなくだらけられるのだが、

それ以外のなんの変哲もない日にこう炬燵に潜り込んで、挙句寝てしまおうものなら

そのあとの倦怠感に苛やまされる。

 

しかしそれがわかっていつつもその魔力に逆らうことはできない。ふぇぇ…気持ちいいよぉ。

 

 

「なーに気持ち悪い顔してるのお兄ちゃん……ほんとにキモいよ?」

 

「小町、お兄ちゃんは今炬燵と戦っているんだ。こいつの魔力を抑え込まなければ小町が危ない。

 主に眠気の魔法を使って勉強を邪魔してくる。あと割と傷ついた」

 

「……ほんとに大丈夫?なんか顔も赤いし、熱でもあるんじゃない?病院行く?」

 

 

その病院は普通に風邪的な意味でだよな?頭のとかじゃないよな?

 

 

「炬燵に潜ってたからそのせいだろ。俺の頭はいつも通りだ」

 

「たしかにそんな意味わかんないこと考えてるならいつも通りだね」

 

 

おいおい。それじゃまるで俺が年がら年中頭のおかしい人みたいじゃないか。

おかしいとしたらあれだ。俺じゃなくて世界が間違ってる。

 

 

「てっきりいろんな人からチョコでも貰って嬉し恥ずかしで顔真っ赤なのかと思ったんだけどなー」

 

「関係ない。まったくもって関係ない。かすりもしないまである」

 

「あ、やっぱり貰ったんだ!だれだれ?いくつ?小町も食べたい!」

 

 

しまった嵌められた。おのれ孔明!つーかお前も食うのかよいいけど。

てか勝手に俺のカバン漁るな。別に変なもの入ってないからいいけど!

 

 

「うっひゃー!4つもある!隅に置けませんな~このこの~」

 

 

頬をつつくな鬱陶しい。かわいい。

 

 

「そ・れ・で~これはどちら様から頂いたのですか~?」

 

「……まあ由比ヶ浜とかそこらへんだ」

 

「ふむふむ。あとは雪乃さんと、川…崎さん?とかー、いろはさん…だったり?あ!今赤くなった!

 ひゃ~もしかして告白イベントとかあったのでございましょうか!」

 

「なってないし、なにもない。ただチョコもらっただけだ」

 

「……ふ~ん。まあいっか。お返しはどうするの?」

 

「当分先だし、今はいいだろ。あとあと考える」

 

「そっか。……よく考えてね」

 

「おう」

 

 

小町はうん、と一度頷くと炬燵から出ていき、

部屋の戸を開けたところでふとこちらに振り返る。

 

 

「なんかあったらいつでも小町のこと頼っていいからね!今の小町的にポイント高い!」

 

「おーおーありがとさん。寒いからはよ閉めろ」

 

「はーい」

 

 

バタンっと戸が閉まる。

そろそろ自分も部屋に戻ろうかと思っていたのだが今の冷気に当てられて出たくなくなってしまった。

もう少しだけここで温まるとしよう。はっ!炬燵…恐ろしい子……。

 

 

「……前のお兄ちゃんだったらお返しは本命にしか渡さない~…だとか言ってたんだろうなー」

 

 

閉められた戸の先では小町が一人誰に言うでもなくつぶやいていた。

  * * *

 

バレンタインデーも終わり、もう今月はなにもイベントが無くなったといえよう。

 

そもそもバレンタインというイベント自体気に食わない。

このただチョコを渡すという行為によりどこが得をするかなど言わずともわかる。

 

 

しかし得をする人がいる反面損する輩もいる。そう、男子学生だ。

 

 

彼らは今日もらえるかもードキドキなんて恥ずかしい勘違いをしてしまう。

あるいはチョコなんていらねー!と仲間と同調して慰め合うということもあろう。

別に興味ないし?みたいなスタンスのやつでも心のどこかでは期待してしまう。それが男子学生というものだ。

 

女の子が好きな男の子にチョコを渡す。また、義理チョコというやっかいなおまけがついてくることもある。

しかし、意中の相手がいなくとも、友チョコなどと称して仲良くお菓子を食べるといいうこともある。

 

 

そもそもバレンタインとは、尊敬、親愛のあるものへの感謝の気持ちであったはずなのだ。

それが我が国では女性の告白ツールとなってしまった。

 

 

つまるところこれは女子限定のイベントと言ってよいだろう。

普段勇気の出ない告白の後押しをしてくれる、と考えればなるほど、女性にとってうれしいイベントかもしれない。

 

 

だが、男性からしたらどうだろうか?

イベントとはたまにしかないから盛り上がれる。誰もが参加したくなる。

 

なのに好意を寄せられていなければそのイベントに参加する資格を与えられないとはどういうことか。

仮に男同士でチョコの交換でもしようものならホモのレッテルを貼られかねない。

 

一部にとっては嬉し恥ずかしドキドキイベントであっても、

大多数の人は自分に関係のないところで人が盛り上がっているのを眺めていることしかできない。

 

 

ならホワイトデーという男性向けのイベントがあるじゃないかって?

馬鹿め!あれはバレンタインでチョコという参加資格を貰わなければだれかに贈り物をすることなどできないのだ!

 

なにももらってない奴にお返しなど意味が解らないし、これまた友チョコの代わりになることをするでもない。

 

この2つは別物ではなく、セットイベントなのだ。

 

好意を受け取ったものが、好意を返すイベント。

 

 

つまりなにが言いたいかというと、意味深にお返しするなんていってしまった。どうしよう。

 

  * * * 

 

そもそもだ。そもそもなんて返そうとしていたのか考えよう。

いや、考えてなかったのかよ俺。しょうがないっすよ~なんか反射的に答えちゃったんですよ~。

 

 

まず、一色は俺のことが好きだと言った。それは本当だろうか?

百戦錬磨のぼっちともあろう俺がなぜそこを疑わなかったのか。

 

 

普段の俺ならば勘違いだと一蹴していた。相手にも、自分にも。

なのに何故、あいつが俺のことを本気で好きだという前提で考えているのか。

 

 

あいつのことだ。ふざけてたとか、賭けとかしていたなんてことが……いや、違う。

わかっている。だからこそわからない。

 

 

……また同じようなことを考えてんな。成長したようで肝心なところで後戻りしている。

 

 

俺は人を理解しているが、心を理解できていない。

期待しているわけではない。勘違いするつもりもない。

 

 

最初に俺が一色の仕事を手伝った理由。

それは彼女への負い目と、逃げ場が欲しかったから。

 

次に手を貸したのは、依頼があったから。ただそれだけの理由。

 

 

生徒会長にさせられたことで面倒事が起きていると考えれば憎まれても文句は言えない。

惚れる要素なんてないだろう。告白された時、勘違いだ、と否定することもできた。

いや、いつもの俺ならばしていたはずだ。

 

 

では、何故?……いや、答えは出てる。俺は―――

 

 

「ヒッキー?……ヒッキーってば!」

 

「うぉ!?……なんだどうした。お腹でも痛いのか?」

 

「え?別になんともないけど……じゃないし!ヒッキーが大丈夫か聞いてるんだけど!

 ……もう放課後だよ?部室いかないの?」

 

「え?」

 

 

まじか。……どんだけ長考してたんだ俺は。いや、あるいは時間を操rケプコン!ケプコン!

 

 

「あー、ちょっと寝不足でな」

 

「いつも寝てるイメージなんだけど……。とりあえず部室いこ!」

 

「おう。……由比ヶ浜、一つ聞いていいか?」

 

「ん?なにー?」

 

「人ってなんだろうな」

 

「重い!?なんか哲学的なこと話始めたし!?」

 

「いや、実際意味わかんなくね?俺以外の人間て実はプログラムされた行動をなぞってるだけなんじゃね?」

 

「こわ!ちゃんとあたしはあたしだし!」

 

 

由比ヶ浜は軽く引いた目でこちらを見るが、少し真面目な顔をして続ける。

 

 

「今度はなに悩んでるのかわかんないけどさ、たまには自分中心で考えてみるのもいいんじゃない?

 相手がどうとかじゃなくてさ。あ、あと素直になるとか……」

 

「いや俺は基本自分中心だぞ。相手をいかに貶めるか考えてる」

 

「悪っ!言われてみればいつもそんな気がする……」

 

 

いつもとは心外だ。他人中心になるときだってある。小町とか戸塚とか。

だが、材木座を気にかけたりするのは無駄だ。よって奴には自分のために動いてもらおう。どわっはっはっは。

 

どうでもいいけどあの笑い方は悪意に満ちている気がする。ガキ大将的なレベルで。

 

 

他愛ない話を継続しつつ部室へ到着する。

戸を開けると来ることを予想していたかのようなタイミングで部長がお茶を注いでいる。

 

いや、まじで由比ヶ浜に対してなんかセンサー持ってそう……。

 

 

「やっはろー!わ~今日もおいしそだね~」

 

「こんにちは由比ヶ浜さん。あら、今日は引き笑いくんも一緒に来たのね」

 

「おいやめろ。なんにもしてないのに通報されたの思い出すだろうが」

 

「うわぁ…なんかリアル……。でも想像したら怖いかも」

 

「おい、俺は悪くないだろ。読んでた本が面白いのが悪い」

 

「その返し方からするに、自分の笑みが凶悪ということについては自覚しているのね……。

 でもほんとに気をつけたほうがいいわ。私もあと一歩で通報していたところだったから」

 

「おまえ見てたのかよ……。あまり見ないでもらえるかしら」

 

「それは誰のマネかしら?」

 

 

しまった、ついうっかり本人の前でやっちゃったんだぜ。殺されるんだぜ。社会的に。

 

 

「……ゆきのんの笑顔が怖い。そ、それより二人って同じ本屋さんよく行くの?

 なんか本屋さんでよく会うみたいだけど」

 

「大体家から近いとこに行くからな。そういやお前は近くに大きいとこなかったか?

 なんでわざわざこっちの小さい店に来んだよ」

 

「別に、ただ人の多いところが苦手というだけで他意はないわ。

 まるで私が別の目的のために来ているというような発言はやめてもらえるかしら勘違谷くん」

 

「的確にトラウマ掘り出すのやめてくれる?」

 

 

これも中学のころに一部で流行った……やめとこう。

おのれ…鬼畜ゆきのん、略してキチノンめ……。

 

チノンってなんかラリッってそうだな。

 

 

「へ~。なんか用事合わせてるわけでもないのに会えるのっていいな~」

 

「いいものではないわよ。自分のプライベートタイムに誰とも知らぬ人に遭遇するなんて堪ったものではないわ」

 

「……んー?でもそしたら違うとこいけばよくない?ってっきり―――」

 

「違う。違うわ。別にこのお店にいけばまた会えるかもなんていう得体のしれぬ感情からきているわけでは決してなく、

 ただ単純に私の行きつけのお店である場所に不純物が混ざった程度で私が場所を変えなくてはならないなんてことが許せないだけよ。

 そもそも私は彼と知り合う前からそのお店に通っていたわけなのだからなにも問題はないわ。最近は寄ることが増えたのだけれど、

 それも今探している書籍が入荷されていないか確認しにいっているのよ。確かにネットで注文すればいいという話なのだけれど、

 現物を手に取って購入するか決めるのが流儀であるだけで、特定の誰かに会いたいがために通ってるわけではないわ」

 

 

由比ヶ浜の言葉を遮り、早口でまくしたてる。その勢いのせいか頬は紅潮している。

なんというか焦るとわかりやすい反応するのだがこちらがどう対応したらいいかわからなくなるのでやめていただきたい。

なんかこっちが恥ずかしくなっちゃうからさ!

 

触れる暇がなかったがどうやら俺は誰とも知れぬ人らしい

 

 

「ごご、ごめんねゆきのん!あたしが悪かったから一旦落ち着いて!」

 

「私は至って冷静よ。変な勘違いをしないように諭してあげただけで」

 

 

といってこちらに顔を向ける。おいおいなんて返せばいいんだ。

 

 

「あー、こんどその本探しに行くか?」

 

 

思わず話題そらし。いや逸らせてないな。てか何言ってんだ俺。

 

 

「え?……ええ、そうね。それも……んん。……変にストーカーされるのも煩わしいし、今度付き合いなさい」

 

 

あ、いいんだ。てっきり罵倒されるかと思っていたのだが。

しかしどうあっても自分が上に立たなきゃ満足しないんすね。負けず嫌いもここまでいくと病気だな。

 

「ええ!ずるい、あたしも行きたい!」

 

「もちろん構わないわ。この男と二人きりなんて通報するしかないじゃない」

 

「なにするかわからないじゃなくて、すること前提かよ。てか呼んでおいて通報とかまじキチノン

 

「なにか言ったかしらキチガ谷くん」

 

「よっしじゃあ決まりだね!いつ行く?」

 

「この後でもいいのだけれど、せっかくなのだし休日にお出かけといった形のほうがよさそうね」

 

「うんうんいいね!あ、じゃあさここのクレープ屋の――――」

 

 

いつのまにかガールズトークが始まり蚊帳の外へ。いやいつものことだけどさ。

……そういや、こいつが自分からどこかに遊びに行く計画するなんて珍しいな。

前なら一人でいいとか、めんどうだと言っていたが。……それは俺も同じか。

 

 

自分中心に、素直に。雪ノ下なりにこれに忠実になっているのかもしれない。

 

 

正直、こいつらと出かけるのが楽しみになっている自分がいる。

それを認められることが素直になるということなのだろうか。

 

 

ふと、一色いろはの姿が思い浮かぶ。まだ踏ん切りはついていないが、結論は出せると思う。

それにまだ猶予はある。それまでじっくり考えるとするか。もう少し楽観的にな。

 

 

「んじゃ俺帰るわ」

 

「あ、じゃああたしたちも帰る?」

 

「そうね、そろそろ暗くなるころだし、今日はここまでにしておきましょう」

 

「ゆきのん!鍵一緒に返しにいこうよ」

 

「別に一人でもいいのだけれど、……まあ、あたながそれでいいのなら」

 

 

えへへーとかいっちゃって雪ノ下に抱き着く。もーあんま百合百合しないでいただけますー?

 

 

「そんじゃあな」

 

「ばいばいヒッキー!」

 

「比企谷くん、また明日」

 

 

由比ヶ浜はぶんぶんと、雪ノ下は小さく手を振っている。その返事として一応手をあげておく。

駐輪場に寄る前に、あま~いコーヒーでも飲もうかと思ったのだが、今の状態で飲んだらやばそうなのでやめておいた。

 

 

気が付くと自分の変わっている一面をみて驚くことがある。俺の考えはかわらない、こうはならない。

と思いつつも、変わってしまっている。そもそも変わらないなんてことはない。

俺がこんなふうに斜め下な考え方する前は純粋な時期だって、期待していたことだってあった。

 

 

大本は変わらなくとも、細かい部分では変化し続ける。

とりあえず今は……次の休日が楽しみだな――――

 

***

 

さてさて。自分の変化を受け入れようが、特にこれと言って何か状況が変わるでもない。

たとえ人が変わっても周囲の状況が激変するわけでもない。

 

 

仮に根暗な人間が超絶前向き戸部よろしくうぇーいな人格に、見た目になろうとも状況が変わることは稀だ。

 

 

職場で根暗ということで軽くいじめのようなことが起きていたとして、うぇーい系になったところで仲間が

できたり、モテたりするわけでもない。暗かった人物が急に明るくなったことで周りの人間はある種の恐怖を覚えるまである。

 

 

根暗クスクス、から、なにあいつきもクスクス、程度の変化。

 

 

運命論を感じたのは俺だけであろうか。

 

世の中の出来事はすべて、あらかじめそうなるように定められていて、人間の努力ではそれを変更できない。

つまり努力するで無駄ってことじゃないですかやだー。

 

 

言わずともわかるであろう。人は変化を恐れる。自身、変わっていくことに恐れを抱いていたともいえる。

その結果、多少形が変わろうとも元の状況を保とうとする。故人の変化が周りの状況を変えることにはならない。

 

 

しかし、その周りが変化を望むなら別だ。一人の変化をきっかけにして周囲が徐々に変わろうとする。

であれば自然と現状は崩れ、新たな状況が構築されていく。

 

 

逆に周囲の人間が個人に与える影響はでかい。周りが楽しそうにしていれば自分も楽しくなる。

元々は明るい者でも、周囲がそれを良しとしないが故の排他により、その個人は殻に閉じこもる。

 

 

個人を変えるのは周囲で、周囲を変えるのもまた周囲。

 

all for one , all for all

 

なにそれ語呂悪い。

 

 

要するに、だ。自分では変わったつもりでも、結局現状維持を望んだが故に特に毎日に変化はなかった、のだが。

 

 

「あ、先輩!いらっしゃい!」

 

「なんでお前がここにいるんだ一色。つーか来客はそっちだろうが」

 

「じゃあお帰りなさい」

 

「へいへいただいま」

 

「へへ~。今の夫婦ぽくありません?」

 

「あざとい」

 

「久しぶりですねーそれ言われるの」

 

 

それまで黙っていた……というか声をかけるタイミングを見失ったといった感じの雪ノ下だったが、

んん、と咳払いをして注意を引いてくる。

 

 

「こんにちは比企谷くん。一応言っておくけれど、ここはあなたの家ではないわ」

 

「まじかよ。あまりにも居心地のいい場所だったから錯覚してたぜ」

 

「うわ、先輩がボケてる……ってなんか雪ノ下さん照れてます?」

 

「なにか?今のやり取りのどこにそんな要素があったのかしら」

 

 

だから怖いよ。目が怖い。ゆきのんの睨みつける攻撃!相手は死ぬ。

一色ガチでビビってんじゃねぇか。

 

 

「ってそうだ。なんでお前ここにいんだよ。さぼりか」

 

 

せんせいにいいつけてやろー!

