いろは「な、なにか言ってくださいよ…わたし今、すごい恥ずかしいんですよ?///」【俺ガイルss/アニメss】
いろは「…あれ?もしかして比企谷せんぱいですか?」
八幡「あ?…えーと、一色、だったか?」
いろは「わー!本当にせんぱいだー懐かしい!」
八幡「一色…いろは?」
いろは「そうですよー。一色いろはです。せんぱいが高校卒業して以来ですから、3年ぶりくらいですね、久しぶりです」
八幡「お、おう…」
八幡(高校卒業後地方の大学に進学した俺が、高校時代の知り合いと会うのは本当に久しぶりだった)
八幡(つーか悠々自適なボッチライフを楽しむためにあえて遠いところにしたのに、まさか知り合いに会うなんてな)
いろは「ところで、もしかしてせんぱいが今日から新しく入る新人さんですか?シフト表に新しく比企谷って名前あったからまさかって思ったんですよー」
八幡「その新人は確かに俺だが…。つーかお前、よく俺のこと覚えてたな」
いろは「えー普通忘れませんよー?」
八幡「いや3年間も会ってなかったら結構忘れてるもんだけどな…。ていうかお前がこんなこじんまりとした本屋で働いてることが意外だ。オサレ()な居酒屋とかで働いてるタイプだったろ」
いろは「あー…。バイト先で言い寄られるのって結構めんどくさかったんだよね…ふったら波風立ちまくりで」ボソッ
八幡「なんか言ったか?」
いろは「いえいえ、なんでもー。まあ、ここって結構楽なバイトですし。個人経営だからシフトも融通利くんで」
八幡「いいことを聞いた、なんなら今すぐにでもシフト変更して帰りたいまである」
いろは「初日からそれって…」
八幡「俺のバックれたバイトは108まであるぞ」
いろは「何をそんな死んだ目で自慢げに言ってるんですか…あ、店長おはようございまーす」
八幡「おはようございます」
店長「おはよう。比企谷くん、今日からよろしくね」
八幡「っす」
店長「仕事は一色さんに教えてもらえばいいから。じゃあ、僕は裏で発注しとくね」
いろは「え、私が教えるんですか?」
店長「うん、よろしく」
いろは「えー…りょーかいです」
八幡「悪いが、よろしく頼む」
いろは「いいですけどー…。一応これからはここでは私が先輩ですよ?」
八幡「…すみません、よろしくお願いします一色さん」
いろは「あはっ、冗談ですよ~」
八幡「こいつ…」
いろは「せんぱいが後輩だーなんかおもしろ」
八幡「はあ…」
八幡(…今回は久しぶりに初日でバックてしまいそうだ)
―――初日のバイト終了
いろは「お疲れ様でした~」
八幡「お疲れ様です」
店長「はーいお疲れー二人とも気をつけて帰ってねー」
いろは「はーい」
八幡「っす」
いろは「せんぱいお疲れ様でーす」テクテク
八幡「おう、お疲れ。今日は色々と教えてくれてありがとな」テクテク
いろは「うわなんかせんぱいから凄い素直に感謝された気持ちわる。せんぱいそんなキャラでしたっけ~?」テクテク
八幡「相変わらずお前の素はえぐるようにくるな。俺だってもう21だ、仕事教えてくれる相手には素直に感謝ぐらいするさ」テクテク
いろは「あーそっかー私の一つ上ですもんね~21かー。あは、おっじさ~ん」テクテク
八幡「うっせ」カチッ、シュボ、スパー
いろは「え、せんぱい煙草吸うんですか?」テクテク
八幡「なんだその顔、いいだろ別に」テクテク
いろは「いえいいんですけど…そんなキャラじゃないくせになんか似合ってるのがムカつきますね」テクテク
八幡「そらどーも」フー
いろは「ふーん…別に褒めてはないですけど~」テクテク
八幡「………さよか」フー
八幡(帰省する度に平塚先生に居酒屋に連れて行かれて酒飲まされたり煙草吸わされたりしてたらいつの間にか自分で買うようになってたんだよな…)
いろは「………」テクテク
八幡「………」テクテク
いろは「……てかせんぱいなんでさっきから付いてきてるんですかストーカーですか?」テクテク
八幡「……言われると思ってたけどさ」フー
いろは「通報していいですか?」テクテク
八幡「待て待てただ帰る方向が偶然同じなだけだ、マジで。本当に偶然」テクテク
八幡(大事なことだから二回言った結果怪しさが増した気がするが)
いろは「えー…ほんとですかあ?」テクテク
―――帰り着いた結果
いろは「えっと…まじですか?」
八幡「マジらしいな…」
八幡(まさか同じアパートとは…なんだこの青年コミックっぽい安易なラブコメ展開は)
いろは「…何号室ですか?」
八幡「…201。一色は?」
いろは「202です。うわー…よく今まで気づきませんでしたね」
八幡「お互いな」
八幡(こんな近くに知り合いが住んでたとは…世間は狭いといってもこれはさすがにできすぎだろう)
八幡「てか202って…一昨日なんか痴話喧嘩っぽいのしてなかったか?」
いろは「あー…あれは別にそういうのじゃないですよ?」
八幡「そうなのか?」
八幡(なんかでも怒鳴り声(女)と泣き声(男)とか聞こえてきたような…)
いろは「なーんか勘違いされて~、一方的に言い寄ってきたんでちょっときつめに言っちゃったらあっちが泣いたっていうかーあはっ」
八幡「あはっじゃねえ…」
八幡(ゆるふわびっちキャラは健在か…)
八幡「あのな…あんま思わせぶりなことして男騙すなよ。お前外面だけはいいんだから」
いろは「なんですかそれ口説いてるんですかごめんなさい狙いすぎだし気持ち悪くて無理です」
八幡「…いつだったか同じようなこと言われたな」
いろは「そうでしたっけ?覚えてないです。それじゃーせんぱい、お疲れ様でーす」バタン
八幡「おう」
八幡(なんか今日は疲れたな…早よ寝るか)カチッ、シュボ、スパー
―――いろはの自室
いろは(せんぱい、変わったようで変わってたなかったな…)
いろは(あ、でも煙草くわえてる姿はちょっとかっこよかったかも。なんか渋くなったよね。でもちょっとおっさんくさいけど)クスクス
いろは「…今なら、あの頃言えなかったこと、いえるかな…」
いろは(あ、そうだもしかして煙草吸う人なら…)ガラガラ
いろは「せーんぱい♪やっぱりベランダで吸ってるんですね」
八幡「ゲッ」
いろは「うわ、失礼な反応ですねー」
八幡「……」スパー
いろは「無視ですかー」
八幡「……なんだよ、さっき別れたばっかだろうが」スパー
いろは「んー暇だったんでお喋りでもしません?」
八幡「悪い今からちょっとあれだから」
八幡(寝たいから)
いろは「なんですかあれってー」
八幡「あれはあれだよ、じゃあな」ガラガラ
いろは「つれないなあ」
―――しばらく経ったある日、比企谷宅
八幡「今期あんま好きなアニメねーなあ…。ベランダで煙草でも吸うか」
