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陽乃「……答えは、いつ出るの?」 八幡「……わかりません。だけど….」3/3【俺ガイルss/アニメss】

  

~八幡レンタル 7日目~ 

 

 

放課後、俺は奉仕部の部室に向かっていた。 

 

お昼過ぎに陽乃さんから、今日は急用が出来たから行けない、というメールが送られてきたからだ。 

 

本来なら今日が依頼の最後となるはずで、今日、もう一度陽乃さんに会えたら、 

 

昨日のことなんて忘れられると思っていたのに。 

 

脳裏に浮かぶのは、告白された時の陽乃さんの真剣な表情。 

 

思考を占有するのは、扉の向こうに消える陽乃さんの目尻で光ったものの正体。 

 

昨日、感じた違和感は、焦燥感を伴って時間を経るごとに大きくなっていく。 

 

俺は、また何かを間違えたのではないだろうか。 

 

そんな不安を押し込めて、奉仕部の部室に向かう。 

 

八幡「うぃーす」 

 

がらっと部室の扉を開ける。 

 

他の部員、雪ノ下と由比ヶ浜は、もういつものポジションでくつろいでいた。 

 

結衣「ひ、ヒヒヒヒヒッキー!?」 

 

雪乃「……何故、あなたがここにいるのかしら」 

 

陽乃さんからのメールが来たのが、昼休みの報告会の後だったから、 

 

二人は今日のレンタルが中止になったことをまだ知らない。 

 

由比ヶ浜は幽霊でも見たように驚き、雪ノ下は犯罪者でも見るような視線を向ける。 

 

八幡「んだよ、その反応は。俺が来ちゃいけないみたいじゃねぇか」 

 

俺だって一応ここの部員のはずなんだが。 

 

否定されたらショックだから言わないけど。 

 

結衣「あ、ご、ごめん。……でもさ」 

 

雪乃「私の記憶が確かなら、姉さんがあなたをレンタルしていたのは、今日までだったと思うのだけれど」 

 

由比ヶ浜の言葉を雪ノ下が引き継ぐ。 

 

お前ら、ほんとコンビネーションよくなったな。 

 

八幡「向こうから今日は無理だって連絡が来たんだ。詳しいことは知らん」 

 

結衣「ふ~ん、そうなんだ。何かあったのかな」 

 

八幡「さぁな、そうなんじゃないか」 

 

雪乃「……」 

 

すぐに納得した由比ヶ浜と違い、雪ノ下は床に視線を落として何かを考えていた。 

 

俺が自分の所定の椅子に座り、文庫本を取り出そうとしたところで、雪ノ下が口を開いた。 

 

雪乃「少し……気になるわね」 

 

八幡「……何が」 

 

雪乃「あなた、何かしたの」 

 

八幡「……知らねぇよ。急用なら仕方ないんじゃないか」 

 

雪乃「姉さんなら余程のことじゃなければ、先に入れていた予定を優先させるでしょう。 家の用事なら私の耳にも入るはずだし」 

 

八幡「家とか関係ない急用なんだろ」 

 

俺の言葉は考え込む雪ノ下の耳には届かなかったようだ。 

 

雪乃「……比企谷君、昨日何があったか教えてもらえるかしら」 

 

八幡「……昼休みに報告書は渡しただろ」 

 

陽乃さんからのメールが来る前に、昨日のことを書いた報告書は雪ノ下に渡してある。 

 

もちろん、陽乃さんとマウスを取り合って揉みあったことや、告白まがいのからかい方をされたことは書いていない。 

 

雪乃「あんな当たり障りなく簡略化されたものではなく、あなたの口から詳細を聞きたいわ」 

 

お見通しか。 

 

まぁ、誰だって気づくか。 

 

結衣「えぇ! あれって、そんなに適当なものだったの!?」 

 

お前はもう少し疑えよ。 

 

八幡「……何もなかった。あの報告書の通りだよ」 

 

あのことをこの場で言えるはずもない。 

 

雪乃「……そう。その言葉、本物が欲しいと言ったあの言葉に誓える?」 

 

嫌な聞き方をしてきやがる。 

 

そんな聞き方をされたら、嘘は言えない。 

 

八幡「…………」 

 

言えないなら、黙るしかない。 

 

俺は無言で俯き、しゃべる気はないと意思表示をする。 

 

雪乃「……ずるい人ね。まぁ、いいわ」 

 

ふいに雪ノ下は手に持っていた紅茶を飲み干して、立ち上がって流しへ向かった。 

 

結衣「ゆ、ゆきのん?」 

 

雪乃「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。私、急用を思い出したの。 勝手で申し訳ないのだけれど、今日の部活はここまでということにしていいかしら」 

 

てきぱきとティーセットを片付けながら、雪ノ下が言う。 

 

八幡「……おい、俺、来たばっかりなんだけど」 

 

雪乃「あら、そういえばそうだったわね。でも、急用なのだから仕様が無いでしょう」 

 

こいつ、人の言い回しをそのまま使いやがって。 

 

ジャスラックに訴えるぞ。 

 

ん? ジャスラックでいいんだっけ。 

 

雪乃「構わないかしら、由比ヶ浜さん」 

 

結衣「う、うん。全然、大丈夫だよ。あたしも片付けるの手伝うね」 

 

雪乃「そう、ありがとう」 

 

憮然とした俺を横目に、二人は仲良く洗い物を始めてしまった。 

 

ピシャリと扉が閉められ、カチリと鍵が閉められる。 

 

雪乃「それじゃ、私は鍵を返してから帰るわ」 

 

教室を施錠した雪ノ下が、俺と由比ヶ浜に向き直る。 

 

結衣「うん、じゃあまた明日ね、ゆきのん」 

 

雪乃「ええ、また明日」 

 

八幡「……またな」 

 

俺には挨拶を返すことなく、かつかつと規則正しいリズムで靴をならして、雪ノ下は去っていった。 

 

結衣「……えっと、じゃあ、私達も帰ろうか」 

 

八幡「……おう」 

 

遠慮がちに言う由比ヶ浜に、愛想無く頷いた。 

 

二人で会話もないままに歩いていると、ほどなく自転車置き場が見えてくる。 

 

バス通学の由比ヶ浜とは、ここで別れることになる。 

 

自転車置き場に近づいたところで、ふいに由比ヶ浜が歩みを止める。 

 

何かあったかと振り返ると、真っ直ぐにこちらを見つめる眼差しがあった。 

 

結衣「あ、あのさ」 

 

八幡「……どした」 

 

口火を切ったはいいものの、内容はまとまっていないらしく、えっととか、だからとか言って口ごもる。 

 

それを遮る気にもならず、由比ヶ浜の言葉を待つ。 

 

やがて、由比ヶ浜は何かを決心したように、うんと大きく頷いた 

 

結衣「私、私ね、頼りないかも知れないけど、ヒッキーが何しても、私はヒッキーの味方だから! だからヒッキーは自分のしたいようにしてね」 

 

見つめる眼差しはそのままに、由比ヶ浜はそう言い切った。 

 

こいつはいつもそうだ。 

 

こっちの事情なんて知りもしないで、理屈なんてすっ飛ばして、感情だけでぶつかって来る。 

 

それでも、その言葉に胸が熱くなるのは何故だろう。 

 

その言葉が、涙が出そうになるくらい嬉しいのは何故なんだろう。 

 

きっと、その感情が本物だとわかるからだ。 

 

俺の味方でいるという彼女の気持ちが、まっすぐに俺の心を射抜くからだ。 

 

そんな由比ヶ浜が頼りない訳が無い。 

 

八幡「……その、なんだ。ありがとう、な。何かあったら、頼らせてもらうわ」 

 

だから、俺も回り道をしないで素直に感謝を伝えた。 

 

油断したら涙が出てしまいそうで、途切れ途切れになってしまったけれど。 

 

結衣「うん!」 

 

それでも、由比ヶ浜が返してくれる笑顔が温かかった。 

 

家に帰って、自分の部屋に入る。 

 

カバンとブレザーを放り出して、ベッドに寝転がる。 

 

俺は既に間違ってしまったのかもしれない。 

 