 

あのふざけ半分の言葉にどれほど苦しめられたことか。対象が俺であるというだけで嘘が真実に変わる。

下村マジ許さん。

 

 

「ちーがいますよー。ちゃんと仕事はしてますー」

 

「じゃあなんか依頼か。今度は何のミスを犯したんだ」

 

「ミスったって決めつけないでくださいよ……。まあ、特に依頼というわけでもなくてですね……」

 

「は?じゃあなんで来たんだよ。ここは喫茶店じゃないぞ」

 

「依頼ではなかったのかしら?」

 

 

雪ノ下も依頼だったと思っていたようだが、どうやら違うようだ。

ということはなにか相談だろうか。うちは相談事も受け付けてるからな。まじ何でも屋。

気分はさながらコーヒーを点てながら常連の話を聞くマスター。……ここは喫茶店だったか。マスター!MAX缶コーヒーお願いします。

 

 

さておき、なかなか言いよどんでいるところを見ると話しづらい内容なのだろうか。

クラスの男子が掃除しないんですーとか。ないか……ないな。

 

 

「いやーなんていうかーそのー……せ、先輩に会いに来ただけ…ていうか……なんて。あ、あはは」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

見る見るうちに一色の顔が朱く染まっていく。その朱が広がってこっちまで赤く塗りつぶされそうだ。

実際雪ノ下もなんか気恥ずかしそうだ。

 

 

っていうか、なに照れてんだよお前のキャラじゃないだろていうかアッツいなー!さっき廊下歩いてきたからかなー!

歩いて息上がるなんて歳のせいかな?いや、妖怪のせいだな。

 

 

「その……紅茶、淹れるわね」

 

「あ、ど、どうもありがとうございます~…」

 

 

雪ノ下さんが気を遣っている……だと?

ていうかこいつさっきから語尾萎みすぎだろ。

どうするよ俺、選択肢はどの逃げるを選択すればいい!?いや落ち着け。とりあえず現実から逃げよう。すでに軽く逃げてるけど。

 

 

と、そのとき狙ったかのようなタイミングでガラガラっとドアが開く。

 

 

「やっはろー!お待たせ~っていろはちゃん、いらっしゃい!」

 

「あ、どうもです結衣さん!」

 

「今日はどうしたの?なにか依頼?」

 

「あえ?っとぉ~あ、遊びに来たって感じですかね~」

 

「そっかそっか、ゆっくりしていってね。あ、お菓子食べようよ!」

 

「あ、いいですね~。甘いモノ摂りたい気分です」

 

「ちょうど甘いモノ持ってきたよー、今日のは自信作なんだよね!」

 

「気が利くな。更にマッ缶もあれば完璧だ」

 

「さ、さすがにそれはないかな~、ていうか甘いのに更に甘いの飲むんだ……」

 

「糖分を摂りたがるのは決して悪いことではないぞ。脳の回りが良くなる。

 作家だの漫画家だの集中力使う人たちなんか糖分大量に摂る人多いしな」

 

「そうね、糖分は集中力、思考力、記憶力の低下を回復させることができるから、その手の能力を活かす人たちは

 積極的に糖分を摂取する傾向にはあるわね。勉強の疲労やテスト前に、というのはよくある話よ」

 

「へー!じゃあたっくさん甘いモノ食べればテストいい点とれるかな?」

 

「いや、知識つくわけじゃないからな?無い頭捻っても何も出んぞ。ただ太るだけだ」

 

「そこ!失礼だし!」

 

「大量に糖分を摂ることで逆に集中力や動作が低下することもあるから何事も適量が大事になるのよ」

 

「過ぎたるは猶及ばざるが如し、ってやつですね!」

 

「ふえぇ!なんかいろはちゃんが頭いいっぽいこと言ってる!」

 

 

ふえぇ馬鹿丸出しの発言だよぉ。

 

しかし一時おかしくなった空気も自然と元通りになったか。

グッジョブガハマさん。…………待て…自信作…だと?

 

 

「っじゃ~ん!名付けて!デラックスハニトーゆいゆいスペシャル!」

 

「あ、俺さっきコーヒー飲んだし腹減ってないから遠慮しておくわ」

 

「比企谷くん汚いわよ。汚いあなたには糖分が足りてないわ」

 

「いや、意味わかんないから。ていうか俺は汚くねーよ」

 

 

なんかよく見たらパンの白いところかと思ったら生クリームじゃねーの?あれ。

お前パンの耳の中にも外にもクリームとか……その名に恥じぬ甘さだな。

妥当なネーミングだ。発想の馬鹿っぽさといい。

 

 

「えー?普通においしそうじゃないですか?食べましょうよ先輩。あーんしますよあーん」

 

「いらんやめろまじでやめろ。お前が食えほら、あーん」

 

「……えぅ?あ、あーん、んぐんぐ………」

 

 

しまった、ナチュラルに伝家の宝刀あーんをしてしまった。つい小町に接するかのように。

隣でんー!あま~い!とかいって食ってる由比ヶ浜が固まってるじゃねーか。

 

 

「ど、どうだ」

 

「……甘すぎますね……いろんな意味で」

 

 

まあ、なにも突っ込まないでおこう。

 

 

「ヒ、ヒッキー!……あ、あーん」

 

「いや、ほんといいんでそういの、まじで」

 

「割と傷ついた!……じゃあゆきのん、あーん!」

 

「行儀が悪いわよ由比ヶ浜さん」

 

「ごめんなさい!?」

 

 

なにやってんだか。まあ本人は美味そうに食ってるし放置でいいだろ。

ふと一色のほうに目を見やると、ハニトーの甘さのせいか頬が緩みまくっていた。

 

 

なんだ……まあ、見てるとこっちまで甘くなってくるな。甘いついでに一口だけ食ってみるか。

………うむ。砂糖の塊ってかんじだなこれ。

 

  * * *

 

「そろそろお開きにしましょうか」

 

「だな。だいぶ日も落ちてきたし。つか結局ずっとここにいたが大丈夫なのか仕事は」

 

「大丈夫ですよ、っていうか今日は何もすることなかったんで。また遊びに来ますね!」

 

「ここは用事のない人が来るようなところではないのだけれど……」

 

「ま、まあまあ。たまにはいいんじゃない?いつも暇だし」

 

 

実際、活動内容なんかほとんど無いようなもんだしな。笑え。

 

 

「私は鍵を返してくるからここで」

 

「あ!あたしもついてくよゆきのん」

 

「そう。では2人ともまた明日」

 

「おう」

 

「おつかれさまでーす!」

 

「おつかれー!」

 

 

雪ノ下、由比ヶ浜と別れ、一色と二人、一足先に帰るとする。

今日は互い少し変な態度になっていたが、部室でごちゃごちゃやっている間に自然といつも通りに戻った。

歩き出して少したってから一色が口を開く。

 

 

「奉仕部楽しいですね~。居座りたいです」

 

「別になにもしない部活のどこに楽しい要素があったんだ」

 

「強いて言うなら先輩がいることですかね、どや」

 

「もう普通にぶっちゃけるのな」

 

「そういう先輩も可愛い反応見せませんね~つまんないー」

 

 

少しの時間ではあったが大分慣れた気がする。人間なんにでも慣れるもんだな。

 

 

「でもほんと……わたしが奉仕部にいたらどうなってたんでしょう」

 

「どうもなってないだろ。入部初めの段階でもうバックれてる気がする」

 

「あはは~それありますね。多分他の部活か、遊びに行ってますね。

 ……そう考えるとこれでよかったのかもしれませんねー。わたしが先輩に依頼してなかったら気付けなかったことばかりな気がします」

 

「……かもな」

 

 

同じ部活であったとして、一色という人間が俺のようなぼっちを認識するようなことはないだろう。

誰にでも愛されたいが故の、どの方面に対しても態度を変えないという点。本来ならば、俺という人間は誰とでも、という枠にいたはずである。

それが依頼というきっかけにより、変化していった。

 

 

「また、遊びに行ってもいいですか?」

 

「おう。どうせ暇だしな」

 

「えへへ。じゃあまた明日です!せんぱい」

 

「ん、じゃーな」

 

   * * *

 

「で、昨日の今日でさっそくいるわけか」

 

「へへ~きちゃいました」

 

「仕事しろよ生徒会長」

 

「今日の分の仕事はすでに終わらせてますー、授業の合間とかに全て終わらせました」

 

「まじかよ」

 

「ふっふーん♪ご褒美があるのならわたしだってやるときはやりますよ」

 

「ご褒美ってなんだよ」

 

「先輩との時間、プライスレス」

 

「うぜぇ……」

 

 

部外者が2日立て続けという状況に我らが部長は如何様にお考えなのでしょうかね。

 

 

「別にかまわないわ。邪魔にならないのであれば」

 

「いいのかよ」

 

「と、いうわけで撫でてもいいですよ先輩」

 

「いや、まったく意味わからないんだが」

 

「わたしすごくないですか?放課後までに仕事全部終わらせたんですよ?ご褒美欲しいです」

 

「さっきプライスがどーのとかいってたのはどうしたんだよ」

 

「やっぱり目に見える成果がないとがんばれません」

 

「じゃあがんばんなくていいじゃね?おつかれさん」

 

「冷たい!あ、結衣さんこんにちは~」

 

「やっはろー!あれ、いろはちゃん生徒会大丈夫なの?」

 

「はい、やることやったので!」

 

「そっかそっか、じゃあゆっくりしていってね!」

 

「ありがとうござま~す。と、いうわけで撫でてください先輩!」

 

「断る。人前でんな真似できるか」

 

「二人ならいいんですか?」

 

「いや、手が折れてるから無理だな」

 

「断り方が雑すぎます!」

 

 

くだらない掛け合いが続いていき、奉仕部にしてはにぎやかな場所になったような気がする。

人は変化を恐れるものだが、周囲が変わろうとしていればその比ではない。

 

雪ノ下も由比ヶ浜も一色も。そして俺も変わろうと、近づこうとした。

その結果がいいほうに進んでるのかは、判断しかねない。

 

だが、今はただ、楽しければそれでいいのかもな。そう思えるくらいには、俺の思考も緩くなったもんだ。

 

――――

――――――

 

2月も終わりが近づき、今年度も残すところあとわずかです。

3月といえば春の始まりというイメージではありますが、まだまだ寒さは続いています。

寒いのは嫌ですが、暑いよりはマシです。

 

半ばまでいくと学生には嬉しい春休みとなりますが、わたしはさほど好きではないです。

この休みが終われば学年が上がるという緊張感がどうも苦手なんですよねー。

クラスが替わったり学校が変わるということは、また一からコミュニティの作り直しということですから。

 

まぁ一からというのは大げさかもしれませんが、わたしをあまり知らない人に

気に入られるよう行動しなきゃいけないわけじゃないですか?

 

 

それはさておき。世間一般的には、卒業式という一大イベントがあるわけですが、

大体、3月1日ですけど、そっこーで終わるんですよ。

卒業生からしたら大事な日ですけど我々からしたら退屈な時間でしかないんですよねー。

 

 

あとはなんですかね?修了式?教師陣の長ったらしい話を聞くだけとかつまらなくないですか?

 

 

だから3月ってあまりいい印象はないです。ですが今年は違います!

3月14日、ホワイトデー。ぶっちゃけた話バレンタインと対をなす割には地味というか、あまり注視されてない日ですよねー。

 

 

しかしわたしの先輩は言いました。お返しの日に告白すると!まだわたしのではないですけど。

……いや告白するとは言われてませんけど、それしかないですよね?これで勘違いとかだったら刺します。

 

 

というかあの雰囲気でそれ以外なくないですか!?

逆にこんだけためておいてなんとも思ってなかったーとかありえます?

……ありえないとはいえないかもです。あの先輩のことですからひよったりしそう。

 

 

とはいえ、マイナスに考えていてもろくなことが無いので切り替えていきましょう!

具体的には14日の予定を考えて!運のいいことに休日ですし。

ようするにデートですよデート。どうしよう服買おうかな。服の趣味とかなんかあるんですかね。ニーソ?

 

ていうかそもそも何も予定聞いてない!……まさか忘れてませんよね?

 

まあいいです、とりあえず準備を進めましょう。

 

 

「というわけで、どういう服で攻めていけばいいですかね?」

 

「まず卒業式の挨拶を考えてくれ頼むから……」

 

 

副会長が呆れを隠そうともせず返してくる。もう恒例の流れですよね。

 

 

「それよりもホワイトデーですよ!もう時間は残されていないんですから!」

 

「卒業式のほうが時間残されていないのだが!?」

 

「挨拶のほうは問題ないです。どうせネットに転がっています」

 

「確かに転がっているだろうが、だめだろ……常識的に考えて」

 

「お堅いですねー、どうせ挨拶やらなんやらなんて誰も聞いてやしませんよ……冗談ですよ冗談!やります!」

 

 

マジでキレちゃう5秒前な気がしたのでそろそろまじめにやりましょうか。

こめかみぴくぴくしてますし。

 

 

「まあ、会長はなんだかんだ言ってしっかりやってくれるから心配はしていないが頼むぞ」

 

「おお、デレた」

 

「デレましたね」

 

「仕事しろ!」

 

 

いつものやり取りを境に皆作業に戻っていく。

やることといっても挨拶の内容とか段取り確認とかで特に大変なことはないんですけどねー。

 

 

面倒事といえば、卒業式のセットをするための委員会との連携くらいだろうか。

また先輩に頼もうかなー。人手は足りてるんですけどね。

 

 

挨拶の場を借りてもう一回先輩に告白とか!…いや、しませんけど。

てか先輩と会う暇ありますかねー。すぐ帰っちゃいそうで。

 

ま、いっか!

はー例の日が待ち遠しいですねー。

 

  * * *

 

「先輩ってこの時期どう思います?」

 

「なんだ唐突に」

 

 

先輩は読んでいた本から目をはなし、訝しげな視線を向けてくる。

 

 

最近奉仕部にいることが当たり前になってきてる気がしますね。みなさんも違和感無いようで。

もう入部したいくらいなんですけどちょくちょく遊びに来てるシチュのほうが好感度高くないですか?

 

 

まぁさすがにサッカー部のマネまでしてるんでやるとなったらきついんですけどね。

でもあんまやることないですよね。この部活。

 

 

「わたしこの時期ちょっと憂鬱なんですよー。で、他の人はどう思ってるのかなーって」

 

「春休みが待ち遠しい」

 

「言うと思いました……。雪乃さんなんてどうですか?なんか春好きそうなイメージです」

 

 

雪乃さんはぴくっと反応し、陽?…好き?…と呟いて頬を引き攣らせてます。

なんか"はる"の字が違う気がしましたがめんどくさそうなんでスルーで。

 

あ、ちなみに名前呼びになったあたりちょっと親しくなれた感じです。

向こうは名前で呼んでくれないんですけどねー。

 

 

「じゃあ結衣さんどうですかー?」

 

「う~んあたしか~。虫が出てくるのは嫌だけど、割と好きかな!お花見とか!

 あ、ゆきのんお花見しようよお花見!」

 

「ええ。いずれね」

 

「それ絶対やらないやつだ!」

 

 

結衣さんはえ~いこうよ~なんて言って抱きついている。

鬱陶しいといいつつも雪乃さんは満更でもなさそうです。

 

 

「いつも仲いいですよね~あの二人」

 

「居心地が悪くなるよな」

 

「先輩に居場所なんてあったんですか?」

 

「お前の居場所は生徒会室だろ?帰れ」

 

「冗談ですよ先輩ー。わたしのいる場所が先輩の居場所です!」

 

「ドヤ顔うぜぇ……。あと意味わからん」

 

 

クールに返したつもりでしょうけど照れてますねこれ。八幡検定2級の目はごまかせませんよ~?

可愛いですね~。このうぶな感じが。

 

 

「でもいいですね、花見。やりましょうよ先輩!」

 

「なんでせっかくの休みをんなくっそ人の多いところで、世間の闇を拝みにいかにゃならんのだ」

 

「マジで意味わからないんですけど」

 

 

先輩はふぅ~とうざったらしく溜息を吐いて語り始めます。

 

 

「いいか一色。花見をする人間てのはだな、社畜の宴会の場であったり、薄っぺらいご近所付き合い、

 家族連れ、うぇーいな奴らが酒でもいれてさらにうぇーいする空間なわけだ」

 

 

「薄っぺらいとか、うぇーいという表現がもう先輩の卑屈さが伺えますね……」

 

 

まともなの家族連れしかいないじゃないですか……

 

まあなんとなく言いたいことが理解できてしまうわたしもどうかと思いますけどね。

いえ、これは逆手にとると先輩の理解者てことではないですかね?

 

ドン引きするような内容をドン引きしつつも受け入れてあげる器量の良さ。

 

 

「やっぱり先輩にはわたししかありませんね」

 

「マジで意味わからないんだが。まあ聞け。一見、楽しそうな空間に見えなくもないが

 その実、裏では互いの牽制、高度な情報戦、心理戦といったことが繰り広げられている」

 

「ああ、先輩がざいも……ざいもくざき?先輩と仲がいい理由わかりました。まあ一応聞いてあげます」

 

「ぐっ……。まあ要するに、だ。男女間であれば、集団であることで抜け駆けすることを許さず、

 また的確に欲しい情報だけをかすめ取る。ああいう場では少なからず気が緩むからな」

 

「あー確かにそういうのはあるかもですねー女子は」

 

「これが社会人であれば、いかに上司のご機嫌をとるかであったり、ご近所様の自慢話大会だったりする」

 

 

うわぁ……先輩って何が楽しくて生きてるんですかね。

 

 

「でも少人数の友達ならいいんじゃないですか?あとカップルとか」

 

 

と訊ねると、卑屈な笑みで答える。

 

 

「これは知り合いの話なんだが」

 

「あ、100%先輩の話ですねこれ」

 

「……その知り合いは、友達といこうと思っていたらみんな用事があるようで断られたんだ。

だがまあ、家族で行こうという話になり行ったわけだ」

 

 

もう落ちが読めますねーこれ。

自分からトラウマを掘っていくスタイル。実はドMですか?ちょっとそれは困りますねーわたし的に。

 

 

「そしたらなんと、そこには用事があるといっていた友達がいるではないか。

 少年は『あれ、なんでみんな揃ってるの』と大変居た堪れない状況になったそうな」

 

 

「先輩……もういいです。予想道理過ぎてなんか辛くなってきました……」

 

「ヒッキーまた自虐してるし……」

 

「相変わらず逸話に事欠かないわねあなたは……」

 

 

いつの間にか話を聞いていたお二人もドン引きのご様子で。

 

 

「よし!ヒッキー!お花見いこ!」

 

「いや、だから俺は別にいいって……」

 

「いきましょうよ先輩!いつまでも過去に囚われるのはよくないですよ!」

 

「どうせいつも行く流れになるのだし、潔く諦めなさい」

 

 

と、雪乃さんの止めの一言で、まあ特に用事もないしな、と頭を縦に振る。

ぶー、ちょっと複雑です。

 

まあ先輩も雪乃さんもなんだかんだ言って行きたい気持ちもあったんでしょうけどね。

 

 

 

「あ、っと……ちょっと長居しすぎましたね。ではそろそろ仕事しなきゃなんで、お暇します~」

 

「おお。いってこい。……あーちょっとだけいいか?」

 

 

失礼しますー、と部室を後にしようかと思ったら先輩に声をかけられる。

お二人には聞かれたくない話なのか部室を出て話始める。

 

 

「どうしました?」

 

「……14日、あいてるか」

 

 

内心キター!と思いつつもここは冷静に。とぼけた感じで。

 

 

「はい、あいてみゃすけど……」

 

 

かみまみた。

 

なんかちょっと気まずい空気が流れる。これは恥ずかしい!