八幡(俺の部屋の冷蔵庫にはMAXコーヒーがダース単位で保存してある。MAXコーヒーと煙草、これ最強)ガラガラ
八幡(MAXコーヒーで喉を潤して)ップシュ、ゴクゴク
八幡(煙草の苦みがいい具合にコーヒーの甘さと調和する)カチッ、シュボ、スパー
ガラガラ
八幡「ん?」
いろは「あー先輩コーヒー片手に煙草とかおっさんくさーい」
八幡「またお前か…」
いろは「その反応も毎度ですねえ」
八幡(最近になって、俺がこうしてベランダにでると何故か毎度こいつもでてくる)
八幡「……」スパー
いろは「……」チラッ
八幡「…何だよ?」
いろは「なーんでもないですよー」
八幡(そして俺のことをチラチラ盗み見ては物言いたげな顔をするのだ)
八幡「……言っとくけど煙草ならやめねえぞ。この件に関しては小町ポイントに既に甚大な被害を出したからな。もう誰にどう言われようと気にせん」
いろは「いや、別に何も言ってないですけど…」
八幡「…っそ」スパー
いろは「煙草吸ってる先輩の姿、結構好きですし」ボソッ
八幡「あ?」
いろは「なーんでもなーいでーす」
八幡「あっそ。ま、言いたいことあるなら言えよ」
八幡(聞くだけだけどな)
いろは「はーい。…そのうち、言いますよ」
八幡「そか」
いろは「はい」
―――バイトを始めてしばらく経ったある日
八幡「おはようございます」
店長「あ、おはよう比企谷くん。今日もよろしくね」
八幡「うっす」
店長「じゃ、僕は裏で発注しとくから…」
いろは「…店長って発注とか言って裏でずっと漫画読んでるんですよー」ヒョコッ
八幡「いきなり背後に忍び寄って耳元で囁きかけるな、野原さんちのしんのすけくんかお前は」
いろは「何言ってるんですかあ。可愛い可愛い後輩の一色いろはちゃんですよー。あ、ここでは私先輩でしたね」
八幡「…はあ。今日もよろしくな」
いろは「いぇっさー」
―――バイト終了
いろは「お疲れ様でーす」
店長「お疲れー」
八幡「お疲れ様です」
いろは「じゃーせんぱい、行きますかー」テクテク
八幡「は?そっち帰り道じゃねえだろ」カチッ、シュボ、スパー
いろは「まーた煙草…。そりゃそうですよ、だって今から飲み会ですもん」テクテク
八幡「そうか。いってら」テクテク
いろは「せんぱいと!」ピタ
八幡「は?」ピタ
いろは「本日二度目のは?いただきましたー」テクテク
八幡「………」スパー
いろは「せっかく同じバイト先になったんだし、仲良くしましょうよー。あ、せんぱいのコミュ能力を考慮して私と二人だけの飲み会なので安心してください」
八幡「………」スパー
いろは「お金なら、安い居酒屋だから大丈夫ですよー多分。二人で飲み放題にしても3000円かかりません。私出しますよ。せんぱい、お酒だめな人ですか?」
八幡「金は俺が出してもいいし、酒は嫌いじゃないが…」
八幡(飲みニケーションとかいう風習は嫌いだが)
八幡「やっぱり、俺が行く理由がないな」
いろは「こーんな可愛い女の子と飲み会ですよ?」
八幡「自分でいうかお前」
いろは「まあまあ。行きましょうよー」テクテク
八幡「…しょうがねえな」スパー
いろは「…!?」
八幡「なんでお前がびっくりしたような顔してんだよ。ほら、行くぞ」テクテク
いろは「あ、はい。せんぱい待って~」テトテト
―――とある居酒屋にて
いろは「おつかれさまでーす!かんぱい!」
八幡「…お疲れ。乾杯」
いろは「せんぱいテンションひくーい」ゴクゴク
八幡「俺にテンションを求めんな」グビグビ
いろは「そーでしたねー。せんぱいそーゆー人ですもんねー」
八幡「…うっせ」グビグビ
八幡(一色はスクリュードライバーか。いかにもだな)グビグビ
いろは「せんぱいってーそういえばどこ大ですか~?」ゴクゴク
八幡「K大だよ。あそこの3年だ」グビグビ
いろは「K大かー。いっしょです。学部どこですかー?」ゴクゴク
八幡「法文だよ」グビグビ
いろは「へーそうなんですかー法文」ゴクゴク
八幡「ああ」グビグビ
いろは「へー…」ゴクゴク
八幡「………」グビグビ、ップハア
いろは「………」ゴクゴク、ップハア
八幡「次、何頼む」
いろは「あー私カルーアミルクでお願いします」
八幡「はいよ。すみませーん、生中とカルーアミルクください」
ハーイ!
いろは「ていうか先輩、今日来てくれるとぶっちゃけ思いませんでした」
八幡「だろうな。俺もびっくりしてるんだ、ちょっと」
いろは「なんですかあそれ。意味分かんないですね」
八幡「…まあ、せっかく久しぶりに会ったのにろくに話もしなかったからな。一回ぐらいいいかと思ったんだよ。可愛い後輩の言うことだしな」
いろは「だ、だから狙いすぎで気持ち悪いんですって」
八幡「それはすいませんね。…つーかお前、もしかして酒弱いのか?顔赤いぞ?」
いろは「これが普通です!」
―――お互い10杯ほどグラスを空けた頃
八幡「…なあ」
いろは「なーんれすかー?」
八幡「そろそろいいだろ。お前見るからにやばいぞ、飲みすぎだ」
いろは「えーそんなことないですってー!」キャハハ
八幡「いや、明らかにお前つぶれる寸前だから。帰る準備しろ、送るから」
いろは「……」
八幡「おい?一色?」
いろは「なあんかせんぱいってえ、ちょっと変わりましたよねえ。物腰が大人っぽくなったっていうかあ」
八幡「…そうか?そうでもないだろ」
いろは「ある意味昔から大人っぽくはありましたけどお、なあんか捻くれてる部分がなくなったっていうかあ」
八幡「まあ、21にもなりゃな。ちっとは変わるさ」
いろは「へええ。……ねえ、せんぱい。私ね、ずっとせんぱいに伝えたかったことがあるんです」
八幡「……なんだよ?」
八幡(まさか告白か?なんて期待をするような俺ではない。そこら辺の心構えは高校時代から変わらずだ)
いろは「……ありがとうって、ずっと言いたかったんです」
八幡(だが、一色の口から出た言葉は完全に俺の予想外だった)
いろは「せんぱいがあの時ああしてくれなかったら、きっと私の高校1年のときの思い出って、いや~な思い出が大きくなったと思うんです」
いろは「周りの子たちにいいようにハメられて、いやいや生徒会長やらされて、仕事やらされて」
いろは「きっと、すごくつまんなかったと思います、それ」
いろは「…でも、せんぱいのおかげで、やる気になって生徒会長ちゃんと頑張れたし、高校生活もすっごく楽しかった!だから、ありがとうございます」
八幡「…あの時、生徒会長になるって、最終的にちゃんと決めたのはお前だ。だからお前が高校生活楽しめたのは、お前自身のおかげだろ」
いろは「それでもです。私が私の主観でせんぱいに感謝したいと思ってるからこれでいいんです。私の感謝、ちゃんと受け取ってください」
八幡「……そうか、どういたしまして」
