沙希「….ねえ、比企谷….その、ありがと」【俺ガイルss/アニメss】
八幡「ゴールデンウィークか」
八幡(独り言のつもりで呟いたのだが、出した声が大きかったか部室で思い思いに活動していた面々がこちらを向く。いや、活動といっても本を読んだりお喋りをしたりしているだけで、奉仕部として何かしているわけではないのだが)
結衣「え、ヒッキー何か予定あるの?」
雪乃「まさか。むしろ例年通りに一人で過ごすからもて余している暇をどう潰そうか悩んでいるに違いないわ」
小町「お二人とも。いくら本当のことでも言っていいことと言うまでもないことがありますよ。そりゃお兄ちゃんは面倒臭がって家族旅行すら参加しませんが」
大志「言っちゃいけないことはないんすか…………てか家族旅行も参加しないって」
八幡「いいんだよ、旅行なんて人混み溢れる時期しか行かねえんだから。小遣いもらって家でだらだらしてる方がずっといい」
結衣「ホントにヒッキーじゃん…………」
大志「まあ人混みが嫌ってのはわかるっすけどね。特にうちは小さいのがいてあんま目が離せないからなおさらっす」
八幡「だな。小町も小さいころは好奇心旺盛で、手を繋いどかないとすぐどこか行こうとしたもんだ」
小町「ちょっとお兄ちゃん! いきなりプライバシーを暴露しないでよ!」
八幡「いっこ前の自分のセリフを思い出してみろよ…………」
雪乃「それで、結局ゴールデンウィークがどうかしたのかしら?」
八幡「ん、ああ。確かに今んとこ予定はねえけどさ、ちょっと今年は出かけようかなって」
結衣「えっ!? ど、どこに?」
八幡「湘南の、江ノ島だ」
結衣「湘南って…………神奈川の?」
八幡「ああ。さすがの由比ヶ浜もそれくらいは知ってたか。えらいぞ」
結衣「馬鹿にしすぎだし! サザンとかが歌ってるじゃん!」
小町「基準はそこなんですね…………」
大志「でも何で江ノ島に行こうと思ったんすか? えーと、弁天様がいるんでしたっけ?」
雪乃「そうね。竹生島、宮島と並んで弁才天を祀る三大弁才天の一つよ。そして弁才天は七福神の紅一点ね。比企谷くん、いくら現実ではモテないからってアニメやゲームに飽き足らずそんなところにまで手を伸ばすなんて…………」
結衣「え、ヒッキーキモい!」
八幡「おいこら、観光地に行くだけでそこまで深読みするんじゃねえ。そもそも弁天様はどっちかと言うと縁結びに近いだろ。本人じゃなくて恋人が欲しいとかってお願いに行く感じで。江ノ島には恋人の丘ってのがあるしな」
小町「あれ? でもカップルで行くと別れるジンクスとかなかったっけ? 上野の不忍池とかも弁天様だったような」
八幡「弁天様が嫉妬するとかいうワケわからん理由でそう言われてるな。でも江ノ島の弁天様って結婚してるぞ」
平塚「何だと!? リア充だったのかあのアマ!!」ガラッ
八幡「うおっ…………いきなり何すか先生。しかも神様を罵倒して」
平塚「いや、面白そうな話をしてるなと思って立ち聞きをな。しかし仲間だと思っていたのに既婚者だったのか。嫉妬する側だと思っていたらされる側だとは…………シット!」
雪乃「仮にも国語の教師がその駄洒落はどうなのかしら…………何か御用でしたか?」
平塚「ん、ああ。今の話にも関わるが、ゴールデンウィークはどうするのかと思ってな。今年から人数も揃って正式な部活に認知されたし、部として活動するなら報告が必要なのだ」
大志「そういえば去年の夏休みはボランティア行ったんでしたっけ?」
小町「うん。小町も参加したよ。お兄ちゃんと一緒に」
八幡「思いっきり騙されてな。あんなのはもうゴメンだぞ。だいたい俺は今言ったように予定があるんだ」
大志「でも江ノ島って日帰りで行ける距離じゃないすか? 一日しか埋まらないすよね」
八幡「準備に一日、当日に一日、体力気力の回復に一日使うぞ。だからこんな機会でないと行かん」
結衣「どんだけ体力ないんだし…………あ、じゃあさじゃあさ」
八幡(おいやめろ! 良いこと思い付いたって表情でその続きを言うな! 悪い予感しかせんぞ)
結衣「せっかくだからみんなで江ノ島行ってみようよ!」
八幡(ほらやっぱり)
雪乃「…………みんなで、というのは奉仕部でということかしら?」
結衣「うん! あたしもまだゴールデンウィークの予定ないし、みんなでお出かけするのもいいかなって」
八幡(いやいや、雪ノ下はきっと予定が入ってんだろ。だからこの企画はなかったことに)
雪乃「そうね、たまにはいいかしら。小町さんと川崎くんはどうかしら?」
小町「はい、お供します! 今年はお父さん達あまりお休み取れなかったみたいなんで小町も空いてたんですよ」
八幡(ダメだったか…………そんで何その情報。俺知らないんだけど)
大志「えーと、うちは確認してみないとわかんないっすね。具体的な日程はまだ決めないんすか?」
結衣「うーん、ヒッキーが連休真ん中がいいって言ってるし、五月の四日でいいんじゃない? あ、もしよかったら沙希も呼んでみたらどうかな」
大志「え、いいんすか?」
雪乃「ええ、知らない仲ではないのだし」
八幡(出会った当初は険悪だった雪ノ下と川崎も今じゃ普通に会話をするくらいにはなったんだよな…………って、そうじゃなくて)
八幡「おい、俺は誰かと行くなんて一言も…………」
平塚「ふむ、江ノ島と言えば歴史的観光地でもあるな……よし、比企谷に川崎。新入部員としてそこで学んだことをレポートにしたまえ。そうするならばこれも部活動の一環として申請しておこう。交通費くらいなら部費から出ると思うぞ」
大志「本当ですか? なら行けたら書きます!」
小町「はい、小町も書きます。お兄ちゃんも手伝ってね」
八幡「うぐ…………」
八幡(平塚先生は俺のことなどお見通しだというようにニヤッと笑う。確かに高校生にとってあの距離の交通費が浮くというのはありがたいことだろう)
八幡「はあ……わかったよ」
平塚「決まりだな。具体的な計画ができたら報告したまえ。申請書を作成するのでな」
雪乃「わかりました」
八幡(もうすぐ会議が始まるからと平塚先生は部室を出ていった)
大志「うーん、ホントにカッコいいというか男らしいっすね平塚先生って。立ち振舞いとか態度ですけど」
八幡「だな。男らしすぎて逆に男が近寄らないまである」
大志「まあ男側の気持ちもわかりますけど…………」
雪乃「それはただ単に情けない男性が増えているだけのことではないかしら? 目が腐ってて卑屈な男性とか」
八幡「おい、目は関係ないだろ。卑屈なのは認めるが」
結衣「認めちゃうんだ…………」
大志「そんなことないっすよ! お兄さんは誤解されがちなだけで、やるときはやる凄い人なんすから!」
八幡「お、おう。ありがとな」
八幡(これである。なぜか大志はやたらと俺を持ち上げてくるのだ。しかもお世辞や社交辞令でなく、本気で)
八幡(奉仕部も小町を追っかけて、とかでなく、むしろ小町より早く入部届けを出してきた。どうも理由は俺がいるかららしい。俺、こいつに何かしたかなあ…………?)
八幡「と、とりあえず四日でいいんだな? 行ける面子決まったら計画立てようぜ」
雪乃「ええ。あまり大人数になるのも好ましくないけれど、川崎さん以外も少しくらいなら誰か誘っても構わないと思うわ」
八幡(おお。雪ノ下からこんな言葉が聞けるとは。去年だと考えられんな)
小町「そういえばお兄ちゃん。結局何で江ノ島行こうと思ったの?」
八幡「ん、ああ。昔一回行ったことはあったんだけどな、そん時岩屋洞窟が工事中で入れなかったんだ。それをふと思い出して行ってみようと思ってな。夏休みとかだともう予備校が受験スケジュールに入っちまうから余裕あるうちがいい」
結衣「岩屋洞窟?」
雪乃「確か島の裏側に波の浸食によって出来た洞窟ね。元々はその洞窟内が信仰の対象で、高名な僧侶などがそこに籠ってお祈りをしていたのよ」
八幡「詳しいな。行ったことあるのか?」
雪乃「いえ。でも何か機会があれば行ってみたいとは思っていたのよ」
大志「名前は有名ですもんね。何があるかってのはよく知らないすけど」
八幡「結構歩くし興味がなければつまらんからそこは覚悟しとけよ」
雪乃「とりあえず今日はもう遅いし、解散して計画は明日以降にしましょう」
彩加「へー、江ノ島に行くんだ」
八幡(翌日、一緒に教室で昼飯を食っている戸塚に話題を振る)
八幡「ああ。一人で行くつもりだったのになあ…………そうだ、よかったら戸塚もどうだ?」
彩加「あ、ごめん。行きたいけどその日は練習試合が入ってて…………江ノ島行ってみたいなあ…………」シュン
八幡「あ、いや、気にすんなよ。何だったらまた時間ある時に二人で行ってみようぜ」
彩加「本当!? 約束だからね!」パアア
八幡「お、おう(かわいい)」
義輝「我もその日はイベントがあるのだ。すまぬがまた別の日に……」
八幡「いや、お前は誘ってないから」
義輝「ぐふう!」
彩加「でも奉仕部がちゃんとした部活になるとは思わなかったね。小町ちゃんはともかく川崎さんの弟さん………大志くんだっけ、八幡のことを慕って入って来たんだよね?」
八幡「ああ。俺、慕われる理由なんて一切ないと思うんだがな…………誰かと勘違いしてんじゃねえか?」
姫菜「そりゃ男が男に近付くなんて理由は一つしかないじゃない」グフフフ
八幡(妖怪腐女子が現れた!)