 

 

「……まあちょっとあけといてくれ。詳しいことは後で連絡する」

 

 

「りょ、りょうかいで~す。では失礼します!」

 

 

気恥ずかしさから、ささっとその場を後にする。

 

 

「……ぅ~……顔あつい」

 

 

なんでそこで噛むかな~、と数秒前の自分を恨みます。

ちょっと座り込みたい気分でしたが、他の人に見られるのはあれなんで、

気持ちを切り替えるためにもさっさと生徒会の仕事を始めましょう。

 

その場で深呼吸してから早歩きで向かう。

 

 

……その前に顔洗ってきていいですかね?

 

 

『3月14日16時に駅前で』

 

 

先輩から来たメールは、ほんと簡潔に一言だけ。

えーもっとなんかないんですかー。まあ先輩らいいですけど。それで十分ですけど。

 

 

というかこの日に何をしようとか一切書かれてないんですけど、普通にデートでいいんですよね?

まあ先輩は否定するでしょうけどこれはデートですよ!

 

時間的にどこかぶらついてお食事て感じですかね?

 

 

このメールが来てから毎日のように携帯見てはニヤニヤしてしまいます。

あ、自分の部屋でですよ?さすがに誰かに見られでもしたら不登校ものですよ。

 

……少し浮かれすぎかなぁ?でもわたしにとって初めての出来事になるわけですからね。

自分にこんな乙女心があるとはほんと驚きですよ。

 

 

ちなみに、卒業式は特に問題なく終わりました。はい終了。

いや、ほんと何も思うことなかったのでー。

 

 

前生徒会長ことめぐり先輩とすこし話したくらいですかね。

……先輩と親しげなことに何も思わなかったということはありませんが。

 

まあ特に語るような出来事もありません。

 

いろはすー水頼むわー!」

 

「はーいりょうかいでーす!」

 

 

で、今日は久々にマネとしてサッカー部に顔を出しています。

 

 

いつもなら葉山先輩に黄色い声援を送っていたところですが、それがないわたしを不審に思ったのか、

体調悪い?なんて他のマネから言われますがむしろ調子いいです。絶好調です。

まあアピールしまくっていたのにそれが一切感じられないんだから変にも思いますよね。

 

先輩に思いを馳せるようになってからもそれは続いていましたし、

他に好きな人がいるなんて思いませんよねー。

 

なんか今彼キープしながら別の人にアタックしてるみたいな気分でいい感じはしませんね……。

まあ今彼ではないですけど。フラれてますけど。

 

 

それから特に問題もなく練習が終わり、みんな片付けにはいっていく。

わたしも片付けを手伝っていたのですが、声がかかり一旦手を止めます。

 

 

「よっ!いろはすおつかれさん!」

 

「戸部先輩お疲れ様です!どうかしましたかー?」

 

「いやぁちょっと急で悪いんだけどさ~……」

 

 

なにか言い辛そうに頭をガシガシと掻きながら切り出す。

どうやら楽しそうな話ではなさそうですが。

 

 

「14日なんだけど親睦会てきな感じで練習試合入ってよ~?それ参加できないもんかなぁーってさ」

 

 

「あー……すみません、その日は用事あるのでちょっと―――」

 

 

と、言いかけのところで戸部先輩がパン!と顔の前で手を合わせ頭を下げる。

あぁ――これはまずい。

 

 

「そこをなんとか!他の子にも声かけたんだけど外せない用事あるってやつ多くてよ~

 まじやばいんだわ~」

 

 

……わたしだって外せない……外したくない用事あるんですけど。

 

ほんとは断るべきところですが、性格上断りきれません。

 

「えーっと……何時くらいまでやる予定ですかね?」

 

「多分14時には帰れっと思うんだわ!」

 

 

まあ仕方ないですね。その時間であれば多分大丈夫でしょうし。

 

先輩に恋してからいろいろ変わったところはありますが、みんなから好かれる存在でいたい

というところはなかなか変わらないので、つい引き受けてしまう。

 

 

「その時間なら大丈夫ですね。参加します!」

 

「助かるわ~まじ感謝!今度なんか奢るわ!」

 

 

戸部先輩はおつかれさ~ん、とぶんぶん手を振り去っていく。

 

 

……まあ大丈夫。準備含めても約束の時間には間に合う。

 

 

遅れたとしても、1時間くらいならだいじょうぶ……ですよね?

一応少し遅れるかもという報告だけはしておきましょう。

 

慣れた手つきでスマホを操作しメールを送る。

割と早い返信にドキッとしたが、特に問題はないとのこと。

 

 

すこし予定が狂ってしまったが、楽しみなことに変わりはない。が、一抹の不安が脳裏をよぎる。

―――もし、遅れてしまったら。

 

こういう時ってどうしようもなく胃が気持ち悪くなるんですよね……。

 

 

その不安を取り除くように。あるいは周囲からの評価を大事にしてしまう自分への苛立ちを拭うかのように

ふるふる、と頭を振り、無理やり作った笑顔でその場を後にした。

 

――――――

――――

 

3月14日 

ホワイトデー

 

メディアはホワイトデーのお菓子やら、グッズやらを宣伝し

カップル、あるいは社交的にバレンタインのお返しをする日ではあるが特に大したイベントでもない。

 

何故そう思われがちなのかというと、男性というのはあまり記念日を重要視しない傾向にあるからだ。

 

バレンタインの『お返し』であることもそれに拍車をかけているのだろう。

バレンタインを実感しなかった人たちは特にこの日ほど、どうでもいいものはない。

 

想いを伝える後押しであるバレンタインとは違うのも理由の一つかもしれない。

大体バレンタインで上手くいけばそのままお付き合い、とりあえずお返しという流れ。

 

もうその時点で新鮮ないちゃらぶしているのであれば

この日に更に気持ちが盛り上がる、ということはないだろう。

 

まさに蛇足、である。

どっかそこらの企業の金儲けや、報道のネタにはなる程度。

 

 

ぶっちゃけわたしも気にしたことない日ですしねー。

でも、今年は違います。少なくとも今年は。

 

どっかの誰かさんがひよったのか、迷ってるのか知りませんが答えを先送りにしたせいです。

ま、先輩らしいといったら、らしいですが。

 

もう答えなんてわかっているようなものですが、それでも胸の高鳴りが抑えられません。

それを紛らわす、落ち着かせるという意味では本日の蛇足こと、サッカー部の練習試合は丁度良かったのかもしれません。

 

 

少女漫画だとこういう日は曇天からの雨、風邪を引くまでのコンボがありそうですが、

見事な快晴となりました。特に前日風邪気味であったーなんてこともないですし。

試合が雨天中止だったらそれはそれでよかったかもしれませんが。

 

 

というわけで、がやがやとした喧噪に包まれた総武校となっていますが、まだ相手の学校は到着していません。

それまでの間にグラウンドの整備、フィールドのセッティング、本部作りなどいろいろやることがあります。

 

 

力仕事は男子に任せ、細かい仕事はマネがやっていきます。

しかし今日はマネの数が少ないということで、みんなの便利屋戸部先輩をはじめとする何人かが補助してくれています、が。

 

 

スポドリの作成お願いしまーす」

 

「りょーかい」

 

いろはすー!ビブスどこー?」

 

「部室を入って左手にあります!」

 

「いろはちゃん、ラインってどうやって引けばいいんだっけ?」

 

「それなら……はい!ここに書いてある通りで!」

 

「ありがとー!」

 

「あれ?冷却スプレーもうなくね?」

 

「あとでわたしが貰いにいってきます!」

 

「うちはなにすればいいー?」

 

「倉庫にコーンがあるのでアップ用に並べておいてください!」

 

これがなかなか忙しいです。

いつもはやらないことをやってもらっているので、何がどこにあるとか指示する必要があるんですよねー。

 

大体女子は数人で固まってなにするんだっけー、こうじゃなーい?的なノリで進むのですが、

一人一人に役割与えないと終わらない勢いです。

 

本来指示出しなんてしないのですが、生徒会で慣れていて助かったーと今回ばかりは生徒会長であったことに感謝します。

ガラじゃないんですけどね、こういうの。

 

 

「おつかれ、いろは」

 

「わ、葉山先輩!どもです」

 

 

接近に気付きつつも、さも今気付いたかのようなスタイルー、さすがいろは選手策士だー。

 

 

「戸部から聞いたが、いろはも用事があったらしいな。すまない」

 

「いえいえ!どのみち夕方からなので大丈夫ですよ!」

 

 

そうか、と少し気負いしていたのか安堵した様子の葉山先輩。

きょろきょろと辺りを見渡し、それにしても、と続ける。

 

 

「さすがは生徒会長、ってとこかな?手際がよくて助かってるよ」

 

「いえいえそんな。まだまだですよ~。でも生徒会やっててよかったと思います!」

 

 

てへへーと謙虚にアピールという、もはや癖ですねこれは。

 

 

「これも、彼のおかげかな」

 

 

ボソッ、とわたしにしか聞こえないような声でつぶやく葉山先輩の顔は誇らしいような、悔しいようなよくわからない顔をしている。

が、それも一瞬で、気づけばいつもの爽やかな笑みを浮かべている。

 

 

「え~彼って誰です?葉山先輩ですか~?」

 

「はは、誰だろうね。それはさておき先方から連絡があったんだが、少し到着が遅れるらしい。

 まあ早く準備を終わらせて練習もいいんだけど、今日は手間かかりそうだしゆっくりで大丈夫だよ」

 

「あ、そうなんですか。助かります」

 

「俺は選手のほうに伝えてくるから、サポートのみんなにはいろはから伝えてもらえると助かる」

 

「はい!りょうかいでーす!」

 

 

葉山先輩はそれじゃ、と小走りでグラウンドのほうに向かい、集合をかけている。

 

んー大変だけど準備が間に合わないってことはなかったんですが、お言葉に甘えて少しペース落としますかね。

作業しつつサポートのほうに声をかけていく感じで。

 

 

そう思った矢先にくせーと顔をしかめてビブスを持つ戸部先輩が現れる。

 

 

「あれ、昨日雨とか降ってませんでしたよね?臭いますか?」

 

「そーなんだけどさー。だれか水ぶっかけたっしょー、まじないわー」

 

 

あ、ほんとだ。何枚か湿ってます。

塗れたビブスはもはや凶器ですからねー。

例えるなら牛乳拭いた雑巾を首にぶらさげるような……そこまで臭くないか。

 

 

「あーとりあえず広げて日に当てときましょう。相手チーム遅れてるようなのでそれまでには乾くと思いますし」

 

「まーなー。って遅れてんの?」

 

「はい。先ほど連絡があったって葉山先輩から」

 

「まじかー、じゃあそんな急がなくていい感じ?」

 

「ゆっくりでいいってのをサポートに伝えてくれって頼まれました」

 

「了解!んじゃ他のやつにもいってくるわ!」

 

「おねがいしまーす!」

 

 

おお、計らずとも仕事が減ってくれました。

いいね~他人の力使っていくね~。

 

しかしそれはそれでやることなくて暇です。先輩に電話しよっかな?寝てるか。

 

休みの日は昼まで寝てそう。

いや、今日は日曜なんでプリキュアのために早起きとかしてそうですね。

 

 

ま、暇してるところを目撃されるとマイナスイメージになりかねないので、

スコアボードでもいじってましょうか。

 

 

と、ボードに向かって睨めっこを始めたところで聞き覚えのある声が耳に入る。

 

 

「あーし寝不足で辛いんだけどー」

 

「あー、なんか楽しみで眠れなかったって感じかな?」

 

「ち、ちがうし!夜中まで映画観てたってだけだし!」

 

 

言わずもがな、三浦先輩と姫奈さんです。

まあ今日来た目的は大体わかりますけどねー。

 

コミュニティが崩れるのが怖い人ですから義理チョコって設定でいつものメンバーに配る。

そのお返しを何でもない風に、大勢に目撃された状態で、葉山先輩に貰うことで!優越感を得つつ周りに牽制する。

みたいな感じですよね~わかります。

 

 

でもみんなの前では渡さないと思うなー。それはそれでありみたいな感じなんでしょうけど。

そして戸部先輩のテンションがやたら高くなりましたね。試合中かっこつけてやらかさないといいですけど。

 

 

とりあえず絡まれるとめんどくさそうなので、なるべく目は合わさないようにしますか。

 

 

そういえば結衣さんはいないんですねー………もしかして、先輩と……?

なーんて。……いやいや。いや!ありえますね。

 

まあ?なんだかんだあそこは仲いいですし、夕方までは友達と遊ぶとかあるでしょう。

そのあとはわたしとデートですけどね!!

 

 

びーくーるびーくーる落ち着こう。

ここは正妻の余裕を見せていきましょう!

 

 

なんて誰かに頭の中見られたら悶絶してしまうようなことを考えているうちに、

なんだかグラウンドの様子がおかしくなってきてますね。なにかあったんでしょうか。

 

おかしいといっても、なんか困った顔をしている程度ですが……。

とりあえず聞いてみましょうか。

 

 

「あのぉ、葉山先輩?なにかあったんですか?」

 

「ああ。どうやら向こうの手違いがあったらしくて、バスが出せないそうなんだ」

 

「えっ、じゃあ今日の試合はどうなるんですか?」

 

「とりあえず今すぐ動ける保護者や教師から車を出してもらう流れになっているようなんだが、

 急なことだからね。1時間は遅れると思う」

 

「そ、そうですか……」

 

「まあ遅らせた分、終了時刻の延長て感じになってしまうかもしれないけど、

 なるべく前倒しでテンポよく進ませるから約束の時間には間に合うと思うよ」

 

「はい!わかりました~」

 

 

いうと葉山先輩は選手のほうに体を向き直し、じゃあそれまで練習だ、と一声かける。

 

 

「今回の件は無効に非がある。加えて負けでもしたら頭に来るだろ?全力でやってやろう!」

 

 

それまでまじか~、萎えたわ~と言っていた選手たちも葉山先輩の鼓舞でやる気が戻ってきたようだ。

さすが葉山先輩ですね。きゃー!素敵!なんて黄色い声援が聞こえてきそうですね。

 

 

しかしこんなこともあるもんなんですねー。大丈夫なんですかね?責任問題的に。

 

 

おっと、三浦先輩がさすが隼人と言わんばかりのドヤ顔してますね。

一見恐ろしい女王様ですけど、案外かわいい一面とかあるんですよねー。

 

  * * *

 

「いやーすいませんね!こちらの不手際で待たせてしまって!」

 

「いえいえ、こちらも人手不足だったので準備に余裕が出来て助かりました」

 

 

ようやく到着した他校の顧問と葉山先輩が談笑している様子が見られます。

葉山先輩は目上の人の対応に慣れているのか、雰囲気がいいです。

 

 

実際は準備なんてすぐに終わったんですけどねー。

 

そういえばこの練習試合組んだのも急でしたし、てきとうな人なんですかね。

 

それでも相手の気分を害さないように振舞う葉山先輩はすごいですね。

 

 

あのひねくれ先輩なら論破からの人間関係のぶち壊しまでしてくれそうです。

 

 

それはさておき、ようやく始まります。

戸部先輩なんか、っしゃーぜってーかつぜー!とか、うぇーい!なんていって士気を盛り上げようとしてます。

時折、姫奈さんのほうをチラチラ見てる辺り、何考えての行動か丸わかりですけどねー。

 

 

みんながんばれーという姫奈さんの声に有頂天になってる戸部先輩ですけど、

実際脈なんかあるんですかね?姫奈さんは気付いてて気付かぬフリをしているように見えますが……。

 

客観的にみてもなさそうですよね。

ですが想い人の何気ない言動で勝手に勘違いして、一喜一憂する様というのは仕方ないですし、

本人が楽しければいいんじゃないですかね?

 

 

不意に、ピー!と試合開始のホイッスルが鳴らされます。

ボールがあっちいったり、こっちいったり、葉山先輩がかっこよかったり、戸部先輩がやらかしたりと

なかなかに賑やかなことになっています。

 

実はわたしってあんまサッカーのことわからないんですよね。

というかマネやってるほとんどの子は葉山先輩目当てでしょうし、

サッカー部のマネであるステータスが欲しい子だっていますからね。ちなみにわたしはどっちもです。

 

なかには本気でサポートしたい人とかもいるんでしょうけど、うちのサッカー部は女の子多いですからね。

うかつなことすると排他される可能性もありますから。女子って怖いですね~。

 

相手のチームのマネの子も葉山先輩みて黄色い声出してますし、これには選手も苦笑いでしょう。

 

一方三浦先輩は胸の前で手を組んでハラハラしているご様子。

姫奈さんはいつも通りのニコニコ笑顔で……なんか怖くなってきました。

 

 

というわけで、あまりサッカー詳しくないのと、練習試合というのも相まって

特にこれといって語るべきことはないですね。

 

 

まあいつも通りに葉山先輩を中心に応援しておきましょう。きゃーきゃー!