いろは「それでいいんですっ。…やっと言えましたー前、再会したときから言おー言おーとは思ってたんですけど。お酒の力って便利ですねっ」
八幡(そう言って照れるように笑った一色は、いつだったか俺の話に乗ると決めた時のように可愛らしいものだった)
―――居酒屋からの帰り道
八幡「ほら、お前ふらふらしてんぞ…しっかり歩け」
いろは「まっすぐ歩いてますよ~?」フラフラー
いろは「あ、そういえばさっき、私が話があるって言った時、せんぱいもしかして告白されるかもなんて思っちゃいました~?」クスクス、フラフラー
八幡「んなわけねえだろ」
いろは「えー全然勘違いしてくれないのもそれはそれで私のプライドが~」フラフラー
八幡「だからまっすぐ歩けって。…ったく、ほら肩貸すから掴まれ」ヒョイッ
いろは「っ……はあい」
八幡「ん?おい、お前まだ顔真っ赤じゃねえか、ったく、やっぱ飲みすぎなんだよ」
いろは「……私の方が勘違いしますよこれ」ボソッ
八幡「は?なんか言ったか?」
いろは「おんぶしてって言ったんです~。足もう疲れた~」
八幡「お前学校とバイト以外全ての時間部屋に引きこもってるインドア大学生なめんな。ほら、行くぞ」
いろは「はーあーいー」
いろは「せーんぱい♪」
八幡「………」ペラ、ペラ
いろは「せーんぱい、せんぱいってばー」
八幡「…なんだよ、今ちょうどいいとこなんだから邪魔すんな」ペラ、ペラ
いろは「寝っころがって漫画読んでるだけのくせに、ずいぶん偉そうですね」
八幡「うるせ」ペラ、ペラ
いろは「卵焼き甘いのとしょっぱいのどっちが好きですか~?」
八幡「甘いの」ペラ、ペラ
いろは「この人こっちを見もしない…はーい甘いのですね~」
八幡(いい匂いするな…)クンクン
八幡(あの飲み会の日から半年近く経った。あれ以来、一色はなぜかよくうちに来るようになった)
八幡(最初のうちは一人の時間を取られるのが嫌でなんとなく拒否していたが、押しに負けて1度だけ入れてしまった)
八幡(だが意外なことに、こいつは結構ほっといても大丈夫な奴だった)
八幡(俺が一人でレポートをやってたり漫画を読んでいたりしても、横で何を言うでもなく携帯触ってたり俺の漫画読んでたりするし)
八幡(たまにこうして料理をするときに、俺の味の好みを聞くぐらいだ)
八幡(そんなこともあって、なんとなくこいつが部屋にいることを許容し始めている俺がいた)
八幡(…料理してくれんのは助かるしな)
いろは「はーいできあがりましたよー」
八幡「ああ」
いろは「今日はですねー、卵焼き、ハンバーグ、キノコのサラダ、味噌汁、ごはんでーす」
八幡「ほう。いただきます」
いろは「どうぞー」
八幡「……」モグモグ
いろは「……」ジー
八幡「……」モグモグ
いろは「どうですか~?」
八幡「…美味いな」
いろは「そうですか、よかったー」ホッ
八幡「…やっぱお前、意外と料理うまいよな」
いろは「やったー。お金もらってもいいですか~?」
八幡「材料費は払ってんだろ。つーかスーパーで材料買うとき財布出すの毎度俺じゃねえか。酒とか買うときも」モグモグ
いろは「あは、そーでしたね。どもです」
八幡「…まあ、美味いからいいけど」モグモグ
八幡「ごちそうさん。片づけやるわ」
いろは「え、私やりますよ?」
八幡「これぐらいはさせろ。専業主夫志望の21歳なめんな」
いろは「…じゃ、お言葉に甘えますね」
八幡「ん」
いろは(専業主夫志望なんだ…せんぱいらしいな)
いろは「う~ん…奥さんになったら大変そうだなあ」
八幡(何一人で難しい顔してんだあいつ…)
―――次の日の朝、八幡の部屋
ピピピピピピピピピピピピピピ…
八幡「ん…」カチッ
八幡「ふぁー…。ねむ。さむ。なんか体いてえ…あ?」
八幡(なんで俺床で寝てんの?)
八幡「……。あー…なるほど」
八幡(テーブルに散らかった酒の缶と、俺のベッドですやすやと寝ている一色が容易に推測させてくれた)
八幡「ったく、俺が寝たらちゃんと自分の部屋に帰るって言ってただろうが…おい一色、起きろ」
いろは「……」
八幡「起きろこら」ペシ
いろは「いたっ」
八幡「朝だぞ」
いろは「あー先輩…おあようござあす」
八幡「はいよ、起きて顔洗ってこいバカ後輩」
いろは「はーい…」トテトテ
シャー、ジャバジャバ
いろは「ふー…」フキフキ
いろは(んーやっぱり今日も何もされてないか…。据え膳何度用意しても先輩きてくれないなあ。理性強すぎだよ。やっぱこの作戦だめかなあ…)
八幡「コーヒー飲むか?」
いろは「あ、はーいもらいますー」
いろは(やっぱ自分から行くしかないのかなあ…)
―――大学へ通学中
八幡「お前今日1限なんだな」
いろは「そうなんですよー。せんぱいもでしたっけ?」
八幡「いや、俺は久しぶりにゼミに顔出せって教授からのお達し」
いろは「どんだけ行ってなかったんですか…」
八幡「いやだってあのゼミ行ったらすげえ高確率で飲み会開催されてるんだぜ?あっちも気を使って誘ってくるし」
いろは「飲み会行けばいいじゃないですか」
八幡「特に親しくないやつと飲み会なんかで何話すんだよ…」
いろは「特に親しくないからこそ親しくなるために行くんじゃないですか、普通」
八幡「どこの世界の普通だそれは。それにゼミのレポートとかちゃんと仕上げてるし最低限の会話はしてる。何の問題もない」
いろは「もー…あ、友達だ」
オーイ イロハー
八幡「ん、じゃあな」
いろは「はい、じゃあまた今日のバイトで~」
八幡「ああ」
―――いろは、1限の講義中
女友「いろは最近よくあの人と一緒に学校来るね。やっと身かためる気になった?」
いろは「えーあの人別にそういうんじゃないよ~?」
いろは(まだ)
女友「そうなん?けっこうイケメンだし、なんか大人っぽくていい感じじゃん」
いろは(寝顔とかはちょっと子供っぽくて可愛いけどね)
いろは「そっかな」
女友「そうだよー付き合っちゃえばいいじゃん。いろはが押したら一発でしょ?」
いろは「それが全然そうでもないんだけどね…」ボソッ
女友「え?」
いろは「んーん、つかさっきからやたら推してくるね~」
女友「合コンクラッシャーこと一色いろはには早く合コン引退してほしいからね。男どもの興味全部持ってくくせに誰とも付き合わないんだもん」
いろは「そ、そうだったかな~」
女友「そうだったよ。つーかいろは最近合コンとか来なくなったよねー。…あ、もしかしていろはがあの人に片思いしてんの?」
いろは「…まさかー」
女友「あーね」
いろは「ち、違うってー」
女友「はいはい」
いろは「んもー…」
女友(なんかマジで可愛くなったなあこの子。丸くなったっていうか…その人のおかげなのかな?)
