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理珠 「文乃は本当にいいのですか? わたしを応援するだけで」 文乃 「っ……」【ぼく勉ss/アニメss】

 

………………昼休み 一ノ瀬学園 3-B教室

 

大森 「なぁなぁ、一学期に唯我がキスしただの何だのって話あったじゃん?」

 

成幸 「………………」

 

成幸 (……こいつほんっっっとロクでもねーことしか言わないな!!)

 

成幸 「……そういえばそんなこともあったな。どうでも良すぎて忘れてたが」

 

大森 「結局噂もなくなっちゃって、俺としては不完全燃焼というかなんというか」

 

成幸 「っていうかお前が廊下で大声上げて走り回ったせいで噂になったんだけどな!?」

 

大森 「でもキスはしたんだろ?」

 

成幸 「………………」

 

プイッ

 

成幸 「……黙秘権を行使する」

 

小林 (それもう自白してるようなもんだけどね、成ちゃん)

 

大森 「いいじゃねぇかよ、唯我。ゲロっちまえって」

 

大森 「ここだけの秘密にしておいてやるからさ……」

 

成幸 「そのお前の言葉をどうやったら信じられるのか教えてほしいな」

 

成幸 「っつーか、何で急にそんな話を始めたんだよ」

 

大森 「いやー、この際はっきりさせておきたくてさー」

 

ズイッ

 

大森 「……キスの相手って古橋さんなんだろ?」 コソッ

 

成幸 「古橋!? 何で!?」 コソッ

 

大森 「いや、夏休みに一緒にお泊まりするくらいの仲だったら、あの時期にキスしててもおかしくはないかな、って」 コソッ

 

成幸 「意外と理性的な判断だな! っていうかお前それ言いふらしたりしてないだろうな!」 コソッ

 

大森 「するわけねーだろ! あの盗撮騒動のせいで、俺がどんなひどい目に遭ったか……」 ガタガタブルブル

 

大森 「で!? どうなんだ!? お前のキスの相手は古橋さんなのか!?」

 

小林 (どうでもいいけど……)

 

小林 (ふたりともヒートアップしすぎて、途中から俺にダダ漏れだからね、声)

 

成幸 「なっ……そ、そんなわけ……――」

 

ハッ

 

成幸 (待てよ。ここで否定してしまったら、こいつのことだ)

 

成幸 (俺と仲の良い女子全員の名前を順々に出してくる可能性が高い!)

 

成幸 (緒方の名前が出た瞬間、俺はきっと……)

 

 

―――― 『ただの接触事故…… ですからね』

 

 

成幸 (絶対動揺を見せてしまう……!!)

 

成幸 (そうしたら、俺と緒方がキスをしたことがバレてしまって、あいつに迷惑をかけてしまう……!)

 

大森 「……? 唯我? どうしたんだよ、違うなら違うと……」

 

成幸 「……の、ノーコメント、だ」

 

大森 「……!?」 ガーン

 

 

………………廊下

 

理珠 「昨日も勉強が捗りました。長文読解の精度も上がってきた気がします」

 

うるか 「あたしもだよリズりん。昨日の宿題八割正解しちゃったー」

 

理珠 「む……。やりますね、うるかさん。私も負けませんよ」

 

うるか (えへへ、成幸褒めてくれるかな~) ニヤニヤ

 

理珠 (唯我さん、何と言ってくれるでしょうか……) ポワポワ

 

「うわぁあああああああん!!!」

 

うるか 「……? あれ、向こうから走ってくるの、大森っちだ」

 

うるか 「おーい、大森っちー、どうした――」

 

 

大森 「――――唯我のヤロー!! やっぱりキスの相手は古橋さんかよぉおおお!!」 ビュン

 

うるか 「………………」

 

理珠 「………………」

 

うるか&理珠 「「……え?」」

 

………………放課後 3-A教室

 

ヒソヒソ……ヤッパリ……マジカヨー……

 

文乃 「……?」

 

文乃 (どうしたんだろ? 今日はなんか、みんなの様子がおかしいような……)

 

鹿島 「あの~、古橋さん?」

 

文乃 「? 何かな、鹿島さん」

 

鹿島 「唐突ではありますが~、いま校内で古橋さんに関して噂が流れているのをご存知ですか~?」

 

文乃 「噂?」 ジロリ 「……また変なことしたんじゃないよね?」

 

鹿島 「誓って、私たちは何もしておりません~」

 

文乃 「……で、噂って何?」

 

鹿島 「……では、耳をお借りして」 コソッ

 

鹿島 (……唯我成幸さんと、古橋さんが、キスをされたのではないかと、そういう噂です)

 

文乃 「………………」

 

文乃 「……はぁあああ!?!?」

 

文乃 「ど、どこの馬の骨なのかな!? そんな噂を流したのは!?」

 

鹿島 「どうも、唯我成幸さんのお友達の、大森奏さんのようですね~」

 

文乃 (またお前か!!! だよ大森くん!!)

 

男子1 「うおー! マジかよー!」

 

男子2 「一学期の噂は本当だったのかー!」

 

男子3 「俺たちのアイドル “眠り姫” をー! 唯我のヤロー!!」

 

鹿島 「……とまぁこんな風に、噂はしっかりと広まってしまっていまして~」

 

鹿島 「一応古橋さんのお耳に入れておいた方がいいかと思った次第です~」

 

文乃 「ご、誤解だよ! わたしは成幸くんときっ……キスなんかしてないよ!!」

 

鹿島 「………………」 プイッ

 

文乃 「……ど、どうして顔を赤くして目を逸らすのかな鹿島さん!?」

 

鹿島 「いえ、だって……」 ポッ 「お泊まりもしているのですから、キスくらい今さら……と」

 

文乃 「アレも誤解だって話したよね!?」

 

文乃 「っていうか、誰かに聞かれたら誤解だって伝えてね!?」

 

文乃 「わたし、本当に成幸くんとき……キスなんかしてないからね!?」

鹿島 「……古橋さんがそう望むのなら吝かではありませんが」

 

鹿島 (とはいえ、誤解であろうとなかろうと、噂が広まるのは悪いことではない)

 

鹿島 (……そのまま立ち消えるならそれでよし。しばらく静観しましょうかね)

 

文乃 「こうしちゃいられないよ。成幸くんとお話しなきゃ……!!」

 

タタタタ……

 

猪森 「……どうだい、鹿島さん。唯我くんのキスの相手は、本当に古橋姫かい?」

 

鹿島 「どうでしょうねぇ~。うそをついているようには見えなかったですが……」

 

ゾクゾクッ

 

鹿島 「……正直、照れて焦る古橋姫が尊みが深すぎてそれどころではなかったといいますか」

 

猪森&蝶野 「「すごくわかる」」

 

 

………………いつもの場所

 

成幸 「すまん!」

 

文乃 「……う、うん。開口一番謝られてこっちもどう対応したらいいかわからないんだけど、」

 

文乃 「一体何があったのか教えてもらってもいいかな?」

 

成幸 「……ああ。そうだな」

 

成幸 「昼休みに、大森のバカが一学期のキスの噂を蒸し返してきてさ、」

文乃 「うん」

 

成幸 「で、あの旅館でのことを知ってる大森が、俺のキスの相手は古橋だろう、って言い出してさ、」

 

文乃 「……うんうん」

 

成幸 「で、俺が否定しなかったら大森が涙を流して走り出した」

 

文乃 「ちょっと待って」

 

文乃 「……何で否定しないの!?」

 

成幸 「いや、だって……。お前を否定しちゃったら、いずれ、どんどん追求されて……」

 

成幸 「……本当のキスの相手がバレると思ったから」

 

成幸 「ノーコメントって言っただけで、大森があんなに反応すると思わなくてさ……」

 

成幸 「いや、そもそもキスっていうか、アレはただの事故なんだけど」

 

文乃 「………………」

 

ジロリ

 

文乃 「……なるほど。つまり、きみはきみの本当のキスの相手のために、わたしを売ったわけだね?」

 

成幸 「うっ……」 ズキッ 「そんなつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったかもしれん……」

 

成幸 「本当にすまん! 古橋!」

 

文乃 「……はぁ。冗談だよ、成幸くん。きみがそんなに器用な人じゃないって知ってるよ」

 

文乃 「でも、つまりきみのキスの相手は、大森くんが知ってる相手ってこと、か」

 

成幸 「っ……」 ギクッ

 

文乃 「なおかつわたしも知ってる人、かな?」

 

成幸 「………………」 ギクギクッ

 

文乃 「……ま、わたしは追求なんて野暮なことはしないから安心してよ」

成幸 「すまん。助かる……」

 

文乃 「人の噂も七十五日。わたしたちがいつも通りにしてれば、みんなすぐに忘れるよ」

 