 

 

んーちょっと時間が気になるところですが、大丈夫ですよね?

 

  * * *

 

練習試合ということで、25分ハーフ。開始が遅かったのでひとまず2試合目が終わった状態です。

ここで一旦昼食をとる形になるのですが、現時刻は12時。少し焦りが出てきました。

 

 

どうやら次のが終わった後、最後にフルタイムでやるようなのです。

スタートが14時なので終わりが16時ちょっと前。

 

こうなることを想定してあらかじめ着替えを持ってきといたのは正解でした。

けど、さすがにシャワー浴びる時間が欲しいですよねー……汗と埃まみれで先輩に会うなんて絶対ヤですし。

 

でも、もともと遅れるかもと言ってあるので、17時ころになりそうです!と連絡しておきましょう。

 

 

「あれ、もしかして彼氏に連絡とかー?」

 

「へっ!?」

 

 

聞き覚えのない声にびっくりしてみると、見慣れないジャージ。相手チームの人ですね。

 

 

「あはは~そんなわけないじゃないですか~。今はまだお相手いませんよ~」

 

「そうなんだ。君1年だよね?名前は?」

 

 

まず自分が名乗れ!とはいいませんけど。

 

なんだこの馴れ馴れしい人は、と観察してみる。

ショートのツンツン頭といういかにもなスポーツマンヘア。

葉山先輩には及びませんがなかなかのイケメンさん。

わたしに一目惚れでもしたんですかねー。でも残念!わたしの隣は予約が入っています!

 

 

一色いろはです。はじめまして!……えっとー」

 

「あ、わるいわるい。神宮だ。よろしく!」

 

「神宮さんですね、了解です!どうかされたんですか?」

 

「いや、ちょっと君と話がしたくてさ」

 

 

照れくさそうに頬をポリポリと掻く神宮さん。

うー、それどころじゃないんですけど。まあ仕方ないですね。

 

 

「ちょっとだけなら大丈夫ですよ」

 

「よかった。いや、君の行動見てたらすごい有能な子だと思ってさ。

 選手達の気配りとか、周りへの対応がしっかりしてて」

 

 

行動見てたら、とかストーカー臭くないですかね。口にはしませんけど。

 

 

「あー、わたし生徒会長と兼任してて、多分その影響ですね」

 

「生徒会長!それでかー。可愛いだけじゃなくてしっかりしてる子なんてなかなかいないからさ。

 あのマネージャーいいなーみたいに思ってね」

 

「そんな褒めすぎですよ~。でもありがとうございます!」

 

 

まったく嬉しくないですけどね。

下心見え見えのお世辞なんかより、そっけない捻くれ者がくれる言葉のほうがよっぽど心に来ます。

 

って、あーなんかさっきから黒いなー。

わかってるんですけど、ちょっと余裕ないんですよ。時間押してて。間に合わないかもという不安が再来。

 

勘弁してくださいよ~ほんとに。いや、この状態を招いたのは他でもないわたしなんですけどね。

しかしこんな時にナンパとかスポーツマン的にどうなんですか?

 

こうみえて知らない人にしっぽふりふりでついてく尻軽とは違うんですよー。

誰からも愛されたいってことは、誰とも深くならないってことの裏返しなんで。

 

とりあえず困ったときは、はい、とそうなんですか~、ですよね~の繰り返しで何とかなるんで。

あまり面白い話でもないときは聞き流しつつ、相手に不快感を与えない対応というすばらしいスキル。

まあ先輩なんかには見破られるんですけどねー。

 

 

「てっきり葉山君の彼女かと思ってたけど、違うのかな?」

 

「はい~。……はい?」

 

 

おっとー?さすがにスルー出来ない話題が。

 

 

「いや、結構お似合いだなーとか思ったからさ」

 

「え~そんな恐れ多いですよわたしなんか」

 

「そんなことないさ。いろはちゃんはもう少し自分に自信を持ってもいいと思うよ」

 

 

いつの間にか名前でちゃん付け……。

というか仮にも振られた相手の名前を連呼されるとさすがに来るものがあるのですが。

 

こっちの事情なんて分かるわけないのでなんも言えないですけど。

しかし、ずかずか来る人ですね。考えが透け透け通り越して内臓まで見えますよ。うえー。

 

さっき嘘でも彼氏です!っていっておけばよかったのかな。でも先輩を男除けの理由にしたくないです。

 

 

「でもそれならチャンスがあるってことか」

 

「え?なんですかー?」

 

 

ボソッと、だが確実にこちらに聞こえるよな声音でつぶやく。

まあ聞こえないフリをするのが礼儀ってもんですよ。

 

恋愛漫画の読み過ぎじゃないですかねー。こうすればドキッとくるんだろ?感ありまくりで。

 

 

「いや、なんでも。じゃあこのあと楽しみにしてるよ」

 

「はい!……ってこのあとってなんですか?」

 

「ん?打ち上げだよ。いろはちゃんもくるだろ?」

 

 

え、きいてないんですけど。こういうのはその場のノリで急に決まったりするから聞いてなくて当たり前かもですが。

さすがにそれは無理なのでお断りを入れようとしたところで休憩が終わり、神宮さんは自陣に戻っていく。

 

 

……あとで言えば大丈夫ですよね。

 

 

ドツボにはまってるっていうんでしょうか。

自分ってこんなに断れないタイプだったのかなぁ。

 

 

不安と不甲斐なさに押しつぶされそうな気持ちを煽るかのように、

甲高く、耳につくホイッスルが無情にもならされていた―――

 

  * * *

 

おつかれー、おつかれーと試合が終わって、皆片付けにはいっています。

 

総武の生徒はゴールの片付けや、本部を畳んだりと割と忙しいです。

こういうのは大抵会場の人たちの仕事になるわけですけど、ちょっと納得いきませんよねー。

 

 

まあその施設をよく使う人でなければ片付け方、片付ける場所とかわからないわけですか当然なのですが、

それでも主催しておいて、あげく遅刻したのにそれとかどんだけーって話ですよ。

 

 

しかたないのでさっさと終わらせてしまいましょう!シャワー浴びたいですし!

 

 

と、作業に取り掛かったところに先ほどの好青年に声をかけられる。

 

 

「やあ、おつかれさん。手伝うよ」

 

「あ、どうも~。でも大丈夫です!うちの仕事なんで!」

 

「遠慮しなくてもいいよ。あまり女の子に重い物持たせるもんじゃないさ」

 

 

ひょい、と持っていたカゴを奪われる。

そして運ぶかわりにお話でもしようというかのようにゆっくりと歩き始める。

 

 

ああ、葉山先輩と比べてなんで差があるかわかった。

顔だけ見ればイケメンだし、爽やかなところも共通している。

でも、常に周りのことを考えている葉山先輩と違って、この人は自分の評価を考えて行動する人だ。

なんか妙にイライラしてしまうのは同族嫌悪ってやつですかねー。

 

 

さっさと作業を終わらせたい身としては、ちんたら歩いていたくないのですがどうしましょう。

いい加減はっきりとしたほうがいいですかね。このままでは泥沼どころか底なし沼ですよ。

 

 

「あの―――」

 

「いろはちゃんってサッカー好きなの?」

 

 

はい!アウトー!

うまくずらされました。たまたまなのか、狙ってやってるのかわからない人ですねほんとに。

 

 

「あーえっと、見る分には好きですかねー」

 

「そうなんだ。話は変わるんだけどバイトとかしてる?」

 

「いえ、今は特にしてないですね」

 

「じゃあ土日とか休みなんだ。来週とかも友達と出かけたりしてるのかな」

 

「んー大体休みの日はそうですね!まあまだ次の予定は埋まってないんですけど」

 

 

先輩とデートできたらなーなんて思って空けたわけなんですからね!たまたま埋まってないとかじゃないんだからね!

 

 

「ちょうどよかった。実は観戦のチケットを友人にもらってさ、良ければ一緒にどうかなって」

 

「え」

 

 

やられたー!まさかのリサーチからの一貫性の法則。こやつ……できる!

 

迂闊でした……。日程を切ってしまえばあとに出す話題を断りづらくさせるという話術。策士ですね。

策士、策に溺れるというやつですか。策なんて考えてないですけど。

 

 

しかしこれはまずい状況だーいろは選手!

今日めでたくお付き合いからの初デートという計画を邪魔されるわけにはいかない!

 

さーどうするどうする。

 

そういえば予定ありました作戦でいきましょう!

 

 

「いいですね~。是非いってみたいです!あ、でもそういえばその日―――」

 

「よかった。じゃあ土曜にいかないか?」

 

 

ちょっとー!強引しすぎやしませんかね!?このタイプはなかなかめんどくさいですよやばいやばい。

 

 

「あーえっとその日は―――」

 

「おーい、いろはすー!ちょっと手伝ってちょー!」

 

 

と、ここで神の手が差し伸べられる。

ほんとナイスです戸部先輩。この人もまた狙ってなのか素なのかわからないですよねー。

 

 

「はーい!いきまーす!……すみません少し外します」

 

「ああ、了解。こっちは先に運んでおくから」

 

「おねがいしまーす!」

 

 

ふぃ~なんとかなりました。

しかし遮られすぎじゃないですかまったくー。助かりましたけど。

 

ささっと片付け終わらせてしまいましょう!

 

おっと、戸部先輩に一応助けてもらったお礼しておきましょうか。

 

 

「おぉ~わるい!これどうやってはずすん?」

 

 

………ま、素ですよねー。

 

  * * *

 

さて、片付けも終わって帰宅ムード。現時刻17時ちょっと。

もうシャワーは諦めましょう。

 

ということで帰宅する雰囲気になっていたのですが、なにやら打ち上げしようという流れのご様子。

打ち上げって好きですけど、今日のは特に参加しようと思わないので帰ります。

ていうか先輩待たせてるんで早く帰らせてくれないですかねー。

 

 

「―――て、感じなんだよね」

 

「あははー、やばいですねそれ」

 

 

まぁ分かっていたことですが、例の神宮さんとやらに絡まれてます。

漫画なら滝のような汗が出ているレベルですよ。

 

あっちはなんとか引き留めようと引っ付いてくるうえに、

帰ろうと話を切り出そうとすると遮られて帰るに帰れない状況です。

 

こっちの迷惑も考えてくださいよー。まあできないから超絶劣化版葉山先輩なんでしょうけど。

そこまで劣化してたら完全に別物か。

 

 

そして現在、なす術もなくファミレスに向かっています。

とりあえず腹ごしらえして、あとでカラオケとかボーリングっていうテンプレな感じでしょう。

 

 

ダッシュで逃げたいくらいの心境なのですが出来るわけもなく、どこで帰ろうか機会を伺ってます。

助けてよハチえもん!

 

 

「あ、そうだわたし―――」

 

「いろはちゃんはカラオケとボーリングならどっちが好き?」

 

「………カラオケですかね~」

 

 

あああああもう!さっきからこればっかりなんですよ!

会話が途切れたところで仕掛けると、かぶせて質問!

 

こういうのは遮られた側がしばらく言い辛くなるのを知っててやってますよこの人。

恋愛を計算と策略でするってどうなんですかまったく。まあブーメランですけど。

 

 

うぅ……。むこうでうぇーい!とかいってる戸部先輩が恨めしい。

葉山先輩は女子に囲まれないようにうまく立ち回ってますね。

 

一人、二人に対応しては別の男子と会話を挟んだりと全体と仲良くできるような動き。さすがです。

 

一方劣化版の人はわたし一人につきっきり。顔だけはイケてますからわたしの女子からの評価が悪くなりかねません。

あんだけ葉山先輩一筋っぽいオーラだしといて乗り換えかー!みたいな。女子って怖いですからねー。

 

 

―――あれ?

気のせいか目があったときに微妙な顔されたような……。

 

 

神宮さんは、葉山先輩の方に目をやっていたのが気に入らなかったのか、

再度注意を引くために話始める。

 

 

「葉山くんはモテモテだねー。うらやましい反面大変そうだ」

 

「たしかにそうですね~。でも、神宮さんもモテそうですけど?」

 

「いやいや全然。広く浅くじゃなく狭く深くの人間関係を求めてたからさ。

 割と人脈は少ないほうなんだ。でも一途なことは自慢かな」

 

 

さりげない一途アピール!

しかもこれは暗に葉山先輩は浅い人間だとしているぞー!さすがにこれはわたしもいい気はしません。

 

 

「へ~。でもいいですよねそういうのって」

 

「だろ?数ある偽物じゃなくて少ないけど"本物"があればいいって思わないかい?」

 

 

………はいぃ~?ちょっと聞き捨てならないですね~。

本物?それを語っていいのは本心から求めている人だけですよ。

 

 

なにかに似てると思ったらセールスマンに対応しているかのような会話。

褒めちぎる、誘導する、否定させない。

 

恋人の勧誘ですかー?ナンパよりタチ悪い気がします。

 

でも将来の仕事には役立ちそうなスキルですね!

 

 

「まあそうですよね~」

 

「ね。特に僕なんかは気に入った人にしか絡まないからさ、モテるっていうのとは縁がないんだよ」

 

 

これもまた"君だから絡んだ"と特別感を出すことで相手の好感度を上げる話術ですね。

残念ですけどわたしには逆効果ですよ。

 

計算で動いてる人に、計算で仕掛けても考えが筒抜けなので硬直状態が続くだけ。

だからここまで引っ張られてるっていうのもありますけど。

 

 

「っと、ついたね。なにか食べたいものある?驕るよ」

 

「いやーさすがに悪いですよー。今日会ったばかりなのに」

 

「いいよいいよ。今日の記念にさ」

 

 

なんの記念ですか。

こういうのは貸し借りがあるとまた会う口実になるんでそれは何としてもさけねばなりませんね。

 

というか逃げられずここまで来てしまいました……。

 

 

ファミレスの中に入り各々はらへったーだの疲れたーと言って席に着いていきます。

できるだけ横一列になれるように座りますが、人数オーバーで何人かは別の場所に座っていきます。

 

ここで座ったら負けですね。すかさずスマホを取り出し電話なんで、と外に出ましょう。

 

 

「あ、ちょっと電話でなきゃなんで外出てきますね!」

 

「おっけー。じゃあ注文しておくからなにがいい?」

 

「えっとー戻ってきたら決めます」

 

「わかった。とりあえずドリンクバー頼んでおくね」

 

「はい、おねがいしますー」

 

 

やられました。注文とられたらバックれるにバックれられないじゃないですか……。

しかもみんなとりあえず頼むドリンクバー。これは回避しづらい。

ドリンクバーをここまで恨めしいと思ったことはないです!

 

 

時計を見ればもう18時近く。

とりあえず先輩に詫びのメールを入れておき、席に戻る。

 

 

「おかえりー。電話大丈夫だった?」

 

「はい。あ、でもちょっと早めにここ出ないといけないくなってしましました」

 

「そっか。りょうかい。じゃなんか飯頼んじゃおうか」

 

 

ここでようやく反撃の一手を打てましたね。

ただ問題は、時間制限をかけたので相手がそれにどう行動するかといったところです。

 

時間による制約は人をやる気にさせるか、焦らせるかですから。

 

……あれ?どっちにころんでもまずくないですか?

 

いやはや、のーぷろぶれむです!

さすがにこの場ではそうそう行動に出られないでしょう。

 

となると、どのタイミングで抜け出すかが悩みどころですねー。

 

 

おそらく先ほどのように、席を立とうとするタイミングで話かけてくるでしょうから厄介です。

消えるドリブルをかませられたらいいのに。

 

 

まあ出来るわけもなく、料理を待つことになるわけですが………その間は談笑して時間をつぶしていきます。

 

 

さあ、いよいよ神宮さんが口を開きますよ……!もう気分はラスボス戦。

この先に待つハッピーエンドを迎えるために、この心理戦勝たせていただきます!

 

こっから先はわたしの喧嘩です!

 

 

「いろはちゃんは生徒会長やってるんだよね?どんなことするの?」

 

 

第一手は無難な話題です。ちょろっと相手から聞いた内容を掘り下げることで、

新密度アップが狙え、そのちょろっとを受け取ってもらえると人は喜ぶもの。

加えて、質問側は傾聴していればいいわけですからまず気まずい場にはなりません。

 

初対面や久しぶりにあった知人、趣味の合わない人間でも、質問と傾聴をくりかえせば

場が沈黙することはありません。相手のことを知りたいと思うのは自然だし、自分のことを知ってもらえれば親しくなれる。

 

ついでに同調ですね。

相手の話に頷いたり、時にはわかるわーとかテンションあげて話に合わせることで気が合うのではないかと錯覚させる。

同調が重なれば親近感も増していきますからね。当然彼もやってくるんでしょうけど。

 

それを逆手にとって、非同調であれば自然と相手に好感をもてなくなります。

何事も否定から入る人が嫌われる原因ですねー。先輩とかそうなんじゃないですか?理屈っぽいし。

 

なんか難しい感じですが、別に会話自体は至って普通でどこでもある光景です。

そこら辺を意識して話してると戦略、策略になりますよね。

 

戦略、策略の場になってしまったらもうそこは楽しいお喋りの場ではなくなり、

情報収集、牽制、人心掌握といった戦いの場になるわけです。

 

別にいつもそうしてるわけではないですよ?先輩と話してるときとかは素ですからね。

 

 

ですが甘いですね……それは悪手ですよ!

 

 

「えーっとですね。いろいろあるんですけど、記憶にあるのはイベントとかの準備、指示だったり企画って感じですかね」

 

「へぇー!楽しそうだね。なんとなく生徒会って充実してる気がするなぁ」

 

 

これまた相手を持ち上げて気をよくさせようという魂胆。

気分がいいと無駄なことをぽろっと吐いちゃったり、乗せられたりしますからよう注意です!

 

 

「最初はほんと地獄だったんですけど、とある先輩に救われまして。そっからですね楽しくなったのは!」

 

 

まあその先輩に地獄に落とされてたわけですがね。それで救うとかとんだペテン野郎ですよ!