答案用紙には、もう赤いペンでバツ印がつけられてしまっているのかもしれない。 

 

だとしても、だ。 

 

一度は間違えてしまった奉仕部の二人とも、やり直すことが出来た。 

 

間違えた問題にも、もう一度挑戦する機会があるのかもしれない。 

 

それなら、俺は同じ間違いをしないように、解答を見直さなくてはならない。 

 

何故なら、由比ヶ浜のあの言葉は、俺の味方でいるというあの言葉は、 

 

間違えてしまった関係を正そうとした俺に向けられているはずだから。 

 

だから、俺はあの笑顔に対して真摯でいなければならない。 

 

間違いを間違いのまま放置することは出来ない。 

 

昨日のことを思い返す。 

 

あの時、俺が出した答えが間違いだったとしたら。 

 

なら、陽乃さんのあの言葉は、本気だったというのか。 

 

自分で言うのもなんだが、俺はぼっちだし、眼は腐ってるし、性格も捻くれてるし、数学も出来ない。 

 

最大の自慢は妹が可愛いことくらいだ。 

 

いや、そこそこ顔は整ってると思うし、国語は出来るし、大衆におもねらないところとか俺的には点数高いんだけどさ。 

 

問題は対する陽乃さんだ。 

 

容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、八方美人。 

 

プラスの四字熟語を並べまくっても(最後のはプラスなのか微妙だが)まだ、お釣りがくる。 

 

加えて、妹も美人で完璧超人と来ている。 

 

そんな陽乃さんが、こんな俺に本気で告白を? 

 

まるでご都合主義のライトノベルみたいな、そんな展開があるというのか。 

 

そもそも陽乃さんとまともに話すようになったのは、このレンタル期間が始まってからだ。 

 

今日を含めても一週間。 

 

人が人を好きになるには、あまりにも短すぎる。 

 

たった一週間で、何を知り、どこを好きになれるというんだ。 

 

もし好きだと思うことがあったとしても、そんなものは相手が自分の理想から 

 

はみ出した途端に冷めてしまうような類のものなんじゃないのか。 

 

それは、本物と呼ぶにはあまりにも遠い。 

 

……どうしても信じられない。 

 

信じられる要素がなく、信じられる理由が無く、信じられる論理もない。 

 

やはりあれは冗談で、こうして悩んでいるのは完全に俺の一人相撲というのが、一番しっくりくる。 

 

そもそも本当に急用が出来たのかもしれないし、昨日の今日なのだから 

 

明日には何事もなかったかのように連絡が来るかもしれない。 

 

それでも、雪ノ下が、陽乃さんの妹であり、聡明で冷静沈着な雪ノ下が、違和感を覚えていた。 

 

家族であるあいつにしかわからないサインがあって、だから、あいつは俺とは違う結論に至ったということなのか。 

 

いっそ陽乃さんにもう一度連絡を取ろうかと、 

 

アドレス帳にある陽乃さんのページを何回も見るがその決心はつかない。 

 

結衣『ヒッキーのしたいようにすればいいよ』 

 

俺のしたいように……か。 

 

俺のしたいことって何だろう。 

 

俺は陽乃さんとどうなりたいんだろう。 

 

あの告白が本当だったとして、俺はどう答えるべきなんだろう。 

 

わからない、わからない、わからない。 

 

思考は同じところでぐるぐると回る。 

 

『ほーんと、比企谷君は何でもわかっちゃうんだねぇ』 

 

いつだったか、陽乃さんに言われた台詞がよみがえる。 

 

まったく、過大評価もいいところだ。 

 

俺は何もわかっちゃいない。 

 

あなたのことも、自分のことも。 

 

 

~八幡レンタル 延長一日目~ 

 

 

寝不足の眼をこすりながら、自分の席に座る。 

 

布団に入っても頭の中がぐちゃぐちゃで全然眠れなかった。 

 

結局、陽乃さんにはメールも電話もしていない。 

 

自分がどこを間違えたのか。 

 

それがわからないままでは、きっと同じ間違いを繰り返す。 

 

そう思うと、送信ボタンを押す手が止まってしまう。 

 

既に教室で三浦たちと話していた由比ヶ浜が、俺に気づいて小さく手を振る。 

 

視線だけで答えて、机に突っ伏す。 

 

授業が始まるまでに少しでも寝ておきたかったのだが、混乱したままの頭は一向に眠りに落ちてはくれなかった。 

 

昼休み、雪ノ下から今日も部活は休みだと連絡があった。 

 

放課後の予定が開いてしまい、開いた予定をどう埋めようかと考える。 

 

自然、頭に浮かぶのは陽乃さんのことだ。 

 

結論はまだ出ていない。 

 

陽乃さんの本心も、自分の気持ちも、まだ明快な答えは出ていない。 

 

それでも、何かしなければいけないと心がはやる。 

 

『こんにちは。今日、部活がなくなったので、放課後ちょっと会えませんか。』 

 

とりあえず、送るとすればメールの文面としてはこんなところか。 

 

まだ、俺や雪ノ下の勘違いという可能性も考えられる以上、この程度が妥当なところだろう。 

 

だよな。 

 

誰かそうだと言ってくれ。 

 

ちょっと遊んであげたらマジになっちゃって、これだから童貞はwwwwとか思われないよな。 

 

女子にメールとか、由比ヶ浜くらいとしかしたことないから、わからねぇんだよ。 

 

送信ボタンを押そうとして、指が止まる。 

 

あぁ、悩む……。 

 

どうする、どうするよ、俺! 

 

背後から暑苦しい叫び声が聞こえてきた。 

 

??「はぁぁぁっっちま~~~~ん!!!」 

 

叫び声とともに体にのしかかる重圧。 

 

八幡「ぐはぁっ!」 

 

材木座「ようやく見つけたぞ、八幡! まったく、どこに行っていたのだ!? ようやく我の新作プロットが完成したから見せてやろうと探していたのに、貴様ときたら最近放課後になると教室にも部室にもおらぬではないか! せっかく完成した我のプロットが、読み手がおらぬと泣いておるぞ!」 

 

 

八幡「えぇい! 離れろ、暑苦しい!」 

 

肩に回された手を振り払ってどうにか距離を置く。 

 

冬場でも暑苦しいって地味に凄いな、お前。 

 

材木座「どうした、やけにつれないではないか。我が心の友よ。 はっ、もしや……奴が来るというのか……?」 

 

眼鏡を指で押し上げながら、ポーズを決める材木座。 

 

うぜぇ。 

 

八幡「誰だよ、誰も来ねぇよ。ってか、今、ちょっと色々忙しいんだよ。 だいたい、プロットじゃなくて完成原稿を寄越せって前から言ってるだろうが……」 

 

材木座「まぁ、そう言うな。今回の作品が完成すればガガガ大賞も夢ではないぞ」 

 

そう言ってドヤ顔サムズアップの材木座。 

 

八幡「だったらなおさら早く原稿書けよ。せっかく第10回のゲスト審査員が身内だったっていうのに、原稿がなきゃひいきのしようもないだろ」 

 

材木座「ん、身内とは何のことだ?」 

 

八幡「わからんならいい」 

 

せっかくだから、こいつにも少し意見を聞いてみるか。 

 

まともな意見が返ってくるとは思えないが。 

 

八幡「なぁ、材木座」 

 

材木座「るほん、何だ? 家に帰るまで待ちきれんから、この場で設定を教えろと、そう申すか」 

 

八幡「あぁいや、それはどうでもいい。これは俺の友達の友達の話なんだが……」 

 

材木座「ふむ、その前置きで他人の話をする者はいないと聞くが」 

 

八幡「黙って聞け」 

 

材木座「イエッサー!」 

 

八幡「でだ。そいつはふとしたきっかけで、女友達の姉貴と知り合いになったらしい」 

 

材木座「ふむ、そのリア充っぷり……。どうやらお主本人のことではないな」 

 

この野郎、どの面下げて上から目線かましてやがるんだ。 

 

八幡「……で、またふとしたきっかけで、その姉貴としばらく一緒に行動するようになった。 それが一週間くらい続いたとき、急にその人から告白されたらしいんだよ」 

 