―――その日のバイト
八幡「おはようございます」
店長「おはよう。比企谷くん今日もよろしく」
八幡「うっす」
いろは「あ、せんぱいおはようございまーす。朝以来ですね。ゼミどうでしたー?」
八幡「教授からもうちょっと来るように言われて、あとは普通だ普通」
いろは「飲み会は~?」
八幡「今日も誘われたがバイトだからって断った。…バイトの後でもいいって言われたが、まあ行かんな」
いろは「やっぱり。…そういえば飲み会に誘ってくる人って男ですか?女ですか?」
八幡「あ?…そういえば毎回同じ女だな。まあ、委員長タイプっていうか、ゼミ皆で仲良くしたいってやつなんだろ」
いろは「それって…実はその人せんぱいに好意があるとか」
八幡「ねえよ…。あれだろ、皆で仲のいいグループ作ることに固執するタイプな人間なだけだと思うぞ」
いろは「あー…まあたしかにそういう人っていますけど…」
八幡「だろ。まあグループに入りたいけど引っ込み思案、って人間にはありがたいタイプだろうが」
いろは「ですね。あ、そういえば今日先輩の持ってる漫画の新刊出てますよー」
八幡「マジか。買うわ」
いろは「せんぱい読んだら私にも貸してくださいね~」
八幡「はいよ。そろそろ時間だ、出るぞ」
いろは「は~い。今日も頑張りますかー」
―――バイト中、八幡、本の仕出し中
八幡「……」セッセ、セッセ
男先輩「比企谷ー、お疲れ」
八幡「あ、はい。お疲れ様です」
男先輩「おー」
八幡「……」セッセ、セッセ
男先輩「……」
八幡「……」セッセ、セッセ
男先輩「……」
八幡「…あの、どうかしました?」
男先輩「いや、えっとな…」
八幡(この感じ…まさか説教か?される覚えがないぞ…。とりあえず、すみませんを言い続けるしかないか…。いざとなれば土下座も辞さない)
男先輩「…ちょっと、聞きたいことがあってな。お前と一色さんの関係についてなんだが」
八幡「すみません」
男先輩「あー、やっぱ付き合ってんのか。だと思ってたけどよ」
八幡「…え?…え?いやいやそんな苦笑い気味に納得しないでください。俺と一色、付き合ってないですよ」
男先輩「…え?」
八幡「それどこ情報ですか、すげえ事実無根ですよ」
男先輩「付き合ってないのか?」
八幡「はい」
男先輩「マジか」
八幡「マジっす」
男先輩「…マジかー」
八幡「そうですよ、だいたいありえないですよ、俺と一色なんて」
八幡(彼女はきっと、葉山みたいな男でないとそういう対象にしないだろう)
八幡(最近よく俺のとこに来るのは、素を見せてもいい相手だから気が楽なだけじゃないだろうか。あの愛されキャラ(笑)をずっとやるのは疲れるだろうしな)
男先輩「そうかな、僕は結構お似合いだと思うんだが」
八幡「いや、先輩意外と見る目ないですね」
男先輩「けっこう僕、見る目自信あるんだけどな。それに…」
八幡(たしかに、今までは人のことをよく洞察してる先輩だと思っていたが…)
男先輩「彼女はきっと、比企谷のことがすきだよ」
―――その夜のバイト終了後、比企谷宅、ベランダにて
八幡「……」カチ、シュボッ、スパー
八幡「ふー」スパー
八幡「……」ゴクゴク
八幡「MAXコーヒーうめえ……」
八幡(…一色が俺のことを好き)
八幡(いや、ないだろ。今まで何度そういう誤解をしてきたんだ。その度に何度、そんな期待をした自分に失望してきたんだ)スパー
八幡(誤解じゃなかったのは…一回だけ)スパー
由比ヶ浜『ねえ、知ってた?…私、ヒッキ―のこと、ずっと、ほんとに好きだったんだよ』
八幡「由比ヶ浜…だけ」
八幡(卒業する直前に、大粒の涙をこぼしながら笑って告白してくれた、彼女だけ)スパー
八幡「……」スパー
八幡(………あれは誤解じゃなかった分、余計に自分に対して失望したっけな)
八幡(煙草を吸い始めたのも、あの頃だったな。吸ってる間は頭がボウってして『もしかしたら』なんて、意味のない、俺らしくもない思考をしなくてすんだから)
八幡「煙草、あんまり好きじゃなかったのにな」
八幡(平塚先生が俺に煙草を勧めたのは、そういう理由もあったのかな。比企谷、あまり考えつめすぎるな…みたいな。それはないか。それで元教え子に煙草を勧めるってどんな教師だよ)
ブブブブブブブブブブブブブ…
八幡(携帯か?電話鳴ったのいつ以来だか)
八幡「もしもし」ピッ
いろは「あー先輩れすか~?」
八幡「…一色か」
いろは「そうです一色でーすーよー、いろはちゃんですよ~」
八幡「……お前飲んでるだろ」
いろは「あたりまえじゃないですか~ふっふふー」
八幡(今日のシフト、ロングだったのによく飲みに行く元気があるな…)
八幡「はあ。で、用件はなんだ。切っていいか?」
いろは「あーえっとーこれから一緒に飲みません?」
八幡「は?嫌だが」
いろは「えー…うわ、ちょ」
八幡「なんだ?」
女友「すみません、代わりました。いろはの友達の女友です」
八幡「…はあ。どうも」
女友「えっとですねー今日ちょっと飲んでたんですけどーあ、女子だけでですよ、女子だけ」
八幡「そう…」
女友「それでーいろはちょっとやばいんでー今から迎えに来てくれません?家隣らしいじゃないですか」
八幡「えー…」
八幡(めんどくさい)
女友「いやーほんとすみません!ごめんなさい!お願いします!」
八幡「あー…俺今からちょっとあれだ、ちょっとあれだから」
いろは「再びいろはです!せんぱーい、いいじゃないですかー。私が一人で帰ってなにかあったらせんぱいのせいにしますよー?」
八幡「聞いたことねえよそんな責任転嫁。どう考えても自業自得だろうが」
いろは「…せんぱいのばーか」
八幡「バカはお前だ。……………はあ、しょうがねえな。行ってやるよ、どこだ」
いろは「え?…マジですか?」
八幡「マジだよ。俺の気が変わらん間に早よ言え。寝るぞ俺は」
いろは「わー待ってください。あの、前せんぱいと飲んだところ覚えてます?あそこです」
八幡「はいよ。10分で行く。ちょっと待ってろ」
いろは「はーい。…あ、せんぱい」
八幡「なんだ?」
いろは「せんぱいのこういうところ、好きですよ」
八幡「っ……。便利なところな。俺が何かの道具だったらさぞかし優秀だろうと自分でも思うわ。じゃあ、切るぞ」プツッ
八幡(考えても分からない、人の気持ちは考えても分からない。…言葉にせずとも気持ちが通じ合う関係なんて、幻想だ)
八幡(そんな本物なんて、ない)
八幡(…だから、俺が一色の気持ちについて考えることに意味はない)
―――某居酒屋の前
八幡「よう、バカ後輩」
いろは「あーせんぱいだー。ばーかばーか」
女友(近くで見ると本当に結構かっこいいね…目は確かにちょっとあれだけど)
八幡「うるせ、バカ」
女友「初めまして、女友です。すみません、いつのまにかこんな状態に…」
八幡「気にすんな。このバカが迷惑かけたな。…女友さんも送って行こうか?あ、タクシー止めるか」
女友(さりげなく気も使えてるし。さっきいろはから聞いた、高校時代色んな人から嫌われてたってのと結びつかないや)
女友「いえ、私の家ここから歩いて3分もかかんないんで。大丈夫ですよ。いろは、よろしくお願いします」
八幡「そうか、分かった。じゃあ」
女友「はい。いろはーじゃあね」
いろは「ばいばーい」
―――帰り道
八幡「…なんつーか、お前にもああいう親友みたいな子、いたんだな。同性には敵しか作れないタイプだと思ってたが」
いろは「えー?女の子のほとんどは敵ですよ~。…だって、友達って一人いるだけでも疲れますもん。いちいち自分のことみたいに泣いたり、笑ったり」
いろは「…そんなめんどくさいの、女友だけで充分です」
八幡「………ふうん」
八幡(そう言って笑う一色の顔は、今まで見たなかで最も大人びたものだった)
八幡(こいつはちゃんと、ああいう関係を作れる相手を見つけたんだな。やっぱ上位カーストの人間は違うな)
八幡(…俺と雪ノ下が、最後までなれなかった関係。…お互いに色んな部分を許容して、近づく努力ができなかったから。最後まで)
八幡(それができていたら、きっと―――)
いろは「そういえばせんぱい、今日は煙草吸わないんですね」
八幡「…ん、ああ。さっき切らしたからな。それに、正月に実家帰った時に小町から怒られたんだよ」
いろは「へー。なんて言われたんですか?」
八幡「ヤニいちゃんってだけで小町ポイント低いのに、歩き煙草までするなんて小町はそんな風に育てた覚えはありません。小町は悲しいでーすってな」
いろは「あはは、なんですかそれ、うけるー。ヤニいちゃんって」クスクス
八幡「まあ、今更煙草をやめる気はないが。歩き煙草ぐらいは自粛しようと思ったわけだ。可愛い妹の言うことだしな」
いろは「結局ただのシスコンエピソードでしたね…。あ、公園だ。…ねーせんぱーい私歩くの疲れました。ちょっと休憩しましょーよー」
八幡「お前まだ5分も歩いてねえぞ…どんな足してんだよ」
いろは「カモシカのような足ですよーだ。ほら、煙草の自販機もありますよ~」
八幡「…ったく、しょうがねえな」
いろは「うわーこういうときだけ無駄にちょろいな~このせんぱい」
八幡「うっせ」
―――公園の喫煙所にて
八幡「ほら、ホットコーヒー。お前ブラック好きだったよな?」
いろは「はい、ありがとうございまーす」クスクス
八幡「何笑ってんだよ」
いろは「いーえーなーんでもー」クスクス
いろは(ただせんぱいが私の好みの味を偶然覚えてただけなのに。なにこれ、嬉しい。顔がにやける。変なの)
八幡「…変な奴。まあ、もともとか」
いろは「いえいえ、せんぱいほどじゃないですよ」クスクス
八幡「やかましい…」カチ、シュボッ、スパー
八幡「ふー…」スパー
八幡(つーかこんな寒い夜中に、公園で何してんだ俺は…)
いろは(せんぱいの煙草の持ち方、なんかすき。なんでこんな細かいとことか、すきだなあって思うんだろ)
いろは(今までなったことがないような、あったかい気持ちになる。せんぱいといると。なのに、なんか胸がいたいような)
いろは「せーんぱい」
八幡「ん?」
いろは「寒いですね」
八幡「ああ」スパー
いろは「…寒いですよね」
八幡「…まあ、3月とはいえ深夜2時とかだからな、今」
いろは「手、さむい、なあ…」
八幡「せっかくホットコーヒー買ってきたんだからそれカイロ代わりにすりゃいいだろ」
いろは「…そーですね」
八幡「なんだその複雑な表情…分かんねえやつだな」
いろは「…どう考えてもせんぱいほどじゃないですよ」
八幡「あっそ」スパー
いろは「そーです」
八幡(……たとえば俺が今、お前の左手を掴んで、俺の右ポケットにおまねきするじゃん?)