成幸 「古橋がそう言ってくれるとありがたいよ。悪い」

 

成幸 「……っと、もうこんな時間か。緒方とうるかが図書室で待ってるな。行こうぜ、古橋」

 

文乃 「うん。そうだね――」

 

――カツッ

 

文乃 「あっ……」 グラッ

 

成幸 「……っと」 ポスッ

 

ギュッ……

 

文乃 「………………」

 

成幸 「………………」

 

成幸 「……だ、大丈夫か、古橋?」

 

文乃 「う、うん。ちょととつまずいちゃって……」

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃 (あ、あれ、何でだろ……)

 

文乃 (前もたしか、足をもつれさせたわたしを成幸くんが受け止めてくれて……)

 

文乃 (そのときは……)

 

 

―――― 『わわわっ ご ごめんね唯我君っ!』

 

―――― 『い いや 気をつけてな』

 

 

文乃 (お互いすぐに離れて、それでおしまいだったのに……)

 

文乃 (なんで、わたし……)

 

文乃 (離れなくちゃって思ってるのに、身体が動かないんだろ)

 

成幸 「ふ、古橋? どうしたんだ?」

 

文乃 (これって……)

 

文乃 (あのときと一緒なんだ)

 

文乃 (旅館で、同じ布団で寝たとき……)

 

文乃 (身体を預けてしまったあのときと、一緒なんだ……)

 

ガサッ……

 

成幸&文乃 「「えっ……」」

 

理珠 「………………」

 

うるか 「………………」

 

文乃 「り、りっちゃん!? うるかちゃん!?」

 

うるか 「あ、あはは……あ、えっと……ふたりが遅いから、探しに来たんだけど……」

 

うるか 「ひょっとしてお邪魔だったかなー、なんて……」

 

理珠 「う、噂は、本当だったのですね、文乃……」

 

理珠 「おふたりは、そういう関係だったのですか……」

 

文乃 「!? ち、違うよ! 誤解だよ!?」

 

成幸 「そうだ! 誤解だぞ! 俺たちは何も……!」

 

うるか 「だ、抱き合ったまま言われても、説得力がないってゆーか……」

成幸 「あっ……!?」  文乃 「ち、違うんだよこれは!?」 バババッ

 

理珠 「……行きましょう、うるかさん。私たちはお邪魔虫のようですから」

 

文乃 「ち、ちょっと待ってりっちゃーん!!」

 

………………

 

理珠 「……なるほど。話は分かりました」

 

うるか 「つまり、大森っちの早とちりなんだね。よかった……」 ホッ

 

成幸 「すまん。お前たちにまで迷惑をかけたみたいだな……」

 

うるか 「べつに迷惑とかではないけど……」 ニヘラ

 

文乃 (表情に出しすぎだようるかちゃん……)

 

理珠 「………………」

 

理珠 「……あの、唯我さん」 コソッ

 

成幸 「ん?」 コソッ

 

理珠 「……その、キス、って」 コソッ 「あのときのアレ、ですよね……」

 

成幸 「ん……まぁ、そうだけど……」 コソッ

 

成幸 「……ごめんな。お前にも迷惑かけて」 コソッ

 

理珠 「いえ、それは、お互い様なので……」 コソッ

 

うるか 「ふたりとも、コソコソ何話してんのー?」

 

理珠 「な、なんでもありませんっ」

 

理珠 「オホン。とにかく、文乃の言うとおり、人の噂なんてすぐになくなります」

 

理珠 「我々は気にせず、いつも通り勉強に励むだけです」

 

成幸 「うん。その通りだな。勝手な噂で俺たちの成績が下がったりしたらそれこそコトだ」

 

成幸 「俺たちは気にせず勉強をがんばろ――」

 

――ピンポンパンポン

 

真冬 『3年B組、唯我成幸くん。生徒指導室、桐須のところまで来なさい』

 

真冬 『……大至急、来なさい』 ギリッ

 

ブツッ……

 

成幸 「………………」 (あまり深く考えなくても分かる)

 

成幸 (最後に歯ぎしりの音も聞こえたし……桐須先生は)

 

成幸 (俺に激怒している……!!)

 

 

………………生徒指導室

 

真冬 「………………」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

 

成幸 (こっ、怖えぇええええええええええ!!)

 

成幸 (俺、生きてこの部屋を出ることが出来るのか!?)

 

真冬 「……なぜ呼び出されたかはわかるわね、唯我くん」

 

成幸 「え、えっと……ひょっとして、今、流れている噂について、ですか……?」

 

真冬 「そうね。あなたが古橋さんとキスをしたという噂についてだわ」

 

成幸 「すっ、ストレートに言わないでください……」

 

真冬 「照れている場合ではないわ。現状、教師陣はバカな子どもの噂話程度に捉えているけれど、」

 

真冬 「唯我くん、あなたは以前にもろくでもない噂が流れたわね?」

 

真冬 「そういうことが重なると、VIP推薦を目指すあなたにとって良くないというのは分かるわね?」

 

成幸 「それは……はい。その通りだと思います」

 

成幸 「でも、先生! 信じてください! 俺はキスなんてしてないんです!」

 

真冬 「……きみがそう言うのならそうなのでしょう。私は信じるわ」

 

成幸 「先生……」 ジーン

 

真冬 「とはいえ、私が信じたところでどうなるものでもないのよ」

 

真冬 「また学園長の耳に入ったりしたらコトだもの」

 

真冬 「……以前、緒方さんとの “接触事故” のときでそれは思い知っているわね?」

 

成幸 「……そうですね。あのときの学園長は面倒くさかったです……」

 

真冬 「今回は根も葉もない噂。それに、古橋さんも否定をしている」

 

真冬 「噂はすぐに収束するでしょう」

 

真冬 「ただし、今後も同じようなことが起こると、VIP推薦が遠のく可能性があるわ」

 

真冬 「それを肝に銘じておきなさい」

 

成幸 「は、はい! わかりました!」

 

真冬 「……以上よ。呼び出して悪かったわね」

 

成幸 「えっ……?」

 

真冬 「? どうかしたかしら?」

 

成幸 「いえ、もっと怒られるかと思ったから……」

 

真冬 「……あなたが悪くないというのは、考えるまでもなく分かることだもの」

 

真冬 「あなたが悪くない現状、あなたを怒ることに教育的効果があるとは思えないわ」

 

成幸 「……じゃあ、先生は」

 

成幸 「俺を心配して、俺に注意を促すために呼び出してくれたんですか……?」

 

真冬 「……!?」

 

真冬 「なっ、何を……! 私は、べつに……ただ、教師としての責務を全うしただけであって……」

 

真冬 「誤解! 私はべつに、きみのことを心配したりなんて……」

 

成幸 「先生……」 キラキラキラ 「やっぱり先生は良い人です! ありがとうございます!」

 

真冬 「だ、だから違うと言っているわ!」

 

真冬 「まったく……」 プンプン

 

真冬 「……早く戻ってあげなさい。あの子たちがあなたを待っているでしょう」

 

成幸 「はい! では、失礼します! 桐須先生、また明日!」

 

バタン

 

真冬 「……まったく。調子が狂うわ」 クスッ 「あなたこそ、本当に」

 

真冬 「良い子なんだから」

 

 

………………帰路

 

成幸 「………………」

 

うるか 「………………」

 

成幸 (……古橋と緒方と別れ、うるかとふたりきりになったわけだが、)

 

成幸 (なぜだか知らないがめちゃくちゃ気まずい!!)