材木座「なんと! 女子から告白を受けるとは。そのイケメン力……、もはやお前のことでは有り得んな。いや、疑ってすまなかった」 

 

八幡「……まぁ、いいってことさ。気にすんな」 

 

すまん、材木座。 

 

俺に同類でいて欲しい気持ちは痛いほどわかるが、実はこれは全部俺の話なんだ。 

 

八幡「ただ、たった一週間で告白されるなんておかしいと思ったらしくてな。 それを冗談だと思って流したら、次の日から連絡が取れなくなったらしい。 向こうが本気だったのかどうかすらわからないから、どうしていいか解らないらしい。お前ならどう思う?」 

 

 

材木座「ふむぅ。我の場合、大抵の女子は出会ったその瞬間から、我に恋をしてしまう故な。 妥当なアドバイスが出来るか微妙だが……」 

 

そうだよな、画面の中の女の子はいつも主人公(≠材木座)に夢中だもんな。 

 

あれ、おかしいな。 

 

視界にぼやけてきちゃったぜ。 

 

材木座「八幡、その某というのは、その姉御殿とどういう関係になりたいと思っておるのだ」 

 

八幡「そうだな……。たぶん、そいつ自身にもわかってないんじゃないか。不意打ちみたいなものだったらしいし、自分がその人に対して恋愛感情があるかどうかなんて考えてもみなかったんだと思う」 

 

材木座は意味ありげにふむぅ……と考え込む。 

 

やはり、こいつには荷が重いか。 

 

材木座「そうさな……。我から言えるのは、とにかく会ってみるしかないのではないかということだな。 されば、己が心の内に渦巻くエモーショナルなストリームの正体も知れようというもの」 

 

こいつにしては、真っ当な意見だな。 

 

作家志望だけあって、恋愛とかの知識ついてきたのか。 

 

八幡「……ふーん、なんか普通に良いこと言うじゃねーか。お前らしくもない」 

 

材木座「はぁっはっはっは、そうであろう! 目と目が合う瞬間、好きだと気づくこともある!」 

 

八幡「アイマスかよ。俺の感心を返せよ」 

 

無駄に褒めたせいで、自慢げに高笑いを続ける材木座。 

 

まぁ、元ネタがなんであれ、説得力はあった。 

 

結局、陽乃さんに確かめる以外に、自分の間違いを確かめる術はないんだろう。 

 

時間をかければ問題自体が風化してしまう。 

 

それは、決して解決ではない。 

 

もう一度、問題に向き合うと決めたなら、風化して問題自体がなくなってしまう前に、 

 

俺は陽乃さんに会わなければならない。 

 

決意を新たにし、さっきのメールを送信しようとスマホの画面を確認する。 

 

しかし、そこには先ほど打っていたメールの編集画面はなく、メールのホーム画面が表示されていた。 

 

その意味するところは……。 

 

材木座「ん……どうしたのだ、八幡」 

 

俺の様子がおかしいことに気づいたのか、材木座が高笑いをやめて、こちらの様子を伺ってくる。 

 

恐る恐る、送信済みのメールボックスを開く。 

 

八幡「…………うわ」 

 

おいおい、マジかよ、送信されてるよ。 

 

材木座が飛びついて来たときか……。 

 

確かに送ろうとは思ったけど、心の準備っていうのがさぁ。 

 

材木座「ゴ、ゴラムゴラム……ど、どうも本当に忙しかったようだな。 かくいう我も急用を思い出した故、これでおさらばさせて頂くでござるよ。 しからば、ごめーーん」 

 

 

材木座はどうやら自分がきっかけで、俺が何かまずい状況になったことを察したらしく、脱兎のごとく走り去っていった。 

 

普段、運動なんてしてないくせに、逃げ足だけは大したもんだな、あいつ。 

 

剣豪将軍よりも退き佐久間の方があってんじゃねぇか。 

 

しかも、最後慌て過ぎてキャラぶれてるし。 

 

八幡「はぁ……」 

 

まぁ、送っちまったもんはしょうがない。 

 

まぁまぁ、どっちにしろ送ろうとは思っていたわけだし。 

 

まぁまぁまぁ、踏ん切りがついたと思えばいいか。 

 

それにしてもいいタイミングでやらかしてくれるもんだぜ、材木座の野郎。 

 

今度、あいつが原稿持ってきたら、雪ノ下に頼んで完膚なきまでに酷評してもらおう。 

 

とにかくメールは送ってしまったわけだから、後は待つしかない。 

 

 

しかし、放課後のチャイムが鳴っても、陽乃さんからの返信はなかった。 

 

八幡「ふぅ」 

 

放課後、いつも昼飯を食っている俺のベストプレイスで、スマホを片手にマックスコーヒーを飲みながらため息をつく。 

 

部活もないし、陽乃さんからの返信もない。 

 

もう帰ろうかとも思うのだが、どうにも気分が落ち着かないので、とりあえずマッカンを飲むことにした。 

 

しかし、いつもとろけるような甘さと優しいミルク感で俺を癒してくれるマッカンも、 

 

今日は俺の心を慰めてはくれなかった。 

 

冷たい風が頬に痛い。 

 

八幡「帰るか」 

 

スマホをポケットにしまい、最後に残ったマッカンをぐいっと飲み干して、気持ちに区切りをつける。 

 

よっこいせ、とオヤジ臭く掛け声をかけながら立ち上がると、ポケットにしまったばかりのスマホが震えた。 

 

慌てて取り出してみると、メールの差出人は雪ノ下だった。 

 

陽乃さんじゃないことに肩すかしをくらったような、それでいてホッとしたような気分になる。 

 

だが、開いたメールはタイトルからして穏やかじゃない。 

 

 

『差出人 雪ノ下 雪乃 

 

 

 件名  すぐに来て! 

 

 

 内容  すぐ部室に来て! 

     姉さんに何かあったら、ただじゃおかないから!!』 

 

 

何だこれは。 

 

陽乃さんに何があった? 

 

そもそも事情も何も告げずになんて、雪ノ下らしくない。 

 

それほどの緊急事態なのか。 

 

もしかすると、陽乃さんから連絡がないのもそれが原因なのか。 

 

まさか、事故か何かあったのだろうか。 

 

陽乃さんの笑顔が浮かぶ。 

 

あの笑顔が二度と見れないなんてことがあるというのか。 

 

頭がフル回転し、何が起こっているのかを解析しようとする。 

 

しかし、情報が足りなさすぎる。 

 

とにかく部室に行くしかない。 

 

五秒を待たずにそう結論づけると、俺は走り出す。 

 

特別棟の四階までの階段を駆け上がる。 

 

大した距離を走ったわけでもないのに、鼓動が早くなる。 

 

心臓が血液を送り出す音がはっきりと聞こえる。 

 

奉仕部のある階にたどり着き、廊下の伸びる方向に向きを変えようとして、足がもつれて派手にすっころぶ。 

 

八幡「くそっ!」 

 

頬と脇腹に痛みが走るが、そんなものに構っている余裕はない。 

 

すぐに立ち上がり、部室の扉に手を掛ける。 

 

鍵はかかっておらず、扉は勢いよく開いた。 

 

八幡「何があった、雪ノ下!」 

 

叫びながら転がり込んだ教室のなかには、しかし、雪ノ下の姿も由比ヶ浜の姿もなかった。 

 

とはいえ、無人というわけではなく、膝下まであるベンチコートを着た女性と思われる後姿がひとつ。 

 

その人物はベンチコートを脱ぎ捨て、こちらを振り返る。 

 

??「よ、ようこそ、いらっしゃいませだにゃん、比企谷君♪」 

 

語尾ににゃんをつけるという想像を絶する程の痛々しさとともに振り返ったのは、なんと陽乃さんだった。 

 

しかも、ベンチコートの下の格好が尋常ではない。 

 

どう尋常ではないかと言うと。 

 

茶色のシャツに茶色の短パン、手や足は獣の毛皮を模したもふもふで包まれ、 

 

何よりも目を引くのは短パンのお尻から伸びるしっぽ、後ろを向いている時には気づかなかったが、 

 

頭からは三角形の耳が生えている。 

 

この格好と語尾から推測するに、猫をモチーフにしたコスプレだろう。 

 

コスプレにはそれほど興味のない俺なのだが、どこか既視感のある衣装だった。 

 

八幡「あ、あの」 

 

あまりの衝撃に二の句が継げない。 

 

陽乃「どうかなにゃん、比企谷君。私、似合ってるかなぁ、にゃん」 

 

にゃんをつける位置とタイミングがなんとなくおかしいのは慣れていないからか。 

 

いったい何がどうすれば、こんなカオスが生まれるというのだろうか。 

 

いや、実際似合ってないわけではないし、雑なコスプレでも陽乃さんほどの美人なら許せてしまうのだけれども。 

 

陽乃「そ、そんなにじっと見られると、照れちゃうにゃん」 

 

いや、そこは照れちゃうにゃあだろ、と心の中で突っ込みを入れる。 

 

陽乃「ふぅん、比企谷君ってこういうのが好きだったんだぁ、にゃん。お姉さん意外だなぁ、にゃん」 

 

俺だって意外ですよ。 

 

え、いつ俺の趣味ってこっち方面になったの? 