彩加「あ、海老名さん」
姫菜「はろはろ~お三方。結衣から聞いたよヒキタニくん。慕ってくる後輩の男子とゴールデンウィークに稚児ヶ淵に行くんだって?」
八幡「情報が限定的過ぎる! 抽出の仕方がおかしいだろ…………」
彩加「稚児ヶ淵?」
八幡「あー、江ノ島にある名所の一つだ。海の景色の良いとこだよ」
彩加「へえ」
姫菜「私達のグループも誘われたけどみんな部活だったり家の都合だったりでダメだったんだよね。うう…………たいはちを堪能するチャンスが」
八幡「最初からないからな? あと俺は後輩に対しても受けなのかよ…………」
姫菜「あははっ。じゃ、お食事中にお邪魔しました。またね~」
八幡(海老名さんは手を振ってその場を離れていった。戸塚だけが律儀に手を振り返す)
八幡「嵐のような人だな本当に…………」
義輝「うむ。ところで八幡、稚児ヶ淵とは確か…………」
八幡「やめろ。戸塚の前ではシャレにならない」
義輝「であるな…………」
彩加「?」
八幡(放課後になり、図書室に寄った後に奉仕部部室に向かう)
八幡「うっす」
八幡(部室のドアを開けるとすでに俺以外の部員が揃っていた。各々に適当に挨拶する)
大志「そういえば昨日の話なんすけど」
雪乃「ゴールデンウィークのことかしら?」
大志「はい。親と姉ちゃんに確認してきたんですが、その日にやるヒーローショーの招待券が当選したらしいんすよ。で、親と弟はそれに行って、姉ちゃんは妹の面倒を見とくからって」
結衣「あー、じゃあダメなの?」
大志「でもそんな状況で俺だけ行くのもどうかって思いまして…………あの、妹も一緒に連れていってもいいっすか? 迷惑かけないようにしますんで!」
雪乃「私は構わないのだけれど、みんなはどうかしら?」
八幡(雪ノ下の言葉に由比ヶ浜も小町も頷く。ちなみに俺に発言権はない)
大志「ありがとうございます! 今日帰ったらもっかい姉ちゃんに話してみます」
八幡「ちょっと待て大志。前もって話しとくことがある。一応川崎にとって重要なことだ」
大志「え、何すか?」
八幡「江ノ島ってな、そこらに猫がいっぱいいるんだ。猫アレルギーだろあいつ。程度は知らねえけど、ひどいようなら来ない方がいいとも伝えといてくれ」
大志「あ、そうなんすか。確か密着するくらいでなければ大丈夫みたいなこと言ってましたけど…………それも含めて話してくるっす」
八幡「おう…………で、どうした雪ノ下?」
雪乃「な、何がかしら?」
八幡「猫がいるって聞いたときからソワソワしているみたいだが」
雪乃「言いがかりはよしてちょうだい。そもそも…………」
八幡「あー悪かった悪かった」
八幡(また話が長くなりそうなのでさっさと切り上げる。俺は再び大志の方に向いた)
八幡「で、川崎がどうするかわかってから予定組んだ方がいいのか?」
大志「いや、それは大丈夫じゃないすかね。どうせ姉ちゃんは組まれた予定に従うだけかと」
八幡「あいつコミュ障だもんな。話し合いに参加してくることもなさそうだし」
小町「沙希さんもお兄ちゃんにだけは言われたくないと思うよ…………」
大志「確かに姉ちゃんは人付き合い苦手ですけど…………お兄さんとはわりとまともに話してるんすよね。時々でいいんでもうちょっと話してくれると嬉しいんすけど」
小町「あ、それはこっちからもお願いしたいね。もう少しお兄ちゃんに話しかけるよう沙希さんに伝えてよ」
大志「がってんっす」
八幡「おいこら、妙な話し合いしてんじゃねえ」
結衣「も、もうちょっとあたしも沙希とお話するからさ、心配しなくていいって。ヒッキーよりあたしの方が適役でしょ?」アセアセ
小町「はあ…………」
大志「はあ…………」
八幡「?」
雪乃「コホン…………とりあえず決められることは早いうちに決めてしまいましょうか。今日は依頼もないことだし」
結衣「今のところ決まってるメンバーはここにいる人だけかな? 他に誰か誘ってる?」
八幡「戸塚を誘ったけどダメだった…………ダメ、だった…………」
小町「お兄ちゃん落ち込み過ぎ…………小町は特に。奉仕部とあまり関わらない人を誘ってもどうかと思うし」
大志「俺もそんな感じっすね」
結衣「優美子や隼人くんも空いてなかったから、あとはやっぱり沙希くらいかな」
雪乃「ではもうある程度決めてしまってもいいわね。まず、江ノ島へのアクセスだけれども…………行ったことあるのは比企谷くんだけよね? 何か意見はあるかしら?」
八幡「まあ普通に東京から藤沢経由の片瀬江ノ島駅でいいだろ。一番近いし乗り換えも楽だし」
雪乃「ではそれにしましょう。次は集合時間かしら?」
八幡「それはあっちにどれくらい時間を使うかにもよるだろ。江ノ島以外に見たいものとかあるかもしれねえし」
雪乃「そうね。一応部活動の一環として行くのだからあまり変なところは行けないけれど…………どこか行きたいところはあるかしら?」
結衣「あ、はい! あたしお金が増えるとこ行きたい! 近くにあったよね?」
小町「結衣さん、まだ高校生なんですからギャンブルはちょっと…………」
結衣「違うってば! ほら、お金洗うやつ!」
八幡「銭洗弁天のことだろ。まあ近いっちゃ近い。鎌倉だし」
大志「鎌倉だったらせっかくだから大仏を見てみたいっすかね。結構大きいらしいし」
小町「小町は特にないかなー。というかあんまり回るとこ増やせないでしょ?」
八幡「そうだな。銭洗も大仏も少し駅から離れてるし、三つとも行くなら結構時間食うぞ」
雪乃「ならその三つを回ることにしましょうか。午前中に江ノ島、午後にその二つを回るというスケジュール予定でいいかしら? あとはその場で臨機応変にということで」
八幡(誰も異論はないようで、一様に頷く)
雪乃「では集合時間と場所なのだけれど…………江ノ島まで片道二時間くらいかしら?」
八幡「ルートにもよるがそんなもんだな。それとできれば早めに行きたい。ゴールデンウィークの中日とはいえ混雑は予想されるからな」
小町「そういえばお兄ちゃんは元々何時ごろ出かけるつもりだったの?」
八幡「朝の七時くらいの電車に乗る予定だった」
結衣「えっ、そんなに早く!?」
八幡「岩屋洞窟は九時からだが、万一人数制限とかで入れなかったりしたら嫌だからな。だから前日休みの時に早寝して行こうとしてたんだ」
大志「ゴールデンウィークっすもんね。混むのは当然か…………」
雪乃「なら私達もそうしましょうか。朝七時前に駅集合でいいかしら?」
八幡「おい、いいのか?」
結衣「うん、平気! ちゃんと前の日に早く寝れば大丈夫だし」
小町「起きる時間はいつもよりちょっと早いだけだしね」
大志「俺も姉ちゃんも朝は別に弱くないんで平気っす」
雪乃「決まりのようね。むしろ貴方が一番心配だわ」
八幡「それは小町が起こしてくれるから問題ない」
小町「小町頼り!?」
八幡「じゃあ集合時間はそれでいいとして…………昼飯はどうする?」
結衣「江ノ島で食べるとこあるんじゃないの? あ、混んでる?」
八幡「いや、混雑よりも気にするとこがあってな」
雪乃「何かしら?」
八幡「江ノ島のコースを順番に辿っていくと岩屋洞窟は一番奥にあるんだが、結構歩くし階段も多くて疲れるかもしれん。で、岩屋洞窟の少し手前に有料だが船が出ててな、これを使えば一気に島の入口まで戻れる」
結衣「すごいじゃん!」
八幡「ああ。だけど入口付近の店はめちゃくちゃ混んでるし、島の中の店を使うならある程度引き返さないといけない。岩屋行く前だと昼飯には少し早いだろうし」
雪乃「無理に江ノ島で食べる必要もないものね。江ノ島の幸を食べたい人もいるでしょうけど時期も悪いし諦めてもらいましょう」
八幡「ま、食うだけなら駅前や大仏付近でもいいわけだしな」
八幡(そこからしばらく細部を決め、その日は解散となった)
八幡(世間はゴールデンウィークに入り、休日はだらけながらも勉強をするという日々を過ごす。一応受験生だからな)
八幡(前日にちゃんと早寝したので、小町に起こされることなく起きて準備をきっちり済ませ、二人で駅に向かう)
八幡(少し早いかなと思ったが、駅前にはすでにみんな揃っていた。早いなおい)
京華「はーちゃーん!」
八幡「よう、久しぶりだなけーちゃん」
八幡(川崎と手を繋いでいる京華ちゃんがぶんぶんと手を振ってくる。俺はそれに応えながら他の面々にも朝の挨拶をした)
雪乃「それじゃ揃ったことだし行きましょうか。みんなはぐれないように着いてきてちょうだい」
八幡「雪ノ下。そのリーダーシップは立派だがそっちは下りのホームだからな」
雪乃「…………!」
八幡(そういえばこいつ方向音痴だったんだよな…………俺が先導するしかないか)
八幡「こっちだ。あと五分で来る快速電車に乗って終点の東京で乗り換える。三十分くらいだから眠いやつは座れたら寝ててもいいぞ」
八幡(みなぞろぞろと俺に着いてくる。誰も雪ノ下に突っ込みを入れない優しさが染みるぜ)
八幡(休日とはいえ中日のせいか電車は空いており、ボックス席二つが空いていたのでそこに座ることにした)
八幡(俺が奥に座るとすかさず大志が隣を確保してくる。やだ、この子俺のこと好きすぎ…………まあ冗談は置いといて。男子が二人なのだからむしろ自然だろう。そしてこうなると川崎と京華ちゃんもこっちに来る)
京華「おそとーおそとー」
沙希「はいはい。あまり騒いじゃダメだからね」
八幡(川崎は靴を脱がせて京華ちゃんを窓際に座らせる。立派なお姉さんしてんな)
大志「あ、お兄さん。京華を見るんで席替わってもらっていいっすかね?」
八幡「ん、おう」
八幡(そうだな。横と前に家族いてもらった方がいいか。俺は大志と席を替わる)
沙希「…………ねえ、比企谷」
八幡(電車が動き出してしばらくした頃、目の前の川崎が話しかけてきた)
八幡「何だ?」
沙希「その、ありがと」
八幡「あん? 別に礼を言われるようなことはしてねえぞ。誘おうって言ったのは由比ヶ浜だし」
沙希「うん、そうなんだけど…………その、あたしを気遣ってくれたって聞いて…………」
八幡「何の話だ?」
沙希「猫アレルギーのこと。ちゃんと気にしててくれたんだなって」
八幡「ああ。そこまでのことじゃないだろ別に」