 

成幸 (いつもの活発なうるかからは考えられないくらいアンニュイな表情だし)

 

成幸 (言葉数も少ないし……)

 

成幸 (……俺、何かしてしまっただろうか)

 

うるか 「………………」

 

うるか 「……ねえ、成幸」

 

成幸 「っ……」 ビクッ 「な、なんだ?」

 

うるか 「……今日の話の続きをしても、いい?」

 

成幸 「今日の話……?」

 

うるか 「キス……」 ギュッ 「……の、話」

 

成幸 「!? い、いや……」 アセアセ 「っていうか、何で俺の手を掴んだんだ……?」

 

うるか 「……逃がしたくないから」

 

成幸 「に、逃げねーよ……」

 

うるか 「逃げるよ。いつだってはぐらかされるんだから」

 

ジッ

 

うるか 「……ねえ、成幸。答えて。教えて」

 

うるか 「成幸は、誰とキスをしたの?」

 

成幸 「っ……」

 

成幸 「……いや、それは……ごめん」

 

成幸 「言えないよ」

 

うるか 「んっ……。そっか……」

 

成幸 「た、ただ、勘違いしないでくれ! 前も言ったけど、あれはただの事故だ!」

 

成幸 「偶然、こう、ぶつかってしまっただけで、キスとは到底呼べないような――」

 

うるか 「――……事故だったなら、相手、言えるんじゃないの?」

 

成幸 「えっ……」

 

うるか 「………………」

 

成幸 「……えっと、それは……。相手の名誉のため、というか、なんというか……」

 

成幸 「俺は……」

 

うるか 「………………」

 

クスッ

 

うるか 「……なんて、ね。ごめんね、意地悪言って」

 

うるか 「教えてくれなくていいよ。成幸のキスの相手なんて、ぜんっぜんキョーミないし」

 

成幸 「なっ……」 ハァ 「……お前なぁ」

 

うるか 「ごめんごめん。でもちょっとだけ気になったんだ」

 

うるか 「奥手の成幸にキスをさせるような女の子って、どんな子なんだろう、って」

 

成幸 「いや、だからあれはただの事故で……」

 

うるか 「……じゃ、あたしこっちだから! また明日ね、成幸!」

 

タタタタ……

 

成幸 「人の話聞けよ! ……あー、もう。行っちまったか」

 

成幸 「一体なんだったんだ、うるかの奴。少し様子が変だったような……」

 

………………

 

うるか 「………………」

 

タタタタ……

 

うるか 「……っ」

 

グスッ

 

うるか 「……いいもん」

 

うるか 「あたしが成幸のファーストキスの相手じゃなくたって」

 

うるか 「いいもん!」

 

うるか 「最後にあたしが、成幸の隣にいられれば、それで!」

 

うるか 「あたしはそれでいいんだもん!」

 

うるか 「いい……えぐっ……いいんだもん……ぐすっ……」

 

うるか 「……負けないから」

 

うるか 「あたし、絶対負けないから……!」

 

………………

 

理珠 「………………」

 

理珠 「……私とのことを、正直に説明したらいいのに、なぜそうしないのでしょうか」

 

理珠 「キス……」

 

 

―――― 『いいか緒方!』

 

―――― 『キスというのは女子にとって…… いや男子にとっても神聖なものでなくてはならんのだ!!』

 

―――― 『今日みたいに軽々しくしようとするなど言語道断!! 必ずいつか後悔することになるんだぞ! 必ずだ!』

 

 

理珠 (……キスは、神聖なもの。男子にとっても、女子にとっても)

 

理珠 「……だから、なのでしょうか」

 

理珠 「唯我さんは、たとえ事故であったとしても、キスをしてしまった私を気遣って……?」

 

理珠 「私のために、キスの相手を誤魔化してくれているのでしょうか」

 

カァアアアア……

 

理珠 (ふ、不可解です……。なぜ、頬がこんなに熱くなるのでしょうか)

 

理珠 (なぜ、こんなにも、鼓動が激しくなるのでしょう……)

 

………………

 

文乃 「………………」

 

文乃 「……成幸くんのキスの相手、かぁ」

 

 

―――― 『かっこいいよなぁ 古橋は』

 

―――― 『苦手なものを克服してまで追いかけたい夢があるのって やぱかっこいいよ』

 

―――― 『いつか君が本当にやりたいことを見つけた時は お姉ちゃんが全力で応援するからね  「成幸くん」』

 

 

文乃 「でも、わたしなんて、同じ布団で寝て、同じ布団の中で、抱きしめられて……」

 

ハッ

 

文乃 (わ、わたしは何を言ってるの!? っていうか、何考えてるの!?)

 

文乃 (わたし、誰かも分からない成幸くんのキスの相手に……)

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃 (……対抗意識を燃やしてる……?)

 

文乃 (い、意味わからないよ。わたしは、べつに……何も……)

 

文乃 (成幸くんと、何もないんだから……)

 

………………

 

成幸 「……はぁ」

 

成幸 (結局あいつらにも、桐須先生にも迷惑かけて、いいとこないなぁ、俺)

 

成幸 「………………」

 

成幸 (……キス、かぁ)

 

成幸 「ま、俺には関係ない話だな」

 

成幸 「いつかあいつらも、そういう相手ができて、そういうこと、するんだろうな」

 

成幸 「結婚式とか、『教育係』 なんて肩書きで呼ばれたりしてな」 クスッ

 

ズキッ

 

成幸 「っ……」 (……なんで)

 

成幸 (なんで、そんなことを想像しただけで……胸が痛むんだ?)

 

成幸 「……関係ない」

 

成幸 「俺は、あいつらのことなんて、なんとも……」

 

成幸 「……なんとも、思ってない、から」

 

 

………………幕間 「キス」

 

あすみ 「……ああ? キスぅ?」

 

うるか 「うん! 小美浪先輩なら経験ほーふそうだから!」

 

うるか 「キスのこと教えてくれるかな、って!」

 

あすみ 「……ん、まぁ、そりゃ、アタシはお前の言うとおり、経験ありすぎて困っちまうくらいだが」

 

あすみ 「………………」

 

あすみ 「……なぁ、武元。アタシは経験者だからこそ言うが、」

 

あすみ 「キスは、実際に経験して知った方がいいと思うんだ」

 

うるか 「!?」

 

あすみ 「……だから、お前のためにアタシは何も言わない。お前はがんばって、自分で経験して、知れ」

 

うるか 「さすが先輩! タメになるー!」

 

うるか 「よーし! あたしがんばるかんねー!」

 

あすみ 「………………」 (……ふぅ。武元が単純で助かった)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

………………緒方家

 

理珠 「………………」

 

イライライライラ……

 

理珠 (……単純明快なゲームだったはずです)

 

理珠 (ただ唯我さんに、“愛してる” と言うだけのゲーム……)

 

理珠 (それなのに、私は……)

 

 

―――― 『あ……あいしししししししししししししししし』

 

―――― 『緒方さんがバグった!!』

 

―――― 『今度はまた別のイミで壊れたレコーダーに!!』

 

 

理珠 「なぜ、そんな簡単なこともできなかったのでしょうか……」

 

ブツブツブツ……

 

親父さん (理珠たま、機嫌が悪いなぁ。何かあったのかなぁ……)

 

親父さん (でも、イラついてる理珠たまもキュートだなぁ……) キュンキュン

 

理珠 (なんにせよ、このまま済ますのは私のゲーマーとしてのプライドが許しません)

 

理珠 (大前提となるゲームの開始すらできず敗北するとは、なんと情けない……)

 

理珠 「……負けません」

 

理珠 「なんとかして、唯我さんに “愛してる” と言ってやります!!」

 

親父さん 「!?」 ゴフッ 「理珠たま!? いま、パパ聞き間違いしちゃったかな!?」

 

親父さん 「理珠たま今、センセイに “愛してる” とかなんとか……」

 

理珠 「はい? ええ、言いましたけど、それが何か?」

 

親父さん 「り、理珠たまとセンセイは、もうそういう関係なのかい……?」

 

理珠 (そういう関係? 気軽にゲームをする関係ということでしょうか?)

 

理珠 「ええ、そうですね。そういう関係ですが、それが何か?」

 

親父さん 「!!」 ガーン!!!!

 

親父さん 「お、おのれ……センセイ……!!」 ギリッ

 

理珠 「まぁそれはそれとして、また私の部屋を勝手に覗いてましたね」

 

理珠 「お父さん、今後一週間半径3m接近禁止です」

 

親父さん 「!? そ、それだけは勘弁してくれー! 理珠たまー!」

 

 

………………翌日 一ノ瀬学園

 

成幸 「……つまりこの五段活用は、現代文法での五段活用とは少し違うわけだな」

 

理珠 「ふむふむ……」

 

成幸 「ただここで注意しなきゃならんのが、文章の流れによって活用法が変わる点だ」

 

成幸 「俺のオススメは、特殊な文法を用いる作品は丸暗記してしまうことだな」

 

成幸 「そうすれば、わざわざ特殊な活用について考えるリソースを必要としない」

 

成幸 「基本の活用だけしっかりと覚えて、数種の作品については別個に活用を覚えよう」

 

理珠 「わかりました。ありがとうございます、成幸さん」 ペコリ

 

成幸 「? なんだよ、改まって。変な奴だな」 クスクス

 

理珠 (……ふふふ。唯我さん、油断していますね)

 

理珠 (普段から親愛の情をしっかりと表しておけば、“愛してる” と言うことなど造作もないはず!)

 

理珠 (これはそのための布石です……!)