 

俺も知らないんだけど、誰か教えてくれ。 

 

八幡「……」 

 

陽乃「見惚れるのもいいんだけど、そ、そろそろ何か感想とか言って欲しいかな、にゃん」 

 

俺があまりにも呆けているので、陽乃さんも不安になってきたようだ。 

 

八幡「……な、何があったんですか。悩みがあるなら、もっと早く相談してくださいよ」 

 

俺は求められた通り、正直な感想を陽乃さんに伝える。 

 

陽乃「へ、な、悩み?」 

 

八幡「くそ! ずっと一緒にいたのに、全然気づかなかったなんて。俺の大バカ野郎!」 

 

自分が情けない。 

 

陽乃さんの様子がおかしいことに、まるで気付かなかった。 

 

雪ノ下のメールにあったのはこれのことだったのか。 

 

八幡「今からじゃ遅いかも知れないですけど、俺にできることがあったら言ってください」 

 

陽乃「え? えぇ? そ、そうじゃなくて……」 

 

陽乃さんが混乱している。 

 

あの陽乃さんが混乱しているなんて、これは重症だ。 

 

??「あはははははは」 

 

俺がどうしたらいいかと考えていると、廊下の方から笑い声が響いた。 

 

嘲るような高笑い。 

 

ネット上で表すなら、wが延々と続いているような人を小馬鹿にした笑い方。 

 

その笑い声の主は、雪ノ下雪乃であった。 

 

雪乃「あははは、全く笑いが止まらないわ。滑稽ね、滑稽だわ、姉さん。 ほら、由比ヶ浜さんも笑っていいのよ」 

 

結衣「あ、あはは……。なんかゆきのん、キャラがおかしいんだけど」 

 

心底楽しそうな雪ノ下。 

 

あいつがあんなに楽しそうに笑うとこって初めて見たかも。 

 

脇にいる由比ヶ浜は、雪ノ下のあまりのテンションの高さに戸惑っているようだ。 

 

陽乃「ゆ、雪乃ちゃん……。ど、どういうこと」 

 

あぁ、俺もそいつを聞きたい。 

 

雪乃「まだ解らないの、姉さん。あなたは嵌められたのよ。 比企谷君がそんなバカみたいな恰好が好きだなんてあるわけないでしょう。 少し考えれば解りそうなものなのに、よくもきれいに引っかかったものね」 

 

 

陽乃「なんですって……」 

 

笑いをこらえながら、雪ノ下は言う。 

 

雪乃「猫が好きだから猫のコスプレが好きだなんて安直な嘘、よくも信じたものね。 というか、信じても私なら恥ずかしくてできないけれど」 

 

それはお前のことだろう、という突っ込みはひとまず置いておいて、 

 

雪ノ下の言うことが本当なら、これはあいつの仕業ということになる。 

 

そりゃ、普段あいつが陽乃さんに嫌がらせ受けてるのは知ってるけど、 

 

その仕返しにしてもこのやり方はどうかと思う。 

 

雪ノ下らしくない。 

 

人の弱みに付け込んで、相手を騙して鬱憤を晴らそうだなんて、それは俺の知る雪ノ下ではない。 

 

あいつは相手がどれだけ姑息だろうと卑怯だろうと、正々堂々とそれを打ち砕くことこそを良しとしていたはずだ。 

 

雪乃「まったく、私の姉ともあろう人がバカな真似をしたものね。本当に笑いが止まらないわ」 

 

陽乃さんは入ってきたときのノリノリな態度は既になく、恥ずかしそうに両腕で体を守るように抱いている。 

 

勝ち誇ったような雪ノ下に、俺の中で静かな怒りが鎌首をもたげてくる。 

 

八幡「……おい、雪ノ下」 

 

雪乃「比企谷君!!」 

 

雪ノ下を諌めようと口を開いた瞬間、厳しく名前を呼ばれて出鼻をくじかれる。 

 

八幡「な、なんだよ」 

 

雪乃「見ての通りよ、比企谷君」 

 

異議ありという声が聞こえてきそうな勢いで指をさされる。 

 

八幡「な、何がだよ」 

 

雪ノ下はそれまでとは一転した真面目な顔で話し出す。 

 

雪乃「見ての通り、姉さんは私のこんなバカな嘘にも騙されたわ」 

 

八幡「……それが、何だっていうんだよ」 

 

雪ノ下の言わんとすることがわからない。 

 

雪乃「あの雪ノ下陽乃が、私の姉である雪ノ下陽乃が、この程度の嘘にまんまと引っかかったのよ」 

 

雪ノ下は、先ほどまで陽乃さんを嘲っていたのが嘘のように、真摯な眼差しでこちらを見据えていた。 

 

雪乃「こんなに恥ずかしい真似をするほどに周りが見えなくなっていたの。それほどまでに……」 

 

陽乃「雪乃ちゃん、待って!」 

 

陽乃さんが雪ノ下の言葉を遮ろうとするが、雪ノ下は構わずに続ける。 

 

雪乃「それほどまでに、姉さんはあなたのことが好きなのよ!」 

 

陽乃「……雪乃ちゃん」 

 

……あぁ、こいつはそれが言いたかったのか。 

 

それを伝えるために、自分が汚れ役を引き受けてまで、こんな真似をしたのか。 

 

雪乃「だから、その想いから逃げないで」 

 

その言葉は、懇願するように。 

 

雪乃「想いを受け入れるかどうかはあなた次第よ。そこまで強制するつもりはないわ。 

 

でも、逃げないであげて。それは、きっと想いを拒絶されることより残酷なことなのだから」 

 

ずきりと、胸が痛む。 

 

罪状を突きつけられて、ようやく俺は自身の罪を自覚する。 

 

ここまでされたら、認めざるを得ない。 

 

この光景を見てまだ陽乃さんの気持ちを疑おうなんて奴がいたら、そいつは大馬鹿野郎に違いない。 

 

俺には言いたいことを言い終えたのか、今度は俯いている陽乃さんへと視線を向ける。 

 

雪乃「姉さん」 

 

雪ノ下の声に陽乃さんが顔を上げる。 

 

雪乃「今回は姉さんの勇気に免じて機会を譲ってあげる。 だけど、油断しないことね。 私が自分の気持ちに答えを出したら、その時は」 

 

一度、言葉を切った雪ノ下はフッと微笑んだ。 

 

雪乃「その時は、姉さんだって容赦しないから」 

 

そう言うと、雪ノ下は長い黒髪をなびかせて廊下の向こうへと消えていった。 

 

結衣「ヒッキー」 

 

雪ノ下と入れ替わりで、由比ヶ浜が俺に声を掛ける。 

 

由比ヶ浜の一言にこもる優しさと信頼。 

 

その瞳に込められたいくつもの複雑な想い。 

 

たぶん、いや、間違うことなく、俺はそれらの想いを受け取ることができたと思う。 

 

頷いてその想いを受け止めたことを伝えると、由比ヶ浜は笑って教室の扉を閉めた。 

 

あとに残されたのは、猫コスのまま落ち着かない様子の陽乃さんと俺だけだ。 

 