八幡(でももしお前の考えてることが俺の勘違いだったら、とんだスノースマイル(冷笑)されるじゃねーか)
八幡(つーかその「察してよ」みたいな態度勘弁してくれ)
八幡(俺が今まで『察した!』と思って行動した結果、何回痛い思い出を作ったと思ってるんだ)
八幡「…そろそろ帰ろうぜ。お前明日1限だろ、起きれなくなるぞ」
いろは「……えー」
八幡「えーじゃねえ。必修とか言ってたろ。落として留年したら笑えねえぞ」
いろは「そうですけどー…。あ、そうだ。せんぱいの恋バナ聞かせてくださいよ、恋バナ」
八幡「はっ」スパー
いろは「このせんぱい今鼻で笑った…むかつく」
八幡「お前、それこそさっきの女友さんとしとけよ。俺とそんな話してもしょうがないだろ」
いろは「しょうがなくないですって~。興味あります」
八幡「…俺は特に話すようなことはねえよ。お前は…高校の時、葉山のこと好きだったろ」
いろは「あー…でしたね。…実は1回、告白したんですよ」
八幡「マジか」
いろは「マジです。…好きな人がいるってふられましたけど。あは、けっこうショックでした」
八幡「……」スパー
いろは「でも、一番ショックだったのは、思ってたよりぜんぜんショックを受けてない自分にだったんですよね~」
八幡「……」スパー
いろは「当時、自分ではかなり本気のつもりだったんですけど~。なんか案外そうでもないなーって。恋愛ってこんなんなのかなーって」
八幡「……」スパー
いろは「で、それ以来、特に恋愛らしい恋愛もせず、今にいたりまーす。おわりです」
八幡「…恋バナってこういう時なんて反応返すのが正しいの?」
いろは「うわ、せんぱいらしい言葉。とりあえずその反応は最悪ですね~」
八幡「…まあ、なんだ。……ふー」スパー
いろは「煙草に逃げるし…。私、せんぱいぐらいにしかこんな話したことないんですよ~?」
八幡「俺はいつのまにそんなにお前からの信頼を勝ち取ったんだ…」
いろは「そんなの、ずっと前からですよ」
八幡(そう言って笑う一色は、なぜかとても優しい目をしていた)
いろは「今さら気づくなんて、せんぱいばかですねー。ばーかばーか」クスクス
八幡(前から思ってたんだが、俺はこいつが素の時に見せてくれる笑顔が、なんというか、わりと好きなのかもしれない)
八幡「………なあ、一色、勘違いだったら盛大に笑い飛ばしてくれていいんだが」
八幡(たとえ、勘違いだったとしても。また自分に失望するだけだとしても。知りたくなってしまった。一色いろはの気持ちを)
いろは「なーんですかー」
八幡「お前、俺のこと好き、なのか?」
いろは「………せんぱい、勘違いですよーって言ったら、どうしますか?」
八幡「…別に、俺の数多くの黒歴史にまた新たな歴史が刻まれるだけだが」
いろは「歴史って…なんですかそれ。ちょっと聞きたいです」クスクス
八幡「で…どっちなんだよ」
いろは「勘違いだと、思ってますか?」
八幡「さあな、考えても分からん。だから聞くことにした」
いろは「…勘違いじゃ、ないですよ」
八幡「…そうか」プイ
いろは「はい。…ねえせんぱい、なんでそっぽ向いたんですか?」
八幡「………」スパー
いろは「な、なにか言ってくださいよ。てかこっち見てくださいよ…ぶっちゃけ私今、すごい恥ずかしいんですよ?」
八幡「…正直、なんて言えば分からん」
いろは「だめなせんぱいだなあ…」
八幡「…とりあえず、そろそろ帰るぞ」
いろは「え、返事は保留ですかあ?」
八幡「……」テクテク
いろは「あ、待ってくださいよーせんぱーい」トテトテ
八幡「……」テクテク
いろは「もーやっと追いついた、自分に告白してきた女の子いきなり置いていきますかー?……わあ」
いろは(その時見た比企谷せんぱいの顔が、何よりも分かりやすく返事をしていた。だって、あんまりにも特別すぎる)
いろは(かたくなにこっちを見ようとせずに、照れたように顔を赤くしているせんぱいなんて)
いろは「せんぱーい、そろそろ千葉ですよー。起きてくださーい」
八幡「………ん」
いろは「やっと起きた~。なかなか起きなくて困りました」
八幡「………」ボー
いろは「まだ意識起きてないですねー。ほら、せんぱいの愛しの千葉ですよー。帰ってきましたよー」
八幡「ああ。……すげえ久しぶりだ千葉。愛してるわ」
いろは「てきとうだなー…。ねーせんぱいせんぱい、私は?」
八幡「一色いろはだろ」
いろは「……いや、そうじゃなくてですね。てかせんぱい、わざと言ってますよね絶対」
八幡「まあな。降りるぞ、一色。俺の実家行くんだろ」
いろは「相変わらずなかなかデレてくれないせんぱいだなあ…。はーい、ちょっと待ってください」
八幡(一色と付き合い始めて、一年近く経った)
八幡(付き合うといっても、特に今までと大きな変化があったかというと。そうでもない)
八幡(バイトが終わったら俺の部屋に一色が来て、何をするわけでもなく、だらだらする)
八幡(漫画読んでたり、レポートやってたり、映画観てたり。日曜の朝なんかは一緒に起きてアニメを見てたりするしな)
八幡(自分でも意外なほど、しっくりくる。こいつといると)
八幡(時々。今の俺を冷めた目で見てくる、昔の俺が出てきたりもするが)
八幡(それでも、続いている。きっと、一色のおかげだったりするのだろう)
―――千葉県千葉市、比企谷家付近
八幡「久しぶりに人ごみの中歩いたせいで疲れたわ……」テクテク
いろは「私たちの大学かなり田舎の方ですもんね~。駅の前にあんなに人がいるの久しぶりに見ました」テクテク
八幡「やっぱ千葉すげえわ。さすがマイ故郷」テクテク
いろは「その故郷でこんなに疲れてるんだから、せんぱいも田舎に染まりましたねー。あ、先輩の家ってあとどのくらいですか?」テクテク
八幡「もう5分もかからんぞ」テクテク
いろは「マジですか。……せんぱい、ちょっといいですか?」ピタ
八幡「なんだよ」ピタ
いろは「……ちょーっとそこの公園行きません?」
八幡「あ?休憩ならいいだろ、もうあと少し歩けばゆっくりできるぞ」
いろは「いや、そうじゃなくてですね。……ちょっと。おねがいします、行きましょー」テクテク
八幡「おい。…なんだよ」テクテク
―――比企谷家近くの公園
八幡「で、どうしたんだよ」
いろは「………ねーせんぱい、ちゅーしてください」
八幡「はあ?アホになったのかお前は。こんな時間のこんな場所で欲情すんな」
いろは「えー違いますよ」
八幡「えーじゃねえ。……だいたい、キスなら今朝あっちを出る前にしただろうが」ボソッ
いろは「そうなんですけど~」
八幡「だろ。話は終わりな、行くぞ」
いろは「…でも、今日から2日間、二人きりになれないじゃないですか」
八幡「ああ。……それが?」
いろは「その間、いちゃいちゃできないじゃないですかー」
八幡「そのくらい我慢できるだろ、お前」
いろは「むりですよー…。ねえせんぱい、おねがいします」
八幡(そう言ってこっちを見上げる一色の顔を見て、やっと気付いた)
八幡「お前……緊張してるのか」
いろは「……あは、ばれちゃいました?」
八幡「まあな。つうか、意外だな。コミュ力の化物と呼ばれるお前が、初対面の人間に会うからってそんな緊張するのは」
