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雪乃「にゃ、にゃっはろー!ゆっきーだよ……」【俺ガイルss/アニメss】

 

八幡「由比ヶ浜と雪ノ下が生主してる?」

 

八幡「由比ヶ浜と雪ノ下がか?なんの冗談だよ」

 

材木座「いやいや冗談ではないぞ八幡!ちゃんとこの通り証拠画像もある!」

 

八幡「あぁ?なんだこれ?」

 

材木座「放送画面の顔キャプ画像だ!よく見てみろ!どう見てもあの二人だぞ八幡!」

 

指紋がべったりと付いたスマホの画面。

 

写っている画像を見ると二人の女性が満面の笑みで写っている。

 

ただし画質も悪い上に両者共マスクを被っており、目元だけが笑っているせいか正直不気味だ。

 

言われれば確かに二人の顔に見えなくもないがこれだけではわからん。

 

そんなやり取りをしていると横から愛しの天使が舞い降りてきた。

 

戸塚「おはよう八幡♪材木座君も!」

 

材木座「おおお! 戸塚氏!今日もご機嫌麗しゅう!」

 

八幡「おう、おはよう戸塚」

 

考えたら戸塚とか写真写り良いしこういうのは見栄えするだろうな。

 

見た目は勿論声のトーンや仕草なんて知らない人間からすれば女性にしか見えないしな。

 

戸塚の可愛さがネット上を駆け巡るとかすげぇな……いややっぱだめだ。戸塚には一生俺の天使でいて欲しい。

 

…ってこれは自分でも気持ち悪ぃ……生きててすみません。あれ?雪ノ下のせいで自虐スキルが跳ね上がったんじゃないか俺?

 

戸塚「なんの話してるのー?」

 

材木座「よくぞ聞いて下さった!戸塚氏はネットで流行りの『ぬこぬこ動画』なるものを知っておりますかな?」

 

戸塚「うーん僕ってインターネットとか疎くて……名前くらいなら聞いたことあるんだけど」

 

知らなくてごめん、と言って首をかしげる戸塚に材木座は得意げに説明をする。なんか戸塚との癒しの一時を材木座に盗られたような気がする。このデブには後で呪いでもかけておこう

 

 

材木座の話をまとめるとこうだ。

 

ぬこぬこ動画というのは俺が例の事故、つまり俺達が高校一年の時に出来た所謂動画共有サイトだ。

主に一般人の飼っているペットの動画が扱われており、中でも人気は動画数、閲覧数ともにトップジャンルの猫である。

 

単に娯楽としてだけではなく、飼い主のいないペットの里親を探すためのコミュニティ機能、

 

月額500円払うプレミアム会員になれば大手通販のペット商品を割引してもらえたり、全国の動物病院の情報を詳しく教えてくれるサービスを受けることが出来るなど

 

今では全国500万人が会員となっており、ネットにとどまらず社会的ブーム真っ最中なコンテンツなのだ。

 

そして今年の4月になって『ぬこぬこ動画』が新しく解放したサービスが『ぬこぬこ生放送』である。

 

パソコンのカメラやマイクを使ってそれぞれの自慢のペットと飼い主の様子を生中継で発信するというもので、別にペットを飼っていなくとも会員にさえ入っていれば自由に放送は出来るらしい。俺からすれば自分の生活環境を全国に知らしめるなんて正気とは思えないが。

 

そしてサービス開始早々今話題になっている生放送ユーザーというのが先程の画像の二人。

 

戸塚「『にゃんこスキスキクラブ』っていうんだねこの人たち。可愛いね♪」

なんだその池袋か秋葉原のイメクラ風俗にありそうな名前は。

 

いやまて……戸塚に風俗……アリじゃないか!?

 

材木座「うむ!まるで風俗みたいな名前だがな!」

 

……イヤ、戸塚が俺以外の男に抱かれてるなんて想像しただけで即人生やめる自信がある。俺と結ばれるまでは是非とも綺麗な体のままでいてもらおう。

 

戸塚「でもやっぱりあの二人かどうかはこの画像だけじゃわからないかなぁ。一緒にいる八幡もわからないんでしょ?」

 

八幡「普段そこまで顔を細かく見てるわけじゃないからな」

 

女子は少し化粧したりカメラの感度を変えるだけでも違って見えるらしいからな。10数年一緒にいる小町ならまだしも、少し目が合っただけで罵倒してくる氷の女王や必要以外は特に会話もしないビッチが相手では判別は難しい。

 

戸塚「でも八幡だったら僕すぐわかるよ!」

 

へ?なんで?

 

戸塚「八幡の目ってほら、特徴的だから」

 

八幡「おうふ……戸塚ぁお前まで俺のトラウマを…」ウルウル

 

戸塚「ご、ごめん!違うんだよ!?僕、八幡の目も髪も口も性格も全部好きだから!」

 

だから泣かないでと困り顔で心配してフォローする戸塚。

 

ああん戸塚ぁああああああん♪

 

材木座「オホンッ。そこでだ。今日我は改めてこの二人の正体を確認したいと思う!奉仕部とも交流のある二人の協力を願いたい!」

 

八幡「知らん。お前ひとりでやれ」

 

戸塚「うーん気にはなるけど、僕パソコン持ってないから……」

 

材木座「それなら心配ご無用!我の家でやる!PCに関しては万全よ」

 

八幡「なっ!? お前戸塚を家に連れ込む気か!?」

 

親の敵のように容赦なく材木座の眼鏡に指紋を張り付ける俺。

 

材木座「や、やめて、ペタペタはやめて! 違う! ついでに健全なお泊り回でもどうかと」

 

八幡「よりにもよって泊まり込みだと!?いい度胸だ。通報してやる」

 

ぎゃぁあっと叫ぶ材木座を前にスマホを耳に当てるポーズをとる。

 

戸塚「いいじゃん八幡!お泊り回ッ!僕また八幡とお泊りしたいなぁ♪」

 

なん……だと……。

 

戸塚「はちまん? ダメ?」

 

上目づかいに俺の目を見る戸塚。もうあれだ。戸塚とだったら毎日でも我が家にお泊りさせたい。

 

八幡「う……むむむ……」

 

正直あの画像の二人が雪ノ下や由比ヶ浜だったとしても心底どうでもいいのだが。

 

このチャンスを無にするほど俺の理性は化け物ではない。

 

結局天使の誘惑には勝てず、家で優雅にゴロゴロする筈だった休日は材木座の家でのお泊り回となった。

 

材木座め…本当はこっちの方が狙いだったんじゃないだろうな?

 

………

……

 

~奉仕部部室~

 

場所も時間も変わって放課後の部活動。

 

雪乃「……」ペラッ

 

八幡「……」ペラッ

 

結衣「……」ポチポチポチ

 

読書をしながら紅茶を飲む雪ノ下。

 

スマホを弄りながら一喜一憂している由比ヶ浜。なにやってんだ?ゲームか?

 

見たところいつも通りの奉仕部である。やっぱりアイツの勘違いじゃないか?

 

雪ノ下は確かに猫好きでパソコンにも強いが、自らネット配信して世間に晒すなんて柄じゃない。

 

由比ヶ浜はそういうのは好きそうだが、そもそも二人で活動していなければあの画像は成立しないわけで。

 

まぁ本命は戸塚とのお泊り回だから別にいいのだが。

 

雪乃「……」チラッ

 

結衣「……」コクリッ

 

雪乃「ふぅ……少し早いけど今日はこの辺にしましょ」

 

八幡「なんか用事でもあんのか?」

 

雪乃「あら?女子のプライベートを聞き出そうだなんて、まるで人間の雄のような事するのね両生ヶ谷君」

 

八幡「人間だよ……あと雄っていうな雄って!ちょっと気になって聞いただけじゃねぇか」

 

雪乃「少しその……家の用事があるのよ」

 

八幡「へぇー……」

 

雪乃「……なにかしら魚ヶ谷君?」

 

八幡「退化しちゃったじゃねぇか……。お前家とか忙しそうだけど休日何してんの?」

 

雪乃「特に変わったことはしてないわ。勉強して食事して少し由比ヶ浜さんとメールのやりとりして。それくらいよ」

 

八幡「随分仲良いんだな」

 

雪乃「あら?それは男の嫉妬かしら。見苦しいわよ?」

 

結衣「……」ボー

 

八幡「おい」

 

結衣「ふええええええ!? なに!? なに!?」

 

動揺しすぎだろこいつ。なんか妙に静かだし……もう少し食いついてみるか。

 

八幡「二人はあれか。休日とか一緒に遊んだりしてるのか?」

結衣「え……あぁ~……うーんっと」

 

雪乃「ショッピングしたりね」

 

八幡「え?」

 

雪乃「ショッピングよ」ジロッ

 

八幡「そ、そうか。お前無駄金使うの嫌いなイメージだったが」

 

雪乃「ショッピングを無駄金って……あなたの甲斐性の無さが伺える言い方ね」

 

結衣「そ、そうだよヒッキー!そんな事ばっか言ってるからモテないんだよ!」

 

八幡「馬鹿お前。俺が本気でモテちゃったら凄いからな?全盛期のタッキー並だから」

 

結衣「ビミョーに古いよヒッキー……」

 

雪乃「は、話はそれだけかしら?」

 

八幡「ん?ああ。ただの気紛れだから。じゃお先」

 

結衣「あ!今のヒッキーとタッキーをかけてたんだ!ヒッキーうまぁーい」

 

遅ぇよ!にしても由比ヶ浜の奴なんか隠してやがるな……。まぁいいか。どうせ分かるのは明日だしな。

 

それよりも戸塚と戸塚とお泊り回ぃ~♪

 

八幡「♪~」

 

結衣「な、なんかヒッキー機嫌よさそうだったね」

 

雪乃「そうね。あの男も何考えてるかわからないけど。それよりも……」

 

………

……

 

お泊り回当日

材木座

 

八幡「そういやなんで今日放送があるってわかるんだ?別に時間決まっているわけじゃないんだろ?」

 

材木座「彼女たちはもの瞬間リスナー数1000人を超えるすっごい人気者でな!放送をどの時間帯でも予約する事が出来るのだよ。そして今日まさにその放送日というわけだ!うむ」

 

戸塚「へぇ~そんなに凄いんだね~由比ヶ浜さん達!」

 

八幡「まだあいつらって決まったわけじゃないだろ。っていうか普通に人違いじゃね」

 

俺と戸塚は昼過ぎ頃に材木座の家に到着し、適当にゲームやら雑談をしながら過ごしている

 

ちなみに昼飯は戸塚とサイゼで済ませた。後でそこは自分も誘う流れだろうと材木座が泣きつかれた。うるせぇ……。

 

夕飯は適当に近くのラーメン屋にでも行こうという算段だったが、一日泊めて頂く訳なのだからと戸塚が手料理を振る舞ってくれた。

 

俺も専業主夫目指してる身ということもあって手伝った。

 

戸塚を横目で見てるとジャージエプロンというのもアリだなと割と本気で思う。俺の理性がなければ思わず後ろから抱きしめてたな。

 

メニューはハヤシライスだった。そして手伝うと息巻いてた材木座は邪魔にしかならなかった。まぁわかってたけど。

 

そして時刻は午後8時30分。例の放送は9時からスタートとの事なのでとりあえずトランプして暇をつぶしている俺達。

 

材木座「むむむ、我のレーダーによると今日はスペシャルゲストがいるそうだぞ!」

 

八幡「Twitterな。わざわざ報告するなんてまぁご苦労なこって」

 

戸塚「なんかちょっとドキドキしてきたかも」

 

八幡「っていうか、考えたら材木座。お前だってあいつらの顔は知ってるだろう?お前にその二人の正体が分からなくて俺に分かる根拠はなんだよ」

 

材木座「ふっふっふっふ……とうとう聞いてくれたかはちm……あ、ババが残っちゃった……。コホン。お主にはタイミングを見計らって雪ノ下雪乃由比ヶ浜結衣に携帯から電話をかけて欲しいのだ。それで向こうの反応をこちらから見るというわけだ」

 

戸塚「そっか……!もし反応があればそれは雪ノ下さんだということになるよね。材木座君頭いいね!」

 

材木座「ふはははははは!この剣豪将軍義輝の策略……思い知るがいい氷の女王ぉおおおおおお!!」

 

戸塚「わーい♪」パチパチパチ

 

八幡「そんな上手くいくかねぇ……」

 

っていうかあいつらに俺から連絡なんてしたことあったっけ……? かろうじて番号は以前登録したけどよ。

 

あ、着信拒否になってたらどうすっかな……まぁ戸塚に慰めてもらおう。材木座にはボディブロー食らわしてやろう。

 

ババ抜き終わった後は三人で皿洗いをした。慣れていないのか、おっかなびっくり皿を拭く剣豪将軍は中々にシュールなものであった。

 

………

……

 

材木座「さぁ諸君!! そろそろ始まるぞぉ!」

八幡「うるせぇぞ材木座。近所迷惑だろーが」

 

戸塚「なんか修学旅行の続きしてるみたいだねー」

 

異様にスペックの高そうなPCのデスクトップには例のぬこぬこ動画の生放送視聴画面が開かれており、そこには『放送準備中』という文字と左から右へとおびただしい量のコメントが流れている。

 

『キターーーーー』

 

『wktkwktk』

 

『わこー』

 

『ゆっきー!!!!』

 

放送開始1分前だというのに100を超えるコメントとネット特有のノリにビビる俺。ん?ゆっきー?

 

材木座「ゆっきーはこの画像の黒髪の方の子だな。んで左に映ってる方がゆいにゃん

 

八幡「……」

 

いやな予感がする……。

 

戸塚「あ、映ったよ!」

 

戸塚の声に反応して画面を除く。あまり見たくねぇ……俺の本能がそう告げている。

 

画面にはまだ人の姿は見えない。

 

大量の本が並んでいる書棚。部屋の隅には質素な一人用ベッドにだらしなく放置してある毛布。手前には恐らくマイクであろう装置と収録用のポップガード。映っているのはそれくらいだ。

 

戸塚「なんか……想像してたのと違うね」

 

材木座「むむむ~??いつもの部屋ではないではないか」

 

戸塚「模様替えした……とか?」

 

っていうかこの部屋って……

 

八幡「…俺の…部屋だ……」

 

二人「「ええええええ!?」」

 

???「「「にゃっはろぉおおおおおおお」」」

そこへ突然画面の中に3人の女性が出てくる。ついでに画面も「にゃっはろー」とのコメントで埋め尽くされる

 

???「にゃっはろー!みーんなのアイドルぅ~ゆいにゃんだよ~♪」

 

思わず解体してしまいそうな挨拶をしたのがゆいにゃんという子らしい……。

 

???「にゃ、にゃっはろー!ゆっきーだよ……おかえりお兄ちゃん」

 

なんか凄いおどおどした感じで登場したのがゆっきーという子か。いやこれはもう……。いやまだ二人ともマスクをしている……。俺の想像していることは杞憂に違いない。そうに違いない。

 

そう思ってた所。

 

???「にゃっはろー!小町でぇ~~~~~す」

 

小町ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?!?

 

八幡「え?なんで小町映ってるの?じゃあここ俺の部屋だよね?ってことはこの二人も雪ノ下と由比ヶ浜だよね?あいつら3人で何してくれちゃってんの!?っていうか小町お前なにスッピンで出てきてんだよマスクか何かして名前も隠せよ!!あとここ俺の部屋だよね何してくれちゃってんのぉおおお!?」

 

八幡「こうしちゃおれん。今すぐあいつらを止めに行く!」

 

戸塚「は、八幡落ち着いて。今言っても八幡が映っちゃうかもしれないよ!?」

 

戸塚も戸塚で動揺を隠せていない。材木座はふむふむと興味深そうに視聴している。おい!呑気に見てる場合かこの野郎ッ

 

結衣「今日は皆さんに言っちゃいますのは~~~♪」

 

雪乃「えと……この部屋は」

 

小町「私達3人の好きな人の部屋なんでーーーす!」

 

結衣「今日は彼に内緒でここから配信してまーーす!」

 

コメントの勢いは止まる様子もなくつらつらと流れていく。

 

『それってヒッキーさんの事ですか!』

 

『ここあのヒッキーの部屋ぁああああああ!?』

 

『うおおおおおおおおヒッキーでてこーーーい!』

 

『3人は恋のライバルって事ですか!?』

 

『ゆっきー引くわー』

 

『ヒッキーさんの顔超見てぇww』

 

『ヒッキー部屋暴露されて涙目www』

 

八幡「いやぁあああああああああああああああああ殺して!!誰か俺を殺してくれぇえええええ!!」

戸塚「落ち着いて八幡!死んじゃだめだってば!」

 

材木座「これは……流石の我も引く……電話はどうする八幡よ?」

 

八幡「もう確認する必要すらねぇよ!もうモロばれだよ!小町なんか隠す気ゼロじゃねぇか!材木座てめぇ!わざわざ俺にこんなものを見せたかったのかぁああ!?」

 

材木座「ち、違う!我もまさかこんな暴挙に出るとは思わなんだッ」

 

八幡「じゃあこいつら普段何やってるんだよ!」

 

材木座「えと……主に恋愛相談を受けているらしいが」

 

八幡「恋愛相談だぁ…?」

 

結衣「そんなわけでぇ~この部屋にあるものを……」

 

八幡「おい何する気だ……」

 

小町「匂いを嗅いじゃいましょう!!!」

 

八幡「おいバカやめろぉお!!」

 

雪乃「じゃ、じゃあ私はこれで」

 

小町「あー!!ゆっきーズルいです!それヒッキーの枕じゃないですかぁ!」

 

結衣「じゃ、じゃあ私はこの毛布で」

 

小町「あ~結衣さんまでぇ。もぅいいですよー小町はとっておきのありますから」

 

雪乃・結衣「「ガタッ」」

 

小町「小町は~このパーカーを嗅いじゃいまーす!うふふふふやっぱ落ち着くなぁお兄ちゃんの匂い」

 

材木座「……」

 

八幡「てめぇこれのどこが恋愛相談なんだ!?ああ!?」

 

材木座「わ、我に言われても……く、苦しい」

 

戸塚「はちまん……パーカー……///」

 

材木座「で、でもよいではないか。皆お主の事羨ましがっておるぞ」

 

『やべぇへんたい過ぎるwww』

 

『いつにも増してあらぶってるw』

 

『誰か通報はよ』

 

『ダメだこいつら早く何とかしないと』

 

八幡「どこがだ!羨ましがるどころかむしろ憐れみすら感じるぞ!完全に俺の私物がさらし者じゃねぇか!」

結衣「二人とも、この毛布もいいよぉ。こうやって被るとね……ヒッキーに包まれてる感じが」ハァハァ

 

雪乃「ゆいにゃん知らないのね。枕には魂が宿ると言われているのよ。つまりこうして抱いているって事は私はヒッキーを……うぅ///」

 

『ヒッキーが帰ってくるかもしれませんよー?』

 

結衣「フフフフッ 今日ヒッキーはお泊り回だから大丈夫ッ! そしてこの日のためにパジャマまで買っちゃいましたー!」

 

小町「可愛いの選ぶのに苦労しましたもんね~♪」

 

八幡「……」カチャカチャグルグル

 

戸塚「八幡?」

 

八幡「止めるな戸塚。もうこうするしか俺が救われる道はない。今まで楽しかったぞ……愛してる。クッ」

 

戸塚「だ、ダメだよ!電気コードを輪っかにして何しようとしてるの!!材木座君も止めてってば!」

 

材木座「朗報……おにゃんこスキスキクラブは匂いフェチ……っと」

 

八幡「んなスレ立ててる場合かこの豚ぁ!!!」ドガァ

 

材木座「ほげぇ」

 

八幡「はぁはぁ……そうだよな戸塚。心配かけてすまん……死んでる場合じゃねぇ」

 

戸塚「どうするの?」

 

八幡「材木座。恋愛相談っていうのはどういう流れで受けているんだこいつらは」

 

材木座スカイプを使って通話をしながらリスナーの相談を受けているようだが……」

 

八幡「よし、それでいこう」

 

生憎マイクはないが、ちょうど材木座スマホにはスカイプがインストールされている。

現場に行けば俺が晒される危険がある。かといって電話したところでごまかされる可能性もある。

 

ならリスナーを装って直接コンタクトとるのが一番だ確実だ。とにかく一秒でも早く辞めさせたい。

 

結衣「それじゃぁいつもの恋愛相談いってみよー!IDは詳細説明で検索してね!」

 

二人「「おー!」」

 

IDは・・・・・・ここか。

 

よしッ コンタクト承認完了っと。

 

戸塚「だ、大丈夫かな?」

 

材木座「な、なぁ本当に止めるのか八幡よ?仮にこれで荒れでもしたら我のIDが晒されたりして特定されて恐ろしいことに……」

 

八幡「心配するな。戸塚の事なら全力で守る」

 

材木座「我の心配は!!??」

 

ポンポンポン ツーッ ツーッ(スカイプ発信音)

 

八幡「・・・・・・もしもし」

 

三人「「「はーい!」」」

 

八幡「いいかお前ら」

 

八幡「今から10分以内に今まで触れたもの全部元に戻して家から出ていけ」

 

八幡「あと俺は当分家に帰らねぇから」

 

八幡「以上」ピッ

 

3人「「「……え?」」」

 

………

……

 

小町「おにいちゃぁああん許してってばぁああああ」

八幡「うるさいぞ変態」

 

小町「もうあんな事しないから」

 

八幡「当たり前だ馬鹿たれ!」

 

小町「な、なんでもするから!お兄ちゃんの言う事なんでも聞くからぁ!あ、今のお兄ちゃん的には」

 

八幡「落第点だな」

 

雪乃「ひ、比企谷君!あなたは少し誤解しているわ!」

 

結衣「ダメだよゆきのん……ちゃんと謝ろうよ……」

 

雪乃「由比ヶ浜さん……ここは引いちゃ負けよ……。そ、そもそも貴方が悪いのよ。私たちの好意を見て見ぬフリして……これは普段の貴方の態度が原因であってその」

 

八幡「雪ノ下」

 

雪乃「な、なに?」

 

八幡「反省」

 

雪乃「はい……」

 

結衣「ヒッキー、本当にごめんなさい…許してくれる?」

 