 

理珠 「いえ、唯我さんにはいつも勉強を教えていただいて、本当に感謝していますから」

 

理珠 「……いつも、本当にありがとうございます」

 

成幸 「そ、そうか? なんか、改めてそう言われると照れるな……」

 

うるか 「むっ……」

 

うるか 「あ、あたしも! いつも成幸には、ホント感謝してもしきれないよ!」

 

うるか 「いつもありがとね、成幸っ」

 

成幸 「お、おう。どういたしまして……」 テレテレ

 

文乃 「………………」

 

文乃 (……突然どうしたというのかな。うるかちゃんはともかくりっちゃんは)

 

理珠 「………………」 フンスフンス

 

文乃 (言葉とは裏腹に、成幸くんのことを好戦的な目で見ているし、気合いも入ってるように見える……)

 

文乃 (嫌な予感がするなぁ……)

 

文乃 「……ん、まぁ、わたしももちろん、成幸くんには感謝してるんだよ」

 

文乃 「いつもありがとうね、成幸くん」

 

成幸 「あ、ああ……/// 今日は一体どうしたんだ」

 

文乃 (人の気も知らないで照れてるなぁ、成幸くん……)

 

理珠 (むぅ……文乃もうるかさんも、私に言葉をかぶせてきましたね)

 

理珠 (私の意図を察しているのでしょうか。一人勝ちは許さない、と……)

 

理珠 (しかし、負けません!)

 

理珠 「……わ、私が一番感謝していますよ。なにせ私は、唯我さんのことを……あっ……」

 

成幸 「?」

 

理珠 「あ、あい……あい………………」

 

プシュー

 

理珠 「はぅ……///」

 

成幸 「なぜ急にオーバーヒートした!? 大丈夫か緒方!?」

 

理珠 (や、やはり、“愛してる” の言葉はなぜか言えません……)

 

理珠 (ですが、きっとですが、私がこれを自然に言えたとき、私は唯我さんに初めて勝利できる気がします)

 

うるか 「リズりんだいじょーぶ?」

 

理珠 「え、ええ……。すみません。少し休んでいることにします」

 

文乃 「………………」

 

文乃 (……うーん。また嵐の予感だよ……)

 

 

………………立ち食いそば屋

 

成幸 「……悪い、古橋。付き合ってもらっちゃって」

 

文乃 「べつにいいけど、ふたりだけで話がしたいって、一体どうしたの?」

 

成幸 「いや、今日の緒方の様子についてなんだけどさ……」

 

成幸 「……あいつ、今日一日ずっと変だっただろ?」

 

成幸 「そのせいで、今日終わらせたかった範囲が全然終わってないんだよ」

 

ズーン……

 

成幸 「前に小テストの点数が落ちたときに比べればマシだけど、これがずっと続くようだと……」

 

文乃 「おおう……」 (成幸くん凹んでるなぁ……)

 

文乃 (まぁ、たしかに今日のりっちゃんは、成幸くんに何かを言いかけてはオーバーヒートする、っていうのを繰り返してたし、)

 

文乃 (あのままじゃ、受験勉強に支障を来しちゃうよね)

 

成幸 「なぁ、古橋。緒方の様子がおかしかった理由、心当たりはあるか?」

 

文乃 「うーん……」 (そんなの、決まりきってるじゃない)

 

文乃 (絶対、きみのことに決まってるよ)

 

文乃 (……なんて、言うわけにはいかないもんね)

 

文乃 「……心当たりとかはないけど、このままじゃ困っちゃうもんね」

 

文乃 「いいよ。わたしがりっちゃんに聞いてあげる。今日は一体どうしたのか」

 

文乃 「りっちゃんが元に戻らないと、『教育係』 の成幸くんは不安だよね」

 

成幸 「本当か!? 助かるよ、古橋……」

 

成幸 「正直、俺は女子の気持ちなんて分からないし、今日も急に感謝されたりして……」

 

成幸 「悪い気はしなかったけど、ちょっと怖かったんだ……」

 

文乃 (うん。こっちとしてはあまりにも鈍すぎるきみの方が怖いと言いたいところなんだけどね)

 

文乃 「まぁ、本当なら女心の練習問題にするところだけど」

 

文乃 「お姉ちゃんが聞いてあげる。感謝してよね、成幸くん」

 

成幸 「ああ。本当に助かるよ。ありがとう、文乃姉ちゃん」

 

 

………………緒方うどん

 

ガラガラガラ……

 

理珠 「いらっしゃいませ……って、文乃?」

 

文乃 「や、りっちゃん。さっきぶり。久々にここのうどんが食べたくってさ。来ちゃった」

 

理珠 「わざわざお店に来なくても、うどんくらい学校に持って行きますよ」

 

文乃 「いや、さすがにそれに毎度甘えるわけにはいかないからね」

 

文乃 「……いま、お客さん少ないね。もしよかったら、一緒のテーブルで食べない?」

 

理珠 「たぶん大丈夫だと思います。ちょっと父に聞いてきます!」

 

パタパタパタ……

 

文乃 (変な様子はないなぁ。やっぱり成幸くんの前だけで様子がおかしくなってるみたい)

 

文乃 (ってことは、考えるまでもなく、恋愛がらみのことだよね)

 

文乃 (はぁ……。楽しいは楽しいけど、気が重いなぁ)

 

文乃 (うるかちゃんといいりっちゃんといい、愛が重たいからなぁ……)

 

………………

 

文乃 「……うん。やっぱりお店で食べるうどんはひと味違うね」 ズルズルズル……

 

理珠 「そう言っていただけると嬉しいです。やはり作りたては違いますね」 ズルズルズル……

 

文乃 「ごめんね。バイト中なのに、晩ご飯に付き合わせて」

 

文乃 (……とはいえ、ダイエット中なのに、わたしはさっきそばを食べてきたばかりだけど)

 

文乃 (もしこれで太ったりしたら成幸くん、絶対つねるからね)

 

理珠 「いえ、私もそろそろ晩ご飯休憩のつもりでしたから。ちょうどよかったです」

 

文乃 「……実はね、少し話があって来たんだ」

 

理珠 「話?」

 

文乃 「うん。今日、りっちゃん、様子がおかしかったからさ」

 

文乃 「急に成幸くんに改まった態度を取ったかと思ったら、突然顔を真っ赤にしたり……」

 

文乃 「今日は一体どうしたの?」

 

理珠 「そ、それは……」

 

文乃 「………………」 ジーッ

 

理珠 「……わ、笑いませんか?」

 

文乃 「笑ったりしないよ」

 

理珠 「絶対?」

 

文乃 「絶対」

 

理珠 「……うぅ」

 

文乃 (ふふふ、りっちゃん、かわいいなぁ)

 

文乃 (大方、勘違いか何かで、成幸くんのことを変に意識してるんだろうなぁ)

 

文乃 (いっそのこと、紗和子ちゃんみたいに少し誘導してあげようかなぁ……)

 

理珠 「実は、その……」

 

文乃 「うん」

 

理珠 「唯我さんにですね……」

 

文乃 「うんうん」

 

理珠 「…… “愛してる” と言いたくてですね……」

 

文乃 「………………」

 

文乃 「……うん?」

 

文乃 (ち、ちょっと待って!?)

 

文乃 (さっきまで微笑ましい気持ちでいたのに、とんでもないことを聞いてしまったよ!?)

 

理珠 「……よ、よかったです。(ゲームに負けたくらいでムキになって)文乃に笑われるかと思っていたから……」

 

文乃 (笑えるかぁあああああああああああ!! だよ!!)

 

文乃 「わ、笑えるわけないじゃん! いつから!? いつからなのりっちゃん!?」

 

理珠 「? いつから、とは?」

 

文乃 「いつからそうなの!? いつからその言葉を成幸くんに言いたくなったの!?」

 

理珠 「……そんなの、決まってます。先日、昼休みにゲームをしたときからですよ」

 

 

―――― 『あ……あいしししししししししししししししし』

 

―――― 『緒方さんがバグった!!』

 

―――― 『今度はまた別のイミで壊れたレコーダーに!!』

 

―――― *1

 

 

文乃 (あのときかぁあああああああああ!!)

 

文乃 「あのときのゲームで、とうとう成幸くんへの気持ちに気づいちゃったの、りっちゃん!?」

 

理珠 (唯我さんへの気持ちに気づいた……?)

 

理珠 「え、ええ。まぁ、そうですね。(成幸さんに)負けたくないという確固たる気持ちが生まれました」

 

文乃 「そ、そっか。そうなんだね……。(うるかちゃんに)負けたくないと思っちゃったんだね……」

 

文乃 「あ、もちろん分かってると思うけど、わたしは大丈夫だからね? りっちゃんの敵じゃないからね?」

 

理珠 「? いえ、文乃にもいつか絶対に勝ちますけど。このまま負けっぱなしでいるつもりはありません」

 

文乃 「!?」 (わ、わたしも敵認定されてたの!?)