そしてこれはわたしの攻撃です。彼女には尊敬している先輩がいる、と思わせること。

 

ここを掘り下げようもんならわたしの勝ちですが、それはさすがにしてこないでしょう。

 

でもこれではその先輩が男か女かわからない状態です。それを自然と明かしていきたいところですねー。

 

 

「へぇ~。もしかして葉山君かな?」

 

「いえいえ!もっと凡人ですよー。もうぼっち過ぎて逆に非凡っていうかー」

 

「あははぼっち先輩かぁ。よくいろはちゃんと繋がりができたね」

 

「ほんとですよねー。最初は眼中になかったんですけど、なんか気を許せちゃったんですよねー。

 ちょっとあれな人かと思ってたんですけど、やるときはやる男だったらしくて!」

 

 

はい成功!ちょっと特別感だすというおまけつきです。

これにどう反応するんでしょうか。

 

 

「なるほど。いい先輩みたいだね。

 しかし生徒会とサッカー部の両立できるいろはちゃんはすごいね」

 

「別にわたしは普通ですよ~。周りのサポートあってこそなんで」

 

「はは、謙虚だね」

 

 

まあ逸らしますよねー。露骨な逸らしは聞きたくない話の現れです。

ここまではわたしが有利ですね。てかもう勝確です。

 

恐らく避けてる話題は好きな人の話ですよね。

現在可能性のある人間は2人という情報が相手にはあるはずですから、

これ以上詮索はしないはずです。

 

となるとアピールしてくるか、より新密度を上げるために世間話を積むかなんですけど、

ここで時間制限が活きてきます。時間の無いなかで攻撃するのに、後者では火力に欠けます。

 

世間話に花を咲かせたところで、決めようと思ってもタイミングを計りかねますからね。

今日はいい日だね、ところで君のことが好きなんだ。なんてぶっとんだことになります。

 

だとするなら、アピールからの告白という流れが一番適していることになります。

それってアウトじゃね?ってなるかもしれませんが、アピールを流しに流し、こいつ気が無いなと思わせればいいんです。

 

明らかに好感度が変動してないのに勝負に出る人なんてそうそういないんで。

 

ただ問題は、相手の気を害さないタイミングで抜け出さなければいけないわけですが、

アピールタイムからうまいこと抜け出すのは至難の技になります。

 

 

「僕もいろんなことをしてきたけれど、人の上に立つのはしたことないかな」

 

「へ~、なんかリーダー的な印象ありますけど違うんですか?」

 

「部のみんなからは薦められたけど、ガラじゃないから断ったんだ。

 みんなと同じ目線で物事をみたり楽しみたいって人だからさ」

 

「いいですね!そういうところが逆にリーダーにむいてるんだと思いますよ」

 

「はは、そうなのかもね。いろはちゃんはどんなタイプの人を好むんだい?」

 

 

ド直球!まあどんな人間~て話してましたから割と自然な流れではあるのかな?

別に好きな人に限った話ではないような質問ですし。

 

タイプですかー。なんだろう。わたしに好感持ってくれる人は好きですかね。

みんなに愛されてるわたし大好き。

 

 

「自分に好感持ってくれる人ならみんな好きですかね!」

 

「なるほど。恋人に求めるのもそんな感じなのかな」

 

 

うっ……わかってはいましたがガツガツきます。

賭けに出ましたね。ここで神宮さんと正反対なことを言えば諦めないまでも、

これ以上ここでは攻めてこなくなるかもです。

そしたら抜け出すのも容易になるってなもんですよ。

 

……しかし恋人に求めるもの……ですか。

前ならスペックとかブランド性のある人でしたけど……今は―――

 

 

「―――本当の自分を見てくれる人……ですかね」

 

 

ぽつり、と自然と言葉が零れ落ちる。

考えていたことがつい口から出てしまい、自分でびっくり。

適当に返そうと思っていたのに。

 

そんなわたしの返答に神宮さんは一瞬驚いたようですが、フッと笑みを浮かべて答える。

 

 

「そっか。僕たち、気が合うのかもしれないね。僕の求める人もそんな感じだよ」

 

 

…………あ、まずいですしくじりました!

神宮さんにとっておそらく最高の一手をプレゼントしてしまいました!

 

ここで畳みかけられてはやばいです。告白だけは何としても阻止しなくては!

 

 

「いろはちゃんはいろいろ考えて行動してるよね。言動とかもさ」

 

 

分かっていたことですが、そこはさすがに見破られてますか。

神宮さんはこれを好機と見て、反論、というか今のを否定する間も与えないかの如く話を続けます。

 

 

「僕も同じだから分かるよ。仮面を張り付けて、誰もから好かれようとする気持ちは」

 

「いや、あの今のは―――」

 

「だから僕ならわかってあげられると思うんだ。逆に僕のことをわかってくれる人も、いろはちゃんくらいだと思う」

 

 

……それは押し付けですよ。傷の舐め合いじゃないですか。

拒絶したいがそれも出来ずにいると、ギュッ、と手を握られ、顔を近づけられる。

 

振り払って飛び出したいのもやまやまですが、この場では……。

 

 

「だからいろはちゃん、僕と―――」

 

 

ってそんなこと言ってる場合ではないです。

止むおえませんがここは――

 

 

「いろは」

 

 

と、どことなく怒気を孕んだ声に二人とも怯み、

ハッとして緩んでいた手から抜け出し神宮さんと距離をとります。

 

今しがた声のした方向に顔を向けると、そこに立っていたのは葉山先輩。

 

 

「あ、……と、葉山、先輩」

 

「邪魔してすまない。でも時間いいのかなって」

 

「え?」

 

 

確認してみると19時。え?そんなに話してましたか?

じゃなくて急がなきゃまずいです!

 

 

「約束があったんだろ?いかなくていいのかなと思ってさ」

 

「は、はい。あ、えっとすみません神宮さん!わたし行かなきゃいけないところがあるので失礼します!」

 

「ああ、時間とっちゃってごめんね」

 

「いえ!……葉山先輩すみませんでした、ありがとうございます!」

 

「いや、謝るのは俺の方さ。……もっと早くに言ってあげることもできたのに」

 

 

え?

なんで葉山先輩が謝るのだろうか、とも思いましたが今は一刻も早く待ち合わせの場所に行かないと!

 

 

早々に荷物をまとめ、自分のドリンク代を置いて立ち去ります。

もちろん他の人に一声かけてからですけど!

 

おつかれー、またねーという声を背に店を出る。

 

ふと、葉山先輩のほうを見やると、なにやら神宮さんと話しているご様子。一体何の話でしょうか。

 

 

………というのは置いといて、急がなきゃ!

 

  * * *

 

時刻は19時20分程度。

はぁ、はぁ、と息を切らせて走ってきたそこには目的の人影は見当たらない。

 

一応物陰になるところも見渡しましたが、知らない人ばかり。

 

 

はははー、それもそうですよねー。

もともと16時に予定していたのにずらしにずらした挙句これですもん。

 

わたしだったらブロックからの通報まであります。

あー、最悪だなあわたし。なんでこうなるかなー。

 

 

……いや、原因は自覚しているし、なるべくしてなった、って結果ですよね。

 

 

そもそも打ち上げに付き合う義理はなかったんですよ。

大事な日だってわかってたじゃないですか。外せない用事って自分で言ってたじゃないですか。

 

 

神宮さんの誘導がうまかったーとか、そんなの関係ないんですよ。それは他己責任です。

 

 

あー、泣きそうです。もう、ゴールしてもいいよね?

泣く資格なんてない、ってわかってますけど自分の不甲斐なさに泣きそうです。すでにうるうるきてます。

 

 

あんまり考えちゃいけないって、振り返ることに意味はないって思っても、あの時ああすればとか、こうしたらとか、

最初から断っておけばとかいろいろ考えちゃって堂々巡りしてしまいます。

 

 

「あは、は……なに、やってんです、かね……」

 

 

壁に寄りかかり、ずるずると地べたに座り込む。

膝を抱えて丸くなり、気分はさながら悲劇のお姫様。

 

それを主役たらしめないのは、それが全て自分の意思でどうとでもなったこと。

回避できた未来にわざわざ自分から突っ込んでったんですから。

 

 

これでは100年の恋も冷めちゃうかもですよね。

ただでさえ恋愛に奥手な先輩で大量のトラウマ持ちですから、裏切られたくらいに思ってるかもしれません。

 

 

あーあ、今頃デートでもしてて、告白の返事もらって、ハッピーエンド迎えてたはずなんですけどねー。

もう取り返しがつかないと思うと、自責の念で胃がぎゅるぎゅるします。なんか吐きそう。

 

 

「…………………やだ…なぁ」

 

 

終わりたくないです。でも、どの面さげて先輩に会えばいいんだろ……。

 

 

顔をあげてみれば、辺りのカップルがちらほらと目に留まります。

別にいつにも増してカップルが多いとかそういうわけではありませんが、

無意識のうちに見回してしまいます。

 

それぞれが仲よさげに、腕を組んだり笑いあったり。

その様子を見ているのが苦痛になりまた顔を埋めてしまう。

 

 

「………先輩……」

 

 

まるで不審者ですね。酔っ払いにも見えるかもしれません。

通報されないですかね?これで補導されたら泣きっ面に蜂ですよ。

 

 

でもここから動くことも出来ず、惨めに涙が出るばかり。

 

あれですかね、恋愛なんかするなってことなんですかね。

結局わたしには一人の人を想うことなんてむいてなんでしょうか。

 

 

でも、やっぱり。

 

 

「………………せん、ぱい……」

 

 

「呼んだか」

 

 

………え?

いやいやなんですか?幻聴ですかね。ナンパですか?

 

えー、この状態でナンパされるとかもうだるくて仕方ないんですけど。

 

 

「おい、一色さん……?」

 

 

あれー、先輩ポイですねこれ。なんでいるんですか。

おーいなんて呼ぶ声が続きますが、顔をあげないわたしを別人だったと思ったのか最後には、

 

 

「……あー、人違い………です。すんません」

 

 

これ絶対先輩ですね。ほんとにかっこつかない人ですまったく。そこは自信持って声かけてくださいよ。

泣き顔見られたくなくて顔あげませんでしたけど、上げないと帰っちゃいますよね。

 

 

「………あってますよ。……先輩」

 

「…………んだよ。だったら早く顔あげろ。黒歴史増えちゃったかと思ったじゃねーか」

 

 

あははーなんて笑う余裕もなく、泣き声を抑えるのに必死です。

いろいろ質問したいことはあるんですけど、今声出したら決壊しそう。

 

 

「ったく。こっち向かってんなら連絡入れろ。ホウレンソウは社会でたら基本だぞ。俺は出ないけど。

 葉山から今向かってるらしいって………っておい、一色?」

 

 

堪えきれずに先輩の胸に飛び込む。

 

 

「……泣いてんのか?」

 

 

どうした、なにかあったのか、という先輩の問いに我慢できず、声を殺して泣く。

そんなわたしの背中をさすり、泣き止むまで何も言わずにいてくれる。

 

 

「………できれば頭撫でてください」

 

「もう元気だな。離れろ」

 

「また泣きますよ」

 

 

図々しいですかね。そりゃそうですよ。

先輩からしたら、遅れに遅らされて、いざついてみれば後輩が泣いてるとか謎すぎますもんね。

我ながらいい迷惑です。

 

 

「…………ほれ」

 

「………ぁ……」

 

 

でも、なんだかんだこちらの要望に応えてくれるあたり、いいお兄ちゃんって感じですよね。

………あったかい。

 

綻んだ顔を隠すように先輩にぎゅっと抱き着く。

 

 

「んで、どうしたんだお前は」

 

「先輩こそなんでいるんですか?わたし、こんなに遅れたのに」

 

「別に、遅れるって連絡は入れてたろ」

 

「それは、そうですけど……。でも――――」

 

「別にお前に悪いとこなんかねーだろ」

 

「悪いですよ。来ようと思えば時間通りに来れたんですから」

 

「………らしくねーな。いつもならもっとこう、

 すみませ~ん遅れちゃいました~きゃは☆みたいな感じじゃねーか」

 

「それ誰の真似ですか。………まあ本気で悪いと思ってるんですよ」

 

「じゃあ普段は悪びれてなかったのか」

 

「うっ………い、今のは言葉の綾です!手取り、足取り?しないでください!」

 

「してねーよ……。揚げ足って言いたかったのか?由比ヶ浜レベルの間違いだぞ」

 

「あーデートの時に他の女の人の名前出すのはタブーですよー」

 

「まだ始まってないからセーフだ」

 

「デートって認めるんですね」

 

「………手取り足取りしないでくれ」

 

「してないです。というか忘れてくださいそれ……」

 

 

なんかいつもの感じに戻ってきました。

というか別に先輩はいつも通りなんですよね。わたしが勝手にテンパってただけで。

 

……やさしいですよね。

 

 

「でも、もう遅くなっちゃいましたね。どうします?これから」

 

「……まだ間に合うな。電車乗るぞ一色」

 

「え?今からですか?でもどこに……」

 

「ほれ」

 

 

先輩の手には2枚の紙切れ。

どこか見覚えのあるその紙は舞浜にある某遊園地のチケット。

 

 

「これ……ディスティニーのアフターチケットですか?なんで……」

 

「いやならいいが」

 

「いえ!全然いやじゃないですけど」

 

 

嫌なことはなにもない。だがどういう意図でこの場所を選んだのか。

別にデートスポットとしては定番ですけど、この時間にいってもなにもあまり乗り物には乗れないだろう。

 

……この時間になったのはわたしのせいですけど。

そういえば間に合うとかなんとか言ってましたが……。

 

 

「……んじゃいくか」

 

 

先輩はそう一言告げて改札の方へと歩き出す。

わたしも遅れてとことこ、とその隣を歩く。

 

 

この時間に間に合うものといったら、あれですかね?

 

  * * *

 

3月も半ばまで来ましたが、まだまだ肌寒く夜は冷たい日が多いです。

先輩は寒いのが苦手なのかマフラーに顔を埋めています。

 

まあ暑いのも苦手そうですけど。

 

年がら年中家の中って印象受ける人ですからね。

それがこんな人混みの寒空の下で待機してるんですから不思議ですよねー。

 

というわけで現在ディスティニーにあるお城が見えるところでスタンバってます。

時刻は間もなく20時30分。お城付近で花火が打ち上がる時間です。

 

この時間でなんかあるとしたらこれ、というのはわかっていましたが、どことなくわくわくしてきます。

先輩といっしょだからですかね?

 

 

そういえばここに来る前、どこで待ってたんですかね?一応付近は見回したつもりですが。

 

 

「先輩。わたしが駅に着くまでどこで待ってたんですか?」

 

「コンビニで立ち読み」

 

 

そりゃそうですよねー。そんだけ長いこと外に出てるはずないって考えればわかることじゃないですか。

ちゃんと連絡いれておけばあんな泣いてるとこ見せなくてすんだってことですよね……。

 

 

「何時間もそこにいたんですか。店からしたらさぞかし迷惑だったんでしょうね」

 

「甘いな一色。滞在時間は10分程度だが迷惑そうだった。

 長時間いなくとも、店に入った瞬間から警戒されるまである」

 

「うわぁ……。じゃあそれまでどこにいたんですか?」

 

「サイゼ」

 

「一人で?」

 

「戸塚達とだな」

 

「へー」

 

「聞いといて興味なしか」

 

 

ふぅーん。

他には誰がいたんですかねー。別にいいですけど。今はわたしの独り占めですし。

 

 

「そんなことより先輩!もうすぐですよ!」

 

「そうだな」

 

 

まもなく花火が打ち上がる時刻。心なしか周囲の声のボリュームも下がってきている。

そういえば前に来たとき、隣にいるのは葉山先輩でしたね。

 

ディスティニーマジックってやつでしょうか。妙に気持ちが昂った記憶があります。

あの時は先輩の影響も受けてましたし。ま、結局そのときから先輩に想いを馳せていたわけですが。

 

 

今度はあの時とは違う気持ちでここに立ってますね。

何かに追われるように、焦っていて。

 

先輩は今何考えてるんでしょうか。

 

 

記憶の海を漂っていると、ふいにひゅ~という音が聞こえ、ドンッと空に花が咲く。

この日最後のイベントの始まりです。

 

 

1発目が打ち終わったと同時に次々と光が空に打ち上がり、その花が開くたびにわたしたちの姿を明るく照らします。

低いドンッという音が妙に心地よく自然と力が抜けて行くようです。

 

 

「先輩。ありがとうございます」

 

「あん?なにがだ?」

 

「いろいろですよ。……いろいろ」

 

「………おう」

 

「……先輩」

 

「……ん」

 

「……好きです」

 

 

そのセリフを告げ終えると、タイミングよく花火が綺麗に咲きます。

花火の灯りで見えた先輩の頬は少し朱に染まっている気がしました。無論わたしはほろ酔い気分です。飲んでないですよ?

 

 

「……おう」

 

「………えー!それだけですか?ていうかここは本来先輩から告白する流れですよ?何言わせてるんですか!」

 

「お前が先走ったんだろうが。俺は悪くない。うん悪くない」

 

 

こんなときまで締まらない!やはり間違っていきますね~。

ま、不快になるでもなく、自然と笑みがこぼれてしまうんですけどね。

 

 

「それで、返事。もらえないんですか?」

 

 

もう返事もらったようなもんですけどね。でもやっぱり言葉にしてもらいたいじゃないですか!

というわけで、どうぞ!