戸塚「ねぇ八幡。そろそろ許してあげようよ……かわいそうだよ」

 

材木座「我の家の前で騒がれても困るのだが……あとお主ずっと泊まるつもりか?」

 

八幡「さーてね。あと戸塚、俺と一緒に新しく奉仕部を作ろうと思うんだがどうだ?」

 

戸塚「え、あ、うーんぼく一応テニス部の部長だし……」

 

八幡「なに。どうせ大体は俺がやるし、たまに手伝ってくれれば問題ない」

 

戸塚「あはは、じゃ、じゃあ入っちゃおうかな。今まで八幡と居れる時間少なかったし」

 

八幡「部室はここな」

 

材木座「いやだからここは我の家!!」

 

八幡「部室提供してくれたらお前も入れてやる」

 

材木座「なんと!?ううむ……それならば」

 

結衣「ちょちょちょ!?新しい奉仕部って何!?待ってよ!あたしたち捨てる気!?さいちゃんだけズルい!」

 

雪乃「ひ、比企谷君!!そんな事は許さないわよ!!」

 

小町「ヒック……おにいちゃーん顔を見せてよぉおお」

 

あぁまったく喧しいったら……。

 

やっぱりネット活動なんて碌なもんじゃねぇな。

 

小町はまぁ3日くらいで許すとして、後の二人はどうすっかな。

 

………

……

 

結局二人は俺からの許しを得る条件として、動画サイトのアカウント削除、及び俺の奉仕部退部の受理の二つを飲むことになった。事情を話した所平塚先生からも鉄拳が飛んでくることもなく、俺は悠々と奉仕部部室を去った。あんな変質者まがいの事をする連中とは付き合いきれん。

小町はしばらく元気がなかったというか、よそよそしい態度が続いてお互い気まずい期間があったが今ではすっかり以前の関係に戻りつつある。

 

新奉仕部設立は無論冗談で言ったことなのだが、どういうわけか雪ノ下雪乃を屈服させたという噂がヒレが多重連鎖して広まり、俺個人に依頼が来るようになってしまった。

 

そんな俺は戸塚と材木座で新奉仕部を設立。

 

材木座には新しくHPを作らせた上、普段客人のいなかった材木座の家に度々依頼人が相談に来るようになった。

 

考えたら元々部費も必要じゃなさそうな部活だしな。こうして身内間でも十分活動できるわけだ。

 

そして……。

 

戸塚「あ、八幡!また依頼のメール来てるよ!」

 

八幡「んー何々……あーまた恋愛相談かよ。材木座パス」

 

材木座「むぼおおん!? い、いや、八幡よ。確かに我は恋愛にかけては詩人バイロンにも劣らぬぐらいの腕前だがな、如何せんリアルだとその……だな」

 

八幡「メールだけで恋愛相談するような奴だ。本気ならここまで来るか、それとも自分で解決するさ。それよりもなんでこっちに生徒会の援軍要請が来るんだよ……これこそ旧奉仕部に頼めよ」

 

戸塚「今日葉山君から聞いたけど旧奉仕部なくなったらしいよ?」

 

八幡「へぇまじか」

 

もう知ったことではないが。

 

戸塚「あ、またメールだ」

 

八幡「ん~?」

 

件名:新奉仕部入部希望2名 由比ヶ浜結衣 雪ノ下雪乃

 

戸塚「あらら……」

 

八幡「受信メール消、去っと」

 

戸塚「いいのかな……」

 

八幡「いいさ。俺、案外この三人気に入ってんだわ」

 

ま、こんな青春も悪くねえよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

八幡「由比ヶ浜と雪ノ下が生主してる?」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430648349/


 

雪乃「私はずっと一人で暇だったのよ。 私に構いなさい」 八幡「子供かよ」【俺ガイルss/アニメss】

 

雪乃「人間というのは弱い生き物なのよ、ハッチー」

 

八幡「……いきなり何を語り出してるんだ? あと、ハッチーってひょっとして俺の事か?」

 

雪乃「平塚先生から聞いたわ。ハッチーの作文の事について」

 

八幡「ああ……。やっぱりハッチーって俺の事か……」

 

雪乃「そう。人間は確かに群れる生き物よ。そして、それは私たちが弱いからね。でも、弱さを受け入れて群れるのも大事だと私は思っているの」

 

八幡「……俺はそうは思わないが」

 

雪乃「ハッチー、反対意見を述べる時は手を上げてからにして」

 

八幡「お、おう……。こ、こうか?」サッ

 

雪乃「両手を上げて」

 

八幡「え」

 

雪乃「両手よ。早くして」

 

八幡「お、おう……」サッ

 

雪乃「動くな」サッ (銃を構える)

 

八幡「何がしたいんだ、お前」

 

雪乃「私はずっと一人で暇だったのよ。だから、私に構いなさいよ」

 

八幡「子供かよ」

 

雪乃「はい、これがあなたの銃よ。あなたの好きな本物だから気を付けてね」ポイッ

 

八幡「おい、ちょっ、待て! 投げて渡すな、って言うか、本物!?」

 

雪乃「しまったわ。思わず口が滑って。私とした事がつい本当の事を話してしまうだなんて偽物のモデルガンよ」

 

八幡「どっちなんだよ……」

 

雪乃「試しに撃ってみればわかるわ。まずはこうやって安全装置を外して」ガシャッ

 

八幡「おい、雪ノ下。……何で銃口を俺に向ける」

 

雪乃「ふふふっ。まさかこんなに簡単に罠にかかるだなんて、呆れた男ね。そう、これは姉さんの敵討ちなのよ! 覚悟しなさい!」サッ (拳銃を向ける)

 

八幡「……映画とか……結構好きなのか?」

 

雪乃「わりと好きね」コクッ

 

八幡「……そうか」

 

雪乃「ハチハチ。あなたはどう? 映画とか好きかしら?」

 

八幡「……別に嫌いではないな」

 

雪乃「そんな事はとうの昔に知っているわよ」

 

八幡「え」

 

雪乃「あなたが毎週欠かさず金曜ロードショーを見ている事なんて、私にはお見通しなの」

 

八幡「いや、結構まちまちだぞ」

 

雪乃「ハッチー、残念ね。あなたは空気を読むという事すら出来ないのかしら?」

 

八幡「俺もう帰っていいか?」

 

雪乃「ごめんなさい、まだ帰らないで。退屈なの」

 

八幡「……なら、残るが」

 

雪乃「ふふふっ。それなら二人で一足早いクリスマスパーティーと洒落こみましょうか。奴らにはこの特製クリスマスプレゼントをお見舞いしてやらないとね」ピンッ (手榴弾のピンを抜く)

 

八幡「……楽しいか、雪ノ下?」

 

雪乃「結構」コクッ

 

八幡「……そうか。良かったな」

 

ガラッ

 

結衣「やっはろー! 遅れてごめんねー、ヒッキー、ゆきのん!」

 

八幡「お、おう……」

 

雪乃「あら、ようやく来たのね、由比ヶ浜さん。残念だけど、あなたの席はもうないわよ」

 

結衣「え? あ、そういえば、椅子が一つもないし!」

 

八幡「本当だな……いつの間に」

 

雪乃「ふふっ。さあ、由比ヶ浜さん、選びなさい。床に這いつくばるか、それとも私の膝の上に座るか」ポンポン

 

結衣「え……?」

 

八幡「は……?」

 

雪乃「え、選びなさい……。床に這いつくばるか……私の膝の上に座……」

 

結衣「…………」

 

八幡「…………」

 

雪乃「……ご、ごめんなさい。私が床に這いつくばるわ。だから……」

 

結衣「わ、私、椅子取ってくるね、ヒッキー……」

 

八幡「おう……」

 

雪乃「ま、待って! せめて私が行くわ……! だから二人とも残念な目で見ないで……!」

 

結衣「ゆきのん、なんか涙目で出ていっちゃったね……」

 

八幡「ちょっと可哀想な事をしたな……。何でお前、膝の上に座ってやらなかったんだ……?」

 

結衣「え、だって、いきなりだったし……。て言うか、普通、無理じゃない? ヒッキーだったら乗れた?」

 

八幡「……すまん、俺が悪かった。こんな場所でいきなりは無理だ」

 

結衣「それにしても、最近、ゆきのん、楽しそうだよね」

 

八幡「空回りしてる感は半端ないけどな」

 

結衣「なんか心境の変化とかあったのかな。ヒッキー、心当たりとかない?」

 

八幡「……特には。あ、いや待てよ、そういえば……」

 

結衣「そういえば?」

 

八幡「この前、雪ノ下の家に遊びに行ったんだが、多分、その時から変わったような気がする」

 

結衣「!?」

 

結衣「ちょっとヒッキー、それ初耳だし! いつ行ったの!?」

 

八幡「この前はこの前だぞ。一週間ぐらい前か。そこで雪ノ下とトランプをして帰ってきた」

 

結衣「トランプ!?」

 

八幡「二人で話していたら、いつのまにか流れでな。それで延々四時間ずっとトランプを」

 

結衣「……本当にそれだけ?」

 

八幡「ああ、おかげで翌日は腰が痛かったな」

 

結衣「そっか……良かった。トランプなんだ」ホッ

 

八幡「雪ノ下も最後らへんは声が枯れてたし、とにかく凄かったぞ」

 

結衣「白熱したんだねー」

 

コンコン、ガラッ

 

雪乃「お待たせしたわね。椅子を持ってきたわ。さ、由比ヶ浜さん、座って」ドンッ

 

結衣「わ、ゆきのん、ありがとー。ふっかふっかだね」ポフッ、ポフッ

 

八幡「おい、雪ノ下、ちょっと待て。何かおかしい」

 

雪乃「え? 私にどういった粗相が?」

 

結衣「って、これ、ソファーじゃん!? ゆきのん!」

 

雪乃「え、ええ……ソファーだけど? 一番いい椅子を持って来ようと思って」

 

八幡「……どこから持ってきたんだ?」

 

雪乃「確かプレートには校長室と書いてあったわね」

 

結衣「って、これ、ソファーじゃん!? ゆきのーん!」

 

雪乃「しまったわ。私とした事が椅子とソファーを間違えるだなんて……! 一生の不覚ね……!」

 

八幡「とにかく、このままだと俺達が泥棒扱いされるぞ。何とかしないと」

 

コンコン

 

静「おい、奉仕部の連中。いるか?」

 

結衣「いきなりピンチだし!」

 

結衣「まずいよ、ヒッキー! どうするの!?」

 

八幡「わかった。ここは俺が犠牲になって時間を稼ぐ。その間に二人はソファーを何とかしてくれ」

 

雪乃「由比ヶ浜さん、とりあえずソファーに座るわよ」

 

結衣「ふかふかだし!」ポフッ、ポフッ

 

八幡「平塚先生、奉仕部は今、誰もいませんから速やかにお帰り下さい」

 

静「お前ら……。さっきから丸聞こえだというのがどうしてわからない……」

 

静「とにかく入るからな」ガラッ

 

八幡「せやっ!」ピシャンッ!!

 

静「ぐはあっ!! 指が!!」ゴロゴロ

 

 

八幡「おい、あまり長くはもたないぞ! 今の内にどうにかしてくれ!」

 

雪乃「こうなったら最終手段ね。由比ヶ浜さん、ソファーを外に投げて証拠隠滅をはかるわよ!」サッ

 

結衣「オッケー、ゆきのん! こっちは準備オッケーだよ!」サッ

 

雪乃「それじゃ行くわよ!」

 

結衣「せーの! ふんっ!」ブンッ!!

 

雪乃「ぴゅーーーーーーーーーん!!」

 

結衣「ゆきのーん!」

 

 

― 翌日 ―

 

 

八幡「それにしても、昨日は雪ノ下が窓の外へ飛んでいったおかげで色々とうやむやになって、どうにか誤魔化せたな」

 

結衣「うやむやとか、なんか語呂がいいし」

 

八幡「まあ、元は雪ノ下がソファーをパクってくるから悪いんだが」

 

結衣「うやむやとかなんか語呂がいいし」

 

八幡「それにしても、雪ノ下は相変わらず不死身だよな。車に轢かれただけで入院する俺とは大違いだ」

 

結衣「うやむやとかなんか語呂がいいし」

 

八幡「人の話を聞けよ」

 

結衣「それはこっちのセリフだよ、ヒッキー! さっきから無視ばっかして!」プンスコ

 

八幡「お、おう……? わ、悪かった」

 

ガラッ

 

八幡「うーす」

 

結衣「やっはろー、ゆきのん!」

 

雪乃「あら、こんにちは。はちぴょんにユイユイ。今、お茶でも入れるわね」

 

八幡「はちぴょんは流石にやめてくれ。照れるだろ」

 

結衣「私はユイユイとか気に入ったよ、ゆきのん!」

 

雪乃「気に入ってもらえて嬉しいわ。それに比べてハッチンときたら」

 

八幡「ハッチンもかなりきついな……」

 

雪乃「なら、あなたはどんな呼び方が望みだと言うの? 呼び方次第では叶えてあげるわ」

 

八幡「普通に、八幡で頼む」

 

雪乃「わかったわ。ダーリンね」

 

結衣「え」

 

結衣「ね、ねぇ、ヒッキー、ゆきのん。八幡にダーリンって呼び方おかしくない?」

 

八幡「そうか?」

 

雪乃「そうは思わないけれど……」

 

結衣「だ、だって、二人とも付き合ってもないのに、そんな呼び方とかやっぱり変だよ」

 

八幡「なら、由比ヶ浜はどんな呼び方だったらおかしくないと思うんだ?」

 

結衣「どんなって……無理に変えなくても、いつもの呼び方でいいと思うし」

 

雪乃「つまり、ダーリンね」

 

八幡「つまり、ユキユキだな」

 

結衣「え」

 

雪乃「ところでダーリン、明日の休み、私はとても暇をもて余しているのよ」

 

八幡「なら、明日は映画でも見に行くか。昨日、少し話をしてたしな」

 

雪乃「そうね。それはとても楽しそうね」

 

結衣「ちょ、ちょっと待つし!」

 

雪乃「あら、由比ヶ浜さん、髪にポテトチップスのコンソメ味がついてるわよ」ヒョイ

 

結衣「え?」

 

八幡「おかしい。由比ヶ浜コンソメ味は絶対に食べないのに……」

 

結衣「ふ、普通に食べるし! ていうか、今はそんな話じゃなくて!」

 

雪乃「あら、由比ヶ浜さん、この黒い不気味なノートは何かしら? 人の名前が沢山書いてあるけれど」パラパラ

 

八幡「しかも隅にパラパラ漫画が書いてあるぞ」

 

結衣「だから、私、そんなノートなんか持ってないし!」

 

雪乃「由比ヶ浜さん、このノート。何枚か切り取られた跡があるんだけど、これは一体どういう事かしら?」

 

八幡「白状するなら今の内だぞ、由比ヶ浜

 

結衣「だから、違うってば! ていうか、二人とも誤魔化すなし! さっきの映画って何!?」

 

雪乃「明日、ダーリンと映画にでも行こうかという話よ。良かったらユイユイも一緒にどうかしら?」

 

結衣「え、わ、私も……!」

 

八幡「ガハガハも来たらいいと思うぞ。来るか?」

 

結衣「ちょ、ガハガハとかやめるし、ヒッキー!」

 

雪乃「ハマハマの方がいいそうよ、ダーリン」

 

八幡「そうか。やはりガハマンの方がいいか」

 

結衣「もうメチャクチャだし!」

 

雪乃「それじゃあ、来週の日曜日は三人でダブルデートという事になるわね」

 

結衣「デート!? しかもダブル!?」

 

八幡「俺と雪ノ下、雪ノ下と由比ヶ浜でダブルだな」

 

結衣「組み合わせ、おかしいし!」

 

雪乃「両手にマシンガンで羨ましいでしょう、ダーリン?」

 

八幡「持ちにくそうな上、間違いなく撃ちにくいな」

 

結衣「もう何の話だかわかんないし!」

 

結衣「と、とにかく、ヒッキー。来週の日曜日は三人で映画なんだね」

 

八幡「ああ、遅れて来るなよ。由比ヶ浜

 

結衣「わかってるし!」

 

雪乃「あと、待ち合わせはいつものところだから」

 

結衣「いつものとこね!」

 

八幡「後は何を見るかだな。今週は雪ノ下の好きそうなB級映画が目白押しだし」

 

雪乃「悩むところね」

 

結衣「って、いつものとこって、どこだし! ヒッキー! ゆきのーん!」

 

八幡「ああ、そういえば由比ヶ浜は初めてだったな。駅前のモールだ。そこで待ち合わせだから」

 

雪乃「ごめんなさい、言うのをすっかり忘れていたわ」

 

結衣「その前に、いつものでわかるってどういう事!? もしかして、二人で何回も映画に行ってるとか!?」

 

八幡「そうでもないぞ。映画は初めてだよな?」

 

雪乃「そうね、映画は初めてね」

 

結衣「そ、そっか……初めてなんだ」ホッ

 

八幡「ボーリングもこの前が初めてだったしな」

 

結衣「ヒッキー、ボーリングの話はストーップ!」

 

雪乃「今度はスキーとかも行ってみたいわね、ダーリン」

 

八幡「ディスティニーランドはもう飽きたしな」

 

結衣「一回で飽きるとか早過ぎない、ヒッキー?」

 

雪乃「さて、話もまとまった事だし、それなら悪いけど今日はもう先に帰らせてもらうわね」

 

結衣「あれ? なんかやけに早くない、ゆきのん?」

 

雪乃「ごめんなさい、元々、顔を見せるだけのつもりだったのよ」

 

八幡「何か用でもあるのか?」

 

雪乃「ええ。今日は夜に姉さんが家に来る予定なのよ。だから、今からその準備をしておかないといけなくて」

 

八幡「そうか。陽乃姉さんが来るなら仕方がないな」

 

雪乃「ええ、爆弾七個で足りるか心配でね」

 

結衣「ちょ、ちょっと待つし!」

 

雪乃「ごめんなさい、ユイユイ。名残惜しいのはわかるけど、私はもう行かなくてはいけないの」

 

八幡「ガハマン。淋しいのはわかるが、雪乃がああ言ってる事だし、少し我慢しようぜ」

 

結衣「ちがっ! ガハマンじゃ、え、雪乃って、ちょっ! ヒッキー!?」

 

雪乃「それじゃあね、ユイユイ。アディダス

 

八幡「グッドドラッグ」

 

結衣「ちょっ、待っ! ツッコミが追い付かないし! ていうか、ヒッキーまで待ってよ、二人とも!」

 

 

― そして翌日 ―

 

 

結衣「時間、聞き忘れたし……」ポツーン

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

雪乃「人間というのは弱い生き物なのよ、ハッチー」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446020378/


 

真冬 「私も....いつまでも逃げてはいられないかしら」【ぼく勉ss/アニメss】

 

………………年の瀬 真冬の家

 

 

『拝啓 真冬お姉様

 

 こちらはとても寒いです。日本も、とても寒いようですね。

 

 今週末には実家に帰ります。お姉様も帰ってくれると嬉しいです。

 

 ……もし無理そうなら、日本にいる間に、一度お姉様のおうちに伺います。

 

 それでは、風邪などに気をつけて、良い年をお迎えください。

 

 敬具

 

 美春』

 

 

真冬 「……わざわざ遠征先から手紙だなんて、まったく、マメな子ね」

 

真冬 「でも、ごめんなさい、美春。今年も実家へは帰れそうにないわ」

 

真冬 「なぜなら……」

 

グッチャアアアァアアアア

 

真冬 「この部屋の惨状をどうにかしなければならないから……!」

 

真冬 (二学期の成績処理や担任団と進路指導部のヘルプに入ったおかげで、)

 

真冬 (家に帰っても寝るだけという生活をしていたせいね)

 

真冬 (毎年のことではあるけれど、二学期の後半からこっち、)

 

真冬 (“どうせ大掃除をするのだからそのときでいい” なんて考えてしまうのが悪いのよ)

 

真冬 (……そして毎年毎年、結局、綺麗な部屋で年を越せた憶えがないわ)

 

真冬 (今年こそ、大掃除をやりとげなければ!!)

 

真冬 (……とりあえず、通販で買ったものを開封するところから始めようかしら)

 

真冬 (段ボールをまとめて捨てて、それから、部屋を片付けるだけのこと)

 

真冬 (大丈夫よ、真冬。ひとつずつこなしていけば、今日中にでも終わってしまうわ)

 

………………図書館

 

成幸 「……はー、今日は勉強はかどったな」 ホクホク

 

成幸 (今日は久々にひとりでゆっくり勉強できたし、まんぞくまんぞく……)

 

成幸 (午後からは家の大掃除の約束だからな。名残惜しいけど、急いで帰らないと)

 

成幸 「……ん?」

 

真冬 「………………」

 

成幸 (桐須先生? 真剣な顔して、何か本でも探してるのかな……?)

 

成幸 (……それにしても、桐須先生は知的に見えるから、図書館が似合うなぁ)

 

成幸 (ジャージにコートを羽織った装いじゃなければ、だけど……)

 

真冬 「……ん、あった」

 

成幸 (お、本、無事見つけられたみたいだ) ハッ (って、これじゃ俺、先生のストーカーみたいだ)

 

成幸 (挨拶だけして帰ろう)

 

真冬 「……届かないわね」

 

成幸 (ん? 近くにあった踏み台を持ってきて、置いて、乗って……)

 

成幸 (先生大丈夫かな。いや、さすがに踏み台に乗ったくらいで落ちたりしないよな……) ハラハラ

 

真冬 「む……これでもまだ足りないかしら。仕方ないわ」

 

ピョンピョン

 

成幸 (あっ、俺この先の展開読めた)

 

真冬 「あっ……」

 

グラッ……

 

成幸 「やっぱりドジって落ちるー!」

 

……ドサッ

 

真冬 「……あ、あれ? 痛くない……?」

 

真冬 (何か、やわらかいものが下に……?)