沙希「ううん。普段は気にされてないからなんか嬉しくって。だから、ありがと」
八幡「…………おう」
八幡(何だか照れ臭くなり、俺は顔を背ける。ごまかすようにスマホを取り出して乗り換え案内を確認した)
八幡(東京駅に到着し、京葉線名物の長い乗り換えを経て東海道線へ。混んではいなかったが、座れるほどでもない。車両の端っこで邪魔にならないようにする)
八幡(途中通過する戸塚という名前の駅にときめきを覚えながら藤沢で小田急線に乗り換えた。ちょうど急行だったので一駅だ。しばらくして片瀬江ノ島駅に到着)
八幡「よし、降りるぞ。忘れ物すんなよ」
大志「うす」
小町「はーい」
八幡(連れ立って改札へ向かう。心なしか潮の香りが感じられる。全員改札を出たところで声をかけた)
八幡「おい、後ろ見てみな」
結衣「え? わあ!」
京華「りゅうぐうじょう!」
八幡「そうだ。ここの改札は竜宮城をイメージして作られてる。なんなら写真撮っていくといい」
八幡(俺がそう言うとみんな思い思いにスマホやデジカメで撮る。時々交代で被写体になっていた)
小町「ごめん、お待たせ」
大志「すいません、時間食っちゃいました」
八幡「気にすんな。乗り換えがスムーズだったから時間に余裕はある。のんびり行こうぜ」
八幡(歩き出すとすぐに海が見えてき、江ノ島にかかる橋が姿を現す。背後でみんなのテンションが上がるのを感じた)
八幡「この地下道で道路を潜るとあっちの橋に出るぞ。まだそんなに混んでないけど人に気をつけるようにな。それと…………川崎、荷物持っててやるから寄越せ」
沙希「え、だ、大丈夫だって。重くないし」
八幡「いいから。弁当作ってきてくれたんだろ? けーちゃんと手を繋いでるお前に持たせらんねえって」
沙希「う…………あ、ありがと」
八幡「ん」
八幡(俺は川崎から荷物を受け取った)
小町「おおー…………お兄ちゃん気が利くじゃない。沙希さんも惚れ直しちゃうよー、このこの」
沙希「なっ、何言って…………!」
京華「はーちゃんやさしー」
雪乃「あなたにも気を遣うということができたのね。感心したわ」
結衣「あはは…………てか沙希、お弁当作ってきたんだ」
沙希「うん。少しは買い食いとかするだろうから軽めのをだけどね。聞いてないの?」
八幡「ああ、俺が黙ってた。それを聞いたら由比ヶ浜も作ってくるとか言い出しかねないからな。なるべくトラブルの種は減らした方が良いだろ」
結衣「どういう意味だし!?」
八幡(プンプンと怒る由比ヶ浜をスルーし、地下道を抜ける。波の音を聞きながら俺達は橋を渡っていった)
結衣「この橋って歩道と車道が完全に分かれてるんだね」
八幡「そもそも造られた時期が違うしな。歩道が最初に出来たのは明治で、車道は東京オリンピックに合わせて造られた。その記念なのか、ヨットハーバーの方に聖火台があるぞ」
結衣「へー。あ、船の乗り場があるよ」
八幡「ああ。岩屋洞窟の近くとここを往復しているんだ。天気が悪いと運航してないが、今日はやってるな。帰りはこれに乗ってここまで戻ろう」
大志「岩屋だけ行くならこれに乗れば良かったんすね…………すんません、俺らがいるせいで歩かせることになっちゃって」
小町「気にしないでいいよ大志くん。だいたいお兄ちゃんは普段動かないんだからこういう時にしっかり歩かせないと」
八幡「それには完全同意だが、そのフォローは俺自身が入れるべきものだからな?」
八幡(やがて橋を渡り終わり、江ノ島観光案内所や青銅の鳥居が見えてくる。店もすでに開店しているようだ)
八幡「さすがに全部見て回ると時間かかりすぎるし、体力持たないからな。メインの江ノ島神社だけお参りして岩屋に向かうぞ。興味を持ったら個人的にまた来るなり調べるなりしてくれ」
沙希「あたし江ノ島って全然詳しくないんだけど、今日回るつもりがないのってどんなのがあるの?」
八幡「近いとこでは児玉源太郎を祀ってる児玉神社かな。あと中央あたりにサムエル・コッキング苑やここからも見えるあの展望台なんかがある」
雪乃「児玉源太郎って、あの日露戦争で活躍したと言われている人かしら?」
八幡「そうだ、よく知ってんな。勝運の神様とも言われ、台湾総督を務めたことから社殿や鳥居、狛犬も台湾から贈られたヒノキや石が使われてるぞ」
大志「…………そこの案内所でパンフレットでも貰おうと思ってましたけど、お兄さんいたら必要なさそうっすね」
八幡「いや、せっかくだから貰っとけよ。記念にもなるだろ」
八幡(俺が促すと大志は人数分のパンフレットを貰ってきた。それを受け取り、青銅の鳥居を潜る)
八幡「ここからは食事処と土産物の店が立ち並ぶ。食いたいものや買いたいものあったら買う時間くらいはあるぞ」
大志「なんか名物とかあるんすか?」
八幡「しらすとかの海の幸がメジャーだががっつり食うのもあれだしな…………たこせんべいとかどうだ?」
結衣「あ、テレビで見たことある! 食べてみたい!」
八幡「んじゃそれ食うか。ちょっと上がったとこに出来立て食える店があるから。土産はよく考えて買えよ。御守りとかなら神社の方がいいし、午後は大仏とかも行くからな」
雪乃「先に買うと荷物になるし、迷うわね…………」
八幡「ま、その辺は個人の判断だ」
八幡(しばらく上り、目的の店が見えてくる。少しだけ列が出来ていたが、あれくらいならそんなに待たないだろう。先頭の客がちょうど出来立てを受け取っていた)
小町「えっ、あんなに大きいの?」
八幡「ああ。一枚三百円だしな。二枚買ってみんなで分けるくらいがいいんじゃね?」
雪乃「そうしましょうか。百円ずつ出せばちょうどいいものね」
大志「じゃ、俺が並んで買って来ますよ!」
八幡「悪いな、頼む。あそこで食券買って並べばいいから。俺達はもう少し上ったとこで広くなってるとこにいる」
大志「はい!」
八幡(金を受け取った大志は店に向かい、俺達は朱塗りの大鳥居の手前で待つ。しばらくすると大志が買い物を終えてやってきた)
大志「お待たせっす」
八幡「おう、サンキュ。適当に割って食おうぜ」
八幡(皆思い思いの大きさに割って食べ始める。味は好評のようだ)
京華「ごちそうさまでしたー」
結衣「もっと変なのかと思ったけど普通に美味しかったね。さすが名物!」
八幡「元々は西日本のB級グルメだけどな。さて、これが神社の入口、瑞心門だが、見ての通り階段が急だ。どうする?」
沙希「どうするって、何が?」
八幡「あっちに有料でエスカレーターがあるんだ。エスカーと呼ばれてる」
雪乃「これくらい大丈夫よ」
京華「けーちゃんもへいきー」
八幡(一番心配な二人が大丈夫というならいいか。俺達は階段を上り始める)
八幡(少し息が切れた頃、手水舎が見えてきた。今は誰もいなくてちょうどいいな。俺はポケットのハンカチを確認する)
京華「さーちゃん、これなあに?」
沙希「あ、えっと、これは手とかを洗うとこでね…………」
八幡(京華ちゃんの質問に川崎がしどろもどろに答える。そういやちゃんとした作法とか知らないやつもいるかもな。雪ノ下あたりは平気だろうが、小町や由比ヶ浜は怪しい。普通は初詣以外に神社なんて行かないし)
八幡(言葉は悪いが、ここは京華ちゃんをダシにさせてもらおう)
八幡「けーちゃん、ここは神様に挨拶する前に手を綺麗にするとこなんだ。お手本を見せるから一緒にやってみようか」
京華「うん!」
八幡(俺は柄杓に水を汲んで京華ちゃんに渡す)
八幡「まず右手に持って少し傾けて左手を洗う」パシャパシャ
京華「えっと…………」パシャパシャ
八幡「上手い上手い。次に持ち替えて右手を洗う」パシャパシャ
京華「こう?」パシャパシャ
八幡「そうそう。で、また持ち替えて左手に水を溜めて、それで口をゆすぐんだ」
八幡(口に含んだ水でゆすぎ、そっと吐き出す。京華ちゃんもそれを真似て口をゆすいだ)
八幡「最後に柄杓を立てて、流れる水で持つところを洗って、おしまい」
京華「んしょ…………はい!」
八幡「うん、よくできました。これで綺麗になったから神様にご挨拶できるようになったぞ。さ、ハンカチで手を拭くといい」
京華「はーい!」
八幡(ハンカチを用意していた川崎のもとに行き、俺は自分のと京華ちゃんから受け取った柄杓をもとに戻す。ハンカチを取り出して手を拭きながら小町達を促した)
八幡「待たせたな。さ、お前らも清めてこいよ」
小町「うん。えへへ、ありがとうお兄ちゃん」
八幡「何のことだ? さっさと行ってこい」
小町「はーい」
八幡(川崎も手水舎に向かったので京華ちゃんとは俺が手を繋いで待っていた。が、みんなが戻ってきたあともその手を離してくれなかったので、そのままでいることにする)
沙希「ごめんね…………あ、荷物持つから」
八幡「いいよこのくらい。さて、そこ上ったら最初の江島神社、辺津宮がある」
結衣「最初の? 一つじゃないの?」
八幡「ああ。江ノ島には三つの江島神社があるんだ。ちなみに江島神社は漢字表記だと『ノ』がない。一つ目は辺津宮と呼ばれていて、お参りとかはここがメインになっている」
八幡(階段を上りきると辺津宮が見えた。やはりまだ朝のせいか混んではおらず、列に並ぶ)
八幡「けーちゃん、前の人を見ててごらん。あんなふうにお賽銭入れたら二回おじぎして手を叩くんだ。で、神様へのお祈りやお願い事をしたらもう一回おじぎして離れる。わかったかな?」
京華「えっと…………うん!」
八幡「ま、けーちゃんみたいなかわいい子だったらちょっとくらい失敗したって神様も許してくれるから心配しなくていいさ」
京華「ほんと? けーちゃんかわいい?」
八幡「ああ、かわいいさ。大きくなったら美人さんになるよ」
京華「じゃあはーちゃん、おおきくなったらけーちゃんとけっこんしよ!」
雪乃・結衣・沙希・小町・大志「!!!?」
八幡「ははは、ありがとな。でもけーちゃんには俺よりもっとかっこよくて優しい男の子がお似合いだよ」
京華「ううん、はーちゃんはやさしくてかっこいいよ。だってさーちゃんもよく……」
沙希「けっ、けけけけーちゃん! お賽銭渡すよ! ほら、こっちに来なさい!」
京華「あ、はーい」
八幡(川崎に呼ばれ、京華ちゃんは手を離して行ってしまった。何を言いかけたんだ?)