 

文乃 「……オホン。まぁ、それは置いておくとして」

 

ドキドキドキ……

 

文乃 「りっちゃん、分かってるの? それを言ったら、今までの関係ではいられなくなるんだよ?」

 

理珠 「ええ。もちろん、関係性は変わるでしょう」

 

理珠 「負け続けだった私が、ようやく唯我さんに並び立つことになるわけです」

 

文乃 (負け続け……? ひょっとしてりっちゃんって、今までも意外と恋愛してきたのかな……?)

 

文乃 (成幸くんは、りっちゃんにとって、初めて隣に立ちたいと思えた男の子なのかな)

 

文乃 「……そっか。それが分かってるなら、わたしはもう何も言わないよ」

 

文乃 「がんばってね、りっちゃん!」

 

理珠 「………………」 ジーッ

 

文乃 「りっちゃん? どうかしたの?」

 

理珠 「……いえ。文乃はそれでいいのかな、と思いまして」

 

文乃 「へ……?」

 

理珠 「文乃はそれでいいのですか? わたしを応援するだけで、本当に」

文乃 「っ……」

 

ドキドキドキ……

 

文乃 「わっ、わたしはべつに、だって……成幸くんのことなんて……」

 

理珠 「悔しくはないのですか? 私はすごく悔しいです。だから、挑戦するんです……」

 

理珠 「文乃だって同じはずです。(唯我さんに)勝ちたいとは思わないのですか?」

 

文乃 「だってわたしは、りっちゃんとは違うもん。べつに、成幸くんにどうとか、そういうのは……」

 

文乃 (なんでそんな意地悪なことを言うのさ、りっちゃん。わたしが、友達の好きな子のことを、好きになるはずないじゃない)

 

ズキッ

 

文乃 (わたしはいいんだよ……。りっちゃんやうるかちゃんががんばってくれれば、それで……)

 

文乃 「……わたしには、そういうの、ないから」

 

理珠 「そうですか。わかりました。それなら、結構です」

 

理珠 「ですが、私は行きますよ。明日は無理でも、明後日……いえ、一週間以内には、必ず……」

 

理珠 「唯我さんに “愛してる” と言って見せます!」

 

文乃 「……うん」

 

文乃 (ああ、りっちゃんはすごいな。もう決めてるんだ)

 

文乃 (まっすぐな目をして、成幸くんに言うんだろうな……)

 

文乃 (自分の気持ちを、まっすぐ……)

 

ズキズキ……

 

文乃 (……何で、こんなに胸が痛いんだろう)

 

文乃 (どうして……)

 

理珠 「……文乃? どうかしましたか? 表情が暗いですが」

 

文乃 「へ……? う、ううん。なんでもないよ」

 

文乃 「えへへ、うどん、美味しかったよ。ごちそうさま」

 

文乃 「じゃあ、いつまでもお店にいたら迷惑だろうから、わたしもう帰るね」

 

文乃 「りっちゃん、また明日。お父さんとお母さんにもよろしくね」

 

 

………………翌朝 いつもの場所

 

文乃 「特に心配はいりません」

 

成幸 「へ……? 開口一番なんだそれは、古橋」

 

文乃 「だから、りっちゃんに関しては心配いらないよ、って。むしろこれから心配なのはうるかちゃんかな……」

 

文乃 (いや、万が一きみがりっちゃんの気持ちを拒絶したら、両方崩れるかもだけど……)

 

成幸 「うるかが心配? どういうことだ?」

 

文乃 「……わたしから詳しいことは言えないよ。今日か明日か、少なくとも今週中には分かることだよ」

 

成幸 「ど、どういうことだ? 俺に分かるように言ってくれ。俺の教え方が悪いのか?」

 

文乃 「だからそうじゃないんだって……」

 

文乃 「……あまりにも鈍すぎるのは罪だよ、成幸くん」

 

成幸 「……うーん、わからん」

 

成幸 「なんにせよ、俺にできることは、あいつらが頑張れるようにしっかり教材研究をすることだな」

 

成幸 「そうと決まれば、善は急げだ。早速教室で教材作りだな」

 

文乃 (だからそうじゃないんだけどな……)

 

成幸 「古橋、ありがとな。なんのことか分からんが、お前のおかげで危機感が持てたよ」

 

成幸 「じゃあ、俺は教室に向かうから……」

 

文乃 「あっ……ま、待って!」

 

コケッ

 

文乃 「へ……?」 (あ、段差……)

 

成幸 「あ、危なっ……」 

 

ポスッ

 

成幸 「……大丈夫か、古橋?」

 

文乃 「えっ……あ、うん。ありがと、成幸くん……」

 

文乃 (相変わらず意外とたくましい身体……)

 

文乃 (わたしまた、成幸くんに抱き留めてもらってるんだ……///)

 

ギュッ

 

成幸 「へ……? ふ、古橋? なんで、俺の腕を……?」

 

文乃 「……ごめん。話を聞いてほしくて。このまま、話を聞いてもらってもいい?」

 

成幸 「あ、ああ……」 (ち、近い! 良い匂いが! いやそうじゃなくて……!)

 

成幸 (なんで古橋は俺に抱きついたまま話を続けようとしてるんだ!?)

 

文乃 「あの……あのねっ」

 

文乃 「これから、きみはひょっとしたらすごく難しい選択を迫られるかもしれない」

 

文乃 「そのとき、きみがどんな選択をするのか、わたしには分からないし、いまのきみにもわからないと思う」

 

文乃 「でもね、きみがどんな選択をしても、きっと誰かが傷つく。そしてきっと、きみも傷つくと思うんだよ」

 

成幸 「古橋……?」

 

文乃 「でも……でもね。たとえ、きみがどんな選択をしてどんな人に恨まれたり、嫌われたりしても……」

 

文乃 「わたしだけはきみの味方だからね。それだけ、覚えておいてほしくて……」

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃 (ああ、ずるい女だ、わたし……)

 

文乃 (成幸くんがりっちゃんと結ばれても、結ばれなくても、成幸くんの味方でいようとしてる……)

 

文乃 (こんなの、わたし……)

 

文乃 (成幸くんのこと、そういう風に思ってるように思われたって、仕方ない……――)

 

 

「――何をしているのですか? 文乃? 唯我さん?」

 

文乃 「えっ……?」

 

文乃 「り、りっちゃん!?」

 

ハッ

 

文乃 「ち、違うんだよ! これは、その……わたしがこけそうになって、成幸くんに支えてもらっただけで……」

 

理珠 「そうですか」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

 

理珠 「まぁ、そんなことどうでもいいですが」

 

文乃 (めちゃくちゃ怒ってるよーーーーー!!)

 

文乃 (ひ、ひょっとしてさっきのわたしの言葉も、聞いてたのかな……)

 

理珠 「そんなことより、唯我さん」

 

グイッ

 

成幸 「うおっ……き、急に引っ張るなよ」

 

文乃 (わたしから成幸くんを奪い取るように露骨な正妻アピール!?)

 

理珠 「いまなら、勝てる気がするのです。聞いてくれますか?」

 

文乃 (この場で!? この場で言っちゃうのりっちゃん!?)

 

文乃 (やっぱりわたしのことを敵だと思ってるから、宣戦布告的な意味でもあるのかな!?)

 

理珠 「………………」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

 

理珠 (ふふふふふふ……。今なら言えます。絶対に言えます)

 

理珠 (ケガの功名と言うべきでしょうか。昨日、学校での勉強が捗らなかったため、ほぼ徹夜で勉強をしましたから)

 

理珠 (現在の私はほぼ前後不覚! 自分がいま何を言っているのかすらあまりわかりません!)

 

理珠 (いまの私ならば、ノリと勢いで “愛してる” のひとつやふたつ簡単に言えます!)

 

理珠 (唯我さん、覚悟!!)

 

成幸 「? 聞いてくれるかって、俺に何か話もあるのか、緒方?」

 

理珠 「そうです。唯我さんに一言言っておかなくてはならないことがあるのです」

 

成幸 「な、なんだ? 俺の教育方針への改善要求か? それなら善処するが……」

 

理珠 「違います。唯我さんは 『教育係』 としてこれ以上ないくらいがんばってくださっています」

 

成幸 「そ、そうか。それなら嬉しいが……。なら、他に一体何の話があるんだ?」

 

理珠 「ふふ。よく聞いてくださいね。いきますよ」

 

文乃 「………………」 ドキドキドキドキ……

 

理珠 「あ……あ……」

 

成幸 「……?」

 

理珠 (うぅ……頬が熱い。恥ずかしい。言ってはいけない気もする……)

 

理珠 (でも、今度こそ逃げたくないです。負けたくないです……!)