 

真冬 「!? ゆ、唯我くん!?」

 

成幸 「……間に合って良かったです。ケガしてないですか?」

 

真冬 「え、ええ。ケガはないけれど……きみは?」

 

成幸 「俺も大丈夫です。けど、とりあえず、上からどいてもらってもいいですか?」

 

真冬 「あ、ごめんなさい! すぐ降りるわ!」

 

真冬 「……大丈夫? 立てるかしら」 スッ

 

成幸 「あっ……すみません」 ギュッ

 

真冬 「でも、一体どうしてきみが私の下敷きに……?」

 

成幸 「あー、えっと……」

 

成幸 (……先生が踏み台に乗った時点で嫌な予感がしたから駆け寄りました!)

 

成幸 (なんて言ったら絶対怒るよなぁ……)

 

成幸 「本を探してたら偶然近くにいただけです」

 

真冬 「そう……? まぁ、何にせよ助かったわ。ありがとう」

 

成幸 「いえ……」

 

成幸 「ところで、どの本を取ろうとしてたんですか? 俺、取りますよ」

 

真冬 「本当? 助かるわ。えっと、一番上の列の……」

 

ハッ

 

真冬 「………………」

 

成幸 「……先生?」

 

成幸 (一番上の列って……あっ)

 

『年の瀬に最適! 片付け・掃除術コーナー!!』

 

成幸 (先生、また部屋を汚くしたのか……)

 

真冬 「……不覚。生徒にあんな棚の本を取ろうとしていたところを見られるなんて」

 

成幸 「い、いやいや、ああいう本を読んで基本を確認するのも大事ですよ」

 

成幸 「べつに恥ずかしい話ではないと思いますよ」

 

成幸 「っていうか、今まで散々部屋を片付けてきた俺に見られたところで何の問題が……?」

 

真冬 「へ、変なこと言わないでちょうだい。散々っていうのは言いすぎだわ」

 

成幸 「……あー、はい。すみません。……ってことで、どの本ですか? 取りますよ」

 

真冬 「……一番右の」

 

プクゥ

 

成幸 (またむくれて……。子どもみたいだ)

 

成幸 (えっと、一番上の列の、一番右の本は、と……)

 

『馬鹿でも猿でもできる! ゴミ屋敷脱出術!!』

 

成幸 (……挑戦的すぎるだろあのタイトル)

 

成幸 「よっ……と。はい、取れましたよ、先生」

 

真冬 「……ありがとう」

 

成幸 (……っていうか、この人の場合、本を読んでできるようになるレベルの掃除オンチじゃないよなぁ)

 

成幸 (新年までそう日にちもないし、汚い部屋のまま年越しっていうのは辛そうだ……)

 

成幸 「……ところで先生。秋ごろに一度俺が掃除をしたはずですけど、」

成幸 「まさかもうグチャグチャに……?」

 

真冬 「ち、違うわ。少し、片付けを工夫しようかな、って思っただけよ」

真冬 「決して、汚くなった部屋を大掃除しようとして逆にゴミ屋敷のようにしてしまったわけではないわ!」

 

成幸 「………………」

 

ハァ

 

成幸 「……俺、手伝いに行った方がいいですか?」

 

真冬 「………………」

 

真冬 「……ごめんなさい」 カァアアア 「お願いしてもいいかしら」

 

成幸 (はぁ。まぁ、放ってはおけないよなぁ……)

 

成幸 (後で水希に謝らなくちゃいけないな)

 

成幸 「じゃ、行きましょうか」

 

………………真冬の家

 

成幸 「おおう……」

 

グッチャアアアァアアアア……!!!!

 

成幸 (な、なんだこれは……想像を絶するぞ……)

 

成幸 (今までで一番グチャグチャじゃないか……!?)

 

真冬 「あっ、あんまり見ないでちょうだい、唯我くん……」 カァアアアア…… 「恥ずかしいわ……///」

 

成幸 (時と場合によってはドキドキしそうなセリフだけど……)

 

成幸 「本気で恥ずかしがってます!? よくここまで散らかせましたね!?」

 

真冬 「し、失礼。大掃除に失敗してしまっただけよ」

 

成幸 「大掃除に失敗ってあります!?」

 

真冬 「ため込んだ通販の荷物を取り出してから掃除をしようと思ったら……」

 

真冬 「段ボールから出した荷物とゴミが混じり合ってわけのわからないことに……」

 

成幸 「何でまず段ボールを開けるんです!? 普通、掃除してから開けません!?」

 

真冬 「め、面目ないわ……」 シュン

 

成幸 「あっ……」

 

ハッ

 

真冬 「………………」 ズーン

 

成幸 (……今ここで先生を責めても仕方ない。っていうか、そんなことをするためにここに来たわけじゃない)

 

成幸 「すみません、先生。言いすぎました」

 

真冬 「え……?」

 

成幸 「俺も手伝いますから、なんとか今日中に片付けが終わるようにがんばりましょう!」

 

真冬 「あっ……」 プイッ 「そ、そうね。がんばりましょう」

 

………………唯我家

 

水希 「………………」 ルンルン♪

 

花枝 「どうしたの、あの子。ごきげんね」

 

和樹 「今日は午後からみんなで大掃除だからなー」

 

葉月 「姉ちゃんずっと楽しみにしてたからー。久しぶりにお兄ちゃんと一緒、って」

 

花枝 「ふーん……」

 

水希 「えへへ……お兄ちゃん早く帰ってこないかな~」

 

prrrr……

 

水希 「あっ、電話。わたし出るよー」

 

ガチャッ

 

水希 「もしもし?」

 

成幸 『あ、水希か? 俺だ』

 

水希 「お兄ちゃん? どうしたの?」

 

成幸 『すまん。今日、大掃除の約束だったけど、事情があって帰れなくなった……』

 

水希 「えっ……」

 

成幸 『本当にごめん! 埋め合わせは必ずするから、今日だけは許してくれ!』

 

水希 「………………」

 

水希 (ずっと楽しみにしてたけど……)

 

水希 (お兄ちゃん、すごく真剣な声だもん。きっと、やむにやまれぬ事情があるんだよ……)

 

水希 (ワガママを言っちゃダメ。ここは、妹として余裕を見せてあげないと……)

 

水希 「だ、大丈夫だよ。みんなでやっておくから。お兄ちゃんは気にしないで」

 

成幸 『すまん。助かる。みんなにも謝っておいてくれ』

 

ドンガラガッシャーン

 

成幸 『あ……』

 

水希 「!? お兄ちゃん!? すごい音したけど大丈夫?」

 

成幸 『あ、ああ。だ、大丈夫……だと思う、けど、ちょっと、もう切るな?』

 

水希 「えっ? ちょっと待って。お兄ちゃんいま何を――」

 

 

  『――ゆ、唯我くん! 悪いけど、助けてくれると嬉しいわ!』

 

 

水希 「!?」 (女の声!?)

 

成幸 『わかりました! いま行きます!!』

 

成幸 『ってことで、ごめん、水希。もう切るな』

 

ブツッ

 

水希 「お兄ちゃん!? お兄ちゃんってば!!」

 

花枝 「……? 成幸、どうかしたの?」

 

水希 「………………」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

 

花枝 「水希……?」

 

水希 「……女」

 

花枝 「女?」

 

水希 「お兄ちゃん、女と一緒にいた……」

 

花枝 「ああ……」

 

水希 「わたしのお兄ちゃんを奪った女……!! 絶対許さない……」

 

花枝 「……さ、お姉ちゃんは放っておいて、そろそろ大掃除を始めましょうか」

 

葉月&和樹 「「はーい!!」」

 

………………真冬の家

 

成幸 「何でゴミ袋にゴミを入れていただけなのに棚が倒れてくるんですか!?」

 

真冬 「ゴミを拾うのに夢中になっていたら、お尻から棚にぶつかってしまって……」

 

成幸 (相変わらずドジだけは器用な人だ……)

 

成幸 「よい、しょっ……と」

 

ゴトッ

 

成幸 「……ふぅ。気をつけてくださいね、先生」

 

真冬 「面目ないわ。穴があったら入りたいくらいよ……」

 

成幸 「気にしなくていいですから。とにかく、いらないものを捨てていきましょう」

 

成幸 「俺はグチャグチャの台所を片付けてますから」

 

真冬 「……ごめんなさい。よろしくお願いするわ」

 

………………数時間後

 

成幸 (……ふぅ。だいぶ片付いていたな)

 

成幸 (この分なら、夕飯には間に合うかな……)

 

成幸 (っていうか、お昼食べてないからお腹空いたな……)

 

真冬 「………………」

 

キュッ……キュッ……

 

成幸 (さすがに部屋が汚いまま年越しは嫌なのか、先生もいつになく真剣だ)

 

成幸 (……ん、そういえば……)

 

 

―――― 『それに 姉さまがこっちの道に戻ってくればきっと』

 

―――― 『父さま母さまだって……』

 

 

成幸 「……先生」

 

真冬 「? どうかしたかしら?」

 

成幸 「年末年始は、ご実家に帰られたりしないんですか?」

 

真冬 「……そうね」

 

フッ

 

真冬 「実家には帰るつもりはないわ。しばらく帰ってもいないしね」

 

成幸 「あっ……」 (やっぱり、何か事情があるんだ……)

 

成幸 「すみません……変なこと聞いて」

 

真冬 「……気にしないでいいわ。べつに、どうでもいいことだもの」

 

成幸 「ん……」 (どうでもいい、こと……?)

 

真冬 「……? 唯我くん?」

 

成幸 「……すみません。えっと、その……」

 

成幸 「すごく、失礼なことを言ってしまうことになってしまうかもしれませんけど……」

 

成幸 「どうでもよくなんて、ないんじゃないですか……?」

 

真冬 「えっ……?」

 

成幸 「だって、どうでもよかったら、そんな顔、しないですよね……」

 

真冬 「っ……。そんなの、べつに……」

 

成幸 「あと、たぶん、これは想像ですけど……」

 

成幸 「先生みたいなまっすぐな人のご家族だったらきっと……」

 

成幸 「どうでもいいような人たちじゃ、ないんじゃないですか……?」

 

真冬 「………………」

 

成幸 「あっ……す、すみません! また、変なこと言ってしまって……」

 

成幸 「俺には関係ないことでしたよね! 忘れてください!」

 

真冬 「……そうね」

 

成幸 「……?」

 

真冬 「家族のことを、どうでもいいなんて言うのは、ダメね」

 

真冬 「……あなたは家族のことが大好きなのね、唯我くん」

 

成幸 「へ? あ、ああ、まぁ……そうですね。大好きです」

 

真冬 (……やはり、まっすぐな子。唯我くん、本当に良い子ね、きみは)

 

真冬 (あなたにとって、家族とは、本当に大切な存在なのでしょうね……)

 

真冬 (私も、あなたみたいに……なんて、そんなこと考えても仕方ないわね)

 

真冬 (私は、私にしかなれなかったのだから)

 

………………

 

成幸 「………………」

 

真冬 「お、終わったわ……」

 

ピカピカピカピカ……

 

成幸 「……なんとか終わりましたね」

 

成幸 (結局、夕飯の時間を過ぎてしまった……水希、怒ってるだろうなぁ……)

 

真冬 「結構な時間になってしまったわね……」

 

真冬 「お礼というとアレだけれど、出前でも取るわ。何か食べていきなさい」

 

成幸 「あっ……いえ、その……、今日はすみません。もう家に帰らないといけないので……」

 

真冬 「そ、そうよね。年の瀬だもの。お家でやることがあるわよね……」

真冬 「……忙しい師走の終わりに、私事に巻き込んでしまって本当に申し訳ないわ」 ズーン

 

真冬 「今日は本当にありがとう。埋め合わせは必ずするから、気軽に何でも言ってね」

 

成幸 (また何でもとか言ったぞこの人……)

 

成幸 「では、先生。今年は大変お世話になりました。また来年もよろしくお願いします」

 

真冬 「ええ。こちらこそ、来年もよろしくお願いします」

 

………………大晦日

 

水希 「~~~~~♪」

 

成幸 「なんだ、水希? ご機嫌だな」

 

水希 「えへへ、わかる?」

 

成幸 「そりゃ、まぁ……」 (鼻歌してりゃな……)

 

成幸 「どうしてご機嫌なんだ?」

 

水希 「ふふ、内緒♪」

 

成幸 「……?」

 

水希 (……えへへ、お兄ちゃんったら!)

 

水希 (そんなの、お兄ちゃんと一緒におせち作ってるからに決まってるよ……///)

 

葉月 「姉ちゃんほんとにご機嫌ねー。大掃除の日はおかんむりだったのに」

 

和樹 「兄ちゃんが埋め合わせにおせち作り手伝うって言ったら途端にアレだもんなー」

 

花枝 「……あの子の将来がそろそろ真剣に心配だわ」

 

水希 「えへへ……えへへへへ……」

 

水希 (こうやってふたりで台所に立ってると……新婚さんみたい)

 

………………

 

花枝 「……で、ご機嫌でおせち作りをしていたら、こうなった、と?」

 

水希 「……はい」

 

バーーーーン

 

花枝 「こんなに作ってどうするのよ……。お重に入りきらないじゃない」

 

水希 「ごめんなさい……。つい、やる気が入り過ぎちゃって……」

 

成幸 「すまん。俺も、作りすぎだって気づくべきだった……」

 

花枝 「……ま、いいわ。あんたに任せっきりにしちゃった私も悪いし」

 

花枝 「こんにゃくとかゴボウの煮物とか、茶色い物ばかりだけど……」

 

花枝 「ご近所さんにちょっと配ろうかしら……」

 

成幸 「……ん」

 

―――― 『実家には帰るつもりはないわ。しばらく帰ってもいないしね』

 

成幸 (……そういえば、先生はああ言ってたけど)

 

成幸 (たぶん、おせちなんて何年も食べてないんだろうな……)

 

………………真冬の家

 

真冬 「………………」

 

カタカタカタカタ……

 

真冬 (部屋がきれいだと仕事もはかどるわ……)

 

真冬 (……って、なぜ私は大晦日に仕事なんかしているのかしら)

 

真冬 (やっぱり、年末年始の休業日に仕事なんか持ち帰るべきではなかったわね)

 

真冬 (まぁ、どうせ、家にいたところですることもないのだけど)

 

真冬 (……暗いことは考えない方がいいわね。区切りも良いし、カップ麺のソバでも食べようかしら)

 

ピンポーン

 

真冬 「……?」 (こんな時間に一体誰かしら? 何か注文していたかしら……?)

 

真冬 「ん……?」

 

真冬 「唯我くん……?」

 

………………

 

ガチャッ

 

成幸 「あっ、先生。夜分にすみません……」

 

真冬 「唯我くん、こんな時間にどうしたの?」

 

成幸 「大したことじゃないんですけど……」 スッ

 

成幸 「今日、妹とお正月のおせち料理を作っていたら作り過ぎちゃって……」

 

成幸 「良かったらもらってくれませんか? 妹の料理はとても美味しいので、味は保証します!」

 

真冬 「おせち料理……?」

 

真冬 「あっ……」 (まだ温かい……作ったばかりなのね……)

 

真冬 「……とても、嬉しいわ。もらってもいいの?」

 

成幸 「はい! 尋常じゃない量なので、もらってくれるとありがたいです」

 

真冬 「ありがとう。いただくわ。明日、食べさせてもらうわね」

 

成幸 「はい、ぜひ!」

 

真冬 (……あまり、利害関係者からの物の授受というのはよくないのだけど)

 

真冬 (そんな固いこと言うものではないわね。こんなに美味しそうなお料理、もらえなかったらもったいないわ)

 

真冬 「……ごぼうとこんにゃくの煮物ね」

 

成幸 「あ、はい。恥ずかしいですけど……」

 

成幸 「うちはあまり裕福ではないので、おせちの中身もそういう安上がりなお料理ばかりで……」

 

真冬 「恥ずかしいことなんてないわ。これも立派なおせち料理よ」

 

真冬 「ゴボウはまっすぐ伸びることから、ゴボウの煮物は子どもたちの健やかな成長を祈るお料理よ」

 

真冬 「そして手綱こんにゃくは、家庭内の不和をなくし、家庭円満を祈願するお料理よ」

 

真冬 「だから誇るといいわ。とても良いおせち料理だわ。素敵なご家庭ね」

 

成幸 「そ、そうですか……?」 テレテレ 「そう言ってもらえると、嬉しいです」

 

真冬 (本当に嬉しそうな顔をして……。ご家族のことを褒められるのが本当に嬉しいのね)

 

真冬 (家族……か)

 

真冬 「………………」

 

真冬 (……私も、いつまでも逃げてはいられないかしら)

 

真冬 「……唯我くん、二度目の挨拶になってしまうけど、」

 

真冬 「良いお年を」

 

成幸 「はい! 先生も、良いお年を!」

 

 

………………

 

『美春

 

 手紙が届く頃にはもう日本にいないかもしれないと思い、メールで返信します。

 

 家には帰りません。ごめんなさい。

 

 でも、あなたが私の家に来る必要もありません。

 

 そんな暇があるなら、このオンシーズンの調整に当てなさい。

 

 勝手な姉と思うかもしれません。そう思われても仕方ないと思います。

 

 でも、勝手なお願いとは分かっているけれど、もうすこしだけ待ってほしいです。

 

 ……勝手なことばかり言ってごめんなさい。

 

 あなたも体調管理に気を遣って、良いオンシーズンを。

 

 真冬』

 

 

………………幕間 「ひどい」

 

真冬 「ひどい……」

 

真冬 「ひどすぎるわ、唯我くん……!!」

 

ムシャムシャムシャムシャ……!!!!

 

真冬 「こんなにおだしの効いた美味しい煮物を食べちゃったら、」

 

真冬 「レトルト食品やカップ麺が美味しく食べられなくなっちゃうじゃない……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

【ぼく勉】 真冬 「今年こそ」

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1541592657/


 

成幸 「なら…うちに来ないか?」 文乃「へぇえ……?///」【ぼく勉ss/アニメss】

 

………………唯我家

 

カリカリカリ……

 

文乃「……できた!」

 

文乃「成幸くん、採点お願いしてもいい?」

 

成幸 「ああ、任せとけ」

 

キュッキュッ……キュッ……

 

成幸 「……ふんふん……うん……おお」

 

成幸 「すごいぞ、古橋。満点じゃないか。初めてじゃないか?」

 

文乃「ほんとに!? ケアレスミスもなし!?」

 

パァアアアアアア……!!!

 

文乃「やったー! やったよ成幸くんっ!」 ギュッ

 

成幸 「っ……」 (う、嬉しいのはわかるが、古橋……!)

 

成幸 (急に両手を握るのはやめてくれ……!!) カァアアアア……

 

成幸 「ふ、古橋っ」

 

文乃「? なぁに、成幸くん?」

 

成幸 「……ち、近い。あと、手……」

 

文乃「……?」

 

ハッ

 

文乃「わぁ!」 パッ

 

文乃「ご、ごめんね、成幸くん。数学で満点なんて、びっくりして、嬉しくて……」

 

文乃「つい……」

 

成幸 「あ、ああ。気持ちはわかるし、分かってくれればいいよ……」

 

文乃「………………」

 

成幸 「………………」

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃「あっ、あの……――」

 

 

「――――……ウォッホン!!」

 

 

文乃「……!?」 ビクッ

 

文乃「み、水希ちゃん……?」

 

水希 「………………」

 

ジトーーーッ

 

水希 「……まじめに勉強してると思ったから、少し目を離したらこれですか?」

 

水希 「もう試験までそう日にちもないんでしょうから、」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

 

水希 「もう少しまじめに勉強した方がいいと思いますよ?」

 

文乃「た、たしかにその通りなんだよ……ごめんね、成幸くん」

 

文乃 (うぅ……相変わらずすごい圧だよ、水希ちゃん……)

 

成幸 「い、いや、俺の方こそ、ごめんな……」

 

成幸 (怖え……。一体何に怒ってるんだ、水希の奴……)

 

水希 (まったく、油断も隙もあったもんじゃないんだから)

 

水希 (目を光らせてないと)

 

和樹 「……なぁなぁ、母ちゃん。頼むよー」

 

葉月「わたしからもお願いー。おーねーがーいー」

 

花枝 「そんなお金はないの。これで我慢しなさい」

 

水希 「……? こら、和樹、葉月。またわがまま言ってるの?」

 

水希 「お母さん内職で忙しいんだから、邪魔しないの」

 

葉月&和樹「「はーい……」」 ショボーン

 

文乃「……? わっ、小さくてかわいいクリスマスツリーだね」

 

文乃「そっか。もうクリスマスの季節かぁ……」

 

葉月「……そうなの。小さいの」 ショボーン

 

和樹 「テーブルに置くようなやつだよ。飾り付けとかできない……」 ショボーン

 

成幸 「……あー、飾り付けとかしたいのか。俺も小さい頃憧れたなぁ」

 

成幸 「兄ちゃんが働いてお金稼げるようになったら買ってやるから、今はこれで我慢しな」

 

葉月「うん……」

 

文乃「クリスマスツリー……」

 

ハッ

 

文乃「……ねえ、成幸くん」

 

成幸 「うん?」

 

文乃「もし良かったら、なんだけど……」

 

 

………………翌日 唯我家

 

葉月「わぁああああああああ!!!」

 

和樹 「うおーーーーーーー!!!!」

 

葉月&和樹 「「大きいクリスマスツリーだぁ!!!」」

 

キラキラキラ……

 

成幸「……ふぅ。持ってくるだけで一苦労だったな」

 

文乃「おつかれさま、成幸くん。車でも出せたら良かったんだけど」

 

成幸 「いやいや、そんな贅沢は言えないよ。それより……」

 

成幸 「いいのか? あのツリー、借りちゃって……」

 

文乃「いいのいいの。もう十年くらい物置から出してなかったし」

 

文乃「……お母さんが亡くなってから、出したことなかったし」

 

成幸 「あっ……そ、そうか……」

 

文乃「……ん、ごめんね、変な話して」

 

文乃「もう使ってないから、使ってくれた方がきっとツリーも嬉しいと思うし」

 

成幸 「……おう。ありがとな、古橋」

 

葉月「わー、飾り付けもいっぱいはいってるー!」

 

和樹 「兄ちゃん、文姉ちゃん、一緒に飾り付けしようぜ!」

 

成幸 「……そうだな。じゃあ、やるか、古橋」

 

文乃「うん! よーし、久しぶりにやっちゃうぞー!」

 

ワイワイワイ……

 

葉月「この大きなお星様は、てっぺんね。兄ちゃん、つけて」

 

成幸 「よしきた。任せとけ」

 

成幸 「……よいしょっ、と。おお、様になるな」

 

文乃「ふふ……」 (成幸くん、いいお兄ちゃんだなぁ……)

 

文乃 (……なつかしい)

 

文乃 (昔、わたしも、お母さんとお父さんと、三人で飾り付けしたなぁ……)

 

文乃 (お父さん、そういうセンスがないから、お母さんとふたりでダメだししたりしたっけ)

 

文乃 (ふふ……)

 

成幸 「……ん」

 

成幸 (古橋、なんか……笑ってて、楽しそうなのに……なぜか、)

 

文乃「………………」

 

成幸 (“寂しそう” ? に、見えるような……)

 

成幸 (そういえば……)

 

成幸 「……なぁ、古橋。今年のクリスマスは、お父さんとパーティか?」

文乃「……ううん。お父さん、クリスマスは研究室の忘年会なんだって」

成幸 「なっ……」

 

成幸 「あのお父さん、またそんなこと言って……!」

 

文乃「あっ、ち、違うんだよ? わたしが、忘年会の方に行ってって言ったんだよ」

 

文乃「お父さんは、忘年会は欠席しようかなって言ってくれたんだけど……」

 

文乃「……お父さんの仕事の邪魔になりたくないから。だから、行ってって言ったんだ」

 

成幸 「ん、そうか……。なんか、ごめん。いきなり、お父さんのこと悪く言いそうになって……」

 

文乃「……ううん。そうやって、わたしのことで怒ってくれるのは、嬉しいよ」

 

文乃「でも、わたしは大丈夫だよ。もうお父さんと仲直りできたし。気にしないで」

 

成幸 (……俺は短絡的すぎる。てっきり、また古橋が寂しい思いをするのかと思って、頭に血が上ってしまった)

 

成幸 (っていうか、研究室もクリスマスなんかに忘年会を入れるなよ……)

 

成幸 (俺は絶対、大学進学しても、クリスマスは家に帰って家族と過ごすぞ)

 

成幸 (……いや、そんなことは今はどうでもよくて)

 

文乃「わっ、葉月ちゃんも和樹くんもきれいに飾り付けしてるねぇ。わたしも負けられないな」

 

成幸「………………」

 

成幸 「……なぁ、古橋。もしよかったらなんだけどさ、」

 

文乃「うん?」

 

成幸 「クリスマス、うちに来ないか?」

 

文乃「へ……?」

 

ボフッ

 

文乃「へぇえ……?///」

 

 

………………夜

 

成幸 「……ってことで」

 

成幸 「母さん、水希、頼む! クリスマスパーティ、古橋を呼んでもいいか?」

 

花枝 「まぁ……まぁまぁ……」 パァアアアアアア……!!!