改めて、陽乃さんの衣装を見る。 

 

どこかで見た覚えがあると思ったら、林間学校を手伝いに行った時、肝試しで小町が着てた猫又の衣装か。 

 

雪ノ下のやつ、相当気に入ってたみたいだったからな。 

 

わざわざあの時の小学校の先生から借りてきたのか、それとも元々既製品でどこかで調達したのか。 

 

どちらにせよ、面倒な話だ。 

 

しかし、そんな手間をかけてまでセッティングしてくれた舞台を無駄にするわけにはいかない。 

 

八幡「あの……」 

 

陽乃「ご、ごめんね、比企谷君! 雪乃ちゃんが変なこと言っちゃって! ちょっとコスプレして比企谷君をからかおうと思っただけなのに何言ってるんだろうね、雪乃ちゃんてば。 も、もう雪乃ちゃんが言ってたことは、全然気にしなくていいから」 

 

 

俺の言葉を遮るように陽乃さんはまくし立てる。 

 

陽乃「っていか、比企谷君、猫コスが好きって訳じゃないんだね。 も~、雪乃ちゃんめ、帰ったら絶対仕返ししてやるんだから。じ、じゃあ、私そろそろ着替えて帰るね。」 

 

八幡「待ってください!」 

 

恥ずかしそうにベンチコートを羽織り、部室を出て行こうとする陽乃さんを、強く呼び止める。 

 

ここで陽乃さんを帰しちゃダメだ。 

 

ここで、雪ノ下と由比ヶ浜がくれたこの舞台で解決出来なかったら、もう二度とこの問題を解決できるタイミングはない。 

 

陽乃「……なに」 

 

八幡「雪ノ下さん、言ってましたよね。人は色々な気持ちの中から、相手に伝えたい気持ちを選ぶものだって」 

 

陽乃「……私、そんなこと言ったかな」 

 

視線を合わそうとしない陽乃さん。 

 

あれは、このレンタルが始まるきっかけになった日だ。 

 

きっと陽乃さんも覚えているはず。 

 

八幡「確かに言っていました」 

 

陽乃「……そうかもしれないね。……それで」 

 

八幡「雪ノ下さんの気持ちは聞かせてもらいました。 ……だから、今度は俺の気持ちを聞いてください」 

 

陽乃「それは私にとっていい話なのかな」 

 

八幡「……わかりません」 

 

試すような問いかけに、俺は正直に答える。 

 

八幡「でも、聞いて欲しいんです。……お願いします」 

 

陽乃さんの目を真っ直ぐに見つめる。 

 

陽乃「……ずるいなぁ、比企谷君は。そんな顔されたら、聞くしかないじゃない」 

 

そう言って陽乃さんは、逸らしていた視線を合わせてくれた。 

 

これでようやくスタートラインだ。 

 

俺は大きく深呼吸をひとつする。 

 

八幡「……まずは、すみませんでした」 

 

陽乃「……何が?」 

 

八幡「雪ノ下さんの言葉を信じられなかったことです。雪ノ下さんの想いを、俺は裏があるんじゃないかなんて勘ぐって、傷つけてしまいました」 

 

 

陽乃「それは……、もういいよ。私の普段の態度にも問題があったと思うし」 

 

八幡「でも……」 

 

陽乃「そうじゃないよね、比企谷君」 

 

俺の言葉を断ち切る陽乃さん。 

 

陽乃「……私が聞きたい話はそうじゃないよ。君がしたい話もそうじゃないと思うんだけど」 

 

陽乃さんの表情はかつてないほどに真剣だ。 

 

八幡「……はい」 

 

怖い。 

 

陽乃さんが怖いんじゃない。 

 

誰かと真剣に向き合うということ、そのものが怖い。 

 

誰かに自分の本心を伝えるということは、とても勇気がいることだ。 

 

伝わらなかったら、間違って伝わってしまったら、拒絶されたら……。 

 

そう思うと足がすくむ。 

 

顔の筋肉が強張る。 

 

だけど、陽乃さんはそれを超えて一歩を踏み出した。 

 

それなら、俺もその勇気に応えなくてはいけない。 

 

八幡「俺は……」 

 

言葉が……続かない。 

 

いざ口にしようとして、自分の言おうとしていることの都合の良さに、吐き気すら覚える。 

 

あの時のことが脳裏をよぎる。 

 

理屈や因果なんて飛び越えて、ただ本物が欲しいと、子供のように駄々をこねたあの日。 

 

きっと本物なんていうものはどこにもないんだろう。 

 

だが、それでも本物を目指すことは出来るはずだ。 

 

たとえ、それが果てしなく遠い道のりだとしても。 

 

つまづき、転び、立ち上がるのが嫌になることもあるだろう。 

 

それでも、立ち上がって、這いずってでも前に進み続けることが出来れば、 

 

その分だけ理想に近づくことは出来るはずだ。 

 

八幡「俺は……」 

 

陽乃さんは、じっと俺の言葉の続きを待っている。 

 

言葉にすれば伝わるなんていうのは、どこまでも罪深い傲慢だ。 

 

だけど、言葉にしなくても伝わるなんていうのは、きっと同じくらい罪深い怠慢だ。 

 

言葉にするということは、理想への道程を踏み出す一歩に他ならない。 

 

深く息を吸い込み、言葉を紡ぐ決意をする。 

 

八幡「俺は……。俺は、自分の気持ちがわかりません」 

 

 

陽乃「……」 

 

白でも黒でもない、灰色の解答。 

 

だが、これが紛れも無い今の俺の本心だった。 

 

八幡「これまで、俺は何度か女の子を好きになりました。少し優しくしてくれたから、少し話しかけてくれたから。 それだけのことで自意識過剰に好意を感じて、勘違いの好意に自分の気持ちを重ねてしまいました。 だから……、俺はきっと本気で人を好きになったことって、まだないんだと思います」 

 

 

自分の気持ちに嘘はつきたくない。 

 

だから、自分の気持ちがわからないという気持ちにも、嘘はつきたくない。 

 

陽乃さんは、ただ俺の目を見つめている。 

 

八幡「俺は、俺の気持ちに自信がありません。雪ノ下さんと一緒にいた一週間は楽しかったです。 でも、それだけで好きだっていうんじゃ、今までと何も変わらない。 自分の気持ちが曖昧なまま返事をしてしまうのは、雪ノ下さんの気持ちに応えるってことにはならないと思うんです」 

 

 

陽乃「……答えは、いつ出るの?」 

 

八幡「……わかりません。だけど、出来るだけ早く出します」 

 

陽乃「比企谷君、自分がすっごく都合の良いこと言ってるって自覚……ある?」 

 

陽乃さんの声色が冷たくなる。 

 

八幡「……はい」 

 

その迫力に気おされそうになる。 

 

陽乃「ふーん。それがわかってて……、それでも、私に待てって言うんだね」 

 

怒らせるかもしれないことは承知の上だ。 

 

これで愛想をつかされて嫌われたとしても、俺に文句を言う資格はない。 

 

八幡「それでも……です。それでも、俺が答えを出すまで、待っていてもらえませんか?」 

 

視線が交錯し、部室に沈黙が降りる。 

 

空気が張り詰めていくのがわかる。 

 

心臓の鼓動が痛いくらいに耳に響く。 

 

お互いに瞬きもせずに、ただ相手の目を見つめ続ける。 

 

どれくらいの間、そうしていただろうか。 

 

ふいに陽乃さんが視線をそらし、ふぅと息を吐いた。 

 

陽乃「……ほんと不器用だね、君は。でも、そんなところも好きになっちゃったんだもんね」 

 

張り詰めていた空気が急速に弛緩する。 

 

陽乃「しょうがない、比企谷君の中で答えが出るまで待っててあげる。お姉さんだからね」 

 

陽乃さんは困ったような笑顔でそう言ってくれた。 

 

八幡「あ、ありがとうございます!」 

 

陽乃「ただし、黙って待ってるだけじゃないからね! 比企谷君がこっちに転ぶように、どんどんモーションかけちゃうんだから」 

 

八幡「なっ!」 

 

笑いながらとんでもないことを言うな、この人は。 

 