いろは「言っておきますけど、そのよく分からないあだ名で呼んでくるの先輩ぐらいですからね。……だって、せんぱいの両親と会うんですよ?」
八幡「まあ、そりゃな」
いろは「嫌われたらって考えると、近づくうちにだんだん緊張しちゃって。ていうか、彼氏の母親に初めて会うときに緊張しない彼女なんていませんよー」
八幡「はあ」
八幡(メイクがいつもより更に薄かったり、いつもゆるふわ系(笑)が多い服装が今日は大人っぽくなってたりするのはそういうことか)
いろは「分かったような分かんないような顔しないでください。……せんぱいが私のお父さんと会うとき考えてみてくださいよ」
八幡「…………なるほど」
八幡(無理だわ、その状況。逃げるわ)
いろは「それになんか、婚約前の挨拶みたいだし……わあ」
八幡「自分で言って自分で照れるなバカ。それに婚約してねえだろ」
八幡(俺も照れるから。……主に、右ポケットに入れてある小さな箱が理由で)
いろは「もー。いいですから、分かったなら、勇気ください。はい、ちゅー」
八幡「………」
いろは「今なら誰もこの辺通ってませんよ、はい、ちゅー」
八幡「……しょうがねえな」
いろは「んっ……」
いろは「ふー。じゅーでんかんりょーです。どもでした」
八幡「………おう」
いろは「せんぱいって未だにちゅーするときちょっと照れますよね~。かーわいー」ニヤニヤ
八幡「二度としねえぞバカ後輩……。舌まで入れてきやがって」
いろは「あは、ついべろちゅーしたくなっちゃって。ごめんなさい」ニコニコ
八幡「はあ……エロ後輩が。行くぞ」テクテク
いろは「はーい」テクテク
―――実家、比企谷宅
ガチャ、…、バタン
八幡「ただいま」
いろは「お邪魔しまーす」
バタン、トコトコトコトコ
小町「おっかえりー、お兄ちゃん久しぶり。うわ、ほんとに彼女連れてきてる!小町的にすごいポイント高い!」
八幡「疑ってたのか……」
八幡(兄の彼女の存在を疑う小町、八幡的にポイント低い)
小町「ちょっとだけねー。一色先輩、お久しぶりです。比企谷家へようこそ!」
いろは「小町ちゃん久しぶり~。ありがとー。小町ちゃんに会えるの楽しみだったよー」
小町「小町もです!今日は自分の家だと思って気楽に過ごしてくださいね~」
いろは「うん、ありがとー」
八幡「……玄関で立ち話ってのもなんだろ、上がろうぜ。小町、今日は親父と母さんいるのか?」
小町「んーん、今はいないよー。でも今日は早めに仕事切り上げて夕方には帰ってくるって」
いろは(そうなんだ…ホッとしたような逆にもっと緊張するような)
八幡「そっか。ほら、一色もあがれよ」
いろは「あ、はい。お邪魔します」
小町「いらっしゃい、一色先輩」ニコ
―――比企谷宅、リビング
小町「いやー、それにしてもお兄ちゃんがホントに一色先輩を彼女として連れてくるなんて。電話で聞いた時は信じられなかったです」
一色「あはは、そうだったんだ~」
小町「このヤニいちゃん、この前のお正月帰省しなかったんですよ。小町成人式だったのに。それに、近況報告の電話とかも全然してくれませんし。だからほんとビックリでした」
八幡「この前は卒研の準備に追われてそんな余裕なかったんだよ、あとヤニいちゃん言うな」
いろは(ごめん小町ちゃん、年末年始は私がわがまま言って二人で過ごしてた…)
小町「ねえ、お兄ちゃんが去年のお盆に帰省したときって、お兄ちゃん達もう付き合ってたの?」
八幡「まあ……」
いろは「付き合ってたよー」
小町「へー、そうだったんですか~。このゴミいちゃんはなんで話さないかなあ……」
八幡「うるせ。今回はちゃんと話しただろうが」
小町「帰省する一日前にね。昨日とかお父さんとお母さん凄いびっくりしてたよ、お父さんなんか慌てて美容室行ってたし」
いろは(なにそれパパさん可愛い)
八幡「親父……はしゃぎすぎだろ」
小町「しょうがないよ、お兄ちゃんが家に彼女連れてくるなんて初めてだし」
八幡「まあ、な」
小町「それにしても、なんか信じられないです。やっぱり。あの学校中の人気者だった生徒会長が、お兄ちゃんなんかの彼氏なんて。小町達の代なんて、未だに一色先輩のファンがいるんですよ?」
いろは「そうなんだー、もう私高校卒業してから3年ぐらい経つのにね」
小町「ですよ、同窓会とかで集まった時よく話題になりますもん」
八幡「同窓会……知らない言葉だな」
小町「ゴミいちゃんは呼ばれても行かないだけでしょ……。いつもお兄ちゃんに確認した後、葉書きの行かないに○付けて出してたの小町なんだよ?」
いろは「うわー想像できる。同窓会って単語を見てすぐに返信するせんぱいが」
八幡「行っても話すことなんかねえしな」
いろは「……そーですか」
いろは(奉仕部の先輩方と、やっぱり疎遠になっちゃってるのかな)
いろは(知りたい。なにがあったのか。……せんぱいが聞いてほしくなさそうだから、聞かないけど)
いろは「それより、小町ちゃんももう大学2年生だし、彼氏とかできたの~?聞かせてよー」
小町「えー私の話ですかー?」
いろは「知りたいなー」
小町「えーそうですねー何から話そうかなー」
八幡「俺は聞かんぞ。断じて認めんぞ」
小町「久しぶりに見たなーその顔……」
いろは「シスコンせんぱいだー」
八幡「うるせ、千葉出身のお兄ちゃんは皆シスコンなんだよ」
―――比企谷家族と一色いろはによる夕食終了後。八幡、自室のベランダにて
八幡「………」カチ、シュボ、スパー
八幡「ふー……」スパー
八幡(やっぱ実家落ち着くな……。一色を前にした親父の落ち着きのなさは少し笑えたが)
八幡(母さんも一色を気に入ってたようだし、一色の心配していたようなことにはならないだろう)
八幡(今は小町も含めて三人で仲良く皿洗いしてるようだしな。今日は小町の部屋で寝るらしい)
八幡(あいつらが高校時代に仲良かったとはな。少し意外だ)
カマクラ「にゃー」
八幡「お前も久しぶりだな。元気か?」
カマクラ「にゃん」
八幡「そうか」
カマクラ「………」プイ、トコトコ、モソモソ
八幡(布団の上で丸まったカマクラは、なんというか時の流れを感じさせた。お前とこの家でじゃれ合っていた毎日も、もう4年近く前か)
八幡(今回の帰省は、一応俺の大学卒業祝いと、社畜の仲間入り決定を祝ってのものだ。……後付けで、一色の紹介も兼ねてしまったが)
八幡(まさか俺が普通の企業に就職決めるとか、高校時代の俺は考えもしないだろう。1年前の俺ですら信じないかもしれん)
八幡「ふー……」スパー
八幡(ここに帰ってくるたび、高校時代のことを思い出す)
八幡(思い出したくないことを、たくさん)
八幡(二人の大切な女の子ができて。そして二人から離れたこと。そうするしかできなかったこと)
八幡「すー……はー」スパー
八幡(煙草の煙を思い切り肺に入れて、吐き出す)
八幡(考えてももうどうしようもないことは、考えるな。結局、どうするのが正解だったのかなんて、もう誰にも分からないんだから)
八幡「ふー…」スパー
八幡(それより、今の俺の目的について考える方がよほど建設的だ)
八幡(昨日買ったこれ、はたしていつ渡すべきかな)
―――深夜、小町の部屋。いろはと二人でちょっとした宴会中
いろは「ん、ん、ぷはあ」