 

花枝 「文ちゃんをクリスマスに誘ったの!? まぁ……」

 

花枝 「いいに決まってるでしょ! よくやったわ、成幸!」

 

成幸 「え? ああ、うん……」 (よくやったってなんだ? まぁ、賛成してくれてよかったけど……)

 

成幸 (問題は……)

 

水希 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

 

成幸 (こっちだよなぁ……)

 

葉月「ねぇねぇ、姉ちゃん見て見て!」

 

和樹 「クリスマスツリー! きれいだろ。文姉ちゃんが貸してくれたんだ!」

 

水希 「うん、とってもきれい」 ニコッ 「ふたりとも飾り付けがんばったのね。えらいえらい」 ナデナデ

 

葉月&和樹 「「えへへ~」」

 

水希 「………………」

 

水希 (……葉月も和樹も嬉しそうだわ。悔しいけど、古橋さんのおかげ、だよね)

 

水希 「……いいよ」

 

成幸 「ん……?」

 

水希 「いいよ。古橋さん呼んでも。きっと、葉月と和樹も喜ぶだろうし」

成幸 「ほ、本当か!?」 パァアアアアアア……!!!「ありがとう、水希!」

 

水希 「……べつに、わたしにお礼言うことないと思うけど」

 

花枝 「……ふふっ」

 

水希 「なに、お母さん?」

 

花枝 「べつに~」 クスクス 「なんだかんだ、あんたも文ちゃんのこと大好きだもんね」

 

水希 「なっ……」 カァアアアア……「そ、そんなわけないでしょっ! べつに、古橋さんのことなんて……」

 

水希 「………………」

 

水希 「……嫌い、では、ないけど」 プイッ

 

花枝 「ふふ」

 

花枝 「文ちゃんが来るなら、クリスマスパーティ、気は抜けないわね」

 

花枝 「水希。特別に牛肉の購入を許可します。ローストビーフを作ってちょうだい」

 

葉月「牛肉!?」  和樹 「ローストビーフ!?」

 

水希 「いいの?」

 

花枝 「もちろんよ。文ちゃんが来るとなっては手は抜けないわ。気合い入れてごちそう作るわよ、水希」

 

水希 「……ま、まぁ、そうね。美味しいごちそうを山ほど用意して、唯我家の女のすごさを見せてあげないと」

 

水希 (……古橋さんって、本当に美味しそうにごはん食べてくれるから、作りがいがあるんだよね)

 

水希 (えへへ。ごちそう用意したら、どんな顔して食べてくれるかな。美味しいって言ってくれるかな)

 

水希 「……?」

 

ハッ

 

水希 (い、いけないいけない。あの女は、お兄ちゃんによりつく悪い虫)

 

水希 (たとえどんなに良い人でも、気を許しちゃダメなんだから)

 

水希 「………………」

 

水希 (……まぁ、でも)

 

水希 (ごちそうは、たくさん食べてもらおうっと。えへへ、何作ろうかな)

 

花枝 (水希ったら、表情コロコロ変えて、なんだかんだ楽しそうじゃない)

 

花枝 (本人は否定するけど、ほんとは文ちゃんのこと大好きなのよね)

 

クスクス

 

花枝 (でも、そっか……古橋さん、クリスマスは忘年会なのかぁ。まぁ、お付き合いもお仕事の内だものね)

 

花枝 (でも今の古橋さんだったら、忘年会が終わってすぐ、家に駆けつけそうなものだけど……)

 

花枝 「………………」

 

花枝 「……いけるかしら」 ボソッ

 

成幸 「? 母さん、何か言ったか?」

 

花枝 「……ううん。なんでもない。文ちゃんに喜んでもらうには、どういしたらいいか考えてただけよ」

 

成幸 「はは。あいつは食いしん坊だからな。食べ物山ほど用意すれば喜ぶよ」

 

花枝 「………………」

 

成幸 「……母さん?」

 

花枝 「あんたさ、もう少し女心ってものを勉強したら?」

 

成幸 「古橋みたいなことを母親に言われた!?」

 

………………古橋家

 

零侍「文乃」

 

文乃「……? なぁに?」

 

零侍「いや……」

 

零侍「……クリスマスは唯我さんの家に伺うのだろう。失礼のないようにな」

 

文乃「わかってるよ。ちゃんとするよ」

 

零侍「美味しい美味しいと、人様の家で食い意地を張らないようにな」

 

文乃「わかってるよ! それが年頃の娘に言うこと!?」

 

零侍「す、すまん……」

 

文乃「あ、いや……そんな、本気で怒ってるわけじゃないから、気にしないで……」

 

零侍「そうか……。すまない。私も、冗談のつもりだった」

 

文乃「……うん。わかってるよ。大丈夫」

 

零侍「………………」

 

文乃「………………」

 

文乃 (……気まずい、けど)

 

文乃 (嫌じゃ、ない。お父さんが、必死で、がんばって、わたしと会話をしようとしてくれてるって、わかるから)

 

クスッ

 

零侍「……ん、どうかしたか?」

 

文乃「ううん。あのね、お父さん。クリスマスツリー、成幸くんに貸したって言ったじゃない」

 

零侍「ああ」

 

文乃「成幸くんの弟妹ちゃんたちと一緒に飾り付けもしたんだよ。そしたらね……」

 

文乃「……そうしたら、思い出したんだ。昔、三人でクリスマスツリー、飾り付けしたこと」

 

零侍「………………」

 

文乃「……えへへ。すごく楽しかったなぁ、って。それだけ」

 

零侍「……ああ。私も、楽しかったと思うよ。なつかしいな」

 

文乃「うん」

 

零侍「………………」 スッ 「……今年のクリスマスも、楽しんできなさい」

 

ポンポン

 

文乃「……うん!」

 

………………

 

零侍「……はぁ。我ながら、本当に……なんというべきか。不器用だな」

零侍「……まぁ、いい。今日明日で気を許せるわけもない」

 

零侍「文乃が受け入れてくれるなら、私は、私に出来る範囲で、会話を続けなければ」

 

prrrrrr……

 

零侍「ん……? 電話?」 (こんな時間に、なんだ? 研究室からか?)

 

零侍「……!?」

 

ピッ

 

零侍「……古橋ですが」

 

零侍「ええ。おかげさまで、一応、順調ではあるかと……」

 

零侍「……え?」

 

零侍「は、いや、しかし……私は……」

 

零侍「……わ、わかりました。そうさせていただきます。はい……はい。では、失礼します」

 

零侍「………………」

 

零侍「……な、なんてことだ」

 

 

………………クリスマス当日 唯我家前

 

文乃「………………」

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃 (服装、よし。髪型、よし。プレゼント、よし。うん、完ぺき……だと思う)

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃 (い、いつも勉強教わりに来てる成幸くんの家とはいえ……)

 

文乃 (さすがに、余所様の家庭のクリスマスパーティに参加するのは緊張するなぁ……)

 

文乃 (それに……)

 

 

―――― 『クリスマス、うちに来ないか?』

 

 

文乃「はうっ……」

 

カァアアアア……

 

文乃 (あ、あくまで家庭のクリスマスパーティにお呼ばれしただけだから!)

 

文乃 (だから……)

 

ドキドキドキドキ……

 

ガラッ

 

文乃「……!?」

 

成幸 「お、いたいた。来てたなら入ればいいのに。どうしたんだ?」

 

文乃「な、何もないよ。えへへ……」

 

文乃 (きみのことを思い出してドキドキしてたんだよ!)

 

文乃 (……なんて、口が裂けてもいえないよ)

 

文乃 (……っていうか、うるかちゃん、りっちゃん、違うからね! これは、ただの……)

 

文乃 (ただの、クリスマスパーティだからね!)

 

成幸 「? どうした? 早く入れよ」

 

文乃「あ、うん! お邪魔します」

 

パンパンパン!!!

 

文乃「わっ……」

 

葉月&和樹 「「文ねーちゃん! メリークリスマス!!」」

 

文乃「葉月ちゃん、和樹くん」 ニコッ 「メリークリスマス!」

 

成幸 「ごめんな、古橋。ふたりがお前のこと驚かせたいって言ってたからさ……」

 

文乃「ううん。クラッカーの音なんて久々で、少しびっくりしたけど、」

文乃「こうやって出迎えてくれるの、すごく嬉しいよ。ありがとう、葉月ちゃん、和樹くん」

 

葉月&和樹 「「えへへ~」」

 

成幸 「さ、上がってくれ。水希と母さんが、古橋が来るからって大はりきりで作ったごちそうが待ってるぞ」

 

葉月「そうそう! すごいごちそうなの!」 ギュッ

 

和樹 「文姉ちゃんも絶対すごいって言うぞ!」 ギュッ

 

タタタタ……

 

文乃「わっ、わわわっ……」

 

ガラッ

 

花枝 「あら、文ちゃん。いらっしゃい」

 

水希 「……こんにちは、古橋さん」

 

文乃「どうも、こんにちは。お邪魔してます……って」

 

キラキラキラ……!!!!

 

文乃「す、すごい……!!」 パァアアアアアア……!!!「ほんとにすごいごちそうだぁ~~!!!」

 

水希 「べっ、べつに……そんな、大したお料理じゃないですよ」

 

水希 「古橋さんがいつもお料理を美味しそうに食べてくれるから、ついつい気合い入れて作っちゃったとかじゃないですから!」

 

和樹 「? なんだ、姉ちゃん? 新手のツンデレってやつか?」

 

葉月「姉ちゃんも文姉ちゃんのこと大好きなのね!」

 

水希 「なっ……///」 ボフッ 「べ、べつに、そういうのじゃないもん……」

 

花枝 「ふふ……。さ、成幸も文ちゃんも、席について。お料理が冷める前にいただきましょう」

 

文乃「あ、はい!」

 

花枝 「……じゃ、いただきましょう。いただきます」

 

 『いただきます!!』

 

文乃 「どれも美味しそう……。どれからいただこうかな……」

 

水希 「……ん、では、これからどうぞ」

 

文乃「? これって……ローストビーフ?」

 

水希 「……牛肉なんか滅多に買えないから、作るの初めてですけど」

 

水希 「食べてみてください」

 

文乃「うん。じゃあいただくね」

 

パクッ……モグモグ……

 

文乃「………………」

 

水希 「……ど、どうですか?」

 

文乃「……ふにゃ~、美味しい~~~~!!」

 

文乃「お肉がすっごくやわらかくて、ソースとよく合うよ! 本当に美味しいよ、水希ちゃん!」

 

水希 「そ、そうですか。それなら、よ、よかったです……」 プイッ

 

和樹 「? 姉ちゃん、顔赤いぞ?」

 

葉月 「文姉ちゃんに美味しいって言ってもらえて嬉しいのねー」

 

水希 「ち、ちがうわよ! そんなのじゃないんだから……」

 

成幸 「いやー、しかし、ほんとにどれも美味しいな……」 モグモグ

 

成幸 「水希みたいな妹がいて、俺は本当に幸せ者だなぁ……」

 

水希 「も、もうっ。お兄ちゃんったら……///」

 

花枝 (兄の発言に照れる方を恥ずかしいと思ってほしいところだけど……)

 

花枝 (……まぁ、しょうがないわね。水希だものね)

 

文乃「でも、ほんとにどれもこれも美味しいよ」

 

文乃「いいなぁ、成幸くん。わたしも水希ちゃんみたいな妹ちゃんがいてくれたらなぁ……」

 

水希 「……え?」

 

文乃「へ?」

 

葉月 「……文姉ちゃん。いい方法があるわ」

 

文乃「?」

 

和樹 「文姉ちゃんが、兄ちゃんの嫁に来たら、姉ちゃんは文姉ちゃんの妹になるぞ!」

 

文乃「っ……//」

 

成幸 「なっ……///」 ボフッ 「ば、ばかなこと言うんじゃない!」

 

水希 「………………」 ギリッ (……悔しい)

 

水希 (古橋さんが姉になるのを想像して、それもアリかな、なんて思っちゃう自分が、悔しい……!)

 

成幸 「ほら、せっかくのごちそうが冷めちゃうぞ。どんどん食べろ」

 

葉月&和樹 「「はーい」」

 

………………食後

 

文乃「……はふぅ」

 

文乃「本当に美味しかったよ。ごちそうさまでした。お母さん、水希ちゃん」

 

花枝 「お粗末様でした。文ちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから、作りがいがあるわぁ」

 

花枝 「……ね? 水希?」

 

水希 「っ……」 プイッ 「ま、まぁね。美味しく食べてくれるから、嬉しいことは嬉しいかもね」

 

文乃「えへへ……。ありがと、水希ちゃん」

 

水希 「べつに……」 プイッ

 

文乃「あ、そうだ。あのね、クリスマスプレゼント持ってきたんだよ」

 

和樹 「クリスマス」  葉月 「プレゼント!?」

 

文乃「うん。えっと……」 ガサゴソ 「……はい、葉月ちゃんと和樹ちゃんには、クリスマスブーツ」

 

文乃「お菓子がたくさん入ってるよ。一気に食べちゃダメだよ」

 

葉月&和樹 「「ありがとう!! 文姉ちゃん!!」」

 

成幸 「……悪いな、古橋。プレゼントなんて用意させちゃって」

 

文乃「ううん。気にしないで。クリスマスパーティにお呼ばれしたんだから、これくらいは当然だよ」

 

文乃「あと、水希ちゃんには、これ」

 

水希 「えっ……わ、わたしにもあるんですか?」

 

文乃「もちろん! はい、保湿クリーム。これわたしのお気に入りなんだ~」

 

水希 「あ、ありがとうございます……」 (すごく高そうなやつ……っていうか……)

 

文乃「わたしが使ってるやつと同じだよ。おそろいだね!」

 

水希 「っ……/// そ、そうですね……」

 

文乃「あと、お母さんにも。どうぞ。水希ちゃんと同じ保湿クリームです」

 

花枝 「私にも? なんか、気を遣わせちゃったみたいね。ありがとう」

 

文乃「いえいえ。気にしないでください。こちらこそ、こんな素敵なパーティにお招きいただいて、ありがとうございます」

 

水希 「……じゃあ、わたしからも」

 

文乃 「へ?」

 

水希 「プレゼントです。どうぞ」

 

文乃 「えっ……? わ、わたしに……? 用意してくれたの?」

 

水希 「……はい。いつも、兄と葉月、和樹がお世話になってますから。ツリーも、ありがとうございました」

 

文乃 「あっ……」 パァアアアアアア……!!! 「ありがとう、水希ちゃん!」

 

文乃 「開けてもいい?」

 

水希 「……は、恥ずかしいので、おうちに帰ってから開けてください。大したものじゃないので」

 

文乃 「うん。わかった! 開けるまで楽しみだよ~」

 

水希 「大したものじゃないから、そんなに期待しないでください……」

 

花枝 (……うんうん。水希とも良い感じじゃない。いいことだわ)

 

花枝 (文乃ちゃん、本当に良い子だし、まじめな話、本当に嫁に来てくれないかしら……)

 

水希 (お母さん、またろくでもないこと考えてる顔してる……)

 

水希 「……ケーキも作ってあるんです。持ってきますね」

 

文乃「ケーキ!?」 キラキラキラ……!!!!

 

文乃「はぁああ……水希ちゃんが作ったケーキ。絶対美味しいやつだよ……」

 

ジュルジュル

 

文乃「楽しみだね、成幸くん!」

 

成幸 「あ、ああ。よだれ垂れてるぞ、古橋……」

 

水希 「……ちゃんとしたオーブンなんてないですから、なんちゃってケーキですよ」

 

水希 「そんなに期待しないでくださいね」

 

トトト……

 

葉月 「わたしたちもケーキ作り手伝ったの!」

 

和樹 「かーちゃんがフルーツ使う許可もくれたから、豪華なフルーツケーキだぜ!」

 

文乃「本当に? 楽しみだなぁ~」

 

ピンポーン

 

成幸 「? インターフォン? 誰だろう?」

 

花枝 「……あら。来たわね」 クスッ 「私が出るからいいわ」

 

成幸 「? なんだろう。何かの配達かな?」

 

 

  「……お邪魔します」

 

成幸 「? 男の人の声……? お客さんか?」

 

文乃「……!?」 (こ、この声……まさか……!?)

 

ガラッ

 

零侍 「あ……こ、こんばんは」

 

文乃「お父さん!?」

 

葉月 「へぇ?」  和樹 「文姉ちゃんのお父さん?」

 

文乃「な、何で成幸くんの家にお父さんが来るの!?」

 

零侍 「なぜ、とはまたご挨拶だな。忘年会が終わったから来たのだが……」

 

文乃「そういうことじゃないよ!? お父さんが来るなんて聞いてないよ!?」

 

零侍 「聞いてない……?」 チラッ 「……やりましたね、唯我さん」

 

花枝 「ふふ。これくらいのサプライズはいいでしょう?」

 

零侍 「……まぁ、そうかもしれませんね」 フッ

 

零侍 「唯我さんに誘われたんだ。忘年会が終わったら、家に来ないかと」

 

零侍 「お言葉に甘えてお邪魔したのだが……嫌だったか? 文乃」

 

文乃「っ……」

 

文乃「嫌とか、そういうのは、ない……っていうか……」

 

プイッ

 

文乃「嫌なわけないじゃない。お父さんが、来てくれたんだもん。嬉しいよ」

 

零侍 「そ、そうか……」

 

花枝 「ふふっ♪」

 

成幸 「……俺にくらいは教えておいてくれてもよかったじゃないか、母さん?」

 

花枝 「あんた、文ちゃんにバラしちゃいそうだから。敵を欺くにはまず味方から、ってね」

 

成幸 「……はぁ。母さんが楽しそうで俺は嬉しいよ」

 

零侍 「あー……はじめまして。文乃の父の、古橋零侍です。こんばんは」

 

葉月 「こんばんは! 双子の姉、葉月でーす!」 和樹 「双子の弟、和樹でーす!」

 

葉月&和樹 「「文姉ちゃんの父ちゃんめっちゃイケメンだー!!」」

 

零侍 「あ、ああ、どうも? ありがとう?」

 

文乃 「……イケメンではないと思う」 ボソッ

 

零侍 「……何か言ったか、文乃」

 

………………

 

零侍 「む……このケーキは、本当に……美味しいな」 モグモグ

 

文乃 「本当だよ。すごく美味しい」 ジーーッ 「お父さんがいなければ、もっとたくさん食べられたのにな」

 

零侍 「……その言い方は、冗談でも傷つくぞ」

 

文乃 「あ、ご、ごめんね。うそだよ?」

 

零侍 「……すまない。今のも冗談だ」

 

文乃 「………………」

 

零侍 「……そう怒るな。私が悪かったよ」

 

文乃 「……べつに。怒ってないし」

 

水希 「………………」 (古橋さんのお父さんって言うから、どんなすごい人かと思ったけど……)

 

水希 (少し暗い雰囲気だけど、普通の人だな……)

 

零侍 「あ……水希さん、だったかな?」

 

水希 「え? あ、はい」

 

零侍 「ケーキ、とても美味しいよ。ありがとう」

 

水希 「あ……ありがとうございます。そんな、大したものじゃないですけど……」

 

水希 「……ん、そういえば、あのクリスマスツリー」

 

零侍 「うん?」

 

水希 「貸していただいて、ありがとうございます。おかげで、葉月と和樹も大喜びで……」

 

葉月 「ああいう大きなツリーに飾り付けするの夢だったの!」

 

和樹 「めちゃくちゃ楽しかったんだ!」

 

零侍 「……そうか。それはよかった。ずっとしまっていたものだから、使ってくれるなら、逆にありがたい」

 