 

 

「……まぁ、その、なんだ。悪くないと思う」

 

「……先輩」

 

「ぐっ……あーだから、えー。そういうのもありかなっつうか」

 

「じー………」

 

「………好き、かもしれん」

 

「え、なにがですか?」

 

「………一色のことがだ」

 

「名前でどうぞ!」

 

 

先輩は、こいつ……的な目で見てきますがスルーで!暗くてわかりませーん。

しかし諦めたのか潔く……すでに潔くありませんが、一言。

 

 

「好きだ、いろは」

 

 

「はい、わたしもです。先輩」

 

 

ドンッ!と、今日一番の花火に合わせ先輩の唇に自分の唇を重ねる。

歯がガツンなんてありがちの展開が起きないよう細心の注意をはらって。

せっかくの夢心地を台無しにしたくないですから。

 

これは予想していなかったのか、驚いた顔をした先輩でしたがそれも少しの間で、

ぐぃっと、わたしの体を引き寄せる。これにはわたしがびっくりです。

 

 

「………ん……ぁ……ぅ」

 

 

実際にそうしてた時間は短いでしょうけど、とても時間がゆったりと流れているような気持になります。

もっとこのままこうしていたい気持ちはありますが、さすがに人目もあるのでお互いそっと離れます。

 

「……以外ですね、先輩がそんな積極的だなんて。今日一番のサプライズです」

 

「……一本取られたからな。お返しだ」

 

「なんですかそれ。負けず嫌いですねー、雪乃さんみたいですよ?」

 

「あいつほどじゃねーだろ。つーか他の女子の名前はアウトなんじゃなかったのか?」

 

「自分から出すのはセーフです」

 

「なんだそれ」

 

 

2人してフッと笑う。

しばし見つめ合い、気恥ずかしくなったのか先輩が口を開く。

 

 

「さて、どうするか」

 

「んー、アトラクションはまだ動いてますけど。なにか乗っておきたいのあります?」

 

「いや、特には。なんかあるか?」

 

「ないですねー。ちょっと疲れちゃいましたし」

 

「だな。帰るか」

 

「はい。………あ、先輩!」

 

「あ?」

 

「えへへー。好きですよー」

 

「へいへい。世界で一番愛してますよ」

 

「心がこもってないんですけど!」

 

 

ほれ、ふざけてないでさっさと帰るぞー。という先輩についていく。

今のは照れ隠しですか?だとしたらかわいいですねぇやっぱり。

 

ディスティニーに来て、1時間も経たずに帰るなんて初めてですよ。

まあこの一大イベントのための1時間は十分すぎますけどね。

 

 

今日1日いろいろなことがあり、一事はどうなることかと思いましたが、

何とか望んだハッピーエンドは迎えられたようです。

 

 

それから先輩もわたしも、駅に着くまで一言も話しませんでしたが、

特に気まずい雰囲気でもなく、ディスティニーの余韻に浸ってました。

 

 

今日あった出来事を忘れないように。

自然と繋がった手の感触を確かめるかのように、強く、握って。

 

  * * *  

 

はい!というわけで、念願の先輩の彼女さんになりましたー!

どんどんぱふぱふ~。

 

いやーよかったよかったって感じですね!

わたしが最初に告白してから一月たっていたわけですから、答えが変わったりしてもおかしくなかったわけですし。

……一月して思いが固まった線もありますね。むしろそれです。

 

 

そして今日は修了式。

学校も早く終わるので、さっさと下校して遊びに行く人もいれば、学校に残ってぐだぐだする人も。

 

かく言うわたしはというと―――

 

 

「あ、せんぱーい!これから部室ですかー?一緒に行きましょう」

 

「……お前はいつからうちの部員になったんだ」

 

 

気分はすっかり奉仕部なもんで。

一切活動したことはありませんけど。

 

でも静かだし、お茶でるし、お菓子おいしいし、先輩いますからそりゃ居座りたくなるってもんですよね。

 

 

「まあまあ固いこと言わずに。だきぃ」

 

「くっつくな鬱陶しい……。つーかいいのかよ。誰かに見られたらあらぬ誤解を招くぞ」

 

「ぶぅー、誤解じゃないですからいいですー」

 

「まあ、そうだが………。一色」

 

「なんですか?もしかしてキスですか?さすがに人目のあるとこでは無理ですごめんなさい」

 

「ちげーよ。つうか久しぶりに聞いたなその常套句。

 じゃなくて、別に今まで通りでいいだろ。わざわざ変わる必要なんざ―――」

 

「わかってますって!ちょっとしたジョークですよジョーク。

 わたしは多分これからもみんなに愛される一色いろはであり続けますよ。それがわたしですから」

 

「………そうか」

 

「はい。………それに」

 

「それに?」

 

「人前では一見興味ない風を装ってて、二人きりになるとデレるとか先輩好きですよね?」

 

「……まぁ悪くないな。2次元なら」

 

「えー、3次でもいけますよ先輩ならー。こんなにかわいい後輩が彼女なんですよー?」

 

「はいはい嬉しいなー」

 

「うわぁすごくうざいです」

 

 

さすがにこんな話してて誤解するなってほうが無理な話ですけど、今後は気をつけましょう。

 

周りの評価を求めたせいで痛い目をみたわけですが、それでもわたしの生き方は変わらないと思います。

そうしていくほうが世の中生きやすいですし。先輩もそうしろと言ってくれているわけですしね。

 

それに、ミーハーに見えて一途ってポイント高いですよね?ギャップ萌えってやつですよ。

 

 

「あ、でも先輩。二人きりになるとデレるってのは本当ですよ」

 

「あ?」

 

ここでいったん立ち止まり、もじもじと頬を染め下を向く。

 

 

「……いっぱい甘えたいですから」

 

 

「………まあ、ほどほどにな」

 

 

「ほらやっぱりこういうの好きじゃないですか!照れてますよね?せんぱい?」

 

「それがなかったらポイント高かったのになー」

 

「大丈夫ですよ、今のは狙ってましたが甘えたいのは本当なんで」

 

 

というと先輩は、がしがしと頭を掻いてそっぽを向く。

ポイント入ったみたいですね。とかいったらいい加減マイナス入りそうですけど。

 

 

「それより、なんで名前で呼んでくれないんですか?あの日は呼んでくれたのに」

 

「限られたときだけのほうが特別感あんだろ?これ八幡的にポイント高い」

 

「ただ恥ずかしいだけですよね?それ。葉山先輩とか親しい人なら名前呼び普通ですよー」

 

「あいつらとは生きてる世界が違う。なんでああも馴れ馴れしくなれんの?一言交わしたら友達なの?

 じゃあなんで俺はいつまでたっても名前を憶えられてないんだろうな」

 

「……地雷多過ぎて会話に困るからじゃないですか?憶えたら付きまとわれたりするのだるいですし。

 実際にそういう人いますからねー」

 

 

ああ、だからか。そういえば小5の―――と先輩が勝手に回想という名の黒歴史を語り始めたのでシャットアウト。

この人と付き合っていく人は大変ですねー。わたしじゃなきゃ見放しちゃいますよ。

 

 

「つーかおまえこそ俺の名字すら呼んだことないんだが?名前しってんのか?」

 

「そりゃ知ってますよ。でも今更名前呼ぶなんて恥ずかしいです」

 

「お互い様じゃねーか」

 

「……この件は保留にしておきましょう」

 

 

丁度部室に着いてしまいましたし。

さて、これが今年度最後の部活動ですね。わたしは部員じゃないですけど!

 

ちなみに奉仕部のお二人はなんとなく察していたようで、付き合った次の日にこの場所で打ち明けました。

 

そんな部室からは今日も紅茶のいい香りが部屋の外まで届いてきます。

 

 

ふと、全部ここから始まったんだなぁとしみじみします。

平塚先生の薦めでここに来て、先輩に出会って、本物を求めてしまった。

 

 

それ故に傷つくことや、面倒事とか出てきたわけですけど、悪くはなかったですね。

基本的なところはわたしも、この奉仕部の人たちも変わってはいないようですが、皆先輩に影響受けて変化があったんだと思います。

 

 

ここまでいろいろ間違ってきて、今もなお間違い続けて。

 

 

それでもやはり、わたしの……わたしたちの青春ラブコメはこれでいいんだと思います。

 

 

ですよね?せーんぱい?

 

***

 

というわけでようやく完結しましたー

長らく待たせたあげく自分で決めた締切やぶってすまんのう

おつおつ

 

 

一年という時間はあっという間に過ぎる。

 

これがまだ小学生のころであれば長く感じていたものだが、歳を重ねるごとに

時間の経過が早く感じるようになる。

 

この現象はなんで起こるかという理由があるのだが、特に披露する知識でもないし、

披露する相手もいないので割愛させていただこう。

 

特に興味のないことを急に語り出すやつとか、間々見かけることがあるが

なぜ彼らはドン引かれているという事実に気がついていないのだろうか。

 

まだその話を相手が興味を示し、問うてきたのであればいい。

話のネタにもなるし、相手は知識を得られる。語るほうは知識を披露でき、一種の充足感を味わえる。

 

語る方は所詮自己満なのだ。自分の好きなものや、今熱中しているものについて誰でもいいから語りたくあり、伝えたいのだ。

それゆえだろうか。それが一方通行の押し売りということまでは気がつかない。

でも友達でもない奴に語られたら気持ち悪いこと極まりない。

 

最終的にいじめられるか、いないもの扱いされる。アナザーなら死んでた。

 

だが、気持ちはわからなくもない。

友達を作りたいが話すきっかけが掴めないと困っている時、

周りがこれどういうことー、なんなのーとなっていればそこに入って解決してあげたくなる。

 

あわよくばお前すげーな!と称されそのまま輪に加われたらなんて考えたら、いてもたっていられない。

結果それが裏目にでることが多いのがこの世の常である。

 

 

中一の俺とか。もうかわいそすぎて逆に可愛くもある。

 

しかし中には自分から話ふっかけておいて、興味なさげに流す奴もいるからなー。

あるいは聞いといてドン引きとかするやつなー。

たとえば目の前にいる一色いろはとかなー。

 

おっと、話が逸れてしまったなぁ失敬!いやぁぼっち歴が長くなると脳内会話が長引いていかんなぁ。

 

 

「終わっちゃいましたねー」

 

「だねぇ。なんかいろんなことがあったけど、あっという間だった気がする」

 

 

一色とガハマさんがしみじみと呟く。

そう、今日は修了式があり、おそらく今年度最後の部活中である。

 

別に卒業したわけでもないのに、そんな感慨耽るようなことか?と感じるが、

もう大学受験のことを考えて行動しなければならないと思うと、

あぁ終わっちゃったな……なんて思わなくもない。

 

それに確かにあっという間だった気もする。

これまでの誰とも深く関わることのない人生からは想像もつかないようなことが多々あったのも事実な訳で。

 

 

何もない日々の繰り返しであればそう実感することもなかっただろうが、

それなりに記憶に残る出来事があったからな。

 

特にその……なんだ。一色と?付き合うことになったとか?

あれ、付き合うってなに?買い物とか?なんだ~てっきりカップルになったのかと思ったよ~。

 

なんか改めて意識してたら恥ずかしくなってきた。

わかったこの話はやめよう。ハイ!!やめやめ。

 

 

「そういえば奉仕部って春休み中も活動するんですか?」

 

「いやしない。絶対にしない。せっかくの休みなのに仕事する意味がわからない」

 

「えー普通に暇じゃないですかー?」

 

「なんのために休みがあるかわかってんのか?日頃溜まった鬱憤を晴らし、

 縛られた日々から解放されるための羽休めの期間なんだぞ?おとなしく家に閉じこもり、

 自分を見つめ直してもう外になんか出ないからなという気持ちを高めるために存在するのが長期休暇だ」

 

「なんか必死すぎて気持ち悪いんですけど……」

 

一色はこいつはやばいと思ったのか如く、ガガっと椅子を引く。

 

 

まったくこれだから最近の若い子は!休める時にちゃんと休みなさい!

なにこの超ホワイト企業。雇ってください。いや、お金だけ懐に入れてください。

 

ほんと日本人働きすぎだよなぁ。代わりに俺が休んどいてあげるか。

いや実際働きすぎなんだってまじで。

 

そもそも大半の人間が労働収入しかないと思っているプラス、労働しない人間はクズとでもいうかのような風潮があるのも理由の一端である。

労働者と事業主の割合が実に9:1とか。他国からしたら驚きの数字らしい。

 

 

「うわぁ……。ヒッキーがまたなんか意味のわからないこと言ってる」

 

「あなたの休みに対する執着と偏見は異常ね。賞賛に値するわ」

 

「まあな。俺は休むことにかけてエキスパートだからな」

 

あとサボることと、逃げること。人を怒らせるのも得意だな。

なにそれ悪役っぽい。

 

「もちろん皮肉で言ったのだけれど……、でもそうね。

 春休みの間は奉仕部の活動を休止するつもりよ。どうせ相談者もこないでしょうから」

 

「じゃあ今日が最後かー。なんか寂しいね」

 

「別にこれが初めてではないし、4月からは活動再開するつもりよ」

 

でもー、という由比ヶ浜に雪ノ下はそれに、と続ける。

 

「特に休み中忙しいということはないから、いつでも会えるわよ」

 

「ゆきのん……。じゃあ休み中いっぱい遊ぼうね!」

 

少し照れくさそうにしている雪ノ下に、由比ヶ浜は感激したかのような表情を浮かべ飛びつく。

 

もう見慣れた光景だなーこれも。いつも通り俺が置いてきぼりになるのも一緒で。

気がつけば一色まで雪乃さん!なんていって抱きついてるし。

 

 

あれー?おっかしいなー。偶数だから余りは出ないはずなんだけどなー。

つーか男女比がおかしいんだよ。

なんで男子いないの?戸塚とか彩加とか。あとさいちゃんとか呼ぶべきでしょ。

 

「それじゃ前言ってた花見しましょうよ花見!ね、先輩!」

 

「帰り道でも桜なんて見れんだろ。買い食いでもすりゃ花見の完成だ。やったな」

 

「いつ行きます?先輩はいつでも暇ですよね。お二人はどうですか?」

 

聞けよ。反応してくれないと虚しくなっちゃうだろ。

しかし実際のところ、そういう花見の仕方が増えているらしい。親父に聞いた。

 

買い食いてことはあれだろ?ゴミのポイ捨てとかが横行するんだろ?

やっぱ花見って地球に優しくないわー。酔っ払って通行人とかに当り散らしたりしそう。

 

 

「そうね。休日でなければ特に問題ないわ」

 

「ちょっとまって!えーっと……うんあたしも休日以外なら余裕あるよ!」

 

「では三日後とかにしますか。そうですね、詳しい場所と時間は先輩と案練るんで後日連絡ということで!」

 

 

おお、いろはすが仕切ってる。どうするどうするー?な人種だった一色が

自分から計画するとは成長し……アイエエエ!?よく考えたら俺に丸投げの可能性があるセリフだったでござる。

 

 

「ねえねえゆきのん!なにもってく?あ、ハニトーもってこう!」

 

「そうね……せっかくだしなにかお弁当を作っていこうかしら」

 

「それいい!あたしもなんか作ってく!みんなで交換しようよ」

 

「それはやめとけ由比ヶ浜。死人がでたらどう責任とるんだ」

 

「失礼だし!まだそこまで自信があるわけじゃないけど、死ぬほどのものはできないから!」

 

「お弁当のほうは私がみんなの分用意するわ。だから由比ヶ浜さんはおいしいお店のお菓子などお願い出来るかしら。

 私、みんなが好むようなお店を知らないものだから」

 

「そっか…。任せてゆきのん!」

 

 

由比ヶ浜は自分にしかできないことを託されたかのような感激を受けているが、

さすがはゆきのん。由比ヶ浜の扱いに長けていらっしゃる。

 

さりげなく由比ヶ浜お手製の菓子をも回避しつつ、私には無理なことを頼む、ということで

いいフォローになっている。

 

由比ヶ浜が一色の方に向いたところで雪ノ下がホッと息をついてるところを俺は見なかった。いいね?

 

 

「そうだ!さいちゃんとかにも声かけようよ!」

 

「それいいな!ナイスアイデアだ今すぐ声かけてくる!」

 

 

こうしてはおれん!と立ち上がった俺を、先輩……という一色の圧力により席につかされる。

いろはすこわい。

 

 

「でもそうですね。せっかくのお花見なわけですし、どうせならたくさん呼んじゃいましょう!」

 

という一色の提案に由比ヶ浜は賛成のようだが、俺と雪ノ下は難色を示す。

 

「あんま大勢になると収拾がつかなくなるぞ。人が多くなる分気を回したり、管理しなくちゃいけなくなるからな。そしたらお前らも疲れるだろ。あ、でも戸塚とか小町なら別な」

 

 

俺の言葉にうんうんと頷く雪ノ下であったが、最後の一言で冷ややかな目に変わった。

リアリズムそんな目で俺をみるな。

 

だが当然のことだろ?戸塚も小町も人でなく天使なのだから。

まてよ…小町が天使ならその血を分かつ俺は一体何者……?やべぇ超大作が書ける気がする。

このクソプロットを材木座にあげよう。

 

 

「えー。そりゃ知らない人とかだったらそうかもしれないけど、友達だったら普通に楽しくない?」

 

由比ヶ浜。友達の友達は友達じゃないんだぞ」

 

「う、う~ん。でもそっか。そうだね!いつものメンバーのほうが気楽だし」

 

「それもそうですねー。人嫌いの先輩が可愛そうなんで今回は多めに見てあげます」

 

「ありがとよ」

 

なんの感謝かしらんが。

 

「じゃあ決まりですね!あ、小町ちゃんと戸塚先輩は先輩から誘っておいてくださいね?」

 

「任せておけ!」

 

「なんか生き生きしててむかつくんですけど」

 

 

ガハハ!なんとでも言うがいい!

戸塚にメールを送る口実ができたことに感謝しよう。

 

……なんだ。あれ?緊張してきた。メールを送ろうとする指が震える……。

もしかして、恋!?

 

小町は……まあ帰ったら言えばいいな。当日に伝えても行くっていいそうだし。

 

 

「では、今日はこのくらいにしておきましょうか。もう校舎に残ってる人も少ないでしょうし」

 

「だねー。こんなギリギリに依頼してくる人なんていなさそうだしね」

 

 

じゃあなんで部活やったの?今日。別にいいけど。

残っていた紅茶を一息に飲み干し、それを合図にしたかのように片付けを始める。

 

片付けが終わり、全員が部屋を出たところで鍵をかける。

次ここに来るときは受験生となっていることを思うと、憂鬱になる。

 

あーまた受験しなきゃいけないのかーやだなー。

でも就職したくないから進学しよー。こういう考えの大学生多いんじゃね?