 

理珠 「あ……愛して……あい……」

 

理珠 (大丈夫、言えます。だって、わたしは唯我さんのこと、嫌いではありませんから)

 

理珠 (『教育係』 としてがんばってくれてます。尊敬してます。感謝もしてます)

 

理珠 (……愛していると言って、決して過言ではない気がします)

 

成幸 「あの、緒方……?」

 

文乃 「……だめだよ、成幸くん。今は、りっちゃんの言葉を聞いてあげて」

 

成幸 「あ、ああ……」

 

理珠 (……大丈夫です。絶対、言えます)

 

理珠 「………………」

 

ギュッ

 

理珠 「……唯我さん。“愛してます”」

 

 

成幸 「………………」

 

成幸 「へっ……?」

 

ボッ

 

成幸 「なっ、ななななな、何を……////」

 

成幸 「い、いきなり何を言うんだ、緒方……///」

 

文乃 (言ったぁあああああああああああ!)

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃 (言っちゃったよ!? どうなるの!? 怖いけどドキドキする……!)

 

文乃 (成幸くんは一体どんな返答を……――)

 

 

理珠 「――ふふ、照れましたね。私の勝ちです!!」

 

 

成幸 「へ……?」

 

文乃 「え……?」

 

理珠 「“愛してる” のコールに対して、照れましたね。私の勝ちです、唯我さん!」 バーン!!!

 

成幸 「………………」

 

文乃 「………………」

 

成幸 「……緒方。悪い、ちょっとタイム」

 

理珠 「へ……?」

 

成幸 「……おい、古橋。ひょっとしてこれは、この前昼休みにやったあのゲームの続きか?」 コソッ

 

文乃 「わたしにも分からないけど、たぶんそうなんだと思う……」 コソッ

 

成幸 「昨日様子がおかしかったのもそのせいか?」

 

文乃 「たぶん……」

 

文乃 (……昨日のわたしとの話もおかしなところがあったし……)

 

文乃 (……つまり、りっちゃんは、成幸くんにゲームで勝とうとしていただけだったのかな)

 

成幸 「……うん。わかった」

 

成幸 「……なぁ、緒方」

 

理珠 「はい、なんですか?」

 

成幸 「ちょっとお説教するから、そこ座りなさい」 ニコッ

 

理珠 「へ……?」

 

………………

 

成幸 「いいか、緒方。俺もゲームをするなとは言わないよ?」 クドクド

 

理珠 「はい」

 

成幸 「勉強の後に付き合ってやってるだろ? 言ってくれればちゃんとやるよ、俺も。ゲーム」

 

理珠 「はい……」

 

成幸 「俺に対抗意識を燃やしてもらってもいいよ? ただ、急にゲームを始めるのはやめなさい」

 

成幸 「開始したかも分からないゲームに振り回される俺の気持ち、分かるか?」

 

理珠 「……今考えると、とんでもないことをしていたな、と思います」

 

成幸 「うんうん。わかってくれて嬉しいよ」

 

文乃 (結構ガチ説教だね、成幸くん……。まぁ、本当にりっちゃんのこと心配してたもんなぁ……)

 

成幸 「それから、一番大事なことだけどさ、」

 

理珠 「……?」

 

成幸 「誰彼構わず、“愛してる” なんて言うのはやめとけよ。変な奴に勘違いされるぞ」

 

成幸 「俺だから良かったものの、大森相手だったりしたら、今ごろ……――」

 

理珠 「――い、言いません!」 ガバッ

 

成幸 「わっ……な、なんだ、急に……」

 

理珠 「言いません! 唯我さん以外の人に、そんなこと、言うわけないです……」

 

理珠 「唯我さんだから……言うんです……」

 

成幸 「お、おう。そうか。それならいいけど……。いや、よくはないけど……」

 

文乃 (おおう……。ここまでやられて気づかない成幸くんの鈍さも相当だよね……)

 

文乃 「……まぁ、そのへんにしておこうよ、成幸くん。りっちゃんも反省してるみたいだし」

 

成幸 「ああ、そうだな」

 

理珠 「すみません。唯我さん、文乃。私はまた、人の気持ちが分からず迷惑をかけてしまったようです……」

 

シュン

 

理珠 「……先日のゲームで、唯我さんに勝てそうだったのが嬉しくて、つい調子に乗ってしまいました」

 

成幸 「………………」 ハァ 「……ま、いいじゃないか。どうであれ、結果として今日はお前が勝ったんだから」

 

成幸 「でも、あんなの勝てるわけないじゃないか。お前、顔真っ赤だったし、涙目だったし、俺の手まで握って……」

 

 

―――― 『……唯我さん。“愛してます”』

 

 

成幸 「っ……///」 (お、思い出しただけで恥ずかしくなってきたぞ……)

 

理珠 「そ、そうですね。初めて唯我さんにゲームで勝ったのですから、結果オーライでいいですね!」

 

文乃 「………………」

 

フルフル

 

文乃 「……ダメだよ、りっちゃん。今日も勝ててないよ」

 

理珠 「ふ、文乃……!?」 ガーン

 

文乃 「だってそうでしょ? そもそも成幸くんはゲームの開始すら知らなかったわけだし」

 

文乃 「そもそもりっちゃん、言う前から照れてたし」

 

文乃 「それに、“愛してる” じゃなくて、“愛してます” って言ってるし」

 

理珠 「うっ……」

 

文乃 「……ってことで、またりっちゃんの負けかな」

 

成幸 (容赦ないな、古橋……)

 

理珠 「……ひょっとして文乃、怒ってますか?」

 

文乃 「……べつに」

 

プイッ

 

理珠 (お、怒ってますね……。悪いことをしました……)

 

文乃 「………………」

 

文乃 (まったくもう。わたしがどれだけきみのことを心配したと思ってるのかな、りっちゃん)

 

文乃 (昨日なんかりっちゃんとうるかちゃんのことが心配すぎて、結局一睡もできなかったよ!)

 

文乃 (その結果がゲームだっていうんだから、まったくもう。りっちゃんは……)

 

ハァ

 

文乃 「……本当に、仕方ないなぁ、りっちゃんは」 ニコッ

 

理珠 「あっ……す、すみませんでした、文乃」

 

文乃 「いいよ。でも、そうだな。少しだけ意地悪しちゃおっかな」

 

グイッ

 

理珠 「へ……? ふ、文乃? 近いです……」

 

文乃 「内緒話だよ、りっちゃん。成幸くんに聞こえないように言うだけ感謝してほしいな」 コソッ

 

理珠 「内緒話……?」 コソッ

 

文乃 「りっちゃんは、どうして “愛してます” って言っちゃったのかな?」

 

理珠 「へ……?」

 

文乃 「まるで、本当に告白するときみたいだよね……なんて」

 

理珠 「………………」

 

ボフッ

 

理珠 「……っ、そ、そんな、ことは……///」

 

理珠 「ふ、普段から丁寧語だから、つい出ちゃっただけです……」

 

文乃 (ふーん。まぁ、大森くんのときは “アイシテル” って言ってたけどね)

 

文乃 「……ま、そういうことにしておきますかね」

 

理珠 「へ、変なことを言わないでください、文乃」

 

成幸 「おい、古橋、緒方。何の話をしてるんだか分からないけど、もう行くぞ」

 

成幸 「そろそろHRが始まるからな。教室に入らないと」

 

文乃 「……そうだね。ほら、行くよ、りっちゃん」

 

理珠 「……はい!」

 

文乃 (まったくもう。ヒヤヒヤさせてくれるよ)

 

 

―――― 『……ダメだよ、りっちゃん。今日も勝ててないよ』

 

 

文乃 (ちょっと厳しかったかな)

 

文乃 (でも、ダメだよ、りっちゃん)

 

文乃 (だって、こんなだまし討ちみたいなカタチで成幸くんに勝っても、りっちゃんだって嬉しくないでしょ?)

 

文乃 (りっちゃんは、いつかきっと、成幸くんに対しての気持ちに気づくだろう)

 

文乃 (その後、りっちゃんがどうするのかは分からないけれど)

 

文乃 (……でもきっと、りっちゃんが成幸くんに “勝つ” のはその後のことだから)

 

文乃 (だからりっちゃん。それまでは)

 

文乃 (……成幸くんに勝つのはきっと、お預けだよ)

 

文乃 (いつかりっちゃんが、ゲームでもなんでもなく、心の底から、)

 

文乃 (“愛してます” と言える、そのときまで)

 

ズキッ

 

文乃 「っ……」 (……大丈夫。痛くない。痛くない。痛いはず、ない)

 

文乃 (わたしはこれっぽっちも、そんなこと、思ってない)

 

 

………………幕間 「前日の緒方うどん」

 

親父さん (……文乃ちゃんが店に来た。挨拶に行きてえが、接近禁止命令が出ている以上近づけねえ)

 

親父さん (せめて物陰からふたりの会話だけでも……)

 

「唯我さんにですね……」  「うんうん」  「…… “愛してる” と言いたくてですね……」

 

親父さん 「……!?」 (な、なんだと!? やはり理珠たまはセンセイに……!?)