成幸 「……なぁ、古橋」 コソッ

 

文乃 「? なぁに?」 コソッ

 

成幸 「お父さん、来てくれてよかったな」

 

文乃 「ん……ま、まぁね。お父さんも楽しそうだし、良かったんじゃない?」

 

成幸 「そんなこと言って、古橋」 クスッ 「お前も楽しそうだぞ?」

 

文乃 「なっ……」 カァアアアア…… 「そ、それは、元々、この家にいるのが楽しいだけで……」

 

文乃 「べ、べつに、お父さんがいるかいないかなんて関係ないもん」

 

成幸 「ふふ、そうかよ」

 

 

―――― 『うちのお父さんが そういう人だからかなぁ……』

 

―――― 『今日はお父さんが家にいるから…… あんまり帰りたくなくて』

 

 

成幸 (……古橋、お前は気づいてないかもしれないけどさ)

 

成幸 (お父さんが怖くて、お父さんがいる家に帰りたくないって言ってた頃に比べたら、)

 

 

―――― 『べ、べつに、お父さんがいるかいないかなんて関係ないもん』

 

 

成幸 (“いてもいなくてもいい” ってことは、すごいことだぞ)

 

成幸 (まだぎこちなくて、仲良しとは言えないかもしれないけど、)

 

クスッ

 

成幸 (お父さんと、ちゃんと、父娘に戻れたんだな)

 

零侍 「む……」

 

零侍 (……唯我くんと、文乃。何やら楽しそうにコソコソ話している)

 

零侍 (ふむ……)

 

………………玄関前

 

文乃 「今日はお招きいただいて、ありがとうございました」 ペコリ

 

成幸 「そんなに改まらなくていいよ。お前にはいつも世話になってるしさ」

 

零侍 「私からも。本当にありがとう、唯我くん。とても楽しかったよ」

 

成幸 「はい。お父さんも来られて良かったです。ふるは――文乃さんも、嬉しそうでしたし」

 

文乃 「なっ……よ、余計なこと言わないでいいよ、成幸くん!」

 

成幸 「ははは……」

 

零侍 (……うむ。やはり)

 

零侍 「あっ、しまったな。大学に忘れ物をしてしまった」

 

零侍 「すまない、文乃。先に家に帰っていてくれ。私は一度大学に戻ってから帰る」

 

文乃 「それはいいけど……。もう遅いし、明日じゃダメなの?」

 

零侍 「今日必要なものなんだ」

 

零侍 「すまない、唯我くん。とても厚かましいお願いだとは思うのだが、娘を家まで送ってあげてくれないか?」

 

成幸 「もちろん、いいですよ」

 

文乃 「えっ……でも、さすがに悪いよ。寒いし……」

 

成幸 「夜道は物騒だしな。もう夜も遅いし、いいから送らせろよ」

 

文乃 「……うん。ありがと、成幸くん」

 

零侍 「……ちなみに、帰りはかなり遅くなる。間違いなく日をまたぐ。2時以降の帰宅になる」

 

文乃 「そんなに遅くなるの?」

 

零侍 「ああ。もう一度言う。唯我くん。私の帰宅は間違いなく日をまたぐ。帰宅は2時以降だ」

 

零侍 「もし万が一早く帰宅してもそのまま寝室に直行してそのまま寝るだろう。だから何の心配もいらない」

 

成幸 「え……? あ、はい……」 (何で俺に言うんだ……? っていうか心配って何だ……?)

 

文乃 「じゃあ、わたしたち行くね。お父さんも気をつけて大学行ってね」

零侍 「ああ」

 

零侍 「……行った、か」 (……まったく。手くらい繋いだらいいものを。文乃のやつ、本当に楽しそうだ)

 

零侍 「……いかんな。ガラにもなく、唯我くんに嫉妬しているのか、私は――」

 

花枝 「――あら? いいと思いますよ? 年頃の娘さんのお父さんですもんね」

 

零侍 「……!? ゆ、唯我さん。いらっしゃったのですか……」

 

花枝 「ナイスアシストですね、古橋さん?」

 

零侍 「……アシストできているか、分かりませんが。娘の恋の応援くらいは、できるかなと」

 

花枝 「せっかく相手のお父さんがご厚意を向けてくれてるのに、うちの息子はニブいですけどね」

 

花枝 「成幸がもう少し恋心を分かってくれればいいんですけど」

 

零侍 「彼のそういうまじめなところに、好感を憶えます。それは美徳だと、私は思います」

 

花枝 「だといいんですけどね」 クスッ

 

零侍 「………………」

 

零侍 「あ、あの、唯我さん……」

 

花枝 「?」

 

零侍 「今日は……いえ、いつも、うちの娘がお世話になっています。本当に、ありがとうございます」

 

零侍 「この間のことも……本当に、どうお礼を言ったらいいか……」

 

花枝 「気にしないでください。息子が勝手にやったことがほとんどですから」

 

零侍 「……とはいえ、大人として、このままでは、あまりにも情けないと思います」

 

零侍 「なので、あの……もし、ご迷惑でなければ……」

 

零侍 「お礼と言うと、浅ましいですが……今度、一緒にお食事でも、と……」

 

花枝 「お食事? 私とですか?」

 

零侍 「は、はい……」

 

花枝 「……ふふっ」

 

零侍 「……?」

 

花枝 「いいですよ。ぜひ」

 

零侍 「!? ほ、本当ですか!?」

 

花枝 「うそなんかつかないですよ」

 

零侍 「あ……そ、それは、そうですよね」

 

零侍 「……では、また。その……電話をします」

 

花枝 「はい。待ってます」

 

零侍 「………………」

 

零侍 「……では、また」

 

花枝 「ええ。古橋さん、お気をつけて。それから……」

 

零侍 「?」

 

花枝 「メリークリスマス」 ニコッ

 

零侍 「あっ……」 ドキッ 「め……メリー、クリスマス」

 

………………

 

文乃 「えへへ、今日は本当に楽しかったなぁ……」

 

成幸 「“美味しかったなぁ” の間違いじゃないのか?」

 

文乃 「むっ……成幸くん? きみは、わたしのことを、ただの食いしん坊だと思ってないかい?」 プンプン

 

成幸 「冗談だよ。悪かった」

 

文乃 「ふーん、だ」 プイッ

 

文乃 「………………」

 

クスッ

 

文乃 「……ふふ」

 

成幸 「? どうかしたか?」

 

文乃 「ううん。楽しくって仕方なくてさ」 ニコッ 「怒るフリもできないよ」

 

成幸 「っ……」 ドキッ (そ、その笑顔はいくらなんでも反則だろ……)

 

文乃 「……ねぇ、成幸くん」

 

成幸 「お、おう。なんだ?」

 

文乃 「はい、これ」

 

成幸 「へ……? これ……プレゼント?」

 

文乃 「うん。成幸くんへのプレゼントだよ」

 

文乃 「さっき渡したら良かったんだけどね……えへへ」

 

文乃 (……なんか、みんなの前で渡すのが恥ずかしくて……なんて言えないよね)

 

成幸 「……あ、ありがとう。嬉しいよ」

 

成幸 「えっと……その……俺も」 ゴソッ 「……プレゼント」

 

文乃 「へ……?」

 

文乃 「あっ……ありがとう」 カァアアアア……

 

成幸 「俺も、さっき渡したらよかったんだけど……」

 

成幸 (みんなの前で渡すのが恥ずかしかった……なんて言えるわけないよな)

 

文乃 「……ふふ。なんか、わたしたち、似たもの同士だね」

 

成幸 「……だな」

 

文乃 「………………」

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃 (……ああ、もう。否定することも、難しいよね)

 

文乃 (こんなの、ずるいよ……だって……)

 

文乃 (――好きにならないわけ、ないじゃない)

 

文乃 (……ごめんね。りっちゃん、うるかちゃん)

 

文乃 (正々堂々、明日、ふたりに、ちゃんと言うね)

 

文乃 (わたしが、唯我くんのことが好きだって、ふたりに言うね)

 

文乃 (だから、今日だけは許して)

 

文乃 (ふたりから嫌われちゃうかもしれないけど……)

 

文乃 (今日、いま、このときだけは……)

 

文乃 「……ねえ、唯我くん」

 

成幸 「ん?」

 

文乃 「わたし、初めてなんだ。こんな風に、男の子とふたりで、クリスマスを過ごすって」

 

成幸 「へ……?」

 

カァアアアア……

 

成幸 「い、いやいや、さっきまで俺の家族とお父さんと一緒だっただろ?」

 

文乃 「うん、そうだね。でも、今はふたりきりだよ?」

 

成幸 「いや、まぁ……それは、その通りだけど……」

 

文乃 「………………」

 

成幸 「………………」

 

ドキドキドキドキ……

 

文乃 「……ねえ、唯我くん。わたしが今、何を考えてるか、わかる?」

 

成幸 「えっ……?」

 

成幸 「そ、そんなの、わかるわけないだろ」

 

文乃 「……うん。そうだよね。成幸くんは成幸くんだもんね」

 

成幸 「……?」

 

文乃 「じゃあ、それが分かるようになるまで、女心の授業は続くよ、成幸くん」

 

成幸 「!? 女心が分かれば、お前が今何を考えてるかも分かるようになるのか……すごいな、女心の授業……」

 

文乃 「わたしの授業は半端を許さないからね。覚悟しておいてね」

 

成幸 「……ああ、分かってるよ。お前が単位をくれるまで、お前の授業を受けないとな」

 

成幸 「はぁ。単位修得まで、どれくらいかかることやら」

 

文乃 「そうだね。がんばらないとだよ、成幸くん」

 

文乃 「……高校を卒業しても、単位を与えられなかったら、補習は続くからね」

 

成幸 「うへぇ。女心って大変だな……」

 

成幸 「でもまぁ、お前が付き合ってくれるなら、がんばって補習を受けるとするよ」

 

文乃 「ふふ……」

 

クスッ

 

文乃 「今の、言質とったからね。成幸くん」

 

 

………………幕間1 「TOMODACHI」

 

文乃 「お、おう……」

 

文乃 「すごいセンスだね、水希ちゃん……」

 

文乃 「でかでかと 『TOMODACHI』 と刺繍されたエプロンとは……」

 

………………

 

水希 (古橋さん、プレゼント開けてくれたかなぁ。気に入ってくれたかなぁ)

 

水希 (ふふ……)

 

キラン

 

水希 (……まぁ、認めてあげないこともないですが、)

 

水希 (まずは清く正しく、お兄ちゃんのお友達から始めてもらわないとね……ふふふ……)

 

水希 「………………」

 

水希 (……来年のクリスマスプレゼント用に、『KOIBITOMIMAN』 エプロンも作っとこうかな)

 

 

………………幕間2 「オマケ」

 

零侍 「……ゆ、唯我さん?」

 

花枝 「ごめんなさいねぇ、古橋さん。外食に行くって話をしたら……」

 

葉月 「こんばんは! 文姉ちゃんのお父さん!」

 

和樹 「ついてきちゃいました!!」

 

花枝 「お母さんだけずるいって言われてしまって……」

 

零侍 「あ、いえ……構いませんよ。葉月さんと和樹くんにもお礼をしなければなりませんから」

 

零侍 「葉月さん、和樹くん、何が食べたい? 私が何でも食べさせてあげよう」

 

零侍 (……まぁ、落胆していないと言えばウソになるが)

 

花枝 「あら、良かったわね、葉月、和樹」

 

葉月 「うーん、うーん……」 和樹 「何がいいかな……」

 

零侍 「……うむ」

 

零侍 (唯我さんの嬉しそうな顔が見られただけで、良し)

 

零侍 (しかし、まぁ……) ハァ (唯我くんのニブさは、間違いなく母親譲りだな)

 

 

………………5年後

 

文乃 「で、今現在、これだけ大きくなったわたしの胸を見て、どう思う?」 タユン

 

成幸 「へ……?」

 

成幸 「バカにしてたって……べつに、そんなことないだろ……」

 

成幸 「あと、胸の大きさなんて……そんな……」

 

文乃 「ふふん。そんなおぼこみたいな反応したって無駄だよ」 ムギュッ

 

文乃 「文乃お姉ちゃんは全部お見通しなんだからね」 ムギュムギュ

 

成幸 「お、お姉ちゃんてお前……何年前の話だよ……」

 

成幸 「あとお前、その……さっきから、胸が、当たってるんだけど……」

文乃 「わ・ざ・と。当ててるに決まってるでしょ」

 

成幸 「……お前な。そういうの、はしたないからやめろって」

 

ジトッ

 

成幸 「まさかお前、俺以外の男にも、同じようなことしてるんじゃないだろうな?」

 

文乃 「……!? 他の男の子に? す、するわけないじゃん! 成幸くんのえっち!」

 

成幸 「……お前の恥ずかしがるポイントがまるで分からないよ」

 

文乃 「あっ……は、話を逸らそうったってそうはいかないよ?」

 

ムギュウムギュッ

 

文乃 「正直、成幸くん、付き合い始めた頃は、わたしのおっぱいに関しては色々あきらめてたよね?」

 

成幸 「胸に関して諦めるってどういうことだよ」

 

文乃 「わたしのおっぱいが小さいから、りっちゃんのおっぱいを揉みたいとか思ってたよね?」

 

文乃 「あの、最終的にIカップ寸前まで成長したハザード級のおっぱいを」

 

成幸 「思ってねーよ! 恋人と共通の友達のおっぱい揉みたいとかただのダメ野郎だろそれ!」

 

文乃 「えっ? じゃあうるかちゃんの健康的な日焼け跡おっぱい?」

 

成幸 「お前ほんと俺のことなんだと思ってるんだ?」

 

文乃 「……ふーん。じゃあ、成幸くんは、わたしのおっぱい以外はどうでも良かった、と?」

 

成幸 「……いや、それを肯定しても、俺、お前のおっぱい目当てで付き合ったことにならないか?」

 

文乃 「……当時のわたしのAカップおっぱいには何の価値もなかった、と?」 ゴゴゴゴゴ………

 

成幸 「そんなこと一言も言ってないよな!?」

 

文乃 「じゃあ、質問を変えるけど、」

 

ムギュッ

 

文乃 「今現在、きみの恋人のおっぱいは、Fカップですが、それに関して何かコメントは?」

 

成幸 「コメントって……」

 

カァアアアア……

 

成幸 「……えっと、その……どんなお前も魅力的だけど……」

 

成幸 「……とても、その……よろしいと、思います、です……」

 

文乃 「よろしい」 フフン

 

成幸 「………………」

 

成幸 (得意げな顔がムカつく……。どうでもいいとか言うと拗ねるくせに……)

 

成幸 (まぁ、でも、そんなところもかわいいけど……)

 

文乃 (……なんてことを考えてる顔だね。あれは)

 

ニヤリ

 

文乃 (まったく。成幸くん、かわいいのは、照れながらも正直に答えてくれるきみの方だよ)

 

成幸 「……ったく、お前が胸のコンプレックス爆発させたせいで時間食っちまったじゃないか」

 

成幸 「新婚旅行の行き先、今日中に決めるって約束なんだから、早く探さないとだぞ」

 

文乃 「わかってるよー、だ。しっかり者の旦那さんを持ててわたしは幸せ者だなー」

 

成幸 「……ほんっと、調子いい女になったよな、お前」

 

クスッ

 

成幸 「俺も、お前みたいな美人でおっぱいの大きい嫁さんもらえて幸せ者だよ」

 

文乃 「えへへ……」

 

成幸 「午後からは結婚式の最終打ち合わせもあるんだからな?」

 

文乃 「うん! えへへ……」

 

成幸 「? どうした?」

 

文乃 「……ううん。結婚式、楽しみだなぁ、って」

 

成幸 「……まぁ、そうだな」

 

文乃 「えへへ。幸せにしてね、成幸くん!」

 

成幸 「おう!」

 

………………

 

………………古橋家

 

文乃 「えへへ……えへへへへへ……」

 

文乃 「ふにゅ……」

 

パチッ

 

文乃 「……ん……う?」

 

文乃 「あれ……成幸くん……?」

 

文乃 「………………」

 

ハッ

 

文乃 (……夢!? えっ、ちょっと待って……夢!?)

 

文乃 (わ、わたし……夢を見てた……?)

 

文乃 「………………」

 

スカッ

 

文乃 (……あ、うん。わかってたけどね。うん。胸、こうだよね。これがわたしの胸だよね)

 

ズーン

 

文乃 (っていうか……) カァアアアア…… (わたし、なんて恥ずかしい夢を見てしまったんだろう……)

 

 

………………一ノ瀬学園

 

うるか 「おっはよー! 文乃っちー!」

 

文乃 「あ、お、おはよ、うるかちゃん」

 

文乃 「………………」 ジーーーーッ

 

うるか 「? どったの? あたし、なんか変?」

 

文乃 「………………」

 

文乃 (……うん。相変わらず、筋肉質ながらもやわらかそうなおっぱいがふたつ)

 

文乃 (でも、夢の中のわたしは、もっと大きかった……)

 

うるか 「ふ、文乃っち? そんなに見つめられると、恥ずかしいよ……///」

 

文乃 「……ふふっ」

 

文乃 (なんだかわからないけど、少し勝った気分だよ……!)

 

文乃 (それと同時に、とんでもない虚しさを感じるよ……)

 

成幸 「……? 朝っぱらから何やってるんだ、あのふたりは」

 

理珠 「なんだか分かりませんが、関わらない方がいいと思います」

 

 

………………放課後

 

理珠 「……はぁ? 胸が大きくなる夢を見た?」

 

文乃 「……うん」

 

文乃 (恥ずかしいけど、笑い話になるかなと話してしまった……)

 

うるか 「へぇー。文乃っちのおっぱいが大きくなる夢ねー……」

 

うるか (……もし、文乃っちのおっぱいが大きくなったら、きっと完全無欠の超絶美女のできあがりだよね)

 

うるか (そうなったら……) ジーッ

 

成幸 (……そういう話は女子だけのときにしてくれないかな……)

 

うるか (……きっと成幸も、文乃っちのこと大好きになっちゃうよね)

 

うるか 「だ、ダメだよ! 文乃っちはおっぱい大きくなっちゃ!」

 

文乃 「ダメ!? 禁止されるようなことなの!?」

 

うるか 「文乃っちにもひとつくらい欠点がないとダメだよ! じゃないと……」

 

うるか (成幸が文乃っちのこと好きになっちゃうかもしれないし!!)

 

文乃 「……さりげなくわたしの胸が小さいことを欠点扱いされた」 ズーン

 

成幸 「ほ、ほら! アホな話してないで、さっさと勉強に戻るぞ。受験生だろ」

 

理珠 「その通りですよ。胸が大きくなる夢なんて、文乃の潜在的な欲求が表れただけのことでしょう」

 

理珠 「取るに足らないことですよ」

 

文乃 「………………」

 

ムギュッ

 

成幸 「なっ……///」

 

理珠 「な、なぜ無言で私の胸を鷲づかみするのですか!? 文乃!」

 

文乃 「“取るに足らないこと” ……?」

 

ギラリ

 

文乃 「そんな悪いことを言うのはこの胸かー! この凶悪なおっぱいなのかー!?」 ムギュムギュムギュウ

 

理珠 「や、やめてください! 成幸さんもいるんですよ……っ」

 

うるか (……成幸がいないとこでなら揉んでもいいのかな? 今度やってみよ)

 

成幸 「お、落ち着け、古橋! 緒方の胸を揉んでもお前の胸は大きくならないぞ!?」

 

文乃 「何でそこで全力で煽りに来るのかな成幸くん!?」

 

………………

 

文乃 「……ごめんなさい。取り乱しました」

 

理珠 「いえ、こちらこそ、取るに足らないことというのは言いすぎでした。ごめんなさい」

 

成幸 「……うん。俺も空気読めないことを言って悪かったよ」

 

うるか (胸ねー。水泳選手的にはあんまりないほうがいいんだけど……)

 

うるか (それを言ったらまた文乃っちが暴れ出しそうだからやめとこーっと)

 

うるか 「ん、そういえばさ、リズりん。さっきなんか変なこと言ってなかった?」

 

理珠 「はい?」

 

うるか 「文乃っちのセンザイテキナヨッキューがどーの、とか……」

 

理珠 「ああ……。潜在的な欲求の表出ですか」

 

理珠 「……最近、受験勉強の合間に心理学の勉強をしているのですが、読んだ本に出てきたんです」

 

理珠 「“即物的すぎる夢は、当人の潜在的な欲求を示している場合が多い”」

 

うるか 「???」

 

理珠 「……オホン。うるかさんに分かりやすいように、簡単な言葉に直すと、つまり……」

 

理珠 「夢に出てきたことが、本人が望んでいることだ、ということです」 

 

うるか 「夢がそのまま本人の望むもの……」

 

うるか 「……つまり、文乃っちはおっぱい大きくなりたいってこと?」

 

理珠 「……身も蓋もない言い方をするとそうなりますが、」

 

文乃 「………………」 ズーン

 

理珠 「今度こそ文乃の目が死んでしまったので、それ以上はやめてあげてください」

 

うるか 「えー、でもそれって面白いね!」

 

文乃 「……面白い? わたしが胸が小さいことで悩んでるのがそんなに面白いかー!!」

 

うるか 「ど、どうどう、文乃っち。そうじゃなくてさ……」

 

うるか 「夢に出てきたことをその人が望んでるってコトなんでしょ?」

 

うるか 「文乃っち、夢の中で、おっぱいが大きくなること以外に、何かなかったの?」

 

文乃 「えっ……」

 

文乃 「……あ」

 

 

―――― 『午後からは結婚式の最終打ち合わせもあるんだからな?』

 

 

文乃 「……っ」

 

うるか 「お、なんかあったのー? 教えてよー」

 

文乃 「だ、ダメ! ダメだよ! 絶対言えないよ!」

 

理珠 「? どうしたのですか、文乃。そんなに顔を真っ赤にして」

 

理珠 「胸が大きくなったこと以上に恥ずかしいことなのですか?」

 

文乃 「わたしがとんでもなく恥ずかしいやつみたいな目でみるのはやめてくれないかな!?」

 

うるか 「えーっ、じゃあいいじゃん。教えてよ~」

 

文乃 「………………」 (い……言えるかー!!)