流されない自信がないんですけど。 

 

頑張れ、俺の理性。 

 

陽乃「あ、それから。待っててあげる代わりに、ひとつだけ条件」 

 

ぴんと人差し指を立てる陽乃さん。 

 

八幡「……何です?」 

 

相手が陽乃さんだけに、どんな条件が来るか怖いところだが、こんなひどい注文をしたんだから、 

 

条件の一つくらい呑まなくては割に合わないだろう。 

 

陽乃「な・ま・え」 

 

八幡「へ」 

 

陽乃「呼び方だよ、呼び方。最初に言ったでしょ、好きな人には名前で呼んで欲しいって」 

 

八幡「あ、あの時は完全に冗談だったじゃないですか」 

 

陽乃「あの時は確かに冗談だったけど、今は冗談じゃなくなったよ」 

 

八幡「うぅ……」 

 

ニコニコとご機嫌な陽乃さん。 

 

そういう真っ直ぐな台詞は断りづらいので勘弁してもらいたい。 

 

八幡「いや、でも……」 

 

陽乃「名前で呼んでくれないなら、もう待ってあげない。 比企谷君に振られたショックで水商売の世界に飛び込んでやるんだから」 

 

いや、ちょっと極端すぎるでしょ。 

 

しかも水じゃなくて、水商売に飛び込むのかよ。 

 

しかも、陽乃さんなら、楽勝でナンバー1ホステスとかになりそうだし。 

 

まぁ、冗談にしても、そんなことを言われては折れるしかない。 

 

八幡「わ、わかりました。善処します」 

 

陽乃「ほんとに! やったー!」 

 

俺の答えを聞いた陽乃さんは目を輝かせる。 

 

陽乃「じゃあ、今呼んで!」 

 

八幡「今!?」 

 

ちょっと展開速いよ! 

 

そういうのは徐々にならさないと! 

 

熱いお風呂は足先から順番に入れって母ちゃんに言われたでしょ! 

 

陽乃「善処するって言ったー。あぁーあ、あれは嘘だったんだー」 

 

よよよ、と相変わらずわかりやすい嘘泣きをする陽乃さん。 

 

八幡「呼びます! 呼びますから!」 

 

男は女の涙には勝てない生き物なのだと痛感する。 

 

たとえそれが嘘泣きであっても。 

 

陽乃さんはわくわくした表情で俺を見る。 

 

八幡「……の……さん」 

 

陽乃「聞こえなーい」 

 

八幡「……るの、さん」 

 

陽乃「聞こえなーーい」 

 

八幡「……陽乃さん」 

 

陽乃「全然、聞こえなーーーい!」 

 

 

あぁ、もう! 

 

 

八幡「陽乃さん!!」 

 

 

陽乃「なーーに、八幡?」 

 

――。 

 

――――。 

 

――――――っ!! 

 

くそ、不意打ちだ。 

 

赤くなる顔を腕で覆い隠し、あさっての方を向く。 

 

横目で陽乃さんの様子を確認すると、悪びれることもなく微笑んでいる。 

 

悪戯が成功した子供のような無邪気なその笑みに思わず見蕩れてしまう。 

 

 

その笑顔を見て、ふと思ってしまう。 

 

 

――――猫耳も悪くないな。 

 

 

あぁくそ、変な趣味に目覚めたらどうしよう――。 

 

 

エピローグ 

八幡レンタル~延長1週間後~ 

 

~駅前 喫茶店~ 

 

陽乃「八幡!」 

 

八幡「陽乃さん、お待たせしました」 

 

陽乃さんと呼ぶのも、八幡と呼ばれるのもようやく慣れてきた。 

 

今日は駅前の喫茶店で待ち合わせだ。 

 

あれから、どうなったかというと。 

 

次の日の放課後、俺と陽乃さんは部室で雪ノ下たちに経緯を話して、レンタル期間の延長を申し出た。 

 

俺が明確な返事をしなかったことを知った時の雪ノ下と由比ヶ浜の「このドヘタレチキン野郎が!」 

 

みたいな視線は一生忘れないだろう。 

 

とにかく、雪ノ下は合意の上ならともう一週間の延長をオーケーしてくれた。 

 

その後は学業や部活に支障が出ない程度にお付き合いをしながら、 

 

俺が答えを出すというのが当面の方針だ。 

 

陽乃「今日はどうしよっか。レンタル期間も今日で最後だし、目一杯遊ばないとね」 

 

俺が注文したカフェオレに砂糖二つとミルクを入れてくれる陽乃さん。 

 

以前に注文したときに、砂糖の数とミルクの量を覚えてくれたらしい。 

 

何それ、もしかして俺のこと好きなの? 

 

勘違いしちゃうよ? 

 

などという、いつもの自虐ネタも、もう使えないのは寂しい限りだ。 

 

八幡「あ、その前に、ちょっと気になってることがあったんですけど、聞いていいですか」 

 

陽乃「なに? 改まって」 

 

そう、ずっとひっかかっていることがあるのだ。 

 

八幡「陽乃さん、この間は雪ノ下に騙されて猫又の格好をしてたんですよね」 

 

陽乃「何かと思ったらその話? もう恥ずかしいからやめようよ~」 

 

恥ずかしそうに笑う陽乃さん。 

 

八幡「あれ、嘘ですよね」 

 

言った途端、温かかった陽乃さんの笑顔が冷たくなっていく。 

 

おぉ、笑顔に温度ってあったんだー、知らなかったなー。 

 

陽乃「八幡は何が言いたいのかな?」 

 

感情のこもらない言葉が怖い。 

 

しかし、ここまで来たら聞いてしまわないと落ち着かない。 

 

八幡「雪ノ下に騙されたことですよ。 いくら気が動転していたからって、陽乃さんがあんなコスプレをするなんて考えにくいです。 むしろ、雪ノ下の嘘を逆に利用したって考えた方がしっくり来ます」 

 

 

落ち着いて考えれば、そちらの方がよほど現実味がある。 

 

陽乃「八幡、世の中には知らないでいいことだってあるんだよ」 

 

あれ、それって知っちゃいけない秘密を知ったキャラが殺されるときの台詞じゃね? 

 

なに?  

 

俺、こんな真昼間の喫茶店で人生を終えるの? 

 

しかも俺のことが好きだって言った人に殺されるの? 

 

やだ、俺の人生波乱万丈! 

 

陽乃「ほんと君は何でもわかっちゃうんだねぇ」 

 

ふっと、表情を緩める陽乃さん。 

 

いや、さっきからずっと笑顔は笑顔だったんだけどね。 

 

陽乃「まぁ、そうだね。雪乃ちゃんが何か仕掛けてくれそうだったから、それに乗ったって感じかな。 八幡の家で告白したとき、八幡が私を恋愛対象として見てないのがわかっちゃったからね。 ここは雪乃ちゃんの力を借りようかなーってね」 

 

 

確かに今になって振り返って見ると、陽乃さんが家に来た時の俺の対応は相当ひどかった。 

 

あぁ、でも、と陽乃さんは付け加える。 

 

陽乃「雪乃ちゃんだって、私が本気で騙されたとは思ってなかったと思うよ。 自分の策に乗ったんだなって思ってたんじゃないかな」 

 

え、何それ。 

 

じゃあ、姉妹で騙しあいながら、お互いに騙されてる振りしてたってことか。 

 

何この姉妹、マジで怖い。 

 

陽乃「どう、納得できた?」 

 

無邪気な笑顔で聞いてくる陽乃さん。 

 

八幡「……後悔しました」 

 

陽乃「ふふ、これに懲りたら余計なことに首を突っ込まないことだね」 

 

八幡「反省します」 

 

底まで見通したはずの穴の奥には、さらなる暗闇の世界が広がっていた。 

 

深遠を覗き込むものは深遠に覗き込まれているとかなんとか。 

 

これ以上、深入りは止めておこう。 

 

人は太陽の下で生きるものだ。 

 

陽乃「じゃあ、閑話休題。今日はどこ行こっか」 

 

外の寒さとは裏腹に、春の陽光のような笑顔で陽乃さんが言う。 

 

八幡「すいません、もうひとついいですか」 

 

だが、聞きたかったことはこれだけではない。 

 

むしろもうひとつの方が重要だ。 

 

陽乃「もう、今日は質問攻めだね。いいよ、何?」 

 

八幡「何で俺なんか好きになったんですか?」 

 

陽乃「八幡、アウトー!」 

 

間髪入れずに陽乃さんからアウト宣言が入る。 

 

八幡「え、いや、なんで?」 

 

陽乃「ダメだよ、八幡。そういうこと聞いちゃあ」 

 

え、そうなの? 