 

そんでサークル入って合コンしてうぇーい!とかいっちゃう感じ?

 

仕事とか今はいいや~つって就活のときに涙を流すまで容易に想像できる。

ちゃんと今の段階から将来を考えた行動をしなければならない。

 

となると俺に必要な行動は決まっている。専業主夫スキルを磨くことだ。

でも今年は受験生だからなー!やりたいけど今年は無理だなー!来年がんばろ!

 

来年になったら、また来年頑張るって言おう。

これぞ予定調和。だれか養ってくんないかなー。

 

 

「では、鍵返しに行きましょうか」

 

 

部長の一声でみんな職員室のほうへと歩き出す。

道中、ボリュームを抑えた声で一色が話しかけてくる。

 

 

「先輩って明日暇ですか?」

 

「いや忙しい。具体的には……」

 

「いや、そういうのいいんで。つまり暇ですよね?いつも暇な日何してるんですか」

 

「本読むか寝るかゲーム。あと本屋に行くとかで暇ではない」

 

「出かけるとしたら午前中ですか?」

 

「いや、午前は動きたくない。昼まで寝てるまである」

 

 

一色は唇に指を当て、ふむふむと頷いている。

あざと可愛いなちくしょう。

 

 

「なんだ。なんか用事か?付き合うぞ」

 

というと、それが意外だったのか、ふぇ?という反応のあとに慌ててぶんぶんと手を振る。

 

「いえいえ!特にそういうわけではないです」

 

「じゃあなんで……あれじゃねえのか?花見の場所決め」

 

「ああ、そうですね。大丈夫です」

 

「あ?一緒に決めるとか言ってなかったか?」

 

「だから大丈夫なんですって!とりあえず明日はゆっくり寝てればいいと思いますよ!」

 

 

どうも要領を得ない。

まるで誕生日近くなって、なんか欲しいものある?と聞いてくるような。聞かれたことないけど。

 

 

「まあ、いいけどよ」

 

「ですです。細かい男は嫌われますよ先輩。わたしじゃなければ」

 

「ドヤらなければよかったのになー」

 

 

計算で動く女子ほど怖いものはない。

はたしてこの計算高い女の子は何を企んでいるのか。一応警戒しておこう。

 

鍵の返却を済ませ、校門に差し掛かったあたりでそれぞれ別れの挨拶を告げる。

 

 

「じゃあまた花見で会おうねー!」

 

「ええ。また」

 

「また連絡いれますね~」

 

 

これにて比企谷八幡の高校2年生は終了した。正確にはまだ2年であっているのだが、もう休み明けまで学校に立ち寄ることはないであろう。

幸いにも春休みは課題もないしな。

 

この一年間を振り返るのはやめておこう。過去を振り返るとロクなことがない。

今年の思い出~ではなく今年の黒歴史更新である。

 

いろいろ恥ずかしいものや、こうすればよかったなんて考え始めたらキリがない。

 

なのでこれからも俺は前だけを向いて歩いておこう。

 

 

目下の悩みといえば、……一色がなにか企んでることだな。

 

***

 

「………なんでいる」

 

 

朝の目覚めの一言には相応しくない言葉が思わず漏れる。今の出来事から逃避できるもんならしてみたい。

昨夜は確か、春休み初日ということで夜更かしを決め、今日昼過ぎに目覚めようと思っていた。

 

だがそれは寝苦しさから拒まれてしまい、頭が徐々に冴えてきたのだが、

そこで異変に気付く。寝苦しさの原因は体にかかる謎の質量。

 

最初は愛猫ことかまくらが寒さ故に入ってきたのかと思ったが、それにしては重いしでかい。

てことはもしかして小町か~?可愛いやつめ。でもいろいろとまずいんで起きてもらいましょうかね

と、布団を剥いで見るとそこにいたのはなんと!!生徒会長の一色いろはさんがすやすやと寝ているではありませんか!

 

何を言ってるかわからないと思うが以下略。

 

寝ぼけた脳も一気に覚醒したところで今に至る。以上。

 

 

「あー、せんぱいー。おはよーございまふ」

 

「おい、起きろマジで。つかなんでいんだよ」

 

「遊びに来ましたー」

 

「……なんで俺の家を知ってるのかは察しが付くからいいが、問題はなんで俺の布団に潜り込んでるかってことだ」

 

「驚かそうと思いまして。でも居心地よかったのでつい寝ちゃいましたー」

 

 

馬鹿じゃないのこいつ。いろんな意味で。

休み前になんか企んでるかと思ったらこういうことかよ。

 

ていうか冷静にしてるけど結構やばいからこの状況!さっさと体起こして!

しかし起床を促したところで動く気配がない。

 

引きはがそうかと思ったががっしり掴んできやがるもんだから動けない。

 

 

「……お前。なんかあったのか?」

 

「いえ特に。……ただ人から見えないとこでくらいいちゃいちゃしたいじゃないですか」

 

「……いちゃいちゃとかキャラじゃないだろ」

 

 

いちゃいちゃしてる風に見せかけてただ周りに幸せアピールしてるだけみたいなキャラ。

これは結構あると思うんだが、愛し合ってる(笑)とみせかけてただ彼氏彼女いることを宣伝して、

自尊心を満たしたいだけのやつ。そういう恋人間の繋がりはそこの意見の一致だけなので喧嘩が絶えない。

 

 

「そうですか?じゃあ二人きりだと甘えてくるキャラってことで。これ結構萌えません?」

 

「それを宣言してなかったらドキッときたな」

 

 

まあこの状況ですでに俺の心臓はドキドキだが。むしろドンドンいってる気がする。誰だ!壁ドンしたやつ!

 

それにしてもこいつ完全に目覚めてるはずだが一向に動こうとしない。

置物ってレベルじゃねぇぞ

 

 

「………だって付き合ってから先輩普通なんですもん」

 

「………いや。つーかわざわざ行動変える必要もないだろ。お前もそう同意してたろ」

 

「それとこれとは話が別ですよ!それは外の話で、せめて内ではなんか甘えてもいいじゃないですか」

 

「あーあれだ。俺はそういう経験が無いもんだからちょっといきなりはあれなんだよ、あれ」

 

「わたしだって無いですよ。だから加減がわかりません。仕方ないですねー?」

 

 

にこーっと実に可愛らしい笑顔をするもんだからなんでも許したくなっちゃうぜ!

だが許さない。ほら、節度は守らないとね?最近は世間がうるさいから。きっと。

 

 

「そういうの恥ずかしくね?」

 

「恥ずかしいに決まってるじゃないですかー。ここに忍び込むのにどれだけ勇気を出したと思ってるんですか」

 

「じゃあもうどこうぜ。充分ドッキリ成功してるから」

 

「でもでも、恥ずかしいのがむしろドキドキしません?プラシーボ効果ってやつ?」

 

 

なにいってんだこいつ。吊り橋効果のことか?まあそれも元の意味からは違ってくるが、あながちハズレでもない。

本来不安や恐怖からくる感情を恋愛に勘違いするもんだが、羞恥によるドキドキを恋のドキドキに変えるという意味ではありだな。

 

こいつもなんだかんだ余裕ぶっこいてるけど顔真っ赤だし。俺は言わずとも真っ赤な誓い

 

 

「あーそれは分からないでもないがな……」

 

「もうこれ以上悪くなることもないんですしいいじゃないですか。先輩はわたしの彼氏さんなんですよね?

 先輩が思ってる以上にわたしは先輩のことが好きなのを理解した方がいいですよー?」

 

 

え?そ、そうなの?確かに状況の悪化はしないだろうし、一応恋仲というわけですし?

うん。それなら問題ないかもな。

 

ほら一色だってより強くぎゅーっと抱きしめてきてるし、それを拒むのも悪いってもんだろ?ほらこんなにも可愛いじゃない。

じゃあこのまま一緒に二度寝といきま………あっぶね!洗脳されかけたぜ。それはどうかんがえてもないわ。

 

さすがにいろいろパンクしそうなので多少強引にでも引きはがそうかとした瞬間、自室の扉が開く。

 

「いろはさん、お兄ちゃん起きまし―――」

 

「………」

 

「………」

 

「………あー!これは小町ともあろうものが気が利かず申し訳ない!いやーお兄ちゃんがそこまで進んでるとは。ではでは!」

 

「ちょ、おいまて小町!」

 

 

誤解を解こうと引き留めるも、無情にもドアは閉められ、無残にも残された気まずい二人。

状況が悪化することはないと思っていたが故に、その現実を目の当たりにしたことで心が折れた。

 

 

「………飯でも食いにいくか」

 

「………そうですね」

 

 

さすがの一色もくるものがあったのか、今度はすんなりとどいてくれる。

 

 

「じゃあ、準備すっから」

 

「はい、外出てますね」

 

 

ということでささっと仕度を済ませ、逃げるように家を出たのであったとさ。

 

  * * *

 

特に食べるものも決まっていなかったんですけど、わたしがラーメン食べたいといったので

なりたけ食べてきましたはいおしまい。

 

食べた以外のことは特に何もないです。

てかラーメン食べるときにお喋りしてる人ってあんまいなくないですか?つまりはそういうです。

 

お食事の時間というのは交友の場でもあり、情報交換の場でもありますが、ラーメンを食べるときは別ですね。

その時の思考はどんな味がするか、どう食べようかで埋め尽くされ、視界にはそれしか映らないまであります。

 

必然と人々の声は聞こえなくなり意識が一極化する。

故に会話も生まれず、ラーメン食べましたということ以外語ることもないです。

 

そのあとにお口直しがしたかったということでたまたま見つけた屋台のクレープを購入し、

現在近場のベンチに座ってゆっくりしてるというわけでした!

 

 

「甘くておいしいですねー。先輩甘いの好きですもんね」

 

「そうだな」

 

「わたしたちみたいに甘々ですね」

 

「………」

 

「………そこで沈黙されるとやらかした感マックスなんですけど」

 

「じゃあ冒険すんなよ……」

 

「あ、食べ比べしましょうよ!先輩のやつ食べてみたいです」

 

「いちいちやることがあざといんだが?」

 

「いいじゃないですかー。もしかして意識しちゃいます?キスした仲なのに?」

 

「おい……あんま大きな声で言うなよ。ほれ」

 

 

なんだかんだで優しい先輩はわたしの言うこと断れないんですね。

そっぽ向きつつもクレープ差し出してくるあたりがキュートです。

 

まあまあ先輩の気が変わらないうちにぱくっといきます。うーんおいしい。

 

もちろんせっかっくのシチュエーション。頬にクリームをつけておくことは忘れません。

 

 

「おまえがやるとわざとにしか見えないなそれ」

 

「えっ!な、何がですかー?」

 

「もう確定じゃねーか……。さっさと拭け」

 

「ぶー。せっかくなんでペロってとってください」

 

「………しょうがねーな」

 

 

は?え?ちょちょちょ!なんか先輩顔近づけてくるんですけど!?

 

冗談で言ったのにまさかこうなるとはあわわわわ。

あ、今の口に出してた方が可愛かったですかね?

 

先輩の思わぬ行動につい目を伏せて待っていると……こない。普通に手で拭われました。

 

………わたしをからかうとはいい度胸してますね。まあ先輩も照れてるようですけど。

 

 

「大胆な先輩にどきどきした気持ち返してください」

 

「あほか。こんな人前で出来るかよ」

 

「じゃあ二人のときはペロるんですか?ごめんなさいペロリストの恋人はNGで」

 

「あれ?これフラれたの?」

 

 

そんなわけないじゃないですかー。そんなんで嫌うんだったら最初から付き合ってませんよ。

しかしそこは冗談とわかっているので軽く流されたわけですけど。

 

………その手のクリームどうする気ですか?まさか舐めるんですか?

 

 

「なんか恥ずかしいんで、やっぱわたしがもらいます」

 

「は?ちょ、おい」

 

 

はむっと先輩の指ごと頂く。………あ、冷静に考えたらやばいです。

 

 

「………ぁぅ」

 

「………あほかお前は」

 

「だ、だって先輩がいやらしく自分の指を舐めまわすのはさすがに犯罪者なので」

 

「日本語おかしくね?……。普通に紙で拭くっつうの。ほれまだついてるぞ」

 

 

というとナプキンでわたしの頬を拭いてくる。あ、生理用品のほうではないですよ?

なんかわたしが子供みたいじゃないですか……。でも先輩がパパって妙にしっくり来る気がします。

 

しっかしこの人意外と落ち着いてるなー、顔は赤いですけど。実は経験豊富なんじゃないですかー?

………やめておこう。想像したらもやもやするんで。あ、でも妹さんで手馴れてるとか?普通に引きます。

 

 

「………」

 

「………」

 

「では第一回奉仕部お花見企画会議といきましょうか」

 

「唐突だな。べつにいいけど」

 

 

だってこの空気に耐えられないんですもん。

思い返せば十分いちゃついた気がするので今日は満足です。

 

企画会議といっても場所の選定、日時選択くらいしかないですけど。

アポ取りはどうせわたしの仕事なんで。

 

それでは会議室、もといサイゼにでも移動しますかねー。

 

 

「くぅー疲れましたー」

 

「言うほどそんな疲れることしてないだろ」

 

「疲れますよー。あそこはどう?ここは?っていう度に先輩いちゃもんつけるんですもん」

 

「それはすまん」

 

 

それはそれはもう大変。ここにはこういう奴らがーとか。この時期この時間だとこういう問題がーとかうるさすぎます。

人嫌いな彼氏さん持つと大変ですねー?

 

 

「申し訳ないと思ってるなら行動で示してください。甘いモノでいいですよ」

 

「俺は人に奢らないって決めてるんで」

 

「別に甘い行動でもいいんですよ?」

 

「意味が解らん」

 

 

まあそれは期待してないんでいいんですけど、とりあえずお花見の時にでも。

雪乃さんも由比ヶ浜さんも承諾得ましたし、問題ないですね。

 

妹さんは今朝のことで連絡しづらいんで先輩に任せますけど。

 

あとは晴れることを願うのみですねー。予報だと晴れなんで大丈夫だと思いますけど。

 

「それでは今日はお開きですね」

 

「おう。送ってくぞ」

 

「えへへー。では、お願いします」

 

 

といって先輩の腕に抱き着く。

もうこの手のものには慣れたのか、特に不満を言うでもなく、じゃあ行くかとだけ。

 

うんうん、素直な先輩はいい先輩。調教した甲斐があったってもんですよ。

 

どうせならこのまま遊びにでも行きたいところですが、あまり出歩くのに慣れてない先輩を連れまわすのは忍びないんで

今日のところは引き揚げます。先輩をちゃんと気遣えるわたし可愛い。今更感ありますけど。

 

 

ふと思う。先輩が卒業した後どうなってしまうのか。

おっと、それまでに別れないとは限らないとか野暮はよしてくださいよ?

 

少なくともわたしから離れることはそうそうないので。

 

ただ純粋に先輩といる時間が無くなることを懸念します。

わたしが奉仕部にお邪魔したり、生徒会の手伝いをしてもらったりという時間がなくなってしまうのがちょっと寂しいです。

 

ちょっと切なくなり、抱きしめる腕に力がこもる。

 

 

「どうした?」

 

「いえ。先輩が浮気しないか心配で」

 

「する相手がいないし、そもそも相手にされない」

 

「それもそうですね、安心しました」

 

「………まあなんだ。先のことなんか考えんな。お前ってそういう人間だろ?」

 

「失礼ですね。まあそうしときます」

 

 

なんとなく察してるんでしょうか。

すっと腕が伸びてきたかと思うと、頭をわしゃわしゃと撫でられる。

 

先輩って気が遣えたんですね。おかげで幾分か気が楽になりました。

先輩の手あったかい。

 

「あ、ここまででいいですよ。先輩が遅くなると妹さんに悪いんで」

 

「そうか。じゃあな」

 

「はい。それでは」

 

 

といいつつ、二人ともその場を動かない。わたしを見送るつもりかなんなのか。

先輩わたしのこと好きすぎません?ごめんなさい顔がにやけるんで人前ではやめてください。

 

 

「なんですか先輩。寂しいんですか?ぎゅってしてあげましょうか?」

 

「………いらん。ほれさっさと帰れ」

 

「さすがに酷いですよ先輩。むかつくんでお仕置きです」

 

 

とりゃ!と声を上げ胸に飛びつく。

瞬間呻き声を漏らす先輩でしたが、数瞬のうちに腕を回してくる。

 

 

「先輩やっぱ寂しいんじゃないですかー?」

 

「甘やかしてるだけだ。断じて俺のためじゃない」

 

「じゃあ甘やかされときますね」

 

 

素直じゃない先輩のためにも。

 

ほんとめんどくさい人だなー。

 

 

「ではそろそろ」

 

「ん。またな」

 

「はーい。ちゃんと帰らなきゃだめですよ?」

 

「言われなくても。じゃあな」

 

 

そう手を振り、来た道を引き返す。

もう一度別れの挨拶をいってからわたしも帰路に戻ります。

 

いやー青春してるなー。先輩に言ったら鼻で笑われそうですけどね。

うん。充実してる。

 

次会えるのはお花見、たのしみですねー。

別に何でもない日に誘うのもいいんですけど、そこそこ距離あけてた方がどきどき感増しません?

飽きられないように慎重に、でも攻撃にでればがっつりと、でいきましょう。

 

 

それでは、おやすみなさい!

 

***

 

さてさて、お花見当日ですよ?

時間に余裕もありますし、今日のスケジュールでも確認しときますかね。

 

場所は千葉公園。原っぱのだだ広いところか迷ったんですが、ボートにも乗れるこっちにしました。

風景的にも池や湖近くにある桜ってなんか幻想的なもの感じるじゃないですかー?