 

 

―――― 文乃 『いやー、実はふたりの好きな人と結婚する夢を見たよ』 

―――― 文乃 『それがわたしの望みなんだとすると、今日からわたしたちライバルだね!』

 

 

文乃 (そんなこと言えるかーーーーーーー!!)

 

成幸 「……ったく。ほら、そろそろいい加減にしろよ」 スッ 「古橋も話したくないみたいだし」

 

文乃 「あっ……成幸くん……」

 

うるか 「えーっ! 文乃っちのガンボーが知りたいのにー」

 

成幸 「ダメだ。今から十五分後に英単語の確認テストをするぞ」

 

うるか 「へ!? 十五分後!? じ、時間ないじゃん! 早く勉強しなきゃ!」

 

成幸 「緒方も。十五分後に古文の活用の穴埋めテストするからな」

 

理珠 「は、はい! 今日こそ完ぺきにしてみせます!」

 

成幸 「古橋は、今日はひたすら計算だな。そろそろインテグラルとは友達になれそうか?」

 

文乃 「えっ、あ、う、うん。まだ殴り合いをしてる真っ最中かな……」

 

成幸 「存外熱血な友達の作り方だな。ま、いいや。不定積分の練習問題を繰り返しやっておいてくれ」

 

文乃 「うん!」

 

成幸 「気を抜くなよ。そろそろ積分三角関数が同居を始めるからな」

 

文乃 「……あんまり考えたくない、けど……」 グッ 「がんばるよ。成幸くん!」

 

成幸 「ああ、その意気だ」

 

 

………………

 

文乃 「………………」

 

カリカリカリカリ……

 

 

―――― 『わかってるよー、だ。しっかり者の旦那さんを持ててわたしは幸せ者だなー」』

 

 

文乃 (……わたしの胸が大きくなくても)

 

文乃 (わたしたちが結婚式を間近に控えた恋人同士じゃなくても)

 

文乃 (きみがしっかり者であることは、変わらない)

 

文乃 (……ねえ、りっちゃん、うるかちゃん。そして、成幸くん)

 

 

―――― 『夢に出てきたことが、本人が望んでいることだ、ということです』

 

 

文乃 (……わたしは、それを望んでもいいのかな)

 

文乃 (わたしは……)

 

文乃 (きみを、好きになっても、いいのかな……)

 

 

 

 

元スレ

成幸 「クリスマス、うちに来ないか?」

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1541592657/

える「気になりませんから…今日は帰りましょう、折木さん」 折木「具合でも悪いのか」【氷菓ss/アニメss】

 

える「私、気になりません…」

 

折木「今、なんて…」 

 

える「気になりませんから…今日は帰りましょう、折木さん」 

 

折木「え…」 

 

える「……」 

 

折木「千反田どうした?」 

 

える「はい?」 

 

折木「具合でも悪いのか」 

 

える「いえ、普通ですけど…」 

折木「いやいつもならさ…」 

 

折木「私!気になりますっ!」 

 

える「ふふっ、私の真似ですか?折木さん」 

 

折木「…笑われたよ」 

 

える「そうですね、前はそういう感じでした…けど」 

 

折木「けど?」 

 

える「なんか疲れちゃって…」 

 

える「これからは省エネで生きていこうかなって」 

 

折木「おい待て」 

 

折木「…省エネと言ったな」 

 

える「はいっ、それが何か…?」 

 

折木「俺とキャラが被るだろうが」 

 

える「……」 

 

折木「(なぜ黙る…)」 

 

える「…私、もう気になりません」 

 

折木「ぬ」 

 

える「省エネだから帰ります、お疲れ様でした」 

 

折木「(調子狂っちゃうな…)」 

 

千反田家 

 

える「はぁ…」 

 

える「私…気になりますっ」 

 

える「ふふっ…今日も気になる事が一杯ありました」 

 

える「帰り道、犬のうんちが綺麗なとぐろを巻いてたり…猫ちゃんがすごいセクシーな目で私を見ていたり…」 

 

える「うぅ…気になりますょ…」 

 

える「けど…」 

 

える「(これも折木さんの為…)」 

 

 

折木家 

 

折木「はぁ…」 

 

折木「千反田のやつ、何だってんだ」 

 

折木「……」 

 

折木「ふぅ…これは俺が一肌脱ぐしかないらしいな」 

 

折木「このままじゃ、氷菓脱力感溢れるアニメになってしまう…」

 

 

 

翌日・部室 

 

える「ふむふむ…」 

 

折木「おっす、千反田」 

 

える「あっ、折木さん…こんにち…」 

 

える「……!」 

 

折木「……」ニヤリ 

 

える「あ…あぁ…っ」 

 

える「(なぜ…折木さんはアフロヘアーに)」プルプル 

 

折木「ふぅ…今日は暑いな」 

 

える「(その髪型じゃ…当たり前ですよっ…)」 

 

える「わ、私…」 

 

折木「どうした、千反田」 

 

折木「(よし、言ってしまえ)」 

 

える「…そうですね、今日は暑いです」 

 

折木「そうだな」 

 

折木「(踏み止まったか…)」 

 

折木「うーんと…」モフッ 

 

える「……!」 

 

える「(アフロからペンを取り出した…!?)」 

 

える「(うぅ…他にも何か入っていそうですょ…)」ピクッピクッ 

 

折木「(これでどうだ…)」 

 

える「折木さん、冷たい麦茶などいかがでしょう」 

 

折木「ああ…悪いな」 

 

折木「(さすが良家のお嬢様だな、動じないか)」 

 

える「はい、どうぞ」 

 

折木「ああ、そういやさ…菓子持ってきたんだ」 

 

モァサッ 

 

える「あ…ぁ…」ピクンッ 

 

折木「千反田も食うか?」 

 

える「(や、やっぱり…入ってました…)」 

 

える「(この様子じゃ…まだ他にも…)」プルプル 

 

える「わ…私」 

 

える「…ありがとうございますっ、私、このお菓子大好きなんです」 

 

折木「(…手強いな)」 

 

える「それでは折木さん、また明日」 

 

折木「あぁ、またな」 

 

える「……」 

 

える「うっ…うわぁぁん!!」ダッシュ! 

 

える「私、気になりますっ…気になりますっ!」 

 

える「折木さんのアフロ…あそこまで収納性に優れたアフロ…!」 

える「うぅ…う…」 

 

涙を浮かべながら帰る、えるに対して 

 

折木「明日はどうしよ」 

 

折木「もっと千反田が気になるような事を…」 

 

 

 

 

翌日・昼休み 

 

える「はぁ…」ゲッソリ 

 

える「(気になって眠れなかったです…)」 

 

える「ちょっとだけお昼寝しましょう…」スゥ 

 

折木「……」ヌッ 

 

折木「千反田、ここにいたのか」 

 

える「折木さん」 

 

折木「俺も昼寝しようと思ってさ、隣いいか?」 

 

える「は、はいっ…」 

 

折木「よいしょっと」 

 

える「あぁ…っ!」 

 

える「(わざわざ布団を…!?しかもどうみても家から持ってきた…)」 

 

折木「あぁ、後、これこれ…」 

 

える「うっ…う…」ピクンッビクッ 

 

える「(熊さんのぬいぐるみ…!!)」 

 

える「(折木さんのキャラからは想像できない、可愛らしいデザイン…!)」 

 

える「お、折木さん…私…」プルプル 

 

折木「ん?どうした千反田」 

 

える「…寝過ごしたらいけないので起こしてくださいますか?」 

 

折木「わかった」 

 

折木「(ぬぅ…)」 

 

 

 

 

夜・千反田家 

 

える「眠れないです…」 

 

える「羊を数えても…折木さんのぬいぐるみが脳裏をよぎります…」 

 

える「可愛かったな、どこに売ってるんでしょう…気になります…」 

 

折木家 

 

折木「千反田も、なかなかに手強いな…」 

 

折木「明日で決着をつけよう…全然、省エネできてないし」 

 

翌日・体育 

 

教師「今日は、水泳すっから」 

 

える「はぁ…はぁ…」 

 

える「(寝不足のせいか、準備運動だけで疲れました…)」 

 

ザワザワ… 

 

える「……!」 

 

教師「おい折木、水着が学校のと違うだろう」 

 

折木「ああ、すいません…次からは持ってきます」 

 

える「折木…さん…」 

 

える「(そ、そんなに…食い込みの激しいブーメランを…!)」 

 

折木「……」 

 

折木「(ちょっと痛い)」 

 

教師「よーし、じゃあタイム計るから」 

 

教師「よーし」ピッ 

 

ザバッ 

 

折木「ほっほっ」 

 

える「あ…あぁ…」ビクッビクッ 

 

える「(他の生徒がクロールの中…折木さんだけがバタフライ…!)」 

 

折木「ふぅ…」 

 

教師「折木、2分30秒…」 

 

折木「気持ちいい!ちょー気持ちいい!」 

 

える「……っっ!!」ビクッビクッビクッ 

 

える「(そ、それは平泳ぎで…最下位なのに…)」バタ 

 

教師「おい、千反田!どうした」 

 

折木「千反田…」 

 

 

 

 

保健室 

 

える「う…うぅん…」 

 

折木「お、気が付いたか」 

 

える「折木さん…」 

 

折木「ゆっくり休むといい…今日の部活は中止だな」 

 

ギュッ 

 

える「帰っちゃうんですか…?」 

 

折木「…千反田」 

 

える「折木さん、意地悪です…」 

 

える「私…私…!」 

 

える「ずっと気になっていたんですよっ」 

 

折木「(過去形)」 

 

える「折木さんの事が気になって…夜も眠れなくて…」 

 

 

折木「…やっと言ってくれたな、気になりますって」 

 

える「え…」 

 

折木「それが聞きたくて、色々してたってわけさ」 

 

える「そ、そうだったんですか…」 

 

折木「どんどん言ってくれ、その方が千反田らしいから」 

 

える「お、折木さん…」グスン 

 

折木「おい…泣くなよ」 

 

える「気になりますっ…私…ううっ…う…」ガバッ 

 

折木「お、おいっ…」 

 

折木「(我慢してた緊張から解放されて泣いちまったか…)」 

 

える「はい、折木さんの負担を減らそうと…」 

 

折木「それで気にならないとか言ったのか」 

 

える「はい…」モフモフ 

 

折木「アフロを触りながら喋るな」 

 

折木「負担になんてなってないさ」 

 

える「け、けど…省エネが何とかって」モフモフ 

 

折木「最近の一連の行動でエネルギー全開だったからな、だから慣れた」 

 

える「そ、そうですか…」モフモフ 

 

える「じゃあ…折木さん」モフモフ 

 

折木「うん」 

 

える「私、気になりますっ!」ニコッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

える「私、気になりません…」

https://hayabusa.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1338025736/


 

いろは「じゃあ….ちゅーしてもいいですか?///」【俺ガイルss/アニメss】

 

寂れたアパートの一室。シックなガラステーブルと、積み上がった本と、それから湯気を吐き出すマグカップ。耳に届くのはぱたぱたと窓を叩く雨の演奏と、一定のリズムを刻む文庫本のページを捲る音だけ。

 

厳密に言えば頭上のほうから聴こえる静かな息遣いとか、他の部屋の生活音もだけど、それを気にするのは流石に神経質過ぎる。

 日常的に触れる音はさして気にならないものだ。息遣いは別枠かもしれないけど、こちらはこちらで心地がいいから問題ない。

 

 前頭部から首と背中をまるっと含めて腰の辺りまでの範囲に感じる温もりで、なんだかうつらうつらとしてくる。

 

 この部屋にはテレビがないから、小説かなにか、暇つぶしになるアイテムを持参しないとこうしてじっとしているくらいしかやることがないのが困りもの。先輩の本なら目の前に沢山あるし、これ読もうかなぁ……。

 

「ふぁあ……」

 

 あまりに時間を持て余し過ぎてあくびが出てしまった。別に嫌なわけじゃなくて、さっき思った通り心地よさがあるから、その影響も大きい。黙ってこうしてるだけで幸せなんだから、わたしも安い女になったもんだ。

 

 そんなわたしを見てなにか思うところがあったのか、先輩はわたしの頭に乗せていた顎をずらし、左手だけ文庫本から離して、ぽすぽすと頭を撫でる。

 

「……悪いな。暇か?」

「ふふ、お気遣いありがとうございます。でも、だいじょーぶですよ」

 

 口と耳にあまり距離がなかったせいか、なんだかこそばゆい気持ちになりながら、のんびり言葉を返す。

 

 しかし、どうも愛しの彼氏サマにはご納得いただけなかったご様子。栞を挟んで本を閉じると、そっと手を重ねられた。先輩の胸を背もたれにしているから顔は見えないけど、今どんな表情をしているのかはなんとなく分かる。

 

 

「もぅ、ほんとに大丈夫なのに……信用ないですね?」

「……そういうつもりじゃ、なかったんだが」

 

 なにを言えばいいか迷っているのか、先輩は黙ってしまう。こういうところはまだまだだなぁって感じだけど、そんなまだまだがわたしにはとっても愛おしい。

 

 手のひらを重ねるのがやっとなところ、どこかわたしの機嫌を伺ってしまうところ、言葉を探して動きが止まってしまうところ。変えて欲しいと思ったことがないとは言わない、でも、変わって欲しくないと思ったことがないとも言えない。これから先どう変わっていっても、先輩はわたしのだいすきな先輩だ。それは、変えたくないこと。

 

 焦りか、緊張か。手の甲に触れていた少し汗ばんだ手のひらを、手を返して優しく握る。

 

「あはっ、冗談ですよー。……わたしを気遣ってくれたこと、わたしはちゃーんと喜んでます。ありがとうございます」

 

「……そう、か? それなら、まあ、いいんだが」

 

「あー、まーた信じてくれないんですかー?」

 

「……誰かを信じるってのは、勇気のいることだ」

 

「あ、はぐらかした」

 

 むぅ。先輩のこういうところも、嫌いで好きです。……どっちかにするのは、ちょっと難しい。乙女心は複雑なんです。

 

「はぁーあ……それで? 読書を中断した先輩はわたしとなにをしてくれるんですかー?」

 

「それは……だな」

 

 あー、これは考えてませんでしたね。まあ知ってましたけどね。わたし、現代文の筆者の気持ちは分かりませんけど、先輩のことならお見通しなんですよ?

 

「まーた、意識飛んでってる……」

 

「わ、悪い」

 

「怒ってませんから、謝らなくていいんです。ちゃんと考えようとしてくれてるところは高ポイントですよ。わたしは悪いところよりいいところを探して褒める良き上司なのです」

 

 わたしが頭の悪いことを言うと、先輩は微笑みを漏らす。

 

「ホワイトだな」

 

「お給料は出ませんけどね」

 

「ホワイト詐欺……」

 

 なんですかそれ。なんかソフト◯ンクが関わってそうですね。ホワイトプランっつって。あれ、なにがホワイトなのかぶっちゃけよく知らないけど。

 

「まあでもブラックって給料は少ない、残業代は出ない、朝早くて夜遅いけど、断れない人間が溜まってくから人間関係は悪くないみたいな話は聞くな」

 

「……唐突にリアルな話するのやめてもらっていいですか」

 

 なんだそれ、怖いよ。怖いし怖い。あと怖い。……断れない人間か。確かに、仲がいい人がいると辞めたいと言い出しづらかったり、仕事を抱えているときになにか頼まれても押されてしまうのかもしれない。やだなぁ……働きたくないなぁ。

 

「俺は専業主夫志望だから関係ないけどな」

「なっ、わたしが専業主婦になります! 先輩は働いてください!」

 

「えー……」

 

 すっごく嫌そうな声だった。このダメ男め。まあ、こんなことを言いつつも、なんだかんだで働いている先輩を想像するのは難しくない。ていうか、めっちゃイメージ出来る。

 

 しかし、ここで主婦を譲るのも癪だ。先輩がわたしを働かせようなんて百年早いです。繋いだ手にきゅっと力を込めて、

 

「……わたしは、わたしのために頑張ってくれた先輩に毎日、『おかえりなさい』って言ってあげたいなーとか、思うんですけど」

 

「……そういう言い方は、卑怯だろ」

 

 ふふん、ちょろい。今回はわたしの勝ちですね。

 

「ほんとお前……かわいいを作るのはうまいよな」

 

 悔しげに零した台詞は意趣返しだろうか。前のわたしならちょっとムキになっていたかもしれないけど、こんなのはもう慣れてしまった。なんなら、ちょっと楽しいって思っちゃうくらい。ふっ、またかわいくなってしまったか。

 

「先輩の彼女としてちゃんとかわいく出来てるようでなによりです、えへへ」

 

「……あざとい」

 

 降参らしい。それっきり先輩は黙りこくってしまう。拗ねてるくんを横目に勝利に浸るのも悪くないんだけど、結局最初の『なにをするか』についてが一切決まってないんですよね……。っべー、話題逸れまくリングだわー。や、戸部先輩はどうでもいいんですけど。

 

「このままぼーっとしてますか?」

 

 体重を預けつつ問いを投げると、あーとかんーとか曖昧な返事。……やることないしなぁ。外は雨だし、付き合ってる男女が休日に家ですることってなんだろ。

 

 んー、セッ……は昼前からなにやってんだよって感じだし、うん。そもそもそんな気分でもない。ていうか、昼前からなに考えてんだこの頭、軽く死ねますね!

 

「……お昼」

 

 そうか、お昼か。お昼ご飯か。お昼がないから、お昼ご飯を作ればいいじゃない!

 

「お昼ご飯を作りましょうっ!」

 

 ばっと立ち上がって先輩に視線を向けると、先輩はしばらくぽかんとした後に無性に腹立つ顔になる。なんですかそのバカを見るみたいな顔は。なんかイラっとします。

 

「はぁ?」

 

「だーかーらー、お昼ごはんですよー。お、ひ、る。どゅーゆーあんだーすたん?」

 

「なんだそれ、無性に腹立つな……」

 

「先輩の真似です」

 

「納得した……そりゃ、腹立つわけだわ」

 

 納得しちゃうのかよ。自覚があるなら直せばいいのに……おっと、そんなことより、お昼ごはんだ。冷蔵庫、なに入ってたっけ。

 

「先輩、冷蔵庫に出発です」

 

「……へいへい、了解です」

 

 のそのそと重そうな腰を上げた先輩とキッチンへ向かう。一人暮らしにしては大きめの冷蔵庫を開けると、すっからかんな中身が目に飛び込んできた。

 

「「うわぁ……」」

 

 ハモった上に顔を見合わせてしまった。それから二人揃って窓に目を向けるが、何度見ても雨は止んでいない。わー、面倒くさーい。

 

「……どうします?」

 

「……どうすっか。つっても、買いに行くしかねぇよなぁ……」

 

「ですねぇ……はぁ」

 

 まさに意気消沈。わたしは今すぐなにか作るっていう気分だったのに! 休み前になにも買っておかないとか、この腐った目の人は一体なにを考えてるんですかね。

 

「すまん……なんも考えてなかった」

 

「いいですよ、別に。いつまでもうじうじしてても仕方ありませんし、ぱっと支度してぱぱっと行きましょう! なに、車でちょっと走るだけです。無問題!」

 

「悪い……」

 

 もー、この人暗いんですけどー! せっかくわたしが明るく振舞ってるってのに。わたしのことなんかそんな気にしなくていいのに!

 

「……今日は家でゆっくり過ごしたいとか言ってたろ」

 

「あー……」

 

 確かに来たときにそんなことを言ったような言っていないような。そういうのいちいち覚えててくれるのポイント高いですけど、その通りにいかなかったからってテンション下げるのはポイント低い。

 

「わたしはもうお出掛けるんるんの気分です! ほら、支度してください! 次謝ったら怒りますよ!」

 

「お、おう、あ、あー、なんだ……ありがとな」

 

「はいっ、どういたしまして!」

 

 そんなわけで支度タイム。と言っても、着替えるくらいだからたいして時間はかかんないんだけど。お化粧はー……マスクすればいいよね。

 

 服はなにを着ていこうか。ちなみに今のわたしの格好はスウェット。こちらは家に来てから着替えたので、一応もともと来ていた服がある。……それでいいや。

 

 ロンティーにショーパン。脚がちょっと寒いけどタイツ履いてるし、車だし、おーけーおーけー。あ、先輩の上着借りよーっと。……よし。

 

「準備かんりょーですっ」

 

 びしっと敬礼をしながら先輩を見れば、どうやら先輩も支度を終えた様子。っていうか、とっくに終わっていたらしい。さては見てたな……?