 

だって気になるじゃん。 

 

八幡「いやだって、そこを教えてもらわないと、納得できないというか。 

 

自分じゃ陽乃さんに好きになってもらえるところなんて思いつきませんし」 

 

陽乃「も~、八幡は心配性だなぁ」 

 

そう言うと陽乃さんはテーブルの上で腕を組んで考え始める。 

 

あ、答えてはくれるのか。 

 

陽乃「そうだねぇ。確かにレンタルを始めた頃は、雪乃ちゃんを焚きつけようっていうのがメインだったかなぁ」 

 

そんなこと考えてたのかよ、初耳過ぎるぞ。 

 

陽乃「でも、一緒にいるうちに楽しいなーって思って、色んな顔をする八幡にどんどん惹かれていって、気づいたらずっと一緒にいたいなぁって思うようになって。 だから、どこが好きかって言われると、全部ってことになっちゃうのかなぁ」 

 

うわ、ちょっと待って。 

 

すごく恥ずかしい。 

 

顔が赤くなってるのがわかる。 

 

何でこの人、恥ずかしげもなくそんな台詞を言えるんだ。 

 

陽乃「どうしたの~、八幡。自分から聞いておいて恥ずかしくなっちゃった?」 

 

嗜虐的な笑みを浮かべる陽乃さん。 

 

この人、こういうときは本当に生き生きしてるな。 

 

陽乃「あ、でも、きっかけはやっぱりあれかな」 

 

八幡「……なんですか?」 

 

陽乃「……ん~、やっぱりこれは秘密」 

 

そう言って陽乃さんは、口に人差し指をつける。 

 

八幡「ちょ、気になるじゃないですか」 

 

陽乃「それより、今日どうするか決めようよ。早く決めないと時間が勿体無いよ」 

 

追求しようとする俺を陽乃さんが誤魔化す。 

 

八幡「そこまで言って秘密はないでしょう」 

 

陽乃「秘密って言ったら秘密なの。 あ、じゃあ、予定は外歩きながら決めようよ。 すいませーん、お会計ー」 

 

そう言うと、伝票を持ってさっさとレジへ向かう陽乃さん。 

 

八幡「あ、自分の分は払いますからね!」 

 

レジへ向かう陽乃さんに声を掛けながら、 

 

まだ口をつけていないカフェオレを急いで口に運ぶ。 

 

八幡「あちっ!」 

 

予想以上に熱かったカフェオレが舌の上で暴れる。 

 

陽乃「何してるのー。置いてくよー、王子様ー」 

 

茶店の扉を開けて陽乃さんが呼ぶ。 

 

外の雑踏の音にかき消されて、後半は聞き取れなかったけれど。 

 

置いていかれてはたまらない、残りのカフェオレは諦めて出口へ向かう。 

 

出口でこちらに手を振る陽乃さん。 

 

輝くような笑顔の後ろから、陽の光が差し込む。 

 

陽光の眩しさに思わず目がくらむ。 

 

きっと、この眩しさに目が慣れる頃には、俺の中の答えも出ているだろう。 

 

そう思いながら、俺は陽光に向かって一歩を踏み出した。 

 

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おまけ 

~雪乃side(レンタル7日目)~ 

 

部室の鍵を返却し、帰路に着く。 

 

歩きながら姉さんに電話をかける。 

 

私から姉さんに電話をかけることなんて滅多にない。 

 

長いコールの後、姉さんの声が聞こえてきた。 

 

陽乃「もしもしー、雪乃ちゃんから電話くれるなんて珍しいねー。お姉ちゃん、嬉しいなー」 

 

声音こそ普段と同じだけど、いつもの外面にひびが入っている。 

 

雪乃「今、どこにいるの」 

 

陽乃「んー、どうしたのかなぁ。お姉ちゃんに会いたくなっちゃった?」 

 

雪乃「いいから答えなさい。比企谷君との約束をすっぽかしてどこにいるのかと聞いているのよ」 

 

そう問い詰めると、電話の向こうでわずかに息を呑む音が聞こえた。 

 

陽乃「ちょっと急用が出来ちゃってね。今、お父さんのお友達のところに行かなきゃいけなくなって」 

 

雪乃「嘘ね。実家関連の予定は確認してあるわ」 

 

向こうの言い訳に、間髪入れずにカマをかける。 

 

陽乃「……」 

 

雪乃「実家にいるのね。すぐに行くから待っていてちょうだい」 

 

陽乃「あ、ちょっと雪乃ちゃ――」 

 

姉さんが次の言い訳を始める前にこちらの用件を伝えて電話を切った。 

 

実家に戻り、姉さんの部屋へと直行する。 

 

軽くノックをして扉を開ける。 

 

陽乃「ひゃっはろー、雪乃ちゃん」 

 

雪乃「失礼するわ、姉さん」 

 

ベッドに腰掛けた姉さんが、由比ヶ浜さんのような挨拶をしてくる。 

 

それにしても、由比ヶ浜さんのあの挨拶って何でこんなに拡散しているのかしら。 

 

たまに、勢いで返してしまいそうになるから、止めて欲しいのだけど。 

 

陽乃「もー、急に来るって言うから、お姉ちゃんびっくりしたよ。それで、どうしたの」 

 

変わったことはないように見せようとしているけれど、普段は薄いメイクが今日はしっかりとされているし、 

 

充血した目はメイクでは誤魔化せていない。 

 

雪乃「どうしたはこちらの台詞よ。どうして比企谷君との約束をすっぽかしたの」 

 

陽乃「んー、ちょっと今日はそういう気分じゃなくなっちゃって」 

 

雪乃「それなら、そう言えば良かったじゃない。姉さんの内面なんて、彼にはとっくにバレているのだし、素直にそう言ったって何も問題はないわ」 

 

私の追及を姉さんは黙って聞いている。 

 

雪乃「そういう断り方は、彼に否定を思わせるような理由は使いたくなかった。違うかしら」 

 

姉さんはじっと俯いて、反論のひとつもしてこない。 

 

普段からは信じられないほどに大人しくて弱々しい。 

 

これが本当に私の姉なのだろうか。 

 

雪乃「姉さん、何があったか話してくれないかしら」 

 

陽乃「雪乃ちゃん……」 

 

姉さんの視線は、その心を表すかのように私と床の間を迷っていた。 

 

やがて姉さんは、私に向かって何かを言おうとして、また口をつぐんだ。 

 

その姿に、あの姉さんが、完璧で私にないものを全て持っているような雪ノ下陽乃が、 

 

真剣に悩んでいるのだとわかる。 

 

雪乃「……フられた?」 

 

 

私の言葉に、姉さんの体が硬直する。 

 

こわごわと私の方に向き直る。 

 

雪乃「わかるわよ、それくらい」 

 

推測が当たったことに、ふっと息が漏れる。 

 

特段、名推理というわけではない。 

 

おかしいと思ったのは、昨日に限って、うっとおしいくらいに送られてきていたメールが一通も来なかったことだ。 

 

姉さんは比企谷君と遊んだ内容や撮った写真を、携帯でうっとうしいくらいに送ってきていた。 

 

だから、比企谷君に報告書を提出してもらうまでもなく、私は彼の行動を把握していた。 

 

彼が何を報告して何を報告しないかに興味があって、報告を続けてもらっていた。 

 

彼の報告書の適当さ加減には呆れるけれど、あんな内容をそのまま書かれても由比ヶ浜さんが発狂しそうだし、 

 

彼にしてはいい判断だったのかもしれない。 

 

メールの内容は、はじめは私を挑発するように、 

 

けれど、徐々に単なるノロケのように変わっていったように思う。 

 