小町「お兄ちゃん、さすがに保育園児をお嫁さん候補にするのはちょっと…………」
雪乃「ロリ谷くん、今のうちに然るべき更生施設に放り込まれたいようね」
結衣「ヒッキーマジキモい!」
大志「えっと、この場合俺が兄になるんすかね?」
八幡「おいこら、俺が言ったわけじゃないだろうが」
八幡(そうこうしているうちに順番が回ってくる。俺はここオリジナルの巾着袋形をした賽銭箱に小銭を放り投げて鈴を鳴らす)
八幡(小町と並んで二礼二拍手、心の中で挨拶をして一礼。その場を離れる。他を待っている間に小町が話し掛けてきた)
小町「お兄ちゃんは何をお願いしたの?」
八幡「ん? いや、何も」
小町「え」
八幡「今の環境で特に不満はないしな。小町がいて、あいつらがいて…………誰にも言うなよこんなこと」
小町「えへへー、うん!」
八幡(やがて全員お参りを終え、次の目的地に向かう。途中の奉安殿やむすびの樹の説明をし、エスカーの乗り場を通過して景色を眺めながら階段を上って中津宮へ)
八幡(同じように中津宮でも賽銭を放り投げて二礼二拍手一礼。全員終えたところで女子連中に声をかける)
八幡「そういえば弁天様は美女として扱われていてな、それにあやかって綺麗になりたいという願いを叶えてくれる御守りがこの中津宮だけで売られているぞ。美人守というやつだ」
八幡(案の定みんなが目を輝かせ、売り場に向かってしまった。俺と大志は少し離れて待機する)
大志「俺の目からみても全員元々レベル高いと思うんすけどね…………」
八幡「それは同意しとく。まあ人間の欲求に際限はないからな」
大志「ちなみにお兄さんはあの中で誰が一番レベル高いと思います? やっぱ姉ちゃんすよね?」
八幡「何言ってんだ小町に決まってんだろ」
大志「本当にシスコンすね…………」
八幡「ちょっと鏡とブーメラン用意してくるわ」
大志「しかし遅いですね。何やってんのかな?」
八幡「どれ買うか悩んでんだろ。五種類あるからな」
大志「え、そんなに?」
八幡「確か美肌守・美髪守・美笑守・美形守・美白守だったかな。御守りって同系統のを二つ持ってても意味がないっていうし」
大志「女性にとってはどれも欲しいものでしょうね…………あ、きたっす」
結衣「お待たせ二人とも。ちょっと悩んじゃって」
八幡「おう。もうちょっとだけ上れば島の頂上だ。ベンチや売店もあるからそこで少し休憩しようか。一応エスカーもあるが」
雪乃「ここまで来たらちゃんと自分の足で上りましょう」
八幡「あいよ、けーちゃんも大丈夫か? 疲れたらおんぶするからな。大志が」
大志「俺っすか!? いや、しますけどね」
京華「へいきー」
八幡「よし、んじゃ行くか」
八幡(少しゆっくりめに階段を進む。みんなの疲れをまぎらわそうと軽く話をする)
八幡「頂上には海も見える広場、少し進んで売店やサムエル・コッキング苑があるぞ。海はあとで岩屋の方に行けば見れるから飛ばす。河津桜があるが時期じゃないしな」
小町「ねえお兄ちゃん、そのコッキング苑ってなんなの? 横文字がすごく場違いに感じるんだけど」
八幡「サムエル・コッキングは人名だ。日本人女性と結婚したイギリスの貿易商でここに別荘を立てて大庭園を造ってな、その際日本では見られないような植物も持ち込んだと言われている。観光の目玉の一つでもあったから敬意を表してそのままの名前を使っているんだろうな」
大志「パンフ見ると展望台もその中にあるみたいっすね」
八幡「ああ。あとそれぞれ入るのに別料金がかかるぞ。展望台は夜にはライトアップされるからリア充カップルどもには大人気だ死ねばいいのに」
大志「お兄さん心の声が漏れてるっす」
八幡「おっと…………ちなみに日の出が絶景だから元旦の初日の出を見るときは抽選になるほどだ…………よし、ここでしばらく二手に分かれて休憩しよう」
八幡(階段を上りきり、売店が見えてきたところで提案する。当然のように由比ヶ浜が疑問符を浮かべた)
結衣「え、何で? 売店近くの大きいテーブルとベンチ空いてるよ?」
八幡「あっちに行きたいやつがいるだろきっと」
雪乃「!!」
八幡(俺が指を差した売店とは通路をはさんだ反対側の広場、コッキング苑の前のベンチそばに何匹かの猫が集まって寝そべっていた。普段は観光客にいじられているが、時間が早いせいか誰もいない)
雪乃「ひっ、ひひひひ比企谷くん! その、あの」
八幡「はいはい行ってこい」
八幡(少し息を切らしていた雪ノ下は疲れを忘れたように早足でそちらに向かう。俺は残りのやつらに声をかけた)
八幡「俺はそこのベンチにいるから猫の相手したいやつは行ってこいよ」
結衣「あ、あたしもちょっと行ってくる。最近ゆきのんの影響で平気になってきたし」
大志「せっかくだから俺も行ってきます」
小町「あ、小町も」
沙希「あたしはアレルギーあるから…………けーちゃんはどうする?」
京華「さーちゃんとはーちゃんといっしょにいるー」
八幡(俺と川崎、京華ちゃんの三人でベンチに向かう。何か飲むかな…………)
八幡「ちょっと自販機行ってくる。何か飲むか?」
京華「ソフトクリームー!」
沙希「え、ああ、売店か。じゃ、買おっか。ごめん比企谷、アイスティー買っといてくれる?」
八幡「あいよ」
八幡(自販機に行き、アイスティーとコーヒーを買ってベンチに戻る。ちょうど川崎達もやってきた)
八幡「ほらよ…………お、けーちゃんバニラ買ってもらったのか、よかったな」
京華「うん!」
沙希「ありがと。いくらだった?」
八幡「こんくらいいらねえよ。弁当作ってくれたんだしな」
沙希「そう? じゃ、もらっとく」
京華「はーちゃんはーちゃん、ひとくちあげるー」
八幡(京華ちゃんがソフトクリームをつき出してきた。あんまり無下に断るのもどうかと思い、口を寄せて少しだけもらうことにする)
八幡「ん、甘くて冷たくておいしいな。ありがとうなけーちゃん」
京華「うん! はい、さーちゃんも」
八幡「!!」
沙希「!!」
八幡(お、おい。もしかして間接…………)
沙希「あ、あたしは別に」
京華「あげるー」
沙希「う…………」
八幡(俺はとっさにそっぽを向き、猫と戯れているであろう小町達に視線を向ける。みんな思い思いに猫を撫でたり座って膝に乗せたりしていた)
沙希「ん…………あ、甘い、ね」
京華「おいしいねー」
八幡(京華ちゃんが座り直してアイスを舐め始めたのを目の箸でとらえ、俺は視線を戻す。川崎は顔を真っ赤にしながら俯いていた。やべえ、コーヒーの味が全然わかんねえ!)