 

「せんぱいのえっち」

 

「は、はぁ? こんなとこで着替えるお前が悪いだろ……」

 

「言い訳無用! うおりゃー」

 

 ずどーん。両手を開いて胸に飛び込むと、しっかり受け止められてしまった。くっ、まだまだ威力が足りませんね。これはエネルギーを補給する必要があります。ぎゅぅー。

 

「あの……いろはさん?」

 

 いろは。そうやって名前を呼ばれるたびに、いつかの真っ赤な先輩の表情が脳裏に浮かぶ。頼めば、呼んでくれる。そういう関係になったんだなぁ、わたしたち。もう一年も経つのに、いまだにそんなことを思う。

 

「ふぅ。エネルギー充填かんりょー! さてっ」

 

 背に回していた腕を下ろして、先輩の手を握った。

 

「お買い物にレッツゴーです!」

 

 空いた手で拳を作って天井に伸ばすと、隣からふはっと噴き出すような笑みが聴こえてきた。……なんかちょっと恥ずかしいな。

 

「おう」

 

「では、手を握っていては靴が履けないので、一旦離しましょう」

 

「……なんで繋いだんだよ」

 

 呆れ混じりに吐き出された言葉を無視して、ぱっと手を離して靴を履く。玄関は狭いので、扉を開けて外で待っていると、ふと重要なことに気づいてしまった。

 

 ……車で行くと、手が繋げないのでは。

 

「……どうした?」

 

 とんとんとスニーカーのつま先で地面を叩きながら問われ、視線が右往左往。……どうしよっかな。手は繋ぎたいけど、雨には濡れたくない。ブーツサンダルだし。

 

 うーんと悩んでいると、なにを思ったのか先輩は立て掛けてあった傘を持って私の手を握る。

 

「えっ、あの」

 

「駐車場まででもなんだかんだ濡れるからな」

 

「あー……はい」

 

 そうことじゃ、ないんだけどなぁ。なんて、歩きながらちらりと視線だかを向ける。めんどくさい女だなぁ。……これといってなにかをして欲しいわけじゃないっていうのが、一番面倒。

 

 車のドアを開けてくれた先輩にお礼を言って、車内に入る。手は繋いでいられないものの、座り慣れた助手席もこれで中々悪くない。……いつでも繋げるしね。

 

「……明日、晴れるらしいぞ」

 

 

 シートベルトを締めながら、そんなことを言う。あんまりにもいきなりだったから独り言かと思ったけど、そういうわけではないらしい。わたしは天気予報を見るタイプだから、明日が晴れなことは知ってるけど……それがなんなんだろう。

 

 不思議に思って、エンジンを掛ける先輩の横顔をぼーっと眺める。車が走り出すと同時、その唇が動いた。

 

「……どっか、出掛けるか? 散歩でも出来るようなとこ」

 

「っ……!」

 

 え、え、なに、えぇぇぇ、なになに待って! なにそれ! 反則なんですけど! なーっ、えーっ、無理ぃ……軽く死ねますね。

 

「……えっと、あの、は、はい。ありがとう、ございます……」

 

 でも、なんで? そんな疑問が顔に出ていたのか、先輩は前を向いたまま口を開く。

 

「……お前が手を落ち着きなく動かしてるときは、だいたいそういうときだろ」

 

「そんな前例ありましたっけ……」

 

「癖なんじゃねぇのか、知らんけど。よくやってる」

 

「へ、へぇー……よくやってるんですね、わたし」

 

 あぁ、思い返して見れば、手を握りたいなとか思ったときはいつも先輩が手を握ってくれていた気がする。うわぁ……なんか、こう、こそばゆい。

 

「……ちゃんと、見てるんですね」

 

「そりゃあ見るだろ……彼女なんだから」

 

 う、うわ、うわぁぁぁあああ! なんっ、なんだこれ、なんだこれ! すごい……すごいなんか、恋人っぽい。あー、もう、うれしいっ!

 

「せんぱい、ほんと、あざといですよぉ……」

 

「……ほっとけ」

 

 ああ、なんか今、すごいアレ。すごい抱き着きたい。

 

「先輩」

 

「なんだ」

 

「わたし、帰ったらいっぱいいちゃいちゃしたいです」

 

 ぐわんと車体が揺れた気がした。

 

「っ……あのな、唐突にそういうこと言うのやめろ」

 

「だって、ほんとにしたいんですもん……」

 

「はぁー……分かった分かった。気の済むまでどうぞ……」

 

「むぅ。なんか他人事みたいでいやですー」

 

 とか言ってみたりして。本気で思ってるわけじゃないのは声でバレバレなんだろーなぁ。喜びが大きくてうまく調整出来ないのが悔しい。

 

「はいはい」

 

 予想通り、適当にあしらわれてしまった。

 

 そうこうしているうちに近所のスーパーマーケットに到着。近所にスーパーがあるかどうかは住居選びの重要なポイントだ。毎日毎日買い物に行くのは面倒だし、かと言って纏めて買うと駐車場から家までの距離でも結構しんどい。

 

 それを知ったのは決めた後だったから、進学直後は自炊はサボり気味になっていた。今は先輩がわたしの部屋に来るときとかに買い物を手伝ってくれるのでなんとかなってるけど。

 

 それはともかく買い物である。売り場に出て、まず青果物から見ていく。

 

「なに作るんだ?」

 

「うーん、そうですねぇ」

 

 昼食はまあ軽いものでいいとして、夕食や明日の分も考慮して買わないとだ。とりあえず昼食の献立は……チャーハンとかでいいかな。

 

「チャーハンにしましょう。チャーハンの具材なら余っても他の料理に使いやすいですし。なにチャーハンが食べたいですか?」

 

「そうだな……海鮮、とか?」

 

「海鮮……」

 

 そうなると、むきエビとかカニカマとかかな。野菜はパプリカでいいや。余ったらサラダにしよう。それなら、レタスとトマト……は先輩が食べれないからなしにして、レタスはハーフカットのやつで。

 

 じゃあ、夜はお好み焼きでも作ろうか。海鮮と豚玉、二枚焼いて半分こすれば両方食べれるし。明日は……明日は出掛けるとしても、外食にするのかお花見シーズンだしピクニック的な感じでお弁当を持っていくのかで変わってくる。

 

「明日は何時に出掛けましょうか」

 

 ポンポンととりあえず明日の夕食の分を含めた材料を入れながら訊ねる。

 

「そうだな……午後でいいんじゃないか? それとも早く行って昼過ぎに帰って来るか?」

 

「あー……そっちのほうがいいかもですね。帰ってきてすぐさよならはちょっとその、アレですし?」

 

 だったら、昼はお弁当でも持って行けばいいか。お弁当を食べて、それから帰ってくるって感じで。お弁当かー……おにぎりと卵焼きとウインナー、唐揚げにアスパラベーコン? ベーコンは豚バラでいいな。よしよし。

 

「おーけーです。買うものは概ね決まりました。なにか必要なものはありますか?」

 

「……酒?」

 

「酒って……ウェイ系大学生みたいなこと言いますね」

 

「……たまには二人で飲んでもいいか、って思ったんだが」

 

「あー……うん、い、いいですね」

 

 二人とも二十歳を超えているというのに、確かにあまり二人でお酒を飲んだ記憶はない。お呼ばれしてみんなでとかならあるけど。お酒は嫌いじゃないけど、わたしも先輩も特別強いわけじゃないし。

 

 二人でのんびり宅飲みかぁ。いいですいいです。なんかいい雰囲気です。勝手に妄想しただけだけど。

 

「……そんなところですかね」

 

「だな」

 

 そうと決まればぱっぱと買うものを買ってレジにゴー! 思っていたより多くなったけど、先輩が月曜日以降に使うものも含まれているのでこんなものだろう。

 

 そうして再び戻ってきた車の中。信号待ちでぼーっと外を眺めているときに、書い忘れがあることに気付いた。

 

「あっ、先輩コンビニ寄ってください」

 

「は? 構わんけど……なんか買うのか?」

 

「えっと、はい……あの、コ……アレが切れてるじゃないですか」

 

 わたしが微妙に伏せて伝えると、先輩もなにを忘れているのか思い至ったらしい。あーと納得するような声を発して、頭をぽりぽりと掻く。な、なんかこういうのって、さらっと言えるときと言えないときがあるよね!

 

「じゃ、じゃあ、買ってきますね」

 

 コンビニに停めた車から降りようとすると、先輩がそれを止める。

 

「あー、俺が買ってくるわ」

 

「え? あ、はい……」

 

 理由を訊く間もなく行ってしまう。……なんで先輩が?

 

 なんでだろーと考えているうちに、先輩は小袋を片手に戻ってくる。袋の中には四角い箱が入っていて、なんだか妙な空気になる。なんか、なんか、あれだ。……生々しい。

 

「……わたしじゃなんかまずかったですかね」

 

 走り出した車内でそっと訊ねると、先輩は言いにくそうに顔を逸らして、

 

「……なんつーか、お前がこれを買ってるところを他のやつに見られるのが嫌、みたいな。意識し過ぎなだけだろうけど」

 

 ……えぇと、それは、そういうことですよね。わたしがこれを持って行ったレジの店員さんが男の人だったりして、変な目で見られたくない的な。

 

「……いや、ほんと、過剰ですよ」

 

 今までそんなこと全然考えてなかったっていうか、いやいや、もちろんちょっとは男の人のレジより女の人のレジにと思ったりもするんだけど、そ、それを先輩が考えて、こうして行動に移されると、なんかこう言葉にならないっていうか。

 

 喜んでいいのかどうすればいいのか分かんないよー! 独占欲? 独占欲でしょ、これ!? ああ、なに、もう。今日の先輩ほんとなに! なんなの! ちょっとかわいいんですけど……。

 

「……先輩いつもわたしが飲み会とか行ってもなんにも言わないから、そういうの、ないんだと思ってました」

 

「……ないわけねーだろ。そんなことでお前の交友関係に口出しなんて出来ないし、したくないから言わないだけで……なんかもやっとするときはある」

 

「そ、そう、なんですね……」

 

 あー、もうやめて! 顔が、顔がぁ! はー、無理、頬緩む。しんどい、お家帰りたい、やっぱ一緒にいたい。

 

「なににやにやしてんだよ、気持ち悪い……」

 

「ひっど……愛しの彼女になんて言葉吐くんですか! かわいいじゃないですか!」

 

「自分で言うなよ……」

 

「ふふん、否定しないところは褒めてあげます」

 

 ふっ、と優しげな微笑みが車内に落ちる。それを見たらなんだかわたしも笑えてきて、家に着くまで二人で笑ってしまった。……やだやだ、ほんと、この人のこと好きだなぁ。

 

 微妙な空気もくすぐったさも心地よさも、この人とならと思えてしまう。この人だからと感じてしまう。ベタ惚れだー、わたし。

 

「たっだいまー!」

 

「ただいまっと……」

 

 どさっとレジ袋が玄関に置かれる。先に上がったわたしはそれを持ってキッチンへ。コンビニのレジ袋は、うん、まあ、適当なところに。

 

 遅れてやってきた先輩と今必要なもの以外を冷蔵庫にぶち込んで、お待ちかねのクッキングタイム! 誰が待ってるんだろう。わたしと先輩の胃袋かな。

 

「では、今から海鮮チャーハンを作っていきたいと思います」

「おう。なにすりゃいいんだ?」

 

 隣の先輩は腕まくりをしてやる気満々のご様子。こんな先輩も珍しい。料理を手伝ってくれる彼氏……ポイント高いですね!

 

「そうですねー……じゃあ先輩にはサラダを担当していただきます。まずパプリカとレタスを洗って、パプリカの四分の一くらいを1cm程度に四角く切ってください。レタスは適当にむしってくださいね」

 

「それだけでいいのか?」

 

「はい、まずはそれだけです。チャーハンは簡単なので、それをやってもらっている間に準備終わっちゃうと思いますし。なにかあればその都度お願いします」

 

「りょーかい」

 

「あ、パプリカを切るのを先にお願いしますね」

 

「おう」

 

 というわけで、調理開始。わたしはわたしでむきエビだけでは味気ないと思って買ったイカを処理していく。

 

 えっと、1cm角に切ったイカとむきエビを合わせて塩と酒で下味を……と、淡々とやっていくうちに先輩も終わったらしい。チャーハンに必要な分のパプリカをこちらに寄越す。

 

「では、パプリカの残りの部分を薄切りに、ああ、あと、そこの引き出しに乾燥わかめが入ってるので、それを適当に水で戻しておいてください。結構大きくなるのでやり過ぎに注意してくださいね」

 

「分かった」

 

 素直でよろしい。いつもこれだけ素直だったらいいのに。いや、それはそれでつまんないか。こういう性格の先輩がわたしは好きなわけだし――っと、そんな話は今はよくて、わたしも調理を続けないと。

 

 油を熱したフライパンにイカとむきエビを投入。しばらく炒めたら、溶き卵、それからご飯、最後に先輩が切ってくれたパプリカを入れてパラパラになるまで炒める。

 

 そして満を持して登場するのがこちら、日本の台所に欠かせないAJINOMOTO。この味の素の干し貝柱スープも、チャーハンの具材兼味付けにと購入したものだ。これと塩、醤油、胡椒で味を整えれば完成! 海鮮チャーハン!

 

 ちらと先輩に目をやれば、サラダの盛り付けを終えていたらしくこちらを見ていた瞳と視線がぶつかる。

 

「お疲れさまです」

 

「お前もな」

 

 うーん、いい! いいですね! 二人でお料理いいですね! なんかこうぐっとくるものがありますよ! なんだかもうお腹いっぱいです!

 

「では、運びましょうか」

 

「だな」

 

 二人で作ったお昼ごはんを二人でガラステーブルへ運ぶ。本日の献立はイカとエビとホタテの海鮮チャーハンとパプリカとレタスのワカメサラダです。うん、見栄えいい!

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

 

 いざ、実食! まずはチャーハンから。スプーンで掬って一口目を口に運ぶ。ぱくっと食べてみると、想像より美味しいお味。

 

「なんかこの前より美味しくないです?」

 

「だな……ああ、確か前作ってもらったときはイカがなかった」

 

「あ、それですね。カニカマも普通にそれっぽいですし、具材が増えると豊かさが増しますね」

 

 具材たっぷりとまではいかないものの、チャーハンの素だけですみたいな質素さはない。それなりの手間をかければそれに見合うものが出来るのです。

 

「豊かさって……まあ変に高級な材料買わない限り、自炊してりゃそこそこのもん作れるしな」

 

 

「ですです。このサラダも美味しいです、やりましたね! この前先輩に作ってもらったドレッシングがいい感じにマッチしてます」

 

「俺は言われた通りやっただけだ」

 

 またー、謙遜しちゃってー。必死に誤魔化しても照れてるのバレバレですよーだ。あー、しあわせー。

 

 しかし、食べれば当たり前だが失くなってしまう。やっぱり今回のこの美味しさは先輩が手伝ってくれた故のものだと思うんですよね。前に手伝ってもらったときも美味しかったし。思い出込みでこの味っていうか。

 

 毎回は流石に申し訳ないというか、わたしがご飯を作るのはいつもちょっぴり迷惑をかけてしまっていたり面倒な女の相手をしてもらっている感謝の気持ちもあるのでアレだけど、またそのうち手伝ってくれたらいいなぁ。

 

「ごちそーさまです」

 

「ご馳走さん」

 

「美味しかったですね」

 

「だな。……言ってくれれば、なるべく手伝うようにするが」

 

「だいじょーぶです! わたしがしたくてしてることですし、また暇ですることがないときにでも一緒にお料理しましょ」

 

「……おう」

 

 気恥ずかしいのか、頬が少し赤らんでいる。まったく、よく出来た彼氏さんです。流石わたしの先輩です。調子乗るから言わないけど。

 

「ではでは、わたしはちゃちゃっと片付けちゃいますので先輩は本でも読みながらくつろいでてください」

 

「片付けくらい、俺も……」

 

「ご好意はありがたいですけど、ここは大丈夫です」

 

「そうか?」

 

「はい。わたし、待っててもらうの結構好きなので」

 

 待っててくれる人がいる。それだけで頑張れちゃうものだ。バカみたいだけど、バカでいい。そんなバカな毎日が、わたしにはとっても幸せなことだから。

 

 ふんふんと、鼻唄を歌いながら食器や調理器具を洗っていく。一通り終えてリビングに戻ると、先輩はすっとわたしが座る場所を作ってくれる。

 

 わたしは先輩の足と足の間に腰を下ろして、ふぅと息を吐いてから先輩に寄りかかる。至福。

 

 どちらともなく手を繋いで、静かな空間でお互いの息遣いと鼓動だけを感じる。なにも話さなくても、態度が、心臓の音が、今ここでこうしている相手が大切で、同時に大切に想われているのだと教えてくれた。

 

 この時間が好きだ。手を繋いで、背中とお腹をくっつけて、二人が一人になったような気分になる。一体感っていうのかな。

 

 同じ気持ちなんだって想うことは、どこまでいっても確証が得られるわけではないけど。その不確かさこそを尊く思う。

 

 お互いがお互いのすべてを知り得ない。また、伝えきることも難しい。だから、人は人を信じるのだ。その穴を埋めるように、相手を信じるのだ。

 

 身勝手な信頼。それは決していいものではなくて、相手を縛りつける鎖になり得る。ただ、どちらも信頼されることを望み、どちらも信頼することを望むのなら、たとえその望みが知覚できなくとも、幸福を得ることが出来る。

 

 言葉なんていくらでも飾れて、心なんて知りようがない。態度から窺いしれるなにかは微かなもので、当たりもすれば外れもする。疑いだしたらキリなんてなくて、辛くなっていくばかりだから、それなら信じようっていう。

 

 弱さだ。人の弱さで、辛くなりたくないばかりに相手に求める脆さ。拭っても消えることはなくて、隠しても滲み出てくる。人を信じるのは人の弱く脆い特性でも。

 

 でも、他の個体を信じるということが出来るのは人間だけで、だからそれはきっと、とても……とても、素敵なことなんだと、わたしはそう思いたい。

 

 背中から伝わるこの熱がきっとこの先もずっとわたしのそばにあるのだと、そう、信じたい。

 

「ね、先輩」

 

「……なんだ?」

 

「今日も、好きですよ」

 

「なんだよ、急に……」

 

「言いたくなったんです」

 

 言いたくなった。ずっと言い続けていたいといつも感じている。わたしはこーんなに先輩のことが好きなんだって、全部伝わらなくても、少しだけでもいいから、伝わって欲しい。知って欲しい。わたしのこと。

 

 手を離して、くるりと身体を先輩の正面へと向けた。そのまま跨るように先輩の腰の辺りに座って、背中に手を回す。……温かい。

 

「……いちゃいちゃする約束です」

「許可はしても、約束した覚えはない……」

 

 なんて言葉を口にしつつも、先輩は優しくわたしをら抱き寄せてくれる。はー……。

 

「……ちゅーしたいです」

 

 先輩の胸にぐりぐりと頭を押しつけながらそんなことをつぶやいた。あー、これあとでめっちゃ恥ずかしくなるやつだー。でもいーや。今はいっぱい恥ずかしいことがしたい。そういう気分なんだから、仕方ない。

 

 そろーっと上を向くと、いきなり唇を塞がれた。

 

「んむっ」

 

 自分から言いだしたとはいえ、不意打ちはキツい。心がもたない。お酒も飲んでいないのに、なんだかくらくらしてくる。

 

「……もっと、ください」

 

「……今回に限っては、お前が悪い」

 

 直後、再び唇が触れ合う。

 

 それだけが幸せとは言わない。ただの日常も、内容のない会話もわたしには充分過ぎるくらいに幸せで。

 

 でも。

 

 こういう分かりやすい幸せも、やっぱり欠かせない。

 

 

 今日のわたしたちの一日は、どうやら長くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

二人の一日

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1523217588/


 

陽乃「私のこと気づいたのは….君が初めてだよ…」【俺ガイルss/アニメss】

 

――比企谷八幡、二十歳。ある冬の日。一月

 

 

八幡「お疲れ様です。ありがとうございました」

 

引っ越し業者「ご利用ありがとうございました!」

 

八幡(高校を卒業した俺は、大学入学時に住み慣れたあの町を離れた)

 

八幡(正直実家から出るのは面倒だと思っていた。だが実際に一人暮らしを始めてみると、何もかも自分の思うがままにできるのは意外と悪くない)

 

八幡(だが入学時に決めたアパートが最近になって少し不便だと思い、もっと条件の良い物件が見つかったので大学二年目の冬にして引っ越すことにした)

 

八幡(前よりも大学から近いし、コンビニや本屋、スーパーもすぐそこ)

 

八幡(何より、部屋にロフトがついていたのが気に入った)

 

八幡「~……♪」

 

八幡(軽くアニソンなんぞを口ずさみながらロフトを昇る)

 

八幡(小さい本棚を置いたり、コンポ置いたり。秘密基地を作るみたいで、悪くない)ニヤニヤ

 

八幡「よっと」

 

八幡(梯子の最後の一段に手をかけた時だった)

 

???「……あなた、誰?」

 

八幡(明らかに下半身がロフトの壁に埋まっている女性が、不思議そうに首をコテンと傾けてこちらを見ていた)

 

八幡「いや。……いやいや」

 

八幡(どうやら最近のアパートには変わったオブジェが置いてるらしい。動いて喋る人間っぽい置物か。心臓止まるかと思っt)

 

陽乃「こんにちは。君は新しい入居人なのかな?……私は雪ノ下陽乃、幽霊だよ」ニコ

 

八幡「…………」ボー

 

陽乃「あ、そこで意識トぶと落ちるよ」

 

八幡「……夢か」

 

陽乃「ざーんねん、現実です」ニコ

 

八幡「……ちょっと、外に出てくるかな。きっと散歩して戻ってきたら何もないただのアパートだろ。ヒッキー知ってるよ、幽霊なんかいないって」

 

陽乃「今、会話もしたのに。そういう諦めが悪い男の子嫌いじゃないけどね」

 

八幡(そう言って彼女は、悪戯っぽく笑った。全身が壁からゆらりと出てきて、こっちに這い寄ってくる)

 

八幡「……」サササ!

 

八幡(かつてないほど俊敏な動きでロフトから降りて、玄関に猛然とダッシュした。ていうか多分もう俺死ぬ!殺される!)

 

陽乃「わ、ちょっと待ってちょっと待って。ストップ!何もしないから」

 

八幡「いや無理です!!」

 

ダンダンダンダン!!!! ウルセーゾオイ!!!

 

八幡「すんません!」

 

 

――十分後

 

八幡「……やっぱり、本物なんすね」ビクビク

 

陽乃「うん、本物の幽霊だよー。ほら、触れないでしょ?」

 

八幡(そう言って彼女は俺の右手に左手を重ねようとした。が、本来そこにあるはずのそれは、あっさりと俺の右手をすり抜けて行った)

 

陽乃「ね?」ニコ

 

八幡「まあ、たしかに。……はあ、マジか。特別この部屋が安かったわけでもないし、管理人さんから何も聞いてないんですけど」

 

陽乃「多分、管理人さんは知らないからねー。私に気づいたの、あなたが初めてだし」

 

八幡「ええ……気づきたくなかった……」

 

八幡(今まで幽霊など見たこともないし、その手のものに興味を持ったこともなかったのに)

 

陽乃「こんな美人な幽霊なんだから、まあ許してよ」

 

八幡「……はあ」

 

八幡(幽霊――たしか雪ノ下陽乃って言ったか。彼女はニコニコと笑っている)

 

八幡(今後どうするか。とりあえず、考えるべき事項はそれだ)

 

八幡(この部屋から、すぐに引っ越す。それは間違いない。――いや、待て比企谷八幡。この人はさっき、なんて名乗った?)