姉さん自身もその変化には気づいていないかったのかもしれない。 

 

だけど、彼との写真の中にいる姉さんは、今まで見たどんな姉さんとも違っていた。 

 

その変化に予感するものはあった。 

 

そして昨日はメールが一通もなく、今日はレンタルをキャンセルし、加えて比企谷君の罰の悪そうな態度、 

 

おまけに姉さんのこの惨状と来れば、色事に疎い私でも察しはつく 

 

陽乃「雪乃ちゃん、わたし……、わたし…………、あ、あぁ、あぁぁぁ」 

 

 

一気に感情のタガが外れたのか、姉さんの目から大粒の涙が溢れ出す。 

 

それを両手で拭う様子は、まるで子供のよう。 

 

雪乃「姉さん……」 

 

隣に座り、肩を抱き寄せる。 

 

そう、予感はしていた。 

姉さんは、もう自分の気持ちに答えを与えてしまったのではないかと。 

 

一週間という短い期間。 

 

それでも、姉さんにとっては答えを出すのに十分な時間だったのだ。 

 

私はというと。 

 

まだ、彼への気持ちを量りかねている。 

 

好意はある、と自覚はしている。 

 

だけど、人付き合いの経験が浅い私には、 

 

それが友愛に起因するものなのか、恋愛に由来するものなのか、見極められずにいる。 

 

いえ、きっとそれも違う。 

 

本当は向き合うことから逃げているだけなのだろう。 

 

あんなにすれ違ってしまった私たちだから。 

 

強く踏み出せばまた関係が壊れるのではないかと、自分の気持ちと向き合えずにいるんだ。 

 

小刻みに揺れる姉さんの肩。 

 

こんなに弱った姉さんを見るのは、生まれて初めてだった。 

 

私にとっての姉さんはいつも強くて、どんなときでも輝いていて、 

 

その後姿に嫉妬しながらも憧れた。 

 

だけど、それが今はこんなにも普通の女の子のように、恋に傷ついている。 

 

でも、そんな風に傷ついた彼女が、私には眩しく映った。 

 

真摯に自分と向き合った彼女は、 

 

一歩を踏み出す勇気を持った姉さんは、 

 

今までで一番輝いて見えた。 

 

雪乃「落ち着いた?」 

 

顔を上げた姉さんに問いかける。 

 

陽乃「……うん、ごめんね。みっともないところ見せちゃって」 

 

姉さんの声は、もう落ち着いている。 

 

雪乃「いいのよ。家族なのだから」 

 

陽乃「……うん、ありがと」 

 

感謝を告げる姉さんの顔は、とても穏やかだった。 

 

雪乃「さて、それじゃあ、詳しく聞かせてもらえるかしら。傾向と対策を練らないといけないから」 

 

そう、そのために私はここに来たのだから。 

 

姉さんは顔の前で両手を振る。 

 

陽乃「い、いいよいいよ。終わったことだし、もういつも通りだし、ね」 

 

姉さんは右腕で力こぶを作って見せるけれど、そんなに簡単にふっ切れるはずがない。 

 

雪乃「ここで諦めるの? 一度振られたくらいで、もう諦めてしまうのかしら」 

 

陽乃「雪乃ちゃんは……、知らないんだよ」 

 

追及する私に、姉さんは咎める様な視線を向ける。 

 

陽乃「告白するのに、どれだけ勇気がいるか。……断られたとき、どれだけ辛いか。 まぁ、私も昨日初めて知ったんだけど」 

 

姉さんは、これは今まで告白してきた男の子に悪いことしたなぁ、などと力無く笑う。 

 

そうかもしれない、と思う。 

 

私も告白をされたことはあっても、自分から告白をしたことはない。 

 

彼に対する思いも、未だに自分の中で結論を出せずにいる。 

 

結論が出たとしても、いざその時になって踏み出す勇気が自分にあるのか、自信はない。 

 

でも、だからこそ、一週間足らずで自分の思いと向き合い、答えを出した姉を素直に尊敬する。 

 

雪乃「……辛いから、痛みを知ったから、もう挑戦しないというの」 

 

陽乃「いけない?」 

 

でも、だからこそ、ここで止まることは許さない。 

 

雪乃「一度で手に入らなかったから、諦めてしまうというの」 

 

陽乃「あんな思いをもう一度しろって言うの」 

 

それは、認められない。 

 

雪乃「……許さないわ」 

 

そんなことは承服できない。 

 

雪乃「高い壁だろうと挑戦して、どんな手段を使ってでも欲しいものは手に入れる。 それが、私の見てきた、私が憧れた雪ノ下陽乃よ」 

 

陽乃「雪乃、ちゃん」 

 

その姿に憧れた者への責任があるはずだ。 

 

雪乃「今回もそうしなさい。あなたが簡単に諦めるなんて、絶対に許さないわ」 

 

だって――。 

 

 

雪乃「だって」 

 

 

あなたは―――。 

 

 

雪乃「だって、あなたは、この雪ノ下雪乃の姉なのでしょう!?」 

 

 

立ち上がって叫ぶように、悲鳴のように絞り出した言葉。 

 

大声を出したことで息が乱れる。 

 

本当に私は体力がない。 

 

息を整えていると、立ち上がった姉さんにそっと抱き寄せられる。 

 

雪乃「姉さん」 

 

陽乃「頼りないお姉ちゃんでごめんね。無理、させちゃったね」 

 

そう言って微笑む顔からは、迷いが消えていた。 

 

その後、姉さんから昨日の経緯を聞いた。 

 

雪乃「ずいぶんと急な流れで告白したものね」 

 

陽乃「振り返ってみると自分でもそう思う。 

 

でもね、あの時は何だか気持ちが盛り上がっちゃって、気がついたら口が動いちゃってて」 

 

姉さんらしからぬ、と思うけれど、恋とはそういうものなのかもしれない。 

 

自分が自分でなくなるほどに誰かのことを思う、恋とはそういう激しさを持っているのかもしれない。 

 

逆に言えば、それをまだ知らない私は、恋を知らないということになるのだろう。 

 

姉さんの場合、比企谷君の反応を見て探りを入れたということも考えられないこともないけれど。

 

それにしても、 

 

雪乃「逃げたのね、あの男。軟弱な」 

 

陽乃「逃げた、のかなぁ。私は遠回りに断られたんだとばかり思ったけど」 

 

客観的に見ればただの逃げでしかない。 

 

姉さんが気づかなかったのが不思議だけれど、案外、当事者だと盲目的になるものなのかしら。 

 

雪乃「逃げたのよ。あの男は自分自身の評価が低いから、姉さんみたいな人が本気で自分に告白してくるはずがないと思った。 そして、他の可能性を考慮していった結果、姉さんのいつもの冗談だと結論づけたのでしょう」 

 

陽乃「おぉ、雪乃ちゃん、すごい分析力だね」 

 

感心したような声で、姉さんがぱちぱちと手を叩く。 

 

陽乃「ねぇ、雪乃ちゃんって、ひょっとして」 

 

雪乃「茶化さないで。もしそうなら、いくら姉さんでもこんなことはしていないわ」 

 

まだ自分の気持ちがわからないのよ、と心の中で呟く。 

 

雪乃「さて、そうなると、彼を真剣に向き合わせないといけないわね」 

 

陽乃「う~ん、どうしよう」 

 

雪乃「人をからかってばかりいるから、そういうことになるのよ」 

 

陽乃「うぅ、今日ばかりは反論できない……」 

 

雪乃「大丈夫、ひとつ策があるわ」 

 

陽乃「ほんと?」 

 

雪乃「ええ。奉仕部部長を信じなさい」 

 

根本的に姉さんが嫌われていて断られたのだったら、 

 

あるいは無理かもしれないと思ったけれど、これならむしろ簡単だと思う。 

 

姉さんにはちょっと高いハードルを越えてもらうことになるけれど、姉さんが本気なら乗ってくるだろう。 

 

陽乃「それで、どうすればいいの? 雪乃ちゃん」 

 

雪乃「それは―――」 

 

 

おまけ 

雪乃side(レンタル7日目)  ~了~  

 

 

 

 

 

 

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