八幡「え、えっと、川崎」
沙希「な、な、何?」
八幡「その、すまん。俺が軽率だったかもしれん」
沙希「う、ううん。気にしないで」
八幡「…………」
沙希「…………」
八幡(何だこの空気…………)
八幡(他の観光客がやってきて猫に触れたかったらしく、みんながこちらにやってくる。それまで十分かそこらだったはずなのだが、途方もなく長く感じられた)
雪乃「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
八幡「ん? おう」
八幡(他のみんなも購入した飲み物を飲み終える頃には俺もだいぶ落ち着きを取り戻していた。荷物を持って立ち上がる)
八幡「あとはほとんど下りだから疲れないと思うが、油断して転ばないようにな」
小町「はーい」
大志「うす」
八幡(売店脇の階段を下りていき、すぐに山二つに着く)
八幡「ここは江ノ島をちょうど二分する境になっていることから山二つと呼ばれている場所だ。空から見ると瓢箪のくびれ部分にあたる」
結衣「うわあ、高いね!」
雪乃「自然の力強さや雄大さを感じるわね」
八幡(お土産屋や食事処の通りを歩き、奥津宮へ向かう)
大志「そういえばお兄さん。ちょっと聞きたいんすけど」
八幡「何だ?」
大志「弁天様って結婚してるんすよね。旦那さんはどんな神様なんすか?」
八幡「んー、簡単に説明すると大昔この辺を荒らし回っていた龍だ」
小町「龍?」
八幡「ああ。悪いことをいっぱいしていたんだが、ある日地震が起きて江ノ島ができ、空から天女がそこに降り立った。それに一目惚れした龍は天女に求婚するが、悪いやつとは結婚できないと断られる」
結衣「当然だよね」
八幡「そこで初めて龍は己のしてきたことを振り返り、深く反省してこれからは人々のために動くと誓う。それを信用して天女は龍と結婚した」
雪乃「ちゃんとその誓いは守られたのかしら?」
八幡「ああ。津波や台風を身を挺して跳ね返し、日照りの時には雨を降らせて人々に感謝された。しかしそのたびに龍は少しずつ力を失っていってしまう。そして……」
小町「そ、そして?」
八幡「自分の死期を悟った龍は山に姿を変え、江ノ島を見守りながらこの地の人々を守ることにしたんだ。それが江ノ島の対岸にある龍口山だ」
沙希「じゃあ、二人はずっと離ればなれなんだ…………」
八幡「いや、龍の御神体は今は龍口明神社というところにあるんだが、六十年に一度、ここから御神体を担ぎ出して江ノ島の嫁さんのとこに会いに行かせるという祭がある。悠久を生きる神様にとっては大したことない年月だろ」
大志「スケールでかいっすね、織姫彦星なんか目じゃないって感じっす…………」
八幡(そんな江ノ島談義をしているうちに鳥居が見えてきた。もう奥津宮だ)
八幡「ここは距離があったからもう一回手水舎がある。それと岩屋の方に行ったらもう御手洗いはないからそこで済ましといた方がいい」
八幡(俺の言葉に皆トイレに向かう。俺も大志と連れションをし、手水舎で手と口を清めた。女性陣もそれらを済ませて奥津宮にお参りする)
京華「さーちゃん、かめさん、こわい…………」
沙希「え?」
八幡(俺の前に並んでいた川崎の足に京華ちゃんがしがみつく。ああ、天井の八方睨みの亀に気付いたか)
八幡「けーちゃん、大丈夫だ。俺、目付き悪いけどけーちゃんは俺のこと怖いか?」
八幡(何のことかわからずに混乱している川崎に代わって京華ちゃんに声をかける。これで怖いって言われたらちょっと立ち直れないぞ…………)
京華「ううん。はーちゃんやさしいもん」
八幡「あの亀さんもな、みんなが不幸にならないか見張っているから目付き悪くなっちゃっただけなんだ。俺なんかよりずっと優しいから平気さ」
京華「ほんと?」
八幡「本当本当。けーちゃんが怖がっちゃうと亀さんも悲しんじゃうぞ」
京華「うん…………かめさん、こわがってごめんなさい」
八幡(京華ちゃんが上を向いて謝る。そこでみんなその存在に気付いたようだ。どこから見ても睨まれているように見えるという不思議な絵に感心しながらお参りを済ませ、奥津宮を出る)
大志「隣のこれは…………龍宮?」
八幡「それは龍宮(わだつのみや)と読む。さっきの話でも出たが、龍神は弁天信仰と関わりが深くてな、その趣意を鑑みて岩屋洞窟の真上であるここにこれが作られた。せっかくだから手くらい合わせとくか」
ようやく島裏辺りまで到着
このメンバーで龍恋の鐘に行っても修羅場になるだけだよなあ。飛ばしていいや
八幡「さて、そっちの階段を下りたらついに島の反対側だ。行くぞ」
小町「あれ、こっちにある通路はどこに行くの?」
八幡「小町、その先には何もない」
小町「え、案内板もそこに」
八幡「何もない」
雪乃「…………えっと、龍恋の鐘?」
結衣「あ、カップルで行くとこなんだ。パンフに書いてある」
大志「なになに…………へえ、南京錠を…………そこのお土産屋さんで売ってるんすね」
八幡「俺達には関係ないだろ。リア充フィールドに巻き込まれないうちに行こうぜ」
小町「もう、お兄ちゃんたら…………」
京華「あ、かいがらー!」
沙希「え? あ、ごめん、京華が見たいっぽい。ちょっとだけこの店寄っていい?」
八幡「ああ、行ってこいよ」
雪乃「なら私達も覗いていこうかしら?」
沙希「雪ノ下達はそっちの方がいいんじゃない?」
結衣「え?」
八幡(川崎が指差した繁みに、じゃれあっている二匹の猫の姿があった。雪ノ下は無言ですたすたとそちらに向かう)
結衣「あ、待ってよゆきのん!」
八幡(結局さっきと同じように四人が猫の方に行ってしまった。俺は店のすぐ外で待つ)
沙希「ごめん、お待たせ」
八幡「おう。何か買ったのか?」
沙希「けーちゃん、見せてあげなよ」
京華「これー」
八幡(京華ちゃんのポシェットに貝殻のアクセサリーが付けられていた)
八幡「お、よかったな」
京華「うん!」
八幡「おーい、行くぞ」
八幡(俺は猫に構っていた雪ノ下達に声をかけた。みんな名残惜しそうに立ち上がり、すでに階段前までいるこちらにやってくる)
八幡「けーちゃん、ここは階段が急だから俺とも手を繋いどこうか」
京華「はーい」
八幡(京華ちゃんの左右の手を俺と川崎で繋ぎ、ゆっくりと階段を下り始める。まだ小町達が追い付いてないが、京華ちゃんに合わせたペースで下りているのですぐに追い付いてくるだろう)
京華「んしょ、んしょ」
八幡(少しおっかなびっくりといった感じで一段ずつ慎重に下りる。中腹の曲がるとこでみんなが追い付いてきた)
小町「お待たせー…………って、わあ。お兄ちゃんと沙希さん、子供連れの夫婦みたい」
沙希「なっ、なな、何言って…………!?」
雪乃「む…………」
結衣「うう…………」
八幡「何言ってんだか…………それよりほら、海が見えてきたぞ」
大志「お……うおお…………」
八幡(大志が感嘆の声を上げる。同様に他のみんなも声なき声を出した)
結衣「すごい綺麗…………」
雪乃「素晴らしい眺めね…………」
小町「はあぁー…………」
沙希「吸い込まれそう…………」
京華「いいけしきー」
八幡(しばらくそこからの景色を眺めてから、下り始める)
八幡「この稚児ヶ淵の景色は神奈川の景勝五十選にも選ばれているんだ。今日は快晴で風もないし、良いときに来れたもんだ」
結衣「あ、そういえば姫菜が稚児ヶ淵がどうのって騒いでたけどここなんだ」
雪乃「あら…………ということはもしかして男色が関係しているのかしら?」
八幡「まあな。昔に自休というお坊さんが江ノ島にお参りに来たときにあるお稚児さんに惚れたんだ。名を白菊という」
小町「お坊さんとお稚児さんってことは…………」
八幡「当時は男色なんて普通の時代だったからな。白菊は断ったものの、自休は諦めきれずに何度もアタックする。その自休の想いに耐えきれなくなった白菊はここから身を投げてしまったんだ。それがこの稚児ヶ淵の由来だ」
沙希「要するにストーカーじゃないのさ…………そのお坊さんはどうしたの?」
八幡「その事を後悔してここで後追い自殺をした。きっと白菊は戸塚みたいな天使だったに違いない。フヒヒ」
結衣「ヒッキーにやけすぎ! キモい!」
八幡「おっと…………で、今日はまだほとんどいないようだが、昼を過ぎると釣り人や子連れで賑わうぞ。溜まった水場で蟹や小魚が取れたりもする」
雪乃「ちらほら釣りをしている人がいるわね」
八幡「今通っているこの橋は大丈夫だが、風が強かったり天気が悪かったりすると下の岩場には下りれなくなったりする。滑りやすくて危ないからな…………お、見えてきたぞ。岩屋洞窟の入口だ」
八幡(今回のメインの目的地にたどり着く。入場料を支払い、中に入る。 まずは第一岩屋からだ)
八幡「先に言っておくが、奥には天井低いところもあるらしいから頭は気を付けろよ」
小町「うん…………あ、これ昔の写真?」
八幡「みたいだな。白黒のもあるし」
八幡(壁にかかった写真を眺めながら進んでいく。もうひとつ受付があり、普段はここでろうそくを貸し出しているらしいが、ゴールデンウィーク中は貸し出しをしていないようだ。残念)
結衣「この中って結構ひんやりしてるんだね」
八幡「夏でもこのくらいらしいぞ。汗かいたまま入ったら寒いくらいみたいだし」
大志「へー…………あれ、分かれ道?」
八幡「どっちも行き止まりだけどな。まずは左から行くか」
八幡(しばらく進むと柵があってこれ以上進めないようになっていた。看板があったので近付いて読む)
沙希「え、本当に? この洞窟富士山まで繋がってんの?」
雪乃「さすがに無理があるんじゃないかしら。ここから富士山まで七十キロ以上あるわよ」
八幡「ただ、氷穴は富士山の噴火によってできたものだからな。富士山の噴火した時期と江ノ島ができた時期が近いから的外れな説って訳でもないんだろう。なによりロマンがある」
大志「本当に繋がっていたらと思うとわくわくするっすね」
八幡「だろ? じゃ、反対側の通路に行こう」
八幡(俺達は分かれ道まで戻り、もう片方の道に進む。ほどなくして行き止まりに来た)
結衣「江島神社発祥の地?」
八幡「ああ。本来はここまでお参りに来ていたんだ。かの弘法大師や源頼朝もここを訪れたときく。現在は神様をお移しして今の神社にいるけどな。さて、第二岩屋に行くとするか」
八幡(一旦表に出る通路から第二岩屋へ移動する。すぐにたどり着き、奥まで進んでいく)
小町「あれ? 太鼓っぽいのがあるよ」
八幡(龍の置物があり、その傍らに太鼓がある)