 

「わっ、わたしはべつに、だって……成幸くんのことなんて……」

 

親父さん (この恥じらう声は、文乃ちゃんの声だな!? あのヤロウ! うちの娘だけじゃなく、文乃ちゃんまで……!!)

 

「ですが、私は行きますよ。明日は無理でも、明後日……いえ、一週間以内には、必ず……」

 

「唯我さんに “愛してる” と言って見せます!」

 

親父さん 「ゴフッ……」 (ち、ちくしょう……なんてこった……)

 

親父さん 「あ、あのヤロウ……!! もう許さねぇ! 息の根を止めてや――」

 

理珠 「――お父さん。また盗み聞きしてましたね?」 ニコッ 「半径五キロメートル接近禁止です」

 

親父さん 「パパもう市内にもいられなくなっちゃう!?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

………………一ノ瀬学園 3-B教室

 

理珠 「ポッキーゲームというのをやりたいです」

 

文乃 「………………」

 

文乃 (……またとんでもないことを言い出したなぁ)

 

成幸 「ポッキーゲームってなんだ?」

 

文乃 (こっちはこっちで知識が偏りすぎじゃないかな?)

 

うるか (ぽ、ポッキーゲーム!? 成幸と!?)

 

うるか (そ、それって……はうっ……///)

 

文乃 (そしてこっちは乙女がダダ漏れだよ……)

 

文乃 「えっと、りっちゃん? どうしていきなりそんなことを言い出したのかな?」

 

理珠 「昨日ニュースで見ました。11月11日はポッキーの日だから、ポッキーゲームというゲームをやるのだと」

 

文乃 「その肝心のポッキーゲームのルールは知ってるの?」

 

理珠 「………………」

 

ハッ

 

理珠 「……そ、そういえば、ルールについては全く触れられていませんでした」

 

文乃 (まぁ、そんな放送倫理に引っかかりそうなことをニュースで解説はしないよね……)

 

うるか 「リズりん、ポッキーゲームっていうのはね、ふたりで両側からポッキーをむぐうっ」

 

文乃 (ふふふ……言わせないよ、うるかちゃん)

 

文乃 「ポッキーゲームはりっちゃんにはまだ早いかなー。ってことで話を変えようか」

 

うるか 「もがもがもがっ! (えー! 文乃っちひどいよー!)」

 

成幸 「ん、でも俺もルールくらいは気になるな。一体どんなゲームなんだ?」

 

文乃 (きみがそこで背中からわたしを撃つの!?)

 

文乃 「いや、でも……――」

 

「――ふたりがポッキーを両側から咥えるんです~。そしてお互いに食べ進めて、先に折った方が負け、というゲームですよ~」

 

文乃 「!?」 (こ、この声は……!)

 

文乃 「鹿島さん!? 蝶野さんと猪森さんも……」

 

鹿島 「いや~、突然話に入って失礼致しました~」

 

ニコリ

 

鹿島 「でも、いつも通り姫をウォッチしていたら楽しそうな話をしていたので、つい~」

 

文乃 (もうツッコむ気すら起きないよ……)

 

成幸 「ポッキーを両側から咥えて……お互い食べ進めて、先に折った方が負け……?」

 

成幸 「……////」 プシュー

 

文乃 (あー、もう。そういう感じになるってわかってたから、言わないでいたのにー!)

 

理珠 「単純なゲームですね。ポッキーにせん断応力を加えることなくいかに食べ進めるかがキモになりそうですね」

 

文乃 「……うん。りっちゃんはそういう反応だと思ってたよ」

 

うるか 「あ、愛してるゲームみたいにやってみない? なんて……。えへへ……」

 

文乃 (こっちの気も知らないで、お気楽娘めぇ~~~~)

 

文乃 「やれると思う? なんだったら今からわたしとやってみる、うるかちゃん?」

 

うるか 「えっ……」 カァアア…… 「ふ、文乃っちがいいなら、いいよ……?」

 

文乃 「えっ……」 ドキッ

 

文乃&うるか 「「………………」」 ドキドキドキドキ

 

文乃 「……あっ、で、でも、ポッキーがないし」

 

蝶野 「ご心配なく。ここにあるっス」 スッ

 

文乃 「用意周到だね!」

 

鹿島 (ふふふ。最初は女の子同士でやってもらって、いずれは古橋姫と唯我成幸さんにやってもらいます)

 

鹿島 (昨日のニュースを見ていて思いついた、名付けて 『ポッキーゲームで姫と王子もドキドキ!』 大作戦です!!)

 

………………

 

文乃 「………………」

 

うるか 「………………」

 

文乃 「じ、じゃあ、行くよ、うるかちゃん」

 

うるか 「う、うん。負けないかんね、文乃っち」

 

ハムハムッ

 

文乃 「っ……」 (こ、これは……)

 

うるか 「はう……」 (よ、予想以上に……)

 

文乃&うるか *2

 

文乃 (これはとんでもないことだよ!? 同性でもこれなんだから……!)

 

うるか (成幸とポッキーゲームなんて、想像するだけで……うぅ……)

 

文乃 (っていうか、改めて間近で見ると、うるかちゃんって……)

 

うるか (文乃っちって、やっぱり……)

 

文乃&うるか *3

 

緒方 (……? あのふたりは、見つめ合って顔を赤くして、何をしているのでしょうか)

 

………………

 

鹿島 「あらあら~。結局見つめ合ったまま大して食べ進められませんでしたね。引き分けです」

 

文乃 「………………」 ドキドキドキ (う、うるかちゃんかわいかった……)

 

うるか 「………………」 ドキドキドキドキ (文乃っちって、やっぱり美少女だなぁ……)

 

理珠 「わ、私もやりたいです、ポッキーゲーム!」

 

文乃 「!? 何で!? 正気なのりっちゃん!?」

 

理珠 「はい。最初はとんでもないゲームだと思いましたが、お二人がやっているのを見て面白そうだと思いました」

 

理珠 「現に、おふたりは今、何かとても満たされたような顔をしています!」

 

文乃&うるか 「「そんな顔してないよ!!」」

 

うるか 「それに、あたしたちは今やったばっかりで精も根も尽き果てるし、誰とやるの?」

 

理珠 「えっ……そ、それは……」 チラッ

 

成幸 「……?」

 

ハッ

 

成幸 「お、俺!? いやいやいや!! さすがに女子とはできないだろ!!」

 

理珠 「むっ……」 プクゥ (そんなに拒絶しなくたって、いいじゃないですか……)

 

成幸 (もしそんなことを緒方とやっていて、また桐須先生が教室に入ってきたら今度こそ殺される!!)

 

鹿島 「………………」 (……唯我成幸さんには、この後古橋姫とポッキーゲームをしてもらう必要があります)

 

鹿島 (ここは、緒方理珠さんと私がポッキーゲームをすれば……――)

 

「――受けて立つわ! 緒方理珠!」 バーン

 

理珠 「せ、関城さん……? どうしてここに?」

 

紗和子 「そんなの決まってるじゃない! あなたのことを観察していたら、ポッキーゲームなんて単語が飛び出して……」

 

紗和子 「うらやましいから混ざりにきた――違う! 仕方ないから来てあげたのよ!!」 ババーン

 

紗和子 (これは、緒方理珠と私の親友度を上げるための絶好のチャンス!!)

 

紗和子 (本当なら緒方理珠と唯我成幸にやらせてあげたいけれど、さすがに公衆の面前でやらせるわけにはいかないわ!)