小町「うわーいい飲みっぷりですね~」
いろは「そうかな。せんぱいに影響されたかも。せんぱい、ビール飲むときすごい気持ちよく飲むんだよー」
小町「あーそれは多分某教師の影響ですね……」
いろは「え?……あー平塚先生かな?」
小町「はい。明日もあの二人飲みに行くらしいんですけど……いいんですか?彼女ほっといて他の女の人と二人でお酒なんて」
いろは「いいんだよ、あの人は。……せんぱいにとって、その方がいいって分かるから。せんぱいが家族以外で信頼してる数少ない人だし」
小町「……」
いろは「私はせんぱいのこと信じてるしね。せんぱい、理性の化け物だし」
小町「……そーですね、そこだけは小町も信じてます。悪く言えば凄いヘタレなんですけど」クス
いろは「ね」クス
いろは「それに明日は、私も久しぶりに実家の方帰らないと。お父さん寂しがってるから」
小町「あー、なるほど」
いろは「もしせんぱいが朝まで帰ってこなかったら、こっそり私に教えてね」
小町「りょーかいです♪」
いろは「あは、頼もしい妹ができたなー」
小町「先輩がお姉ちゃんになるとか、小町的にポイントめちゃくちゃ高いです」
いろは「なれたら、いいね。なりたいなあ……」
小町(一色先輩、本当に。ほんとうにお兄ちゃんのこと好きなんだなあ……)
―――家に置いてたお酒をあらかた飲んだ頃
小町「あの、一色先輩」
いろは「んー?」
小町「小町、先輩に感謝してるんです」
いろは「えー?急にどうしたのー?」
小町「……お兄ちゃん、高校卒業して家を出るころ、本当にずっと沈んでたんです。理由とか、小町にも話してくれなかったんですけど」
いろは「………」
小町「何を考えてるのかよく分かんないような顔で煙草ボーっと吸ってたりして」
いろは(私が再会した頃のせんぱい、みたいな感じなのかな)
小町「たまに帰省するときもそんな状態がずっと続いてたんですけど、去年のお正月の時はちょっと違ってて」
いろは「………」
小町「あの頃には、もう二人とも再会してたんですよね?」
いろは「うん、まだ付き合ってはなかったころだけど」
小町「お兄ちゃん、なんか……表面上はあんまり変わってなかったんですけど。相変わらずヤニいちゃんだったし。でも、前ほどブラックな雰囲気とかなくて」
いろは「………」
小町「で、次にお盆に帰省してきた時は、凄く雰囲気が柔らかくなってて。一瞬誰か分からなくなりましたもん」
いろは「あは、何それ」
小町「本当なんですって。それで、なんでなんだろう。なんでお兄ちゃんこんなに変わったんだろうってずっと思ってたんです」
いろは「………」
小町「昨日、やっと分かりました。……一色先輩のおかげだったんですね」
小町「だから、ありがとうございます。お兄ちゃんを助けてくれて。ありがとう、先輩」
いろは(そう言ってほほ笑む小町ちゃんの顔は、すごく優しいものだった)
小町「色々とダメなところが多い兄ですけど、あれでも小町にとっては大切なお兄ちゃんなので。これからもどうかよろしくお願いしますね」
いろは「……うん、こちらこそ。ほんとうに、これからもずっとよろしくね。小町ちゃん」
小町「はい。一色先輩と本当に家族になれる日、小町楽しみに待ってますね!」
―――次の日の深夜、駅近くの繁華街
八幡「ほら先生、タクシーきましたよ。……すみません運転手さん、お代はこれで。お釣り出たらこの人に渡しておいてください」
ハイヨ、マイドー
八幡「多分足りると思いますけど、足りなかったら自分で出しといてくださいよ、先生」
平塚「ああ、悪い。じゃあな彼女持ち」フラフラ
八幡「まだそれ言いますか……。ちゃんと自宅の住所いえますか?」
平塚「なめるな。独り身が長いとな、こうなってからの意識覚醒度は桁違いだぞ」
八幡「何をそんな自慢げに言ってるんですか。……でも先生、今日も誘ってくれてありがとうございました」
平塚「また帰ってきたら連絡しなさい。今度はしめにラーメンでも食べに行こうか」
八幡「うっす。それじゃあ、また」
バタン、ブロロロロ・・・
八幡(帰省したら平塚先生とさし飲みってのも恒例になってきたな……)テクテク
八幡(最初は楽しいんだが、途中から平塚先生の婚活の愚痴ばかり聞かされるという)テクテク
八幡(マジで誰かあの人もらってやれよ。幸せそうな平塚先生が見たいです)テクテク
八幡(にしても、今日は久しぶりに結構飲んだな……。若干目まいがする)テクテク
???「……くん……きたにくん」
八幡(幻聴まで聞こえる…これは明日二日酔い確定だな。一色との駅での待ち合わせ時間までに起きれるといいが)テクテク
???「…ひきたにくん……比企谷くん」
八幡(幻聴にしてはやけにはっきり聴こえるな。つうかこの声…まさか)ピタ
雪乃「やっぱり、比企谷くん。やっと気づいてくれたわね。……久しぶり、ね」
八幡「………お前、雪ノ下、か?」
雪乃「別の誰かに見える?」
八幡「…いや。久しぶり、だな」
雪乃「ええ。びっくりしたわ。由比ヶ浜さんと二人でお酒を飲みに来てて、さっき別れたところだったんだけれど」
八幡「由比ヶ浜……懐かしいな。お前ら、今でも仲いいんだな」
雪乃「誰かさんのおかげで、ね」
雪乃(あなたが、逃げたから。逃げて、くれたから)
八幡「……なんのことだよ」
雪乃「いいえ、それよりあなたはなんでここに?遠くの大学に行ったでしょう」
八幡「ちょっと、帰省中でな。さっきまで平塚先生と飲んでたんだ」
雪乃「そう……」
八幡「ああ。まあ、明日にはまたあっちに戻るんだが」
雪乃「………」
八幡「……じゃあ、またな。……元気でな」
雪乃「ええ。……あなたも、元気で」
テクテク、テクテク、テクテク…
ピタ
雪乃「あの。……もう少しだけ、話をしない?」
八幡「………」
雪乃「もう少しだけ、話をしたいの」
八幡「……分かった。もう少しだけ、な」
―――繁華街外れのとあるバー
八幡「じゃあ、乾杯」
雪乃「……乾杯」
八幡「ふう……うまいな。お前、バーとかよく来るのか?」
雪乃「たまに、由比ヶ浜さんと二人で来るぐらいよ」
八幡「そうか。………悪い、一服させてもらっていいか?」
雪乃「ええ。どうぞ」
八幡「………」カチ、シュボ、スパー
八幡「ふー……」スパー
雪乃「煙草、吸うようになったのね」
八幡「ああ。意外と性に合っていたらしい」
雪乃「そう。意外ね」
八幡「小町には怒られたけどな」
雪乃「でしょうね。似合ってないわよ、全然」クスクス
八幡「……あっそ。変わんねえな、毒舌」
八幡(あるいは、やっと取り戻したのかもしれないが)
八幡(また、そんなふうにほほ笑むことができるようになったんだな、雪ノ下。……やっぱり流石だな、由比ヶ浜)
八幡(きっとあのまま俺が近くにいたら、見ることのできなかった表情)
八幡(俺が遠くへ逃げたかいも、少しはあったのかもしれないと思える。悪くない)
雪乃「………」
雪乃(あなたが、逃げたから。遠くへ行くことを決めたから)
雪乃(私は、あなたとの距離を埋める努力を諦めた)
雪乃(そして、由比ヶ浜さんという生涯無二の親友を手に入れた)
八幡「………」スパー
八幡(俺は怖かった。奉仕部の中で、二人と一人になることが。そうなることで、雪ノ下か、由比ヶ浜か、どちらかが酷く傷つくことが)