八幡「それは岩屋龍神の雷太鼓だ。叩いて光ると願い事が叶うらしい」
結衣「へー、なになに。祈りながらそっと二回叩いて二回とも光ると願い事が叶う。一回光ると半分叶う。光らなかったら再チャレンジして、何度かやってもダメだったら願い事は叶わない。だって」
八幡(みんな交代で太鼓を叩き、結果に一喜一憂する。ランダムだとわかってはいるのだが、由比ヶ浜の『料理が上手くなりますように』が何度やっても光らなかった時は神の意志を感じた気がした)
結衣「うう…………あたしの料理の腕は神様でもダメなの…………?」
雪乃「た、たまたまよ。今度私が教えてあげるわ」
結衣「ホント? ありがとーゆきのん」
八幡「よし、じゃあ後は亀石を見て引き上げるか」
沙希「亀石?」
八幡「こっちにあるらしい。えーと…………」
八幡(案内板を見つけ、海を覗き込む)
京華「あっ! かめさん!」
八幡「そうだな、あれだ。亀の形に彫られた石で、巨大な亀が竜宮城に返っていくように見えるという」
沙希「面白いことを考える人がいるんだね」
八幡「これで岩屋のめぼしいものは見れたな。それじゃ戻るか」
八幡(俺達は通路を引き返し、岩屋洞窟を出た。さっきの階段を上らずに海岸沿いの道を進むと船の乗り場がある)
八幡「これで江ノ島散策は終わりだな。少し早いかもだが船であっちに戻ったら昼飯にしようか」
結衣「朝ごはんが早かったからむしろちょうどいいかも。沙希が作ってきてくれたんだよね? どこかベンチとかあるかな?」
八幡「確か駅前にあっただろ。コンビニとかもあるからそこら辺で食おうぜ」
八幡(そんな会話をしているうちに弁天丸と書かれた船がやってきた。乗船券を購入し、船に乗り込む)
大志「早いせいか人がいないっすね。せっかくだからデッキに行きましょうよ」
八幡「そうだな。お前らはどうする?」
雪乃「私は中でいいわ」
結衣「あ、あたしも」
小町「んー、小町は外に行こっと」
沙希「けーちゃんはどうする?」
京華「おそとー!」
八幡(俺達は二手に分かれて座り、まもなく船が出発する。江ノ島の外周をぐるっと周り、景色を眺めながら江ノ島弁天橋まで戻ってきた)
結衣「うーん、空いてないね」
雪乃「もうすぐお昼だし仕方ないわ」
八幡(駅前に戻ってきたが、大人数で座れそうなところはだいたい埋まっていた)
小町「じゃあ海岸に戻って砂浜で食べるとか? シートとかコンビニで買って」
八幡「いや、そっちだとトンビが食い物を狙ってるらしいからな。そうだな…………大仏には江ノ電に乗って移動するんだが、駅への道を少し遠回りして龍口寺の方に行くか。あそこの境内にもベンチとかあったはずだ。他に見るもんないから混んでないと思う」
大志「あれ? 弁天様の旦那さんがいるとこでしたっけ?」
八幡「それは龍口明神社な。いや、もともとはすぐ隣にあって今も鳥居や狛犬はあるから完全に間違いではないんだが」
沙希「今は別の場所にあるの?」
八幡「湘南モノレールに乗って何駅か行ったとこだな…………そんじゃ移動しよう。飲み物や追加の食い物とか欲しかったら買っとけよ」
結衣「飲み物はまだペットボトルのが
あるし…………大仏とかの方でも食べるもの売ってるんでしょ?」
八幡「ああ。簡単なものなら売店あるしな。んじゃ行くか」
八幡(少し歩き、江ノ電の線路を越えて目的地に到着。空いていたベンチに座り、俺は預かっていた荷物を川崎に渡す)
沙希「大したものじゃなくて申し訳ないんだけど…………」
小町「そんなことないですよー。沙希さんのご飯は美味しいっていつも大志くんから聞いてます」
沙希「た、大志っ……」
大志「えー、嘘言ってるわけじゃないしいいじゃん」
八幡(メインはラップに包まれたおにぎりだったが、唐揚げや玉子焼きなどちょっとしたつまむものも用意されていた。ちゃんと割り箸や紙おしぼりまで準備されているという気の回しようである)
八幡「いただきます…………って、うまっ!」
八幡(おにぎりにかぶりついた俺の第一声はそれだった。え、何これ? 身体がおにぎりを欲するようにガツガツと頬張り、あっという間に食べてしまった)
結衣「ホントおいしい!」
雪乃「…………なるほど。塩分を少し多めにしているのね」
沙希「あ、うん。歩いて汗かくかなと思って」
雪乃「それにほぐして混ぜてある鮭がまたお米との調和を引き立ててるわ。お金取ってもいいんじゃないかしらこれ」
沙希「さすがに誉めすぎでしょそれは…………」
八幡「くそっ、もう自分の分を食い終わっちまった…………大志、お前のを寄越せ!」
大志「嫌っすよ! 俺だって姉ちゃんのメシ好きなんですから」
八幡「お前はいつも家で食べれるだろ。俺に献上しろ」
大志「だったらお兄さん、姉ちゃんとくっついたらどうっすか? きっと毎日弁当作ってくれますよ」
沙希「た、大志! 変なこと言わないの! ほら、比企谷、あたしの一個上げるから!」
八幡「え、いや、お前も腹減ってんだろ?」
大志「俺も減ってるんすけど…………」
沙希「あとで何か奢ってくれればいいから」
八幡「じゃあ一個だけもらうな」
小町「はあー……浅ましい兄ですいません」
結衣「でも気持ちはわかるかも。うー、やっぱり料理ができるってうらやましいなあ」
八幡(そんな感じで少し騒ぎながら昼食を終えた。ゴミをまとめて設置されてあるゴミ箱に捨て、江ノ電の駅に向かう)
八幡「さすがに人が多くなってきたか。長谷駅ってとこで降りるから万一はぐれてもそこで合流な」
大志「うっす」
小町「はーい」
八幡(ホームに入り、来た電車に乗り込む。海沿いを走るときの景色にみんなが見とれた。スラムダンクのオープニングとかでも有名な風景だ)
八幡(長谷駅で降り、全員いることを確認する。ちなみに確認されるがわだと俺が忘れられる。これってトリビアになりませんか?)
結衣「こっから大仏さんは遠いの?」
八幡「いや、五分ちょっとで着く。お土産屋は中にも外にもあるから好きな方で買うといい。ただし中に入るのには拝観料がいる。ちゃんといくらかかったか覚えておくようにな」
沙希「ねえ、今更だけど本当にあたしの分も出るの? あたし奉仕部じゃないのに」
雪乃「大丈夫よ。平塚先生がちゃんと許可を出してくれたもの。小町さんと川崎くんがきちんとレポートを提出すればの話だけれども」
八幡「そうだな、頼むぞ。なんなら三千円くらいで代筆するが?」
小町「いやいや、お兄ちゃんに頼んだらものすごいの出来ちゃいそうじゃん、今日の感じだと」
大志「そうっすね。というか地元でもないのに詳しすぎっす。なんでそんなに詳しいんすか?」
八幡「以前江ノ島について調べた時についでにな。なんか面白くってさ…………お、高徳院が見えてきたぞ」
結衣「あそこが入口なんだね。あっ、鳩サブレ売ってる! うちの犬のサブレって名前、これから取ったんだよ」
八幡「そういやそんな名前だったな。買うんなら帰りの駅前にも店があるぞ」
結衣「うん。帰りに買ってく」
八幡(券売所で拝観料を支払い、境内に入る。やはり最初に目につくのは鎮座している鎌倉大仏だ)
大志「そういやここの大仏って外にあるんすね」
八幡「外に造った、ってわけじゃない。もともと屋内にあったんだが大風や地震などで大仏殿は倒壊したらしい。少し前の調査では再建された形跡はなかったようだ」
小町「じゃあずっと風雨にさらされっぱなしなの? 壊れたりしないのかなあ…………」
八幡「何度か修繕はしてるみたいだぞ。そもそも当初は木造だったらしいしな」
小町「え、じゃあ何で今はこうなったの?」
八幡「わからん。鎌倉の大仏は謎が多いんだ。誰が造ったのかもはっきりしていないし、この高徳院を開いた人物も明らかになっていない。吾妻鏡などの数少ない資料によれば鎌倉時代に作られたのは間違いないようだが」
八幡(俺達は大仏の前までやってくる。みんなデジカメやスマホで写真を撮り始めた。俺も一枚撮っとくか)
結衣「あれ? あの列は何?」
八幡「大仏の中に入る列だろ。せっかくだし入るか?」
結衣「えっ、中に入れるの?」
八幡「ああ、中は空洞になっているんだ。二十円という大金を支払って入れるぞ」
大志「中途半端な値段っすね…………入って見ましょうよ」
八幡(列に並び、俺達の順番になって中に入る)
小町「へー、こんなふうになってるんだ」
八幡「上のあの窪みが頭の部分だな。こんだけ空洞化されているが、重さは百二十トン以上あるらしいぞ」
沙希「なんか不思議な感覚だね。大仏の中にいるなんてさ」
雪乃「京都や奈良では経験できないものね」
八幡(胎内を堪能し、俺達は外に出る。でかい藁草履を写真に撮ったり売店を覗いたりし、休憩所のベンチに座る)
大志「んー、お土産どうすっかな…………せっかくだから大仏関係の買っていこうかなあ」
八幡「ああ、大志。買うなら外の店にしとけ。たぶんその方がいい」
小町「え、じゃあ小町もそうした方がいいかな?」
八幡「いや、小町はここでもいいと思う。外の店はなんというか、男子ならテンションが上がるんだ」
大志「? はあ、わかったっす。ところでひとつ聞いていいすか? ちょっと変な質問なんですが気になって」
八幡「ん、俺に答えられるならな」
大志「俺の中では大仏ってこう、右手を挙げて左手を下ろしてるイメージなんですが、ここって両手を下ろしてますよね。なんか違うんすか?」
雪乃「…………そういえばそうね。気にも留めなかったわ」
八幡「むしろ良くそんなとこに気付いたな…………それは宗派の違いだ。片手挙げるのは浄土系で、両手を膝上で組むのは天台あるいは真言系の信仰に基づくものだな」
大志「聞いといてなんですけど、あっさり答が返ってくるとは思わなかったっす…………ひょっとして千葉より詳しいんじゃないすか?」
八幡「馬鹿言え。俺の千葉愛はこんなものじゃないぞ。一週間千葉の話をし続けろと言われても苦じゃない自信がある」
結衣「千葉ってそんなに語るとこあったっけ…………?」
沙希「ごめん、お待たせ」
京華「たせー」
八幡(御手洗いに行っていた二人がやってきた。俺はベンチに座った川崎にさっきそこの売店で買った串団子を渡す)
八幡「川崎、よかったらこれ食ってくれ。さっき奢るって言ったし。けーちゃんも団子いるか?」
京華「たべるー」
沙希「別にいいのに……でも、うん、ありがたく貰うよ」
八幡「おう。けーちゃん、串は気を付けてな」
京華「はーい」
八幡「さて、んじゃここからのことを話すか」
結衣「え、お金洗うとこ行くんじゃないの?」