 

紗和子 「本当に仕方ないけれど、勝負を受けてやるわ!!」

 

………………

 

ハムハムッ

 

理珠 「………………」

 

紗和子 「……ハァ……ハァ……」 (し、至近距離に緒方理珠が……///)

 

紗和子 (これは……想像以上だわ……)

 

理珠 (……正直な話、想像よりはるかに簡単なゲームです)

 

理珠 (目の前で顔を真っ赤にして鼻息を荒くしている関城さんは正直キモいですが、)

 

理珠 (別段どうという話もありませんし……)

 

ハムハムハムハムッ

 

紗和子 「!?」 (お、緒方理珠の顔がどんどん近づいて……――ッ)

 

紗和子 「だ、ダメよ、緒方理珠! あなたには唯我成幸という人が……!」

 

パッ

 

文乃 「あっ……」

 

鹿島 「おお~」 パチパチパチ 「関城さんがポッキーを放してしまいましたね~。緒方さんの完勝です」

 

理珠 「えっ……?」 ムシャムシャムシャ 「わ、私の勝ちですか……!?」

 

紗和子 「ぐふふ……ふへへ……お、緒方理珠……///」

 

文乃 (うわぁ……紗和子ちゃん、これは昼休み中には回復しそうにないなぁ……)

 

紗和子 「でへへっ……緒方理珠の、小さな唇が、私に近づいて……」

 

紗和子 「ぐふふっ……」

 

文乃 (気持ち悪いなぁ……)

 

理珠 「わ、私が勝った……」 グッ 「私が勝ったんですね!!」

 

成幸 「おう、緒方の完全勝利だ。すごいぞ」

 

理珠 「ありがとうございます、唯我さん!」

 

理珠 「ひょっとしたら私は、ポッキーゲームを極めるために生まれてきたのかもしれません!」

 

成幸 「うん。それは違うと思うぞ、緒方」

 

理珠 (ポッキーゲームなら、ひょっとして私は誰にでも勝てるのでは……?) ニヤリ

 

鹿島 「で、では、そろそろ仕切り直しで、古橋さんと唯我さ――」

 

理珠 「――次は文乃と私がやりましょう!」

 

鹿島 「なっ……!?」

 

文乃 「!? なんでわたしなの!?」

 

理珠 「ダメですか、文乃?」 キラキラキラ

 

文乃 「ぐっ……」 (純粋な目で見つめおってからに……) キリキリキリ

 

文乃 (まぁ、鹿島さんはどうせわたしと成幸くんをやらせたがっているだろうから、むしろ好都合かな……)

 

文乃 「いいよ、りっちゃん! 負けないよ!」

 

理珠 「私だって負けません!」

 

………………数分後

 

文乃 「り、りっちゃん、そんな……急すぎるよ……」

 

うるか 「リズりん、大胆だよぅ……」

 

蝶野 「め、目の前に美少女の顔が来ると、予想以上っス……。うぅ、理珠さん……///」

 

猪森 「うぅ……さ、さすがだ、緒方さん……いや、理珠ちゃん……///」

 

成幸 「うぉぉ……」 (なんだこの、死屍累々の光景は……)

 

鹿島 (な、なぜこんなことに!? 私はただ、古橋姫と唯我成幸さんにポッキーゲームをさせたかっただけなのに……)

 

鹿島 (緒方理珠さんの超高速戦法に、誰ひとり太刀打ちできずに敗北していく……)

 

ポン

 

鹿島 「……!? ヒッ……!! 緒方さん……!?」

 

理珠 「次は鹿島さんですよ。ふふ。ほら、こっちを咥えてください」 ハムッ

 

鹿島 「あっ……ああああ……」 ガタガタブルブル

 

………………

 

鹿島 「あっ……/// ふ、古橋姫以外でこんなにときめいたのは、初めてかもしれません~……」

 

成幸 (また死体が増えた……)

 

理珠 「………………」 (ふふふ……ふふふふふ!! ゲームで勝つのがこんなに楽しいとは!!)

 

理珠 (皆さんは今まで、こんな楽しい気分を味わっていたのですね!)

 

理珠 (今こそ、敗北者の気持ちを全員に刻みつけてやるのです……!!)

 

ジロリ

 

成幸 「ひっ……。お、緒方……?」

 

理珠 「さぁ、残るは唯我さんだけですよ。さぁ、私とポッキーゲームをしましょう」

 

理珠 (そして、私に勝利をもたらすのです……!!)

 

キーンコーンカーンコーン……

 

理珠 「……えっ」

 

成幸 「あっ、五時間目の予鈴だな! ほら、もう遊びは終わりだ。緒方も教室戻れよ」

 

成幸 「ほら、お前らもいつまでも放心してないで起きろ。授業が始まるぞ」

 

理珠 「むぅ……」

 

理珠 「………………」

 

プクゥ

 

理珠 (やっと唯我さんにゲームで勝てると思ったのに、残念です……)

 

理珠 (そうです。まったく、今回こそ唯我さんに勝って、鼻を明かしてやろうと思っていたのに……)

 

理珠 (唯我さんに勝てる明確なビジョンだってあります。脳内でシミュレーションしてみたって……)

 

理珠 (私がどんどん食べ進めて……唯我さんはその私の動きに対応できず、咥えたまま……)

 

理珠 (呆けた唯我さんの顔にどんどん近づいていき、そのまま、唯我さんの唇に……――)

 

――ハッ

 

理珠 (……く、唇に、触れる……?)

 

 

―――― 『それって緒方が 誰かとキスしてるってこと?』

 

―――― 『もう一度してみたら…… 何かわかるでしょうか』

 

 

理珠 「ふぁっ……」

 

理珠 (わ、私はひょっとして、とんでもないことを……?)

 

理珠 (また “キス” に近しい何かを唯我さんにしようとしてしまったのでは!?)

 

理珠 (私はまた、唯我さんの唇に……)

 

理珠 (キスに類する何かを、しようと……)

 

理珠 「………………」

 

理珠 (……やはり、わかりません)

 

理珠 (なぜ私は、唯我さんにだけ、こんなにも気持ちを高ぶらせてしまうのでしょう……)

 

成幸 「……おい、緒方」

 

理珠 「!? な、なんですか……?」

 

成幸 「まぁ、べつにどうってことはないけどさ……」

 

ズイッ

 

理珠 (ち、近っ……。な、何を、唯我さん……)

 

成幸 「……前も言っただろ。冗談でも、口と口を近づけるようなことは、しちゃいけないんだ」 コソッ

 

理珠 「へ……?」

 

成幸 「特に、男相手だったらな。遊び半分でも絶対にダメだ」

 

成幸 「ゲームに勝って楽しかっただろうけど、絶対に男とはやるなよ。いいな?」

 

理珠 「わ、わかりました。約束します……」

 

成幸 「ならいい。ほら、教室戻れ」

 

理珠 「はい……」

 

理珠 「………………」 (……いつか、遊び半分でないのなら)

 

成幸 「おーい、関城。起きろー」 ペシペシペシ 「なんで一番最初の被害者のお前がまだ倒れてんだよ」

 

理珠 (唯我さんは、怒らないのでしょうか?)

 

理珠 (遊び半分でなく、本気なら……)

 

理珠 (いつか私も、いつだか成幸さんと観たあの映画のように……)

 

理珠 (ゲームでも、事故でもない、キスが……)

 

ドキドキドキドキ……

 

理珠 (できるのでしょうか……)

 

 

………………幕間1 「その日の職員室」

 

真冬 「ふぅ……」 (今日の授業はなかなかだったわね)

 

真冬 (ALの試みも上手くいったし、ICT機器の使い方も我ながら上手だったわ)

 

真冬 (この調子で教材研究を続けて、いずれは論文にまとめて教材を学会で発表したいわね……)

 

理珠 「失礼します」 ガラッ 「3年F組の緒方です。桐須先生はいらっしゃいますか?」

 

真冬 (……? 緒方さんが私を訪ねるなんて珍しいわね) 「ここにいます。用があるならどうぞ、いらっしゃい」

 

理珠 「はい、失礼します」

 

真冬 「……何の用かしら? あなたが私のところに来るなんて珍しいわね」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

 

理珠 「ええ。私もそう思います」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!! 「この前のリベンジに来ました」

 

真冬 「リベンジ……?」

 

理珠 「ごき○りポーカーでの30連敗の屈辱、私は決して忘れません。今日こそその雪辱を晴らします!」

 

真冬 「……この前やったカードゲームの話? その前に、雪辱は晴らすものではなく果たすものよ。誤用に注意しなさい」

 

理珠 「ぐっ……しかしそんな余裕でいられるのも今のうちです! さぁ、桐須先生! ポッキーゲームで勝負です!」 バーン

 

真冬 「………………」 ガシッ 「……緒方さん。とりあえず生徒指導室でお説教ね。来なさい」

 

理珠 「えっ……」 ズルズルズルズル 「な、なぜですかぁああああ………………」 ズルズルズル………………

 

 

………………幕間2 「その日の唯我家」

 

成幸 (はぁ……今日は緒方と鹿島のせいで疲れたな……)

 

成幸 「ただいまー……」 ガラッ

 

水希 「おかえりなさいっ、お兄ちゃん!」

 

水希 「おフロにする? ごはんにする? それとも、ポ・ッ・キ・ー?」

成幸 「………………」

 

成幸 「……うん。ポッキー咥えてキメ顔してるところ悪いんだけどさ、」

 

成幸 「お兄ちゃんはそろそろ真剣にお前の将来が心配だよ」

 

 

 

 

元スレ

成幸 「キスと呼べない何か」

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1541592657/

*1:フフ…… かわいいなぁりっちゃん……

*2:近い……!!

*3:めちゃくちゃかわいいなぁ……///