 

八幡「……お名前、もう一度いいですか?」

 

陽乃「雪ノ下、陽乃です」ニコ

 

八幡(俺の知る少女によく似たその顔で、幽霊はニコリと笑った)

 

 

――同年、二月

 

陽乃「ねえねえ比企谷くんまだレポート終わらないのー?早くかまってよ」

 

八幡「テレビでも見ててくださいよ……」

 

八幡(三時間前からずっとPCに向き合ってカタカタとキーボードを打っている俺の隣で、焦れたように陽乃さんが話しかけてくる)

 

陽乃「つまんないなー」

 

八幡(陽乃さんは本当につまらなそうな顔でそう言うと、プイっとそっぽを向いてロフトの方に浮いて行った)

 

八幡(俺は結局ここを出て行かなかった。雪ノ下雪乃の姉だというこの人を放って行くことができなかったからだ)

 

八幡(というより、この人の言うことに逆らえなかったという部分もある)

 

八幡(『出ていっても、憑りついて逃がさないよ』)

 

八幡(そう笑顔で語った時のこの人の言葉には、一切のウソが見えなかった)

 

八幡(高校時代、雪ノ下が時折見せた眼光よりも遥かに鋭く、ずっと暗い――そんな有無を言わせない迫力があった)

 

八幡(だからこうして未だにここに住み続けている。だが意外と、この人は何をしてくるわけでもなかった)

 

八幡(ただ、この部屋にいるだけ。最初の頃は自分の部屋に誰かがいるだけでも気が休まらなくて嫌だったものだが、あの人については喋るオブジェだと割り切ることにした。それに一応

 

リビングとロフトで生活空間を区切っているので、雪ノ下さんがロフトから出てこない限りは一人になれる)

 

八幡(正直アレの処理についてだけは未だに困るが、これについては我慢できなくはない)

 

八幡(『すればいいのに、見ててあげるよ』なんてセクハラを言われても、引きつった笑顔で無視できるくらいには俺もこの人に耐性がついてしまった)

 

八幡「はあ終わった。雪ノ下さん、終わりましたよ」

 

陽乃「……」

 

八幡(陽乃さんはもう俺に興味を失ったのか、返事はない)

 

八幡「一回あしらったくらいで拗ねないでくださいよ……」

 

八幡(怒らせると後が怖そうな気がするので、様子を見にロフトに昇ってみた)

 

陽乃「…………ん、何?」ペラ、ペラ

 

八幡「なんだ、俺の漫画読んでたんですね」

 

陽乃「うん」ペラ、ペラ

 

八幡(陽乃さんはこちらを見もせずに漫画を読んでいる。前から思ってたけどこの人、テレビのリモコンとか漫画とかは触れるんだよな……。俗物的すぎる)

 

陽乃「今、失礼なこと考えたでしょ?」クスリ

 

八幡「たまに幽霊っぽい能力使うのやめてください」

 

陽乃「こんなの人間ならだれでも使えるよ、相手の眼をよく見ればいいの」

 

八幡「ふうん、そんなものですか。俺にはとても、それだけじゃ人の考えてることなんて分かりませんけどね」

 

陽乃「君は、人のことについて興味がないからだよ」

 

八幡「まさか、ありますよ。小町とか戸塚とか」

 

陽乃「ああ、そうだね。自分のことに興味がないんだよね」ニコリ

 

八幡「そうやっていきなり人の痛いところつくのやめてください。それじゃあ、俺はバイトに行ってきます」

 

陽乃「はい、行ってらっしゃーい」

 

八幡(陽乃さんはまた漫画に目を戻しながら、ゆらゆらと手を振っていた)

 

 

――八幡のバイト先の定食屋

 

八幡「いらっしゃいませー……て、またお前か」

 

いろは「失礼なリアクションを取る店員ですねえ」

 

八幡「大学からの帰り道なのは前に聞いたけど、どうしてわざわざここに来るんだよ。近くにもっと女子受けしそうな飲食店くらいたくさんあるだろ」

 

いろは「え、先輩がいるからですよ?」

 

八幡「あっそ。お前な、好きになるからそれやめろって言ってんだろ」

 

いろは「なればいいじゃないですか、歓迎ですよ」

 

八幡「歓迎した後サヨナラだろ。まあいい、注文は?」

 

いろは「B定食くーださい♪」

 

八幡「はいよ、B定1でーす」

 

店主「あいよ」

 

 

――数分後

 

八幡「あいよ、お待ち」

 

いろは「どもです。相変わらず美味しそうですねえ」

 

八幡「まあ、美味いからな実際」

 

いろは「ですね。いただきまあす」

 

八幡「ん」

 

いろは「もきゅもきゅ」

 

八幡「……」ジャー、キュキュッ

 

いろは「せんぱい、そのまま皿洗いしながらでいいんで今ちょっといいですか?」モグモグ

 

八幡「何だよ」

 

いろは「……あ、あの二人。最近どうですか?」

 

八幡(大したことじゃないような表情を装っていたが、わずかに上ずった言葉があの二人とは誰のことを指しているのかを教えてくれた)

 

八幡「葉山と三浦なら、相変わらず元気そうにしてるぞ。俺も由比ヶ浜からたまに話を聞く程度だが、仲良く続いているそうだ」

 

いろは「……そうですか」

 

八幡(肩を落としてB定食を食べているその姿はかわいそうだが、俺にはどうすることもできんしな)

 

八幡(というか一色も未だに想い続けているのが凄い。誰か早く忘れさせてやれよ、周りの野郎共は何してんだ。なんなら俺が忘れさせてやるまである)

 

八幡「卵焼き、サービスしてやろうか」

 

いろは「マジですかやったー!」

 

八幡「ああ、ちょっと待ってろ」

 

八幡(嬉しそうにはしゃぐ様子もまだ作っている感があるが、いずれその空元気が本物になる日もきっとくる)

 

八幡(それまではまあ、こうやってたまに相手ぐらいはしようと思う)

 

 

――八幡のアパートにて

 

八幡「……てな感じのことがあったんすよ」グビグビ

 

陽乃「ふーん。まあよくある話だね。隼人は昔からモテたし。ただその三浦ちゃんって娘と付き合ってるのは、なんか意外だなー。隼人は親の決めた相手以外とは付き合わないんだと思

 

ってたけど」

 

八幡「そうですか?お似合いですけどね、あの二人は」

 

八幡(実際俺も初めてあの二人を見た時は、きっと成就しないであろう三浦の片思いだと思っていた。だが)

 

 

八幡(『いいよ、隼人。それでも、いいよ。……知ってた?あーし、それでもいいくらい隼人のこと好きなんだよ?』)

 

 

八幡(その後、三浦との交際について両親に口を出された時、生まれて初めて葉山は親に反抗したらしい)

 

八幡(そして最近になってやっと葉山の両親も折れて、今は三浦と葉山の母さんが仲良くなっているのだと由比ヶ浜が嬉しそうに話していた)

 

八幡「…………」グビグビ

 

八幡「まあ、恋する女の子すげえって話ですよ」

 

陽乃「何の話?」

 

八幡「いえいえ、なんでも」

 

陽乃「あっそ、ていうか比企谷くんさっきから一人でビール飲みすぎ。ここに飲みたいのに飲めない人間がいるの忘れてない?」

 

八幡「そんなの気にしてたらこの部屋で飯も食えませんよ、俺」

 

陽乃「デリカシーのない人間だねぇ、女の子にモテないでしょ?」

 

八幡「ノーコメントです」

 

陽乃「おまけに可愛げもない」

 

八幡「……」グビグビ

 

八幡「うめえ」

 

陽乃「その顔いらっとくるね」ヒョイ、ポイ

 

八幡「リモコン投げないでくださいよ」キャッチ

 

陽乃「手元にあった触れるものそれしかなかったから」テヘペロ

 

八幡「そっすか。……あ、ビールなくなった」ペロ

 

陽乃「もう寝るの?」

 

八幡「はい」

 

陽乃「ちゃんと歯磨きしなよ、おやすみー」

 

八幡「おやすみなさい」

 

八幡(陽乃さんはふわふわとロフトの方へ浮いていった)

 

八幡「……家族かよ」ボソッ

 

八幡(最近、こういう生活を悪くないと思っている自分に気づく)

 

八幡(だからだろうか。俺は未だ何も言えないでいる)

 

八幡(雪ノ下陽乃の妹、雪ノ下雪乃に)

 

 

――八幡と陽乃が出会ってすぐの頃

 

八幡『あの、雪ノ下さんって。もしかして雪ノ下雪乃の姉ですか?』

 

陽乃『雪乃ちゃんを知ってるの?』

 

八幡『ええ、まあ。高校の時、同じ部活だったので』

 

陽乃『そっかー。だから比企谷くんには私が見えたのかな。何の部活だったの?』

 

八幡『奉仕部っていう……まあボランティア部みたいな感じです』

 

陽乃『へえ、それは……あの子にピッタリなような全然似合わないような……』

 

八幡『ある意味ピッタリでしたよ。あいつは』

 

陽乃『ふうん、そっか。ねえ、雪乃ちゃん。高校の時どんなだった?』

 

八幡『そうですね……。ちょっと長くなるので、コーヒーいれてきていいですか?』

 

陽乃『うん、オッケー』

 

八幡(台所でお湯を沸かしながら、何から話せばいいのかと俺は考えていた)

 

八幡(俺にとっても、大切な思い出だから)

 

――……

 

八幡『……って感じでした。俺の知る限りの話ですが』

 

陽乃『そっか。……そっか、うん。良かった。君と、由比ヶ浜ちゃんのおかげで良い高校生活だったんだね。……本当に、良かった』

 

八幡(その時の彼女の顔を、なんと表現したら良いのだろう。解放されたような、痛むような、慈しむような、悲しむような。それでいてとても嬉しそうな、そんな顔をしていた)

 

八幡(そしてその顔は、とても綺麗だった)

 

八幡『泣きたいなら、どうぞ。テレビでも見てますよ』

 

陽乃『あは、そういうのは黙ってしなよ。デリカシーないなあ』クス

 

八幡(クスリと彼女は微笑んで、手を振った)

 

陽乃『大丈夫だよ。ちょっと、嬉しいだけだから』

 

八幡『そっすか』ズズ

 

八幡(とっくに冷めたコーヒーをすすりながら、彼女は妹に会いたいのだろうか、なんてことを考えていた)

 

八幡(そして、雪ノ下は)

 

 

――三月のある日

 

八幡「あれ、雪ノ下さん。テレビのリモコン知りませんか?」

 

陽乃「えー知らないよ」

 

八幡「いや、たしか最後に使ったの雪ノ下さんですよ」

 

陽乃「そうだっけ」

 

八幡(陽乃さんはソファに寝転んで、漫画から目を離さずに返事をしている)

 

八幡「そうですよ。どこにやったか思い出してください」

 

陽乃「えー。ちょっと待って。今すごい良いところだから」

 

八幡「いや、俺も九時から見たい映画あるんですって」

 

陽乃「もーうるさいなあ。はい、リモコン」

 

八幡「いや持ってたなら早く下さいよ」

 

陽乃「なんとなく困らせたかったから」

 

八幡「なんですかそれ……」

 

八幡(この人は本当に、こういう意味もないよく分からないことをする)

 

八幡「……陽乃さんって、生きてた頃からそんな感じだったんですか?」

 

陽乃「どうだろうね。……あー読み終わった。これ生身の肉体だったら一リットルは泣いてるね。で、何だっけ?」

 

八幡「……生きてた頃から、そんな適当な感じだったんですかって聞いたんです」

 

八幡(陽乃さんはこちらに向き直ると、しばし考えてから口を開いた)

 

陽乃「そうだね、多分そんなに変わってないよ」

 

八幡「そうなんですか……」

 

八幡(雪ノ下も、さぞ苦労しただろうな)

 

陽乃「そうだよ。……結局、縛られるものとかなくなっても変わらないんだね。一度かぶった仮面って、死んでも剥がれないんだ」

 

八幡「何言ってるんですか?」

 

陽乃「ううん、独り言。気にしないで」

 

八幡「はあ、そうですか。じゃあ俺は映画見ますんで」

 

陽乃「そこはもうちょっと気にしないと女の子にはモテないよ?」

 

八幡「いいですよ、別に」

 

陽乃「あ、そういうクールなふりして意地張るのは、あまり好感度上がらないから気をつけてね」

 

八幡「マジですか……」

 

八幡(何本気でショック受けてんのって陽乃さんはけらけらと笑っていた。何故か俺まで笑っているのがよく分からない)

 

八幡(姉がいたらこんな感じなのかもしれない、なんてバカな考えをもった自分に笑ったのかもしれない)

 

 

――四月のある日

 

陽乃「ねえ比企谷くん、最近になって気づいたんだけど。私、君と一緒ならこの部屋から外に出れるみたい」

 

八幡「え、そうなんですか。ていうかそれって何で分かったんですか」

 

陽乃「うん、実は何回かこっそり比企谷くんについて外に行ってたの」

 

八幡「ちょっと待ってください」

 

陽乃「それで思ったんだけど、君って本当に友達いないんだね……。部屋に誰も呼ばないのって、私に遠慮してるんじゃないかと思ってたよ……」

 

八幡「いや、前からそう言ってるじゃないですか……。そんな顔しないでくださいよ俺が泣きたくなりますから」

 

陽乃「まあ、それはいいんだけど。暇だし、散歩でも行こうよ。こんなに天気のいい土曜日なのに、カーテンも開けずに家でずっとこもる意味が分かんない」

 

八幡「えー……こんな天気のいい土曜日にずっと家で布団に入ってるの最高じゃないですか」

 

陽乃「言っておくけど君、今日トイレに一回行ったきりずっと布団で丸くなってるからね。朝から昼過ぎまでずっと。どんな若者なの」

 

八幡「若者ってこんなものですよ」

 

陽乃「そうかもしれないけど、私といるのにそんなのダメ。ねえ、行こう?」

 

八幡「えー……。面倒くさいです」

 

陽乃「よし、決定。行こう」

 

八幡「人の話を少しは聞きましょうよ……はあ」ノソノソ

 

陽乃「そうやって面倒くさそうにポーズ取りながらも言うこと聞いてくれる男の子、私好きだよ」

 

八幡(そう言って彼女はしてやったりと笑った。憎たらしいけど、この人のそんな顔が嫌いになれないと思う)

 

八幡「行きますか」

 

陽乃「うんっ」

 

――……

 

八幡「……」テクテク

 

陽乃「ねえねえ、ここの川沿いって映画で使われてたとこなんだよ。知ってた?」フワフワ

 

八幡「なんの映画ですか?」テクテク

 

陽乃「名前忘れたけど、この前テレビでやってたやつ」フワフワ

 

八幡「ああ」

 

八幡(そういえば多分こんな景色だった気がする)

 

陽乃「結構、好きだったなあ。主役が大根役者っていう、致命的な欠陥を除けばだけど。主題歌がよかったね」フワフワ

 

八幡(どこか遠くを見つめるような、憧れるような、あるいは諦めているような顔を彼女はしていた)

 

八幡「たしかに、いい映画でしたね」テクテク

 

陽乃「……私も、あんな風に誰かの中で生きてるのかなあ」フワフワ

 

八幡「……」テクテク

 

陽乃「雪乃ちゃんからはきっと嫌われてたしね。多分、父さんと母さんからは好かれてたと思うけど。どこに出しても恥ずかしくない優秀な娘だったし」

 

陽乃「でもきっとあの人たちは、死んだらすぐに忘れちゃいそう。私のこと」

 

八幡「どうして、そう思うんですか?」

 

陽乃「私が、そうだと思うから」

 

八幡(陽乃さんはにっこりと笑ってそう言った。確信を抱いているとその表情が物語っていた)

 

八幡(彼女は穏やかに笑いながらフワフワと浮かんでいる)

 

八幡(彼女は言った。雪ノ下にはきっと嫌われていたと。実際、雪ノ下がどう思っていたのは分からない。それは聞かないほうがいいのかもしれない。だけど)

 

八幡「雪ノ下さん。雪ノ下雪乃に――」

 

陽乃「比企谷君」

 

八幡(彼女は、有無を言わさぬように微笑んでいた)

 

陽乃「そろそろ、帰ろっか」

 

――……

 

八幡(その夜、夢を見た)

 

八幡(夢の中で陽乃さんはまだ小さくて、きっとこれは彼女の生前の姿なのだと分かった)

 

八幡(幽霊としての外見が大人びているのは、彼女の精神年齢に比例した形なのだろうか)

 

八幡(あるいは、俺の中での雪ノ下の姉というイメージがああいう容姿になったのかもしれない)

 

八幡(とにかく、夢の中で彼女は泣いていて。仮面のように無表情なのに涙を流していて。誰か本当の私に気づいてと小さな声で言った)

 

八幡(その涙を拭ってやると、彼女は笑った。その顔は、いつだったか雪ノ下が見せた笑顔にそっくりだった)

 

八幡(やっぱり姉妹なんだなと思い、俺も笑ったところでその夢は途切れた)

 

――……

 

八幡(ふと目が覚めると、陽乃さんがベッドの端に座っていた。無表情でこちらを眺めているその顔は、何を考えているのか分からなかった)

 

陽乃「おはよう、比企谷くん」

 

八幡「……おはようございます」

 

陽乃「どう?朝起きたら、隣に美人がいる生活」

 

八幡「居心地が悪いだけですよ」

 

陽乃「でも本当は、ちょっと嬉しい」

 

八幡「勝手に捏造しないでください」

 

陽乃「うん」

 

八幡(陽乃さんは無表情のまま俺の顔に手を伸ばす。その手はするっと俺の手を透過して、行き場のなさそうにダランと下ろされた)

 

陽乃「やっぱり、拭えないね」

 

八幡「え?」

 

陽乃「涙。君が、泣いてたから」

 

八幡(陽乃さんは寂しそうに笑うと、立ち上がった)

 

陽乃「……なんでかな、今日は君の見ている夢が分かったんだ」

 

八幡「……だから、たまにそういう幽霊っぽい能力使うのやめてくださいって」

 

陽乃「うん、ごめんね」

 

八幡(陽乃さんはありがとう、比企谷くんと呟いて、窓のほうにフワフワと浮かんだ)

 

陽乃「ねえ、比企谷くん。連れて行ってほしいところがあるの」

 

八幡(そう言って彼女は窓を開く。窓から差し込む光が彼女の中でぼんやりと溜まっているように見えて、何故か彼女が今にも消えそうに見えた)

 

 

――雪ノ下雪乃の住むマンション

 

 

八幡(ここに来るのも高校時代以来久しぶりだった)

 

八幡(今日、突然行くことについては流石に断られるかもしれないと思ったが、『大事な用がある』と伝えると意外にすんなり了承してもらえた)

 

八幡「着きましたよ、雪ノ下さん」

 

陽乃「うん、ありがとう。ここに住んでるんだ、雪乃ちゃん」

 

八幡「それじゃあ、インターホン押しますね」

 

陽乃「うん」

 

八幡(インターホンを押すと程なくして扉が開き、雪ノ下がその顔を覗かせた)

 

雪乃「いらっしゃい、比企谷くん」

 

八幡「久しぶり、雪ノ下」

 

八幡(陽乃さんは黙って雪ノ下を見ている)

 

雪乃「……急に大事な話があるなんて、何かしら」

 

八幡(やっぱり、見えないか)

 

八幡「ああ、悪いな。急に来ちゃって。あのな、急にこんなこと言われても困ると思うんだけどな」

 

雪乃「ええ」

 

八幡(雪ノ下は視線を外して頬を赤らめて、こくんと頷いた)

 

八幡「お前の、姉さんの話なんだ」

 

雪乃「え……」

 

八幡「頭がおかしいと思ってもらっても構わないけど。実は、つい最近ずっとお前の姉さんと話していたような気がして……」

 

雪乃「……」

 

八幡「だいたい、からかってくるんだけどさ。基本的にわがままなお姉さんって感じで。……でも、楽しくて」

 

雪乃「……」

 

八幡(雪ノ下は無表情で、ただ俺の言葉を黙って聞いていた)

 

八幡「本当に、……楽しくて。だから、その。お礼を、言おうと」

 

雪乃「……」

 

八幡(自分でも何を言っているのか分からない。雪ノ下からすれば、怒っても仕方のないようなことを話している)

 

八幡「すまん、いきなりこんなこと言って」

 

八幡(頭を下げる。これ以上、雪ノ下の顔を見ることができなかった)

 

雪乃「……いいえ、ありがとう。それを伝えに来てくれて」

 

八幡「信じてくれるのか?」

 

八幡(顔を上げると、雪ノ下は優しく微笑んでいた)

 

雪乃「あなたが泣きながら言うことだもの、信じないわけにもいかないわ」

 

八幡(不意に雪ノ下が俺の頬を拭った。その指先には、透明な雫がきらきらと輝いていた)

 

雪乃「あなたと姉さんが知り合いだったことには驚いたけれど、今はとにかく嬉しいのよ。姉さんのことを覚えている人間が、私だけじゃなかったから」

 

八幡「……お前、陽乃さんのこと好きだったか?」

 

雪乃「……何言ってるの、そんなの決まってるでしょう」

 

八幡「……そうだな」

 

八幡(雪ノ下は当たり前のことを聞くなと言いたいように肩をすくめた。その答えがどっちを指しているのかは、明白だった)

 

雪乃「さ、早く上がってちょうだい」

 

八幡(雪ノ下はそう言うとリビングの方に歩いて行った)

 

八幡「どうぞ、入ってください雪ノ下さん」

 

陽乃「……うん」

 

八幡(そう言いながらも陽乃さんは動こうとせず、こちらを見つめた)

 

陽乃「最後に、お姉さんからアドバイス

 

八幡「……なんですか?」

 

陽乃「……比企谷くん、これからは泣くときは雪乃ちゃんの前で泣いてね」

 

 

陽乃「あの子はきっと、君の涙を拭ってくれるから」

 

 

八幡(最後に陽乃さんはそう言って微笑むと、雪ノ下の部屋に溶けるようにスーッと消えていった)

 

 

『比企谷くん』

 

 

八幡(まるで最初から誰もいなかったんじゃないかと思うほど、そこにはもう影も形もなかったけど)

 

八幡(優しく、暖かく。その声はずっと俺の耳に残っていた)

 

 

 

 

 

 

 

 

元スレ

八幡「春の幽霊」

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