八幡「一応その予定だけど、ここから歩いて三十分ほどかかるんだ。そんで山道を登ることになるから体力的にどうかと思ってな。最悪二手に分かれて後で合流してもいいんだが」
結衣「うーん、ゆきのんはどう?」
雪乃「ちょっと疲れてはいるけれども、そこの銭洗弁天、宇賀福神社だったかしら? そこには行ってみたいのよね。だから私は行くわ」
沙希「けーちゃん、疲れたり眠かったりしない?」
京華「へいきー。けーちゃんもはーちゃんといっしょにいるー」
小町「ならもう決まりだね。みんなで行こうよ」
八幡「わかった。んじゃもうちょい休んで、外のお土産屋に寄ってから銭洗に行くとするか」
大志「いやー、テンション上がったっす! ヤバイっす!」
八幡「だろ? だろ? 普通の土産屋じゃこうはいかないだろ?」
八幡(高徳院前の土産屋『山海堂』を出てしばらくしてからも俺と大志の興奮は収まらなかった)
大志「店頭にモーニングスターがぶら下がってて『ん?』て思いましたけど…………いや、逆刃刀とかはギリギリわかりますよ、日本刀だし。でも青エクとかSAOの武器があるのは驚きっす!」
八幡「さらに手裏剣などの忍者武器から始まってハルバードや大剣、海賊刀まであるからな。あそこでワクワクしなかったら男じゃねえぜ!」
大志「わかりますわかります! お兄さん、いい店を教えてくれてありがとうございます!」
八幡「おう!」
結衣「あんなテンション高いヒッキー初めて見た…………」
雪乃「違和感がすごいわね。何が楽しかったのかしら…………」
小町「お兄ちゃんの言う通り、女子にはわからない感覚なんでしょうね」
沙希「ま、男ってそんなもんでしょ」
京華「でしょー」
八幡「男ってのはな、いくつになってもああいうのが好きなんだよ。自分の父親を連れてきてみろ、平静を装おいながらも目を輝かすから」
小町「はい、お兄ちゃん! うちのお父さんは平静を装おうともせずはしゃぐと思います!」
大志「はい、お兄さん! 平塚先生も目を輝かすと思います!」
八幡「やべえ、どっちもすげえありそう」
八幡(しばらく歩き、ようやく落ち着いてきた。高徳院に来る目的の半分はあの店と言ってもいいくらいだから無理もないな)
八幡(鎌倉駅から大仏に向かうであろう観光客とすれ違いながら銭洗弁天を目指す。どこでもらったのか、鎌倉のパンフを見て由比ヶ浜がふと呟いた)
結衣「鎌倉って名水とか井戸が多いんだね。あちこちが名所になってる」
雪乃「鎌倉五名水と鎌倉十井ね。これから行く宇賀福神社の銭洗水もその一つよ」
小町「へー、美味しい上にお金も増えるってすごい水なんだね!」
沙希「でもさ、何でお金が増えるって言い伝えられてんの? お祈りとかだけじゃなくてわざわざ洗うって」
八幡「源頼朝とか北条家の夢枕にお告げがあった、とか言われているが」
沙希「それ絶対後付けでしょ。現実的には何でかなって」
小町「いやあ沙希さん、そんなのはお兄ちゃんでもさすがに…………」
八幡「そういうのを聞いたら行く気失せるぞ。占いとかおまじないみたいなもんだし」
大志「知ってるみたいすね…………」
沙希「わかってるよ。そもそも洗ったらお金が増えるなんて本気で信じてるわけじゃないし」
八幡「おい、本気で信じてる由比ヶ浜の前でそういうこと言うんじゃない」
結衣「えっ?」
沙希「あ、ごめん。大丈夫だよ由比ヶ浜。お金は洗ったら増えるしサンタさんはいるからね」
結衣「ちょっと! あたしをいくつだと思ってんの!?」
大志「なにげに姉ちゃんもテンション高いすね。普段ならあんな冗談言わなそうなのに」
小町「うん、なんだかんだ楽しいんだよきっと」
八幡「で、何でザルで洗うと金が増えるかって話だけど、俺の主観も交えていいか?」
雪乃「ええ、聞いてみたいわね」
八幡「俺は順番が逆なんじゃないかと思ってる」
沙希「逆?」
八幡「洗うと金が増えるんじゃなく、洗って金にしていたんじゃないかと」
大志「…………どういうことっすか?」
八幡「その前にさっき由比ヶ浜達が話していたことだけどな、どうして鎌倉には名水が多いんだと思う?」
小町「え? いいお水が湧く土地柄ってことじゃないの?」
八幡「それこそ逆だ。鎌倉は昔は飲める水を確保するのに苦労していたらしい」
雪乃「…………なるほど。だからこそ飲料に適した貴重な水源は名水として扱われたのね」
八幡「そうだ。そしてこの土地で採れる水は赤っぽかったとある」
結衣「赤かった?」
雪乃「!! 砂鉄!?」
八幡「ああ、もしかしたら砂金もあったかもしれん。つまり『ザルで水を洗うように掬って鉄や金を手にいれる』ってことなんじゃねえかな。それが地元の人の財産になってたということだと思う」
雪乃「それが『洗うとお金が増える』の大元…………」
八幡「いや、そういう説もあるってだけだからな」
大志「いえ、面白いっすよ。本当かどうかはともかく説得力はあると思うっす」
小町「すごい…………お兄ちゃんの文系が得意って設定が活かされてる」
八幡「おいこら、設定って何だ設定って」
八幡「ま、戯れ言として聞いとけ。テストに出るわけでもないしな」
沙希「ううん。こういう学校で教えてもらえないことも大事でしょ。あたしはそんな話が聞けて良かったって思ってる」
八幡「そ、そうか。そう言ってくれんなら俺も語った甲斐があるわ…………お、もうすぐっぽいぞ。けーちゃん、大丈夫か?」
京華「うん、へいきー」
八幡(しばらく歩いて看板が見え、やがて到着する。洞窟や鳥居を抜けて敷地内に入った)
結衣「結構混んでるね」
八幡「とりあえず弁天様へのお参りと銭洗を先に済ませちまうか。売店とかはその後でいいだろ」
八幡(列に並んでお参りをし、ザルを借りて奥の洞窟でお金を洗う。働かなくていいくらいお金持ちになれますように、っと)
結衣「この洗ったお金って使わずに取っといた方がいいのかな?」
雪乃「いえ、使って構わないみたいよ。この立札にも書いてあるわ」
小町「でもせっかくなら持っておきたいですよねー」
大志「別に持っててもいいんじゃないっすかね。俺は取っとこうと思います」
沙希「けーちゃんも御守り代わりに取っとく?」
京華「うん!」
八幡「よし、じゃあ売り物とか見てみるか。喉が渇いたり腹が減ってたりしてたらあっちの売店行っててもいいぞ」
八幡(そこからしばらくお土産で悩んだり、ベンチで休んだりと思い思いに過ごす。今のうちに帰り道調べとくか)
八幡(しばらく休憩したあと、俺はみんなに声をかける)
八幡「うし、そろそろ引き上げるか。今帰ればちょうどいいくらいに家に着くだろ」
小町「はーい」
大志「うっす」
雪乃「忘れ物はないかしら?」
結衣「オッケー」
沙希「けーちゃん、疲れたらおんぶするからね」
京華「だいじょうぶー。あ、はーちゃん、おててつなごー」
八幡「おう、いいぞ。んじゃ行くか」
八幡(俺達は駅に向かって坂を下り始める)
八幡「歩いて北鎌倉という駅で横須賀線に乗る。んで東京で京葉線に乗り換えて海浜幕張まで戻るぞ」
大志「了解っす…………あ、あの、お兄さん」
八幡「ん?」
大志「今日は、ありがとうございました。元々一人で行くつもりだったとこをお邪魔しちゃって」
八幡「そんなん気にすんな。本当に一人じゃなきゃ嫌だったら黙って出掛けてるよ。俺もドヤ顔で無駄知識を披露出来たしな」
結衣「ううん、ヒッキーのお話、面白かったよ! ありがとう!」
雪乃「ええ、正直びっくりしたわ。それにちゃんとみんなを引率して、気も使ってたし」
八幡「そ、そりゃまあ俺はこっち来たことあるんだから、な」
沙希「あたしも楽しかったよ。勉強にもなったし。ありがとうね、比企谷」
京華「たのしかったー!」
八幡「な、何だよお前ら…………」
小町「お兄ちゃん、みんなお兄ちゃんにお礼を言ってるんだよ。素直に受けとめなきゃ」
八幡「う…………ま、まあたまにはこういうのも、悪くねえ、な」
小町「もう。素直じゃないんだから…………」
八幡「うっせ。ほら、行くぞ。北鎌倉駅前で鳩サブレも買わなきゃならんからな」
小町「はいはい」
八幡(坂を下りて駅前まで出て、鳩サブレを買ってから電車に乗り込む。最初は座れなかったが、次の大船駅でボックス席が二つ空いたので、行きと同じように二手に分かれて座る。面子は同じだが、俺の隣は京華ちゃんだった)
沙希「ふふ、みんなあっという間に寝ちゃったね」
八幡「なんだかんだ歩いたからな。川崎は平気か?」
沙希「あたしは多少鍛えてるし、体力あるほうだから。でも女子勢はともかく大志もダウンするとはね。楽しみで昨日はあんま眠れなかったみたいだし」
八幡「小学生かよ…………ああ、そうだ。昼飯、本当にありがとうな。ただでさえ早起きなのに大変だったろ?」
沙希「ううん、部員でもないのに交通費とか出してもらうんだったらこれくらいはさせてよ。そんな大したもの作れなかったし」
八幡「いやいや、マジで旨かったから。また機会があったら御馳走になりたいもんだ」
沙希「じゃあ…………その、今度お弁当でも、作ってきてあげよっか?」
八幡「えっ…………あ、う………………」
八幡(突然の提案に戸惑い、俺は言葉に詰まってしまう。が、そこでガタンと大きく車両が揺れ、川崎の隣で寝ていた大志が目を覚ました)
大志「ん…………あ、やべ。寝ちまってました。すんませんっす」
八幡「お、おう、気にすんなよ。ちゃんと東京着いたら起こしてやるから」
大志「いえ、もう大丈夫っす。あ、そうだお兄さん、レポート書くためにちょっと聞きたいことあったんすけどいいすか?」
八幡「な、何だ?」
大志「えっと、弁天様、というか七福神についてなんすけど…………」
八幡(帰りの電車内ではそんなふうに大志に七福神のレクチャーをした。川崎が残念そうに睨んできてるのは見えないことにする)
八幡(その後は何事もなく東京で乗り換え、海浜幕張駅で解散。こうして俺の、俺達の江ノ島散策は終わりを告げたのだった)
八幡(ゴールデンウィークも明け、今日からまたいつもの日常が始まる。ああ、学校行きたくねえ…………だるい、五月病になりそうだ)
小町「お兄ちゃんはいつも五月病みたいなもんでしょ」
八幡「まあ否定はせん」
八幡(自転車を駐輪場に留め、下駄箱で靴を履き替える。教室の位置関係上こっからは別行動だ)
八幡「んじゃな。また放課後」
小町「あ、待ったお兄ちゃん」
八幡「ぐえっ…………いきなり襟首掴むな……どうした?」
小町「ちょっと沙希さんと待ち合わせしてるから」
八幡「あん? 川崎と?」
小町「うん、相談受けてたけどなんかついでだからって小町の分も作ってきてくれるんだって」