八幡(だから俺は、俺を独りにした。そうすれば、彼女たちの友情は壊れないことを知っていたからだ)
八幡(一度でも二人と一人になったら、もう三人には戻れない)
八幡(きっとそれを、俺と雪ノ下は分かっていた。だから俺は、一番良い『二人と一人』を選択した)
雪乃「………」
雪乃(あなたは私たち二人の好意を、受け入れることは絶対にしないと分かっていたから。遠くの大学を志望していると知った時に、それが分かってしまったから)
雪乃(だから卒業間近の頃、由比ヶ浜さんの告白を断ったと知ったとき、胸が張り裂けそうだった)
雪乃(あなたはそのまま、由比ヶ浜さんと二人になることができたのに)
雪乃(一人になるのは、私でよかったのに。あなたじゃなくて、私が一人になればよかったのに)
雪乃(高校を卒業したばかりの頃は、そんなことばかり考えていたけど)
雪乃(由比ヶ浜さんと一緒に、遊んだり、笑ったり、泣いたりしているうちに)
雪乃(こんな素敵な親友が、そばにいることに気づけたときに)
雪乃(やっと、素直に思えるようになったの。比企谷くんに)
雪乃「ありがとうって」
八幡「ん?」
雪乃「ありがとうって、あなたにずっと言いたかった」
八幡(そう言った雪ノ下は、静かに涙を流していた)
八幡(初めて見た、雪ノ下の泣いてる姿は)
八幡(その綺麗な顔を歪めて泣いている彼女の心は、やっぱりどうしようもなく美しくて)
八幡「………いいから。泣きやめよ」
八幡(きっと、恋ではなかったけれど。そんな雪ノ下の心に、俺はずっと憧れていたんだ)
―――数十分後
八幡「落ち着いたか」
雪乃「ええ……。見苦しいところを、見せたわね」
八幡「別に。気にするな」
雪乃「……そろそろ、私は帰らなけばいけない時間なのだけれど、あなたは?」
八幡「俺はもう少しだけ飲んでいく」
雪乃「そう」
八幡「ああ。……なあ、雪ノ下。最後に一つだけ聞いてほしい」
雪乃「…なにかしら」
八幡「俺な。………俺、彼女ができた」
雪乃「……そう」
八幡「ああ……」
雪乃「おめでとう、比企谷くん」
八幡「え?」
雪乃「おめでとう。……本当に、嬉しいわ。心の底から。おめでとう、比企谷くん」
雪乃(あなたをそういう暖かい雰囲気の人間に変えてくれたのは、きっとその人なのね。……さようなら、比企谷くん)
雪乃(どうか、あなたがそのまま幸せになりますように)
八幡(雪ノ下は最後に、今まで一度も見せたことがないような満開の笑顔を見せた)
八幡(そしてお代を置くと、店から出て行った)
八幡「さようなら、雪ノ下。……元気で」
八幡(今になって俺は、やっと総武高校奉仕部を抜けたような気がした)
八幡(そして俺は、一つの決心をする)
―――次の日、駅にて
小町「じゃあ一色先輩、お兄ちゃん、またね。お兄ちゃんはもっとマメに近況報告すること!一色先輩はまたいつでも遊びに来てくださいね、なんならお兄ちゃんなしでも!」
八幡「おい」
いろは「うん、次来るときはそうするね~」
八幡「……おい」
いろは「小町ちゃんも、いつでも私たちの方に遊びに来てねー。待ってるよー」
小町「はい!ぜひぜひ!」
八幡「……そこらへんでいいだろ。もう新幹線出るぞ」
いろは「はーい。じゃあ小町ちゃん、またねー」
八幡「小町、またな」
小町「ばいばーい」
―――新幹線内にて
八幡「どうだった、俺の実家は」
いろは「すごい楽しかったです。また行きたいですねー」
八幡「そうか」
いろは「はい。……ねーせんぱい、手、つないでください」
八幡「…はいよ」
いろは「せんぱいの手、好きです。料理してる時とか、煙草持ってる時とか。……あと、私の体さわってる時も」ボソッ
八幡「おい、どさくさに紛れて何言ってんだエロ後輩」
いろは「あは、ちょっとえっちい気分になりました?トイレ行って口でしてあげましょうか~?」
八幡「アホか。したら通報されるぞ、俺が」
いろは「冗談ですよ~。……ただ、なんとなく思ったんですよー。せんぱいのこと好きだなーって。せんぱーい。すきすきー。せんぱいはー?」
八幡「はいはい、俺もすきすき」
いろは「うわー適当だなー。……でも本当、先輩の実家、すごく居心地良かったです。家族になりたいくらい」
八幡(……これは、やっぱそういう意味だよな。誤解の余地がない)
八幡(いや、誤解とかなんとかそういう話ではない。何故なら、俺はこいつとずっと一緒にいたいって。そう思っているんだから)
八幡「……一色。帰ってからちょっと話があるんだが」
いろは「えーなんですかー。プロポーズですかー?」
八幡「………」
いろは「あは、冗談ですよ~」
八幡(一瞬心臓が口から出るかと思った。……だが、本当にそうだとは一色は予想してないだろう)
八幡(さて、なんて言って切り出したらこいつは驚くだろうか)
―――エピローグ
いろは「娘ちゃーん。なーに見てるのー?」ダキッ
娘「きゃっ。もー、母さん。びっくりさせないでよ」
いろは「あはは、ごめんねー。……ああ、私と旦那さんのアルバム見てたんだあ」
娘「うん。押入れから出てきたから。二人とも若いねー」
いろは「まあ十五年くらい前の写真だしね~これ」
娘「へー……うわ、この父さん煙草吸ってる。娘的にポイント低い」
いろは「昔は吸ってたんだよー。似合ってたなあ」
娘「子供の前で堂々とのろける母さんも娘的にポイント低い。……煙草、なんでやめたの?」
いろは「んー聞いてはないけど、娘ちゃん妊娠したって伝えたときからやめたから、それが理由かもね」
娘「へー。……それはちょっと娘的にポイント高い」
いろは「でしょ」クス
いろは「あ、これ結婚式の時の写真だー」
娘「へー。……ねえ、もしかしてこのボロボロに泣いてる人、父さん?」
いろは「そうだよー」
娘「父さんの泣いてるところ初めて見た…。なんで泣いてるの?」
いろは「んー。たしか、小町ちゃんがメッセージ読んでる時だったかな~」
娘「小町おばちゃん!へーそうなんだ」
いろは「小町ちゃんも泣いてたなーこの時。懐かしいなあ」
娘「……ところで、父さんってなんで母さんを好きになったの?ねえ父さん」
八幡「ばれてたか」
いろは「わ、なんで隠れてたんですか」
八幡「娘と嫁が俺のいないところでどんな会話してるのかと思ってな」
いろは「旦那さんすきすきーって話をだいたい私がしてますよ?」
八幡「はいはい、そりゃどうも」
娘「娘の前でそういう会話をしないでほしいな……」
娘「それで、なんでかって聞かせてよ」
いろは「私も知りたいな~」
八幡「……言わん。それよりいろは、今日はカレーが食べたい」
いろは「えー、教えてくださいよー。……もう、カレーですね。娘ちゃん、買いものいこー」
娘「はーい。アイス買ってね、ハーゲンダッツ」
いろは「はいはい、じゃあ旦那さん。行ってきます」ニコ
八幡「おう」
八幡(なんで好きになったのかって。そんなの分からん)
八幡(だが、そう聞かれるたびに頭に浮かぶのは、結局いつも同じだ)
いろは『せーんぱい』
八幡(あいつが俺に向けてくれる、笑顔)
八幡(つまり、それが答えってやつなんだろう)
終
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