 

ただ先輩はだいぶ渋りましたけどね。んなの最もあれな奴らが集まりそうじゃねーかとかなんとか。

ですがまあどこも一緒ですし、先輩のいうあれなやつらに自身も含まれてますよーといったら撃沈。

 

実際周りのことをとやかく言う前に自分の現状把握したほうがいいです。

普通に考えて男女比おかしくありません?美少女複数侍らせてリア充死ねとか、いいブーメランですよね。

そのブーメラン刺さってくたばれと言われてもおかしくありません。

 

で、集合は駅前10時となっていますが、そこからちょっと買い物したり移動時間やらなんやらで

ゆっくりできるときにはちょうどいい時間になってるんじゃないかと踏んでます。

 

そのあとは各々好きな事でもやって15時ころには解散でもいいし、別のとこに赴くってのでもいいですね。

 

個人的には先輩とボートでまったりなんてのもいいですけど、絶対拒否してくるからなー。できればって感じで。

そもそもわたしがゆったりな時間過ごすタイプじゃないですしね。

 

 

てなわけで5分前行動ならぬ30分前行動で集合場所に着いたわけですが、既にみなさんご到着のようです。

なーんかそんな気がしたんですけどみさん揃って何考えてるんだか。

早めにきて正解でしたね。というかどうせなら集合時間を遅らせておけばよかったとか思いますねこれ。

 

ただシチュエーション的には遅れた身分なのですこし駆け足で近寄っていきましょう。

 

 

「すいませーん。なんか遅くなっちゃいまして」

 

「ううん、こっちがちょっと早く来ちゃっただけだから大丈夫だよ!」

 

「ほんとはえーんだよ。集合時間遅らせりゃよかったくらいだ」

 

「これだからゴミいちゃんは……そこは健気さを褒めるとこだよ!」

 

 

さすが先輩気が合いますね〜。

でも早く着きすぎて困ることもないのでいいですけどね。

 

 

「む!ヒッキーだって早く着いてるじゃん」

 

「小町がどうせ30分前には集まるだろうからって無理やり連れてこられただけだ」

 

「それは言わないでおいてよお兄ちゃん」

 

「要らぬことを言うのが彼の存在意義なのだから仕方ないわ。諦めましょう小町さん」

 

「俺の存在をなんだと思ってる。戸塚を愛でることが俺の存在する意味だ」

 

「そこはわたしを、って言ってくださいよ先輩。まあ多少早くても問題ないので行きますか」

 

 

まあ時期が時期だし、場所取りとかしてないんで早いに越したことはないですよね。

それではちゃちゃっとれっつらごー!

 

 * * *

 

「うっわー……すごい人」

 

 

なんとなく予想はしてましたけど、どこもかしこも人人人。

これはちょっと厳しいですかね。やっぱ場所取りするべきでしたか。

 

先輩の顔を伺うと、思った通り嫌そうな顔で満足満足。なにもいいことはない。

 

 

「ほんとすっごいねー。知り合いとかいてもおかしくないくらい」

 

「それありますね!小町のクラスメイトいるかなー?」

 

「とりあえず座れるところを探してみましょうか」

 

 

一先ず辺りを見渡しながら歩いていきますが、いい具合に桜の樹の下は空いてないですね。

まあ、わたしは花より男子……もとい団子派なんでどこでもいいですけどね。団子はもちろん先輩です⭐

 

どこでもといっても原っぱのど真ん中というわけにはいきませんし、なにやらスポーツしてらっしゃるかたもいますから。

邪魔にならないような場所を探さなければいけないわけですが――――

 

 

「おぉ?おーい、いろはすー」

 

 

と、なにやら聞き覚えのある声が近場から聞こえて来ます。

先輩方も気づいたのか一斉にその声がした方へと顔を向けると、声の主は例によって戸部先輩。

はい葉山先輩グループですね。

 

 

まあ誰かしらいるかと思ったわけですが、まさかドンピシャで彼らとは。

しかも葉山先輩達は桜の樹の根元に陣取っています。さすが上位カースト。これはおこぼれを預かるしか!

 

 

「あ、葉山先輩たちじゃないですか!こんなところで会うなんて運命感じちゃいますね」

 

「ほんとだ!やっはろー、みんな」

 

「やぁいろは、結衣。みんなもほんと奇遇だな、こんなところで会うなんて」

 

「結衣ー。用事ってそいつらと花見だったんだ。なんなら一緒でもよかったじゃん」

 

「あははーそうかもね。でも今回は奉仕部ってことだったから」

 

 

一緒でもよかったとか言ってる三浦さんですけど、なんか雪ノ下さん睨めつけてません?

なんとなく仲の悪そうなのは伺えます。いかにも衝突しそうな性格してますもんねー二人とも。

 

きっと先輩のことは目にも止まってないんだろうなぁ。あとわたしも若干苦手です。

 

 

「もしかして場所ない感じー?じゃあ俺らんとこ来いって!歓迎すってなあ隼人くん」

 

「ああ、もしよければ。せっかく会えたんだしこっちもスペース余ってるからな」

 

「ほんと!?ね、ね、ゆきのん一緒しようよ」

 

「………まあ場所を分けてくれるというのなら、お言葉に甘えようかしら」

 

「ですね!先輩もいいですか?」

 

「別にどこだって一緒だろこの人の多さじゃ。近くにいるのが知り合いかそうでないかの違いだけだ」

 

 

つまりOKてことでいいんですよね?

どっちとも取れる反応やめて頂きたい。

 

 

ではではお言葉に甘えてご一緒させていただきましょう。

 

 

姫菜さんはここ座りなよーなんて葉山先輩の隣を促していますがもちろん先輩はスルーしてます。

これでそっちいったら引っ叩いてましたけどね!男性にも嫉妬しちゃうわたしかわいい!

 

 

でも先輩って戸塚先輩大好きですよねー………。そもそもあの方ほんとに男なの?

 

 

各々自分のスペースを確保し座っていき、持って来たものを取り出していると聞き覚えのある声がかかる。

 

 

 

「あ、八幡!やっはろー!」

 

「戸塚か!?こんなとこで会うなんてやっぱ運命だな!」

 

 

と、噂をすれば影がさす。その反応の速さにイラっとくるものがなくはないです。

まあ?先輩の数少ない友人ですし多めに見てあげます。男に取られそうと焦るっていろいろまずいですよね。

 

 

「あはは、運命だね!テニス部員で息抜き兼ねて来てるんだー。でもこっちにも参加したかったなー」

 

「そういうことなら歓迎するぞ。ほれ座ってけ」

 

「じゃあちょっとだけお邪魔しよっかな」

 

 

 

と言って先輩の隣に女の子座りする。

はははー。大丈夫大丈夫。目覚めそうになる前に目覚めさせるんで。何を言ってるんだろう。

 

みなさんと挨拶が終わったところで戸塚先輩が可愛らしく首を傾けてます。あざといかわいいです。

 

 

「そういえば向こうに平塚先生いたけど、もう会った?」

 

「まじでか」

 

「あ、やっぱり平塚先生だったんですね。なんか死んだ笑顔でお酌してたんで別人だと認識してました」

 

「………それは見ていられないわね。目を逸らしたくなる気持ちもわかるわ」

 

「あははーわかっちゃうんだ。あ、なんなら先生こっちに呼ぶ?」

 

「こっちきたらやけ酒からの悪酔いされるぞ」

 

「うーん。それはちょっと小町的にポイント低いかも」

 

 

うわーなんか想像できますね……。

先生が酒癖悪いか知りませんが、絡み上戸な印象受けますよね。

 

まあまあ、大人の世界は置いといて乾杯といきましょう!

 

 

 

「よっしゃ!じゃあ改めて乾杯すんべ。えー本日はお日柄も良く」

 

「では葉山先輩!乾杯の音頭お願いします」

 

「え?はは、そうだな。……じゃあ、一年間お疲れ様、乾杯」

 

 

同時にみんな乾杯!と一言。まあみんなというのは語弊がありますが。

具体的にはえ、ちょ、とか言って出遅れた戸部先輩。

 

 

以外にも先輩も雪乃さんも小さく乾杯してましたね。

 

 

そして雪乃さんが取り出したのはバスケットにサンドイッチが詰められたもの。

なんとなく重箱とか出てきそうイメージありましたけど、さすがになかったですね。

 

 

小町ちゃんはおかずとなる物を担当し、わたしと結衣さんは食後のデザート。

あ、手作りする余裕はなかったので市販ですよ?

先輩はお茶持ってきたんじゃないですか?

 

 

「うわっうわっこれ超おいしいですね」

 

 

「おいひー。さすがゆきのん!」

 

 

「それはよかったわ。小町さんのもほんとに良く出来てるわ」

 

 

「いや〜それほどでも〜。お兄ちゃんどう?どう?」

 

 

「いつもどおりうまいぞ」

 

 

「わかってないなーお兄ちゃん。そこはいつもよりおいしいくらい言わなきゃ」

 

 

「舌がとろけてしまいそうになるほど濃厚なこの肉汁。俺でなきゃ見逃しちゃうね」

 

 

「なにいってんのお兄ちゃん」

 

 

「ほんとおいしい!でも僕までいただいちゃってよかったのかな?」

 

 

「いいに決まってんだろ戸塚!お前は奉仕部の仲間だからな」

 

 

「ちょっと先輩。わたしと対応違いすぎじゃないですか?」

 

 

わたしのほうが部室利用率高いのに!いや、それがダメなのかな。

いや、あれですね!先輩ツンデレだからそういうことなんですね!つまりどういうことだってばよ。

 

 

しかしこれは本格的にちょうきょ……説教しなければいけませんね。

 

………胃袋掴めとか言いますし、わたしも手料理食べさしたりとか?

別に作れないことはないですけど、雪乃さんと比べられるとなー。

 

 

彼女の手作りお弁当なんてありがちなシチュ先輩が喜ぶかどうかって話ですよ。

うん、やめやめー。めんどくさいですしね!

 

 

となると、斬新なこと考えなければ。

うーんメシマズなんて誰も得しませんし、斬新でもなんでもないですよね。

 

あ!わたしの強みってあざとさじゃないですかー?みんなの見てる前であーんしてあげましょう!

 

 

「てことで、先輩。あーん」

 

「え?なにが?……つーか前にも断ったろ」

 

「あの時と今じゃ、関係が違うじゃないですか!食べてくれなきゃ顔に突っ込みますよ」

 

「うおっ!まじでやめろ。あー、一色さん?もしかしてなんか怒ってらっしゃる?」

 

「怒ってないです。でもこれを口に入れないと怒ります。激おこぷんぷん丸です」

 

「………わーったよ。ん、…これでいいだろ」

 

 

……おー。まさか本当に食べてくれるとは。

餌付けしてるみたいで気分がいいですね。

 

 

「わっ、ヒッキーが素直だ」

 

「公道でイチャつくのはやめてもらえるかしら比企谷くん」

 

「これのどこがイチャついてんだ。本人からしたら迷惑行為だぞ」

 

「それはあなたが決めることではないわ。周りがそうだと感じたらそうなのよ。客観的に物事を見れなければ大義を見失うわ」

 

「なんか急に大それた話になってるぞ。つーか–––」

 

「先輩わたしにもしてくださいよー」

 

「ん。……つーか客観視くらいできるっつーの。逆にあのくだりを長引かせてたほうが周りから鬱陶しく思われるだろ」

 

「………ナチュラルにイチャつかれるのはさすがにくるものがあるわね」

 

「あははー、なんか夫婦?的なーなんて……うー」

 

 

 

んふふー、これは悪くない気分です。

でも注目浴びるのは居心地わるいですね。やっぱ次からは人目は避けましょうか。

 

 

葉山先輩なんかと付き合ってるのであればガンガン見せつけていくスタイルだったでしょうが、

先輩ですからねー。見せつける意味ないですもん。

いや、わたしのモノなので見せたくないです!今のいろは的にポイント超高い!

 

 

秘匿することに価値が有る。ロマン感じますよね!

 

 

「んじゃー食後の運動といくべ!バドするっしょバド!」

 

 

飯アタイムが終わり、ゆっくりとお茶した後に戸部先輩が一声。

食後の運動は大事ですからね。

 

 

あ、バドってバドミントンのことですよ?バトルドームの略ではないです。

でも超エキサイティンできなくはないですね。

 

 

で、そのラケットは見たところ4本あるようです。

元々葉山先輩たちは4人で来てたので丁度ですね。

 

 

みたところこちらにも話しを振ってるので交代しながらやることを提案してるみたいです。

 

 

「いいねーやろやろ!ゆきのん組も!」

 

「え、私は別にやりたいとは……。小町さんどうかしら」

 

「やりますやります!でも、雪乃さんとも組みたいかなー」

 

「………わかったわ。それなら少しだけ」

 

「お?お?雪ノ下さんやる感じ?じゃあダブルスっしょー。あ、海老名さん俺と–––」

 

「姫菜、あーしと組むっしょ?……雪ノ下さんには絶対負けねぇーし」

 

「いいよ〜。ごめんね戸部っち」

 

 

あーあー、ガチバトル始まりますかね。

みんなで楽しくワイワイな感じで提案されたはずですが、親の仇を見るかのような視線を交わしてますよ。

 

 

提案者の戸部先輩なんか、いつの間にか審判的な役押し付けられてますし、

祭り事か好きなのか、小町ちゃんは実況みたいなこと始めてます。

 

 

まースポーツを通して仲良くなればいいんじゃないですか?ジャンプみたいに(適当)

 

 

「葉山先輩、いいんですかー?あれ止めなくて」

 

「んー、まあ大丈夫だろ。二人ともその辺は弁えてると思うし。……なにか起きる前には止めるよ」

 

 

あはは、と困った笑みをこぼし、自分も近くで見てくるために席を立つ。

まあ葉山先輩がいれば万事解決ですね。この安心感は最強です。

 

 

しかし、ふーむ。いい具合に二人きりですねー。

 

 

 

「先輩はいかないんですか?」

 

「お前こそ行かないのか」

 

「先輩が行くなら行きますよ」

 

「………まあ向こうの修羅場が終わったら行くかな」

 

 

 

と言って、桜の木に寄りかかり本を読み始める。

なるほど。それは賛成ですね。しかし自由な人だなー。

 

 

………いいこと思いつきました!

 

 

と、一旦立ち上がり先輩の方へ移動する。

足を開いてください、というわたしの言いつけを聞き素直に足を開く。

 

 

もちろんすることは一つ!その間に座ることです!

 

 

「えい」

 

「あ、おい」

 

「まあまあ、いいじゃないですか」

 

「……まあいいか」

 

 

お?お?今日の先輩デレまくりですねどうしました?

これは会う日を減らす作戦がうまく決まりましたかね。

 

 

しかしそこを煽っては、立ち上がりそうなので黙っときます。

大人しく先輩に背を預けましょう。……これすごく落ち着きます。

 

 

わたしを寄り掛からせつつ、本を読むために前に出した腕は、さながらわたしを抱きしめているかのようです。

そのまま腕を折り込んでくれればあすなろ抱きになるんですけどねー。

 

 

「今日晴れてよかったですねー」

 

「そうだな」

 

「風が心地よいです」

 

「……過ごしやすくて助かる」

 

「桜の花言葉を知ってますか?」

 

「いや、知らん」

 

「わたしも知りません」

 

「しらねぇのかよ……。完全に知ってる風だったじゃねーか」

 

「別にどうでもよくないですかー?」

 

「話し振っといて何言ってんのこの子」

 

 

わたしがくすくすと笑うと、先輩もまたにひるな笑みを浮かべる。

なんだか穏やかな時間が流れてますねー。

 

 

思い返せばこういう経験なんて初めてなんじゃないでしょうか。

いつもアクティブに行動してましたし、可愛いわたしを振りまいていたわけですし。

 

 

静かな時間と、気を使わなくて済む間柄って最高です。

先輩と出会ってからいろんなこと経験しましたねー。これからもいっぱいあるんでしょうか?

 

 

ふぅ……少し眠くなってきましたねー。居心地が良すぎるのも問題ですね。

 

 

「えへへーせんぱーい」

 

「どうした?」

 

「なんかふわふわしてきました」

 

「そりゃあれだ。巷で噂のふわふわタイムってやつだ」

 

「そんなのあるんですか?」

 

「いや、知らん」

 

 

なんですかそれーというと少し笑って間が空く。

すると真剣なようでどこか柔らかい声が聞こえてきます。

 

 

「ありがとな、いろは」

 

「………へ?」

 

「なんでもない。そろそろ向こう行くか」

 

「今名前で呼んでくれましたよね?もう一回!というかずっとで」

 

「いやなんでもないし。そろそろいくしー」

 

「ぶーどきませんー」

 

「おい」

 

「……もう少しだけこうしてたいじゃないですか」

 

「……少しだけな」

 

「……はい」

 

 

そう告げるとわたしは目を瞑り、先輩に体重を預けます。

先輩はわたしのこと大好きですからねー。抵抗もなく身を委ねられます。

 

 

「せんぱい、ありがとうございます」

 

「なにが」

 

「いろいろと、ですよ。というか、先輩のさっきのこそなにがって話ですよ」

 

「まあ、いろいろだ」

 

「そうですか」

 

 

それからまた二人とも言葉がなくなる。

しかしそれは不快なものでなく、どこか安心できるような静寂でした。

 

 

形容するならまさにそよ風といった風が吹き、それに散らされていく桜がどこか幻想的な風景になる。

近くに感じる先輩の匂いと温もりに、文字通り包まれて、とても心地よいです。

 

 

………先輩に魅せられた本物に、わたしは辿りつけたのでしょうか?きっとそうだと思います。

だってわたしがこんだけ気を許してるんですもん。もう先輩逃がしませんから。

 

進学したら学生生活内ではお別れですが、まあ?先輩ぼっちだし?

進学先でそんな滅多なことにはならないと思いますけど、奉仕部の人たちのような滅多な出会いがないとは言い切れません。

 

でも、なんとなく先輩は裏切れない人だと思うんで、そこは心配ないんですけどね。

しかしわたしが嫉妬しないかは別です!わたしこう見えて嫉妬深いですからねー?

 

万が一間違いをおこせば、もぅマヂ無理。 リスカしょ……状態ですからね。ヤンデレの才能あるっぽい。

 

 

 

だから大好きな先輩へ。

これからもずっと、よろしくお願いしますからねー?

 

 

 

 

 

 

 

 

いろは「わたし、葉山先輩のことが…」葉山「…俺は彼の代わりにはなれない」

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