八幡「…………何の話だ?」
小町「え、沙希さんがお兄ちゃんにお弁当作ってくるってやつだけど」
八幡「……………………えっ?」
小町「えっ? 聞いてないの?」
八幡「い、いや、確かにそんな話はした。したけども」
小町「お兄ちゃんもなかなかやりますなあ。女子に手作り弁当を望むなんて。ちゃんとお兄ちゃんの好きなおかずとか教えておいたからね…………あ、沙希さんが来た。おはようございます」
沙希「ああ、おはよう。期待に添えられるかどうかわからないけど、はいこれ」
八幡(川崎は鞄から包みを取り出して小町に渡す。あれが弁当なのだろう)
小町「いえいえ。図々しいこと言ってすいません。御手間かけます」
沙希「複数作るならそんなに手間は変わらないから気にしないで。弁当箱は部活の時にでも大志に渡してくれればいいから…………ひ、比企谷も、はい」
八幡「お、おう。ありがたく食べさせてもらうわ」
沙希「うん。あ、あとこれ。家帰って一人で開けて」
八幡(小町に見られないようにしながら弁当箱と一緒に小さな袋を渡してきた。何かを尋ねる前に川崎はさっさとその場から離れていく)
小町「いやー、今からお昼が楽しみですよ小町は」
八幡「後でちゃんと礼を言わねえとな」
八幡(包みが気になったが、ここで開けるわけにもいかないしな。小町と分かれて俺は教室に向かった)
彩加「へー、そんなとこも行ったんだ…………ご馳走さま」
八幡「ああ。結構歩き回ったな…………ご馳走さま」
八幡(昼休み、昼飯を食いながらゴールデンウィークのことを話す。しかし大天使戸塚と話しているのに何度も意識が弁当に向けられてしまった。恐るべし川崎の腕前…………)
八幡「そ、それでだな戸塚。つまんねえもんだけど、これ、やるよ」
彩加「え? うわあ、格好いい!」
八幡「その、来週戸塚の誕生日だろ。ちょっと早いけどお土産兼プレゼントってことで」
彩加「ありがとう八幡!」
義輝「むう、小刀型ペーパーナイフか…………八幡、我も! 我も欲しい!」
八幡「うるせえ。欲しけりゃ自分で買ってこい。どうせお前なら山海堂くらい知ってんだろ」
義輝「確かに存じておる。しかし気軽に行ける距離ではなかろう…………わ、我には何もないのか?」
八幡「あー…………鳩サブレのセットを買ってきた。六枚入りだから二枚ずつ食べるか? 腹一杯なら持って帰ればいいけど」
彩加「食後のおやつだね。食べる食べる」
義輝「わ、我にもか? かたじけない。ありがたくいただくぞ!」
八幡(俺達は袋を開けて鳩サブレをかじる。普段食べないけどこの食感好きなんだよなー)
八幡「まあ鎌倉や江ノ島はいいとこだったな。もう少し金銭的余裕が出来たらもう一回行きたいもんだ。今度は空いてるときに」
彩加「八幡、その時は僕も連れていってよ! 八幡にガイドしてもらいたいな!」
八幡「おう、任せろ! 手取り足取り教えてやるぜ!」
義輝「八幡! 我も我も!」
八幡「うるせえ。俺と戸塚の旅を邪魔すんな」
義輝「八幡!?」
彩加「もう。意地悪しちゃダメだってば」
八幡「ちっ、戸塚の優しさに感謝しろよ材木座」
八幡(そこで予鈴が鳴ったので俺達はゴミを片付け始める。あ、後で弁当箱洗わないと)
八幡(放課後になり、社畜のごとく奉仕部部室へと向かう。まあ小町がいるので入りたての頃みたいに苦痛だったりはしない)
八幡「うぃーっす」
八幡(すでにいた面子に声をかけて自分の定位置に座った。全員揃ったところで、パソコンにいくつか来ていた悩みメールの返信内容を考えて返信する。一通り奉仕部としての作業が終わると思い思いにおしゃべりを始めた。といっても由比ヶ浜を中心に江ノ島や鎌倉の内容をだったが)
小町「あ、そうだ忘れるとこだった。大志くん、はい」
大志「あ、姉ちゃんの弁当っすね。どうでした?」
小町「うん、すっごく美味しかった! もうお昼代出すから毎日作ってくれないかなあってくらい!」
大志「はは、そんなに言ってくれると姉ちゃんも喜ぶっすよ。お兄さんはどうでした?」
八幡(おいおい、雪ノ下や由比ヶ浜の前でやりとりすんのかよ。いや、別に疚しいことはないんだけど…………何だかなあ)
八幡「あー…………すげえ旨かった。お前からも礼を言っといてくれ」
大志「了解っす!」
結衣「ちょ、ちょっとヒッキー? 何なのそれ?」
八幡「えっと、俺と小町がまた川崎の作ったメシ食いたいなあって言ったら作ってきてくれたんだよ」
雪乃「本当にそれだけかしら? 隠すとためにならないわよ」
八幡「何を隠すっていうんだよ…………川崎の弁当欲しいなら本人に言え」
結衣「そうじゃなくて…………うう…………」
八幡(微妙な表情の雪ノ下と由比ヶ浜。ニヤニヤしてる小町と大志。何なんだ?)
平塚「失礼するぞ」
大志「あ、先生。どうもっす」
八幡(部室のドアが開き、平塚先生が入ってきた。一番近くにいる大志が真っ先に挨拶をする)
雪乃「何か依頼でもありましたか?」
平塚「いや、ただの報告だ。二人から預かったレポート、なかなか面白かったぞ。日本史の先生にも見せたが感心していた。今職員室で何人かに回し読みされているところだ」
小町「ええー、それはちょっと恥ずかしいんですけど…………」
大志「っすね」
平塚「悪いことではないのだから堂々としていればいいさ。奉仕部の評価が上がれば私の評価も上がるしな」
雪乃「でも平塚先生、比企谷くんが平均値を下げているので無意味なのでは?」
八幡「それは心配ない。俺は存在を認識されていないからな、どこに所属してるとか興味すら持つはずがない」
結衣「言い返すとこそこなんだ…………」
平塚「本当なら顧問として私も行くべきだったのだろうが、生徒だけの方が伸び伸び活動できると思ってな。ちゃんとした結果が出てほっとしているよ。お土産の鳩サブレももらったし、これはその礼と労りだと思って受け取ってくれ。それではな」
八幡(平塚先生はペットボトルや缶コーヒーの入った袋を置いて部室を出ていった。雪ノ下の淹れてくれた紅茶もちょうどなくなったし一本もらうか…………お、マックスコーヒーちゃんとあるな)
八幡「あ、そういえば…………」
八幡(鞄の中に川崎からもらった包みがあるのを思い出した。家に帰ってと言われたが、誰かに見られなきゃいいんだよな。ちょっと気になり出したら止まらんし、鞄の中で開けさせてもらうか)
小町「どしたのお兄ちゃん?」
八幡「いや、ちょっとな…………………っ!!?」
八幡(それを手にとって見た俺は思わず立ち上がり、ガタンと椅子が倒れる。こ、これは……?)
雪乃「比企谷くん?」
結衣「ヒッキー?」
八幡(二人が何事かとこっちにやってくる。俺はそれを隠すように胸に抱き抱え、部室を飛び出した)
八幡「はあっ…………はあっ…………」
八幡(俺はいつの間にか外に飛び出し、校舎裏で大きく息をする。少し落ち着いてきたころ、もう一度手の内のものを見た)
八幡(川崎の名前が書かれた南京錠を)
八幡「これって、つまり…………」
八幡(動機が激しい。だけどそれはここまで走ってきたことだけが原因じゃないだろう。まさかあの川崎が…………?)
沙希「あれ、比企谷?」
八幡「うおおっ!? か、川崎? なんでここに!?」
沙希「え? あたしは図書室寄って帰るとこだよ。駐輪場そっちだし……………あっ!」
八幡(俺が持っているものに気付いたか川崎は小さく声をあげた。そのまま顔を真っ赤にして俯く。え、何その反応? 悪戯や罰ゲームじゃないの? ガチなの?)
沙希「も、もう見たんだ?」
八幡「すまん、気になっちまって…………」
沙希「その、あたしが勝手にやってることだから、いらなかったら捨てたりしてもいいからさ」
八幡「お、おう」
沙希「…………………………」
八幡「…………………………」
八幡(川崎はそれきり黙ってしまった。奇妙な沈黙が続く)
八幡「…………なあ、川崎」
沙希「な、何?」
八幡「この南京錠、江ノ島で買ったのか?」
沙希「…………うん。京華の貝殻アクセ買ったときに一緒に」
八幡「これ、俺にくれたんだよな?」
沙希「…………うん」
八幡「じゃあ、俺がどこに捨てようとどうしようと勝手だよな?」
沙希「え…………?」
八幡「空いたスペースに俺の名前書いて、どっかちょっと遠い島のフェンスに引っ掛けて捨ててきても、全然構わないんだよな?」
沙希「!!」
八幡「こ、これ捨てるのにちょうどいい場所知ってるからさ、今度捨ててくるわ」
沙希「………………ダメ」
八幡「えっ」
沙希「あたしも、一緒に捨てに行きたい。あんたと一緒に…………」
八幡「お、おう」
沙希「…………………………」
八幡「…………………………」
沙希「…………ねえ」
八幡「な、何だ?」
沙希「その、これって、そういうことで、いいのかな?」
八幡「い、いいんじゃないか? 俺としては川崎だったら願ったり叶ったりだし」
沙希「本当に、あたしでいいの?」
八幡「お前こそ本当に俺なんかでいいのかよ」
沙希「うん。あんたがいい…………」
八幡「えっと…………じゃあ、これからよろしくお願いします」
沙希「はい…………」
八幡(何だかぎこちないやりとり。その間抜けさに気付き、俺達は顔を見合わせてついつい笑ってしまった)
八幡「あー…………けーちゃんをフることになっちゃったな」
沙希「ふふ、それは大丈夫。『さーちゃんがおよめさんにならないならけーちゃんがなるー』って言ってるから」
八幡「そ、そうか…………てか京華ちゃんて川崎が俺を好きなの知ってんのか」
沙希「う…………ま、まあいろいろあってね…………それよりあんたは何でここに?」
八幡「あー…………ま、それもいろいろあってな。そろそろ部室戻るか」
沙希「うん。そ、その、またお弁当作ってきていい?」
八幡「それはこっちからお願いするわ。あとさ、昼飯、一緒に食わないか? で、できれば二人で」
沙希「…………うん」
八幡(そこから少しだけ話し、後でメールすると約束をして俺達は分かれた。ついでに南京錠は川崎に預かってもらう。誰かに見つかったら厄介だしな)
八幡(部室に戻る途中も足が地についてない感じだった。もしかしたらまだ夢なんじゃないかと疑っている)
八幡(だけどどこかでそんな予兆はあった。ふとした時に、ふとしたことで)
八幡「弁天様が、引き合わせてくれたのかなあ?」
八幡(なんて)
八幡(らしくもないことを俺はひとりごちた)
終
八幡「ゴールデンウィークか」
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